2017-08-15(Tue)

革命

敗戦記念日である。

72年前の今日、「負けて悔しい」と涙した人、「やっと終わった」と歓喜した人、それぞれどのくらいの割合だったのか、知る術はない。
どちらも相当数がいただろうけれども、自分の頭で判断することを禁じられていたことを思えば、ただただ茫然自失していた人が一番多かったのかもしれない。

いずれにしても、はっきりしているのは、この日が「解放記念日」にはならなかったという歴史的な事実だ。

戦争を遂行した勢力の総入れ替えを、自力ですることができなかった。
天命を革めることが できなかった。

天皇も、731部隊も、米軍支配に都合の良いものは戦争責任を免れ、大日本帝国の支配層はほとんどそのまま支配層として残された。
そのころはロシア革命から28年、中国革命まで3年という時代だから、今に比べれば共産主義革命のリアリティは誰もが感じていた。しかし、何とか主義以前に、戦争遂行した勢力を一掃するということすら、できなかった。

そして、その限りでの「平和と民主主義」を謳歌し、日本は変わったと思い込んだ。
足下に、沖縄を踏みつけながら。

この欺瞞にみちた戦後民主主義が、私は嫌いだ。



革命という言葉は、天命を革(あらた)める、すなわち 天命によって支配する者が変わることを意味する。
必ずしも、支配されてきた側が、支配してきた側にとってかわることではなく、支配される側には関係なく、支配層だけが入れ替わる樋こともある。

レボリューション Revolution は、コペルニクス的転換のように、物事の本質がグルッと回転して新しいものに変わることであり、上層部が入れ替わる革命とは、かなり意味が違うようだ。 訳語としては不適切なのではないかという気もする。
ただ、革命という言葉も、もともとの易姓革命のような意味ではなく、本質的に異質で新しいものに転換するという意味に、現代では使われているので、ここではそういう意味に理解しておく。

支配され、酷い目にあってきた側が、支配してきた側を逆転すること。
それが、あたかも天命が革まるがごとく、機が熟してことがなされることが革命だとするならば、72年前に必要だったのは、日本革命だった。

その結果、どの勢力が主導権をとり、どんな政治を行ったかはわからない。
どの勢力がやろうとも、結果はあまり芳しいものにはならなかっただろう。それどころか、ソ連が指導する共産党が勝っていれば、かなり面倒なことになっただろう。
それでも、自らの力で革命を成し遂げ、そして挫折するという経験をワンセット、日本人は経ることができたはずだ。

振り返ると、私は政治に関心があると言うよりも、革命に関心があるのだと気が付いた。
日本というひとつの支配体制の中で、何百年も支配され続けているこの国の民が、自らの力で逆転劇を起こすことができるのか。
社会や政治を見るときに、私の最大の関心事は、常にそこにある。

私が小沢一郎という政治家に注目するのも、それ故である。
彼は、もっとも犠牲を少なく革命を成し遂げるにはどうしたらいいか、を考え抜き、二大政党による政権交代可能な政治を目指している。二大政党制の是非はともかく、革命を前提とした国家観をもつ政治家は、日本には小沢一郎しかいない、と私は思っている。

とは言え、現在の日本で二大政党制は、私は間違いだと考えている。
政党というのは、ある勢力の利害代表であり、労働者と資本家みたいな単純に分化した社会だったら二大政党でいいかもしれないが、今の日本はそんなに単純にぱかっと分かれていない。

戦前のいわゆる労農派の理論家である山川均の言葉を、松尾匡さんが「新しい左翼入門」のなかで引用しているので、孫引きさせていただく。

 意見の相違が流派として現れることを認めないならば、政党は必ず分裂する。政策や意見の相違のために、たちまち除名騒ぎが起こるような官僚主義は一掃すべきだ。我々は、異なった意見や政策が内部で争っていながら、なおかつ結束を保っていけるような団体的な訓練を積まなければならない。(引用以上)

あれ、こんな政党ってあったなよなあ、と思われる方もいるだろう。
そう、かつての自民党は派閥というかたちで、かなり多様な意見を党内に抱え込んでいた。金のつながりであると同時に、意見や政策の多様性も担保していた面があった。

しかし、今や自民党も首相官邸独裁の党に変貌し、民進党も小沢一郎を座敷牢に閉じ込めた挙げ句に放逐したことをまったく反省していない以上、単純に二大政党制にしてしまえば、二つの意見しか存在できないことになってしまう。
こんな不自由な政治は、より一層投票率が下がり、機能しなくなってしまうだろう。

ただし、この現実を逆に考えれば、党内に公然と意見の違う派閥が存在するような、バクっとした政党ならば、二大政党でもいいということになる。米国の民主党も共和党も、もちろん投票を党議拘束などされないし、反対意見を述べても除名されない。
せめて、その程度の政党が作れるならば、二大政党制の可能性を全否定するものではない。



小沢氏の描く二大政党制による穏やかな革命には、もうひとつ疑問がつきまとう。
代議制で本当に革命になり得るのか ということだ。

それなりの人脈と経験と資金をもった人が候補者になり、その他のほとんどの人は投票するだけ、という代議制で政権交代したところで、「自らの力で天命を革めた」という経験になるのか。そのような実感を持つことができるのか。

現に、2009年の政権交代でも、そこまでの感慨を味わった人はごく少数のはずだ。
ほとんどの人は、自民党が下野したことには驚いただろうし、子ども手当や高速道路の無料化など実現すればウレシイナとは思っただろうが、それ以上でも以下でもない。
私自身、選挙結果にはかなり興奮したけれども、革命だとは思わなかった。

アメリカだって、数年おきに民主党と共和党が入れ替わっているが、それで劇的に何かが変わっているわけではない。
まして、植民地支配を戦後民主主義というオブラートで包んだぬるま湯に漬けられてきたこの日本で、代議制がひとり一人の意思表示として機能するのだろうか。

小選挙区といえども人口40万人に代議士が一人。自分たちの代表と言うには漠然としすぎている。
かといって、市議会なみに1万人くらいの母体になると、地域ボスや暇人の世話焼きがすべてを牛耳ることになる。暇人はヒマでも生きていける金持ちがおおくなり、結果として自民党と公明党がより強くなる。
完全比例にすれば、少数意見はある程度反映される一方で、支配体制は盤石である。

どのように選挙制度をいじろうとも、多少の変化はあったとしても、それ自体が革命になるようなことは起きないように思われる。



やはり日本で革命は不可能なのだろうか。
何が欠けているのだろうか。

私は、足りないのは圧倒的多数を占める「普通の人」の党だろうと思う。
江戸時代には5割の年貢米をとられた農民。楽ではないけれど、運悪く飢饉にならなければ、生きていくにはさほど困らず、寺子屋に子どもを通わすくらいのことはできた人たち。
四民平等と言われてからも、選挙権を与えられなかった農民と労働者。
明治から昭和の戦争に次々と動員された人たち。
戦後の高度成長でサラリーマンという名の賃金労働者になっていった人たち。
そして今、食うには困らないけれども、ジワジワと生活が圧迫されている中間層。

実は大金持ちに圧倒的に搾取されながら、とりあえずそれなりの生活ができているこれらの人たちを代表する党が、日本にはない。
55年体制のなかで、自民党が金持ちに寄りかかりすぎ、社会党が総評に頼りすぎた結果、金持ちでも労組の活動家でもない、圧倒的多数の人たちの利害を代表する党は、日本には作られなかった。

2009年の民主党がそこを指向していたのは間違いないが、そういう党として確立する前に、内実が崩壊した。崩壊した残り滓のような党は存在しているが、彼らは「大金持ちに逆らわずにおこぼれを頂戴する」中間層の代表であり、大金持ちに楯突くそぶりを見せれば組織を上げて潰しに来るということは、小沢弾圧で実証されている。

今必要なのは、ジワジワ没落していく中間層の党を作り、大きく旗を立て、大金持ちの一人勝ちを許さず中間層に富を分配する政策を打ち出し、それを目指すための組織をひとり一人増やしていくことなのではないか。
その組織は、いずれ選挙のために二大政党に吸収されたとしても、そのなかで強固な派閥として影響力を行使することになる。



革命 なんていう標題をつけたわりに、地味な結論になってしまったが、シンプルに考えたら、やはりこのような結論になる。

資本主義が良いのか悪いのか、それに替わるものがあるのかないのか。私にはわからない。

ただ少なくとも、とりあえず資本主義のシステムの枠の中でも、まだまだやれること、やらなければならないことは山ほどある。
世界的に見ても異常な金持ち優遇と、植民地的な経済外の強制力をそのままにして、資本主義はもうダメだとか言ってしまうことは、むしろ現在の支配層を喜ばすことになる。

まずは日本の歪みを正し、皆が安心して食っていける経済や財政の政策を、夢物語ではない数字の裏付けのあるストーリーを描き、実現することだ。
資本主義の余命については、その後に考えるべきことだろうと思う。

だから当面目指すべきは○○主義革命ではなく、何百年も労働力として社会を支えながら、政治的にはついに主役になったことのない多数派が、まずは自分たちの選択を自分たちの力で成し遂げる、という経験をすることだ。

それでもきっとまた失敗するだろう。
官僚と大資本と米国の壮絶な妨害もあるだろう。
革命をなしとげて挫折するという経験を何セットも繰り返すことで、多くの国は歴史を進めてきた。
日本も、自分の足でその歴史を刻まなければ、圧倒的多数の国民がぬるま湯の中で溺れ死ぬ日は遠くない。



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2017-08-13(Sun)

終戦ではなく「敗戦」と言うわけ

二日後には72回目の敗戦記念日だ。

私は「終戦」という言葉を使わない。
理由はみっつある。

ひとつ。
戦争責任をアイマイにしないため。

ふたつ。
敗戦を「解放」記念日にできなかった日本人民の不甲斐なさを胸に刻むため。

みっつ。
いまだ敗戦-占領は終わっていないことを忘れないため。

戦争は、雨が止むように自然に終わったのではない。
普通の国ならばとっくに降伏していたはずのところを、無謀な玉砕戦を1年近く引き延ばした挙げ句、万策尽きて無条件降伏したのである。
侵略戦争をはじめたという意味での戦争責任ももちろん問われなければならないが、ただひたすら「国体護持」のために兵士と住民に死を強いた責任も、決してアイマイにしてはいけない。

天皇制と、その権威にぶら下がる権力と利権、すなわち「国体」の為だけに、どれだけの兵士と住民が殺されたのか。
少なくとも、1944年10月に始まった神風特攻は、戦争としての合目的性すらなくしてしまったという合図である。そこからの10ヶ月間は、絶対に勝てないと分かりながら「国体護持」のためだけに死を強制された。

もちろん、日本各地の空襲も、沖縄戦も、原爆もそうだ。

侵略戦争の責任は、当然ながら万死に値する。
そして、世界中で今もその罪を犯し続けるものは絶えないし、あの太平洋戦争だって、連合国が善で枢軸国が悪という分類では決してない。
しかし、当時の日本が極めつきに異常だったのは、「国体護持」のために、自軍と自国民を虫けらのように死に追いやった ということだ。数十万、数百万人を死に追いやり、産業は壊滅し、国土は燃え尽くされても、そんなことよりも「国体護持」が大事だった。

この異常さは、自らの国のこととして、決して忘れてはいけない。
この国の支配者は、自分たちの存立が根底から脅かされるとき、数百万の自国民を平然と死に追いやり、恬として恥じないのである。
そういう国なのだ。

これは国民国家ではない、ということでもある。
天皇の権威と権力に連なる階級と、生産と戦争の駒としてのみ扱われる階級は、一つの国民として結集する段階に至らず、農奴的な隷属関係でのみ国家につながれているということだ。

そして、それは本質的に今日でも変わっていない。
変わっていないその象徴こそが、日本国憲法の1条と9条だ。

国体護持のギリギリの条件とは、天皇の戦争責任を問わずに天皇制の権威を残すことだった。
そのために、幣原喜重郎とマッカーサーが合意したのが9条だったということは、数々の資料で証明されつつある。

さらに、国体護持のために生け贄にされたのが沖縄だ。
昭和天皇は、自ら保身のために沖縄の割譲をマッカーサーに提案した。
国体護持のために絶望的な地上戦を強制され、住民の1/4が殺されたあげく、負けた後は生け贄でアメリカに引き渡す。
天皇の戦争責任はあるとかないとかの論争がバカらしくなるほど、あまりにも酷い話しだ。

