2018-06-19(Tue)

地震はいつも突然やってくる

いやあ 昨日の地震はびっくりしました。

まだ寝ぼけているところに、比較的周期の短い揺れが始まり、思わず壁にしがみつきました。
幸いにして家は地盤のいい場所なので、震度5強とか6弱とかいうわりには、大した被害はありませんでした。
電車が止まったので、いろいろ足止め食ったりとかありましたが、ライフラインも問題ありません。

ただ、事務所は江坂の街中で、きわめて地盤の悪い場所にあり、普段から前の道路をダンプが走っただけで揺れるほどのオンボロビル。東北の地震の時ですら結構揺れました。
なので、こんな有様に。

20180618-1.jpg

今日いっぱいは復旧にかかりそうです。

ところで、今回の地震、「どの断層が動いたのかわからない」そうです。
しかも、その解説を、「地震予知連絡会」の学者が、平然とやらかしてました。

ちょっと待ってくれよ。
地震予知連絡会の連中は、解説する前に言うことがあるだろ。
「みなさんの税金を使って研究してるのに、いっつも予知できなくてごめんなさい」だろ。

一度たりとも予知なんてできた試しのない「地震予知連」
それが、のうのうとテレビに出てきて、しかも言うに事欠いて、「どの断層か分かりません」と。

おきた後ですら「どの断層か分からない」レベルなのに、なんで予知なんてできるんだ?
おまえは超能力者か!! とキレかけた人も、その筋のなかでは多かったはずです。

なんでできもしない地震予知を「できる」と強弁して、いつまでも政府は予算を付け続けるのか。
それは、はっきり申しまして、原発のためです。
ゲンシリョクハツデンショを作ったり稼働させたりするためには、「○○以上の地震はおきません」というお墨付きが必要です。
いわゆる「想定」ですね。

いつどこでどんな地震が起きるかなんて、誰にも分からないのに、「ここでは○○以上の地震はおきません」という、神のお告げのようなものを断言するカルトっぽい人がいないと、原発は動かすことができないんです。
そのためには、「地震は予知できる」と言いつづけなければならないわけです。

今回もそうだったけど、ほとんどの大地震は、知られている活断層ではおきていません。
つまり、ほとんどの大地震は 想定外 なんです。
詳しくは、一昨年の記事を見てください。

「活断層で地震が起きる」という神話の上に建つ原子力発電所

予知できなくても、恥じらいもなくテレビに出てきて謝罪の言葉もないような、つまり「自分でも予知なんてできるわけない」と思っている地震予知学者が決めた「安全」の上に暮らしているんです、私たちは。

ということで、原発はやっぱり即止めて、一刻も早く廃炉にしなくては ですね。

そして、家を建てるときは構造計算を、住んでる家は耐震診断を ご用命は明月社に と営業トークをしておいて、片付け作業に戻ります。

最後になりましたが、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。




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2018-05-23(Wed)

モリカケ問題も日大アメフト部も 日本軍そっくり

昨日の日大選手の会見を見て、二つのことを思った。

一つは、完璧なリスク管理だ ということ。
あの代理人はかなり優秀な弁護士なのだろう。
日大選手の立場をできる限り守るための、ベストな戦略と戦術をたてていたように見えた。

もちろん、それは日大選手が本当に追い込まれて、やらされていたからこそ取れる戦術であり、真実をつまびらかにすると決心したからこそできた会見だった。
真実を隠し通そうとするかぎり、佐川や柳瀬の国会証言のように、矛盾だらけとなり、誰が見てもウソにしかみえない、最低の戦術に陥らざるを得ない。

これまで、不正を指示されたり忖度を余儀なくされてきたわが国の役人にこそ、あの会見をみて学んでもらいたい。
とくに、あまりのプレッシャーに「死にたい」とまで追い詰められたら、あの会見を思い出して、迷わずに弁護士に相談してもらいたい。

日本弁護士会も、ぜひ「役人専用ダイヤル」を作っては如何だろうか。



あの会見をみて、もう一つ思ったのは、モリカケも日大アメフトも、結局は日本軍だな ということ。

究極の忖度は何かと言えば、特攻隊だ。
絶対に「行かない」とは言えない状態に追い込んでおいて、形だけは志願したようにする。
まるで自分の意思のようにみせかけて、飛行機や潜水艇を使った自爆テロをやらせた。

そして、行かせた上官はのうのうと生き残り、戦後は自衛隊の幹部になったり国会議員になったりして平穏な老後を送った。
731部隊の石井四郎ら幹部のように、人体実験のデータを米軍に売って命乞いをした。
満州侵略の実権を握っていた岸信介は、なんと総理大臣にまでなってしまった。

上に立つものは決して責任をとらない。
部下には圧力を加えて殺人でも自爆テロでも人体実験でもやらせておいて、幹部は絶対に責任をとらない。
日本軍の伝統は、そのまま戦後に温存され、戦後民主主義という立派な建物の腐った土台となった。
その象徴が まさに象徴天皇になった天皇制の温存だった。

戦後の日本というのは、ある意味あの日大選手のような気持ちの人間たちによって復興された。
殺人タックルどころか、本当に殺人してきたのだから、もっと激しい思いが胸に沈んでいたはずだ。

ただ、あの選手のように反省を込めて殺人経験を語ることはせず、同期のサクラを謳ったり、モーレツサラリーマンになったり、戦後民主主義を信奉したり、戦争(被害)体験を語り継いだりして、誤魔化しながら70数年が過ぎ、ほとんどの人は墓場に持って行ってしまった。

