2017-02-06(Mon)

ノンサンス 方向性が見えない

昨年の参院選からあと、私の目には 大きな方向性が見えない。

両院で2/3以上とられてしまったからには、「安倍政権の改憲を阻止する」という右から左までのおおきな括りを作っていくことが急務ではないのかと思い、憲法フェスをキッカケにしてアクションを起こしていきたいと考えたのだが、二つの理由で頓挫した。
一つは、選挙中に改憲反対!、2/3とられたら終わりだ!と言っていた人たちが、意外や意外「改憲はまだ少し先でしょ」とわりと冷静に構えていることだ。まず、ここでつんのめった。

それに加えて、安倍昭恵事件があった。
山本太郎さんを頭にした憲法フェスのつもりだったのだが、諸般の事情で三宅洋平さんが中心になり、その三宅さんが安倍昭恵を高江にアテンドしたということで、憲法フェスにもともと集まってもらおうと思っていた人たちの半分がそっぽ向いてしまった。
私が直接関わった大阪では、安倍昭恵事件に腹を立てている人たちの多くが、あえて攻撃はせずに静観してくれたので、フェス自体はつつがなく波風立てずに行うことはできた。

しかしながら、当初の目論見とはかなり違う方向になってしまい、私自身、その後をどうつないでいいのか見当がつかないまま、単発のイベントとして終わってしまった。
自分の対応力の無さも情けない限りだが、状況は察していただきたい。

その後は、進む方向が見えない時は、とにかく足場を固めようということで、自由党近畿、および大阪府連の発足の手伝いに専念した。11月26日の大阪府連大会には、会場の定員の倍近い人が集まり、隠れ自由党や隠れ小沢ファンもまだそれなりに健在なのだということがわかった。
街宣車の段取りもなんとか目処がつき、あとは党としてどうするのか、私が口を出せる範疇ではないので見守るしかない。

自由党は全国で支部大会をやったわけだけれど、その後をどうするのか、どうしたいのか、まったく方針が聞こえてこない。
原則論はあるけれども、運動方針、組織方針が見えない。
ということで、自由党のお手伝いも一段落してしまった。

そうこうしているうちに、トランプが宗主国の大統領になり、その型破りなやり方や言説に、植民地日本でも非難囂々ということになった。従来のジャパンハンドラーズにつながるようなマスコミや御用学者連中などがトランプに悪罵を投げつけるのは想定内だが、反安倍の立場が明確ないわゆるリベラルの人たちの多くも、マスコミ以上に激しくトランプを批判するのには驚いた。
もちろん批判されるべきところには事欠かないので、トランプ批判が問題なのではなくて、マスコミにまるっぽ乗っかってやらかしていることに驚いたのである。

植民地日本においては、良い人か悪い人かということも大事かもしれないが、それ以上に、政策の真意を探ることが死活問題だ。
対米従属にかわりはないとしても、「どのような対米従属を望んでいるのか」ということを、しっかりと分析しなければならない。
そして、より悪い事態には身構えなければならないし、なんらかの方向転換があるのならば、なんとかつけ込む隙はないか見極めるべきだろう。
そうしたことをすっ飛ばして、排外主義をなじるばかりのリベラルの姿に、「この後に及んでえらい余裕やなあ」と驚いたのである。

そして、「同じ方向を向いているようでも、意識の差はまだまだ激しいなあ」と、これまた方向性が見えなくなってしまった。



もちろん、大問題は山ほどある。
共謀罪、辺野古の工事再開、GPIFの対米投資、どれをとってもこの国がひっくり返るような問題だけれども、残念ながら現在の彼我の力関係と、安倍晋三の「どんなにヒールになってもやる」という決心と、そんな安倍を支持する過半の世論を見るに、短期でなにかをひっくり返せる状況ではない。

だから何もしなくてもいい、ということではなく、一つ一つにできるだけの抵抗をすること、そのことで世間に波を立てることは決定的に重要だ。その積み重ねがなければ、仮に当分は後退局面だったとしても、どこかで反転するための下地を作ることはできない。

それは理解した上であえて言うのだが、それでも当面はほとんどのテーマで負け続けることは覚悟しなければならない。
そして、それらに組織的に、統一的に、できるだけ有効に反撃する、国民に反撃の姿を見せられるような運動方針が、どの党からも出てこない。
それぞれの現場で取り組んでいるグループが、バラバラに抵抗を続けることに任されている。一部には、バラバラのほうが民主的なんだという意見まである。

ないならば自分で考えるしかない。もちろん、私が考えたとて、それが何に影響するわけでもないけれども、何も考えないよりはマシだろうし、そんな人が増えてくれば、集まって摺り合わせる場を作ることもできるかもしれない。

ひとつは、提言できる政策を考えるということがある。
とくに、中小企業対策だ。なぜ他ではなく中小企業対策なのかは、昨年12月に書いた記事を見ていただきたい。
 →国民の7割は中小零細企業の社長と社員とその家族だ

私は、野党が自公に勝てない大きな原因は、ここにあると思う。
政策がないこともそうだが、そもそも「中小企業の経営者と社員と家族」という塊を想定していない。
中には経営者が腹黒でブラックな職場もあるだろうが、たぶん「ブラックにしないと潰れる」という環境であることが多いのではないか。社員もまたそれがわかっているから、あまり文句も言えず問題が顕在化しない。
そんな、運命共同体のようにして耐えている中小企業に連なる人たちにとって、大企業や公務員の組合の話など、遠い国の物語にしか聞こえない。
アベノミクスで大企業が儲かれば、少しは中小企業にもおこぼれが回ってくる、という話のほうが、よほど現実的なのである。


ふたつめに、やはりトランプ政権の研究である。
アメリカファーストは、明らかに対米従属の「質の転換」がともなうはずだ。そこに何かの隙はできないのか。
沖縄の翁長知事は今も米国に行っているが、やはり沖縄の問題を考えた時、どうしても欠かせないテーマだ。

安倍政権も、ボーとしているわけではない。辺野古が唯一、尖閣は安保対象、と行ってもらうために必死の裏交渉をやってきたはずだ。そして、その橋渡しになっているのが、どうやら統一協会ではないか という見立てもある。
 →驚天動地!安倍・トランプ会談は統一教会の手配だった(らしい)

統一協会は、権力構造に食い込むためならば、まったく無節操に思想を変幻させる連中だ。
アメリカのムーニー(文鮮明主義者)がさっそくアメリカファーストに適応して、ぐいぐいと食い込んでいることは充分にありうる。そして、実施的な配下である安倍晋三を導いているという筋書きは、ものすごくリアリティがある。

