2019-11-20(Wed)

NO DEMOCRACY  -ラディカルということ-

ひと月前くらいでしょうか 梅田の地下街をぷらぷら歩いていたら、こんな光景が目に飛び込んできてぶったまげました。

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グレイというバンドのメンバーが、以前から政治的な発言を臆せずにしているということは、横目でなんとなく知っていましたが、ここまでストレートに、しかも大々的にやらかしていることに、ホントにびっくりしました。

ただ、ファンというわけではなく、しかもあまりにも忙しかったので、曲は聴かずにひと月が経ってしまいました。
数日前にふと思い出して、ネットで検索してみると公式youtubeがあがっていました。

このアルバムには NO DEMOCRACY というタイトル曲はありません。(それもまた意味深ですが)
最後の14曲目はこの曲です。



歌詞はこちらにあがっているので、興味ある方は見てみて下さい
→ https://www.glay.co.jp/nodemocracy/lyric/m14.php




タイトルが NO DEMOCRACY ではなくて SAVE DEMOCRACY だったら、私は「ふーん」て流していたと思います。
もともと無いものを、守れ!というのはゴマカシだと 常々思っているからです。
「民主主義を壊すな-」というデモコールとか聞く度に 「民主主義なんて、日本にあるんですか?」と思ってきました。

そこに、グレイという超メジャーバンドが 「民主主義なんて無い!」というアルバムを出したのですから、びっくりしたわけです。
しかも、グレイ党の旗らしきものまでひらめかしてるし・・・

そのものズバリの「元号」だけでなく、他の曲でも元号はよく登場します。
ゴリゴリの左派の人は、たぶんこの一点で「ナンセ~ンス」と言うかもしれません。
私も、元号はできるだけ使わない派ですが、でも、ありもしない民主主義を後生大事に護りながら元号反対を唱える人と、元号は受け入れながら民主主義は無いということを看破する人 どっちが信用できるかと言えば、私は迷いなく後者です。

あるものはある ないものはない それを見せかけに誤魔化されずに見抜いて表現すること。
表層ではなく、根っこを見る力のことを、私は ラディカル と呼びます。

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ラディカル(RADICAL)は「過激な」とか「急進的な」などと訳されますが、もともとは 二十日大根(RADISH)と同じ語源。
ラテン語の「根」という意味の RADIX だそうです。
つまり、ラディカルは 根っこから深く という意味なのです。

私が好きなのは、保守とか革新とかは関係なく、ラディカルであるかどうかです。

それでもまだ 「元号ナンセンス~」と言われる方は、この曲も聴いてみてはいかがでしょうか。



気に入った方は、アルバム購入してあげて下さい。
とは言え 音楽ですから、歌っている内容と好き嫌いは別物だと思います。
私も、これでグッときたからといって、購入まではしませんでしたし(有料でレンタルはしました)、これからグレイを毎日聞き続けることもたぶんありません。

ただ、こういう音楽がメジャーの世界に登場し、しかも一週間で4万枚と売上も絶好調という現象には注目です。
山本太郎現象も同様ですが、「キレイゴトじゃない、根っこの部分」の表現は、イマドキの日本の人たちの心を打つんですね。

ひるがえって、野党の演説が響かないのは、「民主主義を守れ」的な、表層をなぞっているだけだからですよ。
自戒を込めて言うのですが。

ラディカルに行きましょう


■ お知らせ

こんな企画があるそうです。
私は主催ではないですが、ちょっとだけ関わっています。

私流にイジワルな解説をちょっとすると、「革新系の人たちが、保守派の白井さんに学んでみようと思い立った、異文化交流会」です。
チラシを見てもガッツリ革新系ですが、こういうことを思い立ったことが画期的です。
これまでは、革新系がいわゆる保守リベラルの人たちの講演会をやっても、自分たちに都合のいい部分だけをつまみ食いしているような感じがありましたが、今度はちゃんと「違う部分」をかみ合わせられるか、注目したいと思っています。

ご興味のある方は御参加下さい

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2019-10-31(Thu)

腐敗や裏切りを乗り越える方法

ここんとこ ひどく寝付きがよくないです。
暑くも寒くもなくて、雨さえ降らなければとてもいい季候なのに、なかなか寝付かれずに3時とか、ちょっと寝落ちして気づいたら4時とか・・・
このままだと体に悪いので、書くことでリハビリをしたいと思います。

原因は、たぶんわかっています。
信頼してきた人に、裏切られたからです。
裏切りというとちょっときつすぎますかね。
信頼関係を壊された というほうが適当かもしれません。

具体的な名称などは書けません。さすがに。
私が、数年間にわたって信用してきた人 とだけ言っておきます。
(カミさんとか そういうのじゃないです。家庭はそこそこ平和です。)

及ばずながらも、あれこれ私なりに努力はしてきたつもりです。
あまり成果はでませんでしたが、自虐するほどでもなかったと思っています。

しかし、最後はカネです。
信頼関係よりカネを選択するという態度を目の当たりにして、私は愕然としました。
カネが大事なのは、私も重々わかっています。
零細個人事業者として、ほんとうにコマネズミのように走り続けなければならない毎日です。
それでも、青息吐息で毎月の支払いに一杯一杯。
「自己責任」がまかり通る今の日本で、カネの切れ目は死ぬほど恐いことです。

ですから、カネに貪欲になることには、私は何も嫌な気持ちはありません。
カネ=悪 みたいに言う人は、自分はあまり困っていないんじゃないですかねえ。

でも、それとこれとは別です。
いくらカネが必要でも、平気でこれまでの信頼関係をぶちこわしてしまうのは、私にとってはショックでした。
まあ、この世では普通なのかもしれませんが・・・



違法行為とか、犯罪の類いではないので、これ以上ひっぱるつもりはありません。
気分を一新して、自分なりの行動を探そうとは思っています。

思ってはいるのですが、その方法がうまく見つかりません。
腐敗を目の当たりにしてしまったとき、裏切られたと感じたとき、どうやって乗り越えていけばいいのか。。

いろんな方法は思いつきます。
ひとつは、徹底的に糾弾することです。
不誠実な態度をとことん追及して、悔い改めてくれることを期待するという方法です。
しかしこれは、多くの場合、憎しみをかき立てて、険悪な関係だけが後に残るということになりがちです。

反対に、なかったことにする という方法もあります。
記憶にフタをして、そんなことなかったことにする。気にしない気にしない。。。
こんなことをすると、精神的に病みますね。私の場合。
それに、何が越えてはいけない一線なのかをアイマイにした関係は、どこまでも腐敗していくでしょう。

あとはそうですねえ 何も言わずに関係を断つ というのもあるかもしれません。
ハードボイルドかもしれませんが、モヤモヤしますよ。
陰にこもって、いちばんヤバいヤツですね、この方法は。

このあたりを、私の脳内でぐるぐる回っているうちに、夜は更けていくわけです。。。。

堂々巡りになったときにどうすればいいか。
まずは、視点の位置を変えてみることでしょうか。
いままで地上1.5mだったものを、せやろがいおじさんみたいにドローンにのせて上空に飛ばしてやるとか、せめて2階の窓くらいに移動するとか。
そうすると、目の前でボコボコになった信頼関係の残骸だけじゃなくて、自分の姿も周りの人たちも、いろんな関係が見えてきます。
で、何でこんなことになったんやろ と考えてみるのです。

これも、具体的なことは書けませんが、言えるのは、もたれ合いの関係がよくなかったんだろうな ということです。



唐突ですが、自立と共生という言葉 みなさん知ってますよね。
小沢一郎さんの政治理念の核になる言葉で、いろんな理解のされ方をしています。
日本人の心構え的なとらえ方もあれば、私なんかは、ちょっとうがった見方で「日本の独立と、戦争の回避」という意味だと理解しています。

