2017-05-24(Wed)

共謀罪を恐れすぎるな

昨日、共謀罪が衆院を通過した。

もはや、強行採決ということばすら陳腐である。
「そもそも」議論をしないのであるから、採決ですらない。
中身に一切関係ない、安倍官邸への忖度でしかない。

来週から参院に送られ、このまま行けば成立する。
もちろん、都議選があるし、森友や加計に蓋をするためには大幅延長はしないのではないかという観測もある。
参院野党が、本気で審議を止めまくり、なんとか時間切れに持ち込めれば、今国会は流れる可能性もなくはない。
しかし、残り15日間に強引に30時間を割り振って、会期内に「採決」してしまうことも、今の安倍官邸ならばやるかもしれない。

ネットの意見を見ていると、共謀罪が衆院を通過しただけで、足が震えたり食欲がなくなったりする人もいたようだ。
本当に成立してしまったら、共謀罪恐怖症でぶっ倒れるひとが出るかもしれない。
たしかに、共謀罪はそれほどに恐ろしい法律ではある。

先の記事にも書いたが、小面倒な解説をするよりも、治安維持法の復活と思っておけば間違いない。
昨日の夕方に梅田で行われた緊急抗議街宣でも、弁護士の方がマイクで学習会のような事細かなことを話しておられたが、道行く人は1分も聞いていないのだから、ワンフレーズで語らなければならない。
治安維持法の復活 という言い方に統一すればいいのに。

治安維持法こそは、軍事大国としての合理性すらぶっとんだあの戦争を支えた法律である。
戦前の日本は、軍国主義であることが問題だったと言うよりも、軍国としての合理性すら欠いていたこと。軍国日本としての合理的な判断をしようとするものまでを、弾圧してしまった、と言うところに最大の問題があった。

その象徴が、あの吉田茂の逮捕拘留である。
当時は外交官であり、戦争終結のための動きにかかわったとして、特高のスパイに捕まり、40日間ブタ箱に入れられた。
もとより、吉田茂や終戦工作をした人たちが反戦だったわけでも、まして共産主義者であったわけでもない。
おなじ軍国主義者であり、戦争での勝利を願っていたけれども、国家として生き延びていくためには終戦工作が必要だ と判断したに過ぎない。

共産主義を憎むこと、特高警察に勝るとも劣らない吉田茂、すなわち麻生太郎のじいさんまでも逮捕してしまうのが、治安維持法なのである。
一度成立してしまえば、条文などあってもなくても同じ。治安警察に全能をあたえてしまう。
罪や証拠はあとからいくらでも作れるのだから。

そんな治安維持法が、72年の時をこえて復活するのである。
そりゃ 体調壊すぐらい恐怖しても当然である。



その上で言いたいのは、共謀罪を恐れすぎるな ということだ。

なぜならば、共謀罪が成立しても、治安警察や公安の捜査の方法はさほど変わらないからだ。
逆の言い方をしたほうがいい。今でも、十分すぎるほど監視社会になっているからだ。
ただ、そのやり方が「合法化」され、別件逮捕ではなくそのもので逮捕できるようになるのが共謀罪だ。

これまでは、有印私文書偽造とか、威力業務妨害とか、公務執行妨害などで別件逮捕していたのもが、そういう迂回をせずに直接共謀罪で逮捕されるようになる。
治安警察にとっては、非常に使い勝手が良い法律だが、しかし、もしこれがなくても、同じような情報収集も弾圧もやってのけるのが、忍者以来の歴史を誇る日本の警察や公安だ。

警察にとっては、便利だけれど必須ではないのが共謀罪なのである。
恐れるな、と言うより、すでに恐ろしいことになってるんだぜ ということ。

ではなんで安倍官邸はこれほど強引に共謀罪を進めるのか。
わざと野党の標的になるような金田を大臣に据えて、会期ギリギリまで共謀罪で大騒ぎするのか。

それは、森友や加計を薄れさせるためだ。
とくに、森友は関係者の中枢である籠池が「裏切る」という、これまで安倍晋三が体験したことのない事態に立ち至っている。
加計も、文科省の元事務次官の前川が「出会い系バーの何が悪い」といって籠池なみに開き直るならば、安倍にとって一気に事態は深刻化する。

この二つの事件を封殺することが、安倍官邸にとっての最大の問題なのだ。
そのために、共謀罪を強引に推し進め、挙げ句の果てにほとんど意味のわからない改憲案まで出してきた。

今私たちに求められるのは、共謀罪を必要以上に恐れることではなく、本当に安倍晋三がまいっている森友と加計を責め続けることだ。
あわよくば耐えられなくなって辞職させるか、せめて自民党内での求心力を一気に低下させること。

この問題を責めることは、他でもたくさんやっているはずの、官有物を使った錬金術を抑止し、自民党の資金源を絞る効果がある。
安倍晋三が総裁でいるうちは、自民党議員は地元でも悪いことができない、という非常に窮屈な状況を強制することになる。

そうやって、安倍晋三と官邸チームの首をしめていくのである。
そのために、まずは森友と加計の問題で、責めて責めて責めまくろう。

共謀罪を恐れすぎたり、改憲に目を奪われたりすることは、チーム安倍の思う壺だ。
恐れすぎてはいけない。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 21

20 からつづく

 本の内容は原稿を書いた時点から10年以上が経ってしまって、今では古いこともある。独立していくつも家を設計(つく)ってみて、ちょっと実務的に無理があるかなという部分もあった。しかし、基本的な考え方は今でも同じだと思っている。
  
 本の準備はとにもかくにも進んでいったが、なにせほとんど稼ぎがないので事務所を借りることもできない。しかたないので、ただでさえ狭い自宅の5畳の納戸を半分占領し、2畳半のスペースを確保した。まるで待庵である・・・なわけないか。ちなみに、現存する唯一の利休の茶室といわれている待庵は、2畳と床の間なのでちょうど2畳半。なのだが、にじり口から中を覗くと、とても2畳とは思えない広さを感じる。見学には、このネット社会にあって1ヶ月前までに往復はがきで予約しなければならずかなり面倒だけれども、その艱難辛苦をのりこえて一見する価値はある。

 それはともかく、待庵のような幻想空間ではなく現実空間である私の初代事務所は、とにもかくにも狭かった。しかもエアコンがない上に、背中に密着した窓からは容赦なく西日が差し込むので、夏の夕方は無料でサウナに入れるという特典付きである。家具を買う金もないので、ホームセンターで材木を買ってきてデスクも本棚も自作した。なにせヒマだけはたくさんある。その棚に、手品のようにデスクトップパソコンと図面を書くための大きめのディスプレイとA2判が印刷できるでっかいプリンターと、書籍やら資料やらを詰め込んで、もらい物の肘掛けいすに腰掛けたら、もう身じろぎもできない。ある意味集中力抜群の事務所となった。

 意外と効率は悪くなかった事務所だったが、致命的な泣き所は客を呼べないということ。当時は、打ち合わせは東急インの喫茶室を使っていたが、これはなんとか解決しないとどうにもならない。それに加えて、徐々に資料が増えてくる。もととも手品のように詰め込んでいたのだから、増えた資料は行き場がない。天井近くまで強制的に空間利用しても、1年ほどで限界が来た。

 そんなころ、地元吹田市の市報をなにげなく手に取ると、「インキュベーションの入居者募集」という見出しが目に飛び込んできた。インキュベーションってなんだっけ、と思いながら記事を読むと、なにやら起業する人向けの格安事務所だという。家賃を半分吹田市が出してくれるのだというではないか。ぬあんと、そんなオイシイものがこの世にあるのかと目を疑ったが、本当にあるらしい。速攻で応募した。

 ほどなく面接日が決まり、吹田商工会議所に希望者が集められた。一人ずつ呼び出されて面接室に入ると、向こう側にどういう人かは分からないけれども、ずらっと5~6人の厳めしいおっちゃんが並んでいる。何を聞かれたのかはもう覚えていないが、緊張しながら5分くらい受け答えをした終わった。居並んだおっちゃんたちは、市役所、商工会議所、吹田市が委託しているコンサル、吹田で起業した大先輩の経営者、などの面々だったらしい。後日この方々と親しくなってから聞いたところでは、この面接は形だけのものだったとか。緊張して損した。

 というわけで2016年の年末には、吹田市のインキュベ-ション施設であるエビック吹田に入居とあいなった。はれて、2畳半から6畳一間に大出世である。まじめな話、ほんとに広いなあと思った。しかも、共用の会議室や談話室があるので、打ち合わせには困らない。ありがたかった。打合せコーナーばかりか、受付まであって昼間は女性がひとり座っている。なんだかホンモノの事務所みたいだ、とピンぼけなことを思いながらせっせと引っ越し荷物を運んだ。

 市の起業支援政策として運営されている施設なので、いろいろと普通の事務所とはかなり違うところもあった。その第一は、エビック会の存在だ。自治会のようなもので、持ち回りの役員を決めて毎月1回定例会がある。運用上の問題点やら、各自の近況報告やらをやる。夜なのに市の担当者も参加して、たぶん市議会に説明するための情報収集につとめる。

 でも、エビック会の本番は会議が終わった後。談話コーナーに移動して、飲み会となってからだ。そのころになるとインキュベーションから巣立っていったOBもちらほらやってきて、なかなか賑やかになる。総菜と缶ビールの実費だけだから1000円かそこらで、深夜まで延々と飲んで話した。この時期、この飲み会でボクは生きていられたと行っても過言ではない。勢いで独立して空気がキラキラしていた時期が過ぎて、そこころはもう不安で不安でどうにもならない毎日だったけれど、同じような時期に起業した連中が周りにいて、月に一回あれこれとぶっちゃけ話をすることでボクのか細い神経はものすごく救われた。

 それまでボクの周りに自営業とか経営者という人はいなかった。普段あまり会わない叔父さんが電気工事会社を経営していたが、身近なところにはサラリーマンしかいない。だから、勢いで独立したものの、ちょっと落ち着いてみれば「給料日が無い」というのはかなり強烈に不安だったのだ。たまたま奇跡的に仕事がは途切れずにやらせてもらうことができていたけれど、この奇跡がいつまで続くのかは神のみぞ知るだったのだから。

(22 へつづく)

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2017-05-20(Sat)

そもそも 日本人は自分の運命を自分で決めたことがあるのだろうか

治安維持法が衆院の委員会で可決されてしまった。
法律の名前はテロ対策ナンタラカンタラで、またの名を共謀罪というが、ようするに治安維持法だ。

まだ衆院本会議も、参議院審議も残っているが、安倍政権が倒れないかぎりは、どうにも止まらない。
仮に国会を占拠したところで、大幅延長で通年選挙にされてしまえば、時間の問題だ。

昔の自民党のように、妥協や取引が通用する相手ではないので、止める方法がまったく見当たらない。
また、野党側にも腹芸のできる人間は皆無であり、M問題やK問題とひきかえに共謀罪を流させるなんてことは思いつきもしないだろう。

以前から書いているとおり、安倍政権をもしかしたらひっくり返せる可能性でいえば、共謀罪よりも森友や加計学園問題のほうが、まだしも可能性は高い。
それ自体に違法性があること、自民党内の非安倍派も乗りやすいこと、ポピュラー(一般の感情に受け入れやすい)なこと、などなど。

しかし、問題それ自体の重さ、今後の国のあり方を決めてしまう影響力で言えば、桁がいくつも違う。もちろん、共謀罪のほうが大きい。
森友や加計の問題は、自民党にとっては日常茶飯事で探ればゴロゴロしている話しだが、共謀罪は国家と人民の関係が一変する。

「考えて相談しただけで犯罪」ということの もっとも恐ろしいことは、「いくらでも証拠をねつ造できる」ということだ。
ほぼ無制限にえん罪を作り出すことができる。
実行行為の証拠をねつ造するのはそれなりに大変だが、共謀の証拠など、その気になれば一瞬で無限に作れる。

20170520-3.jpeg治安維持法が、戦前の軍事独裁をしっかりと支えられたのは、この「えん罪製造能力」ゆえである。
処刑したい対象があれば、スパイを送り込んで他愛もない話しをさせておいて、「この人からこんな相談を受けました」と証言させればいい。簡単だ。
その効力が行き渡れば、最後は証拠すらいらなくなる。
よくしられた話しだが、あの吉田茂ですら治安維持法で投獄されていたのである。

この治安維持法を葬れるのであれば、M問題やらK問題やらと取引しても、どんなキタナイ手をつかっても私はOKだと思うけれども、昨今の野党や高尚なリベラル諸氏はこんなキタナイことはお嫌いなのだろう。
今あるリソースをギリギリまで使い倒して、現実的に何ができるか、という発想は、政治の世界ではおよそ耳にしない。
(ビジネスの世界ではあたりまえなんだけどね)

もちろん、キタナイ妥協は禍根を残すが、どっちがマシか、どっちがより致命的か、と言う選択の問題だ。



勧善懲悪、白と黒 という価値基準と行動規範しかもたない日本人の特徴は、トランプの理解と評価にも端的に表れている。
トランプの行動は、まさに今あるリソースをギリギリまで使い倒して、現実的に何ができるか、ということに貫かれている。その表面的な妥協や挑発を見て、黒だ黒だと大騒ぎしているのが日本のリベラルである。
そのような妥協や挑発をすることで、何をどこまで獲ろうとしているのか、ということには目を向けない。

しかし考えてみれば、日本人はこれまで「自分たちで自分たちの運命を決める」という経験をしていないのだから、仕方ないのかもしれない。
人間にとって、一つの社会集団(民族とか国民とか)にとって、本当に自分たちの行動に運命がかかっている というトンデモナイ重圧を経験したことがあるかないかは、決定的な違いである。

革命にしろ独立にしろ、アメリカを含むほとんどの国が一度や二度は経験している。
日本でも明治維新があるじゃないかとか、戦後民主主義がある とかいう意見もあるだろうが、それは まったくあたらない。

明治維新は、少なくとも政治権力に関するかぎりは薩長によるクーデターであり、相楽総三ひきいる赤報隊や自由民権などに端緒的にみられた民衆の意思と力は、利用するだけ利用したあとは血で粛正された。
資本主義のめばえすら、国家独占資本によって封殺してしまった。日本は、明治から今日まで、国家独占資本主義であり、その「進化」形の新自由主義であって、これは資本主義ではない。
20170520-1.jpeg
天皇の戦争責任も問えず、沖縄を売り渡し、ケーディスに作ってもらわねば憲法草案すら満足に作れなかった戦後の日本の、どこに自決の歴史があるというのか。
あの悲惨きわまりない戦争のあとで、なぜ自分たちで革命(運命をあらためること)できなかったのか。私は、わが歴史として心が痛い。恥ずかしい。
そして、この恥辱を感ずることのない「戦後民主主義」の、直線的ななれの果てが現在の惨状だ。

その後は、60年安保で大きな運動はおきたけれども、選挙になれば自民党が圧勝した。
70年安保では、戦後民主主義にたいする疑義を含めてラディカルな問題提起はされたけれども、当事者たる全共闘世代は独占資本の主力として吸収されていき、いまや悠々自適の団塊ライフである。



自決(自分で自分の運命を決める)の経験がない という希有な国民、たぐいまれな民族。
何がおきても、何をされても、本気で怒ることがない国民。
流れに身を任せていればなんとかなる という歴史的な潜在意識に支配された民族。

ある意味で、治安維持法に反対する声もろくに上がらない国に、治安維持法なんて必要ないのじゃないかとすら思うのだが、警察にとっては「あれば超便利」な打ち出の小槌(ふれば即座にほしい証拠が出てくる)だから、答弁拒否して一気に作ってしまえ!ということになった。
ちなみに、金田は「答弁できないのに法務大臣やってる」 のではなく 「答弁できないから法務大臣やってる」のである。
官邸の「答弁など全部拒否!」という方針に、ピッタリな人材だったのである。

これも前から書いている通り、安倍政権自体はガタガタだ。風前の灯火である。
日本のようなたぐいまれな国民でなければ、確実に5~6回は総辞職している。
そんな内閣すら倒すことができず、逆にやりたい放題で治安維持法を作られてしまう体たらく。

20170520-2.png 声を上げよう というのは簡単だ。
しかし、10万にやそこらが声を上げても、どうにもならないということは実証済みだ。
しかも、その声を「大きな音だね」と言ってのけた野郎が、野党第一党の幹事長におさまってるんだから、なにをか言わんや。

やはり、原点に立ち戻るべきなのではないか。
原点とは、自分たちのことは自分たちで決める、すなわち、日本の独立 である。

対米従属を批判する人は多いのに、日本の自立を求める話しはさっぱりウケない。この矛盾を矛盾とすら感じない人が多い。
日本の民が解放されるためには、まず「独立=独自核武装」という刷り込みを消し去らなければならない。反戦な独立という展望を語らなければならない。

私たちに欠けているのは、知識でも良識でもない。
「自分で決める」という重圧を受け止める覚悟である。

責任をアイマイにすることで享受してきた「戦後民主主義」に対する、深い(ラディカル)反省から、あらためて自決する覚悟を涵養すること。
遠回りなようで、それが唯一の道なのではないか。
歴史上はじめての責任に、立ち向かうことの始まりなのではないだろうか。




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2017-05-17(Wed)

【森友疑獄事件で安倍退陣を】やっっっぱりゴミはなかった

キアラ設計 「ボーリング調査では3m以下にゴミはありません」

酒井康生弁護士 「財務局へ提出やめましょう」

キアラ設計 「調査資料は抹消しました」

この生々しいやりとりのメールが、籠池氏によって暴露された。
提出先が民進党では、使いこなすことはできないだろうが、内容は衝撃的だ。

ゴミがないこと自体は、すでにいくつもの物理的証拠によって明らかだった。私の記事でもしつこく書いてきたが、詳細な検討は下記の青木泰さんの記事に譲りたい。
 森友学園、深部工事の土壌にごみは「ない」と判明
   …国、調査実施せず値下げ決定が明るみ


ところが、野党はこのあきらかな事実関係で詰め切ることができずにここまでズルズルきてしまった。メディアも、ちゃんと「ゴミはなかった」ことを理解できていないようだった。
しかし、当事者の生の証言が出てきた以上、事実は確定である。

幼稚園宛てのメールだったから籠池氏は気が付かなかったとか言うのは、十中八九ウソだろうと思うが、この際それはおいておく。
問題は、パソコンにメールが残っているのであれば、そのメールが間違いなくキアラ設計や酒井弁護士から送られてきたものだと言うことは証明できる。
但し書き抜きの 確定なのである。

この窮地に、なんと安倍晋三は天皇の孫娘の男女交際ニュースをぶつけてきた。
婚約内定とはなんだ。婚約すらしていない、親同士が認めている というだけのどうでもいい話ではないか。
しかも、天皇本人や皇位継承権がある人ならば、とにもかくにも憲法に書いてある天皇に関する話だが、皇籍離脱する孫娘のことなどただのゴシップ記事に過ぎない。

これだけ無理矢理ニュース番組を妨害しなければならないほど、このメール公開は安倍政権にとって大打撃なのである。



官邸と財務省と御用マスコミは、このメールに対して、キアラ設計と酒井弁護士の「犯罪」として扱い、責任を押しつけようとするだろう。
しかし、問題はそこではない。

財務省も国交省も、すべて業者側の言いなり、独自調査をしないどころか、業者側の調査の検査すらしなかった。
「ぎょうさんゴミ出ました! 8億円分ですわ!!」 と言われて、調査も証拠も領収書もなしに 「じゃあ8億円値引きします」とやらかしたのである。

これを犯罪と言わずしてなんと言えばいいのか。
これは断じて「ミス」や「チョンボ」ではない。
維新の会のあの優秀な弁護士センセなどは、財務省の「ミス」でかたつけようとしているが、まったく卑劣な歪曲である。過失と故意の犯罪は天と地ほども異なることを、弁護士のくせに知らないのだろうか。

財務省の犯罪は、さらに深いものである可能性も見えてきた。


近畿財務局の池田靖が 酒井弁護士、藤原工業、キアラ設計 にあてたメールの冒頭で、

「瑞穗の國記念小學院開校に向けご協力いただきありがとうございます」

と書いているのである。
反対向きならば話はわかるが、近畿財務局が森友側に向かって、「開校に向けてご協力ありがとう」とはこれ如何に??
いったい全体、この倒錯はどうなっているのか。

籠池氏から民進党への説明では
「安倍昭恵夫人が私どもの小学校の名誉校長になられた後。ご意向がここまで伝わったかという感じ」
とのこと。

このことには、別の事件からの傍証も現れた。

加計学園の新学部「総理のご意向」 文科省に記録文書
2017年5月17日 朝日新聞


 安倍晋三首相の知人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」(岡山市)が国家戦略特区に獣医学部を新設する計画について、文部科学省が、特区を担当する内閣府から「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だと聞いている」などと言われたとする記録を文書にしていたことがわかった。
(引用以上)

