2016-05-19(Thu)

うるま市の事件に思う

沖縄には4回くらい行ったと思う。仕事もあればプライベートもある。

海と空の印象も強烈だが、何とも言えない空気の濃密さをいつも感じる。それは、物理的なものと、そこに生活する人たちの「気」のようなものとが入り交じっているのだろうと想像している。

先日、沖縄県知事・翁長さんの「戦う民意」という本を読んだ。濃密な「気」が何なのか、その一端が分かったような気がした。保守の政治家として沖縄と向き合い、沖縄そのものでもある翁長さんが感じていることは、きっと声には出さない多くのウチナンチュの心の声なんだろう。

■■

私自身は小学生の時からこの世の中に生きずらさを感じてきた。常に不満分子で文句言いで集団からはみ出し、俺はこの世の中で生きていけるんだろうかと不安でいっぱいだった。

そんなこんなで、文句言いの人生がもうすぐ50年という頃、政権交代と、あっという間の瓦解があった。
文句言いの私は、政権交代に驚いたしうれしかった。個人的なこと以外で「うれしい」と感じたのは始めてかもしれない。そして、こんなはぐれ者の俺が思った方向に世の中が進むなんてことがあるのか?! と大変驚いた。

そこから私は、単なる社会問題ではなくて「政治」に目を向けるようになった。文句言いとして社会問題には目一杯関心があったし、ありすぎてヒト様に迷惑掛けることもあったけれども、「政治」にはあくまでも外野、というよりスタンドからヤジを飛ばしていた。

「政治」と言えばアブラギッシュなおっちゃんや妖怪風なおばちゃんが、貯め込んだ裏金をばらまきながら「どうか清き一票を!」と言うイメージが強い。私とても、大差なかった。しかし、2009年の政権交代で「ちょと違うかも」と思い始めた。

何よりも私を政治に引きつけたのは、1年もしないうちに民主党政権が瓦解を始めたことだった。 ハトポッポはほとんど実行力を発揮できず、官僚にどんどん絡め取られ、最後は沖縄に後ろ足で砂を掛けて辞任した。

このとき私は、「政治」のグラウンドに立とうと心底思った。なんであの政権交代がわずか1年で瓦解するのか。なんでハトポッポは右往左往して前に進めなかったのか。
それは、「政治」を外注してきたからだ。お任せ定食にして、とりあえず出てきたものを食べることしか、私たちはしてこなかったからだ。

あの時から、私は政治家にはならなくとも、政治のグラウンドにプレーヤーの一人として立とうと思って生きてきた。何ができたのかは分からないが、少なくともそういう自覚をもって生きてきた。

■■

小沢一郎という政治家は誰でも知っているだろう。おそらく、アブラギッシュなおっちゃん云々とさっき書いたまんまのイメージを持っている人がほとんどに違いない。
まあ、そういうイメージを払拭しようという努力をご本人もあまりしていないから、仕方ないといえば仕方ない。
(直接会った印象では、あまアブラギッシュでもなく、かなり普通のおっちゃんだったけれど)

知名度は抜群の小沢一郎だけれども、しかし、彼の政治信条を知る人は少ない。
「自立と共生」
彼は20数年前からずっとこればかり言っているらしい。もうちょっとウケること考えればいいのにとも思うけれど、愚直と言えば愚直。

この「自立と共生」。2010年に政権交代がボロボロになった時、私のココロにはこの言葉が染みた。せめて最近の20年間、お任せ定食政治ではなくて、とにかく自分の考えで政治を考えるということをしてきていれば、こんなにもあっさりと政権交代が崩れることはなかったんじゃないか。自責の念と、「自立と共生」が胸に迫った。

ときに間違ってもいい、ときに混乱してもいい。自分の頭で考えること。自分の言葉で語ること。受け売りではない「思想」を持つこと。そしてそれを他人と、アーでもないコーデでもないとちゃんと議論すること。バッシングやディズリやシカトや炎上ではない議論をすること。

そういう場が、今の世の中にはない。
「自立と共生」のためには、たくさんの人がそういう経験を積んでいくことだ。今の世にないのならば、何とかして作ろう。それが、私の政治のグラウンドでの守備位置なんじゃないか。そう思った。

■■

悪人面で知られる小沢一郎さんの「自立と共生」に魅入られた私は、2012年の総選挙では未来の党を応援した。

地元吹田(大阪7区)で立候補した渡辺義彦さんの事務所がすぐ近くだったこともあり、毎日のように出かけていって、何も分からない中でなんやかやとお手伝いに精を出した。

始めて選挙カーの運転手をやってみて、小選挙区の意味も体感できた。都市部の場合、時速15キロで1日で全域を回れる。手が届く実感がある。

ご存じのようにその選挙は惨敗し、その後未来の党は生活の党になり、2013年の参院選、2014年衆院選も惨敗し、山本太郎さんと合流して「生活の党と山本太郎となかまたち」という前代未聞の政党名になり、絶滅危惧種と言われながら今日に至っている。

まあ、私個人的にはもともとはぐれ者なので、絶滅危惧種と言われようが何の違和感もないのだけれども、「政治」を考えるとそうも言ってられない。
なんせ「政治」っていうのは、「どうやって食っていこうか」という仕組みの話だからだ。

よくよく原点を考えてみれば「政治」とは、三つの機能につきる。
1.国民がメシを食っていく基本的な仕組み
2.国民どうしのケンカ(利害対立)の調停方法
3.他国とのつきあい方

これをお任せ定食じゃなくて自分で考えて自分で作ろうという勢力が絶滅危惧種なのは、やっぱり困る。困るから、せめて何ができるのか、ガマのように脂汗を流しながら考えている。

■■

そんな精神状態で、沖縄県知事の「戦う民意」という本を読んだ。本土日本が戦後復興、高度経済成長、バブル経済を謳歌している間に、沖縄はどいうことになっていたのか。沖縄の人たちは何を感じていたのか。

沖縄のことには少しは関心をもっていたつもりの私でも、なんのなんのタダのヤマトの甘ちゃんだったということを思い知らされる。
翁長知事は決して糾弾するような言葉は書いていないけれども、沖縄がどうだったのかということを、しかも保守の立場から淡々と聞かされると、まったくもって自分の薄さにヒーと言いそうになる。

べつに私が本土に生まれ育ったからといって、悪いことをしたとは思わない。なにか個人的な責任があるとも思わない。
けれども、「ああ、自立しないと共生もできなんだな」ということを掻きむしられるように 思う。

うるま市で行方不明になっていた女性が、どうやら元海兵隊員の米軍属に殺されたのではないかというニュースが流れている。沖縄の地元紙は号外を出している。
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-282130.html

これとても、日本が自立し共生をできていれば、おきなかったかもしれない。
沖縄の米軍基地が、全国平均の100倍以上の密度でなければ、少なくともこんな事件の確率は100分の1になっていたはずだ。