いずれにしても、あの言葉の中で先に来るのは「自立」なんですね。
自立があるからこそ、共生ができる。という意味。
なんだ それじゃ「自己責任」と同じじゃないかと言われそうですが、あれは反対なんです。
自立どころか寄生虫のように他人の生き血を吸う連中が、血を吸われてフラフラになっている人に投げつける
言葉が「自己責任」。
「自立と共生」の正反対 「寄生と排除」こそが「自己責任」というやつです。

何でしたっけ、そうそう 「自立」が大事という話しです。
これは、何をやるにも、基本中の基本なんですね。今さらですが。
目標設定、行動規範、もちろんカネの扱い方も。
諸々を、ちゃんと自立して設定していれば、裏切っただの何だのというゴチャゴチャした話しにはなりようがなかったはずです。

ということは、信頼関係などに依拠してはいけない ということなのかもしれません。
なるほどねえ。

正しいことはいつも楽しいとは限りません。
正しそうなほうに進めば進むほど、つらいこともあります。
だから、「なかったことにする」なんてことが世の中には結構多いんでしょう。
気持ちは よ~~くわかります。

よくわかっちゃうので、結局どうしたらいいのかはわかりません。
わが明月社のプロフィール欄には、「楽しいことしかしたくない」って書いてあるのに、やっぱり気分は晴れません。

でも。書くことで少し救われた気もします。
14年前にこのブログを書き始めたときの原点にもどたような気もします。
書かないといられないから書く。
そんな自分勝手なブログでいいんだと、久しぶりに気がつきました。

そろそろ寝られそうです。
おやすみなさい。

2019-10-10(Thu)

忖度やめました

このブログを書き始めたのが、2015年9月21日。14年がすぎました。

初めの頃は、毎日のように記事を更新し、本当に書くのがたのしかった。
というか、自分の精神衛生のために書き始めたようなもので、ブログを書くことで心のバランスを保っていました。

その後、有名ブロガーのきっこさんに取り上げてもらったり、自分の専門分野でもある耐震偽装問題でかなり突っ込んだことを書いたりして、一時はアクセスが日に1000を優に超えていることもありました。

しかし、その後、いくつかの曲がり角があり、だんだん書くことが重たくなっていきました。
その初めは、2011年の3.11です。

津波被害と原発爆発という、あまりに衝撃的な事態に、「呑気に評論書いていていいのか」という思いがキーボードをたたく指にのしかかりました。
書くとなれば、何かしら役に立つこと、結果につながることでなければならない、そう思うあまりに、書き始めたら半日はかかってしまうようになりました。
アクセスは多いときで日に4000を数えましたが、実生活で毎日半日もブログを書いているわけにはいかず、どんどん更新の頻度は下がっていきました。

それと反比例して、リアルの運動や政治に徐々に関わっていくようになりました。
脱原発の関係や、陸山会事件を契機に関心を寄せていた小沢一郎さんの支持者グループなどに、このブログのことを知ってくれている人も多かったこともあり、自然に入っていきました。

そしてもう一つの曲がり角がやってきます。
2012年12月の総選挙。民主党の政権投げだしと玉砕の惨状です。

このとき、私ははじめてリアルの選挙運動というものに関わり、なかなかハイテンションで投票日を迎え、どん底に突き落とされました。
30議席はとれるんじゃないかなんて勝手に思っていた小沢グループ(国民の生活が第一)は、わずかに5議席。
もちろん裏切り本舗の民主党も惨敗し、原発爆発の直後に、自民党が大勝するという信じがたい光景を目の当たりにしました。

このままでは、日本の政治に希望の光が絶滅する。なんとかしなくては。
そんな思いで、どんどんリアルの政治にのめり込んでいきます。
そして、試行錯誤をしながら形になったのが「生活フォーラム関西」でした。

生活フォーラムの目的をひとことで言えば、「関西の小沢グループを雲散霧消させずに残したい」ということです。
2012年の惨敗と、2013年参院選で議席ゼロという結果は、勢力が消滅する危機でした。
それまで、関西でも小沢グループはいくつかの団体やグループにわかれてバラバラに活動していました。
そのままでは消滅するかもしれない、という危機感を何人かの人たちと相談し、ゆるくまとまれる集団を作ろうということになったのです。

直接のきっかけは、居酒屋での雑談でした。
「大阪に小沢さんを呼んでこよう」「よし、直訴団を作って東京まで行こう」とか、酔った勢いで言っていたことが、2014年6月に実現し、ワゴン車に詰め込まれた面々が徹夜で上京して小沢事務所を強襲(・・アポはとりましたけど)、9月に講演会を行い、それをキックオフとして生活フォーラム関西が始動しました。

自民党幹事長時代から小沢さんを信奉してきた人たちから、陸山会事件ではじめて小沢さんに注目した人たちまで、かなり幅広いメンバーがそろいました。
住所氏名を登録して年会費2000円というハードルがある団体としては、なかなかの持続力だと思います。
月に一回の運営会議、季節ごとのイベント、選挙になれば全力で応援。これは今に至るまで、ずっと続いています。

たぶん、ピークは2016年の参院選でした。
関西は候補者がいないにもかかわらず、街宣車、ポスティング、街頭宣伝など、公示前後の約1ヶ月間をほぼ自力で戦いました。
党本部からは、街宣車1台と、チラシのデータが送られてきただけでしたが、資金から選挙事務所までフォーラムのカンパで賄いました。本格的な選挙運動からすれば、ママゴトのように見えたかもしれませんが、本当に熱のこもった選挙でした。
その甲斐あってか、関西では結構票を伸ばし、朝の5時に最後の当選者を獲得することができました。

その一方で、個人的にはますますブログを書きにくくなっていきました。
リアルの運動に関わっているからネタはいくらでもあるのですが、「書けることと書けないこと」ができてしまったのです。
先ほどの参院選で言えば、党本部には100も200も文句言いたかったけど、自分が支持を呼びかけている手前書けない。
「ポスティングするのでチラシを送ってほしい」と言ったら、党本部は何枚送ってきたと思いますか?
1000枚ですよ。ゼロ3つの千枚。

ふざけんな、バカヤロー と言いたかったけど 言えない。
党本部への苦情だけでなく、やはりリアルで呼びかけをしてしまうと、タテマエができてしまい、言えないことが多くなってしまいます。
ブログを書いても、少しはお役にはたつかもしれないけど、おもろない、という落とし穴にどんどんはまっていきます。



「忖度」が流行語大賞になってるまっただ中で、忖度しまくって消耗していた自分を振り返って、「もうやめよう」と思いました。

もう忖度やめます。

幸か不幸か自由党はなくなってしまいましたし、れいわ新選組は「みんなに忖度」つまり、自分たちに対しての忖度は不要と言っているので、もはや忖度する相手はありません。
むろん、忖度不要とは言っていても、本気で忖度なしをやれば怒りを買うかもしれませんが、別にいいじゃないですか。
もし万が一、れいわ新選組が愛のある批判に怒りをもって応えるような政党だったら、どのみち未来はないのですから。
そんな集団ではないと、私は信じることにします。

生活フォーラム関西にとっても、転機をむかえています。
これまでは、なんやかんや言っても、「小沢一郎」「自由党」という看板で活動してきましたが、自由党なき今、本当に自分たちの頭で考え、動くことが求められているのです。
忖度なんてしてる場合じゃありません。

本気で考えたことをぶつけ合う場を、作らなくてはなりません。
現状をどう考えるのか、この先どうなってほしいのか、そのためには今何をするべきか。
小沢一郎や山本太郎の受け売りではなく(もちろんめっちゃ参考にしますが)、自分の頭で考え、ぶつけ合うことです。

