2019-04-05(Fri)

激闘の4月にのんびり過去記事を読んでみた

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とにかく忙しい。

そう言うと、「いいですね たくさん稼げて」と返されるのですが、そうはいかないんです。
ここ数年は下請け仕事の比率が高くなっていて、仕事量はあるのですがそれに見合ったお金をもらえないのです。
まさに、アベノミクスここにあり って感じです。

深刻な人手不足なのに実質賃金が下がるという、経済学者が頭を抱えるような摩訶不思議なマジックをやらかしてくれるアベノミクス。

実質賃金、2カ月連続マイナスに 2月は1.1%減
2019/4/5 日経新聞


私らのような個人事業主も例外ではないわけです。

そんなわけで、統一地方選が開幕しているにもかかわらず、ほとんど身動きのできない日々が続いています。
このブログも1ヶ月以上放置してしまい、なんとびっくり、ページに頭に広告が表示されているではないですか。
こんなこと、2005年に書き始めてから初めてです。

さすがにマズいと思って久しぶりにキーボードを叩きはじめる前に、そういえばここ数年なに書いてきたっけな と思って振り返ってみました。
2015年から2016年にかけて書いた こんな記事を読み込んでいました。

僕たちのプライド 2015.12.10

何もかもが切迫している今だからこそ長い目が必要です 2015.12.25

憲法フェスの総括とこれから その1 ~四年間をふり返りながら~ 2016.9.25

次のステップへ (憲法フェスの総括その2) 2016.10.8

少し長い記事ですが、よかったら目を通してみてください。

3年前に憲法フェスを通してやりたかったこと、つまり、政党とはちがうレイヤーで大きな塊(かたまり)をつくりたい、という思いは消えたわけではありません。
ただ、三宅氏がおかしな方向に行ってしまったことで、憲法フェスをきっかけにするという魂胆はくじけてしまいました。私がもっとアドレナリン出まくりの人間だったら突っ切って行けたのでしょうけれど、ちょっとあの時の空気を切り裂く気力がありませんでした。

それからは、自由党という軸足だけで突っ立った状態で、利き足を踏み出すことなく過ごしてきました。
そうこうしているウチに、山本太郎さんの改選が目前に迫ってきてしまいました。
ジワジワと日々の下請け仕事に気力と体力を奪われ、自由党や生活フォーラム関西の活動さえ十分に取り組めません。

たぶん、本当に政治が必要な人は、多かれ少なかれ同じような状況なのでしょう。
仕事や介護や高い学費や、もろもろの日常に追いまくられている人たちほど、政治がなんとか解決しなければならないのに、そういう政治が必要な人ほど政治のことなんて考えている余裕がない。
そういう負のスパイラルに完全にはまり込んでいます。

だからこそ、政党というものが先陣を切る必要があるのですが、肝心の野党第一党が・・・

「枝野ドクトリン」が招く野党の亀裂
2019.4.2 産経


野党共闘どころか、「他党から引き抜くぞ」とわざわざ公然と宣言したというのですから、もはや最後の期待の欠片も吹き飛びました。
立憲の議員さんやらの話を聞いていて「この人たちは自民党より国民民主や小沢さんのほうが嫌いなんだろうな」とは感じていましたが、やはりそういうことらしいです。

そうかと思えば

小沢氏、国民民主に苦言 「月内決着なければ白紙」
2019.4.3 FNN


これまた「自民党よりも小沢一郎が嫌い」という一部の議員が合流を妨害しているわけですが、それだけではなくて、立憲があれだけ強硬に合流を拒否しているために、そもそも野党共闘や合流は無理だという敗北感が国民民主の中に蔓延してしまっていることも、大きな原因でしょう。
枝野さんの思い通りってことです。

こうやって書きながら、何か明るい話題を探そうと思っていたのですが、出てきませんねえ・・・

とにかく、当面は地方選です。

冒頭の桜の写真にもチラッと写ってますけど、大阪府知事は「小西ただかず」さんで、私としてはまったく迷いがありません。
自民党推薦じゃん と大阪以外の人は思うかもしれませんが、ファシスト維新から大阪を解放するためには、自民だろうが公明だろうがOKです。

しかも、小西さんはなかなか気骨があります。


大阪府議選(吹田選挙区)は、もともと共産党の2人の現職のうち一人がいます。もうひとりは高槻市&島本町。
驚くなかれ、大阪府議会は、この2人と国民民主の1人、計3人しか野党がいないのです!!
維新、自民、公明 に反対できる議員は たったの3人。しかも国民の中村氏は今回引退。なんと残る現職は共産の2人だけです。
ところが、よりによって、なけなしの野党現職がいる選挙区である吹田と高槻に、わざわざ候補をぶつけてきたのが、かの枝野ドクトリンで武装した立憲民主党です。

当地吹田にも、どこのどなたか存じませんが立憲の候補が出ています。
もちろん私は共産党の「石川たえ」さんに一票を投じようと思っています。
話をしたこともありませんが、たった二人の現職を落とすわけに行きません。

ちなみに、大阪府議に3人立てている立憲のもう一人は 豊中です。
豊中と言えば森友事件のお膝元。
「木村真」市議とともに森友問題を追究してきた共産党の「山本いっとく」さんにぶつけてきたのです。
共産党のみならず、豊中で森友追究の市民活動をしていた人たちは激怒しています。

そんなわけで、立憲主敵論はやりませんが、でも期待はもうしません。
最初からほとんど期待はしていませんでしたが、なんとか国民の選択肢を作る方向に向いてくれないかと、わずかな希望を持っていましたけど、もうやめ。

そんな中で、ちょっとビックリのニュースも

衆院大阪12区補選 共産出身“野党統一候補”大金星はあるか
2019/04/04 日刊ゲンダイ


室井佑月の「嗚呼、仰ってますが。」
落選ならバッジを失う覚悟決めた宮本岳志さんはマジ怖いぞ
2019/04/05  日刊ゲンダイ


 森友問題の鋭い追及のときも思ったが、燻し銀の宮本のおっさん、やべぇ、惚れそうだ。落選したらバッジを失うんだよ。けど、黙ってられないから俺がやる! そう思い立ち上がったんでしょ。なにに黙っていられなかったかというと、たぶんちっとも進まない野党共闘にだね。
(引用以上)

これは室井佑月さんならずとも、私もうたれました。
お聞きしているところでは、党から指示されたのではなくて、自分で決断されたのだそうです。
しかも、共産党の幹部が無所属になるって、たぶん前代未聞じゃないでしょうか。

こちらは後半戦(4/21投開票)ですが、ちょっと手足に血がめくってきました。

野党第1党と第2党がかのような状況ですから、夏の参院選は衆院解散とのダブルになるかもしれません。
安倍晋三は、どんなに悪の限りを尽くしても、なにせ野党が勝手に負けてくれるのですから、もう笑いが止まらないでしょうね。
でも、その中で何を獲得するのか、転んでもただでは起きないくらいのことは考えましょう。

何のまとまりもありませんが、少しずつ書くことも再開していきます。

お付き合いのほどよろしくお願いします。



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2019-01-02(Wed)

年頭に

本年の目標 なんていうものを立てたことはないのですが、今年は少し考えてみたいと思っています。

反戦な家づくり ですから、反戦と家づくり ふたつの目標です。


家づくりについては 昨年から少しずつ考えていたことです。
ここ10数年は木の家づくりに専念してきましたが、おこがましい言い方をするとやり尽くした感があるのです。
もちろん、理想の木の家には到達していないし、デザインもまだまだ詰める余地は大いにあります。

ただ、私は経済的に普通の人には手が届かないような高価な家や、住みにくさを我慢しなければならないようなカッコイイ家は作りたくないと思っています。
経済的な条件や、使いやすさは、建築物としての理想を追求するときには相反してしまうものですから、常にどこで折り合いをつけるのかを悩むことになります。建築家としての感覚と、住宅屋としての矜恃を両立させる とも言えます。
そういう意味で、ほぼほぼ行くとこまで行ったかな と感じるのです。

では、次の一歩はどうしたらいいのかを考えていて、思い立ったことがあるのです。
専門的に言うと 「46条2項ルート」というのですが、こんな言い方では建築士ですら分かる人は少ないですね。