このように、「国体」のために国民は死を強制されながら迎えたのが、敗戦なのである。
この悔しさを忘れないために、私は「敗戦」と言いつづける。



一方でしかし、民間人50万人を無差別に殺戮した当事者は、米軍だ。

日本軍のアジアでの虐殺や捕虜虐待は、当然責められるべきことだ。
しかし、それと同じくらい、米軍の無差別殺戮も責められなければならない。

実験のために二種類の原爆を投下し、日本が降伏するやABCCという研究機関が乗りこんできて、治療はせずに被害のデータ収集に励んだ。まさに、超弩級の人体実験である。

この悪魔のような米軍を、解放軍として迎えたのが、日本共産党を筆頭にした反戦派の日本人だ。
たしかに、国体護持のために自国民をいくらでも殺してしまう旧支配者よりは、マッカーサーのほうがずいぶんマシに思えたのは無理はない。
日本国憲法も、押しつけとは言え、日本側が作った松本案とは比べものにならないくらい良いのはたしかだ。

しかし、日本人は自分たちで自分たちの憲法を作ることができなかった、という歴史は残っている。
良い憲法ならもらい物でもいいじゃないか、では民主主義ではない。民主主義を謳う現憲法は、自己矛盾をかかえているのである。

1946年米よこせデモ。1947年2.1ゼネスト(未遂)など、日本の民衆、すなわち国体に支配されていた側の運動も大きなものだったが、残念ながら2.1ゼネストに対するマッカーサーの禁止に屈したのち、国体そのものを揺るがすようなうねりとはならなかった。

結局、国体にぶら下がっていた「ちょっとマシ」な連中がそのまま国家権力を継承し、国体に押しつぶされていた民衆は、そのまま支配され続けることになった。
戦争に負けたことで、これまでの支配層を打ち破り、敗戦を解放にする ということができなかった。
敗戦が敗戦で止まってしまった。

大きな意味では、現在に至るも、構図は変わっていない。
そのことを 歯がみして思い起こすために 私は「敗戦」と言いつづける。



もはや言うまでもないが、米国の占領は1945年から72年間、一度も途切れることなく続いている。

1952年を境に、形式的な占領から、実質的な植民地支配へと変化はしたものの、日本はいまだ独立していないし、独立していない植民地に民主主義など成立するわけがない。

日本を「民主国家」だとか「憲法で平和を守れ」と安易に口にする護憲派の皆さんは、植民地でどうやって民主主義が機能するのか、考えてみてもらいたい。
そりゃもちろん、民主主義が機能してほしいと思うし、今憲法を変えるのは大反対だし、平和であってほしいのは当然だけど、安保条約、地位協定、密約、さらには官僚と政治家とマスコミに張り巡らされたネットワークは、植民地以外の言葉が当てはまらない。

オスプレイが墜落して、日本国防衛大臣が飛ばさないでくれ、と言っているのに、完無視して次の日から飛ばし続けるのが「日米関係」だ。日本の大臣よりも、米軍の現地司令官のほうがずっとエラいのである。これは自民党だったからとか、小野寺がヘタレだったからというだけではなく、政権交代しようが何党であろうが、同じことだ。
だいたい、「飛行停止命令」ではなく、「自粛要請」しかできないのだから、どんだけ格下かということだ。

2.1ゼネストを禁止されたあの関係は、いまも続いている。
なんとかして、米国の支配の軛を脱しないことには、何かを決めるということすらかなわない。

そのことを忽(ゆるが)せにしないために、私は「敗戦」と言いつづける。

■参考資料

数字は証言する データーで見る太平洋戦争 (毎日新聞)

アジア歴史資料センター公開資料




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2017-08-10(Thu)

「クチだけ番長」と「こだまでしょうか 枝野です」の会見を聞いてみた

前原誠司と枝野幸男の、民進党代表選への出馬表明を、仕事をしながら片耳で聞いてみた。

最大限よく言っても「口だけ番長」と「こだまでしょうか いいえ枝野です」の比較であり、もっとはっきり言えば、目くそと鼻くそ、ていどの違いしかないのであって、どっちかに頑張れなんていう思いは欠片もない。

一応、全編の動画のリンクは貼っておくが、気分が悪くなったとしても保証の限りではないので、自己責任で見ていただきたい。
どちらも ThePage から。

【中継録画】民進党代表選、前原誠司元外相が会見し出馬表明  2017.08.07

【中継録画】民進党代表選、枝野幸男が出馬表明 午後5時から会見 2017.08.08

もちろん、出馬表明だから、それなりにどっちもイイコトは言っている。
しかし、2010年5月以来、ずっと民主党、民進党を見てきた人ならわかるはずだが、彼らの「言葉」ほどあてにならないものはない。安倍晋三は息をするように嘘を言うといわれているが、民進党も負けてはいない。

むしろ、イイコトを言うやつほど、イザとなったら大車輪で大裏切りをかましてくれる。
そんな誰の目にも明らかなことを、こころ優しい市民派のみなさんは 忘れてしまったのだろうか?
それとも、都合の悪いことは視野に入らないようになっているのか?

嘘つき民進党の代表を選ぶのだから、嘘つきの親玉が登場してくるわけで、まずはそういう前提で代表選をにらんでおかなくちゃ、人間進歩しないんじゃないの?

さて、「どっちがより大嘘つきか」という観点で、二つの会見を聞いてみると、私の印象は明確だった。

枝野のほうが、大嘘つきである。



もちろん、前原のオールフォーオールなどという足の裏がむずかゆくなるようなキレイゴトのスローガンは、まったくもってウソっぽい。
しかし、その中身はしょせん、消費増税の言い訳であって、ウソと言うより粉飾という感じだ。

もっとも、これは枝野もほとんど同じであって、「限られた財源」だから「消費増税」という理屈は同じである。
会見の中で 前原が師事していると言っていた井出英策氏のブログを時々見ることがあるのだが、なるほどエッセイとしてはなかなか面白い。
しかし彼の文章の中には、さらっと「限られた財源」という言葉が出てくる。

なるほど、現在の税収がそのままならば「限られた財源」だろう。
しかし1800兆円の資産をもつ超大金持ち、380兆円の内部留保をもつ超大企業、米国を潤している350兆円の対外純資産。これだけカネがあり余っている日本でなぜ「限られた財源」と言えるのか?
しょせん大金持ちには逆らえない とはじめから諦めているからか?

民進党がきわめて珍しく終始一貫しているのは、「消費税増税」だ。
菅直人がマニフェストを裏切った後は、再裏切りをせずに、ずっと上げろと言いつづけている。
一貫しているのはそこだけかよ とますます絶望的になるが、ここに民進党の本質が現れているわけだ。

つまり、「大金持ちには逆らいません」「大企業には都合悪いことやりません」「米国様には貢ぎ続けます」という点については、鉄板方針であり裏綱領なのである。
そのかぎりにおいて、「限られた財源」を少しはマシな使い方をしますよ、というのが民進党の政策なのである。

要するに、戦う前から負けているのが民進党であり、庶民の叛乱が起こらないように不満を抱き込んで潰すのが、民進党のレゾンデートルなのである。
だから、クチではイイコトをいい、ちょっとは期待をさせ、庶民の不満を吸収しておいて、力を得たら裏切って潰す。これが民進党のお仕事だから、必然的に彼らは嘘つきなのであり、イイコトを言うヤツほど、より忠実な民進党の仕事師=嘘つきなのである。



こうやって、表面の言葉にダマされないようにして動画を見れば、より嘘つきなのは枝野のほう。

政局的にどっちが勝ったほうがよりマシな情勢になるのかは、私には判断できないけど、ただ言えるのは、前原のほうがアホであり、枝野のほうが嘘つきである。
アホと嘘つきの究極の二者択一を、もし迫られたら、私はアホを選ぶだろうな。

まあ、余所の党のことなんで、私には関係ないけどね。



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2017-08-09(Wed)

独白

2005年9月にこのブログを始めてから 実に12年の年月が流れた。
もともと、黙っていると精神衛生上たいへんよろしくない、と自分の心の健康のために書き始めたブログだった。

2006年には耐震偽装事件があり、安倍晋三の私的後援会である安晋会が深く関わっている疑惑についてかなり色々書いて、アクセス数もどーんと増えた。

2007年には自民党が大敗する参院選があり、その直前には中越沖地震で柏崎刈羽原発が危機一髪になるということもあった。
そして、安倍晋三の突然の政権放棄。このあたりから、選挙についても関心が向かい出した。

2008年は橋下徹が政界に登場し、大阪が橋下色に染まっていった。彼の言動には、お坊ちゃま議員にはないファシストとしての資質を感じ、大いに危機感を募らせた。
そしてこの年の後半にリーマンショック。時代が大きく変わっていくのを実感した。

2009年冒頭に報じられた西松建設の裏金事件。ああ、これは平成のロッキード事件になると直感した。
案の定、対米自立と政権交代を目指す小沢一郎が狙い撃ちにされ、メディアの大バッシングが始まっていく。
小沢に関しては西松事件はそもそも存在しなかったこと、その後に騒がれた陸山会事件は不動産取引の日付がズレていただけだったこと、が証明されてもなお、メディアはもちろん、同じく政権交代を目指していたはずの革新野党も、さらには民主党内までもが小沢バッシングに猛り立った。

この小沢バッシングこそが、私がリアルに政治に関わろうと思ったキッカケだ。
バッシングの凄まじさが、そのまま政権交代のリアリティであり、小沢一郎の本気度として私の目には映ったからだ。
これほどの、ありとあらゆる勢力からの大弾圧がなく、粛々と政権交代がなされていれば、私もこれまでどおりに政治を論じるだけに留まっていたと思う。

9月の政権交代と、その後の官僚のサボタージュ。鳩山内閣の無策。政治主導が見る間に官僚に食い荒らされていく様。
刻々と進んでいく事態を、つぶさに観察していた。

2010年5月にはついに鳩山が白旗を揚げ、官僚主導の復権、パペット菅直人の消費増税と参院選大敗。
でも、このころはまだ、再政権交代が可能だと思っていたし、今ほど悲壮感は持っていなかった。



12年間ブログを書いてきたなかで、本当の衝撃ははやり 2011年の3.11だ。
津波と地震ももちろんだが、原発が3基も爆発したというあの衝撃は、それまでの私のスタンスをガタガタに揺さぶることになった。
自分の心の健康のために書いていたブログを、人のために役に立てることはできないか と考えてしまった。

あのとき以来、気軽に書く ということができなくなった。記事を更新する数も激減した。
単純に書きたいことを書くのではなく、今必要なこと、他の人が散々書いている以外のこと、ちゃんと資料もあたって、と考え始めると、キーボードに乗せた指が固まってしまった。

その代わり、書き始めると何時間もかけて書くものだから、なおさらのこと更新は減っていった。
脱原発のデモに出かけたり、集会を企画する側に入ったり、小沢グループの集まりに顔を出したり、リアルで動く機会は増えたけれども、書くという作業は苦しくなった。

2012年には 小沢グループの離党、未来の党としての総選挙での大敗北。
このとき、始めて選挙に足をツッコんだ。ウチの会社の近くにあった渡辺義彦さんの事務所に毎日通って、あれこれと手伝いをやった。街宣車の運転手で朝から晩までノロノロ運転というのも体験した。
また、政治市民プロジェクトと銘打って、脱原発などの市民運動に関わる人たちに、選挙に参加する手伝いもやった。

2013年は大敗北の痛手に、私の周囲はうめき続けていた。
夏には参院選があったけれども、ほぼ身動きがとれず、「国民の生活が第一」は一議席もとれなかった。

そんな状況下で、私は一つのミッションを考えていた。
保守と革新、選挙活動と市民運動、それらを近づけたい。
保守は選挙に強いけれども、現役の議員がいないと誰も動かない。
革新の市民運動はパワフルだけれども、選挙の結果に執着しない。
この二つを融合できれば、焼け野原から立ち上がれるきっかけが作れるかもしれない。そう思った。

詳細は省くけれども、2013年から2016年夏くらいまでの私の活動は、そのミッションに沿って動いてきたつもりだ。
その中でも大きかったのは、関西の小沢グループを糾合した生活フォーラム関西の結成に関わったことだろう。
バラバラだった小沢グループの支持者のよりどころができたことと、市民運動の側から小沢グループに対して声をかけてもらうことができるようになった。

そして2016年の参院選では、全国的な野党共闘の動きに応じて大阪でも保革連携はかなり実現し、私のミッションはもう終了かな と感じた。
次のステップとして考えたのが、山本太郎さんを顔にして 改憲の国民投票に備える運動を作るべきじゃないか ということだった。
両院で2/3とられた以上は、改憲の発議は時間の問題。今から準備しなければ。野党共闘であるていど信頼関係を築いた保革の人たちが、共通して顔になれるのは太郎さんをおいていない。関西でのテストケースを進めてみよう。