思想クローンが寄り集まるのではなく、本気の個人が集まれる場に、生活フォーラム関西は脱皮していくべきなんじゃないかと私は思っています。

ちなみに、れいわ新選組が党員や支部をつくらないことについて、バラバラの個人の集まりだからという説明をよく耳にしますが、これについては同意できません。
つながりを断たれたり、限定されたバラバラの個人は、むしろカリスマの意見に同化されやすくなります。
つながりを保障し、議論の場を保障することで、本当にバラバラの個人を担保できるのだということに、れいわ新選組の幹部のみなさんは気が付いていただきたいと思います。

れいわ新選組のことには、私は何も口を挟めませんが、せめて自分が関わっている生活フォーラム関西については、そういう役割を果たせるようにしたいと思います。



昨夜は、れいわ新選組で参院選を戦った大西つねきさんのフルバージョン講演を聴いてきました。
ついでに本を2冊買って散財してしまいました。
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お手伝いを含めると250人くらいの大入りで、熱のこもったお話しでした。

本筋のオカネと経済の話しは目新しいものではありませんでしたが、気になったワードをメモしながら聞きました。
「根本的な自己肯定感」
「オカネを回収しても、人の時間と労力と、地球資源は戻ってこない。」
「税制は思想の反映、国家の形」
「人間の思い込みや概念は地球を壊すほどの力がある」
「オカネなんてない。あるのは実体だけ。」

政府通貨ですべてが解決するという見解には、私的にもつっこみどころがありますが、国の借金を税金で返してはいけないということについては、全面的に賛成です。
有限の人口と資源に見合った経済の規模に立て直さないと、実体経済の影であるはずの貨幣経済が、実体経済を押しつぶして生活が破綻するということだと、私は理解しました。

MMT、政府通貨、はたまたそんなものナンセンス、様々な意見が飛び交っていますが、ちゃんとかみ合った議論に、いまだ出会ったことがありません。
それぞれの立場の人が、それぞれをナンセンスと罵倒して終わり、というのが現状のように見えます。

本気で「国民の生活が第一」と思っていることを前提として、様々な立場の人たちがしっかり議論できる場が必要です。



11月2日には、同じくれいわ新選組の候補だった辻村ちひろさんの講演会があります。

辻村さんのスローガンは 「日本一個分のくらし」です。
あれ? さっきの大西さんの話につながりませんか。

有限な人と資源に合わせた経済ってどんなものなんだろう?
オカネ第一の経済にドップリと浸かってきた私たちには、なかなかイメージができません。
新しい社会と経済を生み出していくために、まずイメージを持てるようにすることです。

ミツバチは精巧な巣を作りますが、それは本能に従っているのであって、完成形をイメージしているわけではない。
それができるのは人間だけなんだ、と聞いたことがあります。

辻村さんの描く「日本一個分のくらし」のイメージを、ぜひ聞いてみたいと思います。

れいわ新選組・辻村ちひろ氏講演会
「日本が危ない! 環境破壊と政治」


2019年11月2日(土) 18:30
会場 大阪市住まい情報センター 3Fホール
   天神橋筋六丁目駅 3番出口直結
定員 240人
会費 800円(生活フォーラム関西会員500円)
申込 info@sfk.lovepop.jp まで
主催 生活フォーラム関西
   http://seikatu-forum.blog.jp

かなり大きな会場ですから、じゃんじゃん来てくださいね。

ま、そんな訳で、これからは忖度せずに書きたいこと書きますので、悪しからず です。



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2019-08-15(Thu)

敗戦の日に「組織」について考える

75回目の敗戦の日です。

もちろん、1回目は1945年8月15日 いわゆる「玉音放送」が流された日です。

こんな記事を見付けました

玉音放送を現代語にすると...「耐え難いことにも耐え、我慢ならないことも我慢して...」【終戦の日】
2019.8.14 Huffington Post 吉川慧


この記事で紹介されている現代語訳から、一文を引用させていただきます。

「アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、日本の自立と東アジアの安定平和を願うからであり、他国の主権を排して、領土を侵すようなことは、もとより私の意志ではない。」

はあ? と感じませんか。
私の意思ではなかったのなら、誰の意思だったの?と。

大日本帝国と日本軍という「組織」の意思だったのでしょうか??

毎年書いていますが、私は戦後日本のアヤマチは、天皇の戦争責任を問えなかったことに尽きると思っています。
そのことが、戦前をちょっと色直ししただけで戦後に持ち込んでしまった原因であり、見せかけの「戦後民主主義」が空虚なものになってしまった原因であったと思います。

あの惨禍を、あっさり「私の意思ではない」とか言われて、誰も彼もが「そうですか」と納得したというのですから、もうこの世に「責任」という2文字は存在しません。

東電の歴代社長が、ふくいち事故の責任を問われないのも、自殺者まで出てしまった森友学園の文書改ざんについて、佐川元理財局長の責任が問われないのも、安倍晋三が「私や妻が関わっていたら国会議員やめる」と言いながら、平然と総理大臣を続けているのも、すべて74年前のあのときに決していたのです。



すこし角度を変えて、組織というものについて考えてみたいと思います。

「組織」という言葉に、多くの人は否定的な印象を多かれ少なかれ持っているのではないでしょうか。
とくにこのブログを読んでくれている方は。

官僚主義、軍隊、硬直的、命令 みたいな言葉が次々と頭に浮かんできます。
しかし、そもそも「組織」というのはそういうものなのでしょうか。

組織は、生命体や物体の内部にも、環境体系にも、人間社会にも、ありとあらゆるところに存在します。
組織とは何か と考え見ると 私は「役割分担」と「コミュニケーション」だろうと思います。

「目的」はいらないのか というと、石や雨に目的はないし、家族だってとくに目的をもって集まったわけではないので、必須項目では無いと思います。
では石に「コミュニケーション」なんてあるのかというと、力の伝達や分子結合があるわけです。

成り立ちは目的があることもあれば、偶然のこともあるけれども、何かしら集まったものが「役割分担」をして、そのための「コミュニケーション」をとっているのが「組織」というものだろう というのが私の説です。
ここまで原点に戻ると、「組織」に対するネガティブイメージはなくなりますよね。

では、どこから「組織」がネガティブな正確を帯びてくるのかというと、たぶん「上下関係」でしょう。
石ころの組織に上下はないですけど、生命体になると脳と心臓がエラそうにし始めます。
自然環境では人間がイバッテいて、人間社会では社長や官僚がふんぞり返る。

ほとんどの人が深く関わらざるをえない組織は 学校、会社、自治体、国 です。
どれもこれも、エラそうな人が私たちを見下していて、そりゃあ「組織」と聞いただけでネガティブになるのも無理はありません。



なんで上下関係ができてしまうのかというと、効率的に役割分担をするためです。
ほとんどの組織は初めから上下関係がありますが、最初は偶然集まった住民組織なんかでも、要領のいい人や声のデカい人がだんだんリーダーになっていくというのは、よく見かける光景です。
だれも計画せず、指令も出さないと、膨大な試行錯誤が必要で、そんなことしてられない、というのが共通の利害だから、生じる上下関係を承認するのです。

自然環境なんかは、昔々は膨大な試行錯誤を繰り返して、今の組織を作ってきたわけですが、人間がエラそうにしてからは開発にしても保護にしても、人間が計画を立てて指令を出しています。
自然がそれを承認しているとは思えませんが。

軍隊などは、効率化による上下関係の典型です。
なにせ、試行錯誤はすなわち「死」ですから、大日本帝国陸軍からゲリラやパルチザンにいたるまで、性格は違えど上下関係のない軍隊というのは聞いたことがありません。

軍隊は特別としても、私たちの日常を眺めると、効率化のために生じた上下関係を全否定してしまうと、どうも生きていられないような気がします。
問題は、上下関係そのものではないところにあるのではないでしょうか。

