2018-05-23(Wed)

モリカケ問題も日大アメフト部も 日本軍そっくり

昨日の日大選手の会見を見て、二つのことを思った。

一つは、完璧なリスク管理だ ということ。
あの代理人はかなり優秀な弁護士なのだろう。
日大選手の立場をできる限り守るための、ベストな戦略と戦術をたてていたように見えた。

もちろん、それは日大選手が本当に追い込まれて、やらされていたからこそ取れる戦術であり、真実をつまびらかにすると決心したからこそできた会見だった。
真実を隠し通そうとするかぎり、佐川や柳瀬の国会証言のように、矛盾だらけとなり、誰が見てもウソにしかみえない、最低の戦術に陥らざるを得ない。

これまで、不正を指示されたり忖度を余儀なくされてきたわが国の役人にこそ、あの会見をみて学んでもらいたい。
とくに、あまりのプレッシャーに「死にたい」とまで追い詰められたら、あの会見を思い出して、迷わずに弁護士に相談してもらいたい。

日本弁護士会も、ぜひ「役人専用ダイヤル」を作っては如何だろうか。



あの会見をみて、もう一つ思ったのは、モリカケも日大アメフトも、結局は日本軍だな ということ。

究極の忖度は何かと言えば、特攻隊だ。
絶対に「行かない」とは言えない状態に追い込んでおいて、形だけは志願したようにする。
まるで自分の意思のようにみせかけて、飛行機や潜水艇を使った自爆テロをやらせた。

そして、行かせた上官はのうのうと生き残り、戦後は自衛隊の幹部になったり国会議員になったりして平穏な老後を送った。
731部隊の石井四郎ら幹部のように、人体実験のデータを米軍に売って命乞いをした。
満州侵略の実権を握っていた岸信介は、なんと総理大臣にまでなってしまった。

上に立つものは決して責任をとらない。
部下には圧力を加えて殺人でも自爆テロでも人体実験でもやらせておいて、幹部は絶対に責任をとらない。
日本軍の伝統は、そのまま戦後に温存され、戦後民主主義という立派な建物の腐った土台となった。
その象徴が まさに象徴天皇になった天皇制の温存だった。

戦後の日本というのは、ある意味あの日大選手のような気持ちの人間たちによって復興された。
殺人タックルどころか、本当に殺人してきたのだから、もっと激しい思いが胸に沈んでいたはずだ。

ただ、あの選手のように反省を込めて殺人経験を語ることはせず、同期のサクラを謳ったり、モーレツサラリーマンになったり、戦後民主主義を信奉したり、戦争(被害)体験を語り継いだりして、誤魔化しながら70数年が過ぎ、ほとんどの人は墓場に持って行ってしまった。

決して口に出せない、責任を問うと自らも傷つく、そんな反戦感情を逆手にとって、米国は戦後日本を、反省なき平和国家に作り上げた。
反省することのできない民は、いつまでも敗戦を引きずり、戦後処理も独立もできず、米国の「不沈空母」と「ATM」の役割を担い続けてきた。

日本の戦後は、「反省なき」平和と民主主義で彩られ、「責任を問う」ことはタブーとされてきた。
だから、昨日の会見でも、あの選手も弁護士も「監督の責任」については、決して語らなかった。
それを言うと、この社会は「問うた側」を叩くからだ。

連綿と続くこの日本軍の腐った伝統を断ち切らない限り、日本は政治もスポーツも会社も教育も、まともなものにはならない。
逆に、この腐った土台だけでも作り替えられれば、失敗しながら少しずつでも、まともな国に近づいていけると思うのだ。

日大選手の会見は、その意味でも画期的だったと思う。
破れかぶれではなく、しっかりリスク管理もしていたことも含めて、私たちは学ぶべきだ。


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2018-05-19(Sat)

天皇の沖縄メッセージと安倍独裁

昭和天皇の戦争責任を問う人も今上天皇は好きだという声も聞くことが多い。
なるほど、今上天皇は今年3月にも、安倍内閣の冷酷な沖縄に対する仕打ちにあたかも抗議するかのように沖縄を訪問した。
真意は分からないが、安倍晋三はさぞや苦々しく思ったであろう。

しかし、だからといって、昭和天皇が残したあの「メッセージ」を忘れることができない。
そして、あの「メッセージ」こそが、戦後日本の「象徴」なのである。

宮内庁御用掛(通訳)の寺崎英成がGHQ顧問のシーボルトを訪れて語った内容を、シーボルトが記録したものだ。
米国の公文書として残っていたものが公開され、現在は沖縄県公文書館に保管されている。

公式の日本語訳はない。
が、「風のまにまに」というブログがかなり原文に忠実に翻訳してくれている。
→ 昭和天皇の沖縄メッセージ (風のまにまに 2006.12.31)

寺崎を通じて米国に伝えたこの天皇のメッセージのなかで、私がとくに注目したのはここだ

The Emperor further feels that United States military occupation of Okinawa (and such other islands as may be required) should be based upon the fiction of a long-term lease -- 25 to 50 years or more -- with sovereignty retained in Japan.

中でも注目すべきは

occupation of Okinawa should be based upon the fiction of a long-term lease with sovereignty retained in Japan

直訳すれば

沖縄の占領は 日本に主権がある長期の賃貸 という虚構に基づく

ということになる。

沖縄のみならず、戦後の日本をこれほど的確に言い表した言葉はない。

上記のブログでも fiction を擬制と訳しているが、これでは意味が分からない。
ふつうの日本語にすれば「虚構」だ。

「日本に主権があると言う虚構」 に基づいて米国は日本を占領し続ける

これが、戦後日本の根幹である。

では、どうやってこの虚構を日本人に信じさせたのか。
それはまさに憲法であり天皇制であった。

憲法の根幹は、1章:象徴天皇 2章:戦争放棄 3章以降:国民主権 であると言ってさしつかえなかろう。

このすべてが実は「虚構」を信じさせるための仕込みだったということだ。
なかでも、非常にわかりにくい「象徴天皇」の役割は、むき出しの支配者=米国の姿を覆い隠すための「象徴」だったのであり、昭和天皇自らがその役割を自覚していたということだ。

70年前の日本人は、その意味をわかってかわからずか、この「虚構」を受け入れた。
政治家の世界も、従米右翼と従米左翼が、「虚構」の上にバランスを保ちながら55年体制を築いてきた。



しかし、徐々に「虚構」を虚構であると知って、自らに権力を握ろうとするものが現れ始める。
田中角栄や小沢一郎など、国民の支持に依拠しようとしたものたちは、強烈な弾圧が襲いかかった。
弾圧のみならず、ともに国民の生活をまもるべき左翼からも集中砲火を浴びることになった。

細々と生きていた戦前回帰の反米極右に依拠しようとした(第1次)安倍政権もまた、突然の政権放棄を余儀なくされた。
ただし、安倍晋三は、この時の経験を無駄にしなかった。

従米の「虚構」を自覚しつつ、しかし時が来るまでは虚構のなかでおとなしく米国のATMを続けることを誓い、再び政権の座につくことができた。
そこから4年目に、トランプという願ってもないご主人様が登場した。

なんと米国から「もうそろそろ虚構はやめたいなあ」というシグナルを発信しているのだ。
「金さえ出せば もう好きなようにやってくれ」 このトランプ主義に安倍晋三は飛びついた。

残念ながら、日本の政治勢力で、このトランプ主義を「好機」としてとらえたのは安倍晋三だけだった。
真の独立にむけて一歩前進できるかもしれない という期待感を抱く「左翼」は皆無だった。

トランプが良いとか悪いとか評論する前に、自ら責任のある日本にとって、日本の政治にとって、日本の主権にとってどうなのか、という発想をした政治家が、もうどうしようもなく最悪の安倍晋三だけだったのだ。

独立国という虚構に隠された植民地である日本。
その自覚を持ち、ほんの少しずつでも独立に向けて進んでいこうという強固な意志がなければ、今の日本では政治家とは言えない。
その意味では 安倍晋三は悪い政治家だが、野党の諸氏は政治家ですらない。

誤解のないように追記しておくと、安倍晋三は極右思想のために政治をやっているのではない。内実は単なる薄汚い利権屋にすぎない。
ただ、それを覆い隠すためには権力が絶対的に必要だと言うことをよく理解しているし、権力を維持するためには情勢をただしく観察し、極右を利用し、非常にうまく立ち回っている ということだ。

今まで、極右が政治の主流に出てこれなかったのは、左翼が強かったからではなく、宗主国の米国が許さなかったからだ。
しかし、米国人の生活が第一であるトランプにとっては、政治的軍事的経済的に米国の脅威にならなければ、極右だろうが金王朝だろうが習近平皇帝だろうが、どうでもいいのだ。

トランプが今の路線で成功をおさめていく限り、日本の極右は野放しになり、植民地であるという自覚すら持てない戦後ボケの左翼は完全に駆逐されてしまうだろう。

極右を非難するのはもちろんだが、まずは、対抗すべき勢力が、なによりも「自分たちのことは自分たちで決める」という当たり前のことを腹をくくらない限り、勝つことはできない。

「なによりも」 というのは これまで絶対視されてきた 護憲 とか 平和 とか 人権 とかよりも 「自分たちで決める」ことを優先すべきだ、という意味だ。
どんなに大事なことでも、「自分たちで決める」ことができなければ、いとも簡単に奪われてしまうからだ。
少しくらい間違っても「自分たちで決める」ことができれば、徐々にいい社会を作っていけるからだ。

これを ひとことで言い表したのが「自立と共生」であり、逆に、自分たちで決めることを蔑ろにしつつ、憲法と平和と人権を守れると信じてきたのが戦後民主主義であり、まさに「虚構」の上に築いた砂楼である。



野党が、バラバラにされている現状に甘んじ、安倍独裁を支えているのは、ここに原因がある。

日本の独立が「虚構」であり、自らのことを自ら決めることができない社会を変えなくてはならない という強烈な自覚をもっているかどうか。
安倍晋三は極右と利権の腐臭の中でそれを自覚しているが、キレイゴトの野党はまったく自覚がない。
自覚がある方は、少々のことには目をつぶって政権を握って離さない。
自覚が無い方は、あれが違うこれが違うと言って、政権が取れなくても平然としている。

中には、自覚があるからこそ宗主国に忠誠を誓う野党勢力もあるようだ。
菅直人から野田佳彦の民主党政権は、安倍晋三よりもずっとストレートな従米政権だった。
すくなくとも、トランプ以前の覇権を維持しようとする米国に対してはそうだった。

あの「無所属の会」とか言う「無責任の会」こそは、「野党を従米に統一させる」という使命をおびて立ち回っているのではないかと私は見ている。
トランプとは対立している、従来のジャパンハンドラーズ勢力が、決して独立なんて考えませんと誓約した無責任の会を使って野党をまとめ上げ、従米政権を成立させる というシナリオも考えられる。

いくら政権交代でも、国民生活にとっては安倍政権より何かがよくなる気がしない・・・
二大政党に期待なんてしちゃダメと言っている私でも、これはいくら何でも・・・・

今すぐに日本の独立は実現できはしない。
明日から「自分たちのことは自分たちで決める」なんてできない。
それでも、「虚構」に気が付き、いつか独立 という意思をもった集団が増えていけば、いつまでもずっと暗闇の中ということはない。

安倍独裁と野党の惨状。
しばらくは右往左往しなければならないだろう。
強い意志を持って、進んでいこう。

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そのためにも、今私たちはどうやって支配されているのか。
真の敵は、どこでなにをしているのか。
しっかりと認識することが必要です。

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2018-05-17(Thu)

麻生の暴言は単なる暴言ではなく 日本人を試す悪魔のゲームである

超忙しいので、ごくごく簡単に。

麻生太郎が、支持率を落としそうな暴言を毎日毎日くりかえすのは何故か。

金持ちのボンボンだからだとか、他人の気持ちが分からないとか、あれで人気があると勘違いしているとか、本当に認知症なのかもとか、いろんな説が流れている。

それほど、不思議なくらい暴言が止まらない。
わずかとは言え、内閣支持率が下がっているのだから、副総理としては表面上は言葉に気をつけてもよさそうなものだ。

御年78になるはずなので、たしかに軽度の認知症を発症していても不思議ではない。
もしそうならば、早いうちに治療をはじめられることをお勧めしたい。
今は、薬があえばかなりの効果が見られるようになっている。
ご本人の言葉を信じるならば、あれこれ治療してまで長生きはしたくないかもしれないが、「他人と自分は別。俺は長生きするんだ!」という可能性も高いので。

