2020-09-08(Tue)

ねじれまくる野党

最初にお断りしておきます

私は野党の勝利を、熱烈に願っています。
野党候補の応援のために、それなりに骨も折っています。
だからこそ、現状について、書いておかないと訳が分からなくなりそうなので、書いておきます。

野党の、あるいは野党支持についての ねじれ現象です。

小沢さんが枝野体制の推薦人になり、代表選もやらなくていいと言っているのは知っています。
10.25投開票を想定して、それくらいの切迫性を持つべきだという意味も分かります。

しかし、「野党合流に期待」がわずか20%で、本当に大丈夫なのでしょうか。
主要野党はほぼ1本化となるでしょうから、前回よりは議席は増える可能性はありますが、そういう技術的な効果を上回る上昇気流は、私には感じられません。

この停滞感を前にして、私はこう思います。
現実的に枝野体制で行かざるを得ないことは致し方ない。小沢さんはじめ、プレイヤーはその線で動くしかない。
しかし、枝野氏や野田氏なとの裏切り総本家が雁首並べている姿は絶対に逆効果。だから、外野の我々がギャンギャン声を上げるべき。
消極的な言い方をしてしまえば、期待されたほどの結果を出せなかったときに、責任をとらせる空気を作っておく、ということ。

昨年の参院選での比例票はこんな感じでした

自民 17,712,373
公明  6,536,336
与党計 24,248,709

維新  4,907,844

立民  7,917,720
共産  4,483,411
国民  3,481,078
れ新  2,280,252
社民  1,046,011
野党計 19,208,472

見ての通り、維新を加えてもギリギリ自公のほうが多いわけです。
この空気を一変させて、棄権している人たちを呼び込まないと、いくら一本化しても政権交代はおろか、野党の躍進にも至らないのです。

私は、枝野さんや野田さんへの恨みつらみで文句を言っているのではなく、ひとたび国民の怨嗟をあびた人たちがトップに居座っていては、野党が勝てないからギャースカいっているのです。
(恨みつらみはありますけどね)

ただ、現実的には枝野体制で行くしかないでしょう。
ですから、微増でもいいから野党に伸びてもらうことを期待するしかないのですが、そんな微増程度の結果に終わったり、ヘタすれば野党敗北なんてことになったら、そのときキッチリを枝野体制と対決し、責任をとらせる国民運動的なうねりを作る必要があると思うのです。
合流新党は、そこからリスタートです。

そうした流れをつくるためにも、野党側に立つ人々の中でも、きっちり枝野批判をする勢力は必要です。
枝野を担いだ人たちは、同じ責任を免れないからです。
たぶん、小沢さんは覚悟を決めているのでしょう。



一方、玉木さんは、あっちからもこっちからもバッシングで、少々同情してしまいます。

私の見る限り、玉木新党(新民民)は、党員獲得のための熱烈なリクルートをしているように見えません。
民主党の遺産を人数割りするのであれば、ちょっとでも増やしたいところでしょうが、少なくとも玉木さんがそういう動きをしているという話を聞かない。
むしろ、5人以上いればいいとか、小選挙区で勝てる人じゃないと無理 などと発言しており、どうしても合流したくない人の避難場所(悪くいえば吹きだまり)を作ったという感じに見えます。

あまり知らない人も多いですが、分かる限りでは新民民に行った政治家の面々で、個人的に応援したくなる人はいません。
むしろ、放っておけば自民や維新に行ってしまいかねない人たちを、とりあえず野党サイドのつなぎ止めておくために、新民民はあるような気がします。
玉木さんは、そうした汚れ役を買って出たのではないでしょうか。

選挙に強い人たちが、もし10人与党側に行ってしまえば、それを回復するのには野党は20議席増やす必要があるのです。
まだまだ流動的で、ヘタすると玉木さんが主導権を奪われて、丸ごと維新みたいな「ほぼ与党」になってしまう可能性もありますから、なんとも言えませんが、現時点では野党の数という意味では、玉木さんの貢献度は結構高いと思うのです。

以上のことから、合流新党については、党は支持するけど執行部は支持しない。新民民は、党は支持しないけど玉木さんは支持する。というのが、私の見方です。



ここにさらに、れいわ新選組がはいってきます。

事態は深刻です。
東京7区、長妻氏の選挙区に予定候補を立てました。
2017年の結果は以下の通りです

長妻昭  立憲 117,118
松本文明 自民 85,305
荒木章博 希望  25,531

松本氏は副大臣や副幹事長などやっていて決して無名ではないのですが、長妻氏は2009年から連勝です。
そこに今回は合流ですから、はっきり言ってれいわ新選組が候補を立てても、長妻氏は盤石と言えます。

何のためにここに立てるのか、まったく理解に苦しみます。
合流新党に対して、「消費税5%言え」と圧力をかける狙いであれば、一蹴されて終わりのこんな区ではなくて、他の区を考えるべきです。
ありうる影響は、合流新党(立憲)が感情的にれいわ新選組に対して排除にかかるということです。

支持率が低迷するなかで、さすがの枝野氏も消費減税を口にするようになりましたが、もし合流新党が消費税5%を言い出して、れいわ新選組も合流できる条件が整ったところで、新党の執行部がむしろれいわ新選組を排除する可能性が高いのではないかということです。

東京のことばかり言ってられません。
私の足下、大阪5区も深刻です。
わずかな野党票を、立憲・現職の長尾さん、共産・宮本さん、れいわ・大石さんの三つ巴で争っています。

大阪5区の2017年の結果は

國重徹   公明 91,514
長尾秀樹 立憲 45,313
北山良三 共産 31,429

去年の比例票は

自民  36,004
公明  35,517
維新  70,059

立憲  14,245
国民   6,800
社民   1,296
共産  22,354
れい   7,525

2年間で立憲の票が維新に流れてしまったのが分かります。
これで、都構想の同日選挙をやられると、野党の可能性はなかなか見えてきません。

こんな状況だからこそ、野党は候補者を一本化して、少しでも比例復活の可能性を高めるべきだ、という考え方もできますし、あまりの大差だから、ここは各党が比例票と将来への布石としてそれぞれやったらいい、という見方もできます。

しかし、大阪ではちょっと大きな動きがあって、自民と維新が候補を立てずに公明党が議席をとっている4つの区のうち、3つに自民党の市議が打って出ると発表したのです。
維新は都構想支持にねがえってくれた公明を全力で応援しますから、公明の盤石は変わりませんが、1位の票がへるということは、2位以下の惜敗率が上がると言うことです。

そうなると、やはり野党は一本化して、1議席でも確保すべきだ、と言わざるを得ません。

私は、れいわ新選組を批判し、5区の一本化を訴えながら、なぜか大石さんの手伝いをしています。
はっきり言って、自分でも矛盾を感じます。

今のれいわ新選組は支援できないし、最終的な一本化は、私としては譲れない一線です。
そのことは、大石さんにも、主要な支援者の集まった場所でも、はっきりと言っています。
それでも手伝いに行くのは、大石さんという人材を潰したくないからです。
ご本人は、次の選挙のことなんて今は考えていない、と言いますが、現実的には次や次の次を
考えずに選挙をやるなんてありえません。

私の知る限り、大阪で、国を動かしてやろうという気概と構えと能力をもっていて、しかも現実的に政治活動の中心になっていける人材は、大石さんと、社民党の大椿さんだろうと思っています。
この貴重な人材が、れいわ新選組の戦略なき動向や、政党間の軋轢で潰れてほしくない。
そういう人が、私の事務所のすぐ近くで活動しているのですから、無視するわけにはいかない、というのが私の心情です。

ということで、
合流新党は、党は支持するけど執行部は支持しない
新民民は、党は支持しないけど玉木さんには同情する
れいわ新選組は、今のままなら支持できないけど、大石あきこさんは応援する

とまあ、どっちを向いてもねじれまくってます。
首が痛い・・・・

スッキリせずに、夜な夜な安眠できませんが、少しでもマシな選挙結果が出ることを祈りながら、できることをやっていきます。




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2020-08-29(Sat)

こんな時にあえて「れいわ新選組」を批判するのはなぜか

野党合流のニュースは、完全に安倍ちゃん辞任と総裁選にもってかれちゃいましたね。
これから2週間はニュースは自民党一色。新総裁が決まってからもしばらくはそればっか。もうその頃には、野党が合流したなんてことを誰も覚えていません。。。。。

辞任自体は、安倍ちゃんの顔色見ていれば、そろそろかなという感じもしたので、さほど意外ではありませんでした。
岸田なのか菅なのかわかりませんが、絶対に逆らわない後継者の目処が立ったのでしょう。
党員投票どころか、絶対に造反させないために議員総会で決めるそうですから、二階幹事長の指示通りになるんでしょうね。
禅譲の岸田になったところで、安倍晋三のやらかしたことのほとんどに同罪の責任がある菅になったところで、安倍は罪状を追及されることはありません。

石破茂は、これまでの優柔不断がすぎました。
森友、加計の時や、検察庁法の時に、「自民党をぶっこわす」じゃないけど、そのくらいの勢いで安倍を批判して対決しつつ、地方行脚をして都道府県連をグラグラに揺さぶっておけば、今このときにも目はあったのでしょうが、もはや遅すぎます。
20人の推薦は水月会だけでは足りなさそうですから、出馬するのがやっとなんじゃないでしょうか。


自民党発表の出来レースの出来情報を、こねくり回して2週間も流し続けるマスコミもマスコミですが、およそニュースになるようなことのできない野党も野党です。

新党ができるとかいいながら、党名が立憲民主党で代表が枝野幸男・・・・ こんなもの誰が面白がるんですか。
聞いた次の瞬間には忘れてますよ。

3人くらいの代表選の有力候補を用意して、丁々発止の闘いを演じることくらいできないのでしょうか。
自民党の同じ出来レースをやれというのではなくて、旧民主党執行部にたいして、若手が反旗を翻して闘うという構図がなければ、人は引きつけられません。

日本の選挙で熱狂が渦巻いたのは、小泉郵政選挙と、橋下が出た大阪府知事選挙、そして2009年の総選挙です。
いずれも、下克上なのです、構図は。
下克上で下が上に勝つかもしれない、というリアリティを感じると、人々は俄然興味を持つのです。

自民党ならばマスコミはつまらないニュースを一所懸命に加工して流し続けてくれますが、野党はそうはいきません。
「期待する」がわずか20%の新党の船出に、自民党総裁選をぶつけられて消し飛ばされたのですから、よほどのことをしなければ、出発と同時に忘れ去られます。

じゃあ、だれがそんな下克上できるのか、といえば、当然あがってくるのは山本太郎でありれいわ新選組です(でした)。
可能性は本当にあったのです。

東京都知事選に野党統一候補で出馬して200万票を獲得。
その影響力をもって野党合流に乗りこむ。
山本太郎が代表選に出馬。

世論調査をすれば、山本太郎はダントツトップになるでしょうから、無記名投票であればかなり揺さぶりをかけることはできたはずです。
仮に代表にはなれなくても、相応のポジションを占めることはできたでしょうし、政策的にも影響を与えて、最低でも消費税5%を飲ませることもできたはずです。

こういう騒動をおこしていれば、野党全体にとっても、山本太郎にとっても、れいわ新選組というグループにとっても、なにより野党に期待するしか道のない国民にとっても、良い方法だったはずです。

こうやって熱気を生み出し、耳目を集め、かつ期待される政策を作れれば、10月に解散総選挙となっても、かなりの良い闘いができるし、政権をとれれば本気で山本太郎総理大臣の可能性だってあったのです。

でも、時既に遅し・・・・・

2~3週間のあいだ自民党ニュース漬けの日々を過ごしてから、新総裁が首班指名、で直後に解散総選挙。
野党候補はほぼ一本化されるでしょうから、前回の2017年よりはマシとは言え、それでも自民党はマスコミ応援団のおかげで善戦するでしょう。
そんなことになるような気がしてなりません。
冬になってコロナがまた激発したときに、また無能な自民党政権なのかと思うと、本当に気が重い限りです。


それでも、とにかく次の選挙で、すこしでも野党に伸びてもらうしか手はありません。
そう考えると、マスコミが自民党を連呼している次期に、私たちはしっかりと野党のことを考えなくてはなりません。
だからこそ、こんな次期に、あえてれいわ新選組の批判を書こうと思うのです。

れいわ新選組というか、山本太郎さんの8月12日の動画を見て、絶望した感想はすでに書きました。
しかし、今読み返してみると感情的になりすぎていて、なぜあえて批判するのかをちゃんと書いていないように感じました。
なので、しつこいようですが、これまでどんなに冷たくされてもれいわ新選組を応援してきた私だからこそ、ちゃんと分析をしてみたいと思います。

結論を先に言ってしまうと、「戦略が見えない」、あるいは「戦略を放棄してしまった」ことが、れいわ新選組と山本太郎の最大の問題です。
私は、そう思います。

戦略というのは、ただの作戦とは違います。大きな目標を実現するための道筋です。
その目標は、中間目標ではなく、実現自体が意味のある目標です。

一番わかりやすいのは「政権交代」ですね。
一党独裁を終わらせると言う意味で、政権交代はそれ自体に意味があります。

太郎さんもかつては「政権交代」を熱く語っていました。
Taro's Network の領収証に同封された手紙には、「政権交代」の文字が大書きされていました。

そもそも、れいわ新選組の立ち上げにしても、口先だけでいいこと言うばかりで政権交代から逃げ回る立憲民主党にしびれを切らせ、ある意味で立憲を向こう側から野党共闘(または合流)に蹴り込むための狙いだったと、私は理解していました。

小沢氏、れいわ山本太郎氏に「表彰状出さないと」
2019年9月23日 日刊スポーツ


小沢氏は野党結集の必要性を説く中で「さきの参院選で、山本太郎くんはいわば野党結集と逆の分派の行動を取ったが、結果的に、特に立憲民主党の皆さんに大きな影響を与えた」と指摘。これまで野党連携に消極的だった枝野幸男代表が今回、野党統一会派結成への動きにかじを切るきっかけが、れいわの躍進だったとの見方を示した。
(引用以上)

小沢さんと太郎さんは、しっかり話し合って離党したと聞いていますから、この小沢さんの見立ては当初の太郎さんの狙いと合致しているものと、私も思っていました。

だからこそ、生活フォーラム関西の面々は、自分たちのカンパでしつらえた旧自由党の街宣車を、れいわ新選組の看板に張り替えて、政党車として近畿一円を走り回ったのです。


しかし、今のれいわ新選組のHPには、「政権交代」の文字はありません。

政権とったら とは書いてありますが、じゃあどうやって政権とるの?について言及はなく、決意表明すらありません。
これでは、「反緊縮の立憲民主党」みたいなもんじゃないですか。
いくら素晴らしい餅を描いても、食えなくちゃ意味が無いのです。

その兆候は、昨年の参院選の直後からありました。

比例票が670万票に激減した立憲に対して、228万票を集めたれいわ新選組が脅威なのは明らかで、これをもう一押しすれば立憲の増税指向や共闘拒否路線も崩せる可能性がありました。
選挙が終わった途端に太郎さんのマスコミ露出も増え、広報活動を頑張れば支持率5%までもっていくのは可能じゃないか。そこまでいけば立憲は本気でビビるだろう、と考えました。
そこで、私は、「動ける人がどんどん動ける体制」を作ってほしい、と太郎さんに提案やらお願いやらをしたのです。がしかし、ご本人ではなく事務方の沖永さんから、紋切り型の回答が返ってきました。

曰く、地方組織は作らない。曰く 応援は(党ではない)生活フォーラム関西として(勝手に)やってほしい。曰く、ボランティアセンターを作ります(今日にいたるまでできていない)。

沖永さんについては、座間市議の片手間にれいわ新選組の事務局長をやっているとか、斎藤まさしさんの市民の党やどがんかせんば!の会に毎年何百万円も献金してるとかいうことしか知らず、どういう方なのかは存じ上げません。
ただ少なくとも、本人がスルーして事務方から返答が来たという時点で、ほとんんど無視されたということはしっかり伝わりました。