しかし、いくら統一協会が無節操でも、最後は統一協会が世界の中心になるという一線だけは捨てられないので、トランプがアメリカファーストを徹底してくるときには、かならず齟齬が生じる。
それは、日本でもゴリゴリの国粋右翼と、統一協会の右翼(ぶりっこ)とは、ギリギリのところでうまくいかなくなる。天皇の生前退位問題で割れているのは、そらくそのあたりの事情ではないかと推測している。

統一協会ルートの安倍晋三と、トランプのアメリカファーストが軋み出すところが、圧倒的に劣勢な私たちが突っ込んでいけるポイントになるはずだ。

みっつめに、金集めだ。
サンダースが2億ドルもの献金を集めた経緯を、しっかりと学ばなければならないだろう。
政権交代をいくら唱えても、カネがなければ選挙はできない。300人の候補を立てる供託金だけで18億円かかるのだ。最低でも50億、本来なら100億円は集めなければ、政権交代などタワゴトだ。
人口2.5倍のアメリカで、サンダースが220億円ほど集めたのだから、決してハナから無理と決めつけるような金額ではない。

もちろん、党や候補者なしに献金は集まらない。
「俺にやらせてくれ!!!」という強烈な熱波がなければ、だれだって財布のひもは緩めたくない。
そうなると、最初の党の話に戻ってしまうので、堂々巡りになるけれども、すくなくとも、研究はしておくべきだ。
まずは、各ブロックで1億円集められるようになれば、衆院ブロック比例に挑戦することはできる。
例えば近畿ならば、6人の候補を社民+自由+市民で立てることができれば、現状でも1人は通る可能性は充分にある。参院選の社民と自由の票だけで25万あり、だいたい30万票で1議席とれるからだ。

そんな動きもできるのかどうかまだわからないが、さまざまな具体的な選挙を経験として、献金をあつめる方法を鍛え上げていくことが、しばらくは苦しい時代においてやっておくべきことだろうと思う。

いずれも、短期でどうこうなる話ではない。
2030年くらいまでの戦略を考える必要がある。

国民が考えて政権交代ができるような、理想的ではなくともかなりマシな政治体制。
自分の国のことは自分たちで決められる独立した国。
なにがあっても戦争を避ける知恵の共有。
モノを作って価値を生み出す、生産活動の復活。
学ぶことの深い楽しさを味わえる教育。(もちろん無償)

リアルな夢を語りながら、その道筋を描いていく作業は、政治のもう一つの役割だ。
まだ遠い道程であっても、脳が諦めてしまえば現実はそれ以上には進まないのだから。



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2月19日(日) 木の家完成見学会

場所:堺市北区東浅香山 (地下鉄北花田から徒歩15分)
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2017-01-18(Wed)

APAホテルの開き直りについて

アパホテルが南京大虐殺否定本、中国SNSで炎上⇨同社は「客室から撤去しない」
The Huffington Post 2017年01月17日


アパグループ代表の元谷外志雄が安倍晋三のホンネを赤裸々にしたような人物だというのは、つとに有名な話で、このような本を書いていたことも、客室に置いていたことも、驚きはしない。
微博にアップされた告発動画が1億回ちかく再生されて、同社の予約サイトがダウンしてしまっても、あくまで撤去しないと開き直るのも元谷氏らしいといえばそれまでだ。

元谷外志雄という人は、ただの極右経営者では無くて、安倍晋三の(違法)後援会である安晋会の副会長でもある。
安晋会は、あのヒューザーや姉歯の耐震偽装事件の時に、ヒューザーの小嶋進がこの安晋会人脈をフル活用していたことで、いちやく有名になった。

20170118-1.png

ところが、当のアパホテルの耐震偽装が発覚するや、当時追及の急先鋒にたっていた馬淵澄夫も急に沈黙し、元谷とアパはお咎め無しどころか被害面をして幕引きとなった。
安晋会新参者のヒューザーと、副会長APAとの扱いの差に、唖然とした人も多かったはずだ。

しかも(違法)後援会と書いたように、安晋会は無届け後援会であり、違法な政治資金を集めている可能性が高い。

下村文科相の嘘を元後援会幹部が実名告発! 安倍首相にも同じ手口の不法な集金が…
2015年3月5日 リテラ


 安倍氏が幹事長に就任した少し後の03年12月、大手町・パレスホテルのローズルームに800人もの招待客を集めて、「新進気鋭の経済人と政治家の明日の日本を考える会──安倍晋三君の自民党幹事長就任パーティ」が開催されたが、このパーティも安晋会が主催したものだった。
 実際、このパーティでは、主賓の安倍氏に続いて、二十数人の財界人が登壇し、「安倍幹事長の後援会・安晋会の役員」として紹介されている。

 ところが、その安晋会は下村文科相の博友会と同じく、政治団体としての届け出をしておらず、収支報告書を一度も提出していなかった。
 たとえば、同パーティの会費はひとり2万円で、単純計算でも1600万円の収入。ホテル代などの経費を差し引いても1000万円以上の金が手元に残ったはずだが、その使途はまったくわかっていない。

(引用以上)

安倍晋三はこういう濃厚な支持者に支えられてきたのだ。



ところが、先日から書いている通り、安倍はこうした従来の固い支持者を切り捨てなければならない局面に立たされている。
慰安婦像について大使召還という過剰な対応をとったことで支持率がアップしているのに、ここで弱腰を見せられない。けど、27日にはトランプに会わなくてはならない。逆らったら2007年9月の再来だ。。。 どうしよう、、、 とベトナムから帰る飛行機の中で呻吟していただろう。

トランプに変わったとしても米国は、日韓の軍事同盟を望んでおり、その障害になるものは許さない。
アジアでの米軍のプレゼンスが低下することで、これまでとは次元が変わっているのだ。

安倍はそのことを理解しているが、元谷などの濃い支持者はわかっていない。
いや、わかっていても、なおさらのこと「独自武装だ!」「韓国などには頼らないぞ!」と気炎を上げるだろう。
そういう輩は、これからの米国にとっては邪魔者である。

ガイアツに頼るのは気分が悪いが、それでもなお、安倍晋三を引きずり下ろすことはマイナスよりもプラスのほうが大きい。
この際、安倍の濃い支持者を徹底的に叩くことで、ガイアツに乗っかる形であっても安倍を衰弱させることが重要だ。

元谷が調子に乗って 絶対に本は撤去しないぞ と開き直れば直るほど、安倍は窮地に立たされる。
せいぜい矢面にたって吠え続けるがいい。


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2017-01-16(Mon)

たかが国家 されど国家

50代も後半になると、つい若い頃の自分を忘れてしまうことが多い。

振り返ってみれば、20代のころの私は国家とか政治というものを120%信用していなかった。
国家など、「俺を支配するための暴力装置だ」と思っていたし、「そんなものの権威なんてこれっぽっちも認めないぞ」という信念を持っていた。
政治だって、「あんな八百長で何かが変わるわけないだろう」と思い、投票にだって行ったことはなかった。