自分の頭で自立する、そして同時代を生きている人や未来の人たちとできるだけ公平に折り合いをつける。それができなければ、こうした悲劇は、形をかえてあちこちでいつまでも起き続ける。

■■

私の知人友人の皆さん

そんなわけで、私は政治の世界のミニミニプレーヤーの一人として、自立と共生を目指してもそもそと動き回ります。

ジャマだと言われても、変なヤツと言われても、その時その時に考えたベストあるいはベターな選択で動き回ります。
ちょっとおかしいんちゃう?と思ったら、遠慮なしに言って下さい。ちょっと飲みながら、あるいはスイーツつつきながら聞かせて下さい。

いざ選挙になれば、あれこれお願いするかもしれません。もちろん無理強いはしないけれど、「たまには言うこと聞いたろか」と思ったら協力して下さい。

はぐれ者で文句言いの私ですが、どうかよしなにお願いします。

(以上、本日の私のFBより転載)




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2015-05-07(Thu)

「沖縄から学ぶ」ということ

私は、気軽に「沖縄に連帯」とか「沖縄を支援」と言わない。
本土の体たらくは、「連帯」とか「支援」などと言えたものではないからだ。
沖縄を踏みつけてその足をゴリゴリとねじり込む安倍晋三たちを選んでおいて、連帯とか支援とかは、とてもじゃないが口にできない。
私たち本土の人間がまずやるべきは、自分たちがお荷物にならないように、自分たちの状況と格闘することだ

本土の状況は、まったく何も希望が見えない。
誤魔化す必要はない。この際、はっきりと絶望的な状況を直視することだ。

どんなに少数でも、どんなに連戦連敗でも、北極星が見えていればまだしも希望が持てる。
しかし、その北極星がどこに光っているのか、どれが北極星なのか、ほとんどの人には分からない。

党というものに過剰な期待はしていないし、してはいけないと思うけれども、しかし、こういう時には小さくとも明るく輝いて「こっちに行こう」と指し示すことはできるはずだ。
しかし、あの長い名前の党は、「分かるヤツにだけ分かれば良い」と言わんばかりに暗くほのかに揺らめいている。

そんな中で、沖縄だけは本土とは月とスッポンの闘いを続けている。
オール沖縄は、単に保革連合というのみならず、市井におけるオール沖縄となり、先鋭的な辺野古浜の闘いのバックグラウンドになっている。それがあるからこそ、あの凶暴な海保も、辺野古で闘う人たちを完全に排除することができない。

翁長知事は、保守の立場であるがゆえに、より広い沖縄の人々の心を捉えている。
安倍晋三との対談での翁長知事の言葉は、重く鋭くそして優しく心に響いた。
 
翁長知事・安倍首相会談全文(冒頭発言)


この沖縄の闘いに感動し、沖縄に続け、沖縄に学ぼう と言いたくなる気持ちはわかる。
しかし、沖縄の本土の間には、(戦後だけでも)70年間に及ぶ脱植民地闘争の歴史が横たわっている。
沖縄は当初は名実ともに、72年移行も基地の島として、植民地であることを嫌でも思い知らされる日々を生きてきた。
政治とか闘争とかというレベルではなく、日常生活の中で誰もが常に「植民地」を感じざるを得ない70年間だった。

本土はどうか。
矢部宏治著の「日本はなぜ『基地』と『原発』を止められないのか」でつまびらかなように、本土もまた植民地であり続けたにもかかわらず、ほとんどの日本人の日常生活からはその痕跡は消し去られた。
だれもが「植民地」だとは露ほども思わずに呑気に生きてきた。

この70年の差は、一朝一夕で埋まるものではない。
「続け」とか「学べ」とか言っても、おいそれとできるものではないのだ。
むしろ、そう口にすることで、免罪符を手に入れたかのような錯覚に陥らないように気をつけなければならない。

■■

それでも私は、「オール沖縄に学べ」と言う。

矛盾しているようだが、厳しくとも、遠くとも、そこにしか道は無いからだ。

オール沖縄に学べと言うことの根本は 「日本は植民地であり、独立しなければならない」ということを知れ、ということだ。
「植民地の平和」とか「植民地の民主主義」というものは 存在し得ない。

これまで平和や民主主義に見えたものは、宗主国の意向で「飼育」されていた期間なのであって、そんな見せかけは宗主国が「飼育」から「使役」に方針転換すれば瞬時に失われる。
それが、今わたしたちの眼前で進行している事態だ。

そのことを、70年かけて血肉化してきた沖縄から学ぶことで、より短い時間で気づくことができるのではないか。
そして、気づいたならばどうすればいいのか、沖縄は身をもって教えてくれている。

沖縄は、明らかに「独立」を意識している。
政策としての琉球独立論ではなく、「自分たちが米国にも日本にも依存せずにどうやって生きていくべきか」という意識を明確にしている。

保革連合は、大同小異とか戦術的な妥協ということではなく、「自分たちが生きていく」というレベルで意識が一致したからこそ実現したのだろう。
沖縄とても、2014年に至るまでは、やはり保革ははげしく対立してきたのだから。

オール沖縄から学ぶべきは、戦術や野党共闘の話ではなく、「自分たちが生きる」「自分の足で立つ」という覚悟なのだ。
本土の右翼も左翼も保守も革新も、決定的に欠けているのは、「自分の足で立つ」覚悟なのだ。

「日本の独立」なんて言うと、左派の人々からは極右扱いされるかも知れない。
これまで「独立」を声高にいう連中は、かならずセットで「かの戦争は亜細亜解放戦争だった」とかいうゴタクを並べてきたからだ。

日本が未だに独立していないということと、かつて侵略戦争をやったということは、それぞれ真実だ。
かつてどころか、戦後も長きにわたって経済的な侵略を続けてきた。(最近は経済的には逆転しつつあるようだが)

「独立」と「聖戦論」はセットなのではなく、わざとセットにして右翼に語らせることで、「独立」を薄汚い復古趣味に見せ、アジア諸国からも警戒させ、日本のタブーに仕立て上げた。宗主国による、そのようなシナリオだったのである。

私たちが言うべきは 「日本の独立」と「侵略の反省」であり、その両方を明確にすることで初めて、くびきから解放されるのである。

「日本の独立」と「侵略の反省」
これを、どこかで聞いた言葉で言いかえるならば 「自立と共生」ということになる。
小沢一郎氏のこの言葉は、宗主国に真意を悟られないように、わざと曖昧に語られてきたが、真意はそういう意味であろうと推察する。

■■

小沢氏は、宗主国に悟られないように、ファイティングポーズをとらずに、保守政治の枠の中で独立の能力を養う戦略を進めてきた。
しかし、陸山会事件によって、小沢氏のその戦略は敵に見抜かれ潰された。
さらに、3.11による原発爆発という未曾有の事態を前に、アイマイ戦略をとりつづけることができなくなってしまった。
あきらかに、戦略の転換を迫られた。