たぶん、私や生活フォーラム関西だけでなく、全国から似たようなやる気マックスの提案はあったのでしょう。
しかし、すべて封じられて、しばらくは音なしの時間が過ぎていきました。


普通だったら、ここでぶち切れて「れいわ新選組なんてしらんわ!」となりそうなものですが、私も生活フォーラム関西の皆さんも、この時点では踏みとどまりました。

自分たちの街宣車に乗っているれいわ新選組の看板に、「勝手に応援」「生活フォーラム関西」という文字シールを貼り付けて、勝手連で動かすことにしました。街宣車カンパもそれなりに集まりました。
ちょっとMっ気があるかな、とも思いましたけど、私たちの基本理念は小沢イズムです。大きな目標のためには、少々の好き嫌いはおいといて、その先の喜びを分かち合いたいと思ったのです。

そうこうしているうちに、大阪5区で大石あきこさんが立候補予定という情報が飛び込んできました。
大石さんについてはまた別の記事を書くこともあろうかと思いますが、何党とかいうことを別にして、これからの大阪の政治シーンに欠くことのできない人材の一人だと従来から思っていましたので、生活フォーラム関西としても応援しようという話になり、今日に至ります。

ただし、「れいわ新選組にたいする批判は忖度せずに言うよ」ということと、野党乱立の大阪5区については、「最終的に野党一本化はすべきだ」ということは、はっきりと大石さんにも伝えた上での応援活動です。
淀川区の大石事務所に街宣車を常駐させ、動き始めました。

さあこれから、と言うときに 大西つねき問題が勃発しました。
ぜんぜん違う問題なのですが、私は4年前の憲法フェスを思い出していました。
三宅洋平選挙で爆発的な影響を発揮した選挙フェスの熱気を、全国に広げていく「憲法フェス」をやりましょうと太郎さんに提案し、大阪開催の準備を始めた矢先に、肝心の三宅洋平が安倍昭恵と仲良く酒飲んだ挙げ句に辺野古に押しかけてくれちゃいました。
大西事件を聞いたとき、あの事件を、思い出さずにはいられませんでした。

三宅洋平は「自分らしくあれる(あることができる)社会を」と言い、今のれいわ新選組は「生きてるだけで価値がある」と言います。
この価値観を否定する価値観というか、「何でもOKの価値観」は、しばしばモンスターを生み出すのです。
モンスターは三宅や大西だけではありません。かなり多くのれいわ新選組支持者が、大西つねきは悪くないと言い、あるいは、山本太郎の言葉に盲従する姿が、浮き彫りになりました。

この間、私は見つけうる限りのれいわ新選組支援のフェイスブックグループの投稿をウオッチしましたが、暗澹たる気持ちになりました。
大西さんを批判する大石あきこさんのツイートも炎上し、れいわ新選組がいつのまにか新興宗教になってるのではないかと本気で心配になりました。

れいわ新選組を作る前は、山本太郎の口癖は「山本太郎を疑え」でした。街宣の度に必ず言っていました。
それが「あなたを幸せにしたいんだ」という台詞に変わったとたん、支持は広がりましたが、疑いを知らない信者が増えてしまったのです。


田中龍作さんとか大袈裟太郎さんとか、もともとは山本太郎さんに期待し、支えていた人たちの中からも、期待する故の批判が聞こえるようになりました。
それ以外にも、元「中の人」がSNSでれいわ新選組や市民の党の内情を暴露し始めました。

お金の流れも大事です。
本当になけなしのカンパで動いているれいわ新選組ですから、他党以上にお金のことはオープンにしなくてはなりません。
それを訴えた挙げ句に、自殺未遂に至ってしまった支持者がいるという話は、衝撃でもあると同時に、残念ながらそれほど驚きではありませんでした。やっぱりな ということです。

支持者には金と労力を求めながら、一切の発言権を認めないという今の党体制も、たしかに大問題です。
党規約を改正しても、そのあたりは変わっていません。

斎藤さんや沖永さんたち市民の党がれいわ新選組に深く関与していること自体はなにも悪いことじゃないのに、わざわざウソをついてまで隠すことも、何か裏があるのかと勘ぐってしまいます。

そうした数々の問題点はあるものの、私はそれらよりも何よりも、一番の問題は「政権交代という戦略を放棄した」ということだと考えています。
政権交代をして、リアルに一人でも多くの人を救う、生活をよくする、国民の生活が第一。この視点を失って、観念の世界で「生きてるだけで価値がある」とか「幸せにしたい」とか言い出してしまった。
山本太郎本人は最初はそんなつもりじゃなかったのでしょうが、そういう支持者がどっと集まって、熱を帯び、流されていった。あるいは、徐々にそうした層に意図的にターゲットを絞っていった。

詳細な流れは、私は完全に外側から見ていただけなので、わかりません。
でも、結果としてそういう内情がはっきりしてしまったのが、都知事選をめぐる対応と、大西つねき事件でした。

本当に残念です。
現状では、れいわ新選組という組織も、山本太郎も、直接応援することは、私にはできません。
しかし、期待を完全に失ったわけではなく、だからこうして書いています。

山本太郎も小沢一郎も、スーパーマンでもメシアでもありません。
だからこそ、盲進するのではなく、言うべきことは言わなくてはなりません。
できたての組織なんだから文句を言うな、と言う人もいますが、できたての組織だからこそ、不完全だからこそ、おかしいことはおかしいと気が付いた人間が言うべきです。

そうした批判に対して「どっかから金をもらっているんじゃないか」とまで言うようになってしまった山本太郎に、再起の時があるのかどうかは私が判断できることじゃないです。
でも、これまで数年間、もっとも期待し、もっとも敬愛してきた政治家が、おかしなことになってしまったことに対して、黙って離れていくほど、私はクールになれません。

そして、何と言っても、、本当は山本太郎こそが野党再編、野党が勝利するためのキーパーソンだと思うから、信者のみなさんにボロボロにたたかれようとも、口を閉ざすつもりはありません。

国民の生活が第一

政権交代

このシンプルな目標に向けた戦略を、政党任せにせずに、ひとり一人が真剣に考えましょう。
そして、その思いを、れいわ新選組にも、合流新党にも、玉木新党にも、ぶつけましょう。




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2020-08-18(Tue)

玉木雄一郎を袋だたきにする人たちへ

玉木さんが「分党」と言い出してから1週間が過ぎました。

もう、あっちからもこっちからも玉木さんは袋だたきです。

玉木さん自身の話はあまり出てこないので、彼が何を考えているのか、はっきりはわかりません。

批判の中身を見ると、大きくは三つあるみたいです

1) 政権交代のために分裂はアカン
2) (民民の合流派は)持参金が少なくなると肩身が狭いぞ
3) 玉木新党についていく面子や持ち上げてる連中が酷すぎる(いわゆる玉クラ)

1)はたしかにその通りです。
でもこれ、玉木さんのせいですか?
合流したくない という人が幹事会9人中6人もいたんですよ
無理に「全員で合流」なんて決めれば、ヘタすると二桁の議員が自民や維新に流れるかもしれない。
そんなことになるくらいなら、どうしてもイヤだという面々を国民民主で残して、ギリギリ野党に踏みとどまらせたほうがいいんじゃないですか。
いい というか マシ、ってことですけど。

そんな連中は、自民でも維新でも行ったほうがスッキリする なんて無責任なことを言う人がいますが、民民に残りたい人は小選挙区で勝てる人ばっかです。
そんな人たちを与党に押しやることの方が、よほど政権交代を遠ざけるのではないですか?

2)は、まあたしかに減りますよね。どういう配分にするのかは知りませんけど。
明日の議員総会で「全員合流」の緊急動議を出して可決しよう なんて動きもあるそうですが。
まさに、カネがほしいあまりに、選挙に強い右派議員を自民党に差し出す行為です。

あるいは、排除された人たちが決起する というシナリオは、3年前の立憲民主党を、左右逆転で再現してしまうかもしれません。
あの時はリベラルの風が吹いて立憲が望外の票をとりましたが、こんどは反緊縮右翼の風が吹くかもしれません。
それこそ、3年前の立憲と同じで、政権交代の妨害に他なりませんし、もっと深刻なファシズムに進展するかもしれません。

そんな騒ぎにせずに、選挙には強いけれども小さい政党で温和しくしていてもらうためには、仲良く分党がいい。
2009年の時の国民新党みたいなイメージです。小さくて100%保守なんだけど野党。

それに、持参金を少々たくさん持っていっても、カネが移動して、合流新党の新執行部が決まれば、もはや民民からの合流組はお役御免です。
あの酷薄極まる枝野さんや福山さんにどんな仕打ちをされるか、覚悟もしていないのでしょうか?
立憲の人たちが「国民民主」と口にするときの、あの憎々しげな口ぶりが、合流したからといって水に流れるとは、彼らのこれまでを見る限りではとうてい思えません。

枝野さんたちにとっての合流新党の意味は、少しでも比例復活を増やすことです。
逆に言えば、比例区での競争が激化すると言うことです。
さすがに共産党みたいに順位をつけることはしないでしょうが、幹事長や選対を誰が握るかで、天国と地獄がきまっちゃうでしょう。

平野さんと泉さんは、そういうところまで気を配った寝技を駆使した交渉をしたのか。
してないでしょうねえ。
平野さんは鳩山政権の時の官房長官。辺野古基地の「最低でも県外」という鳩山さんの意向をネグレクトして、まんまと辺野古に押しつけた人ですよ。

3)はややこしい。
ご指摘は その通りです と言わなくちゃなりません。
いわゆる玉クラに集う、目立つ人たちは、前に書いた右派の「立憲」現象を狙っているのでしょう。
ただ、玉木さんは以前から、右派を包摂する試みをしていました。

国民民主・玉木代表の「安倍総理 憲法改正の議論やりましょう」発言について(2019.7.26)

このときは、国民民主党内に自民党からかなりの切り崩しがあったと思われます。
それを、玉木さんは思いっきり右に梶を切ることで、どうにか乗り切ったという一件です。
と同時に、右派を野党側から包摂していくのは自分の役目だ という意識を感じました。

とはいえ、いわゆる玉クラに集う人々は、包摂なんていうレベルではない人たちがたくさんいます。
だから、あの連中の勢いが本当に主導権をとってしまえば、たしかに玉木新党は野党と言うよりはファシストに近い物になるでしょう。
それは玉木さんが意図している、十数人の改革保守とは別物ですが、そういうリスクがないとは言えません。確かに。

リスクはありますが、よりベターな選択をするのであれば、自民に追いやるよりも、勝手にフィーバー始めるよりも、首に縄をつけておいた方が マシなんじゃないでしょうか。

玉木さんが分党を発表した11日の夜に、荻上チキさんがインタビューしたラジオの音声が公開されています。

【音声配信】「国民民主党が分党。玉木代表に直撃」(玉木雄一郎×荻上チキ)
2020年8月11日(火)放送分(TBSラジオ・Session-22)


ここで玉木さんが言っているとおりに進めるのであれば、私はそれでいいんじゃないか と思います。
最善ではないけど、仕方がない。
異常な玉クラを非難するのはわかるけれども、そういう連中を含めて野放しにしないためのリスクをとった玉木さん自身を、なんで寄ってたかって袋だたきにするのか 私は理解できません。



社民党も、ある意味同じ悩みを抱えているはずです。
右と左は反対ですが、立憲などと合流するのなら、もう政治やめる くらいの支持者や地方の党員はたくさんいるでしょう。
これも前に書きましたが、立憲は地方組織が極めて脆弱ですから、選挙になると社民党を頼ってきた地域はたくさんあるようです。
党員だっていまだ万単位でいるのです。

国民民主は、形式的には対等合併ですが、社民は完全に吸収併合です。事実以上。
そんな屈辱。しかも、党是である「社会民主主義」を捨てることになるわけです。
理念の一致とかじゃなくて、党是を捨てる。
日本に社会民主主義の政党がなくなる という事態を、多くの方は軽く考えているみたいですが、これかなり大変なことなのです。

本当は、政党なんて選挙互助会 と割り切って、派閥として党是や理念をバラバラに持ちつづけるのが、もっとも健全なあり方なのですが、それを許さない偏狭な政治風習が根強い日本では、吸収合併されたら社民主義は表舞台から消滅です。
そんな国は、独裁国家以外であるのかな??

Wkipedia 社会民主主義 主な政党

もちろん、社民党は分裂しなくても政党要件はかなり危ういので、分裂すれば国政政党ではなくなるでしょうが、多くの党員や支持者を路頭に迷わせないために、あえて合流せずに政治団体を設立するという流れも、たぶんあるのではないでしょうか。

これもまた、「分裂だ」と非難されるのでしょうが、そうした非難を覚悟の上で、支持者を政治的な絶望の淵からサルベージして、大きな野党とも連携する動きにしていこうという努力には、私は左右を問わず共感を覚えます。

私が参加している生活フォーラム関西も、自由党がなくなって、れいわ新選組もおかしな流れになってきて、なんだかどっち向いて良いのかよく分からなくなってきたように思います。
でも、そんな時だからこそ、ひとり一人の政治家をよく見て、応援するべきなのか、するべきではないのか、自分の頭で考えなくてはなりません。そういうことができるグループになれるか、まさに「自立と共生」が問われています。

少なくとも、玉木さんをボコボコにして正義の味方になったような気分を味わうのは、私がやりたいことではありません。

人を見て、発言を精査して、何をすべきか 判断していきたいと思います。




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2020-08-13(Thu)

いろいろありすぎて寝不足の8月

れいわ新選組の惨状は、昨日書きました。

同時進行で、国民民主党がエラいことになっています。

玉木さん、土壇場で「合流は了承するけど自分は行かない」と言い出して、あっちこっちから総スカンです。

言うまでもないですが、野党はひとつになるべきです。

公約以外の政策なんてバラバラで結構。

立憲も国民も社民もれいわも、まるっとまとめて大きな塊にすべきです。

もうこのブログでも、指が酸っぱくなるほど書いてきました。

でも

立憲の態度を見ていると、というか、枝野さんと福山さんの態度を見ていると、2012年の民主党を思い出してしまうのです。

消費増税を言い出す幹部に対して「公約を守れ!」と言った小沢グループに対して、今は立憲の幹部になっている人たちが何をしたか。

どんな仕打ちをしたか。

彼らが一度もそれを反省も謝罪もしていない以上、また同じことを繰り返すでしょう。

姑息な策を弄して自らの支配権を死守しようとする枝野さんたちの態度を見るにつけ、その思いは確信に変わります。

これも自明のことなので皆さんご存じでしょうが、立憲には金がありません。

一昨年末の資金残高は 立憲18億 : 国民108億 です。

その後に参院選がありましたから、立憲の資産はマイナス(借金)かもしれません。

支配権を維持しながら、国民民主の資金を手に入れた枝野さんたちは、何を考えるのでしょうか。



新しい野党の幹事長になってほしいと思うベテラン議員の篠原孝さんは、玉木さんのことをボロかすに言っています。

それだけ大きな塊で政権交代、という思いの強さです。それは理解できます。

でも、甘い とも思います。

合流野党は、前門の虎後門の狼ではないですが、前門の枝野、後門の連合 です。

それでも、どんなに情けない政策でも、まがいなりにも政権交代を真剣にめざしてくれるのなら、存在意義はわかります。

しかし、公約を破って消費税を上げ、反対するものを座敷牢に押し込み、その挙げ句に政権を安倍晋三に禅譲した野田佳彦も、大きな顔で、大幹部面しているのです。

いくら枝野さんが「政権交代をめざして」なんて言ったところで、ぜんぜん信用できないのです。私は。

玉木さんの真意は、今の段階では私は断言できません。

もうしばらく様子を見ます。

ただ、これまで「生まれ変わりました」発言とか、いろいろ無茶やらかしたときに細かく観察した経緯から、なかなか精密なトリックスターだと思っています。

各方面の方々がボロかすに言うのとは、ちょっと違う評価をしています。

とはいえ、最大の信頼を寄せていた太郎さんが、あんなことを言うのですから、玉木さんだってわかりません。

ですから、もう少し様子を見ます。

そんなこんなで、思い悩むばかり。寝不足です。

今夜は早く寝て、明日は少し気晴らしします。




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2020-08-13(Thu)