安倍晋三 → 内閣府 → 文科省 という圧力(ご意向)の流れが生々しく暴露された。
加計学園の場合は安倍晋三の大親友だが、森友学園も安倍昭恵が深~~く関わっていたのである。
同様の圧力(ご意向)がかかっていた と言う以外に、「ご協力いただき」の説明はつかない。



今のところ表沙汰になっていないが、もっともエグい話は やはりカネである。

8億ものカネを、これだけ強引に値引きしておいて、カネをめぐる動きが無いわけがない。

そもそも、日本の政財界は、この手法で支配する財力と実力を蓄えてきたのである。お家芸であり、日常茶飯事と言ってもいい。

薩長などの政治家が、大財閥に国有財産をタダ同然で払い下げ、それで国家独占資本となった財閥が政治家を財政的に支える。
明治時代は北海道がとことん食い物にされた。
戦後になっても、国鉄民営化をはじめとして、大きな構図は変わっていない。
これが 日本の政治と経済の基本スキームである。森友疑獄も、加計学園事件も、その一環に過ぎない。

さらに現代においては、そのマネーの多くは、ブラックマネーである。
 森友疑獄事件のカネの流れ (反戦な家づくり2017.3.25)

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なぜ森友にしても加計にしても、学校が舞台になるのかと言えば、寄付金に税金がかからない、つまり出所を探られないのは、学校法人と宗教法人だけだからだ。
少子化なのに、なぜか学校が次々と新設される秘密もここにある。

その意味では、森友疑獄はまだ終わっていない。
あの用地と校舎が、「ご意向」を汲んだ他の学校法人に売却されれば、看板だけつけかえて、同じスキームが進んでいくからだ。
今は、早いこと世論が沈静化して、ほとぼりが冷めるのを待っている。



加計学園に関する文科省からの暴露にしても、自民党内の動きを見ても、安倍独裁体制にはヒビが入っている。

アベ倒閣勢力発足 「加計学園問題」に業煮やす村上議員が中心
田中龍作ジャーナル 2017年5月16日


「まともな生活を取り戻すには、民進党をアテにするより、自民党内の「非アベ」を頼りにするしかない。」という田中龍作さんの指摘は悲しくも正しい。

今は、あえて政策課題ではなく、一部の官僚や自民党内の非安倍派も乗ることのできる、森友疑獄事件で安倍夫妻を責め倒すべきなのだ。
今はまだおずおずと 反旗をチラ見せしている人たちが、世論の大きな後押しがあれば 大胆に動き出す。
もはや、国会内の野党だけに期待していても、ぜったいに話しは詰まらない。「安倍夫妻が関わっていないわけがない」という常識的な判断で、攻めて攻めて攻めたおすことだ。

スローガンは 「安倍昭恵を証人喚問せよ」 だろう。
いくら厚顔無恥の安倍晋三でも、妻を証人喚問されては、恥ずかしくて大好きな外遊もできなくなる。
ここで追い詰められれば、10年前と同じように何かの理由をつけて辞任するだろう。

運動する側は、難しいことは言わなくていい。
安倍夫妻の「ご意向」が、一切の不正のもとだ。
8億円はこっそり山わけするつもりだった。
その構図がわかるように 「印象操作」するだけでいい。

森友疑獄事件で 安倍退陣を実現しよう




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 20

19 からつづく

 これはタマゲた。そりゃあ傾くはずだ。加工を間違えたのか材料の発注を間違えたのかは分からないが、この状態で上から床を貼ってしまった大工の頭の中が一番わからない。家が完成した時点ですでに床は傾いていたはずだが、そのまま引き渡してしまった某メーカーの良識も理解不能だ。ここまでの事態はマレだけど、柱がちょっと寸足らずだから木片を詰め込んであるとか、木材の継ぎ手の位置がおかしくてたわんでいるとか、床下が工事中のゴミだらけとか、その程度のことはいくらでもある。

 途中で大きなリフォームの入っている家は、もっと悲惨なことがある。リフォームしかしない業者は、家の構造について全く無知っていうことがある。耐震の筋交いをぶった切る。梁が邪魔だからと言って削り取る。これは住宅に対するテロ行為だろ ていうことを平気でやる人がいる。これももちろんちゃんとした人もいる。が、リフォーム専業の場合はより注意が必要だ。
 と、今も昔もそんな現状だから、大工はもちろん、電気、水道、基礎の職人も建築構造の基本は必須だし、屋根とか外壁をやる職人には防水と結露の基礎知識は絶対必要。ここで手を抜いたら、後でどんなことになちゃうかということを知ってると知らないとでは、大違いだ。だから、過剰に難しいものにする必要は無いけれども、家を建てる職人も資格制にすべきだと思うのだ。

 なにやら脅かすようなことばかり書いてしまったが、ボクの経験からはやっぱり「家を持っている人はちょっと心配した方がいい」と思う。中古住宅を買う場合は耐震診断とともにインスペクションという事細かなチェックをする方法もあるが、今住んでいる家ならばとりあえず耐震診断だ。1981年5月以前に確認申請をとった家ならば、たいがいの市町村が診断の補助金をだしているので実質5千円でうけられる。それ以降でも補助を出している自治体もないことはないので、役所に電話してみることをお勧めしたい。
 大阪近辺ならばボクも出かけていくし、自治体で資格者を登録して紹介してくれるところもある。あとから営業されたくなければ、工務店兼業のところは避けた方が良い。それと、○○協というグループは耐震診断をタダでやっているが、あとでやけに高い金物を売りつけられる可能性があるのでご用心を。タダより高いものはない。

■ 明月社 世にはばかる

 2005年5月に会社を辞めて明月社をたちあげたのだけれど、ホンとのこと言うとまだ完全に独立を決心したわけではなかった。設計事務所登録はしたものの、まったく受注の見込みはなし。何のルートもなし。下請けをまわしてくれる会社もなし。つまり、まったく生きていける状態ではなかった。普通は、前の会社の仕事を回してもらったり、お得意さんからの一定の受注の見込みをもって独立するもので、40代半ばになってここまで無謀な独立は珍しい。だから、場合によっては再就職ということもオプションにいれて様子を見ていた。

 それでも、あのときの開放感はこれまでの人生で味わったことのない最高の気分だった。空気がキラキラして見えるという言葉が誇張でなしに実感できた。歩いていても自転車乗っていても、勝手に顔がニコニコしてくる。冷静に考えれば、ウツの後の躁状態だったのかもしれないけど、それでもあの高揚感は十余年たった今でも忘れられない。1年間ほど苦しめられたウツ状態もきれいさっぱりどっかに消え去り、ホームページを自作したり、本の出版の準備をしたり、知人から図面書きのアルバイトをもらったりしながら、この年は過ぎていった。

 会社に勤めながらメルマガにして書きためた原稿は、短大時代の恩師の紹介でいよいよ出版してもらえることになっていた。いざ本格的に準備を始めると、出版など初めてだったボクにとっては意外なことだらけだった。何よりも驚いたのは、最初の原稿ができてから出版までがかなり大変だと言うこと。最初に原稿書いたのと、後からあれこれと手直ししたのが、たぶん労力としては同じくらいだったと思う。大きくは章立てから、小さいところではわかりにくい言い回しにいたるまで、編集者からバシバシ指摘されて直していった。

 先生に紹介してもらった彰国社という会社は建築専門の出版社だ。さすが編集者も建築のことをよく知っており的確な指摘を出してくれる。ただ、ボクのような無名の建築家の本は、出版社としてもコストはかけられない。本当はもうちょっと文字を大きくしてほしかったのだけれど、そうはいかない。まず最初にマックスのページ数を決められて、そこから逆算で文字の大きさが決まってしまうのだ。なかなか無情である。
 校正もやってはくれるけれども、かなり自分で頑張らなければならない。どうしても言葉だけでわからないところはイラストを入れるのだが、これまた外注費が出ずに自分でへたくそなイラストを手書きすることになった。そんなこんなで、ようやく発売にこぎ着けたのが「家を建てる。家づくりはたたかいだ」という本である。わずか2500部が11年経った今でも売り切れにも絶版にもなっていない。売れていれば売り切れになるだろうし、まったく売れてなければ絶版になるだろうから、ほんのすこ~しずつ売れているのだろうか。。。

21 へつづく

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2017-05-16(Tue)

改憲だミサイルだと騒がし今だからこそ「森友疑獄」を追及すべし

余り時間がないので、結論だけ完結に書いておきたい。

5月3日の憲法記念日に、わざわざ発表した安倍晋三の「新改憲案」は、森友疑獄で追い詰められたあげく、苦し紛れでぶち上げた超弩級のメクラマシである。

森友疑獄は、安倍晋三にとって致命的な事件だ。
籠池という身内の「裏切り」によって、どこまで物証がでてくるのかわからない恐怖に、安倍晋三はうち震えている。

フツウの国ならば何度も内閣が瓦解するはずなのに、安倍晋三がいまだに首相の座におさまっているのは、ひとえに野党第一党の民進党が裏で握っているからだ。
解散総選挙をしたくない民進党は、人気取りのために森友の追及はするけれども、木で鼻をくくったような答弁ばかりされても審議を止めることすらせず、粛々と日程をこなしている。

逆に言えば、この民進党の手厚い保護なしには安倍一強は崩れ去り、自民党の中からも安倍おろしが始まる。
この薄氷を踏むような毎日から、どうやって脱出すれば良いのか、安倍晋三とそのブレーンたちは必死で考えた。
連休中も、のんびりゴルフをしているふりをしながら、どうやってこの苦境を乗り切るか、必死になって考えていたはずだ。
そして思い至ったのが、「あえて虎の尾を踏む作戦」である。

もうちょっと説明するならば、「9条に手をつければ、左翼や革新は他のテーマは全部投げ捨てて、9条に集中するはずだ」作戦である。
自民党草案では、公明や維新との前処理に手間がかかって、一気呵成に進めることができない。2020年に時間を切って、今すぐ始めるぞ!という緊迫感を出すために、9条3項の追加と教育無償化だけに絞った。

この「あえて虎の尾を踏む」作戦は、それなりに効果をあげ、森友は薄れて「改憲阻止」一色になりかけた。
ところが、そのタイミングで、安倍官邸がお抱えのジャーナリストもどきである山口敬之の強姦事件が明るみに出てしまった。

20170510-2.jpg しょせん民間人のスキャンダルだが、森友事件をめぐって、安倍晋三の代理人のようにしてテレビに出まくっていたから、国民の印象としては、「森友で安倍晋三を擁護していたのは 強姦魔だったのか」ということになる。
一般紙やテレビは、唯一産経は花田紀凱が反論記事をかいて墓穴を掘っている以外は、新潮の記事を黙殺して安倍官邸への忠誠を見せている。

花田の反論を含めて、非常に冷静に事件を分析している記事があったのでリンクしておく。
 【週刊新潮】 山口敬之 被害女性の正体は誰!?今後逮捕やテレビ出演は?

安倍晋三が、いよいよ困ったときには、北の方からナニが飛んでくる。
なにか冗談かトンデモのように語られる、安倍-金関係だが、統一協会(家族連合)という実態のある強力な仲立ちがあるのだから、決して荒唐無稽なことではない。

「対話」機運ある中で…ミサイル発射のナゼ
日テレ 2017年5月15日


何より、安倍晋三本人が、ミサイル飛んできたのに慌てることなく、のんびり朝飯食っていたらしい。

北ミサイル発射をスルー 安倍首相はもはや“撃つ撃つ詐欺”
日刊ゲンダイ 2017年5月15日


東京・富ケ谷の自宅を出たのはミサイル発射から1時間も経った午前6時半。随分ノンビリとしたもので、その後、国家安全保障会議(NSC)に出席したものの、昼前には官邸を出て自宅にさっさと帰ってしまった。
(略)
4月16日の日曜日に北朝鮮が弾道ミサイルを発射した時、官邸にも出向かず、自宅で過ごしていた。『失敗』との報告を受けたからでしょうが、首相自身が今にもミサイルが飛んで来るかのような発言を繰り返していたのだから、本来は官邸で会見を行うべきでした。しかも、外出したと思いきや、都内の高級ホテル内のフィットネスクラブで汗を流し、そのまま絵画鑑賞
(引用以上)

とりあえず、これでテレビはミサイル一色になるだろう、とひと安心したのかもしれない。



たしかに、テレビでは「森友疑獄」が取り上げられることはほとんどなくなった。
国民の関心は薄れてしまったのだろうか。

20170416.jpg 先週の土曜日(13日)に、豊中で大きな集会があった。
木村市議らの「森友学園問題を考える会」が主催し、メインキャストに白井聡氏をむかえ、500人のホールだった。

主催者は、最近の情勢から「人が集まるかな?」とかなり心配していたとのこと。
しかし、ふたを開けてみれば、満員御礼。3時間にわたる長丁場にもかかわらず、非常に集中した良い集会だった。

内容については、IWJが公開してくれているので行けなかった方は確認いただきたい。

 2017/05/13「森友学園問題」の本質に迫る!!

私が協調したいのは、まだまだ「森友は熱い」ということだ。
しかも、あっちこっちの集会で見る顔ばかりではなく、ご近所感の強いオッチャンおばちゃんも多かった。
平均年齢がかなり高かったのはちょっと残念だったが。

もちろん、安倍の「新改憲」もただのブラフではなく、本気でやるつもりだろう。
共謀罪も辺野古も緊迫している。
だからこそ、今集中すべきは 「森友疑獄」なのだ。
敵のアキレス腱を攻めずに、他の部分を散発的に叩くのは愚の骨頂だ。

問題が多いからこそ、集中が必要なのだ。

先日の 野党共闘の前に市民共闘の実現を でも書いた通り、力を結集しなければならない。

また、集会後の懇親会で実感したけれども、この問題に取り組む人たちの多様さだ。
無所属の木村市議をはじめ、共産党、社民党、自由党、環境派、市民運動、労働運動、教育問題 ・・・ これだけの幅の人たちが入り乱れてザックバランに議論している場は、なかなかない。
その意味で、森友事件は、今集中すべき課題であると同時に、今後の力の結集のための準備の場でもある。

自己満足の「闘争」ではなく、現実に敵にダメージをあたえ、見方を増やしていくこと。
結集のための、相互理解の場をつくっていくこと。

あらためて、森友疑獄事件で、安倍晋三を攻め立てよう。
安倍昭恵の証人喚問を求める国民運動が必要だ。




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※  「なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり」はお休みです。

2017-05-13(Sat)

野党共闘の前に市民共闘の実現を

野党共闘を求める市民 という構図がこの数年定着してきた。

そして、それなりの成果もあがっている。

それ自体の価値は認めつつも、何変わりきれない印象がずっと私の心の中にわだかまっている。



いろんな集会に出向くと、入口で分厚いチラシの束を渡される。
ずらっと並んだ人々から次々と手渡される場合もあれば、資料の中にはじめから入っている場合もある。

私も生活フォーラム関西のイベントなどのチラシを、そのようにして配布をさせてもらったことも一度や二度ではない。
同じような関心を持っている人にお知らせすることは、一番集客効果は大きいので、当然と言えば当然のことだ。

ただ、毎回そのチラシの束を見る度に、「なんでこんなに多いんだ??」と感じてしまう。
「なんで、同じような思いを持った人たちが、一つにならずにバラバラにあっちコッチで集会やら学習会やらデモやら やるんだ???」
と言う意味である。

集会や学習会を主催することは、かなりのマンパワーを必要とする。
これだけの数をこなすパワーを、一つに結集したらかなりスゴいんじゃないの、と思うのは私だけなのだろうか。
月に1回の大集会とか、大街宣とかにしたほうが、明らかに社会的に影響をあたえることができるのじゃないだろうか。

もちろん、個別課題として色々なテーマを扱わなければならない事情はわかる。
それは、大イベントのなかで情勢に応じて扱えばいいのではないか。

詳しい学習に大集会は適さないこともある。
大イベントの枝イベントとして位置づければ集客に苦労することはないし、あちこちで同じようなイベントが被ることも防げる。

地域に根ざした運動を目指すとき。
であるならば、同様の集会で集客するのではなく、地域で街宣やポスティングをするべきだ。
地域の集会に金太郎アメ(失礼)のメンバーが集まってもしかたない。

もちろん、言うは易しで、実際には一つに結集することがどんなに大変かわからないわけではない。
これまでも何回か書いてきたが、昨年秋の憲法カフェ@大阪は、そういう意識をもって私としては取り組み始めたのだが、色んな成り行きからメインキャストが山本太郎さんから三宅洋平さんに変わり、そのタイミングで三宅さんが安倍昭恵を高江にアテンドしたという事件がおきたため、私の狙いは脆くも崩れ去った。
良い悪いは別にして、市民運動の半分からはスルーされた。というか、むしろ争いを避けてあえて大人の対応をしてくれたという印象を持った。
おかげで、なんとかイベント自体は大過なく終えることができたが、思っていたものとは違うものになってしまった。

このときの私の思いや総括は、こちらを読んでいただきたい。

 憲法フェスの総括とこれから その1 ~四年間をふり返りながら~
 次のステップへ (憲法フェスの総括その2)

この総括の最後に「塊にむけた場を作る活動を、自分のフィールドとしてやっていきたい。」と書いたのだが、正直言ってフェスで転けたことで足がすくんで、この半年間前に進めなかった。

しかし、ここにきて、やはり何とかしなくては、と言う気持ちがジワジワとわき上がってきた。
野党共闘を言う前に、まず自分たち、つまり市民の側が共闘しろよ という話である。



野党共闘で語られることの8割以上は、「民進党はもっと頑張ってくれ」「民進党がしっかりしないと」云々 という話である。
つまり、痩せても枯れても野党第一党である民進党が動かないと機能しないのが野党共闘であり、もっとあけすけに言えば、民進党に下駄を預けているのが野党共闘ということになる。

結論を言えば、私は野党共闘が大嫌いになった。
選挙のときの選挙区調整は必要、必須であるが、戦略的に民進党に期待(依存)する野党共闘は、無意味であり時間の無駄だと思っている。
これも詳しくこちらを
 政権交代への近道

これを、「野党共闘を求める市民」の側から見るならば、市民運動の主体性を失わせ、「民進党のせい」にする逃げ道を恒常的につくってしまうことになりはしないか。
もともと市民運動というのは「政党なんて頼りにならないから、自分たちでなんとか声を上げよう」というものではなかったのか。
そういう雑草のような市民運動の生命力を、野党共闘に依存することで失ってしまう危険を、私は感じる。

逆の言い方をすれば、民進党は煮え切らずにつかず離れずの態度を続けていれば、市民運動を適当に期待させておいて最後には潰す、ということを永遠に続けていくことができるのである。
まさに、民進党は安倍政権をささえる、最大の支持基盤であると私が指弾する所以である。

森友事件という「絶好」のテーマをもってしても、まったく安倍政権を揺るがすことのできない現実は、まさに野党共闘運動の弊害を如実にあらわしている。
 いまや安倍晋三の太鼓持ちは強姦野郎だけ



では、市民共闘ができたとして、その塊は何をするべきなのか。

ひとつは上記に書いたように、集会やデモや街宣を、もっとも効果的な形に統一していくことだ。
自分たちの自己満足ではない、自民党は嫌だけど民進党もまっぴらという、声なき1000万人にどうやって存在を見せるのか。
そのことを、絶対の共通認識として知恵を寄せ集めることだろう。

もうひとつは、政策を作ることだ。
もちろん、そのまま使えるような詳しいものである必要はない。「どうやったら死ぬまで生きられるか」の原理を作るのである。
少なくともこの先50年くらいのスパンで、「こうやったら、贅沢はできなくとも、みんな困らずに生きていけるよ」という国のあり方の大枠が、絶対に必要だ。

自民党に政権を任せた上で、それを修正していく55年体制のときは、野党は反対が仕事だったしそれでよかった。
しかし今は、任せた自民党に修正能力はない。任せること自体が地獄への道行きとなる。
にもかかわらず、野党にもそれに変わる「国民の生き方」を提示するものはない。相変わらず、反対政党に留まっている。

であるならば、市民共闘がそれを提示するべきなのではないか。
地味なように見えるが、私はそれが、情勢を大転換させる軸になるのではないかと感じている。


最後に、私は「市民」という言葉は好きではない。
 国民、人民、市民、大衆、民衆 なんでもいいけど、生きてる人間の生活が第一

が、便宜的にここでは市民共闘と書いた。ご理解いただきたい。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 19

18 からつづく

 しんどくなると会社の空き部屋とか営業車の中で唸りながらゴロゴロする。不思議と丸一日全部ダメということはないので、半日くらいすると少し動けるようになってそのすきに仕事をこなす。クリニックで抗うつ剤を処方してもらうと確かに具合はいいのだが、これを飲み続けていいのだろうかと不安にもなる。ウツ病で入退院を繰り返しながら、なぜか医学部に入り直して医者になってしまったというツワモノの友人もいるけれども、ボクにはそんな真似はできそうにない。このまま症状が悪化したら生活できない。どうしよう。そんな状態で1年くらいが過ぎていった。