認知症を発症しているのでない場合は、意図的に連日の暴言を続けているということになる。
そして、私はその可能性のほうが高いだろうと思っている。

では、なんでわざわざ暴言を吐き続けるのか。
これは、ある意味の「社会実験」なのではないか。
つまり、「どこまでひどいことをしても、日本人は本気で怒らないか」を計測しているのでは。

「もりかけ」という、韓国だったら100万人がデモをして大統領が弾劾裁判にかけられるような悪事が発覚しても、選挙では自民が勝は、内閣支持率もわずかに下がっただけ、という現象を見て、麻生太郎は思ったに違いない。
「よし、どこまでOKなのか、この際ためしてやれ」
「一度OKになれば、それが日本のスタンダードになるぜ」

麻生の祖父、吉田茂は、国会でボソッと「ばかやろう」と口走っただけで、解散せざるを得なくなった。
当時は、それがリミットだったのだ。

あの昭和の妖怪=岸信介ですら、安保批准と引き替えに総辞職したのである。
極悪の妖怪でも、孫たちに比べたら、常識と良識の塊だったと、今となっては思えてしまう。

今の国会では首相や副首相が、口汚くヤジを飛ばしても、誰が見ても汚職とわかる事実が明らかになっても、戦争法を強行採決しても、彼らには「責任をとる」という考えが、1ナノグラムもない。

それどころか、野党さえバラバラにしておけば、ほぼ何をやっても日本人はOKらしい、ということに気が付いてしまった。
「問題ない」「あたらない」と言いつづけていれば、辞任も解散もする必要はないし、解散しても必ず圧勝できる。

ならばいっそのこと 「どこまでOKなのか 日本人が許容する悪の際限を見極めてやろう」 
これが、連日連夜の麻生の暴言が止まらない動機なのだ と私は思う。

そして、こんな麻生の悪魔のゲームを許しているのも、野党がバラバラだからだ。
絶対に勝てない野党である限り、麻生も安倍も、追及などどこ吹く風で我が世の春を満喫し続けるだろう。

このブログを読んでくれている人は、ほとんどが安倍晋三に辞めて欲しい、と思っている人だろう。
ならば、「俺が正しい」「あの党が正しい」という話しはおいといて、どうやったら本気で次の選挙で勝てるのか 願望や夢想ではなくリアルに考えてみてもらいたい。

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2018-05-14(Mon)

北朝鮮 シンガポール 日本

20180514-1.jpg世界三大がっかり観光地の一角=マーライオンで有名なシンガポールだが、米朝会談の会場になるということで、ここのところ毎日のようにテレビで名前を聞くようになった。

私も20数年前に遊びに行ったことがあるが、どこもかしこも人工的な固い街だなあと感じた覚えがある。
観光地とはほど遠い、若干スラムっぽい住宅街とか、電車で郊外の団地などばかり歩き回っていたが、それでもそんな印象だった。
たしかに街はきれいだったが、あまりにもつまらなかったので、マレー鉄道に乗ってジョホールバルに逃げ出してしまった。
(もちろんマーライオンは行っていない)

当時はまだリー・クアンユーが健在で、院政を敷いていた時代だと思われるが、一介の観光客だった私は、開発独裁とかその手の話しは気にしていなかった。
その後、ときどきメディアなどで出てくるシンガポールの話しに、「明るい北朝鮮」という冠がついていたが、それでもなんとなく聞き流していた。

ところが、ここにきて、北朝鮮との関係で急にクローズアップされるようになり、改めて「明るい北朝鮮」てどういう意味なのか、少しばかり調べてみた。
要するに、リー・クアンユーという建国の父がいて、その人民行動党が一党独裁を敷いているということらしい。
金日成のように抗日独立戦争を闘ったわけではないが、イギリスからの独立においてライバルを倒して主導権を握り、1959年から1990年までは現役で、2011年までは院政を敷き、その後は息子に権力を移譲している。
なるほど、金王朝とかなり似てはいる。

しかし、北朝鮮と決定的に違うのは、選挙があるということだ。
5年に1度の国会議員選挙がおこなわれている。
シンガポールの選挙制度については、こちらのサイトが主観も交えつつよくまとめてくれている。

シンガポールの選挙制度~2015年総選挙~ (今日もシンガポールまみれ)


投票しないと選挙権も被選挙権も失うという罰則があり、投票率は限りなく100%に近い。
そして、与党の人民行動党は、90数パーセントの議席を占有している。
つまり、独裁とは言うものの、選挙での信任は得ているということになる。

ただし、もちろん色々と仕組みがある。
まず、ウルトラ小選挙区制とも言うべき、グループ選挙区である。
これはアメリカの大統領選の選挙人の獲得と同じで、その地区で勝った党が複数の議席を全獲りする。
極端に死に票が多くなって、野党は30%の得票があって数%程度の議席しか得られていない。
ただし、この制度は1988年に導入されたので、それ以前は普通の小選挙区だったらしい。

また、上記のサイトでは秘密投票は担保されていると書いてあるが、少なくとも政府がその気になれば「誰がどの党に投票したか」を照合できる仕組みがあり、仮に照合していないとしても、有権者にとってはかなりの心理的な圧力になっている。
選挙管理委員会が「投票控え」を保管しており、そこには投票用紙のシリアル番号と投票した人のマイナンバーが記載されているのだ。投票用紙と照合しない限り、控えだけではどこに投票したかはわからないが、絶対に照合されないという保証はない。

また、野党が選出された選挙区は公共事業で冷遇される。
これは日本の自民党が沖縄などに対してやっていることとまったく同じだ。



こうしたシンガポールのことを知るにつれて、これは数年後の日本だなあ と思い至った。

20180514-2.jpg二大政党の存在しない小選挙区制、地域社会や勤務先の中で圧力を加えられる投票先、野党が勝った地域は減らされる補助金。
投票の義務化は実施される様子はないが、日本の場合は、このまま投票率は下がり続け、いよいよ自民党の占有率は上がっていくと推測される。
なにせ、いつの時代も年齢と投票率は比例しており、しかも10年前の20代は今日の30代なのだから、歳を経るごとに投票率が下がるのは当たり前だ。
そしてもうひとつ、シンガポールと日本の共通点は、与党が「食わせてくれる」と思われていることだ。
リー・クアンユーはたしかに開発独裁をフル活用してシンガポールを豊かにした。
日本の自民党も、客観的に見れば、ボロボロの敗戦国日本を一度は世界第2位の経済大国にしたのである。

今の自民党が、かつての「食わせてくれる」自民党ではなくて ただの「食わせもの」に過ぎないことは、政治をウォッチしている人間には自明だが、一般の意識としてはまだまだ共通認識にはなっていない。
いまだに、「高度経済成長の自民党」の幻影が、世代を超えてひとびとの頭に染みこんでいるのである。
年寄りは自分の人生として、若者は自分を育ててくれた親世代を支えた存在として。

このまま行けば、数年で国政選挙の投票率は50%を大きく割り込み、その中での与党の得票率は60%を上回るようになるだろう。
20180514-3.jpgもはや与党が2/3を確保するのが常態化し、野党はカツ丼についてくるタクアンくらいの存在なりはてる。
カツ丼のカツが自民で卵が公明、味噌汁が維新で、タクアンが野党・・・・
 

自虐ネタで喜んでる場合じゃない。
大きく言えば、二つの条件が揃うと、いくら選挙があっても独裁になる ということを言いたいのである。

その二つの条件とは

1.二大政党の存在しない小選挙区制

2.与党が国民に最低限メシを食わせていること(そう見えること)

今の日本は、これが当てはまる。



シンガポールが「明るい北朝鮮」ならば、日本はさしずめ「大きな北朝鮮」というところか。

この窮状から脱する、唯一無二の現実的な方策は、とにもかくにも、どんなにお粗末でも、二大政党制にすることだ。
これだけが、独裁政権に「期待」せずに、野党サイドでできることだからだ。

野党をディスるよりも、安倍を叩けという意見もいただくが、安倍晋三は命がけで政権を維持しようとしている。
いくら「退陣せよ」と叫んだところで、退陣はしない。

もちろん、叫ぶことは少しでも多くの国民に声を届け、何よりも野党に「これだけの声がある」ということを伝えるために大いに意味はある。
ただ、叫んだから退陣するだろうというのは、あまりにも他力本願と言わなければならない。

小選挙区制に異を唱えたり、供託金が高すぎることを訴えるのも、それ自体はいくら正論だったとしても、与党が与党である限り、絶対に改正などするわけがない。
自らの権力の源泉を、自ら改定するわけがないじゃないか。

こうした、敵が「何かをしてくれるかも」という期待に願いをかけるのではなく、あくまでも野党側だけでできる、唯一無二のことが、二大政党の対決構図を作ることなのだ。

これまで何回も書いてきたが、二大政党に幻想は禁物だ。
アメリカやイギリスを見れば分かるように、ドングリの背比べである。
日本のリベラル派は、民主党や労働党を正義の味方みたいに思っている人もいるようだが、オバマやクリントンやブレアがやらかした戦争を見て見ぬ振りをしてはいけない。
新自由主義については、むしろリベラルのほうが積極的だったりもする。

それでも、政権交代が常におきるのであれば、最低限の規律が保たれる。
「いくらなんでも」の一線が厳然と存在しうる。

仮に自民党政権だったとしても、今の安倍政権のような底なしの腐敗と国民蔑視にたいしては、自浄作用が働くし、それが無理ならちょっとはマシな野党に政権交代がおきる。
その野党もロクなもんじゃないとしても、自民党を批判して政権をとった以上、最低限のことはやらざるを得ない。そこでウソをついたら、また自民党に政権を取り替えされる。
そうやって、ほんのちょっとだけマシになることを繰り返すのが、二大政党制だ。

ぜ~~んぜん理想的じゃない、究極の妥協の産物。
それが二大政党制だ。



もちろん、そんないい加減な政策じゃ納得できない と言う人は多いだろう。
そうした、少しでも理想に近づけたい、という活動は、派閥でやったらいい。
大きな政党の中で、最大公約数の綱領や政策は共有しつつ、派閥として「もっとこうするべきだ」と主張すれば良い。
たとえば、「2030年代に原発ゼロ」が共通政策だとしたら、派閥としては「即時ゼロ」 のように。

当然ながら、二大政党制で党議拘束などあり得ない。
それは思想統制であり、ほとんんどファシズムである。
アメリカには党議拘束はないし、英仏では拘束はあっても造反は多いらしい。
二大政党制にする限りは、党議拘束は撤廃すべきだし、もし党議拘束をかけるとしても選挙のマニフェストに掲げた政策に限定すべきだ。(ましてマニフェスト違反に拘束をかけた旧民主党の愚行!)

そんな愚行をやらかした前科をもつ今の野党に期待するのもどうなのか と半ば諦めつつも、それでもやはり、安倍ちゃんに「辞めてほしいなあ・・」と期待するよりはずっとずっとマシだと思うのだ。
小沢さんは驚異的な忍耐力で、自らを陥れた張本人の集団に近寄って、顔を立て、なんとか二大政党に引き入れようと努力している。もう、見ていると泣けてくる。

小沢さんがそうやって原則的に努力している間は、よほど決定的なことがない限り、私も原則的な立場は維持しようと思う。
自由党に近い人たちは、ともすると立憲や枝野をディスりたくてうずうずしているわけだが、今は「二大政党を目指す」という原則をしっかり握りしめるべきだろう。

良いとか悪いとか、評論するのは楽ちんだ。
でも、今必要なのは、評論ではなく、現実的な次の一歩だ。

二大政党制 → 政権交代の常態化 の先に 日本の独立 があることも忘れてはいけない。
日本が極右の独自核武装路線ではなく、自らの意思で米国からの独立を果たすためには、自らの意思を自覚して表現する手段を手に入れなくてはならない。
それこそが、政権交代によって民意を反映するシステムなのだ。

「大きな北朝鮮」または「暗いシンガポール」となって独裁国家へこのまま進んでいくのか、理想とはほど遠くとも二大政党制で意思表示ができるようになるのか、今日本は岐路に立っている。
そして、その道を決めるのは、安倍晋三でもトランプでもなく、野党とその支持者なのだということを、主体的に捉えてほしいと切に願う。


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2018-05-02(Wed)

