2017-06-16(Fri)

共謀時代を生きる ~驚愕の事態にも慌てない胆力を~

共謀罪の凶暴採決から半日が過ぎた。

安倍官邸の暴走と、それに追いすがる自民公明維新の米つきバッタの群が、目の前を走り去っていった。
そして、暴走車にブレーキをかけるフリをしながら、決してタイヤに触ろうとしない、寸止め野党=民進党の姿も明らかになった。

もうこれで、日本は終わったのか。
絶望しか残っていないのか。
もちろん、そんなことはない。

これから始まる共謀罪時代を、私たちはしぶとくイヤラシク生き延びていくのだ。
そして、時間はかかるかもしれないが、いつの日か自分たちの手でこの悪法を葬り去るのである。

そのためには、何をすればいいのか。
何からはじめればいいのか。



共謀罪の本当の怖さは、フリーハンドでえん罪を作れるという機能にある。
細かい構成要件を云々しても意味は無いのであって、「物証のない密告だけでえん罪いっちょ上がり」ということが、共謀罪のすべてである。

つまり、スパイを使って「会話」を行わせ、その後ただちに密告すれば、ほぼ誰でも自由に逮捕することができる。
「会話」すらなくとも、密告だけでも3泊4日の留置所旅行くらいはご案内できる。4日目には無罪放免だったとしても、フツウのサラリーマンにとっては致命的な打撃になる。

満員電車の恐怖=痴漢えん罪のようなことが、日常生活のあらゆるシーンで起こりうるということだ。
たとえば、会社の上司ともめたら、アリもしない密告をされるかもしれない。
日照を奪うマンション建設に反対したら、密告されるかもしれない。
恋の競争に勝って彼女を射止めたら、元彼に密告されるかもしれない。

ありとあらゆるトラブルで、密告されれば逮捕されるのが、共謀罪なのだ。
政治に全く無関心な人でも、近隣トラブルや会社でのもめ事や恋のさや当ては日常茶飯事だ。
そんな場面でも、「上司を脅迫しようと○○さんと相談して、包丁を購入したんです」と密告すれば、あなたの敵は見事ブタ箱行きである。

これまでは、実行犯でなければ罪にならないから、なんの根拠も無い密告では逮捕状はとれなかった。
しかし、共謀罪は違う。密告が最上の証拠として、いきなり逮捕されてしまう。
法律の細かい規定はともかくも、そのように最大限拡大して運用されていく。



もうここに至っては、共謀罪はそういう法律だと思ってかかるしかない。

あきらめと開き直りしかない。
スパイをあぶり出せるほどの信頼関係を普段から作っておくことは確かに重要だが、運動が広がる局面でプロのスパイが入ってきたならば、まず判断することはできないだろう。
そのために疑心暗鬼になるよりも、やられるときは何をやっても言ってもやられるんだ と開き直るしかない。

最悪なのは、共謀罪を怖がって萎縮してしまうことだ。
敵は刀を抜くことなく目的を達成してしまう。

治安維持法から柳条湖事件まで6年。
共謀罪の6年後は、2023年。オリンピック景気が去って最悪の不景気に呻吟しているころだ。
その怨嗟の声を外に向けるためには、90年前と同じことをするのではないか。

今国会でこれほどに無理矢理に共謀罪を成立させたのは、その近未来を予測してのことだろう。
何をされても怒ることのない日本人をコントロールするために、共謀罪は必要ない。あまりにもオーバースペック。鉈で鉛筆を削り、日本刀で髭を剃るようなものである。
にもかかわらず、あえて暴挙の中で共謀罪を成立させたと言うことは、さすがの日本人でも現行法では抑えきれないほどの耐え難い事態に立ち至る、という予想があるからに他ならない。

今を生きる私たちが刮目すべきは、共謀罪そのものよりも、それを必要とする近未来である。



そうした敵の大きな戦略を考えると、場合によっては16日の国会最終日には、驚きの事態が生じる可能性もある。
すなわち、安倍内閣の総辞職である。

戦争法と共謀罪を作り上げるところまでが安倍晋三の役割だった、という可能性だ。
森友と加計の報道を解禁したのは、共謀罪で日和ることを許さないという中枢の意思であり、共謀罪が通ったところで、そのすべての汚れ物を抱えて安倍晋三を退場させる、というシナリオがあるのではないか。

安倍総理を辞任させたい麻生太郎 「森友」「加計」黒幕説が浮上
2017.6.15 デイリー新潮


麻生個人の欲望という意味ではなく、あまりにも汚れすぎた安倍晋三をすげ替えて、オリンピックに向けて盤石を体制を構築したいと思うのは、権力の常道ではないだろうか。
麻生が後ろ盾で岸田を立てる、などの策に出た場合、日本国民諸氏は、ころっと騙されるだろう。

顔は変わっても、問題は首相官邸のゲシュタポが健在である限り、権力構造は変化しない。
安倍・管がその極悪キャラを生かして汚れ役を務めたように、次の首相は任務としてお掃除役をやるだけのことだ。

そうした権力内部の煙幕に目をくらまされず、大局観をもって、しぶとく、イヤッタラシクたたかいつづけること。
自らのちからで政権交代を果たすまでは、何がおきても、その途を進むしかない。




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2017-05-20(Sat)

そもそも 日本人は自分の運命を自分で決めたことがあるのだろうか

治安維持法が衆院の委員会で可決されてしまった。
法律の名前はテロ対策ナンタラカンタラで、またの名を共謀罪というが、ようするに治安維持法だ。

まだ衆院本会議も、参議院審議も残っているが、安倍政権が倒れないかぎりは、どうにも止まらない。
仮に国会を占拠したところで、大幅延長で通年選挙にされてしまえば、時間の問題だ。

昔の自民党のように、妥協や取引が通用する相手ではないので、止める方法がまったく見当たらない。
また、野党側にも腹芸のできる人間は皆無であり、M問題やK問題とひきかえに共謀罪を流させるなんてことは思いつきもしないだろう。

以前から書いているとおり、安倍政権をもしかしたらひっくり返せる可能性でいえば、共謀罪よりも森友や加計学園問題のほうが、まだしも可能性は高い。
それ自体に違法性があること、自民党内の非安倍派も乗りやすいこと、ポピュラー(一般の感情に受け入れやすい)なこと、などなど。

しかし、問題それ自体の重さ、今後の国のあり方を決めてしまう影響力で言えば、桁がいくつも違う。もちろん、共謀罪のほうが大きい。
森友や加計の問題は、自民党にとっては日常茶飯事で探ればゴロゴロしている話しだが、共謀罪は国家と人民の関係が一変する。

「考えて相談しただけで犯罪」ということの もっとも恐ろしいことは、「いくらでも証拠をねつ造できる」ということだ。
ほぼ無制限にえん罪を作り出すことができる。
実行行為の証拠をねつ造するのはそれなりに大変だが、共謀の証拠など、その気になれば一瞬で無限に作れる。

20170520-3.jpeg治安維持法が、戦前の軍事独裁をしっかりと支えられたのは、この「えん罪製造能力」ゆえである。
処刑したい対象があれば、スパイを送り込んで他愛もない話しをさせておいて、「この人からこんな相談を受けました」と証言させればいい。簡単だ。
その効力が行き渡れば、最後は証拠すらいらなくなる。
よくしられた話しだが、あの吉田茂ですら治安維持法で投獄されていたのである。

この治安維持法を葬れるのであれば、M問題やらK問題やらと取引しても、どんなキタナイ手をつかっても私はOKだと思うけれども、昨今の野党や高尚なリベラル諸氏はこんなキタナイことはお嫌いなのだろう。
今あるリソースをギリギリまで使い倒して、現実的に何ができるか、という発想は、政治の世界ではおよそ耳にしない。
(ビジネスの世界ではあたりまえなんだけどね)

もちろん、キタナイ妥協は禍根を残すが、どっちがマシか、どっちがより致命的か、と言う選択の問題だ。



勧善懲悪、白と黒 という価値基準と行動規範しかもたない日本人の特徴は、トランプの理解と評価にも端的に表れている。
トランプの行動は、まさに今あるリソースをギリギリまで使い倒して、現実的に何ができるか、ということに貫かれている。その表面的な妥協や挑発を見て、黒だ黒だと大騒ぎしているのが日本のリベラルである。
そのような妥協や挑発をすることで、何をどこまで獲ろうとしているのか、ということには目を向けない。

しかし考えてみれば、日本人はこれまで「自分たちで自分たちの運命を決める」という経験をしていないのだから、仕方ないのかもしれない。
人間にとって、一つの社会集団(民族とか国民とか)にとって、本当に自分たちの行動に運命がかかっている というトンデモナイ重圧を経験したことがあるかないかは、決定的な違いである。