たかが国家
たかが政治
こんなモノに縛られてたまるか

そういう頑なだけれども張り詰めた思いを、いつのまにか忘れている自分に、久しぶりに気が付いた。
この数年間、現実の政党や政治にいろいろと関わることも増え、このブログを書き始めた12年前と比べてもずいぶん考え方が変わったなあと思う。
それが良いとか悪いとかじゃなくて、明らかに変わった。

大きく変わっていくキッカケは三つあったように思う。イラク戦争と政権交代と3.11。
イラク戦争はこのブログを書き始めるキッカケでもあったけれども、まがいなりにも憲法で守られているというモラトリアムが崩されていく実感そのものだった。憲法の条文は残っていても、実態が先行してどんどん変わってしまう。護憲の形骸化。憲法ですらそうなのだから、あらゆる政治や法律の「言葉」が実態との関係をぶち切られて意味をなさなくなる。

小泉純一郎の政治は、たかが政治と思っていた私の壁を向こう側から突き破って侵入してきた。
この恐怖感や焦燥感が、私の意識を変え始めることになった。
「たかが政治 と思っていられる時代じゃなくなっちゃった」

それでも最初は、何か行動をするというのではなく、裏側のホントを探る、ということを一所懸命やっていた。
安倍晋三の後援会である安晋会と耐震偽装事件の関係とか、地球温暖化詐欺のこととか。
たまに集会やデモに出かけていくことはあっても、自分が主催者側でかかわるなんて思いもよらなかった。

そうこうしているうちに、2009年を迎え、陸山会事件と政権交代という波が押し寄せてきた。
本気で政権交代を目指すと、保守の大物政治家でもこんな目に遭うのか、という現実を目の当たりにした。
共産党や社民党ではなく、元自民党の小沢一郎がこんな弾圧に遭うというのは、それまでの私の常識を超えたできごとだった。

そこから、個別の事件や政策についてのことだけでなく、大きく「この世の中の仕組み」のようなことに強く関心を持つようになった。
数年後に孫崎享さんや矢部宏治さんが解き明かす植民地日本の姿に、おぼろげながら気が付き始めた。
そして、そのありように最も鋭く対峙してきた政治家が小沢一郎であり、それ故の弾圧なのだと言うことに思い至った時、よし陸山会に入ってやれということになった。

そんな感じで、意識はどんどん生の政治に近づいていったけれども、それでも自分で何かをやるということはほとんどなかった。
それが脳天かち割られたのが、3.11であり、原発の爆発だった。

3.11の直前から、郊外楽園プロジェクトというものに取り組み始めていた。そのブログに反響が大きくて、オフ会にもたくさんの人が集まり、具体的に動き始めようとした矢先に、大震災が起きた。
もう、他のことが手につかず、自分の感情や意思がどこにあるのかも定かでないような、異様な精神状態に陥った。
正直、楽園どころではなくなってしまった。

毎週金曜日には関電前に出かけていき、大阪の脱原発のデモにはほぼ皆勤で参加した。
そうこうしているうちに、長年原発の運動をしている人に誘われて、集会の主催側にも関わるようになり、立ち位置が大きく変わり始まる。
これとほぼ同じ頃、民主党(当時)の政治家の講演会を頻繁にやっていた市民団体からも誘われて、なんとなく主催側に滑り込んでいった。
それと反比例して、3.11以降はブログが書けなくなった。気軽に書くと言うことができなくなり、正体のわからない責任感で指が止まってしまう。
裏側の本当を知って、声を上げようと呼びかける。今まではそれで良かったけれど、もうそれでは済まないのではないか。そんな思いが指を止めてしまうのだった。

声を上げようと言うだけでなく、そのための仕掛けを作るところまで踏み込まなくては。声だけでなく、やはり政治決定の仕組みをかえなくては、目の前の惨状は救えないじゃないか。
そうして、市民運動と政治運動を合体させた政治市民プロジェクトを数人の仲間とともに始めた。

これまで政治に距離をおいてきた市民運動に政治に向き合ってもらい、政治家の後援会の枠から出なかった政治活動に市民的な自立を促す。そんな試みは、その後に結成される生活フォーラム関西にも引き継がれたし、大阪での社民党と自由党の協力関係の基礎にも少しばかり貢献したのではないかとおもう。

2012年12月の解散総選挙では、これまで政治や選挙に関わったことのない人たちを、選挙事務所にアテンドする役割をこのプロジェクトで試みた。小沢グループだけでなく、金曜関電前でしりあった人たちも含めてかなりの人数が、関西で原発に反対する候補の事務所に出かけていった。
私自身は、地元である吹田(大阪7区)から立候補していた渡辺義彦さんの事務所に行って、初めての選挙を経験させてもらった。
(ちなみに、その時はじめて渡辺さんにお会いした。)

そんな私自身が選挙や政治の初心者にもかかわらず、どうにもこうにも抜き差しならないことになったのは、この総選挙でぼろ負けしたからだった。勝つとは思わなかったけれども、ここまでの大敗は予想をはるかに超えていた。
政治市民プロジェクトを伝にして選挙事務所に入ってくれた多くの人も、その後はあまり姿を見かけることもなくなった人も多く、私自身も半分ウツのような状態で、円形脱毛症が半年なおらなかった。

この時の悔しさと、「なんでこうなるんだ?」という思いが、私を意地でも政治の世界に縛り付けた。
原発が爆発して自民党が圧勝する国。
ここで絶望すると、もう止めどなく堕ちていくしかないような恐怖感から、私は政治にしがみついた。
そして、国家という枠組みが、どれほど個人を縛り、個人の人生を左右し、命を握られているのかということを、思い知った。

たかが国家、たかが政治、と思っていた私が、思いっきり国家と政治の枠の中に入り浸ってしまった。
されど国家、されど政治。
希望やべき論を語っていても、現実は容赦なく襲ってくるということ。
いくら国家を嫌っても、その枠組みから抜け出すなんて夢想にすぎないということ。
実態の無い理想や正義を語ることよりも、現実の一歩前進を認めざるを得ないことが、確実にあるということ。

理想-戦略-妥協-戦術、という流れを慎重にチェックして、理想を忘れずに、しかし空論に陥らずに一歩を進めること。
このブログも、そんな複雑なテーマが多くなっていった。
そして、そういう明快・痛快でない論調はアクセスも上がらず、それどころか、右翼に転向したかのような目を向けられることもあり、ブログを書く意欲も上がらなくなっていった。



こうして自分の考えが変遷し、自分なりに深まってきたことは間違いでは無かったと思っている。
やはり、政治を軽んじて、あまりにも強大な現実を無視して、理想論の言葉を並べることは、今の私にはできない。
虚しいだけだ。

それでも、なお 「たかが国家」「たかが政治」という、若い時に信じていた自尊心を、もういちど思い起こしたい。
この年末年始に、いろいろ考える中で、どうしても自分が枠に縛られて、檻の中でもがいているような感覚が拭えないのだ。

本当に俺がやりたいことは何なのか。
一度心を解放することから、今年の活動を始めていこうと思う。


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2017-01-13(Fri)

マイナンバーの提出は義務か?