木造の家の構造は、四角い箱の組み合わせです。各階の床の高さをほぼそろえて、大小様々な四角い箱を組み合わせる。これが、木造建築の大原則です。
2階建ての家はほとんどが構造計算をしていませんので、ときどきこの大原則を踏み外している家があるようですが、本来はやってはいけない(少なくとも安全性は保証されていない)設計になってしまいます。

(こっからは、建築に興味の無い方は飛ばしてください)
建物がなぜ倒れないのかというと、建物の重さという上から下への力と、地震や台風の揺れという横向きの力に耐えられるように作ってあるからです。
数学のグラフでいうと、XYZの3方向にかかる力に耐えられるように作ります。本当に耐えられるのかどうか、簡単に確認するためには、それぞれの向きに対応した壁や柱や床が必要になります。そして、それぞれの向きに対応した壁や柱や床を組み合わせると、四角い箱になります。

普通に家を設計するには、この方法で十分です。四角い箱の組み合わせではない家なんて 思いつきませんよね。
でも実際には、変形敷地や高低差があったりして、四角じゃない部屋やスキップフロアーにしたくなることがあります。四角じゃない部屋は、四角い箱に置き換えて「みなし」で計算するのですが、実際には「みなし」では拾いきれない複雑な動きがあるために、壁に亀裂が入ったりする事例を見かけることがあります。

スキップフロアーも、格好はいいのですがあまり大胆なことをすると、大地震の時に柱が折れる危険があります。3階建ては回避策をとっていますが、構造計算をしていない2階建ては要注意です。

(ここまで)

そういう複雑な形の木造建築の構造計算をすることを「46条2項ルート」というのです。これまでは鉄骨やコンクリートで作っていた建物を木造で作る事例が増えていますが、そのためにはこの技をもった技術者が不足しています。
ソフトを導入したり勉強し直したりしなければなりませんが、趣味と実益を兼ねて、ことしはこれにチャレンジしてみようと思っています。


反戦については、なかなか手詰まり感がぬぐえません。
大原則ははっきりしています。小沢さんが年頭に言っている通りです。

小沢一郎氏が語る 「政権交代をもう一度実現するために」
2019/01/01 日刊ゲンダイ


 まず「権力」というものへの意識を変えることだ。政権イコール権力。これが何のためにあるのか。憲法でも認められた権力は、国民の生活や命を守るための手段として国民から与えられたもの。だから権力を望まない野党は、国民の生活や命を守る気のない政党ということになる。そこの認識がなさすぎる。

 権力とは悪いもので、執着しないことが現代的でスマートだと思っている。それは政治家としては意味がない人たちだ。国民のために働きたいなら、国民から権力を預からなければできないわけだから、その権力を持ちたいというのは当たり前のこと。権力を持たないで念仏を唱えていたって、国民は何も得るものはない。

(略)
ただ1人区の候補者を一本化するだけではダメ。前回参院選でそれをやったけれど、1人区は11議席しか取れず、自公に3分の2の議席を許してしまった。

 候補者を一本化するだけではなく、選挙区と比例区の政党名を一致させないと最大限の効果が出ない。今、野党がひとつの政党になるのは難しいかもしれないが、最低でも「オリーブの木」方式で参院選の届け出政党をつくって、ひとつの党としてやらないと。比例は比例、選挙区は選挙区でそれぞれが戦うと、自分の政党の候補者は熱心に応援するけれど、他党の候補者は応援しなくなる。比例もバラバラで戦えば、大政党に有利になる。前回参院選だって野党の比例票を合算すれば、自民党より多かった。

(引用以上)

問題は、「最低でも「オリーブの木」方式で参院選の届け出政党をつくって、ひとつの党として」やることができるかどうかです。
はっきり言えば、最大野党の立憲民主党が、それに応じるのか です。

小沢さんの言う大原則をあくまで主張すべきだというのはわかった上で、でもそうならなかったときのことも考えておく必要があると思うのです。とくに、関西にいると、参院選で大阪と京都で共産党の現職に刺客を送るかのような候補擁立を、問答無用でやる態度には失望以上のものを感じます。

刺客を送って立憲が入れ替わりで当選するのならばまだいいですが、過去の数字を見る限りでは、共倒れの可能性がはるかに大きいわけで、「自党の比例票をあつめるためには、野党全体がどうなろうが知ったことじゃない」としか理解のしようがありません。べつに立憲をディスっているのではなく、他の理解ができないということです。

繰り返しますが、立憲を打倒しようとか、敵だとか、そんなことは露ほども思っていません。何とかして、力を合わせてほしいと切望するからこそ、無念の思いが募ってしまうのです。
仮に今の執行部が頑迷なのであれば、下からの民主主義を標榜する立憲さんなのですから、党の改革を含めて「国民のために」という原点に立ち戻っていただきたいと切に思います。

その上で、やはり現実的には今のまま参院選を迎えてしまうという最悪のシナリオも考えておかねばなりません。
今のまま、野党がバラバラであれば、ほぼ間違いなく、衆参ダブル選にうってくるでしょう。そうなれば、2017年以上の野党大敗は避けられません。
いくら野党に投票する人が自公に投票する人より多くても、野党がバラバラなら大敗するというのは、何度も何度も何度も経験してきたことです。まして今度は、立憲民主、国民民主、共産 という三つ巴です。もう国民に愛想を尽かされるんじゃないでしょうか。

そうならないように、できるだけの努力はすべきですが、そのような最悪の事態になったときにどうするのか、何も考えないわけに行きません。2012年の総選挙の時のように、大敗の後に茫然自失となって敵が陣容を整えるのを無為に眺めているようなことは繰り返してはいけません。

そのためには、立憲民主 国民民主 共産 という三つ巴の外で大原則を掲げて踏ん張る勢力が生き残ることです。
国政政党としては社民党と自由党、それに「野党共闘で政権交代してほしい」と熱望している市民団体などなどが集まってひとつの核を作る必要があるでしょう。

今年の選挙でいうならば、象徴的なのは、4月の衆院沖縄3区の補選・屋良朝博さんと、7月の参院東京選挙区・山本太郎さんです。

屋良氏が出馬表明「辺野古の合理性問う」 衆院沖縄3区補選
2018年12月30日 沖縄タイムス


山本太郎氏が与党に「保守と名乗るな」と怒り絶叫
2018年12月8日 日刊スポーツ


この二つの選挙に、絶対勝たなければ、最後のロウソクの火すら消えかねません。
大阪からは遠いですが、何らかの方法でできるかぎりのことをしたいと思います。


建築業界も御他聞に漏れず 「デフレ況」で安い仕事がたくさんあってこなしきれない状況です。
私のような末端の技術者にとっては、忙しいけど儲からないということです。
日常の業務をこなしながら、二つの目標に取り組むのは、なかなかハードル高いですが、なんとかやってみたいと思います。

2月16日には、久しぶりに小沢一郎さんを大阪に招いての懇親会があります。

自由党・小沢一郎代表を囲む会
2019年2月16日(土)
大阪キャッスルホテル(天満橋)

第1部 講演会 12:30~ ホテル7階
 参加費無料
 ただし、党員・サポータ、生活フォーラム関西会員、第2部参加者のみ。当日の入会も可能です。

第2部 懇親会 14:00~ ホテル3階
 参加費 1万円 (政治資金パーティー)

いずれも申込が必要ですが、まだ諸々準備中ですので、早めに予約したい方は info@mei-getsu.com山岸までご連絡ください。


「県民投票まで辺野古の埋立を止めて」とホワイトハウスに直接請願する署名 まだの方はぜひ!
1月7日までです。下の画像をクリックすると ホワイトハウスの署名するページに飛びます

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2019-01-01(Tue)

声なき声

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※写真は「ジュゴン保護キャンペーンセンター」からお借りしました。
2018-11-30(Fri)

秋篠宮の発言を支持します

私が「世の中なにかヘンだな」と思った最初の記憶は、幼い頃にテレビを見ていて「ひろのみやさま」という言葉を聞いたときでした。

他の人は「さん」づけなのに、なんで「ひろのみや」という人だけ「さま」なの? 「さん」とか「くん」とか「ちゃん」と呼ばれる人と、「さま」と呼ばれる人は、何が違うの? と幼いながらに思ったのでした。

時は流れ、「ひろのみやさま」と呼ばれていた人は皇太子になり、来年には天皇になるとか。
でも、いまだに なぜあの人は「さま」で、その他の人は「さん」や「くん」や「ちゃん」なのか 分かりません。

