2018-09-20(Thu)

玉城デニーを激励する会@近畿 全野党が参加して大盛況!

翁長知事の志を継いで沖縄県知事選挙をたたかっている玉城デニーさんを応援しようと、関西でも9月17日に政治資金パーティーが開かれました。

予想を超える大盛況で、それなりに使い手のある金額をデニーさん陣営に送ることができました。
従来の2万円のパー券を団体に引き受けてもらう式ではなく、5000円の会費で、買ってくれた人の8割くらいが実際に参加するという市民参加型の政治資金パーティーでした。
それだけに、会場費も飲食費もギリギリに切り詰めたので、満員電車なみの混み具合で、お腹を満たすことはできなかっただろうと思いますが、大正区の沖縄料理屋さんに仕出しをしてもらった料理は大変美味しかったと好評でした。

そして何よりも、このパーティーでは、野党7党が全員顔をそろえてくれた ということが画期的だったと思います。
東京や岩手での沖縄支援の共同街宣では、なぜか全党は揃っていませんでしたが、今回は
立憲民主、国民民主、共産党、社民党、自由党、新社会党、緑の党 ぜんぶ参加してくれました。
とくに、国民民主が決断してくれたのは大きかったと思っています。

20180920-1.jpg
(これは最後のガンバロー。ここには写っていませんが、ちゃんと全党おられましたよ。)

ちょっと残念だったのは、全野党そろっての共同記者会見はできなかったということです。
マスメディアも来ていなかったようで、メディアを通じて沖縄に「関西でも全野党がそろって応援している」という姿を伝えることができませんでした。
正直言って、まだまだ全野党がそろって何かをするというのは、薄氷を踏むような歩みだと言うことです。

とはいえ、とにもかくにも、これが「沖縄だけに安倍の暴風を押しつけてはいけない」という野党協力の一歩になったことは間違いないので、良しとしましょう。

さあ、9月30日まで あと10日になりました。

できることを精一杯やりましょう

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■選対(ひやみかちうまんちゅの会) 

①琉球銀行(本店営業部) 店番号201 普通預金 1181452
名義人 うまんちゅの会 事務局長 仲宗根寛明
②沖縄銀行(本店営業部) 店番号101 普通預金 2497153
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2018-09-13(Thu)

玉城デニーさんが「勝てるかもしれない」沖縄県知事選挙

いよいよ本日13日 沖縄県知事選挙が始まりました!!

まずは、玉城デニーさんのメッセージを


(3分30秒)

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また、公式サイトではないですが、こちらの方々もホットな情報を提供してくれています
渡瀬夏彦 @natsuhikowatase
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仁尾淳史(note始めました) @atsushi_mic


大阪でも、支援がはじまっています。

故翁長知事の志を継ぐ 玉城デニーさんを激励する会

9月17日(祝) 14:00~ PLP会館(JR天満駅・地下鉄扇町駅徒歩5分)  

会 費:5000円 ※政治資金規正法に規定する政治資金パーティーです。 
要予約:玉城デニーを励ます会・近畿
 メール d21kinki@yahoo.co.jp FAX 06-6562-6905
 ※お名前・人数をお送り下さい。
主 催:平和・誇りある豊かさを!ひやみかち うまんちゅの会

日朝国交正常化と東アジアの平和を!9.18キャンドル集会

9月18日(火) 18時半~エルシアター(エルおおさか) 
(京阪・地下鉄谷町線「天満橋駅」より西へ300ml)
500円(大学生300円 介護者・高校生以下無料)
講師:浅井基文さん  纐纈 厚さん
歌:川口真由美さん 

★緊急企画★
オール大阪野党5党の揃い踏みで
沖縄県知事選玉城デニー候補予定者の勝利をめざす決起集会

主 催:キャンドル集会実行委員会
連絡先:戦争をさせない1000人委員会 ℡.06-6351-0793 
    戦争あかん!ロックアクション
(市民共同オフィスSORA気付) ℡.06-7777-4935
   ヨンデネット大阪 yondenetosaka@gmail.com


ところで、「なんで 『勝てるかもしれない』 なんて弱気なこと言うんだ?!」と思われたかもしれません。
でも、選挙の肝心要(カンジンカナメ)は 「勝てるかもしれない」 だと思うのです。

「絶対勝てる」 では油断してしまいますし、(国政選挙のように)「勝てそうにない」では、うっすら応援している人でも諦めて投票に行ってくれません。

デニーさんは、今まさに「勝てるかもしれない」ポジションにいます。
そのことを、沖縄の有権者のみなさんに認識してもらうこと、これが決定的に重要だと思います。

自民党や公明党や維新は、ネトウヨからマスコミまでを総動員して、「デニー候補が有利」というデマ情報を流しています。
みさなん、嬉しくなってこんなデマを拡散しないように注意して下さい。

ただしくは 「デニーさんは勝てるかもしれない」 です。

そしてそれを →「勝てそうだ」 →「勝つ」 →「勝った」 に進化させるのは、沖縄のみならず、全国の声と行動です。

全国ですよ。

沖縄を孤立させずに、このところ連戦連敗の本土でも、ついに動き出したよ という姿を見せることです。

関西以外でも、たぶん様々な取り組みがあると思います。
また、カンパ(献金)という方法もあります。

とにもかくにも、あと15日です。

全国津々浦々のみなさまが 目、耳、口、手足、お財布などなど、お得意な分野を活用して応援いただくことを、切に切にお願いします!!!



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2018-08-25(Sat)

あえて火中の栗を拾う 玉木雄一郎の発言について

国民党の代表選をめぐって、玉木候補の発言が炎上しています。

「申し訳ないがまずは共産党は除いて」国民民主・玉木氏
2018年8月23日 朝日


国民民主党・玉木雄一郎共同代表(発言録)

 国民民主党代表選が終わったら(参院選に向けた野党)総合選対を、申し訳ないがまずは共産党は除いて立ち上げて、完全な事前調整をして候補者を立てる。共産とは事後交渉の中でご理解をいただきながら、野党全体として少しでも議席を増やすよう(共産候補の擁立撤回を)判断いただくことも必要だ。

 共産が唯一見ているのは立憲民主党だ。立憲との関係があれほど衆院でも密になっているにもかかわらず、これほど共産が(候補者を)立てているのは、場合によっては、昨年の衆院選から比べると共産はすでに戦略を変えてきているのではないか。立憲とも、実は協力をしないことにかじを切る可能性もある。(23日、ネット討論会で)

(引用以上)

言うまでもなく、「申し訳ないが共産党は除いて」の部分に、リベラル諸氏が猛烈に反発、批判、罵倒の限りを尽くしているようです。
私も、この見出しを見たときは、なんちゅうこと言うんや!と びっくりしました。
「自分の発言が、どう捕らえられるのか」 と反芻してから発言する習慣がないのでしょうか?
もしそうだとしたら、政治家としては困ったものです。

ただ、私は、罵詈雑言を浴びせるリベラル諸氏と同じ意味で批判しているのではありません。
神経を逆なでする文言をとりあえずスルーして、発言の中身だけを判読してみれば、間違ったことは言っていないからです。

ああ、これでまたこのブログの読者さんが減るのかあ と思いつつ あえて火中の栗を拾うつもりで 続きを書きます。

理由はみっつあります。

ひとつめは、マスメディアとリベラル諸氏は 「共産党排除!」という意味に解して批判しているのですが、肝心の共産党からはなんの反応もないということです。少なくとも、私の見る限りでは共産党の赤旗や国会議員は、まったく玉木氏のこの不届きな発言に言及はありません。

ふたつめ、事前調整だろうが事後調整だろうが、共産党以外の野党の腹の中は 「共産候補の擁立撤回を判断いただく」には違いがない、ということです。
現実的に、野党統一候補として共産党候補を立てるということは、どの党も考えていません。

おそらく、共産党自身がそれは承知しているはずですが、問題は如何にして共産党の面子を潰さずに、共産党が比例票を集めやすい形で調整を行うかということです。
共同選対を組んでおいて、「ウチの候補はゼロです」と共産党自身に言わせるのでしょうか。
全国の共産党員にむかって、党本部が「調整の結果ゼロでした」と言わせるのですか?
それが、どんなに共産党にとって酷なことで、ダメージが大きいか、想像できますか?

実際の選挙運動になれば、共産党の活動量は他を圧倒します。
にもかかわらず、候補はゼロ。
はじめからそれがわかっていて、やる気になれますか?

お互いに予定候補を立てながら、ギリギリの選択で共産が譲り、他党候補が共産候補に大いに感謝することで、共産党の太っ腹も示され、大義が立つというものでしょう。
私は、昨年総選挙の大阪9区で、まさにその光景を目撃しました。

そしてみっつめ。共産以外の党から共産党への感謝も敬意もないということです。
とくに、立憲民主党は、候補を下ろしてもらったという意味でも、選挙運動を担ってもらったという意味でも、共産党のおかげで当選できた候補がたくさんいるはずです。
本来なら、自民党が公明党に頭が上がらないのと同じような関係なのですが、およそそういう気配は感じられません。
共産党から求められている相互推薦に関しても、黙殺したままです。

私の住んでいる大阪では、参院は4人区とはいえ票数では自民と維新に野党は圧倒されていて、最近は2:2:1の票数がほとんど固定化されてしまっています。
野党の現職は共産党のたつみコータロー議員であり、この一議席を死守するのが当然かと思いきや、なんと立憲は候補を立てるのだそうです。いくら複数区とは言え、あまりに非現実的な方針です。
立憲の比例票を集めるために、共産の現職を共倒れで落とすという意味にしか私には見えません。
(一人区で共産党をおろすためのバーターなのかもしれませんが、もしそうだとしてもその程度の信頼関係しかないということです。)

共産党は立憲に支持層を切り崩されている危機感があり、立憲は相互関係ではなくオイシイとこ取りを続けたい。
そんな煮詰まった関係である以上、事前調整が難航するのは目に見えています。
このへんが、玉木発言の後半部分です。

結論は、1人区は共産党におりてもらい、なおかつ選挙協力はしてもらう、という虫のいい話なのです。
これは、どの経路をたどっても、変わりません。
玉木発言に激怒している諸姉諸兄も、最後のイメージは同じでしょう。
その意味では、関係者だけの席での発言ならば、玉木氏の発言はごく普通のことを言っているだけです。
ただ、その虫のいい話を、玉木氏が無神経にメディアに公言してしまったので、あわてて激怒しているのではないか、とも見えるのです。



とは言え、玉木氏の発言は、あまりに無神経で不用意であったことは確かです。
なんでこのタイミングでやらかすかなあ とイラッときたのは間違いありません。

このタイミングとは、言うまでもなく 沖縄県知事選挙が目前に迫っているということです。

沖縄県知事選 態勢構築へ動き加速 佐喜真氏 維新に推薦願い 玉城氏 小沢氏が情勢確認
2018年8月25日 琉球新報

 県政与党の候補者選考を進めてきた「調整会議」から出馬要請を受けた玉城氏は、所属する自由党の小沢一郎代表が24日、情勢把握のため急きょ沖縄入りした。小沢氏は呉屋守将金秀グループ会長、調整会議の正副議長と新里米吉県議会議長、大城紀夫連合沖縄会長らと面談し、沖縄の政治情勢や選挙戦の取り組み方について意見を交わした。

 小沢氏は記者団に「非常に熱心に誠意を持ってデニー君を推していることは確認できた。国政の政治上の問題が懸かった選挙であり、中央の政党にもきちんとした決定をしてもらわないといけない」と述べ、選挙支援の態勢を判断した上で玉城氏の出馬について党の結論を出すとした。

 一方で翁長県政の継承を取り巻く環境について「非常に厳しい戦いになる。市町村選挙の状況もあるし、何よりも政府与党が死にものぐるいの選挙戦を繰り広げる。単にムードだけでは勝てないという認識は皆さんも持っていると思う」と引き締めを図った。

(引用以上)

まさに そういうことです。

沖縄の選挙であっても、これは安倍政権が総がかりで沖縄に侵攻するのに対して、どれだけ日本中が束になってたたかえるかと言う選挙戦です。

沖縄を孤立させてしまえば、凶暴でありかつ札束を振り回す安倍政権の猛攻に、沖縄の人たちも諦めが広がってしまうかもしれません。
本土の私たちにできるのは、「本土もまとまって真剣にオール沖縄を応援している」という姿勢を届けることです。
次の国政選挙では、これまでのように安倍の好き放題にはさせないよと、「野党が勝てるかもしれない」リアリティを見せることです。

そんなタイミングで、玉木氏が無神経な発言をし、それをマスコミが「それいけ」とばかりに取り上げて、リベラル諸氏が国民党攻撃に血道を上げる。
もう、やめてくれ!!! と叫びたい気持ちです。
冷静な相互批判ができずに、感情的にぶったたくのでは、ネトウヨと同じじゃないですか。