革命にしろ独立にしろ、アメリカを含むほとんどの国が一度や二度は経験している。
日本でも明治維新があるじゃないかとか、戦後民主主義がある とかいう意見もあるだろうが、それは まったくあたらない。

明治維新は、少なくとも政治権力に関するかぎりは薩長によるクーデターであり、相楽総三ひきいる赤報隊や自由民権などに端緒的にみられた民衆の意思と力は、利用するだけ利用したあとは血で粛正された。
資本主義のめばえすら、国家独占資本によって封殺してしまった。日本は、明治から今日まで、国家独占資本主義であり、その「進化」形の新自由主義であって、これは資本主義ではない。
20170520-1.jpeg
天皇の戦争責任も問えず、沖縄を売り渡し、ケーディスに作ってもらわねば憲法草案すら満足に作れなかった戦後の日本の、どこに自決の歴史があるというのか。
あの悲惨きわまりない戦争のあとで、なぜ自分たちで革命(運命をあらためること)できなかったのか。私は、わが歴史として心が痛い。恥ずかしい。
そして、この恥辱を感ずることのない「戦後民主主義」の、直線的ななれの果てが現在の惨状だ。

その後は、60年安保で大きな運動はおきたけれども、選挙になれば自民党が圧勝した。
70年安保では、戦後民主主義にたいする疑義を含めてラディカルな問題提起はされたけれども、当事者たる全共闘世代は独占資本の主力として吸収されていき、いまや悠々自適の団塊ライフである。



自決(自分で自分の運命を決める)の経験がない という希有な国民、たぐいまれな民族。
何がおきても、何をされても、本気で怒ることがない国民。
流れに身を任せていればなんとかなる という歴史的な潜在意識に支配された民族。

ある意味で、治安維持法に反対する声もろくに上がらない国に、治安維持法なんて必要ないのじゃないかとすら思うのだが、警察にとっては「あれば超便利」な打ち出の小槌(ふれば即座にほしい証拠が出てくる)だから、答弁拒否して一気に作ってしまえ!ということになった。
ちなみに、金田は「答弁できないのに法務大臣やってる」 のではなく 「答弁できないから法務大臣やってる」のである。
官邸の「答弁など全部拒否!」という方針に、ピッタリな人材だったのである。

これも前から書いている通り、安倍政権自体はガタガタだ。風前の灯火である。
日本のようなたぐいまれな国民でなければ、確実に5~6回は総辞職している。
そんな内閣すら倒すことができず、逆にやりたい放題で治安維持法を作られてしまう体たらく。

20170520-2.png 声を上げよう というのは簡単だ。
しかし、10万にやそこらが声を上げても、どうにもならないということは実証済みだ。
しかも、その声を「大きな音だね」と言ってのけた野郎が、野党第一党の幹事長におさまってるんだから、なにをか言わんや。

やはり、原点に立ち戻るべきなのではないか。
原点とは、自分たちのことは自分たちで決める、すなわち、日本の独立 である。

対米従属を批判する人は多いのに、日本の自立を求める話しはさっぱりウケない。この矛盾を矛盾とすら感じない人が多い。
日本の民が解放されるためには、まず「独立=独自核武装」という刷り込みを消し去らなければならない。反戦な独立という展望を語らなければならない。

私たちに欠けているのは、知識でも良識でもない。
「自分で決める」という重圧を受け止める覚悟である。

責任をアイマイにすることで享受してきた「戦後民主主義」に対する、深い(ラディカル)反省から、あらためて自決する覚悟を涵養すること。
遠回りなようで、それが唯一の道なのではないか。
歴史上はじめての責任に、立ち向かうことの始まりなのではないだろうか。




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2017-05-01(Mon)

日本のメーデーが燃えないのはなぜか

今日はメーデーだった。

May Day 5月の日。昔は古代ローマの花の神、フローラを祝う祭りだったとか。
たしかに、今の時期はいろんな花が一斉に咲き乱れ、フローラ祭りをやりたくなる気分よくわかる。

そんなほのぼのとした祭りの日が、なんで労働者の権利をもとめる闘いの日になったのか、その経緯はよくわからない。
一説では、祭りの日は労使が休戦して仲良く楽しんでいたのが、やがて労働者の権利の主張につながったという話も見かけた。

その辺の経緯はともかく、本格的に労働者の闘いの日になったのは、このあたりが定説のようだ。

(以下引用)

世界大百科事典 第2版の解説

その起源は1880年代のアメリカにおける8時間労働制を要求する運動にある。84年に〈労働騎士団〉をはじめとする労働組合が,5月1日を期して8時間労働制要求のゼネストを行うことを決め,第1回の行動として86年5月1日に〈8時間の労働,8時間の休息,8時間の教育〉をスローガンとしてストライキ,デモ行進を行った。

(引用以上)

130年前に8時間労働を求めて立ち上がったのが、労働者のメーデーの始まり。
しかし、現代日本を振り返ってみると、月に100時間の残業もOKで、70~80時間は当たり前だ。130年間、何の成果もえていないということだろうか。
それどころか、残業時間の天井を決めることで、それを超える時間は自動的にサービス残業にさせる、ということがまかり通っている。36協定は、労働者を守るどころか、サービス残業の理由になってしまっている。

近年は人手不足だと言いながら、労働環境の改善はされず、少ない人数でより多くの仕事をさせるという、より過酷な労働環境になっている。いったいぜんたい、労働市場という観念は、日本には存在しないのか??

これほどひどい日本なのだから、130年前よりは、ちょっとはマシにしろ! と働く人たちが立ち上がって、盛大なメーデーを敢行しても良さそうなものだが、昨今のメーデーはまったく盛り上がらない。
30年くらい前に病院に勤めていた頃は組合があって、私もメーデーに参加していた。当時はまだしも人数は集まっていたようだが、集会後の組合のボーリング大会が楽しみだったり、日当めあてだったりして、あまり切実な闘いの雰囲気はすでに無かった。

まして、その後建築の世界に入ってから、組合というものにお目にかかったことがない。中堅ゼネコン、零細設計事務所、地場の工務店などなどいろいろ勤めたが、労働組合なんて月の世界はなしかと思うくらい、まったく縁の無い、遠い遠い世界だった。メーデーなんてニュースで見て、へえそうだったんだ、と思うくらい。

これを、「日本の労働者は意識が低い」と決めつけてご高説をたれるのは簡単だ。しかし、私はそんなことではないと思っている。

結論から言ってしまうと、日本でメーデーが盛り上がらない理由は、日本が資本主義ではないからだ ということだ。
日本には労働者はいない と言う意味でもある。

労働者というのは、労働力だけを糧として生きる人間のことだ。
労働力以外の生産手段を独占しているのが資本家で、労働者と資本家は必然的に対立せざるをえない。
というのが、典型的な資本主義の姿である。

しかし、日本の「資本主義」には、労働者と資本家の対立以上に鋭い対立が内包されている。
それは、元請けと下請けの関係だ。
大企業と中小零細の関係といってもほぼ同じ意味だろう。

明治時代に無理矢理「資本主義」の国になった日本は、官僚が敷いたレールの上を政商が走り、多くの零細企業はその下支えをさせられた。
敗戦後、財閥解体で一度はそうした構図がなくなるかに見えたが、実質は何も変わらず、官僚主導の官製「資本主義」が異常に発達した。護送船団方式などとも言われた。
限られた巨大企業が圧倒的な主導権をもち、中小零細はそのおこぼれをもらって生きるしかない、という構図は、産業規模が大きくなったぶんだけ、むしろ戦後に強化されたのではないか。

いかに中小企業と大企業の格差があるかについては昨年12月に書いたこの記事を参照してもらいたい
 → 国民の7割は中小零細企業の社長と社員とその家族だ 

収入面の結論だけ書くと
中小企業の社員のほとんどは、全体の平均年収ももらえていない。
まして小規模企業にいたっては、社員5千人以上の超大企業の年収の6割にすぎない。
これに福利厚生や退職金を含めれば、もっと大きな差が開く。

大企業からギリギリのコストを押しつけられている中小零細企業で、労働者が盛大に権利を主張すると、ほんとに倒産する。
そういう現実の中で、7割の「労働者」は働いている。
そのリアルに向き合っている目からは、組合作ってメーデーで盛り上がれる身分はうらやましい限りだ。

また一方で、大企業社員や公務員は、比較的恵まれた待遇があるために、あえて組合だメーデーだとやらかす動機が薄くなる。
当然のこととして、組合はあっても組織率は激減してきた。

日本の「資本主義」は本来の自由競争とはほどとおい官製「資本主義」であり、スタートでできた格差が長年の蓄積でさらに差が開いた状態が今日の姿である。
第2に財閥解体をやらないかぎり、日本に資本主義は生まれないし、本来の意味での労働者もうまれない。

