2020-08-29(Sat)

こんな時にあえて「れいわ新選組」を批判するのはなぜか

野党合流のニュースは、完全に安倍ちゃん辞任と総裁選にもってかれちゃいましたね。
これから2週間はニュースは自民党一色。新総裁が決まってからもしばらくはそればっか。もうその頃には、野党が合流したなんてことを誰も覚えていません。。。。。

辞任自体は、安倍ちゃんの顔色見ていれば、そろそろかなという感じもしたので、さほど意外ではありませんでした。
岸田なのか菅なのかわかりませんが、絶対に逆らわない後継者の目処が立ったのでしょう。
党員投票どころか、絶対に造反させないために議員総会で決めるそうですから、二階幹事長の指示通りになるんでしょうね。
禅譲の岸田になったところで、安倍晋三のやらかしたことのほとんどに同罪の責任がある菅になったところで、安倍は罪状を追及されることはありません。

石破茂は、これまでの優柔不断がすぎました。
森友、加計の時や、検察庁法の時に、「自民党をぶっこわす」じゃないけど、そのくらいの勢いで安倍を批判して対決しつつ、地方行脚をして都道府県連をグラグラに揺さぶっておけば、今このときにも目はあったのでしょうが、もはや遅すぎます。
20人の推薦は水月会だけでは足りなさそうですから、出馬するのがやっとなんじゃないでしょうか。


自民党発表の出来レースの出来情報を、こねくり回して2週間も流し続けるマスコミもマスコミですが、およそニュースになるようなことのできない野党も野党です。

新党ができるとかいいながら、党名が立憲民主党で代表が枝野幸男・・・・ こんなもの誰が面白がるんですか。
聞いた次の瞬間には忘れてますよ。

3人くらいの代表選の有力候補を用意して、丁々発止の闘いを演じることくらいできないのでしょうか。
自民党の同じ出来レースをやれというのではなくて、旧民主党執行部にたいして、若手が反旗を翻して闘うという構図がなければ、人は引きつけられません。

日本の選挙で熱狂が渦巻いたのは、小泉郵政選挙と、橋下が出た大阪府知事選挙、そして2009年の総選挙です。
いずれも、下克上なのです、構図は。
下克上で下が上に勝つかもしれない、というリアリティを感じると、人々は俄然興味を持つのです。

自民党ならばマスコミはつまらないニュースを一所懸命に加工して流し続けてくれますが、野党はそうはいきません。
「期待する」がわずか20%の新党の船出に、自民党総裁選をぶつけられて消し飛ばされたのですから、よほどのことをしなければ、出発と同時に忘れ去られます。

じゃあ、だれがそんな下克上できるのか、といえば、当然あがってくるのは山本太郎でありれいわ新選組です(でした)。
可能性は本当にあったのです。

東京都知事選に野党統一候補で出馬して200万票を獲得。
その影響力をもって野党合流に乗りこむ。
山本太郎が代表選に出馬。

世論調査をすれば、山本太郎はダントツトップになるでしょうから、無記名投票であればかなり揺さぶりをかけることはできたはずです。
仮に代表にはなれなくても、相応のポジションを占めることはできたでしょうし、政策的にも影響を与えて、最低でも消費税5%を飲ませることもできたはずです。

こういう騒動をおこしていれば、野党全体にとっても、山本太郎にとっても、れいわ新選組というグループにとっても、なにより野党に期待するしか道のない国民にとっても、良い方法だったはずです。

こうやって熱気を生み出し、耳目を集め、かつ期待される政策を作れれば、10月に解散総選挙となっても、かなりの良い闘いができるし、政権をとれれば本気で山本太郎総理大臣の可能性だってあったのです。

でも、時既に遅し・・・・・

2~3週間のあいだ自民党ニュース漬けの日々を過ごしてから、新総裁が首班指名、で直後に解散総選挙。
野党候補はほぼ一本化されるでしょうから、前回の2017年よりはマシとは言え、それでも自民党はマスコミ応援団のおかげで善戦するでしょう。
そんなことになるような気がしてなりません。
冬になってコロナがまた激発したときに、また無能な自民党政権なのかと思うと、本当に気が重い限りです。