自分と違う意見だからこそ、あんまり感情的にならずに慎重に検討するという作法を、日本のリベラリズムの中にもぜひ取り入れてください。
衷心よりお願いする次第です。

追伸: 本記事の主旨は、共産党を含む共同選対を形成することに反対しているわけではありません。もし共産党が、共産党にとっては茨の道を選択するのであれば、その決断に敬意を表します。

追伸2:共産党に対するリスペクトが欠けているのは立憲だけではありません。そもそも、玉木氏がこんな台詞を言ってしまうのは、共産党に対する配慮がすっぽり欠落しているせいですから。

追伸3:立憲や国民は、沖縄では影響ないでしょ というご意見は間違っています。昨年総選挙での比例票、立憲9.5万、希望8.4万であり、共産7.6万、社民7.1万よりはるかに多いのです。




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2018-08-20(Mon)

沖縄県知事選 玉城デニー氏出馬へ (沖縄タイムス)

急転直下、翁長さんの遺言でこういうことになってきたようです。

沖縄県知事選:玉城デニー氏出馬へ 翁長氏の意志受け、環境整備前提に
2018年8月20日 沖縄タイムス


 9月30日投開票の沖縄知事選に、自由党幹事長で衆院議員の玉城デニー氏(58)が出馬する方向で最終調整に入ったことが19日、分かった。4年前に翁長雄志知事誕生の原動力となったオール沖縄体制が構築されれば、出馬に踏み切る構えだ。知事選には前宜野湾市長の佐喜真淳氏(54)が自民党などの保守系候補として立候補を表明しており、県内最大の政治決戦は両氏一騎打ちの構図となる公算が大きくなった。
(引用以上)

私たち関西の自由党界隈も、一段ギアをあげなくてはなりません。

デニーさんには、これまで何度も大阪にも来ていただいたことがあります。
パッと見た印象は、明るい方です。
そして、お話しを聞いて思うのは、デニーさんは深い ということです。
深みをもった、引きつける魅力のある人です。

2015年5月に、私ども生活フォーラム関西が主催した講演会の記録が残っています。

「イデオロギーよりアイデンティティー」 玉城デニー講演会レポート

フルバージョンの動画もありますので、これまでじっくりとデニーさんのお話を聞いたことのない方もある方も、ぜひご覧になってみて下さい。

※デニーさんが議員を辞めたら自由党はなくなっちゃうの?というご心配の声をお聞きしますが、現職6人なのでまだ大丈夫のはずです。それに、野党共闘のためならば党として選挙に出るのをやめちゃうくらい「滅私奉公」な党なので、ご心配には及ばないかと思います。

※生活フォーラム関西は、随時会員募集中です!



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2018-08-18(Sat)

言葉のちからと言葉の幻想

少し前のことになりますが、朝起きて寝ぼけながら大阪日日新聞を読んでいると、「現代歌人協会賞 普通の人生を肯定」という見出しが目にとまりました。
natsunoryouiki.png 受賞されたのは佐藤モニカさんという沖縄に住む歌人の「夏の領域」という歌集でした。 
紙面で紹介されていた作品は

人の世に足踏み入れてしまいたる子の足を撫づ やはきその足

屋敷壊しと言はるるデイゴいつの日か基地壊はさむと囁き合へり


まるで五感をジャックされたように情景が浮かんできます。
すぐに出版社に注文して、たぶん生まれて初めて歌集というものをはじめから終わりまで一気読んでしまいました。

図面を描くより文章を書く方が好きな私ですが、7年前から書くことが苦痛になりました。
津波と放射能という人智を超えた力を見せつけられ、そればかりか、願うことばが同じ人間に届かない、選挙の度に状況はいよいよ深刻になっていく。
そんな不条理を目の当たりにし続けたために、ことばの力を信じられなくなっていたのだと思います。

私の本業である家の設計にもことばの力は欠かせません。
直感だけで空間を作ってしまう天才もいますが、私はことばに紡いでから形を作ります。

印象の情報量は、50音の組み合わせでしかないことばの情報量とは桁違いです。
印象や心象をそのまま保存できていつでも再生できるようになれば人間の能力は飛躍するでしょう。
でも残念ながら印象をそのまま他人に伝えることはできません。そして印象が雲のように刻々と移ろいゆくのを誰も止めることはできません。

わずかな文字を選び出し並べるだけで研ぎ出す世界。大切な印象を失うことなく、他人にも伝えるためのことば。
ことばの力を決してないがしろにせず、もう一度信じてみようかな、と佐藤モニカさんの歌集を読んで思うことができました。



しかし、言葉の力を信じることと、言葉に幻想を抱くことは別ものです。
人間から人間に伝わる言葉、印象をできるだけ残し伝える言葉、その伝達可能性は、残念ながら無限ではありません。

そのもっとも残念な姿を、私たちは国会で目にすることができます。
そこには、言葉が伝わる世界は存在しません。
言論の府などという呼び名は、いまやブラックジョークでしかありません。

21世紀の訪れと共に「自民党をぶっこわす」と叫んで檜舞台に駆け上がった小泉純一郎。
彼は、自民党ではなく、国会をぶちこわしてしまいました。
あの「人生色々」と「自衛隊がいるところが非戦闘地域だ」という答弁には、当時は政治の政界にはあまり頭をツッコんでいなかった私ものけぞりました。

それまでの国会は、よく言えば話し合い、悪く言えば談合で国会は運営されていました。
与野党が裏で落とし所を話し合い、その筋書きに沿って表の国会は粛々と進められていく、いわゆる55年体制です。

ある程度の主張を政策に織り込むことができ、それなりの議席数も確保できる社会党は、民衆の意見を代表するというプラス面と、自ら政権を担うなんてことは考えもしなかったというマイナス面を併せ持っていました。
社会党が崩壊し、民主党と社民党になってからも、ほぼ同様の役回りを演じてきたと思われます。

しかし、そんな妥協と談合で運営されていた国会を、小泉純一郎がぶちこわしてしまいました。
野党の意見など、芥子粒のように吹き飛ばしてしまい、何を追及しても「人生色々」で会話にすらならないという、いままで目にしたことのない世界になってしまいました。

小沢一郎が動いたのは、その時でした。
2002年、民主党と自由党の合併、いわゆる民由合併によって、「政権交代を目指す野党」ができたのです。
言葉が通じない、妥協そんざいしない、談合で実を取ることができないのであれば、もはや政権交代しかない。
小沢さんは、決断されたのだと思います。

2009年にはその決断が花開きますが、民主党は内部から腐食してわずか2年半で政権を投げだし、またもや言葉の通じない荒涼たる砂漠のような国会に戻ってしまいました。
そして、今日に至る です。



安倍政権になり、国会の砂漠化は一層拍車を掛けていますが、それ自体は今始まったことではありません。
安倍政権の特筆すべきは、ゲシュタポの存在です。
内閣情報調査室。ことし元旦にTV放映された「相棒」で鶴見辰吾が怪演していたあれです。あれのリアル版。

ドラマ『相棒』に“官邸のアイヒマン”北村滋内閣情報官が登場!?
公安が反町や仲間由紀恵を監視・恫喝する場面も
2018.01.06 リテラ


内調のトップである北村滋は、昨年の記事ですが、こんなことになっています。

安倍首相が頻繁に会っている人、ランキングトップは内閣情報官の北村滋氏
週刊ダイアモンド 2017.9.4


もはや、日本の政治は、国会という表舞台ではないのはもちろん、料亭などの裏交渉ですらなく、与野党や官僚のキーマンを調査し、弱みを握ってはエサを与えたり脅迫したり というスパイ活動によって進められているのです。

平和と民主主義の幻想にドップリと浸かってきた日本のみなさまは、こんなことを書くと「陰謀論だ」とか「誇大妄想だ」とかおっしゃるわけですが、こんなことで驚いていては戦いのスタートラインにもたどり着きませんよ。

言論を灰にしてゴミ箱に捨てた安倍晋三を支えているのは、ゲシュタポ(内調)だけではありません。
この人たちの実力を忘れてはなりません。
20170215-3.jpeg
そう、統一協会・勝共連合です。(最近は家庭連合とか言うらしいですが)
安倍家と統一協会の一体ぶりは、すでに週刊誌を含めてあちこちで書かれ、ネットでは常識でしょうから、ここでは繰り返しません。

内調というスパイ組織を駆使し、カルト教団を全国の手足として自らの権力を維持しているのが、この国の内閣総理大臣閣下です。
なんか吐きそうになりますが、これが現実です。
どんなにキタナクとも気色悪くとも、顔を背けては前に進めません。



いくら言葉の力を信じると言っても、こんな人たちに通じるのでしょうか。

「○○をやめろ」とか 「○○の責任をとれ」 とか、どんなに理を尽くしても100%通じないと私は思わざるを得ません。
それは、彼らが理解できないのではなく、十二分に理解しているからです。
理解していないのなら、まだしも言葉を尽くせば理解されるかもしれません。
しかし、理解しているからこそ開き直り、暴力的に押し通そうとしている相手に、いくら説明をしても、無駄です。

ここ数年、国会の終わった跡にはぺんぺん草も生えていないではないですか。
まさに砂漠です。いえ、一切の生命が存在しない火星なみです。

20180818.jpg何時間演説をぶちかましても、安倍も麻生も、ヘラヘラ笑っているではないですか。
本当に痛くもかゆくも無いのです。何とも思っていないのですよ。
で、笹川陽平の別荘にでも集まって、みんなで大笑いです。

2002年に民由合併したときの状況が、負のスパイラルでグルッと一回りしてやってきたのです。

かつての社会党のように、政権取れなくてもあるていどの成果が得られるのであれば、それはそれで存在価値が無いとは言いません。
しかし、吠えるだけ吠えでも、まっっっったくなんの成果も得られないのであれば、そんな野党にはどんな存在価値があるのでしょうか?
誤解の無いように言っておくと、これは独歩指向の強い立憲民主党だけを批判しているのではありません。
私が支持を公言している自由党を含めて、すべての野党の皆さんに言いたいのです。

あまりにも危機感が薄すぎます。
まるで言葉も感情も通じない宇宙人に侵略されて、国会を焼け野原にされたかのような状態なのに、どこかで「今までの延長に明日がある」かのような、緩んだ空気が漂っています。

安倍晋三の唯一の弱点は、確実な後継者がいないことです。
子どもも愛弟子もいないため、同じ自民党内でも政権を移譲すると、自らの犯罪を暴かれるリスクがあるのです。
そこで安倍がとった戦略は、総裁に三選して、その間に岸田文雄を徹底的に飼い慣らすということです。

次の総裁を約束する代わりに、人格否定的な屈辱を味わわせ、感情も頭脳も逆らえないようにマインドコントロールしてしまう。
統一協会のノウハウをもってすれば、こんなことは朝飯前です。

あちらはそこまで考えて、究極のリアリズムで歩を進めています。
対するに野党側は、大演説を本にするのは悪くはないですが、そんなことより先にやることがあるはずです。
「政権交代」「選挙で自民党に勝つ」ための、具体的で実現可能な作戦をつくることです。

選挙に負けるかもしれない と思えば、いくらカルトの自民党でも、わずかながら姑息な妥協はします。

辺野古への土砂投入、沖縄知事選後に 政府、影響回避で検討
2018年8月14日 沖縄タイムス


土砂投入を延期した理由はただひとつ。
強行すると知事選で負けるかもしれない と安倍や二階や菅が思ったからです。
思っただけじゃなくて、情勢調査をやっているのでしょう。当然ながら。

今は国会の投票では必ず負ける野党が、悪政をとめたり、ちょっとでも良い政策を通そうと思ったら、その手段はひとつしか無いのです。
自民党の情勢調査で 「これやったら負けるかも」という数字をださせることです。

つまり、選挙になったら野党に投票しようかな と国民に思わせることです。
ここで言う国民とは 「2009年には民主党に入れたけど、もうこりごりだ。選挙なんて行かない。」と言ってる国民です。
ざっと2000万人くらいいます。

言葉を届けなくてはならないのは この人たちに向かってです。
国会の中でも言うべきことは言わなくてはなりませんが、それより何より、顔を向けなくてはならないのは、この2000万人です。

まったく無関心な人たちではありません。
おそらく、ニュースやネットでチラチラと野党の情報も見ているでしょう。
そして、一向にまとまる気配もなく、これまでの間違いを反省する素振りもないことに、「やっぱりな」と落胆していることでしょう。

私は、言葉のちからを信じます。

言うべき言葉は、究極二つだと考えます。
1.野党はまとまるので、もう一度政権交代させてほしい。
2.消費増税は間違いでした。ごめんなさい。

もちろん、他にも民主党政権の過ちは山ほどありますが、消費増税と辺野古埋立は、あきらかな公約違反であり、当時の責任者が雁首そろえて、ごめんなさいと謝らなければなりません。

腹を切れとはいいません。
今は、腹を切っている場合ではないです。生き恥をさらしても、前に進まなくてはなりません。



そして、このように野党がまとまる絶好の機会とも言えるのが、沖縄県知事選挙です。

沖縄県内はもちろん保革を乗り越えたオール沖縄の候補者をたてようと、日夜検討が続けられています。
私が言いたいのは、本土の野党勢力こそが、辺野古移設を反省して一つにまとまります、という姿を見せなくてはならないということです。