決して口に出せない、責任を問うと自らも傷つく、そんな反戦感情を逆手にとって、米国は戦後日本を、反省なき平和国家に作り上げた。
反省することのできない民は、いつまでも敗戦を引きずり、戦後処理も独立もできず、米国の「不沈空母」と「ATM」の役割を担い続けてきた。

日本の戦後は、「反省なき」平和と民主主義で彩られ、「責任を問う」ことはタブーとされてきた。
だから、昨日の会見でも、あの選手も弁護士も「監督の責任」については、決して語らなかった。
それを言うと、この社会は「問うた側」を叩くからだ。

連綿と続くこの日本軍の腐った伝統を断ち切らない限り、日本は政治もスポーツも会社も教育も、まともなものにはならない。
逆に、この腐った土台だけでも作り替えられれば、失敗しながら少しずつでも、まともな国に近づいていけると思うのだ。

日大選手の会見は、その意味でも画期的だったと思う。
破れかぶれではなく、しっかりリスク管理もしていたことも含めて、私たちは学ぶべきだ。


■ お知らせ

「さよなら新自由主義」 菊池英博氏講演会

2018年6月2日(土) 14:00 - 16:30
エル・おおさか南館101

小泉・竹中時代からアベノミクスへと続く新自由主義は、私たちの暮らしを壊し苦しめ続けています。しかし「新自由主義って何なのか」その正体を私たちはちゃんととらえているでしょうか。敵を知らずんば百戦して百戦危うしです。腰を据えて学んでみませんか。

参加者には講師の菊池先生から著書「新自由主義の自滅」をプレゼント!
早めのお申込を。

主催 生活フォーラム関西
資料代 1000円
予約 申込フォームにリンク




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2018-03-30(Fri)

日本国憲法のキモは前文の TRUST IN である

またまた護憲派リベラル諸氏には不評を買いそうなことを書いてみる。

でも、安倍改憲が現実味をもつ今だからこそ、護憲派の皆さんにこそ読んでもらいたいと思って書いていることは信じていほしい。

日本国憲法の原文は、GHQから渡された英文だったと言うことは議論の余地がない。
ただ、たとえ押しつけであっても、良いものは良いじゃないか という護憲派の意見には、私も概ね賛成だ。
自民党の改憲案や、安倍ちゃんの改憲案と比べても、月とすっぽん以上に現行憲法の方が良い。

その上で、原文である英文を見ていると、こんな文章がある。

We have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

私が注目したのは trust in というところだ。

この文章を日本語訳(すなわち憲法の前文)でみるとこうなる

「平和を愛する諸国民の公正と信義信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

ここについては、公正と信義「に」 ではなく 「を」 じゃないか。日本語がおかしい、という議論はよく聞くはなし。たしかに、なんとなく不自然な感じはする。
でも、やはりここは 「を」 ではなく 「に」 なのである。

何故かというと
trust の後に、 in が入っているからだ。

ちょっとややこしいけど、ここは非常に大事ところなので、我慢して読んでみてほしい。
trust という英単語は普通は他動詞なので、in は必要ない。
おまえを信用するよ なんて言うときは
I trust you. てことになる。

じゃあ わざわざ in をつけるのはどういうときかというと、これは米国人なら誰でも知っているあれに書いてある。

20180330.jpeg

IN GOD WE TRUST

倒置法を元に戻すと We Trust in God. である。

つまり、信じる方の主体性にかかわらず、神が正しいとか正しくないとか四の五の言わず、無条件に信じる という場合に使われるのが trust in なのである。

まあ、ちょっと極端な書き方をしているけれども、辞書をひいても、「神を信じる」とか「運を天に任せる」とかいう例文が出ており、意味合いとしては間違っていないはずだ。

さらに昔々勉強した英文法を必死に思い出すと、 この文章は分詞構文という形になっている。
細かい説明を省くと trustingの前にある「、」の、後が原因で、前が結果ということ。

前文の訳では、因果関係が薄められているけれども、「trust in(無条件信頼)するから 安全と生存を保持できるんだよ」っていうこと。

よって、憲法前文のこの部分は、直訳するとこうなる

「平和を愛する諸国民の公正と信義を無条件に信頼することで、われらの安全と生存を保持しようと決意できました。」

どうだろう、「平和を愛する諸国民」のまえに跪(ひざまづ)いて、決意を述べる WE(日本人)の姿が浮かんでこないだろうか。



繰り返すが、私はだからといって、この憲法を自虐だとか屈辱だとか言っているのではない。
そうではなくて、この憲法は、「平和を愛する諸国民」と言われる国々との 契約 だと言うのである。

「平和を愛する諸国民」とはもちろん、日本の侵略の犠牲を被った中国、朝鮮、米国を中心にした第二次大戦の戦勝国を指していることは間違いない。
これらの国々に多大な被害をもたらした挙げ句に、ボロボロにまけた日本に待っているはずだったのは、制裁と賠償で二度と立ち直れない運命 のはずだった。

しかし、日本列島に反共の砦としての利用価値を見いだした米国は、なかなか素敵な妥協策を提示した。それが

We have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

「平和を愛する諸国民の公正と信義を無条件に信頼して跪くならば、安全と生存を保持させてあげるよ。さあ、どうする?」

日本国民は、保守も革新も、こぞってこれに YES! と答えたのである。
おかげさまで、70年以上も戦禍にまみれることなく、今日こうして暮らしていられるのだ。
いくら貧乏暮らしと言っても、世界平均からみたら、十分に贅沢三昧な生活を送っているのである。

