2014-04-14(Mon)

木の力 土の力

先週の月曜日にインフルエンザにやられ、以来まるまる1週間調子が悪い。熱が出たのは火曜日だけで、あとは37度出るか出ないか。でもフラフラ状態がいつまでも続くので金曜に医者に行ったらインフル宣言。

付属薬局の経営協力のために発症から4日も経ってるのにイナビルを吸入させられ、異常行動も出なかったが特段の効果もなく、結局きょう日曜日に至るも完全復活に至らない。
どうも、ワクチンやら薬やらで、ウイルスが変化してきているのではないだろうか。これまで何回もインフルにはかかったけれども、こんなにしつこいのは自分も家族も経験がない。

とまれ、金曜以降はほどほど頭ははっきりしているので、ゆっくりとものを考える時間はできた。
去年の後半から、仕事の面でもなにか違和感がつきまとい、どうも何もかもがスカッといかなくなっていた。一度軌道修正しなくちゃならんなあと思いつつ日々に追われてきたので、ちょうどいい機会だった。

うまくいかなくなったときにものを考えるのは、実はかなり怖い。どうせ良くないことばかり考えてしまい、しまいには不安で寝られないようになったりしかねない。
だいたい僕らの仕事は、うまくいっている時でも半年先までしか生き続ける保証はない。お客さんはぜんぶ「いちげんさん」で、リピーターというのはほとんどあり得ないので、僕らのような個人事務所が仕事を依頼されるというのは、犬が歩いて宝石にけつまづくくらいの奇跡だ。

そういう奇跡のような暮らしをかれこれ丸9年間やってきた。
いっこうに金はたまらんどころか、むしろ減っているような気もするくらいだが、それでも生きてこられたのは、我ながらすごいなあと、自分で自分をほめてやりたい。

明月社というしがない個人の設計事務所に大事な大事な自宅の設計を任せてくれた人たちは、なんでそんな無謀な決断をしてくれたのかと9年間を思い返してみると、やはりそれは私の個人の云々もさることながら、木の力なんじゃないかと思う。

■■

2005年の春に、後先考えずに勤め先を辞めるまえの1年間ほどは、ほとんど鬱病で、抗うつ剤を飲んだり飲まなかったりの日々だった。
いろいろな経緯があって、会社の中では上司も部下もいない立場で、ある程度の売り上げを上げていれば車の中で半日寝ていても何も言われなかったので、それなりに過ごしてはいたものの、建築的にも政治的にも自分を表現できないということは辛かった。

そんなときに、私が頼りとしたのが「木の力」だ。人の力でブイブイ言わせているときには気がつかないけれども、行き詰ってみると圧倒的な木の力を感じる。それは、生きている木であり、また素材としての木でもある。
立ち木に触れたとき、素材としての木に触れたとき、森の中にじっと佇んだとき。

その木の力にしたがって、独立のあてもなく、なにも決めずに会社を辞めた。
(カミさんもよく許してくれたもんだ。よほどひどい面相をしていたのかもしれない。)
そして、会社を辞めて半年間は、世界がキラキラしていた。現金なものだ。
でも、あのときの木や風や太陽が一つの連鎖、空(くう)を充てんする何かになって自分を包み込む感覚は忘れることができない。

その後、小バブル期だったことも幸いして、2008年までは途切れることなく仕事をさせてもらった。
2009年だけは御多聞にもれずにどん底を味わったけれども首の皮一枚残し、その後遺症を残しつつどうにか今日に至るという塩梅だ。

仕事に追われるうちに、キラキラした世界はだんだんかすんできたが、家を建てる木を伐る吉野の森に入る時の濃密な時間空間は、自分をリセットしてくれた。
また、本物の木の家、木の空間を作り上げたときの充足感が、やはり木の力だという確信を新たにしてくれた。

■■

そうこうしているうちに、あの震災が起きた。
あの日以来、それまで絶対的な確信だった木の力が、心なしか私によそよそしくなった。キラキラした世界は、まったく姿を見せてくれなくなった。
津波と放射能という強敵に圧倒され、自分の仕事に確信が持てなくなっていた。

救いは畑だった。
郊外楽園構想から派生して、たまたま震災後から借りられることになった六甲菜園。抜群のロケーションとあいまって、ここで一日を過ごすと、グラグラになった心が生き返った。
まさに、土の力だった。

とくに、2012年は自然農を目指して土づくりを行い、菜園というよりは牧草地の中にちょろちょろ作物が混じっているような状態で、「土の力」による回復力は最高だった。
残念ながら近隣問題から自然農は断念し、2013年からは普通の手入れの悪い畑になっているのだが。

20140413-1.jpg それでも行ってみて感じるのは、勝手に生えてくる雑草があると「土の力」は大きい。
隣の畑(写真の右半分)のようにきれいな茶色い畑は、まるで野菜工場のようで、土の力を感じない。

いままでどおり働きながら半自給自足、半は無理でもせめて2割自給自足の郊外楽園生活を実現できないか。そんなことも、ずっと考えてきた。

ただこれも、震災と放射能のみならず、その後の政治状況のあまりの展開に、脳みそがスタックしてしまった。郊外で楽園を目指そうという構想が、現実逃避のような気がして、どうしても踏み込めなかった。

2012年12月の総選挙以降、人間不信と方向性の喪失から無理矢理自分を奮い立たせることに精いっぱいで、木の力、土の力を自分の力にすることを、まともにしてこなかった。どこかで、自分の心がそれを拒絶してきた。

■■

インフルエンザの症状はほぼ治まったとはいえ、ウイルス保有者は家にいても有害物質扱いなので、昼から菜園に行ってみた。作業はさすがにしんどいので椅子を持って行ってコーヒー飲みながらもの思い。

足元の土や草を触りながら、じっとしていると、なにやら土が「こっちに来い」と言っているような気がする。
どこかで「逃げ」ではないかと自分でブレーキをかけていた郊外楽園生活は、やはり正解だったのかもしれない。
正解というよりも、これしか私にできる方向性はないのではないか。

音楽ができる人は音楽が、アートができる人はアートが、料理ができる人は料理が表現の場になりうる。
しかし、建築というのは自己表現の場にするにはあまりにもコストが大きい。コストが大きいということは、非常にたくさんの人々の思惑が入り込んでおり、個人の表現の場にはならない。なりうるとしたら、あらゆる要素を一つの思いの下にプロデュースする必要がある。

それはまだまだこれからの課題だが、今すぐ私が取りかかることができるのは、郊外楽園生活への取り組みだ。
3年前に宙ぶらりんにした郊外楽園、もう一度新しい視点で見直してみよう

よくわからないけど、それが八方ふさがりになっている政治状況へのヒントにもなる様な気がする。



2012-04-16(Mon)

一緒にお米作りしませんか

郊外楽園プロジェクトの仲間に誘われて、奈良県の大和郡山に行ってきた。
お城のある市街地から南へ4キロほど行った治道(はるみち)地区。そこにある治道小学校のグランドで菜の花フェスタ行われた。



菜の花畑の向こうに見えるテントが会場。
まあ地域の交流会くらいの規模なのだが、市長もやって来るし、地元メディアも取材に来ている。
実は、この地域は過疎化と高齢化が深刻。
この小学校も全校生徒80人。今年の2年生は一人だけとか。