政権交代のためには、まずは消費増税を反省しなくてはなりませんが、今、沖縄県知事選挙を目の前にして、絶対にやらなくてはならいのが、「辺野古移設も間違いでした ごめんなさい」です。

本土の政治が焼け野原になり、野党が呆然と立ち尽くしている状況で、これまで孤軍奮闘してきた沖縄はますます孤立しています。
沖縄が頑張れば、いずれ本土でも政権交代してくれる、という希望があるのとないのとで、沖縄の人たちにとってどれほど大きな違いがあるか、想像したことがあるでしょうか。

自分たちがこんなに踏ん張っても、本土の野党は負け続けてばかり。しかも、勝とうとする姿勢すらない。
そんな状況に沖縄の有権者を置いてしまっている責任に、思い至ったことがあるでしょうか。

クチだけ野党から勝てる野党に

沖縄県知事選挙が9月30日に迫る今だからこそ、本土の野党共闘は必要なんです。

安倍一族には決して言葉は届かないけれども、「ばらばらじゃまずい」と思っている野党政治家の方には届いてほしい。
意図的に野党を分裂させている一部の悪質な人たち対しては、言葉は幻想に過ぎないけれども、様子をうかがっている2000万の有権者にはきっと届く言葉がある。

そう信じています。



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2018-08-15(Wed)

敗戦の日にあたって

毎年、「終戦の日」じゃなくて「敗戦の日」ですよ ということを書いています。

昨年の記事を少しだけ再掲します。

終戦ではなく「敗戦」と言うわけ 2017.8.13

私は「終戦」という言葉を使わない。
理由はみっつある。

ひとつ。
戦争責任をアイマイにしないため。

ふたつ。
敗戦を「解放」記念日にできなかった日本人民の不甲斐なさを胸に刻むため。

みっつ。
いまだ敗戦-占領は終わっていないことを忘れないため。

戦争は、雨が止むように自然に終わったのではない。
普通の国ならばとっくに降伏していたはずのところを、無謀な玉砕戦を1年近く引き延ばした挙げ句、万策尽きて無条件降伏したのである。
侵略戦争をはじめたという意味での戦争責任ももちろん問われなければならないが、ただひたすら「国体護持」のために兵士と住民に死を強いた責任も、決してアイマイにしてはいけない。
(再掲以上)

原爆という凄まじい大量破壊兵器をつかって非戦闘員を大虐殺したアメリカの犯罪は揺るがないけれども、国体護持のためだけに敗戦を認めなかった日本の責任も決してなくなりはしません。

そして、沖縄を捨て石にした罪も。

国体護持
つまり、天皇を頂点とした大日本帝国の権力体制の延命のために、沖縄を盾にして時間を稼ぎ、いよいよ降伏したあとは天皇自らの意思で米軍に沖縄を貢ぎ物のように差し出し、形の上では本土復帰した今でも貢ぎ物のままで据え置かれているのです。

一般には、天皇は権力を失って象徴になり、戦争の首謀者は戦犯として裁かれ、多くの政治家や官僚が公職追放になったことで、「国体護持」はなされなかった、と思われています。
憲法も変わり、国名も 大日本帝国から日本国になりました。

しかし、私は「国体護持」は成功したのだと考えています。
政治権力は失ったとはいえ、最高責任者が責任を問われなかったこと。
岸信介や石井四郎(731部隊)に代表されるように、アメリカと取引した人間はのうのうと生き残り、あまつさえ総理大臣にまでなっていること。
政治権力の主体となった自民党の半数は、実態的にも思想的にも大日本帝国のままだったこと。
日本国憲法に「御名御璽」があること。(ドイツ連邦共和国基本法にヒットラーのサインがあるようなもの)

そうしたことから、政治権力がまるっきり入れ替わる革命ではなく、修正は施されたけれども、大日本帝国の体幹は維持されてしまったのだと判断せざるを得ません。
沖縄を貢いでまでアメリカに取り入った天皇や大日本帝国の幹部たちの「努力」の成果であったと同時に、自分たちの力で新しい国を準備できなかった日本国民の限界でもあったと思います。

昭和天皇が、保身の為に沖縄をアメリカに貢いだことは、アメリカの公文書にはっきりと残っています。

20180815-1.jpg20180815-2.jpg


上の原本のコピーは沖縄県のホームページに掲載されています。
(クリックするとリンクします)

公式の訳はないのですが、こちらのサイトが訳文をつくってくださっていますので、一部引用させていただきます。
括弧は私の補足です。

昭和天皇の沖縄メッセージ (風のまにまに)

(左側はアメリカの対日政治顧問であるW.J.シーボルトが国務長官宛てに書いたもの)

 米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利に大きくもとづいている希望が注目されましょう。また天皇は、長期租借による、これら諸島の米国軍事占領の継続をめざしています。その見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。

(右側は天皇の秘書が伝えた天皇の意向を、シーボルトがマッカーサー宛ての覚え書きにしたもの)

 寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。天皇の見解では、そのような占領は、米国に役立ち、また、日本に保護をあたえることになる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼及び左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような“事件”をひきおこすことをもおそれている日本国民の間で広く賛同を得るだろうと思っている。
 さらに天皇は、沖縄にたいする米国の軍事占領は、日本の主権を残したままでの長期租借――二十五年ないし五十年あるいはそれ以上――の擬制にもとづくべきであると考えている。

(引用以上)

できれば、元記事で全文をご覧になってください。

5月にも私はこのテーマで記事を書いています。
その時は、「擬制」という言葉について書きました。
擬制というとわかりにくいですが、原文では fiction つまり 虚構 です。
「日本の主権という虚構」 これほど戦後日本を象徴する言葉はありません。

天皇の沖縄メッセージと安倍独裁 2018.5.19

今日は、「私利に大きくもとづいている希望」にこだわってみます。

原文では a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest です。
試しにGoogle翻訳してみると 「疑いもなく主に自己利益に基づく希望」 となりました。
self-interest  を調べてみても、私利、私欲、利己心 とろくでもない意味しか出てきません。

では、天皇の利己心とはなんでしょうか。
この文書の日付は1947年9月22日ですから、すでに象徴天皇とした憲法は施行されています。
つまり、単純な命乞いではない ということです。それはもう決着しています。
東京裁判はまだ続いていましたので、A級戦犯の減刑を狙っているとも考えられますが、それでは「利己心」ではありません。

1947年は中国の内戦で、スターリンと手を結ぶことで勝利目前と思われた蒋介石・国民党にたいして、毛沢東・共産党が急激な反撃を始めた時点になります。
国内においても、共産党は合法化されて国会に議席を得つつ、武装闘争も繰り広げていました。2.1ゼネストはGHQに潰されたとは言え、昨今の労働運動とはまったく異次元のものでした。
天皇をふくめて、大日本帝国を引き継いで日本国を担っていた人たちにとって、最大の恐怖と関心は、革命を起こさせない ということだったのは間違いありません。

つまり、天皇の利己心とは こういうことだったのでしょう。
「ここで米軍に撤退されてしまったら、日本でも革命が起きてしまう。そうなったら、せっかく象徴として生き残ったのに、今度こそ戦犯で処刑されてしまう。お願いですから、このまま日本を支配してください。沖縄を自由にしていいですから。」



このときの天皇の利己心は、71年たった今日も、そのまま沖縄に呪いのように覆い被さっています。

今の日本の 良い面も悪い面も、沖縄の犠牲の上にできあがってきたということから、目をそらしてはなりません。

米軍に占領されている という面はもちろんです。それは本土の人たちも、十分に理解しているでしょう。
しかし、そればかりではありません。
戦後民主主義を謳歌し、世界2番目の経済大国になったことも、沖縄の犠牲の上にあったということを、本土のリベラルの皆さんは、直視すべきです。

翁長さんはこう言っておられました。

「沖縄問題の責任は一義的には自民党にある。ただ、自民党でない国民は、沖縄の基地問題に理解があると思っていたんですよ。ところが政権交代して民主党になったら、何のことはない、民主党も全く同じことをする」
 「僕らはね、もう折れてしまったんです。何だ、本土の人はみんな一緒じゃないの、と。」

「振興策を利益誘導だというなら、お互い覚悟を決めましょうよ。沖縄に経済援助なんかいらない。税制の優遇措置もなくしてください。そのかわり、基地は返してください。国土の面積0・6%の沖縄で在日米軍基地の74%を引き受ける必要は、さらさらない。いったい沖縄が日本に甘えているんですか。それとも日本が沖縄に甘えているんですか」

朝日新聞 2018.8.9

甘えているのは、自民党だけじゃないんです。

今年の8月15日 敗戦記念日は そのことをもう一度心に刻む日にしようと思います。


※昨日の記事も お読みで無い方はお目通しください

「翁長知事の遺志を継ぐ」ということ 2018.8.14




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2018-08-14(Tue)

「翁長知事の遺志を継ぐ」ということ

あまりに辛くて、しばらく記事にできませんでした。

翁長知事の最後の言葉ともいえる、承認撤回の会見を、もう一度じっくり確認していただきたいと思います。



そして、本土の私たちが 「翁長知事の遺志を継ぐ」 とはどういうことなのか、一緒に考えていただきたいと思います。

それは、決してガンバレガンバレと応援することではなく、休日に沖縄に出かけてお手伝いすることですらなく、
「沖縄を孤立させない」
「沖縄だけに押しつけない」
ということに尽きる と私は考えます。

押しつけるというのは、基地を押しつけていることだけでなく、安倍政権との戦いまでも押しつけているのが、昨今の本土の私たちのテイタラクではないでしょうか。
オール沖縄ガンバレ ではなく 「オール沖縄に安倍政権の全圧力を押しつけさせないために 何ができるのか」を真剣に、深刻に考えなくてはなりません。

9月30日が、翁長知事の弔い合戦、沖縄県知事選の投開票日です。
このわずかな時間の中で、私たちにできること、そして確実な一歩になること。
それは、本土の声を、
「沖縄を孤立させない」
「沖縄だけに押しつけない」
にまとめることだろうと思います。

具体的には、様々なテーマがある中でも、「沖縄は本土の問題である」こと、「県知事選が天王山である」こと、を各野党と様々な運動体が気持ちを一つにして、形として沖縄に伝えることです。

たしかに、安倍政権は湯水のように悪法を垂れ流し続けるので、いくらでも反対しなければならないテーマはあります。
しかし、勝てる戦い、絶対に勝たなければならない戦い、万が一負けたら日本中の運動に致命的な打撃を受ける戦いは、沖縄県知事選です。

改憲ですら、今の今は、二の次です。
そもそも、安倍晋三が「改憲」を声高に叫ぶときは必ず目くらましなのです。

2015年5月 戦争法反対が激化 → 緊急事態条項だ~
2017年5月 モリカケが大炎上 → 自衛隊だけ明記するぞ~
2018年8月 沖縄県知事選が翁長氏の弔い合戦に → 臨時国会出すぜ~

脊髄反射せずに、本当の戦いを見据えなくてはなりません。

最低限しなければならないのは、辺野古移設について、玉虫色の対応を続けている立憲民主党と国民民主党に、明確な態度をとらせることです。
これまでバラバラになることで選挙に負け続け、そのせいで沖縄に安倍晋三のプレッシャーを押しつけてきた本土の野党が、「沖縄を孤立させないために、しっかりまとまった」という姿を、オール沖縄の陣営と諦めと誇りの間を揺れ動いている県民に届けることです。

押しつけている側の本土が どういう態度をとるのかを、沖縄の有権者はきっと注視しています。

護憲もけっこうですが、日本国憲法は左手に9条、左手に1条、そして足の下に沖縄を踏みつけて成りたっています。
そのことを全身の神経を集中して実感してください。
沖縄を切り捨てた護憲運動は、たんなる本土のエゴに過ぎません。

うわさでは参議院議員の糸数恵子さんが出馬か?とか、副知事の謝花氏か とか言われていますが、まだ候補者はわかりません。
私は糸数さんに出ていただければと思いますが、これは沖縄の方々が熟慮して決められることです。

どなたが出られるにしろ、私はここに書いた方向で、できる限りの働きかけをしていこうと思います。

関連記事を最後に貼っておきます
情勢は変わってしまいましたが、本質は変わりません。

辺野古新基地 埋立承認撤回を支持する署名運動を! 2018.7.29

ついに翁長知事が辺野古埋立撤回を指示 2018.7.27

うるま市の事件に思う 2016.5.19

「沖縄から学ぶ」ということ 2015.5.7



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2018-08-06(Mon)