 2005年の年が明けたころ、相変わらずウツにつきまとわれながらグダグダとつとめていたボクに、連れ合いがひと言いってくれた。「もういいよ」と。それまでも、何回も会社を辞めて独立しようかと画策はしてきたけれども、いざとなると生活していくアテがなくて躊躇していた。そんな様子を見て、わがパートナーは優しくお許しを与えてくれた。もしかすると、煮え切らないボクをみてぶち切れたのかもしれないが。

 とにかく、何のアテも無いけれども独立しよう。そう決めた。あらためて自分の心の中をのぞいてみると、やっぱり「家を設計りたい!!」という思いが渦巻いていた。押さえに押さえてきたその思いが、独立しようと決めたとたんに吹き出してきた。そして不思議と、これだけの思いがあればきっとうまくいくんじゃないかという根拠レスな確信が生まれ、不安な思いがどこかへ流れていった。
 こうして2005年5月、明月社が誕生した。風が光っていた。

 工務店に勤めていた間に勉強させてもらって、いまだに役に立っているのは耐震診断の技術だ。現地調査をしてから専用ソフトに入力して計算する。評点というのを出して、0.7以下ならかなり危険、1.0以上ならまあ大丈夫、などと評価していく。座学の部分はさほど難しくはないが、耐震診断が大変なのは床下と天井裏を這いずり回らなければならないことだ。

 イマドキの家の床下は地面がコンクリートなので移動は楽だが、耐震診断する家はほとんどが1981年以前に建てられた家なので、地面は土のまま。それもきれいな土ではなくて石ころやコンクリートのかけらばゴロゴロしている。低いところでは頭がなんとか通るような高さしかなく、四つん這いにもなれない。前腕と足首を動かして匍匐前進するのは、なかなか大変なのである。
 屋根裏はもう少し広いけれども、なにせ足を滑らしたら天井を踏み抜いてしまうので、蜘蛛のように梁に手足をかけて移動していく。断熱材は天井の上に敷いてあるので、屋根裏空間は焼けた屋根の熱がそのまま貯まっていて、夏は灼熱地獄だ。断熱材の効果を体感できるし、小屋裏換気の必要性を身をもって学ぶことができる。

 床下や屋根裏は、いわばその家の「腹の中」である。表面はにこやかでも、腹の中は真っ黒という人は世に多い。家だって同じだ。大工や職人がどんな思いでその家を建てたか、床下と屋根裏を見れば伝わってくる。ピリッとした緊張感が何十年も経った今でも感じられる家もあれば、あまりの手抜きに絶句するような家もある。それは家の外見の豪華さとはほとんど比例しない。

 手抜きではなくても、そこそこに数をこなしている仕事とか、大工はいいけど他の職人がいい加減だなとか、腕は良いけど知識がないとか、いろんなケースがある。いろんな家を見るにつけ、大工、基礎工事、設備工事は、資格制にすべきだってこと。設計は国家資格制でも、それを実物にする職人がしっかりしててくれないとどうにもならない。とくに、建築構造をぜんぜん知らない設備工事屋さんとか、基礎のことを知らない基礎工事屋さんとか、考えただけでも恐ろしい人たちが、普通に現場で作業している。電気のことしか知らない電気屋さんは、大事な大事な家の梁に平気で穴をぶち開けてくれる。基礎なんて家が乗っているだけと思っている水道屋さんは基礎のコンクリートをバリバリと削りまくる。基礎を知らない基礎屋さんは穴だらけの基礎を作っても、目に見える外側だけきれいにモルタル塗って平気な顔だ。

 もちろん、ちゃんとしてる人もいる。床下を見ていてうれしくなるような家もある。けれども、どちらが多いかというと、何かと問題のある家のほうが圧倒的に多い。今まで見たなかで、これは「最高峰」かなという話をしよう。ちょっとした高級住宅街に建つ2階建ての木造住宅で、今はもうないけれども昔は少々名の知れた住宅メーカーの建築だった。2階の床が北側の外壁にむかって傾いているというのだ。見に行くと確かにかなり傾いている。いろいろ調べたあげくに、最後はその下の部屋の天井を破って見てみることになった。床を支えている梁が細すぎるのではないかと思ったからだ。ところが、ちゃんと大きな梁が入っている。おかしいなあ、と思ってよくよく懐中電灯で照らしてみると、その梁の先っぽが宙に浮いているのだ。直交する梁に架かっていなければならないはずの先っぽが、直交梁にわずかにとどかず宙ぶらりんになっているのである。

20 へつづく

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2017-05-09(Tue)

いまや安倍晋三の太鼓持ちは強姦野郎だけ

すでに多くの人が目にしているだろうが、あらためて引用しておく。

“安倍の太鼓持ち”山口敬之のレイプ事件潰しは官邸の圧力? 逮捕寸前に中止命じた警察官僚は菅官房長官の右腕
2017.5.10 リテラ

(略)
中村元刑事部長は現在、警察庁の組織犯罪対策部長の職にあるが、第二次安倍政権発足時に菅義偉官房長官の秘書官をつとめ、菅官房長官から絶大な信頼を得て、いまも「菅官房長官の片腕」として有名な警察官僚。
(略)
中村元刑事部長は「週刊新潮」の取材に対し、忖度や圧力は否定しているが、「事件の中身として、(逮捕は必要ないと)私が判断した。(捜査の中止については)指揮として当然だと思います。自分として判断した覚えがあります」と、逮捕を阻止したことを認めている。前述したように、準強姦事件に、警視庁の刑事部長が直接判断を下すというのはありえない。

(引用以上)

まずこの内容に驚き、さらに、これをあの新潮が書いたと言うことに驚く。

第2次安倍政権になってから、どちらかと言えば自民党よりかと思われていたジャーナリストが、徐々に安倍晋三を批判するようになった。象徴的なのは毎日の岸井成格であり、最近では後藤謙次であろう。最近の後藤のするどい安倍批判は、「あの後藤謙次が・・・」と驚きをもって受け止められている。

そんななかで、恥も外聞もなく安倍親衛隊を続けていたのは、山口敬之と田崎史郎である。森友問題をもっとも力をいれて報道していた朝日のモーニングショーに、いわばバランサーとして連日出演していた。極端な安倍主義者を出しておけば、少々つっこんだ報道をしても中和されるという朝日の「忖度」だったのだろう。

それほどにアベッタリの二人であるが、田崎史郎については最近ちょっと様子がおかしい。もちろん、相変わらずなんとか安倍政権への追求をかわすキッカケを虎視眈々と狙いながら、スキあれば余計なことを言って話をそらずということを続けてはいるのだが、このところその言動が鈍いのだ。
田崎ス史郎と言われるほど、安倍晋三とはズブズブの寿司友のはずなのに、森友の特集をやっていたことのように玉川徹と激しくバトルこともなく、ほとんど役に立たずに去って行くことが多い。

田崎のような男の目から見ても、もはや安倍晋三の賞味期限は切れかけているように見えるのだろう。これ以上あからさまな寿司友をやっていたら、ポスト安倍になったときに総スカン食らってしまう。くわばらくわばら てなものだろう。


20170510-2.jpgもうひとりの山口敬之はどうか。こちらは森友以降も、元気はつらつである。
連休前にも 北朝鮮からミサイルが飛んでこないと言うやつは、北朝鮮の毒まんじゅう食らったバカなやつだ と言い放っていた。
(連休にのんびりゴルフ三昧していた男は 毒まんじゅう食ったのだろうか)

これだけ「もどき」も含めたジャーナリストが安倍を見放しているのに、なんで山口敬之だけはこれほど忠誠を誓うのか、むしろ疑問だったわけだが、その理由が見事に暴かれた。
強姦をもみ消してもらったのだから、何があろうと逆らえるわけがないわなあ。

この卑劣な強姦野郎のニュースは、大手紙やテレビでは報じていないようだが、ネット上では充満している。
「山口」でググっても4番目に出てくる。
もはや隠しおおせることは不可能となれば、新聞テレビも後追いする。森友と同じパターンだ。



こんな鬼畜行為を握られている男しか追従しなくなってしまった安倍政権。
万全のメディア対策をして、どんな悪事を働こうが、いかなる不祥事が勃発しようがまったく音無しで過ぎ去っていた数ヶ月前までの安倍政権がウソのようだ。

やはり、森友学園問題は、安倍晋三のアキレス腱なのだ。
同様の事件としては、規模的には加計学園のほうがずっと大規模だが、二つの点で安倍へのダメージの程度が違う。

ひとつは、教育勅語だ。
教育勅語は、大日本帝国が鬼畜米英と闘うために唱えられていたものであり、精神的支柱であった。こんなものの復活を宗主国である米国が許すはずがない。
「朕󠄁惟フニ我カ皇祖皇宗~~」「安倍首相がんばれ!」のあの映像は、我々が思う以上に大きな衝撃をもたらしたはずだ。


20170510-1.jpgふたつめは、安倍昭恵の深い関わりだ。
森友学園が勝手に安倍晋三頑張れと言っている分には大きな問題にはならない。しかし、安倍昭恵が籠池夫妻と三人四脚で手を取り合って「教育勅語学校」を建設しようとしていたことは、もはや物証がありすぎて誰にも否定できない。
安倍昭恵を通して、安倍晋三という人間が、表向きは米国にもトランプにも媚びへつらっていいるが、心の中は「鬼畜米英」なのだということがばれてしまった。

これが、安倍政権の万全のメディア対策のほころびの始まりだった。
森友事件については、メディア規制ははずされた。そして「メディア規制が外された」ということ自体が、(自称)ジャーナリストにとっては「安倍政権が宗主国に見切りをつけられた」ということであり、政権の終わりの始まりを敏感に嗅ぎ取った。

本当は、鬼畜山口敬之も逃げ出したかったろう。しかし、菅あたりから「わかってるだろうな」と言われれば、従わざるを得ない。
完全に浮いているのを自覚しつつも、自棄のやんんぱちで安倍親衛隊をつとめてきた。

しかし、せっかく頑張ってきたのに、ついに秘密は暴かれてしまった。
さすがのテレビ業界も、山口は使えないだろう。もう、直球で安倍晋三を擁護してくれる(自称)ジャーナリストはいない。
安倍政権は、もう風前の灯火なのである。



ところが、この安倍政権をがっつりと支える支持基盤が存在する。

その名は 民進党。

安倍政権を倒したいならば、野党がとりあえずやるべきことは三つだ。
ひとつ。国会審議をストップさせる。
ふたつ。国民運動を呼びかける。
みっつ。米国側に安倍の本音(鬼畜米英)を詳しくチクる。

せめて、国会を止めることぐらいやったらどうなのか。
しかし民進党は、粛々と審議に応じ、「健全」な国会運営に協力している と山本太郎さんが先日の会見で皮肉山盛りで嘆いていた。

民進党の頭の中にあることは、
自分の議席だけは守りたい。そして、もう二度と政権は取りたくない。 ということ。
ここを間違えてはいけない。民進党は、議員にはなりたいけれど、政権は取りたくないのだ。あんな大変な思いをするのはもうまっぴらごめんだ、と思っている。

そうなると、できるだけ解散は後回しにしてもらって、安倍政権が長期安定に続くことが、民進党にとってうれしいことなのである。
そしてこの民進党の性根こそが、風前の灯火の安倍政権を支えているのである。。



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本日は 「なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり」はお休み。
次回から再開します。

これまでのリンクを貼っておきますので、興味のある方はかため読みをどうぞ

なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 1
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 2
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 3
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 4
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 5
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 6
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 7
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 8
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 9
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 10
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 11
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 12
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 13
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 14
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 15
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 16
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 17
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 18

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2017-05-08(Mon)

護憲は安倍改憲に勝てるか

安倍晋三の改憲宣言は、改憲派からも護憲派からも唐突感をもって受け止められた。

安倍改憲の本丸「9条改正」に待ち受ける関門
ついに改憲をブチ上げた首相の戦略とは?
2017年05月08日 東洋経済


首相は現行憲法が施行70年を迎えた5月3日、改憲派の集会に自民党総裁としてメッセージを寄せ、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」「9条1項、2項は残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」などと語った。併せて「教育は重要なテーマ」として改憲による「高等教育の無償化」にも意欲を示した。
(引用以上)

改憲派からは、これまでの自民党草案とはまったく違う内容に戸惑いがある。

自民・石破茂氏が首相改憲メッセージにさっそく疑義 
「党内議論になかった考え方だ」「自衛隊と9条2項の関係は…」
2017.5.3 産経


一方で護憲派には、共謀罪(テロ対策法)の強行採決を目前にして、輪をかけて世論を刺激することはしないだろうという、油断があった。いくらヒールでも、凶器を振り回しながら、同時に目つぶし攻撃をしてくるとは思っていなかった。

もとより幹部のなかに改憲派をかかえる民進党は、明確な対応はできず、何を言いたいのかわからないことをモゴモゴ言っている。

3日に安倍晋三が発表した改憲の方向性は、三つある。

① 九条を残して、但し書きのように自衛隊を明記する
② 教育無償化を憲法で定める
③ 憲法の規定に則って正面から改憲を提起した

①は公明党、②は維新を取り込むための内容であることは論をまたない。
そしてさらに、、③は民進党(の一部)をとりこむものである。戦争(安保)法案で民進党が反対の最大の根拠にして、まがいなりにも野党共闘の軸になったのは、「立憲主義」である。
解釈改憲によって立憲主義を踏みにじるのはまかりならん、というのがおそらく半分は改憲派であり、安保法制自体は必要だと考えているであろう民進党と、他の野党との最低限の共通点であった。

しかし、憲法をまもり、憲法の規定に則った正面からの改憲議論に、民進党は反対することはできない。一応のポーズはとるだろうが、ずるずると取り込まれていくことは間違いない。
まして、2020年と年限を切った安倍晋三の迫力に、すでに民進党は飲まれており、すでに勝負はついているともいえる。

他の少数野党がいくら頑張っても国会審議を止めるところまではできないので、国会での発議は、少なくとも現状の両院2/3を確保しているかぎり、まず間違いなくいつ出しても通る。

また、九条を残すということは、原作者の米国に対する配慮でもある。
米国は、軍産側もトランプ側も、突出した日本の軍事大国化は望まない。米国にとって都合のいいだけの、適度な軍事力は強要してくるものの、あくまで米国傘下、統制下に限定されている。
世界第5位の自立した軍事大国がアジアに出現することは決して許さない。
九条を残すことで、「米軍の要請があれば世界中どこでも行きますが、勝手に領海からは出ていきません」と宣誓しているのである。

これは米国のみならず、リベラルの中の専守防衛ならOKという人たちにはかなりの説得力をもっている。
護憲派のみなさんは、そんなのゴマカシだと言うだろうが、論理的にはそういうことになるし、すでにこのような意見が表明されている。




もちろん、この二人も安倍晋三の改憲の進行には賛成はしないだろうが、「リベラル」といわれる人の中でもこういう意見は多くでてくると言うことだ。



とはいえ、最後は国民投票が必要になる。
いかに安倍自民党が盤石に見えても、これは必ず通るという保証はない。
選挙でいつも自民党が圧勝するからと言って、国民投票でも圧勝するとは限らない。選挙で自民党が勝つのは、これまでの惰性というか、一種の慣性の法則があるが、現状を変更する改憲については、はるかに大きなエネルギーが必要だ。

しかも、改憲をしかける側にとっては、やる以上は必勝でなければならない。
絶対に勝てるという確証がない限り、中途半端に発議して、万が一否決されてしまうと、打撃ははかり知れない。
つぎのチャンスまで、また何十年も雌伏を強いられるかもしれない。

その意味で、2020年と時間を切って改憲を提起したことは、安倍晋三にとっても並々ならぬ決意のあらわれであり、反対派にとっては安倍的なものにとどめを刺す好機となる可能性もなくはないのである。

民進党はともかくとして、生粋の護憲派はどのように対応しているのだろうか。まずは共産党。

安倍氏「改憲」明言 9条破壊の暴走加速許されぬ
2017.5.5 しんぶん赤旗


首相が改憲項目の冒頭に9条をあげ、自衛隊を憲法上位置付けると表明したことは、改憲の「本丸」が9条にある本音を示すものです。自衛隊を9条に書き込むことは、「戦争放棄」の1項や「戦力不保持」の2項と矛盾するもので、従来の「歯止め」をなくし、海外での武力行使を文字通り無制限にすることにつながるものです。発足以来、海外で一人も殺さず、一人も殺されることのなかった自衛隊の性格を、根本から変える重大な改悪にほかなりません。
(引用以上)

ポイントは、一項、二項と矛盾するということ。これは、立場は違えど石破茂の主張と同じである。

社民党は、なんと公式には声明を発していないのだが、福島みずほ氏のツイートを引用する


集団的自衛権だから、専守防衛にならない、というが反対のポイントのようだ。

自由党は護憲派ではないが、安倍晋三の改憲には反対している立場なので、こちらもチェックしておく。社民党と同じく公式声明はないので、こちらも小沢一郎事務所のツイートから。


こちらは、そもそも安倍晋三が立憲主義ではないから反対、ということ。改憲の内容には触れていないのは、鳩山氏や米山氏と同じく原理的には自衛隊を憲法に明記すべきだというのは、自由党の考えでもあるからだろう。

いずれにしても、かつての護憲派のような 「平和憲法を守れ!!」的な高らかな憲法賛歌と、それに手をつけようとするものを無条件に悪の権化と見なす論調は影を潜めている。
よく言えば慎重、悪く言えば、言い訳がましいのである。



長く続いた選挙での連戦連敗で、護憲派は自信を失っているのだろうか。

しかし、先にも書いたように、国民投票と選挙は同じではない。しかも、敵は万が一にも負けられないのだが、もし今回の改憲内容が九条三項と教育無償化だけだとしたら、通ってしまったとしても日本の姿はすぐには変わらない。
改憲という実績を作られてしまうことは大きいことではあるが、自衛隊はこれまでどおり自衛隊だし、教育が無償化されるとしたら国民はむしろ喜ぶ。国の姿が変わると言う意味では、むしろ、戦争法案のほうがはるかに大きかった。
国民の命にとっての正念場は、「次の改憲」ということになる。

つまり、今回の改憲については、安倍晋三のほうが背水の陣なのであり、しかも勝てるという保証はない。
経済政策では、金持ちが集まって予算権を握っている自民党は圧倒的に強いけれど、憲法論議は北朝鮮脅威を必死にあおっても、なかなか安倍の思うようにはなっていない。

不戦「9条が貢献」75% 安倍政権で改憲「反対」51% 世論調査
東京新聞 2017.4.30


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(引用以上)

他社の調査も同じようなものだ。
安倍晋三の、いわば「新改憲提案」は、こうした情勢を睨んで、自民党草案ではとても通らないと判断したのではないだろうか。

安倍晋三といえども、決して楽勝ではない。
しかし、今のそれぞれの対応を見ていると、野党は安倍晋三の迫力に負けている。最初から「どうせ勝てない」と諦めている。
目を覚ませ!!