そこで地域をもり立てるために、こうした菜の花を植えたプロジェクトをやったり、フェスタをやったりしている。
写真の菜の花畑は1000坪の耕作放棄地を活用しておられる。

この菜種から油を絞って、菜の花の天ぷら





もうめちゃくちゃ美味い
油がいいから ころもが美味い

こんな美味しいものをタダで振る舞ってもらい、さらにはつきたての草餅をほおばって腹がふくれたところで、畑と田んぼの見学。
菜の花フェスタの仕掛け人でもあり、菜の花畑の管理をしているのは、はるみち農園さん

http://kitanouen.jimdo.com/

貸し農園をふくめた畑が1500坪、菜の花畑が1000坪、完全有機栽培のゴマ畑が1000坪、それに田んぼが400坪。
この田んぼで、コメ作りオーナーを募集している

はるみち農園さんは、このほかに本業のコメ作りもしているが、こちらは慣行農法。通常は田植えのときに1回だけ除草剤を撒くという。
でも、400坪の田んぼでは、なんとか完全有機栽培をやりたいけれども、いかんせん研究はしているもののまだ未経験。お一人では有機栽培でやりきる自信がないということで、郊外楽園研究会の面々もちょっとずつお手伝いをして、有機栽培に挑戦してもらうことになった。

フェスタには、大阪市の原発市民投票で活躍された4人組のグループも来ておられて、彼らもコメ作り参戦を決意。
そんなこんなで、草ひき隊は現在10数名。
それでも、400坪の真夏の草引きには少々マンパワー不足の感は否めない。
田んぼを眺めながら想像すると、ちょっと腰が痛くなってきた。


(これが400坪の田んぼ)

そこで、当ブログとしても、一緒にコメ作りに参加してくれる仲間を募集することにしました

条件は、
会費10500円で、玄米30kg保証
(ただし、万が一不作の場合は慣行農法のお米になる場合もあり)
夏の草ひき2回 (最低1回 7月中旬)
秋の稲刈り後の はざ掛け作業 1日

オーナー制度への申し込みは、上記のはるみち農園のHPに連絡先が書いてありますが、農作業などの日程は郊外楽園研究会から流しますので、
当方にご連絡下さい → info@mei-getsu.com (山岸)

また、はるみち農園では、ゴマのオーナー制度もやっているそうです
5250円で金ゴマ1キロ保証
5月末の種まきと9月中旬の収穫作業


なにやらこれも美味そうなので、私も試してみたい
とは言え、1kgもどうやって食べようかと思っていたら、こんな機械もあるらしい



家庭用搾油機 その名もSHiBORO
ゴマでも菜種でもアーモンドでも、どんどん絞れるらしい
ただし、お値段は126,000円也。かなり決心覚悟しないと手は出ない。。。。


畑の体験は庭でもできるし、けっこう市民農園もあるからやろうと思えばできるけれども、有機栽培のコメ作りを体験というのは、なかなかできるものではない。
それができて、なおかつ格安に有機米が食べられるという、まさに美味しい話だ。

そして、一定の人数が確保できて、有機米が確保できたら、福島にも呼びかけようと思っている。
安全安心の主食を、福島にとどけるためにも、ぜひとも、同志の参加を期待したい。

最後に、わたしの渾身の1枚を



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2012-01-26(Thu)

郊外楽園プロジェクト 再考 & 構造見学会お知らせ

一昨年の末にこのブログで「郊外楽園プロジェクト」を提唱し、それを読んで集まってくれた数人の仲間と何とか実現しようともがいてきた。

郊外楽園プロジェクト
(その他の関連記事は、右サイドメニューで郊外楽園カテゴリーをどうぞ)

しかし、いかんせん本業というか生業の合間の片手間になるのは致し方なく、なかなか思うように進めることが出来ずに、1年以上が経ってしまった。

しかも、その間に3.11がおき、世の中は決定的に変わってしまった。
郊外楽園で想定していた、あまり良からぬ未来社会が、一足飛びに最悪の形で目の前に立ち現れた。

気持ちばかりが焦って、頭の回路はどんどんこんがらがっていった。
それでも、なんとか気持ちを立て直すことができたのは、六甲菜園のお陰だった。

六甲菜園のブログ

8人の仲間と交代で管理したお陰で、夏の盛りもなんとか雑草や虫と共存して野菜を収穫することができた。
何よりも、土をさわることがこんなにも気持ちを強くしてくれるものかと、改めて実感した。
郊外楽園を唱えながら、今ごろそんなこと言っているのか と思われるだろうが、これが正直なところ。

もちろん、家庭菜園程度で食糧が自給できるわけではない。以前の記事を書いたときに計算してみたが、実際は全食糧の10%も賄えれば上等なほうだ。それ以上にしようと思ったら、コメも作ってニワトリや豚も飼って、という話になってくる。

食糧10%エネルギー80%自給 脱原発な家づくり


兼業農家ならぬ兼業サラリーマンや兼業フリーランスでは、とてもじゃないが100%自給はできない。それでも、やはり土から収穫するという作業は、心を支えてくれる。それは、兼業だからこそ感じることなのだろう。

そんなこんなで、たぶん方向は間違っていない、という思い込みだけを胸に、一年間右往左往してきた。自分の歳も大台に乗ってしまい、暦の年も変わってしまった。
いい加減ここらで、結局自分が何がやりたいのか、確認したおきたい。

■■
テーマの「郊外楽園プロジェクト再考」は、一から考え直すという意味ではない。
しつこく何回も同じことを繰り返しながら、らせん的に少しずつ進んでいこうという魂胆。

で、何がやりたいのかというと、あんまりオカネを使わずに楽しい生活をしたい ということ。
なんや、拍子抜けするような話だけれども、これが本当にやりたいこと。

だいたい根っからの貧乏性だから、カネを使って楽しむという習慣がない。カネを使っていることそのものに緊張してしまい、ちっとも楽しくない。
だから、畑で土触っていたり、海でただ浮いていたりするのが、一番楽しい。

それと同じ気持ちで、住まいということも考えたい。
あまりお金を掛けない、というのはどっちみちかかってしまう程度の金額で、ということ。
楽しくというのは ・・・・・自立と共生 ってこと。
冗談じゃなくて。

自立というのは自分の頭で考えるという意味で。別の言い方をすると、他人に理不尽な強制をされないということ。
強制されるのはストレスだし、そのストレスから逃げて慣れきってしまうのは惨めすぎる。

共生というのは、命を実感するということでもある。実は共生という言葉は好きではない。命は他の命の収奪で成り立っているのだから、本当はその業のようなものを感じるということ。
どこまでが許されて、どこからがNGなのか、判断できるようにすること。

それは、人間の関係で言うならば、食いっぱぐれる者がいないということ。
完全な平等は難しすぎてどうしていいか分からない。搾取したりされたりも、無くすことはできないだろう。
でも、すくなくとも、死ぬまで生きられないようなことはNG。命と引き替えに人としてさげすまれるようなこともNG。