もうひとつ、天皇について「へえー」と思ったのは、小沢一郎さんが国会の開会日に天皇の「お迎え」に並ぶ理由です。
ちなみに、国会の正門は普段は固く締め切られており、主権者たる国民はもちろん、選挙の後の初登庁を除いては国会議員も両院の議長ですら通ることはできません。国会に正門から入れるのは、なぜか参政権のない天皇だけです。

それもおかしいなあと思っていたのですが、小沢さんが天皇をお迎えするのは、憲法に「天皇は国民の象徴」と書いてあるからなんだそうです。天皇に頭を下げるのは、主権者国民に象徴的に頭を下げること だと(ご本人からではないけど)お聞きしました。
なるほどねえ そういう考え方もあるんだな と「へえー」だっとわけです。

たしかに、護憲の方々も1条も9条もまもるのなら、そういう理屈になるよね。
安倍晋三がいくら9条嫌いでも守らなくちゃならないように、護憲派がいくら天皇制を嫌いでも憲法がある以上は1条も守らなくちゃならない理屈です。

私自身は護憲派じゃないので、1条は変えるべきだと思っています。今の天皇も皇太子も直接の戦争責任はないけれども、昭和天皇を免罪したのが象徴天皇制である以上、ケジメはつける必要があります。
だから、財団法人皇室博物館の館長になって、京都御所と江戸城の入場料を活用して、伝統文化を守っていってもらえばいいと思うのです。

しかしそのためには、日本人が日本人の頭で「憲法どうしようか」と議論できる国にならなければなりません。
実質植民地で、なおかつ実質独裁政権の今のような日本では、改憲は植民地と独裁を強めるだけで、百害あって一利無しです。


さて、天皇についてはそんな風に考えていた私の目から見て、話題沸騰の秋篠宮発言はどうみえるのか です。

大嘗祭 公費に異議 秋篠宮さま「宗教色強い」
東京新聞 2018.11.30

 秋篠宮さまは(略)、皇太子さまが新天皇に即位後の来年十一月に行う宮中祭祀(さいし)の「大嘗祭(だいじょうさい)」について「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と疑問を呈し、皇室の私的費用の「内廷費」で対応すべきだとの考えを示した。政府は公費の「宮廷費」から支出する方針を決めており、皇族が公の場で、政府方針に異を唱えたのは極めて異例。 

 秋篠宮さまは会見で、「宗教行事と憲法との関係はどうなのかという時に、やはり内廷会計で行うべきだと思っています」と述べた。三十年前の平成の大嘗祭のときからの持論だったという。

(引用以上)

びっくらこいた政府は、案の定こんな話をしています。

秋篠宮さま発言、「憲法上問題ない」官房副長官
読売新聞 2018.11.30

 西村康稔官房副長官は30日午前の記者会見で、秋篠宮さまが皇位継承に伴う「大嘗祭だいじょうさい」に宮廷費(公費)を充てる政府決定を疑問視されたことに関し、「国政に影響を与えるものではないことから憲法上の問題は生じない」との認識を示した。
(引用以上)

なんで憲法上の問題とかの話になるかというと、憲法にはこう書いてあるからです。

第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

国政で「大嘗祭は公費負担」と決めたのに、皇室がそれに異を唱えるのは憲法第4条に違反してるんじゃないか? という話です。
なるほど、そんな気もします。



しかし、憲法には こうも書いてあります。

第二十条 3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

「いかなる」と書いてある以上、「重要な伝統的皇位継承儀式」であろうがなかろうが、国はやってはいけない。
これは明確です。

東京新聞の記事に書いてある通り、30年前の大嘗祭の時には多くの人が国を訴えたのですが、裁判所は例によって憲法判断をしませんでした。
合憲です とは言わずに、逃げまくったわけです。まったく使えない最高裁です。

とにかく、最高裁も「合憲だ」とはさすがに言えないのが、宗教儀式である大嘗祭への公費投入です。

と、ここまでははっきりしていますが、今問題になっているのは、「いくら中身は正しくても、天皇や皇室が政府の決定に口を出していいのか」 ということです。
中身にかかわらず、皇室が政府に楯突くのは憲法4条に違反じゃないか という話についてです。

結論から言うと、私は今回のことに限っては、アリだと思います。
憲法4条には違反していない と言う考えです。

なぜなら、「天皇と皇室が違憲状態にされることに異を唱える権利」はあるのではないか と思うからです。
他のことではなく、「天皇が政治利用されて違憲になること」 だけは 天皇や皇室が反対する権利があるのでは ということです。

天皇は憲法1条でその存在を規定されています。
にもかかわらず、違憲状態になってしまったら、天皇はその存在基盤がなくなってしまいます。
天皇がみずから憲法の外に踏み出していくことを、憲法は固く禁じていますが、政府などが天皇を憲法の外に引っ張り出そうとするとき、それに唯々諾々と従うべきなのか、異論を述べるべきなのか という問題です。

大嘗祭に公費を投入することは、実は自民党の改憲案を先取りしているのです。
改憲案では、現行の20条3がこう変わっています。

20条3 国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない

「範囲」などいかようにでも決められるので、現行憲法ではこのような但し書きはないのですが、現実は自民党草案の通りになってしまっています。
このように、正規の改憲という手続きすら踏まずに、政権与党の無理筋で天皇が現行憲法に違反した状態にされている。そのことに、皇室が反対することは、私は問題なし というか 当然だと思います。

繰り返しますが、現行憲法は天皇に対して「憲法違反」は固く禁じていますが、「憲法違反」を拒否することは禁じていません。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


尊重し擁護する義務があるのですから、同じ義務を負っているはずの国務大臣や国会議員や裁判官が、「天皇を憲法違反にしてやるぞ!」と言ったら、「やめろ」というのは当然だと思うのです。
文科省が子供たちに「天皇のために国を守れ」と言い出したら「それは違う」と言うべきだし、自衛隊が「天皇のために死ね」と命令したら「バカなことを言うな」と言うべきです。
それは、天皇の国政に関する権能ではなく、国政に関わらないための拒絶にすぎません。



個人的には秋篠宮という人には あまり好感はもっていませんし、そもそも皇室に税金を使われることには、憲法に書いてあるから泣く泣く認めてるのが 私のホンネです。

そんな私ですが、今回の秋篠宮の発言は支持します。

彼の発言は、憲法違反ではなく、憲法違反を拒否しているのですから。



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2018-11-13(Tue)

防弾少年団(BTS)は解散すべきなのか? 「正義」の刃について

BTSが原爆を肯定する主旨のTシャツやらジャケットを着ていたことから、巡りめぐってテレビ朝日のミュージックステーションの出演が取りやめになった。ネットのみならず、地上波ニュースでも流れる騒ぎになっています。

しかも、原爆のTシャツだけでなく、ほとんどナチスっぽいパフォーマンスをやったり、そのものズバリのナチス帽をかぶって写真集を撮っていたりと、エラいことに。
Tシャツも帽子もパフォーマンスも、あれこれ説明するまでもなく、100%アウトです。

いくらBTS叩きに血道をあげているのが日頃はナチス大好きなネトウヨだとしても、これらの行為を肯定するわけにはいきません。
原爆やナチスの意味をしっかりと学んで、真摯に謝罪すべき。
国連であれだけのスピーチをしたのだから、理解できないはずはいのです。
もし事務所が止めているのだとしたら、とんでもないことです。



そのうえで、ユダヤ人権団体にBTSのことをチクったのがこの人だというのだから、呆れてしまいます。


20181113-1.jpgそして、BTSのコンサート会場まで行ってファンに暴言の限りを尽くしているのは、こういう人たちです。
原爆やナチスを肯定することは世界中から指弾されるべきですが、しかし、あんたにだけは言われたくないわ!という話です。

原爆については、そもそもアメリカはどうなのかというと、原爆落としたパイロットは英雄です。
原爆のおかげで戦争が終わったのだから、原爆エラい!というのが、いまでもアメリカのスタンダードです。
もちろん、理由はどうあれあれはやり過ぎだという反省も生まれているようですし、実は日本が降伏したのは原爆じゃなくてソ連の参戦だったという話も明らかになってきています。
それでも、ごく一般的な常識レベルでは、原爆は正義なんですよ 今でも アメリカでは。
それが戦勝国の常識なんです。悔しくて悲しいですけど。

だから、あんなTシャツが作られて気軽に着用されたりしないためには、そもそも原爆は戦争犯罪だ ということをアメリカに対して堂々と言い切らなければなりません。
「過ちを繰り返しませぬ」ではなく「過ちを繰り返すな!」です。こと原爆に関しては。
それができないヘタレ右翼が、韓国のアイドルをいたぶるのは、いくら原因がBTSにあるとはいえ、見ていて気分が悪いですね。

まあ、なにせこの国は 初代防衛大臣がこんなこと言っちゃうんですから。

「原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、という風に思っている。
 米国を恨むつもりはないが、勝ち戦ということが分かっていながら、原爆まで使う必要があったのか、という思いは今でもしている。国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうことも選択肢としてはありうるのかな。」
2007.6.30 久間章生防衛大臣(初代)

まあさすがにこの方は辞任しましたが、こちらの御仁は辞任の素振りもありません。

「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうかね」
「何百万人殺したヒトラーは、やっぱりいくら動機が正しくても駄目だ」
麻生太郎 副総理・財務大臣(現在も!)