そんな思いで、参院選終了直後から憲法フェスを準備したのだが・・・・
フェスのメインキャストになった三宅洋平氏と安倍昭恵の関係で、当初の私の目論見はぶっ飛んでしまった。

あれ以来、私は自分のミッションが見えない。
何をやるべきなのか、自分でできることはなんなのか、
方向性が見えず、ウロウロしている。



自由党で頑張ればいいじゃないか と思う人もいるかもしれない。
たしかに、それなりに自由党のお手伝いはしている。

しかし、はっきり言わせてもらえば、やる気の無い政党の手伝いは、激しく精神が消耗する。
党に所属している政治家個々人は錚々たる顔ぶれだ。にもかかわらず、党組織を作ったり、党の支持率を上げることについて、まったくやる気が感じられない。

たった6人の議員とはいえ、小沢一郎と山本太郎という両代表の知名度だけでも、他の党を圧倒するものがあるのに、自由党の政党支持率は限りなくゼロに近い。たぶん、支持率以前に党名の知名度がゼロに近いのだろう。
なぜこんなことになるのか。

簡単だ。
日常活動をしていないからだ。
日常どころか、選挙のときですら、党としてはほとんど何もしていないからだ。

政党の活動については、政党助成金というカネが税金から出ている。議員ひとりあたり約4000万円くらいだ。
いくら小さな自由党でも2億や3億の政党助成金は出ている。
ならば、その1割でも使って全国の日常活動を支えれば、各県に小さな事務所の一つも構え、毎日ボランディアが街宣車を回し、重要選挙区で全戸ポスティングをすることくらいはできるはずだ。

もちろん支援者のカンパは集めなければならない。
しかし、街宣車の用意からガソリン代まで、チラシの印刷から、選挙事務所の家賃まで、一円の支えもなくカンパでやれと言われたら、それは「やる気が無い」としか私には理解できない。



受け皿があれば政権交代はできる。小沢氏はそう言いつづけているし、都議選の結果はそれを裏付けているだろう。
しかし、現実は「受け皿は無い」のである。
「無い」ものをいつまでもクチをあけて待っていても、無いものは無い。

最近わたしは、野党共闘 という言葉を聞くと、ウツになる。
私もウツになるような野党共闘を、有権者におしつけて、本当に選択されるのか?

こんな候補嫌だなあ、と思いながら、でも自公よりはマシだから鼻をつまんで投票しよう というのが、今目の前にある野党共闘だ。
運が良ければ、投票したい候補がいる選挙区もあるだろうが、ほとんどはこういうことになる。

たしかに、理性で考えれば、それでも野党候補を一本化し、我慢してそれに投票するほうが、自公政権が続くよりはずっとマシだ。
それは十分に理解しているけれども、しかし、その気持ち悪い選択肢を選ばされるという現実こそが、投票率が激オチしている原因なんではないか。

こんな選択肢は 受け皿とは言わない。
むしろ、選ばされる有権者のほうが、候補者を受け入れてやる受け皿だ。
有権者に受け皿を強制する選挙で、本当に勝てるのか?



このブログは、私の勝手な心の落書きだ。
なんの責任もないし、誰を動かすわけでもない。

自由党に文句を言ったり、野党共闘に反対したりするのは自粛してきたけれども、考えてみたら私ごときが自粛する意味なんてない。思ったことは書く。役に立とうが立つまいが、それはどうでもいい。

そうは言いながらも、これからも必要に応じて手伝いはしていくだろうけれども、自分の心を無くしてまでやることはない。
自分が面白そうだ、やりたい と思えばやるし、思わなければやらない。

だいたい、思い起こせば我が50数年の人生で、理が勝って判断したことで成功したためしなんてないじゃないか。
理性なんてクソ食らえ だ。

リセットしよう。



2017-08-02(Wed)

なんでボクらの暮らしは楽にならないんだ? を図解してみた

アベノミクスで、なるほど求人倍率は1.5倍を超えた。失業率も2.8%だという。実質賃金も、少しは上がっている。

でも、株価が高騰し、大企業が空前の利益を上げている割には、景気がいいという実感はない。
むしろ、なんだか暮らしはどんどん苦しくなっているような気がする。

なんでこんなことになるのか。
その原因は、「お金を貯め込んで使わないから」だ。
貯めると言っても、われわれ庶民がせっせと貯金するようなケチな話しではない。

巨大なダムは3種類ある。
対外資産
大金持ちの個人資産
企業の内部留保

一度ダムに入った金は、チョロチョロとしか流れてこない。
経済を潤すことなく、税金も庶民と比べてべらぼうに低い税率しかかからない。
ここには書き切れなかったが、タックスヘイブンに逃げ出したものは、税金ゼロである。

そこにどうやってカネが溜まっていくのか。
言葉ではややこしいので、図解してみた。

今日は図を書くだけで手一杯なので、これ以上の解説はまた後日。
ぜひ、じっくりと眺めてみていただきたい。

20170802.jpg


■■お知らせ■■
自由党兵庫県連を準備する会 第2回目準備会

日時:8月20日(日)13:30~16:30(予定)
場所:兵庫勤労市民センター 2F 第1・2会議室
(前回と同じ建物の別室)
JR兵庫駅北向かい(快速が停車します)
   https://www.kobe-kinrou.jp/shisetsu/hyogo/index.html
議題:1.自由党について知ろう。
    2.県連をつくるために必要なこと。
ゲスト:自由党大阪府連代表 渡辺義彦元衆議院議員

■質問を募集します。
自由党について聞きたいことがある方は、前もってこちらにお寄せ下さい。 kashimajuku@hi-net.zaq.ne.jp(加島)
事前に渡辺さんにお伝えしておきます。
勿論当日でも結構です。
■参加確認
予定が分かっている方は、上記のアドレスに参加・不参加のご連絡をお願いします。
前回よりも広い会議室を用意しておりますので、お誘い合わせの上お越し下さい。
当日の急な参加も大丈夫です。



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2017-07-29(Sat)

あらためて「労働組合」を考える

連合のテイタラクを見て、「労組なんて嫌いだ」という人が、私の回りには結構いる。とくに保守リベラルの人に多いように思う。

たしかに、労働貴族とかダラ幹(堕落した幹部)の実態を知っていればいるほど、こんな連中消えてしまえ と思う気持ちはわかる。
とくに昨今の連合は、原発を推進し、過労死法案を後押しし、カジノ推進候補を応援するという、ほぼ自民党応援団になっているのだから、労組なんてクソだと言われてもしかたない。

こうしたダラ幹のおかげで、日本の労働組合加入率は17%にまで落ち込んだ。
社員が1000人以上の大企業はまだしも44%だが、100~1000人は12%、100人未満はなんと0.9%だ。

戦後の推移を見るとこんな感じらしい

20170729-1.png
(独立行政法人労働政策研究・研修機構 より)

このグラフでほぼ横ばいになっている1980年代から昨年までを、民間(規模別)・公務員にわけたものが下の表だ。

20170729-3.png
総務省統計局 企業規模別単位労働組合数及び組合員数 より抜粋)

細かい数字はともかく、激減しているのは公務員と民間の中小零細であり、民間の大企業はむしろ増えている ということがわかる。
ちなみに、中小零細企業には、日本の労働者の7割が働いている。

昔の公務員労組は、例えタテマエでも「日本の労働組合を牽引する」という気概があったが、べつに労働運動しなくてもそこそこ賃上げが保証されているし、滅多にクビにもならない身分に気が付いて、労働組合なんて入る人がいなくなっちゃった ということなのだろう。

中小零細の場合は、会社そのものに体力が無くなってしまったことが大きい。
余裕があるときはストでも団交でもやって賃上げさせられたが、最近の中小零細は、そんなことされたらホントに潰れてしまうところが多いはずだ。消費税を搾り取られ、元請けには値切られ、海外との競争が激化し、高度経済成長の頃の余韻は、まったくない。

データで見ても労働分配率は小さな会社ほど高いので、平均すれば中小企業の社長がケチなわけではない。

20170729-5.png
(内閣府資料より)

さらに、小さな会社で一度消滅した労組を復活させるのは、かなり大変だ。
目立ちすぎてしまって、露骨な嫌がらせだってあるだろう。そこまでして労組に入ろうという人がいないのも理解できる。

世界的に見るとどうだろう。

20170729-2.png
(社会情勢データ図録 より)

やはり、世界的に見てもかなり組織率は低いほうだ。
上位のアイスランドや北欧諸国が、新自由主義の侵略をなんとかしのいで危機を乗り切ってきたことは、非常に特徴的だ。

以上からわかることは、日本の中小企業や公務員は、世界で最低レベルの労組加入率だということ。
公務員はともかく、日本の労働者の7割をしめる中小零細に勤める人たちは、世界でもっとも孤立した人たちなのである。



その結果、どういうことがおきているか。

20161210-1.png



たしかにリーマンショックからの回復基調と、アベノミクスの効果もわずかに出ており、ここ数年は求人倍率は上がっている。
数日前には1.51倍でバブル期超え なんていうニュースも流れていた。

しかし、そのわりには賃金の上昇は微々たるものだ。

20170729-4.jpg

とくに2015年、2016年の実質賃金が急上昇しているのは、アベノミクスのインフレ目標が逆にデフレに戻ったことが原因だ。
物価が下がったので、実質賃金が高くなった。

全産業の合計でこれだから、中小零細はもっと効果は薄い。
過半数の労働者とその家族が中小零細の給料で暮らしているのだから、「なんで人手不足なのに給料上がらないんだ??」と感じているはずだ。

いぜん、こんな記事を書いた。
→ 人手不足なのに給料が上がらない不思議(なぜ世界3位の経済大国が貧乏になるのか 2)

が、その時に書き落としていた重要な要素が、「労働組合」だ。
あまりにも労働者が弱すぎるのだ。

このままでは、完全雇用になっても 賃金は低く抑えられたまま という経済学の常識をぶちこわすような事態になる可能性が高い。
人手不足は、給料を上げずに、過酷な労働だけを強いるものになる。

連合のダラ幹に頼るのではなく、自分たちの命をまもるために、あらためて労働組合ってものを考え直してみる必要がある。
腐った民進党に頼らずに自分たちの政党を作らなくてはならないのと同じ。
それと呼応して、新しい労働組合が必要だ。



■■お知らせ■■
自由党兵庫県連を準備する会 第2回目準備会

日時:8月20日(日)13:30~16:30(予定)
場所:兵庫勤労市民センター 2F 第1・2会議室
(前回と同じ建物の別室)
JR兵庫駅北向かい(快速が停車します)
   https://www.kobe-kinrou.jp/shisetsu/hyogo/index.html
議題:1.自由党について知ろう。
    2.県連をつくるために必要なこと。
ゲスト:自由党大阪府連代表 渡辺義彦元衆議院議員

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2017-07-28(Fri)

山尾しおりの裏切りを見て「野党共闘はやめだ!」と言ってしまうことの愚

加計問題と、防衛省の日報隠ペイ問題で閉会中審査をやったその日に、わざわざその当日に議員総会をやって幹事長辞任のニュースを提供し、まさしく職を賭して安倍と稲田を守ってあげている民進党幹部。

それでも自衛隊からの造反で稲田がニッチもサッチも行かなくなったとみるや、すかさず代表辞任を発表して、またしても稲田辞任のニュースを覆い隠してさしあげる 民進党。

自民党の評判が落ちれば落ちるだけ、自らそれ以下に率先して落ちていく民進党。

仙台市長選で野党共闘が自民党に勝ってしまったのは、民進幹部には「痛手」だった。勝ってはいけない勝負に勝ってしまった。
すかさず、横浜市長選挙では、カジノ推進の現職と、カジノ反対の伊藤候補に分裂し、有力な良識派と思われていた山尾しおり議員をカジの推進の現職の応援に投入し、自公推薦候補の両脇を民進議員がかため、必至の禊ぎを行った。

20170728-1.jpgこの写真はネットで流れまくっているから、目にした人も多いだろう。
「えっ あの山尾さんが・・・」と呆然としている人、「もう民進党は信じない」と絶叫する人、様々である。

しかし、あえて言わせてもらえば、今更こんなことで驚くのか?
2010年5月に辺野古に基地移設を容認し、6月に消費増税方針を打ち出した時点で、民主党は国民の敵に回ったのだ。
その民主党幹部と対決することなく、辺野古移設! 消費増税! を支えてきたのが民主党の議員なのだ。