それが、あの玉音放送にあります。
すなわち、「上の無責任」です。
上下関係の「上」に立った者が責任をとらない。問われない。
ここにこそ、組織の疎外があると思えます。

上下関係を承認する代わりに、上は失敗の責任を必ずとる。
ここが徹底していれば、組織はそんなにイヤなものではないと思います。

最初に私は「役割分担」と「コミュニケーション」と書きました。
「コミュニケーション」は双方向です。必ずしも常に合議制であることを意味しません。もし「命令」があれば、かならず「問責」とセットでなければならないということです。
コミュニケーションが機能しなくなった組織は、すでに腐っており、役割分担も機能しなくなっていきます。

これが、今圧倒的の多くの「組織」と呼ばれているもので生じていることです。
皆さんが「組織」と聞いて鼻をつまむのは、組織自体の問題と言うよりは、組織が腐った腐臭なのです。

特攻隊を作り多くの若者に自爆テロを強いた上層部が、のうのうと戦後を生き延び、あろうことか国会議員にまでなる。
沖縄守備隊と言いながら、沖縄の住民をガマから追い出し、集団自決をさせる。
ソ連が参戦した途端に、開拓民を置き去りにしてわれ先に逃亡した関東軍。
731部隊という悪魔の飽食をやりながら、研究成果をアメリカに貢いで戦犯にすらならなかった石井四郎たち。

このウルトラ無責任組織の頂点が、まさに「私の意思でない」と言ってのけ、体よく象徴様におさまった裕仁天皇です。

戦後日本のほとんどの「組織」が、「エラい人は責任取らない」ようになったのは、このような見事なお手本があったからです。



組織嫌いのもう一つの歴史的な理由は 「共産主義」 の失敗でしょう。

スターリンが象徴的なように もともとは人民の味方のはずだった共産主義が究極の腐敗組織になる。
日本でも、共産党はもちろん、それに反発したはずの新左翼のなれの果て、総括という名の壮絶なリンチ殺人、どれを見ても「組織は腐敗する」と思わざるを得なかったわけです。

正義を盾に責任をとらない。これが共産主義の失敗の根本です。
組織の腐敗に 目的は関係ありません。
役割分担とコミュニケーションが機能しなくなったとき、もう腐っているのです。

そんなわけで、とくにリベラルとか反体制的な考えの人が、「組織」に対して非常にネガティブなのは、やはりこの経験が大きいのだと思います。
気持ちはよ~~~~くわかります。
今でこそ、やや記憶も薄れて総括という言葉を普通に使えますが、少し昔は「ソウカツ」なんて非常に口にしにくかったものです。

しかし

しかし、と思うのです。

浅間山荘事件が1973年 その後、政治に対する「組織」的な反抗は影を潜め、「マイホーム主義」とか「ジャパンアズナンバーワン」とか言われる平穏な70年代が過ぎました。
そしてふと気が付くと、第二次臨調なるものが国を引き回し初め、民営化の波が押し寄せ、労働組合は解体されていきました。
今から振り返ってみれば、1980年代は新自由主義という名の国際資本に日本中が浸食されていったのです。

組織的な抵抗に躊躇している間に、日本はネオリベに侵略されたネオ日本になってしまったのです。
国鉄分割民営化にたいする国労の闘いなどはありましたが、多くの国民は冷たく眺めていました。
世界第2位の経済を乗っ取るのに、抵抗らしい抵抗もなかったのですから、新自由主義もさぞやウハウハだったことでしょう。

こうした静かな侵略の総仕上げが、1989年の総評解体と、1991年のバブル崩壊です。
労働組合の全国組織だった総評は、もともとは第二組合(組合潰しのための組合)だった同盟に吸収されて、現在の連合になってしまいます。
そして、人為的なバブルとその崩壊は、膨大な国富を外資にタダ同然で提供し、超長期のデフレが始まり、日本は米国のATMとなってしまいました。

「組織」に怯え、抵抗することに怯えている間に、日本は取り返しがつかない姿にされてしまったのです。



2年前の衆議院選挙で、そんな長い長い苦境からの脱出を目指す声が、立憲民主党という目新しい政党への期待となって1100万票という得票になりました。
その立憲民主党のスローガンは 「立憲民主党はあなたです。」

しかし、あなたが立憲民主党になりたい、と思っても、それはかないません。
なぜなら、立憲民主党は議員と候補者以外 党員になれないからです。
ボランティアのパートナーにはなれますが、党の中には入れません。

これは「役割分担」と「コミュニケーション」という原則に照らして 大丈夫なのかな? と感じていました。
双方向のコミュニケーション、上の者が責任をとる ということが徹底していれば、党員になれるかどうかは問題ではありませんが、でも、党員募集しない党というのは、ちょっと大丈夫かな?と気になってしまいます。

そして案の定、今回の参院選では790万票まで、30%も減らしてしまいました。
ハッキリした原因はわかりませんが、私の目からは「野党共闘で政権交代目指せ」という声と、「反緊縮で経済成長を」という要望を、執行部がほぼ無視した結果ではないかと見ています。

ここで言いたいのは、立憲批判ではなく、「組織」のあり方論です。
その意味で、立憲民主党には今回の選挙結果に責任をとってもらいたいところですが、とくにそういう話しはないようですね。

この立憲に失望した人たちが、れいわ新選組に投票したのではないかという分析もあるようです。
たしかに、そうかもしれません。
山本太郎さんは、立憲など既成の野党支持者を削ぐことよりも、投票に行かない人たちにフォーカスしてはいましたが、投票率を見ると、残念ながら今回はそこまでは声が届かなかったのが実情でしょう。

すでに次の衆院選に100人擁立!とぶち上げているので、投票に行かない4000万人に声を届けるのはこれからの課題です。

ただ、衆院選を戦うのであれば、れいわ新選組も「組織」の問題にぶつからざるを得ません。
全国比例とはたたかい方がまったく違い、小さな地域で動くには、今回のようなザックリしたボランティアでは難しいでしょう。

しかし、れいわ新選組は「地方組織は作らない」という方針だそうです。
私もくわしくは知りませんが、聞き及ぶ限りでは

「党員は国会議員及び国会議員予定候補」
「全国のボランティアとゆるやかにつながる」
「地方組織は作らない」

という感じらしいです。
う~ん、立憲と似てますねえ。
もちろん、内実が違えばいいので、似ていてもそれ自体は問題ではありませんが、正直ちょっと心配はしてしまいます。
「ゆるやか」が、かえって双方向性を損ねないことを願います。

形式はどうであれ、全国のボランティアをふくめての「れいわ新選組」という「組織」であることはまちがいありません。
いくら「ゆるく」であっても、役割分担とコミュニケーションが成立しないと、良からぬことになりかねません。
そこは、これから形をつくっていく太郎さんや事務局の皆さんに、ぜひとも気をつけていただきたいと思います。



私自身も、一度大きく状況を俯瞰してみて、何をすることがいいのか、限られた時間とささやかな力をどこに投じるべきなのか、少し落ち着いて考えてみます。

ともあれ、敗戦の日の今日、日本独立と絶対反戦 この誓いを新たにしたいと思います。



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2019-04-05(Fri)

激闘の4月にのんびり過去記事を読んでみた

20190405-1.jpg

とにかく忙しい。

そう言うと、「いいですね たくさん稼げて」と返されるのですが、そうはいかないんです。
ここ数年は下請け仕事の比率が高くなっていて、仕事量はあるのですがそれに見合ったお金をもらえないのです。
まさに、アベノミクスここにあり って感じです。