小沢氏の今日の苦境は、その戦略転換をなしえなかったところにある。
ファイティングポーズをとらざるを得なくなったにもかかわらず、基本戦略はこれまでどおりの保守政治の枠から出なかった。政治家ー秘書ー後援会ー支援者 というヒエラルキーから外に踏み出すことができなかった。
本当の意味で「民に依拠する」ということができなかった。

オール沖縄から学ぶべき二点目は、ここにある。
生活者、民に依拠する闘い方。生活の中でいかにして脱植民地の意識を紡ぎ出し、編んでいくのか。
党とか小沢ファンのような狭い世界にとどまらず、本当に民に依拠するとはどういうことなのか。

これとても、「はい学びました」と言える様な簡単な話ではもちろんない。
なにかヒントになることを全神経を集中して見つけ出し、時間をかけて自分たちで考えていくしかない。

「時間かけていたら間に合わない!」という悲痛な叫びも聞こえてくる。
私も同感だ。
でも、残念ながら70年間の蓄積(洗脳)を1年や2年で解くことはできない。
原発が爆発しても根本は変わらなかったのだから、もっと悲惨なことにならない限り、大きく変わることはない。

書きながら泣きそうだが、でも現実から逃げるわけにはいかない。
悲惨な状況になったとき、暗くとも瞬いていようとも、北極星があるか無いかは、大きな違いだ。
星の光を残すことができるのかどうか。光を届けるために働く人々が息づいているのかどうか。

そのために、沖縄から学ぶことは、他の何にもまして重要だ。

5月30日、大阪に玉城デニー議員を招いてお話を聞く。
生活の党と山本太郎となかまたちの幹事長であり、沖縄3区選出の玉城デニーさんは、保守の立場から翁長知事を支え、オール沖縄の重要な要となっている。

4月も米国に渡り、主要な米国議会の議員に翁長知事の書簡を手渡し、翁長氏が訪米するための下地づくりに奔走された。

 県外移設へ協力を 玉城氏、米議員に知事書簡(沖縄タイムス)

ぜひとも、お話しを聞きに来ていただきたい。

■■

生活フォーラム関西 定例講演会
オール沖縄から民主主義を学ぶ

2015年 5月30日(土)18:30~20:30
ドーンセンター 5階特別会議室 会費500円
(大阪市中央区大手前1-3-49 TEL 06-6910-850 天満橋駅から徒歩5分)

講師 玉城デニーさん
     衆議院議員(沖縄3区)
     生活の党と山本太郎となかまたち 幹事長
主催 生活フォーラム関西
申込 フォーラムのブログの申込フォームに入力
    または メール sforumkansai@yahoo.co.jp
         FAX 06-6720-8051
        で、お名前・会員or会友or一般・ご連絡先・人数 をお知らせ下さい


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2014-10-01(Wed)

沖縄県知事選  「承認撤回」を公約するのは是か非か

辺野古推進の仲井真現職と、辺野古反対で保革連合を実現した翁長雄志氏の一騎打ちかと思われた沖縄県知事選挙だが、喜納昌吉氏の出馬宣言で、急に外野席が五月蠅くなった。(もちろん私も外野席に過ぎない)

まず、問題を二つに分ける必要がある。
①喜納氏の出馬をどう評価するか
②翁長氏の公約で「承認撤回」を断言するべきか

①については、前記事でほぼ書き尽くしたので繰り返さない。
喜納氏の出馬は間違いである。
ついでに、こんな話も報道されている

喜納氏要請に連合対応変えず 沖縄知事選
2014年9月30日 沖縄タイムス


 沖縄県知事選に出馬を表明した喜納昌吉氏は29日、連合沖縄の大城紀夫会長と会談した。すでに翁長雄志氏を推薦した連合沖縄に対し、喜納氏は支援団体として自らと協力するべきだと指摘。一方で、大城氏は対応は変更できず喜納氏が出馬しないよう求め、この日の議論は平行線に終わった。

 喜納氏は(略) 現時点で2年後の選挙について県連と連合の協力の話し合いができれば、出馬しない可能性を示唆した。

(以上 引用抜粋。原文はリンクを確認してください)

これを読む限りでは、喜納氏の出馬は巷間言われているような<翁長氏に承認撤回を明言させるため>ではなく、<2年後の国政選挙での連合の支援とのバーター>だったようだ。口さがなく言うならば、<2年後に支援しないと知事選に出てやるぞ>という脅迫とも言えなくもない。
しかし該当部分は記事中の文言であり、喜納氏のナマの言葉ではないので、これ以上決めつけることは控えたいと思う。

いずれにしても、現時点で喜納氏の出馬を応援する人は、かなりピントがずれているか、辺野古反対派を負けさせたいか、のどちらかだと断じざるを得ない。

■■

さて、問題は 「公約で承認撤回を断言するべきか」

これも、二つの問題があると思う。
A) 承認撤回という手続きはできるのか
B) 手続きをとったときに何が起きるのか


■ A) 承認撤回という手続きについて

最初に9月13日の翁長氏出馬会見の言葉を確認しておきたい
翁長氏は朝日の記者の質問に対して、このように答えている

「まずは知事選に勝って、承認そのものを私たち県民の力で取り消して、そしてご相談をする中から 取消・撤回のあり方をみんなで力を合わせてやれるように頑張っていきたいと思います。」
(動画→ http://youtu.be/-VUlrQ_jj70 の5分から)

素直に読めば、「取消」はする。「取消・撤回」は力をあわせて頑張る。 と言っているように理解できる。
埋め立て承認の取り消しは、県民の力で知事選に勝利すれば、やる。逆に言えば、県民の力で勝たなければできない。と言っているとしか聞きようがない。

では何故、「撤回」については 力を合わせてがんばる という抽象的な言い方になっているのか。
「取消」 と 「撤回」 は同じではないのか?