「いやいや、民進党の中にも 山尾さんとか○○さんとか▽▽さんとか、イイコト言っている人もたくさんいるよ」と思う人もいるだろう。
たしかに、口先ではイイコトを言う議員はたくさんいる。
しかし、国会議員である以上は、一番重い責任は国会の議決に際しての投票行動だ。青(反対)か白(賛成)か。

どんな言い訳をしようと、辺野古推進・消費増税の民主党執行部に頭を垂れ、言われるがままの投票を行ってきたのが、口先だけイイコトを言う民主(民進)の議員たちなのだ。
もちろん、山尾しおりも例外でない。


逆に言うならば、野党共闘なんていうものは、相手がその程度の政治家だと言うことをわかった上で取り組まなければならない、ということだ。
山尾しおりや民進の議員が自公の候補の応援に入り、必死に安倍自民党のイメージダウンを打ち消しているからと言って、そんなことは驚くに当たらない。その程度で野党共闘はできない、というならば、最初からできはしないのだ。

民主党の裏切りを明確に批判し、結果としてほとんどの議員が落選してしまった小沢グループ(自由党)にシンパシーを感じている人は、おそらく私と同じ気持ちなのではないだろうか。
はじめから民進党になにか期待するほうが間違っている。ただ、プラグマチックに票を分散させないために調整が必要だから、野党共闘は重要なのである。勘違いしてはいけない。

小沢グループ(未来の党)が2012年にやってしまった戦術的な間違いは、繰り返してはいけない。いくら明確に批判しても、大部分が討ち死にしてしまうような玉砕戦のような戦い方はしてはいけない。
それが、野党共闘の原点である。

どんなに腐ったリンゴであっても、共倒れになるよりは、そのままにしておいたほうがマシ。
たしかに腐ったリンゴは他のリンゴを腐らせるけれども、その害よりも共倒れで絶滅する害のほうが大きい。
そういう、ギリギリの判断と選択が、野党共闘の意味なのだ。

山尾しおりが、カジノ市長の応援に行ったくらいで、茫然自失してはいけない。
もとからその程度の政治家なんだ とさっさと頭を切り換えて、前に進むことを考えよう。



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2017-07-19(Wed)

「安倍辞めろ」の先にあるもの ~戦争を防ぐための経済政策を考えよう~

いよいよ今度の日曜日(7月23日)に、松尾匡さんの勉強会がある。

生活フォーラム関西としては始めて本格的な経済についての勉強会だ。
「安倍辞めろ」の大合唱はもちろん極大化させなくちゃならないが、であればあるほど、「その後どうすんの?」という国民の疑問にちゃんと答えられなくてはならない。

政治ってのは、いかにして国民がメシを食っていけるか ということだ。
その方向性を示すのが政策であり、その政策を選ぶのが選挙。

戦争だって 「戦争好きですか、嫌いですか」 と聞かれて 「戦争好きです」と選択するわけではない。
「戦争しないと食っていけない」という言葉を信じてしまうから戦争になる。
別の言い方をすれば 「戦争以外の食っていく方法」をガッツリ提示できないから戦争になる

だから、「安倍辞めろ」「政権交代!」を叫ぶ以上は、絶対に「どうやって食っていくのか」を考えて、人々に説明できるようにならなくちゃいけない。
それ抜きに、ただただ政治の腐敗を糾弾すると、それはファシズムにつながる可能性が大きいということを、過去の歴史は教えている。

そういう問題意識で、「この経済政策が民主主義を救う ー安倍政権に勝てる対案ー」を上梓された立命館大学の松尾匡さんのお話しをぜひお聞きしたいと思っていた。
生活フォーラム関西で提案したところ是非やりましょうと言うことになり、事務局に奔走していただいて勉強会が実現する運びとなった。

松尾匡さんが主張されるポイントは三つあると私は理解している。

一つは、アベノミクスの金融緩和は間違いではない。むしろ反緊縮政策であって、欧米では左翼リベラルが主張している方法だ。

二つ、インフレターゲットは正しい。自国通貨と中央銀行があれば円や国債の暴落は起きない。

三つ、アベノミクスは投資先を間違えているうえに、不足している。短期の成長と長期の成長を分離して考えるべし。

これまでのアベノミクス批判に慣れている私たちの耳には、にわかに入ってきにくいところがある。
実際、あるメーリングリストでこの勉強会のお知らせをしたところ、「安倍政権をほめてはいけない」という返信をいただいたりして、ああ道は遠いなあ と感じたこともある。

私とても 松尾さんの言われていることのすべてが「なるほど」と思っているわけではない。
しかし、「反緊縮の経済政策が必要だ」ということを正面から提起する松尾匡さんの基本姿勢は、断然支持したい。

そんなわけで、お時間のある方はぜひ勉強会に来ていただきたい。
質問時間をた~ぷりとっているので、納得できない方は存分に質問をしてもらいたい。

なお、会場準備の都合があるので、ぜひ予約してきていただけると助かります。

安倍自民党政権に打ち克つための、
『私たちの経済政策』勉強会

■日時 : 7月23日(日)13:30~16:30
■場所 : 大阪市立福島区民センター 301会議室
 大阪市福島区吉野3-17-23 TEL:06-6468-1771
 地下鉄/千日前線「野田阪神駅」下車 ・阪神電車/「野田駅」下車
アクセス:https://www.osakacommunity.jp/fukusima/access.html
■講師 : 松尾匡 立命館大学経済学部教授
*現在、京都にて山本太郎氏×ひとびとの経済政策研究会で、
  「全てのひとびとのための経済学講座」(全4回)を開講中。
*リベラル派が今最も傾聴したい、注目の経済学者です。

■参加料 : (生活フォーラム関西会員)500円、 (一般参加)1000円
──────────────────────────────
〈 生活フォーラム関西:連絡先 〉
メール:sforumkansai@yahoo.co.jp
〈 入会申し込み 〉
ブログ:http://seikatu-forum.blog.jp/ 画面右側から
又はhttps://ssl.form-mailer.jp/fms/f8dadd89365979
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※なお、私も以前に関連して記事をシリーズで書いたので、リンクを貼っておくので、お目通しいただけたら幸いである。
とくに、その1で書いた「貿易黒字が日本を貧しくする」という観点は、重要だと思っている。別の松尾さんたちの勉強会で質問したけれども、さらっとあしらわれてしまったので、できたら今度の勉強会でしつこく聞いたみたい。

なぜ世界3位の経済大国がどんどん貧乏になっているのか(その1)

人手不足なのに給料が上がらない不思議(なぜ世界3位の経済大国が貧乏になるのか 2)


「大企業は税金を払っていない」は本当か検証してみた(なぜ世界3位の経済大国が貧乏になるのか 3)

金が天下を回らない件(なぜ世界3位の経済大国が貧乏になるのか 4)

効果の小さい成長戦略(世界3位の経済大国がなぜ貧乏になるのか 5)



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2017-07-12(Wed)

国籍について

ツイッターを見ていたら、蓮舫の戸籍謄本を公開するとかいう話しでほぼタイムラインが埋まっている。
もちろん、「公開するな」「公開はおかしい」という論調がほぼ100%である。

その結論には私も同意するが、ただ、かなり多くの問題がゴッチャに論じられているように感じるので、少しメモしておこうと思う。

まず、どれだけの問題が重なっているのか。

0.国家という枠組みについて
1.国籍というものについての評価
2.二重国籍についての評価
3.国会議員の国籍について
4.戸籍制度そのものについて
5.戸籍を公開することについて

0.国家という枠組みについて

まず、そもそも国家という枠組みを良しとするのか、と言う問題がある。
左派の皆さんは、国家という枠組みを認めない、あるいは仕方なく最小限必要悪と考えている。
だから、国民という言葉にも反発することがある。

私も理想論で言えば、国家なんて無ければいいと思う。
国という枠組み無しで、数十億人が幸せに生きて行ければ、それでいい。
しかし、それってどんだけ先の話なのか。見当もつかない。

必要悪かもしれないが、当面は必要なものとして受容するしかないんじゃないだろうか。
だって、左派の大好きな憲法だって 「日本国憲法」なんだし。
とりあえず受け入れた上で、あとはちょっとでもマシなものにするしかない と思うのだが。

1.国籍というものについての評価

国家という支配の枠組みに、人民が帰属する制度が国籍だ。
どの国家の支配下に入っています、ということを明確にするわけだ。

これまた心情的には、帰属なんてしたくない、という思いはわかる。
しかし、じゃあ民主主義って何だ。
民主主義は空からふってきた夢物語じゃない。市民革命をとおして、国家権力とその支配下の国民のバランスを保つために血を流して生み出された知恵だ。

国王の所有物だった臣民が、国民になったとき民主主義が生まれたのだ。
所有物から帰属になるために、何百年もかけて人々は戦ったのである。

帰属させられているのではなく、国家をコントロールするため、暴走させないために、国家に帰属している というのが民主主義の本質だ。
だから、民主主義を高らかに掲げる左派の諸氏が国家への帰属を否定するのは、自己矛盾なのである。

もちろん、どの国家に帰属したいか、は自分で決めたらいいことだと思う。
生まれたときは日本人でも、自分で○○国に帰属するんだ と選択することは何の問題もない。
その逆もしかり。
それをとやかく言うのは、あきらかに差別である。

なお、非現実的ではあるが、そもそも国家なんて認めないというアナーキズムや世界同時革命を目指しているのであれば、国籍を否定するのは筋は通っている。

2.二重国籍についての評価

民主主義の理念からすれば、国籍とは「自分はどの国に責任を持つのか」ということだから、複数の国に責任を持つということは無理があるようには思える。
しかし、それが理念に背くかと言えば、そうは言えないだろう。本当に、ダブルで責任をとれるのであれば、それは本人の自由なのではないか。

無国籍という人もかなり多いと聞く。
ロシア革命から逃げてきてソ連を拒否した人たちや、中国革命のときにどちらも選択しなかった人など。
野球のスタルヒンとかお菓子のゴンチャロフやモロゾフなど、有名人もいる。
いろいろと不便は多いようだが、どうしても国籍がいやならばそういう選択もある。

二重国籍や無国籍という問題は、多くの場合本人の選択ではなく親の代までの経緯で決まっている。
過去の経緯の中で、特段の注意を払う必要があるのは、日本の侵略戦争による影響だ。日本にいる韓国・朝鮮人、中国人のなかのどのくらいの割合が戦争の影響による移住だったのかは私は知らないが、強制や経済的な事情など、直接間接に戦争が原因の移住はかなりの数になるだろうということは想像できる。

この人たちとその子孫についての国籍については、複雑にしてしまった責任は第一義的には日本国にあるから、他の事情での二重国籍などと同列には論じられない ということは書いておきたい。

ただし、蓮舫については中華民国と日本の国籍が問題になっているが、台湾の貿易商の父と資生堂にお勤めの母との間に生まれたとのことで、時代的にも戦争とは直接は関係ない事情のようだ。

3.国会議員の国籍について

国会議員は、自ら進んで国家運営のプロに立候補し、選ばれた人間だ。
民主主義によって国家に帰属している人たちの、その意思を背負って立っている(はずの)人たちだ。

このプロである国会議員が、二重国籍でいいのか という話になると、私は「よろしくない」と考えている。
こういうと、トランプ論を書いたときのように、またしても「レイシストになりやがった」という罵詈雑言が飛んできそうだが、ここまでの論旨をちゃんと読んでくれている人は、その意図を理解いただけるだろう。

他人の言葉をちゃんと読み聞きせずに、言葉尻だけで罵倒するのはレイシストと同じような思考回路ではないのか と少しばかりイヤミを言いながら、それでもやはり、「国会議員は帰属する国家をひとつだけ選択すべし」と繰り返しておく。

まして、総理大臣は権力の頂点である。三権分立とは言え、内閣総理大臣が圧倒的に権力を握っていることは、安倍晋三の独裁でなくとも原理的に明らかである。
国家にたいして激しく大きな権限を付託された総理大臣が、他国にも同等に責任を持ちうる というのは どう考えても納得できない。

左派の皆さんは民族差別的な観点ばかり考えているが、アメリカに帰属する日本の総理大臣 という可能性だって十分にあるということだ。今でもあまりかわらないと言えばそれまでだが、もっと露骨な事態が起きうるということだ。
たとえば、FRB議長が日銀副総裁に就任する何て言うのはどうだ?
リベラル諸氏が大好きなオバマは、イスラエル銀行総裁をFRB副議長に据えたのだから、そういう事態だって想定内と言うことだ。