朝鮮戦争終結と新自由主義

ほんの数ヶ月前には想像だにできなかった「朝鮮戦争終結」が、かなり現実味を帯びてきた。

トランプか金正恩が暗殺されない限り、実現するだろう。

さまざまな問題はもちろんある。

それでも、東アジアの状況を一変させる戦争終結には、朝鮮半島の人々はもちろんのこと、日本の人たちも過半数が歓迎している。
私もその一人である。

その上で、大きな変化が起きるとき、そこには「新自由主義」の影がうごめいているのではないか。
そういう目を持っておくことも必要だ。

「新自由主義」は、正義をまとって現れる。
左手で平和と民主主義の旗を振りながら、右手で他国民の富を根こそぎ奪っていく。

正義の味方を気取れないときは、まずは悪役を作りだし、しかる後に登場する。
イラク、リビア、エジプト、アルカイダ、イスラム国 ・・・・ 枚挙にいとまがない。

「新自由主義」の実績を思い起こせば、この度の終戦とそれに続くであろう北朝鮮の激変の裏にも潜んでいると思わないわけにはいかない。

なにせ、朝鮮がもし統一されるとなれば、その経済規模は天文学的な数字になる。

南北統一費用はドイツと比較できない水準、産業研究院

【ソウル6日聯合ニュース】 韓国と北朝鮮の統一費用が、東西ドイツ統一の費用とは比較できないほど大規模になるとの研究結果が出た。
 産業研究院は6日、「ドイツ統一20年の経済的教訓と示唆点」と題した報告書を公表し、その中で「朝鮮半島でドイツ式の統一を推進する場合、ドイツとは異なり南北の経済格差の解消に長い時間がかかり、統合による社会的衝撃と統一費用の負担もドイツと比較できないほど膨らむ可能性がある」と指摘した。
 その理由として、統一直前の旧東ドイツの人口は旧西ドイツの4分の1にすぎなかったが、北朝鮮の人口は韓国の2分の1で、1人当たりの国内総生産(GDP)は旧東ドイツが旧西ドイツの50%だった半面、北朝鮮は韓国の6%にも及ばないと指摘した。
 相対的に状況が良好なドイツの場合も統一後から2009年まで、旧西ドイツから旧東ドイツへの公共部門を通じた移転支出だけで約1兆6000億ユーロ(約184兆477億円)に上ったことを勘案すると、南北統一に天文学的な費用がかかるしかないとの分析だ。

(以下略 引用以上)

こんな未開の地が開かれるのだから、行き場を探して世界中をさまよっている金融資本は、舌なめずりして待ち構えている。

しかし、こんなところに投資しても、見返りは無いんじゃないか? とおもうかもしれない。
なんのなんの 「新自由主義」をなめてはいけない。

最初に損する役と、後からがっぽがっぽ回収する役は ちゃんと分担されているのだ。
そう、もうお気づきと思うが、最初に損する役が米国のATM=日本。
ひと通り基盤整備ができてから、オイシイところだけごっそり持って帰るのが国際金融資本=新自由主義なのだ。

もちろん、日本も商社などの大企業はある程度おこぼれにあずかる。
そもそも、ODAというのは、日本の税金を途上国に投資して、それを日本の企業が受注して持って帰る、という詐欺まがいのシステムのことだった。
そのシステムは今でも生きているが、もはや日本企業が独占することは許されず、新自由主義がほぼ何もせずに持っていくのである。

ドイツ統一でも200兆円近い費用がかかったと言うことは、朝鮮統一と言うことになれば、日本の国債残高くらいはかるく吹き飛ぶことになる。
日本は、晴れて国債2000兆円時代に突入するかもしれない。

投入したカネは、吹き飛ぶと言っても消えて無くなるわけではない。生活必需品からインフラにいたるまで、様々なものの購入に使われる。
補償とか投資とか融資とか援助とか、名目は様々あれど、日本は返ってこないカネを注ぎ込み、その大半は新自由主義=国際金融資本の一軍が回収していく。



せっかくの平和の到来を、なぜこんな深刻な顔をして迎えなければならないのか。

それは、日本のトップが新自由主義の奴隷であり、まったく抵抗も交渉もする気もないからだ。

たしかに、属国日本がいきなり独立することはできない。
しかし、必死に戦略を練り、ギリギリの交渉をすることはできる。

その典型が、韓国の文在寅大統領だ。
韓国は日本以上に、きわめて直接的に米国の支配下におかれ、かつては軍事独裁で徹底的に押さえつけられてきた。
経済面でも、1997年に通貨危機をしかけられ、IMFに支配されるというきわめて厳しい状況をくぐり抜けてきた。

その韓国で、いや、その韓国だったからこそ、文在寅は米国と新自由主義を「利用」して平和へを歩を進めるという離れ業をおこなっている。
地獄を見てきた文在寅は、トランプのアメリカファーストが意味するものも、新自由主義がよだれを垂らして朝鮮統一を待ち構えていることも、正確に理解しているだろう。
それでもあえて、それらをギリギリのところで利用している。

一つ間違えば、米朝戦争になったかもしれないし、これからだって朝鮮半島はハゲタカ資本の狩り場になる可能性だってある。
しかし、そのリスクをコントロールすることでしか、朝鮮半島の平和は実現できない、という悲愴な覚悟で取り組んでいる。

振り返って、日本はどうか。
安倍晋三がトランプにすり寄るのは、モリカケスパなどなどなど、自らの犯した数々の犯罪をもみ消すためである。
悪い意味ですら、日本をどうこうしたいという意欲はなく、自分たち夫妻の補助金環流汚職を無かったことにする、もうそれだけである。
念願と言われている改憲ですら、モリカケ逃れの煙幕に過ぎない。

もちろん、新自由主義にたいしても、なんでもかんでも言いなりである。
本来、新自由主義は極右を排除する。極右は自国利益を優先して、新自由主義の言うことを聞かなくなるからだ。

ところが安倍晋三は同じ極右でもひと味違う。
自らの極右趣味を満喫するために、国益を全放棄して新自由主義の言いなりになるのである。
いったいこれのどこが極右なのか!と極右諸君は怒らなければならない。

もっとも、最近の極右は安倍流の極右ゴッコのコピー、ネトウヨと言われる連中ばかりだから、国富を外国資本に献上して得々としている。
というか、そういうシステム自体を理解すらしていない。

まったく、まったく、何という落差なのだろう。



新自由主義の巧妙なところは、ある程度の「自由」があるといことだ。

巨大資本は無制限の自由を謳歌するのは当然として、支配下の国民にも、ある程度の自由は認めるのである。

ごく具体的に言えば、新自由主義の奴隷と化した日本でもデモや集会ができる。
ビラをまいてもネットで意見を言っても、いきなり逮捕されたり暗殺されたりしない。

しかし、その「自由の限界」は厳密に決められている。
その象徴がこの写真であろう。

20180502-1.jpg

国会前という、ひと気のない場所で、警察車両の外に出ない という範囲内であれば、ギリギリ認めるが、そこをはみ出すと大弾圧が待っている。

同じように見える韓国のデモは、

20180502-2.jpg

市街地のど真ん中であり、車道を埋め尽くし、見る限り警察車両に囲い込まれていない。

新自由主義に支配されている国であっても、なんとか抵抗しようという意思があれば、ここまで変わるのだ。
日本で同じことをしようとすれば、まずデモ申請が通らない。
憲法で保障されている基本的人権は、実際の現場には存在しないということが、実感で分かるはずだ。

それでも、デモ規制を突破して、銀座や難波で車道を埋め尽くしたらどうなるか。
間違いなく、大量逮捕されて、多くの人たちが人生設計を壊されるだろう。

逮捕されても一晩で出てこられるかもしれない。しかし、逮捕されたことが明るみになれば仕事をクビになったり、子どもが白い目で見られたりするのが怖いのである。
そのような、江戸時代の五人組ばりの監視社会が日本には張り巡らされている。

20180502-3.jpg

日本の基本的人権は、憲法で保障されているのはお題目だけで、憲法を踏みにじる法律や条令ではるかに狭く制限されている。
そもそも、デモをするのに届出がいるなんていう国はめったにない。
勝手にやるか、まったく認められないか、どちらかである。

さらに、法的に規制されていないのに、運用上のゴリ押しや社会的な脅迫で、もう極小サイズに限定されている。
デモ届出にしても、本来は届出なのだから、警察に拒否する権利はない。
しかし、現実は警察の言うなりにならないと、受理されない。
勝手に受理しないくせに、届出無しでデモすれば、無届けだと言って逮捕される。

まったくのえん罪であっても、逮捕されたら近隣や職場での社会的制裁は恐るべきものがある。

結果として、日本にある自由は、中心の小さな小さな箱の中に限定されている。



この自由を限定する狙いは、「デモの波及力を失わせる」 というところにある。

あまり波及効果は無いだろう と判断する限りは、そこそこ自由に行動させる。
しかし、この一線を越えたら、デモが本気だと言うことが多くの人の目に触れてしまう となったら頑として規制する。

明日も大阪では扇町公園で例年は2万人くらい集まる大きな集会がある。
その後に、最近はパレードとかいうデモもある。

2万人が、一斉に御堂筋を埋め尽くし、「安倍辞めろ」と声を合わせれば、どんなに迫力があるだろう。
それは、隅っこではなくひとびとの頭のメジャーな部分に訴える力があるはずだ。

しかし残念ながら、現実は警察の指示通り、いくつものコースに別れ、その中でも、バラバラのグループに分断され、歩道よりに押し込まれてトボトボ歩くことになる。
この隅っこ感を突破できなければ、いくら「楽しくやろう」とか「カッコよくしよう」とか言っても、所詮は楽屋落ちで終わってしまうだろう。

かといって、いきなり多くの人々が(私も)生活を破壊されてしまっては困る。

韓国のように軍事独裁と命がけでたたかった歴史を持たない日本だが、韓国だって、あの光州蜂起からは38年も経っているのだ。韓国の文在寅大統領が駆使している新自由主義とのギリギリの折り合いの付け方は、日本でも学ぶべきだ。

( 「光州5.18」 2018.5.15 )

ミソもクソも一緒くたに「悪いやつ」でくくってしまい、ちょっとでも悪い奴とは妥協するのは許せない!と叫ぶような、平和ボケの日本の「良心的」な人々こそ、文在寅の肉を切らせて骨を断つような、ある意味ドぎたないやり方を学ぶべきなのだ。



とは言え、新自由主義は、敵のボスキャラであることは間違いない。

そんな怪物と対峙するためには、まず、敵を知らなければならない。
敵を知らずんば百戦危うしである。

ということで、一ヶ月後の 2018年6月2日(土)に こんな勉強会をやります。
是非ご参加を。


「さよなら新自由主義」 菊池英博氏講演会

2018年6月2日(土) 14:00 - 16:30
エル・おおさか南館101

小泉・竹中時代からアベノミクスへと続く新自由主義は、私たちの暮らしを壊し苦しめ続けています。しかし「新自由主義って何なのか」その正体を私たちはちゃんととらえているでしょうか。敵を知らずんば百戦して百戦危うしです。腰を据えて学んでみませんか。

主催 生活フォーラム関西
資料代 1000円
予約 sforumkansai@yahoo.co.jp
または→ 申込フォームにリンク




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2018-04-23(Mon)

安倍独裁の責任は すべて野党にある

昨日投開票だった豊中のトリプル選挙。

これだけ騒がれている森友問題の地元でも、何も変わらなかった。

市長は大阪方式の自民と野党相乗りが勝ったものの、府議補選は自民と維新、市議補選は自民一人と維新二人。
「森友学園問題」を考える会が熱烈応援していた府議候補の山本いっとくさん(共産)は、かなりの差で敗れてしまった。

維新 4万3890票
自民 4万3018票
共産 2万7253票

何も成果が無かったわけではない。
いくらなんでも維新の市長は阻止したこと。
そして、共産党候補を野党と市民が応援することで、固定票をかなり上回る票を集めたということだ。

昨年の衆院選で豊中市(大阪8区)の共産党は15197票、得票率8.9%だった。
それが今回は 27253票 得票率23.9%だ。
得票率だけで言えば 3倍近く、このところ続いていた維新:自民:野党=2:2:1という比率を若干上回ることはできた。

しかし、ここでもう一つの数字を見ておかなければならない。
大阪8区は昨年の衆院選で、共産党と立憲民主の調整がつかず、立憲もでていたのだ。
このときの立憲は 31197票 得票率18.3%
つまり、今回の23.9%は、昨年の8.9+18.3=27.2%よりも低かったのだ。

2議席に3人だから、得票率34%とれば確実に当選する。
単純計算すれば、あと6.8%を上乗せすれば、勝てたかもしれないのだが、実際は逆に3.3%減らしてしまった。

別の計算をすれば、共産党の固定票は常に変わらないとして考えると、前回立憲に入れた人のうち 12000人くらいは共産党の山本さんに投票したけれども、19000人くらいは投票しなかったことになる。
この19000人が、勝敗を決したと言える。

なんでこんなに細かいことをグチャグチャやってるのかというと、今回の豊中の結果は、とても象徴的だと思うからだ。

かつての民主党の票を根こそぎ維新に持って行かれた大阪ですら、野党と市民が総力でたたかい、確実に取れる票を取れば勝てる。
基本的に考え方の方向が同じ人が、確実に投票してくれれば勝てる。
しかし、それができないから負ける。
何回やっても、自民と維新にもっていかれる。