8月6日に思う 「過ちを繰り返させない」

毎年8月6日になると思うのです。

「過ちは繰り返しませぬから」
これじゃあ 原爆は仕方ありませんでした になってしまう。

20180806.jpgたしかに、日本は侵略という過ちを犯しました。
それは疑問の余地がありません。

しかし、侵略した国には原爆を落としてもいいのか。
無差別大量殺人兵器を使用してもしかたがないのか。
それはちがうでしょう。

原爆で亡くなった方々の魂をおさめる原爆慰霊碑に「繰り返しませぬ」と書いてあることに、私は強烈な違和感を感じます。

「過ち繰り返させぬ」ではなく、なぜ「過ちは繰り返しませぬ」なのでしょう。
高熱と放射能で亡くなった広島市民が犯した過ちとはなんなのでしょうか。

原爆を、その異次元の殺傷能力を知りながら、いやそれを実証実験するために2発も落としたのは、アメリカです。
「I will not repeat the mistake.」と英語で書いてあるならわかります。
なぜ日本語で、どう考えても主語が広島市民かのような書き方で、「繰り返しませぬ」なのでしょうか。

731部隊が中国人をマルタと称して人体実験に使い、残虐に殺戮したことは、決して許されることではありません。
南京大虐殺が、30万人であろうが3万人であろうが、それは大虐殺であり、言い訳などできようはずがないことは明らかです。
直接の罪は犯していない現在の私たちにも、日本国としての責任は明確にあります。

では、原爆という史上希に見る大虐殺は、相手が侵略国であれば許されるのでしょうか。
仕方ないのでしょうか。
そんなわけありません。断じて。

まさにこの構図は、戦後の日本を象徴していると思うのです。
自らの戦争責任をアイマイにしてもらうかわりに、アメリカはすべて正しい、原爆ですら「過ちは自らにある」と言ってしまう奴隷的な関係性です。

戦犯と言えば東京裁判しか一般には意識されないが、「私は貝になりたい」で知られるようになったBC級戦犯で死刑になった日本人は1000人くらいと言われています。赤紙で招集され、上官の命令で犯した罪で死刑になった人が1000人いるのです。
その一方で、昭和天皇を筆頭に、決定したり指揮したりした人間のほとんどが、死刑なるどころか戦後の日本社会のリーダーとして蘇っていきました。

招集された兵士が死刑になるのならば、指導した人間はどんなに軽くとも終身強制労働にしなければならないはずです。
しかし、彼らは自らの戦争責任をアイマイにしてもらう代わりに、アメリカの戦争犯罪にはすべて目をつぶり、それどころか以来73年続く軍事占領をすすんで受け入れてきたのです。思いやり予算までつけて。

私は、あの原爆慰霊に書いてある 「過ちは繰り返しませぬから」をみる度に、このアイマイさの象徴を見る思いがします。
日本を戦争に導いた指導者の責任も、原爆を落としたアメリカの責任も 「繰り返させない」のではなく、市民自らがまるで自分の責任下のように「繰り返しまぬ」と言う慰霊碑。



慰霊祭の主席者で、あの碑文を唱えるべきだったのは、広島市長でもなく、もちろん被爆者や遺族でもなく、唯一、安倍晋三内閣総理大臣ただ一人です。
A級戦犯になるはずだった岸信介の後継者にして、米国トランプ大統領のパシリである安倍晋三は、「させない」という使役形ではなく、自らのこととして語るべき立場にあります。

その安倍晋三は、式典がおこなわれている間中、(少なくともTVに映っている限りでは)ずっと顔をしかめて、まるで二日酔いの頭痛に耐えているような顔をしていました。
献花の際も、場所を間違えて掛かりの人に「あっちあっち」と支持されて右往左往する始末でした。

ちょうどその表情を捕らえているツイートがあったので引用させてもらいます


一方、松井広島市長は、「核抑止や核の傘は間違いだ」と踏み込んだ平和宣言を発しました。正直、もともと自民党の松井市長がここまで言うとはちょっとびっくりしました。

「核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて不安定で危険極まりないものです。為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核不拡散条約)に義務づけられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めていただきたい。」
広島市HP より

核兵器禁止条約に励まされたのだろうと思います。
世界は広島を注視している。孤立していない。そんな実感があり、ここまで言い切る勇気が出たのでしょう。

あるいは、松井市長の昨年の平和宣言で使った「橋渡し」という言葉を、条約に参加しないアリバイのために外務省が広島でやっている「賢人会議」が悪用したことにたいする 怒りかもしれません。
松井市長は条約を核保有国に広めていくための「橋渡し」を提言したのに、「賢人会議」は核保有国の立場を非保有国に認めさせるための「橋渡し」にすり替えたのです。

画期的な平和宣言の後、安倍総理大臣はあいさつにたちました。
松井市長に 「核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めていただきたい」と要望されたにもかかわらず、条約にはひとことも触れず、「核兵器国と非核兵器国双方の橋渡し」という「賢人会議」が換骨奪胎した言い訳を口にしました。

安倍晋三の言う「橋渡し」とは、ありていに言えば「核保有国(アメリカ)のパシリとして、非保有国にカネ(日本国民の税金)をばらまいて言うことを聞かせます」 という意味です。

こんな首相をかれこれ5年半も選び続けてしまっているのは たしかに私たちの「過ち」です。
もし「過ちを繰り返さない」のであれば、こんな安倍内閣の支持率を、どんなに多くとも消費税率以下にしなくてはなりません。



あらためて、「過ちは繰り返しませぬから」 ではなく 「繰り返させない」という決意を、この日に確認したいと思います。

悪に従ってしまった過ちを繰り返さないためには、「繰り返させない」という決意が必要です。
誰が悪いのかよく分からないようにした、一億総懺悔の「繰り返さぬ」では、ダメなんです。

悪いのは戦争を始めた人間、始めようとしている人間です。

そして、人体実験で原爆という人類史上最悪の大量破壊兵器を計画し実行した人間です。

この被爆者や遺族の怒りの目にこそ、「繰り返させない」という意思がこもっていると思います。

20180806-2.png
(朝日新聞 2018.8.6)



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2018-07-29(Sun)

辺野古新基地 埋立承認撤回を支持する署名運動を!

20180729-1.jpg
政府・国民に突き付けた怒りと、沖縄の未来 翁長知事「新基地造らせない」
2018年7月28日 沖縄タイムス


 「美しい辺野古を埋め立てる理由はない」。名護市辺野古の新基地建設阻止に向け、埋め立て承認の「撤回」を表明した沖縄県の翁長雄志知事は、万全ではない体調から声を振り絞るように語った。「撤回」を明言してから約1年4カ月。会見では、三十数年の政治人生を振り返りながら「今後もあらゆる手法を駆使して新基地は造らせない」と改めて強調。アジアや日本の中で沖縄のあるべき姿を説き、新基地建設を強行する政府や容認する国民に「怒り」を突き付けた。
(引用以上)

ひとつ前の記事でも書いたけれども、本土の私たちには「翁長さん頑張れ」では済まない責任があります。
そう、野党がバラバラのまま選挙に負け続けた責任です。
結果として沖縄を孤立させ、オール沖縄の団結力にまで負の影響を与えてしまいました。

ついに翁長知事が辺野古埋立撤回を指示 2018.7.27

翁長知事がいよいよ撤回の準備を始めたということは、私たちにとっても、重大な問題を突きつけられているということです。

それは 「米軍による日本の占領を許すのかどうか」 ということです。

間違えないでください。駐留ではありません。占領です。
日本が主権をもって拒否権を行使できるのであれば、それは駐留です。
しかし、今の在日米軍に対し日本は形式的にも現実的にも拒否権がありません。
これは、占領という言葉以外に、表現する言葉はありません。

本土の私たちが、「まあ遠い沖縄だから仕方ないよね」と言ってしまうのかどうか、そこに日本が主権をもたない、すなわち民主主義も三権も茶番でしかない植民地に甘んじ続けるのかどうか がかかっています。

もちろん、これまでもこの問題はずっと存在し続けてきました。
しかし、いよいよ目の前に匕首のように突きつけられたとき、曖昧な回答は許されません。

すでに、鳩山民主党政権がマッチポンプで、県外移設をぶち上げた挙げ句に自ら屈服したことで、一度目の裏切りは犯してしまっています。
鳩山氏個人は反省しているようですが、日本国民に「沖縄に押しつけていいのか」という本質を突きつけておきながら、「しかたないよね」というコンセンサスに落とし込んでしまった罪は、個人で反省して済む問題ではありません。本土の日本人を「卑怯者」に誘導してしまったのですから。

ただし、鳩山氏の「県外移設」は、少なくとも「米軍を受け入れる限りは、日本中で負担しなければならないものを、沖縄に押しつけているんだ」という自覚は促したことは間違いありません。
それまでは、漠然と「沖縄に基地が多い」という知識だったものが、「自分たちの代わりに押しつけている」という現実を多くの国民に意識させることになりました。

しかも押しつけているものが、「米軍による占領」なのです。
この国の根幹を他国に鎖でつながれているという情けない現実。
鎖でつながれて自由を失っているのは日本中すべて同じですが、直接鎖を掛けられて血を出しているのが沖縄なのです。

鳩山氏が「県外移設」と言う以前と比べれば、そうした現実が少しは本土でも意識されるようになったとは思うのです。
しかし同時に、突きつけるだけ突きつけておいて、さっさと辺野古に舞い戻ってしまったために、「押しつけて良いのか」と少しだけ考えはじめた国民は 「まあ仕方ないか」に落ち着いてしまいました。



今、翁長知事がおそらくは命がけで埋立承認撤回に立ち上がりました。

翁長さんはじめ、オール沖縄の第一の主張は明確です。
「沖縄だけに押しつけるな」 ということです。
それが、イデオロギーよりアイデンティティーとして、保守革新をこえて、主張してきたことです。

米軍は全部出ていけとか、日米安保を破棄せよ とは言っていません。
そういう主張の人も、安保は必要だという人も、右から左までが団結したのがオール沖縄の力だったのです。
翁長さん自身、もともと自民党の方であり、今でもれっきとした保守政治家です。

鳩山民主党によって不完全燃焼で中毒になりかけている本土の国民が、この翁長知事の提起に対して、またも「仕方ないよね」になってしまえば、もやは日本人に「占領からの脱却」を目指す気力は出てこないでしょう。
「内心忸怩」「スネに傷」 いつまでもそこから脱出できない国民は、永遠に属国の民として主権と自由を手にすることなく生かされていくのです。

歴史を無かったことにねつ造して「内心忸怩」から脱出しようとしているのが、極右やネトウヨの類です。
しかし、いくら無いと言っても、あったことは消せないので、彼らもまた、永遠に奴隷となる運命です。
というか、それを望んでいるのでしょう。

「内心忸怩」「スネに傷」 からの脱出とは、現実にある責任を自覚して、自らの意思を表明することだと私は考えています。
その意味では、「謝罪」ではなく「責任」です。
犯罪を犯した当事者は「謝罪」が必要ですが、立場上その歴史を負っている人に「謝罪」はおかしいと思います。
ワイツゼッカーが1985年の演説「荒れ野の40年」でも、断罪と責任は明言されていますが、謝罪ではありません。

だから「ごめんなさい」と謝罪するのではなく、沖縄に米軍を押しつけてきた本土の責任を自覚することが必要なのです。
そして、沖縄に掛けられた鎖は、実は自分たちみんなを縛っているんだということを理解すれば、日本人の意識も少しずつ変わってくるでしょう。
(だから、鳩山氏の提起は実に大きなものだったのです。結局ダメダメでしたけど。)

今の日本人が異常に政治に無関心なのは、縛られているという自覚がないからです。
それなりに食っていける上に、縛り付けられる痛みは沖縄に押しつけているから、自覚しないで済むのです。
しかし、「沖縄に押しつけて良いのか?」と面と向かって問いかけられると、「そりゃアカンよね」となるか「(内心忸怩で)仕方ないよね」になるか、択一を迫られます。

いや、「迫られます」ではなく、迫るべきです。



オール沖縄はこの数年、選挙では非常に厳しい結果を突きつけられています。
名護市長選挙で、あの稲嶺進さんが当選できなかったことは衝撃でした。

そんな中で、10月には那覇市長選挙、11月には県知事選挙が迫っています。

もういちど「イデオロギーよりアイデンティティ」でオール沖縄が結束して戦うためにも、私たち本土の声が必要です。
それは、遠くから「頑張れ~」という声ではなく、野党と市民が本土でも団結して「沖縄に押しつけてはいけない」という声を上げることです。
それも、パラパラと散発的にやるのではなく、国民運動としてはっきりと目に見える形で取り組まなくては多くの沖縄県民の目には映りません。

具体的には、署名運動がいいと思います。
というか、それしかない。

政権に圧力をかける意味での署名運動は私はあまり賛成できません。
いまやゲシュタポと化した内閣情報調査室に、政権への抵抗者名簿を渡しているようなものだからです。
平和な国では署名もいいでしょうが、ゲシュタポ同然の情報機関が政権を防御しているようなこの国で、ご丁寧に名簿を差し出すなんて、あり得ないです。
私が北村滋だったら、署名は全部データベースにして、2回出てきたら要注意、3回出てきたらマーク対象にしますよ。