それでも、とにかく次の選挙で、すこしでも野党に伸びてもらうしか手はありません。
そう考えると、マスコミが自民党を連呼している次期に、私たちはしっかりと野党のことを考えなくてはなりません。
だからこそ、こんな次期に、あえてれいわ新選組の批判を書こうと思うのです。

れいわ新選組というか、山本太郎さんの8月12日の動画を見て、絶望した感想はすでに書きました。
しかし、今読み返してみると感情的になりすぎていて、なぜあえて批判するのかをちゃんと書いていないように感じました。
なので、しつこいようですが、これまでどんなに冷たくされてもれいわ新選組を応援してきた私だからこそ、ちゃんと分析をしてみたいと思います。

結論を先に言ってしまうと、「戦略が見えない」、あるいは「戦略を放棄してしまった」ことが、れいわ新選組と山本太郎の最大の問題です。
私は、そう思います。

戦略というのは、ただの作戦とは違います。大きな目標を実現するための道筋です。
その目標は、中間目標ではなく、実現自体が意味のある目標です。

一番わかりやすいのは「政権交代」ですね。
一党独裁を終わらせると言う意味で、政権交代はそれ自体に意味があります。

太郎さんもかつては「政権交代」を熱く語っていました。
Taro's Network の領収証に同封された手紙には、「政権交代」の文字が大書きされていました。

そもそも、れいわ新選組の立ち上げにしても、口先だけでいいこと言うばかりで政権交代から逃げ回る立憲民主党にしびれを切らせ、ある意味で立憲を向こう側から野党共闘(または合流)に蹴り込むための狙いだったと、私は理解していました。

小沢氏、れいわ山本太郎氏に「表彰状出さないと」
2019年9月23日 日刊スポーツ


小沢氏は野党結集の必要性を説く中で「さきの参院選で、山本太郎くんはいわば野党結集と逆の分派の行動を取ったが、結果的に、特に立憲民主党の皆さんに大きな影響を与えた」と指摘。これまで野党連携に消極的だった枝野幸男代表が今回、野党統一会派結成への動きにかじを切るきっかけが、れいわの躍進だったとの見方を示した。
(引用以上)

小沢さんと太郎さんは、しっかり話し合って離党したと聞いていますから、この小沢さんの見立ては当初の太郎さんの狙いと合致しているものと、私も思っていました。

だからこそ、生活フォーラム関西の面々は、自分たちのカンパでしつらえた旧自由党の街宣車を、れいわ新選組の看板に張り替えて、政党車として近畿一円を走り回ったのです。


しかし、今のれいわ新選組のHPには、「政権交代」の文字はありません。

政権とったら とは書いてありますが、じゃあどうやって政権とるの?について言及はなく、決意表明すらありません。
これでは、「反緊縮の立憲民主党」みたいなもんじゃないですか。
いくら素晴らしい餅を描いても、食えなくちゃ意味が無いのです。

その兆候は、昨年の参院選の直後からありました。

比例票が670万票に激減した立憲に対して、228万票を集めたれいわ新選組が脅威なのは明らかで、これをもう一押しすれば立憲の増税指向や共闘拒否路線も崩せる可能性がありました。
選挙が終わった途端に太郎さんのマスコミ露出も増え、広報活動を頑張れば支持率5%までもっていくのは可能じゃないか。そこまでいけば立憲は本気でビビるだろう、と考えました。
そこで、私は、「動ける人がどんどん動ける体制」を作ってほしい、と太郎さんに提案やらお願いやらをしたのです。がしかし、ご本人ではなく事務方の沖永さんから、紋切り型の回答が返ってきました。

曰く、地方組織は作らない。曰く 応援は(党ではない)生活フォーラム関西として(勝手に)やってほしい。曰く、ボランティアセンターを作ります(今日にいたるまでできていない)。

沖永さんについては、座間市議の片手間にれいわ新選組の事務局長をやっているとか、斎藤まさしさんの市民の党やどがんかせんば!の会に毎年何百万円も献金してるとかいうことしか知らず、どういう方なのかは存じ上げません。
ただ少なくとも、本人がスルーして事務方から返答が来たという時点で、ほとんんど無視されたということはしっかり伝わりました。