これが、安倍独裁を許している、根本原理なのである。



なんで安倍晋三は独裁体制を敷くことができるのか。
答えは、ただひとつ。
選挙に勝つからだ。

小選挙区で党中央の権限が強いとか言っても、党中央の言うことを聞いていたら落ちる ということになれば、必ず自民党内からも造反はでる。
むかしの自民党のように、本気で安倍おろしが始まるだろう。

しかし、そもそも○○おろし は、「このままじゃ選挙で負ける」という危機感が原動力なのであって、どんなに支持率が落ちようと、スキャンダルにまみれようと、いざ選挙になればぼろ勝ちできる限りは、絶対に安倍おろしなどおきない。

安倍独裁を許しているのは、ひとえに、勝てる勝負を勝ちに行かない野党の責任である。

断言する。

安倍独裁を生み出し、育てているのは、勝てる勝負に勝たない 野党である。

民進が壊滅している大阪ですら、本当に本気で野党がひとつになってたたかえば、自民と維新の三つどもえでも勝てる状況なのに、他の地方であれば、十分に勝てる。
そんなことは、小学生でも分かる理屈だ。
だから、野党が本気でまとまってたたかわないのは、分かっていないのではなく、自公政権を維持するための確信犯であると、私は断罪する。

確信犯と言っても、薄汚い確信犯もいれば、清廉潔白の確信犯もいる。
「希望と一緒になるくらいなら、いさぎよく負けた方が良い」という類の人たちだ。
こういう方は、きっとイイヒトだとは思うけれども、他人の生活を左右する政治には関わる以上、無責任と言わなければならない。
自分だけがどうにかなるのだったら「負けても良い」と口にするのは自由だ。
しかし、政治は他人の生活を決定づける行為なのだから、関わる以上は「負けても良い」なんていうおちゃらけたことを言ってはいけない。

私は、野党こそが派閥政治を復活させるべきだと考えている。
最大公約数でまとまっておいて、主張の違いは派閥として維持する。
原発についても、党としては○○年で徐々に廃止という緩すぎる公約でも、派閥として「即時廃止」を訴えることができれば、それでいい。
もちろん、国会の議決における党議拘束なんて 絶対に認めない。

かつての民主党の害悪は、党議拘束で小沢グループを排除したことだ。
あれをやった瞬間に、民主党は死んだも同然だ。

これから作るべき自民党にかわる政党は、ほんのちょっと自民党よりましな公約を掲げつつ、中には右から左まで自由に意見を言う政治家がいる、という形であるべきだ。
どの派閥が選挙で勝ち上がり、党内で力を付けるかによって、党の公約は微妙に右に左に移動するのである。

繰り返すが、すばらし公約を掲げながら支持率10%で永遠の野党を続けることは、国民への無責任だ。
それは政治家ではなく、野党議員という職業についている人たち である。



そう言う形になってこそ、日本の政党で唯一、日本の独立と平和を掲げる自由党も生きてくる。
「自立と共生」の自由党は、一定数のコアな支持者は無くなることはないけれども、逆に主流派になるにはあまりにも道程は遠い。

だから、まずはちょっとマシな野党を作り、その中の「自立と共生」派閥として影響力を伸ばしていくことが、目の前の国民の生活への責任でもあり、同時に理念を実現していくための道でもある。

ただし、その点で私が危惧するのは、野党をまとめるために小沢さんは自由党を無くしてしまうのではないか ということだ。
派閥として大野党に合流させるのではなく、みずから率先して新党に溶解させようとするのではないか、と心配している。

なにせ昨年の衆院選でも、民進党のゴタゴタにつきあって、自由党は選挙に出なかったのだから。
もともとあるかなしかの支持率だったのに、世論調査の選択肢からも消滅し、いったいぜんたい次の選挙になったら憶えている人がいるのだろうか・・・

それに、完全に溶け込む形になってしまえば、山本太郎さんのキャラクターもまったく活かせなくなってしまう。
彼ほどの突出した若手政治家が、ちょっとマシな野党の一議員として、質問の機会すらろくに与えられなくなるのは、あまりにも損失が大きい。
とは言え、では新党作るとか一人で無所属ということになると、政権交代という流れに逆らうことになってしまう。

こうした諸々の問題を、ぜんぶ内包しながら「いい加減」に調整できるのが、大野党の中の派閥政治なのである。

だいたい、ダイバーシティとか生物多様性がどうのとか言う人は、政治のことになると純血主義になる傾向が見られる。(もちろん、違う人もいますが)
政治こそ 多様性を。
他人にだけ多様性を求めるのではなく、みずから率先して多様性を。

2010年の鳩山退陣から昨日まで、連綿と続けている、野党による自民党独裁の支援体制に終止符を打たなければ、日本は本当にこのまま地獄へ落ちるだろう。

「勝てる野党」か、しからずんば消滅か。
ぼんやり万年野党をしている時間は残されていない。




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2018-04-20(Fri)

森友問題のお膝元 豊中市でトリプル選挙!

私の事務所からも徒歩3分で豊中市である。

関西ではそこそこ有名な都市ではあるが、なんといっても去年からその知名度が全国区になった。
そう、あの「安倍晋三記念小学校」の禍々しい赤い校舎の写真とともに、全国津々浦々の人たちの記憶に刻まれた。

20171102-0.jpgべつに豊中が悪いわけではないのだが、北海道や沖縄くらい遠くの人たちにとっては、すっかり豊中=森友みたいな感じだろう。
なんで森友学園の籠池氏が 安倍晋三記念小学校を豊中に作ろうとしたのかというと、近くに空港があったからだ。
もう少し正確に言うと、近くにある大阪国際空港(=伊丹空港)の騒音問題で長年空き地になっていた土地があったからだ。

ちなみに、大阪国際空港なのに通称は兵庫県の伊丹空港。
滑走路の大半は兵庫県伊丹市、ターミナルビルは大阪府豊中市。ちなみにダイハツの本社がある大阪府池田市もちょっと引っかかっていて、池田市空港という住所がある。
千葉県にある東京ディズニーランドよりもややこしい。

それはさておき、騒音対策で国土交通省の大阪航空局が所有していた例の土地を、2013年に近畿財務局が公募をかけ、森友学園が手を上げた というのが森友と豊中のなれそめである。
その後の、大阪府+維新、財務省+自民 の数々の不正は、ここでは繰り返さない。
ただ、粛々と進められていたこの不正が、なぜここまで明るみに出たのかというと、ここでまた豊中市が登場する。

豊中には、木村真というスゴい市議がいたのだ。
彼は、極右の小学校が自分の街にできることが我慢ならず、様々な情報を探っているうちに、なんとあの8億円値引きを探り当てたのである。

木村真市議は無所属の議員だ。
少し古い表現をするならば、革新系無所属 って感じだろうか。
彼のまわりに集っている市民や弁護士とともに、「森友学園問題」を考える会を結成し、今日に至っている。

「森友学園問題」を考える会は、木村さんをはじめ3人の市議が深く関わっていた。
同じく無所属の 熊野いそ議員と、共産党の山本いっとく議員である。
この3人を中心に、森友問題はいまや安倍政権の命脈を絶ちきろうかというところまで肉薄している。

とくに、国会で共産党が森友問題で鋭い追及ができたのは、現場に山本いっとく議員がいて、じゃんじゃん情報を提供していたからである。



そんな豊中市で、なんでまたトリプル選挙なのか。

まず、市長の任期がこの4月までだった。
淺利という3期もやった市長がさすがに引退することになり、そこに2人の候補が名乗りを上げた。
一人は、副市長だった長内繁樹氏で、これはまあ 順当なところ。
そしてもう一人は、なんとあろうことか、森友問題で口利き疑惑の張本人である中川隆弘氏(大阪維新の府議)である。

なんとまあ、よくも立候補したもんだと思うが、証拠を隠滅するためには市長になるのが都合が良いのか?? とうがった見方もしてしまう。
森友問題を考える会は、維新の中川候補に公開質問状を送ったけれども、開けずに送り返されてきたらしい。

そこで、なんとしても維新の市長は阻止しようと、大阪方式で野党は長内候補を応援。
自由党大阪府連も、長内候補を推薦。
長内氏も、自民党の候補ではあるけれども、イデオロギッシュな安倍系のジミンというよりは、市役所の職員という色が強いようで、大阪方式をとるには良い候補だったような。

吹田の後藤市長もちょうど同じパターンだった。
自民の候補だったけれども、市の部長だった人で、共産党と政策協定を詰めて自共共闘で維新の現職に勝った。
ここ数年の吹田市の状況を見ていると、比較的平穏な進め方をしているように見えるので、これはこれでアリなのだろうと思う。

ちなみに、「京都府知事選では あんなに相乗りを批判してたじゃないか!!」という怒りの声もあるかもしれない。
大阪以外の人は、維新のエグさを知らないから、そんな呑気なことが言える。
維新は、最盛期の民主の票を、ごそっと持っていったあげく、橋下が消えた後でもさほど票を減らしていない。
だから、こと大阪では、1人区の選挙で自民と維新が出ているところでは、どんなに頑張っても野党共闘では勝てないという現実がある。

同時に、維新の議員は自民党にいけるなら行きたいだろうけれど、維新の票は決して自民に行かないということがある。
議員は限りなく与党に近い「ゆ」党でも、実は票は野党なのである。

だから、ひとつひとつの選挙で維新の議員や首長を減らしていくことが、野党がほぼ壊滅状態の大阪を回復していく戦略であり、そのためにはできる限りの政策協定をしながら 比較的穏健な自民候補を推すということに、当面は甘んじるしかないのである。



話しがそれてしまった。

豊中市長選挙の話。

府議である維新の中川氏が立候補したので、府議に空席ができた。もともと、1人欠員だったので、豊中選挙区で2人の大阪府議を選出するための、補欠選挙をすることになった。

これが、ふたつ目の選挙である。

この府議補選には、3人の市議が名乗りを上げた。
ちなみに、市長選にはさらに松岡信道氏という市議が立ったので、なんと市議が4人も減ってしまった。
ということで、任期はあと1年なんだけれども、市議の補欠選挙もやることに。これがみっつ目。

市長選、府議補選、市議補選 というトリプル選挙が、かの森友問題の地元、豊中市でくり広がられているのである。

さて、ここで注目したいのは、府議の補選に、さきほどから名前を出している 共産党の山本いっとく市議が立候補したということ。

2人の定員に3人が立候補であり、ここは大阪方式ではなく、自民 vs 維新 vs 野党+市民 という構図である。

もちろん、それでも厳しいのは厳しいけれども、今の風を受ければ十分に可能性はある。
もちろん、木村市議ら森友問題を考える会は、会の仲間として山本いっとく候補を全力応援。
自由党大阪府連も、もちろん山本いっとくさんを推薦し、渡辺義彦さんは事務所開きにも駆けつけている。
府連のブログ

投票は、2日後の日曜日 4月22日である。

私自身、山本いっとくさんとは何回もお会いして話したことがあるけれども、共産党にしては(失礼)とても柔軟で信頼に足る人物だと思っている。

そんなわけで、豊中市の方、豊中市に知り合いのいる方、ぜひとも森友問題の足下で安倍晋三たちの不正を暴いてきた、山本いっとく候補を よろしく なのだ。

20180420.png




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2018-04-09(Mon)

京都府知事選に思う

与野党5党が相乗りした候補と、共産党といわゆる市民派共闘の候補が闘った京都府知事選。
投票率は35.18%。 開票結果は開票率99%の段階で、

与野党相乗り 402,672 得票率55.9%
共産+市民派 317,617 得票率44.1%

共産候補が大健闘 などと傷をなめ合うコメントも見られるが、惨敗は惨敗である。

私は今は京都府民ではないし、両候補の人となりも知らないので、あまり思いの入ったコメントはできない。
それでも、地方分権、地方の力を信じるのであれば、自民候補に野党が相乗りするのは、党としてのの権利と責任の放棄であり、賛成はできるものではない。

NHKの出口調査によると  支持政党は
自民党 37%
共産党 12%
立憲民主党 9%
公明党 4%
日本維新の会 3%
民進党 2%
無党派層 31%

各支持層が自党の推薦候補に投票した割合は
自民支持 80%台半ば
公明支持 90%台半ば
立憲支持 40%台半ば

共産支持 90%余り

無党派層 40%台後半 相乗り: 50%余り 共産

ここから単純に計算すると、もし立憲、民進、希望が共産候補を推薦していたとしても、4万票未満の上乗せであり、やはり負けていたということだ。とすると、プラスマイナスで7万票がひっくりかえり、かなりの接戦になっていた。
(計算ミスをしていたので、訂正しました 4/9)



