2013-07-12(Fri)
エジプトから目が離せない
日本の参院選のことももちろん気がかりだが、エジプト情勢から目が離せない。
日本のマスメディアは、例によって「イスラム優先のムスリム同胞団への反発」とか「ムルシ大統領の独裁への市民の反発」とか、そんな調子で報道するが、そんな単純な話じゃないのは、わずかな記憶力とほんの少しの思考力があればわかることだ。
日本に在住するエジプト人である 芸能人のフィフィさん(@FIFI_Egypt)が、このようにツイートしていた。
エジプト軍は中立な立場の放送局などを規制、スタッフを逮捕。状況は革命前に逆戻り。ムルシ政権は反対派デモの報道を禁じなかったし、前政権や大統領選で敗れた対立候補者の集会も禁じなかった。民主化の後退。これをクーデターと認めないアメリカのダブスタ。そして軍の功績と報じる日本のマスコミ。
モルシ支持派でなくても、多くの国民が軍のこの正当性を欠いた行動に抗議してるにも関わらず、それをイスラム支持派の暴動の様に報道するマスコミ…RT @masanorinaito: サラフィのヌール党、モルシ支持者42人が共和国防衛隊に殺害されたことに抗議して政治プロセスから撤退表明。
我々エジプト国民は国民に銃を向けた軍を決して許さないだろう。
エジプト軍による同胞団への発砲で42人死亡。300人以上の負傷者。暫定政権下での宗教弾圧がエスカレート。RT @gloomynews: goo.gl/LN8KJ デモ隊は銃撃された際、抗議の座り込みを展開していたが、イスラム教の礼拝を行っていた人もいたという
反モルシ政権デモ参加者が暴露「反モルシデモ参加にあたりムバラク夫人側から日当を得ていた」その証拠となる文書を持ち同胞団側に謝罪する若者たちも。礼拝中、突然の銃撃、それを止めた軍人にも発砲(医師会による発表)暫定政権によりメディア規制が行われこれらの真実が報道されず軍に苛立つ民衆。
(引用以上)
あきらかに軍による反革命クーデターであり、その実態は米国が操作していることは、自明のことだ。
操作どころか、クーデターを行ったエジプト国軍は、米国が長年飼い育てた「ペット」だという指摘を、軍事ジャーナリストの田岡俊次氏はしている。
ダイヤモンドオンライン記事 → http://diamond.jp/articles/-/38660
田岡氏は「ペット」が暴走したと書いているが、ペットにそんなことができるわけがないことは、次の記事を見れば明らかだ。
「反ムルシ大統領クーデターの黒幕、国防大臣アブドゥル・ファタハ・アル-シシ将軍は、アメリカのチャック・ヘーゲル国防長官と電話で常に連絡をとってきた。クーデターに至るまでの日々に、将軍が何回か国防長官に相談したことがマスコミ報道で確認されている。アル・シシ将軍がペンタゴンの‘正式許可”無しに行動していたろうとはまず考えがたい。」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-706f.html より引用
ただ、上記の記事とブログの中で書かれているように、何もかもが米国の手の内で動かされている、という見方には私は全面的な賛同はしない。
大きな歴史の流れは、決して陰謀では作ることができない。
しかし、それは陰謀など無いという意味ではまったくない。
大きな歴史の流れの中で、覇権を握るもの、目指すものは、かならず陰謀を企てる。それは、成功することも成功しないこともあるが、やつらは必ずしかけてくる。
ちなみに、あくまでもクーデターではない と言い張るのが米国の公式見解Aだとすれば、田岡氏の論調である、飼い犬が暴走して米国も困っている、というのは、実は米国の関与を誤魔化すための、公式見解Bなのである。
クーデターじゃない というのはあつかましいということで、米国もパターンBを用意しているのだ。
もっとも、放射能が噴き出し流れ出す原発を「冷温停止状態」と言われて へーそうですか と信じてしまう日本人には、あまりパターンBは必要ないのかも知れないが。。。
とにもかくにも、今回のエジプト国軍によるクーデターと、その背景のように言われている「市民デモ」に、米国ならびにムバラク派からの強力な支援があったことは間違いはない。
あの、アラブの春というもの自体が、米国の差し金ではないかという見方もある。
それはたぶん、半分は正しいのだろう。