たぶん、私や生活フォーラム関西だけでなく、全国から似たようなやる気マックスの提案はあったのでしょう。
しかし、すべて封じられて、しばらくは音なしの時間が過ぎていきました。


普通だったら、ここでぶち切れて「れいわ新選組なんてしらんわ!」となりそうなものですが、私も生活フォーラム関西の皆さんも、この時点では踏みとどまりました。

自分たちの街宣車に乗っているれいわ新選組の看板に、「勝手に応援」「生活フォーラム関西」という文字シールを貼り付けて、勝手連で動かすことにしました。街宣車カンパもそれなりに集まりました。
ちょっとMっ気があるかな、とも思いましたけど、私たちの基本理念は小沢イズムです。大きな目標のためには、少々の好き嫌いはおいといて、その先の喜びを分かち合いたいと思ったのです。

そうこうしているうちに、大阪5区で大石あきこさんが立候補予定という情報が飛び込んできました。
大石さんについてはまた別の記事を書くこともあろうかと思いますが、何党とかいうことを別にして、これからの大阪の政治シーンに欠くことのできない人材の一人だと従来から思っていましたので、生活フォーラム関西としても応援しようという話になり、今日に至ります。

ただし、「れいわ新選組にたいする批判は忖度せずに言うよ」ということと、野党乱立の大阪5区については、「最終的に野党一本化はすべきだ」ということは、はっきりと大石さんにも伝えた上での応援活動です。
淀川区の大石事務所に街宣車を常駐させ、動き始めました。

さあこれから、と言うときに 大西つねき問題が勃発しました。
ぜんぜん違う問題なのですが、私は4年前の憲法フェスを思い出していました。
三宅洋平選挙で爆発的な影響を発揮した選挙フェスの熱気を、全国に広げていく「憲法フェス」をやりましょうと太郎さんに提案し、大阪開催の準備を始めた矢先に、肝心の三宅洋平が安倍昭恵と仲良く酒飲んだ挙げ句に辺野古に押しかけてくれちゃいました。
大西事件を聞いたとき、あの事件を、思い出さずにはいられませんでした。

三宅洋平は「自分らしくあれる(あることができる)社会を」と言い、今のれいわ新選組は「生きてるだけで価値がある」と言います。
この価値観を否定する価値観というか、「何でもOKの価値観」は、しばしばモンスターを生み出すのです。
モンスターは三宅や大西だけではありません。かなり多くのれいわ新選組支持者が、大西つねきは悪くないと言い、あるいは、山本太郎の言葉に盲従する姿が、浮き彫りになりました。

この間、私は見つけうる限りのれいわ新選組支援のフェイスブックグループの投稿をウオッチしましたが、暗澹たる気持ちになりました。
大西さんを批判する大石あきこさんのツイートも炎上し、れいわ新選組がいつのまにか新興宗教になってるのではないかと本気で心配になりました。

れいわ新選組を作る前は、山本太郎の口癖は「山本太郎を疑え」でした。街宣の度に必ず言っていました。
それが「あなたを幸せにしたいんだ」という台詞に変わったとたん、支持は広がりましたが、疑いを知らない信者が増えてしまったのです。


田中龍作さんとか大袈裟太郎さんとか、もともとは山本太郎さんに期待し、支えていた人たちの中からも、期待する故の批判が聞こえるようになりました。
それ以外にも、元「中の人」がSNSでれいわ新選組や市民の党の内情を暴露し始めました。

お金の流れも大事です。
本当になけなしのカンパで動いているれいわ新選組ですから、他党以上にお金のことはオープンにしなくてはなりません。
それを訴えた挙げ句に、自殺未遂に至ってしまった支持者がいるという話は、衝撃でもあると同時に、残念ながらそれほど驚きではありませんでした。やっぱりな ということです。

支持者には金と労力を求めながら、一切の発言権を認めないという今の党体制も、たしかに大問題です。
党規約を改正しても、そのあたりは変わっていません。

斎藤さんや沖永さんたち市民の党がれいわ新選組に深く関与していること自体はなにも悪いことじゃないのに、わざわざウソをついてまで隠すことも、何か裏があるのかと勘ぐってしまいます。