ただし、投票率が大きく変われば、話は違ってくる。

投票率が50%になっていれば、30万票の無党派層が加わり、その55%が共産候補に加算されると、ギリギリの接戦になってくる。 逆転の可能性が高くなる。
与野党対決の緊張感が高まり、森友問題で窮地に立たされている自民を責め立てることができれば、ひょっとすればひょっとしたかもしれない。

立憲、民進、希望は、どうせ勝てない共産候補に乗るよりも、自民党に恩を売っておいて、どっかで返してもらおうという古い古い政治哲学で動いたのであろう。それも、まったく理解できないわけではない。
地方政治で住民の実利をとろうと思ったら、そういう駆け引きも全否定はできない。

しかし、蓋を開けてみれば、共産候補としては想像以上に票が伸びた。
共産単独では9万足らずだから、22万票以上の非共産の票が共産候補に入ったことになる。
これは、立憲、民進、希望の緊張感の無い頭では想像できなかった数字なのだろう。
ダブルスコアであれば、立憲、民進、希望の選択も、それなりに説明できるが、この票差であれば、立憲、民進、希望の判断は政治へのあきらめを蔓延させただけという批判を免れまい。

私自身は、立憲、民進、希望の、どの政党にもみじんも期待は持っていないし、所詮自民党の隠れサポーターだと思っているから、相乗りになったと言う話を聞いたときも、ふ~ん くらいにしか思わなかった。
また、こういう形になってしまった以上、共産候補に勝ち目は無いとあきらめてしまった。
その意味では、私の頭も立憲、民進、希望と同じ程度にカビが生えていると言うことかもしれない。

10%以上の差がついて惜敗とは言えないが、しかし、共産候補に共産票の4倍近い票が入るという、今日の日本国民の状況はひしひしと伝わってくる。
やはり、この安倍独裁政権下で、どんな状況だろうが与野党相乗りをする政党には、クズ野郎という罵声がふさわしい。
たとえ常日頃支持する政党であろうが、万が一そんな判断をしたら、迷わずにケチョンケチョンに批判するべきだ。



とはいえ、所詮、立憲、民進、希望などその程度のものだと言うことははじめからわかっている。
自分を陥れた面々が集う立憲の顔を立てる小沢さんの忍耐力はすさまじいとは思うけれども、その超人的な忍耐力は報われないだろうと私は思う。

悪いやつよりも卑怯なやつのほうが、ずっと始末が悪いからだ。
公然と悪いことをやって、どのくらい悪いかがわかっているほうが、良さげなことを言っていざというときに裏切るよりはずっとマシだ。歴史上のほとんどの抵抗運動は、弾圧でつぶされたのではなく、裏切りによって自壊していったのである。

20180408.jpg
この写真は、相乗り候補が当選の万歳をしているところ。
(毎日新聞より 元記事はこちらから→ リンク )

希望の前原や山野井は、自分たちの推薦候補が当選したら、カメラの前で万歳をしている。
ところが、ここに福山哲郎が見当たらない。もしかしたらフレームから切れているのかもしれないが、もし、万が一ここに福山哲郎が立憲民主党を代表して万歳をしていないとしたら、それはあまりにもコウモリではないか。

立憲支持者の過半数が敵候補に投票したことに見られるように、京都府知事選では立憲には支持者からの批判が殺到したと思われる。
批判されたとき、決断してやってしまったことには責任をとるのか、うまく立ち回って言い逃れに終始するのか、私はむしろそこを注視している。

まだ小沢グループが離脱していなかった頃の民主党をウォッチしていて、「普段は良いこと言うけど、イザとなったら小沢弾圧に賛成した」議員、「普段は良いこと言うけど、イザとなったら消費増税に賛成した」議員、「普段は良いこと言うけど、イザとなったら原発再稼働に賛成した」議員 のほとんどが立憲に集っている、ということは小沢グループに近い人たちは皆気がついている。
それでも、政権交代のためには立憲を中心に野党はまとまるべし という小沢さんの血のにじむ努力はリスペクトしつつも、過度な期待をせずに冷静に見つめる目は無くしてはいけないと思うのである。



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2018-03-30(Fri)

日本国憲法のキモは前文の TRUST IN である

またまた護憲派リベラル諸氏には不評を買いそうなことを書いてみる。

でも、安倍改憲が現実味をもつ今だからこそ、護憲派の皆さんにこそ読んでもらいたいと思って書いていることは信じていほしい。

日本国憲法の原文は、GHQから渡された英文だったと言うことは議論の余地がない。
ただ、たとえ押しつけであっても、良いものは良いじゃないか という護憲派の意見には、私も概ね賛成だ。
自民党の改憲案や、安倍ちゃんの改憲案と比べても、月とすっぽん以上に現行憲法の方が良い。

その上で、原文である英文を見ていると、こんな文章がある。

We have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

私が注目したのは trust in というところだ。

この文章を日本語訳(すなわち憲法の前文)でみるとこうなる

「平和を愛する諸国民の公正と信義信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

ここについては、公正と信義「に」 ではなく 「を」 じゃないか。日本語がおかしい、という議論はよく聞くはなし。たしかに、なんとなく不自然な感じはする。
でも、やはりここは 「を」 ではなく 「に」 なのである。

何故かというと
trust の後に、 in が入っているからだ。

ちょっとややこしいけど、ここは非常に大事ところなので、我慢して読んでみてほしい。
trust という英単語は普通は他動詞なので、in は必要ない。
おまえを信用するよ なんて言うときは
I trust you. てことになる。

じゃあ わざわざ in をつけるのはどういうときかというと、これは米国人なら誰でも知っているあれに書いてある。

20180330.jpeg

IN GOD WE TRUST

倒置法を元に戻すと We Trust in God. である。

つまり、信じる方の主体性にかかわらず、神が正しいとか正しくないとか四の五の言わず、無条件に信じる という場合に使われるのが trust in なのである。

まあ、ちょっと極端な書き方をしているけれども、辞書をひいても、「神を信じる」とか「運を天に任せる」とかいう例文が出ており、意味合いとしては間違っていないはずだ。

さらに昔々勉強した英文法を必死に思い出すと、 この文章は分詞構文という形になっている。
細かい説明を省くと trustingの前にある「、」の、後が原因で、前が結果ということ。

前文の訳では、因果関係が薄められているけれども、「trust in(無条件信頼)するから 安全と生存を保持できるんだよ」っていうこと。

よって、憲法前文のこの部分は、直訳するとこうなる

「平和を愛する諸国民の公正と信義を無条件に信頼することで、われらの安全と生存を保持しようと決意できました。」

どうだろう、「平和を愛する諸国民」のまえに跪(ひざまづ)いて、決意を述べる WE(日本人)の姿が浮かんでこないだろうか。



繰り返すが、私はだからといって、この憲法を自虐だとか屈辱だとか言っているのではない。
そうではなくて、この憲法は、「平和を愛する諸国民」と言われる国々との 契約 だと言うのである。

「平和を愛する諸国民」とはもちろん、日本の侵略の犠牲を被った中国、朝鮮、米国を中心にした第二次大戦の戦勝国を指していることは間違いない。
これらの国々に多大な被害をもたらした挙げ句に、ボロボロにまけた日本に待っているはずだったのは、制裁と賠償で二度と立ち直れない運命 のはずだった。

しかし、日本列島に反共の砦としての利用価値を見いだした米国は、なかなか素敵な妥協策を提示した。それが

We have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

「平和を愛する諸国民の公正と信義を無条件に信頼して跪くならば、安全と生存を保持させてあげるよ。さあ、どうする?」

日本国民は、保守も革新も、こぞってこれに YES! と答えたのである。
おかげさまで、70年以上も戦禍にまみれることなく、今日こうして暮らしていられるのだ。
いくら貧乏暮らしと言っても、世界平均からみたら、十分に贅沢三昧な生活を送っているのである。

これはすべて、1948年に日本国民が 

We trust in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

という契約書に判を押したからなのである。



ところが、70年もたつと、そんな契約はなかったかのように 本気で改憲をやろうとする安倍晋三のようなのが登場する。
他のことはともかく、この前文と、それを根拠にした9条を触るとなると、契約の当事者は黙っていない。
すくなくとも、米国、中国、韓国、北朝鮮は、「じゃあ 70年前の賠償をやってもらおうか」「70年分の儲けを全部返してもらおう」 という話になる。

戦後レジュームというのは、日本が勝手に決めたものではなく、日本の命乞いを戦勝国が認めたということで成立したものだ。
それを、美味しいとこだけ味わった挙げ句に、一方的に脱却すると宣言して暴走すれば、他方の当事者が黙っていないのは当然と言えば当然。
そんな一方的で独善的な改憲は、日本を孤立させ、最悪のコースに導いてしまうことは火を見るより明らかである。

私は、本質的にはいずれは日本人の力で憲法を作るべきだとは思う。
しかし、そのためには、70年前の契約当事者ともしっかりと交渉をし、理解されるものでなければ実現はできない。
国内ですら、ろくに議論もせずにゴリ押ししてしまおうというような、民主主義の「み」の字すらないような今の日本で、改憲やら自主憲法など、100年早いのである。

とは言え、GHQに作ってもらった憲法を、他国に無条件にひざまずくことと引き替えに平和と生存を保証してもらった憲法を、手放しで持ち上げて金科玉条にしてしまうのも、やはり違うはずだ。
今はしっかりと護りながらも、冷静に分析して、本来のあり方を「自分の頭で」考え、議論することが、本当の民主主義を育てるはずだ。

安倍晋三や、安倍晋三的なるものたちに負けないためにも

Trust in KENPO.

ではダメなのだ。



■■おしらせ

「ゆがめられた政治と教育~森友問題から見えてきたもの」
2018年3月31日(土)
豊中市立文化芸術センター大ホール
(阪急宝塚線「曽根」から徒歩5分)
開場 18:30、開会19:00(21:00までの予定)

<対談> 寺脇研さん X 前川喜平さん
    (コーディネーター:新聞うずみ火・矢野宏さん)
<報告とアピール> 野党国会議員
          大阪府議会議員・石川多枝さん(予定)
<アピールと行動提起> 森友学園問題を考える会

前半は、文部省(文科省)の先輩・後輩にあたるお二人の対談。長年教育行政に携わってきた中で直面した、政治から教育行政への圧力についてお話しいただきます。森友・加計学園問題を「教育行政」という観点から見た時、いったい何が問われているのか、ともに考えましょう!

後半は、野党各党の国会議員から国会報告とアピールのほか、大阪府議会で孤軍奮闘で松井知事・維新の会の責任を追及する石川議員からの報告とアピール(予定)、主催者である森友学園問題を考える会からのアピールと行動提起です。

今回は定員1,300名の大ホールですので、「満員につき入場不可」なんてことは、いくらなんでもないだろうと思っています。ですので、入場整理券等も特に発行しません。良い席を取りたい方は早めにお越しいただいた方が良いと思いますが、席には特にこだわらないのであれば、開会時刻ギリギリにお越しいただいても大丈夫です(だと思います)。

◆ 参加費 500円(学生300円)
◆ 主催:森友学園問題を考える会 TEL/FAX 06-6844-2280

主催者のFacebook
https://www.facebook.com/events/556948708001530/





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2018-03-28(Wed)

安倍退陣はあるか

このところ やたらと仕事が忙しくてブログも書けずにいた。
あいも変わらず、安い下請け仕事なので量をこなさなければならないという、絵に描いたような貧乏暇無し・・・

そんなことをしている間に、森友疑惑はどんどん安倍晋三に肉薄し、気の早い人は総辞職じゃないかなどと言い出している。
しかし、昨日の佐川の証人喚問の様子からも、絶対に辞めないという安倍晋三の執念が見える。

あんな、誰の目にも茶番にしか見えない丸川珠代と佐川の掛け合い漫才は、むしろ支持率を落とすだろう。
刑事が取り調べで、ヤクザの鉄砲玉に 「おまえの親分は指示してないよな」 「若頭も指示してないよな」 と念押ししているようなもので、鉄砲玉も他のことは「俺は知らねえ」と言いながら、そこんとこだけは 「指示してません!!」と元気よく答えてる。

おいおい、知らないはずの人間が、なんで「親分は指示してない」ことだけは知ってるんだよ、とたぶん1億人中9900万人が
ツッコみたくなる。
あまりに正直な茶番過ぎて、誤魔化しにもなっていない。