これはすべて、1948年に日本国民が 

We trust in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

という契約書に判を押したからなのである。



ところが、70年もたつと、そんな契約はなかったかのように 本気で改憲をやろうとする安倍晋三のようなのが登場する。
他のことはともかく、この前文と、それを根拠にした9条を触るとなると、契約の当事者は黙っていない。
すくなくとも、米国、中国、韓国、北朝鮮は、「じゃあ 70年前の賠償をやってもらおうか」「70年分の儲けを全部返してもらおう」 という話になる。

戦後レジュームというのは、日本が勝手に決めたものではなく、日本の命乞いを戦勝国が認めたということで成立したものだ。
それを、美味しいとこだけ味わった挙げ句に、一方的に脱却すると宣言して暴走すれば、他方の当事者が黙っていないのは当然と言えば当然。
そんな一方的で独善的な改憲は、日本を孤立させ、最悪のコースに導いてしまうことは火を見るより明らかである。

私は、本質的にはいずれは日本人の力で憲法を作るべきだとは思う。
しかし、そのためには、70年前の契約当事者ともしっかりと交渉をし、理解されるものでなければ実現はできない。
国内ですら、ろくに議論もせずにゴリ押ししてしまおうというような、民主主義の「み」の字すらないような今の日本で、改憲やら自主憲法など、100年早いのである。

とは言え、GHQに作ってもらった憲法を、他国に無条件にひざまずくことと引き替えに平和と生存を保証してもらった憲法を、手放しで持ち上げて金科玉条にしてしまうのも、やはり違うはずだ。
今はしっかりと護りながらも、冷静に分析して、本来のあり方を「自分の頭で」考え、議論することが、本当の民主主義を育てるはずだ。

安倍晋三や、安倍晋三的なるものたちに負けないためにも

Trust in KENPO.

ではダメなのだ。



■■おしらせ

「ゆがめられた政治と教育~森友問題から見えてきたもの」
2018年3月31日(土)
豊中市立文化芸術センター大ホール
(阪急宝塚線「曽根」から徒歩5分)
開場 18:30、開会19:00(21:00までの予定)

<対談> 寺脇研さん X 前川喜平さん
    (コーディネーター:新聞うずみ火・矢野宏さん)
<報告とアピール> 野党国会議員
          大阪府議会議員・石川多枝さん(予定)
<アピールと行動提起> 森友学園問題を考える会

前半は、文部省(文科省)の先輩・後輩にあたるお二人の対談。長年教育行政に携わってきた中で直面した、政治から教育行政への圧力についてお話しいただきます。森友・加計学園問題を「教育行政」という観点から見た時、いったい何が問われているのか、ともに考えましょう!

後半は、野党各党の国会議員から国会報告とアピールのほか、大阪府議会で孤軍奮闘で松井知事・維新の会の責任を追及する石川議員からの報告とアピール(予定)、主催者である森友学園問題を考える会からのアピールと行動提起です。

今回は定員1,300名の大ホールですので、「満員につき入場不可」なんてことは、いくらなんでもないだろうと思っています。ですので、入場整理券等も特に発行しません。良い席を取りたい方は早めにお越しいただいた方が良いと思いますが、席には特にこだわらないのであれば、開会時刻ギリギリにお越しいただいても大丈夫です(だと思います)。

◆ 参加費 500円(学生300円)
◆ 主催:森友学園問題を考える会 TEL/FAX 06-6844-2280

主催者のFacebook
https://www.facebook.com/events/556948708001530/





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2018-02-10(Sat)

苦海浄土

もう40年ほど前、くらいくらいボクの高校生活の精神的な支えは、羽仁五郎の「教育の論理」と「自伝的戦後史」だった。
この二冊に出会わなかったら、こういう考えの大人もいるんだということを知らなかったら、あの時代を乗り越えられなかっただろう。

そんな羽仁五郎がガールフレンドと呼び、よくテレビにもでていた花柳幻舟という舞踊家がいた。その幻舟が、なんと花柳流家元を包丁で刺したのが1980年の2月。
そして、同年の5月だったかに京都で幻舟の講演会があった。その後に8ヶ月服役しているから、たぶん保釈中だったのだろう。
なんでいきなり刺したのか。大いに興味のあったボクは、四条烏丸の京都産業会館に出かけていった。

詳細はここでは語らないけど、「当事者の思い」というものを、正面からぶつけられた。
この講演会は、ボクの一生にとってかなり大きな影響を残してくれた。

それと前後して、京大西部講堂である芝居が上演された。「天の魚」という一人芝居だった。
そう、石牟礼道子の「苦海浄土」の一節を、俳優の砂田明が一人芝居に仕上げた作品である。

どんな芝居だったのかはっきりとは憶えていないものの、これまたボクの心に碇を下ろしてしまった。
その夏の1ヶ月ほどを水俣で過ごした。
ミカン畑を手伝いながら、眺め下ろした水俣の海の恐ろしいほどの美しさ。
羽仁五郎の著書にすがって生きていたカラッカラのボクの心には、一生消えることのない残影となって焼き付いた。

ちなみに1980年の5月には、隣の韓国で光州蜂起が起きている。
金大中の不当逮捕に端を発した市民蜂起のことは、日本では小さい事件扱いで、ほとんど報道されなかった。
そのことも含めて、数ヶ月遅れで何があったのかを知ったボクは衝撃を受けた。