そうした数々の問題点はあるものの、私はそれらよりも何よりも、一番の問題は「政権交代という戦略を放棄した」ということだと考えています。
政権交代をして、リアルに一人でも多くの人を救う、生活をよくする、国民の生活が第一。この視点を失って、観念の世界で「生きてるだけで価値がある」とか「幸せにしたい」とか言い出してしまった。
山本太郎本人は最初はそんなつもりじゃなかったのでしょうが、そういう支持者がどっと集まって、熱を帯び、流されていった。あるいは、徐々にそうした層に意図的にターゲットを絞っていった。

詳細な流れは、私は完全に外側から見ていただけなので、わかりません。
でも、結果としてそういう内情がはっきりしてしまったのが、都知事選をめぐる対応と、大西つねき事件でした。

本当に残念です。
現状では、れいわ新選組という組織も、山本太郎も、直接応援することは、私にはできません。
しかし、期待を完全に失ったわけではなく、だからこうして書いています。

山本太郎も小沢一郎も、スーパーマンでもメシアでもありません。
だからこそ、盲進するのではなく、言うべきことは言わなくてはなりません。
できたての組織なんだから文句を言うな、と言う人もいますが、できたての組織だからこそ、不完全だからこそ、おかしいことはおかしいと気が付いた人間が言うべきです。

そうした批判に対して「どっかから金をもらっているんじゃないか」とまで言うようになってしまった山本太郎に、再起の時があるのかどうかは私が判断できることじゃないです。
でも、これまで数年間、もっとも期待し、もっとも敬愛してきた政治家が、おかしなことになってしまったことに対して、黙って離れていくほど、私はクールになれません。

そして、何と言っても、、本当は山本太郎こそが野党再編、野党が勝利するためのキーパーソンだと思うから、信者のみなさんにボロボロにたたかれようとも、口を閉ざすつもりはありません。

国民の生活が第一

政権交代

このシンプルな目標に向けた戦略を、政党任せにせずに、ひとり一人が真剣に考えましょう。
そして、その思いを、れいわ新選組にも、合流新党にも、玉木新党にも、ぶつけましょう。




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2020-08-13(Thu)

※つらすぎて、タイトルがつけられません。

【れいわ地下2階B2サンデー】山本太郎代表への質問 2020年8月12日 を見ました。

言葉がありません

ブログのサイドエリアから、れいわ新選組のリンクは外しました。

今後、、大きな変化が無い限り、もうれいわ新選組や山本太郎さんの応援はしません。

田中龍作ジャーナルを腐す口ぶりは、安倍晋三が朝日新聞を罵倒する口調と同じではないですか。。。。

沖永事務局長が「市民の党はもう実態がない」と言って見せますが、大嘘です。
H31年 市民の党の政治資金収支報告書には、沖永さんが134万円もの大金を市民の党に寄付したことが書かれています。
市民の党の収入は2600万円超、もちろん当時の代表は斎藤まさし(酒井剛)さんです。

総会が非公開なのは、他党の総務会と同じだからだと。。。。
詭弁です。
党員を18人しか作らなかったのだから、それが総会であり、公党としての対外的な責任を負っているのは自明です。
こんな詭弁を考え、延々と資料を用意したのは、誰なのでしょうか。。。。

政治のウソが何でダメなのかというと、引き返せなくなるから。最初はちょっとしたウソでも、それを上塗りするうちにモンスターになるからです。
安倍晋三がその典型。もう救いがたい。
しかし、私が政治家としてもっとも敬愛してきた山本太郎が、その魔のスパイラルに落ちていく様は見たくない。
見たくない。

もはや望みはないと知りながらも、原点に返ってくれることを、願ってやみません。


※15人の党員の方々には、現実に目を向けてください、と言いたいです。
 でも、大事な志をもつ方を、れいわ新選組だから応援しない、とは思いません。
 一人の政治家として応援できる方は応援したいと思います。
 地元大阪5区の活動は、当面つづけていきます。




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2020-07-14(Tue)