発言は撤回したそうですが、本当に思っているから口に出るのでしょう。
政治家ですからねえ、アイドルとは責任が違います。



要するに何が言いたいのかと言うと、歴史や立場を忘れてはいけないし、固定化してもいけない ということ。

日本の侵略が非道な侵略だったのは、ネトウヨが何を騒ごうがその事実は忘れてはいけません。
でも、だからといって、原爆や無差別爆撃(空襲)が戦争犯罪であることを「しかたない」で済ますわけにもいきません。

ナチスの所業は、徹底的に断罪されるべきものです。
しかし、それを先導するユダヤ人権団体が、なぜパレスティナ人の主権と人権には一顧だにしないのか、不思議ではないですか。

BTSをめぐる問題も、同じことです。
韓国人が日本支配から解放された光復節を祝うのは当然のことです。それを反日と称するならば、その「日」は大日本帝国であって、私たち日本国も否定すべき対象です。反日大賛成です。
しかし、だからといって、原爆を肯定するのは大間違い。あれはれっきとした戦争犯罪です。日本が侵略を反省しなければならないように、アメリカも徹底的に反省し責任を負うべきです。

BTSという若者のグループでも、やってしまったことは責任とらなければなりません。
しかし、意味を理解して反省するのであれば、人格的に全否定されるべきではありませんし、解散すべきでもありません。
ましてこの機に乗じて「韓国排撃」を騒ぎ立てる連中こそは、排外主義の塊としてナチス同様に断罪されるべきです。

自らを100%正義 相手を100%悪 と決めてかかる態度こそが、諸悪の根源です。
「正義」の刃ほど危ういものはありません。
ドイツのワイツゼッカー大統領は、ナチスの罪の責任を完全に認めることで、逆に自国の立場も主張する「もの言える国」になることを成し遂げました。
「荒れ野の40年」1985年5月8日 大統領演説全文

私たち日本人は、この演説を何度も何度も読み返すべきです。

最後に、BTSの日本ツアーが無事終わることを、そしてその間に、真摯な言葉を聞けることを、期待しています。


■■ お仕事のお知らせ ■■

本業の家づくりについてです
11月17日(土) 18日(日)の二日間 完成見学会を行います

ご興味のある方は info@mei-getsu.com 山岸までご連絡ください。

詳しくは↓

ootani3.jpg
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2018-10-04(Thu)

「デニーさん」と自然と呼べちゃう知事誕生

デニーさん 登庁されましたね

沖縄・玉城知事が初登庁 翁長氏の辺野古阻止継承
2018年10月4日 琉球新報


初仕事が台風対策、なかなか風雲急を告げる始まりです。

それにしても、自然と「デニーさん」と呼べてしまう知事が誕生したことだけでもすごいことですよね。
3年前にデニーさんに大阪に来ていただいたとき運転手をさせてもらったのですが、なぜか不思議と何の抵抗もなく「デニーさん」と呼んでしまったんです。
まあ普通だったら「玉城先生」ですよ、現役の代議士ですから。

私はたとえ小沢さんでも先生とは呼ばないようにしているんですが、正直言えばかなり意識してます。
でも、デニーさんは、さらっと「デニーさん」と呼んでしまったんです。
そういう空気を持っているんです、デニーさんは。

当選が決まった直後は、「これからが大変だなあ」という思いが強くて、歓喜爆発とはいかなかったんですが、数日経って初登庁のニュースを見ると、じわじわとこみ上げてきました。
自由党の中でも、オール沖縄の中でも、俺が俺がという自己主張はせずに、どちらかというと地味な仕事師だったデニーさんが、まるでサナギから蝶が飛び立つような華麗な闘いを続けていることに、選挙期間中も感動しっぱなしでした。

ほんとに ほんとによかった。



ともあれ、これからのことを考えなくては です。

昨日は「日本のアイデンティティ」なんてことを書いたら、すっかりアクセスが伸び悩みです。
やはり、みなさん大日本帝国の香が漂う文言には敏感ですね。
読んでもらったら、決してそうじゃないことはわかってもらえると思うんですが。

そういえば、先日梅田のジュンク堂にいったら、1階のかなり目立つところに白井聡さんの「国体論」がおいてありました。同じ棚に並んでいるのは、ほぼほぼネトウヨっぽいのばかり。
まあそうですよね、なにせ「国体論」ですからね。

白井さんがネトウヨばりの国体護持を説くとは思えませんが、あえてこういうコーナーにおかれることで、いわゆるリベラルやインテリみたいな人たちとは違う考え方の人に読まれるとしたら、なかなかいい手だなと思いました。

デニーさんの勝因はいろいろあるでしょうけど、一番直接の理由は、自民支持者の2割、公明支持者の3割、維新支持者の4割をひっくりかえしたことと、無党派層の多くを投票に行きたいと思わせたことです。
これはすなわち、「支持者の中の楽屋落ちではなかった」 ということです。

もうこれは百万回でも言いたい。
自分と同じような考え方の人たちで固まっている限り、勝利はありません。
「(自分が考える)正義は勝つ」 は大間違いです!

デニーさんは 「自立と共生」と「多様性」を県政の柱にと言っています。
ぜひぜい この言葉の意味を、よーく吟味してみてください



それにしても、幹事長だったデニーさんが時の人になったのに、自由党の支持率は限りなくゼロに近いまま。
不思議な政党ですよね。
玉城デニー、山本太郎、小沢一郎  こんなスーパーマンがそろってるのに・・・・・ 支持率≒ゼロ・・・・・

自党の宣伝に余念のない あの党やこの党を、少しは見習ってほしいですね。
少しでいいですけど



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2018-10-03(Wed)

沖縄のアイデンティティ 日本のアイデンティティ

「イデオロギーよりアイデンティティ」 翁長知事が提唱し、デニー新知事が受け継いだこの言葉、もう全国区で知られていますよね。

保守や革新というイデオロギーで分断されることで、結果的に東京の政府や米国の従属してしまうのではなく、ウチナーのことはウチナンチュが決める、沖縄だけに基地を押しつける差別は拒否する そういう沖縄のアイデンティティを掲げて、デニーさんは39万余票という史上最多の沖縄の志を結集しました。

正直に言うと、選挙終盤のデニーさんの演説をネットで聴いていて、「素晴らしすぎる。大丈夫か?」と思っていました。
つまり、理念に寄りすぎていて、ほんまに票に結びつくのか と危惧したのでした。
今となっては、そんな危惧をしたことが恥ずかしく、沖縄県民に平謝りです
<(_ _)>

それほどに、「沖縄のアイデンティティ」という言霊は、沖縄県民の胸に響いたのです。そのことに日本中から多くの賞賛が集まったのです。

デニーさん勝利の翌日から、私はネットで有名人や無名人の様々な主張を観察してきました。
そして、少しだけ安心しています。
「おめでとう」「うれしい」「泣きそう」という直後の感想は当然として、その後に 「沖縄を孤立させてはダメだ」「デニーさん一人に安倍政権の圧力を押しつけてはいけない」という論調がとても多く見られたからです。

4年間の翁長県政の踏ん張りと限界を見てきたのですから、デニーさんたちだけが頑張ってもダメだと言うことは、皆さん見えています。
どうしたって、安倍政権を倒すか、せめて「無茶したら次の選挙で大負けする」と思わせるところまで追い詰めなくては、沖縄の声に安倍晋三が耳を傾けるなんて蜃気楼よりも現実味がありません。
なにせ、デニーさん当選直後から「シンシに聞きます」けど「辺野古は進めます」と、一言半句たりとも沖縄の意思を聞く気がないことを明言していますから。