革命不可避と見た米国は、できるだけ自分たちに革命の主導権を取るために、アラブの春に積極的にコミットしたはずだ。
革命を正面から弾圧してムバラクに拘泥する戦略と、革命を側面援助しながら主導権を奪っていく戦略を天秤にかけ、後者を選んだのだ。
しかし、二つの点で「アラブの春=米国の陰謀」という論は違っている。
ひとつは、あくまでも革命不可避という情勢があったと言うことだ。そのエジプト国民の覚醒があったからこそ、米国も第2のコースを取らざるを得なかったのだ。
ふたつに、米国は主導権を取り損なったということだ。
政権をとったムスリム同胞団は、パレスチナのガザを支配するハマスと同じ団体であることを思えば、米国にとってムルシ大統領の登場は、失敗だったことが分かる。
だから、当然のように反革命クーデターを仕掛けたのである。
米国やCIAにとっては、朝起きたら歯を磨くよりも、当たり前の行動だ。
これからエジプトが、どのような道を進んでいくのか、私には分からない。
エジプト人の歴史、国民性、生活の状況によって、激烈な過程をたどるのか、深く静かに沈降していくのか、さまざまな可能性があろう。ただ残念ながら、いずれにしても、あまり楽しげな近未来は想像しにくい。
■■
以前に書いた プラハの春にしても、エジプトのアラブの春にしても、ちょっとうまく行きかけると、かならず反革命クーデターがおき、アッサリとひっくり返されてしまう。
スケールはいささか違いすぎるが、日本における2009年の政権交代もそうだ。
クーデター要員を、その幹部に抱え込みながら、あらかじめ風前の灯火で成し遂げた政権交代だった。
この状況に、気落ちして、すっかり諦めている人も多いと思う。
しかし、反革命クーデターを、強力にはね返すことが、本当に良いことなのかも、少し考えてみる必要がある。
逆説的だが、クーデターを打ち返すような強力な革命政権が、本当にすばらしいのかどうか。。
1917年のロシア革命に対しては、国内の白軍と、それを支援しシベリアに侵略した日本軍や英米仏伊という、すさまじい軍事的な反革命があった。
ロシア革命というのは、1917年の蜂起によって成し遂げられたのではなく、その後につづいた、この内戦と干渉戦争に勝つことで成立したのである。
その後のさまざまな「革命」が、直ぐにひっくり返されてしまうのに比べて、ロシアソビエトの強力さは群を抜いている。
では、ロシアソビエトは幸せな運命をたどったのであろうか?
猛烈な革命潰しに、ビクともしないような強力な革命は、自らがまた変質してしまうのではないだろうか。
結果、ロシアソビエトのように、自らが革命を潰す側になるという、不幸な運命を背負っているのではないだろうか。
プラハの春の記録を読んでも、主導した人々は、あまりにもお人好しだった。
自らに迫る危機にも楽観的にすぎたし、ソ連を信用しすぎていた。
しかし、その人の好い彼らは、その後20年間、普通の労働者として深く静かに歴史の中に潜りながら、じっと機会をうかがっていたのである。
その精神は、チェコスロバキア(当時)の国民の中に広く共有されていたのであろう。
エジプトが、そうしたコースを選ぶのか、それとも激烈な血で血を洗う内戦を選ぶのか、私には分かりようがないし、口を出すことでもない。
自ら血を流して勝ち取った権利こそが、国民がその価値を自覚できるという意見もある。
わが日本を省みて、なるほど とは思う。
が、それが、大義のために犠牲をささげるという という思想に発展してしまうと、そこには危険な質的変化が起きてくる。
ようするに、革命や政権交代を成し遂げても、すぐにひっくり返されてしまう情けないほど頼りない国民も、決して悲観することはない ということだ。
むしろ、ヘタに完勝するほうが怖い。
■■
とはいえ、爆発したまま危機のつづく原発、ばらまかれた放射能と日々さらされる被曝。
のんびり構えてなんていられるか! と思う方も多いはずだ。
私だって、安閑としているわけではない。年末総選挙の後、みごとに円形脱毛になった。
まあ、もともとあまりたくさんある髪の毛ではないから、開き直っているけれども。
そんな話はともかくも、危機感を募らせるあまり、無気力になってしまったり、不寛容になってしまったりしているのが、今の最大の問題ではないだろうか。
冷たい言い方だけれども、今のこの現実を、魔法の呪文で一気に解決する方法は 無い。
残念ながら、ぜったいに 無い。