会見のこの後の発言を見ていても、翁長氏は「取消」と「撤回」を分けて考えているようだ。
私も不思議に思って調べてみると、行政法によって「取消」と「撤回」は明確にべつのものだったのだ。

こちらのページの一番下のほうにその違いが完結にまとめておられる

行政行為の瑕疵 (行政法)

抜粋させてもらうと

<職権取消>
成立に瑕疵ある行政行為について行政庁が、自ら、自発的に、当該行政行為の効力を消滅させること。 (法律上の根拠は不要)
取消しにより不利益を被る者が出る場合は
・当該行為の成立に相手方の不正行為がかかわっていた場合
・相手方の既得の利益を犠牲にしても、取消す公益上の利益がある場合
に限り、例外的に職権取消しが認められる。


ということで、公有水面埋立法には取消の規定はないけれども、行政法によって行政行為(承認など)を取り消すことはできる。翁長氏が「承認そのものを取消」と言っているのは、この最後の項にあたるのだろう。
承認の過程での瑕疵(まちがい)と、取消す公益上の利益を明示して 取消処分を県として行えばいい。

では、撤回とはなにか

<撤回>
成立に瑕疵がない行政行為について、「新たな事情」を理由として、「将来に向かって」行政行為の効力を消滅させること。 (法律の根拠は不要)
取消と同様、「授益的行政行為」を撤回するには、制約があり(原則できない)
撤回した場合は、補償の要否が問題となる。

つまり承認までの手続きに瑕疵が見つけられなかったときに使うのが「撤回」である。
ただ、原則できない とカッコ書きがあるように、かなり困難な道になる。

以上から分かることは
・承認の過程での瑕疵
・取消す公益上の利益
を明示して行政法に基づいて「取消」をすることが可能

・承認過程での瑕疵が見つからなかった場合
「撤回」をするのはかなり困難

ということだ。


■ B) 手続きをとったときに何が起きるのか

たしかに「取消」手続きは可能だ。だが、見たようにかなり制約は多い。そして、それは承認に関する「受益者」である国との間で真っ向から見解がぶつかる点でもある。

「取消」をした瞬間に、国は県を訴えるだろう。その間は工事は止まる可能性は大きいが、昨今の司法の体たらくを見ていると、「取消処分を差し止める仮処分」なるものもあり得るのかとも想像する。(法的にありうるのかは知りません)
もしそうなったら、裁判の決着が着くまでは「国の権利」が保全されて工事が継続される。

もう一つの可能性は、国が「取消」を無視する ということだ。
一方的に「取消は無効だ」と主張して、知らん顔で工事を続ける。そうなると、県の側が国を訴えなくてはならない。
いずれにしても、裁判で勝つまでは工事は止まらない可能性があるということだ。

さて、最高裁まで闘って、絶対に県は勝てるのだろうか。もちろん、勝つべきだと思うし勝ってほしいと思う。しかし、判決を出すのは、あの最高裁だ。ほぼ、ろくな判決を出さない最高裁だ。
「取消」手続きを、唯一の武器として闘うと言うことは、最高裁に下駄を預けると言うことでもあるのだ。

そして、行政法の制約を考えたとき、最高裁がマトモな判決を出す可能性は、かなり低いと言わざるを得ない。
「承認の過程での瑕疵」 と 「取消す公益上の利益」 を最高裁に認めさせる努力はするべきだが、それで「絶対に勝てる」と言うのは精神主義、特攻主義の誹りを免れまい。

まして、瑕疵を認められなかったから「撤回」をする、というコースは限りなく困難を伴う。
知事の権限と裁判のみでは、ほぼ勝てる見込みがない。その針の穴を通す闘いは、まさに「みなの力で」、運動の力、沖縄だけでなく日本の政権をかえる力をもってしなくては、勝利は覚束ない。

こうして具体的に見て見れば、翁長氏の言う 取消はするが、取消・撤回はみんなの力で ということの意味が分かる。

■ 何が起きるのか その2

さらに、県が承認取り消しをして、国と全面対決になった時に何が起きるか。

自民党政権は、まず間違いなく兵糧攻めをしてくる。
安倍が仲井真に約束した3000億円を7年間、という沖縄振興予算は、現実に基地負担を押しつけられている沖縄にとって受け取って当然の金であり、大田知事時代よりもずっと少ない。
それでも、県の予算は6~7千億円規模であり、振興予算は県民生活にとって大きなものであることは間違いない。どんな汚いことでもやる安倍政権のことだから、これを大幅にカット、ストップしてくるだろう。

通常予算以上の金を積まれて寝返ると言う話ではなく、通常予算の何割もの金をストップされることを心配するのは、保守とか革新とかに関係なくあたりまえのことだ。まして、県政をになう知事を目指す以上は、深刻にとらえるのが当然であり、安易に全面対決を煽るほうがおかしい。

安倍は、振興予算をバッサリ切り捨てておいて 「これは翁長氏のせいだ」「基地反対派のせいだ」「革新が翁長氏をそそのかしたせいだ」とキャンペーンするだろう。その時に、いかにオール沖縄をくずさずに反撃するのか、たぶん翁長陣営はそれを考えているだろう。
公約の表現が、「埋め立て承認を撤回します」から「承認撤回を求める県民の声を尊重」に変わったことの背景には、先に述べた法律上の問題とともに、この兵糧攻めといかに闘うかという問題があるはずだ。

承認取り消しの闘いは、「知事さんがんばって」ではすまない、県民ぐるみの長い苦しい闘いになるだろう。それが分かっているから、「知事がやる」ではなく「みなでやる」ということにこだわるのではないか。

たしかに公約には「承認の取り消しをする」と明記するほうがいい。それに越したことはない。当然だ。
しかし、それを見て「えっ 全面対決になったら振興予算が削られる」と怖じ気づく人もたくさんいるのが偽らざる事実だろう。だからこそ沖縄といえども知事選では自民党が勝ってきた。

そのことを観念的に否定して、多くの中間層をバサッと切り捨ててしまうことが良いことなのだろうか。
外野の私が是とも非とも言い難いが、少なくとも現在の翁長陣営は、保革共闘を優先し、「切り捨てない」という選択をしているのだろう。

重要なのは公約に断言することよりも、断言できる県民のコンセンサスが作れるかどうか、ではないのだろうか。
いわゆる革新系は、一も二もなく賛成するが、保守系というか辺野古は反対だけど国との全面対決もちょっと・・ という中間層にどう納得してもらうのか。ことは市民運動ではなく、勝ちか負けしかない選挙だ。慎重を期すのは当然だと、私は感じる。

外野から「撤回断言しろ-」と叫ぶ人たちは、こうした法律上の困難さ、県民生活の不安を分かって言っているのだろうか。無責任に過ぎはしないだろうか。

■■

以上のような予期されることは、沖縄では充分に意識されているのだろう。
むしろ、あまり声高に言うことで、悲観論になることは避けなければならない。困難だけれども、まず知事選に勝つことで、最初の扉をこじ開けよう という翁長陣営の意気込みや良し である。

わざわざ「困難なところを切り出してみせるこの記事のようなものは、不要なのかもしれない。
が、私を含めた県外、本土の人間はやはり、沖縄がどんなに困難な闘いに挑んでいるのかと言うことを知っておく必要があると思い、あえて書いている。

そして、本土の私たちが、本気で取り組まなくてはならないのは、政権交代だ。
承認撤回を巡る裁判は何年もかかるだろう。その間に政権交代が実現できれば、それが一番の沖縄への支援でもある。

私自身は、辺野古へも選挙応援にも出かけることはできないけれども、政権交代に向けての市民レベルでの足掻きを続けていこうと思う。




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2014-09-21(Sun)