言葉で書くと堅苦しくて楽しげじゃないけれども、じっさいはこうした環境は楽しいんじゃないだろうか。
ストレスをゴマカスための快楽はないけれども、ストレスを感じない快さや楽しさはある。

もちろん、これは個人的なライフスタイルで実現できることではない。それは承知の上で、少しでも近づけるように生活スタイルをつくっていきたい。

■■
こうして書いていると、しょせん金持ちの道楽じゃないのか という批判もある。
確かに、全然カネがなくては実現できない。一人暮らしの家賃を払うことすら厳しいという最近の若者から見たら、道楽に見えるかも知れない。

この点は、ゴメンと言うしかない。郊外楽園プロジェクトは、ポスト団塊ジュニアに象徴的な、潜在的な失業問題に応えるようなレベルにはない。
そこで「食っていく」ことが創出できれば、そうした展望も見えてくるのだが、今のところ、ある程度安定的な収入がある人を対象にしている。そういう人たちが、今の仕事を失わずに郊外楽園生活を送れるようにしよう というプロジェクトだ。

とは言え、普通にマンションや建て売りを買って3000万以上のローンを抱えて一生を追われることに比べると、格段に身軽である。
私のように年齢も大台に乗ってしまうと、たとえ1500万でも重荷だが、40歳までであれば、20年ローンでもアパートの家賃程度の負担ですむ。
だからおよそ1500万円、マックス2000万円の総予算で郊外楽園生活は実現したい。

それでも、ローンを抱えるよりも賃貸のほうがもっと身軽じゃないかという意見もある。
たしかに身軽なんだけれども、賃貸の場合は家賃を払えなくなったら、そのまま路頭に放り出される。

ローンだって払えなくなったら競売に掛けられて同じことなんだけれども、ローンの場合はまだしも銀行と交渉の余地がある。安値で競売するよりも、利子だけでも返済した方が銀行にとって得だと判断されれば、自己破産しても家には住み続けている例もないことはない。
そして、何とか20年払いきれば、老後の住処が確保される。

何よりも、自分の家であれば自分の好きなようにできるということも大きなポイントだ。
ビニールにくるまれた家で暮らすということは、私には耐えられない。
作りは犬小屋が大きく頑丈になったようなもので結構だが、材料だけは木や紙や土なんかに限る。

かくして、通常の半額くらいで、菜園がある木の家で暮らせることに なるはずだ。

■■
郊外楽園はいいなあ と思っても、一人(一家族)で実行するにはちょっと勇気が要る。菜園もうまくできるかどうか分からない。敷地も大きすぎる場合がある。

そんなときは、コーポラティブという方法がある。
簡単に言うと、土地の共同購入、共同利用だ。一戸建てのマンションと言っても良い。

例えば、300坪の土地は持て余すけれども、6人で共同購入すれば一軒当たり50坪。
普通の分譲では菜園を作ると50坪ではちょっと狭い。が、コーポラティブであれば屋外空間を共用できるので、充分な広さを確保できる。

また、同好の士で集まれば、菜園作りにも精が出るというものだ。

コーポラティブについては、以前の記事でも書いたので参照していただきたい

これからの家づくり ②
これからの家づくり ③ 


■■
ところが、簡単に話は進まない。
というのは、こんな郊外楽園スタイルに格好の土地がそう簡単に見つからないからだ。

いや、土地はいくらでもある。
郊外の(元)ニュータウンやその周辺に。それは、私が最初に郊外楽園プロジェクトについて書いたとおり。
無機質なひな壇造成のニュータウンを、菜園生活で生まれ変わらせたい という思いもあった。

それは変わらないのだが、現地に何度も何度も足を運んで感じるのは、やはり人を拒絶するかのような(元)ニュータウンの塀と擁壁だ。ここで暮らしても、面白くないなあ という強烈なイメージがある。
その拒絶イメージを払拭するだけのパワーを郊外楽園プロジェクトが持つためには、しばしの実績が必要。それまでは、拒絶タウンではなく、土地自体に楽しいパワーのある場所で進めたい。

そんな感じで土地を探すと、これがあるようで意外とない。
実は郊外楽園を言い始めるよりも ずっと前からそんな土地を探してきたけれども、どうしても決め手に欠ける。
というか、ある条件の人にはすごくいい場所 というのはたくさんあるのだけれども、最初の事例にするにはどうしても自信が持てない。

例えば、今でも郊外楽園を地でいっている人がたくさん住んでいるような地域もある。それも、大阪駅まで1時間もあれば通勤できる距離でありながら、100坪の土地が300万円くらいで。

ただし、車が必需品で小学校がむちゃくちゃ遠い。例えば、私が住めるかというと、カミさんは仕事を辞めなくてならないし、毎日子どもを学校に送り迎えすることになりそうだ。
この街で知り合った方も、奥さんが車でご主人を毎日駅まで送迎していると言っていた。

などなど、一定の条件をクリアーすれば、素敵な場所はあるのだけれども、どうしてもそれは特殊解になってしまうことが、ずっと引っかかってきた。

もう一つ土地の条件で難しいことがある。
郊外のニュータウン周辺には、実は探せば手頃な土地はある。ところが、そういう地域は開発調整区域といって、建物を建てられない地域に指定されているのである。

そういう土地は資材置き場用地とか菜園用地 なんていう名目で売り出されている。
これはいい と思っても、どう足掻いても家は建てられない。

何とかならないかと、唸りながら探していると、行き当たるのは別荘地だ。
別荘といっても、白浜とか軽井沢という本格的な保養地ではなく、おそらくはバブルの時に作ったであろう、中途半端な別荘地がたくさんある。

例えば、三田市と篠山市の中間などには、それらしき場所が点在している。
JRの駅からも車で15分程度の距離のところもあり、通勤しようと思えばできないことはない。

が、別荘地の生活感のなさは、時間と共にボディーブローのように効いてくるのではないかと思う。
やはり、遊びに行くところと生活するところは違う。
それに、通勤圏と言うには、少し離れすぎているということもある。

最後に、というかいくらでも情報が流れているのが田舎暮らし物件と言われるもの。
奈良県の宇陀や、兵庫県の丹波篠山方面などでは、立派な古民家がお安く手に入る。
がしかし、なんと言っても遠い。大阪まで通勤には、うまくいって2時間。

昨年は半年間くらい、週一で篠山市の現場に通ったが、これを毎日通勤するのは、ちょっとお勧めはできない。

こうした壁に何度も何度もぶつかりながら、1年以上の月日が経ってしまった。
でも、もうこれ以上はウロウロしているわけにもいかない。今年は、具体的な案件をきっちりと進めたい。

■■ 見学会のお知らせ ■■

唐突ですが、構造見学会のお知らせ

2012年2月5日(日) ①11:00~ または ②13:30~
大阪府堺市西区鳳南町 (JR阪和線 鳳駅から徒歩15分)
いわゆる郊外ではないけれども、屋上に庭を確保した住宅です

家が完成してからでは見ることのできない 吉野杉を使った構造体を見ることができます。
希望される方は、info@mei-getsu.com (@を半角に)まで連絡先等をお送り下さい。折り返し詳しい場所などを送付いたします。


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2011-12-05(Mon)