では、これまでの「護憲一本槍」で勝てるのか。

それは残念ならが無理だろう。
上にあげた東京新聞のグラフにあるように、改憲自体はもはや多数派である。内容にかかわらず、無条件に指一本触れるな式の護憲運動では、むしろ逆効果にもなりかねない。

それにしても、圧倒的多数が九条のおかげで平和だったと認めながら、なぜ護憲運動には冷たいのか。
それは、現行憲法の秘密が関わっている。

詳しくは 1年前の記事を読んでいただきたい。少しだけ自家引用しておく。

憲法という「ゆりかご」
2016.6.6


この憲法は妥協の産物として生まれた、ということが明らかだからだ。
つまり、左手には9条、右手に1条、頭の上には日米安保+地位協定がのっかり、足下には沖縄を踏みつける。これが憲法の歴史的な位置である。

憲法は良いけど、安保や沖縄切り捨てはよくない、というのは居酒屋論議としては結構だが、歴史をふまえない話であり、まったく意味をなさない。この条件でなければ生まれなかったのが日本国憲法なのであり、この全体像のなかの一部を担うのが日本国憲法だったのである。


(略)

日本国憲法は民主主義の「ゆりかご」だったのである。

ところが、戦後の民主主義を先導する人たちは、この憲法こそが民主主義だ。民主主義の完成形だ と勘違いした。
これから、いちから創っていかなければならないのに、もう手の中にあると思い込んでしまった。

「ゆりかご」の心地よさを、戦後民主主義と称して満喫し、いちから創る努力を怠り、憲法の本質を議論することには「改憲派」とレッテルを貼って排撃した。
「ゆりかご」から飛び立つのではなく、「ゆりかご」のなかで70年間を過ごしてきてしまった。

(引用以上)

民主主義を標榜する「左翼」や「革新」こそが、国体護持の象徴である現行憲法ではなく、本当の自分たちの憲法を作ろうという改憲運動を起こすべきであった。
現行憲法のいいところはもちろん残しながら、自分たちの憲法を自分たちで作るという、最高の民主主義を実現するために何をするべきなのか。そこから逆規定して、政治に取り組むべきだったのだ。

それをまったくネグレクトして、ゆりかごの中の日本の民主主義を息絶えさせてしまった責任は、すくなくともその半分は「護憲派」にある。
そのような、民主主義圧殺の前科をもつ護憲運動には、日本人の過半の心をつかむ生命力はない。自分たちの運命を自分たちで決めるのだというワクワク感を、70年間押しつぶしてきたという自覚と反省なしに、国民の心に届く言葉を発することはできないだろう。

もちろん私自身も、安倍政権下での改憲には1mmのブレもなく反対だ。
安倍政権でなくとも、ここまで民主主義が腐敗してしまった日本で、そう簡単に改憲はできないと思っている。
いかに使い古した「ゆりかご」でも、もうしばらく使わせてもらわなければ、元も子もなくなってしまう。

しかし、あくまで「ゆりかご」は「ゆりかご」であって、やはり将来的には「自分たちで自立する」ことが絶対に必要だと言うことは明示すべきなのだ。
その大きな目標を提示することで、初めて人は独り立ちを意識し、個人が政治にリンクする。

そのような緊張感を持った議論の中でこそ、「安倍晋三の改憲はダメだ」「性急な改憲はダメだ」「今やっと議論が始まったところじゃないか」という話ができる。リアリティをもつことができる。

それは、鳩山氏や米山氏のような、九条三項はOK みたいな話ではなく、もっと大きな「自分たちの憲法」をつくるための大きな運動、運動と言うより大議論をこれまでの護憲派の側からよびかけていくことで、70年越しで1億2千万の臣民を国民に生まれ変わらせるのである。

私は、これが安倍改憲にたいする戦い方であり、これを起死回生のチャンスとする戦略であると思う。

安倍の迫力にタジタジとなりながら、退却しながら防戦する「護憲」運動では、時間とともに国民に見放され、本当の正念場である「次の改憲」に立ち向かう陣形も残らない。

護憲派も、原則改憲派も、「自分たちの憲法」とはなにか、を深く深く考えて、議論することが必要だ。
そのような場を作ることが 絶対的に必要だ。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 18

17 からつづく

 それはともかく、シックハウスについては、こうやってひとつひとつリスクを減らしていくことしか、今のところできないだろうと思っている。それは技術的に難しいこともあるのだけれども、それ以上に、あまりにもそこにこだわると、せっかくの家づくりが楽しくなくなってしまうという理由もある。いま苦しんでいる方はそれ相応の対処をしなければならないが、これまで特に何の対策もとっていない賃貸住宅などに住んでいて特に症状が出ていない人の場合、シックハウス対策にあまりにも神経を使いすぎるよりも、もっと他に考えることがたくさんあるはずだ。シックハウスというマイナスをゼロに戻す作業よりも、プラスを積み重ねていく家づくりにした方が、ずっと楽しくて実りがあると思うのだ。
 そんなわけで、T町の三セクを追い出されたボクは、シックハウスの世界ともちょっと距離をおくようになった。

■ 山の世界から床下の世界へ

 高知県T町の第三セクターをクビになったボクは、地元の工務店に拾われた。もともとその三セクの店を開くにあたって千里界隈に根を張っている工務店にいろいろ協力してもらっていた。その会社から「来るか」と言われたので、当面何のあてもなかったボクは世話になることにした。リフォームの営業のようななんだかよく分からない部署にいたけど、ボクのような中途半端なやつはよほど使いにくかったと見えて、やがて上司も部下もいない一人部署になった。会社の看板だけ使って千里ニュータウンで勝手に営業して勝手にリフォームやらを受注するという暮らしを数年続けた。

 会社とつきあいのある信用金庫のお客さん向けイベントで園芸教室の助手をしたり、自分で勉強会を企画してチラシまきしたり、お客さんの御用聞きのようなことをしたり、実に不思議な数年間だった。本当は新築住宅の設計をやりたかったけれども、設計部は別にあるので自力で受注しない限り自分で設計はできない。かなり頑張ったけれどリフォーム以上のことはできなかった。

 この会社に入ってまずビックリしたのは、工事を請け負う前に見積もりを作らないことだった。もちろん、大きな工事は見積もりするけれども、リフォーム程度で「見積もりお願いします」と工事部に依頼すると怒られるのだ。何をするにも事前に見積もりを出すのが当たり前だと思っていたボクは、頭の中が???だった。よくよく話を聞いてみると、この会社はもともと大地主さんの仕事ばかりしており、そういう旦那衆は修繕工事の見積もりなど要求しないのだ。かかったらかかっただけ後から請求する。それを黙って払ってくれる。そういう関係のなかで育ってきた会社だから、リフォームの見積もりを頼むと怒られるのだった。

 しかし、高度経済成長期に農地が宅地にかわって、濡れ手に粟で大地主になった人たちは、その頃には代替わりの時期を迎えていた。大地主にべったりで生きてきたその会社も転換点にあったのだが、その転換は上手くいっているようには見えなかった。地主さんの二代目からはむしろ疎んじられて、大きなお客さんが次々と離れていく様子がボクのような外様社員にも見えた。経営者一族もかなりの地主だったからすぐにどうこうということはないにしても、ちょっと危なげだなあというのは多くの社員が感じていた。

 労務管理もかなりユルユルで、まあおかげでボクのような不良社員もいられたわけで、とても感謝はしている。なんというか、根性の悪い会社ではなかったと思う。話は少しさかのぼるが、千里に高知県の出店ができるとき、この工務店を含めて多くの関係各位が集まってきた。県と町の補助金事業だったので、いわば公共事業ということで、高知県人会とかどっかで高知につながっている皆々様(ありていに言えば有象無象)が大集合して、何かオイシイ仕事にありつこうとした。そういう方々をさばくだけでも大変だったくらい。そんなときに、この工務店はオイシイとこ取りをするのではなく、真剣に出店の手伝いをしてくれた。経営的にはいろいろ問題はあったし、地主の御用聞きはボクの性には合わなかったけれど、やはり善意の会社だったのだろうと思う。

 この会社に勤めている間にこっそりやったことは、本を書いたことだ。厳密には本の原稿。最初は自分の知識をまとめておきたくて、簡単な冊子をつくった。でもそれでは無味乾燥なので、ちょっと読みやすくして「まぐまぐ!」のメルマガにして発行することにした。週に1回半年間。Kさんという架空のおばちゃんを登場させてボクとの対話形式にしたところ、結構評判が良くて、自分でも面白くなってきた。25回分が終わったところで短大時代の恩師に原稿を見せたところ、出版してみろといって彰国社の編集者を紹介してくれた。それが「家を建てる。家づくりはたたかいだ」になったのだが、この話はまた後日。

 設計はできなくともリフォーム営業でそれなりに数字をあげていたボクは、気持ちの無理が蓄積したらしく心身の状態がおかしくなってきた。たぶん2004年の春くらいからだったと思う。それまで何でも一人だったのが、そのころから新しくチームで営業を始めることになり、ちょっと張り切った矢先だった。気持ちはあるのに体が動かない。あれ、なんだこれは。最初はそんな感じだった。リフォーム営業がイヤでイヤでたまらないというのではない。よしやるぞ、と思っているのに、どうしても体がいうことを聞かない。ぎょぎょぎょ、これが世に言うウツ病か。。。

19 につづく

※明月社のホームページを大改造!家にご興味のある方は一見を → 木の家プロデュース明月社
2017-05-01(Mon)

日本のメーデーが燃えないのはなぜか

今日はメーデーだった。

May Day 5月の日。昔は古代ローマの花の神、フローラを祝う祭りだったとか。
たしかに、今の時期はいろんな花が一斉に咲き乱れ、フローラ祭りをやりたくなる気分よくわかる。

そんなほのぼのとした祭りの日が、なんで労働者の権利をもとめる闘いの日になったのか、その経緯はよくわからない。
一説では、祭りの日は労使が休戦して仲良く楽しんでいたのが、やがて労働者の権利の主張につながったという話も見かけた。

その辺の経緯はともかく、本格的に労働者の闘いの日になったのは、このあたりが定説のようだ。

(以下引用)

世界大百科事典 第2版の解説

その起源は1880年代のアメリカにおける8時間労働制を要求する運動にある。84年に〈労働騎士団〉をはじめとする労働組合が,5月1日を期して8時間労働制要求のゼネストを行うことを決め,第1回の行動として86年5月1日に〈8時間の労働,8時間の休息,8時間の教育〉をスローガンとしてストライキ,デモ行進を行った。

(引用以上)

130年前に8時間労働を求めて立ち上がったのが、労働者のメーデーの始まり。
しかし、現代日本を振り返ってみると、月に100時間の残業もOKで、70~80時間は当たり前だ。130年間、何の成果もえていないということだろうか。
それどころか、残業時間の天井を決めることで、それを超える時間は自動的にサービス残業にさせる、ということがまかり通っている。36協定は、労働者を守るどころか、サービス残業の理由になってしまっている。

近年は人手不足だと言いながら、労働環境の改善はされず、少ない人数でより多くの仕事をさせるという、より過酷な労働環境になっている。いったいぜんたい、労働市場という観念は、日本には存在しないのか??

これほどひどい日本なのだから、130年前よりは、ちょっとはマシにしろ! と働く人たちが立ち上がって、盛大なメーデーを敢行しても良さそうなものだが、昨今のメーデーはまったく盛り上がらない。
30年くらい前に病院に勤めていた頃は組合があって、私もメーデーに参加していた。当時はまだしも人数は集まっていたようだが、集会後の組合のボーリング大会が楽しみだったり、日当めあてだったりして、あまり切実な闘いの雰囲気はすでに無かった。

まして、その後建築の世界に入ってから、組合というものにお目にかかったことがない。中堅ゼネコン、零細設計事務所、地場の工務店などなどいろいろ勤めたが、労働組合なんて月の世界はなしかと思うくらい、まったく縁の無い、遠い遠い世界だった。メーデーなんてニュースで見て、へえそうだったんだ、と思うくらい。

これを、「日本の労働者は意識が低い」と決めつけてご高説をたれるのは簡単だ。しかし、私はそんなことではないと思っている。

結論から言ってしまうと、日本でメーデーが盛り上がらない理由は、日本が資本主義ではないからだ ということだ。
日本には労働者はいない と言う意味でもある。

労働者というのは、労働力だけを糧として生きる人間のことだ。
労働力以外の生産手段を独占しているのが資本家で、労働者と資本家は必然的に対立せざるをえない。
というのが、典型的な資本主義の姿である。

しかし、日本の「資本主義」には、労働者と資本家の対立以上に鋭い対立が内包されている。
それは、元請けと下請けの関係だ。
大企業と中小零細の関係といってもほぼ同じ意味だろう。

明治時代に無理矢理「資本主義」の国になった日本は、官僚が敷いたレールの上を政商が走り、多くの零細企業はその下支えをさせられた。
敗戦後、財閥解体で一度はそうした構図がなくなるかに見えたが、実質は何も変わらず、官僚主導の官製「資本主義」が異常に発達した。護送船団方式などとも言われた。
限られた巨大企業が圧倒的な主導権をもち、中小零細はそのおこぼれをもらって生きるしかない、という構図は、産業規模が大きくなったぶんだけ、むしろ戦後に強化されたのではないか。

いかに中小企業と大企業の格差があるかについては昨年12月に書いたこの記事を参照してもらいたい
 → 国民の7割は中小零細企業の社長と社員とその家族だ 

収入面の結論だけ書くと
中小企業の社員のほとんどは、全体の平均年収ももらえていない。
まして小規模企業にいたっては、社員5千人以上の超大企業の年収の6割にすぎない。
これに福利厚生や退職金を含めれば、もっと大きな差が開く。

大企業からギリギリのコストを押しつけられている中小零細企業で、労働者が盛大に権利を主張すると、ほんとに倒産する。
そういう現実の中で、7割の「労働者」は働いている。
そのリアルに向き合っている目からは、組合作ってメーデーで盛り上がれる身分はうらやましい限りだ。

また一方で、大企業社員や公務員は、比較的恵まれた待遇があるために、あえて組合だメーデーだとやらかす動機が薄くなる。
当然のこととして、組合はあっても組織率は激減してきた。

日本の「資本主義」は本来の自由競争とはほどとおい官製「資本主義」であり、スタートでできた格差が長年の蓄積でさらに差が開いた状態が今日の姿である。
第2に財閥解体をやらないかぎり、日本に資本主義は生まれないし、本来の意味での労働者もうまれない。

では今の「労働者」に見えているものはなにか。
それは、村落共同体に縛られ、年貢を搾り取られていた農民の姿そのままである。
幕府や殿様が「政官財」にかわり、村落共同体が中小零細企業に様変わりはしているが、大きな構図は江戸時代と何ら変わっていない。

このような今の日本で 労働組合やらメーデーやらが盛んになるわけがない。
この現状を出発点にして、なんとか人が人らしく生きていける途を探るためには、私は労働者VS資本家の闘いではなく、下請けVS元請け、中小零細VS政官財 の闘いを作っていくべきなのだと思っている。

こんどこそ財閥解体を成し遂げて、明治から営々と積み上げてきた官製のアドバンテージをすべて奪い取り、改めて自由競争による資本主義を発進するところから、この国はやり直すべきだ。

なお、誤解のないように蛇足を書いておくと、新自由主義は自由競争とはもっとも遠い場所に生息するアンフェアの権化のような存在であり、資本主義ですらない。だから、資本主義の出来損ないの日本は、やすやすと新自由主義の餌食になったのだ。
だから、私の言う自由競争は、新自由主義礼賛ではない。真逆である。

また、やり直した資本主義がうまくいくという保証もない。
しかし、あまりに不平等から出発した官製「資本主義」を一度解体しなくては、これをいくらこねくり回しても、腐った材料は腐った料理にしかならない。

こうした自由競争の資本主義を生き生きと活動させるために、政治の福祉とかセイフティーガードが必要なのだ。
福祉大国と言われるスウェーデンは、企業に対する救済を一切やらない、極度の自由競争主義だという。だから、業績が悪いとどんどん倒産し、じゃんじゃん失業する。なので、不採算分野はさっさと儲かる分野に鞍替えして、失業者は手厚い福祉でバックアップされる。
国の規模が違うから、単純に引き写しはできないが、これが本来の資本主義なのではないか。

血のメーデーから65年。
昔日の劣化コピーで、惰性のメーデーを続けることよりも、もっとラディカルに変革を考えてみることが必要だ。
5月1日 そう考えた。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 17

16 からつづく

 では、化学物質過敏症ではないシックハウスとは何かというと、家が原因で病的な症状をきたすこと全般である と当時そのNPOでは言っていたように記憶する。原因物質はいろいろあるわけで、もちろんペンキや接着剤や合板などの建材から出るトルエン、キシレン、ホルムアルデヒド、シロアリの薬(防蟻剤)だったクロルピリホス、建築とは違うけれど家の中にある防虫剤のパラジクロロベンゼンが代表物質と言われている。建築基準法で、クロルピリホスは禁止、ホルムアルデヒドは建材から発散する量によって等級がつくようになったので、一般の人でもなじみがあるかもしれない。

 建築基準法で決められたのはもう一つ。強制的な24時間換気だ。さきほどの防虫剤なんかもそうだし、家具や消臭剤やいろいろと家の中に持ち込む化学物質がたくさんあるので、それを吐き出すために人が常時いる部屋は24時間換気扇を回しっぱなしにしなければならない。当然、排気がある以上は吸気口もつけなくてはならず、いくら弱で回しても冬などは寒い。ここまでしなくちゃならない理由は、じつは持ち込み物質だけじゃない。イマドキの建材はたしかにホルムアルデヒドはかなり抑えられているし、トルエンやキシレンがプンプンするものはほとんどない。でも、他の物質を開発して代替しているので、さて何が良いのやら悪いのやら、よほどの化学物質の毒性に詳しい専門家じゃないとよくわからない。しかも、クロルピリホスのように昨日まで問題ないと言われていた物質が急に禁止になったりするわけで、専門家の言うことを丸呑みにするのもなんだか怪しい。

 いろいろ考えたあげく、ボクがたどり着いたのは「できるだけリスクを減らす」という何の変哲もないありふれた答えだ。まずゼロにはできない。化学物質もゼロは難しいし、天然化学物質は木の家ならばじゃんじゃん出てしまう。天然だって度が過ぎれば症状が出る。桧(ひのき)なんてほんのり香ってるぶんにはいい臭いだけど、六面を桧に囲まれた部屋だったりすると頭が痛くなる。桧オイルをこぼしたときなんて、もう大変だった。ゼロリスクにはできない。そのことは、まずはじめに住み手の人に言っておかなくてはならない。

 その上で、できるだけリスクを減らす。家の内側には合板は使わないとか、江戸時代から長く使われている材料にするとか、人口の化学物質を使うときは揮発性のない物質にするとか、まず口には入らない箇所に限定するとか。一番気をつけているのは、床暖房を使うときの床材だ。床材には見えている床材(フローリング)と、その下にもう一枚貼ってある床下地材がある。イマドキの家は99%厚い合板(ベニア板)の床下地材の上に合板のフローリングが貼ってある。もちろんホルムアルデヒドをあまり出さないフォースターという等級のものなんだけど、これが暖房かけちゃうと思い出したようにホルムアルデヒドを出してしまう。床だから逃げるわけにもいかなくて、寝転んだり子どもだったりペットなんかはかなり濃いのを吸ってしまう。なので床材、とくに床暖房するとこは合板は使わずに無垢の板にするか、揮発性のない接着剤を使った集成材にする。

 あと、建材から出る物質で気をつけなくちゃいけないのは可塑剤だろう。ビニールクロスとかビニールのシートを表面に貼ったドアなんかの建材から出ている。最近の一般的な新築住宅で臭っているのは、ほとんどこれじゃないかと思う。環境ホルモンの疑いなどもかかっていて、ボクはできるだけ避けるようにしている。

 見た目に反して化学物質の温床と言われているのが畳。い草を染める染料と、育てるときの農薬、裏側に貼ってある殺虫シート、畳床に使われているポリスチレンなどなど、どれも致命傷ではないかもしれないが、できるだけリスクは減らしたい。だから、明月社の家ではダイケン畳というのを使っている。い草の代わりに和紙のこよりなので農薬はないし、畳床はインシュレーションボードという木の繊維を接着剤ではなくて熱で固めたボード。もちろん完璧ではないけど、かなりマシである。ご予算がウンとあって和室にはこだわりたいという方には、無農薬のい草に無農薬の藁床畳という高級オプションもある。

 家の中の建材で、かなり面積が大きいのはドア。イマドキドアは木の繊維を接着剤で固めたもの(MDFという)にビニール系のシートを貼ってある。そのシートの木目が職人の「作品」だという話は前に書いた通り。このドアも、もちろん建築基準法の基準は守っているけれども、やっぱりできるだけリスクは減らしたいので、予算にも関わるので必ずとはいかないけれども、無垢の木を使ったドアを使いたい。完全無垢は技術的に難しいので、揮発性のない接着剤を少量使った集成材と言うことになるが。

 よく使っているのはニュージーランドで一貫生産していることをウリにしてよくTVコマーシャルもやっているあのメーカーの製品。「さんざん国産材だと言っておきながら何なんだ」と怒られそうだが、なにせお値段の問題がある。国産材のドアメーカーはなかなかのお値段なのだ。実は、そんな中でもシンプル&リーズナブルに製品化できそうな工場を見つけたので、新幹線に乗って工場の見学や打合せにも行ってきた。次の設計でご予算が合えば使ってみようと思っているのだが、肝心の次の仕事がない! だれかボクに家を作らせてくれ・・・

18 へつづく

2017-04-26(Wed)

【森友疑獄事件】2015年9月4日 すでに1.3億円売却は内定していたのではないか

森友事件が新展開を迎えている。

2016年3月15日に籠池夫妻が財務省理財局の田村室長に面談したときの音声データが暴露された。
おそらくは、籠池氏から菅野完氏に託された段ボール4箱の中の一部なのだろう。

生々しい「あのお方」の連発に、やっぱり安倍昭恵の印籠なんだな、との印象は深まった。
しかし、私が注目したのは、このときの面談で資料として使われたらしい、前年(2015年)9月4日の近畿財務局での打ち合わせ記録のほうだ。
近畿財務局、大阪航空局、中道組(産廃処分の施工)、キアラ設計 の実務者会議である。

この記録は3月はじめの段階で産経新聞が報道し、財務局が「産廃の埋め戻し」」を指示した、ということで問題視されていた。
今回、またまた舞台に登場してきたので、この打ち合わせ記録の全文を確認してみたところ、非常に不審な点を発見した。