深刻な人手不足なのに実質賃金が下がるという、経済学者が頭を抱えるような摩訶不思議なマジックをやらかしてくれるアベノミクス。

実質賃金、2カ月連続マイナスに 2月は1.1%減
2019/4/5 日経新聞


私らのような個人事業主も例外ではないわけです。

そんなわけで、統一地方選が開幕しているにもかかわらず、ほとんど身動きのできない日々が続いています。
このブログも1ヶ月以上放置してしまい、なんとびっくり、ページに頭に広告が表示されているではないですか。
こんなこと、2005年に書き始めてから初めてです。

さすがにマズいと思って久しぶりにキーボードを叩きはじめる前に、そういえばここ数年なに書いてきたっけな と思って振り返ってみました。
2015年から2016年にかけて書いた こんな記事を読み込んでいました。

僕たちのプライド 2015.12.10

何もかもが切迫している今だからこそ長い目が必要です 2015.12.25

憲法フェスの総括とこれから その1 ~四年間をふり返りながら~ 2016.9.25

次のステップへ (憲法フェスの総括その2) 2016.10.8

少し長い記事ですが、よかったら目を通してみてください。

3年前に憲法フェスを通してやりたかったこと、つまり、政党とはちがうレイヤーで大きな塊(かたまり)をつくりたい、という思いは消えたわけではありません。
ただ、三宅氏がおかしな方向に行ってしまったことで、憲法フェスをきっかけにするという魂胆はくじけてしまいました。私がもっとアドレナリン出まくりの人間だったら突っ切って行けたのでしょうけれど、ちょっとあの時の空気を切り裂く気力がありませんでした。

それからは、自由党という軸足だけで突っ立った状態で、利き足を踏み出すことなく過ごしてきました。
そうこうしているウチに、山本太郎さんの改選が目前に迫ってきてしまいました。
ジワジワと日々の下請け仕事に気力と体力を奪われ、自由党や生活フォーラム関西の活動さえ十分に取り組めません。

たぶん、本当に政治が必要な人は、多かれ少なかれ同じような状況なのでしょう。
仕事や介護や高い学費や、もろもろの日常に追いまくられている人たちほど、政治がなんとか解決しなければならないのに、そういう政治が必要な人ほど政治のことなんて考えている余裕がない。
そういう負のスパイラルに完全にはまり込んでいます。

だからこそ、政党というものが先陣を切る必要があるのですが、肝心の野党第一党が・・・

「枝野ドクトリン」が招く野党の亀裂
2019.4.2 産経


野党共闘どころか、「他党から引き抜くぞ」とわざわざ公然と宣言したというのですから、もはや最後の期待の欠片も吹き飛びました。
立憲の議員さんやらの話を聞いていて「この人たちは自民党より国民民主や小沢さんのほうが嫌いなんだろうな」とは感じていましたが、やはりそういうことらしいです。

そうかと思えば

小沢氏、国民民主に苦言 「月内決着なければ白紙」
2019.4.3 FNN


これまた「自民党よりも小沢一郎が嫌い」という一部の議員が合流を妨害しているわけですが、それだけではなくて、立憲があれだけ強硬に合流を拒否しているために、そもそも野党共闘や合流は無理だという敗北感が国民民主の中に蔓延してしまっていることも、大きな原因でしょう。
枝野さんの思い通りってことです。

こうやって書きながら、何か明るい話題を探そうと思っていたのですが、出てきませんねえ・・・

とにかく、当面は地方選です。

冒頭の桜の写真にもチラッと写ってますけど、大阪府知事は「小西ただかず」さんで、私としてはまったく迷いがありません。
自民党推薦じゃん と大阪以外の人は思うかもしれませんが、ファシスト維新から大阪を解放するためには、自民だろうが公明だろうがOKです。

しかも、小西さんはなかなか気骨があります。


大阪府議選(吹田選挙区)は、もともと共産党の2人の現職のうち一人がいます。もうひとりは高槻市&島本町。
驚くなかれ、大阪府議会は、この2人と国民民主の1人、計3人しか野党がいないのです!!
維新、自民、公明 に反対できる議員は たったの3人。しかも国民の中村氏は今回引退。なんと残る現職は共産の2人だけです。
ところが、よりによって、なけなしの野党現職がいる選挙区である吹田と高槻に、わざわざ候補をぶつけてきたのが、かの枝野ドクトリンで武装した立憲民主党です。

当地吹田にも、どこのどなたか存じませんが立憲の候補が出ています。
もちろん私は共産党の「石川たえ」さんに一票を投じようと思っています。
話をしたこともありませんが、たった二人の現職を落とすわけに行きません。

ちなみに、大阪府議に3人立てている立憲のもう一人は 豊中です。
豊中と言えば森友事件のお膝元。
「木村真」市議とともに森友問題を追究してきた共産党の「山本いっとく」さんにぶつけてきたのです。
共産党のみならず、豊中で森友追究の市民活動をしていた人たちは激怒しています。

そんなわけで、立憲主敵論はやりませんが、でも期待はもうしません。
最初からほとんど期待はしていませんでしたが、なんとか国民の選択肢を作る方向に向いてくれないかと、わずかな希望を持っていましたけど、もうやめ。

そんな中で、ちょっとビックリのニュースも

衆院大阪12区補選 共産出身“野党統一候補”大金星はあるか
2019/04/04 日刊ゲンダイ


室井佑月の「嗚呼、仰ってますが。」
落選ならバッジを失う覚悟決めた宮本岳志さんはマジ怖いぞ
2019/04/05  日刊ゲンダイ


 森友問題の鋭い追及のときも思ったが、燻し銀の宮本のおっさん、やべぇ、惚れそうだ。落選したらバッジを失うんだよ。けど、黙ってられないから俺がやる! そう思い立ち上がったんでしょ。なにに黙っていられなかったかというと、たぶんちっとも進まない野党共闘にだね。
(引用以上)

これは室井佑月さんならずとも、私もうたれました。
お聞きしているところでは、党から指示されたのではなくて、自分で決断されたのだそうです。
しかも、共産党の幹部が無所属になるって、たぶん前代未聞じゃないでしょうか。

こちらは後半戦(4/21投開票)ですが、ちょっと手足に血がめくってきました。

野党第1党と第2党がかのような状況ですから、夏の参院選は衆院解散とのダブルになるかもしれません。
安倍晋三は、どんなに悪の限りを尽くしても、なにせ野党が勝手に負けてくれるのですから、もう笑いが止まらないでしょうね。
でも、その中で何を獲得するのか、転んでもただでは起きないくらいのことは考えましょう。

何のまとまりもありませんが、少しずつ書くことも再開していきます。

お付き合いのほどよろしくお願いします。



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2019-01-02(Wed)

年頭に

本年の目標 なんていうものを立てたことはないのですが、今年は少し考えてみたいと思っています。

反戦な家づくり ですから、反戦と家づくり ふたつの目標です。


家づくりについては 昨年から少しずつ考えていたことです。
ここ10数年は木の家づくりに専念してきましたが、おこがましい言い方をするとやり尽くした感があるのです。
もちろん、理想の木の家には到達していないし、デザインもまだまだ詰める余地は大いにあります。

ただ、私は経済的に普通の人には手が届かないような高価な家や、住みにくさを我慢しなければならないようなカッコイイ家は作りたくないと思っています。
経済的な条件や、使いやすさは、建築物としての理想を追求するときには相反してしまうものですから、常にどこで折り合いをつけるのかを悩むことになります。建築家としての感覚と、住宅屋としての矜恃を両立させる とも言えます。
そういう意味で、ほぼほぼ行くとこまで行ったかな と感じるのです。

では、次の一歩はどうしたらいいのかを考えていて、思い立ったことがあるのです。
専門的に言うと 「46条2項ルート」というのですが、こんな言い方では建築士ですら分かる人は少ないですね。

木造の家の構造は、四角い箱の組み合わせです。各階の床の高さをほぼそろえて、大小様々な四角い箱を組み合わせる。これが、木造建築の大原則です。
2階建ての家はほとんどが構造計算をしていませんので、ときどきこの大原則を踏み外している家があるようですが、本来はやってはいけない(少なくとも安全性は保証されていない)設計になってしまいます。