次は本土の私たちの番だ、ということです。

とはいいうものの、現実を見渡せば、本土の状況は決して前途洋々ではないし、明日に向かってわくわくする状況とも言えません。
オール沖縄の諸勢力や個々人が懸命に作り上げた共闘関係とは、本土のそれはまだまだ遠くかけ離れています。

ひとつには、野党のあいだで、いまだに「アイデンティティよりもイデオロギー」が幅をきかせているということです。
沖縄の「イデオロギーよりアイデンティティ」をあれだけ賞賛している人たちが、本土に帰ってくるととたんに「○○党とは○○で考え方が違うから一緒にできない」みたいなことを平気で言っているわけです。

その一方で、こんなことも言っています。

参院選統一候補へ弾み 沖縄知事選勝利で野党
2018/10/1 日経新聞

野党は参院選に向け候補者一本化への手応えをつかんだ。立憲民主党の福山哲郎幹事長は「参院選1人区は候補を一本化すれば、安倍政権に十分勝機が見いだせる」と話した。国民民主党の玉木雄一郎代表は「来年の統一地方選や参院選では地域の声を反映できる候補や戦い方を展開することが重要」とした。
(引用以上)

立憲も国民も、共闘すべき仲間だと思うからこそ、ひと言いわせていただきます。

とくに、福山さん。16年の参院選でも、1人区は一本化しましたよ。で、結果はどうでしたか。
11勝22敗。自民、公明、、維新はそれぞれ5議席ずつふえてしまいました。
もちろん、改憲勢力に2/を阻止もできずです。
この反省は まったく無しですか?

そして、「沖縄が勝ったから本土も勝てる」という、沖縄の現状と苦闘をほとんど考慮しない発言には、ちょと驚きです。
沖縄の「何を学ぶ」ことで、勝てるとおっしゃっているのでしょう。
デニーさんは、「イデオロギーよりアイデンティティ」の具体的な形として 共産党から経済界から自発的な若者までが参加する「ひやみかちうまんちゅの会」という共同の選対本部を母体として闘いました。
沖縄から学ぶのであれば、本土でも野党共同選対を作る努力くらいはしてもいいのではないでしょうか。

枝野氏、共同選対に否定的 来年夏の参院選巡り
2018/8/24 日経新聞


これは沖縄の勝利よりも前の記事ですから、枝野さんもきっと考えが変わっていることを期待しています。
そして、よりによって維新の牙城・大阪でやってくれたような 「複数区なんだから、野党間の調整も相談も一切無用」というやりかたは、これ以上なさらないことを、切に願います。



ところで、アイデンティティということばを使ってきましたが、沖縄のアイデンティティはわかるとして、本土、といか日本のアイデンティティとは何でしょうか。

「日本のアイデンティティ」 なんて言うと、サッと警戒の色を深めるリベラルの皆さんの顔が目に浮かびます。
日本のアイデンティティ → 日本民族の優位性 → 排外主義
または、日本のアイデンティティ → 国体護持 → 大日本帝国の復活
という構図が、一瞬のうちに脳裏に浮かぶのだろうと思います。

私自身、数年前だったらそうだったと思います。
そうやって軍国日本を復活させようという勢力が確かにいるのですから、その警戒も理由のないはなしではありません。
でも、ちょっとそういう先入観をおいといて、フラットに考えてみてほしいのです。

沖縄のアイデンティティはよくて、日本のアイデンティティは なぜダメなのか。
これはたぶん、沖縄は被害者で日本は加害者だから というのが答えなのでしょう。
被害者はアイデンティティを復活させる権利があるけど、他人のアイデンティティを奪った加害者にその権利はない。
それが、「日本のアイデンティティ」と聞いたときにに、眉をひそめる人たちの心情なのではないでしょうか。

半分は、私もその通りだと思います。
でも、加害者と被害者というのは、相対的な面もあります。
沖縄からも侵略戦争には出兵したし、沖縄の中や奄美と沖縄という関係の中の差別もあります。
沖縄に押しつけてるとは言うものの、その元凶は日本が米国に従属していることです。その意味では、日本は一方的な加害者ではありません。

ステロタイプに こっち加害者 あっちは被害者 と決めつけるのではなく、誰の中にも両面があるのであり、加害者の面は反省し、被害者の面は誇りと権利を復活させる。これって、考えてみれば当たり前のことなんじゃないでしょうか。 

「日本のことは日本人が決める」 これもまた、排外主義だ! 民族差別だ! とお怒りのむきもあろうかと思いますが、でも、文字をそのまま読んでください。
これ、民主主義国家 を言い換えただけですよ。

もちろん、悪意をもって運用すれば排外主義にも差別主義にもなり得るのは、どんな理念だって同じです。
資本主義も、共産主義も、民主主義も独裁も、キリスト教もイスラム教も仏教も、大量殺戮をしなかったイデオロギーなどありません。
そういうリスクを抱えながら、しっかり自覚しながら、それでも「自分たちのことは自分たちで決める」
これが、アイデンティティ なんじゃないでしょうか。

そして、国家を必要悪でも善でもいいですが、とりあえず認める以上は、日本とか日本人という規定はやむを得ないものです。
日本国憲法を大事にして、日本国の国会の選挙で勝利しよう と思っているのであれば、「日本人とか言いたくない」とい話は通用しませんよね。(気持ちはわかるんですけど)

日本という概念を拒否できるのは、国民国家という存在そのものを認めない というアナーキストや世界同時革命派の方々だけです。

ここを乗り越えないと、いくら一人区の一本化とか技術的なことをやってみても、本当の「イデオロギーよりアイデンティティ」を実現することはできないと思うのです。



世界の警察をやめたがっているトランプの動きを見ていると、「日本のアイデンティティ」を今こそ言うべきだと思います。
なぜなら、いち早くトランプにすり寄った安倍晋三のほうが、先に言い出すかもしれないからです。

安倍晋三は、従米と独立の両刀使いです。
基本的には従米ですが、トランプが「もう勝手にやってくれ」と言い出せば、大東亜共和国の夢を爆発させる危険性を持っています。
ですから、こちらから先に「日本のアイデンティティ」をちゃんと提起して支持を取り付けておかなければ、それこそリベラル派が悪夢に見る 排外主義に凝り固まった日本人のアイデンティティ が安倍晋三を首領に据えて形成される危険があるのです。

朝鮮戦争の終戦宣言が、一つの画期になるでしょう。
在韓米軍が撤退という流れになれば、日本の対米関係も地殻変動が起きます。
こうなったら、排外主義に固まった軍国復活派が、一気に日本の独立を叫び出します。
そうなる前に、先手をうたなくてはなりません。

排外主義でも軍国主義でもない 「日本人のアイデンティティ」
他国に支配されずに、自分たちのことは自分たちで決める

その理念を、デニーさんたちが沖縄で作りあげたように、日本でも作り上げ、日本中に問いかけ、共通の思いを作り上げなくてはなりません。

もちろん、「誇りある豊かさ」は、そのための大切な原動力です。
「誇りある貧困」「武士は食わねど高楊枝」では、いくらアイデンティティと言っても、ほとんどの人はそっぽ向きます。
これは、一昨日の記事に書いたとおりです

誇りある豊かさを! 