れいわ新選組と大西つねき氏の問題について

もはやことの詳細は、知る人ぞ知る話なので、ここでは簡単に振り返ります。

7月3日の大西つねき氏のネット配信の中で、彼が以下のような発言をしました。
「高齢者をもうちょっとでも長生きさせるために、子供達、若者たちの時間を使うのかってことは、真剣に議論する必要があると思います。
こういう話多分政治家怖くてできないと思いますよ。命の選別するのかとか言われるでしょ。生命選別しないと駄目だと思いますよ、はっきり言いますけど。
何でかっていうと、その選択が政治なんですよ。」

もちろん、長い話の中の一部ではありますが、全編は削除されているので確認のしようがありません。
1分半程度は字幕付きで動画がネットにあります
【字幕対応】大西つねき「命、選別しないと駄目だと思いますよ」(2020/07/03)

もう少し長い範囲を、知人が文字おこしして送ってくれたので、一番最後に転記しておきます。
(あくまで個人の作業なので、小さな間違いなどはあるかもしれません。その前提で見て下さい。)

いずれにしても、どんな脈絡だとしても、大西氏が確信を持って「命の選別が政治だ」といったことは間違いありません。

これについて、やれ「死生観の問題だ」とか、「救急医療のトリアージだ」とか、詭弁を弄するつねき擁護の輩がわき出しているようですが、それこそ大西氏の発言の真意をゆがめるものだと言えるでしょう。

大西氏の思想の大きな特徴は、「大事なものはお金じゃなくて、人の時間と労力と地球資源」ということです。私は講演を聴いたり著書を読んだりして、そう理解していました。
それを前提に、また残されている発言を精読する限り、彼の発言の主旨は

A.若者の時間を大事にすべきだ
B.若者の時間に負担をかけている老人が長生きしすぎるのは考えものだ
C.それをシステムでコントロールするのが政治の仕事だ

ということ以外には考えられません。

発言者を擁護したいのなら、発言の主旨くらいはちゃんと読み取っていただきたいものです。
そして、大西氏の頭の中で一番大きな問題としてあったのは、おそらくAでしょう。

高度経済成長時代を生きて、多くの人が持ち家と退職金と年金を確保した団塊以上の世代。
それに対し、同じ国とは思えないような、不安な未来しか保証されていないロスジェネ世代。
不公平を感じるのは当然だし、その若者に光を当てよ、というれいわ新選組の主張も、大西氏の動機も正当です。

しかし、いくら動機が正しくとも、その手段において、「老人を早死にさせろ」「命を選別せよ」ということは、決して許されるものではありません。

■政党として と 個人として はわけて考えよ

ここまでは、一応の理屈が通じる人はだいたい誰もが言っていることです。
もう、理屈も事実もお構いなしで、宗教的につねき擁護で暴走している人たちのことは、手のつけようがないので論じません。
こういう輩が、れいわ新選組を窮地に追い込んでいるということに気が付いてほしいものです。が、無理でしょうね。

発言の主旨はとらえて、その上でやはり「命の選別」は間違っている。と言う人たちの間でも、意見は分かれているようです。

A-1.即刻除名にすべきだ
A-2.即刻除名にすべきだ。除名にできないのなら、れいわ新選組は解党すべきだ
B-1.除名にせず大西氏を含めれいわ新選組が再教育受けるべきだ
B-2.発言しただけで老人を殺したわけじゃないから大騒ぎしすぎだ

という感じでしょうか。

まあB-2は論外ですね。
政治家や政党の言葉は、居酒屋談義の言葉とは違います。
「オレはこれをやるために、政権をとるんだ」という意思表示ですから、実力行使にむかう宣言とも言えます。

れいわ新選組や大西つねき氏を、まったくとるに足らない、放っておけば世の塵になって消えていくと思っていれば、たしかに大騒ぎする必要はないかもしれません。
B-2を言う人たちは、実はれいわ新選組を信じていないし、愚弄しているのです。

でも、少なくとも私は違います。
れいわ新選組の潜在力は確実にあると思っています。(今の党体制では発揮されませんが)
だからこそ、大問題だと言うのです。

私はツイッターなどでも、すでにA-2の意見を言っています。
党としては、即除名すべきだし、もし万が一それができずに玉虫色で「のど元過ぎれば」的な決着にするようなときは、そんなれいわ新選組は解党して、山本太郎個人に一度立ち返ったほうがいいと思っています。