喜納昌吉氏の立候補はおかしい (追記あり)

16日に民主党の喜納昌吉氏が沖縄県知事選に、電撃立候補表明した。

その直後に、絶妙のタイミングで植草一秀氏がブログで、翁長雄志氏の立候補は謀略だという説を流した。

また、辺野古に反対などしていなかった大手メディアが、どういう風の吹き回しか「翁長氏は具体的な阻止の方法を明言しない」と言って、一斉に叩きだした。

大手メディアが声をそろえたらアブナイ、ということをいい加減学んだはずの人々が、この件については無条件に信じて、「翁長氏はきっと裏切る」と言い出した。
ウソ吐きメディアよりも「保守」と名のつくもののほうが嫌いなのかもしれない。
小沢一郎氏が何の根拠もない陸山会事件で叩かれたのと、ほぼ同じ構図である。

様々な憶測が頭をよぎるが、憶測を排除しても、何点かの問題点は残る。

① 翁長氏と喜納氏に分裂したら、ほぼ確実に現職の仲井真が勝つ

 説明の必要はないだろう。喜納氏を推す人も、必勝を信じているのではなく、「次につながる潔い敗北」を望んでいるようだ。よほど世事に疎い人でないかぎり、分裂選挙で勝てるとは思わないだろう。
 「努力したけど阻止できませんでした」は許せない、という人が、なぜ選挙では、頑張ったけど負けました を望むのか。私には理解できない。

② 喜納氏では勝てない

 喜納昌吉氏はバリバリの辺野古反対派だろうか。厳然たる事実は、かれは辺野古基地を推進している民主党の県連代表だということ。そして、辺野古を推進する党本部に妥協しながら今日まで民主党の役を続けている。そんな喜納氏が、承認撤回を公約にしたところで、大多数の信任を得ることはあり得ないだろう。
 ここ数年、妥協し続けて戦わなかった男が、「撤回」が「撤回を視野に」になったのはオカシイと叫んでも、多数の沖縄県民の心を打つとは思えない。

 もう一点、民主党を支えるはずの連合沖縄は、喜納氏が表明した次の日、翁長氏推薦を決定している。どう考えても、喜納氏に勝ち目はない。

③ 翁長雄志氏はある意味で筋金入り

 本土の我々はもう忘れているかもしれないが、2007年9月29日に 「沖縄戦「集団自決」の教科書検定意見撤回を求める県民大会」が開かれた。   沖縄タイムスの記事
 この大会の那覇市実行委員長は市長である翁長雄志氏だった。自ら街頭でチラシをまいていたという。

 2009年からは辺野古移設にも反対し続け、喜納氏は妥協して民主党に残ったけれども、翁長氏は一貫して反対を主張し無所属になっている。外野席からは喜納氏が正論に見えるかもしれないが、沖縄の目からはむしろ反対に見えるのではないだろうか。

④ 公有水面埋立法の条文上は、たしかに撤回の規定がない

 埋め立て承認の撤回についての法律上の説明
 http://www.mc-law.jp/mc_soudan/15486/

 ざっくり言うと、この法律は41条までが民間の埋め立て事業について書いてあり、32条に免許の取り消しについても規定がある。
 しかし、国の事業については42条に、民間用の規定の内これとこれとこれは準用する、とまとめて書いてある。そして、その中に32条は含まれない。 つまり、国の埋め立てについては、一度承認してしまうと取り消すための法的な根拠が書いていないのである。

 このように、条文だけで見ると撤回は不可能に見えるけれども、それでも県民の声として尊重してなんとか追求しようというのだから、これ以上何を言えというのだろうか。

⑤ 本当に闘ってきた人々から翁長氏批判=喜納氏擁立の声は無い

 喜納氏の立候補表明以来、何人かの人々の発言に注意している。
糸数慶子議員、玉城デニー議員、稲嶺進名護市長、伊波洋一さん、真喜志好一さん、などなど。今のところ、現地で命がけで闘っている人から、翁長氏では不安だから喜納氏に乗り換えようというような発言は、まったく聞かれない。

 ゴリゴリの保守の翁長氏を保革連合で擁立すると決めたときから、ある程度のことは織り込み済みだったのではないか。むしろ、相談した上で表明会見をしたのではないのか。
 本気で闘っている人ほど、「埋め立て承認の撤回」がどれくらいの困難があるのか、リアルに見えているはずだ。もちろん可能性は最大限追求するにしても、ここだけに一点集中することはむしろ避けるのではないだろうか。

新潟県の泉田知事が脱原発を口にせずに東電と対峙している姿に対して、「明言しないからいつか裏切る」と言う人はいないのに、翁長氏に対しては、メディアや外野が憶測で「きっと裏切る」と批判する。
この構図に、私は納得できない。

⑥ 9/20辺野古浜に5500人が大結集したが

 翁長氏は参加して登壇した。喜納氏は?

⑦(追記) 県議会で「辺野古中止意見書」の採決で、民主党県連の代表代行は賛成せず

民主党沖縄県連の代表代行である新垣安弘氏は唯一の民主党の県会議員だ。
その新垣代表代行は、9月3日に可決された「辺野古でのボーリング調査等の強行に抗議し,新基地建設工事の即時中止を求める意見書」の採決にあたり、議場から退出して「不在」。公明党まで賛成したのに、民主県連代表代行は賛成せずに逃亡したのである

証拠→ http://www.pref.okinawa.jp/site/gikai/documents/h260903sannpi.pdf

喜納昌吉氏は、県連代表である自分を代行する立場にある新垣氏が、「即時中止を求める意見書」に賛成せずに議場から逃げ出したことを不問に付すのだろうか? もし喜納氏が本当に辺野古反対なら新垣氏を即刻除名すべきだろう。


結局、現地ではあまり相手にされていない喜納昌吉氏の立候補表明を、本土の人間が「翁長謀略論」にしたてて、触れ回っているという構図なのではないか。

喜納氏がもっと知名度の無い人だったら、笑い話ですませるようなことかもしれないが、幸か不幸か全国区の知名度を誇る人だけに、無視できない程度の票は持っていく。もちろん、そのすべては仲井真ではなく翁長氏から奪うのである。

少なくとも、マスメディアや植草氏のブログだけで判断するのではなく、原本をあたって、自分の目で判断するべきだ。
表現が後退しているということは確かではある。それも含めて、票を割って自決してでも喜納氏を支持すべきかどうか、判断すべきだ。

知事選に臨む基本姿勢および組織協定
 4月6日 http://okinawakenroren.org/kanrinin/chijisen.html
 9月13日 http://blog.goo.ne.jp/sugito-jcp/e/d6d8c7c0f1a4e2a18301b4f73b5aeb5a

9月13日 翁長氏の出馬記者会見の全文文字おこし
 http://takenouchimari.blogspot.jp/2014/09/blog-post.html