戦後民主主義のぬるま湯は、とっくの昔に冷めきっていることに、本当はほとんんどの人々は気がついているはずです。
ところが、政治家、とくに野党の政治家がその幻想から覚めていないことが、野党の人気がない最大の原因だと思います。

自分たちの誇りを、アイデンティティを正面から提起する、デニーさんがやったような そういう野党共闘を作らなくては、一人区をあれこれしても、沖縄のような勝利はありえません。
本気で勝利を願うのならば、わかるはずです。

どうですか みなさん



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2018-08-18(Sat)

言葉のちからと言葉の幻想

少し前のことになりますが、朝起きて寝ぼけながら大阪日日新聞を読んでいると、「現代歌人協会賞 普通の人生を肯定」という見出しが目にとまりました。
natsunoryouiki.png 受賞されたのは佐藤モニカさんという沖縄に住む歌人の「夏の領域」という歌集でした。 
紙面で紹介されていた作品は

人の世に足踏み入れてしまいたる子の足を撫づ やはきその足

屋敷壊しと言はるるデイゴいつの日か基地壊はさむと囁き合へり


まるで五感をジャックされたように情景が浮かんできます。
すぐに出版社に注文して、たぶん生まれて初めて歌集というものをはじめから終わりまで一気読んでしまいました。

図面を描くより文章を書く方が好きな私ですが、7年前から書くことが苦痛になりました。
津波と放射能という人智を超えた力を見せつけられ、そればかりか、願うことばが同じ人間に届かない、選挙の度に状況はいよいよ深刻になっていく。
そんな不条理を目の当たりにし続けたために、ことばの力を信じられなくなっていたのだと思います。

私の本業である家の設計にもことばの力は欠かせません。
直感だけで空間を作ってしまう天才もいますが、私はことばに紡いでから形を作ります。

印象の情報量は、50音の組み合わせでしかないことばの情報量とは桁違いです。
印象や心象をそのまま保存できていつでも再生できるようになれば人間の能力は飛躍するでしょう。
でも残念ながら印象をそのまま他人に伝えることはできません。そして印象が雲のように刻々と移ろいゆくのを誰も止めることはできません。

わずかな文字を選び出し並べるだけで研ぎ出す世界。大切な印象を失うことなく、他人にも伝えるためのことば。
ことばの力を決してないがしろにせず、もう一度信じてみようかな、と佐藤モニカさんの歌集を読んで思うことができました。



しかし、言葉の力を信じることと、言葉に幻想を抱くことは別ものです。
人間から人間に伝わる言葉、印象をできるだけ残し伝える言葉、その伝達可能性は、残念ながら無限ではありません。

そのもっとも残念な姿を、私たちは国会で目にすることができます。
そこには、言葉が伝わる世界は存在しません。
言論の府などという呼び名は、いまやブラックジョークでしかありません。

21世紀の訪れと共に「自民党をぶっこわす」と叫んで檜舞台に駆け上がった小泉純一郎。
彼は、自民党ではなく、国会をぶちこわしてしまいました。
あの「人生色々」と「自衛隊がいるところが非戦闘地域だ」という答弁には、当時は政治の政界にはあまり頭をツッコんでいなかった私ものけぞりました。

それまでの国会は、よく言えば話し合い、悪く言えば談合で国会は運営されていました。
与野党が裏で落とし所を話し合い、その筋書きに沿って表の国会は粛々と進められていく、いわゆる55年体制です。

ある程度の主張を政策に織り込むことができ、それなりの議席数も確保できる社会党は、民衆の意見を代表するというプラス面と、自ら政権を担うなんてことは考えもしなかったというマイナス面を併せ持っていました。
社会党が崩壊し、民主党と社民党になってからも、ほぼ同様の役回りを演じてきたと思われます。

しかし、そんな妥協と談合で運営されていた国会を、小泉純一郎がぶちこわしてしまいました。
野党の意見など、芥子粒のように吹き飛ばしてしまい、何を追及しても「人生色々」で会話にすらならないという、いままで目にしたことのない世界になってしまいました。

小沢一郎が動いたのは、その時でした。
2002年、民主党と自由党の合併、いわゆる民由合併によって、「政権交代を目指す野党」ができたのです。
言葉が通じない、妥協そんざいしない、談合で実を取ることができないのであれば、もはや政権交代しかない。
小沢さんは、決断されたのだと思います。

2009年にはその決断が花開きますが、民主党は内部から腐食してわずか2年半で政権を投げだし、またもや言葉の通じない荒涼たる砂漠のような国会に戻ってしまいました。
そして、今日に至る です。



安倍政権になり、国会の砂漠化は一層拍車を掛けていますが、それ自体は今始まったことではありません。
安倍政権の特筆すべきは、ゲシュタポの存在です。
内閣情報調査室。ことし元旦にTV放映された「相棒」で鶴見辰吾が怪演していたあれです。あれのリアル版。

ドラマ『相棒』に“官邸のアイヒマン”北村滋内閣情報官が登場!?
公安が反町や仲間由紀恵を監視・恫喝する場面も
2018.01.06 リテラ


内調のトップである北村滋は、昨年の記事ですが、こんなことになっています。

安倍首相が頻繁に会っている人、ランキングトップは内閣情報官の北村滋氏
週刊ダイアモンド 2017.9.4


もはや、日本の政治は、国会という表舞台ではないのはもちろん、料亭などの裏交渉ですらなく、与野党や官僚のキーマンを調査し、弱みを握ってはエサを与えたり脅迫したり というスパイ活動によって進められているのです。

平和と民主主義の幻想にドップリと浸かってきた日本のみなさまは、こんなことを書くと「陰謀論だ」とか「誇大妄想だ」とかおっしゃるわけですが、こんなことで驚いていては戦いのスタートラインにもたどり着きませんよ。

言論を灰にしてゴミ箱に捨てた安倍晋三を支えているのは、ゲシュタポ(内調)だけではありません。
この人たちの実力を忘れてはなりません。
20170215-3.jpeg
そう、統一協会・勝共連合です。(最近は家庭連合とか言うらしいですが)
安倍家と統一協会の一体ぶりは、すでに週刊誌を含めてあちこちで書かれ、ネットでは常識でしょうから、ここでは繰り返しません。

内調というスパイ組織を駆使し、カルト教団を全国の手足として自らの権力を維持しているのが、この国の内閣総理大臣閣下です。
なんか吐きそうになりますが、これが現実です。
どんなにキタナクとも気色悪くとも、顔を背けては前に進めません。



いくら言葉の力を信じると言っても、こんな人たちに通じるのでしょうか。

「○○をやめろ」とか 「○○の責任をとれ」 とか、どんなに理を尽くしても100%通じないと私は思わざるを得ません。
それは、彼らが理解できないのではなく、十二分に理解しているからです。
理解していないのなら、まだしも言葉を尽くせば理解されるかもしれません。
しかし、理解しているからこそ開き直り、暴力的に押し通そうとしている相手に、いくら説明をしても、無駄です。

ここ数年、国会の終わった跡にはぺんぺん草も生えていないではないですか。
まさに砂漠です。いえ、一切の生命が存在しない火星なみです。

20180818.jpg何時間演説をぶちかましても、安倍も麻生も、ヘラヘラ笑っているではないですか。
本当に痛くもかゆくも無いのです。何とも思っていないのですよ。
で、笹川陽平の別荘にでも集まって、みんなで大笑いです。

2002年に民由合併したときの状況が、負のスパイラルでグルッと一回りしてやってきたのです。

かつての社会党のように、政権取れなくてもあるていどの成果が得られるのであれば、それはそれで存在価値が無いとは言いません。
しかし、吠えるだけ吠えでも、まっっっったくなんの成果も得られないのであれば、そんな野党にはどんな存在価値があるのでしょうか?
誤解の無いように言っておくと、これは独歩指向の強い立憲民主党だけを批判しているのではありません。
私が支持を公言している自由党を含めて、すべての野党の皆さんに言いたいのです。

あまりにも危機感が薄すぎます。
まるで言葉も感情も通じない宇宙人に侵略されて、国会を焼け野原にされたかのような状態なのに、どこかで「今までの延長に明日がある」かのような、緩んだ空気が漂っています。

安倍晋三の唯一の弱点は、確実な後継者がいないことです。
子どもも愛弟子もいないため、同じ自民党内でも政権を移譲すると、自らの犯罪を暴かれるリスクがあるのです。
そこで安倍がとった戦略は、総裁に三選して、その間に岸田文雄を徹底的に飼い慣らすということです。

次の総裁を約束する代わりに、人格否定的な屈辱を味わわせ、感情も頭脳も逆らえないようにマインドコントロールしてしまう。
統一協会のノウハウをもってすれば、こんなことは朝飯前です。

あちらはそこまで考えて、究極のリアリズムで歩を進めています。
対するに野党側は、大演説を本にするのは悪くはないですが、そんなことより先にやることがあるはずです。
「政権交代」「選挙で自民党に勝つ」ための、具体的で実現可能な作戦をつくることです。

選挙に負けるかもしれない と思えば、いくらカルトの自民党でも、わずかながら姑息な妥協はします。

辺野古への土砂投入、沖縄知事選後に 政府、影響回避で検討
2018年8月14日 沖縄タイムス


土砂投入を延期した理由はただひとつ。
強行すると知事選で負けるかもしれない と安倍や二階や菅が思ったからです。
思っただけじゃなくて、情勢調査をやっているのでしょう。当然ながら。