ここで、カリスマを待望し、豪快な手法で権力を奪取して救済を求めるような流れが出てくるのが、一番怖い。
橋下徹は、そのカリスマを狙って「脱原発」を言いかけたが、米国に嫌われてハシゴを外された。橋下が、もっと巧妙で対人関係に長けていれば、本物のファシストとして君臨していたかもしれない。
今大事なことは、橋下は論外としても、どのような意味でもカリスマを求めず、自分たちの気力と思想を練っていくことではないか。
20年くらいを一区切りとする歴史の流れにむかって、考え、語り、行動する市民(People)として自分たちを鍛え、集うこと。決して消滅しないこと。
小沢一郎は、カリスマになることを自ら避けてきた。
それが、あまり表舞台に立たず闇将軍などと呼ばれる所以でもあるが、本質的には、カリスマの力ではなく国民自らの力で民主主義を勝ち取るべきだという小沢の思想なのだと思われる。
小沢一郎氏の周りに集まる人々が、そのことを理解されているのかどうか。
彼が20年かけて作り上げたのは、2009年の政権交代でも、全国の600万票でもなく、小沢氏の目線の先を見る若い政治家と、今なお残っている数十万人の強固な支持者だ。
参議院選挙の投票日まで あと9日。
とにもかくにも 今はその必勝を願いたい。
参議院比例区では、私は言うまでもなく「はたともこ」さんをお勧めしたい。
比例区(2枚目の用紙)は、生活の党と書いても無効にはならないが、基本的には個人名を。
「はたともこ」さんを応援している場合だったら 「はたともこ」 と書く。
おまちがえのないように!
■■「家づくり」のお知らせ■■
7月21日(日) 十津川の木の家 完成見学会

時間 ①11時 ②14時 ③ 16時
場所 大阪市福島区
見学ご希望の方は info@mei-getsu.com まで、住所、氏名、電話番号をお知らせ下さい
詳しい場所をお送りします
なお、十津川の木材のことについては
→ 紀伊半島大水害と十津川の木の家プロジェクト


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日本のマスメディアは、例によって「イスラム優先のムスリム同胞団への反発」とか「ムルシ大統領の独裁への市民の反発」とか、そんな調子で報道するが、そんな単純な話じゃないのは、わずかな記憶力とほんの少しの思考力があればわかることだ。
日本に在住するエジプト人である 芸能人のフィフィさん(@FIFI_Egypt)が、このようにツイートしていた。
エジプト軍は中立な立場の放送局などを規制、スタッフを逮捕。状況は革命前に逆戻り。ムルシ政権は反対派デモの報道を禁じなかったし、前政権や大統領選で敗れた対立候補者の集会も禁じなかった。民主化の後退。これをクーデターと認めないアメリカのダブスタ。そして軍の功績と報じる日本のマスコミ。
モルシ支持派でなくても、多くの国民が軍のこの正当性を欠いた行動に抗議してるにも関わらず、それをイスラム支持派の暴動の様に報道するマスコミ…RT @masanorinaito: サラフィのヌール党、モルシ支持者42人が共和国防衛隊に殺害されたことに抗議して政治プロセスから撤退表明。
我々エジプト国民は国民に銃を向けた軍を決して許さないだろう。
エジプト軍による同胞団への発砲で42人死亡。300人以上の負傷者。暫定政権下での宗教弾圧がエスカレート。RT @gloomynews: goo.gl/LN8KJ デモ隊は銃撃された際、抗議の座り込みを展開していたが、イスラム教の礼拝を行っていた人もいたという
反モルシ政権デモ参加者が暴露「反モルシデモ参加にあたりムバラク夫人側から日当を得ていた」その証拠となる文書を持ち同胞団側に謝罪する若者たちも。礼拝中、突然の銃撃、それを止めた軍人にも発砲(医師会による発表)暫定政権によりメディア規制が行われこれらの真実が報道されず軍に苛立つ民衆。
(引用以上)
あきらかに軍による反革命クーデターであり、その実態は米国が操作していることは、自明のことだ。
操作どころか、クーデターを行ったエジプト国軍は、米国が長年飼い育てた「ペット」だという指摘を、軍事ジャーナリストの田岡俊次氏はしている。
ダイヤモンドオンライン記事 → http://diamond.jp/articles/-/38660
田岡氏は「ペット」が暴走したと書いているが、ペットにそんなことができるわけがないことは、次の記事を見れば明らかだ。