六甲菜園からチンゲンサイを福島へ送りました

1ヶ月ぶりに六甲菜園に。 つづら折れに山を登っていく道すがらの紅葉がすばらしい。 危なくて写真は撮れないけど。

畑は、所々に植えたマリーゴールドが良い感じで、畑から菜園になったような雰囲気が。
虫除けにもなっているらしい。

20111204-10.jpg

各作物の様子はこんな感じ

20111204-3.jpg
チンゲンサイは盛りを過ぎているので、90%収穫。福島に送りました。

20111204-4.jpg
白菜らしきものは、育ってはいるが・・・
葉っぱも堅そう。どうなることやら

20111204-5.jpg
大根は順調。もう少し大きくなれ

20111204-6.jpg
カブはもう食べられそう。今回は収穫しなかったけど、そろそろ取らないと。

20111204-8.jpg
これは葉ニンニク。切っても伸びてくるので、収穫しなくては。

20111204-9.jpg
ブロッコリーもこんな感じ。なかなか

周辺に植えた花も、地味に育っている

20111204-7.jpg
名前を忘れたけど、けなげに花が咲いていた。

さて、チンゲンサイは大収穫。キクナも少し間引いて取った。間引くのが遅すぎ。

前回に続いて、今回もチンゲンサイを福島の、「野菜カフェ はもる」に送る。

まず、根っこを切って、新聞紙にくるみ、段ボール箱へ。
リンゴ用の段ボールいっぱい、約4キロが、NPO子ども福島が運営する「野菜カフェ はもる」へ。

虫食いだらけのかわり、安全だけは絶対の自信あり。
なにせ、放置農法なので。

いま、福島から大阪へもかなり多くの方が避難しているらしい。
その一方で、様々な事情で、どうしても避難できない人たちもいる。
とくに子どもたちには、少しでも放射能の少ない暮らしをしてもらいたい。
そんな思いで、郊外楽園プロジェクトの六甲菜園では、とれた野菜のほとんどを福島に送っている。

あまりにもささやかで、自己満足に過ぎないけれども、ないよりはマシ。
放射能と農薬の心配のない野菜を、福島に届けられる方は、ぜひ連絡を。

「NPO子ども福島」 「やさいカフェ はもる」 http://kodomofukushima.net/index.php?page_id=101

うちのような寄付ばかりではなく、仕入れとして対応できる方を探しています。

東京でも、相当量のストロンチウムが降り注いだという。
http://sekaitabi.com/sr.html
ということは、福島はどれほどかと思うと、胸が痛む。

ストロンチウムが出すのはベータ線であり、通常のガンマ線をはかるガイガーでは測れない。
しかし、体内に入ると、生体内半減期18年で、近くの細胞を集中的に壊す、きわめてやっかいな放射性物質だ。

すでに、子どもを含めて福島でも東京でも爪からウランやストロンチウムが検出されているらしい。
にもかかわらず、盗電も政府も、ストロンチウムについては福島県内ですら11カ所のサンプル調査しかしていない。
「調査せず」を「検出せず」と言いなすつもりか。

人間の五感にはまったく引っかからない放射能。
私たちが考えている以上に、被害は深刻だ。とくに、体内に入ってしまう内部被曝を避けなくてはならない。
そのためには、少しでも安全な食べ物を福島に届けなくちゃならない。

と同時に、条件の適う方は、ぜひとも避難してもらいたい。
子ども、妊婦、これから子供産む人たち。
仕事や住居のことがあるから、無責任に言えないけど、福島のみならず、下記のマップで線量の高くなっている地域の方は、ぜひとも避難を


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2011-10-04(Tue)

こんな時代の家づくり

今日は終日、古民家の調査をしていた。
建築仲間に応援をたのみ、4人でほぼ丸一日かけて、屋根裏から床下まで調べ上げた。

棟札がなかったので建築時期はハッキリわからない。おそらく幕末くらいではなかろうかと思われる。
豪壮ではないが、シンプルで気持ちの良い家である。

古民家を見ていて、いつも感じるのが価値観の違い。人間のわがままだけで作られていない。
木の事情、場所の事情、その時代のいろんなことと折り合いをつけて作られている。集成材、樹脂、アルミ、ビニールなどを人間の都合に合わせてひねり出し、寸分のスキなく組み立てる現代の住宅とは、そのへんが全然違う。

でも、それでいて古民家は気持ちいい。冬の寒さや急な階段や、なんぼなんでも改善した方が良い部分はあるけれども、それを差し引いても、古民家はしっくりくる。なにか、いるべき場所にいる という実感がある。
わがまま放題の至れり尽くせりよりも、その時代その時代の制約と向き合って、シンプルに作られた空間のほうが、時代を超えて普遍的に人になじむというのは、とても面白い。

■■こんな時代だから

6年前に、「こんな時代の家づくりは生き抜くためのたたかいだ」というサブタイトルで「家を建てる。」という本を出版した。サイドメニューでしつこく宣伝しているやつだ。
あの当時の「こんな時代」とは、象徴的にはコイズミ改革といわれた苛烈な弱者切り捨てであり、9.11を口実にしたアフガンとイラクへの戦争の始まりだった。

たしかに、あのころから日本は急展開していた。なんやかんや言って、皆が食える社会から、相当数の国民が食っていけない社会へ。不平等ながらも富を再配分する社会から、少数のものが独占する社会へ。
対外的にも、アメリカに庇護される国から、アメリカに搾取される国へ。米軍の浮沈空母から、米軍の打ち出の小槌に。

その大転換、急激な貧困と将来不安は、「国民の生活が第一」を掲げた民主党による政権交代の底流になった。圧倒的な国民の声が、生活防衛、生活再建に向かった。
まるで革命的な変革が、議会制民主主義の枠の中で成し遂げられたかに見えた。

しかし、それは一瞬の夢であり、圧倒的な反革命のパワーの前に成立と同時に崩壊を始めた。最後の逆転のチャンスと思われた昨年秋の民主党代表選で、過半数の民主党議員は反革命の勢いに恐れをなし、最初から白旗を揚げた菅直人を首相に押し上げてしまった。この時点で、議会制民主主義という枠内で「国民の生活が第一」に立ち戻る機会は、失われた。

議会制民主主義に期待できなくなったそのころから、日本人がながらく封印してきた「デモ」という方法を思い出した。既得権益・官僚機構の暴力装置として小沢氏に襲いかかった検察にたいする怒りが、千人を超えるデモとなって、東京や大阪で街頭にあふれ出した。
選挙という間接的な表現を超えて、国民が直接表現を始めた。

その事態を決定的にしたのが、3.11の震災だ。震災への対応の酷さ、なかでも原発事故へのウソの上にウソを積み重ねる政府の態度は、「国民の生活が第一」どころか、被災者は邪魔者と言わんばかりのものだった。まさに、棄民ということばがピッタリとくる。
その一方で、東電を庇護し、原発の再稼働を急ぎ、辺野古の建設に執念をもやし、八ッ場ダムは再開をうかがい、増税で国民から収奪したあげくに、豪華な国家公務員宿舎に何百億ものカネを惜しげもなく注ぎ込む。