光州蜂起については10年前に書いているので、こちらも見ていただければと思う。
 「光州5.18」 2008.5.15

とにかく、1980年5月は、ボクの行く末にかくも絶大な影響をのこす月となった。
今、こんなブログを書き綴っているのも、もちろんこの5月があったからだ。

ボク的三大事件の一つであった苦海浄土を書かれた石牟礼道子さんが亡くなったという。

特集 石牟礼道子さん死去 2018.2.10 朝日

暮らしも政治も先行きが見えなくて、目の前のことに惑うことが多い今日この頃、もういちど苦海浄土を読み直してみようと思う。




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2018-01-16(Tue)

「逃げ恥」と日本人の自尊感情

正月に再放送された「逃げ恥」を見た人も多かっただろう。
普段はあまりテレビは見ない私も、あのドラマは面白がってみていた。

「逃げ恥」のテーマは、たぶん平匡さんの自尊感情の変遷だった。
みくりさんの分析では男としての自尊感情が低すぎる平匡さんが、どうやってそれを回復していくのかという筋書き。
(こんな乾いた解説はなんの面白みもないけど)

みくりさんが実は自分のほうが自尊感情なかったんだと気が付いたりしつつ、最後は小さなコミュニティーの中に登場人物の自我が収斂されていく。
結局、自尊感情というのは自立した感情ではなく、小さな輪っかの中で相互認識されることで満たされる、というようなラストだったように見えた。

これって、日本人の自尊感情を、うまく表現している。
一見すると、あまりに低すぎる自尊感情。
でも、身の回りのコミュニティーで認められることで、それはちゃんと満たされる。

「エラい人」には何をされても怒らない日本人。
モリ・カケ・スパコン・リニア ・・・  総理大臣がどんなに不正に関わっていても、お大臣様のなさることには諦めてしまう日本人。
より強い権力が大鉈を振るわない限りは、ジッと我慢する日本人。

おそらく外国人から見れば、こんな日本人は「自尊感情が無い」と見えるだろう。
しかし、人間は自尊感情無しでは生きていられない。
平匡さんだって「プロの独身」というプライドを握りしめていた。

日本人は、共同体の一部であるということが、それにあたる。
家族や会社や地域などの、一員として認められることが生きるためのプライドになってきた。

それを拗(こじ)らせたのが、ネトウヨである。
フツウに小さな輪っかで認められていれば、そこで満足できるのだが、そこから外れてしまうとより大きくて観念的なものに頼らざるを得ない。
それが 日本 であり 国家 であり たぶん 安倍晋三 でもあるのだ。

自立もできず、孤独にも耐えられず、かといって小さなコミュニティーで受け入れられず、そんな人間たちの最後の駆け込み寺が 日本 なのだ。
だから、彼らにとっての日本は、自らの弱さを覆い隠す傘であり、弱い自分や弱い日本を認めないためには必然的に排外主義に走らずにいられない。

日本人批判や、ネトウヨ批判がしたくてこんなことを書いているのではない。
この深い自尊感情の谷をこえなければ、日本は変わらないだろう と言うことを言いたいのだ。

日本だって、江戸時代には頻繁に百姓一揆が起きていたし、明治に入っても自由民権運動は津々浦々にまで行き渡って大いに盛り上がった。
60年安保や70年安保闘争は、いまだに当事者がたくさん生きている。

とはいえ、百姓一揆や自由民権運動は、ムラという共同体を基盤にしていた。
安保闘争は、そうした旧来の共同体がコワされていく過程そのものへのアンチだったようにも思える。
そしてその後は、マイホーム主義などという言葉が流行ったように、核家族と会社しか、ほとんどの人にとって認められる場所は無くなってしまった。


ではどうするか。

道は二つしかない。
抵抗する共同体を築き上げるか、ひとり一人が自立するか である。

どちらが正解なのか、いまはわからない。
ただ、このままジッと傍観していると、ネトウヨのように安倍晋三の仕掛けた右翼コミュニティーに絡め取られるか、あるいは、見せかけだけのリベラルサークルに吸引されるか、いずれにしても本気で抵抗する気のある塊はほとんど残らないのではないか、という気がしてならない。

そんなわけで、とりあえず、自由党と生活フォーラム関西という、自分のまわりのちっちゃい輪っかはなくさないようにしなくちゃ、と思う次第。
この小さな塊で日本を変えられるとは思わないが、雨粒のもとになる雲粒くらいにはなるだろう。

ちなみに、一つぶ雨は雲粒の100万倍だそうである。
気が遠くなるけれども、そんな小さな雲粒がなければ雨は降らない。



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2018-01-01(Mon)

人間の牙

20180101.png
2017-12-28(Thu)

つれづれ振り返り

ざっくり個人的に今年の印象を振り返ると

トランプ - 森友・加計 - 太郎街宣 - 和歌山県連 - 地方選 - 松尾匡学習会 - 地方選 - 太郎街宣 - 野党分裂 - 衆院選 - 惨敗

という感じ。
自由党さんからは感謝状の一枚くらい来てもよさそうなもんだが、届くのは会費の請求書のみ (^^ )

日本の戦後史上、もっとも腐敗した安倍政権に、一矢報いることのできなかったのは、残念至極。
犯罪者集団が、その犯罪をもみ消すために政権を握って離さないのだから、どう転んでも悪い方にしか進まない。