「反ムルシ大統領クーデターの黒幕、国防大臣アブドゥル・ファタハ・アル-シシ将軍は、アメリカのチャック・ヘーゲル国防長官と電話で常に連絡をとってきた。クーデターに至るまでの日々に、将軍が何回か国防長官に相談したことがマスコミ報道で確認されている。アル・シシ将軍がペンタゴンの‘正式許可”無しに行動していたろうとはまず考えがたい。」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-706f.html より引用
ただ、上記の記事とブログの中で書かれているように、何もかもが米国の手の内で動かされている、という見方には私は全面的な賛同はしない。
大きな歴史の流れは、決して陰謀では作ることができない。
しかし、それは陰謀など無いという意味ではまったくない。
大きな歴史の流れの中で、覇権を握るもの、目指すものは、かならず陰謀を企てる。それは、成功することも成功しないこともあるが、やつらは必ずしかけてくる。
ちなみに、あくまでもクーデターではない と言い張るのが米国の公式見解Aだとすれば、田岡氏の論調である、飼い犬が暴走して米国も困っている、というのは、実は米国の関与を誤魔化すための、公式見解Bなのである。
クーデターじゃない というのはあつかましいということで、米国もパターンBを用意しているのだ。
もっとも、放射能が噴き出し流れ出す原発を「冷温停止状態」と言われて へーそうですか と信じてしまう日本人には、あまりパターンBは必要ないのかも知れないが。。。
とにもかくにも、今回のエジプト国軍によるクーデターと、その背景のように言われている「市民デモ」に、米国ならびにムバラク派からの強力な支援があったことは間違いはない。
あの、アラブの春というもの自体が、米国の差し金ではないかという見方もある。
それはたぶん、半分は正しいのだろう。
革命不可避と見た米国は、できるだけ自分たちに革命の主導権を取るために、アラブの春に積極的にコミットしたはずだ。
革命を正面から弾圧してムバラクに拘泥する戦略と、革命を側面援助しながら主導権を奪っていく戦略を天秤にかけ、後者を選んだのだ。
しかし、二つの点で「アラブの春=米国の陰謀」という論は違っている。
ひとつは、あくまでも革命不可避という情勢があったと言うことだ。そのエジプト国民の覚醒があったからこそ、米国も第2のコースを取らざるを得なかったのだ。
ふたつに、米国は主導権を取り損なったということだ。
政権をとったムスリム同胞団は、パレスチナのガザを支配するハマスと同じ団体であることを思えば、米国にとってムルシ大統領の登場は、失敗だったことが分かる。
だから、当然のように反革命クーデターを仕掛けたのである。
米国やCIAにとっては、朝起きたら歯を磨くよりも、当たり前の行動だ。
これからエジプトが、どのような道を進んでいくのか、私には分からない。
エジプト人の歴史、国民性、生活の状況によって、激烈な過程をたどるのか、深く静かに沈降していくのか、さまざまな可能性があろう。ただ残念ながら、いずれにしても、あまり楽しげな近未来は想像しにくい。
■■
以前に書いた プラハの春にしても、エジプトのアラブの春にしても、ちょっとうまく行きかけると、かならず反革命クーデターがおき、アッサリとひっくり返されてしまう。
スケールはいささか違いすぎるが、日本における2009年の政権交代もそうだ。
クーデター要員を、その幹部に抱え込みながら、あらかじめ風前の灯火で成し遂げた政権交代だった。
この状況に、気落ちして、すっかり諦めている人も多いと思う。
しかし、反革命クーデターを、強力にはね返すことが、本当に良いことなのかも、少し考えてみる必要がある。
逆説的だが、クーデターを打ち返すような強力な革命政権が、本当にすばらしいのかどうか。。
1917年のロシア革命に対しては、国内の白軍と、それを支援しシベリアに侵略した日本軍や英米仏伊という、すさまじい軍事的な反革命があった。
ロシア革命というのは、1917年の蜂起によって成し遂げられたのではなく、その後につづいた、この内戦と干渉戦争に勝つことで成立したのである。
その後のさまざまな「革命」が、直ぐにひっくり返されてしまうのに比べて、ロシアソビエトの強力さは群を抜いている。
では、ロシアソビエトは幸せな運命をたどったのであろうか?