またまたマイナンバーがらみの犯罪がおきた

強制わいせつ容疑の元区役所臨時職員 個人情報不正入手か
2017年1月11日 NHK


中野区によりますと、高橋容疑者は、マイナンバーカードの交付などの担当をしていて、住民の個人情報が閲覧できる住民情報基盤システムに接続するためのIDとパスワードを持っていたということです。
(略)
大量の個人情報を扱う公務員などが、職場のシステムを悪用して個人情報を不正に入手する事件は各地で相次いでいます。

去年6月には、松山市の40代の元職員が、およそ13万人分の市民の名前や住所などの個人情報のデータが入ったパソコンを愛媛県内の会社に提供したとして、市の個人情報保護条例違反の疑いで警察に逮捕されました。

去年7月には、日本年金機構静岡年金事務所の60代の元契約職員が、機構が保有する女性の個人情報を私的に利用する目的で不正に入手したとして、独立行政法人の個人情報保護法違反の疑いで警察に逮捕されました。

おととし6月には、東京・大田区の納税課に勤めていた40代の職員が、区のシステムを不正に操作し、知り合いの女性やその家族の個人情報を閲覧していたとして、区の個人情報保護条例違反の疑いで警視庁に逮捕されました。

(引用以上)

これでも氷山の一角だろう。
情報収集と本来業務のどっちが本業かわからなくなっているような人間も、きっといるだろうし、今後マイナンバーにお金の情報が紐付けされれば、ますます激しくなるのは火を見るより明らかだ。

そんなマイナンバーを、健康保険組合が提出しろと言ってきた。
うちは個人事業主なので、某国民健康保険組合から直接連絡が来る。

昨年末に来ていたのだが、あまりにも不安なので提出せずにきた。
そのまま放置するのも、それはそれで不安なので、本当に提出しなければならないのか調べてみることにした。
そこで、「マイナンバー総合フリーダイヤル」というのに電話してみた。

マイナンバー総合フリーダイヤル
0120-95-0178 (無料)
 平日  9:30~20:00
 土日祝 9:30~17:30(年末年始を除く)

女性オペレーターが丁寧に対応してくれた。
聞いたことは3点ある。



私が加入している保険組合からの連絡には、本人確認について何も書いていなかった。
しかし、下記の資料(内閣官房のHPにある)の21ページを見ると、マイナンバーを提出させる時には、本人確認をせよ と書いてある。
健康保険なので、被扶養者がある時はそのぶんも、全部本人確認が必要だという。

マイナンバー(社会保障・税番号)制度における民間事業者の対応

この点についてフリーダイアルで聞いてみると、やはり本人確認は必要で、対面ならば原本提示、郵送ならば免許証のコピーなどを同封するなどをしなければならないそうだ。
これは、明らかに健康保険組合がその義務を怠っている。

義務を怠っていることよりも、そうした基本をわからずにマイナンバーの事務に関わっている、ということのほうが怖い。



では、こうした各事業者の対応について、管轄する役所がなにか監視をしているのか を聞いてみた。
ガイドラインを決めたり、違反した時の罰則があるのは知っているけれども、それらに実効性を持たせるためには、何らかの監視があるのだろう と思ったからだ。

しかし、あにはからんや、運用実態は事業者任せ だそうだ。
総務省や個人情報保護委員会等などへ、「うちはこういうシステムでマイナンバーの保護をしています」というような届出の義務すらない。
たとえば、郵送したものをどうやって「これはマイナンバーだ」と認識して、一般事務員が開封せずに専任担当者に渡すのか。
私に届いたものでは、1枚の封筒で簡易書留で送れと書いてある。せめて二重封筒で、中封筒に「マイナンバー 開封禁止」とでも書いてあればまだしも、1枚の封筒だったら誰が開封してもおかしくない。

そんなところから始まって、組合内での保護のしかた、どこかに外注に出すのかどうか、外注先での保護のしかた。
どうやってどこで保管するのか。盗難対策は。脱退した時に、どうやって消去するのか。

そうしたことがらは、すべて事業者がガイドラインを見て自主的に決めるだけ。
届出義務も、加入者への表示義務もない。
管轄の役所の査察もない。
冒頭にあったような事件になって発覚するまでは、漏洩されてもわからない。

一応、マイナンバーだけでなく個人情報全般について 「個人情報保護評価」という制度はあるらしい。
システム作成して個人情報保護委員会に提出し、公開する、という制度だ。

しかし、これも加入者1000人未満は義務じゃないし、フリーダイヤルのオペレータの口調も任意のような言い方だった。
たぶん、実施していないところが多いのだろう。



いよいよ不安は募る。
ほんとうに、どうしても提出しなければならないのだろうか。

実は、税務に関してはこんなQ&Aが国税庁から出されている
(読みやすいように適宜省略している。原本は上記リンクのQ1-2)

(問) 従業員や講演料等の支払先等からマイナンバーの提供を受けられない場合、どのように対応すればよいですか。

(答) 従業員等に対してマイナンバーの記載は、法律で定められた義務であることを伝え、提供を求めてください。
それでもなお、提供を受けられない場合は、提供を求めた経過等を記録、保存するなどし、単なる義務違反でないことを明確にしておいてください。

なお、税務署では、番号制度導入直後の混乱を回避する観点などを考慮し、マイナンバーの記載がない場合でも書類を収受することとしていますが、マイナンバーの記載は、法律で定められた義務であることから、今後の法定調書の作成などのために、今回マイナンバーの提供を受けられなかった方に対して、引き続き提供を求めていただきますようお願いします。

(引用以上)

キモは、事業者には記載義務はあるが、納税者個人の提出義務はどこにも書かれていない というこだ。

この点ををフリーダイヤルで聞いてみると、健康保険についても
・事業者に記載義務があるので、間接的に義務を担っているという解釈
・マイナンバー法などには個人の提出義務は書かれていない
・提出しないことによる罰則もない
・税務と同じ考え方である

との回答だった。

たしかに、受け取る側に義務があり、提出する側に義務がない、というのは法律として矛盾してはいるが、これはマイナンバー法という無理筋を強引に通すために意図的にそうなったとみるべきだろう。

つまり、「個人に義務」と法文に明記してしまうと、法案じたいが通らないかもしれない、という懸念から、総務省の官僚が玉虫色の法文にわざとしたのだ。

すくなくとも現時点では、個人には提出する義務はない。罰則もない。保険組合はそのやりとりの経過説明を添付すれば良い。ということがわかった。
保険組合の事務方は、そこまで深く知らないだろうから、「提出は義務だ」と言ってくるに違いないが、丁寧に対応しながら、もう少し粘ってみようと思う。

