2010-02-09(Tue)
拝啓 社民党殿
拝啓 社民党殿
貴党におかれましては、現政権の良心たらんとして日々努力されていることと存じます。
今般、東京地検特捜部によって起訴された石川議員に対して、議員辞職すべきだという意見を表明されていることも、そうした姿勢の表れかと理解しております。
しかし、法の下の平等ということも、ぜひとも尊重していただきたいと思うのです。
石川議員が嫌疑をかけられている起訴事実が、仮に事実だったとして、それと同等のことをしている国会議員(秘書)について、あまねく調査し、その氏名を公表すべきではありませんか?
そして、その当事者が公職にあるのであれば、辞職すべきであると、声を大にして宣言すべきではありませんか?
収支報告書の合計額が違っていたということが犯罪なのかどうか、また、政治家本人の立替金が「政治資金」に該当するのかどうか、という点は、充分に議論すべき余地があるように思われます。
そうした議論を抜きにして、世論調査の結果に忠実であるのは、民意に忠実であろうとするあまりのことでしょう。
それにしても です。
東京地検特捜部に、狙い撃ちにされた石川氏のみに議員辞職を突きつけ、数多くの「記載ミス」には目をつぶるのでは、検察のお先棒を担ぐ腰砕けと言われても仕方のないありさまです。
これまで野党として数々の苦い思いを味わってきた貴党であれば、今回の小沢氏をめぐる特捜部の動きが、貴党を含む現政権へのクーデターであることは、もっとも敏感に感じ取られたでしょう。
かつて、辻元清美さんが秘書給与の流用という「事件」で逮捕され、昨年2月まで執行猶予中でした。この事件も、まさに社民党への弾圧であったと、私は理解しています。
ですから、執行猶予中に立候補され当選されたことはなんら問題ではないばかりか、快挙であったと思っております。
しかし、その「事件」をおそらくはもっとも近いところから見ていたはずの照屋寛徳さんが、「議員辞職に値する」などと言われるのは、いったいどうしたことかとクビをかしげてしまいます。
「事件」が何を狙っているのか、政治の世界に生きている人ならば、分かっているはずだからです。
良心は、戦うことなくして守ることはできません。
いつの世も、どんな場面でも、大きな不正は小さな正義の仮面をかぶってやってきます。
その小さな正義をはぎ取って、大きな不正と戦う勇気のないものは、民意を代表するものたりえません。
小さな正義に追従するポピュリストは、この世に掃いて捨てるほどおられます。もうこれ以上は結構です。
政治家は、テレビでくだらない言説を垂れ流している評論家ではないはずです。
貴党が、そのような存在に成り下がらないことを、切に切に願うものです。
貴党におかれましては、現政権の良心たらんとして日々努力されていることと存じます。
今般、東京地検特捜部によって起訴された石川議員に対して、議員辞職すべきだという意見を表明されていることも、そうした姿勢の表れかと理解しております。
しかし、法の下の平等ということも、ぜひとも尊重していただきたいと思うのです。
石川議員が嫌疑をかけられている起訴事実が、仮に事実だったとして、それと同等のことをしている国会議員(秘書)について、あまねく調査し、その氏名を公表すべきではありませんか?
そして、その当事者が公職にあるのであれば、辞職すべきであると、声を大にして宣言すべきではありませんか?
収支報告書の合計額が違っていたということが犯罪なのかどうか、また、政治家本人の立替金が「政治資金」に該当するのかどうか、という点は、充分に議論すべき余地があるように思われます。
そうした議論を抜きにして、世論調査の結果に忠実であるのは、民意に忠実であろうとするあまりのことでしょう。
それにしても です。
東京地検特捜部に、狙い撃ちにされた石川氏のみに議員辞職を突きつけ、数多くの「記載ミス」には目をつぶるのでは、検察のお先棒を担ぐ腰砕けと言われても仕方のないありさまです。
これまで野党として数々の苦い思いを味わってきた貴党であれば、今回の小沢氏をめぐる特捜部の動きが、貴党を含む現政権へのクーデターであることは、もっとも敏感に感じ取られたでしょう。
かつて、辻元清美さんが秘書給与の流用という「事件」で逮捕され、昨年2月まで執行猶予中でした。この事件も、まさに社民党への弾圧であったと、私は理解しています。
ですから、執行猶予中に立候補され当選されたことはなんら問題ではないばかりか、快挙であったと思っております。
しかし、その「事件」をおそらくはもっとも近いところから見ていたはずの照屋寛徳さんが、「議員辞職に値する」などと言われるのは、いったいどうしたことかとクビをかしげてしまいます。
「事件」が何を狙っているのか、政治の世界に生きている人ならば、分かっているはずだからです。
良心は、戦うことなくして守ることはできません。
いつの世も、どんな場面でも、大きな不正は小さな正義の仮面をかぶってやってきます。
その小さな正義をはぎ取って、大きな不正と戦う勇気のないものは、民意を代表するものたりえません。
小さな正義に追従するポピュリストは、この世に掃いて捨てるほどおられます。もうこれ以上は結構です。
政治家は、テレビでくだらない言説を垂れ流している評論家ではないはずです。
貴党が、そのような存在に成り下がらないことを、切に切に願うものです。



