では今の「労働者」に見えているものはなにか。
それは、村落共同体に縛られ、年貢を搾り取られていた農民の姿そのままである。
幕府や殿様が「政官財」にかわり、村落共同体が中小零細企業に様変わりはしているが、大きな構図は江戸時代と何ら変わっていない。

このような今の日本で 労働組合やらメーデーやらが盛んになるわけがない。
この現状を出発点にして、なんとか人が人らしく生きていける途を探るためには、私は労働者VS資本家の闘いではなく、下請けVS元請け、中小零細VS政官財 の闘いを作っていくべきなのだと思っている。

こんどこそ財閥解体を成し遂げて、明治から営々と積み上げてきた官製のアドバンテージをすべて奪い取り、改めて自由競争による資本主義を発進するところから、この国はやり直すべきだ。

なお、誤解のないように蛇足を書いておくと、新自由主義は自由競争とはもっとも遠い場所に生息するアンフェアの権化のような存在であり、資本主義ですらない。だから、資本主義の出来損ないの日本は、やすやすと新自由主義の餌食になったのだ。
だから、私の言う自由競争は、新自由主義礼賛ではない。真逆である。

また、やり直した資本主義がうまくいくという保証もない。
しかし、あまりに不平等から出発した官製「資本主義」を一度解体しなくては、これをいくらこねくり回しても、腐った材料は腐った料理にしかならない。

こうした自由競争の資本主義を生き生きと活動させるために、政治の福祉とかセイフティーガードが必要なのだ。
福祉大国と言われるスウェーデンは、企業に対する救済を一切やらない、極度の自由競争主義だという。だから、業績が悪いとどんどん倒産し、じゃんじゃん失業する。なので、不採算分野はさっさと儲かる分野に鞍替えして、失業者は手厚い福祉でバックアップされる。
国の規模が違うから、単純に引き写しはできないが、これが本来の資本主義なのではないか。

血のメーデーから65年。
昔日の劣化コピーで、惰性のメーデーを続けることよりも、もっとラディカルに変革を考えてみることが必要だ。
5月1日 そう考えた。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 17

16 からつづく

 では、化学物質過敏症ではないシックハウスとは何かというと、家が原因で病的な症状をきたすこと全般である と当時そのNPOでは言っていたように記憶する。原因物質はいろいろあるわけで、もちろんペンキや接着剤や合板などの建材から出るトルエン、キシレン、ホルムアルデヒド、シロアリの薬(防蟻剤)だったクロルピリホス、建築とは違うけれど家の中にある防虫剤のパラジクロロベンゼンが代表物質と言われている。建築基準法で、クロルピリホスは禁止、ホルムアルデヒドは建材から発散する量によって等級がつくようになったので、一般の人でもなじみがあるかもしれない。

 建築基準法で決められたのはもう一つ。強制的な24時間換気だ。さきほどの防虫剤なんかもそうだし、家具や消臭剤やいろいろと家の中に持ち込む化学物質がたくさんあるので、それを吐き出すために人が常時いる部屋は24時間換気扇を回しっぱなしにしなければならない。当然、排気がある以上は吸気口もつけなくてはならず、いくら弱で回しても冬などは寒い。ここまでしなくちゃならない理由は、じつは持ち込み物質だけじゃない。イマドキの建材はたしかにホルムアルデヒドはかなり抑えられているし、トルエンやキシレンがプンプンするものはほとんどない。でも、他の物質を開発して代替しているので、さて何が良いのやら悪いのやら、よほどの化学物質の毒性に詳しい専門家じゃないとよくわからない。しかも、クロルピリホスのように昨日まで問題ないと言われていた物質が急に禁止になったりするわけで、専門家の言うことを丸呑みにするのもなんだか怪しい。

 いろいろ考えたあげく、ボクがたどり着いたのは「できるだけリスクを減らす」という何の変哲もないありふれた答えだ。まずゼロにはできない。化学物質もゼロは難しいし、天然化学物質は木の家ならばじゃんじゃん出てしまう。天然だって度が過ぎれば症状が出る。桧(ひのき)なんてほんのり香ってるぶんにはいい臭いだけど、六面を桧に囲まれた部屋だったりすると頭が痛くなる。桧オイルをこぼしたときなんて、もう大変だった。ゼロリスクにはできない。そのことは、まずはじめに住み手の人に言っておかなくてはならない。

 その上で、できるだけリスクを減らす。家の内側には合板は使わないとか、江戸時代から長く使われている材料にするとか、人口の化学物質を使うときは揮発性のない物質にするとか、まず口には入らない箇所に限定するとか。一番気をつけているのは、床暖房を使うときの床材だ。床材には見えている床材(フローリング)と、その下にもう一枚貼ってある床下地材がある。イマドキの家は99%厚い合板(ベニア板)の床下地材の上に合板のフローリングが貼ってある。もちろんホルムアルデヒドをあまり出さないフォースターという等級のものなんだけど、これが暖房かけちゃうと思い出したようにホルムアルデヒドを出してしまう。床だから逃げるわけにもいかなくて、寝転んだり子どもだったりペットなんかはかなり濃いのを吸ってしまう。なので床材、とくに床暖房するとこは合板は使わずに無垢の板にするか、揮発性のない接着剤を使った集成材にする。

 あと、建材から出る物質で気をつけなくちゃいけないのは可塑剤だろう。ビニールクロスとかビニールのシートを表面に貼ったドアなんかの建材から出ている。最近の一般的な新築住宅で臭っているのは、ほとんどこれじゃないかと思う。環境ホルモンの疑いなどもかかっていて、ボクはできるだけ避けるようにしている。

 見た目に反して化学物質の温床と言われているのが畳。い草を染める染料と、育てるときの農薬、裏側に貼ってある殺虫シート、畳床に使われているポリスチレンなどなど、どれも致命傷ではないかもしれないが、できるだけリスクは減らしたい。だから、明月社の家ではダイケン畳というのを使っている。い草の代わりに和紙のこよりなので農薬はないし、畳床はインシュレーションボードという木の繊維を接着剤ではなくて熱で固めたボード。もちろん完璧ではないけど、かなりマシである。ご予算がウンとあって和室にはこだわりたいという方には、無農薬のい草に無農薬の藁床畳という高級オプションもある。

 家の中の建材で、かなり面積が大きいのはドア。イマドキドアは木の繊維を接着剤で固めたもの(MDFという)にビニール系のシートを貼ってある。そのシートの木目が職人の「作品」だという話は前に書いた通り。このドアも、もちろん建築基準法の基準は守っているけれども、やっぱりできるだけリスクは減らしたいので、予算にも関わるので必ずとはいかないけれども、無垢の木を使ったドアを使いたい。完全無垢は技術的に難しいので、揮発性のない接着剤を少量使った集成材と言うことになるが。

 よく使っているのはニュージーランドで一貫生産していることをウリにしてよくTVコマーシャルもやっているあのメーカーの製品。「さんざん国産材だと言っておきながら何なんだ」と怒られそうだが、なにせお値段の問題がある。国産材のドアメーカーはなかなかのお値段なのだ。実は、そんな中でもシンプル&リーズナブルに製品化できそうな工場を見つけたので、新幹線に乗って工場の見学や打合せにも行ってきた。次の設計でご予算が合えば使ってみようと思っているのだが、肝心の次の仕事がない! だれかボクに家を作らせてくれ・・・

18 へつづく

2017-04-15(Sat)

カンパとドネーション

最近は、市民運動界隈でも新しい横文字が多い。
20170415-1.jpgビラとかチラシはフライヤーとかいうらしい。私はフライヤーと言ったら厨房の揚げ物つくるあれしか思い浮かばない。
古色蒼然たるのぼり旗は禁止という集会なんかもあり、セブンイレブンで印刷するプラカードが主流だったりする。
デモはパレードで、カンパもドネーション。ドネーションが寄付という意味なのは知っているけれど、なんとなく違和感がある。

カンパという言葉は、すっかり市井に溶け込んでいるのでいまさら左翼用語だと言う人もいないだろうが、もともとはカンパニア闘争すなわち大衆闘争という意味からきている。wikiによれば、カンパニアというのはロシア語だそうでなるほど、左翼用語だったのだろうなと思わせる。英語にするとキャンペーンだそうである。

カンパがカンパニア闘争から派生しているということは、やはりドネーションとはそもそも意味が違っていたということになる。
寄付は集まったお金のほうが目的だけれども、カンパニアであれば多くの人に出してもらう行為のほうが主たる目的と言うことになる。どちらが良い悪いではなく、主目的が違う。

だから、左翼であっても金額をきっちり集めたいときは寄付と言うべきだし、イマドキ運動であっても出してもらう行為に主眼があるときはカンパと言ったほうが正確だ。
違いは、それだけではないような気もする。カンパは小銭を出してくれた人も運動の中の人であり、寄付はやや外に立っているというニュアンスがある。ドネーションという耳慣れない言葉で言われると、よりその感じが強くなる。