そうこうしているうちに、来年からは銀行がマイナンバーにつながり、大事件が起き、制度自体が疲労骨折するのではないだろうか。
ただし、今の安倍政権のような問答無用の独裁的な政権が続いていると、どんなに犯罪の温床になっても、法改正してまで強制してくるかもしれないが。


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2月19日(日) 完成見学会

自然素材を工学的に使いこなすナチュロジーな住まいの見学会です

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2017-01-01(Sun)

大地の鳥

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2016-12-27(Tue)

「反共」というオバケ

マルクスの時代には 共産主義というオバケがヨーロッパを跋扈していたらしいが、戦後の日本では反共というオバケが幅をきかせている。

反共とは、あえてフルネームにすれば 反共産主義 ということなのだろうが、反共を唱える人の数%も共産主義を知っている人はいないように見受けられる。知らないモノに「反」も何もあったものではないので、実質は 反共産主義 ではなく、反共は反共というひとつのイデオロギーであるらしい。

もちろん、戦後よりも戦中のほうが激烈な反共があり、小林多喜二の拷問死をあげるまでもなく、アカと言われれば命が危なかった。
戦中の反共は、オバケなどではなく、実態のハッキリした特高であり憲兵であり、目に見える拷問だった。
それに比べると、戦後の反共は、自由平等平和の憲法の下での反共だからこそ、オバケたる所以がある。

戦後の反共にも、前半と後半がある。
およその話、1970年頃までが前半であり、それ以降が後半と言えよう。
前半は、オバケと言っても実体が伴っていた。つまり、共産主義革命が実現してしまうかもしれないというリアリティがそれなりにあったので、反共は あきらかにそうした「脅威」に対するアンチという面があった。

しかし、1970年代半ば以降、日本で共産主義革命が実現するかも、と真剣に考える人はごくごく少数になった。当然ながら、反共もその意味が変わり、反共産主義ですらない、ただの反共、まさにオバケになったのだ。
ただし、戦後の反共オバケの出生は、戦後前期、日本国憲法と講和条約とともに生まれてきたという点は見逃せない。

最初の反共オバケは、マッカーサーと吉田茂の共作である。
まさに、自由平等平和の反共であり、別名、永続的植民地化のための反共オバケである。

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日本の敗戦時に、ファシズムを打倒して権力を握ったのは共産主義ではなくマッカーサーでありその僕としての吉田茂であった。
そして、隣の中国で共産主義革命が同時進行していくなかで、超リアリティを持って彼らは「反共」を徹底し、反共反ファシズムこそが、戦後日本の基本路線として位置づけられた。

ファシズムと共産主義という二つの「悪鬼」を押さえつける巨人として、アメリカは君臨し、それに徹底従属することで「自由平等平和」を守るという路線を吉田茂は日本の政治に植え付けた。
この基本路線は、70年以上たった今も基本は変わらない。

反共オバケの第二世代は、1960年ごろに生まれた。(私と同世代だ)
労働組合が総評から同盟が分裂し、社会党から民社党が分裂した。これらこそが、反共オバケ第二世代である。

戦後革命の危機は過ぎたとはいえ、今度は60年安保闘争が燃えさかってきた。
当時は、今とは比べものにならないほど労働組合も強く、多くの日本人も安保を破棄して独立平和を願う声は大きかった。
吉田茂が敷いた、対米従属による戦後民主主義がほころび始めていた。

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この当時もまだ共産主義革命のリアリティは今ほど希薄ではなかっただろうが、そうした本来の反共よりも、「反共」を支配の道具として使うというオバケ性がより強くなっていたのが、第二世代の特徴だ。
総評と社会党という、安保闘争のナショナルセンターを分裂させ、「反共」のスローガンを米国からの独立を潰すために利用した。

もちろん、その創設資金はCIAから提供されていたことが2006年になってアメリカ国務省の外交資料集に公開された。
その意味でも、自民党と民社党は兄弟であった。

こうした誕生のいわれからもわかるように、民社党や同盟の最優先の思想は、労働者の権利とか平和とかではなく、反共である。
共産主義の何が悪いというような理屈はなくて、共産党や共産主義に見えるモノを敵視することが、何よりも最優先なのである。
「革新」とか「リベラル」などを、反共を経て親米に至るコースに作り替えたのが、反共オバケ第二世代であり、ここまでは、あるていど共産主義という実体との関係をもつ前半ということになる。

第三世代は、1980年代の新自由主義の日本上陸を経て、1990年頃に生まれている。
1998年 総評と同盟が合併して連合が誕生
1993年 非自民の細川内閣成立
1994年 村山内閣の日米安保肯定(事実上の社会党崩壊)
1998年 民主党の成立(民社党・同盟系を糾合)

この過程は、55年体制の終焉であり、革新勢力の崩壊であった。
55年体制の打破を目指した小沢一郎氏は従米の戦後民主主義の象徴たる社会党を潰すことが、日本の独立の一歩であると考えていたのだろうが、現実は違う方向に動き始めた。

20161227-4.jpg

新生党が、社会党の組合や住民運動に相当する国民の間のネットワークを持っていれば、小沢氏の狙いは実現したかもしれない。
しかし、社会党崩壊でおきたことは、民の声を拾う組織の崩壊であった。
それは、社会党自身の方向性とは別に、下から突き上げる民の力が個々バラバラに散乱する結果となった。

第二世代までは、反共の自民、反共の民社(同盟)だけが選択肢ではなかった。隠れ従米の疑惑が濃厚ではあるが、社会党はそいういう選択肢になってきたことは間違いない。その選択肢すらなくなってしまったのが、第三世代の反共オバケである。
反共オバケに、国全体がドップリ包み込まれたということだ。

現在もいまだ第三世代の反共オバケが政権中枢から労働組合まで好き放題に飛び回っている。
今は民進党という名前にかわっているが、かつて民社党が反共を最優先の党是にしたエキスは、今の民進党にそのまま受け継がれている。
実質的に総評が同盟に乗っ取られたかたちの連合が、自民党よりも共産党を100倍憎むのは当然といえば当然なのである。

ただ、第三世代オバケにほころびは生じ始めている。
まず、当の共産党の変化である。
共産党がガチガチの石頭であることが、「反共」の存在を支えてきたのだが、ご存じような路線変更で、「反共」が支持を得られにくくなっている。
民進党の得票が共産党の2倍に及ばないことがそれを証明している。

また、今となっては共産主義革命がおきると感じている人は、ほぼいなくなったということもある。
共産党支持者ですら、共産党が共産主義をめざしていると思っていない。
そんな中で「反共」って何なのか、昔を知るお年寄りはともかく、最近の人たちには理解不能な生き物になりつつある。