「日本版CIA」、首相演説ネタや石破氏発言まで官邸へ
2018年7月27日 朝日


ではなぜ、署名運動をすべきなのかというかというと、あくまでも「賛同署名」であり、提出先は沖縄県庁だからです。

そして、駅頭やスーパーなど、人が集まるところで無差別に声をかけて、相手の目を見ながら訴えることができるという意味では、署名運動は優れています。
本土の日本国民ひとりひとりに、緩やかに かつ はっきりと迫ることができます。

「沖縄に押しつけていいんですか」 と



くれぐれも勘違いしないでいただきたいのは、どうせやるんなら あれも入れよう これも入れよう と他のテーマを盛り込まないことです。
改憲とか安保とか安倍退陣とかモリカケとかとか 相乗りは一切なし。

あくまでも国民運動として、思想信条右左はおいといて、「沖縄に押しつけたらアカンよね」という一点で運動しなければダメです。
いつものように、「あの党はあれがダメ」、「これを言わないと一緒にできない」、「これは受け入れられない」 そんなことをウダウダと繰り返していては、翁長知事とオール沖縄の決断が本土から崩れていきます。

何度も言いますが、立憲民主、国民民主、共産、社民、自由 の5党は少なくとも全党が乗ってもらわないと、国民運動の形にすらなりません。はじめから分裂運動になってしまいます。
そこに、市民派地方議員や市民運動から連合まで、「自分が正しい」と思うことを一回脇に置いて、
イデオロギーよりアイデンティティー で沖縄の決断に賛同する 「沖縄に押しつけちゃダメでしょ」 署名運動をするのです。

どうですか。

いろんな団体が思い思いに集会やデモをするよりも、翁長さんや沖縄の人たちの目にはハッキリと本土の意思表示が見るのではないでしょうか。
本土の日本国民も、デモや集会には縁遠い人でも、スーパーの店先で署名を呼びかけられたら、そりゃ「沖縄に押しつけちゃダメよ」って考えるきっかけになりますよ。

とりあえず知事選までの3ヶ月間、100万人署名運動 というのが現実的ではないでしょうか。

署名嫌いの私でも、これだったっら一所懸命に暇を見てやらせてもらいます。
だれでもどこでも、ちょっと時間があればできるのも良いところです。
テーマを一点に絞れば、日常の人間関係の中でも持ち込みが容易です。

やりましょうよ。

明日から各方面の方々に提案してみたいと思います。
賛同いただける方は、ご自分の周囲の影響力のありそうな方を説得してみてください。




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2018-07-27(Fri)

ついに翁長知事が辺野古埋立撤回を指示

翁長知事「辺野古」阻止へ 埋め立て承認撤回を表明
2018年7月27日  沖縄タイムス


知事、辺野古承認「撤回」を表明 土砂投入阻止に全力
2018年7月27日 琉球新報


ついに、翁長知事が埋立承認の撤回に踏み切りました。
これまでの経緯を超ざくっと振り返ります。

辺野古基地は、2013年12月 仲井真前知事が公約を破って埋立を承認。
その後、辺野古基地建設に反対して当選した翁長知事が、2015年に埋立承認を「取消」
しかし、2016年12月に最高裁が「承認取り消しは違法」という判決を出し、工事は再開
翁長県政は様々な手段を講じて工事を差し止めようとするが、安倍政権と裁判所は一貫して圧殺
残された行政的な手段は 埋立承認の「撤回」のみとなり、いつ撤回するのか注目されていた

「取消」と「撤回」」の違いなどについては、以前の記事を見てください
沖縄県知事選  「承認撤回」を公約するのは是か非か 2014.10.1

で、いよいよ満を持して 本日、承認撤回を指示したのです。



上記の以前の記事を見てもらえば分かる通り、「撤回」は「取消」よりも、さらに困難な方法です。
まして、相手はまっ~~~~~~~~たく沖縄の民意など欠片も聞く気のない安倍政権です。
もちろん、裁判所もグルです。

知事が「撤回」を宣言したからといって、これで工事が止まるとか、まして中止になるなんてことは、ほとんど考えられません。
「取消」の時のように、官邸と霞ヶ関と裁判所が一体となって、民意も真理も事実も踏みにじって、工事を推し進めることは間違いありません。

それでも、もうどうしても、やむにやまれず、これしかない「撤回」を宣言した翁長知事と沖縄の民意を、本土の私たちはどう受け止めたら良いのでしょうか。

同じく辺野古阻止を叫ぶ人の中にも、心なく「やっと宣言したのか。遅い。」と言っている人もいるようです。
工事現場で連日座り込んでいる人たちならばともかくも、本土で暮らしている人で、そんなことを言う人を、私は絶対に信用しません。

「宣言したから、一安心」と思っている人も、それなりにいると思います。
これは、まったくの現実を知らなさすぎです。

「翁長さん頑張れ」という声が一番多いでしょうか。
たしかに、病身をおして困難な闘いに挑む翁長知事を応援する気持ちは私もまったく同感です。

でも「がんばれ」でいいのでしょうか。
なぜ、いままで「撤回」のタイミングを待っていたのか。
私の想像ですが、本土の政治状況がもう少しマシになるのを待っていたのではないでしょうか。
つまり、野党が野党として自公にある程度でも対抗できる体制ができるのを、翁長さんたちは待っていたのではないでしょうか。

沖縄のたたかいは、沖縄県庁や沖縄県人だけのたたかいではありません。
沖縄という国土を、植民地として奪われた、私たち国民すべてのたたかいのはずです。

逆に言えば、どなたかが論評されていましたが、翁長知事を支えるオール沖縄が徐々に苦境に立っているのは、そもそも本土で野党がボロボロに負けているからです。
人口にして1%の沖縄が、強大な国家権力と米国政府を相手に戦うためには、全国民的な民意がぜったいに必要なのは、考えるまでもないことです。
その民意を集約すべき野党が、バラバラでボロボロだから、沖縄はどんどん孤立して追い込まれていくのです。

その張本人である本土の私たちが、観客席から「頑張れー」はちがうでしょう。
あえて言えば、沖縄に行ってお手伝いだけでは、(それ自体は必要なことですが)根本的な本土の問題は解決しません。

野党のみなさん

立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党、自由党 各党のみなさん。

翁長知事は最後のたたかいに立ちました。
あなたたちはどうされますか。
傍観ですか、桟敷から「頑張れ」ですか、それとも連帯されますか。

連帯するためには、「安倍政権の暴走を食い止める」という一点で、力を合わせる以外の方法はありません。
「選挙になったら自公は危ない」 という状況を作らない限り、あとはどんなに正論を吐こうが威勢の良いことを言おうがフィリバスターしようが、安倍政権は止まりません。
沖縄を、翁長さんの決断を、一顧だにせずに踏みにじるのは火を見るより明らかです。
そんなことは、この6年間でいい加減 みなさん学んだのではないでしょうか。

日本国民のみなさん

私たちの戦後をひとことで言うならば 「内心忸怩」 です。

戦争に行った人たちは、人を殺した罪の意識をお腹の中に貯めこんで、戦後民主主義と高度成長を作りました。
団塊世代の人たちは、親世代の罪意識を少し受け継ぎながら、護送船団でアジアを搾取して豊かさを享受しました。
バブル崩壊後は、人のことなんて構ってられない厳しい時代を本音と建て前を使い分けて生き抜いてきました。

それらの世代を貫いているのは、植民地化された現実に目をつぶって生きてきたということです。
慣れきってしまって意識していない人もいれば、わかっていて目をつぶっている人もいます。

しかし、それに目をつぶることのできない場所がありました。
それが沖縄です。
轟音と事故と犯罪と、目の前から飛び立つ飛行機が爆撃でたくさんの人を殺して帰ってくると言う日常。
どんなに目をつぶって耳を塞いでも、「植民地」でる現実が強制的に迫ってきます。

それは、本土の私たちが目をつぶっていられるように、知らない振りをしていられるように、植民地の厳しい現実のほとんどを沖縄に集中させたからです。
一方で、植民地であることによる経済的な利益は、本土の私たちが率先して享受してきました。

ここにまさに 「内心忸怩」 があります。
そして、「内心忸怩」は解消しなければなりません。

「内心忸怩」は犯罪ではありません。
私たちが、自分から意識的に植民地になり、沖縄に犠牲を強いたわけではありません。
その意味では、べつに私たちが悪いことをしているわけではありません。

これは戦争責任でも同じ構図ですが、国としての責任と、個人の責任は別物です。
そのうえで、やはり人として、内心忸怩たるものを感じてしまうのが、人間というものです。

恐ろしいのは、感じてしまうからこそ、それを意図的に「無視」したり、反転させて「ヘイト」に走る輩が少なくないということです。
沖縄が最後の可能性に賭けた「撤回」という手段に打って出たいま、本土の私たちがこれを他人事にしてしまうならば、人としての心を失ってしまうのではないか 私は心配です。
ひとり一人はイイヒトでも、国民としての「人の心」を失うとどうなるのか、私たちは70数年前の経験を知っているはずです。

今できることは、「沖縄に押しつけちゃだめでしょ」という意思表示と、私たちの代表であるはずの国会議員に、「口だけじゃダメ」と迫ることです。

取り急ぎ、書き殴りました。

ぜひ、具体的な行動を、考えましょう。

私も考えます。


■■今からです!


朝鮮戦争休戦65周年
「東アジアに平和を!7.27キャンドル行動」
―休戦協定を平和協定に!日朝の対話を!


7月27日(金) うつぼ公園
18:30~ 
◆キャンドルで人文字(PEACE)
19:20~
◆御堂筋ピースパレード

主催:7.27キャンドル行動実行委員会

自由党のノボリを探してきてください。
電池入りのキャンドルを20本用意しています。




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2018-07-25(Wed)

キレイゴトの白々しさをどう克服するか 野党共闘をめぐって (その1)

大阪に住んでいると他の地方の人とは政治に関する感覚がちょっと違うものになります。
「維新」というモンスターがいつも目の前にいるからです。

あの橋下徹が政界デビューしたときの暴風は、ナマで体験した人と、ニュースで聞いた人では印象が全然違うと思います。
そして、政治の現場にかかわると、もっと強く感じるのが、橋下引退後の維新の強さです。
強さというか、人気が衰えない。

全国的な維新の得票に関する分析は、はるさんの「はる/みらい選挙プロジェクト(情勢分析ノート)」に詳しいので、そちらを見ていただくとして、はるさんの分析ノートからお借りしたこの象徴的な分布図を見れば、異様さは一目瞭然です。

20180725-1.jpg

(2017年衆院選精密地域分析Part9 はる/みらい選挙プロジェクト(情勢分析ノート)より)

全国平均では2%に満たない支持率で、得票率でも6%程度なのに、大阪に限っては40%の得票率をずっとキープしています。
都構想の住民投票の時のように、自公と共産党はじめとする野党系が共闘すればどうにか勝てるけれども、自公だけではなかなか勝てない。まして、野党共闘ではぜんぜん歯が立たないというのがこの数年の現状です。
選挙のおよその得票比率を見ていると、維新:自公:野党共闘=2:2:1 という感じです。

橋下徹という人気者が消えた後でも、なぜ維新は強いのか。私たちの間でもよく議論になります。
ひとつには、橋下人気の絶頂期に、膨大な地方議員を生み出し、その議員の活動量が多いということがあるようです。

風で生まれた議員は地元意識が低くて、地元をほったらかしにしたまま任期を過ごし、風が吹き止んだ2回目の選挙には落選する、というパターンはどこかで見た風景ですが、良くも悪しくも維新は何らかの地元活動をやっているようです。
そして、首長選挙や国政選挙になると、強制的に駆り出されて動き回るので、公明党を除く他の政党の活動量を圧倒しているのではないか、と見る意見が多いです。

しかしそれだけでは、自公にもほとんど負けない理由が、いまひとつ分かりません。

■■

なにせ、もともと維新の専売特許だったヘイトや暴言は、いまや安倍自民党の十八番になっており、たとえば杉田水脈のように維新から自民に鞍替えして水を得た毒魚のように「活躍」している人もいます。
神戸ではそういう事例はあるのに、本拠地である大阪では、どっと維新から自民に流れていくという現象はおきていません。

創業メンバーはもともと自民党を割って出たわけで、大阪自民党と大阪維新は恨みつらみがたまっているのは確かです。しかし、金魚の糞のように生み出された多くの地方議員は、議員になれれば何でもいいという類も少なくないわけで、今のように安倍一強であれば自民に流れてもおかしくはないはずです。
ところが、大阪ではそうはならず、むしろいまだに維新が自民を圧倒しています。

ここでふと考えてしまうのです。野党共闘の大前提は、「政権交代の受け皿ができれば、有権者はそちらを選択する」という考えですが、さて、果たして、それは正しかったのか? と。

大阪では政権をとる可能性などまったくない地域政党が、自公に勝ち続けているわけです。となると、有権者は「政権交代によって政策が実現する」というリアリティだけで投票行動しているわけではないのでは と思えてくるのです。