あまり関心の無い人にもちょっとでも目を向けてもらおうと言う意味では、外に立っているドネーションで良いのかもしれないし、運動に参加してもらおうという意識付けではカンパと言ったほうが良いのかもしれない。
どっちが良いのかはわからないが、そういう違いがある。

服装やら横文字やら音楽やら、イマドキの運動はかなり気を使って、古くさい左翼運動チックな臭いを消し、楽屋落ちにならないように努力をしてきた。
私自身そうした集会等々にも数多く参加してきたし、昨年の憲法フェス大阪では主催側で関わったりもした。
そして感じたことは、あまり効果が無いのかな ということ。

20170415-2.jpg音楽をやれば音楽好きはあつまるけれども、それは政治の課題の枠が拡がったのとは違う。
音楽イベントで政治にも触れたということであって、逆にその音楽を好きな範囲に限定されるし、音楽がなければ集まってこない人たちがほとんどと言うことになる。

ダサい左翼臭を忌避することでフツウの人々が大挙参加したかと言えば、なんのことはないご参集の方々の主力は団塊の皆様だったりした。
もちろん、沈黙していた団塊世代が定年退職したこともあって久々に街頭に出てきたことは、決っして悪いことではない。

ここ数年の経験を振り返ってみて、どうもピントが外れていたような気がしてならないのである。



イマドキの運動は大言壮語しない。
昔の左翼のように、デキもしないことを激しい言葉でアジることもしない。
誠実に思うことを述べて、あとは野党共闘でお願いね という話だ。

たしかに、政党間の桎梏を取り除くために、市民団体の介在は意味がある。お互いに、妥協するために言い訳になるからだ。大義名分と言ってもいい。
野党共闘が、大いに有効であるならば、それで万事OKなのだが。。。

20170415-3.gifもう繰り返さないが、民進党という鵺(ヌエ)を頼りにした野党共闘が、果たしてどこまで有効性があるのか。当面、選挙になれば共闘はせざるを得ないのは間違いない。しかし、「政権交代させないため」の集団を頼りにして政権交代がデキるわけがない。

せいぜい、大負けを小負けで済ませるという程度の効能しかないだろう。

今いちばん必要なのは、気楽に参加できる運動とか、ヌエのような大同団結ではなく、「頼りになる政党」 なのだと思う。
「頼りになる政党」の条件とは

1.権力も財産もコネもないフツウの人間が、死ぬまで生きられるような 確実性のある政策
2.自公や官僚に忖度せず、政策実現のために全身全霊をなげうつ
3.カンパニア=大衆組織をしっかりと作る

例え今は少数でも、この三つを確実に進める政党ができれば、選挙の様相は絶対に変わる と私は思う。
まったくの夢物語かと言えばそうではない。
社民党、自由党、さらには地方議員を擁する緑の党、新社会党、かなり数多くの無所属市議など、核になりうる人たちは存在する。問題は、それをまとめる人がいないだけだ。

それと重要なのは、大衆組織である。
大衆組織のない小選挙区制は、たしかに党本部の独裁体制を生み、安倍一強と言われる現状を作り出している。
しかし、各小選挙区ごとに100人の活動家がいて、1000人が年に1万円をカンパするならば、政党助成金に縛られることのない自立した運動ができる。最初はその1/10からでもいい。

この組織が共産党と協力すれば、自民+公明+維新+小池新党の連合軍とも互角に戦うことができる。

共闘すべきはヌエのような民進党ではなく、それ以外の人々であり、それが、野党共闘頼みではなく、自分たちの組織を作ると言う方向を向かなければ、いくら姿形や言葉遣いをどのように飾ったとしても、日々の暮らしに追われる国民の目には「趣味」にしか映らない。
本当に「頼りになる政党」を作る。それしかないと思う。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 11

10 からつづく

 日本の林業には輝かしい黄金期がある。1960年代前半から1970年代にかけて、国産の木材は飛ぶように売れた。出荷量は現在の3倍以上。当然値段も高く、物価を勘案すると2倍以上の価格で売れていた。つまり、今の6倍以上儲かっていたわけだ。しかしウハウハの極みにあった1980年から出荷量が急激に減り始める。戦災復興→高度経済成長→持ち家政策という一連の住宅景気が一段落したところに、第2次オイルショックだった。さらに1990年代のバブル崩壊後には出荷量のみならず価格も下がっていった。こうして濡れ手に粟の日本林業は、補助金でかろうじて命脈を保つ絶滅危惧産業になってしまった。
 木材の価格だけ見れば1980年までの価格は明らかに高すぎたのであり、濡れ手に粟をキッパリ諦めて適正な利益を生み出す程度に修正すべきだった。そうすれば輸入材にここまでシェアを奪われることもなかったし、少々の不況はあっても絶滅危惧されるところまで落ち込むことはなかったはずだ。

 さらに困ったのは、使える木を切り尽くしてしまったことだ。戦争中、お寺の鐘までが武器を作るために供出されたことは有名だが、木材も同様に日本木材統制株式会社という国策会社によって軍需用に乱伐され言い値で供出させられた。戦争に負けると今度は焼き尽くされた住宅の復興が始まった。敗戦直後は全世帯数の1/4にあたる420万戸の住宅が足りなかったというから、木材は伐れば伐っただけ高値で売れた。こうしてただでさえ荒廃した日本の山を、戦後は莫大な復興需要のために後先を考えず伐って伐って伐りまくった。

 もちろん拡大造林の大号令をかけて植林に励みはした。なんと15年間で400万ヘクタールに杉や桧を植えてしまった。400万ヘクタールというのはなんと日本の陸地面積の1割以上で、現在の日本中の宅地面積の2倍以上だ。恐るべし。しかし、当たり前だが植えた木は何十年かたたなければ商品にはならない。泥棒を捕まえてから縄をなうどころか、泥棒を捕まえてから縄の原料になる麻の種まきをするようなものだ。これだけの植林となると林業家ではない人たちも木材バブルに浮かされて里山の広葉樹を切り捨て、田んぼや畑にまで杉桧を植えた。本当は杉には適さない山にもどんどん植林した。
 低い山の南斜面に杉を植えると、目の詰まった良材はとれずに花をいっぱいつけて花粉を大量生産すると林業家に聞いたことがある。ご想像の通り、毎年春の花粉症はこの拡大造林運動の結果である。

 こうして需要の側からも供給の側からも木材バブルは幕引きとなったのだが、日本林業の基本路線はいつまでたっても「いつかまた値が上がる」「値を上げるためにもっと使え」だった。ボクは吉野の台風被害の木を使ってから、林業についての本を買い込んで読んでみた。そのほとんどが現状を嘆くばかりで、口を揃えて「日本の山は困っている」「国産材は安い輸入材に負けた」「日本の環境を守るためにもっと日本の木を使え」だった。最初は「大変だなあ」と同情していたのだが、何冊読んでも嘆き節なのに、ややうんざりしてきた。冷静な分析や、経営的な将来計画について書いてあったのは、当時読んだ中では唯一「イギリス人が見た日本の林業の将来」という本だけだった。おいおい日本人、自分で考えようぜ、と暗澹たる気分になった。

 それでも、明月社の家は国産材を使っている。産地は土佐嶺北、土佐梼原、吉野天川、十津川、球磨とその時々の縁でいろいろ替わってきたが、日本の山の木で建てるということは一貫してやってきた。しかも、いずれもその産地を自分の目で見てある程度その産地の事情を理解し、可能ならば住み手も産地まで同行して自分の住む家の木の一本くらいは自分で伐るようにしてきた。
 なぜ日本の木にこだわってきたのか。論理的に説明しろと言われてもちょっと難しい。理屈抜きの感情のほうが大きいからだ。自分たちの何代か前の世代の人たちが植えまくってしまった木材バブルのせいで、やっと使い頃になったら山に放置されている杉や桧たちが気になって仕方ないのだ。伐って使うのは人間の都合だから、そのまま放置しておけばいいという話は残念ながら通用しない。そもそも使うために植林した木たちだから、放置してもマトモに育たない。畑の野菜が間引きしないとヒョロヒョロになるのと同じで、過密に植林された杉や桧は放置すると異常に細長くなり、枝と枝が重なって地面には日光が届かない。草も育たず土は流れて根がむき出しになり、そこに台風や大雨がくるとまとめて倒れたり土砂崩れを起こしたりする。林業用に植林された山は、放置してもそう簡単に自然に戻りはしない。