ただ、気をつけていいただきたいのは、B-1に含まれている意味も否定はしていないということです。
れいわ新選組が抱え込んでいる「ファシズムやカルトに流れやすいリスク」について、徹底的に自己切開し、大西氏もふくめて、支持者も含めて、なぜ「正しい」と思ってやることが差別やカルトやファシズムにつながってしまうのか、自己確認することは、不可欠に重要なことだと思うからです。

この自己切開、自己確認は、これかられいわ新選組が、本気で政権交代に向けて進むのであれば、絶対に通らなければならない関所のようなものです。
大西氏の発言があろうがなかろうが。
ただ、この発言で端的に問題が発露したのだから、この機会に絶対にやらなければならないのは 確かなのです。

れいわ新選組がどんなリスクを抱えているのかについては昨年末にも一度書いたので、お目通し下さい。

れいわ新選組は本当にカルトなのか??2019.12.17

ナチスがいやなら、2.26事件の青年将校 と言いましょうか。
彼らも、世の不景気、貧困、汚職と腐敗を嘆いて立ち上がり、そして、それが一気に戦争の道をおし進めたのです。

公開処刑的な「つねきが矯正されている状況を全国に公開する」というのではいただけませんが(文革か!)、私が書いたような、「正しい政策」が「ファシズムやカルト」に直結してしまうリスクを、しっかり認識する学習は、時間をかけて、公開でやるべきだと思います。
なにやら2日間ほど非公開でやる、と昨日の発表でしたが、そんな2日やそこらでできることではありません。

では、言ってることが矛盾してるじゃないか と言われるかもしれませんが、そんなことありません。

党としては「除名」 個人としては「自己切開と学習」 です

大西氏は、党としては除名するけど、いち市民として、私たちと同じ1人のれいわ新選組ボランティアとして、共に自己切開と学習をすすめていけばいいのです。
本当に、謝罪して反省しているのならば、そういう話ができるはずです。

■大西氏は本当に反省しているのか?

しかし、大西氏のホームページを見ると、どうも大西氏は反省なんてしてないんじゃないか という気がしてなりません。

党も太郎さんも大混乱のまっただ中の7月12日 大西氏は愛知県豊橋市でセミナー活動を行っています。
それ以降も、週に3回くらいのペースで講演予定が詰まっています。
それらの告知ページも見てみましたが、中止とかいてあるものはありませんでした。

もちろん食い扶持は必要ですが、この状況でやりますか???

彼の講演は1人2000円ですから、半分が収入としてもこのペースでやっていれば月に100万以上は稼げるでしょう。
お金より人の時間が大事という大西氏にしては、ちょっと稼ぎすぎと言う気もしなくもないですが、政治資金を貯めているのだとしても、やはり、反省の色は見えません。

彼のホームページを見ても、見渡す限りでは謝罪や反省の言葉は見当たりません。
スクロールしていくと「公開した動画を順次文字データとして公開します。」という欄に「7月3日の動画での発言について」という項目があり、これをクリックすると「私の先日の動画での発言について謝罪と撤回をしたいと思います。(以下略)」という短い文章が出てきます。
でもまあ、普通に見れば、謝罪の言葉なんて見付けることはできません。

おそらく彼の謝罪というのは 「ちょっと言い過ぎちゃった ゴメンね」という程度のモノなのでしょう。
もちろん、直接彼の言葉を聞いたり読んだりしたわけではありませんが、つねき教の信者でない限りは、そのように見えてしまいます。

■なんでここまで批判するのか

これだけこき下ろしていると、「おまえはれいわ新選組支持者じゃない」とか「できたてのれいわ新選組を潰す気か」とか、罵声が飛んできます。

私が太郎さんと関わりを持つようになったのは、2014年3月にはたともこさんが太郎事務所の秘書になったことがきっかけでした。
はたさんはその後事務所を辞め、いまは立憲界隈にいってしまわれましたが、2013年の参院選では生活の党の候補者で、私たち関西の仲間は彼女の応援をしていた縁があったのです。