※つらすぎて、タイトルがつけられません。

【れいわ地下2階B2サンデー】山本太郎代表への質問 2020年8月12日 を見ました。

言葉がありません

ブログのサイドエリアから、れいわ新選組のリンクは外しました。

今後、、大きな変化が無い限り、もうれいわ新選組や山本太郎さんの応援はしません。

田中龍作ジャーナルを腐す口ぶりは、安倍晋三が朝日新聞を罵倒する口調と同じではないですか。。。。

沖永事務局長が「市民の党はもう実態がない」と言って見せますが、大嘘です。
H31年 市民の党の政治資金収支報告書には、沖永さんが134万円もの大金を市民の党に寄付したことが書かれています。
市民の党の収入は2600万円超、もちろん当時の代表は斎藤まさし(酒井剛)さんです。

総会が非公開なのは、他党の総務会と同じだからだと。。。。
詭弁です。
党員を18人しか作らなかったのだから、それが総会であり、公党としての対外的な責任を負っているのは自明です。
こんな詭弁を考え、延々と資料を用意したのは、誰なのでしょうか。。。。

政治のウソが何でダメなのかというと、引き返せなくなるから。最初はちょっとしたウソでも、それを上塗りするうちにモンスターになるからです。
安倍晋三がその典型。もう救いがたい。
しかし、私が政治家としてもっとも敬愛してきた山本太郎が、その魔のスパイラルに落ちていく様は見たくない。
見たくない。

もはや望みはないと知りながらも、原点に返ってくれることを、願ってやみません。


※15人の党員の方々には、現実に目を向けてください、と言いたいです。
 でも、大事な志をもつ方を、れいわ新選組だから応援しない、とは思いません。
 一人の政治家として応援できる方は応援したいと思います。
 地元大阪5区の活動は、当面つづけていきます。




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2020-07-31(Fri)

「新型コロナを蔓延させる」という固い決意をもった日本国政府

モーニングショーを久しぶりに見ました。

東京都医師会の怒りの会見について、コメンテーターの吉永みち子さんがこんなことを言いました。
「(医師会は)世界が『これしかない』ということで懸命に取り組んでいる、ごく当たり前の普通のことをやりましょうと言っているわけで、この国はこの普通のことを『断固やらない』というふうな固い決意の下になにもしていなんじゃないかと思わざるを得ない」

そうなんです。
安倍個人はともかく、安倍政権は無能なんじゃなくて、「断固やらない」という決意をもって、無策を貫いているのです。
無能ならば補強すれば改善する可能性がありますが、意図的にやっているのならば、政権交代しない限り変わりません。

繰り返しますが、安倍政権は 「コロナを大流行させたい」 のです

YAHOOの「新型コロナウイルス感染症まとめ」から、グラフを少し加工しました

20200731-3.jpg

上が現在の患者数、下が新規感染者数です。
第1波の時は、新規のピークが720人で、その15日後にその13.3倍の現在患者数になっています。
ちなみに、新規ピークの4/11の直前から緊急事態宣言で、人の接触は極端に制限されていました。

7/30日の新規は1301人です。
単純に第1波と同じ計算をすると、8月14日くらいに17000人くらいの現在患者数になります。
今回は、人の接触はほとんど制限されていませんので、おそらく現在(7月末)がピークではなく、どこまで増え続けるかわかりません。

しかもしかも、日本は極端にPCR検査が少ない国です

圧倒的に少ない日本のPCR検査件数「世界159位」を招いた厚労省と分科会の罪
2020.7.29 日刊ゲンダイ


 世界各国のコロナ関連の統計を集計している米ウェブサイト「worldometer」に、衝撃的なデータがある。感染者数や死亡者数、重症者数などを列挙しているのだが、注目すべきは100万人あたりの検査件数。ナント、日本は28日時点で、世界215の国・地域の中で159位なのだ。
(引用以上)

今現在は157位だけど、大差ないです。
同じくらいに並んでいる国は、おそらく検査態勢が整っていないのだろうと思われますが、日本は違います。
やろうと思えばいくらでも検査できるのに、あえて、わざと、検査をせずにこの結果です。

たしかに4月よりは検査は2倍程度に増えてはいますから、新規感染者数が2倍になっているのも当然だし、事態は少しマシになっているのではという見方もできます。
重症化という意味でも、4月のピークには人工呼吸器をつけた人が300人を越えましたが、現在は100人を切っているようですから、現在患者数に対する重症化率は1/3くらいになっているのかもしれません。

とはいえ、それらは医療現場の努力によるものであり、政府の無策は何も変わっていません。

なにせ、政府がやっている二大コロナ対策と言えば、アベノマスク と GOTOコロナ なのですから。

ウイルス素通しの低性能マスクを何百億円もかけて配布し、全国にウイルスをばらまくための旅費を補助する。

利権が絡んでいるだけではとてもできない芸当です。
「コロナを大流行させる」という、固い強い意志を感じます。

なんとかコロナの患者を救おうと必死の努力をしている医療現場は、ほったらかしです。
虫入りマスクを配るのではなく、国税庁がちょっと決断すればいくらでもあるアルコールを配った方がはるかに効果的で院内感染を防ぐことができるのに、やらない。
疲弊する医師や職員には、白々しいありがとうの言葉より、人員とカネの補助が必要なのに、やらない。

やれば良いことは、医師会をふくめて、本当にまともにものを考えている人たちは、とっくに分かっています。
具体的な政策と法案におとしこみ、臨時国会を開いて決定すれば、1週間もあればこの国の方向は大転換できます。
でも やらない。

なぜ、安倍政権は、こんな愚かな、自分たちの支持率も落とすようなことをするのか。
いくら史上最低内閣とはいえ、こんなことをする意味があるのか。
それについては、改めて書きます。

以前にもちょっと書きました

反戦な家づくり 安倍政権は何故コロナの感染を止めようとしないのか

このときは、緊急事態条項がほしいから ということを書いたのですが、どうもそれだけでもないのではと思っています。

とにかく、今言いたいのは、安倍政権の無策と愚策は、無能ではなく、「わざと」だということです。




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2020-07-16(Thu)

大西つねき氏の発言を擁護する人たちへ

今日(もしかしたら今頃?)、れいわ新選組は総会を開いて、大西つねき氏の処分をどうするか決めるそうです。
前の記事でも書いたように、ことは大西氏ひとりの問題ではありませんから、賢明な判断を望みたいと思います・・・

それはそれとして、この騒動で私がかなりショックだったのは、あの大西氏の厳然たる差別発言を、目の色変えて擁護する人たちがものすごくたくさんいたことです。
手をかえ品をかえ、なんとかして「つねきさんは除名されるほど悪くない」「言葉を間違えただけだ」「いや、まったく正しい」 と言いなす人がネット上にも大量発生し、本当にびっくりしました。

あまり時間は無いのですが、あまりにあまりの状態なので、少しだけ書いておくことにしました。

■擁護したいのなら、正面から議論せよ

いろいろな擁護論を目にしましたが、ほとんどは大西氏の発言の前半だけを切り取って、氏の発言の主旨をねじ曲げて、無理やりに擁護するモノばかりです。
ちゃんと全編を聞けばわかりますが、前半というか、「コロナは危険なのか?」の話をし始めるまでは、ほとんど今回の問題発言とは直接関わりのない話です。異論はあったとしても、問題発言だと言われるようなことは言っていません。たしかに。
その部分を取り上げて、最後の問題発言を「ちょっと言葉を間違えただけだ~」と言うのは、ある意味大西氏に対しても失礼でしょう。

たしかに、現実の政治過程では、日々刻々と命の選別が行われています。
そして、現実的に考えれば、仮にれいわ新選組が政権をとったとしても、即刻それをなくすことはできないかもしれません。
泣く泣く選別をしなければならない局面が、絶対にないとは言えません。

しかし、大西氏の主張は、そういう意味合いではありません。
もっと積極的に、若者の時間を「有効」活用するために、進んで老人は早く死んでもらおう という主張です。
理屈もそうですが、話し方を見て下さい。泣く泣くどころか、得々として言い放っているではないですか。
確信をもって言ってるのですから、そういうものとして聞く必要があります。

大西氏の発言に対して、ゴマカシや切り取りではなく、彼の話の本旨にそって擁護しているのは、岩崎夏海氏の動画かと思います。
リンクは貼りたくないので、聞きたい人は検索してみて下さい。

岩崎氏はもしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)の著者です。
彼は、大西氏の主張を「お金の続かない限りにおいては、高齢者が粛々と亡くなっていただく社会を作るべきだ」と要約しています。
「お金が続かない限り」の部分はちょっと違うかもしれませんが、「高齢者が粛々と亡くなっていただく社会を作るべきだ」と言う部分は、端的にゴマカシなくまとめています。
その上で、岩崎氏は大西氏の主張を支持すると言います。

彼の主張は、
1.黒人は白人には決してならないから黒人差別は許されないけど、若者は老人になるのだから自分も当事者なので差別があって当然。
2.命より大事なものがある。例えば痛みがないこと。痛みのある命は価値がない。
3.それがわからないのは哲学教育がなされていないから
という話。

大西氏の主張を、真っ正面から擁護すると、こんな理屈しか成りたたないという見本です。
彼の詭弁術は、「こういうケースが多い」と「必ずこうなる」を入れ替える方法です。
そしてこれは、作家や哲学ならともかく、政治では絶対にやってはいけないことです。

なぜなら、政治は権力です。
警察から軍隊まで持った、暴力的な権力です。
その権力が、こんなザックリした理論(と言っていいのかわからないけど)で、人の命を「ハイあんたはここまで」と決めてはいけないのです。

■もっともらしい顔をした詭弁の数々

いろんな擁護論の中でももっとも驚き、かつ悲しくなったのは、木村英子さんの声明に対する暴言の数々です。

木村さんの声明をまだ読んでいない方は、ぜひとも読んでください
こちらにリンクを貼ります→ 大西つねき氏の「命の選別」発言について

「寛容の精神を持て」「暴力の連鎖だ」
どこをどうしたらこんな酷い言葉が吐けるのか。
差別された人、被害を受けた人に対して、加害者側に立った第三者が「寛容」を求めるのは、いわばセカンドレイプ。
告発することを「暴力」と決めつけるのは、典型的な泣き寝入り強要であり、これを言った人は、たぶん騒ぎを大きくしたくないと思ったのでしょうが、悪質な差別だと言うことを自覚すべきです。

「一緒に戦った仲間」「寛大に」
これも同じです。自分がどんなに酷いことを言っているのか無自覚なのが怖い。
差別というのは、こうして、一見善意の顔をして浸食していくのです。
それに、仲間であったからこそ、木村さんも訴えたのに、それを理解しなかったのは大西氏でしょう。

「命 選別があるから障碍者介助や介護がある」
この人は、いったい何を見てるんだ。現実を見ろ!
加えて、大西氏の発言の意味は真逆だ!

「声明に偏りを感る」
じゃあどこまで行けば普遍があるんだ?
偏りなんて、どんな時でも難癖つけられる便利な言葉
ただの詭弁だ

「大西氏は自然死の高齢者を延命しないだけ」
大西氏はそんなこと言ってない。
政治システムで命を選別すると言っている。
誤魔化すな

「大西発言の全体は『高齢者や障害者を選別すべき』とは思えない」
コメントにそって色んな話をしているのであって、たしかに全体じゃない。
最後の10分のテーマとして言ってる。
全体として は詭弁

もう書いてるウチに腹が立ってきて、言葉が乱暴になってきたのは勘弁して下さい。
人間なんで感情があります。

そもそも、木村さんをはじめ、大西氏の発言を問題視する人に対して 「感情論だ」という言い方がナンセンスです。
差別の被害は、大別すれば 暴力などの身体的な被害、金銭的な被害、精神的な苦痛を強要される被害 になり、実際はこれらが複合しています。 
今回の大西氏の発言については、政治家の発言なので将来的には身体的な被害や経済的な被害を生み出す可能性が十分ありますが、現時点に限定すれば精神的な被害です。
つまり、感情の問題です。あたりまえです。

喜びも悲しみも、怒りもプライドも、すべて感情です。
感情に流されて理屈がぶっとんでしまうのが「感情論」であって、感情を尊重することは感情論ではありません。
木村さんの声明は、理屈がねじ曲がったところなどありません。

なんでそんな当たり前のことを書かなければならないのでしょうか。
それは、「感情論だ」と言ってる人が、詭弁で言っているからです。
言ってる本人も、少しは自覚があるはずです。



さて、もう少ししたら、れいわ新選組の総会後の会見が始まるでしょう

とにもかくにも、それを見させてもらってから、今後のことは考えようと思います





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■■■ お仕事のお知らせ

7月18-19日に木の家の完成見学会をやります
場所は千里ニュータウン(藤白台)
詳しくは下記をクリックしてみて下さい
申込フォームはこちら → http://u0u1.net/TNW7

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2020-07-14(Tue)

れいわ新選組と大西つねき氏の問題について

もはやことの詳細は、知る人ぞ知る話なので、ここでは簡単に振り返ります。

7月3日の大西つねき氏のネット配信の中で、彼が以下のような発言をしました。
「高齢者をもうちょっとでも長生きさせるために、子供達、若者たちの時間を使うのかってことは、真剣に議論する必要があると思います。
こういう話多分政治家怖くてできないと思いますよ。命の選別するのかとか言われるでしょ。生命選別しないと駄目だと思いますよ、はっきり言いますけど。
何でかっていうと、その選択が政治なんですよ。」

もちろん、長い話の中の一部ではありますが、全編は削除されているので確認のしようがありません。
1分半程度は字幕付きで動画がネットにあります
【字幕対応】大西つねき「命、選別しないと駄目だと思いますよ」(2020/07/03)

もう少し長い範囲を、知人が文字おこしして送ってくれたので、一番最後に転記しておきます。
(あくまで個人の作業なので、小さな間違いなどはあるかもしれません。その前提で見て下さい。)

いずれにしても、どんな脈絡だとしても、大西氏が確信を持って「命の選別が政治だ」といったことは間違いありません。

これについて、やれ「死生観の問題だ」とか、「救急医療のトリアージだ」とか、詭弁を弄するつねき擁護の輩がわき出しているようですが、それこそ大西氏の発言の真意をゆがめるものだと言えるでしょう。

大西氏の思想の大きな特徴は、「大事なものはお金じゃなくて、人の時間と労力と地球資源」ということです。私は講演を聴いたり著書を読んだりして、そう理解していました。
それを前提に、また残されている発言を精読する限り、彼の発言の主旨は

A.若者の時間を大事にすべきだ
B.若者の時間に負担をかけている老人が長生きしすぎるのは考えものだ
C.それをシステムでコントロールするのが政治の仕事だ

ということ以外には考えられません。

発言者を擁護したいのなら、発言の主旨くらいはちゃんと読み取っていただきたいものです。
そして、大西氏の頭の中で一番大きな問題としてあったのは、おそらくAでしょう。

高度経済成長時代を生きて、多くの人が持ち家と退職金と年金を確保した団塊以上の世代。
それに対し、同じ国とは思えないような、不安な未来しか保証されていないロスジェネ世代。
不公平を感じるのは当然だし、その若者に光を当てよ、というれいわ新選組の主張も、大西氏の動機も正当です。