全文については、こちらのサイトが書き起こしをしてくれているので、引用させていただいた。主旨は当ブログとは反対のようだが、このような原資料を残してくれていることには感謝したい。
 → 森友学園問題:「業者側の記録」文字起こし

以下は引用であるが、途中で※として私のコメントを挟む

中道組:先日現場立ち合いにてご確認頂きました汚染土に含まれている産廃と地中埋設物除去範囲に含まれている産廃処分につきまして予算計上可能か否か今後の施工計画について打合せする必要があるのでお時間頂戴いたしました。

財務局:土壌改良及び地中埋設物除去範囲の産廃量及び金額を教えていただけないでしょうか。

中道組:汚染土に含まれる産廃は既に処分しましたが701.5tで約400万円となり、地中埋設物除去範囲に含まれる産廃は北東部のみの900tで仕分処分費が高く@¥38,500/tとなり約4000万円になり、北西部にも産廃含有が見込まれておりますのですべて撤去となると膨大な金額となる為、工事を進めてよいものか判断いただきたい。

財務局:まず、汚染土の産廃仕分け処分費(@4,800円/t)と地中埋設物除去範囲の仕分け産廃処分費(@38,500円/t)の違いについて説明願います。

中道組:汚染土処分業者と産廃処分業者との単価違いの為、安価な業者があれば推薦願いたい。


※仕分処分費@¥38,500/tというのはベラボウな金額ではない。北東部というのはおそらく敷地全体の1/5くらいなので、このままやると2億円くらいになり、契約金額の1.3億円を大幅に超えてしまう、というのが中道組の言いたいことだろうと思われる。

財務局:業者が違うから単価が違うでは上層部への説明がつかないのと北東部分だけの産廃だけで約4000万円もかけ、北西部他地域の予測される産廃処分を併せて考慮するとそもそも地価を上回る瑕疵が発生する国有地を貸し出しすることは出来ないので契約取止めになる。

※ここが最大の問題。この時点では地価は9億円。北東部で4千万なのに、なんで全体で地価を上回るのか? おかしい。この段階ですでに1.3億円相当で売却するというシナリオがあったのではないか。

キアラ:産廃処分費に予算がつかないのであれば、基本的に建築工事に支障はないので場外に出さない方法を考えるしかないと思われる。

財務局:出来ればキアラ設計に場外処分を極力減らす計画を考えてもらえないか。

キアラ:建築工事で掘削深度は1.5mから2mぐらいであるので深い部分にある産廃は影響ないが出土した産廃を場内処分する方法も考えるが森友学園への説明方法も難しい。


※建築工事上、(この段階で処分工事をしている)深さ3mまでで十分だという意味。その深さ3mまでから出てくる産廃についても、敷地内のどっかに埋める方法を考えます、とキアラ設計は言っている。

財務局:建築に支障ある産廃及び汚染土は瑕疵にあたる為、費用負担義務が生じるがそれ以外の産廃残土処分が通常の10倍では到底予算がつかないが借主との紛争も避けたいので場内処分の方向で協力お願い致します。

※通常の10倍ではなく、@4,800円/tのほうが異常に安い。たぶん汚染土処分費に基本料金は含まれていて、若干の追加だったのだろう。実際、半年後に大阪航空局が8.2億円の処分費を算定したときには@38,500円/tよりさらに高い単価で計算している。

キアラ:小学校の開校も延びたので設計段階で可能な限りの場内処分計画を検討します。

中道組:9/10から東側から埋設物撤去作業にはいるので契約通り3mの掘削実施し、ガラ振い分けを行い残土は埋め戻させて頂きます。


※結局産廃の処分方法は決まっておらず、振り分けをして仮置きします、という意味だろう。

財務局:来週の月か火曜日に現地確認させて頂きます。工事を進めていく上で問題があれば相談には随時対応いたしますが、2期工事の見積資料も頂戴したいのでよろしくお願いします。

中道組:これから2期工事の見積書も作成しますので森友学園様からの了解も頂いた上で提出させて頂きますが以前保留となっていました、樹木、アスファルト撤去費用と処分費については補助対象の結果は出ましたか。

財務局:撤去費用は補助対象としますが処分費は補助対象外となりました。

キアラ:我々の立場で申し上げることではないので2期工事分と汚染度産廃処分費、既設管モルタル注入費は追加工事として契約計上し、場内処分方法も検討します。

財務局:よろしくお願いします。


※この打ち合わせでは処分方法も金額も確定していない。同様の打ち合わせが後日行われているはず。 

(引用以上)

やはり最大の問題は、なんで「地価を上回るのか?」ということだ。

1.3億円の(第1次)処分費を見積もった大阪航空局の資料をみても、北東部分というのは右上の出っ張っている部分と思われ、全体の1/5程度であることが一目でわかる。

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どう考えても計算が合わないのに、出席者がだれも異を唱えていない。
「定借の契約取りやめ」という由々しき話まで出ているのだから、業者側も危機感をもって、「地価の9億円を上回るなんてことは絶対ないです」と言いそうなものだが、そんなそぶりもなく、淡々と進められている。

ここから推定されるのは、まだ定借契約で、買い取りは8年後とされていたこの時点で、すでに1.3億円=実質タダで売却することは内定していたのではないか ということだ。

1.3億円が売却予定額として内定していたから、それ以上の額を出すとタダどころか熨斗つけて差し上げるということになってしまうので、それはできない と近畿財務局は言っているのではないか。そして、そのことは関係者も知っていたから、誰も驚いていないのではないか。

それ以外に、この単純な計算ミスを全員がスルーする理由が見つからない。

(同時に、この段階では1.3億円で売却するためのスキームはまだ確定されていなかったということもわかる。「新たなゴミ処理費」でさらに8.2億円値引きして帳尻を合わす、というシナリオがひねり出されたのはたぶん谷査恵子FAXから後ではないかと思われる。)

ちなみに、結果としては、一度掘り起こして分別した産廃を、あらためて場内処分(敷地内埋め戻し)をしたのではなく、運動場に当たる南半分のゴミ撤去はそもそもやらなかった ということらしい。業者はそのように言っている。
北半分の深さ3mまでを撤去したということになる。ちょうど、北東部のでっぱりの3倍くらいの広さだから、4千万x3でだいたい計算が合う。

南半分は手つかず、北半分は深さ3mまでゴミを撤去した状態。これが、2015年末、建築工事に着工する直前の敷地の状態だ。



9月4日の会議から 年末の第1次ゴミ処理完了までの間になにがあったか。

例の谷査恵子FAXである

10月某日 籠池氏から安倍昭恵に留守電
10月26日 籠池氏から谷査恵子へ手紙
11月17日 谷査恵子からFAX

この内容からは、もし9月に1.3億円売却が内定していたとすると、話が食い違うことになる。
籠池氏は、買い取り価格が「べらぼうに高い」と言っているからだ。

ただ、冷静に考えてみると、こんなノートに殴り書きした手紙で、土地の値段を値切れると 考えるだろうか。
籠池氏もぶっ飛んだ人間みたいだが、長年幼稚園と保育園の経営はしてきている人だ。常識がないわけではない。

これはむしろ、決まりかけていた話に、本庁から横やりが入ったことにたいする、抗議なのではないか。「ふりまわされています」という表現にそれがにじみ出している。
近畿財務局レベルでは内定していた話に、本庁が口を出した。それに対して、安倍昭恵という印籠で逆襲しよう、というのがあの手紙であり、FAXだったのではないか。

そして、この昭恵印籠パワーが財務官僚の頭脳をフル回転させ、どうやったら8.2億値引きして1.3億にすることを、財務省本庁としても認めることができるのか、というシナリオをひねり出させたのだろう。

9月4日の近畿財務局が口走った、「土地値を上回る」を信じるならば、たぶんそういう話になる。

そして、近畿財務局が先行していたとすると、やはりこの事件は、おおさか維新がメインキャラだったということになる。



さて、年が明けて2016年の初めから杭打ち工事が始まった。杭打ちは敷地の北側なので、3mまでは産廃撤去した部分だ。
そして、3月11日に「新たな産廃」が見つかった、と森友から近畿財務局に連絡が行く。

そして、その直後に籠池氏は財務省本庁の理財局田村室長に直通電話をかけてアポイントを取り、3月15日に面談している。
その時の内容が、あの音声データである。

森友問題で新証拠の「音声データ」が! 籠池氏と財務省の面談の内容が明らかに!「昭恵夫人のほうからも…」との言葉も
2017.4.26 リテラ


この件については、たくさんの記事が出ているのでそちらを読んでいただきたい。
私は、前年9月からの流れを追う。

3月11日 新たなゴミ 報告
3月15日 財務省本庁で交渉
3月24日 買い取りを申し出
4月 6日 (第1次処分費)1.3億円支払い
4月14日 (第2次処分費)8.2億円の見積

いくら神風でも早すぎる。
これ以前から、用意周到に準備していなければ、こんなスピードで処理することは、実務上できない。
2015年11月の谷査恵子FAXから、2016年3月11日までの間に、どうやって1.3億に値引きするか、そのシナリオはできあがっていたと考えられる。

上の時系列に不自然なことを書き込んでいこう

3月11日 新たなゴミ 報告
※1月から工事をしているのだから、もしゴミがあればもっと早くに報告するはず。実際、前年9月4日には施工前に会議をしている。これは「値引きショー」の開始ボタンを押しただけである。

3月15日 財務省本庁で交渉
※お膳立てができていたから直通電話がかけられた。「新たなゴミを理由にして値引きする」という内定路線に従った行動。本庁でくすぶっている異論を昭恵ボンバーで吹き飛ばした。あとでハシゴはずされないために、籠池氏は録音したのだろう。

3月24日 買い取りを申し出
※金のない籠池氏が、1.3億と知らずに買い取りを言うわけがない。

4月 6日 (第1次処分費)1.3億円支払い
※予算執行から6日で支払い。買い取り資金の準備OK。

4月14日 (第2次処分費)8.2億円の見積
※やったことのない見積を何て素早く仕上げるんだ!感動するわ。稟議まわす時間だってバカにならないのに。



神風は3回吹いている

1回目は、2011年に学校建設の計画を始めてから2014年8月に申請を出すまで。

豊中市や大阪音大の希望をはねのけ、私学設置基準を緩和し、なんとか森友の小学校をあの土地に作らせるために、おおさか維新、大阪府、近畿財務局、大阪航空局が頑張った。

2回目は 2014年8月の申請から2015年はじめの私学審議会と国有財産審議会で認可されるまで。

すでに既定路線として、大阪府も近畿財務局も、できる限りの便宜を図った。安倍晋三のネームバリューも活用された。

3回目は 2015年11月の谷査恵子FAXから2016年4月の8.2億円値引き決定まで。

安倍昭恵を印籠として財務省本庁を巻き込んで、最後の仕上げを図った。

そして、8.2億円の値引きは、少なくとも第2段階では決まっていたし、たぶん第1段階でもその方針は決まっていたのだろうと思われる。
なぜなら、2010年のはじめには(第1次)ゴミ処理費1.3億円の根拠となる調査報告が すでにできあがっていたからだ。日本会議とその意向をうけたおおさか維新が、籠池氏とともに「教育勅語の小学校を作ろう!」と思い立ったとき、すぐにこの土地に目をつけて、ゴミ処理費で土地代をチャラにするスキーム を思い描いたことは想像に難くない。

と、想像はともかくとして、とにかく、8.2億円値引きは、これまで言われてきたような2016年3月に決まったことではなく、もっとずっと前から内定していた、すくなくとも2015年9月4日には公然の秘密だったことは間違いなさそうだ。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 16

15 からつづく

 ところが、そうやって中間を飛ばそうとして逆に飛ばされたのはボクのほうだった。田舎の町で確立された利権構造に手を触れたものは、容赦なく消滅させられる。前に書いた、食品売り場のことも同じ。食品売り場は三セクの子会社だったけれども、田舎の地元の会社も出資しており、その会社に逆らうことは許されなかった。そして、くだんの店員はその会社の役員にしっかりととりいっていた。だから、その背任行為についても糾弾したボクのほうが責められた。そして、クビ。

 クビといってもそう単純ではなかったのだけど、これはややこしすぎるので割愛。そんなこんなで、ボクの山へのチャレンジ第一章は終わりを告げた。こうやって書くと、なんだか悲惨な日々だったみたいだけど、この三セクでの経験はかなり面白かったし役に立っている。高知県の木材の生産現場を巡り歩くこともできたし、林業行政ものぞき見ることができた。田舎の構造も身をもって体験できたし、なにしろ土佐は食い物がうまかった。

 土佐と言えば、注がれたらすぐ飲み干さなければならない底に穴の開いている杯が有名だが、噂に違わず本当によく酒を飲む。そして、飲みながらワーワーと気勢を上げたことは、翌朝にはすっぱり忘れている。こちらは真面目に計画を練っていたつもりが、あちらさんは何も憶えていないなんてことも。あれだけ飲めばそりゃそうか。料理は手を加えていないほどうまい。ようするに料理より素材がうまい。カツオはタタキも大阪で食べるのとは別物だけど、新鮮な刺身にニンニク乗せて食うとひっくり返るほどうまい。

 文字にすると悲惨な話が多くなるけど、胸に湧いてくる思い出は実は楽しいことばかりだ。あの倒産寸前で呼び出された役員会ですら、終わった後に行った白髪山の秘湯のほうが記憶に濃かったりする。車で行ける限界みたいな場所にあり、渓流とほとんど一体になりながら岩風呂につかるあの温泉は、あまりに秘湯すぎて今は閉店してしまったらしい。ちなみに大阪市の白髪橋は白髪山の桧を売っていた場所で、今でも大阪木材会館が建っており、近くには土佐稲荷神社があったりする。

 そんな「貴重」な体験をいっぱいさせてくれた土佐時代。もうひとつ大きなことは、シックハウスとの関わりだった。いわば公共事業のように大阪に現れたので、色んな人が色んな思惑で色んな団体を紹介しに来てくれた。そんな中に、シックハウスに関連するNPOがあった。
 無垢の木を売り物にする以上、シックハウスとも無縁ではないので、しばらくは事務局を引き受けたりして、そのNPOとはかなりおつきあいをした。ちょうど、建築基準法が改正される直前のタイミングで、先駆的な動きだったと思う。そのNPOはシックハウスについての資格のようなものを作り、大々的に試験をやったりもした。ボクも準備スタッフ兼最初の生徒だった。シックハウスの素は化学物質なので、どうしても話は化学になるのだが、様々な学科の中で化学が一番苦手な私としてはイマイチなじめなかったのだが、それでもそのNPOの手伝いをしたおかげで、ある程度の知識は身につけることができた。

 シックハウスを考える時に、まず知っておかなければならないのは、化学物質過敏症との違いだ。化学物質過敏症は、通常反応しないようなごく少量の化学物質に反応して激しい病状を呈する。周りの人には事態がなかなか理解しにくいが、正式の病名にもなっており、専門の診断ができる病院も何カ所かはあるようだ。この化学物質過敏症は多量だったり少量でも継続して化学物質を摂取したときに、その人の限度を超えて発症すると言われている。人によって限度は違うので、同じ環境にいても発症する人もいればしない人もいる。 この化学物質が家由来の場合はシックハウスと範囲がかぶるが、家由来以外の場合もおおく、例えば油絵の具とか農薬とか合成洗剤などなど、体に取り込まれる化学物質はすべて原因になる可能性はある。

 ただし、個人差が大きいことと、絶対数としてはそれほど多くないことから、住宅の対策としては化学物質過敏症対策はあまり論じられてこなかった。中にはそれをウリにした建築家などもいるが、あまりに暗中模索が続くために担当した工務店の社長がノイローゼになってしまったなんていう話も聞いた。ボク自身、数人の患者さんとお会いしたことがあるが、まず木の香り(もちろん天然化学物質)がアウトで、店の窓を全開にして窓際に席を移動。さらに、コピーした資料を開くと、コピーの臭いがアウト。何日も天日干しをしないと読むことができないという。
 結局、鉄やガラスやコンクリートのような揮発性のまったくない無機物質じゃないと対応できず、木の家ではお手上げということになった。それ以来、化学物質過敏症の方についてはボクの知見では対応できないのでお断りしている。北里大学など専門の診断をしている医療機関や建築技術者の門を叩かれることをお勧めする。

17 へつづく
2017-04-24(Mon)

政権交代への近道

安倍政権のあまりの独裁の原因について 諸説が語られている。

その一番は、小選挙区制が悪い というもの。
たしかに、小選挙区制で党本部の権限がきわめて強くなった。さらに、第一党は得票率よりも議席数が多くなる。
その意味では、たしかに小選挙区制の影響は大きい。

しかし、小選挙区制度による衆院選挙は1996年から行われている。
衆議院の議席数の推移はwikipediaに一覧になっているので、それを見ていただきたい。

一見してわかる通り、小選挙区制になったからといって、そのせいで自民党が激増しているわけではない。
独裁と言われる第2次安倍内閣と同じような議席数は、中選挙区時代にも何度もあったし、2009年の政権交代の直前も同じくらいだった。
小選挙区のせいで自民党がひとり勝ちしている というのは言い訳に過ぎないように思う。

ただし、自民党が劣化した原因にはなっているだろう。
物言えぬ政治家もどきの群れになってしまったのは、たしかに小選挙区によって人事権を党本部に完全掌握されたせいなのは間違いない。
しかしそれは、自民党の劣化の原因であって、野党が自民党に勝てない原因ではない。



もうひとつしばしば言われることは、「代わりがいないから仕方ない」というもの。
自民党に変わる責任政党が存在しないので、しかたなく自民党が支持されているのだ、と言う説明だ。

しかしこれは、あまり根拠がない。
世論調査の支持理由で、そうした理由があげられていることはあるが、あれは選択肢の作り方でどのようにでも誘導されてしまうので、あてにならない。
個別課題では、反対票が多いから という話もあるが、これも論理的ではない。各論反対・総論賛成で支持している人が多いと言うことと、「代わりがいないから」とは直結しない。
各論は反対でも、それ以上の賛成理由があるから支持してるのかもしれない。

上記と近い理由で、「野党がバラバラだから」という説明もある。
小沢一郎氏が言いつづけている、野党が一つになれば絶対に勝てる という話だ。

しかしこれも、過去2回の政権交代を振り返っても、2大政党の激突、というものではなかった。
自民党の分裂で直接の引き金になった細川内閣はともかく、2009年の民主党にしても、選挙前には自公の1/3しか議席はなかったし、共産党との協力なんて冗談にも話題にならなかった。
勝てた理由はいまだに謎に包まれているが、少なくとも、「野党が一つになって、客観的に自民党にかわる受け皿になっていたため」、ではないと思えるのだ。

以上より、今の民進党、社民党、自由党がひとつになり、共産党とも共闘する形を作ったとしても、それで勝てるという理由が私にはまったく見えないのである。

もちろん、小選挙区である以上は、候補者調整は必須だし、共闘しないよりした方がいいには決まっている。
しかし、「それで勝てる」という論拠が、まったく誰からもどこからも 示されていないのである。



では、どうしたら勝てるのか。
勝てない話ばかりでは、暗くって仕方がないので、勝つ方法を考えてみよう。

まず、ここ数年の自公と反自公の得票数を振り返っておこう。

20170424-2.png

自公の票は、2005年の郵政選挙以外はほぼ横ばいで凸凹というところだ。
決して増えてはいない。

一方で、反自公の票は2010年と2012年で激減している。
まず、2010年は
1845/2984=62%
と、2009年と比べて62%になっている

2012年は民主と未来が分裂している。未来の改選前議席はもとの民主の2割弱であり、2010年の1881万票を母数とすると、2012年でもそれほど大きくは減らしていないが、民主のほうは、大きく減らした。
未来 1881x(61/308)=372  342/372=92%
民主 1881x(240/308)=1465 962/1465=65%

以上からわかることは、小沢グループは、2010年の参院選前にすっぱり分裂しておくべきだったということだ。
菅直人が消費税増税を口にした瞬間に、そく分裂した上で、政権維持を人質にしてキャスティングボートを握るべきだった。

あそこでグズグズして分裂のタイミングを逃しまくって、どん詰まりで分裂したことで、2010年のマイナス効果は民主と同じだけかぶってしまい、小政党に不利な小選挙区のあおりを食って、342万票も取りながらわずか5議席に沈み、表舞台から退場を余儀なくされた。

このような指摘は他に聞かないけれども、私は断言したい。
2010年の夏前に小沢グループが独立しなかったことが、今日の暗闇の始まりである。

逆に言うと、裏切りを許さなかった未来の党は、あの状況の割に票を減らしておらず、タイミングと政策を間違えなければ、少数でも決起すべきだ、ということ。それがかえって、1手先2手先の政権交代につながる。