やっとオバケの尻尾が見えてきたのだ。

これまで書いてきたように、日本の「反共」は反共産主義ではない。
反独立であり、反「反米」である。
その実体が透けて見え始めてきた。
日本の独立を真剣に考える時が、やっとめぐってきたということだ。

敵もほころび始めているが、味方もボロボロ、というのが冷静な現状だ。
やっと時がめぐってきた時には、立つべき同志も組織もほとんどいない。

それでも、これまでは「敵」だった反戦平和と自主独立が、「平和独立」という看板に少しずつ目線を投げかけつつある。
まだリアリティに欠けるけれども、この路線をしっかりと作りあげることが、反共オバケを棺桶に戻すことになるだろう。



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2016-11-18(Fri)

政治と経済と芸術の三権分立

先日 岡本太郎記念館に行った時に見つけた 「自分の中に毒を持て

あかん、こんなん読んだら仕事できんようになる あかん。と思いつつ、抗いがたく購入してしまった。
その中に、こんなことが書いてあった。

(以下引用)
 ぼくはここで一つ提言したい。
 酷くユニークで、突飛だと思われるかもしれないが。いま、この世界で必要なことは、芸術・政治・経済の三権分立である。モンテスキューの唱えた古典的な司法・立法・行政の相互不可侵というような技術的なシステムではなく、まったく新しい三つの原理のオートノミーを確立すべきだ。
 政治・経済は人間にとって勿論欠くことのできないシステムである。というより生活時代なのだ。しかしおかしなことは、日常、ぼくらにとって、「政治」「経済」と聞くと、何かひどくよそよそしい。多分これらの機構がいわゆる政治家、経済人によって勝手にコントロールされ、「芸術」つまり「人間」が抜け落ちてしまっているからだろう。

(引用以上)

これは深い話だと思った。
ここで岡本太郎さんがいう「芸術」は、歌ったり絵を描いたりという現象を言っているのではない。

(以下引用)
 芸術といっても、なにも絵を描いたり、楽器を奏でたり、文章をひねくったりすることではない。そんなことは全くしなくても、素っ裸で、豊かに、無条件に生きること。
 失った人間の原点をとりもどし、強烈に、ふくらんで生きている人間が芸術家なのだ。

(引用以上)

平たく言えば、心のそこからの言葉。いや、言葉にならない 「ふしゅーーー」という息づかいかもしれないし、痙攣のような筋肉の収縮かもしれない。
それらを何とかして他人に伝わるかもしれない表現にすること。
たぶん、そういうことなんじゃないだろうか。

今の政治が伝わらないのは、そういうものが欠けているからではないか。
それは、政治を語る側だけではなく、語られる側もともに、心のそこからのやりとりというものがない。
テレビドラマで「感動」するよりも深い経験をもたない。
そういうことではないのか。

当然ながら、これは政治を歌えとか絵にしろと言う話ではない。
そうではなくて、政治を語る時に、どこかにウソはないか、ポジショントークをしていないか。
心の奥底の想いを、なんとかして言葉に、行動にしようという、必死の努力をしているか。
それが問われている。

もちろん、その「純粋」さだけで政治や経済が動かないことも、重々分かっている。
泣きたくなるくらい分かっているからこそ、せめて三権分立なのではないか。

シリアスで良心に訴える話題であればあるほど、どこかでちょっと手抜きをすると、それは「しらじらしさ」としてあっという間に伝わってしまう。なぜなら、その方向の話は聞き手にも重大な緊張を強いるからだ。
聞き手にも緊張を強いる以上、絶対に手抜きは許されない。
それが、政治と生活が分離し、いつのまにか遠くに離ればなれになってしまった原因ではなかったか。

逆に、露悪や嗜虐(しぎゃく≒いじめ)は、雑な表現でも「ホンネ」として受け取られる。
聞き手に真剣も緊張も必要ないからだ。
その典型が橋下徹であり、維新の会である。

「良い政治」を志す人間は、自分の中の毒を隠していないか。
誰だってかなりの毒を持っている。それを無いふりをしたり、未熟さにして誤魔化したりすることが、「しらじらしさ」の源泉ではないのか。
毒を解放して、よくよく撹拌し、何度も自分で飲んでみて、それを表現にまで昇華させることができるか。
モラルを外形的な、外から縛られるものとして自らに強制するだけでなく、それに反する自分ともしっかり向き合うことができるか。

その意味では、機動隊が沖縄の人を「土人」と罵倒したことについて、「差別かどうか分からない」と鶴保某が疑問をもったことは悪くない話かもしれない。
ただ、あの映像を見て、言い放った大阪府警の機動隊員の表情を見て、なにも感じないとしたら、そこにあるのは鶴保というかたちをした心の無い土人形ではないか。
まして、政府決定で「土人は差別じゃない」と決めてしまうとは、これは露悪と嗜虐のかぎりである。

これは想像だが、あの機動隊員は自分たちの威圧や権威が通用しない相手を、同じ人間とは思えなかったのだろう。
それがあの「土人」という発言につながったのだろう。まさに「差」「別」そのものである。

だが、これと同質なことをいわゆるリベラルの人もやっていないか。
この後に及んで自民党に投票する人を「民度低い」とか「B層」とかいう言説は、しばしば耳目にする。
自分の理解を超えている人をこのように罵倒するのは、機動隊の「土人」と同じではないか。
上から目線の説教は、毒を吐いて罵倒する嗜虐と、本質的に変わらない。

このように、自分の全く異質の理解を超えたものと遭遇した時、たぶん毒が噴出される。
そして、相手が弱いとみると 毒を吐いて嗜虐に走り、強いと見ると毒は自分に回って媚びへつらう。
結局のところ、これまでの政治は、上から目線の説教か、上目遣いの媚態ではなかったか。

人が皆異質であるのは仕方が無い。というかあたりまえだ。
そういうものと遭遇した時に、毒が出るのもこれは仕方が無い。
その毒と向き合って、自分が言いたいこと、心から表現したいことと、その毒を自分の中でぶつけ合う。
毒だけ吐く維新のようなイジメ政党ではなく、毒を隠して「イイコト」をならべるリベラルでもなく、第三の存在がなければ、政治と生活が時空を超えて隔離されてしまった今を、変えることはできないだろう。

こうやって書いていて非常に我が身が痛いけれども、これが、岡本太郎が言う 「芸術・政治・経済」の三権分立の、現代の意味なのだろうと思った。


■■お知らせ

自由党大阪府連大会
11月26日(土)14時から
大阪市立社会福祉センター(上本町)
小沢一郎共同代表も登場
大阪府以外の方や、党員サポーター以外も参加できます

詳しくは → https://www.facebook.com/events/328157494223706/




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2016-10-31(Mon)