日本の総理が従米やりまくった挙げ句に、アメリカで副大統領になるとか、そういう事態を想像しないのは平和ボケではないのか。

4.戸籍制度そのものについて

国籍の問題と、戸籍制度の問題は 分けて考えなければならない。
国籍はどの国にもあるが、戸籍は実質日本にしかない。
日本と韓国だけと言われていたが、韓国は2007年末に廃止された。

戸籍は個人単位の登録ではなく、家単位であることが特異な点だ。
グローバルだ国際基準だとさんざん騒いでいるが、戸籍などと言う世にも珍しいものを残存させている日本の制度そのものを問うべきなのではないか。

家族は国家となんの契約関係もなく なんの責任もない。つまり、家族として国家に帰属するいわれは何もない。
家族は個人の自由意志で取り結ぶ関係であり、国家にとやかく言われることはないのだから、戸籍制度などで国に家族を登録するのは間違っている。

繰り返すが、個人は国家に責任をもつ故に帰属する。そのかぎりにおいて国民として登録される。
その必要が無いのに、いたずらに家族関係を国家に登録するのは、あきらかに管理であり監視である。さらにその範囲を超絶に逸脱して、登録ではなくガチガチに情報管理するのがマイナンバー制度ということだ。

5.戸籍を公開することについて

したがって、蓮舫だろうと安倍晋三だろうと、戸籍など開示する必要はない。
蓮舫は国会議員であり、野党第一党の党首として将来的に総理大臣を目指すべき立場にいるのだから、二重国籍ではないということは明確にすべきだが、それは戸籍開示という手段である必要はない。
というか、そういう手段はとるべきではない。

もし蓮舫が戸籍開示をしなければならないのであれば、安倍晋三を始め現職の閣僚は全員オープンにする必要があるということになる。
安倍晋三が、「私は二重国籍ではない」と言って済むのであれば、蓮舫も国会などの公の場で「二重国籍ではない」ということを証言すればそれで足りる話しだ。

もっとも、先ほど書いたような日本を植民地支配するための意図的な二重国籍総理が誕生することを防ぐためには、国会議員のプライバシーを守りつつ国籍を証明する方法を考える必要はあるだろう。

以上、問題を切り分けながら、私の考えを書いてみた。


■■ お知らせ ■■

安倍自民党政権に打ち克つための、
『私たちの経済政策』勉強会

■日時 : 7月23日(日)13:30~16:30
■場所 : 大阪市立福島区民センター 301会議室
 大阪市福島区吉野3-17-23 TEL:06-6468-1771
 地下鉄/千日前線「野田阪神駅」下車 ・阪神電車/「野田駅」下車
アクセス:https://www.osakacommunity.jp/fukusima/access.html
■講師 : 松尾匡 立命館大学経済学部教授
*現在、京都にて山本太郎氏×ひとびとの経済政策研究会で、
  「全てのひとびとのための経済学講座」(全4回)を開講中。
*リベラル派が今最も傾聴したい、注目の経済学者です。

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2017-07-06(Thu)

政治はカネだ

カネのかからない選挙とか、クリーンな政治とか、理想を言うのは簡単だ。しかし、青島幸男のような超有名人以外で、本当にカネをかけずに当選できた人がどれだけいるのか。無名の個人が「よし、国会議員になってこの国をちょっとはマシにしてやろう!」思い立って仲間を集め、カンパを募って用意できるのはせいぜい100万円というところだろう。それになけなしの貯金を合わせても、衆議院の供託金300万に届くかどうかだ。

なんとか供託金を払っても、最低でも半年くらいは事務所を借りて選挙期間に入るまでに何万枚かはチラシを配布して、街宣車も用意して、トラメガやらノボリやらあれこれそろえていけば、すぐに数百万はとんでいく。
しかも、無名の新人が半年ばかりの活動でまずは当選しない。先日の都議選の何とかファーストのような風が吹いているときは別として、普通はせめて2年くらいは地元に張り付いて活動しなくては名前すら憶えてもらえない。そうなれば、少なくとも1千万くらいは用意する必要がある。

「あれ、選挙は公費負担してくれるんじゃないの」と思う方もいるかもしれないが、それはあくまで公示(告示)日からあとのこと。ほんの10日かそこらの活動にすぎない。まして、惨敗すると供託金も没収でこれらの公費負担も出してくれない。たとえば衆院の小選挙区ならば投票数の10%以下だとアウトだ。投票率によるけど、だいたい1.5~2万票くらい。大政党の公認でなければ、かなり地元活動していないとこの規定得票以下という憂き目をみることになる。
こんなことにならないためには、地元での政治活動に専念する必要がある。サラリーマンをやりながら、早朝深夜と日曜だけでやりくりするのは限界がある。様々な市民運動をやっている人ならば実感としておわかりかと思う。主婦業や実家の家業の手伝いなどで時間をやりくりできる人はいいけれども、一般人にはなかなかハードルが高い。やはり本気で国会議員を目指すならば、最低限の生活費も活動費のうちだと思っておかなければならない。
あれやこれやを合わせると、最低限で議員一人つくるのに2000万円は必要だ。もちろん候補者の人柄、頑張り、説明力、戦略、優秀なスタッフ、熱心なボランティアなどなど様々な条件がベストに近い状態でそろったとしてのことだけれども、いくらこれらの条件がそろっていても、最低2000万円はそろえておかないと、宝の持ち腐れということになる。

さて、どうにかこうにか1人の心ある議員を作れたとしよう。一人でどれだけのことができるか。山本太郎さんが獅子奮迅の活躍をしてるけれども、その限界を誰よりも感じているのは太郎さん本人だろう。自由党と社民党を併せても国会議員はわずか10人。国会の運営にすら口を挟むことができず、民進のヘタレ国会対策に歯がみするしかない。
このストレスフルな状態から脱出するためには、まずは100人、次は400人(つまり衆参で過半数)を目指すしか無い。
100人通すには少なくとも200人は立てる必要があるので、2千万円x200=40億円 が必要だ。桁を間違えないように。40億円 である。
そして400人通るときは風が吹いているので候補は500人とすると 100億円 ということになる。 ほんの 100億円 である。

くどいようだが、これは最低限の金額である。熱心な無償のボランティアが大量かつ継続的に手伝いに行くとか、ネットや口コミでカネをかけない広報を編み出すとか、倹約と努力を尽くすことが前提だ。
それでも、およそ4年で100億のカネを集めなければ、政権交代はできないのである。
無邪気に政権交代を叫ぶのはいいけれども、この現実を他人事と思っているウチは、政権交代も「他人のもの」であって、自分たちで成し遂げたものでは無いから、またまた民主党の裏切りのようなことを繰り返すに違いない。

4年で100億というと気が遠くなるけれど、今度はかけ算では無く割り算をやってみよう。
まず1年あたりにすると 100億÷4=25億。
これを年会費1万円で集めるためには 25億円÷1万円=25万人。
たしか、戦争法で国会前に最大20万人が集まったのではなかったか。東京周辺だけでもそれだけの人が動いたのだから、居ても立ってもいられないという思いになっていた人が全国で25万人以下だったと言うことはあり得ない。
足りないのは絶対的な人数ではなく、本気で政権交代を目指す党であり、そのためにカネを出してくれという呼びかけであり、リアルな集金なのである。

25万人が年に1万円を払うならば、そのうち3万人くらいはボランティアで動いてくれるだろう。単純に300小選挙区で割れば、100人。
週に数時間でも動いてくれる人が、各小選挙区に100人。それが2年以上継続して活動できれば、そういう候補がどの選挙区でもガンガン活動しているのがわかれば、そして政策が自民党よりずっとまともであれば、マスコミが風を吹かさなくても勝てる。

100億円集める組織を作る。
それは、ものすごい遠い道のように見えるけれども、実は「やる気」だけの問題なのである。絶対に動かないヘタレ民進党に「がんばれ」とか「ちゃんとしろ」とか言い続けて時間を浪費しているウチにすでに地獄の安倍時代は5年になろうとしている。この5年間の無為無策を反省し、民進党への無駄な期待をきっぱりと断ち切り、新たな道に進むべきだ。

素人がやることだから、いろいろな失敗もあるだろう。中にはせっかくの資金を使い込むような不届き者も紛れ込むかもしれない。そこまでひどくなくても、やたらと偉そうにする人間、自説を開陳することに夢中になる人間、努力を評価されないとひねくれる人間、もう様々な人間模倣が織りなされることだろう。
それでも、そういう生のイヤらしい人間の集まりが、民主主義なのではないか。キレイゴトの美しい民主主義なんて教科書の中にしかありはしない。現実は、そいういうギクシャクした人間関係の向こう側にしか存在しない。

共産党とは棲み分け、協力、協定をきちんと取り決めて、民進&連合は自壊を促し、これからいよいよ「安倍化」していく自民党に見切りをつける自民党員までを糾合する、理想的ではないけれど、「かなりまともな党」を作らなければならない。

そのためには、カネがいる。
自分たちのカネで育てた党と議員を国会に送り込んだとき、初めて政権交代が実現する。
政治はカネだ。

■■ お知らせ ■■

安倍自民党政権に打ち克つための、
『私たちの経済政策』勉強会

■日時 : 7月23日(日)13:30~16:30
■場所 : 大阪市立福島区民センター 301会議室
 大阪市福島区吉野3-17-23 TEL:06-6468-1771
 地下鉄/千日前線「野田阪神駅」下車 ・阪神電車/「野田駅」下車
アクセス:https://www.osakacommunity.jp/fukusima/access.html
■講師 : 松尾匡 立命館大学経済学部教授
*現在、京都にて山本太郎氏×ひとびとの経済政策研究会で、
  「全てのひとびとのための経済学講座」(全4回)を開講中。
*リベラル派が今最も傾聴したい、注目の経済学者です。

■参加料 : (生活フォーラム関西会員)500円、 (一般参加)1000円
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2017-07-03(Mon)

それでも安倍晋三は辞めない

東京都議選での自民党の大敗は、もはやここに書くまでもない。
ここでは、国政への影響に絞って考えてみたい。
国政への影響を見るには、得票数で見ておく必要がある。

20170703-1.jpg

見ての通り、自民党はたしかに激減しているが、議席数ほどには票は減らしていない。
また、トミファは躍進はしているが追加公認含めて55であり、改選前の自民におよばない。そもそも、単独過半数とるだけの候補を出していない。

つまり、自民は複数区に2人出して共倒れしたことが、極端な議席減の主要因である。
はじめから2~3番手狙いであれば、得票数に応じた議席数はとれていたはずだ。
その戦略で手堅く勝ち上がったのが、公明と共産である。

つまり、自民党は第一党から陥落したという意味では大敗北だが、国政への影響という意味では見た目ほどの打撃を受けていないということだ。



6年前の橋下フィーバーを経験している我々大阪人は、まるで同じ構図の今回の小池フィーバーを冷ややかに見ていた。
今後、何らかの形で小池百合子とトミファが国政にかんでくることは間違いない。

大阪維新とは何だったのかと言えば、民主党の裏切りに絶望した民主支持者を総ざらえするための仕掛け だった。
民主党を二度と復活させないために、息の根を止めるというのが、大阪維新に与えられた役割だった。
大阪維新のターゲットはあくまでも「民主票を奪う」ことなのである。

小池トミファはどうか。
そもそも野党がほとんど存在していないという状況の違いはあるが、トミファの使命は、流出した自民票をすくい上げて流出を防ぐ ということだ。
2009年の政権交代は、自民票がどっと民主に流れた。そのような事態を起こさないように、安倍政権にうんざりしている自民票を逃がさないための仕掛けなのである。

ただし、トミファの使命に関わらず、今回自民から票が逃げたのは間違いない。
前回2013年の自民党の得票が1、633、304票なので、23%ほど減らしている。
原因は多数あるとしても、投票率が7%上がっている中でこれだけ票を減らしたのだから、安倍政権に対する批判は自民党支持層の中にもかなりある ということだ。

※追記
ここまで書いてきたことと矛盾する部分もあるが、こんな事実もある。
公明党が候補を立てていない選挙区が19ある。ここの創価学会票は前回は自民党にいっていたわけで、単純計算すると60万票くらいか。とすると、何のことはない、自民が減らした票はほとんど創価学会票だと言うことになる。
自民候補の苦戦は全選挙区にわたっているので、ここまで単純な計算にはならないが、自民党支持層の中の安倍政権への批判票と、創価学会票が離れたことの合算とみるべきだろう。
下に書いた、世論調査についても、同様の傾向があるのだろう。