国民の圧倒的な期待を背負った民主党政権が、自民党よりも酷いありさまになり果ててしまったことに、ついに6万人の怒りが街へ登場した。
9.19のこの大集会は、いよいよ時代が次の段階に入ったことを示している。もう、おカミに期待し、頼っていては生きいていけない。そのことを自覚して動く時代が始まったのである。

もう誤魔化しようがないほどに利害が対立し、直接に対決するしかない時代。これを、内乱の時代という。
3.11を経て9.19をもって、日本は内乱の時代に入ってしまったということだ。それが良いことなのか良くないことなのか、早計に判断はできない。
だが、そういう妥協やゴマカシではどうにもならないし、おカミは調整していくれるどころか、おとなしい者から順番になけなしの権利もカネも奪っていく。それに我慢できない者が、一定の割合を超えて直接行動を始める。そういう内乱の時代に入っていることは間違いない。

これはどうやらアメリカも同じ事情のようだ。オバマが圧倒的な期待を背負って大統領になり、しかし貧困はますます進行し、いよいよアメリカ人も堪忍袋の緒が切れて、ウォール街を占拠し始めた。それ以前からも、保険制度の問題などで、各地で市役所を占拠したり大デモが起きたりしていた。

もし、というか おそらく、日本でもアメリカでも、こうしたデモや直接行動を高圧的に押さえ込んでくるだろう。よりいっそう情報を隠し、むき出しの利権あさりに励むだろう。これが、とことん進行してしまうと、最後の最後は軍事独裁政権のようなモノも言えない圧制か、アフガンのような内戦状態になってしまう。

そこまで行き着くのかどうか。
それが、これから数年という時間に問われている。

■■ 10月15日 郊外楽園プロジェクト 参加説明会

こんな時代だからこそ、お仕着せ言いなりのライフスタイルから脱却しなくてはいけない。
自分の頭で考えて暮らすこと。日々の暮らしを、自分で選択すること。

カネとシガラミに縛られた暮らしから、土と水と太陽に結びついた暮らしへ。
少々何がどうなろうと、命をつないでいける住まい。

そんな住まい方を、考え実践していきたい。
それが、「郊外楽園プロジェクト」だ。

郊外楽園プロジェクト


郊外楽園プロジェクト その2

今回の大災害の反省から「郊外楽園」を考える

これからの家づくり ①

これからの家づくり ②

これからの家づくり ③

10月15日(土)16:00~
郊外楽園プロジェクト 参加説明会 @明月社


ご興味のある方は、ぜひ参加していただきたい。
参加費:無料 定員:10名

何か聞きたいことがあれば、こちらへどうぞ

info@mei-getsu.com

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2011-07-04(Mon)

農の力

農 という字は、「曲(元は、林)」+「辰(=「貝」)」、林を貝で作った鍬などで耕すこと。なのだそうだ

http://ja.wiktionary.org/wiki/農

林だから、耕すと言うよりも開墾に近いのかもしれない。

そういえば、神農という神様もいた。
神様と言うより、中国の伝説上の皇帝で、漢方薬の元祖と言われている。
農の神様が薬の神様でもあるということは、何か大事なことを示唆しているような気がする。

農は、土にアクセスすること と言えるのかもしれない。
自然に生えているものを採取することは、農とは言わない。
あくまでも、人が土に接触して、植物を育てることを農 という。

それは、人間の証明とも言える。
道具を使い、酒を造る猿でも、農はやらない。

あるいは逆かもしれない。
農を、土にアクセスすることを通して、人間は形成されてきたのかもしれない。
農は、そういう力を持っている。

おそらく、農業を本業にして、何代も続けてきた人には、かえってそれは見えてこないだろう。
失ってこそわかる というものがある。

何年か前から、少しずつ野菜を育て始めてそんなことを感じる。
農業ではなく、種の力を信じてほぼ放置してしておくと、育たないものは育たないけれども、びっくりするほど収穫できるものもある。

今、六甲菜園で、多くのメンバーが多種多様な種やら苗やらを持ち寄って、ごちゃ混ぜの畑をやっている。
芽すら出ない種もあれば、たまに水やっているだけなのに、元気すぎて困るくらいのやつもある。

そんなミラクルな光景を目の当たりにすると、とても不思議な思いに包まれる。

農は、食糧危機とか、食の安全とか、食糧自給率とか、耕作放棄地とか、そういうこととは別に、きっと人間にとって大事なことなんだ。
人が、自分の手で土にアクセスすることは、たぶん、絶対に必要なことなんじゃないか。

同時のその思いは、人間にとって根源的な土を、放射能で殺すものたちへの怒りでもある。
土を棄てさせられた人々の、沈痛な悲しみでもある。

土を触ろう
これからも




PS.農作業をするときは、くれぐれも炭酸飲料を飲まないように
  普段飲まないペプシ飲んだら、虫が殺到。顔2箇所、ノド3箇所、腕無数。
  腫れるはかゆいは、もう大変。CO2は虫さんを呼び寄せます。

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2011-06-26(Sun)

食糧10%エネルギー80%自給 脱原発な家づくり

脱原発を言う以上、じゃあ明月社の家はどうやって「脱」するんだ てことを考えないと、技術屋としては物足りない。

単純に原発を止めたらどうなるのかというと、真夏のピーク時の電力がちょっと足りなくなる。
何も対策しないと、その瞬間に大停電ということも 無いとは言えない。
ピーク時間以外も、電力使用量の多い時間帯は余裕が無くて、停電が怖い。
その他の季節や、真夏でも朝や夜なんかは、別に停電になるような危険はない。

もちろん、これは原発を動かすために、わざわざ放置してきた火力や水力を全面的に稼働させた場合だ。
東京電力も、関西電力も、だいたい同じような状況になっている。

このへんの詳しいことは、多くの人が書いているので、ここでは繰り返さない。
要するに、単純に原発を止めるためには、真夏のピーク時の数時間を節電すればいいのであって、企業努力などは必要だけれども、天地がひっくり返るような話ではない。

家という社会の中のミクロ空間では、断熱、通風、日射対策 などをしておけば、真夏の昼下がりに、扇風機一つでそれなりに快適に過ごすことは、そう難しくない。ピークカットによって原発を止めたリスクを回避するという意味では、これだけで「脱原発」合格である。

脱原発は、再生エネルギーにシフトしないとできないみたいに思われているが、そんなことはない。
発電についても、社会システムについても、今ある技術や設備を駆使するだけで、充分に対応できるのである。

しかし、それでは面白くない。

大事な話を「面白い」かどうかで判じて恐縮だが、天然ガスなどで対応する段階を「脱原発のステージⅠ」とするならば、エネルギーや消費についての価値観にかかわる段階を「脱原発のステージⅡ」としたい。

ステージⅠは、やるきさえあればできる。脱原発は、すぐに着手できるし、明日から54基の廃炉に向けて準備を始めることができる。
その点をわざとぼかすために、ステージⅡにならないと脱原発ができない と言う人はちょっと怪しい。
じつは、脱原発のふりをした、電力会社の回し者かもしれない。