 バブルに浮かれて伐りすぎて植えすぎた責任はボクにはないし、もちろん住み手にもない。同時に、植えられた木たちにも責任はない。けど、山に行って、使い頃の木たちが切り捨てられて腐っていく姿や、間伐もされずにロウソク林(異常に細く密集した状態)になってしまった姿を見ると、たまらない気持ちになる。もったいないどころか、植林地の中心でバカと叫びたくなる。ボクたちの住まいからほんの半日の距離にこうした木々がそれこそ山のように生えている。これはもう どうしたって使わずにいられなくなるのだ。
 それと、国産材は「気持ちがいい」。国産の杉や桧は輸入材のベイマツやベイツガや福州杉なんかと比べると、見た目も匂いも格段に気分がいい。別に国粋主義でもなければ輸入物を差別しているのでもなくて、感覚的に気持ちがいいというのは、ボクだけじゃないと思う。やっぱり同じような風土で育ってきたせいなんだろうなあ。

12 へつづく
2017-02-06(Mon)

ノンサンス 方向性が見えない

昨年の参院選からあと、私の目には 大きな方向性が見えない。

両院で2/3以上とられてしまったからには、「安倍政権の改憲を阻止する」という右から左までのおおきな括りを作っていくことが急務ではないのかと思い、憲法フェスをキッカケにしてアクションを起こしていきたいと考えたのだが、二つの理由で頓挫した。
一つは、選挙中に改憲反対!、2/3とられたら終わりだ!と言っていた人たちが、意外や意外「改憲はまだ少し先でしょ」とわりと冷静に構えていることだ。まず、ここでつんのめった。

それに加えて、安倍昭恵事件があった。
山本太郎さんを頭にした憲法フェスのつもりだったのだが、諸般の事情で三宅洋平さんが中心になり、その三宅さんが安倍昭恵を高江にアテンドしたということで、憲法フェスにもともと集まってもらおうと思っていた人たちの半分がそっぽ向いてしまった。
私が直接関わった大阪では、安倍昭恵事件に腹を立てている人たちの多くが、あえて攻撃はせずに静観してくれたので、フェス自体はつつがなく波風立てずに行うことはできた。

しかしながら、当初の目論見とはかなり違う方向になってしまい、私自身、その後をどうつないでいいのか見当がつかないまま、単発のイベントとして終わってしまった。
自分の対応力の無さも情けない限りだが、状況は察していただきたい。

その後は、進む方向が見えない時は、とにかく足場を固めようということで、自由党近畿、および大阪府連の発足の手伝いに専念した。11月26日の大阪府連大会には、会場の定員の倍近い人が集まり、隠れ自由党や隠れ小沢ファンもまだそれなりに健在なのだということがわかった。
街宣車の段取りもなんとか目処がつき、あとは党としてどうするのか、私が口を出せる範疇ではないので見守るしかない。

自由党は全国で支部大会をやったわけだけれど、その後をどうするのか、どうしたいのか、まったく方針が聞こえてこない。
原則論はあるけれども、運動方針、組織方針が見えない。
ということで、自由党のお手伝いも一段落してしまった。

そうこうしているうちに、トランプが宗主国の大統領になり、その型破りなやり方や言説に、植民地日本でも非難囂々ということになった。従来のジャパンハンドラーズにつながるようなマスコミや御用学者連中などがトランプに悪罵を投げつけるのは想定内だが、反安倍の立場が明確ないわゆるリベラルの人たちの多くも、マスコミ以上に激しくトランプを批判するのには驚いた。
もちろん批判されるべきところには事欠かないので、トランプ批判が問題なのではなくて、マスコミにまるっぽ乗っかってやらかしていることに驚いたのである。

植民地日本においては、良い人か悪い人かということも大事かもしれないが、それ以上に、政策の真意を探ることが死活問題だ。
対米従属にかわりはないとしても、「どのような対米従属を望んでいるのか」ということを、しっかりと分析しなければならない。
そして、より悪い事態には身構えなければならないし、なんらかの方向転換があるのならば、なんとかつけ込む隙はないか見極めるべきだろう。
そうしたことをすっ飛ばして、排外主義をなじるばかりのリベラルの姿に、「この後に及んでえらい余裕やなあ」と驚いたのである。

そして、「同じ方向を向いているようでも、意識の差はまだまだ激しいなあ」と、これまた方向性が見えなくなってしまった。



もちろん、大問題は山ほどある。
共謀罪、辺野古の工事再開、GPIFの対米投資、どれをとってもこの国がひっくり返るような問題だけれども、残念ながら現在の彼我の力関係と、安倍晋三の「どんなにヒールになってもやる」という決心と、そんな安倍を支持する過半の世論を見るに、短期でなにかをひっくり返せる状況ではない。

だから何もしなくてもいい、ということではなく、一つ一つにできるだけの抵抗をすること、そのことで世間に波を立てることは決定的に重要だ。その積み重ねがなければ、仮に当分は後退局面だったとしても、どこかで反転するための下地を作ることはできない。

それは理解した上であえて言うのだが、それでも当面はほとんどのテーマで負け続けることは覚悟しなければならない。
そして、それらに組織的に、統一的に、できるだけ有効に反撃する、国民に反撃の姿を見せられるような運動方針が、どの党からも出てこない。
それぞれの現場で取り組んでいるグループが、バラバラに抵抗を続けることに任されている。一部には、バラバラのほうが民主的なんだという意見まである。

ないならば自分で考えるしかない。もちろん、私が考えたとて、それが何に影響するわけでもないけれども、何も考えないよりはマシだろうし、そんな人が増えてくれば、集まって摺り合わせる場を作ることもできるかもしれない。

ひとつは、提言できる政策を考えるということがある。
とくに、中小企業対策だ。なぜ他ではなく中小企業対策なのかは、昨年12月に書いた記事を見ていただきたい。
 →国民の7割は中小零細企業の社長と社員とその家族だ

私は、野党が自公に勝てない大きな原因は、ここにあると思う。
政策がないこともそうだが、そもそも「中小企業の経営者と社員と家族」という塊を想定していない。
中には経営者が腹黒でブラックな職場もあるだろうが、たぶん「ブラックにしないと潰れる」という環境であることが多いのではないか。社員もまたそれがわかっているから、あまり文句も言えず問題が顕在化しない。
そんな、運命共同体のようにして耐えている中小企業に連なる人たちにとって、大企業や公務員の組合の話など、遠い国の物語にしか聞こえない。
アベノミクスで大企業が儲かれば、少しは中小企業にもおこぼれが回ってくる、という話のほうが、よほど現実的なのである。


ふたつめに、やはりトランプ政権の研究である。
アメリカファーストは、明らかに対米従属の「質の転換」がともなうはずだ。そこに何かの隙はできないのか。
沖縄の翁長知事は今も米国に行っているが、やはり沖縄の問題を考えた時、どうしても欠かせないテーマだ。

安倍政権も、ボーとしているわけではない。辺野古が唯一、尖閣は安保対象、と行ってもらうために必死の裏交渉をやってきたはずだ。そして、その橋渡しになっているのが、どうやら統一協会ではないか という見立てもある。
 →驚天動地!安倍・トランプ会談は統一教会の手配だった(らしい)

統一協会は、権力構造に食い込むためならば、まったく無節操に思想を変幻させる連中だ。
アメリカのムーニー(文鮮明主義者)がさっそくアメリカファーストに適応して、ぐいぐいと食い込んでいることは充分にありうる。そして、実施的な配下である安倍晋三を導いているという筋書きは、ものすごくリアリティがある。

しかし、いくら統一協会が無節操でも、最後は統一協会が世界の中心になるという一線だけは捨てられないので、トランプがアメリカファーストを徹底してくるときには、かならず齟齬が生じる。
それは、日本でもゴリゴリの国粋右翼と、統一協会の右翼(ぶりっこ)とは、ギリギリのところでうまくいかなくなる。天皇の生前退位問題で割れているのは、そらくそのあたりの事情ではないかと推測している。

統一協会ルートの安倍晋三と、トランプのアメリカファーストが軋み出すところが、圧倒的に劣勢な私たちが突っ込んでいけるポイントになるはずだ。

みっつめに、金集めだ。
サンダースが2億ドルもの献金を集めた経緯を、しっかりと学ばなければならないだろう。
政権交代をいくら唱えても、カネがなければ選挙はできない。300人の候補を立てる供託金だけで18億円かかるのだ。最低でも50億、本来なら100億円は集めなければ、政権交代などタワゴトだ。
人口2.5倍のアメリカで、サンダースが220億円ほど集めたのだから、決してハナから無理と決めつけるような金額ではない。

もちろん、党や候補者なしに献金は集まらない。
「俺にやらせてくれ!!!」という強烈な熱波がなければ、だれだって財布のひもは緩めたくない。
そうなると、最初の党の話に戻ってしまうので、堂々巡りになるけれども、すくなくとも、研究はしておくべきだ。
まずは、各ブロックで1億円集められるようになれば、衆院ブロック比例に挑戦することはできる。
例えば近畿ならば、6人の候補を社民+自由+市民で立てることができれば、現状でも1人は通る可能性は充分にある。参院選の社民と自由の票だけで25万あり、だいたい30万票で1議席とれるからだ。