スタートラインが「生」の社会と「死」の社会

※今日の記事は、まだ頭が整理されていないけど、とにかく忘れないために書いておくものなので、読んでも分かりにくいと思う。意を汲んでいただければ幸いです。


人間という個体を放置したらどうなるか。
生物学的には、死ぬ。
脱水か、栄養失調か、低体温か、熱中症か、原因はいろいろあるだろうけど、ある程度の時間が経過すれば死ぬ。

ただし、人間は基本的に個体で生息していない。
アリやシマウマが我々の目から見て群れであるように、宇宙から見たら人間は明らかに群れで生きている。
その群れの中で放置したらどうなるか。また別の結果があるはずだ。

原始共産制から資本主義まで、人間の社会は、働いて生み出した付加価値の分配をめぐる歴史であったと同時に、「働いていない人間がどう生きていくのか」の変遷の歴史でもあった。

「働いていない人」をどう規定するか。
一般には、年齢や病気や障がいなどによって、物理的に働けない人と、働けるのに働かない人 に分けることが多い。
今の時代を生きている私たちは、何の疑問もなくそう思っている。

しかし、そうやって分別することも、また、「どこまでがサボりでどこまでが仕方ないのか」という程度を決めるのも、その社会特有のスタンダードとして決められているのであって、あたりまえの前提ではない。

たとえば、健康な10歳の子どもが働かないのは どっちなのか。
ほんの数十年前までは、「サボり」に入れられたが、今では「仕方がない」ほうになっている。

今だってそうだ。
20歳の人間が、毎日家の中にジッとしていたら「引きこもり」と言われるが、毎日大学行って無為な時間を過ごしてたら「学生さん」と言われる。
サラリーマンの親のすねをかじると「ごくつぶし」と言われるが、大金持ちの親のすねをかじると「御曹司」と言われる。

このように、実は「働くべき」と「働かなくていい」は、物理的な条件で決められているのではなく、社会規範として人為的に決められているのだ。

それでも、小中学校までは最低限の義務教育になって児童労働が禁止されたり、歴史が進むと共に、確実に「仕方ない」の範囲は拡がってはきた。
働かざる者食うべからず とは言え、この範囲の人は許したる という範囲が拡がってきた。

ただ、私がここで言いたいことは、範囲は拡がってはきたけれども、本質は変わっていないと言うこと。
まさに「働かざる者食うべからず」であって、いちばんのベースは「なにもしなければ死ぬ」という社会だということ。
例外として、「許してやる」範囲にだけ施しの制度を設けているにすぎない。

奴隷制のむかしから今日に至るまで、その本質は変わっていない。
と、日本に住んでいる私は思っていた。

ところが、あるドキュメント番組を見ていて驚いた。ヨーロッパのどの国だったか忘れたが、いわゆる福祉制度によって収入を得ている家族が、実に明るく楽しそうに暮らしている姿を映していた。
実に堂々と、あたりまえのように福祉を受け入れ、人生を楽しんでいる。

これは、本質的な価値観の逆転がある、と思った。
「なにもしなければ死ぬ」社会ではなく、「なにもしなくても生きる」社会。
「死」というスタートラインから必死に努力して「生」をつかむ社会から、スタートラインに「生」のある社会。

制度としての欠陥があるかどうかとか、戦争と移民のような国の形が変わるような激変に対応できなくなるとか、そういう話はあるだろうが、どのように制度を変えるとしても、一度変革した意識、すなわち「なにもしなくても生きる」「生きていてあたりまえ」という意識は逆転することはないはずだ。
その意識があるからこそ、原発に対しても諸制度に対しても、ヨーロッパの人々は明確に意思表示するのだろう。



日本の生活保護などの施しの制度と、ヨーロッパでの「あたりまえ」の制度の何が決定的に違うのかと言えば、「人間の尊厳」だ。
「誇り」を傷つけるのか つけないのか の違いだ。

日本でも物理的に死ぬかというと、なにもしなくてもかなりの程度は生きながらえる可能性は高い。
しかし、その過程で人としての尊厳はボロボロに傷つけられる。
「やってやるんだからありがたく思え」という施しの精神によって、行政からも地域社会からも意図的に滅多刺しにされる。

日本の政治の中で、たぶん唯一、この価値観の逆転をしようとした政策があった。
それが、2009年の民主党がやろうとした 子ども手当だった。
あの制度は「全ての子どもは社会が育てる」という理念のもとに作られ、その結果 所得制限がなかった。

所得制限がないということは、日本の社会でも誰に気兼ねすることなく堂々と受け取れるということだ。
本来的にその制度設計が正しいのかどうかは別として、「施し」の制度から「誇り」ある制度へ転換するための第一歩として、まさに画期的な政策だった。

だからこそ、当時の自民党は所得制限を設けることにこだわったし、児童手当という「施し」時代の名称に戻すことにこだわった。
「施し」の特権こそが富の源泉である自民党にとって、絶対に認められない政策だったのだ。

であるならば、今わたしたちの次の一歩は、ここにあるということではないのか。
「施し」から「誇り」へ
何とかなっている間は不安におののき、何かでつまずいたら恐縮至極で施しを受けるような今の社会から、老若男女の誰もが胸を張って生きていけるような社会へと、転換する政策を提起すべきだ。

理念ではなく、理念を体現する、実感する具体的な政策。利害以上に「誇り」を取り戻す政策を。
たとえば、本当の参政権=供託金の廃止とか 女性の権利としての選択的別姓とか、権利としての教育無償化とか、経済問題以前に、尊厳の問題として体系的に立案すべきだ。

そして、米国と多国籍企業群からの独立を。
フィリピンのドゥテルテ大統領の独立闘争に、フィリピン国民は団結しようとしている。
(だから日本のメディアはドゥテルテを殺人鬼のように書き立てているが)
深い眠りのなかに封じ込められてきた人としての誇りを揺り起こせ。

1970年代から80年代は、あまりにも経済的に恵まれてきた。
尊厳を脇に置いても、それなりに幸せにいきることができる時代だった。
今、そのような余裕はとっくになくなっているにもかかわらず、あいかわらず自分たちの「尊厳」が奪われていることに自覚が薄い。

しかし、自覚が薄いことと、奪われているという現実は別だ。
多くの国民が、経済的にも報われず、尊厳も奪われたままだと言うことに気が付いた時、日本は変わる。

スタートラインが「死」である社会から、スタートラインが「生」である社会に。

今はまだ私もうまく説明できないが、ここに核心問題がある。




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2016-09-14(Wed)