しかし、いくら動機が正しくとも、その手段において、「老人を早死にさせろ」「命を選別せよ」ということは、決して許されるものではありません。

■政党として と 個人として はわけて考えよ

ここまでは、一応の理屈が通じる人はだいたい誰もが言っていることです。
もう、理屈も事実もお構いなしで、宗教的につねき擁護で暴走している人たちのことは、手のつけようがないので論じません。
こういう輩が、れいわ新選組を窮地に追い込んでいるということに気が付いてほしいものです。が、無理でしょうね。

発言の主旨はとらえて、その上でやはり「命の選別」は間違っている。と言う人たちの間でも、意見は分かれているようです。

A-1.即刻除名にすべきだ
A-2.即刻除名にすべきだ。除名にできないのなら、れいわ新選組は解党すべきだ
B-1.除名にせず大西氏を含めれいわ新選組が再教育受けるべきだ
B-2.発言しただけで老人を殺したわけじゃないから大騒ぎしすぎだ

という感じでしょうか。

まあB-2は論外ですね。
政治家や政党の言葉は、居酒屋談義の言葉とは違います。
「オレはこれをやるために、政権をとるんだ」という意思表示ですから、実力行使にむかう宣言とも言えます。

れいわ新選組や大西つねき氏を、まったくとるに足らない、放っておけば世の塵になって消えていくと思っていれば、たしかに大騒ぎする必要はないかもしれません。
B-2を言う人たちは、実はれいわ新選組を信じていないし、愚弄しているのです。

でも、少なくとも私は違います。
れいわ新選組の潜在力は確実にあると思っています。(今の党体制では発揮されませんが)
だからこそ、大問題だと言うのです。

私はツイッターなどでも、すでにA-2の意見を言っています。
党としては、即除名すべきだし、もし万が一それができずに玉虫色で「のど元過ぎれば」的な決着にするようなときは、そんなれいわ新選組は解党して、山本太郎個人に一度立ち返ったほうがいいと思っています。

ただ、気をつけていいただきたいのは、B-1に含まれている意味も否定はしていないということです。
れいわ新選組が抱え込んでいる「ファシズムやカルトに流れやすいリスク」について、徹底的に自己切開し、大西氏もふくめて、支持者も含めて、なぜ「正しい」と思ってやることが差別やカルトやファシズムにつながってしまうのか、自己確認することは、不可欠に重要なことだと思うからです。

この自己切開、自己確認は、これかられいわ新選組が、本気で政権交代に向けて進むのであれば、絶対に通らなければならない関所のようなものです。
大西氏の発言があろうがなかろうが。
ただ、この発言で端的に問題が発露したのだから、この機会に絶対にやらなければならないのは 確かなのです。

れいわ新選組がどんなリスクを抱えているのかについては昨年末にも一度書いたので、お目通し下さい。

れいわ新選組は本当にカルトなのか??2019.12.17

ナチスがいやなら、2.26事件の青年将校 と言いましょうか。
彼らも、世の不景気、貧困、汚職と腐敗を嘆いて立ち上がり、そして、それが一気に戦争の道をおし進めたのです。

公開処刑的な「つねきが矯正されている状況を全国に公開する」というのではいただけませんが(文革か!)、私が書いたような、「正しい政策」が「ファシズムやカルト」に直結してしまうリスクを、しっかり認識する学習は、時間をかけて、公開でやるべきだと思います。
なにやら2日間ほど非公開でやる、と昨日の発表でしたが、そんな2日やそこらでできることではありません。

では、言ってることが矛盾してるじゃないか と言われるかもしれませんが、そんなことありません。

党としては「除名」 個人としては「自己切開と学習」 です

大西氏は、党としては除名するけど、いち市民として、私たちと同じ1人のれいわ新選組ボランティアとして、共に自己切開と学習をすすめていけばいいのです。
本当に、謝罪して反省しているのならば、そういう話ができるはずです。

■大西氏は本当に反省しているのか?

しかし、大西氏のホームページを見ると、どうも大西氏は反省なんてしてないんじゃないか という気がしてなりません。

党も太郎さんも大混乱のまっただ中の7月12日 大西氏は愛知県豊橋市でセミナー活動を行っています。
それ以降も、週に3回くらいのペースで講演予定が詰まっています。
それらの告知ページも見てみましたが、中止とかいてあるものはありませんでした。

もちろん食い扶持は必要ですが、この状況でやりますか???

彼の講演は1人2000円ですから、半分が収入としてもこのペースでやっていれば月に100万以上は稼げるでしょう。
お金より人の時間が大事という大西氏にしては、ちょっと稼ぎすぎと言う気もしなくもないですが、政治資金を貯めているのだとしても、やはり、反省の色は見えません。

彼のホームページを見ても、見渡す限りでは謝罪や反省の言葉は見当たりません。
スクロールしていくと「公開した動画を順次文字データとして公開します。」という欄に「7月3日の動画での発言について」という項目があり、これをクリックすると「私の先日の動画での発言について謝罪と撤回をしたいと思います。(以下略)」という短い文章が出てきます。
でもまあ、普通に見れば、謝罪の言葉なんて見付けることはできません。

おそらく彼の謝罪というのは 「ちょっと言い過ぎちゃった ゴメンね」という程度のモノなのでしょう。
もちろん、直接彼の言葉を聞いたり読んだりしたわけではありませんが、つねき教の信者でない限りは、そのように見えてしまいます。

■なんでここまで批判するのか

これだけこき下ろしていると、「おまえはれいわ新選組支持者じゃない」とか「できたてのれいわ新選組を潰す気か」とか、罵声が飛んできます。

私が太郎さんと関わりを持つようになったのは、2014年3月にはたともこさんが太郎事務所の秘書になったことがきっかけでした。
はたさんはその後事務所を辞め、いまは立憲界隈にいってしまわれましたが、2013年の参院選では生活の党の候補者で、私たち関西の仲間は彼女の応援をしていた縁があったのです。

そんなわけで、この年の9月から、大阪などでの太郎さんの街宣のお手伝いをするようになり、大阪の道路使用許可も取りに行っていました。一昨年の秋までは。

ただ、この9月の関西街宣のさなかに、ちょっと事件がありました。
ちょうど11月に翁長雄志さんの沖縄知事選を控えた時期に、当時民主党だった喜納昌吉氏が割って入る形で立候補表明し、それにあわせて植草一秀氏が「翁長氏は隠れ辺野古基地容認派」というデマを流したのです。

喜納昌吉氏の立候補はおかしい2014.9.21

その後の翁長雄志氏の闘いを知り、そして、玉城デニー県政を切り崩す裏切り集団の顧問に就任した喜納昌吉氏を目の当たりにするとき、この謀略説がいかに許しがたいモノだったかがわかります。

儀間氏ら政治集団設立 「21令和の会」
2020年2月29日琉球新報


植草氏はこの一件で、完全に信用を失ったと言っていいでしょう。

ところがところが、驚天動地。
このとき、山本太郎さんまでが同じようなことを言いかけたのです。
うそでしょ と思われるかもしれませんが、理由はハッキリしています。
喜納昌吉氏は斉藤まさしさんたち市民の党が応援してきた人だからです。

はたさんを通して抗議した私の話を、太郎さんは街宣が始まる前の路上でしたけれども、しっかり聞いてくれました。
おそらく、他にもたくさんの抗議や忠告があったのだろうと思います。
結果として、太郎さんは翁長さん批判は撤回し、双方にとって致命的な事態は避けられました。
信頼する人からの情報でも、他の人の意見を聞いて判断するという太郎さんの柔軟な姿勢でした。

2019年の1月にお会いしたのが、お話しできた最後の機会ですが、それまでの4年半、いろいろとお手伝いをし、またお願いをしてきました。

一番大きなイベントは、2016年の参院選直後にやった、憲法フェスです。

憲法フェス@大阪のことなど 2016.9.4

憲法フェス@大阪を終えて2016.9.14

三宅洋平氏の選挙フェスが空前の盛り上がりを見せたこの年の参院選。
その広がりを、ちょっとずつでも全国で受け継いで行けたら。
そんな思いで、選挙が終わった直後に参院会館に押しかけ、太郎さんにお願いをしたのが始まりでした。
そんな大規模なイベントのつもりはなかったのですが、あれよあれよという間に大きな話になり、大阪は梅田と扇町の2会場同時進行のうえ、マルシェまで開催。いやああ 大変でした。

この準備の過程で、あの三宅氏と安倍昭恵の事件が勃発し、もう精神的にもひっちゃかめっちゃかでしたが、なんとも不思議な時空が梅田に登場したイベントでした。

れいわ新選組の準備に入ってからは、直接お話しする機会もなく、事務所もあまり知らない方ばかりになってしまいました。
それでも、7月の参院選では、自由党の街宣車の看板をれいわ新選組に貼り替えて、近畿一円を運行。私も参加させてもらいました。

選挙後は、街宣車を勝手に動かしてもらったら困ると沖永事務局長からお達しがあったので、生活フォーラム関西の皆と智恵とカネを出し合い、「勝手に応援」の文字を張り増しして、大石あきこさんが出馬表明している大阪5区で、生活フォーラム関西として週末に動かしています。
運転はもっぱら他のメンバーがやってくれていますが、警察に道路使用許可を取りに行くのは私のお役目です。

とまあ、「おまえなんか支持者じゃない!」とか言われるのが面倒なので、できるだけかいつまんで私の関わりを書いておきました。
しょせん仕事の合間ですし、カンパもカミさんに離縁されない範囲のことですから、ドップリ応援している方にはかないませんが、私なりに一所懸命やってきたつもりです。

だからこそ だからこそ 大西氏の発言は許せないし、許すべきではない と思うのです。

れいわ新選組に、本当に力を持ちうる党になってほしいから、しっかりケジメをつける胆力示してほしいのです。

■解党的出直し

以前の太郎さんならば、躊躇することはなかったし、自分の言葉で説明をしただろうと思うのです。
しかし、10日の路上会見をみると、同じ台詞を何回も繰り返し、4月の段階で山口泉さんからDMで送られた大西氏についての警告も「知らない」と。

事は、もはや「大西問題」では済まない
 ──山本太郎氏の党派の理念的自滅の危機
   〔前篇〕「大西発言」の前史と現在
山口泉 精神の戒厳令下に 2020.7.9


山口さんは決してアンチれいわ新選組ではない。
それどころか、こう書いている
「私は本人が政治家となる前から山本太郎氏を評価し支持し賞讃してきたし、氏への批判・攻撃については、その誤りを批判し、氏を(あえて言えば)擁護してきた。その評価は山本太郎氏の参議院当選後はますます、衆参両院全国会議員のなかで掛け値なしにただ1人、真っ当な政治家としての位置づけを伴ってもいる。」

だからこそ なんとかして立ち直る機はないかと、完膚なきまでの批判をされている。

「市民の党」に代わり支援者が党運営に関わって行くべきだ
田中龍作ジャーナル |2020.7.12


 れいわは一部の読者が指摘するようなヨチヨチ歩きではない。れいわという組織を差配するのは、設立24年の歴史を持つ「市民の党」なのだから。
 汗水流して献身的に山本太郎の選挙を支えるのは、事務所のスタッフやボランティアたちだ。だが、彼らには規約上、れいわの運営に口出しする権利はない。
 カンパの支援者たちも同様に、規約上、れいわの運営に口出しできない。お金を出していながら、である。
 ごくごく一握りの「市民の党」のメンバーが、多数のスタッフや膨大な数のボランティアを支配する。 

(引用以上)

田中龍作さんは筋金入りのジャーナリストだけれども、一貫して山本太郎には好意と期待をもっていることは、龍作さんの文章を読んでいる人は皆知っています。

この根本問題は、まともな批判を受け付けない、受け付ける形式すらないことです。
「これおかしいんちゃう?」
「え どこ?」
「これや」
「ああ そうやなあ」
という初動がとれる組織であるならば、こんな深刻な事態になる前に、ちゃんと議論ができるはずです。

どうやってれいわ新選組を強くしていくべきか に始まり こうした内部の問題に至るまで、しっかり議論できる組織ではないこと それがれいわ新選組の根本問題です。

そして、それを作ってしまっているのは、斎藤まさしさんや沖永事務局長らが長年活動してきた市民の党です。

市民の党 Wikipedia

あまり知られていませんが、結構なビッグネームが関係していたりします。
動いている金額も大きい。

別に市民の党そのものを批判しているのではありません。
れいわ新選組を市民の党が独裁的に閉じた組織にしてしまっていることを批判しています。
もちろん、それを良しとしてしまっている太郎さん自身の責任も免れません。

沖永明久事務局長は、現職の座間市議会議員です。
座間市はキャンプ座間という米軍基地が市の面積の3.2%を占め、隣接する厚木基地の騒音問題も深刻であると、市のホームページにも書いてあります。
基地対策 | 座間市ホームページ

8月は議会が開かれ、3ヶ月後にはご自身の市議選挙が迫っています。
スーパーマンじゃない限り事務局長をやってる暇はないのではないでしょうか。

れいわ新選組は幹事長すらないですから、事務局長は実施的な幹事長の仕事もする必要があります。
党内の調整も、他党との交渉も、すべての裏方は沖永事務局長の双肩にかかっています。
それを市会議員の仕事の合間に、片手間でやるのは れいわ新選組に投票した228万人に失礼なのではないでしょうか。

高額な家賃の赤阪の事務所をやめて、もう少し下町に移転すれば、差額で優秀な事務局長を雇うことができるはずです。
イエスマンばかりを重用するのではなく、全国から広く人材を求めれば、きっと光る若手がいるのではないでしょうか。
それこそが、れいわ新選組らしいやり方じゃないのでしょうか。

さて、そろそろまとめます
大西氏の差別発言で明らかになったことは、3つだとおもいます

・れいわ新選組という運動の持つ「正しい」がゆえに「ファシズムやカルト」につながりうるリスク
・実際にそうした動きがあってもチェックして対処する能力が現在の党にはないかもしれないリスク
・何かがおかしいときに、広く意見や批判を受けて議論する開かれた体質が皆無であること

この三つを見据えて、本気で力をもつ政党として再起するためには、解党的出直し が必要です。
その「解党的」が、欺瞞に満ちた見せかけに終わるならば、もはや本当の解党しかない、ということです。

これまで、わかっていても勝手に太郎さんに忖度して言わずに来たことがたくさんありました。
そういう人がたくさんいるはずです。たぶん田中龍作さんも、そういう忸怩たる思いで書いているのでしょう。
ある意味でそのことが、結果的にこういう事態に至ってしまったことを反省し、もはや忖度はやめようとおもいます。

まずは16日の発表を待ちますが、ここまでの3回の発表と1回の会見を見る限りでは、心配でなりません。

本日は以上です




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2020-07-06(Mon)

ルビコン川を渡っちゃった都知事選

都知事選の結果が出ました。

私は大阪府民なので外野からの感想です。
東京の行く末はともかく、日本の縮図としての感想です。

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まず桜井誠が約17万票、3%近い票を集めたというのはかなり深刻です。全回から5万増やしています。
小池自身がかなりのレイシストなので、もし現職がもうちょっとまともな人だったら、桜井は倍くらい得票していたかも知れません。
東京都民の(ということはたぶん日本の)5%くらいがレイシスト支持者という可能性大です。
まあ、学校や職場や地域や、いろいろなところで頻発するいじめや虐待や差別を思えば、不思議ではないのかも知れません。

脅威だったのは、維新が下馬評よりもかなり伸ばしてきたことです。
いくらなんでも太郎とはかなり差が付くように思われていたのに、わずか5万票ほどの差。23区ではほとんど太郎より維新の方が勝っています。
なんでこれが脅威かというと、大阪府民の私には、維新が勢いづくのはろくなことにならないからです。

それと、維新は国政のキャスティングボートを握りたいという強烈な願望を持っています。
落ち目の自民と、ヨレヨレの野党と、両方から袖を引かれることで、言いたい放題言えるポジションを確保したいのです。
その意味では今回の維新候補の約9.99%(ギリ供託金没収)という得票は微妙なラインですが、前原と安倍の間で駆け引きする最低限の条件は作ったと言えるでしょう。