埋め立て承認の撤回についての法律上の説明 (再掲)
 http://www.mc-law.jp/mc_soudan/15486/


中には、日米安保を肯定するものは基地反対を闘えない、などという極論を言う人もいる。これは、そもそも今回の保革連合を根底から否定することであり、喜納氏の出馬とは関係なく、勝とうが負けようが結果なんて知らないが保守とは組まないという無責任な発言だ。

自分が正しいと思うことを言い続ければいい。それで世の中がどうなろうと知ったことじゃない。という人が多いことに、最近愕然とすることが多い。

最後に、2012年の翁長氏のインタビュー記事をリンクしておく。

翁長雄志さんに聞く 沖縄の保守が突きつけるもの(朝日新聞)

翁長氏を諸手を挙げて持ち上げるものではないが、今現在選択できるベストは何か。 植草氏のいう「翁長氏謀略論」に夢中になっている方は、一度冷静になって考えていただきたい。




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2012-04-23(Mon)

今だからこそ沖縄の話 玉城デニーさんの講演

昨日、政治と生活を考える会 政経フォーラムで、玉城デニーさんの話を聞かせてもらった
題して「沖縄 ・ 基地と隣り合わせの生活を考える」

何のお手伝いもしていないのに、あつかましくスタッフの名札を着けて、写真を撮ったりメモをタイプさせてもらったりしたので、ザックリとレポートをしておきたい。
ただし、これはテープ起こしではなくて、私の断片的な聞き書きである。私の私見は交えていないが、文責はすべて私個人にある。もし、引用される方はその点は必ず付記していただきたい。

<題1部> 玉城デニー議員の講演

本名は 康裕。親父が海兵隊員だった
母親はアメリカ行く期待で最初デニーと名付けたが、小4のときに渡米をあきらめて日本名に変えた

2002年沖縄市市議会議員になった
沖縄は保守と革新という色分けがはっきり
今も社民党強い。県知事も保守、革新という色分け

いちばんの原因は基地問題
保守は基地との共存、交付金、公共事業
革新は先祖伝来の土地返してほしいと抵抗
去る大戦で親族なくされた傷跡が癒えていない
基地問題にどういうスタンスかで、保守と革新に色分けされる

自分は当初、どちらかというと革新
ところが、革新陣営の中ではなぜか憲法、日の丸君が代について議論しない
議会に入ってから議論しないことに抵抗感があった
なぜ国旗とか国家とか形にこだわる?



それで革新の会派から出る。そうしたら色んな世界が見えた。
その頃に小沢先生の本読む機会があり、この人しかいないと思った。
自分のポジション決めた。
それまでは一般の小沢一郎像だった。

小沢先生の話はわかりやすい。
庶民から見て、わかりにくい政治が多すぎる 
なんでこういう方向になるのか。
2009マニフェストは明確でわかりやすい

上智大学の社会福祉専門学校に、仕事しながら夜間通った。
その後、沖縄中部地区の老人福祉センター協議会で事務職を2年間
母は、美ら海水族館からフェリーで30分の伊江島の出身で、本島に出てきてそのまま親戚の家で育った

自分が与那城村で生まれたときは復帰前
復帰した72年当時、半年間はドルと円両方使っていた
小さい店のおばあちゃんは円の計算できない(人もいた)

祖国復帰運動は、教職員組合中心に復帰協という組織があった。
(復帰の年の)5月梅雨入り前に行進団
復帰運動では、手作りで日の丸作って振っていた

72年本土復帰
本土復帰で、自衛隊と日の丸反対イデオロギーが入ってきたと言われている
基地なくなって土地帰ってくると期待していた。子どもも大人も。だから日の丸振っていた
ところが帰ってこない。それで社会党の運動が強くなった

自分は今は保守でもあり革新でもある
辺野古移設反対、消費税反対、TPP反対だから民主党の中の革新
故郷愛し、日本の歴史愛しているのが保守の理由

自分と同年代のハーフは(沖縄では)いじめの対象だった
自分の中でのアイデンティティ葛藤があった
痛いと感じると生きていると感じるので手のひらをナイフで切ったりした
なんでいじめられるのか 誰も答えてくれないので自分で探すしかなかった

少年時代、サイパンで捕虜になって帰ってきた知花さんという「おっかあ」に預けられていた
おっかあが「容姿は皮一枚」と明確に答えてくれた。皮一枚はいだら何の違いがあるか ということ。
当時、同世代のハーフは、前向きに明るく生きていくか、やくざみたいになるかしかなかった。
父親おらず貧しかった。
父親いれば学費の高いアメリカンスクールに通ってバイリンガルになっていたが、自分たちは普通に地元の学校へ通った

米軍基地は今よりも多く、基地の周りを米兵が闊歩していた。隣近所に住んでいた。
ただし、基地のない南部の人は経験していない
(南部、那覇、中部、北部の説明)
基地は中部と那覇に集中している

(以下、玉城氏の作成した小年表を見ながら)

今の米軍基地だけ見ていると、基地のおかげで潤っているとか、共存しているととらえがち
しかし、沖縄はKEYSTONE OF THE PACIFIC  太平洋の要石だ

年表のP1~P2
沖縄の人間は昭和平成に換算すること難しいので西暦で書いた
ニミッツ元帥やマッカーサー司令官は、占領前から沖縄基地化を唱えていた
1945年4月に読谷から北谷にかけて米軍は無血上陸
北へ逃げた人は多く助かった
南部は日本軍が首里で迎え撃つ作戦だった(ので激戦になった)

日本軍はガマ(洞窟)に隠れて攻撃したので、米軍は火炎放射器でガマの中を直接焼き討ち
ひめゆり部隊 一般の女学生 前線にかり出される
ガマに2段ベッド
6月23日 日本軍司令官自決で戦闘が終了

行政機関である沖縄諮諄会は、いちばん大きな捕虜収容所だった石川に設置
捕虜になった人は一度ぜんぶ収容所に集められた
その間に基地が準備され、土地は接収された。

その後、収容所から地域ごとに分遣隊が故郷を見に行ったが、「私の故郷は金網の向こう」
しかたがないので、フェンスにへばりつくようにあばらやを建てて住んだ
やがて、米軍の支給で住宅を建てた
いらなくなった基地は返還されたが、それでも多く残っている

(「米軍基地観光案内」よりスライド。 ※以下はごく部分的な聞き取りメモ)

首里城の地下は司令部の壕だった
慶良間諸島 米軍の艦船集結し北谷へ 
那覇市内は木造瓦葺きが多かったが、すべて焼かれた
捕虜収容所は集落ごと、小字ごとだったので連絡とれた

日本分割統治の計画あったが → 天皇を中心にした間接統治に変更
内灘 砂川 米軍拡張反対闘争があった
そこで、北富士演習場 岐阜演習場 拡張計画になったが、これも反対運動
そして → キャンプシュワブ 等々
本土から移転してきた海兵隊が居座っているのであって、もともと沖縄にいたのではない

訓練空域 訓練するときは立ち入り禁止
沖縄は囲まれている
管制空域 高さ6000m 半径80km
民間機は那覇空港に近づくと低空飛行強いられるのは、嘉手納基地があるから

米軍施設 県土の10.2% 演習場広大
日本にいる米軍の68.4%
日本にいる海兵隊の9割 14958人
ちなみに自衛隊基地は県土面積の0.3%、6400人

観光収入上がっているが、基地収入はあがっていない。
4兆円の県民総所得の5%にすぎない

辺野古のV字型滑走路は、キャンプシュワブで現在建設中の建物を壊して作る計画

<第2部> 質疑応答

Q1
アメリカが守るのでなければ 日本は今後どうするべきか。自衛隊が守る?自主防衛する?どういった方向?