(こっからは、建築に興味の無い方は飛ばしてください)
建物がなぜ倒れないのかというと、建物の重さという上から下への力と、地震や台風の揺れという横向きの力に耐えられるように作ってあるからです。
数学のグラフでいうと、XYZの3方向にかかる力に耐えられるように作ります。本当に耐えられるのかどうか、簡単に確認するためには、それぞれの向きに対応した壁や柱や床が必要になります。そして、それぞれの向きに対応した壁や柱や床を組み合わせると、四角い箱になります。

普通に家を設計するには、この方法で十分です。四角い箱の組み合わせではない家なんて 思いつきませんよね。
でも実際には、変形敷地や高低差があったりして、四角じゃない部屋やスキップフロアーにしたくなることがあります。四角じゃない部屋は、四角い箱に置き換えて「みなし」で計算するのですが、実際には「みなし」では拾いきれない複雑な動きがあるために、壁に亀裂が入ったりする事例を見かけることがあります。

スキップフロアーも、格好はいいのですがあまり大胆なことをすると、大地震の時に柱が折れる危険があります。3階建ては回避策をとっていますが、構造計算をしていない2階建ては要注意です。

(ここまで)

そういう複雑な形の木造建築の構造計算をすることを「46条2項ルート」というのです。これまでは鉄骨やコンクリートで作っていた建物を木造で作る事例が増えていますが、そのためにはこの技をもった技術者が不足しています。
ソフトを導入したり勉強し直したりしなければなりませんが、趣味と実益を兼ねて、ことしはこれにチャレンジしてみようと思っています。


反戦については、なかなか手詰まり感がぬぐえません。
大原則ははっきりしています。小沢さんが年頭に言っている通りです。

小沢一郎氏が語る 「政権交代をもう一度実現するために」
2019/01/01 日刊ゲンダイ


 まず「権力」というものへの意識を変えることだ。政権イコール権力。これが何のためにあるのか。憲法でも認められた権力は、国民の生活や命を守るための手段として国民から与えられたもの。だから権力を望まない野党は、国民の生活や命を守る気のない政党ということになる。そこの認識がなさすぎる。

 権力とは悪いもので、執着しないことが現代的でスマートだと思っている。それは政治家としては意味がない人たちだ。国民のために働きたいなら、国民から権力を預からなければできないわけだから、その権力を持ちたいというのは当たり前のこと。権力を持たないで念仏を唱えていたって、国民は何も得るものはない。

(略)
ただ1人区の候補者を一本化するだけではダメ。前回参院選でそれをやったけれど、1人区は11議席しか取れず、自公に3分の2の議席を許してしまった。

 候補者を一本化するだけではなく、選挙区と比例区の政党名を一致させないと最大限の効果が出ない。今、野党がひとつの政党になるのは難しいかもしれないが、最低でも「オリーブの木」方式で参院選の届け出政党をつくって、ひとつの党としてやらないと。比例は比例、選挙区は選挙区でそれぞれが戦うと、自分の政党の候補者は熱心に応援するけれど、他党の候補者は応援しなくなる。比例もバラバラで戦えば、大政党に有利になる。前回参院選だって野党の比例票を合算すれば、自民党より多かった。

(引用以上)

問題は、「最低でも「オリーブの木」方式で参院選の届け出政党をつくって、ひとつの党として」やることができるかどうかです。
はっきり言えば、最大野党の立憲民主党が、それに応じるのか です。

小沢さんの言う大原則をあくまで主張すべきだというのはわかった上で、でもそうならなかったときのことも考えておく必要があると思うのです。とくに、関西にいると、参院選で大阪と京都で共産党の現職に刺客を送るかのような候補擁立を、問答無用でやる態度には失望以上のものを感じます。

刺客を送って立憲が入れ替わりで当選するのならばまだいいですが、過去の数字を見る限りでは、共倒れの可能性がはるかに大きいわけで、「自党の比例票をあつめるためには、野党全体がどうなろうが知ったことじゃない」としか理解のしようがありません。べつに立憲をディスっているのではなく、他の理解ができないということです。

繰り返しますが、立憲を打倒しようとか、敵だとか、そんなことは露ほども思っていません。何とかして、力を合わせてほしいと切望するからこそ、無念の思いが募ってしまうのです。
仮に今の執行部が頑迷なのであれば、下からの民主主義を標榜する立憲さんなのですから、党の改革を含めて「国民のために」という原点に立ち戻っていただきたいと切に思います。

その上で、やはり現実的には今のまま参院選を迎えてしまうという最悪のシナリオも考えておかねばなりません。
今のまま、野党がバラバラであれば、ほぼ間違いなく、衆参ダブル選にうってくるでしょう。そうなれば、2017年以上の野党大敗は避けられません。
いくら野党に投票する人が自公に投票する人より多くても、野党がバラバラなら大敗するというのは、何度も何度も何度も経験してきたことです。まして今度は、立憲民主、国民民主、共産 という三つ巴です。もう国民に愛想を尽かされるんじゃないでしょうか。

そうならないように、できるだけの努力はすべきですが、そのような最悪の事態になったときにどうするのか、何も考えないわけに行きません。2012年の総選挙の時のように、大敗の後に茫然自失となって敵が陣容を整えるのを無為に眺めているようなことは繰り返してはいけません。

そのためには、立憲民主 国民民主 共産 という三つ巴の外で大原則を掲げて踏ん張る勢力が生き残ることです。
国政政党としては社民党と自由党、それに「野党共闘で政権交代してほしい」と熱望している市民団体などなどが集まってひとつの核を作る必要があるでしょう。

今年の選挙でいうならば、象徴的なのは、4月の衆院沖縄3区の補選・屋良朝博さんと、7月の参院東京選挙区・山本太郎さんです。

屋良氏が出馬表明「辺野古の合理性問う」 衆院沖縄3区補選
2018年12月30日 沖縄タイムス


山本太郎氏が与党に「保守と名乗るな」と怒り絶叫
2018年12月8日 日刊スポーツ


この二つの選挙に、絶対勝たなければ、最後のロウソクの火すら消えかねません。
大阪からは遠いですが、何らかの方法でできるかぎりのことをしたいと思います。


建築業界も御他聞に漏れず 「デフレ況」で安い仕事がたくさんあってこなしきれない状況です。
私のような末端の技術者にとっては、忙しいけど儲からないということです。
日常の業務をこなしながら、二つの目標に取り組むのは、なかなかハードル高いですが、なんとかやってみたいと思います。

2月16日には、久しぶりに小沢一郎さんを大阪に招いての懇親会があります。

自由党・小沢一郎代表を囲む会
2019年2月16日(土)
大阪キャッスルホテル(天満橋)

第1部 講演会 12:30~ ホテル7階
 参加費無料
 ただし、党員・サポータ、生活フォーラム関西会員、第2部参加者のみ。当日の入会も可能です。

第2部 懇親会 14:00~ ホテル3階
 参加費 1万円 (政治資金パーティー)

いずれも申込が必要ですが、まだ諸々準備中ですので、早めに予約したい方は info@mei-getsu.com山岸までご連絡ください。


「県民投票まで辺野古の埋立を止めて」とホワイトハウスに直接請願する署名 まだの方はぜひ!
1月7日までです。下の画像をクリックすると ホワイトハウスの署名するページに飛びます

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2019-01-01(Tue)

声なき声

20190101.jpg

※写真は「ジュゴン保護キャンペーンセンター」からお借りしました。
2018-11-30(Fri)