小池が圧勝なのはもうわかっていた話なので、驚きも感想もありません。
憂うべきは、事前の情勢分析を前にして「マスコミのインチキだ」とか「太郎さんなら奇跡を起こせる」とか、訳のわからないうわごとを言う人が少なくなかったことです。
やる以上は勝つつもりでやろう というのはわかります。でも、ハートは熱くても脳みそは冷静でなくては、宗教になってしまいます。

小池票で見ておくべきは、前回の小池+増田(自公)は470万だったということ。
それに比べると、実は100万減らしています。その多くが維新に流れたとみるべきでしょう。

宇都宮さんは、伸び悩みです。6年前よりも14万票へらしました。
それでも、太郎さんと競合した割には、最小限のダメージだったと言うべきでしょう。
彼は、勝つことよりも勝つことのできる市民選対を作るために毎度知事選に出ているので(「日本の市民運動はもっと利口になれ」宇都宮健児氏、都知事選を振り返る2016.8.5)、太郎ショックを最小限に抑えて、野党どもの抱きつきになんとか潰されず、この票を固められたことはある程度満足なんじゃないでしょうか。

宇都宮さんの評価は本当に難しい。
勝つ気がないという意味ではふざけんな とも言えるけど、将来的に勝てる選対を作るという目的はきわめて実践的で高邁です。



で、太郎さんです。
約66万票。去年の東京のれいわ票が約46万ですから、かなり健闘して7年前の自分の票とほぼ同じところまでは回復しました。
宇都宮さんと併せて150万で、全回の鳥越票よりだいたい20万は増えていますが、前々回の宇都宮+細川からは44万票減らしています。

(ここから追記)

投票率を見ると、新たな層の票を獲得したとは言いがたいので、ほとんどは前回の鳥越票の分け合いだったと言わざるを得ません・
前回小池票から減った100万票は、60万が維新、20万が太郎さんと宇都宮さんが分け合い、20万は投票率の低下 ということでしょう。

去年のれいわ票が46万で、7年前の太郎さんの個人票が66万なので、事前の予測ではだいたいこのレンジではないかと思われていた中で、供託金没収は免れて予測中のマックスまで伸ばしたのは少し驚きました。さすがの太郎パワーです。
しかし、2位は確実だとか、100万はいくとか、まして奇跡は起きると本気で信じている人たちが結構いたことは、今後のれいわ新選組の行く末にとって大きな不安要素です。

選挙は告示されたときには決まっているとよく言われますが、それは決して不正選挙ということではなくて、それまでの4年間に何をやってきたかが、告示後のわずかな期間で問われるということです。
17日やそこらで有権者は判断するんじゃないよ という意味。
だから、宇都宮だ山本だ、一本化はどうするんだ とか告示直前にいってる時点ですでに勝負はついていたと言うことです。

宇都宮さんは勝つつもりじゃないからそれでもいいんでしょうが、じゃあ一体太郎さんは何がしたかったのか。
いまだに私はわかりません。
秋にもあるんじゃないかと言われている衆議院の解散総選挙に向けて、れいわ新選組の宣伝をしたかったんだという、ちょっと悪意の混じった指摘をする人も多いですが、まあそれでも目的が明確なら責められるものじゃあありません。

なにせ、4年前には引きずり下ろした宇都宮さんを、口先で褒めちぎっていた野党各党だって、頭の中はもう秋の総選挙だったはずです。
だから、宇都宮さんの街宣で、本人が出てくる前に延々とどうでもいい野党の政治家の長演説がつづくのです。候補者をたてるなんてことは、初めから頭にないのです。

初めは野党各党が太郎さんを統一候補にと交渉して、それを太郎さんが消費税5%とれいわ公認を曲げずに拒否したという話は皆さんもご存じでしょう。
確証はありませんが、たぶんその仕掛け人は小沢一郎さんです。

統一候補で太郎さんがでた場合、最大で6年前の細川+宇都宮≒200万票が期待できます。
もちろんそれでも小池には勝てませんが、野党をまとめて再編していくために、太郎さんは絶大なプレゼンスを占めることになります。
つまり、秋に向けて野党を再編していく中で、山本太郎を要とし、彼をスターに押し上げることを、小沢さんは企図した、と私は見ています。

野党各党がすんなり太郎さんの言うことを聞くわけはなく、消費税5%も文言としては飲まないでしょう。
自分のこと、目先のことしか見ていない連中を束ねていくことは、熱烈なファンに囲まれている現在の状況とは大違いです。
そういう有象無象をなんとか手なづけて、自民党にかわる選択肢をつくることに、小沢さんは生涯をかけてきましたから、太郎さんにそれを託したかったのでしょう。
永田町の裏表を知り尽くした小沢さんではなくて、民衆の中へ踏みいっていく太郎さんがそれをなすことで、これまでとはひと味もふた味も違う野党再編のスーパースターを期待したのではないでしょうか。

「都知事選を利用して何をやってくれちゃってんだ」という批判もあるでしょうが、99.9%勝ち目のない選挙に出る以上は、そのくらいの戦略があって当然です。
ただただド直球ばかり投げていては、いくら剛速球だって簡単に打ち返されてホームランです。
わざとボール玉を放るのも、危険球ギリギリの内角を攻めるのも、ルールに違反しない限り当然のことです。

しかし、太郎さんは小沢さんの企みを拒否してしまいました。



拒否して辞退したのならばともかく、拒否して対抗馬として出てしまったのですから、もはや野党再編と太郎さんの関係は修復不可能です。
もちろん、それはわかっていて拒否したのだと思いますが、それでもやはり 「ルビコン川を渡っちゃった」ことを、改めてれいわ新選組の周辺の皆さんは自覚すべきです。

10月の臨時国会冒頭で衆議院解散にうってでるのではないか。そんな解散風がヒューヒュー吹いています。
このままいけば、ごく一部の人をのぞいて、野党各党の議員はばっさばっさと討ち死にです。
枝野個人はたぶんそれでも合流はしたくないし、もしするなら「他党が立憲に吸収合併される」という傲慢な姿勢をくずしていないと思われます。がしかし、党内がそれでは持たなくなってきているはずです。

前原などのどうしても共産党とは協力できないという心の狭い連中は維新と連係し、それ以外の立憲、国民、社民は合流していき、共産党はそれに歩調をあわせていかざるを得ないでしょう。

野党、候補乱立で及ばず 次期衆院選へ共闘構築急ぐ―都知事選
2020.7.6 時事ドットコム


前回の合流話も、立憲枝野が「吸収合併だ」とゴウマンかまして譲らなかったから流れただけで、対等合併になればほぼ成立するでしょう。
たしかに、この集団に魅力は感じないし、応援するのもかなりおっくうです。
とはいえ、いくら旧勢力だ、旧態依然だ、石頭だ、緊縮派だ、ゴリゴリだ と言い募ってみたところで、1240万票以上、共産党と併せれば1700万票からの塊を無視して、政権交代ができると夢想するのは、無責任すぎます。

だからこそ、このぬれ雑巾のような塊に、希望を吹き込むのが山本太郎の存在だったはずなのですが、その目はもはやありません。
れいわ新選組はこの先、ずっと一人旅を続けていくしかありません。
共闘に乗らないだけでなく、大阪5区などに見られるように、候補者の一本化にも乗らない可能性が高いわけです。
つまり、対自公、対維新、そして対既存野党 の三方面を敵として戦うしかないのです。

日刊ゲンダイが書いているような、次は大阪に殴り込み が本当かどうかは怪しいですが、とにかく奇襲戦法をとりながら既存野党をも敵として戦うのが、これからのれいわ新選組の道です。
望むところだ と言う人もいるでしょうし、いやそんなつもりはない と言う人もいるでしょうが、都知事選でルビコン川を渡った以上は、野党の側がそれ以外の道を許さないでしょう。



私は、れいわ新選組がどんな道を進もうとも、山本太郎個人を応援したいという気持ちは変わりません。
今の彼のやり方は理解できない部分が大きいし、やることすべてを応援できるかというと、無理なことも多そうです。
それでも、少しタイムスパンを長くとって、山本太郎は応援していきます。

その上で、次の総選挙は、本当に10月になる可能性は十分あります。
太郎旋風だけで政権交代できるか? できるわけありません。
古めかしい既存野党の1700万票に、あと1000万票を上乗せする。そのためには、小沢さんが言う通り、大きなひとつの受け皿ができることです。

「悪夢の民主党」は、安倍晋三だけでなく、たしかに私たちからもそう見えました。
でも、逆に考えてみて下さい。本当に国民が「悪夢」と強く思っているのならば、安倍晋三は民主党の亡霊を恐れる必要などないはずです。
安倍晋三が「悪夢」と恐れるのは、どんなポンコツでも、まとまってしまうと怖いからです。

こんな安倍のマインドコントロールにまんまと乗ってしまって、「野合は支持されない」とか寝言を言って自ら分裂し、政権交代を放棄してきたのが、立憲を初めとした野党なんじゃないですか?
本当に野合は支持されないんですか?
いっつもバラバラになっていて、試してみたことないじゃないですか。
逆に、バラバラだと大負けする ということだけは、何回も何回も実証してきたのですよ。
いいじゃないですか。政権交代を熱望する野合。やりましょうよ。

ただし、まとまったときの頭と顔をどうするのか は重要です。
頭が小沢さんで顔が太郎さんなら、本当に圧勝する可能性があった・・・・・
けど、もうその可能性はない以上、ぐだぐだ言っても始まりません。

少なくとも、枝野や野田や、まさに悪夢を体現する連中だけは表舞台から消えてくれ!
立憲にも国民にも若手の良い人材はたくさんいます。
悪夢ちゃんたちが退場して、彼ら彼女らを登用できるかどうか。

ここが運命の分かれ道になっていると思っています。
山本太郎に比べるとパンチ力は少ないかもしれないけれど、政権交代の道を敷くには、十分な力を持ちうるでしょう。

秋に向けてどう考えて、何をするべきか。
ちょっと考えなくてはなりません。
思いついたら、ぼちぼち書き連ねていきます。


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2020-06-18(Thu)

革命 改良 改革 ~東京都知事選について~

革命とは天命が革(あらた)まること つまり支配者の系統が変わることである。

愛新覚羅家が支配する清朝が辛亥革命で孫文と蒋介石らによる中華民国に代わり、さらにそれが中国革命によって共産党にとってかわられた。

日本の場合は、明治維新など何度も支配権の争奪は経験しているけれども、なんだか革命というにはスッキリしない中途半端さがつきまとっている。天皇が残っているということもあるし、それに象徴されるように、あえて天命が革まるような設えにせず、むしろ後継者を僭称するという形式をとってきたことが大きいのだろう。

とくに1945年に革命がならなかったことは、その後の日本に暗い影を落とし続けている。
中国のような共産主義革命ということではなく、少なくともそれまでの支配層を一掃することができていれば、戦後の日本は違う道を歩むこともできただろう。

しかし、数人の人身御供を処刑しただけで、ほとんどの戦争遂行者たちは、戦後の支配中枢に残り、岸信介のごときが首相となり、あろうことかその孫が戦後最長の政権を延々と続けている。
安倍政権による最長にして最悪の政治は、つまるところ、戦争を総括できずに戦後革命を成し遂げられなかったことのツケが、たまりたまって汚穢のようになった姿だとも言える。

この日本の戦後の姿に、共産党も含めてすべての既成政党は革命を提起しない。支配の系統を残したままの改良を唱えるのみで、天命が革まるような大変革は望まない。
ごく一部、新左翼と言われたグループが革命を唱えたけれども、まったく世の中には伝わらなかった。

そんな日本に登場したのが山本太郎である。
山本太郎は、声高に革命は叫ばない。しかし、彼の言うことを実現するには、支配構造を根底からかえない限り実現できないことは明らかだ。
すなわち、山本太郎とれいわ新選組こそは、国会議員を有しながら革命を唱える日本初の政党なのである。

東京都知事選においても、妥協を許さず、というか、既成政党が妥協できる範囲をあえて凌駕する主張を高々と掲げることによって、自らの存在をアピールした。
それはあまりにも正しい政策であると同時に、革命の日までは決して実現しない政策でもある。



一方の宇都宮健児は、なんで負けるとわかっている闘いに何度も何度も立ち上がるのか。
これは、多くの人が不思議に思っているのではないだろうか。

私もなかなかわからなかったのだが、4年前の都知事選のあとに書かれたこの記事を読んで、彼の問題意識は少し理解できた気がした。

「日本の市民運動はもっと利口になれ」宇都宮健児氏、都知事選を振り返る
2016年08月05日 HUFFIPOST


(略) ただ私は、もっと市民運動という人たちが選挙闘争に成熟、精通すべきだと思いますね。選挙は様々な課題があって、できるだけ多くの人の支持を集めないといけない。議会制民主主義がこの国のルールだから、選挙をもっと何回も経験して、勝つための工夫が必要なんですね。これまでの市民運動はデモとか集会はよくやるけど、選挙闘争を保守の側と勝ち抜くための訓練が極めて弱いと思います。

国政選挙でもそうですよ。何を重視して投票するかといったら、景気、雇用、社会福祉が3割なんですよ。憲法とか原発は一桁台です。だから憲法問題を最前線に押し出して、ワンイシューで戦うというのはもともと敗北主義ですよね。国民生活や、国民が今抱える問題についてもちゃんと解決策を打ち出して、期待に応えられて、かつ憲法改悪阻止、反原発の人をつくりあげていかないといけないんですよ。反原発だけ言っておけば選挙に受かるかというと、受からないですよ。都政の問題で言えば、都知事選が終わったら都政の問題が頭から飛んじゃうようじゃダメですね。本当に都政を変えようと思ったら次の選挙まで都政について勉強する、都議会の傍聴もやる。そういうことを続けないと保守支配は変わらないんですよ。

あと20~30年かけて、市民運動が鍛えられて選挙闘争にもっと成熟すれば、市民運動は変えられると思うんですよ。非常に参考になるのはアメリカ民主党のバーニー・サンダースの自伝です。選挙闘争を運動と位置づけて、無関心な人を教育して若者や低所得者を組織して次の投票に向かわせる。その粘り強い運動が必要なんですね。バーニー・サンダースはそれを何十年もやって、共和党の牙城だったバーモント州で上院議員になるんだけど、たった1回の選挙で変えようと思ったらだめですよね。そのためにはもっと国民が考える課題に肉薄しなければいけないし、国民と一緒になって考える運動も大切。貧困と格差が深刻な問題になっているわけだから、護憲勢力や反原発勢力がそこを取り込めるようにならないと勝てないですよ。そこが抜け落ちているんですよ。

保守の人たちは盆踊りに行ったり、地域の行事に顔を出したり、いろいろやってるでしょ。それ以上のことをやらないといけないんですよ。東京でいえば、区市町村議会や都議会から変えていかないといけない。野党連合で知事選に勝ったとしても6割は自公の都議ですから、条例1つ通せない。

(引用以上)

これを読む限りでは、2~30年スパンで市民が選挙闘争を学んでいく場を作る、そのために負けるとわかっていても何度も出馬してきたようだ。彼の選対の様子をまったく知らないので、その意図がどこまで実現できてきたのかは私にはわからないけれども、やりたいことはすごくよくわかる。

これが目的ならば、宇都宮にとっては6年前の細川や今回の山本太郎の出馬は痛手でも何でもなくて、1つの貴重なケーススタディーということになるのだろう。
そんなこととは露知らなかった私は、6年前には大まじめに悩んでこんな記事を書いた。

【都知事選】まず冷静に立ち位置を確認しよう

でも、当の本人が究極のところ勝ち負けはどうでも良かったんやねえ。。。。
宇都宮が本気で勝つことにこだわりつつ、市民の実践演習もかねてやる気ならば、本人が出るのではなくて勝てる候補を探し、自分は司令塔になるという選択肢もあったはずだ。
しかし、それでは勝つことが優先され、政党の事情に押し流されていくことが目に見えているので、かれはあえて自分が候補として出るのだろう。