とは言え、安倍晋三の意思は明確だ。
どんなに疑惑が深まろうと、支持率が急落しようと、自分が指示したという明確な証言や証拠が出てこない限り、絶対に辞めないということだ。
当然ながら、親分がはっきりと犯罪を指示することはないわけで、「おい」とか「しっかりやれ」 くらいですべてが通じてしまうのがその筋の世界だ。形のある証拠は出てくるはずがない。
安倍晋三は、何が何でも辞任はしないだろう。

■■

ただし、そのために安倍晋三が超えなければならないハードルはもう一つある。
4月18日の日米首脳会談である。

3月25日にはオバマが来日して安倍晋三と会っている。
なんでオバマが来のかというと、あのワールドメイトの深見東州が講演会によんできたらしい。
深見東州については、首都圏の方は奇天烈な電車広告などでご存じだろうが、れっきとしたカルト教団で、近年はせっせと政治献金をして政界にもパイプを太くしているという。
20180328.jpg
この奇妙奇天烈な新興宗教カルトが、あのオバマをわざわざ日本まで来させたということが驚きだが、さらに安倍晋三との会談までセッティングしたというのだからぶったまげる。
普通に考えれば、深見東州のスタンドプレーではなく、もっと大きな勢力が深見東州を使ってやったということだろう。

オバマは今でもシカゴに帰らずにワシントンで反トランプ運動の旗を振っているという。
(次の選挙にミッシェルが出るのではといううわさもあったりする)
そんなオバマが、わざわざ日本に来るとすれば、トランプべったりの安倍晋三を引きはがそうというお役目だったのではないか。

従来の米国軍産共同体やウォールストリートは、なかなか自分たちの思い通りにならないトランプを早く引きずり下ろしたくてしょうがない。
そんなときに、米国のATMである日本がトランプベッタリなのは、非常にうっとうしいのである。
とくに、日米安保の利権を吸い尽くしてきた「知日派」=ジャパンハンドラーズの面々は、トランプべったりの安倍晋三を消してしまいたいことだろう。

一方、安倍晋三は、2007年には極右路線を警戒した「知日派」にハシゴをはずされ、3億円脱税疑惑もリークされることで、トンデモナイ恥さらしの辞め方を余儀なくされた。
このときのトラウマは凄まじいものであることは、想像に難くない。

だから、思いがけずトランプが当選したときに、安倍晋三はこれに飛びついた。
トランプという新しい傘の下で、今度こそは祖父・岸信介を超えるオオモノになってやる。
この安倍晋三の決心と覚悟をなめてかかってはいけない。

安倍晋三がトランプの懐に飛び込んだとたん、森友学園問題が火を噴いた。
キッカケはもちろん豊中の木村市議の行動だけれども、その後のあの報道攻勢は、これまでだったら考えられない。
マスコミが自民党を攻撃する = ジャパンハンドラーズのお許し(または指示)が出ている ということだ。

トランプ・安倍連合を潰せという、軍産共同体・ウォールストリート、その出先機関である「知日派」ジャパンハンドラーズ、なかでも日米安保に巣くう安保マフィアの連中が、総力で安倍晋三を攻め立てた。
文科省や財務省から、どんどん情報がリークされるのも、そのせいだろう。

さらに言えば、「知日派」直系の前原誠司が野党を統合して政権交代一歩手前までいったのも、そうした力が働いていたはずだ。
小池百合子の裏切りがなければ、シナリオは完結していただろう。小池と枝野が、絶対に権力をとってやるという意思をもっていれば、何がどうなろうと政権交代はしていた。
しかし、小池は土壇場でビビって逃亡し、枝野は正義を叫ぶ万年野党の道を選んだ。

オバマは、「もういい加減にトランプとは手を切れよ。そうしたら総攻撃を辞めてやるぜ。なんなら引退してハワイで昭恵と二人で楽しく暮らせばいいじゃないか。」 てな感じで引導を渡しに来たようだが、安倍晋三の執念はそれに乗らなかった。
反トランプ勢力が徐々に弱ってきていることも影響しているのかもしれない。

■■

この波状攻撃に、安倍晋三は官邸をゲシュタポ化させてしのいでいる。
キーマンの弱みを握っては恫喝し、何が何でも辞めないという意思を貫徹している。
まさに、今年の元旦に放送された「相棒」の世界である。違うのは、内閣情報調査室だけの暴走ではなく、総理をトップにした官邸総ぐるみだということ。

ところが、反トランプ勢力にとって、どうしても許せない事態が出来した。
とくに、日米安保マフィアにとっては死活問題だ。
それは、米朝会談の実現である。

なにが死活問題かというと、米朝会談で朝鮮戦争が「終戦」すると、韓国と日本に米軍が駐留している大義がなくなってしまうからだ。戦争屋は戦争の種がなくなってしまうことを何よりも恐れる。
これまで日本は北朝鮮を敵視し、米朝を近づけないための番犬を勤めてきた。ところが、トランプはそんな経緯はお構いなしに、あっという間に米朝会談を実現させそうな勢いだ。

これまで、どっちつかずに言葉を濁してきた中国も、自分だけ外されてはかなわないと、金正恩を呼びつけて(招待という形だろう)「朝鮮半島の非核化」ということで話しをつけた。
もうこれで、よほどのジャマが入らない限り、米朝会談から朝鮮戦争の終結という流れは止められない。

本当だったら、ここで噛ませ犬の日本が北朝鮮を挑発し、米朝関係を悪化させるための芝居を打たなくてはならないのだが、トランプべったりの安倍晋三は、米政府と口裏を合わせる以上のことはできない。

と、これがここまでの流れだ。

ここから先、トランプが米朝会談までこぎ着けるのに、何も仕掛けをしないはずはない。
すこしでも自分に有利になるように、あっちこっちから揺さぶりをかけたり、手をさしのべたり、目まぐるしく行動を起こすだろう。
その時、誰(どの国)にどの役割を負わせるつもりなのか。

常識的には、日本に敵対的なポジションを取らせて、韓国には親和的にさせ、中国が落とし所で話しをつける、ということになる。
しかし、トランプはそんな常識的な方法はとらないと思う。
韓国は日本よりも独立心があるから、必ずしもトランプの号令を100%聞くとは限らない。そんな韓国を融和ポジションにおきつづけるのは危険だと考えるだろう。
中国は仲介を依頼すれば、うやむやにして少しでも良いポジションを取ろうと駆け引きしてくる。それならば、交渉から完全にはずしてしまい、自分から動かざるを得ないようにする、という最近の戦略を継続するだろう。

となると、やはり交渉に向けての手駒は日本しかないことになる。
安倍晋三にそれが勤まるか。
4月18日の首脳会談は、その首実検である。

個人的な能力の問題、支持層の思想的な問題、森友疑獄で支持率が落ちていること、などなどを鑑みると、超重要な役割をあうんの呼吸で押したり引いたりできるのか、トランプ側はかなり不安に思っているだろう。

押す方はともかく、引く演技ができるのか。
場合によったら 拉致問題のラも言わずに金正恩とニコニコ握手できるのか。
どんなことがあっても安倍晋三を支え続けている極右勢力が、それをもよしとするのか。

「わたちはこー見えても演技はうまいんです。国会で毎日毎日ウソをついてますから、心にもないことをいうのは朝飯前です。」と自己アピールするのだろうが、交渉の達人であるトランプの眼鏡にかなうのかどうかは、かなり怪しい。

安倍晋三は、支持率が10%を切ろうとも、決して自分からは辞めないから、当面は退陣はない というのが私の見立てだが、トランプにクビを切られるという可能性はあるかも と思っている。

ニュースをみる度にウンザリするけれども、とにかく今は我慢して、目を開いておきたい。


■■おしらせ

「ゆがめられた政治と教育~森友問題から見えてきたもの」
2018年3月31日(土)
豊中市立文化芸術センター大ホール
(阪急宝塚線「曽根」から徒歩5分)
開場 18:30、開会19:00(21:00までの予定)

<対談> 寺脇研さん X 前川喜平さん
    (コーディネーター:新聞うずみ火・矢野宏さん)
<報告とアピール> 野党国会議員
          大阪府議会議員・石川多枝さん(予定)
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前半は、文部省(文科省)の先輩・後輩にあたるお二人の対談。長年教育行政に携わってきた中で直面した、政治から教育行政への圧力についてお話しいただきます。森友・加計学園問題を「教育行政」という観点から見た時、いったい何が問われているのか、ともに考えましょう!

後半は、野党各党の国会議員から国会報告とアピールのほか、大阪府議会で孤軍奮闘で松井知事・維新の会の責任を追及する石川議員からの報告とアピール(予定)、主催者である森友学園問題を考える会からのアピールと行動提起です。

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2018-03-11(Sun)

7年目の3.11

あまりに何も進んでいないことに呆然とする。

その割に、変化してしまったのは、私たちのほうではないだろうか。

とくに、福島から遠く離れたわれわれ関西人は、いつのまにか状況に馴らされ、振り返ることも少なくなってきてはいないだろうか。

これから「さよなら原発関西アクション」に出かけるところだけれども、そんな私でも最近のブログの記事を思い返せば、3.11の話題はほとんどない。

運動の現場でも、今年の大阪の集会は、共産党系との共催に至らず屋内集会のみとなってしまったようだ。
批判する意味ではないけれども、政治の世界では野党共闘とか言っているのに、なかなか難しいものだ。

私のまわりでも、市民運動と政治活動の壁は、なんやかんや言ってもまだまだ高いのだなあ、と感じさせる出来事があったりして、何十年も属国として暮らしてきた日本で、本当に国民が自立していくのは長い道のりだと感じた。

結果を求めない市民運動の限界はもちろんある。このブログでもよく批判的に書いている通りだ。
しかし一方で、名もなき一人が自立して動き始めることは、短期的な結果を求める政治活動だけでは生まれない。

例え結果が伴わずとも倦まずたゆまず継続していく市民運動と、結果責任を重んじる政治活動が、うまく車の両輪にならなければ、というのが2012年からずっと考えていること。
市民と野党の共闘とか見ていたら、やっとそんな感じになってきたのかな と思っていたのだが。

私自身は、これから出かける集会に、何かの結果を求めるわけではもちろんない。
自分のなかで薄れかけていた「3.11」を もう一度思い起こすためにいってこようとおもう。
これからの日本を考えるために、政治活動を重んじる人こそ、「3.11」は深く深く心に刻み込まなければならない。

溶け落ちたデブリも、まき散らされた放射性物質も、避難を余儀なくされた人々も、すでに被曝してしまった人たちも、まだ何も解決などしていない。
解決もしていないのに、「自己責任でしょ」と言い放つ政府のもとで、私たちは甘んじて暮らしている。

そんな現実から、いつのまにか目を背けてしまう情けない自分に渇を入れるため、そろそろ出かけようと思う。




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2018-02-28(Wed)

ヤクザとカタギの境目がなくなってきた今日この頃

私の生息している地域では、創業一族が名士扱いされている工務店がある。

小学校の卒業式が終わった途端、校長が生徒や保護者にお尻を向けて来賓席に座る創業家の御大に駆け寄っていくような関係だ。
田舎ではなく大阪梅田まで電車で10分という場所だけれども、そういう人たちの頭の中にはいまだにちょんまげが乗っているらしい。

その工務店がマンションの工事をしている。
もうすぐ竣工のはずが工期が遅れているらしく、連日現場の前には何台もの工事車両が停まり、カラーコーンで道路を半分塞いでいる。もともと広くはない道路のうえに曲がり角なので、車が1台ギリギリで歩行者は危ないことこの上ない。見たところガードマンもいなかったので、現場監督に注意した。

すると、見事に逆切れしたその監督は、「歩行者が避ければいいやろ」「いままで事故になっていないから大丈夫や」「文句言うのは嫌がらせか」「そんなんして面白がってるやろ」と私に罵声を浴びせた。
挙げ句の果てに、その場に居合わせた下請業者の社長が「おまえどこ住んでんねん。うちの若いもんつれて押しかけたるわ!」と脅迫。
なかなかスゴい場面となった。

もちろん私はすべて録音して、その工務店の上司にその旨は伝えたところ、ひと言だけ謝罪はあったのもの、それ以降もほとんど同じやり方を続けている。
他の住民も、たまりかねて警察を呼んで違法駐車をやめさせたりしているようだが、なにせそういう工務店だから警察も強くは言わないらしい。あいかわらず道路使用許可もとらずに占拠し続けており、住民ももうあきらめモードである。

着工前の近隣説明会では、違法駐車はしません。大きな音が出るときは事前に知らせます。などなど、調子のいいことを言っていたのはどの口だったのだろう。
とにかく無視して押し切れば、地主階級ではない無力な住民はあきらめるだろう、という態度が丸出しである。