いっぽうで、仕事の面でも最悪の年だった。
原因はいろいろあるのだが、本業である木の家の設計の仕事がぱったりと途切れ、構造計算などの下請の仕事が増えた。

下請でも何でもとにかく生き延びられたのだから御の字なのだけれど、やはり下請はキツい。
これまでもたまに下請はあっても知人の手伝い等だったからキツいと思ったことはなかったけど、それなりの規模の会社の下請けは、本当に「生かさぬよう 殺さぬよう」の絶妙のポイントを突いてくる。

何も考えずに、不満を押し殺して、ひたすら忙しく働けば、生活はできる。
下請どおしの横のつながりはないから、文句を言えば切られるという恐怖で、理不尽を押しつけられても文句は言えない。
絵に描いたような零細企業の図。

収入も時間も減っていくことは、必然的に政治に関わる余裕がなくなる。
文化は経済的な余裕から生まれるという あたりまえのことも実感。
良い勉強をさせてもらったとは思う。


とは言え、明るい兆しもある。

地方選で連敗し、自由党消滅かと思った衆院選の後に、生活フォーラム関西の会合には予想を超える人数が集まった。
分裂だ結集だと賑やかな中で、一番冷静に現実をみているのは、やはりこのグループなんだなと思った。
なかなかしぶとい。

ただ、問題は高齢化。(いずこも同じか)
来年は、太郎さんやできれば小沢さんに出張ってもらって、若い人を集める企画ができたらいいなと思っている。

仕事の面でも、年末近くになって新規の依頼をいただき、かなりいい家ができそうだ。
やはり白紙から家を考える仕事は楽しい。
ただ面白いだけではなく、全身の細胞が活性化するような感覚がある。

来年からは、木の家の設計と、構造計算の下請を半々くらいでやっていけたら、ベストミックスかもしれない。
元請けの理不尽も、逃げ場のないブラック企業よりはずっとマシだし。

今年がなんとなく薄暗い印象だったので、だんだん明るくなってくるこの年末は悪くない。




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2017-12-13(Wed)

絶望寸前の怒り

とくにテーマを決めずに書いてみる。

このところ、怒りが陰にこもって外に出てこない。ので、文章が書けない。

リハビリのつもりで、漫然と指を動かす。

何が苛つくかといって、言葉が通じないということほど苛つくことはない。
政治がきれいことじゃないとか、政治家がウソをつくとか詭弁を弄するとか、そんなことは今更驚きもしないし、絶望なんてしない。

しかし、まったく会話が成り立たない。
平然と無視する。
言語として成り立たない受け応えに終始する。

日本の政治がこの領域に踏み込んでしまった始まりは、小泉純一郎の
「人生いろいろ 会社もいろいろ 社員もいろいろ」 からだろう。
自身が厚生年金に不正加入していた問題を追及されて、こう答弁したのである。

私が2005年からブログを書き始めたのは、前年のこの答弁がキッカケの1つだったように思う。
戦後日本という枠が、ボキッと折れたような気がした。

いかな自民党でも、不正がバレた時はそれなりに責任は取ってきた。
ところが、小泉からの自民党は、不正がばれたら「何やってもいいじゃん」と開き直るようになった。

それでも、今読み返してみると、小泉の答弁も一応形の上では、質問に答える形にはなっている。
まったく木で鼻をくくったような内容だが、それでも形式だけは答弁をしていた。

しかし、現在の安倍晋三とその内閣は、答弁の形すら取らない。
関係のない話しを延々と続けて野党の質疑時間を潰すということを基本にしている。
証拠資料は「捨てた」と言い放ち、捨てた張本人があろうことか国税庁のトップに君臨する。

言論というのは、形だけでも言葉が通じるから意味がある。
ほんのわずかでも力を持つ。
今の安倍政権に対するとき、ボディランゲージすら通じない宇宙人の侵略に直面しているような錯覚をおぼえる。



だが、絶望寸前なのは、安倍晋三が宇宙人だからではない。

対峙する野党が、科学特捜隊ほどにも役に立たない、ということのほうが脱力に寄与してくれている。
科学特捜隊は、ウルトラQの時代にはそれなりに怪獣を撃退していたけれども、野党の追及は怪獣にはかゆくもないスーパーガンのように跳ね返される。

問題はその後だ。
跳ね返されても 平然としている野党の姿。
本気で安倍晋三から権力を奪い取る気のない野党の姿。
安倍官邸の情報操作に いとも簡単にひっかかって分裂、分立し、たしかな野党の安楽椅子に納まってしまう野党の姿。

元祖「たしかな野党」の共産党が、いよいよ「政権をとらなければ どないもならん」 という決断をしたとたん、他の野党がイヤイヤをはじめ、それなら第2自民党でもいいから政権交代という流れになったら、それはそれでイヤだという。
怪獣が目の前に迫っているというのに、まったく危機感のない野党の姿。。。。

政治家の矜恃は大事かもしれないが、矜恃をそびやかしている間に、刻々と犠牲になっている国民の生活はどうなるんだ?