そんな動きもできるのかどうかまだわからないが、さまざまな具体的な選挙を経験として、献金をあつめる方法を鍛え上げていくことが、しばらくは苦しい時代においてやっておくべきことだろうと思う。

いずれも、短期でどうこうなる話ではない。
2030年くらいまでの戦略を考える必要がある。

国民が考えて政権交代ができるような、理想的ではなくともかなりマシな政治体制。
自分の国のことは自分たちで決められる独立した国。
なにがあっても戦争を避ける知恵の共有。
モノを作って価値を生み出す、生産活動の復活。
学ぶことの深い楽しさを味わえる教育。(もちろん無償)

リアルな夢を語りながら、その道筋を描いていく作業は、政治のもう一つの役割だ。
まだ遠い道程であっても、脳が諦めてしまえば現実はそれ以上には進まないのだから。



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2月19日(日) 木の家完成見学会

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2017-01-18(Wed)

APAホテルの開き直りについて

アパホテルが南京大虐殺否定本、中国SNSで炎上⇨同社は「客室から撤去しない」
The Huffington Post 2017年01月17日


アパグループ代表の元谷外志雄が安倍晋三のホンネを赤裸々にしたような人物だというのは、つとに有名な話で、このような本を書いていたことも、客室に置いていたことも、驚きはしない。
微博にアップされた告発動画が1億回ちかく再生されて、同社の予約サイトがダウンしてしまっても、あくまで撤去しないと開き直るのも元谷氏らしいといえばそれまでだ。

元谷外志雄という人は、ただの極右経営者では無くて、安倍晋三の(違法)後援会である安晋会の副会長でもある。
安晋会は、あのヒューザーや姉歯の耐震偽装事件の時に、ヒューザーの小嶋進がこの安晋会人脈をフル活用していたことで、いちやく有名になった。

20170118-1.png

ところが、当のアパホテルの耐震偽装が発覚するや、当時追及の急先鋒にたっていた馬淵澄夫も急に沈黙し、元谷とアパはお咎め無しどころか被害面をして幕引きとなった。
安晋会新参者のヒューザーと、副会長APAとの扱いの差に、唖然とした人も多かったはずだ。

しかも(違法)後援会と書いたように、安晋会は無届け後援会であり、違法な政治資金を集めている可能性が高い。

下村文科相の嘘を元後援会幹部が実名告発! 安倍首相にも同じ手口の不法な集金が…
2015年3月5日 リテラ


 安倍氏が幹事長に就任した少し後の03年12月、大手町・パレスホテルのローズルームに800人もの招待客を集めて、「新進気鋭の経済人と政治家の明日の日本を考える会──安倍晋三君の自民党幹事長就任パーティ」が開催されたが、このパーティも安晋会が主催したものだった。
 実際、このパーティでは、主賓の安倍氏に続いて、二十数人の財界人が登壇し、「安倍幹事長の後援会・安晋会の役員」として紹介されている。

 ところが、その安晋会は下村文科相の博友会と同じく、政治団体としての届け出をしておらず、収支報告書を一度も提出していなかった。
 たとえば、同パーティの会費はひとり2万円で、単純計算でも1600万円の収入。ホテル代などの経費を差し引いても1000万円以上の金が手元に残ったはずだが、その使途はまったくわかっていない。

(引用以上)

安倍晋三はこういう濃厚な支持者に支えられてきたのだ。



ところが、先日から書いている通り、安倍はこうした従来の固い支持者を切り捨てなければならない局面に立たされている。
慰安婦像について大使召還という過剰な対応をとったことで支持率がアップしているのに、ここで弱腰を見せられない。けど、27日にはトランプに会わなくてはならない。逆らったら2007年9月の再来だ。。。 どうしよう、、、 とベトナムから帰る飛行機の中で呻吟していただろう。

トランプに変わったとしても米国は、日韓の軍事同盟を望んでおり、その障害になるものは許さない。
アジアでの米軍のプレゼンスが低下することで、これまでとは次元が変わっているのだ。

安倍はそのことを理解しているが、元谷などの濃い支持者はわかっていない。
いや、わかっていても、なおさらのこと「独自武装だ!」「韓国などには頼らないぞ!」と気炎を上げるだろう。
そういう輩は、これからの米国にとっては邪魔者である。

ガイアツに頼るのは気分が悪いが、それでもなお、安倍晋三を引きずり下ろすことはマイナスよりもプラスのほうが大きい。
この際、安倍の濃い支持者を徹底的に叩くことで、ガイアツに乗っかる形であっても安倍を衰弱させることが重要だ。

元谷が調子に乗って 絶対に本は撤去しないぞ と開き直れば直るほど、安倍は窮地に立たされる。
せいぜい矢面にたって吠え続けるがいい。


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2017-01-16(Mon)

たかが国家 されど国家

50代も後半になると、つい若い頃の自分を忘れてしまうことが多い。

振り返ってみれば、20代のころの私は国家とか政治というものを120%信用していなかった。
国家など、「俺を支配するための暴力装置だ」と思っていたし、「そんなものの権威なんてこれっぽっちも認めないぞ」という信念を持っていた。
政治だって、「あんな八百長で何かが変わるわけないだろう」と思い、投票にだって行ったことはなかった。

たかが国家
たかが政治
こんなモノに縛られてたまるか

そういう頑なだけれども張り詰めた思いを、いつのまにか忘れている自分に、久しぶりに気が付いた。
この数年間、現実の政党や政治にいろいろと関わることも増え、このブログを書き始めた12年前と比べてもずいぶん考え方が変わったなあと思う。
それが良いとか悪いとかじゃなくて、明らかに変わった。

大きく変わっていくキッカケは三つあったように思う。イラク戦争と政権交代と3.11。
イラク戦争はこのブログを書き始めるキッカケでもあったけれども、まがいなりにも憲法で守られているというモラトリアムが崩されていく実感そのものだった。憲法の条文は残っていても、実態が先行してどんどん変わってしまう。護憲の形骸化。憲法ですらそうなのだから、あらゆる政治や法律の「言葉」が実態との関係をぶち切られて意味をなさなくなる。

小泉純一郎の政治は、たかが政治と思っていた私の壁を向こう側から突き破って侵入してきた。
この恐怖感や焦燥感が、私の意識を変え始めることになった。
「たかが政治 と思っていられる時代じゃなくなっちゃった」

それでも最初は、何か行動をするというのではなく、裏側のホントを探る、ということを一所懸命やっていた。
安倍晋三の後援会である安晋会と耐震偽装事件の関係とか、地球温暖化詐欺のこととか。
たまに集会やデモに出かけていくことはあっても、自分が主催者側でかかわるなんて思いもよらなかった。

そうこうしているうちに、2009年を迎え、陸山会事件と政権交代という波が押し寄せてきた。
本気で政権交代を目指すと、保守の大物政治家でもこんな目に遭うのか、という現実を目の当たりにした。
共産党や社民党ではなく、元自民党の小沢一郎がこんな弾圧に遭うというのは、それまでの私の常識を超えたできごとだった。

そこから、個別の事件や政策についてのことだけでなく、大きく「この世の中の仕組み」のようなことに強く関心を持つようになった。
数年後に孫崎享さんや矢部宏治さんが解き明かす植民地日本の姿に、おぼろげながら気が付き始めた。
そして、そのありように最も鋭く対峙してきた政治家が小沢一郎であり、それ故の弾圧なのだと言うことに思い至った時、よし陸山会に入ってやれということになった。

そんな感じで、意識はどんどん生の政治に近づいていったけれども、それでも自分で何かをやるということはほとんどなかった。
それが脳天かち割られたのが、3.11であり、原発の爆発だった。

3.11の直前から、郊外楽園プロジェクトというものに取り組み始めていた。そのブログに反響が大きくて、オフ会にもたくさんの人が集まり、具体的に動き始めようとした矢先に、大震災が起きた。
もう、他のことが手につかず、自分の感情や意思がどこにあるのかも定かでないような、異様な精神状態に陥った。
正直、楽園どころではなくなってしまった。

毎週金曜日には関電前に出かけていき、大阪の脱原発のデモにはほぼ皆勤で参加した。
そうこうしているうちに、長年原発の運動をしている人に誘われて、集会の主催側にも関わるようになり、立ち位置が大きく変わり始まる。
これとほぼ同じ頃、民主党(当時)の政治家の講演会を頻繁にやっていた市民団体からも誘われて、なんとなく主催側に滑り込んでいった。
それと反比例して、3.11以降はブログが書けなくなった。気軽に書くと言うことができなくなり、正体のわからない責任感で指が止まってしまう。
裏側の本当を知って、声を上げようと呼びかける。今まではそれで良かったけれど、もうそれでは済まないのではないか。そんな思いが指を止めてしまうのだった。