とは言え、じゃあステージⅠで充分かというと、そんなことはない。
エネルギーを含めて、消費することが社会の基本システムになっていること自体、オカシイ。
賢い消費者になろうとか、消費者の権利などと言われるけれども、消費者という存在自体が オカシイと気がつかなくちゃならない。

消費というもの自体を、少なくすることを考えなくては。
今の社会で単純に消費を少なくすると、景気が悪くなり失業者や自殺者が増える。だから、消費を減らすことが美徳と言えるのかどうか難しいところだ。

だったら、消費を減らしても、みなが笑って生きていける社会のしくみにするべきなんじゃないか。
それに気がつかせてくれたのが、小貫雅男先生の「菜園家族」だ。
http://www.satoken-nomad.com/
そして、それに触発されて私が提唱しているのが、「郊外楽園プロジェクト」というわけ。

話を戻そう
脱原発は、ステージⅠで一基残らず廃炉にすることを決めたあと、次の段階に進むべきだと、私は思っている。
廃炉にすることまでは、新聞の世論調査でも8割以上の国民が望んでいるのだから、早急に、今すぐにでも着手すべきだ。
再生エネルギーの技術革新を待っている必要はぜんぜん無い。

その次のステップに進む人は、もっと少ないかもしれないが、でも確実に大きな流れになっていると実感する。
ステージⅡの可能性を垣間見た人びとは、そこにある脱原発だけじゃなくて、もっと大きな生き方の枠組みを感じ始めている。

実は、ステージⅡのモデルにしたいような村が存在した。
いや、いまでも存在しているのだが、現在誰一人住んでいない、無人の村になっている。

そう、福島第一原発の放射能が降り注ぎ、計画的避難区域(ほとんど強制排除)の対象となった福島県飯舘村だ。
ご存じの方も多いかもしれないが、飯舘村は原発事故の直前に本を出版する予定だった。
「までいの力」という。

事故をうけて、前書きを書き換えて出版された。
購入すると飯舘村へのカンパになるそうなので、ぜひ一家に一冊の購入をお勧めしたい。

http://www.amazon.co.jp/dp/4904418093


少々引用させてもらう

"までい"とは・・・
「真手(まて)」という古語が語源で、左右揃った手、両手の意味。それが転じて、手間ひま惜しまず丁寧に心をこめて つつましく という意味で現在では東北地方で使われている方言です。
今風に言えば、エコ・モッタイナイ・節約、思いやりの心、人へのやさしさ、です。
そんな飯舘流スローライフを"までいライフ"と呼んでいます。


この本を見ただけでも、こんな素晴らしい村を放射能まみれにさせた原発への怒りがわき起こってくる。
と同時に、この"までいライフ"は、小貫先生の菜園家族にも、私が提案している郊外楽園にも、完全につながる。
いや、つなげなくちゃいけない という思いを強くする。

そんな思いで、脱原発を思うとき、やはり明月社の家はどうやって脱ゲンパツするんだ ということを考えたくなるのである。

そここで考えたのが、表題に書いた「食糧10%、エネルギー80%自給」だ。
食糧10%は、だいたい想像がつくかと思う。
安くて広い土地を手に入れて、庭を20坪くらいの菜園をする。

日本人はだいたい1年に一人570kgの食糧を食べている。
4人家族なら2280kgということになる。
これに対して、20坪の菜園で収穫できるのは、頑張ってもおそらく50kg程度。
とてもじゃないが10%なんて及びもつかない。

ではどうするかというと、主食である米を、直接契約で作ってもらう。
田植えや稲刈りなどに参加しながら、直接お米を作ってくれる農家は増えてるので、こうした農家と契約して、お米は準自給する。
これで、年間50kg、4人で200kgくらい。これで併せて、自給率10%達成となる。

お米と、旬の野菜が手元にあれば、感覚的には10%どころか、半分くらい自給しているような気になるだろう。


では、エネルギーの80%はどうするか

家庭で使うエネルギーは、暖房:給湯:照明など:調理=3:3:3:1 くらいになっている

まず、暖房は可能ならば薪ストーブをつかう。自分の山が無くとも、石油や電気に比べれば、準自給とえいえる。
ただし、薪の運搬にはガソリンが必要。年に数回だけれども。

薪ストーブが難しければ、太陽熱温水を利用して床暖房にする。
天気の悪い日以外は、自給できる。
雨の日などはガス給湯に切り替えるので、おそらく自給率80%くらい。
さらに、家そのものの断熱や蓄熱で、床暖房の利用じたいも最小限にする。

お風呂などの給湯はもちろん太陽熱温水。
床暖房が必要な場合は100万円くらい、必要なければ、安い機種で充分。
歴史もあり、技術的にはほぼ確立されている。
エネルギーロスも少なく、自給できないのは天気の悪い日だけ。
自給率80%程度。

照明やテレビやパソコンや冷蔵庫や洗濯機は、太陽光発電。
太陽光発電は、まだ過渡的な技術であると思っているし、長年原発のパートナーを務めてきたという歴史があるので、扱いには要注意だ。
そうはいっても、家庭用風力はまだまだこれからなので、当面は太陽光発電で、照明等の半分を賄う。

予算が許せば、蓄電池を導入して、夜間も太陽光の電気を使えるようにする
蓄電池は、実用的なものだと100万円以上するようだ。
パソコンやLED照明を数時間使う程度の予備電池ならば、10万円くらいから売っている。

調理は、当面はガスを使う。だから、自給0%。

以上、暖房3x80%+給湯3x80%+照明等3x50%+調理1x0%=6.3
ということで、この時点で自給率63%となる。

菜園生活のライフスタイルも、家の作りも、そもそもエネルギーを使わない方向に誘導するので、実際は効果はもっと大きい。
断熱だけでなく、蓄熱や調湿、素材の肌触りにいたるまで、できるだけエネルギー消費に頼らない作りになっている。

たとえば、同じ室温でも、コンクリートの床や壁だと耐えられない寒さでも、木の家ならば大丈夫、ということがある。
これは、コンクリートは断熱性能がないのに熱容量が大きすぎて、体温を奪われてしまうからだ。比喩的に冷輻射とも言う。

それに対して、木はほどよい断熱と熱容量を兼ね備えており、慣れれば室温12℃くらいでも暖房無しで過ごせる。
じっとしてパソコンを打っていると、さすがに指が凍えるけれど、家事をしたり家の中を動いているときや、ちょっと厚着をして本余読んだりする分には大丈夫。実践しているのでまちがいない。

薪ストーブも太陽熱の床暖房も無い家では、ホットカーペットがおすすめ。
一番少ない電力で、必要充分な暖かさが得られる。
温度を低めに、パワーも弱で使えば、おそらく100W程度。

ただし、富士通ゼネラルなどの、電磁波カットのものに限る。
通常の電気ホットカーペットは、電磁波計の針が振り切れる。しかも、体を離すことができないので、要注意。

また、菜園で過ごす時間が長くなれば、必然的に電気などの使用は減る。

こうした効果を25%と見積り、63x1.25≒80% とあいなる。


ここで、太陽光発電の前科をバラしておく

太陽光発電は、原発と非常に相性が良いのである。

太陽光は昼間発電する。夜は停止している。
原発は、昼も夜も動き続けている。夜は電気が余る。

つまり、原発と太陽光発電を、一定の割合でミックスすると、原発にとってもっとも効率の良い状態が生まれる。
出力調整は、太陽光発電はやってくれるので、一定の出力で稼働し続けることができる。
無駄そのものの揚水発電も動かす必要がない。