こんな最近の情勢を見ていると、19世紀後半のロシアのようなテロリズムの台頭を危惧してしまう。
いまは、見せかけだけでも経済が成り立っているし、若い層は就職しやすくなっているので、暴発する恐れはない。
しかし、オリンピックが終わり、アベノバブルが破裂したとき、着々とセーフティーネットをはずされている国民の生活は、悲惨な状態に立ち至るだろう。

我慢の限界を超えていながら、言論がまったく意味を持たないとき、そこに現れるのは一方でヒーロー願望であり、もう一方ではテロリズムである。
最悪なのは、その両方が実現し、ヒトラーのような独裁者が君臨しつつ、爆弾テロが頻発する社会だ。

まだ数年の猶予はありそうだが、かなり現実的にこうした事態を憂慮する段階になってしまった。



こうした流れの元には、日本経済の低迷がある。
1980年代に新自由主義に侵略されて以降、日本の富はベルトコンベアに載って米国経由で無国籍巨大資本に吸い取られるようになってしまった。
働けど働けど、徐々に貧困になっていく。

金の余裕のある時代は、政治も妥協の余地がある。
しかし、限られたパイを奪い合う現在の日本は、金持ちを優遇したら貧乏人に配る余裕はない。
安倍晋三のような独裁的で非妥協的な政治家が力を持つ背景はここにある。

その観点をもっているならば、トランプの登場は日本にとってチャンスだ、ということが理解できるはずだった。
トランプは アメリカファースト つまり 世界への干渉をやめたいと公言していたのだから、日本も米国の軛(くびき)から一定の自由を得るチャンスだったのだ。

ところが、日本の野党やらリベラルやらは、トランプ批判に終始して、「チャンス」ととらえることはまったくできなかった。
これは脊髄反射で「保守」に反発する思想の問題、情勢を判断できない能力の問題ともに、実は野党も「日米安保」に依存していると言う実態が明らかになってしまったということでもある。

トランプの路線に乗っかるためには、ポスト日米安保を構想しなければならない。
しかし、日本の独立=独自核武装 と思い込んでいる人たちにとっては、ポスト日米安保なんて想像することすらできない。
対米従属はけしからん とか良いながら、じゃあ米軍を引き上げるぞと言われると震え上がる。
残念ながら、これが日本の野党の実態だ。

対米従属がけしからんのであれば、在日米軍がいない日本の姿を、それでも戦争をしない日本の姿を、正面から考えるべきではないのか。
独立なき国に、民主主義など存在し得ない。

そして、真っ先にトランプに飛びついたのは、野党ではなく安倍晋三その人だった。
実にリスキーな選択だったとは思う。
しかし、直近の情勢を見ていると、安倍官邸の選択は図に当たったようだ。
トランプが権力基盤を固めるにつれて、一度は揺らいだ安倍晋三の権力も盛り返している。

トランプショックを利用するという途も閉ざされ、八方ふさがりである。



そんなわけで、カラ元気すら出ずに、とりあえず目の前の生業に集中する日々である。

木の家を設計する仕事は面白い。
下請でやっている構造計算も、単価は「活かさぬよう殺さぬよう」レベルだけど、仕事としては嫌いじゃない。

でも、沈黙は徐々に心を蝕んでいく。
何の足しにもならないけれども、自分のために語ること。
ブログを書き始めた原点に戻ってみよう。




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2017-09-13(Wed)

反戦と民主主義

日本の「リベラル」と言われている人たちは、反戦=民主主義みたいに無邪気に信じているけど、民主主義の戦争もあれば、独裁の平和もあるなんてことは、誰でも知っていることだ。

民主主義のための戦争は、それこそアメリカのお家芸。
ソ連が崩壊してしまい、軍拡の口実がなくなってしまった軍産共同体やネオコンは、「独裁政権の指導者はぶち殺すのが正義だ」「戦争で民主主義をもたらすのだ」と唱えて、パパブッシュ、クリントン、子ブッシュ、オバマ、と民主共和にかかわらず、民主主義のための戦争を続けてきた。
紛れもなく選挙で選ばれた大統領と、選挙で選ばれた上下院議員が世界最大の戦争遂行者なのは、疑いようのない事実だ。

一方で、何かと持ち上げられることが多いブータンは、つい最近まで絶対王制だった。2008年にやっと憲法ができたそうだが、
また、最近リベラル(?)っぽい人の中に多いのが、天皇の平和主義をたたえる風潮だ。これもまた、民主主義とはほど遠い。
アメリカに襲われて戦争のるつぼと化してしまったイラクやシリアのようなかつての独裁国家だって、少なくとも民主主義になる前のほうがまだしも平和だった。

民主主義というのは、あくまでも「民」が「主」であるというだけのことであって、正義はまったく保証されていない。
ただ、何らかの妥協のルールを決めておかないと、国内が乱れる、内乱や内戦を防止するための歴史的な知恵だ。
だから、国内問題にはまだしもマシな判断ができたとしても、国外に向かっては正義とはまったくリンクしていないのである。
民主主義の中に、排外主義や侵略主義をとどめる仕掛けは、まったくない。

それに対して、現在の地位に満足している独裁者は、他国との戦争は直接的なディメリットがある。
うまくいっていない独裁者は簡単に侵略に走るけれど、うまくいってる独裁者には侵略を押しとどめる動機がある。
先祖の責任はきれいに忘れてもらってイイヒトになり、国民の税金で贅沢三昧、そんな象徴天皇の地位に満足している今の天皇が、平和主義になるのは当然なのである。

「民主主義は間違う」ということを覚悟しておかないと、独裁者が間違うと「民主主義を返せ」と叫んでおきながら、民主主義が間違うと「有権者がバカだ」とか言い出すことになる。

そうしたご都合主義の象徴が、憲法だ。
議論すら否定する「護憲運動」は、少なくとも民主主義ではない。
ことの是非はここでは言わない。しかし、少なくとも憲法をどうするべきかの議論自体を「悪」と決めつける態度は、非常に鮮明な平和主義ではあるけれども、どうひいき目に見ても民主主義ではない。