こんなことがあって、ふと気が付いたが、これって安倍政権のやりかたの超ミニチュア版だなと。

選挙のときは調子のいいことを言って、終わった途端やりたいほうだい。文句を付ければ冷笑を浴びせ、それでも引き下がらないと脅迫する。
そして、いっさいの抗議を無視して、何が何でもやり続ければ、そのうち国民はあきらめてついてくる。

このやり方を開発したのは、私は小泉純一郎だと思っている。
あの「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」 や「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域」 発言である。

論理や対話というものをぶち切り、意味不明の言説を弄して強引に押し切る。
いくら自民党でも、何らかの対話が成立するさせることは国会の中でもやってきたし、それが完全に破綻したときは辞任したり、降ろされたりしてきたものだが、小泉純一郎は、完全に破綻しても選挙に勝てばOKという、新しい自民党の伝統を作ってしまった。

まして、第二次安倍政権になってからは、目の前にある事実でも、見えないフリをして押し切るという凄まじい状態になっている。
もはや、国会で議論とかいうレベルではなく、100%言論を無視して押し通すという意味では、テロリズムに匹敵する。目の前で武器を振り回してはいないけれども、籠池夫妻のように都合が悪い人間は拘置所に閉じ込めたり、前川喜平さんのような重要ポストの人物は尾行してスキャンダルを読売新聞に書かせたり、まさに恐怖政治である。

官僚は出世と退職金とバラ色の老後を、政治家は公認と当選をカタに取られて、内閣調査室に握られたネタに怯えながら唯々諾々と無理無体に従っている。
国会の質問では威勢のいいことを言っている野党議員も、何のことはない予算案を1日遅らせただけで通してしまうようでは、「なんか握られてんの?」と疑ってしまう。



ヤクザが怖がられるのは、暴力を使うからという理由もあるけれども、むしろ「理屈が通じない」という点にある。
最低限の理屈が通用するのかどうか、そこがヤクザとカタギの境目だったはずだ。

冒頭の工務店も、決してヤクザな会社ではない。地主の地主による地主のための会社ではあるけれども、カタギの会社であることは間違いない。
そういう会社が、かくも理屈の通じないヤクザまがいのやり方をすることに驚いたのだ。

そして、そのような最低限のカタギの条件を率先垂範してぶち破ったのは、この国のトップなのである。
地方の工務店ならばヤクザまがいで済むけれども、国のトップになればヤクザどころではない。テロリストよりも恐ろしい。
奴らの唯一のアキレス腱は選挙なのだが、それすらも独裁的なカネと権力を振り回して、住民を恫喝と諦めと買収で票をかき集める という姿が名護市長選挙で赤裸々になった。

国会ショーを眺めていても、ガンバロー三唱を繰り返していても、事態はなにも良くならない。
盤石に見える安倍官邸といえども、どこかにスキはあるはずだ。
目をサラにして、耳をダンボにして、スキを突くしかない。




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2018-02-10(Sat)

苦海浄土

もう40年ほど前、くらいくらいボクの高校生活の精神的な支えは、羽仁五郎の「教育の論理」と「自伝的戦後史」だった。
この二冊に出会わなかったら、こういう考えの大人もいるんだということを知らなかったら、あの時代を乗り越えられなかっただろう。

そんな羽仁五郎がガールフレンドと呼び、よくテレビにもでていた花柳幻舟という舞踊家がいた。その幻舟が、なんと花柳流家元を包丁で刺したのが1980年の2月。
そして、同年の5月だったかに京都で幻舟の講演会があった。その後に8ヶ月服役しているから、たぶん保釈中だったのだろう。
なんでいきなり刺したのか。大いに興味のあったボクは、四条烏丸の京都産業会館に出かけていった。

詳細はここでは語らないけど、「当事者の思い」というものを、正面からぶつけられた。
この講演会は、ボクの一生にとってかなり大きな影響を残してくれた。

それと前後して、京大西部講堂である芝居が上演された。「天の魚」という一人芝居だった。
そう、石牟礼道子の「苦海浄土」の一節を、俳優の砂田明が一人芝居に仕上げた作品である。

どんな芝居だったのかはっきりとは憶えていないものの、これまたボクの心に碇を下ろしてしまった。
その夏の1ヶ月ほどを水俣で過ごした。
ミカン畑を手伝いながら、眺め下ろした水俣の海の恐ろしいほどの美しさ。
羽仁五郎の著書にすがって生きていたカラッカラのボクの心には、一生消えることのない残影となって焼き付いた。

ちなみに1980年の5月には、隣の韓国で光州蜂起が起きている。
金大中の不当逮捕に端を発した市民蜂起のことは、日本では小さい事件扱いで、ほとんど報道されなかった。
そのことも含めて、数ヶ月遅れで何があったのかを知ったボクは衝撃を受けた。

光州蜂起については10年前に書いているので、こちらも見ていただければと思う。
 「光州5.18」 2008.5.15

とにかく、1980年5月は、ボクの行く末にかくも絶大な影響をのこす月となった。
今、こんなブログを書き綴っているのも、もちろんこの5月があったからだ。

ボク的三大事件の一つであった苦海浄土を書かれた石牟礼道子さんが亡くなったという。

特集 石牟礼道子さん死去 2018.2.10 朝日

暮らしも政治も先行きが見えなくて、目の前のことに惑うことが多い今日この頃、もういちど苦海浄土を読み直してみようと思う。




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2018-02-06(Tue)

もはや選挙であって選挙ではない 安倍官邸とのたたかい

残念ながら稲嶺氏の落選となってしまった名護市長選挙から、ひとつわかったことがある。

敵は、相手候補でも自民党でもなく、安倍官邸だということだ。
しかもただの首相官邸ではない。
ゲシュタポ化した安倍官邸である。

一方には法律が適用され、もう一方には法律は及ばないという条件は、もはや選挙とは呼べない。
いわゆる不正選挙うんぬんの話しではなく、国家権力がなりふり構わずに裏と表の全力を注ぎ込むとどういうことがおきるのか。
それが名護市長選挙でおきたことだ。

これまでは私も、どうやって選挙で自民党に勝つのか、ということを考えていた。
しかし、残念ながら、普通に選挙をやっても絶対に勝てない ということが、名護市長選挙でわかってしまったのだ。

なぜ 選挙では勝てないのか。

■■

選挙結果が判明した夜、NHKの時論公論では西川龍一と安達宜正という二人の解説委員のトークが流された。
西川は「移設反対より市民生活」という選択だったと、いわば公式発表をしたのに対し、安達はそれを遮るように、勝敗を分けたのは「公明党」と「あきらめ感」だったと指摘した。

 「沖縄・名護市長に渡具知氏、辺野古移設の行方は」(時論公論)
 2018年02月05日


安倍官邸が公明党をねじ伏せたこと。安倍官邸の意思で無法な工事を強行しつづけることが名護市民のあきらめ感を招いたこと。
安達の指摘は、かなり遠回しな言い方だったが、この本質につながる内容だった。

もちろん、官邸がねじ伏せたのは公明党だけではない。
どんな選挙違反をやろうともフリーパスになるように、名護市を一方的な治外法権にしたのも、明らかに安倍官邸であろう。


現地で選挙戦をたたかった方のこの感想は、敵は渡具知武豊という候補者などではなかったということを如実に示している。

普通の政治家ならば、市長選で推進派を通してから、工事を進めようと考える。
しかし安倍官邸は違う。
市長選で推進派を勝たせるために、1年前から工事を強行させてきた。
既成事実を積み上げ、何を言っても無駄だと思わせてから、選挙に臨むスケジュールを組んだのだ。

■■

それでも、まだここまでならば、強引な政治家という範疇かもしれない。
しかし安倍官邸は違う。

三権を統合して、国会議員からも行政官僚からも警察、検察、裁判所からも、いっさいの批判も非協力すら許さない恐怖政治を完成させたのが、今の安倍官邸の姿だ。
そのモデルはどこにあったのか。それは、戦後の米国による日本の支配である。
「金と権力」というアメと、「スキャンダルと汚職」というムチを使い分け、都合のいいように政治家や官僚や司法を操ってきた。

そして、田中角栄や小沢一郎のような米国からの独立志向のある政治家が台頭すると、大々的に事件をでっち上げて抹殺してきた。
リーマンショックの後のG7で米国に抵抗した中川昭一は文字通り抹殺されてしまったし、新自由主義の言いなりだった橋本龍太郎ですら「米国債を売りたくなるときがある」と口にしただけで日歯連事件で吹き飛ばされてしまった。

かくいう安倍晋三も、2007年には3億円脱税事件を突きつけられて、泡を食って政権から逃亡した苦い過去がある。
中川とともに独自核武装をくちにするなど極右過ぎたからだ。

一方で、見込みのある政治家や官僚は米国に留学させ、成功のレールにのせてやる。
まさにアメとムチを絵に描いたような、米国の日本支配。

これを、何倍も網の目を細かく、厳格にやってのけたのが、第2次安倍政権の首相官邸だ。
すくなくとも表に顔の見えているのは、安倍晋三、菅義偉、北村滋、これらの元に多数のゲシュタポ要因を配置し、アメとムチのネタを収集してきた。

その一端がはっきり見えたのが、前川前事務次官のスキャンダル報道だ。
常日頃からプライベートを尾行し、脅しのネタを収集し、言うことを聞かなくなたら脅迫する。
それでも反抗したら、読売新聞にリークして社会的な生命を奪う。

前川氏にやったのと、おなじことを、国会、行政、司法を動かす可能性のある人間すべてに対してやってきた、と考えられる。
官邸には、膨大なスキャンダルデータが眠っているはずだ。

■■

まずはじめに情報収集をやったのは、民主党政権のときの、民主党の幹部に対してだ。
なにせアイヒマンとの異名を取る北村滋は民主党政権の時から内閣情報官なのである。
獅子身中の虫どころか、すべての情報は筒抜けだったと言うことだ。

辺野古移設に寝返った挙げ句、やめる気のない小沢幹事長(当時)まで巻き添えにして辞任。
絶対に選挙で負ける公約違反の消費増税を突然言い出して、案の定参院選惨敗。
1年近い任期を残して突然解散し、民主党を完膚なきまでに弱体化させた。

これが、民主党政権の3人の首相のやったことだ。
なんのことはない、アイヒマンが後ろで匕首を光らせていたのである。

アイヒマン北村の前任者のとき、表沙汰になっているだけでもこんな状態だった。
諜報機関としては世界最低でも、身内のスキャンダルならお手の物ということだ。

「内閣情報調査室」解体のすすめ  世界最低の「情報機関」
選択 2011年12月号


まして2011年から内閣情報調査室におさまった北村滋は、第1次安倍内閣で安倍自身の秘書官を務めていたのである。
本当の任務がなんであったのか、疑う余地もないだろう。

■■

民主党に自ら政権を投げ出させた安倍&北村コンビが次に狙ったのは、自民党である。

自民党の領袖にとっていちばんウルサいのは、自民党だ。
しかも、自民党の有力者から有象無象にいたるまで、スキャンダルには事欠かない。
脇を固めることもないので、いとも簡単に分厚いファイルができあがっていったことだろう。

ここでも、安倍政権の尋常ならざる発想がある。
普通の政権ならば、スキャンダルのある政治家を閣僚にしない。
しかし安倍官邸は違う。
スネに傷のある政治家をあえて入閣させ、絶対服従を誓わせたのだ。

安倍政権になってから閣僚の不祥事が頻発するのは偶然ではない。
あえてそういう人間を集めているのだ。
キズのある人間ならば、安倍自身がどんなにあくどいことをやろうと、決して刺すようなことはできないからだ。

いかに名門のボンボンと言えど、このような恐怖政治を敷くための資金を自前で出すわけにはいかない。
官房機密費も30年たつと公開されてしまう。
独裁のための資金集めが必要だ。

ここで目を付けたのが国家戦略特区や補助金制度だった。
極右系の「同志」を国家戦略特区で優遇し、莫大な補助金や土地の無償提供などを進めてやり、そうした公的財産を環流させる、という錬金術をつくりだした。

森友、加計、高邦会、スパコン、リニア・・・・・・
2012年以前ならば、何回内閣がふっとんでいたかわからない。
しかし、身内の自民党から始まって、野党の政治家も、官僚も、検察も裁判官も、分厚いファイルで恫喝され、今や安倍晋三には指一本触れられない空気ができあがっている。

■■

こんな、脅迫犯のような安倍官邸とたたかうにはどうしたらいいのか。

とにもかくにも政権を奪うための手段は選挙しかない。
選挙で勝つには数が必要だ。
そのためには、細かいことはさておいて野党共闘だ。

たしかに、それは正しい。
実現すれば。

小沢一郎が言うように、国民に本気が見えるような野党共闘が実現すれば、政権交代の可能性はある。
あの希望の党事件だって、小池が裏切って、枝野が逃亡しなければ、政権交代になっていた可能性はあった。