最後の最後には勝つことを強烈に、リアルに意識するからこそ、目の前の勝負にはこだわらない。
どうやらそれが宇都宮の戦略らしい。

これはこれで、革命につながる戦略とは言えるのかもしれない。
つまり、山本太郎が叫ぶ政策を実現するためには、宇都宮が実践する市民による選挙革命の実践訓練が必要、ということだ。
ということは、山本太郎を候補者として、宇都宮が司令塔で闘えばよかったんじゃね と思っても時すでに遅し・・・・
それに、太郎を握って離さない方々もいるしねえ・・・・



山本太郎は出馬会見で
「リアルに餓死寸前、この先、餓死しかないかもしれないっていうような人たちが、街に、街のいたるところに目につくって、おかしいでしょってことなんですよ。」
と、いま出馬する心境を語ったけれども、しかし、勝てなければ餓死寸前の人を救うことはできない。
勝ちにこだわらずに孤立主義を貫き、革命的なくして実現できない理想的な政策を掲げることが、果たして目の前の人のためになるのか、私には納得はできない。
かつての山本太郎も、同じことを言っていたように、私は記憶している。

とりあえず最善でも理想的でもないけれども、自公でも妥協するかもしれない程度の政策で、少しだけでもマシな状態をつくろうとすることを、革命に対して改良という。
改良主義というのは、かつてボルシェビキが敵対勢力を反革命として粛正していくときに使われた言葉だから血なまぐさいイメージがあるけれども、この時代にそんなところまで思い出す必要はないので、単に「支配勢力の総入れ替えをせずに、状況をちょっとでも改善すること」と理解しておけばいいだろう。

与野党の伯仲までもちこんで自公政権をたおさないままで少しでも改善を勝ち取るケースとか、せいぜい立憲や国民民主や連合なんかによる、大資本やメディアなどの支配構造には手をつけられない中途半端な政権交代でも実現できる程度の緩い政策。
ぜんぜんスッキリしないけれども、以前よりはマシ、というのが改良である。

2009年の政権交代は、たしかに改良だったけれども、小沢一郎は密かに革命に手をつけようとした。
それは、マスコミのクロスオーナーシップ規制だったり、高級官僚の政治任用だったり、「第7艦隊で十分」発言だったりした。だからこそ、彼だけは徹底的にたたかれ、改良に甘んじたい民主党の中からも排除された。

そんなこともあって改良はどうもイメージが悪いのだけれども、しかし、目の前にいる餓死寸前の人を餓死する前に救うためには、改良でなくては間に合わない。
革命のアカツキを待ち望んでいる間に、どれだけの命が失われていくことか。

しかし、今般の都知事選挙では、明確に改良をめざしている候補はいない。
宇都宮の掲げている政策は妥協的で改良的だけれども、それは実地訓練として練り上げられた結果であって、そもそも勝ちにこだわっていないので、本当の意味での改良主義ではない。



そんな状勢で、やりかたによっては票を集めそうなのが、維新の候補である。

維新は典型的な「改革」政党だ。
改革とはなにか。
革命でも改良でもなく、変化をもとめる声を新自由主義につなげることである。
自民党の基盤であるドメスティックな利権を、多国籍な巨大資本の手に渡すために、国民の変化を求める声を集め、ねじ曲げ、利用するのがカイカク政党である。

革命と改良のバッタ物、似て非なる、どころか似ても似つかぬシロモノだ。改とか革とかいう字を使うに値しないので、カタカナで書く。

ただただ悪い方にしか変化しないのがカイカクなのだが、それだけに現支配勢力にとっても痛い政策ではないから、あまり圧力はかからない。
しかも、外資やヤバい筋などのパワーがバックに付いているので、メディアを乗っ取ることがある。大阪のようにこれをやられると、とんでもない風がおきてしまう。

そして、その正体がわからないまま、何か大阪で実践しているみたいだよ、というリアリティをともなって、カイカクに期待してしまう人が大量発生しかねない。
維新候補は小池の票も食うだろうし、それにとどまらず、大変革ではなくてちょっと良くしてほしい というヌルい都民の希望を集める可能性がある。

現状では小池圧勝の状勢は動かないが、維新が宇都宮や太郎を超えてくるようなことになると深刻だ。
昨年の参院選比例票は、東京都で維新は約48万票とっており、れいわ新選組よりも2万票以上多いのだから。
宇都宮と山本太郎の分立は、政権支持層は自公へ、批判票は維新へ という大阪の病が東京にまで伝染する事態を招きかねない。



それでも、もはや始まってしまった以上は、それぞれ気に入った候補を応援するしかないのだろう。

ただ、せめて直近の数字くらいはおさえた上でやってもらいたい。
昨年の数字を2倍にするくらいなら可愛げがあるが、10倍にすることなどできはしない。
まるで宗教のような奇跡を信じる支持者は、どちらの候補者にとっても、むしろ危うくする存在でしかないと思われる。

素敵な政策を叫んで溜飲を下げたい、義理と人情で応援せざるを得ない、まあ色々あるだろうけれども、熱い心と冷静な目だけは忘れないようにしていただきたい。




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2020-06-15(Mon)

山本太郎氏の都知事選出馬について

山本太郎の都知事選出馬表明に、悲鳴と歓声が入り交じっている。
もちろん、敵陣営ではなく、支持者の間で である。

私自身の正直な感情は「困ったなあ」である。
「反対!」と声高に言うつもりはない。なぜなら、宇都宮健児も各方面に調整して出馬したようには見えず、単なる早い者勝ちだったからだ。
それならば、山本太郎にも宇都宮と同じ権利がある。

では「賛成」なのかというと、そんなことはない。賛成とか反対ではなく、戦略として下策だと考えている。

ごく一部のれいわ熱烈支持者は、山本太郎の出馬に狂喜乱舞し、それなりの割合の支持者は「まあ彼がでるなら応援するよ」という反応だけれども、それが大きなうねりになるか、これまでになかった支持の拡大になるか、というとそんな気はしない。

昨年参院選の熱量でも、投票率は上がらず、れいわの票はほとんど立憲と共産の票を奪った形になった。
もちろん、それはそれで第一歩としてよかったと、私は評価している。最初はそこからしか始まらない。

しかし、参院選後の山本太郎の周辺やれいわ新選組の動きを見るかぎり、第一歩を基礎にして、そこから伸ばしていくという意識は皆無だった。
むしろ、220万票しか集められず、太郎本人を落としてしまった「既存勢力」に対する言外の落胆と不信を私は感じた。要するに、昨年の220万票に依拠する気がはじめから無い、ということだ。

その延長が、今回の都知事選への出馬ということなのだろう。野党共闘的な支持層はごっそり離れてもらって結構。他の野党なんて眼中にない熱烈支持者だけ残って、これまで投票に行かなかった50%の人たちにアプローチできればいい。という考えではないだろうか。

その理念はわかる。大きな方向性としては同意できる。
でも、現状認識と次の一歩として、それでいいのか? 大いに疑問なのである。

昨年参院選のときの東京都のれいわ新選組の比例票は46万票弱である。6年前の太郎票から20万票、3割も減らしている。その後も約1年間、地方組織は作らない方針のうえ、作ると言っていたボランティアセンターもできずに有機的な活動はほとんどできなかった。

この現状で、さらに野党共闘に背を向けて、孤立したたたかいを選択することのメリットが何なのか、私には理解できない。



風頼みの選挙がいかにもろいものか、無残なものか、2009年の政権交代でいやというほど味わったはずだ。
関西の小沢グループが、小なりといえども生活フォーラム関西をつくって維持してきたのも、その痛みを忘れていないからだ。

2009年の政権交代も、半ばマスコミに作られた政権交代だったとも言える。その理由はいろいろ考えられるけれども、あの時はなぜかマスコミは政権交代待望をあおった。
そうやって勢いでできてしまった政権は、能力的にも理念的にも政権を担うにたるものにはならなかったし、何より当事者に覚悟がなかった。

山本太郎個人の覚悟を疑うものではないけれども、都政にせよ国政にせよ、一人でできるものではない。
それだけ大きなものを担っていくチームを作らなければ、仮に風が吹いたとしても、その直後の逆風でまたしても悲惨な結果を招くだろう。

自由党時代の山本太郎は、現場主義と同時にそうした大きなビジョンも踏まえていると私は思っていた。
しかし、れいわ新選組になってから、なかんづく参院選後の山本太郎は、そうしたビジョンを投げ捨ててしまったように見える。



いずれにしても、残念なことに現状の分析によると、女帝小池は自公どころか、立憲の支持層から一部共産支持まで浸透しているそうで、このままいけば宇都宮とはトリプルカウントになりそうな勢いだ。
だったら、どうせ負けることを前提に、出たい人が出て言いたいことを言えばいいじゃないか。結果、党勢拡大になれば儲けもんだ。という意見も多く見かける。

れいわ新選組の熱烈支持者はそれでいいと思うだろう。私も、少しはそういう気分もある。
でも、それを一般の有権者目線で見たらどうだろう。ただでさえ蔓延している選挙というものに対する無力感を、いっそう強めることにならないだろうか。
コロナの影響も含めてだが、乱立選挙はいっそうの投票率低下を招くように思えてならない。

頼りない奴らと切り捨てられた既存勢力が何を言っても、いまさら仕方が無いのだろうけれども、とにもかくにも今の自分の考えを書き留めておく。

生活フォーラム関西の面々や、これまでれいわ新選組を支持してくれていた皆さんと意見交換して、これからどうするのか考えていきたい。




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2020-06-04(Thu)

コロナと人権 & 安倍晋三の裏マター

新型コロナの「緊急事態宣言」と、安倍晋三がやりたくてたまらない改憲の「緊急事態条項」はぜんぜん別物なのは確かなんだけど、問われてる問題はやっぱつながってるなあと思う次第。

ツイッターを見ていて思うのは、安倍政権のド悪政を嘆くひとびとの中でも、コロナへの見解が180°ちがう傾向があるということ。
一方では、コロナの危険を最大限に減らすことを考え、安倍政権の無能、無策を非難し、もっと強制的に対処すべきと主張する人たち。
他方では、コロナを利用した安倍政権によるショックドクトリンや人権圧殺の危険を訴え、極端な場合はコロナは怖くないとまで言う人たち。

どっちも正しいし、どっちも間違いでは というのが私の考え。

たしかに、安倍政権のコロナ対策は愚策に次ぐ愚策、愚策のデパートの観がある。
韓国や台湾のようにやっていたら、人命も経済もここまで被害を出さずにすんだだろう。
しかし、安倍政権に韓国のような個人情報の国家管理を許してしまったら、その先に何があるのか、考えるまでもない。
そのリスクは、コロナのリスクと比較しても、決して小さいとは言えない。

とはいえ、コロナはたいしたことないとか、甚だしきはすべて陰謀で虚構だとか、これはこれで人命をなんだと思ってるんだと言わざるを得ない。
公式発表で死者900人(厚労省6月2日24:00現在)だが、極端にPCR検査を制限している日本の場合、もっと多くの死者がでている可能性が大きい。
なにせ、尾身茂という専門家を自称するおっさんも、「実際の感染者数「10倍か20倍か分からず」」と言ってるわけで。

新型コロナ:コロナ感染死、把握漏れも 「超過死亡」200人以上か
2020.5.24 日本経済新聞


上の記事は、東京の死者数が、公式発表16人の期間に、200人以上増えていたかもしれない、という話。
単純計算ならば10~15倍ということになり、全国では1万人を超えている可能性がある。
やっぱ、コロナなんて大丈夫だよ なんて言えない。

だから、安倍政権のコロナ対策は愚策だ というのも正しいし、ショックドクトリンで人権蹂躙しようとしてるという危機感も正しい。
けれど、だからといってあの極悪安倍政権に大権を与えようとか、コロナは危なくないとか、そんな議論は頭ぶっとんでる。

コロナは危ないし、危ないからこそそれを利用してショックドクトリンを仕掛けてきたのだ。
こんな単純で最悪の事態をちゃんと見据えなくてどうする。
どっちかの危機を見ないフリして気休めしても、現実は容赦ない。



ツイッターと言えば、私のツイッターアカウントには5400の壁というものがあるようだ。
2011年の震災の後に始めてから、ほどなく5000人以上の人にフォローしてもらったのだけれど、その後は5400に近づくと減り、5300以下にはならず、何年も増えたり減ったりを繰り返している。

リツイートも多くないので、要するにあまり「お役にたつ」ツイートをしていないと言うことなんだろう。
反省はしているのだけれども、でもちょっと言い訳もしたくなる。
このブログを始めた2005年から3.11の2011年くらいまでは感覚的にブログが主流だったと思う。
しかしその後、災害にも役立つということもあり、急速にSNSと呼ばれる短文投稿が増えていく。

端的に、もっと言えば極論を、気の利いた言葉で短く表現する。現代版のアジテーションだ。
このブログを今でも読んでくれている方ならばわかっていただけると思うけれども、そういうのは苦手だ。
あっちかこっちか ではなくて あっちもこっちも。
これは酷い って見えるけど 裏の意味は?
みたいなことを ねちねちと考えて書くのが好きなのだ。

コロナについてもそうだし、安倍晋三についてもそう。

安倍晋三を「ファシスト!」と決めつけるのも簡単だし、「トランプの犬!」と罵倒するのも簡単だ。
そして、間違ってはいないと思う。
けれども、それで本当の姿、本当の狙いを捕らえたことになるのだろうか??