今は国会の投票では必ず負ける野党が、悪政をとめたり、ちょっとでも良い政策を通そうと思ったら、その手段はひとつしか無いのです。
自民党の情勢調査で 「これやったら負けるかも」という数字をださせることです。

つまり、選挙になったら野党に投票しようかな と国民に思わせることです。
ここで言う国民とは 「2009年には民主党に入れたけど、もうこりごりだ。選挙なんて行かない。」と言ってる国民です。
ざっと2000万人くらいいます。

言葉を届けなくてはならないのは この人たちに向かってです。
国会の中でも言うべきことは言わなくてはなりませんが、それより何より、顔を向けなくてはならないのは、この2000万人です。

まったく無関心な人たちではありません。
おそらく、ニュースやネットでチラチラと野党の情報も見ているでしょう。
そして、一向にまとまる気配もなく、これまでの間違いを反省する素振りもないことに、「やっぱりな」と落胆していることでしょう。

私は、言葉のちからを信じます。

言うべき言葉は、究極二つだと考えます。
1.野党はまとまるので、もう一度政権交代させてほしい。
2.消費増税は間違いでした。ごめんなさい。

もちろん、他にも民主党政権の過ちは山ほどありますが、消費増税と辺野古埋立は、あきらかな公約違反であり、当時の責任者が雁首そろえて、ごめんなさいと謝らなければなりません。

腹を切れとはいいません。
今は、腹を切っている場合ではないです。生き恥をさらしても、前に進まなくてはなりません。



そして、このように野党がまとまる絶好の機会とも言えるのが、沖縄県知事選挙です。

沖縄県内はもちろん保革を乗り越えたオール沖縄の候補者をたてようと、日夜検討が続けられています。
私が言いたいのは、本土の野党勢力こそが、辺野古移設を反省して一つにまとまります、という姿を見せなくてはならないということです。

政権交代のためには、まずは消費増税を反省しなくてはなりませんが、今、沖縄県知事選挙を目の前にして、絶対にやらなくてはならいのが、「辺野古移設も間違いでした ごめんなさい」です。

本土の政治が焼け野原になり、野党が呆然と立ち尽くしている状況で、これまで孤軍奮闘してきた沖縄はますます孤立しています。
沖縄が頑張れば、いずれ本土でも政権交代してくれる、という希望があるのとないのとで、沖縄の人たちにとってどれほど大きな違いがあるか、想像したことがあるでしょうか。

自分たちがこんなに踏ん張っても、本土の野党は負け続けてばかり。しかも、勝とうとする姿勢すらない。
そんな状況に沖縄の有権者を置いてしまっている責任に、思い至ったことがあるでしょうか。

クチだけ野党から勝てる野党に

沖縄県知事選挙が9月30日に迫る今だからこそ、本土の野党共闘は必要なんです。

安倍一族には決して言葉は届かないけれども、「ばらばらじゃまずい」と思っている野党政治家の方には届いてほしい。
意図的に野党を分裂させている一部の悪質な人たち対しては、言葉は幻想に過ぎないけれども、様子をうかがっている2000万の有権者にはきっと届く言葉がある。

そう信じています。



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2018-08-15(Wed)

敗戦の日にあたって

毎年、「終戦の日」じゃなくて「敗戦の日」ですよ ということを書いています。

昨年の記事を少しだけ再掲します。

終戦ではなく「敗戦」と言うわけ 2017.8.13

私は「終戦」という言葉を使わない。
理由はみっつある。

ひとつ。
戦争責任をアイマイにしないため。

ふたつ。
敗戦を「解放」記念日にできなかった日本人民の不甲斐なさを胸に刻むため。

みっつ。
いまだ敗戦-占領は終わっていないことを忘れないため。

戦争は、雨が止むように自然に終わったのではない。
普通の国ならばとっくに降伏していたはずのところを、無謀な玉砕戦を1年近く引き延ばした挙げ句、万策尽きて無条件降伏したのである。
侵略戦争をはじめたという意味での戦争責任ももちろん問われなければならないが、ただひたすら「国体護持」のために兵士と住民に死を強いた責任も、決してアイマイにしてはいけない。
(再掲以上)

原爆という凄まじい大量破壊兵器をつかって非戦闘員を大虐殺したアメリカの犯罪は揺るがないけれども、国体護持のためだけに敗戦を認めなかった日本の責任も決してなくなりはしません。

そして、沖縄を捨て石にした罪も。

国体護持
つまり、天皇を頂点とした大日本帝国の権力体制の延命のために、沖縄を盾にして時間を稼ぎ、いよいよ降伏したあとは天皇自らの意思で米軍に沖縄を貢ぎ物のように差し出し、形の上では本土復帰した今でも貢ぎ物のままで据え置かれているのです。

一般には、天皇は権力を失って象徴になり、戦争の首謀者は戦犯として裁かれ、多くの政治家や官僚が公職追放になったことで、「国体護持」はなされなかった、と思われています。
憲法も変わり、国名も 大日本帝国から日本国になりました。

しかし、私は「国体護持」は成功したのだと考えています。
政治権力は失ったとはいえ、最高責任者が責任を問われなかったこと。
岸信介や石井四郎(731部隊)に代表されるように、アメリカと取引した人間はのうのうと生き残り、あまつさえ総理大臣にまでなっていること。
政治権力の主体となった自民党の半数は、実態的にも思想的にも大日本帝国のままだったこと。
日本国憲法に「御名御璽」があること。(ドイツ連邦共和国基本法にヒットラーのサインがあるようなもの)

そうしたことから、政治権力がまるっきり入れ替わる革命ではなく、修正は施されたけれども、大日本帝国の体幹は維持されてしまったのだと判断せざるを得ません。
沖縄を貢いでまでアメリカに取り入った天皇や大日本帝国の幹部たちの「努力」の成果であったと同時に、自分たちの力で新しい国を準備できなかった日本国民の限界でもあったと思います。

昭和天皇が、保身の為に沖縄をアメリカに貢いだことは、アメリカの公文書にはっきりと残っています。

20180815-1.jpg20180815-2.jpg


上の原本のコピーは沖縄県のホームページに掲載されています。
(クリックするとリンクします)

公式の訳はないのですが、こちらのサイトが訳文をつくってくださっていますので、一部引用させていただきます。
括弧は私の補足です。

昭和天皇の沖縄メッセージ (風のまにまに)

(左側はアメリカの対日政治顧問であるW.J.シーボルトが国務長官宛てに書いたもの)

 米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利に大きくもとづいている希望が注目されましょう。また天皇は、長期租借による、これら諸島の米国軍事占領の継続をめざしています。その見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。

(右側は天皇の秘書が伝えた天皇の意向を、シーボルトがマッカーサー宛ての覚え書きにしたもの)

 寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。天皇の見解では、そのような占領は、米国に役立ち、また、日本に保護をあたえることになる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼及び左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような“事件”をひきおこすことをもおそれている日本国民の間で広く賛同を得るだろうと思っている。
 さらに天皇は、沖縄にたいする米国の軍事占領は、日本の主権を残したままでの長期租借――二十五年ないし五十年あるいはそれ以上――の擬制にもとづくべきであると考えている。

(引用以上)

できれば、元記事で全文をご覧になってください。

5月にも私はこのテーマで記事を書いています。
その時は、「擬制」という言葉について書きました。
擬制というとわかりにくいですが、原文では fiction つまり 虚構 です。
「日本の主権という虚構」 これほど戦後日本を象徴する言葉はありません。

天皇の沖縄メッセージと安倍独裁 2018.5.19

今日は、「私利に大きくもとづいている希望」にこだわってみます。

原文では a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest です。
試しにGoogle翻訳してみると 「疑いもなく主に自己利益に基づく希望」 となりました。
self-interest  を調べてみても、私利、私欲、利己心 とろくでもない意味しか出てきません。

では、天皇の利己心とはなんでしょうか。
この文書の日付は1947年9月22日ですから、すでに象徴天皇とした憲法は施行されています。
つまり、単純な命乞いではない ということです。それはもう決着しています。
東京裁判はまだ続いていましたので、A級戦犯の減刑を狙っているとも考えられますが、それでは「利己心」ではありません。