太陽光発電の割合がずっと増えれば、原発の余った夜間電気を特価で販売しているあのオール電化も必要なくなる。
このように、太陽光発電は、誕生から将来に至るまで、原発のパートナーとして生まれ育ってきたのである。
その危うさを認識しながら使うようにしないと、どこに罠が埋まっているかわからないという、うさんくささが抜けきらない。

それ故に、できることならば太陽光発電は、蓄電池と組み合わせて、完全電気自給の方向性を取るべきだと思う。

以上、最後に注意を喚起しつつ、食糧10% エネルギー80%自給 の脱原発の家を早く設計したいなあと思うのである。



2011-04-22(Fri)

郊外楽園計画 畑が始動! いっしょにやりませんか

先週の土曜日、郊外楽園プロジェクトの2回目の会合を行った。

それに先だって、朝から大阪近郊を見て歩き。
車1台におっさんが5人すし詰めで、典型的な郊外地域の西宮名塩方面へ。

桜がきれいなI高原地区と、名塩の一番奥にあたるA地区をウロウロ。
A地区は普通の住宅地だが、I高原は、なるほど高原という名前を冠すだけある。
別荘地と住宅地の中間という感じ。実際は普通に住宅として生活している人が多そう。

あんまり綺麗な桜の一角があったので、車をおりて眺めていると、庭仕事をしていた隣の奥さんが「先週がいちばんきれいやったよ」と教えてくれる。

20110416a.jpg

次は、メンバーの一人の知人が貸してくれるという畑を見に。
名塩からほど近く、車で15分くらい。車を止めてから徒歩10分。
気持ちの良い道なので、時間を感じない。

20110416b.jpg

で、貸してくれるのはこの畑。120坪くらいある。

20110416c.jpg

道具置き場も貸してくれるうえに、水場も公園のトイレも近くにあり、条件は申し分ない。
それに、とにかく気分が良い場所。良い気がある とでも言うのだろうか。
なんだかワクワクしてきた。

しかし、先を急がねばならない。今日は恐ろしく盛りだくさんだから。
西宮の山の中から一気に千里中央へ。
秋山東一さんの設計するBe-h@usの見学。

20110416g.jpg
(あまり良い写真が無くて申し訳ない)

秋山さんから色々説明を聞いているうちに、あっという間に時間。
本当に今日はせわしない。
名残惜しみつつ走り出し、途中セルフのうどん屋で10分間だけランチタイム。

で、お次は豊能町の奥地、希望ヶ丘。
この写真は、唯一の「商店街」

20110416d.jpg

千里中央から車で小一時間かかる。途中の道も田園風景が過ぎさり山道を登ってきた先に、希望ヶ丘はある。
住宅はここに写っていない。バブル時にDハウスが開発した地域で、建っている家はそう古くない。
この山中の立地と妙に明るい家々のアンバランスが、目眩を誘発する。

学校の問題や買い物の問題で、近年人口流出が止まらない傾向にあるという。
そのわりに、商店街は別にして、住宅地域は寂れたような暗さはあまり感じない。
菜園にしている庭や空き地も多い。
不思議な場所だ。

で、希望ヶ丘は早々に退散し、山中の道を茨木方面に少しだけ移動。
ここで、某大企業の社長の家だったという「中古住宅」を見学。

20110416e.jpg

宅地が500坪、倉庫用地が17坪、畑と池が220坪、さらに山が1400坪。
売値はまだ ひ・み・つ だが、何億もするわけではない。

ただネックは、開発調整区域なので住宅ローンが組めない。
いつもニコニコ現金払いか、事業用資金ということになる。

20110416f.jpg

これが池。カッパが出そう。
メンバーの一人は、あんまり面白い物件なので「うわー」と言いながら敷地の中を走り回っている。

てなことを言いながら、またしても大慌てで山を下る。
一気に江坂まで戻り、車を置いて大阪市役所前に急行。

駐車場から駅まで走ったせいで、ゼイゼイ言いながら地下鉄に乗り込む。

ここから3時間は、前の記事をどうぞ

原発いらん!デモ の報告【大幅加筆 動画追加】


で、デモの終点ちかくの難波駅から江坂の事務所にとんぼ返りし、朝からの不思議な高揚感と、デモの感動が入り交じったまま、郊外楽園プロジェクトの会議に突入。

実を言えば、写真をプロジェクターで映しながら1日の振り返りをするだけで1時間以上経過。
疲労と高揚で、頭の回転がいつもと違うものだから、あっという間に予定時間が過ぎていった。

そんな中で、一つ確実に決めたことがある。

畑をやろう!

輪番で週に1回は様子を見に行くようにして、みんな忙しいけれど、なんとかやってみよう、と決定した。

手始めは、竹をつかってイノシシよけの柵を作ることと、種まき。
それができたら、石を積んでバーベキュー用のコンロを作ろう。

そこで、ここで読者の方々にも呼びかけたい。

一緒にやる人いませんか


郊外楽園プロジェクトの趣旨に賛同してくれることと、畑仕事をやってみたいこと。
条件はそれだけです。
あ、一応年会費5000円と。

5月8日(日)に最初の作業をします


連休最後の日に、メンバー総出で楽しくキックオフしたいと思っているので、興味ある人は連絡を。

info@mei-getsu.com (←小文字で) まで

遊びだけど遊びじゃない。
不人気な郊外ニュータウンを、ロシアのダーチャへと大転換を仕掛ける郊外楽園プロジェクト。
この畑の「気」をもらって、一層推進していきたい。

こんな時だから、他に逃げることのできない「生活者」であるが故に、このプロジェクトは絶対に必要とされるはず。
金持ちは、イザとなれば何処かに逃げていける。しかし、私たちはその場所にしがみついて生きていくしかない。

万が一、食品や電気がストップしても、何とか生き延びていく手段をもった家。
今回の災害のように、国内難民とも言うべき人々が生まれてしまったときには、受け入れることのできるような一定の生産力を持った住宅群。

もんじゅなどの若狭の原発が事故ったら、関西全域も危ないけれど、残念ながら日本列島はすべて原発から200㎞圏内に入ってしまう。
関西が危ないからと言って、予防的に逃げる場所はない。
とにかく、今の生活を守りながら、他方で「自前の生きる手段」を手に入れよう。
そこで、ギリギリまで頑張るしかない。

そんな展望を持ちながら、楽しく畑仕事をやりましょう。

郊外楽園プロジェクトは、このブログの読者の方を中心に、ほとんどが初めてであったばかりの人。
だから、遠慮無くどうぞ。


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2011-03-23(Wed)