さらに、この数字からわかることは、民進党でも民主党でも良いけれども、この政党には国民の審判が下されたということだ。
弱小政党のように、そもそも手も足も出ないわけではないのに、候補者も出し選挙資金もそれなりに持っているにもかかわらず、酷評数は激減し、何度やっても回復しない。

昨年は共産党の協力と、旧維新の残党を吸収したことで票数は増えたが、支持の拡大とは言えない。
民進党は、何を言おうが、どんな政策をぶら下げようが、金輪際浮上することはないと思われる。

なぜ民進(民主)党が勝てないか。
それは、このグラフを見るとはっきりしている。(財務省の資料より)

20170424-3.png

2009年の政権交代前は、国債の発行を押さえて予算規模も縮小し、典型的な緊縮財政だった。それにより税収も減り、それがまた緊縮財政を招くというスパイラルに落ち込んでいた。
この緊縮財政による弱者切り捨て、生活切り捨ての痛みに耐えかねたのが、あの政権交代だったはずだ。

国民の生活が第一をうたった民主党政権は、一度は国債を大量に発行して予算規模も拡大した。
ところが、わずか1年でその流れを逆転させ、消費増税、緊縮財政へと急転換した。それこそが、2010年の大敗北の原因である。

そして、その後を襲ったのがアベノミクスだ。
アベノミクスは、国債の大量発行ではなく、日銀による通貨の大量発行によって市場にカネを流通させた。
もちろん問題は大ありのアベノミクスではあるが、世の中にカネを流通させ、結果として税収を上げるという大枠では、成功している。

国民をダマして財布のひもを締めるばかりか、増税を推し進める民主(民進)党と、各論では問題あっても財布のひもを緩めまくって景気をよくしているアベノミクス。
国民がどっちに軍配を上げるか、考えるまでもない。

そう考えれば、答えは自ずからみえる。

民進党がもし生き返りたいならば、増税などと言う考えは宇宙の彼方に投げ捨てて、アベノミクス以上の大盤振る舞いを約束することだ。
いくら何を言っても、アベノミクスは数字を残している。生活実感は乏しいけれども、最低限仕事があるとか、ほんのちょっと時給が上がったとか、面接に落とされる回数がずいぶん減ったとか、ちょっとは良くなっていると感じている人は多いはずだ。

こんなに大盤振る舞いして、たったこれだけかよ、とか、ほとんど美味しいところは大企業が持ってチャッタじゃんか、とか、文句をつければ山ほどあるにせよ、自分の足下だけみれいれば、悪くはなっていない、と言う実感は、何があろうと鉄板の内閣支持率につながっている。

平穏な時代であれば、スキャンダルで政権が倒れることもあるだろう。
しかし、失われた90年代、小泉時代、リーマンショックと、立て続けに苦しい時代を経験したあげく、民主党の裏切りに直面した日本人は、自分の生活からかけ離れたことで政治を判断しない。
どんなに問題があるとわかっていても、「食わしてくれる」かぎりは、安倍政権を支持する。

そのアベノミクスを凌駕する経済を掲げないかぎり、野党は勝てない。
国民は愚かではない。自分の生活を守ることに必死であり、懸命に考えて判断しているのである。



では、民進党がそういう政策を掲げたら復活できるか。

できるわけがない。

増税と緊縮財政の責任者であり、権化ともいえる野田佳彦を幹事長に据えて、「積極財政やります」なんて言っても、バカかと言われるのがオチだ。
野田に限らず、2010年転換に関与した幹部は、ひとり残らず放逐しなければ、離れていった支持者は絶対に帰らない。

放逐でも懺悔でもいい。
野田を筆頭に、いならぶ愚か者たちが国民に向かって土下座して、土を喰いながら涙を流して己が罪を悔い改めるならば、人情に弱い日本人のことだから許してくれるかもしれない。

従軍慰安婦の問題について、日本政府がいくら口先で謝罪をしたところで、被害者側がまったく受け入れがたいのと、構図は同じことだ。(問題の中身は大違いだが)
まして、民進党の幹部どもは、口先の反省すらしていない。これでこの党を支持しろというのは、日本国民に対する侮辱である。
だから私は、今のままの野党共闘は、勝てないと思っている。

勝つためには、最低限二つのことが必要だ。

1.緊縮財政政策を180度転換して、アベノミクスを凌駕する積極財政にすること

2.2010年の裏切りの下手人を追放するか、全国お詫びの行脚をさせる。
  (靴なんか履かずに裸足で行け!)

以上は必要条件。



そのうえで、もうひとつ。
地方組織をつくることだ。
ここ数年、自由党の惨状を身近で見てきた実感だ。

2012年に340万票とった未来が、なんで100万そこそこまで凋落してしまったのか。
もちろん、1桁の議席数になったことで見放されたというのが大きい。
しかしそれ以上に、活動をしなかったということだ。

あの時は、誰も彼もが茫然自失となり、ふと気が付いたら翌年の参院選になっていた。
見放したの有権者だけでなく、党そのものが自分自身になんの展望も見いだせなくなっていたのではないか。
その結果がなんと94万票、0議席である。

あの結果は私にとっては、いつまでも呆然としていてはいけないと、むしろ気付け薬にはなった。
しかし、党としては、あいかわらず何の活動もなく、2014年総選挙、2016年参院選が過ぎていった。
あれだけ何もせずに、それでも100万余人の人が支持してくれることが不思議である。

いくら人数が減り、資金も乏しいとはいえ、各地方で積極的に活動している人は何人かずつはいるのだから、党としての最低限の扱いをして維持発展を期せば、この4年間でそれなりの成果にはなっていたと思う。
関西では生活フォーラム関西という市民団体で、ある意味党の代わりのようなことをしてきたが、しかし所詮市民団体は市民団体だ。特に、保守系である自由党の場合、党の実態がなければ本気になってくれない人が多い。
それは、一般の有権者にとってはなおさらそうだ。

自由党をひとつの典型として取り上げたが、これは自由党だけの話をしているのではない。政権交代に向けて、これをやれば勝てる という3つめの条件である。
共産党や公明党を見習って、活動の基盤になる党の組織を作ること。せめて、彼らの1/100でもつくること。

この三つの条件がそろえば、いくら小選挙区でも、安倍晋三がどんなにエグいマスコミ戦術を使おうと、勝てる。



そして、そのすべてを貫く軸は 「怒る」 ということだと思う。

もちろん、このブログを読んでくれている人は 怒り心頭に発した人ばかりだと思う。
でも、それが表現できているだろうか。

デモ、集会、学習会、街宣 ・・・・  たしかに数限りなくある。
怒った人たちが集まっている。
が、その怒りは伝わっているか?

怒りが伝わる というのは 共感であり、共振である。
自分だけ勝手に怒っていても伝わらないし、風船持って歌っていても伝わらない。

どうすればいいのか、私もまだよくわからない。
しかし、最近流行の「パレード」を端から見ていて、怒りが伝わるとは ちょっと思えないのだ。
まずは、人数。デモンストレーションなのだから、人数を集め、かつその人数の多さを街の人たちが実感すること。

そのためには、あっちでもこっちでも、毎週のように小規模でバラバラにやって貴重なマンパワーを消耗するのではなく、月に1回とかに限定して、ありとあらゆる勢力が集まって大デモにする。やるんだったら、本気でやる。
野党共闘を求める前に、市民運動がまずちゃんと共闘しろという話だ。

デモ行進は強制的にコースを分けさせられ、てい団に分割されるから、国会前のような一箇所にたまる方がいいかもしれない。
大阪だったら、関電前の再稼働反対コールのようなのを、人の多い場所でできたらいいのだけど。(関電本社前はほぼ無人)

楽しいデモ はいらない。
楽しむのなら、他にいくらでも方法はある。デモは 怒りだ。 怒りの共有だ。
本気で声を合わせて、ビルが揺れるほどのコールはできないのか。

楽しいデモで、参加者が増えたか?
ほとんど増えてはいない。デモを楽しいと思うようなかなり特殊な趣味を持った人しか集まらない。

街宣然り、ポスティング然り。
「本気」を聞く人、見る人に伝えるにはどうしたらいいか。頭をひねり倒さねばなるまい。
それはたぶん、小手先の戦術論ではない。

真剣に、わかりやすく、誤魔化さず、怒りを伝え、それを共有すること。共振させることだ。


  ※参考資料
    戦後主要政党の変遷と国会内勢力の推移 国立国会図書館 レファレンス 2014.6



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 15

14 からつづく

■ 山の世界に入ったけれど

 2000年11月、千里ニュータウンにT町の店をオープンさせた。準備は苦しかったけれども、晴れ晴れしい船出を迎えて気分は良かった。 のだが、
 なんとびっくり、オープンから一ヶ月もたたないうちに、資金ショートで潰れるかもしれないという話が飛び出した。まったく、驚天動地とはこのことである。ボクは役員でもなかったし経営状態まで聞かされていなかったから、もちろんそんな資金繰りであるとは知らなかった。だいたい、高知県知事までよんで盛大な式典をやっておきながら、翌月の資金がないとは思わないでしょ、フツウ。

 艱難辛苦を乗り越えてやっとオープンまでこぎ着けて、これから営業作戦を考えなくちゃと思ったとたんに、倒産の準備をする羽目に(泣)。経営者でもないのに弁護士のところに倒産の仕方の相談に行かされ、他の社員の首切り宣告をさせられ、T町の本社の役員会議に(役員じゃないのに!)呼び出され、半分泣きながら、でも半分はやけっぱちで面白がりながら20世紀は終わりを迎えた。

 すべては後からわかったことだけど、その店の経営計画では、オープンした月から7件の新築を受注するという話になっていた。そんな奇跡を誰がどうやって信じたのか知らないが、おバカを通りこしてサギにちかい。そもそもその三セクにはバブルの頃からの巨額の累積赤字があって、大阪進出はイチかバチかの賭けだったようだ。もちろん、商売が速攻で上手くいくとはだれも信じておらず、「これだけ大々的にやってしまえば町も県も潰すに潰せなくなるだろう」という意味の賭けだったのだが。

 ある意味でその賭けはあたり、当面の資金ショートはあれやこれや(ここでは書けない)で回避され、しばらくは店は続くことになった。とは言え、カネがないのは変わりなく広告すらうてない。地元のミニコミ誌に格安で小さいパブ広告を出してもらったり、近所にチラシをポスティングしたりしてイベントに人を集め、少しずつ形を作っていった。

 ところが、ここでまた壁にぶつかった。この店のコンセプトは、1階で食品や物産を販売して客を集め、そこから2階の家や木材の受注につなげる、ということだった。しかし、オープンからしばらくは徹夜続きがザラだったこともあり、1階の店だけに労力が集中し2階の店はあからさまに蔑ろにされた。なにせ、2階に上がる階段の前に、野菜の段ボールが山積みになり、客どころかボクたちスタッフが通るのにも四苦八苦する始末。土佐の木を売るという本来の目的は忘れ去られた。人は自分の持ち場に目を奪われて、本来の戦略はすぐに忘れるものなんだな ということを思い知った。

 なかでも忘れがたいのは、食品売り場の店員のひとりだ。その人の夫は工務店を経営しており、店の建設で大工を総動員したときにも来てもらったことがあったし、店でリフォームの受注があったときなどは仕事を依頼することもあった。ところがその店員は一枚も二枚も上手だった。ある新築を希望しているお客さんが食品売り場でその話をしたところ、こっそりと自分のダンナに話をつないでしまったのだ。さすがに不審に思ったお客さんのほうが、後日2階に上がってきてボクに話してくれたのでことが発覚した。で、その店員が懲戒食らったかというと、いやいや そんな単純な話ではない。これはまた後で。

 本業の木材のほうもわずかながら仕事も出てきて、かなり衝撃の船出ではあったけれども、産直住宅に向けて心機一転がんばろうと思っていたのだが、こちらもどうも不思議なことが多い。どうやら、産直住宅ではないのである。
 産直というのは山から住み手への直送だ。しかしその三セクの流通は、山→原木市場→製材所→三セク→住み手 という流れになっていた。しかも、原木市場と製材所の経営者が同じで、その人物は三セクの経営にもかなり口を出す。要するに、三セクはその人物の下請けになっているのではないか、と思えてならなかった。製材所から出荷される木材を見ても、よその現場には見事な材木が送られていくのだが、こちらの現場には極端に節だらけの木材で、しかもその節埋め作業は三セクの社員が自分たちでやらされるのである。甚だしいのは、集成材の梁と称して柱を3本貼り合わせたものが送られてきた。こんなもの大丈夫か?と思いながら棟上げをして、カケヤ(大きな木槌)でガンと打ち込んだ途端に3本の柱に分離した。なんてこともあった。下請けどころか廃品処理場だと思われていたのである。

 こりゃいかん。こんなことやっていたら、産直住宅はおろか商売として成り立たない。何とかせにゃいかん。そう思って、本来の産直ができる物流のルートを探した。林業家から丸太を買って、製材所に工賃だけで製材してもらい、あとは自社で加工して現場に持っていく。住み手は希望すれば、この山のこの木で建てるんだというのを見てもらえる。そういうやり方を確立しようとした。
 ところが、そうやって中間を飛ばそうとして逆に飛ばされたのは、ボクのほうだった。

16 につづく

※明月社のホームページを大改造!家にご興味のある方は一見を → 木の家プロデュース明月社

2017-04-21(Fri)

【森友疑獄事件】いろんな思惑が入り乱れているが 諦めてはいけない

このところ森友事件の記事を書かなかったので、今日は書いておこう。

政府と財務省、国交省は、何がおきようと、どんな傍証を突きつけられようと、絶対に資料は出さない。ご指摘は当たらない と言いつづける、と方針を決定し堅持している。
2月~3月の時点では、マスコミも「上」から解禁されて報じまくっていたが、4月6日の米中会談(とその最中のトマホーク攻撃)を境に、ピッタリと報道は陰を潜めてしまった。

「上」つまり米国側の意向が変わったのである。
現在の「上」は二つに分裂している。従来の軍産共同体に主導されたハンドラーズと、おそらくは統一協会ルートを使ったトランプ系の意向と。しかし、トランプが少なくとも行動の上では「好戦的」になったことで、軍産側と方向性が一致した。
その方向は、アジアにおいては北朝鮮に強烈な圧力をかける ということだ。

北朝鮮に本気で圧力をかけるためには、本当は無能すぎる防衛大臣は交代させたかっただろうし、ファナティックに触れる危険がある安倍ではなく、冷静な判断ができる総理に変えておきたかったはずだが、日本の野党の不甲斐なさを見て、「こりゃダメだ。しばらくは安倍で我慢するか。」と思ったのだろう。

そうこうしている内に、北朝鮮との対峙が本格化してきた。こうなってくると、当面はアベが退陣して国内がガタガタしてもらっては、どっちの「上」も困る。
かくして、日本国民は、千載一遇の機を逸してしまった。

それにしても、もし北朝鮮の核問題がトランプの狙い通り一定の解決をしたときは、いよいよ安倍晋三はお役御免になる可能性はまだある。
トランプは、大きな目的のためには他のことを平気で踏みつぶす酷いヤツではあるから、核を中止させるためには、拉致問題は「解決済み」ということで決着させてしまうかもしれない。安倍も、そう決められたら飲まざるを得ない。
そうなったら、安倍晋三の足下は崩れる。

念のために断っておくと、「そうなったらいい」と私の意見を言っているわけではない。
可能性の議論をしているだけなので、誤解の無いように。

拉致問題と差し違えという理不尽な形であれ、もし安倍政権が勝手に窮地に陥ったら、迷いなく溺れる犬は叩かねばならない。
そういう展開が、この数ヶ月のあいだに転がっていく可能性は、無いとは言えないのだ。
そのためにも、森友問題は決して諦めずに、追及し続けなければならない。



数億とか数十億というお金の単位は、政治の世界の話を聞いていると感覚が麻痺してしまうが、トンデモナイ巨額である。
森友がもらうはずだった8億2千万にしても、加計学園が今治でもらった96億円にしても、ものすごい額だ。

どのくらいすごいかというと、大企業の純利益を見ればわかる。
例えば、サッポロビールホールディングス。7千数百人の社員が1年間働いて、昨年の純利益が94億円だ。
8億円だって大変だ。有名どころでは、ムシューダでおなじみのエステーが社員860人で9億円、あの独占商売で有名なムサシだって、社員540人で7億円である。

これだけの金額を、しかも働いた人と会社から搾り取った税金を、権力を持った政治家と官僚どもはこともなさげにサラッとお友達にプレゼントしてしまうのである。

このような腐敗はもちろんこれまでも行われてきた。
国鉄分割民営化などその典型例であるが、しかし、少なくとも大義名分だけは整えて行われた。
 (敗北の20年から
しかるに、安倍政権になってからのやりくちは、あまりにも杜撰。
独裁者の驕りが余すところなくあらわれている。

その意味で、やはり森友疑獄事件は、スルーしてはいけないのである。
加計学園の問題は、より規模は大きいし、錬金システムの本丸に近いだろう。しかし、いかに無茶でも一応の合法性は整えている。
森友事件は、その点であきらかな違法がある。
森友で無理ならば、他のネタをいくら突っ込んでも、ヌルヌルかわされるだけである。



とはいえ、本当にトランプの北朝鮮戦略が功を奏して、安倍晋三使い捨てのシーンが訪れるのかどうかは、非常に不確定ではある。

それは、どうやら軍があからさまにトランプに逆らっているからだ。
このニュースなど、静かなクーデターではないかと思える。

韓半島に向かっていなかった?「カールビンソン・ハプニング」
2017.4.20 東亜日報


トランプが知っていてブラフをかましたという説もあるが、こんなすぐにバレることではブラフになるどころか、笑いものになるのが落ちである。しかも、中国は衛星で空母の位置は確認している可能性が高いので、全部わかっていたかもしれない。

これはむしろ、米軍がトランプに面従腹背したということではないのか。
命令違反こそしないけれども、わざと寄り道をして、時間稼ぎをしたあげく、その情報を大統領府に上げなかった。

もともと戦争したいはずで、好戦的になったトランプと利害が一致したはずの米軍が、なんでそんなことをするのか。
米軍は、確実に勝つ、しかも自国民の犠牲が最小限の戦争をしたいはずだ。しかし、トランプのやり方は彼らには読めない。
最悪、カールビンソンと韓国、日本に配備された部隊だけでドンパチやれと言われた日には、反撃を完全に封じることはできずに韓国や日本に被害が出るばかりか、自分たちも捨て石にされてしまう。

おそらくはそれにビビって、山場である4月25日までには朝鮮半島沖に到着しないように、回り道をしながらゆっくりゆっくり進んでいるのだろう。
このような軍の離反が、これからもあからさまになっていくと、トランプは窮地に立たされ、対北朝鮮戦略も破綻するかもしれない。
そうなると、すべてはもとの木阿弥で、安倍晋三のような従米と極右の鵺(ヌエ)が、国の財産をバリバリ食い物にしながらまだまだ生き延びていく可能性が高まる。

どっちに転んでも楽観はできないが、今は小さい力でも、「自分たちの力」を手放さないように、問題に取り組んでいきたい。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 14

13 からつづく

 高知県T町の第三セクターの店を大阪に出店するために奮闘したわけだけど、この経験でボクが一番骨身に染みたのは、予算管理の厳しさだった。工程もキツかったけれど、工程以上に誤魔化しようがないし、工程の沙汰もカネ次第というところもあり、やはり予算の重さと言ったらなかった。

 このときにつかんだ「極意」が、予算圧縮は1/100から、ということ。たとえば、100万円圧縮したかったら、1万円の項目を目をさらにして探し、削れないか、変更できないか 頭をひねる。それより大きい金額の項目だけではネタ切れになってしまうし、小さい過ぎるといくらチリツモといっても限度がある。やはり目標額の1/100くらいを狙うのがいい。
 そして、標準的な見積であれば、内容を少し変えながら減額できるのは2割まで。最初からギリギリに切り詰めた見積だったり、逆にユルユルだったりする場合はそのかぎりではないが、フツウはそのくらいと思っておいたら間違いない。念のため、あくまで減額であって値引きではない。値引きというのは内容を変えずに値段だけ下げることで、要するに工務店の粗利を圧縮すること。減額というのは、工務店の利益率はあまり下げずに、内容を支障のない範囲で変更して値段を下げること。工事は何も変更しないけど仕入れ先を変える、建物の仕様は変えずに施工方法だけ変える、仕様も少し変える などなど。

 工務店の粗利をあまり圧縮すると、倒産するか手抜きするかの二者択一に追い込んでしまうので、ちょっとオマケの範囲をこえた値引きは結果的に建物にとってもよくない。もちろん、工務店との信頼関係がはっきりしていない時は、相見積もりをとったりする必要はあるけど。