事情は痛いほどわかる。
自民党が多数を占め続ける戦後政治のなかで、議論をすればすぐに戦争放棄の9条がなくなり、人権を保障した諸章が書き換えられる、と考えて、議論自体を封殺してきたことは、責められないと思う。
しかし反面で、そのために日本には民主主義は根付かなかった。50%が選挙にすら行かない国になってしまった。
政治は一部の右派と一部の左派のものになり、ほとんどの国民にとってはお任せ定食を選ぶだけのものになってしまった。

そしてもうひとつ、反戦を優先する余りに、左派が避けて通ってきた問題が、独立だ。
左派は、対米従属を批判するけれども、決して「日本の独立を」とは言わない。

おかしな話しだ。従属が悪いのなら、独立すべきだろう。
しかし、左派の頭の中には 「独立=独自核武装」という公式がトラウマとなって焼き付いている。
たしかに、戦後に「独立」を唱えてきたのは、改憲-独自核武装-安保破棄 という極右だけだった。だから、運動歴の長い人ほど「独立」ということに強烈な拒絶反応がある。

これもまた、民主主義をスポイルしてきた大きな要因だ。
日本は米国の核の傘をかぶって従属国として生きていくべきなのか、米軍には出ていってもらって独立すべきなのか。こんな大事なことを議論しない民主主義って何だ?
日本全体がこのように議論すら避けて通っているから、その矛盾を沖縄はかぶり続けているということを、「独立」嫌いの左派は自覚すべきだ。

吉田茂が、軍国主義の復活も共産主義革命も否定して、その現実的な脅威から逃れるために積極的に対米従属を選択したことは、必ずしも私は非難できないと思っている。
あの時点でのリベラリスト吉田茂の判断は、屈辱的であったかもしれないが、たしかに日本に平和と経済繁栄をもたらした。まさにその時代に育ってきた私としては、孫崎享氏のように吉田茂を諸悪の根源のように指弾する気にはならない。

しかし、吉田の選択した積極的対米従属が不文律となって日本を支配し、その是非についての議論すら封じることになってしまったことは、やはり日本の腐敗の根源だと言わざるを得ない。
その罪は、吉田路線を引き継いだ自民党主流派だけにあるのではなく、護憲のためには安保を黙認してきた左派にもある。

このように議論を封じられた戦後の日本で、民主主義を優先して考えた人たちは、議論を封じる左派に疑念を抱いた。
「自分たちのことは自分たちで決めるべきだろ」と思った人が惹かれていったのは、自主憲法制定を唱える極右しかなかったということを、左派は自戒の念を込めて認識してほしい。

ここ数年で小沢グループが自由党となって徐々に輪が拡がるにつれ、そうした人たちが、本当に求めていたのはこれだよ と集まりはじめている。
だから、私の知っている範囲でも、過去の発言を見るとまるで極右という人が何人もいる。
彼らは、そういうグループにしか居場所がない中で、同調する意見を持っていたわけだが、それは本質ではなかったということのようだ。

もちろん、それでも口から発してしまったことは、とくにそれが政治家であれば、責任は免れないのだから、ブログや動画を削除したりほおかむりしたりせずに総括すべきだと思う。
しかし、戦後政治の中で、「独立」と「民主主義」を唱えていたのが、なんとビックリ極右しかなかったという現実を無視することはできない。とくにその状況を作ってしまった、民主主義を唱えながら民主主義を封殺してきた左派の皆さんは、自らを総括することなく、他人を指弾することはできないはずだ。

私も自分を切開するためにこれを書いている。
ここで「左派」と書いていることは、数年前までの私にすべて当てはまるわけで、その反省から、私は「日本独立! 絶対反戦!」を自分の信条にすることにした。

永世中立国のスイスは、武器輸出とアングラマネーで成り立っている。何事もキレイゴトだけでは済まないことはわかっている。
が、対米従属がもはや平和を保証しなくなった今、日本人は次のステップに進まなくてはならないことは明白だ。
対米従属の戦争、という安倍晋三が提示している未来が最低最悪だとしたら、次悪、次善、最善はなんなのか。現実的に考えなくてはならない。

もちろん、今このときに憲法を一言一句たりとも変えることには私も反対だが、すべてに目をつぶって「護憲」だけを叫び、議論を封じる時代は終わりにしよう。
自分たちの未来を、自分たちで議論しよう。

■ お知らせ 1 ■

森ゆうこ 自由党参議院議員 講演会

日と場所: 10月1日(日)国民会館(地下鉄・京阪 天満橋駅)

時間: 14:00(開場予定)~15:30

参加料:無料 定員80人(先着申込順)

申し込みフォーム: https://ssl.form-mailer.jp/fms/0de8908b411455

共催: 自由党大阪府連 ・ 生活フォーラム関西

■ おしらせ 2 ■

社民党の服部良一さんが、大阪9区(茨木、箕面、池田、豊能郡)で出馬表明をされました。

ニュー服部として始動することを、心から願っています。




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2017-08-18(Fri)

フツウからの脱出

フツウであることの大切さを、じわりじわりと噛みしめてきた10年だったように思う。

仕事の上でも、政治的な考えも、生活態度そのものも、私はマイナーの極みだった。
それは子どもの頃から、ほぼ物心ついた頃からだ。

最初の記憶は、いくつの頃かは憶えていないが、テレビを見ていて違和感を感じたことだ。
「ひろのみやさま」とアナウンサーは言っていた。
私といくつも違わない男の子が、なんで「さま」なんだ?