今回の大災害の反省から「郊外楽園」を考える【会議日程変更】

この大震災の惨劇には、その苦しみを安易に慰めることも励ますことも不遜であると感じるほどに、大きな衝撃を感じています。

今、なにをおいてもの急務は、被災された方々の救援と復旧であり、そのために国会は過半の機能をそれに差し向けるべきだと思います。この惨劇に効果的に立ち向かうためには、今ある制度の枠を踏み越えて、速やかに立法措置をおこなう必要があります。年度末にむけては、3ヶ月ほどの包括的つなぎ法案で暫定的に現状維持とし、よほどの課題以外は先送りして救援に専念すべきでしょう。

その上で、直接は被災しなかった多くの人々のことについても、考えたいと思います。今日の論考は少々長くなります。いましばらく、お目を貸して下さい。


■災害から受けた心の傷

この大惨事は、被災しなかった私たちにすら大きな心の傷を刻みました。これまで私たちが当たり前の普通の暮らしと思ってきたことが、全て根本から崩れ去るような激しい動揺を、意識するとしないとにかかわらず感じ始めています。あの大津波は、数万人の命と暮らしを流し去るとともに、より多くの人々の「希望」の二文字をも流してしまったかもしれないのです。

意識するとしないとにかかわらず、と言うのは、多くの人がまだ自覚していないだろう という意味です。地震から10日が過ぎ被災地の悲惨な映像には胸を締め付けられます。それでも、テレビに流れているのはまだマシで、完全に孤立したままの人々もまだ数多いという指摘もあります。まさに、戦争にも匹敵する惨状です。

それに加えて原発事故が、時々刻々私たちに恐怖と焦燥をかき立てます。関東や東北の方はもちろん、大阪にいる私でもおよそ他人事と考えるような余裕はありません。ニュースを見るたび、いや見ていないときでも冷や汗がにじみます。
11日以来、脳みその芯がずっと緊張したままのように感じます。

ところで、心の傷というのは、こうした緊迫した状態が一段落したときにぱっくりと口を開きます。それが1ヶ月後なのか半年後なのかは分かりません。けれども、相当数の日本人が言いようのない無力感や、どちらを向いて生きたらいいのか分からないもどかしさを感じるようになると、私には思えてならないのです。
そうした状態に直面したとき、その正体を自覚していないとウツになったり心身に支障を来すことすらあるでしょう。

なぜ私はそんな予言めいたことを言うのでしょうか。それは、(以下、more... をクリックして続きを)

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2011-02-08(Tue)

郊外楽園研究会 第一回会合は盛況でした

しばらくギシギシ言っていた歯車が やっと回り始めた。

小沢一郎氏の陸山会を巡る「事件」は、公判の開始とともに検察は崩れ始めた。
弘中弁護士の言うとおり、1億円もの裏献金を受け取っていたならば、何でそちらで起訴しないのか。

起訴されているのは、期ズレ、だけ。
裏献金があったのならば、期ズレどこのの騒ぎじゃない。

「スピード違反していたのは、ひき逃げをしたからに違いない」、といって、
ひき逃げ犯をスピード違反で起訴するようなものだ。

ぜったいにあり得ないのに、多くの人はオカシイと感じない。
これが、マスコミを使った洗脳の効果。

因みに、マスゴミという言い方はやめた。
ゴミは、マスコミほど悪いモンじゃないから。

もっともコミュニケーションは双方向なもので、テレビ新聞は一方的なもの。
マスコミではなく、プロパガンダ、マスプロというべき。
(そんな名前のアンテナ屋さんがあったので、使うのはやめとくけど)

いずれにせよ、小沢氏への攻撃は、抜くぞ抜くぞと言いながら抜かない間だけのはったりであり、いざ公判が始まってしまえば、根も葉(刃)もない竹光であることがすぐに明らかになる。

裁判所も検察と同じ穴の狢(ムジナ)であることを思えば楽観はできないが、公判過程を多くの方がレポートしてくれるので、プロパガンダで洗脳された人々も、少しずつ事態の裏側に気がつき始めるだろう。


閑話休題。

先週の土曜日に、郊外楽園研究会を、予定通り行った。
予想外に多くの方から申し込みをいただき、最終的にスタッフ含めて17名の参加となった。

とても、ウチの事務所じゃ入りきれなくて、大家さんに頼んで向かいの空き部屋を急遽使うことに。
なかには、東京、横浜、高松などからも来ていただき、建築、不動産、造園はもちろん、業種としては全く家とは関係のない方もおられた。

ほとんどが初対面のかたばかりなので、最初はまず簡単な自己紹介。
つづいて、1時間ほど私が構想の全体像と背景についてレポート。

急造のパワーポイントで、何とかお伝えすることができたのではないかと思っている。
内容については、パワーポイントの画面と当日の音声を合体して公開できないものかと、検討中。

続いて、東京から参加いただいた著名建築家から、ユニークな取り組みについてお話をいただいた。
(ご本人の了解を得られたら、具体的に紹介します)

次に、ここに至るまでの過程を、バーズアイの編集長から報告してもらった。
実は今日までに、3年以上の右往左往がある。
ともに苦労していただいた編集長に感謝。

最後は、フリートーキング。
初顔合わせでちょっと緊張気味だったけれども、幾人かのかたが口火を切って下さり、徐々に熱の入った議論に。

印象に残ったのは、大阪市内で不動産業を経営しているKさんから、実際に郊外のニュータウンから市内の安いマンションへの移転が多いという話。住宅や住人の高齢化は仕方ないが、店や交通手段が無くなるのは住んでる人の責任じゃない、と。

中でも、大阪の山奥にある「希望ヶ丘」という住宅地について、住んでいる人から「昔は希望ヶ丘だったが、今は絶望が淵だ」と言っていると。たしかに、ここは私も見に行ったけれど、箕面の山を越え、豊能町の役場を過ぎ、田園地帯を通り抜け、山奥へ向かってしばらく走ったところに、忽然と「普通」の住宅地が出現する。

茨木や千里中央までバスで1時間くらい。
梅田まで行こうと思うと、ドアトゥードアで2時間コース。
見た目が「普通」の住宅地であるだけに、悲惨な感が強い。
これで、雰囲気が別荘地風であれば、話は違うのだけれど。

これまで私の視点は、街中で住む場所を求めつつ満たされない人を対象に考えていたけれども、Kさんは逆に「ニュー」タウンに住む人たちの目線で見ている。
なるほど と思った。
リバースモーゲージなどと組み合わせた、新しい相互住み替えのシステムが考えられないだろうか。

そうしたことを含めて、具体的な課題を検討する分科会を立ち上げることを、決定した。

①郊外楽園不動産 ②みんなの木の家プロジェクト ③キッチンガーデンコミュニティー

この3本柱で、郊外楽園の取り組みは進めていく。
当面は、まず手をつけることのできる不動産分科会から。

不便で安い「ニュー」タウンを、郊外の楽園として光を当ててみたい。
同時に、交通や買い物でどうしても不便なところには住めない人たちに、解決策を提供できれば。

会議終了後は、ちかくのフレンチ居酒屋で懇親会。
ワイワイと声を涸らして議論をするうちに、あっと言う間に3時間が過ぎ、合計6時間の会合はひとまずお開きとなった。

次回の全体会議は、4月2日(土)
時間や内容は、決まり次第お知らせするので、ご興味のある方はどうぞご参加を。
向かいの空き部屋がまだ空いていれば、30人くらいは入れそうなので。

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