維新が突如として現れて大阪を席巻した印象のある2011年春の統一地方選挙を思い起こしてみましょう。
あのときは、候補者のポスターには橋下徹の写真がどど~んと写っていて、端っこのほうに小さく本人の写真もでてますという感じでした。
吹田や西宮ではニセ維新、つまり公認でも何でも無いのに勝手に維新を名乗ってダントツトップ当選するなんてこともありました。
西宮維新とは、かの有名な号泣議員・野々村竜太郎のことですが・・・

とにかく、政策も人物もなにも関係なく、「維新」「橋下」という看板さえついていれば上位独占だったわけです。
たぶん、猫が出ても杓子が出ても通ったと思います。

それにしても、なんでここまでの人気になったのか。
その要諦はおそらく、「インモラルなホンネ」 だったと私は考えています。

「モラルを破ってホンネを言いたいけど、さすがにそれはできないよなあ」 と思っていた人たちに、平然とモラルを蹴破って薄汚い人間の本性をむき出しにしてみせたわけです。
いちばん激しくたきつけられたのは、「末端の公務員への嫉(ねた)み」でした。
リーマン後の不況下で苦しむ人たちにむかって、末端公務員が最低限の安定を確保していることへの嫉みそねみ恨みを煽動したのです。

ポイントは高級官僚ではなく、一般庶民と同じレベルの生活をしつつ、でもちょっとだけ安定している末端公務員をターゲットにしたことです。一般庶民にしてみれば、高級官僚の豪勢な生活は、あまりに自分たちの現実とかけ離れているので、「うらやましい」とは思っても 「嫉ましい」とは感じられません。
(同時に、末端を叩いている限り、維新も権力からにらまれることもありません。)

嫉みそねみ恨み のような感情は、たとえ心の中にあっても表に出してはいけない というのが多くの人が持っているモラルです。
それを、真っ正面からぶちこわして、ホンネをぶちまけていいんやで とやったのが橋下であり維新だったのです。

こうした維新の動きは、おそらく計算ずくだと思いますが、国政における民主党の裏切りと軌を一にしました。
2010年に菅直人がマニフェスト違反の消費増税を言い出して参院選で敗北。
2011年に3.11がおき、管と野田は十分な対応をせずに事態は深刻化。
さらに、2012年には野田はあろうことか原発を再稼働。
こうした民主党の裏切りと支持者の怒りを見越して、維新は大阪の民主票を根こそぎ奪っていきました。
大阪市議には民主党ゼロ。府議に1名 というまさに根こそぎという言葉でしか表現できない悲惨な結果となりました。

「キレイゴト言った挙げ句に裏切る民主党よりも、汚いホンネをぶちまける維新のほうが良い」
この感情は、大阪に深く根付いてしまったのです。

注意すべきは、維新は自民から割れた政党ですが、自民票を持っていったのではなく、むしろ反維新の民主の票を根こそぎに持っていったのです。
維新の議員はみずから「ゆ」党だとか言ってますが、投票している人たちは野党だと思って投じているのです。
つまり、全国的には、2009年に民主党に投じた人たちの過半は棄権に回っていますが、大阪では多くが維新に行ってしまったということです。

■■

こうして振り返ってみると、維新が「ホンネ」と思われて支持される一方で、反維新の野党はどう思われているのか、見当がついてきます。
「キレイゴト」「タテマエ」「白々しい」
たぶん、そのような印象を濃淡はあるにせよ思われているのではないでしょうか。

共産党が長い歴史と抜群の認知度と組織力をもち、どっからみても庶民にはオトクな政策を掲げながら、なぜ支持を伸ばせないのか、と言う問題も、おそらくは同じことなのではないかと思うのです。
年配の人は「共産主義怖い」とか言う人も多いかもしれませんが、若い人で「共産党は日本を共産主義にしようとしている」と思っている人なんているのでしょうか。

古典的な「共産主義怖い」ではなく、むしろ、そこはかとなく漂う「キレイゴト感」と、それとセットの「決められた台詞言ってる感」こそが、イイコト言ってるはずの共産党の支持に固い天井がある理由なのではないでしょうか。
もちろん、人のことをとやかく言っている場合ではないです。自由党も他の野党も様々な市民運動も私個人も、同じことを顧みなくてはならないと思うのです。

戦争に行って殺し殺されを実体験した人たちが社会の中心にいた1960年代くらいまでの「戦争反対」は、多くの日本人にとって「キレイゴト」どころではない、切実なホンネだったでしょう。
しかし、これがバブルをこえて戦中世代がほとんど引退した21世紀に入ると、「戦争反対」ですら徐々にタテマエ感が漂うようになってきます。心の底からの共感と言うよりも モラル上「反対しなければならない」もの という感覚に変わっていきます。

だから、世論調査と投票行動に 非常に大きな違いがでてくるのです。
戦争法案に反対ですか と聞かれれば「反対」と答える人が、選挙では戦争準備をする党に投票するのです。
モラル上は反対だけど、口に出せないホンネでは賛成(あるいは「仕方ないじゃん」) ということです。
今の自民党の圧勝を保証しているのは、案外秘密投票なのかもしれません。

「正論」を吐く野党に対して、せせら笑って下品にヤジを飛ばす安倍晋三の支持率が40%もあることは、大阪で維新が40%の得票をすることと、相似形です。
下品なのに40%ではなく、下品だから40%なのです。

だから、たとえ野党共闘がうまくまとまって、政権交代の受け皿ができても、「キレイゴト」を並べているうちは勝てないのではないか、私はそう危惧しています。
言うまでもないですが、安倍晋三や維新のように下品の極みで行け、と言っているのではありません。しかし、「キレイゴト」のしらじらしさを乗り越えないと、本当に有権者の腹に響く言葉にならないと思うのです。

ではどうするべきなのか。

今日は時間が無くなりましたので、次回に続きを書きたいと思います。


■■お知らせ

朝鮮戦争休戦65周年
「東アジアに平和を!7.27キャンドル行動」
―休戦協定を平和協定に!日朝の対話を!


7月27日(金) うつぼ公園
18:30~ 
◆キャンドルで人文字(PEACE)
19:20~
◆御堂筋ピースパレード

主催:7.27キャンドル行動実行委員会

自由党のノボリを探してきてください。
電池入りのキャンドルを20本用意しています。




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2018-07-19(Thu)

7月27日 朝鮮戦争休戦65周年キャンドル行動@大阪

7月27日に、朝鮮戦争休戦65周年キャンドル行動が、大阪はうつぼ公園で開催されます。

私が生活フォーラム関西のみなさんに呼びかけた文章を、そのままこちらにも転載します。

ぜひ、万障繰り合わせのうえ御参加ください。

****************************

「戦後民主主義」として後生大事に護られてきたものが、実は沖縄占領と朝鮮戦争という犠牲の上に成りたっていたということは、みなさまご存じの通りです。

そんな宗主国から与えられた甘い汁に満足するのではなく、自分たちの手足で自分たちの国を作らなくてはならない、というのが自由党に結集する私たちに共通する思いではないでしょうか。

この7月27日は、朝鮮戦争が休戦して65年目の日となります。

他者の犠牲の上ではなく、堂々と誇りをもって生きていくために、一刻も早く朝鮮戦争を終結させ、過去の過ちはしっかりと精算することが肝要です。
朝鮮戦争の終結と精算なくして、日本の真の独立はないと言えるでしょう。

一部リベラル勢力からは蛇蝎のごとく嫌われている米国トランプ政権は、その見かけとは裏腹に、世界の警察をやめるべくアジアの安定に向けて動いているようです。
朝鮮戦争を終結に、今ほど近づいたときはありません。

しかし、北朝鮮への敵愾心を煽ることで延命を図りたい安倍政権は、日朝会談への道筋を立てることすらせず、むしろ米朝韓が進めようとしている戦争終結を妨害しようとしているのではないかとすら思われます。
このままでは、日本は蚊帳の外どころか、ひとりアジアの孤児となる危険性すら感じます。

休戦65周年の日に、私たち日本国民の意思を表明することは、とても重要なことではないでしょうか。

7月27日(金) 18:30 うつぼ公園

キャンドルでPEACEの一文字をつくるイベントがあります。

20180719.jpg

筆頭呼びかけ人は いつもお世話になっている服部良一さんです。

生活フォーラム関西としても賛同し、キャンドル20本を引き受けています。
自由党のノボリ旗を探して来てください。キャンドル(電池式)をお渡しします。

こぞっての御参加をお待ちしております。




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2018-07-18(Wed)

ネルソン・マンデラ生誕100周年に思う

今日は、ネルソン・マンデラさんの生誕100周年だそうです。

今から28年前、獄中から釈放されたマンデラさんは世界を行脚され、日本にもやってきました。
大阪では扇町プール(当時は大きな客席のある屋外プールでした)で、歓迎の集会がひらかれ、私もひと目お顔を見ようと駆けつけたのを覚えています。

私は高校の時(40年くらい前)の社会科のグループ学習で南アフリカを担当し、アパルトヘイトについてもずいぶん資料を探しました。
しかしそのころは大きな図書館にもほとんど資料はなく、国会図書館に行ってもは高校生は入れてくれず、南アフリカ領事館にも行ったけれども、もちろんアパルトヘイトのことなど欠片も教えてくれませんでした。

そんなこともあって、マンデラさんは私の中では伝説の人でした。
そのマンデラさんが、27年間の獄中から解放された今、何を話すのだろうと私はワクワクしながら扇町に向かいました。
(その時会場で配られたバンダナ。だいぶ色あせたけど今でも持っています。)
20180718.jpg
ところが、マンデラさんが語ったのは、ほとんど「南アフリカに経済支援を!」という要請でした。
不当弾圧に怒り、人種差別の撤廃と黒人の解放を叫ぶことを期待していた人たちには、聞きようによったら、な~んだつまらない、とも聞こえかねないほどに、勇ましくもなく、カッコよくもなかったのです。
でも、そのとき私が感じたのは、獄中から出てきたばかりなのに南アフリカの人民の今を必死に考えるマンデラさんのすごさでした。

アパルトヘイトを撤廃して新しい国作りをするために、絶対に必要な経済援助。
(ちなみにマンデラさんは、日本政府(海部政権)に32億円の援助を要請したそうですが、残念ながら日本は「世界で最初に援助を断る」国になってしまいました。)
自らの恨みを晴らすことよりも、どうしたら国民が幸せになれるのかを考え抜いた答えが、白人を追放することではなく融和によって経済発展を目指すことだったのです。

あのときマンデラさんが、復讐に燃えて黒人の解放を叫んでいれば、それは正義だとは思いますが、南アフリカは内戦状態になり各国も干渉して泥沼状態になっていたかもしれません。
それが国民の幸せなのか、マンデラさんは獄中で悩みに悩んだのではないでしょうか。

正義よりも優先することがある。
それは 国民の生活 である。
それを教えてくれたのがマンデラさんだったと 私は思っています。

誤解のないように書いておくと、正義を捨てろと言っているのではありません。
自らの正義は主張しながらも、正義を100%貫徹するのではなく、違う「正義」を持つ人たちとも妥協の道を探りつつ、まずは国民の生活が成り立つことを優先すべきだ ということです。

もうひとつ。
「国民」というのは 奴隷ではない ということです。
隷従させられた民は 国民ではありません。(かつての日本では臣民と言われました)
等しく「国民」であること、これも 国民の生活 の不可欠の要素です。

■■

ふりかえって今の日本、マンデラさんとは対極の政治家が権力を握りしめ、それに対峙すべき野党もマンデラさんとはほど遠い人たちが大勢を占めています。

長くこのブログを読んでくださっている方はお気づきかもしれませんが、私は2011年3月以来、極端に書くことが少なくなってしまいました。
津波と放射能という圧倒的な破壊力と、そこから国民を守らなければならないはずの政治の無能。そして、悲痛な願いの言葉が、政治に届かないという無力感。
それまでは、毎日でも気軽に書くことができていたのに、キーボードを叩くのが本当に辛くなってしまいました。

あれから7年たって、いままた西日本水害の惨状を目の当たりにしています。
3.11の民主党の対応もひどかったけれども、それに何重も輪をかけてひどい安倍政権の対応。
7月5日午後2時の気象庁がおこなった緊急会見を見て、安倍晋三は「これで災害がおきれば、しばらくは野党の追及をかわせるぞ」と喜んだのでしょう。
だから、その夜に赤阪自民亭に出席し、良い気持ちで酒を喰らっていたのです。

非常災害対策本部の設置をわざと遅らせたのも、災害が小さなものではドサクサに紛れてカジノ法案を通してしまうことができないからでしょう。
安倍晋三にとって、カジノ法案は生命線です。なぜならば、世界で唯一自分を守ってくれるトランプへの不可欠のワイロだからです。
自らの延命以外にはまったく関心のない安倍晋三は、自然災害はニュースを独占して国民の目をくらませてくれる天恵だと思っている。彼の言動を見れば、そうとしか考えられません。

体が震えるほどに怒りがこみ上げます。
何をやっても、どんなにひどいことをしても、「問題ない」とひとこと言えば許されてしまう安倍晋三。
なんだよ 何やってもぜんぜん平気じゃん。ひーひひひひ。
その高笑いが耳の中でこだまして、昨夜からあまり眠れません。