声を上げようと言うだけでなく、そのための仕掛けを作るところまで踏み込まなくては。声だけでなく、やはり政治決定の仕組みをかえなくては、目の前の惨状は救えないじゃないか。
そうして、市民運動と政治運動を合体させた政治市民プロジェクトを数人の仲間とともに始めた。

これまで政治に距離をおいてきた市民運動に政治に向き合ってもらい、政治家の後援会の枠から出なかった政治活動に市民的な自立を促す。そんな試みは、その後に結成される生活フォーラム関西にも引き継がれたし、大阪での社民党と自由党の協力関係の基礎にも少しばかり貢献したのではないかとおもう。

2012年12月の解散総選挙では、これまで政治や選挙に関わったことのない人たちを、選挙事務所にアテンドする役割をこのプロジェクトで試みた。小沢グループだけでなく、金曜関電前でしりあった人たちも含めてかなりの人数が、関西で原発に反対する候補の事務所に出かけていった。
私自身は、地元である吹田(大阪7区)から立候補していた渡辺義彦さんの事務所に行って、初めての選挙を経験させてもらった。
(ちなみに、その時はじめて渡辺さんにお会いした。)

そんな私自身が選挙や政治の初心者にもかかわらず、どうにもこうにも抜き差しならないことになったのは、この総選挙でぼろ負けしたからだった。勝つとは思わなかったけれども、ここまでの大敗は予想をはるかに超えていた。
政治市民プロジェクトを伝にして選挙事務所に入ってくれた多くの人も、その後はあまり姿を見かけることもなくなった人も多く、私自身も半分ウツのような状態で、円形脱毛症が半年なおらなかった。

この時の悔しさと、「なんでこうなるんだ?」という思いが、私を意地でも政治の世界に縛り付けた。
原発が爆発して自民党が圧勝する国。
ここで絶望すると、もう止めどなく堕ちていくしかないような恐怖感から、私は政治にしがみついた。
そして、国家という枠組みが、どれほど個人を縛り、個人の人生を左右し、命を握られているのかということを、思い知った。

たかが国家、たかが政治、と思っていた私が、思いっきり国家と政治の枠の中に入り浸ってしまった。
されど国家、されど政治。
希望やべき論を語っていても、現実は容赦なく襲ってくるということ。
いくら国家を嫌っても、その枠組みから抜け出すなんて夢想にすぎないということ。
実態の無い理想や正義を語ることよりも、現実の一歩前進を認めざるを得ないことが、確実にあるということ。

理想-戦略-妥協-戦術、という流れを慎重にチェックして、理想を忘れずに、しかし空論に陥らずに一歩を進めること。
このブログも、そんな複雑なテーマが多くなっていった。
そして、そういう明快・痛快でない論調はアクセスも上がらず、それどころか、右翼に転向したかのような目を向けられることもあり、ブログを書く意欲も上がらなくなっていった。



こうして自分の考えが変遷し、自分なりに深まってきたことは間違いでは無かったと思っている。
やはり、政治を軽んじて、あまりにも強大な現実を無視して、理想論の言葉を並べることは、今の私にはできない。
虚しいだけだ。

それでも、なお 「たかが国家」「たかが政治」という、若い時に信じていた自尊心を、もういちど思い起こしたい。
この年末年始に、いろいろ考える中で、どうしても自分が枠に縛られて、檻の中でもがいているような感覚が拭えないのだ。

本当に俺がやりたいことは何なのか。
一度心を解放することから、今年の活動を始めていこうと思う。


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2017-01-13(Fri)

マイナンバーの提出は義務か?

またまたマイナンバーがらみの犯罪がおきた

強制わいせつ容疑の元区役所臨時職員 個人情報不正入手か
2017年1月11日 NHK


中野区によりますと、高橋容疑者は、マイナンバーカードの交付などの担当をしていて、住民の個人情報が閲覧できる住民情報基盤システムに接続するためのIDとパスワードを持っていたということです。
(略)
大量の個人情報を扱う公務員などが、職場のシステムを悪用して個人情報を不正に入手する事件は各地で相次いでいます。

去年6月には、松山市の40代の元職員が、およそ13万人分の市民の名前や住所などの個人情報のデータが入ったパソコンを愛媛県内の会社に提供したとして、市の個人情報保護条例違反の疑いで警察に逮捕されました。

去年7月には、日本年金機構静岡年金事務所の60代の元契約職員が、機構が保有する女性の個人情報を私的に利用する目的で不正に入手したとして、独立行政法人の個人情報保護法違反の疑いで警察に逮捕されました。

おととし6月には、東京・大田区の納税課に勤めていた40代の職員が、区のシステムを不正に操作し、知り合いの女性やその家族の個人情報を閲覧していたとして、区の個人情報保護条例違反の疑いで警視庁に逮捕されました。

(引用以上)

これでも氷山の一角だろう。
情報収集と本来業務のどっちが本業かわからなくなっているような人間も、きっといるだろうし、今後マイナンバーにお金の情報が紐付けされれば、ますます激しくなるのは火を見るより明らかだ。

そんなマイナンバーを、健康保険組合が提出しろと言ってきた。
うちは個人事業主なので、某国民健康保険組合から直接連絡が来る。

昨年末に来ていたのだが、あまりにも不安なので提出せずにきた。
そのまま放置するのも、それはそれで不安なので、本当に提出しなければならないのか調べてみることにした。
そこで、「マイナンバー総合フリーダイヤル」というのに電話してみた。

マイナンバー総合フリーダイヤル
0120-95-0178 (無料)
 平日  9:30~20:00
 土日祝 9:30~17:30(年末年始を除く)

女性オペレーターが丁寧に対応してくれた。
聞いたことは3点ある。



私が加入している保険組合からの連絡には、本人確認について何も書いていなかった。
しかし、下記の資料(内閣官房のHPにある)の21ページを見ると、マイナンバーを提出させる時には、本人確認をせよ と書いてある。
健康保険なので、被扶養者がある時はそのぶんも、全部本人確認が必要だという。

マイナンバー(社会保障・税番号)制度における民間事業者の対応

この点についてフリーダイアルで聞いてみると、やはり本人確認は必要で、対面ならば原本提示、郵送ならば免許証のコピーなどを同封するなどをしなければならないそうだ。
これは、明らかに健康保険組合がその義務を怠っている。

義務を怠っていることよりも、そうした基本をわからずにマイナンバーの事務に関わっている、ということのほうが怖い。



では、こうした各事業者の対応について、管轄する役所がなにか監視をしているのか を聞いてみた。
ガイドラインを決めたり、違反した時の罰則があるのは知っているけれども、それらに実効性を持たせるためには、何らかの監視があるのだろう と思ったからだ。

しかし、あにはからんや、運用実態は事業者任せ だそうだ。
総務省や個人情報保護委員会等などへ、「うちはこういうシステムでマイナンバーの保護をしています」というような届出の義務すらない。
たとえば、郵送したものをどうやって「これはマイナンバーだ」と認識して、一般事務員が開封せずに専任担当者に渡すのか。
私に届いたものでは、1枚の封筒で簡易書留で送れと書いてある。せめて二重封筒で、中封筒に「マイナンバー 開封禁止」とでも書いてあればまだしも、1枚の封筒だったら誰が開封してもおかしくない。

そんなところから始まって、組合内での保護のしかた、どこかに外注に出すのかどうか、外注先での保護のしかた。
どうやってどこで保管するのか。盗難対策は。脱退した時に、どうやって消去するのか。

そうしたことがらは、すべて事業者がガイドラインを見て自主的に決めるだけ。
届出義務も、加入者への表示義務もない。
管轄の役所の査察もない。
冒頭にあったような事件になって発覚するまでは、漏洩されてもわからない。

一応、マイナンバーだけでなく個人情報全般について 「個人情報保護評価」という制度はあるらしい。
システム作成して個人情報保護委員会に提出し、公開する、という制度だ。

しかし、これも加入者1000人未満は義務じゃないし、フリーダイヤルのオペレータの口調も任意のような言い方だった。
たぶん、実施していないところが多いのだろう。



いよいよ不安は募る。
ほんとうに、どうしても提出しなければならないのだろうか。

実は、税務に関してはこんなQ&Aが国税庁から出されている
(読みやすいように適宜省略している。原本は上記リンクのQ1-2)

(問) 従業員や講演料等の支払先等からマイナンバーの提供を受けられない場合、どのように対応すればよいですか。

(答) 従業員等に対してマイナンバーの記載は、法律で定められた義務であることを伝え、提供を求めてください。
それでもなお、提供を受けられない場合は、提供を求めた経過等を記録、保存するなどし、単なる義務違反でないことを明確にしておいてください。

なお、税務署では、番号制度導入直後の混乱を回避する観点などを考慮し、マイナンバーの記載がない場合でも書類を収受することとしていますが、マイナンバーの記載は、法律で定められた義務であることから、今後の法定調書の作成などのために、今回マイナンバーの提供を受けられなかった方に対して、引き続き提供を求めていただきますようお願いします。