 相見積もりをとろうが、信用できる一社で特命だろうが、最初の章に書いたけれど見積が一発でOKになることはない。もう断言してもいい。必ず予算をオーバーするので、この減額の作業は避けて通れない。設計者にとっても工務店にとっても、もちろん施主にとっても決して楽しい作業ではないだけに、「必ず通る道だよ」ということは協調しておきたい。設計中は絶好調に盛り上がっていた気分が、減額になると絶対に下がっていく。それは心の片隅に置いておいてほしい。

 もうひとつ、お値段を考えるときに大事なのは、ライフサイクルコスト。多くの人はウン十年の住宅ローンを組んで工務店に支払うわけで、少なくともその期間にかかる総額を考えなくては意味がない。もちろん金利もそうだし、それ以外にも家のメンテナンス費用や電気代などのランニングコストもある。たとえば、断熱をよくして電気代が毎月5千円安くなったとすると、30年で180万円になる。断熱に余分にかかる費用は1/3程度ならば、建築費は上がってもライフサイクルコストは120万円安くなっている。
 外壁や屋根についても、30年はノーメンテナンスですむならば、100万円以上総額では安上がりだ。そんなこんなで、総額で検討すれば仕様をあげることで安上がりにすることもできたりするので、あまり見積金額だけに目をつり上げないことだ。
 
 この章では山の話の続きを書こうと思ったのだが、なにやらコストの話になってしまった。それぐらい三セクの店作りではコストの圧縮が大変だったということなので、ご容赦ねがってもう少しだけ補足を書いておく。

 建築のどの部分でコストが大きく変わるかというと、外壁と窓だと思う。窓のサッシは、木製にしたいとなると何百万単位で高くなるけれども、アルミの既製品を使う限りはそれほどの差はできない。問題は、やはり外壁だ。一番安いサイディングと、ボクがよく使う「そとん壁」という材料との差で50~100万くらい変わる。タイルなんか貼ると差額は100万は軽く超えてしまう。とはいえ、外壁は家のイメージをほとんど決定づけてしまう材料なので、どうしてもコストダウンしなければならないときは非常に悩ましい。できるならば、他のものはあきらめても、外壁はグレードダウンしないことをお勧めしたい。

 家の中で大きな金額といえば設備だ。キッチン、ユニットバス、洗面台、便器。ここは、実用第一にビシッと割り切れば、数十万円は節約できる。キッチンの引き出しのレールだけはキッチンの寿命にかかわるけど、それ以外はバサッと割り切ってもいいと思う。営業上手の住宅メーカーは、こういうところでグレードの高いものをつかってお客さんを夢見心地にするのだろうけど、営業下手のボクははっきり言っちゃう。住宅設備はそれなりのメーカーのものなら大差ない。構造、外壁、床、壁 という一番大事なところにこそカネを使うべきだ。

 てなことで、話がそれてしまったが、次こそは山の世界での大騒動に進みたいと思う。

15 へつづく

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2017-04-18(Tue)

維新は本当に退潮傾向なのか

おおさか維新が地方選挙で負けることが多くなった。

大阪府内の市町議選でも落選者が出て、かつてのような圧倒的な強さではないように見える。
今年に入ってからの首長選でも、四條畷市長× 柏原○ 島本× と分が悪い。
どうやら維新も勢いが落ちてきたのではないか、という声が聞こえてくるようになった。

大阪に住むものとして、維新退治は架せられた十字架のようなものだから、この話が本当だったら非常にウレシイ。
のだが、そう簡単に信じることもできないので、少し調べてみた。

それが下の表である。
最近1年の間に行われた大阪府下の地方議会選挙の、前回との比較である。
参考に、参院と衆院の比例票(大阪府の分)もつけている。
上が新しいので注意して見ていただきたい。

20170418-1.png
(クリックすると拡大します)

一見してわかるように、決して維新の得票は落ちていない。いや、総得票率は増えている。
落選が出るのは、候補を増やしているからで、そのためにむしろ得票数は増えているのだ。

落選覚悟でめいっぱいの候補を立てることで、党としての票を掘り起こすというのは選挙戦術としては基本である。
その基本通りのことを攻めの姿勢でやり、それなりに成果を上げているのが、最近の維新だと言える。
残念ながら、退潮傾向 というあまりに楽観的な その指摘は当たらない ということのようだ。

ただし、大阪以外ではさっぱりなのはたしかで、しかも、大阪から日本に出て行こうとすると、大阪の中でも維新の人気が落ちる ということだ。
石原慎太郎とくっついたり、江田賢司とくっついたりすると、やや勢いがなくなり、「おおさか」に戻ると元気になる という地方政党としての宿命は背負っているようだ。大阪の優越感と劣等感をない交ぜにしたコンプレックスが、支持基盤の底にあるということがわかる。
橋下徹はそのように大阪に縛り付けられるのを嫌って維新に距離をおいているのだろう。

以上、せっかくの盛り上がりに水を差すようだが、現状の分析をしてみた。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 13

12 からつづく

■いよいよ山に深入りする

 変わった家を変わった木で建てた経験が、ボクにとっては人生の方向を決定づけることになってしまった。お施主さんと一緒に山の木を見にいって、その木を運んできて家を建てる。こういうやり方のことを、野菜の産直になぞらえて産直住宅という。この産直住宅を一生を仕事にしたい と思ってしまったのだ。
 フツウの木材は、どうやって家を建てる現場まで来るかというと、山→原木(丸太)市場→製材所→材木商社→乾燥工場→プレカット工場→建築現場 みたいな感じだ。このなかで林業が関わるのは、山で伐採して原木市場に持っていくまでだから、原木市場から先どこへ運んでいかれるのかはわからない。逆に、工務店が発注する木材はプレカット工場が段取りするので、どこの産地かはわからない。せいぜい府県単位で奈良県産とか岡山県産というのがわかればいいほうだ。
 ほとんどの工務店も施主もそれに何の疑問も感じていないけれども、いちど産直を味わってしまったボクとしては、これでは大いに不満なのである。住み手が、「ああ、この山の木で家を作るんだな」という実感を持ってほしい。大層なこと言うならば「木の命をもらって、自分の命を守る家を作る」ってことをわかってほしい。そう思い込んだボクは、産直住宅の仕事ができる場を探し始めた。

 日本で産直住宅の草分けは岐阜県の東濃地方だ。県が強力にバックアップしていた。20世紀の最後の最後のあのころ、やっとインターネットが普及し始めていたので、あれこれ情報を集めては突撃訪問して回った。しかし、すでに40歳直前になっていたボクを雇ってやろうという奇特な会社はなかなか現れずに唸っていると、ひょんなことから大阪の千里ニュータウンに高知県の産直ショップができるというニュースを見つけた。1階で食品などを売り2階では高知県産材を販売するというのだ。もちろん 飛びついた。
 さっそくアポイントをとって話を聞いてみると、ちょうど大阪の番頭になる人間を探していたらしく、まさに渡りに船で、意気揚々とその会社に入ったのが2000年の春。千里ニュータウンの緑地の傾斜地に、高知県T町の第三セクターが建物を作り、食品と産直住宅の店を始めるという計画だったが、ボクの入社当時はまだ竹林のままで手つかず。建物の設計はほぼできていたが予算の調整も何もまだだった。そして、おそろしいことに11月初頭にはオープン式典をやるというのである。当時の橋本大二郎高知県知事の日程を先に押さえていたらしく、何が何でも間に合わせろという。

 見積の調整、開発許可、斜面地の造成、建築確認申請、建物の建設、店の準備、式典の準備・・・・これらを半年で終わらせろと言う・・・・ ウソだろ。しかも、大阪には営業スタッフはおらず若い現場監督が二人いただけ。なにをどうしていいのか訳がわからない中で、それでもとにかく進んでいった。
 追い打ちをかけるように、ボクが入社する前にできていた設計が大幅に予算オーバー。目論見の2倍(2割じゃない!)というシャレにならない状況。なにせ自社施工だから、工務店原価で予算2倍なのである。もうどうしようもない。それまで関わってきた設計事務所は設計変更を拒否するし、もう破れかぶれで図面を書き直すことにした。平面計画は変えられないので、擁壁をやめて一部地下室にしたり、材料を徹底的に削ったり、それはもう血のにじむような努力をして、ようやく3割オーバーくらいまで圧縮して、着工することになった。
 細かい図面は着工までに間に合わず、現場が進む中で毎夜毎夜、明日必要な図面を描くという超絶ドロナワ設計法で乗り切った。でも、造成工事が終わったのが7月。開店準備の時間を考えると、建物は9月いっぱいには完成させなくてはならない。150坪の木造建築だから、かなり急いでも4ヶ月はかかる。どうやってあと2ヶ月ちょっとで作るんだ???

 木材の手配や加工は自社のプレカット工場があるのだが、なにせ旧式なので自社工場だけでは間に合わない。そこで、同じ加工機械をもっている高知県の別の町にも依頼して、1階と2階に分担して加工した。もちろんこんなことは良くないということは、上棟の日に思い知らされることになった。あちこっちで、部材が足りなかったり短かったり長かったり、何とか組み上がったのが奇跡だった。
 そんなこんなでお盆には棟上げしたのだが、のこり1ヶ月半。任せていた頭領は、自分で何とかしようという気はサラサラない。やむなく非常手段にでることにした。友人知人に連絡しまくって、手の空いている大工を総動員した。と言って、今の頭領の下につけても差配できそうにないので、150坪を10くらいに工区分けしてグループごとに分担させた。結果的にお互いが競争するようなところもあり、なんとか駆け込みで完成させることができた。あのとき手伝いにきてくれた大工の皆さんは、ずいぶんやりにくかっただろうに事情を察して頑張ってくれた。感謝感謝である。

 こうして地獄のような建設工事の傍らで、オープニング式典の準備にも追われた。橋本大二郎という有名知事が来る上に、大阪府の副知事やら何やらかにやら色んな人々が500人近くあつまるという。150坪の店内ではとてもおさまらないから、近くの会場を借り、招待状を作り・・・・  ああ、もうこのあたりは思い出したくない!
 11月2日に盛大な式典をやり、オープン初日は近所のお客さんが1500人も詰めかけるという派手派手しい船出とはなったのだが、なんとビックリ・・・・

14 につづく

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2017-04-17(Mon)

無名の若者が自公維新に勝利した島本町長選挙から勝てる「政策」を学ぶ

昨日は、宝塚市長選挙(兵庫県)では中川ともこ氏、島本町長選挙(大阪府)では山田こうへい氏が当選した。

宝塚の中川氏は現職の強みはあったが、自民推薦と元県議というなかなかの強敵2人を向こうに回して圧勝した。
党の推薦は受けていないが、街頭演説はまるで野党共闘のような様相だったようだ。

島本町の山田氏は新顔どころか無名の青年であり、それが自民・公明・維新の相乗り候補に圧勝した。
市ではなく町なので、無所属・町民派を名乗っていた。

私はお手伝いをしていないが、知人がたくさん応援に参加していた。
みごと勝利したことを、お祝いしたい。

さてそのうえで、私たちはこの勝利から何を学ぶべきだろうか。
とくに、無名から圧勝した島本町の山田氏のたたかいには、大いに参考になるものがあるのではないだろうか。
選挙戦術については私は参加していないのでわからないが、とりあげたいのは政策である。

山田氏の政策をHPから大項目だけ抜粋してみる

山田こうへいの政策提言

子育て支援と教育の充実したまち
強い財政力と都市計画の優れたまち
誰もがいきいき生活、活躍できるまち
産業活性化と観光振興による稼ぐまち
水と緑を守り、環境を大切にするまち

(引用以上)

一見してわかるように、いわゆる革新系のスローガンは並んでいない。
子育てと教育がトップに来ているが、これについては、マーケティングがあったのではないかと思われる。

20170417-1.png
20170417-2.png
20170417-4.png
 島本町の合計特殊出生率は、大阪府平均はもちろん全国平均より高い。(グラフは島本町の資料より。グラフはクリックすると拡大)
出生率はおしなべて田舎のほうが高いので、大阪のベッドタウンで全国より上位というのはかなり高いほうだ。

だから、若年層の人口もそれなりに減少を食い止めているが、それでも大きな流れとしての少子高齢化の波はこれから本格化する。(真ん中のグラフ。 出所は上に同じ)
そうした状況は、島本町もデータとしてまとめている。

その現状にピッタリと合ったのが、子育てと教育だった ということだ。
これが、すでに少子化が行き着くとことまで行き着いてしまって、そもそも子どもを産む年齢の女性が減ってしまった自治体で、同じ政策をトップに掲げて通用するだろうか。

また、山田氏の政策で目立つのは 「強い財政力」である。
これもかつての革新系は言わなかった言葉だ。しかし、日本人の気質からいって、これ抜きにいくらイイコトを言っても「絵空事」と思われてしまう。
宝塚の中川氏も「6年連続正味の黒地」という市財政の実績を大きく掲げていた。(右図は中川氏のホームページより)

強い財政とセットなのが、「稼ぐ町」ということだろう。
要するに、子育て教育をメインに据えて、それを保証する財政と産業振興 という構図がわかりやすい。

対するに、自公維新が相乗りした田中てつや氏の政策を見ると、項目的には実は同じようなことを言っている。

 田中てつや 政策

島本は美しく温かい街。まちの魅力を加えて人を呼び込むまちに。
島本は人を大切にする街。まちの活気を加えて起業交流のまちに。
住むところを子育てで選ぶ時代。次代を担うこどもがもっと生き生きと暮らすまちに。
赤ちゃんから年長者まで健康に生きるみんなの願いを叶えるまちに。
行政の効率化を徹底し挑戦と信頼の町役場に。

(引用以上)

何が違うかというと、順番が違うのと、自公維新の候補だ ということ。

同じような政策ならば、自分たちの差し迫った問題を第一に挙げている方がいい。
(つまりマーケティングが成功している)
そして、その課題については、自公維新より町民派のほうがやってくれそう。
(自公維新への消極的支持の裏をついた)

自公や維新に反対する人は、なんとしても「違う」ことを言わなければならないし、「批判」をしなければならない、と思い込んでいるが、それはちょっと違うんじゃないの ということが、島本町長選挙の結果なのではないかと思う。

田中てつや氏の失敗は、はじめに緊縮財政をもってきたことだろう。
そして「その範囲で」子育て教育もやるよ という順番になっている。
しかも、自公維新が推薦しているので、子育て教育については
「実行力はあるだろうけど、それほど大したことはしてくれない。」という評価になる。

これで、相手が旧態依然たる革新系で「反対」とか「夢物語」だけを語っていれば、「何もないよりマシ」で田中てつや氏が勝っていたかもしれない。
しかし、山田氏という無名で若い候補が、(実はほぼ同じ)項目の政策を掲げて、出てきたとき、情勢は一変した。

もちろん、政策だけではない地道な努力のたまものだとは思うけれども、一つの教訓としてその点を学ばせてもらいたい。

1)有権者の現状をリサーチし、状況とタイミングにマッチした政策を掲げること
2)複数の政策は、有権者の利益になるものを目玉にして、その実現を保証するものを後ろに続ける
3)政敵と「違う」政策を出す必要は無い。1と2の結果として、項目は同じになってもいい。

ちなみに、山田氏の「町民派」は 見たときに私はハッとした。
行政区の市ではなく、シチズンシップとしての市など成立したことのないこの日本で、「市民」というときの胡散臭さが、「町民」という言葉にはない。
良い意味で泥臭く、むしろ江戸時代の「町人」に通じるかんじがあって、市民社会が成立していない日本にはピッタリな感じがする。

日本人の大半が、自分は「市民」だなんて思っていない。(行政区ではなく、市民権という意味で)
そういう自覚がないところに 「市民派」などと名乗ってしまうと、浮き上がった存在になってしまう。市議選など多数が当選する選挙は「市民派」でもいいと思うが、首長や小選挙区で(とくに新人で)「市民派」を名乗るのはかなりハイリスクだ。
意識的なのか結果的なのかはわからないけれども、山田氏の「町民派」は、そのリスクを回避したことも勝因だったのではないだろうか。

などなど、他にもたくさんあるだろうが、分析を抜きにして「市民派が勝った」と単純に喜んでしまうと、危ない。
これまで通り、自治体選挙では勝てても国政では惨敗する ということを繰り返さないよう、一歩前に進もう。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 12

11 からつづく

 とはいえ、いくら植えた木がもったいないからと言っても、それが建材として劣ったものなんだったら感情論で使うべきじゃあない。国産材は建材としての性能は劣っているのか?ちゃんとかくにんしなくては。結論を先に言ってしまえば、劣ってはいない。輸入木材と比べると一長一短、というのが公平なところ。で、「短」の部分は充分に穴埋めできる。

 よく使われる国産材にはスギ、ヒノキ、カラマツという3種類の木がある。他のもあるけど、この3種類で8割近い。なかでも圧倒的なのはスギで、スギだけで国産材のシェアは50%超。もう日本中スギだらけと言ってもいいくらい。なので、国産材代表ということでスギ(杉)について考えてみる。杉の建材としての短所は何かというと、なんと言っても柔らかいということ。「家を作るのに柔らかいなんて致命的じゃないか」って? いやいや、そこまで柔らかくはない。どのくらい堅いか(厳密に言うと「たわみにくさ」)を示すヤング係数という指標がある。輸入材の代表選手であるベイマツ(米松)と比べると、米松:杉=10:7くらいなので、杉のほうが3割ほどたわみやすい。あらら3割も弱いじゃん!
 ところが、「たわみ」は材をちょっとだけ大きくすれば3割くらい簡単に挽回できちゃう。おつりがくるほどなのでご安心を。しかも、最近はそのヤング係数を一本一本計測してラベル貼ってある杉やヒノキもあるので、なんの心配もない。こういう性能を計測された木のことをグレーディング材というので、憶えておくとカッコイイ。

 国産材を使うにはもう一つ大きな問題がある。これはボクもこの業界に入ってみて驚いたんだけど、木はあるけど木が無い ということが。。。 「○○県産材を使ってくれ」と盛んに言うので、「ほな下さい」と注文すると「ない」と言う返事がくる。。。こんなバカなことが実際にあったりする。山には木は山ほどあるけど、一軒分そろえて家を建てる現場に持って行くことができない。産地をきっちり特定できる国産材で、一軒分を揃えることができる製材所や森林組合はそんなに多くないというのが実情なのだ。だから、「○○産の木で家を建てたい」と思っても、そういう数少ない製材所なんかを見つけ出さないとならない。こりゃたいへんだ。
 この問題を解くには、二つの答えがある。一つは、細かい産地にこだわらずに国産ならよしとする方法。これだったら、どこの工務店から注文しても手に入る。(ただし、グレーディング材が入るかどうかは微妙。) なんで産地が分からないのに国産だと判断できるのかというと、見た目も香りも輸入材は違うから。例えば中国産のスギも流通してるけど一目でそれとわかっちゃう。最近のカリフォルニア米はジャポニカ米に近づけるために改良を重ねてるから食べても分からないらしいけど、輸入のスギはそんな改良してないからすぐ分かる。

 もう一つの答えは、インターネット。インターネットで国産材にこだわっている設計事務所や工務店を探してみる。だいたいこういう会社はインターネットで集客しているので、たくさんヒットするはず。看板倒れのところから、気合いの入ったところまで玉石混淆だけど。ボクの経験値では、国産材とか自然素材とかエコとかの味付けの濃いところは、すごく良いか結構ヒドいかの両極端なような気がする。しっかり選んでいただきたい。もちろん、不安な方はボクにご連絡いただければいいじゃないかなあ、としっかり宣伝もしておく。

 ウチでもヨソでもいいけど、首尾良く国産材を使えることになったとしよう。次はどうするかだ。「産地はどこでも国産材」の場合は無理だけど、産地を特定できる場合はその産地まで出かけることを超お勧めしたい。ボクもこの十数年間でかなりの数のお客さんと山に出かけたけれど、すごく喜んでくれるか、さもなければウルトラ喜んでくれるか。とにかく、口では説明できないものがある。
 ときには12月だというのに標高1000mを超えるような場所での伐採祈願祭となり、しかも途中から大雪が吹雪いてきて遭難するかと思ったこともある。(車で行っているので遭難はしないけど、超絶寒かった。)まあこんなのも、かなり強烈な思い出になる。

 早いものでも40年くらい、古ければ100年を超える木を使う。100年前の1916年、大正5年と言えば第1次大戦のまっただ中、日本では大正デモクラシー全盛で夏目漱石が49歳で亡くなった年。こんな時代から延々と育ってきた木を使って家を建てるんだと思っただけでも感慨ひとしおになる。そして、その木を育んできた山に知らんぷりはできない、アリガトサンのひとことを言いたくなるのが、同じ生き物としての感情なんじゃなかろうか。

13 につづく
2017-04-15(Sat)