そもそも善と悪の二元論から脱却することが必要だ。
民衆の敵とて一枚岩ではない。
ドメスティックな利権を最優先する本来の右翼と、グローバル金融資本の収奪をねらう新自由主義とは、本来は真っ向から対立している。
アメリカではかなり鮮明に対立構造が見えている。前者がトランプであり、後者がクリントン、オバマ、バイデンという構図だ。
しかし日本ではこの対立が顕在化しない。
なぜか。

それは、ひとえに安倍晋三の働きによる。
つまり、安倍晋三は、右翼と新自由主義の架け橋なのである。
もうちょっと正確に言うと、新自由主義が右翼に与えた太鼓持ちであり、ペットなのだ。

右翼勢力が強くなりすぎないように、適当に喜ばせてご機嫌をとりながら、一線を越えないようにする。
これは2006年に第一次安倍政権ができたときからそうだった。
小泉・竹中路線=露骨な新自由主義を継承しながら、極端な反発が出ないように右翼のご機嫌もとっておく。
そのために、安倍晋三というキャラクターは最適だったのだ。

もともとは右翼臭プンプンで日本会議の希望の星。
でも、実な中身は空っぽで自尊心と小金を与えておけば何でも言う通りに動く。
恥という概念が欠落しているので、現行犯逮捕されない限り辞任なんてしない。

新自由主義でチュウチュウと日本の富を吸い上げるグローバル金融資本にとって、こんなに便利な政治家はいなかった。
もう1人の候補が橋下徹で、自民党が下野している間に急上昇したけれども、ちょっと権力欲が強すぎる上に頭が良いので扱いにくい。
で、結局、2012年末に第2次安倍内閣ということになってしまった。

そうこうしている内に、アメリカでトランプ政権が成立し、グローバル金融資本などの「日米関係」を騙って利権をむさぼってきた連中は焦った。
そこで繰り出したのが、やはり安倍晋三という駒だった。
まだ就任してもいないトランプの下に、金のゴルフクラブをもって駆けつけ、恥も外聞もなく「お手」をして見せた。
よく落ちるオスプレイだろうが、欠陥戦闘機だろうが、余りもんのトウモロコシだろうが、作りすぎた人工呼吸器だろうが、買えと言われれば「キャン」と鳴いて即決する。

だから見た目には、安倍晋三は完全にトランプの手下のように見える。
けれども、それでは安倍政権の本質は見えてこない。
安倍晋三個人はトランプの手下になる役割を担ってはいるけれども、安倍政権は決してそうではない。
戦後一貫して日本に浸透してきた、いわゆるジャパンハンドラーズ、すなわち「日米関係」を騙って暴利をむさぼるシステムと、小泉・竹中時代から公然と立ち現れたグローバル金融資本が、トランプに邪魔されないように安倍晋三という煙幕をはりつつ、依然として日本を私物化している。

典型的なのが辺野古基地建設だ。
トランプの基本路線から言えば、あんなものは税金の無駄遣いでしかない。
仮に建設は日本のカネでやるとしても、その後の運用にかねがかかる。
それに、商売人トランプとしては、同じ2兆円のカネならば、沖縄ではなくアメリカに投資させたいはずだ。

しかし、日米安保に巣くう連中にとっては辺野古は自分たちの権力と利権の象徴であり、譲れない。
ここで負けると、日本の官僚も言うことを効かなくなる可能性がでてくる。
だから、安倍晋三に精一杯トランプのご機嫌取りをやらせたあげく、ここだけはトランプに介入させない。

逆に言うと、辺野古基地問題は、日本が長年の植民地状態から脱却できるかどうか、その大きな分岐点だ。
歴史の分水嶺といってもいい。
沖縄だけの問題では断じてない。
右翼の諸君にこそ、遠い昔に置き忘れてきた理想を思い出して、建設に反対してもらいたい。

繰り返しになるが、安倍晋三は新自由主義が右翼に与えた太鼓持ちであり、ペットだ。
こんなものを与えられて、右翼心をコチョコチョされて喜んでいるネトウヨは、本当に情けないクズだし、実際にかなり有害だけれども、それでもやはり雑魚である。
本当の敵を見失ってはいけない。
真の敵は、日本の財産を、根こそぎ、骨をすするようにして持ち去ろうしているグローバル金融資本であり、いわゆる新自由主義である。
安倍官邸を、財務省や外務省ではなく経産省の官僚が仕切っていると言うことも、その証左である。



敵の用意周到さにくらべ、野党の皆さんはあいかわらず足並みがそろわない。

東京都知事選は、国民民主がそうそうに宇都宮氏の支援をしないと表明。。。
その一方では、立憲民主はあいかわらず山本太郎や馬淵澄夫などの減税派の排除に余念が無いという話も聞こえてくる。

何度も書くけれども、「俺はこう思う」も結構だけれども、「人はこう見るだろう」という意識も持ってもらいたい。
このままでは 次の総選挙もぼろ負けだ。

「本気でこの危機を脱するんだ」「国民の生活を守る」という気概を、声をそろえてもらうだけで、十分に勝機があるにもかかわらず。

あ~~あ アホやねえ・・・・・・
私のこの無力感こそが、日本中の空気なんじゃないのかなあ・・・




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2020-05-27(Wed)

真面目な話、安倍政権は「亡国」と「売国」を本気でやるつもりだよ

安倍政権批判をいろいろ見ていて、どれもこれもピントがずれてる気がして仕方がない。

無能? 改憲やりたい? 私利私欲? もちろんどれも当たってるけど、それは本筋じゃない。

無能なのは操りやすいということ。恥という概念がないから、ある意味殺されない限り無敵。
改憲やりたいのは、たぶんポーズ。あるいは煙幕。右翼はコチョコチョされて大喜び、左翼は「すわ護憲」で他に目が向かなくなる。
私利私欲は、使命感など欠片もない安倍晋三という役者を動かすためのギャラ。

空っぽで恥を知らない安倍晋三という役者を使って、安倍政権、安倍官邸がやろうとしていることは、無能でもなければ改憲でもなければ私利私欲だけの利権でもない。
そんな小さな話じゃない。
めざすところは、日本という国を、丸ごと滅ぼして、バラバラにして、その断片に激安の値札をつけて、外資(というか巨大金融資本)に売り払うこと。
つまり、「亡国」と「売国」だ。

亡国とか売国という言葉を使うと、左翼が「国家主義だ!」と青筋立てるかもしれないので、一応断っておくと、国というのは日本という行政単位に所属する、ヒトモノカネコト のことだ。
ヒト=人材 モノ=公有資産(例えば水道とか) カネ=金融資産 コト=情報 これらをごっそり外資の支配下に置くことで、日本人が何をやっても、自動的にじゃんじゃか外資が儲かる仕組みになっていく。

実は、日本はすでに半分そうなっている。

対外資産364兆円。資産なんだからいいじゃないかと思われがちだが、結局儲けを回収できない貸し倒れのようなもの。がんばって稼げば稼ぐほど、日本は貧乏になっていく。

年金基金のGPIF 約170兆円のうち、すでに47%は海外株式と海外債券に。 

ゆうちょ銀行 約200兆円のうち32%は外国証券に。

結局、カネを刷ろうと稼ごうと、最終的には外国(主にアメリカ)に資金が流れていく仕組みが、もうかなりできてしまっている。

それでもまだ国内にとどまっているのは、水道とか高速道路とかの莫大な固定資産と、日本の住民の暮らしだ。
こればっかりは、そのまま外国に売り払っても、マネーのように簡単に持っていくわけに行かない。

そこで竹中平蔵あたりが絶賛売り出し中なのが、PFIとかコンセッションというやつ。
要は、公共財の運営だけ民間がやりますよ ってこと。
そうすれば、売上はマネーにして持ち出せる。

住民の暮らしにかかわる公共サービスも、ぜんぶ売上=マネーになって吸い上げることができる。



ところが、このPFIやコンセッションは、連中が狙っているほどには進んでいない。
水道の民営化も、さすがに住民の反対が強くて、なかなか実施にこぎ着けていない。

なんやかんや言っても、まだ日本は国の形があるし、自治体の形もある。
内戦状態のように統治が機能不全にはなってはいないので、いくらなんでもありの安倍政権でも、住民の暮らしに直結する公共財に手をつけるのは、結構難しいのだ。

だったら機能不全にしちゃったらいいじゃね? というのが安倍政権の基本思考だ。

ここんとこが重要。

安倍晋三が思いっきり無能に見えるのは、本人が無能だからではなくて、無能な安倍晋三という役者を使って、わざと思いっっっっきり無能な政府を演じているのだ。

では、どうやって機能不全にするのかというと、偽装と改ざんと隠ぺい である。

最低限の民主主義というのは、最低限の情報があって成りたつ。
もし、メディアが100%政権にコントロールされて、水も漏らさぬ状態になっていれば、ウソとでっち上げとデマで、政権党は完全無欠になるし、野党はあらゆる濡れ衣を着せられることになる。
まあ、今もかなりそうなりつつあるけど、でもまだそこまでじゃない。
というか、実際にはなかなかそこまでの統制というのは簡単じゃない。

安倍政権が狙っているのは、完全統制ではなくて、機能不全。
つまり、片っ端からなんでもかんでも、偽装と改ざんと隠ぺい、つまりウソで塗り固めてしまえば、もう政治に対する信頼感がゼロになる。
国政選挙でも投票率30%くらいになって、地方選挙なんて10%くらいまで落ち込めばしめたものだ。
だれも見ていない行政の闇のなかで、組織票だけでガチガチにかためた与党勢力が好き放題できる。



安倍政権にとって「ラッキー」だったのは、コロナショックだった。
コロナを使って日本中の経済活動のクビを締め上げれば、身売りせざるを得ない会社が大量に出現する。
なかなか進まないコンセッションの代わりに、とりあえずの貢ぎ物ができる という寸法だ。

さらに感染を拡大させてしまえば、政治も行政も機能しなくなる。
その隙に何でも何でも決めてしまえばどうにかなる。

こうして出されたのが、スーパーシティ法案だ。
ほとんどの公共財の運営を担っている地方自治体を、こそっと民間に入れ替えてしまう。
いちいち事業ごとにPFIだコンセッションだという手続きをすっ飛ばして、基本的な枠組みを地方自治から「内閣-首長-民間資本」の独断でOK の世界に変えてしまう。
ヒトモノカネコト のすべてを、一元管理でお渡ししましょう ということ。

こんな法案、いくら一強多弱の国会でも、そう簡単に素通りするもんじゃない。
けど、通ってしまった。
安倍官邸にすれば、まったくもってコロナ様々 というわけ。

安倍政権のコロナ対策が、見るも無惨だったのは、無能だったからではない。
(安倍個人は無能かもしれないけど、官邸は無能ではない)
わざと なのだ。
感染予防も中途半端 経済支援も中途半端なのは、わざと感染を広がるようにして、わざと企業が潰れるようにしたのだ。

わ ざ と である。

ただ、安倍官邸の思惑が外れたのは、意外や意外、「期待」したほど感染が広がらなかったこと。
マスクや手洗いの習慣とか、BCG日本株とか、いろいろ言われてるけど真相は不明。
でも、欧米に比べると、桁違いに感染は少なかった。

もちろん、PCR検査を極端に抑制したので、知らずにかかった人、知らずに亡くなった人はかなりいると思うけど、それでも欧米に比べると圧倒的に少ない。

これまた、わざと 医療崩壊がおきるように、政府は準備をネグレクトしたけど、自治体や病院の頑張りでなんとか切り抜けてしまった。

もしコロナが欧米なみに猖獗を極めていたら、雀士黒川もすんなり検事総長になっていただろうし、もっともっと売国法案が目白押しに通されていただろう。
ちなみに、雀士黒川の使命は、もちろん安倍晋三の個人的な犯罪をもみ消すこともあったろうけれども、「売国に」にともなってこれから起きる住民訴訟やM&Aにからんだ訴訟を、強硬に指揮すること。
安倍晋三と同じくらいに恥知らずで言うなりで、かつちょうど良いポジションの検事が彼くらいしかいなかった、ということなんだろう、きっと。

しかし、コロナが安倍官邸が期待したほどには広がらず、むしろ暗く重苦しい空気の中で、芸能人が本音を語り始めたりしたことで、安倍官邸の企みは半ば潰えてしまった。
内閣支持率も、自爆とはいえ20%台に落ち込んだ。



しかししかし、3年前を思い出さなくてはならい。
というか、2017年の経験があるから、安倍官邸は余裕で自爆テロをかけてきたのだ。

少々支持率が下がっても、野党さえバラバラにしておけば、ぜんっぜん余裕だぜ!

そこでメディアがとったのが、維新・吉村よいしょ大作戦だ。
朝から晩まで大阪の吉村知事をテレビに出して、野党票を維新へ維新へと追い込み漁だ。
以前は立憲をよいしょして天狗にさせ、共闘させないのがメディアの戦略だったけど、もはや支持率5%の立憲ではそんなことをする価値もないとばかりに、維新活用に余念が無い。

もう、何度も何度も同じことを言ってるんだが、やはり野党は協力しなくちゃ、国民からはアホやと思われる。

無理な野党共闘は民主主主義じゃないとか、色々言われるけど、原点に返って考えてもらいたい。
政治の目的は「国民の生活を守る」ことでしょ。
だったら、それに役立つようにするのが、国民のほうを向いた政党の役割だ。

何も、主義主張を取り下げて、何もかも妥協しろと言うんじゃない。
今、なんとしても国民の生活を守るために必要なこと その部分だけ共通項にして、それ以外は派閥でもなんでも作って別々の主張を続ければいい。

生活苦は、GDPの数字なんかで見るよりもはるかに悲惨な状態が、これから明らかになってくる。
怨嗟の声は地に充ち満ちている。
その声に耳を傾け、手をさしのべる政治なのか、そうでないのか。
二者択一である。

立憲、国民、共産、社民、れいわの各党は、まずはこの苦難を乗り越えるための共闘団体として一体になり、国民に顔を向けるべきだ。
自分たちの主張も結構だが、「国民からどう見えるか」を、よくよく振り返ってもらいたい。

このままバラバラのままだったら、「どんなに無能で酷い安倍政権でも、10万くれたし、何もしない野党よりはマシ。」
「なんだか(よくわからんけど)一所懸命やってそうな維新のほうがいい。」
という結果になることは 火を見るより明らか。

本当に、何のために政治をやっているのか、野党の皆さん、初心に返って自らに問うてみてほしい。



ほんなら、大阪5区はどないすんねん! と事情に詳しい人には言われそうだ。

私の職場がある大阪5区(此花、西淀川、淀川、東淀川)は、今3人の野党が次期衆院選に名乗りを上げている。
現職の立憲・長尾氏、共産の宮本たけし氏、れいわ新選組の大石あきこ氏。
で、私は今んところ大石さんの応援をしている。
たしかに、ここまでに言ってることと矛盾してるよね。

よりによって、小選挙区で野党が三つ巴なんて、最悪の状態。
長尾さんは現職だし、宮本さんは昨年現職をなげうって大阪12区の補選に出た人だし、大石さんは今のところ関西で唯一のれいわの予定候補だ。

私は、自分の考えは大事にしたい、でも、リアリストでありたい、とウン十年前に決めたのだ。
だから、ちょっと分かりにくい言い方になるけど、私の立場は、大石さんの支援者として、大阪5区の野党統一候補をもとめる ということ。
それは何も自分が応援しているから大石さんを何が何でも統一候補にしろ という話ではなくて、政策を詰めて、勝てる戦略を冷静に考えて、クリアーに統一候補を決めてもらいたいのだ。


繰り返すけど、何のための政治なの ってこと。

安倍政権は、わざと政治不信をかき立てて、政治なんてばからし、選挙なんてウルサいだけ、もうどうでもいいよ。に持ち込もうとしている。
それに対峙できるのは、絵に描いたフルコースディナーではなくて、明日の糧になる本物の餅なんだ。

それができなければ、野党は総崩れ、もはや存亡の危機。
内閣支持率の下落にぬか喜びしている場合じゃない。




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2020-05-09(Sat)

名も無きものたちの声

20200509-1.jpg
小説フランス革命を読んでいます。

文庫本で18冊もあるのですが、面白すぎて読み終わるのがもったいないので、わざと少しずつ買い足しています。
今、11巻で8月蜂起、共和制樹立の直前です。

この本が止められない止まらない なのは、その時々のメインキャストが入れ替わりで主人公になるからです。
革命のライオンことミラボー伯爵、そしてバスティーユ陥落の英雄デムーリエ、ときにはルイ16世の視点で語られたかと思うと、ロラン夫人になったり、ダントンになったり、もちろんロベスピエールも欠かせません。

そうして臨場感と人間くささが充ち満ちる中で、革命が進行していきます。
デムーランやロベスピエールは恐がりで見栄っ張りの、ある意味普通の若者として描かれます。そのことが、なおさらにリアリティを生んでいます。

読み進めるほどに感じるのは、「今」とダブって見えることです。
ミラボーが小沢さんに見えてしかたがない(私生活ではないですよ)というのはおいといても、権力というものが何に依拠するものなのか、どこから生まれるものなのか、どう転がされてしまうものなのか、すごく実感できます。

フランス革命前は、王とカトリックの僧侶と貴族がフランスの権力のすべてでした。
それが、第三身分という名もないものたちが勃興し、貴族が王に対抗するために開催した三部会を牛耳り、軍の介入に対して1789年7月のバスティーユ陥落という象徴的な行動でその権力を握ります。

しかし、第三身分の中には、ブルジョワジーという名前のある集団と、それ以外の名も無きものたちがいました。
ブルジョアジーが権力を独占し、無謀な戦争を始めてしまったことに対し、名もなきものたちが武装蜂起したのが1792年8月の蜂起でした。
サンキュロットと言われますが、これはブルジョアジーのはいているキュロットをはいていない、非ブルジョアという意味に過ぎません。
やがてマルクスによって労働者階級と名付けられるわけですが、このときは自分たちの名前はまだ持っていなかったのです。

要するに、アンシャンレジュームにおける第三身分、市民革命の時代におけるサンキュロットなど、自らを積極的に集団として意識できなかった、それ故に名も無きものたちの集団が、次の時代を切り開いていくわけです。