議席数ほどではないけれども、やはり1/4程度は支持を減らしている。これは世論調査の内閣支持率ともほぼ合致する。


では、この状況に対して、自民党はどの程度ショックを受けているのか。

都連会長の下村博文は、涙目で「会長辞めます」と言っていた。
かなりのショックを受けているように見えるが、本音は「加計のヤミ献金がバレた。ヤバい。どうしよう」で頭がいっぱいなのかもしれない。都議選の敗北のショックを言い訳にして、表舞台から消えたいのだろう。ひょっとすると入院するかもしれない。

肝心の安倍晋三はどうか。
映像で見る限り、まったく平常である。
2日の投票が締め切られる前に麻生たちと高級フランス料理を楽しんで出てきたときも、マスコミにむかってご機嫌に手を振っていた。
今朝のぶら下がりでも、とても沈痛な面持ちとはほど遠い、フツウの対応をしている。

「23」という数字だけをみると、これで安倍が責任をとって辞めるんじゃないかとか、安倍おろしが吹き荒れるのではないかと希望的観測をもつ人が多いかもしれないが、そこまで甘くはない。
安倍政権の打撃は、25%マイナス程度であり、前にも書いた通り安倍晋三は、改憲とオリンピックをやるまで辞めない。



ただし、今回の都議選でわかったことは、国民は 「マシな自民党」を求めているらしい ということだ。
ここでいう「自民党」の意味は、政策を実行するリアリティがある政党 ということだ。

一定数の野党らしい野党を求める票は確実にあるけれども、それはかならず一定数に過ぎない。
自民党と同じくらい政策実行できそうで、しかも自民党よりちょっとマシ というのが政党の「求められる像」なのである。

トミファに対して「自民党小池派」だという批判があったが、おそらく、「自民党小池派」であったことがトミファの勝因だ。

だから野党なんて要らない という意味ではない。
しかし、「政権をとるためにはどうしたらいいのか」、「自民党を引きずり下ろすためにはどうすれいいのか」 と真剣に考えるのであれば、目の前の現実を無視するわけにはいかない。

そんな意味で、こうした学習をしておく必要があると思う。

安倍自民党政権に打ち克つための、
『私たちの経済政策』勉強会

■日時 : 7月23日(日)13:30~16:30
■場所 : 大阪市立福島区民センター 301会議室
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 地下鉄/千日前線「野田阪神駅」下車 ・阪神電車/「野田駅」下車
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「こうやって みんなで稼いでご飯を食べよう」ということが明言できなければ、政権をとる なんて言う資格はないはずだ。
松尾氏の提案がすべて正しいとは思わないけれども、安倍政権批判ばかりではなく、「あるべき姿」をリアルに描くために、我々も頭を使わなくてはならない。

是非ともご参加を。




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2017-06-28(Wed)

自衛隊を私物化した稲田朋美を育てたのは異常な安倍官邸

選挙の応援演説で、防衛大臣が 「自衛隊として 自民党候補を お願いします」 と言ったわけで、安倍内閣でなければ即刻総辞職ものである。

もちろん、安倍内閣は総辞職なんてしない。どころか、稲田防衛大臣の罷免すらしない。
なぜなら、安倍内閣はすでに死んでいる ゾンビだからだ。ゾンビは二度死なない。
理屈の上では死んでいるが、「俺は辞めない」と強く強くスピリチュアルに思い込んでいるために、ゾンビとして生き続けている。
政府の生命は生物学的な生命ではないから、選挙で政権交代するか、クーデターか革命で転覆するか、自民党総裁選で負けるか、本人が辞めると言わないかぎり、命が尽きることはないのだ。

そうなると、来年の9月までは、何が何でも、絶対に安倍政権は続くと言うことになる。
どんなにボロボロになろうが、支持率が一桁になろうが、安倍晋三は異常な宗教的な信念で首相を続けるだろう。

そして、来年の9月の総裁選を乗り切るために、拙速改憲案をうちだしてきた。
今年から来年にかけて、加計問題を誤魔化しきり、党内で「改憲までは」という既成事実をつくるための、私的な権力維持の道具として拙速改憲案を出してきたのである。



この改憲案に限らず、安倍官邸は、安倍晋三の個人的な権力維持のための実力組織と化している。
内閣情報調査室を核として、ブラックな手段で安倍晋三の独裁をゴリ押しする。

20170628-2.jpg その姿をつぶさに見て、学びながら安倍内閣の防衛大臣となったのが、稲田朋美だ。
もともと安倍晋三とは、非常に近いキャラクターであり、自分も将来あのようにやろうと心に決めていたに違いない。
そのような稲田が、自衛隊という軍事組織の指揮官となったのだから、「私の自衛隊」という妄想を抱いたとしても不思議はない。

稲田朋美は弁護士である。
法律自体は知っている。自衛隊員の政治活動を禁じる自衛隊法61条も当然よくよく知っている。
にもかかわらず、なぜ平然と「自衛隊として(自民党候補を)お願いします」 などと口にしたのだろう。
それは、「私の自衛隊」という妄想と誘惑を捨てきることができなかったからだ。

稲田発言の一番の問題点は 「として」 である。
「自衛隊のみなさんにお願い」 であれば、自衛隊員も投票だけは禁止されていないので、ギリギリセーフと言えたかもしれない。
(それも大臣の立場を利用して部下に強要しているわけで、大いに問題だが)
しかし「自衛隊として」 というのは、 「自衛隊を代表して」 「自衛隊の全隊員がそろって」 自民党候補をお願いする という意味だ。全国の自衛隊員は、自分の知らないうちに大臣によって自衛隊法61条違反の状態にされてしまったのだ。

その問題を理屈ではわかりながら、「自分=自衛隊」という、権力を私する欲望に勝てなかったのである。

文科大臣が、「全国の教職員を代表して 自民党候補をお願いします」 と言うのと、理屈はおなじことだが、自衛隊の場合は、さらに問題が大きい。
なぜなら、自衛隊は軍事力だからだ。軍事力を、特定の政治家や政党のものにすることを、なんと呼ぶか。
平和ボケした日本人はぴんとこないかもしれないが、世界は 「クーデターの準備」とみるはずだ。

クーデータとは、つまるところ軍隊を誰が掌握するか、という問題だ。
ある特定の勢力によって軍隊が動かされるようになると、クーデターは目前である。
稲田朋美は、安倍官邸よりもさらに強力な、自衛隊を実力組織とした独裁体制を夢見ていたのだろう。
だから、自分の発言を 「自衛隊として」と言ってしまう誘惑に勝てなかったのである。


20170628-1.jpgさすがのマスコミや、自民党内の反主流派も、安倍官邸の異常な独裁体制と、それをささえるスピリチュアルな世界の異様さを感じ始めている。
自民党内ですら まったく言葉が通じない。共通の常識が通じない。
まさに、ホラー映画を見ているような恐怖感を感じているはずだ。

何年も前からその恐怖を感じてきた私に言わせれば、「遅すぎるんじゃ あほー」 てことだが、2012年からの5年間でその異常さは急速に増していることもたしかだ。
そして、6月19日のあの会見という名の独演会で、その姿はあらわになった。

今から数年間は、このバケモノと化した安倍晋三は、批判と呪詛の声を喰らい、養分として貯め込みながら悪事のかぎりをつくすことだろう。
これまでの安倍政権は、アメとムチだった。アベノミクスで(見せかけだけは)アメを、その裏で戦争と弾圧の体制を着実に作り上げてきた。
しかしこれからは違う。もはや、最凶悪なレームダックとなった安倍政権は、後のことなど考えずにやりたいようにやる。

それは、わかりやすいという意味でもある。
ただただ、バケモノを怖がるのではなく、その正体が明らかになったことを、むしろ歓迎する。

これから私たちが絶対にやらなければならないことは、ただひとつ。
このバケモノに 取って代わるものを この世に登場させること。

安倍政権への恨みの声を拾い集め、「なんとかしてくれ」という期待を受け取る勢力を登場させられないとき、絶望の洪水は悲劇的なファシズムへと突入する可能性が高い。
国民の信用を根底から失った民進党を解体し、新たな野党の形を作り出すことが焦眉の急である。

数の寄せ集めではない。
国民の呪詛と期待を、しっかりと受け止められること。その根性があること。
そのハードルを越えた勢力が一定の数集まることができるかどうか だ。




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2017-06-24(Sat)

カケを隠すためにカイケンを振り回す安倍晋三

ここ数ヶ月の安倍晋三の挙動を見ていても、加計学園はホンマにやばい案件なのだということがわかる。

ヤバいというのは、今時の「ヤバい」ではない。
古来、江戸時代より使われて、出川哲朗によって受け継がれているあの「ヤバい」である。つまり、悪いことが起きそうな事態 という意味である。

誰にとって悪いことがおきそうなのかというと、もちろん安倍晋三にとってでもあるのだが、同時に国民にとっても極悪の時代他おきそうなヤバい案件なのである。
なぜか。

安倍晋三にとって加計問題がヤバいと言うことは、今さらここで繰り返すまでもない。
普通の、というか、1mmくらいは常識の残っている政権だったら、とっくの昔に3回くらい総辞職しているはずのヤバさ加減だし、政権が変われば塀の向こうに住まいしてもらうくらいのヤバさである。

行政をゆがめて自分の腹心の友に100億を超える公有財産と、特権的な認可を与えてしまったのだから、少なくとも背任罪、全部バレれば収賄罪までいくかも知れない。
しかし安倍晋三にとって幸運なのは、安倍政権とそれをとりまく司法にも立法にも、1mmの常識は残っていなかった。
というか、安倍官邸による常識一掃作戦が完遂された後に、森友&加計問題が暴露された。

だから、司法、立法、行政 というこの国の権力からは安倍晋三は一切攻撃される心配はない。
大阪地検特捜部も、近畿財務局には一切手を触れることなく、籠池だけを集中攻撃しているし、加計問題に至っては司法はノータッチである。
行政は官邸が完全ににらみをきかせ、文科省のように情報が漏れ出た場合は、機密漏洩として恫喝する。財務省などはなにも「指導」しなくても、パソコンをすべて入れ替えてまで隠蔽してくれる。
立法の国会ももちろん3/4近くを与党と偽野党で占め、さらには民進とも裏で握って大過なく閉会できるようにとりはからった。

その意味では、安倍晋三にとってモリでもカケでももってこい、てことなのかも知れないが、残念ながらまだ日本には選挙という制度が残っている。安倍路線の最後の仕上げは、緊急事態条項で選挙を停止してしまうことなのだろうが、まだしばらくはそこまでは至らない。
そこで問題になるのが、世間の評判、支持率である。

森友学園は、学校ごと葬ったし、籠池氏も獄中に閉じ込めておくからなんとかなるかもしれないが、加計学園は来年こそ開校だし、前川元事務次官もそう簡単に黙らせることはできそうにない。
それにくわえて、詩織さんが告発したアベ友=山口敬之の強姦行為を、安倍官邸ぐるみで隠蔽したことが、国内では情報統制したのに海外で広まり始めている。

なにかマズいことがおきると、口当たりのいい政策をやって見せてごまかす、というのは世間一般の普通の悪人のやることだ。
しかし、安倍晋三はそんな普通の悪人ではない。
なにかマズいことがおきると、もっと凄まじくマズいことをやらかしてごまかす、というのが安倍流だ。

森友が発覚すれば、共謀罪を持ち出す。
担当大臣にはわざわざ金田という最低のキャラクターを据えて、野党のターゲットにさせる。
野党もまんまとその作戦にのせられて、森友よりも共謀罪に引きずられていく。

そこに加計学園が加わると、より危機感をつのらせた安倍官邸はより強烈な悪事を考えた。
そうだ、法務委員会を吹っ飛ばして、中間省略で本会の超弩級強行採決だ!
こんだけ悪いことすれば、野党も加計学園をおいといて強行採決反対と騒いでくれるだろう。

ただし、国会の会期は迫っているし、野党が本気で時間稼ぎをしたら、共謀罪が通らなくなるかも知れない。
いやいや大丈夫。民進党は「はんた~い」のポーズはとるけど、最後は法案通るようにしますから、と約束してるし。
不信任案もちょこっと出すだけで、最後まで徹底抗戦なんてしないって、NさんやYさんとは話ついているので大丈夫です。
という官邸スタッフの言葉を信じ、安倍晋三は自らの罪を誤魔化すためだけに、世紀の悪法たる共謀罪を通してしまったのだ。

ところが、加計と森友の事件は、あまりにも安倍夫妻の関与があからさまであり、「ずっこい」「きったねえ」という素朴な国民感情をかき立てずにおかない。
せっかく無理くり国会を閉会したのに、このままだと支持率は回復どころか下がり続けるかも知れない。
万が一、東京都議選で大負けしたら、さすがの官邸独裁体制も安倍晋三を切り捨てるかも知れない。