A(玉城議員)
独立国として深い問題。
沖縄側からあえて言わせてもらう。自衛隊の基地に(沖縄では)抵抗がある。戦争の経緯で軍隊は住民
を守らなかった、ということと二重写しになる。
物理的にこれ以上アメリカに頼るわけに行かない。普天間切り離して、具体的に動いてきている。日本が具体的に動かないと、(返還が)遅れていく。
日本の防衛費は少し伸ばした方がいい。情報、人間の情報能力、他国から情報収集するインテリジェンスという、他と異なる防衛能力が必要
日本ができる独自の努力を、予算掛けてしっかりやる。(そうしたことを)議論すべき。

Q2
沖縄では本土返還をよろこんでいるのか。返還はよかったのか
沖縄の人は独立を考えないのか

A(玉城議員)
大正区など県人会あり、関西と沖縄は縁がある
通い船という民謡で歌われている港は堺のこと (ちょっと謳ってみせる)
今年の5月15日で本土返還40年なので、新聞社などがアンケートを沢山やるだろう
今の現状ではおそらく、よかった:独立など=7:3 くらいではないか
パスポート無しで行きたいところ行ける、食べたいもの食べる、読みたいもの読む これはよかったと思っている。
独立ということでは、県議、県庁、大学先生などが道州制懇話会という1国2制度、全県沖縄観光特区を考えている。自分たちで課税権。真剣に議論している
防衛、教育は日本で、経済と生活は沖縄らしさそうした考えの人は、3割くらいいるのでは
迷いながらも期待している

Q3
小沢氏の判決が迫る今の時期に、なぜフォーラムのテーマが沖縄なのかと知人に聞かれた

A(玉城議員)
小沢先生の件に関心ない人はいない。私自身も沖縄テーマでよかったのかと思わないでもない。
沖縄の問題がここまで解決できなかったのは「カネだけやっていれば沖縄が解決するよ」という考え。
鳩山さんの「最低でも県外」 あれがなかったら日本人は今でも「普天間って何?」だったろう。
「核抜き本土並み」が復帰合い言葉だった。しかし、戦後はそれからも続けれらた。これは政治の責任
教科書に沖縄の記載が何行あるか。対馬丸のことが教科書に2行しかないので(かえって)沖縄のことを気にするようになった、という高校生がいた
無意識という環境が危ない。

Q4
沖縄の未来像。日本に対するアメリカ等の邪魔がなければ、まずこれをする。こんな沖縄をつくると思い描くことは?

A(玉城議員)
一切の邪魔がなければ 自分たちで決めて自分たちで実行する。
八重山の教科書問題。どの教科書渡していいのか自分たちで決めることができない。
制度が未熟ならば、補完するのは地域であり沖縄。
海洋面積や人口に応じてこれだけの予算渡すから、あとは自分たちで考えてね、でいい。
沖縄の領土、領海、人権を守るという、最低にして最大の問題だけを国の責任。
沖縄はバイオエタノール最適の環境。
地方分権は統治の改革だ。

Q5
鳩山政権の失敗についてどう思うか

A(玉城議員)
本音で言うと、鳩山政権に任命された閣僚が悪い
岡田外務大臣、北沢防衛大臣、残念ながら平野さんも仕事できなかった
「最低でも県外」は2009年玉城議員のパーティーで発言
怒りを込めて言いたい。できない議員を閣僚にしてはいけない
官僚はアメリカとつながっている。ウィキリークスで明らか。
鳩山さんは自分の意志で語る方だが、知事の前では官僚の用意したペーパーを顔を上げずに読んだ

<番外編>打ち上げ

※終了後、玉城議員、渡邊議員らを囲んで、スタッフの方々の簡単な食事会があった。なんと厚かましくも私も押しかけてしまった。色々お話しをお聞きした中で、泡瀬干潟の埋め立て問題について、お聞きしたことをメモしておく。これも私の考えは交えていないけれども、聞いたことを私なりにまとめているので、玉城議員の言葉そのままではない。

沖縄市議の時は、埋め立て計画には大反対した。埋め立て範囲も広すぎるし、リゾートがうまく行くわけ無いし、経営計画もずさんだった。
衆議院時代に埋め立て反対だった東門市長は、市長としては市民と話しあって決める と言った。そして、そのようなプロセスを経て、計画を縮小し、内容も変更した。その手続きは正当であり、自分としては、それを支持する。目付役のように、見守っていく。
コザはもともと海が無く、陸地は基地に取られ、沖縄市になってからも、土地利用するには海に出て行くしかない。
辺野古の計画とセットのように言われることがあるが、それはまったく根拠がない。

概ね、そのようなことだった。
正直に言って、泡瀬干潟の問題自体は、私は勉強不足であまりよく知らない。ただ、おそらくはこうした開発計画というのは、後悔する結果になるのだろうという直感はある。自然環境については、これはもう破壊されないわけがない。
仮にそうだとしても、本当に地元で熟議されて、これまでの公共事業のプロセスを覆すような話し合いが行われたのであれば、どこまで私があれこれ言えるのかは分からない。なにせ、東京湾や大阪湾の埋め立てには、何の文句の一つも言ってこなかったのに、沖縄だけは一切まかり成らぬと言えるのか、という疑問は残るからだ。
ただし、それはかなり画期的な手続きが踏まれた場合であって、形式的な検討会議をやりました というだけではこれまでの政治と何ら変わらない。
いっそのこと、市長発議で住民投票をするくらいのことがあってもいいのではないか。
そうした、地元の動きが私にはまったく見えないので、私自身の判断は、ここでは控えたい。

玉城議員との会話の中では、最後のほうはかなりズケズケと質問したのだが、イヤな顔一つせずに丁寧に答えていただいた。
何もかも同じ意見の人なんて、そうそういるものではない。それでも、丁寧な関係を築いて、大事なところでは力をあわせる、という成熟した民主主義のためには、意見を戦わせても、感情の対立にしない ということは、とても大事なことだと思った。