あれから230年、身分(階級?)はひとつづつ繰り上がっているようです。
かつての貴族の位置に大企業と高級官僚が、ブルジョアの位置に上場企業のホワイトカラーや公務員がつき、中小零細企業や自営業や非正規労働者は名も無き集団になっています。

「市民のみなさん」という呼びかけがなんとなく白々しいのは、あきらかに「市民」の中に格差があるのに、それを見ないふりしているからです。
連合などの労働組合がまったく頼りにならないのは、一昔前のブルジョアに相当する人たちの団体にすぎないからです。

これを政党で考えると、わかりやすいですね。
もちろん自民党は貴族、立憲民主や国民民主はブルジョアを支持層としていることは間違いありませんが、注目すべきは公明党と維新です。

ポスティングやポスター依頼で地域を回るとわかりますが、公明党と共産党の支持者層はほぼ重なっています。
ブルジョアとは言えない家構えの多い街に行くと、共産党のポスターも公明党のポスターも多い。
これが自公政権の強さの秘密ですね。
昔で言うところの第一身分と第三身分を抑えているわけです。

大阪維新が強いわけもこれです。
維新は第三身分の中にある第一身分や第二身分への妬み嫉みを餌に肥え太ってきました、
(裏では第一身分にすり寄ってますが)、表向きはブルジョアジーをぶっ叩くことで第三身分の喝采を浴びているのです。
また、第一身分が独占してきた利権の一部を自分たちの子飼いに分け与えることで、基板を作っています。
反維新の急先鋒はほとんどが第二身分の「市民」や「リベラル」なので、反維新で騒げば騒ぐほど第三身分による維新の支持率は上がる、という皮肉な結果になります。

共産党はたしかに第三身分を基盤としていますが、支持が伸びないのは、共産主義が怖いのではなくて、お上品すぎるからではないかと私は考えています。
政権にすり寄ったり、地方政治を牛耳ったりして、手っ取り早く利権を引っ張ってくれる公明党や維新のほうが、メシを食わせてくれるのです。

リベラルは今や特権階級だという指摘があります。これをネトウヨの中傷だと片付けてしまってはいけません。
決してネトウヨではない私の目から見ても、やはりそうなのかなと思えます。
ここまで書いたように、「自分は市民だ」と思っている人の多くは、やはり230年前のブルジョアの地位を占めています。
もっとわかりやすく言えば、「普通」にしていたら生きていける人たちです。



そんな「市民」にそっぽを向いて、名も無き集団に向き合ったのが、れいわ新選組でした。
お上品な常識論すらかなぐり捨てて「金を刷れ」と叫び、この世の「普通」では生きられない、生きにくい人ばかりを選りすぐって候補者に据えました。
その試みに、私も期待をしました。

しかし残念ながら、思ったほどの支持は得られませんでした。
これまでしかたなくリベラルや共産党に入れていた票を奪回することはできましたが、投票に行かない4000万人にはほとんどアプローチできずに昨年の参院選は終わってしまいました。

「お、次はどでかいことをやらかずぞ」と思わせるとこまでできなければ、残念ながらこの蜂起は失敗だったと言うべきです。
成果はありますし、地歩は築きましたが、蜂起としては失敗です。

失敗の原因はともかく、その後のれいわ新選組の動きには、私は一言も二言も言いたいことがあります。
なぜなら、不発に終わった蜂起を、そのままダラダラと続けるのは下策だからです。
一度撤収して再起を期すか、とりあえずの地歩をしっかり固める工作をしなければなりません。
そうでないと、「結果を残せなかった」という失望感だけを多く残してしまうからです。

れいわ新選組の参院選後の総括をどうしたのか、私は明確な形では見聞きしていません。
二名の当選を果たしたからには撤収はできないとして、それならば地歩を固めるために宣伝と組織作りをしたのかといえば、まったくそれはありませんでした。
地方組織を禁止したからです。

20200509-2.jpg

その結果が、ずっと1%台の支持率です。
この連休に「れいわ新選組を勝手に応援」宣伝カーで大阪5区を何日か走りましたが、参院選の時のような街ゆく人からの反応はもはやありません。

コロナ恐慌にたたき込まれている市井の人々は、とにかく正論よりも明日のイエとメシが問題なのです。
そのリアルな不安と恐怖に、もっとも寄り添えるれいわ新選組のはずなのです。
もちろん発表している政策は、もっとも手厚い補償を要求しています。

でも、今すぐに求められているのは、言葉ではなくて現ナマです。
当面はできもしない大盤振る舞いを語っても、たぶん耳を傾けてくれる人は、困っていない人だけです。

であるならば、今やるべきは、野党は一枚になって、具体的な修正案、つまり「少しでも多く、少しでも早く」の方法を考え、官僚を説き伏せ、自治体を説得し、結果を出すことです。
それができなければ、絵に描いた餅よりは、まだしもアベノマスクのほうがマシ、と思われてしまいます。



れいわ新選組の「最低限でも5%減税を野党共闘の条件に」は、まったく正しい方針です。
しかし、正しいことがいつも最適ではありません。

ショックドクトリンによる安部官邸による独裁がいよいよ進行している今、期間限定で原則を取り下げてでも、野党が役にたっている、れいわ新選組がその中心にいる ということを見せる必要があります。
組織としての形はどのみち無いのだから、形式よりも実質です。
仮に野党がひとつに合流しても、その中で名も無き第三身分に声が届くのはれいわ新選組の派閥だけです。形なんかどうでもいいから、その実態を無くしてはいけない。まったく見捨てられるようなことになってはいけない。
今は孤立を望んで正論を吐くだけのときではありません。

と、まあいろいろ考えながら小説フランス革命を読んでいると、毎晩ついつい寝不足です。
今夜はこのへんで




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2020-04-23(Thu)

「新型コロナが終息するまで黙ってろ」は地獄への道

このニュースを見た人は多いのではないでしょうか。私がつけっぱなしにしているFMラジオのニュースでも言っていたような気がします。

新型コロナ以外の患者6%陽性 地域の状況反映か 慶応大学病院
NHK 2020.4.23


今月13日から19日の間に新型コロナウイルス以外の患者、67人に対して、手術前や入院前に感染しているかどうか調べるPCR検査を行ったということです。
患者は全員、新型コロナウイルスに感染した際に見られる症状はありませんでしたが、およそ6%にあたる4人が陽性と確認されたとしています。
この結果について、慶応大学病院は患者は病院の外で感染したものと考えられ、地域での感染状況を反映している可能性があるとしています。
慶応大学病院では、これまでに院内感染の疑いが強いとされる東京 台東区の永寿総合病院から転院してきた患者を発端に入院患者や医師などが感染し、診療に影響が出たほか、集団で会食していた研修医およそ20人が感染していますが、このほかに感染拡大はないとしています。
(引用以上)

いろいろ誤解されやすいニュースなので、注意が必要です。

慶応病院と言えば合コン医師のせいで集団感染、と言うイメージがあるので、「ああ慶応だからだね」と思ってしまいそうですが、そうではなくて、ほぼ無作為抽出の検査で6%という意味があります。

「地域の状況反映」という見出しも、あのへんは患者が多いのかな と思えますが、そうではなく、「病院内の特殊事情ではなく、地域全体の平均値だろう」という意味です。

母数が少ないですから、あまり大きな話にはなりませんが、もしかすると、そこら辺を歩いている人の18人に1人は無症状の感染者かもしれない、という話です。

アメリカでは複数の情報が出ています。

米ロサンゼルス 実際の感染者数は公式発表の最大55倍=44万人超 抗体検査の結果発表
Yahoo!ニュース(飯塚真紀子) 2020.4.21


 米国時間4月20日、新型コロナウイルスの抗体保有者調査を行っていたロサンゼルス郡は第1フェーズの調査結果を発表した。その結果、新型コロナウイルスの実際の感染者数が公式感染者数よりはるかに多いことが明らかになった。
 4月9日時点で、成人の約4%(2.8%~5.6%)が、血中に抗体を持っていることが判明したのだ。これは、ロサンゼルス郡の人口約980万人中、22万1000人~44万2000人の成人が感染していたことを意味しているという。
 ちなみに、調査を行った4月初旬のロサンゼルス郡の公式感染者数は8000人に満たなかった。つまり、実際には、公式感染者数の28~55倍超の感染者がいることになる。

 米スタンフォード大学が出した抗体保有者調査の予備調査結果を裏づけている。
 同大学は、4月初旬に、カリフォルニア州サンタクララ郡(シリコンバレーの中に位置する)の住民3300人の血液を調査、その結果、66人に1人が新型コロナに過去に感染していたことがわかった。この結果から、同大学は、同郡の約200万人の住民の2.5%~4.2%にあたる4万8000人~8万1000人が感染していたと推定しており、この数は、同時期に同郡で確認された公式感染者数の50倍~85倍に相当するという。

 類似した抗体検査はドイツでも行われ、4月9日に結果が出されている。人口1万2000人のある村で、住民500人に抗体検査を行ったところ、7人に1人が感染していたことがわかった。研究者らがこの結果と他の検査法を使って得た感染者数を組み合わせたところ、その村の住民の感染率は15%だった。
(引用以上)

いずれも、検査数が少ないこと、無作為性になっているか、検査の正確性、など課題はまだ多いですし、抗体があるから新型コロナにかからないかどうかは、まだ不明という点も注意が必要です。
が、傾向としては注目に値します。



では、このニュースをどう見るか です。

反応は真っ二つに分かれているようです。

「やったー もうすぐ集団免疫で収束するぞ」
と言う楽観論と
「これだけ無症状の人が歩き回っていたら、絶対に収束しない」
という悲観論です。

そもそも、一度かかった(つまり抗体がある)人が二度とかからないのか、少なくとも軽症で済むのか、あるいは、ほとんど関係ないのか、むしろ重症化するのか 今は全くわかりません。

症例が少なすぎますし、研究自体が進んでいませんし、そもそも結果を出すには何年も時間がかかります。
動物実験だったら、抗体のある群とない群にウイルスを注入すれば直ぐに結果がでますが、人間ではそんな乱暴なことできません。
何年も観察して、数字をだすしかないわけです。

これはワクチン開発も同じでしょう。
だから、ワクチンができるまで通常は8年とか言われているわけです。
今言われている、動物実験もすっとばして18ヶ月で作るワクチンは、その開発のリスクも、できてからのリスクもかなり怖いです。

ただ少なくとも言えることは、もし感染者が実際は50倍くらいいて、そのほとんどが無症状なのだとしたら、新型コロナに対する見方は変わると思うのです。
つまり、日本国内で年間1000万人が感染して3000人ほどが死亡する(関連死は1万人とも)インフルエンザに、かなり近いイメージになってきます。

もちろん、人工呼吸器をつけた人の多くが助からないなど、重症化したときの怖さはちょっと格が違うかもしれません。
放置したら1000万人ではぜんぜんすまないかもしれません。
特効薬もまだありません。

それにしても、ここまで広がってしまったものを、ゼロにするというのはできるのでしょうか。
おそらく、何年も経って薬とワクチンが本当に開発されればわかりませんが、当面は共存することを余儀なくされると思うのです。

そうなると、今の日本の政府のやり方では、人命も経済もボロボロになっていくだけであり、いわば真反対のことをしなければならないのではないでしょうか。

まず、完全収束は見込めない以上、収束するまでロックダウンや自粛「強制」をつづけていたら、経済的に死んでしまう人のほうが新型コロナで死ぬ人よりも増えてしまいます。
なにせ、無症状でウイルスを広めている人がそこら中にいるのですから、いったんは収束してもロックダウンを解除した途端にまた増えていくのは明らかです。

では、もうあきらめて、新型コロナの流行は放置すればいいのでしょうか。
中には、インフルと同じだからほっとけばいいという人もいますが、先ほども書いたようにそれはあまりにも怖すぎます。
インフルよりも軽い人は軽いけど、重い人は重いうえに、薬がないのですから、放置したときの結果は恐怖です。

そうなると、ワクチンや薬ができるまでにできることは、

1.感染者の「判定」
2.無症状含む感染者の「隔離」(場所の確保)
3.早期からの治療開始
4.重症者に対応できる医療体制
5.隔離以降は経済的に補償する
6.それ以外の人は通常の活動をする

日本政府は、すべてこの反対を行っています。

極端に検査を抑制して、できるだけ判定をしません。
その結果もあって、無症状やちょっと症状のある人が野放しです。
症状が出始めても、4日待てと言って、みすみす重症化させ、中には待ってる間に死ぬ人もいます。
ICU病床や医療機器の準備をせず病院任せにして、現場は地獄です。
一般の医院や病院への感染対策の指導もほったらかしです。

やったことは、カビノマスクを2枚、466億円をドブに捨てた(トモダチに配った?)だけ。

そのあげくに、感染者も感染してない人もひとからげにして、自粛「強制」
補償は形ばかり、1回だけ10万円もらっても雀の涙です。
このまま収束するまで自粛「強制」されれば、倒産、失業、借金苦、飢えと自殺が激増するのは間違いありません。



こんなプロジェクトがすすんでいます。
1回15分1500円で新型コロナの判定ができる検査キットの開発です。

新型コロナウイルス:使い切りの"簡易検査キット"開発への一歩を
(株式会社ビズジーン 2020/02/28 公開)


厚労省からなんの支援もなく、クラウドファンディングで(高い手数料もとられながら)資金を集め、ウイルス検体の入手にすら協力をえられずに、それでもなんとか進めているようです。

たとえば、全国民が月に1回でも、こうした検査をやり、陽性のひとはPCRもやり、いよいよ感染していたら無症状でも隔離。
もちろん、快適な施設を国が責任もって確保し、その間の収入は補償され、フリーランスの場合は休業による不利益は禁止。
朝晩のリモート健康チェックが行われ、ちょっとでも症状が出たら治療を開始。
軽症者用の仮設病院を建てて、そこに移動。
現状の10倍くらいのICUを準備できるようにして、人材と機材を予め確保する。

そこまでの準備をしたうえで、感染が確認されていない人は通常の活動をする。
そうしないと、延々と収束と拡大を繰り返し、そのたびに自粛「強制」されれば、地獄になる。
もし仮に、山本太郎さんが言うように真水で100兆円用意したとしても、国民一人あたり80万円に過ぎません。
その半分を所得補償にあてたとしても、わずか40万です。
本当に有効なワクチンや薬ができるまで、耐えられるとは思えません。



素人が何言ってんだ と言われるかもしれません。

しかし、私自身の命であり、私たちの命です。
正しいという確証はありませんが、それを前提にする限り、自分の考えを持って発信することはするべきなのではないでしょうか。
当然、違う意見も耳に入れながら です。

今進んでいることは、「新型コロナ」で脅しつけて、国民を黙らせる と言う事態です。
「コロナが終息するまで黙れ」と言われて自粛してしまったら、なにせコロナは終息なんてしませんから、二度と声を上げられなくなります。

森友も加計もサクラも、安倍晋三と仲間たちのとんでもない犯罪について口を封じ、それどころか、コロナショックを利用して「緊急事態条項が必要だから改憲だ!」とぶち上げているのが安倍政権です。

こんな時だからこそ 「自分たちのことは自分たちが決める」という民主主義の根幹というか、根性を握りしめて離さないことが、本当に重要です。
何回も言いますが、民主主義なんてものは、できあがった形としてはこの世にありません。
あるのは、「自分たちで決めるんだ」という強い意志だけです。

ショックドクトリンに打ちのめされずに、声を上げましょう。




というわけで、大阪5区を中心に街宣車の活動を行います。

ぜひとも、維持費のカンパをお願いします。

gaisensha.jpg

接触は避けるためにビラ巻きなどはせずに、大石あきこさんと山本太郎さんの掛け合い漫才、じゃなくて音声を流して走り回ります。

詳しくは、生活フォーラム関西のブログを見て下さい。
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