(引用以上)

キモは、事業者には記載義務はあるが、納税者個人の提出義務はどこにも書かれていない というこだ。

この点ををフリーダイヤルで聞いてみると、健康保険についても
・事業者に記載義務があるので、間接的に義務を担っているという解釈
・マイナンバー法などには個人の提出義務は書かれていない
・提出しないことによる罰則もない
・税務と同じ考え方である

との回答だった。

たしかに、受け取る側に義務があり、提出する側に義務がない、というのは法律として矛盾してはいるが、これはマイナンバー法という無理筋を強引に通すために意図的にそうなったとみるべきだろう。

つまり、「個人に義務」と法文に明記してしまうと、法案じたいが通らないかもしれない、という懸念から、総務省の官僚が玉虫色の法文にわざとしたのだ。

すくなくとも現時点では、個人には提出する義務はない。罰則もない。保険組合はそのやりとりの経過説明を添付すれば良い。ということがわかった。
保険組合の事務方は、そこまで深く知らないだろうから、「提出は義務だ」と言ってくるに違いないが、丁寧に対応しながら、もう少し粘ってみようと思う。

そうこうしているうちに、来年からは銀行がマイナンバーにつながり、大事件が起き、制度自体が疲労骨折するのではないだろうか。
ただし、今の安倍政権のような問答無用の独裁的な政権が続いていると、どんなに犯罪の温床になっても、法改正してまで強制してくるかもしれないが。


■■「家づくり」のほうのお知らせ■■

2月19日(日) 完成見学会

自然素材を工学的に使いこなすナチュロジーな住まいの見学会です

場所:堺市北区東浅香山 (地下鉄北花田から徒歩15分)
開始時間: ①11時  ②14時30分

お名前・ご住所・電話番号・希望回 を記載の上
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2017-01-01(Sun)

大地の鳥

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2016-12-27(Tue)

「反共」というオバケ

マルクスの時代には 共産主義というオバケがヨーロッパを跋扈していたらしいが、戦後の日本では反共というオバケが幅をきかせている。

反共とは、あえてフルネームにすれば 反共産主義 ということなのだろうが、反共を唱える人の数%も共産主義を知っている人はいないように見受けられる。知らないモノに「反」も何もあったものではないので、実質は 反共産主義 ではなく、反共は反共というひとつのイデオロギーであるらしい。

もちろん、戦後よりも戦中のほうが激烈な反共があり、小林多喜二の拷問死をあげるまでもなく、アカと言われれば命が危なかった。
戦中の反共は、オバケなどではなく、実態のハッキリした特高であり憲兵であり、目に見える拷問だった。
それに比べると、戦後の反共は、自由平等平和の憲法の下での反共だからこそ、オバケたる所以がある。

戦後の反共にも、前半と後半がある。
およその話、1970年頃までが前半であり、それ以降が後半と言えよう。
前半は、オバケと言っても実体が伴っていた。つまり、共産主義革命が実現してしまうかもしれないというリアリティがそれなりにあったので、反共は あきらかにそうした「脅威」に対するアンチという面があった。

しかし、1970年代半ば以降、日本で共産主義革命が実現するかも、と真剣に考える人はごくごく少数になった。当然ながら、反共もその意味が変わり、反共産主義ですらない、ただの反共、まさにオバケになったのだ。
ただし、戦後の反共オバケの出生は、戦後前期、日本国憲法と講和条約とともに生まれてきたという点は見逃せない。

最初の反共オバケは、マッカーサーと吉田茂の共作である。
まさに、自由平等平和の反共であり、別名、永続的植民地化のための反共オバケである。

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日本の敗戦時に、ファシズムを打倒して権力を握ったのは共産主義ではなくマッカーサーでありその僕としての吉田茂であった。
そして、隣の中国で共産主義革命が同時進行していくなかで、超リアリティを持って彼らは「反共」を徹底し、反共反ファシズムこそが、戦後日本の基本路線として位置づけられた。

ファシズムと共産主義という二つの「悪鬼」を押さえつける巨人として、アメリカは君臨し、それに徹底従属することで「自由平等平和」を守るという路線を吉田茂は日本の政治に植え付けた。
この基本路線は、70年以上たった今も基本は変わらない。

反共オバケの第二世代は、1960年ごろに生まれた。(私と同世代だ)
労働組合が総評から同盟が分裂し、社会党から民社党が分裂した。これらこそが、反共オバケ第二世代である。

戦後革命の危機は過ぎたとはいえ、今度は60年安保闘争が燃えさかってきた。
当時は、今とは比べものにならないほど労働組合も強く、多くの日本人も安保を破棄して独立平和を願う声は大きかった。
吉田茂が敷いた、対米従属による戦後民主主義がほころび始めていた。

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この当時もまだ共産主義革命のリアリティは今ほど希薄ではなかっただろうが、そうした本来の反共よりも、「反共」を支配の道具として使うというオバケ性がより強くなっていたのが、第二世代の特徴だ。
総評と社会党という、安保闘争のナショナルセンターを分裂させ、「反共」のスローガンを米国からの独立を潰すために利用した。

もちろん、その創設資金はCIAから提供されていたことが2006年になってアメリカ国務省の外交資料集に公開された。
その意味でも、自民党と民社党は兄弟であった。

こうした誕生のいわれからもわかるように、民社党や同盟の最優先の思想は、労働者の権利とか平和とかではなく、反共である。
共産主義の何が悪いというような理屈はなくて、共産党や共産主義に見えるモノを敵視することが、何よりも最優先なのである。
「革新」とか「リベラル」などを、反共を経て親米に至るコースに作り替えたのが、反共オバケ第二世代であり、ここまでは、あるていど共産主義という実体との関係をもつ前半ということになる。

第三世代は、1980年代の新自由主義の日本上陸を経て、1990年頃に生まれている。
1998年 総評と同盟が合併して連合が誕生
1993年 非自民の細川内閣成立
1994年 村山内閣の日米安保肯定(事実上の社会党崩壊)
1998年 民主党の成立(民社党・同盟系を糾合)

この過程は、55年体制の終焉であり、革新勢力の崩壊であった。
55年体制の打破を目指した小沢一郎氏は従米の戦後民主主義の象徴たる社会党を潰すことが、日本の独立の一歩であると考えていたのだろうが、現実は違う方向に動き始めた。

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新生党が、社会党の組合や住民運動に相当する国民の間のネットワークを持っていれば、小沢氏の狙いは実現したかもしれない。
しかし、社会党崩壊でおきたことは、民の声を拾う組織の崩壊であった。
それは、社会党自身の方向性とは別に、下から突き上げる民の力が個々バラバラに散乱する結果となった。

第二世代までは、反共の自民、反共の民社(同盟)だけが選択肢ではなかった。隠れ従米の疑惑が濃厚ではあるが、社会党はそいういう選択肢になってきたことは間違いない。その選択肢すらなくなってしまったのが、第三世代の反共オバケである。
反共オバケに、国全体がドップリ包み込まれたということだ。

現在もいまだ第三世代の反共オバケが政権中枢から労働組合まで好き放題に飛び回っている。
今は民進党という名前にかわっているが、かつて民社党が反共を最優先の党是にしたエキスは、今の民進党にそのまま受け継がれている。
実質的に総評が同盟に乗っ取られたかたちの連合が、自民党よりも共産党を100倍憎むのは当然といえば当然なのである。

ただ、第三世代オバケにほころびは生じ始めている。
まず、当の共産党の変化である。
共産党がガチガチの石頭であることが、「反共」の存在を支えてきたのだが、ご存じような路線変更で、「反共」が支持を得られにくくなっている。
民進党の得票が共産党の2倍に及ばないことがそれを証明している。

また、今となっては共産主義革命がおきると感じている人は、ほぼいなくなったということもある。
共産党支持者ですら、共産党が共産主義をめざしていると思っていない。
そんな中で「反共」って何なのか、昔を知るお年寄りはともかく、最近の人たちには理解不能な生き物になりつつある。

やっとオバケの尻尾が見えてきたのだ。

これまで書いてきたように、日本の「反共」は反共産主義ではない。
反独立であり、反「反米」である。
その実体が透けて見え始めてきた。
日本の独立を真剣に考える時が、やっとめぐってきたということだ。

敵もほころび始めているが、味方もボロボロ、というのが冷静な現状だ。
やっと時がめぐってきた時には、立つべき同志も組織もほとんどいない。

それでも、これまでは「敵」だった反戦平和と自主独立が、「平和独立」という看板に少しずつ目線を投げかけつつある。
まだリアリティに欠けるけれども、この路線をしっかりと作りあげることが、反共オバケを棺桶に戻すことになるだろう。



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