カンパとドネーション

最近は、市民運動界隈でも新しい横文字が多い。
20170415-1.jpgビラとかチラシはフライヤーとかいうらしい。私はフライヤーと言ったら厨房の揚げ物つくるあれしか思い浮かばない。
古色蒼然たるのぼり旗は禁止という集会なんかもあり、セブンイレブンで印刷するプラカードが主流だったりする。
デモはパレードで、カンパもドネーション。ドネーションが寄付という意味なのは知っているけれど、なんとなく違和感がある。

カンパという言葉は、すっかり市井に溶け込んでいるのでいまさら左翼用語だと言う人もいないだろうが、もともとはカンパニア闘争すなわち大衆闘争という意味からきている。wikiによれば、カンパニアというのはロシア語だそうでなるほど、左翼用語だったのだろうなと思わせる。英語にするとキャンペーンだそうである。

カンパがカンパニア闘争から派生しているということは、やはりドネーションとはそもそも意味が違っていたということになる。
寄付は集まったお金のほうが目的だけれども、カンパニアであれば多くの人に出してもらう行為のほうが主たる目的と言うことになる。どちらが良い悪いではなく、主目的が違う。

だから、左翼であっても金額をきっちり集めたいときは寄付と言うべきだし、イマドキ運動であっても出してもらう行為に主眼があるときはカンパと言ったほうが正確だ。
違いは、それだけではないような気もする。カンパは小銭を出してくれた人も運動の中の人であり、寄付はやや外に立っているというニュアンスがある。ドネーションという耳慣れない言葉で言われると、よりその感じが強くなる。

あまり関心の無い人にもちょっとでも目を向けてもらおうと言う意味では、外に立っているドネーションで良いのかもしれないし、運動に参加してもらおうという意識付けではカンパと言ったほうが良いのかもしれない。
どっちが良いのかはわからないが、そういう違いがある。

服装やら横文字やら音楽やら、イマドキの運動はかなり気を使って、古くさい左翼運動チックな臭いを消し、楽屋落ちにならないように努力をしてきた。
私自身そうした集会等々にも数多く参加してきたし、昨年の憲法フェス大阪では主催側で関わったりもした。
そして感じたことは、あまり効果が無いのかな ということ。

20170415-2.jpg音楽をやれば音楽好きはあつまるけれども、それは政治の課題の枠が拡がったのとは違う。
音楽イベントで政治にも触れたということであって、逆にその音楽を好きな範囲に限定されるし、音楽がなければ集まってこない人たちがほとんどと言うことになる。

ダサい左翼臭を忌避することでフツウの人々が大挙参加したかと言えば、なんのことはないご参集の方々の主力は団塊の皆様だったりした。
もちろん、沈黙していた団塊世代が定年退職したこともあって久々に街頭に出てきたことは、決っして悪いことではない。

ここ数年の経験を振り返ってみて、どうもピントが外れていたような気がしてならないのである。



イマドキの運動は大言壮語しない。
昔の左翼のように、デキもしないことを激しい言葉でアジることもしない。
誠実に思うことを述べて、あとは野党共闘でお願いね という話だ。

たしかに、政党間の桎梏を取り除くために、市民団体の介在は意味がある。お互いに、妥協するために言い訳になるからだ。大義名分と言ってもいい。
野党共闘が、大いに有効であるならば、それで万事OKなのだが。。。

20170415-3.gifもう繰り返さないが、民進党という鵺(ヌエ)を頼りにした野党共闘が、果たしてどこまで有効性があるのか。当面、選挙になれば共闘はせざるを得ないのは間違いない。しかし、「政権交代させないため」の集団を頼りにして政権交代がデキるわけがない。

せいぜい、大負けを小負けで済ませるという程度の効能しかないだろう。

今いちばん必要なのは、気楽に参加できる運動とか、ヌエのような大同団結ではなく、「頼りになる政党」 なのだと思う。
「頼りになる政党」の条件とは

1.権力も財産もコネもないフツウの人間が、死ぬまで生きられるような 確実性のある政策
2.自公や官僚に忖度せず、政策実現のために全身全霊をなげうつ
3.カンパニア=大衆組織をしっかりと作る

例え今は少数でも、この三つを確実に進める政党ができれば、選挙の様相は絶対に変わる と私は思う。
まったくの夢物語かと言えばそうではない。
社民党、自由党、さらには地方議員を擁する緑の党、新社会党、かなり数多くの無所属市議など、核になりうる人たちは存在する。問題は、それをまとめる人がいないだけだ。

それと重要なのは、大衆組織である。
大衆組織のない小選挙区制は、たしかに党本部の独裁体制を生み、安倍一強と言われる現状を作り出している。
しかし、各小選挙区ごとに100人の活動家がいて、1000人が年に1万円をカンパするならば、政党助成金に縛られることのない自立した運動ができる。最初はその1/10からでもいい。

この組織が共産党と協力すれば、自民+公明+維新+小池新党の連合軍とも互角に戦うことができる。

共闘すべきはヌエのような民進党ではなく、それ以外の人々であり、それが、野党共闘頼みではなく、自分たちの組織を作ると言う方向を向かなければ、いくら姿形や言葉遣いをどのように飾ったとしても、日々の暮らしに追われる国民の目には「趣味」にしか映らない。
本当に「頼りになる政党」を作る。それしかないと思う。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 11

10 からつづく

 日本の林業には輝かしい黄金期がある。1960年代前半から1970年代にかけて、国産の木材は飛ぶように売れた。出荷量は現在の3倍以上。当然値段も高く、物価を勘案すると2倍以上の価格で売れていた。つまり、今の6倍以上儲かっていたわけだ。しかしウハウハの極みにあった1980年から出荷量が急激に減り始める。戦災復興→高度経済成長→持ち家政策という一連の住宅景気が一段落したところに、第2次オイルショックだった。さらに1990年代のバブル崩壊後には出荷量のみならず価格も下がっていった。こうして濡れ手に粟の日本林業は、補助金でかろうじて命脈を保つ絶滅危惧産業になってしまった。
 木材の価格だけ見れば1980年までの価格は明らかに高すぎたのであり、濡れ手に粟をキッパリ諦めて適正な利益を生み出す程度に修正すべきだった。そうすれば輸入材にここまでシェアを奪われることもなかったし、少々の不況はあっても絶滅危惧されるところまで落ち込むことはなかったはずだ。

 さらに困ったのは、使える木を切り尽くしてしまったことだ。戦争中、お寺の鐘までが武器を作るために供出されたことは有名だが、木材も同様に日本木材統制株式会社という国策会社によって軍需用に乱伐され言い値で供出させられた。戦争に負けると今度は焼き尽くされた住宅の復興が始まった。敗戦直後は全世帯数の1/4にあたる420万戸の住宅が足りなかったというから、木材は伐れば伐っただけ高値で売れた。こうしてただでさえ荒廃した日本の山を、戦後は莫大な復興需要のために後先を考えず伐って伐って伐りまくった。

 もちろん拡大造林の大号令をかけて植林に励みはした。なんと15年間で400万ヘクタールに杉や桧を植えてしまった。400万ヘクタールというのはなんと日本の陸地面積の1割以上で、現在の日本中の宅地面積の2倍以上だ。恐るべし。しかし、当たり前だが植えた木は何十年かたたなければ商品にはならない。泥棒を捕まえてから縄をなうどころか、泥棒を捕まえてから縄の原料になる麻の種まきをするようなものだ。これだけの植林となると林業家ではない人たちも木材バブルに浮かされて里山の広葉樹を切り捨て、田んぼや畑にまで杉桧を植えた。本当は杉には適さない山にもどんどん植林した。
 低い山の南斜面に杉を植えると、目の詰まった良材はとれずに花をいっぱいつけて花粉を大量生産すると林業家に聞いたことがある。ご想像の通り、毎年春の花粉症はこの拡大造林運動の結果である。

 こうして需要の側からも供給の側からも木材バブルは幕引きとなったのだが、日本林業の基本路線はいつまでたっても「いつかまた値が上がる」「値を上げるためにもっと使え」だった。ボクは吉野の台風被害の木を使ってから、林業についての本を買い込んで読んでみた。そのほとんどが現状を嘆くばかりで、口を揃えて「日本の山は困っている」「国産材は安い輸入材に負けた」「日本の環境を守るためにもっと日本の木を使え」だった。最初は「大変だなあ」と同情していたのだが、何冊読んでも嘆き節なのに、ややうんざりしてきた。冷静な分析や、経営的な将来計画について書いてあったのは、当時読んだ中では唯一「イギリス人が見た日本の林業の将来」という本だけだった。おいおい日本人、自分で考えようぜ、と暗澹たる気分になった。

 それでも、明月社の家は国産材を使っている。産地は土佐嶺北、土佐梼原、吉野天川、十津川、球磨とその時々の縁でいろいろ替わってきたが、日本の山の木で建てるということは一貫してやってきた。しかも、いずれもその産地を自分の目で見てある程度その産地の事情を理解し、可能ならば住み手も産地まで同行して自分の住む家の木の一本くらいは自分で伐るようにしてきた。
 なぜ日本の木にこだわってきたのか。論理的に説明しろと言われてもちょっと難しい。理屈抜きの感情のほうが大きいからだ。自分たちの何代か前の世代の人たちが植えまくってしまった木材バブルのせいで、やっと使い頃になったら山に放置されている杉や桧たちが気になって仕方ないのだ。伐って使うのは人間の都合だから、そのまま放置しておけばいいという話は残念ながら通用しない。そもそも使うために植林した木たちだから、放置してもマトモに育たない。畑の野菜が間引きしないとヒョロヒョロになるのと同じで、過密に植林された杉や桧は放置すると異常に細長くなり、枝と枝が重なって地面には日光が届かない。草も育たず土は流れて根がむき出しになり、そこに台風や大雨がくるとまとめて倒れたり土砂崩れを起こしたりする。林業用に植林された山は、放置してもそう簡単に自然に戻りはしない。

 バブルに浮かれて伐りすぎて植えすぎた責任はボクにはないし、もちろん住み手にもない。同時に、植えられた木たちにも責任はない。けど、山に行って、使い頃の木たちが切り捨てられて腐っていく姿や、間伐もされずにロウソク林(異常に細く密集した状態)になってしまった姿を見ると、たまらない気持ちになる。もったいないどころか、植林地の中心でバカと叫びたくなる。ボクたちの住まいからほんの半日の距離にこうした木々がそれこそ山のように生えている。これはもう どうしたって使わずにいられなくなるのだ。
 それと、国産材は「気持ちがいい」。国産の杉や桧は輸入材のベイマツやベイツガや福州杉なんかと比べると、見た目も匂いも格段に気分がいい。別に国粋主義でもなければ輸入物を差別しているのでもなくて、感覚的に気持ちがいいというのは、ボクだけじゃないと思う。やっぱり同じような風土で育ってきたせいなんだろうなあ。

12 へつづく
2017-04-14(Fri)

トランプは血も涙もないイスラム国壊滅作戦をやっている

「血も涙もない」&「イスラム国壊滅戦」 である

前半だけ非難したり 後半だけ持ち上げたりするのはご都合主義だ。

人道的にはメチャクチャな血も涙もないやりかたで、しかし、自ら(つまりアメリカ)が作り出してしまったイスラム国を壊滅させようとしている。

米、最強爆弾「全爆弾の母」を初使用 アフガンでイスラム国に
2017.4.14 産経


アフガニスタン駐留米軍は13日、同国東部ナンガルハル州で大規模爆風爆弾(MOAB)の「GBU43」を投下し、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が防御用に使っているとみられるトンネル施設を攻撃したと発表した。MOABは核兵器を除く通常兵器としては最大の破壊力を持ち、実戦で使われるのは初めて。
(引用以上)

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「民間人の被害を防ぐため最大限の注意を払った」とも言っているが、核兵器に次ぐ破壊力なのだから、犠牲が出ていないわけがない。だからこそ、これまでは使われなかったのだろう。まさに、血も涙もない激しい攻撃だ。
格納庫の屋根に穴を開けただけの、形ばかりのシリアへのトマホーク攻撃とは大違いだ。

イラク・シリアに展開するイスラム国の主力はロシアに任せておいて、補給路を断つことにトランプは注力しているようだ。

米、中東政策を軌道修正 対テロでエジプトと連携
2017/4/4 日経


 ホワイトハウスの発表によると、両首脳はIS掃討などテロとの戦いで連携を確認。トランプ氏はエジプトが取り組む経済改革への支持や軍事支援を約束した。中東和平問題では、両首脳がイスラエルとパレスチナ双方を支持することに共通の利益を持つと表明した。
(引用以上)

エジプトのシシ政権は、流血のクーデターで政権を簒奪した非合法政権だ。しかし、トランプはそんなことはお構いなしである。なぜなら、エジプトのシナイ半島にイスラム国は拠点を持ち、シシ軍事政権はそれと戦っているからだ。
昨年12月、そして上記記事の直後にも 大規模な爆発で多くのエジプト人が亡くなっている。

イスラム国の最大の補給路はトルコであることは誰もが認めるところであろう。そして、そのトルコから独立をめざし、トルコ政府が不倶戴天の敵としているクルド人の軍が、イスラム国を壊滅寸前に追い込んでいる。
トルコ政府がこれにたいして、どのような態度をとるかで、イスラム国の運命は大きく左右される。
クルド憎しでイスラム国に肩入れするのか、それとも大勢に従ってイスラム国を封じるのか。

米国務長官、トルコ大統領と会談 関係改善は進まず
2017/3/30 日経


さすがに目に見えた成果はでていないようだが、明らかにトルコに協力させようと努力はしている。

イスラム国のスポンサーという意味ではサウジアラビアである。

サウジ副皇太子、トランプ大統領と会談-「歴史的転換点」と表明
2017.3.16 ブルームバーグ


トランプはイランとの核合意をカードにして、サウジを押さえ込む作戦のようだ。
シーア派のイランは少なくともイスラム国との関係においては、心配ない。裏でスポンサーをやっているサウジのほうを押さえようということだ。

もちろん、これまでボロカスに言ってきたNATOにたいしてもトランプは豹変した。

トランプ米大統領、NATOは「もはや時代遅れではない」
2017年04月13日 BBC


ストルテンベルグ事務総長をホワイトハウスで迎えたトランプ氏は、テロの脅威がNATOの同盟関係の重要性を強化したと述べ、イラクやアフガニスタンといった「パートナー」に今まで以上に協力するようNATOに呼びかけた。
(引用以上)

このように、イスラム国が生き延びられそうな途を片っ端から潰している。

こうやって書いていると短気な読者から あいつはトランプの戦争を支持している!! とお叱りのコメントをいただきそうなので断っておくが、支持とか支持しないとか以前に、正義とか不正義という価値判断以前に、トランプが何をしようとしているのか理解することが必要だと思うから書いている。
そこは理解していただきたい。

そして、見えてくるのは、やり方は血も涙もない。爆弾でもミサイルでもぶち込む。民主主義とか自由主義などのイデオロギーも二の次。独裁だろうが軍事政権だろうがお構いなし。その意味では 実に酷いやりかたである。

一方で、これまでマッチポンプの戦争を継続するために温存されてきたイスラム国を、本気で潰そうとしている。軍事はもっぱらロシアやクルドにやらせながら、外交を駆使して補給を断ち切ろうとしている。 これは冷戦後のアメリカの戦争、すなわち巨大な軍産共同体を否定する流れである。

これをどう評価するのかは、また別の話。ここでは、あえて良いとか悪いとかは書かない。
「こいつはこういうヤツだ」と決めつけてから物事を見るのではなく、よく観察してから「何をしようとしているのか」を判断すること。
トランプという人物は、そのための格好の教材になると思うのである。
そして、その動きは、私たちの明日に直結している。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 10

9 からつづく

 艶を出さないというのは木の塗装に限った話ではなく、家の内外で万事に通じる原則ともいえる。水道の蛇口と便器以外、というか水回りでやむを得ないところ以外は、基本的に艶無しにしたい。家の中のテカテカの代表はビニールクロスだ。塩ビという材料もよろしくないけれども、明月社の家でビニールクロスをほぼ使わない理由はその艶感にある。ビニールクロスを貼ると一気に壁や天井が迫ってきて部屋が狭く感じる。では何を主に使うのかというと和紙を使っている。洗面所や収納などはビニールクロスを使うこともあるので比べてみるとその違いがよく分かる。今ボクが座っている事務所の壁も、左側は和紙で右側の本棚の後ろはビニールクロスなので、首を左右に回すと実感できる。(壁の材料の話はまた後の項で)
 と、先ほどから目の仇にしている艶というのはそんなに悪いものなのだろうか。艶の名誉のために少し考えておきたい。辞書をひくと「物の表面から出るしっとりとした光」(デジタル大辞泉)などと書いてある。艶っぽいといえば女性に対するかなりの褒め言葉だし、読み方は違うけれど艶(えん)については「日本文学における美意識の一つ」(ブリタニカ国際大百科事典)とまで書いてあるし、本当に艶を敵にまわしても大丈夫なんだろうか。

 艶のある日本の美といえば代表格は漆器だろうか。幾重にも塗り重ねた漆は黒であれ朱であれツヤッツヤである。黒は酸化鉄で朱は顔料だそうだ。いずれにしても顔が映るくらい艶がある。この艶と、ビニールクロスやペンキの艶とは何が違うのだろうか。おそらくは厚さと粒そろいだろうと思われる。漆は半透明な樹脂を何層にも塗り込むので、膜厚の表面から記事に近い層までがすべて反射することによって、重合した反射光になるだろう。また反射する樹脂の細胞も、天然故に大きさが不揃いになり反射角は微妙に乱反射している。そこが合成樹脂とは違う艶になる所以ではないかと想像している。対するにビニールクロスやペンキの反射は画一的で表面だけの反射光になり、艶っぽいどころかテッカテカになってしまうのだろう。(文献を見つけられなかったので、ここは推測と想像)
 ただいかに漆の艶であっても、艶は一種の緊張感を生み出す。磨いた大理石もそうだしガラス張りのビルもそうだ。ビニールやペンキのような安っぽさはないけれども、やはり空間に緊張感を作り出す。休息と再生を第一に考えている明月社の家には、やはり艶は似合わないと思っている。

■木に出会う

 店舗デザインの数年間はなかなか充実していた。
 京都の会社に行った最初の年は、待ちに待った一級建築士の試験の受験資格の得られる年だった。毎日夜8時には仕事を終わらせてもらって近くの喫茶店に飛び込み、カレーとコーヒーを頼みウォークマンで雑音を塞いでみっちり2時間勉強。こんな生活をつづけたお陰でなんとか試験に合格できた。この半年の間、日曜以外は毎日毎日カレーを食い続けた。参考書から目を離さずに食えるので都合が良いのだ。これから資格試験にチャレンジする方はご参考にどうぞ。

 資格をとってからは徹夜になることも少なくなかったが、なにせ会社が木屋町や先斗町にほど近いため駅まで直行で帰るのは困難を極め、こんどは同僚と居酒屋に毎日毎日通うことになる。またこの時期にはボク的なパートナーにも出会い、所帯をかまえることもできた。そんな日々を送っていた頃、珍しく住宅の仕事が入ってきた。わざわざ店舗デザインの会社に依頼するだけあって、そのお客さんの第一声は「変わった家つくってや!」だった。
 その頃にはいきなりデザインから入るやり方にも慣れていたので、最初に正面から家を見たスケッチを2案用意して持って行った。これは家か?というような奇抜なものと、真ん中に外階段が貫く少しおとなしいものと。ボクは外階段プランが気に入っていたのだが、お客さんに見せたところ案の定、これは家か?に即決。ホントにこれを建てるのか、とボクも驚きつつ、書いてしまったスケッチを現実の物にするために脂汗を流した。

 ちょうどその作業をかかってるころ、朝のニュースで奈良県を襲った台風7号(1998年)の話をしていた。室生寺の五重塔に巨木が倒れかかりボロボロになったのを覚えている方も多いかと思う。日本の林業発祥の地とも言われる奈良県吉野地方でも大量の木が風で倒れ、林業が大打撃を受けた。風で倒れた木は製材してみると中で繊維が切れていることがあり、丸太の状態では問題なくても出荷することができない。
 そこで、吉野地方のとある森林組合が自分たちで製材をして一本一本チェックした木を売りに出した。それが、朝のNHKニュースで流れていたのだ。ボクは「変わった家はこういう変わった木で建てたらおもろいんちゃうか」というまったくの興味本位でそのニュースに食いつきお客さんに提案してみたところ、これまた即決。数日後にはお客さんとともに吉野に向かって出発した。
 その森林組合では、製材の様子を見せてもらうだけでなく、倒れた山を案内してもらい斜面一面がなぎ倒された光景に言葉を失った。(ついでに柿の葉寿司の工場まで見せてもらった) やや興奮気味に森林組合の事務所に戻り、さて実務的な打合せをというときに奥の部屋からかなりお年を召した組合長が出てこられた。そしていきなり言われたのが「なんでおまえらに売らなアカンねん」だった。吉野林業の過去の栄光を垣間見た瞬間だった。

11 につづく

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