そんなわけで、この年の9月から、大阪などでの太郎さんの街宣のお手伝いをするようになり、大阪の道路使用許可も取りに行っていました。一昨年の秋までは。

ただ、この9月の関西街宣のさなかに、ちょっと事件がありました。
ちょうど11月に翁長雄志さんの沖縄知事選を控えた時期に、当時民主党だった喜納昌吉氏が割って入る形で立候補表明し、それにあわせて植草一秀氏が「翁長氏は隠れ辺野古基地容認派」というデマを流したのです。

喜納昌吉氏の立候補はおかしい2014.9.21

その後の翁長雄志氏の闘いを知り、そして、玉城デニー県政を切り崩す裏切り集団の顧問に就任した喜納昌吉氏を目の当たりにするとき、この謀略説がいかに許しがたいモノだったかがわかります。

儀間氏ら政治集団設立 「21令和の会」
2020年2月29日琉球新報


植草氏はこの一件で、完全に信用を失ったと言っていいでしょう。

ところがところが、驚天動地。
このとき、山本太郎さんまでが同じようなことを言いかけたのです。
うそでしょ と思われるかもしれませんが、理由はハッキリしています。
喜納昌吉氏は斉藤まさしさんたち市民の党が応援してきた人だからです。

はたさんを通して抗議した私の話を、太郎さんは街宣が始まる前の路上でしたけれども、しっかり聞いてくれました。
おそらく、他にもたくさんの抗議や忠告があったのだろうと思います。
結果として、太郎さんは翁長さん批判は撤回し、双方にとって致命的な事態は避けられました。
信頼する人からの情報でも、他の人の意見を聞いて判断するという太郎さんの柔軟な姿勢でした。

2019年の1月にお会いしたのが、お話しできた最後の機会ですが、それまでの4年半、いろいろとお手伝いをし、またお願いをしてきました。

一番大きなイベントは、2016年の参院選直後にやった、憲法フェスです。

憲法フェス@大阪のことなど 2016.9.4

憲法フェス@大阪を終えて2016.9.14

三宅洋平氏の選挙フェスが空前の盛り上がりを見せたこの年の参院選。
その広がりを、ちょっとずつでも全国で受け継いで行けたら。
そんな思いで、選挙が終わった直後に参院会館に押しかけ、太郎さんにお願いをしたのが始まりでした。
そんな大規模なイベントのつもりはなかったのですが、あれよあれよという間に大きな話になり、大阪は梅田と扇町の2会場同時進行のうえ、マルシェまで開催。いやああ 大変でした。

この準備の過程で、あの三宅氏と安倍昭恵の事件が勃発し、もう精神的にもひっちゃかめっちゃかでしたが、なんとも不思議な時空が梅田に登場したイベントでした。

れいわ新選組の準備に入ってからは、直接お話しする機会もなく、事務所もあまり知らない方ばかりになってしまいました。
それでも、7月の参院選では、自由党の街宣車の看板をれいわ新選組に貼り替えて、近畿一円を運行。私も参加させてもらいました。

選挙後は、街宣車を勝手に動かしてもらったら困ると沖永事務局長からお達しがあったので、生活フォーラム関西の皆と智恵とカネを出し合い、「勝手に応援」の文字を張り増しして、大石あきこさんが出馬表明している大阪5区で、生活フォーラム関西として週末に動かしています。
運転はもっぱら他のメンバーがやってくれていますが、警察に道路使用許可を取りに行くのは私のお役目です。

とまあ、「おまえなんか支持者じゃない!」とか言われるのが面倒なので、できるだけかいつまんで私の関わりを書いておきました。
しょせん仕事の合間ですし、カンパもカミさんに離縁されない範囲のことですから、ドップリ応援している方にはかないませんが、私なりに一所懸命やってきたつもりです。

だからこそ だからこそ 大西氏の発言は許せないし、許すべきではない と思うのです。

れいわ新選組に、本当に力を持ちうる党になってほしいから、しっかりケジメをつける胆力示してほしいのです。

■解党的出直し

以前の太郎さんならば、躊躇することはなかったし、自分の言葉で説明をしただろうと思うのです。
しかし、10日の路上会見をみると、同じ台詞を何回も繰り返し、4月の段階で山口泉さんからDMで送られた大西氏についての警告も「知らない」と。

