2009-07-01(Wed)
アンドロメダ姫も児童ポルノか
いつもいつもパソコンの画面と工事現場のチェクばかりでは感性が枯れてくる。たまには目の保養をしなくてはと思い、京都まででかけてルーブル美術館展−17世紀ヨーロッパ絵画−を見てきた。
あまり大きくない京都市美術館の4分の1しか使っておらず、作品の点数は少なかった。ちょっともの足りなかったけれども、それでもホンモノの迫力はいい。とくに、17世紀という時代に人物がどう描かれているか、とても興味深く見ることができた。
ガリレオが「それでも地球は動いている」と言った(とかいう)17世紀。神の時代が徐々に揺らいでいったこの時代に、人間を人間として描くことが進化していったような感じがした。と同時に、神話の世界のお話が、妙に人間くさく描かれているような気もした。
そんな作品の中に、ヘタをするとあと数年で「違法絵画」になってしまいそうな絵があった。

アンドロメダ姫の年齢はわからないが、母親が自慢しすぎて生け贄にされたところを見ると、まず間違いなく未成年だろう。しかも、虐待されているし。
麻生政権は、アホのふりをしながら、とんでもない重要(凶悪)法案を次々に作っている。9月までに作れる限り悪法を作って、後は野となれ山となれ ということなのだろう。
海賊法が最たるものだが、児童ポルノ規制法もなかなかのもの。表現の自由というのは、無条件に自由でなければならない。もちろん、個別の事例として他人を傷つけることで犯罪になる場合もあるが、原則は完全無条件な自由でなければならない。
そうでなければ、「自由の範囲」はオカミの裁量で決められるようになり、これはもう「自由」とは言わない。というか、こうなってしまうことを「自由の抑圧」というのだ。
国家が自由を抑圧するときには、必ず、絶対に「正義」の顔をして立ちあらわれる。誰もが反対できないような案件、つまり今回の児童ポルノのようなことも持ち出してくる。そして、それを隠れ蓑にして万人の自由を縛りつける法律を通してしまう。
その意味で、自民党・公明党や日本ユニセフ協会などが進めている児童ポルノ規制法は、完全なる自由の抑圧であり、子どもの自由を保障するようなものでは全然ない。むしろ、これからの子どもの自由を奪っていくものに他ならない。
アンドロメダ姫を描いた絵は、ヨアヒム・ウテワールのこの絵ばかりではない。有名な神話だから、有名無名の多くの画家が取り上げており、世界中の美術館や収集家がもっている。アンドロメダ姫のヌードと、宮沢りえのサンタフェと、いわゆるエロゲーと、どこでどう区別するのか。
アンドロメダが児童ポルノになるのならば、所持しているルーブル美術館も展覧会を主催した日本テレビも、タイホってことになる。喜んで鑑賞していたこの人も同罪ってか?

もちろん、常識的には区別できる。でも、それはあくまで常識の範囲の話であって、厳密な境界線は曖昧だ。そして、その常識は誰かに押しつけられる話ではないし、まして国家に決めてもらう話ではない。
児童ポルノについては、具体的に子どもの権利が侵された場合に対処する法律があればいいのであって、一律に表現を規制し、なにが常識でなにが正しいのかを国家に規制されるべきではない。

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あまり大きくない京都市美術館の4分の1しか使っておらず、作品の点数は少なかった。ちょっともの足りなかったけれども、それでもホンモノの迫力はいい。とくに、17世紀という時代に人物がどう描かれているか、とても興味深く見ることができた。
ガリレオが「それでも地球は動いている」と言った(とかいう)17世紀。神の時代が徐々に揺らいでいったこの時代に、人間を人間として描くことが進化していったような感じがした。と同時に、神話の世界のお話が、妙に人間くさく描かれているような気もした。
そんな作品の中に、ヘタをするとあと数年で「違法絵画」になってしまいそうな絵があった。

アンドロメダ姫の年齢はわからないが、母親が自慢しすぎて生け贄にされたところを見ると、まず間違いなく未成年だろう。しかも、虐待されているし。
麻生政権は、アホのふりをしながら、とんでもない重要(凶悪)法案を次々に作っている。9月までに作れる限り悪法を作って、後は野となれ山となれ ということなのだろう。
海賊法が最たるものだが、児童ポルノ規制法もなかなかのもの。表現の自由というのは、無条件に自由でなければならない。もちろん、個別の事例として他人を傷つけることで犯罪になる場合もあるが、原則は完全無条件な自由でなければならない。
そうでなければ、「自由の範囲」はオカミの裁量で決められるようになり、これはもう「自由」とは言わない。というか、こうなってしまうことを「自由の抑圧」というのだ。
国家が自由を抑圧するときには、必ず、絶対に「正義」の顔をして立ちあらわれる。誰もが反対できないような案件、つまり今回の児童ポルノのようなことも持ち出してくる。そして、それを隠れ蓑にして万人の自由を縛りつける法律を通してしまう。
その意味で、自民党・公明党や日本ユニセフ協会などが進めている児童ポルノ規制法は、完全なる自由の抑圧であり、子どもの自由を保障するようなものでは全然ない。むしろ、これからの子どもの自由を奪っていくものに他ならない。
アンドロメダ姫を描いた絵は、ヨアヒム・ウテワールのこの絵ばかりではない。有名な神話だから、有名無名の多くの画家が取り上げており、世界中の美術館や収集家がもっている。アンドロメダ姫のヌードと、宮沢りえのサンタフェと、いわゆるエロゲーと、どこでどう区別するのか。
アンドロメダが児童ポルノになるのならば、所持しているルーブル美術館も展覧会を主催した日本テレビも、タイホってことになる。喜んで鑑賞していたこの人も同罪ってか?

もちろん、常識的には区別できる。でも、それはあくまで常識の範囲の話であって、厳密な境界線は曖昧だ。そして、その常識は誰かに押しつけられる話ではないし、まして国家に決めてもらう話ではない。
児童ポルノについては、具体的に子どもの権利が侵された場合に対処する法律があればいいのであって、一律に表現を規制し、なにが常識でなにが正しいのかを国家に規制されるべきではない。
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