優秀な安倍官邸は、5月にはすでに逃げ道を考えていた。
「カケをかくすためには そうだ カイケンだ!」

自分と自分の友人の悪事を隠すという、きわめて個人的なご都合のために、なんと!ぬああんと! 日本国の憲法かえちゃお というのだ。
いくら改憲主義者でも、このあまりにもかる~~~い、あまりにもご都合主義の改憲には、ビックらこいて腰を抜かすのかと思ったら、意外や意外、自民党憲法改正推進本部は安倍様のご意向ならご都合改憲でも何でも結構でございます、と平身低頭している。

日経新聞の記事が削除されているようなので、キャッシュをコピーしておく

自民憲法族「改正には妥協が必要」 与野党協調に岐路
急展開の改憲論議
2017/6/14 日本経済新聞


 5月12日、自民党憲法改正推進本部のインナー会合。首相補佐官の柴山昌彦(51)の発言に室内は静まり返った。「憲法改正論議は高村さんと北側さんのパイプを生かすべきだ。これは首相官邸の意向です」。視線の先には、これまで党内の改憲論議を主導してきた本部長の保岡興治(78)、本部長代行の船田元(63)らの姿があった。
(引用以上)

まったく加計学園問題と同じ構図だ。
官邸が「首相のご意向」をふりかざして、議論をねじ曲げる。
これまでの議論をすべてねじ曲げられたほうは、「首相のご意向」のご威光に膝を屈し、ひれ伏してしまう。

そしてすかさず、「おしりを切って」きた。
これまた加計とおんなじだ。

自民、改憲案を今秋提出 臨時国会に前倒し
2017.6.25 中日新聞


20170621-1.jpg
(引用以上)

ちなみに、これまで自民党の改憲を引っ張ってきた船田元が、森友学園問題で安倍様に反抗的な発言をしたので、おもいっっっきり顔に泥を塗りたくってやろうという憎悪も感じるこの安倍改憲案のごり押しは、とうぜんながら自民党改憲草案とはまったく別物だ。
別物だから自民党草案よりはマシに見えるけれども、核心の部分で草案の精神を受け継いでいる。

9条3項に自衛隊を明記するということばかり注目されているが、本当の目玉は「緊急事態条項」をすべり込ませ、国政選挙を実質的に無期限延期することができるようにする ってことだ。

つまり、加計問題で安倍晋三が唯一心配しなくてはならなかった、世間の声や支持率を、気にしなくてもよくなるのである。
来年の夏以降に、憲法改正の国民投票。これは公選法の規制がないから、自民党はアホほどカネを使って全国のテレビもラジオも新聞もネットも街頭も埋め尽くすことができる。
衆院解散総選挙を同日投票にすれば、国民投票のうるとら金満選挙の勢いでなんとか過半数を失うことはない。そして、2019年には都合よくテロ事件がおきるか、都合よくミサイルが飛んできて、「緊急事態」宣言。
もはや、半永久的な安倍政権の完成である。

ここまでくれば、もうモリとかカケとか言うやつは、片っ端から密告して、あるいは、密告があったことにして共謀罪で逮捕しまくる。
たとえ有罪にはできなくとも、普通のサラリーマンや主婦にとって、逮捕される≒人生終わる ということだ。
安倍様は、やっと枕を高くして眠れるというものだ。

今、日本の支配層としての自民党にどれだけ改憲の必要性があるのかというと、実はほとんどない。

【報道特集】田原総一郎の暴露話「憲法改正の必要がなくなった」が波紋【2017年5月13日】

TBS報道特集: 田原総一朗氏が去年の秋に安倍首相から「大きな声じゃ言えないんだけど、憲法改正をする必要がなくなったんです、、集団的自衛権の行使を認めたらアメリカは何も言ってこなくなった。多分アメリカは満足してるんだと思う」との打ち明け話
(引用以上)

じゃあなんで、こんなに急いで改憲すんの? て話だ。
歴史に名を残す? いやいや 少し後になったら「なんでこんなお粗末な改憲したんだ」という酷評は、右からも左からもでることは間違いない。
右からの意見としては、石破茂の論がまっとうだ。それは、腹の中では自民党議員の(何か考える能力のある)議員は全員思っているだろう。安倍晋三自身も、たぶん自覚はしている。
だから、歴史に汚名を残すことはあっても、良い意味での名を残すことにはならないということは、少なくとも官邸の頭の良いスタッフは皆わかっている。

それでも、どうしても今、カイケンをやらなければならないのは、カケを隠したいからだ。

何というか、万引きを誤魔化すためにその店に放火して全焼させてしまうような、殺人を誤魔化すために原爆落として10万人殺してしまうような、とてつもないバランスの欠如が、私たちの判断力を鈍らせているが、安倍晋三とそのスタッフどもは、本気でそれをやろうとしてる。
「いくらなんでも、それはないだろう」なんて安倍官邸の常識を 信じるものは救われない。



あべ改憲のその本質を見抜くことが、決定的に大事だ。
本質をわからずに、パブロフ犬的に 「改憲はんた~~い。9条守れ~~」 とやってしまうと、まさに安倍様の思うつぼだ。

改憲をふりまわしてまで安倍晋三が逃げ切りたいのは何なのか。
それは、腹心のともに便宜を図り(おそらくは見返りをえている)加計学園問題である。
他の方法では逃げ切れないと思ったから、ついに最後のカードとも言うべき「改憲」を切ってきたのである。
そのカードに誤魔化されず、あくまでも加計を追及し、国民に問い、自民党議員の地元を徹底的に揺さぶれば、安倍内閣は瓦解させることはできなくはない。

民進党が安倍と握っているから、瓦解させるのはかなり苦しいけれども、世論が大きく傾けば、民進も安倍を見捨てるかも知れない。裏切り者は、また裏切るからだ。

その可能性にかけることでしか、安倍カイケンを止めることができない。
戦略は「改憲阻止」ではなく、 「安倍独裁阻止」であり、そのための「加計・森友徹底追及」でなくてはならない。

将を射るにはまず馬を射よ にもつながるけれども、戦略を間違えてはいけない。

護憲派諸氏の、改憲という言葉を聞いただけで、他の一切を忘れてそこに突進する姿が目に浮かぶけれども、敵はそこまで読んで「安倍改憲」を仕掛けてきたのだ。
敵の術中にはまってはいけない。
あくまでも、安倍晋三がもっとも痛がる、もっともいやがる、もっとも打撃をうけるポイントを責め続けなければいけない。

20170625-2.jpg

この写真を、子どもでも意味が分かるくらい広めなくてはならない。あの豊田の「ハゲ~~~~~っ」と同じくらい、小学生でも分かるように広げることだ。




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2017-06-21(Wed)

安倍政権は2017年6月19日をもって変質した 本当にヤバい

月曜日の夕方に行われた安倍晋三の「会見」を見て、かなりの違和感を感じた人は多かっただろう。

反安倍で怒りまくっている人だけでなく、なんとなく見ていても、サイボーグのようで不気味な感じがしたのではないか。
また、記者からの質問に対して机の上のペーパーを読んでいるのは丸わかりで、えっこれってヤラセなの とも感じたはずだ。
これについては、渡辺弁護士が詳細に検討している。

安倍首相の印象操作-記者会見で黒ファイルを見るタイミング
渡辺輝人  2017.6.21


正直に言うと、私はこの会見で安倍晋三がやめるのではないかと50%くらい思っていた。
それは、野党や世論が追い詰めたというよりは、それが既定路線なのではないかと以前から薄々思っていたからだ。

なにが既定路線かというと、戦争法と共謀罪を成立させるところまでが、安倍晋三の役割だったのではないか ということ。
逆に言えば、あの二つを成立させるのは、安倍晋三にしかできなかった ということでもある。

安倍晋三というキャラクターの特異性を、反安倍の人でもよく理解していない人が多い。
彼は、極右と新自由主義の融合体なのである。
ここまで見事に融合し、相矛盾する双方の特徴を兼ね備えた政治家は 他にいない。

極右とは、つまるところ、「あの戦争は間違っていなかった」という人のことだ。
ABCD包囲網でやむを得ず死中に活を求めるたたかいだった。アジア各国を欧米支配から解放するたたかいだった。と、今でも信じている人たちのことだ。
田中真紀子氏の備忘録にもあるとおり、安倍晋三は、まさに極右のど真ん中である。

田中真紀子氏が加計問題に参戦
2017/6/20 アエラ


田中氏「日本が敗戦して」
安倍氏「真紀子さん、今なんて言った?」
田中氏「敗戦よ」
安倍氏「あれ終戦なんだけど」
田中氏「中国や東南アジアへの侵略戦争でしょ」
安倍氏「違う違う。アジアを解放するために行ったんだ」

(引用以上)

これが、安倍晋三という人物の核であると思われる。
米国に屈服することでA級戦犯で処刑されることを逃れた岸信介が祖父であったことが、こうした歪んだ復讐心を育てたことは想像に難くない。

ちなみに、私はABCD包囲網は実際にあったと思っているし、日本の侵略がアジアの解放にまったく無関係だったとも思わない。
とくにインドの独立にとって、日本軍の侵攻は大きな影響があった。チャンドラ・ボースのように日本軍と組んだ勢力もあったし、何よりイギリスがガンジーの存在を認めざるを得なかった背景には、インドの国中に拡がる暴動、中国革命の現実性と並んで、日本軍の侵攻があったことは間違いない。

手の付けられない暴動で統治機構が根本から崩壊すること、中国革命の影響でインド革命がおきること、日本に占領されること、こうした事態に比べれば、ガンジーに任せたほうがまだマシだという、イギリスにとってみれば苦渋の決断をした。
こうした背景なしに、ガンジーがひとりで非暴力不服従をやったならば、歴史に名を残す前に秒殺で暗殺さされていただろう。

そういう歴史的な観点では、私も極右の言うことにも、一分の利はあると思っている。
しかし、だからといって、それが侵略戦争の合理化にはならない というのが、人間の感覚なのではないかと思うのだが、合理化しちゃう人たちの集まりが、極右 という集団なのである。

だから、極右は、本質的に反米である。
もちろん米国の戦後支配は実にうまく考えられていて、A級戦犯を転向させた岸、笹川、児玉を右翼の親玉に据えた。
彼らが親玉である以上は、右翼のくせに従米という、まるでニャアニャア鳴く犬のようなケッタイなものが作られてきた。

右翼といっても、思想なんてなくてカネだけでつながっている連中は従米右翼でもなんの矛盾も感じなかっただろうが、やはり多くは「屈服させられた」という屈辱感を胸の中に貯め込んできている。
安倍晋三は、まさに屈服させられた親玉が祖父であっただけに、その屈辱感は強いはずだ。

だからこそ、日本会議は安倍晋三に期待し、安倍晋三を首相にすることを悲願にして長年活動を続けてきたのだ。
2012年に返り咲きを果たしたのも、そうした期待を集めたことが大きかった。



一方で、新自由主義はどうか。
もっとわかりやすく言うと、グローバル巨大資本 である。
各国の制度を、自分たちの都合が良いように「岩盤規制」に穴を開けさせ、自分たちだけが優遇されるように政府を操る。
そして、大きな損失を出したときは、税金で穴埋めすることを強要する。

大きなマネーを投下するけれども、それは生産事業ではなく、利ざやを稼ぐだけのマネーゲームであり、その国の経済には何のメリットももたらさない。その意味では、新自由主義は資本主義ではない。
資本主義は、生産活動に資本を投下し、その剰余価値(付加価値)を搾取(回収)することがその根本原理なのであって、だれかが得した分だけ誰かが損をするゼロサムゲームによる利ざや稼ぎには、資本主義の要素はまったくない。

グローバル資本=米国と勘違いしている人もいるが、それは違う。
米国政府もまた、グローバル資本によって支配され、使役されている政府の中の一つであり、その旗頭である。
ちなみに、日本の「リベラル」はその文脈を見ようともしないが、トランプはそのグローバル資本の支配に対抗して 「アメリカファースト」を打ち出しているのである。が、この話題はまた別の機会にしたい。

1990年代に日本にも本格的に進出してきたグローバル巨大資本は、橋本行革、小泉・竹中路線を通して、がっちりと日本政界を羽交い締めにした。
もちろん、その仕事は米国政府を使役してやらせたのであって、従米右翼も表だっては抵抗できなかったけれども、裏ではかなりの反発はあったと思われる。
その象徴が、小泉の靖国参拝だ。あれは小泉の個人的な意思ではなく、最低限あれをやらなくては、自民党の大きな支持基盤である右翼がなっとくしなかったからだ。