それにしても、一応は国会も法律もあるこの日本で、なんでここまで傍若無人の独裁が許されるのでしょうか。

理由は二つです。

■■ <1>選挙に勝つから。

なんで選挙に勝つのか。これも理由は二つ。

① 野党がバラバラだから
バラバラな政党に自分の生活を預けよう とは思いません。当然です。
ヨーロッパのように小政党が毎回連合する習慣があれば別ですが、日本では凸凹感の強い政党連携には不安感が強く、国民は自らの生活をかけようとは思わないのです。

② 野党の政策が「生活が第一」じゃないから
そもそも、民主党が消費税を上げたことが、野党負け続けの大原因です。
当時の幹部が頭を坊主にまるめて「間違っておりました」と国民に土下座するのが、大前提です。
そのうえで、2009年マニフェストを思い出して、バラマキでもいいから国民の生活が第一の政策を、具体的に発表することです。
すぐには野党がひとつにはならないでしょうから、共同政策を大々的に打ち出すのです。
もちろん、西日本水害をふくめたこれまでの大災害へ生活再健も、その筆頭課題です。

この二つをやれば、小沢一郎さんが言うように、次の選挙では絶対に勝てる と私も確信できます。
なにせ、あれだけ投票率が低かったにもかかわらず、得票数だけ見れば与野党はほぼ拮抗しています。
自民公明に維新とこころまで入れても 比例の得票率は52%にすぎません。

候補者の一本化だけでも少しは効果がありますが、2009年には民主党に投票したけど、裏切られたのでもう投票には行かない という約2000万人の人たちに響くためには、さきほど書いた①と②を実行しなければなりません。

あの政策ではあの党はダメだ とか、いつも国会でジャマする とか 野党内でゴチャゴチャ言っている方々は、マンデラさんの凄まじい決断を思い起こしてください。
アパルトヘイトを推し進め、自分を27年間も獄中に閉じ込めた国民党(NP)と連立して、新たな国作りをはじめたのですよ。

いま改めて、「国民の生活が第一」というスローガンを思い出すべきは、安倍政権ではなく野党各党、とくに「一緒にやるのはイヤ」とダダをこねている方々です。
安倍政権に「国民の生活が第一」を思い起こせと百万遍言っても通じるわけがありませんが、野党の皆さんならば、少しは分かってくれるのではないかと 最後の期待をしているのです。



幸か不幸か、アベノミクスでアホほど円を刷りまくってきましたから、財源論はウルサく言わなくても、ブタ積みになったり対外資産として大企業の利ざや稼ぎになったり、超富裕層の金融資産になったりしているしているカネが数百兆円あります。
これの本の数%を市場で動かすように誘導(半強制)すれば、日本の経済は息を吹き返します。

当面の復興予算は、まったくの無用の長物を即刻中止すれば、数兆円捻出できます。
それは、リニア新幹線と イージスアショア です。
他にもあるでしょうが、とにかく被災地支援は緊急を要します。直ぐに止められることから手を付けることです。
(リニア新幹線を止めるには、かなり面倒な権利関係が発生するのは承知ですが、それでも本質的に国民は何も傷つきません)

全国社会福祉協議会のホームページに、ボランティア募集の一覧が出ています。

被災地の災害ボランティアセンター等の状況
◆12府県の58市町で災害ボランティアセンター設置


ニュースでは限られた地名だけが何回も報じられますが、これほど広範囲で被害が出ています。
これ以外にも、まだ危険でボランティアに入れない地域もあるようです。

これに対して、安倍政権の対応は

矢継ぎ早発表もポーズ 安倍政権の被災地支援は中身空っぽ
日刊ゲンダイ  2018年7月18日


予想通りとはいえお粗末な限りです。
だいたい、自衛隊とボランティアだけに頼り切りということがおかしい。
ただ(定額)で使えるものだけ使って、カネの掛かることはやらないということですよ。

全国から作業員を雇って、熱中症にならないように1時間ごとに交代で投入すれば、劇的に状況は改善します。
浄水場の修復も、まずは政府が費用を補償して最優先で進めなくてはならないはずです。

とりあえず生きていける状態にするのに、おそらく数百億円はかかるでしょう。
それくらい、リニアとイージスアショアで、余裕で賄えます。

野党は、こうした救済策を、今すぐ共同で発表していただきたい。

「国民の生活が第一」

悲惨な災害になってしまった今だからこそ、あらためて思い起こしてほしいのです。


■■ <2>日本の政治勢力で唯一トランプにすり寄ったから

安倍政権の強さの根源は、トランプが当選した直後に、これまでのいわゆるジャパンハンドラーズの系統からバッサリと梶を切ってトランプにすり寄ったことです。
ものすごい賭けでもあり、ある意味で慧眼です。

これまで従米一本槍だった日本国内は、「他の国のことなんて知らないぜ」「アジアは勝手にやれば」「アメリカは世界の警察なんてやってられるか」的なトランプのやり方に、右から左まで、口をそろえて反対しました。
そんななかで、ただ一人、安倍晋三は統一協会のツテをたよってトランプに駆け寄り、ぺろぺろと靴をなめたのです。

2016年末の時点では、当選したとは言え本当にトランプが政権を維持できるのかも不透明な段階ですから、あれでもしトランプが失脚していたら、安倍政権も従来のジャパンハンドラーズと官僚組織によって完全に葬られていたでしょう。
しかし、安倍は賭に勝ち、トランプはジワジワと足下を固め、今や再選を伺う勢いになりつつあります。

これを、日本の左翼リベラルは、悪と悪が手を組んで最悪だ と捕らえているようですが、そんな見方しかできないとしたら、それは政治ではなくおとぎ話です。
野党が政権交代を目指すのであれば、米国政権との関係を抜きにものを考えることはできません。
明日にでも属国を辞められるのならいいですが、官僚組織も政治家も経済界も、がっちり従米ネットワークで固められているこの国が、政権交代したくらいでガラッと変わるものではありません。

であるならば、どこで話をつけるのか、どこまで妥協するのか、どこでトランプを喜ばせて納得させるのか、は冷徹に判断しなければなりません。
野党だからと言って、トランプに悪罵を投げかけていればいい というのはあまりにも無責任で、そもそも政権とる気がないのがバレバレです。

トランプとしても、これほどに真っ黒で不正の塊のような安倍晋三よりも、もっとまともな交渉相手がでてくれば、そっちの方がマシだなと思うでしょう。
CIAも冷静に分析しているはずです。野党がまとまれば、安倍政権は崩れる と。
いまは安倍晋三が唯一のポチなので、しかたなく保護している米国ですが、より安定した交渉相手が登場すれば、そちらに乗り換えることになります。
そうなれば、安倍晋三は贈収賄罪か斡旋利得罪で塀の向こうにサヨウナラです。

なのに、安倍の延命を許しているのは、結局、野党が対米政策で安倍晋三に負けているのです。

トランプが好きでも嫌いでも、対米従属がイヤでもなんでも、国民の生活を預かる政治家であるならば、米国との関係を築くことは第一級の課題です。
「国民の生活が第一」 は、まさにここにおいて真価を発揮します。

あちらは「アメリカファースト」
こちらは「国民の生活が第一」
お互いに主張して妥協する。
もちろん属国は不利ですが、少しでもマシにする。
そういう覚悟と準備を、野党こそがしなくてはならないのです。

マンデラさんも、長くアパルトヘイトの南アフリカを支援してきた国々をまわり、経済支援を要請しました。
本来ならば、支援ではなく賠償を請求してもいいくらいのものです。
しかし、これから国を作らなくてはならないマンデラさんは、激情をおさえて支援を要請して回ったのです。

最後にマンデラさんの言葉を

   何事も成功するまでは 不可能に思えるものである
                       ネルソン・マンデラ




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2018-07-09(Mon)

よく国を治めるものは まず水を治める

春秋時代に斉の管仲という宰相が桓公に箴言したとか言われていることわざ。

この数日間、とくに西日本に住んでいる人たちはこれをひしひしと感じているはずです。

このたびの西日本大水害は、まだ全容がつかめていません。
NHKをはじめとしたマスコミの報道も、取材に入ることのできた場所の映像を繰り返し流し、同時多発でおきている水害の様相はまったく伝えることはできていません。

大手マスコミといえども、津々浦々にくまなく特派員を置いているわけではないので、ある程度はしかたのないことでしょう。
やはり問題なのは、規模の大小はあれど、毎年毎年くりかえし自然災害に見舞われているこの国の行政が、いつもいつも後手後手に回るということです。

現場の役場や消防や警察の職員は、もちろんギリギリの頑張りをしてくれています。
しかし、大災害になれば、そんな現場の必死の頑張りだけではどうにもならない、ということこそが、これまでの大災害の教訓ではないでしょうか。

とくに、今回のような範囲で見るならば東日本大震災を上回るような広域災害については、即座に国が乗りだして情報収集と支援のリソースを配置しなくては、助かる命も助からないということがおきてしまいます。

そもそも、防災担当大臣という名称の大臣が禄を食んでおり、国土強靱化を叫ぶ首相が政権を握っているのです。
いくら50年に一度の大雨といえども、ここまでの被害になってしまった責任ということが問われるでしょう。
50年ごとにこんな被害が起きて良い訳がありません。



まず、大雨が予想された時点から、実際の対策にはいるまでの問題です。

およそのことしか分かりませんが、気象庁と自治体レベルでは、それなりに早いめの対応をとっていたようです。
5日(木)午後2時の段階で「記録的な大雨になる可能性がある」という異例の会見を、気象庁は東京と大阪で同時に開催しました。
記録的大雨で気象庁が異例の会見 警戒すべき地域は
2018/07/05 MBSニュース

少なくとも、行政に関してはここが災害対策のスタートラインです。

政府関係者も、さっそく災害対策本部の準備にかかるかと思われたその夜、驚くことがおきました。
20180709-1.jpg

7人の死刑執行にサインしたばかりの上川法務大臣がニコニコと出席しているのもカルトなみの怖さですが、気象庁の異例の発表を知らないはずのない安倍首相や小野寺防衛大臣が、災害対策なんかどこ吹く風で総裁選対策で楽しく酒飲んで騒いでいたのです。

さらに、本当に被害が顕在化して特別警報が続々と出された6日になっても災害対策本部は作らず、もう多くの街が水没してしまった7日になってから、ようやく非常災害対策本部という首相がトップでは”ない”組織を作りました。
しかも、完全に二日酔いの状態でしたから、6日夜も首相公邸でしこたま飲んでいたようです。
挙げ句の果てに、対策会議をわずか15分やっただけで、昼前にさっさと自邸に帰ってしまったのです。

これは本当に怖いことです。
なにが怖いかと言えば、この国の指導者は 「災害を防ごう」という気持ちがない と言うことだからです。
災害対策は、災害が起きて、ひどいことになって、ニュースでさんざん騒がれてからおもむろに、エラそうに、いかにもやってやってるぞという態度でやることであって、被害が出る前から準備するようなことじゃない と心から思っているということです。

本心ではなくても、災害時には対策しているポーズをとらなくちゃいけない、と思っていれば、いくらなんでもあの気象庁の会見の後に楽しい飲み会はやらないでしょう。
彼らは、安倍さん本人を筆頭に、とんでもない被害が出るまでは、対策なんてできないよ と本気でフツーに考えているのです。
被害が確定してから激甚災害に指定してやれば、被災者には感謝されるんだから、なんか文句ある?ということです。

ちなみに、激甚災害に指定してもらって補助金を受け取るためには、地元の自治体は膨大な書類を用意する必要があります。
激甚災害指定が、本来なら地元民の支援に向けるべきマンパワーを奪うものだと言うことは意外と知られていません。

それはともかく、自然災害は人気取りのチャンス くらいにしか思っていない人たちが指導者であることは、日本に暮らす上で恐怖です。



さらに、あの国土強靱化はどこいっちゃったの? ということです。

2014年に大々的に始まった国土強靱化計画の大きな項目として ちゃんと「異常気象等による市街地等の浸水」 があります。
5年以上もの年月をかけ、その間には昨年の九州北部豪雨による大災害を防げなかったという負の経験もふまえつつ、いったい何をしていたのでしょうか。

たしかに、ハザードマップを作ったり、自治体が避難指示などを出すためのシステムをつくったり、ソフト面ではある程度のことはしていたようです。ただ、そのあたりの実務はすべて自治体がやっていることであって、大層に国土強靱化とぶち上げたにしてはお粗末です。

今回の大規模な水没は、河川の堤防決壊で起きています。
全国の堤防そのものを、文字通り強靱化していれば、被害程度は桁違いに小さくなっていたはずです。
そうしたカネの掛かることには手を付けてこなかったのが、国土強靱化計画だったようです。

あんなにカネを摺りまくったアベノミクスなのに、一番役に立ちそうな防災対策には、チョロッとしか使わなかったんですね。
発表されている一覧表を見ても、「成果」の欄には推進とか策定とかばっか書いてあって、国土強靱化というイメージとはずいぶん違うなあと感じるでしょう。