<最後に>
本題の、基地問題については、実に多くの気づきを与えてもらった。
私の考えはまた改めて書きたいと思うが、何点かだけ反復になるけれどもピックアップしておきたい

①捕虜収容所に囚われている間に土地を基地に奪われた

②海兵隊の基地は本土で反対されて沖縄にやってきた

③復帰すれば本土並と思ったのに土地は帰らず基地はそのまま

④独立に、迷いながら期待している人が3割

⑤他と異なる防衛能力が必要

全体を通して、紋切り型ではない、言外の葛藤ものぞかせながらのお話しに、とても説得力があった。
「党内野党」のデニーさんには、ぜひとも頑張っていただきたい。



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2012-04-21(Sat)

自然農・天の恵みの家・政経フォーラム

とりあえず、今日から明日にかけてのスケジュールを並べただけの表題である。

今日は昼から少しだけ六甲菜園で作業。
本当は、深呼吸して寝転んでから帰ってくるつもりだったのだが、草の勢いがすごくなってきたのと、やっぱり土を見るとさわりたくなるので、1時間ほど作業。
1週間ちょっと前にやってしまった肉離れがまだ本調子じゃないので、無理のない程度にしておいた。(と言い訳)

今シーズンは、六甲菜園は自然農にチャレンジしている。
耕さず、有機肥料もやらず、もちろん薬も撒かないし、基本的に水まきもしない。
草は、勢いを見ながら刈り取って、そのまま作物の周りに寝かす。根っこからは抜かない。


これでも、草刈り後(畝のところ)

本では読んでいたけれども、ほんとうにこれで育つのか、興味津々で1ヶ月ほど前から始めてみた。
ところが、さすがに普通の状態とは勝手が違う。
まず、なかなか芽が出てこない。2週間目でホウレンソウだけ発芽を確認。
1ヶ月目(今日)で、ネギとラディッシュの葉を確認したが、ホウレンソウは草に負けたようで消え去っていた。

やはり自然農は放置農ではないので、草と作物のバランスを見て、ちょくちょく刈り取ってやらないと育たないようだ。
たまにしか行けない菜園では、難しいのだろうか。。。
とにかく、始めたばかりなので、ワンシーズンやってみようと思う。

菜園ブログ

■■
明日の午前中は、堺市で「天の恵みを使う家」の完成見学会である。

うれしい・・・ことに 豪雨らしい・・・・・

続きを読む(一番下のmore・・・) に見学会のレジュメを貼り付けておくので、参考にするかたはドンドン真似していただければ結構かと。
天の恵みをつかう といっても、特別な技術開発をしたわけでも、特殊な材料を使ったわけでもない。

ちょっとアンテナを伸ばしていれば見付けられる市販の技術を組み合わせているだけ。
天然資源の利用は、「分散(その場で使う)、ローテク、手間無し」 に尽きると思う。
メガは自然破壊を生むし、ハイテクは利権につながるし、手間のかかるものは活用されない。

その意味で、太陽光発電はあまりお勧めではない。
採算取れない現状を、メガとハイテクで乗り越えようとしているが、たぶんうまく行かないだろう。
太陽は、もっとプリミディブに活用すればいいと思う。



29日にも見学会をするので、興味のあるかたは左サイドメニューのメールボックスからご連絡を

■■
見学会を12時きっちりに切り上げて、その足で政治と生活を考える会の「第4回政経フォーラム」に駆けつける予定。

第4回 政経フォーラムのご案内
『 沖縄 ・ 基地と隣り合わせの生活を考える 』

4月22日(日)  14時~16時
会場 : エル大阪 6階大会議室

事前申込制だけれども、たぶん直接行っても「ダメ」言われないだろう(想像)。
申し込んでないけど行きたい方は、代表の森田さんに電話してみてはいかが
090-4270-3660

20120421-1.jpg
(普天間飛行場)

ちなみに、小沢氏への判決直前なのに、なんで裁判の話じゃなくて沖縄問題なんだ という疑問もあると思う。
わたしも、それはちょっと考えた。

けれども、小沢氏を応援すると言うことは、「オザワガンバレー」と叫ぶことではなく、私たちが彼の言う「自立した個人」になることなんじゃないかと思う。
小沢一郎個人を応援するのではなく、官僚の国から国民の国へという彼の理念を応援することが大事なのだし、それをきっと彼自身も望んでいるのではないかと思う。

それは、先日の岩上安身さんによる小沢氏へのインタビューでも感じたし、アルル氏こと中田安彦氏の「日本再占領」を読んで思いを新たにした。

(「日本再占領」より引用)
小沢が国民に求めるのはまず第一に「自立した個人であれ」ということだ。その意味では小沢は、「オザワ待望論」を街頭デモで訴える”他力本願”の支持層たちをも乗り越えている。ここで小沢は、無数の個人に呼びかけていた。そのメッセージは「僕に頼るのではなく、自分たち一人ひとりが出来ることをやりなさい」というものだったろう
(引用以上)

中田氏の親分である副島隆彦氏が「放射能怖くない」と叫び続けるものだから、中田氏も敬遠される傾向があるかもしれないが、この本は脱原発の人にこそ呼んでもらいたい一冊だ。
私たちはアイマスクと、ノイズを出しっぱなしのイアフォンをつけて車道を歩いているようなもの。そのときに隙間からただキョロキョロするのではなく、地図や車の流れを頭に入れておいた方が良い。「日本再占領」はそんな手引きの書になる

そんな腹構えを据えてかかると、いまこの時に沖縄の基地を考えるのは、とてもとても意味がある。
なにせ、小沢一郎への猛攻撃が始まった、そもそものキッカケは あの「第7艦隊」発言からだ。
そして、一見民主主義のように見えて、じつは官僚の国である日本の、その秘密は日米安保であり、その実体としての沖縄基地だ。

前にも書いたけれども、民主と平和の戦後日本は、左手に9条、右手に天皇、そして足の下に沖縄を踏んづけている。
それが、本当は官僚国家である日本の姿だ。

これを打破するのが、本当の「国民の生活が第一」なのだ。
だから、小沢裁判が目前に迫ったこの時にこそ、私たちが一体何と対峙し、何と闘うのか、ちゃんと見据えておくことは何よりも大切なことだ。

裁判は敵の手のひらの上にある。
普通に考えたら、無罪判決は出してこないだろう。どんなに微罪でも「有罪」というレッテルを貼ってくるに決まっている。

いや、その意図は分かりすぎるほど分かっていても、やはり「無実なものは無罪」と言い続けなくては、裁判官たちに冤罪を生む余裕を与えてしまう。

そのうえで、どんな事態になったとしても、それで絶望するのではなく、それをも糧にして生き抜いていくために、政治と生活を考える市民の会というのはあるのだと思う。

ということで、一人でも多くの方の参加を、ギリギリになったけれども 呼びかけたい



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