グローバル資本は、自分たちの思い通りに日本政府を使いながら、しかも右翼を納得させられる指導者を必要としていた。
いちいち自民党がギクシャクしていたのでは、気持ちよく荒稼ぎすることができない。

そこで白羽の矢が立てられたのが 安倍晋三である。
極右の熱烈な期待に応えつつ、新自由主義の傲岸不遜な要求を同時に満たすという離れ業を、安倍晋三はやることになった。



その試みは、2007年には一度破綻した。
矛盾を抱え続けるストレスに耐えられなくなったのだ。

しかし、2012年、再度安倍の登場となった。
結局のところ、この役回りをこなせる政治家は、安倍晋三しかいなかったのである。
2度目の安倍政権は、強力な官邸体制を築いた。秘密警察の機能を中心に、官僚にも政治家にも圧倒的な権力を振るうことのできる官邸として、極右にも新自由主義にも対応できるようにして、その矛盾を突くようなものはあらかじめ潰していった。

そんな安倍政権にとって、格好のテーマが戦争法であり共謀罪だった。
グローバル資本に吸い取られてスッカラカンの米国政府は、なんとかして軍事費を削減することを必要としていた。
しかし同時に、世界中でのグローバル資本の「自由」な活躍を保証するために、米軍のプレゼンスを低下させることは許されなかった。

そこでうちだされた方針が、自衛隊の下請化である。自衛隊を増強してアジアの米軍の下請にする。米軍は司令部だけを残し、戦闘は自衛隊にさせる。
日本列島からホルムズ海峡まで、第7艦隊の守備範囲を自衛隊が下請として肩代わりする。

そのためには日本の憲法を変えるか、解釈改憲で法律をかえることが必要だった。
また、そのような戦争をやらせるためには、自由自在に誰でも捕まえることのできる弾圧法が不可欠であった。
この課題は、きわめて珍しく、極右と新自由主義の方向性が一致しており、極右は「軍隊が持てる」と喜び、新自由主義は「軍隊をタダで使える」と喜んで、一致団結して実現に取り組んだ。
まさに、極右と新自由主義の融合体である安倍晋三の独壇場だった。



しかし、異変が起きた。
2月に始まった 森友学園問題である。
3月に入るとこれまで万全の対策をとってきたマスコミ各社が、あろうことかバンバン報道しまくり、昼のワイドショーまでが森友で染まった。

さらに加計問題がつづき、アッキードどころか安倍晋三本人の心の友が登場した。
安倍官邸の極悪の振る舞いも暴かれ、ついに文部事務次官だった人物までが公然と反旗を翻した。

このキッカケは、おそらく安倍晋三のトランプ詣でだろうと思われる。
これまで忠誠を誓ってきた新自由主義を裏切って、安倍晋三はいそいそとトランプタワーに出向いていった。その姿は、まるでトランプ家の手代かのようであった。
この動きは、安倍晋三の核である極右の心が、トランプに頼ることで新自由主義から少し自由になって、もっと極右の方向に進めるのではないか と考えたのだろう。

その動きに、新自由主義をすすめるグローバル資本や、従来からのジャパンハンドラーズの面々は激怒した。
それが、森友問題や加計問題でのマスコミ解禁になっているのだろうと推察する。

また、森友問題が 「教育勅語」であり、もう一点の曇りもなく極右ネタであったことも、新自由主義サイドには許せなかった。
「教育勅語」とは、とりもなおさず「鬼畜米英」の教育であり、こんなものを奉じる勢力が安倍晋三を支えてきたということが可視化され、日本会議という実体も明らかになるにつれて、新自由主義サイドは愕然としたことだろう。

この時点で、共謀罪成立で安倍晋三の役目は終わり という既定路線ができたのではないか、と私は予測したのだ。
そして、これまでの日本であれば、その通りになったと思う。



しかし、そうはならなかった。
なぜか。理由は三つあると思っている。

ひとつは、野党第一党が民進党だからである。
民進党は、もう二度と政権はとりたくない。適度に「良いことを言う」野党としてぬるま湯で生きていきたい政治屋の集団として、決定的な場面では、決して政権が倒れないように横から下からサポートしている。
それは、今国会の運営を見ていれば明らかである。

ふたつめは、トランプがしぶといということ。
安倍がトランプを頼った動機は不純だったかもしれないが、新自由主義と対抗するためにトランプを使うという考えは外れてはいなかった。

トランプ政権でアーミテージ報告書路線は… 日米連携の設計図失う?
2017年1月20日 東京新聞


20170621-1.jpg
(引用以上)

そして、四面楚歌に見えるトランプは意外にもしぶとく、アーミテージやマイケル・グリーンなどの従来のジャパンハンドラーズはかえって影響力を失っている。

米国、支配層とFBIによるトランプ政権転覆活動の内実…ロシア工作説の真相
2017年06月20日 ビジネスジャーナル


みっつめには、安倍晋三が「やめない」と決心している ということだ。
ここが、実はいちばん怖い。

これまでの安倍政権は、なんやかんや言っても傀儡だったわけで、親分の方向性が変われば、お役御免になる運命だった。
ところが、月曜の会見で明らかになったのは、「なにがなんでもやめない」という、安倍晋三個人の怨念のような執念のような、権力の亡者となった姿だった。

権力者としての合理性も合目的性もかなぐり捨てて、ただただ己の権力欲、すなわちそれは「憲法改正をやり遂げた総理大臣として歴史に名を残したい」という強烈な意思を表明している。
2017年6月19日をもって、安倍晋三は本当のモンスターに変質した。

ジャパンハンドラーズも潰しにかかるだろうし、トランプも自らの問題に決着がつけば安倍政権がアメリカの利益にならないことに気が付くかもしれないが、しかしゲシュタポなみの秘密警察機能をもった安倍官邸が暴走をはじめると、これまでのような「ハンドラーズ」のやり方では止まらない。

どんなに悪い政治家でも、悪いなりの合理性、すなわち損得を考えているかぎりは、その動きは読めるし妥協の地点もある。北朝鮮のあの政権でも、金王朝の存続という合理性で動いているから、いきなりミサイルやらをぶち込んでくるはずはないと判断できる。

しかし、ブレーキペダルを引きちぎってアクセルを踏み込んだままロックしてしまった政権は、支持率が下がろうが、内紛が起きようが、目的に向かってただひたすらに暴走を続ける。
どうやら安倍晋三は、その領域につっこんでしまったようだ。



変質を遂げた安倍政権Ver3は、本当にヤバい。
これまでの安倍政権は、私はファシズムとはぜんぜん違うと思ってきたが、これからの安倍政権はファシズムに限りなく近づいていく。

民進党のような腑抜けた野党第一党と野党共闘したくらいでどうこうなるものではない。

むしろ、トランプ、習近平、プーチンとの共闘で安倍を潰す くらいのことを考えないといけない。
共産、社民、自由の各党も、それぞれのルートをフル活用して、米・中・露の国益にとって安倍政権がいかにハイリスクかを説得することを視野に入れるべきだ。

そして、私たちは言葉を発し、街頭にでることを諦めてはいけない。
これから急速に激化していく安倍政権の振る舞いに、「ええっ ほんまかいな」「いくらなんでもちょっと」と思う人が、一気に増えていく。
その人たちを孤立させず、気持ちをすくい上げていく行動を、続けていかなければならない。




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2017-06-16(Fri)

共謀時代を生きる ~驚愕の事態にも慌てない胆力を~

共謀罪の凶暴採決から半日が過ぎた。

安倍官邸の暴走と、それに追いすがる自民公明維新の米つきバッタの群が、目の前を走り去っていった。
そして、暴走車にブレーキをかけるフリをしながら、決してタイヤに触ろうとしない、寸止め野党=民進党の姿も明らかになった。

もうこれで、日本は終わったのか。
絶望しか残っていないのか。
もちろん、そんなことはない。

これから始まる共謀罪時代を、私たちはしぶとくイヤラシク生き延びていくのだ。
そして、時間はかかるかもしれないが、いつの日か自分たちの手でこの悪法を葬り去るのである。

そのためには、何をすればいいのか。
何からはじめればいいのか。



共謀罪の本当の怖さは、フリーハンドでえん罪を作れるという機能にある。
細かい構成要件を云々しても意味は無いのであって、「物証のない密告だけでえん罪いっちょ上がり」ということが、共謀罪のすべてである。

つまり、スパイを使って「会話」を行わせ、その後ただちに密告すれば、ほぼ誰でも自由に逮捕することができる。
「会話」すらなくとも、密告だけでも3泊4日の留置所旅行くらいはご案内できる。4日目には無罪放免だったとしても、フツウのサラリーマンにとっては致命的な打撃になる。

満員電車の恐怖=痴漢えん罪のようなことが、日常生活のあらゆるシーンで起こりうるということだ。
たとえば、会社の上司ともめたら、アリもしない密告をされるかもしれない。
日照を奪うマンション建設に反対したら、密告されるかもしれない。
恋の競争に勝って彼女を射止めたら、元彼に密告されるかもしれない。

ありとあらゆるトラブルで、密告されれば逮捕されるのが、共謀罪なのだ。
政治に全く無関心な人でも、近隣トラブルや会社でのもめ事や恋のさや当ては日常茶飯事だ。
そんな場面でも、「上司を脅迫しようと○○さんと相談して、包丁を購入したんです」と密告すれば、あなたの敵は見事ブタ箱行きである。

これまでは、実行犯でなければ罪にならないから、なんの根拠も無い密告では逮捕状はとれなかった。
しかし、共謀罪は違う。密告が最上の証拠として、いきなり逮捕されてしまう。
法律の細かい規定はともかくも、そのように最大限拡大して運用されていく。



もうここに至っては、共謀罪はそういう法律だと思ってかかるしかない。

あきらめと開き直りしかない。
スパイをあぶり出せるほどの信頼関係を普段から作っておくことは確かに重要だが、運動が広がる局面でプロのスパイが入ってきたならば、まず判断することはできないだろう。
そのために疑心暗鬼になるよりも、やられるときは何をやっても言ってもやられるんだ と開き直るしかない。

最悪なのは、共謀罪を怖がって萎縮してしまうことだ。
敵は刀を抜くことなく目的を達成してしまう。

治安維持法から柳条湖事件まで6年。
共謀罪の6年後は、2023年。オリンピック景気が去って最悪の不景気に呻吟しているころだ。
その怨嗟の声を外に向けるためには、90年前と同じことをするのではないか。

今国会でこれほどに無理矢理に共謀罪を成立させたのは、その近未来を予測してのことだろう。
何をされても怒ることのない日本人をコントロールするために、共謀罪は必要ない。あまりにもオーバースペック。鉈で鉛筆を削り、日本刀で髭を剃るようなものである。
にもかかわらず、あえて暴挙の中で共謀罪を成立させたと言うことは、さすがの日本人でも現行法では抑えきれないほどの耐え難い事態に立ち至る、という予想があるからに他ならない。

今を生きる私たちが刮目すべきは、共謀罪そのものよりも、それを必要とする近未来である。



そうした敵の大きな戦略を考えると、場合によっては16日の国会最終日には、驚きの事態が生じる可能性もある。
すなわち、安倍内閣の総辞職である。

戦争法と共謀罪を作り上げるところまでが安倍晋三の役割だった、という可能性だ。
森友と加計の報道を解禁したのは、共謀罪で日和ることを許さないという中枢の意思であり、共謀罪が通ったところで、そのすべての汚れ物を抱えて安倍晋三を退場させる、というシナリオがあるのではないか。

安倍総理を辞任させたい麻生太郎 「森友」「加計」黒幕説が浮上
2017.6.15 デイリー新潮


麻生個人の欲望という意味ではなく、あまりにも汚れすぎた安倍晋三をすげ替えて、オリンピックに向けて盤石を体制を構築したいと思うのは、権力の常道ではないだろうか。
麻生が後ろ盾で岸田を立てる、などの策に出た場合、日本国民諸氏は、ころっと騙されるだろう。

顔は変わっても、問題は首相官邸のゲシュタポが健在である限り、権力構造は変化しない。
安倍・管がその極悪キャラを生かして汚れ役を務めたように、次の首相は任務としてお掃除役をやるだけのことだ。

そうした権力内部の煙幕に目をくらまされず、大局観をもって、しぶとく、イヤッタラシクたたかいつづけること。
自らのちからで政権交代を果たすまでは、何がおきても、その途を進むしかない。




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