20180709-2.jpg

アメリカ様から兵器を買いまくったり、公的資金で株を買いあさったりする代わりに、本気でカネを使って国土強靱化をしていれば、雇用も生まれるうえに災害の被害は確実に減っていたはずなんです。
このことは、野党のみならず、圧倒的多数の地方自治体首長と膨大な中小ゼネコンをかかえる地方の自民党も、党中央を激しく突き上げなければならないはずです。



とにもかくにも、今もまだ行方不明の人が100人近くいます。
膨大な家屋が住めなくなっています。
インフラもズタズタです。

これを個人や地方自治体の自己責任にしてしまっては、自然災害の国である日本は成り立ちません。
たとえそれが安倍晋三の総裁選に向けたパフォーマンスだとしても、とにかく最善の策をとらせなくてはなりません。

私は、政治家がちょっとくらい汚職をしたくらいでは、さほど腹は立ちません。
モリカケのような極端なことをやるからトンデモナイ ということになりますが、少しばかりの身内びいきをやったくらいは、政治家失格の本筋ではないと思っています。

本当に怖いのは、政治家に「国民を守ろう」という気持ちがない ということです。
守り方が正しいか間違っているかは、この際おいといて、そもそもそういう気持ちがない。
これが、政治家として最低最悪です。
そして、そういう政治家が強力な政権を握って離さないのは、この世の地獄です。

かつて、「国体」を護るために国民を道具にした政治家がこの国を地獄にしました。
いま、自らの権力を「国体」と考える政治家が、同じことを繰り返そうとしています。

直前に十分な警告があったにもかかわらず、西日本大水害を防ぐことはできませんでした。
すくなくとも、この国の政府は、酒は飲んでも対策は何もしませんでした。

せめて、これからの救援と復旧のために、できる限りのことを、具体的に要求していかなくてはなりません。
そしてもし、それにも言を左右にして逃げ回るようならば、命を守るための最後の手段は、政権交代です。

そのためにも、野党はバラバラのテイタラクを脱して、一致して復興のための手段を提示すべきときです。

民主党政権が崩壊した原因は 公約違反の消費増税と、災害に際しての無策と隠ぺい=「ただちに影響はない」だったと私は思っています。
民主党の流れをくむ野党は、その負の経験を深く反省し、心を入れ替えて国民を守る主体となっていただきたいと願っています。




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2018-06-29(Fri)

日本、16強入りで賞金約13億2000万円を獲得

いやあ~ 昨夜のサッカー なんとも後味が悪かったですねえ。
ワールドカップの歴史に残る試合になるでしょうね。
勝っていれば遅延行為で反則だろうけど、負けてるから反則にすらならない。
サッカーとしては最低だけど、プロ(職業人)としてはきわめて合理的で頭脳的な判断 ということでしょう。

日本、16強入りで賞金約13億2000万円を獲得
2018.6.29 スポーツ報知


日本人は喜んで決勝トーナメントで応援するでしょうが、世界中を敵にしてしまったのも確かです。
これから数年間は、日本以外で開催される国際大会はすべてアウェイであり、オリンピックでも他国の人は誰も開催国を応援してくれないということです。

当然ながら全世界にブーイングは鳴り響きましたが、実は昨日は昼間にもブーイングがおきていました。
サッカーに比べるとずっとずっと小さなブーイングですが、私たちの暮らしにはサッカーとは比べものにならないくらい影響の大きなブーイングでした。

姑息すぎ! W杯にぶつけて高プロ法案を“強行採決”! 労働者のニーズはでっち上げで、本当は「経団連の要望」だったのに
2018.6.28 リテラ
 

数年後には密かに法律が改正されて、誰でも働かせ放題 になるでしょう。
派遣労働を解禁したときと まったく同じパターンです。
派遣解禁で日本人の所得はどんどん下がり、働き方改革で定額働かせ放題 というわけです。

ただし、一部で巻き起こったブーイングは、こんな最悪カイカクを強行採決した安倍政権に対してではありませんでした。

「高プロ」採決させた国民民主に「裏切り者」の罵声 
2018年6月28日 田中龍作ジャーナル


そうです。採決に反対しなかった、国民民主党に対してだったのです。
リベラルのみなさんほど国民党ぎらいではない私でも、さすがにこれはアカンやろ!と思いました。

参院の野党第一党である国民党が、委員長解任決議案に反対し、平穏な採決に賛成してしまった。
「連合も最初は高プロに賛成してたもんなあ。」「やっぱり国民党は裏切り者なんや。」
と、この問題に注目していたほとんどの方が思ったことでしょう。


この裏切り採決から数時間後、西野ジャパンの「頭脳プレー」が炸裂しました。
私の頭の中では、西野監督と国民党がダブって見えました。
なぜなら、どちらも、目の前の結果に対してはきわめて合理的な判断をしていたからです。

今の安倍政権は、どんな抵抗をしようが通すと決めた悪法は100%通します。
そのことには、ブーイングしている方も異論はないでしょう。
国民党に罵声を浴びせる立憲などの議員とても、7月22日の会期末まで3週間以上もフィリバスターを続けることはできないでしょう。
どの野党も、法律が通ることは分かった上で、その過程をどうするか という選択をしているのです。

であるならば、採決に応じる代わりにひとつでも付帯事項を付けさせる方が、わずかでもマシだという国民党の言い分も、合理的ではあるのです。
頭から湯気を立てておられる諸姉諸兄におかれましては、なかなか理解しにくいかもしれませんが、良い悪いではなく、目の前の結果に対してだけ考えれば、合理的です。

もちろん、西野ジャパンとは結果得られる大きさが違います。
西野ジャパンはイエローカード2枚分で決勝進出ですが、国民党はわずかな付帯決議に過ぎません。
しかしそれでも、目の前の結果だけを、「どっちがマシか」で考えるならば、どちらもきわめて合理的です。

ただし、こんなことがおきるならば、合理的な指揮官も違う選択をしたかもしれません。
決勝に進出しても、日本中が卑怯なサッカーをした日本代表に愛想を尽かして、だれも応援しなくなる。
体を張って採決を引き延ばせば、日本中で100万人の連帯デモが巻き起こる。

現実は、そうではありません。
最低のサッカーでも、決勝に行ければほとんどの日本人は納得していますし、渋谷のスクランブルは狂乱騒ぎでした。
これまで野党が審議拒否を貫いても、フィリバスターと牛歩で抵抗しても、ほとんどの国民は無関心です。

そうした現実をふまえた上で、「どっちがマシか」を考えれば、西野監督も国民党も、やはり合理的だったのです。



勝てたはずものを、寝返ったせいで負けた、というのならば、それは本当の裏切りです。

それはまさに、政権をとった民主党が消費増税に寝返ったのがそれにあたります。
また、少し地味ですが、2011年6月の菅内閣に対する不信任決議にあたって、鳩山由紀夫氏が突然ひっくりかえしてしまったのも、今から思えばあきらかに裏切りです。
(鳩山さんは かならず後で「ダマされた」と言いますが、同じ言い訳を何回使うんでしょうねえ。)
じつはあれが、日本の分水嶺だったと、私なんかは思っています。

あの時に、「裏切り側」におられた方々が、今はあっちとこっちに別れて「裏切り者!」と言っている、と私には見えてしまいます。
申し訳ないですが、私は執念深いんです。

しかも裏切ろうが裏切るまいが、結果は大差ない という圧倒的な少数同士の争いです。
後から書くように、国民党の判断は間違っていると私も考えていますが、湯気を立てて激怒はしていません。
それをするタイミングは、7年前に過ぎ去ってしまったからです。

今は、残念ながら、少数同士の争いではなく、「少数」から脱却することを考えなくてはなりません。
だからといって、なんでもかんでも「共闘」すればいい とも思いません。
共闘しても「少数」なんですから、むしろ「効果的な少数」になることを考えてもいいのです。

徹底抗戦の姿を見せることが、はじめは少数でも多くの支持を得られるのであれば、あえて無理な共闘はしないほうがいいわけです。
国民党は維新と同じ「ゆ党」枠にいれてしまって、それ以外の立憲、共産、社民、自由 だけで最大限の抵抗を繰り広げるのがただしい戦略ということになります。

しかし、現実はどうでしょうか。
国会において、もっとも過激に戦っている山本太郎を擁するわれらが自由党は、ついに支持率0%になってしまいました。
太郎さんが街宣をやれば、通りがかりの人が足を止めて人垣ができます。
知名度は国会議員中でもトップクラスです。
内閣総理大臣に面と向かって「貴方が膿です」と言ってのけ、鋭い質問を毎週毎週くりだし、フィリバスターや牛歩も一人でもやりきる山本太郎の党が、支持率0%です。

選挙を一回休んでしまったのだから仕方ない、と思いつつも、正直言って私もこの結果はショックでした。
しかし、結果は結果。現実は現実です。
ではどうするか、と考えるしかありません。

2009年には政権交代が実現したのに、その立役者の小沢一郎と徹底抗戦王の山本太郎の党が0%。
ここからわかることは、「国民は政策で選択するんじゃない 実現される政策で選択しているんだ」 ということ。
どうみても実現可能性のなさそうな政策なんて、見向きもしない。

絵に描いたオイシイ餅よりも、口に入る苦い団子のほうがいいのです。
たしかに、苦い団子は腹を壊すでしょうが、絵に描いた餅は餓死します。

別の見方をすると、選挙というのは、支持されるから勝つのではありません。
「勝つかもしれない」と思うから支持されるのです。

いかに「勝つかもしれない」と思ってもらえるか。
その意味で、少数がバラバラ では絶望的ということです。
絵に描いた餅でも餓死しないほどの、裕福なリベラル層ばかりではないのです。この国は。



では、国民党の判断は正しかったのか。
あの判断を批判するべきではないのか といえば、やはり批判されるべきだと思います。

それは、あの西野ジャパンの最低のサッカーが批判されるべきなのと同じです。
だって、あんなサッカーを子どもが真似したらどうするんですか?
すくなくとも西野ジャパンは今後は 「子どもたちに夢を与えたい」とかは言えないですよね。

「勝手なことするなら、俺たちも勝手にやらせてもらうぜ。ガチャン」という枝野さんが大塚さんにかけた電話もどうかと思いますが、国民党も「政権交代」を本当に目指しているのならば、野党全体をどうやってまとめるのか、という視点が必要です。
これをやったら、野党は決裂する ということは、合理的な思考はできる国民党なのですから、分かっていたはずです。
それでも採決に応じてしまった、というところが問題なのです。

採決に応じたこと自体よりも、野党の決裂が分かっていたのにやってしまった、ということの問題です。
もし仮に、西野ジャパンの選手の中に、ぜったいにあんな最低の戦術は許せない という人が半分くらいいたとして、それを分かっていながらあの判断をしたとしたら、これは西野監督の判断は合理的 とはいえません。
チームはバラバラになってしまい、決勝に残ってもろくなたたかいはできないでしょう。
ほぼ全員が理解してくれる と思ったからあんなことをやったのです。

しかし、野党はそうではありません。
国民党の「合理的」な判断は、野党間のみならず、支持者や市民運動にまで、修復しがたい亀裂を作ってしまいました。

これまで私は、市民運動のひとたちにも立憲の議員さんにも、機会のあるたびに「国民党とも話をしなくては」「勝てる形を作らなくては」ということを言いつづけてきました。
しかし、昨日のあの対応では、ちょっと限界を感じてしまいます。

国民党の「こ」と言っただけで、こっちまで裏切り者扱いで、はじき飛ばされてしまいそうです。
そんな「自分は正しい」というリベラル感覚が、少しずつ変わってきたかなあと思っていた矢先に、国民党にあんなことされると、元の木阿弥。どうしていいのか分かりません。

とは言え、大多数の国民の目には、高プロが強行採決された意味も映っていないでしょうし、まして何党が何をしたかなんて、知ったことではないでしょう。
ただ、「なんだかまた野党がもめてるよ」くらいの印象です。



2009年には民主党に投票したけど、それ以降は投票にいかなくなった人が 約1500万人。

何があっても、野党に投票してくれる人が約2500万人。

どっちを向いて政治をするんですか ということ。

2500万のパイの奪い合いをしている場合じゃないんです。
たしかに、昨年の総選挙では、この票だけでも自公の票を上回っていました。
ただ、バラバラだったという一点で、大負けしてしまいました。

なので、なおさら2500万のほうに目線が行くのですが、私は違うと思います。
注目すべきは、声を拾うべきは、1500万人のほうです。

「実現できるかも」と思えば、ふたたび腰を上げてくれる1500万人に意識を集中すれば、自ずと方向は出てくるはずです。
パイの取り合いでギスギスしているのがバカらしい ということが分かるはずです。

1500万人が納得してくれる動きになれば、これまで入れ続けてくれた2500万人は着いてきてくれるはずです。
そのためには、合理的な判断をできる冷静さも必要ですし、ブーイングを受けるようなことはしないという「気持ち」の入った判断も必要です。

どれだけの人を説得できるかわかりませんが、私はこれを言い続けていこうと思います。




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