秋篠宮の発言を支持します

私が「世の中なにかヘンだな」と思った最初の記憶は、幼い頃にテレビを見ていて「ひろのみやさま」という言葉を聞いたときでした。

他の人は「さん」づけなのに、なんで「ひろのみや」という人だけ「さま」なの? 「さん」とか「くん」とか「ちゃん」と呼ばれる人と、「さま」と呼ばれる人は、何が違うの? と幼いながらに思ったのでした。

時は流れ、「ひろのみやさま」と呼ばれていた人は皇太子になり、来年には天皇になるとか。
でも、いまだに なぜあの人は「さま」で、その他の人は「さん」や「くん」や「ちゃん」なのか 分かりません。

もうひとつ、天皇について「へえー」と思ったのは、小沢一郎さんが国会の開会日に天皇の「お迎え」に並ぶ理由です。
ちなみに、国会の正門は普段は固く締め切られており、主権者たる国民はもちろん、選挙の後の初登庁を除いては国会議員も両院の議長ですら通ることはできません。国会に正門から入れるのは、なぜか参政権のない天皇だけです。

それもおかしいなあと思っていたのですが、小沢さんが天皇をお迎えするのは、憲法に「天皇は国民の象徴」と書いてあるからなんだそうです。天皇に頭を下げるのは、主権者国民に象徴的に頭を下げること だと(ご本人からではないけど)お聞きしました。
なるほどねえ そういう考え方もあるんだな と「へえー」だっとわけです。

たしかに、護憲の方々も1条も9条もまもるのなら、そういう理屈になるよね。
安倍晋三がいくら9条嫌いでも守らなくちゃならないように、護憲派がいくら天皇制を嫌いでも憲法がある以上は1条も守らなくちゃならない理屈です。

私自身は護憲派じゃないので、1条は変えるべきだと思っています。今の天皇も皇太子も直接の戦争責任はないけれども、昭和天皇を免罪したのが象徴天皇制である以上、ケジメはつける必要があります。
だから、財団法人皇室博物館の館長になって、京都御所と江戸城の入場料を活用して、伝統文化を守っていってもらえばいいと思うのです。

しかしそのためには、日本人が日本人の頭で「憲法どうしようか」と議論できる国にならなければなりません。
実質植民地で、なおかつ実質独裁政権の今のような日本では、改憲は植民地と独裁を強めるだけで、百害あって一利無しです。


さて、天皇についてはそんな風に考えていた私の目から見て、話題沸騰の秋篠宮発言はどうみえるのか です。

大嘗祭 公費に異議 秋篠宮さま「宗教色強い」
東京新聞 2018.11.30

 秋篠宮さまは(略)、皇太子さまが新天皇に即位後の来年十一月に行う宮中祭祀(さいし)の「大嘗祭(だいじょうさい)」について「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と疑問を呈し、皇室の私的費用の「内廷費」で対応すべきだとの考えを示した。政府は公費の「宮廷費」から支出する方針を決めており、皇族が公の場で、政府方針に異を唱えたのは極めて異例。 

 秋篠宮さまは会見で、「宗教行事と憲法との関係はどうなのかという時に、やはり内廷会計で行うべきだと思っています」と述べた。三十年前の平成の大嘗祭のときからの持論だったという。

(引用以上)

びっくらこいた政府は、案の定こんな話をしています。

秋篠宮さま発言、「憲法上問題ない」官房副長官
読売新聞 2018.11.30

 西村康稔官房副長官は30日午前の記者会見で、秋篠宮さまが皇位継承に伴う「大嘗祭だいじょうさい」に宮廷費(公費)を充てる政府決定を疑問視されたことに関し、「国政に影響を与えるものではないことから憲法上の問題は生じない」との認識を示した。
(引用以上)

なんで憲法上の問題とかの話になるかというと、憲法にはこう書いてあるからです。

第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

国政で「大嘗祭は公費負担」と決めたのに、皇室がそれに異を唱えるのは憲法第4条に違反してるんじゃないか? という話です。
なるほど、そんな気もします。



しかし、憲法には こうも書いてあります。

第二十条 3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

「いかなる」と書いてある以上、「重要な伝統的皇位継承儀式」であろうがなかろうが、国はやってはいけない。
これは明確です。

東京新聞の記事に書いてある通り、30年前の大嘗祭の時には多くの人が国を訴えたのですが、裁判所は例によって憲法判断をしませんでした。
合憲です とは言わずに、逃げまくったわけです。まったく使えない最高裁です。

とにかく、最高裁も「合憲だ」とはさすがに言えないのが、宗教儀式である大嘗祭への公費投入です。

と、ここまでははっきりしていますが、今問題になっているのは、「いくら中身は正しくても、天皇や皇室が政府の決定に口を出していいのか」 ということです。
中身にかかわらず、皇室が政府に楯突くのは憲法4条に違反じゃないか という話についてです。

結論から言うと、私は今回のことに限っては、アリだと思います。
憲法4条には違反していない と言う考えです。

なぜなら、「天皇と皇室が違憲状態にされることに異を唱える権利」はあるのではないか と思うからです。
他のことではなく、「天皇が政治利用されて違憲になること」 だけは 天皇や皇室が反対する権利があるのでは ということです。

天皇は憲法1条でその存在を規定されています。
にもかかわらず、違憲状態になってしまったら、天皇はその存在基盤がなくなってしまいます。
天皇がみずから憲法の外に踏み出していくことを、憲法は固く禁じていますが、政府などが天皇を憲法の外に引っ張り出そうとするとき、それに唯々諾々と従うべきなのか、異論を述べるべきなのか という問題です。

大嘗祭に公費を投入することは、実は自民党の改憲案を先取りしているのです。
改憲案では、現行の20条3がこう変わっています。

20条3 国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない

「範囲」などいかようにでも決められるので、現行憲法ではこのような但し書きはないのですが、現実は自民党草案の通りになってしまっています。
このように、正規の改憲という手続きすら踏まずに、政権与党の無理筋で天皇が現行憲法に違反した状態にされている。そのことに、皇室が反対することは、私は問題なし というか 当然だと思います。

繰り返しますが、現行憲法は天皇に対して「憲法違反」は固く禁じていますが、「憲法違反」を拒否することは禁じていません。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


尊重し擁護する義務があるのですから、同じ義務を負っているはずの国務大臣や国会議員や裁判官が、「天皇を憲法違反にしてやるぞ!」と言ったら、「やめろ」というのは当然だと思うのです。
文科省が子供たちに「天皇のために国を守れ」と言い出したら「それは違う」と言うべきだし、自衛隊が「天皇のために死ね」と命令したら「バカなことを言うな」と言うべきです。
それは、天皇の国政に関する権能ではなく、国政に関わらないための拒絶にすぎません。



個人的には秋篠宮という人には あまり好感はもっていませんし、そもそも皇室に税金を使われることには、憲法に書いてあるから泣く泣く認めてるのが 私のホンネです。

そんな私ですが、今回の秋篠宮の発言は支持します。

彼の発言は、憲法違反ではなく、憲法違反を拒否しているのですから。



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2018-11-13(Tue)

防弾少年団(BTS)は解散すべきなのか? 「正義」の刃について

BTSが原爆を肯定する主旨のTシャツやらジャケットを着ていたことから、巡りめぐってテレビ朝日のミュージックステーションの出演が取りやめになった。ネットのみならず、地上波ニュースでも流れる騒ぎになっています。

しかも、原爆のTシャツだけでなく、ほとんどナチスっぽいパフォーマンスをやったり、そのものズバリのナチス帽をかぶって写真集を撮っていたりと、エラいことに。
Tシャツも帽子もパフォーマンスも、あれこれ説明するまでもなく、100%アウトです。

いくらBTS叩きに血道をあげているのが日頃はナチス大好きなネトウヨだとしても、これらの行為を肯定するわけにはいきません。
原爆やナチスの意味をしっかりと学んで、真摯に謝罪すべき。
国連であれだけのスピーチをしたのだから、理解できないはずはいのです。
もし事務所が止めているのだとしたら、とんでもないことです。