しかし、決してそれは実現しない。
なぜならば、裏切りや逃亡は、偶然ではなく必然だからだ。

昨今もてはやされる野党共闘は、本気で安倍政権とたたかう気力のない連中でも、とりあえず数が必要だから共闘だ、というシロモノ。
そういう連中が、ちょっと脅されたり、美味しい餌をぶら下げられたらどいいう行動をとるか。考えるまでもないだろう。

政権をとる以上は、中途半端な連中や根性のない連中もふくめて、最大公約数で連携するべきだということは、それ自体は間違っていない。
しかし、中途半端な連中や根性のない連中は、政権をとる以前に、脅されてビビりあがり、万年野党の安住の地に逃げ込んでしまうのだから、いくら論理的に正しかろうが、そのような連立政権は決して実現しない。

ゲシュタポ化した安倍官邸を相手に、政権をとりきるまで連立を維持するためには、だれもが小沢一郎のようにスキャンダルをでっち上げられて叩きまくられる覚悟が必要になる。
右だの左だのと言う前に、そのくらいの覚悟があるかどうか。それが政治家の価値なのだ。

その価値ある政治家が、一体何人いるのかと考えると、とうてい野党共闘で政権が取れるとは思えないのである。

■■

どうしたらゲシュタポに勝てるのか。
稲嶺氏が落選と聞いてから、ずっとそれを考えている。

政策も必要だ。
選挙戦術も必要だ。
そのための資金も必要だ。
なにより根性ある候補者が必要だ。

しかし、あのゲシュタポ安倍官邸に勝つためには、バカ正直な正面突破だけでは無理。
少なくとも、敵に綻びが生じていないあいだは。

それでも、隙間はある。
たとえば、名護市のように官邸が主導したり手を伸ばしたりしない地方選挙。
これまでも、各地の首長選挙などでは野党が勝つケースが多い。

敵の気が付かないところで、アメーバのように増殖していく戦略。
政党に依存せずに、アンチ安倍同盟のような抵抗組織を、地方選挙を通じて作り出せないだろうか。

もうひとつは、トランプの動向。
安倍官邸の力の源泉のひとつは、真っ先にトランプにすり寄ることで、従来の米国の極右警戒網をすり抜けていることだ。
しかし安倍にとってもトランプは諸刃の剣で、アジアの覇権を放棄したいトランプによって、日本はじわりじわりと中国の覇権の中に押し込まれている。
これが進行すると、安倍陣営の中の極右との間の軋轢が昂じ、敵に綻びが生じる可能性がある。

最後に、これは正攻法だけれども、安倍の人気を落とすことだ。
モリ・カケ・スパコンなどの薄汚い実態を、少しでも多くの国民に印象づける。
主要な選挙では勝てなくとも、支持率は危険水域まで引き下げる。
自民党の中でも、抵抗はできないけれども腹の中では「安倍さんイヤだなあ」という空気を作り出すことになる。

今はこんな月並みなことしかかけないが、とにかく、これまでと同じように、選挙だ~ 野党共闘だ~ 負けた~ がんばろ~ ということを漫然と繰り返していてはいけない。
沖縄にばかりたたかいを押しつけていてはいけない。

名護市民がなぜ「あきらめ感」をもったのか。
それは、本土のわれわれが、あの安倍晋三を選んでしまっているからだ。
言うにこと欠いて 「沖縄の基地負担軽減は本土の理解が得られない」などとほざく人間を、内閣総理大臣に据えてしまっているからだ。

名護市民の「あきらめ感」があったとするならば、それは、埋め立て工事の進行に対するあきらめではなく、何度も何度も安倍を選び続けている我々本土の人間に対するあきらめなのではないか。
身のすくむ思いでそれを肝に銘じる。

たたかうことに意義がある というお気楽な話ではなく どうやったら勝てるのか そこにすべての心あるひとびとの経験と知識と魂を集中しよう。




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2018-01-26(Fri)

小沢一郎と板垣退助

私が子どもの頃は 100円と言えばなかなかの大金で、お使いの帰りに100円札を落としてしまって、泣きながら探し回った思い出がある。

その札に書かれていたジイサンの名前は たしか板垣退助。
「板垣死すとも自由は死なず」 暴漢に刺されたときにそう言ったとか言わなかったとか・・・

伊藤博文が悪者として描かれることが多い一方で、なんとなく正義の味方みたいなイメージで語られる板垣退助。
でも、実際にどんなことをした人だったのか、意外と知らずにあの台詞だけ知っているという人が多いのではないだろうか。

板垣退助は坂本龍馬より一年遅く、土佐に生まれた。
坂本は下士だったが、板垣(そのころは乾)はそこそこエリートの上士だった。

板垣が明治の大物としての権威を身にまとったのは、戊辰戦争での活躍だ。
甲州で新撰組を撃破して江戸に攻め上り、江戸から東北にかけて幕府軍を圧倒して会津を降し、官軍勝利の立役者になった。
政治家としてよりも、軍人としての権威であった点は、西郷隆盛と共通しているのかもしれない。

明治政府が始動してからは、大物政治家として関与するけれども、薩長が牛耳る政権内とは折り合いが悪くなる。
そして今度は 自由民権運動の立役者になっていく。

本心から国会設立を願ってのことだったのか、あるいは薩長の独裁に対しての派閥争いだったのか、板垣退助の本心はわからない。
いずれにしても、板垣という超大物がトップにいたことで、国会開設を願う自由民権運動が勢いを得たことはまちがいない。

自由民権運動を少し勉強してみると、二重構造があったことがわかる。
板垣たち大物政治家の運動と、河野広中や田中正造など地方の郷氏や農民たちの運動だ。
1881年に自由党は結成されたのだが、そこには、津々浦々の民衆に広がった自由民権運動という側面と、10年先に約束された国会開設に向けての勢力争いという側面が 同居していた。
もちろん、両面ともに必要なことではあったのだろうが、現実はそれらは分離し、対立するようになっていく。

なにしろ、ついこのあいだまでお殿様が全権を握っていた世の中で、憲法を作って選挙をやって国会を開け、といって運動したのだから、やはり板垣たちの先見性は、イマドキの政治家の誰と比べたってはるかに凌駕している。
しかもそれが、戊辰戦争のヒーローだったのだから、ひとびとの期待はものすごかったことは想像に難くない。

しかし、板垣の伝記や自由民権運動についての本を読むにつれて、板垣の限界も見えてくる。
政治思想の大きさと、それに反比例する運動論の欠如である。
思想的には民主主義であって、民が主なのだが、運動論においては士族主義であり、民は主ではない。

全国の民権運動を盛り上げて、それをまとめていくという方向ではなく、薩長土肥の大物政治家のなかで、如何に主導権をとるのか、という方向ばかりに目を向けていった。
それがやがて、後藤象二郎にまんまとのせられてヨーロッパに出かけてしまったり、伯爵になってしまったりということになっていく。

とくに、現場で苦闘する地方の同志をほったらかしにして、(おそらくは政府のカネで)ヨーロッパに長期旅行に行ってしまったことは、板垣の圧倒的な権威を一気に失墜させたようだ。



私は、こんな両面を持つ板垣退助をみる度に、小沢一郎という存在を思い出してしまう。
もちろん、小沢氏は板垣ほどの圧倒的な権威はもっていないし、逆に政府のカネでほいほい長期旅行に行ってしまうようなこともない。
ただ、当代一の政治思想をもちながら、永田町の運動論から抜け出せない小沢一郎は、まさに現代の板垣退助なのではないかと思えてしまうのだ。

政党支持率は限りなくゼロに近く、得票率も2%に届かない(現代の)自由党。
昨年の総選挙をパスしてしまったせいで、最近の世論調査では支持率の選択肢にすら入らない自由党。
そんな自由党だけれども、身近にいてつくづく実感するのは、熱心な支持者の多いことだ。

生活フォーラム関西などの応援団はもちろん、党支部ですら勝手連のように自主的につくって活動をしている。
自由党の看板をつけた宣伝カーも、自分たちで勝手にカンパを集めて作り、ボランティアを募って走り回らせている。
選挙になっても、事務所の当番から運動員まで、もちろん全員勝手連である。

共産党のような巨大な組織には比較もできないし、社民党のように労組がついているわけでもない。
でも、なんとか自由党をなくしたくない、自由党が必要なんだという思いだけで、手弁当で駆けつける人たちが全国に相当数存在している。

支持する理由は必ずしも一枚岩では無い。
とにかく「小沢さんたのんます」という人もいれば、「良い自民党」を期待する人もいれば、私のように「日本の独立」を一番の理由にする人もいる。

植民地に自由も民主主義もあり得ないのであって、米国から自立して自分たちでものを決められるようになるべし ということ。
革新やらリベラルやらは、日本の独立という大問題を、ふにゃっと流してしまう。
だからといって、独立を装って独裁を目指す極右はトンデモナイ。

独立してこそ、民主主義のスタートラインに立てる。
小沢一郎さんにしても、山本太郎さんにしても、玉城デニーさんにしても、私の知る自由党の政治家はその視点をはっきり持っている。
私はそう感じている。

ともあれ、地方ではそうやって勝手連が勝手に運動している自由党であるが、そんな動きにもっとも無関心なのが、肝心要の党本部だ。
もっとはっきり言えば、小沢一郎その人である。
無関心なのではなく、彼の目指すところの視野に、地方の勝手連の運動は入っていない。

小沢氏のトリマキが悪いのだという話しもよく耳に入ってくる。
あえてここではリンクは貼らないけれど、昨日も小沢グループでは知る人ぞ知る有名ブログがぶっちゃけ話を書いていた。
私は直接はあまり知らないのでコメントは差し控えるけれども、そういう面もあるのかもしれない。

ただ、「小沢氏は正しいけれどもトリマキが悪い」という論は、無理がある。
正しいとか正しくないとかではなく、小沢一郎の運動論には、永田町から遠く離れた地方での勝手連を大きな組織に育て上げる、という視点がない、ということだ。

永田町の論理の中で、有権者が期待しうる集団を作り上げれば、政権はとれる。これが一貫して小沢氏が言っていることであり、かつ実践していること。
だからこそ、もっとも孤立主義で共闘をいやがる立憲民主の枝野の顔をたてて、接近して引き寄せようとしている。
これ自体は、まったく正しいと思う。

しかし、そうやって手に入れた政権は、実に脆いということも、彼は2度の経験でよくよく知っているはずだ。
何があろうと後押ししてくれる地方の、津々浦々の人々があってこそ、握った政権を活かすことができるのではないのか。

地盤も看板もカバンもないところからそうした組織をつくるのに、肝心の党本部までがそっぽを向いてしまったら、いったいどうすればいいというのか。
おそらく、小沢氏本人は、「俺にだって陸山会が作れるんだから、他の奴だってやればできるだろう」 くらいに思っているのかもしれない。
しかし、すでに支持率0.1%になってしまった現時点から這い上がっていくのだという現実は、自民党の有力者が組織を作っていくのとは桁違いの困難があるのだ。

その視点がすっぽりと抜け落ちている。
それが、小沢一郎が現代の板垣退助だ という所以。



それでも、
あと数年で日本の様相は大きく変わるだろう。

オリンピック後の大不況と、アベノミクスバブルの崩壊が、否応なく庶民の生活をどん底に突き落とす。
いまはオイシイ話しと改憲で庶民を煙に巻いている安倍政権は、崩壊した経済をほったらかしにして逃亡するだろう。

ゲシュタポ化した安倍官邸の統制がなくなれば、世の論調も変わってくる。
自民党の政治家も、いろいろな動きが出てくる。
トランプの覇権放棄がより進んで、アジアの構図がガラッと変わっている可能性も高い。
政治の空白は必ず生まれる。

もういちど、板垣退助の出番はある。

それを、どんな状態で迎えるのか。
この国で生活する私らがしっかりと自分たちの手と足と頭で、現代の板垣退助を推し進めることができるのか。
それとも、永田町で繰り広げられる政治劇を手をこまねいて眺めているのか。

最悪の場合は、安倍を上回るファシストが政権に駆け上る可能性も十分にある。
橋下徹だって、今は一歩引きながらチャンスをうかがっている。
ほっとけば、ああいう類が混乱に乗じて、この国を乗っ取ってしまう。

ここからの3年。
地味かもしれないが、それぞれが生活している地方で、確かなつながりを作ることではないだろうか。
自由党のグループだけではなく、他党との連携も、政治家任せではなく、支持者同士が率先してつながり、信頼関係を築いていくことだ。

生活していくこと自体も大変だけど、だからこそ先のことを考えないと、取り返しが付かないことになりそうだ。




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