憲法フェス@大阪を終えて

憲法フェス@大阪が終わった。

7月の選挙直後に、全国10箇所というアイディアから始まり、大阪は実行委員会を作ってバックアップするということを決め、走り始めた。
その直後、三宅洋平氏と安倍昭恵のお食事会のFBアップがあり、私は踏み出した一歩目の足が絡まって転倒した。
いわば顔面を地べたに直撃したような状態で、何故なんだろうと考えて、私なりに整理をした。
そうか、三宅さんという人は、敵VS味方という構図で考えないのか。敵という概念がないのだ。
なるほど、私とは違うけれども、そういう発想もあるよな、と気を取り直し、はじめの実行委員会を行った。

と、その直後、こんどは安倍昭恵を高江のテントに連れて行ったというニュースが。これにはもう、頭を抱えた。
高江の現場と言うことは、お食事会のような個人の問題では済まない。私が実行委員会に誘いたいと思っていた人たちのなかでも、かなりの批判が出るだろう、ということは容易に想像が付いた。

正直言えば、もうやめようかと思った。
フェス自体は、実行委員会があろうとなかろうと、それなりの形でできる実力は三宅事務所は持っているのだから、ここで無理をして関西の溝を広げることはないのでは、と何度も考えた。

しかし、何のために実行委員会を作ろうと考えたのか。それは、これまで様々な運動に関わってきた人たちと、Taro's net や三宅氏のファンのような、かなり層のちがう人たちの出会う場を作りたかったからだ。憲法改正の国民投票という、確実にやってくる試練に向けて、大きな網を作りたかったからに他ならない。
であるならば、やはりここは「納得してないけど、いっしょにやる」というスタンスをとり続けるしかない、と思った。

大きな構図で見るならば、新しい発想のやり方に、旧弊な活動家が文句をつけている、と見えるのは仕方ない部分はある。
とくに、批判にさらされている三宅さんたち新しい世代の当事者の目には、そう映るだろう。
だから、彼らは批判に対して決して譲ろうとしない。なんとか理解してもらおうという姿勢ではなく、「何が悪いの?」という批判者から見れば開き直りともとれる姿勢になり、溝は深まる一方だった。

私が望んだ新旧の間の橋は、新の側からも旧の側からも、望まれていなかった。
主観的には望んでいたかもしれないが、「分かってほしいけど、分からないなら要らない」というのでは望んでいたとは言えないからだ。

私に見える範囲でも、積極的な支持はすくなく、「なんで一緒にやるのか」という意見は多かった。
たぶん、一番多かったのは、「無視」だったように思う。
それはイジメの無視ではなく、それなりに運動の場数を踏んでいる人たちは溝を広げることを避け、今回は無視するという判断をしたように思う。同時に、三宅氏の行動が投げかけた問題、つまり「敵vs味方」という構図でいいのか? という問題はまったく深まることなく流れてしまった。

救いだったのは、私に向かって口に出して批判をした人たちの多くは、むしろ私と同じように「納得はしないけど、いっしょにやる」という判断で、ボランティアに入ってくれたり、参加者として来てくれたりした。
もちろん、「太郎さんがやるなら手伝う」、ということは大きかった。

そんなこんなで、私が当初考えていたような、大きな枠組みは作れなかった。
また、安倍昭恵のことなどとは別に、当面かなり無理のあることだということも、やってみて実感したところもある。

なので、心身の疲労は十分すぎるほどだったけれども、私自身にあまりやりきった感はない。
さあて、これからどうしよう、という感じだ。

一方で、三宅事務所の個性的な面々と少しでも話ができたのはよかったと思う。
高尾さん始め、フェスを仕切るスタッフの人たちには、私たち旧人類は大いに学ばなければならない。
もちろん、無理をして真似をするのではないが、「まず楽しませる」という姿勢とスキルを、私たちも自らのモノにする必要がある。

ここまで書いてきたこととは相反するみたいだけれども、フェスの1日は楽しかった。
20数店舗が並んだマルシェ、地響きのする大阪駅前、長蛇の列をなした夜の部。裏方に忙しくて中身に触れる時間のほとんどとれなかった私でも、なんだか楽しいなあと感じた。
これは、いわゆる集会やデモでは、かつて感じたことのなかった感覚だ。大事にしたい。

そうそう、ひとつだけ自慢をしておこう。
JR大阪駅御堂筋北口 での街宣は、史上初! (向かい側からでなく駅側乗りつけは)
ロケハンから曾根崎署での交渉までをやってみて、なかなかハードルが高かったけれども、なんとか道路使用許可をとりつけた。
前例ができたので、今後につながるのではないかと期待している。

こんな感じで、私の中でもぜんぜん総括なんてできていないが、これから参加した人たちの意見をいろいろ聞いてみて、もう少し考えを煮詰めたいとおもう。

まずは、一つの区切りとして、書き留めておきたい。


山本太郎さん、三宅洋平さん、それぞれの事務所の皆さん、実行委員やボランティアの皆さん、ありがとうございました。

2016-04-05(Tue)

辺見庸の「ことば」

おとといの日曜日は、大阪で辺見庸の講演会があったので聞いてきた。

10年近く前にも中之島公会堂に聞きに行った憶えがある。
(そのときのブログは これ

あの時の静かに火を吐くような迫力とは違い、今回の辺見氏の言葉は、戸惑いながら絞り出すような重みがあった。

冒頭に10の設問をあげていたけれども、3時間近い講演の中で結局言っていたことは、「ことばはまだ有効か、もう無効か」という問いと「暴力とは何か」 ということではなかったか。

遵法精神も公徳心もないと自称する氏が、それでも物心ついた時から背負ってきた「憲法」。ずっと生きたものを背負ってきたつもりだったけれども、実は死体だったのではないか。今それに気が付いて戸惑っている。
そう、率直に言っていた。

平和憲法は米国の押しつけどころか、天皇=国体護持のために日本の側から提案されたこと。
平和憲法をかかげながら、朝鮮戦争に荷担し、吉田首相がそれを「天恵」と言ったこと。
憲法は生まれた時から死んでいたのではないか、少なくとも瀕死なのではないか。
それに薄々気が付きながら、でも9条を守りたいために見ないふりをしてきたのではないか。

まさに、戦後史の核心とも言うべき問題に、自らの心の問題として切り込んでいた。

言葉がすべて「なんちゃって」になり、言語がすさんでしまった。
見えてみる物は自分が思ってきた物ではない。
ユートピアを語る時代は終わった。
オーウェルがパシフィズムはプロファシズムだと言った意味。
暴力は始まっている。

氏の語った言葉の断片を書き留めてみると、まった救いがない。
平和主義ですらファシズムを後押ししたと批判するジョージ・オーウェルのように、義勇軍として戦わなければならないのか。
そのような可能性をも、言外に言っていたのかもしれない。

しかし、結論は出すことなく、講演は終了した。

嘘をついていないと言うべきではない。
民主主義があると言うべきではない。

少なくとも、最後に言われていたこの言葉は、胸に刻んでおきたい。




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