猛烈な革命潰しに、ビクともしないような強力な革命は、自らがまた変質してしまうのではないだろうか。
結果、ロシアソビエトのように、自らが革命を潰す側になるという、不幸な運命を背負っているのではないだろうか。
プラハの春の記録を読んでも、主導した人々は、あまりにもお人好しだった。
自らに迫る危機にも楽観的にすぎたし、ソ連を信用しすぎていた。
しかし、その人の好い彼らは、その後20年間、普通の労働者として深く静かに歴史の中に潜りながら、じっと機会をうかがっていたのである。
その精神は、チェコスロバキア(当時)の国民の中に広く共有されていたのであろう。
エジプトが、そうしたコースを選ぶのか、それとも激烈な血で血を洗う内戦を選ぶのか、私には分かりようがないし、口を出すことでもない。
自ら血を流して勝ち取った権利こそが、国民がその価値を自覚できるという意見もある。
わが日本を省みて、なるほど とは思う。
が、それが、大義のために犠牲をささげるという という思想に発展してしまうと、そこには危険な質的変化が起きてくる。
ようするに、革命や政権交代を成し遂げても、すぐにひっくり返されてしまう情けないほど頼りない国民も、決して悲観することはない ということだ。
むしろ、ヘタに完勝するほうが怖い。
■■
とはいえ、爆発したまま危機のつづく原発、ばらまかれた放射能と日々さらされる被曝。
のんびり構えてなんていられるか! と思う方も多いはずだ。
私だって、安閑としているわけではない。年末総選挙の後、みごとに円形脱毛になった。
まあ、もともとあまりたくさんある髪の毛ではないから、開き直っているけれども。
そんな話はともかくも、危機感を募らせるあまり、無気力になってしまったり、不寛容になってしまったりしているのが、今の最大の問題ではないだろうか。
冷たい言い方だけれども、今のこの現実を、魔法の呪文で一気に解決する方法は 無い。
残念ながら、ぜったいに 無い。
ここで、カリスマを待望し、豪快な手法で権力を奪取して救済を求めるような流れが出てくるのが、一番怖い。
橋下徹は、そのカリスマを狙って「脱原発」を言いかけたが、米国に嫌われてハシゴを外された。橋下が、もっと巧妙で対人関係に長けていれば、本物のファシストとして君臨していたかもしれない。
今大事なことは、橋下は論外としても、どのような意味でもカリスマを求めず、自分たちの気力と思想を練っていくことではないか。
20年くらいを一区切りとする歴史の流れにむかって、考え、語り、行動する市民(People)として自分たちを鍛え、集うこと。決して消滅しないこと。
小沢一郎は、カリスマになることを自ら避けてきた。
それが、あまり表舞台に立たず闇将軍などと呼ばれる所以でもあるが、本質的には、カリスマの力ではなく国民自らの力で民主主義を勝ち取るべきだという小沢の思想なのだと思われる。
小沢一郎氏の周りに集まる人々が、そのことを理解されているのかどうか。
彼が20年かけて作り上げたのは、2009年の政権交代でも、全国の600万票でもなく、小沢氏の目線の先を見る若い政治家と、今なお残っている数十万人の強固な支持者だ。
参議院選挙の投票日まで あと9日。
とにもかくにも 今はその必勝を願いたい。
参議院比例区では、私は言うまでもなく「はたともこ」さんをお勧めしたい。
比例区(2枚目の用紙)は、生活の党と書いても無効にはならないが、基本的には個人名を。
「はたともこ」さんを応援している場合だったら 「はたともこ」 と書く。
おまちがえのないように!
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7月21日(日) 十津川の木の家 完成見学会

時間 ①11時 ②14時 ③ 16時
場所 大阪市福島区
見学ご希望の方は info@mei-getsu.com まで、住所、氏名、電話番号をお知らせ下さい
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