小学5年生のときには、本当に自分がはぐれ者なのか知りたくて、生徒会の役員に立候補した。
演説では、校庭の周りに貼ってある鉄条網は生徒を閉じ込めるものだ とか話したと思う。
忘れもしないが、全校生徒が千数百人いるなかで、得票数は26だった。

毎週の学級会も大嫌いだった。
だいたいどうでもいいことを「規則」にするのが学級会で、晴れた日は校庭で遊びましょう なんてことをわざわざ多数決で決めて規則にした。
私だって晴れた日は校庭で遊んでいたが、そんなことを強制されるのが嫌でただ一人反対し、休み時間になるとわざと教室に残った。子どもは残酷だから、小突きながら大勢で校庭に引きずり出された。

先生も同じようなもので、私が出した算数の別解を理解できず、どうして○じゃないのかと執拗に食い下がる私を、2時間も床に正座させた。
教師なんてこんなものか と体で理解した。

とにかく、私の思うこと、考えることは、ことごとく少数派。少数どころか、ほぼ全員対一人だった。
だから、多数決なんて死ぬほど嫌いだったし、少し年を食って民主主義なんて言葉を知ったときも、クソ食らえと思った。

まあ、中学も高校も、だいたいこんな調子だった。
高校のときは、キレイゴト言う割にやることが姑息な教師が大嫌いで、何度か授業の途中で荷物をまとめて帰宅したこともある。
むしろ、体育会系の右翼教師のほうが、正面から対決してくれるので、まだよかった。
これって、今の民進党のキレイゴト議員が、反吐が出るほど嫌いなのとつながっているんだなあ。

そんなこんなで、形成された人格は、並大抵ではなかった。
まず、他人に「はい」と言うことができなかった。
20代のころは病院の事務屋さんだったのだが、総婦長の小間使いみたいなこともやらされて、はじめて「はい」という返事をしなくてはならず、煩悶した。
でも 病院で働いたおかげで、最低限人間社会で生きていけるようにリハビリしてもらったような気はしている。

こんな感じで、およそフツウとは無縁の私が、フツウを意識し始めたのは、12年前に独立して設計事務所をはじめたことと、選挙に関心を持つようになったことが大きい。

家づくりの面では、フツウじゃ無いものを作りたいという欲求と、フツウに生活できるものを作らなくてはならない という縛りというか倫理観のようなものが いつも拮抗する。
自分がフツウではないということを、さすがにこの頃は自覚していたので、逆に自分で縛りをかけていたところがある。有名建築家が設計した数々の「住めない家」を見て 「こんなことはするまい」と自分の仕事のルールとして決めたのだった。

ひとり一人の暮らしは千差万別だから、住み手のイメージをちゃんと具体化できれば、自ずとオリジナリティになるだろう、と思って仕事をしてきた。
たしかにそれはウソではないのだが、むしろ10年以上経って思うのは、人の暮らしは意外と共通しているんだな、ということだった。
もちろん、人も好みも生活パターンも千差万別なんだけど、「住む」という行為に丁寧に寄り添って設計していくと、結果的にすごく共通点が多い。意外と、フツウにおさまってしまうのである。

政治については、やはり何と言っても2009年の政権交代が大きい。
生まれてはじめて、多数決で自分が多数派に属したのだから、そりゃあもう驚いた。
民主党政権に過大な期待はしていなかったが、それよりも自分史的に大興奮だった。

それまで大嫌いだった民主主義が、ひょっとして役に立つのかも と思ったのがウンの尽き。
以来、どっぷりと政治の世界にハマってしまった。

2012年総選挙の大敗北、焼け野原状態にどう向き合うのか。このときほど、フツウということを意識したことはない。
なにせ、原発が爆発したのに、最大多数は無投票、その次が自民党に投票したという現実を目の前に突きつけられて、そのフツウな選択を見ないふりすることはできなかったし、昔のように「やっぱ民主主義なんてクソだわ」と開き直ることもできなかった。

俺はこう思う 俺はこう感じるんだ と言うことよりも、「フツウどう思うかな」「フツウどう感じるかな」と頭の中でシミュレーションすることばかりが多くなった。
選挙で勝つためには、もういちど政権交代するためには、フツウに「いいね」と思ってもらわなくてはならないわけだから。
いや、そればかりではなくて、本気でフツウであることの大切さとか感じるようになっていった。

で、ふと気が付くと、あれほど、異常ともいえるほどフツウとかけ離れていた私が、なかなかどうしてフツウに暮らしているのである。
フツウに家を設計し、フツウに政治のことを考えている。

めでたしめでたし

じゃなくて、なんか違うような気がしている。
このまま丸くなって好々爺へまっしぐら は自分にはやっぱ無理。
そろそろフツウから逃げ出してもいいんじゃないか と思い始めた。
フツウじゃないことを自覚していないのは人迷惑かもしれないが、さすがに自分を相対化できる程度には年をとったから、もう自由にしてやってもいいんじゃないか。

と、最近こんなことばかり考えている。


追記
これを書きながら画面の端でamazonビデオをかけていた。
何気なしに選んだのが「イミテーション・ゲーム」。ナチスの暗号記エニグマを解読したアラン・チューリングの話だ。
「普通じゃない」ということが、大きなテーマになっていた。奇遇。



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