そのうえで、ユダヤ人権団体にBTSのことをチクったのがこの人だというのだから、呆れてしまいます。


20181113-1.jpgそして、BTSのコンサート会場まで行ってファンに暴言の限りを尽くしているのは、こういう人たちです。
原爆やナチスを肯定することは世界中から指弾されるべきですが、しかし、あんたにだけは言われたくないわ!という話です。

原爆については、そもそもアメリカはどうなのかというと、原爆落としたパイロットは英雄です。
原爆のおかげで戦争が終わったのだから、原爆エラい!というのが、いまでもアメリカのスタンダードです。
もちろん、理由はどうあれあれはやり過ぎだという反省も生まれているようですし、実は日本が降伏したのは原爆じゃなくてソ連の参戦だったという話も明らかになってきています。
それでも、ごく一般的な常識レベルでは、原爆は正義なんですよ 今でも アメリカでは。
それが戦勝国の常識なんです。悔しくて悲しいですけど。

だから、あんなTシャツが作られて気軽に着用されたりしないためには、そもそも原爆は戦争犯罪だ ということをアメリカに対して堂々と言い切らなければなりません。
「過ちを繰り返しませぬ」ではなく「過ちを繰り返すな!」です。こと原爆に関しては。
それができないヘタレ右翼が、韓国のアイドルをいたぶるのは、いくら原因がBTSにあるとはいえ、見ていて気分が悪いですね。

まあ、なにせこの国は 初代防衛大臣がこんなこと言っちゃうんですから。

「原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、という風に思っている。
 米国を恨むつもりはないが、勝ち戦ということが分かっていながら、原爆まで使う必要があったのか、という思いは今でもしている。国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうことも選択肢としてはありうるのかな。」
2007.6.30 久間章生防衛大臣(初代)

まあさすがにこの方は辞任しましたが、こちらの御仁は辞任の素振りもありません。

「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうかね」
「何百万人殺したヒトラーは、やっぱりいくら動機が正しくても駄目だ」
麻生太郎 副総理・財務大臣(現在も!)

発言は撤回したそうですが、本当に思っているから口に出るのでしょう。
政治家ですからねえ、アイドルとは責任が違います。



要するに何が言いたいのかと言うと、歴史や立場を忘れてはいけないし、固定化してもいけない ということ。

日本の侵略が非道な侵略だったのは、ネトウヨが何を騒ごうがその事実は忘れてはいけません。
でも、だからといって、原爆や無差別爆撃(空襲)が戦争犯罪であることを「しかたない」で済ますわけにもいきません。

ナチスの所業は、徹底的に断罪されるべきものです。
しかし、それを先導するユダヤ人権団体が、なぜパレスティナ人の主権と人権には一顧だにしないのか、不思議ではないですか。

BTSをめぐる問題も、同じことです。
韓国人が日本支配から解放された光復節を祝うのは当然のことです。それを反日と称するならば、その「日」は大日本帝国であって、私たち日本国も否定すべき対象です。反日大賛成です。
しかし、だからといって、原爆を肯定するのは大間違い。あれはれっきとした戦争犯罪です。日本が侵略を反省しなければならないように、アメリカも徹底的に反省し責任を負うべきです。

BTSという若者のグループでも、やってしまったことは責任とらなければなりません。
しかし、意味を理解して反省するのであれば、人格的に全否定されるべきではありませんし、解散すべきでもありません。
ましてこの機に乗じて「韓国排撃」を騒ぎ立てる連中こそは、排外主義の塊としてナチス同様に断罪されるべきです。

自らを100%正義 相手を100%悪 と決めてかかる態度こそが、諸悪の根源です。
「正義」の刃ほど危ういものはありません。
ドイツのワイツゼッカー大統領は、ナチスの罪の責任を完全に認めることで、逆に自国の立場も主張する「もの言える国」になることを成し遂げました。
「荒れ野の40年」1985年5月8日 大統領演説全文

私たち日本人は、この演説を何度も何度も読み返すべきです。

最後に、BTSの日本ツアーが無事終わることを、そしてその間に、真摯な言葉を聞けることを、期待しています。


■■ お仕事のお知らせ ■■

本業の家づくりについてです
11月17日(土) 18日(日)の二日間 完成見学会を行います

ご興味のある方は info@mei-getsu.com 山岸までご連絡ください。

詳しくは↓

ootani3.jpg
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2018-10-04(Thu)

「デニーさん」と自然と呼べちゃう知事誕生

デニーさん 登庁されましたね

沖縄・玉城知事が初登庁 翁長氏の辺野古阻止継承
2018年10月4日 琉球新報


初仕事が台風対策、なかなか風雲急を告げる始まりです。

それにしても、自然と「デニーさん」と呼べてしまう知事が誕生したことだけでもすごいことですよね。
3年前にデニーさんに大阪に来ていただいたとき運転手をさせてもらったのですが、なぜか不思議と何の抵抗もなく「デニーさん」と呼んでしまったんです。
まあ普通だったら「玉城先生」ですよ、現役の代議士ですから。

私はたとえ小沢さんでも先生とは呼ばないようにしているんですが、正直言えばかなり意識してます。
でも、デニーさんは、さらっと「デニーさん」と呼んでしまったんです。
そういう空気を持っているんです、デニーさんは。

当選が決まった直後は、「これからが大変だなあ」という思いが強くて、歓喜爆発とはいかなかったんですが、数日経って初登庁のニュースを見ると、じわじわとこみ上げてきました。
自由党の中でも、オール沖縄の中でも、俺が俺がという自己主張はせずに、どちらかというと地味な仕事師だったデニーさんが、まるでサナギから蝶が飛び立つような華麗な闘いを続けていることに、選挙期間中も感動しっぱなしでした。

ほんとに ほんとによかった。



ともあれ、これからのことを考えなくては です。

昨日は「日本のアイデンティティ」なんてことを書いたら、すっかりアクセスが伸び悩みです。
やはり、みなさん大日本帝国の香が漂う文言には敏感ですね。
読んでもらったら、決してそうじゃないことはわかってもらえると思うんですが。

そういえば、先日梅田のジュンク堂にいったら、1階のかなり目立つところに白井聡さんの「国体論」がおいてありました。同じ棚に並んでいるのは、ほぼほぼネトウヨっぽいのばかり。
まあそうですよね、なにせ「国体論」ですからね。

白井さんがネトウヨばりの国体護持を説くとは思えませんが、あえてこういうコーナーにおかれることで、いわゆるリベラルやインテリみたいな人たちとは違う考え方の人に読まれるとしたら、なかなかいい手だなと思いました。

デニーさんの勝因はいろいろあるでしょうけど、一番直接の理由は、自民支持者の2割、公明支持者の3割、維新支持者の4割をひっくりかえしたことと、無党派層の多くを投票に行きたいと思わせたことです。
これはすなわち、「支持者の中の楽屋落ちではなかった」 ということです。

もうこれは百万回でも言いたい。
自分と同じような考え方の人たちで固まっている限り、勝利はありません。
「(自分が考える)正義は勝つ」 は大間違いです!

デニーさんは 「自立と共生」と「多様性」を県政の柱にと言っています。
ぜひぜい この言葉の意味を、よーく吟味してみてください



それにしても、幹事長だったデニーさんが時の人になったのに、自由党の支持率は限りなくゼロに近いまま。
不思議な政党ですよね。
玉城デニー、山本太郎、小沢一郎  こんなスーパーマンがそろってるのに・・・・・ 支持率≒ゼロ・・・・・

自党の宣伝に余念のない あの党やこの党を、少しは見習ってほしいですね。
少しでいいですけど



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