1947年は中国の内戦で、スターリンと手を結ぶことで勝利目前と思われた蒋介石・国民党にたいして、毛沢東・共産党が急激な反撃を始めた時点になります。
国内においても、共産党は合法化されて国会に議席を得つつ、武装闘争も繰り広げていました。2.1ゼネストはGHQに潰されたとは言え、昨今の労働運動とはまったく異次元のものでした。
天皇をふくめて、大日本帝国を引き継いで日本国を担っていた人たちにとって、最大の恐怖と関心は、革命を起こさせない ということだったのは間違いありません。

つまり、天皇の利己心とは こういうことだったのでしょう。
「ここで米軍に撤退されてしまったら、日本でも革命が起きてしまう。そうなったら、せっかく象徴として生き残ったのに、今度こそ戦犯で処刑されてしまう。お願いですから、このまま日本を支配してください。沖縄を自由にしていいですから。」



このときの天皇の利己心は、71年たった今日も、そのまま沖縄に呪いのように覆い被さっています。

今の日本の 良い面も悪い面も、沖縄の犠牲の上にできあがってきたということから、目をそらしてはなりません。

米軍に占領されている という面はもちろんです。それは本土の人たちも、十分に理解しているでしょう。
しかし、そればかりではありません。
戦後民主主義を謳歌し、世界2番目の経済大国になったことも、沖縄の犠牲の上にあったということを、本土のリベラルの皆さんは、直視すべきです。

翁長さんはこう言っておられました。

「沖縄問題の責任は一義的には自民党にある。ただ、自民党でない国民は、沖縄の基地問題に理解があると思っていたんですよ。ところが政権交代して民主党になったら、何のことはない、民主党も全く同じことをする」
 「僕らはね、もう折れてしまったんです。何だ、本土の人はみんな一緒じゃないの、と。」

「振興策を利益誘導だというなら、お互い覚悟を決めましょうよ。沖縄に経済援助なんかいらない。税制の優遇措置もなくしてください。そのかわり、基地は返してください。国土の面積0・6%の沖縄で在日米軍基地の74%を引き受ける必要は、さらさらない。いったい沖縄が日本に甘えているんですか。それとも日本が沖縄に甘えているんですか」

朝日新聞 2018.8.9

甘えているのは、自民党だけじゃないんです。

今年の8月15日 敗戦記念日は そのことをもう一度心に刻む日にしようと思います。


※昨日の記事も お読みで無い方はお目通しください

「翁長知事の遺志を継ぐ」ということ 2018.8.14




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2018-08-06(Mon)

8月6日に思う 「過ちを繰り返させない」

毎年8月6日になると思うのです。

「過ちは繰り返しませぬから」
これじゃあ 原爆は仕方ありませんでした になってしまう。

20180806.jpgたしかに、日本は侵略という過ちを犯しました。
それは疑問の余地がありません。

しかし、侵略した国には原爆を落としてもいいのか。
無差別大量殺人兵器を使用してもしかたがないのか。
それはちがうでしょう。

原爆で亡くなった方々の魂をおさめる原爆慰霊碑に「繰り返しませぬ」と書いてあることに、私は強烈な違和感を感じます。

「過ち繰り返させぬ」ではなく、なぜ「過ちは繰り返しませぬ」なのでしょう。
高熱と放射能で亡くなった広島市民が犯した過ちとはなんなのでしょうか。

原爆を、その異次元の殺傷能力を知りながら、いやそれを実証実験するために2発も落としたのは、アメリカです。
「I will not repeat the mistake.」と英語で書いてあるならわかります。
なぜ日本語で、どう考えても主語が広島市民かのような書き方で、「繰り返しませぬ」なのでしょうか。

731部隊が中国人をマルタと称して人体実験に使い、残虐に殺戮したことは、決して許されることではありません。
南京大虐殺が、30万人であろうが3万人であろうが、それは大虐殺であり、言い訳などできようはずがないことは明らかです。
直接の罪は犯していない現在の私たちにも、日本国としての責任は明確にあります。

では、原爆という史上希に見る大虐殺は、相手が侵略国であれば許されるのでしょうか。
仕方ないのでしょうか。
そんなわけありません。断じて。

まさにこの構図は、戦後の日本を象徴していると思うのです。
自らの戦争責任をアイマイにしてもらうかわりに、アメリカはすべて正しい、原爆ですら「過ちは自らにある」と言ってしまう奴隷的な関係性です。

戦犯と言えば東京裁判しか一般には意識されないが、「私は貝になりたい」で知られるようになったBC級戦犯で死刑になった日本人は1000人くらいと言われています。赤紙で招集され、上官の命令で犯した罪で死刑になった人が1000人いるのです。
その一方で、昭和天皇を筆頭に、決定したり指揮したりした人間のほとんどが、死刑なるどころか戦後の日本社会のリーダーとして蘇っていきました。

招集された兵士が死刑になるのならば、指導した人間はどんなに軽くとも終身強制労働にしなければならないはずです。
しかし、彼らは自らの戦争責任をアイマイにしてもらう代わりに、アメリカの戦争犯罪にはすべて目をつぶり、それどころか以来73年続く軍事占領をすすんで受け入れてきたのです。思いやり予算までつけて。

私は、あの原爆慰霊に書いてある 「過ちは繰り返しませぬから」をみる度に、このアイマイさの象徴を見る思いがします。
日本を戦争に導いた指導者の責任も、原爆を落としたアメリカの責任も 「繰り返させない」のではなく、市民自らがまるで自分の責任下のように「繰り返しまぬ」と言う慰霊碑。



慰霊祭の主席者で、あの碑文を唱えるべきだったのは、広島市長でもなく、もちろん被爆者や遺族でもなく、唯一、安倍晋三内閣総理大臣ただ一人です。
A級戦犯になるはずだった岸信介の後継者にして、米国トランプ大統領のパシリである安倍晋三は、「させない」という使役形ではなく、自らのこととして語るべき立場にあります。

その安倍晋三は、式典がおこなわれている間中、(少なくともTVに映っている限りでは)ずっと顔をしかめて、まるで二日酔いの頭痛に耐えているような顔をしていました。
献花の際も、場所を間違えて掛かりの人に「あっちあっち」と支持されて右往左往する始末でした。

ちょうどその表情を捕らえているツイートがあったので引用させてもらいます


一方、松井広島市長は、「核抑止や核の傘は間違いだ」と踏み込んだ平和宣言を発しました。正直、もともと自民党の松井市長がここまで言うとはちょっとびっくりしました。

「核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて不安定で危険極まりないものです。為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核不拡散条約)に義務づけられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めていただきたい。」
広島市HP より

核兵器禁止条約に励まされたのだろうと思います。
世界は広島を注視している。孤立していない。そんな実感があり、ここまで言い切る勇気が出たのでしょう。

あるいは、松井市長の昨年の平和宣言で使った「橋渡し」という言葉を、条約に参加しないアリバイのために外務省が広島でやっている「賢人会議」が悪用したことにたいする 怒りかもしれません。
松井市長は条約を核保有国に広めていくための「橋渡し」を提言したのに、「賢人会議」は核保有国の立場を非保有国に認めさせるための「橋渡し」にすり替えたのです。

画期的な平和宣言の後、安倍総理大臣はあいさつにたちました。
松井市長に 「核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めていただきたい」と要望されたにもかかわらず、条約にはひとことも触れず、「核兵器国と非核兵器国双方の橋渡し」という「賢人会議」が換骨奪胎した言い訳を口にしました。

安倍晋三の言う「橋渡し」とは、ありていに言えば「核保有国(アメリカ)のパシリとして、非保有国にカネ(日本国民の税金)をばらまいて言うことを聞かせます」 という意味です。

こんな首相をかれこれ5年半も選び続けてしまっているのは たしかに私たちの「過ち」です。
もし「過ちを繰り返さない」のであれば、こんな安倍内閣の支持率を、どんなに多くとも消費税率以下にしなくてはなりません。



あらためて、「過ちは繰り返しませぬから」 ではなく 「繰り返させない」という決意を、この日に確認したいと思います。

悪に従ってしまった過ちを繰り返さないためには、「繰り返させない」という決意が必要です。
誰が悪いのかよく分からないようにした、一億総懺悔の「繰り返さぬ」では、ダメなんです。

悪いのは戦争を始めた人間、始めようとしている人間です。

そして、人体実験で原爆という人類史上最悪の大量破壊兵器を計画し実行した人間です。

この被爆者や遺族の怒りの目にこそ、「繰り返させない」という意思がこもっていると思います。

20180806-2.png
(朝日新聞 2018.8.6)



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