事は、もはや「大西問題」では済まない
 ──山本太郎氏の党派の理念的自滅の危機
   〔前篇〕「大西発言」の前史と現在
山口泉 精神の戒厳令下に 2020.7.9


山口さんは決してアンチれいわ新選組ではない。
それどころか、こう書いている
「私は本人が政治家となる前から山本太郎氏を評価し支持し賞讃してきたし、氏への批判・攻撃については、その誤りを批判し、氏を(あえて言えば)擁護してきた。その評価は山本太郎氏の参議院当選後はますます、衆参両院全国会議員のなかで掛け値なしにただ1人、真っ当な政治家としての位置づけを伴ってもいる。」

だからこそ なんとかして立ち直る機はないかと、完膚なきまでの批判をされている。

「市民の党」に代わり支援者が党運営に関わって行くべきだ
田中龍作ジャーナル |2020.7.12


 れいわは一部の読者が指摘するようなヨチヨチ歩きではない。れいわという組織を差配するのは、設立24年の歴史を持つ「市民の党」なのだから。
 汗水流して献身的に山本太郎の選挙を支えるのは、事務所のスタッフやボランティアたちだ。だが、彼らには規約上、れいわの運営に口出しする権利はない。
 カンパの支援者たちも同様に、規約上、れいわの運営に口出しできない。お金を出していながら、である。
 ごくごく一握りの「市民の党」のメンバーが、多数のスタッフや膨大な数のボランティアを支配する。 

(引用以上)

田中龍作さんは筋金入りのジャーナリストだけれども、一貫して山本太郎には好意と期待をもっていることは、龍作さんの文章を読んでいる人は皆知っています。

この根本問題は、まともな批判を受け付けない、受け付ける形式すらないことです。
「これおかしいんちゃう?」
「え どこ?」
「これや」
「ああ そうやなあ」
という初動がとれる組織であるならば、こんな深刻な事態になる前に、ちゃんと議論ができるはずです。

どうやってれいわ新選組を強くしていくべきか に始まり こうした内部の問題に至るまで、しっかり議論できる組織ではないこと それがれいわ新選組の根本問題です。

そして、それを作ってしまっているのは、斎藤まさしさんや沖永事務局長らが長年活動してきた市民の党です。

市民の党 Wikipedia

あまり知られていませんが、結構なビッグネームが関係していたりします。
動いている金額も大きい。

別に市民の党そのものを批判しているのではありません。
れいわ新選組を市民の党が独裁的に閉じた組織にしてしまっていることを批判しています。
もちろん、それを良しとしてしまっている太郎さん自身の責任も免れません。

沖永明久事務局長は、現職の座間市議会議員です。
座間市はキャンプ座間という米軍基地が市の面積の3.2%を占め、隣接する厚木基地の騒音問題も深刻であると、市のホームページにも書いてあります。
基地対策 | 座間市ホームページ

8月は議会が開かれ、3ヶ月後にはご自身の市議選挙が迫っています。
スーパーマンじゃない限り事務局長をやってる暇はないのではないでしょうか。

れいわ新選組は幹事長すらないですから、事務局長は実施的な幹事長の仕事もする必要があります。
党内の調整も、他党との交渉も、すべての裏方は沖永事務局長の双肩にかかっています。
それを市会議員の仕事の合間に、片手間でやるのは れいわ新選組に投票した228万人に失礼なのではないでしょうか。

高額な家賃の赤阪の事務所をやめて、もう少し下町に移転すれば、差額で優秀な事務局長を雇うことができるはずです。
イエスマンばかりを重用するのではなく、全国から広く人材を求めれば、きっと光る若手がいるのではないでしょうか。
それこそが、れいわ新選組らしいやり方じゃないのでしょうか。

さて、そろそろまとめます
大西氏の差別発言で明らかになったことは、3つだとおもいます

・れいわ新選組という運動の持つ「正しい」がゆえに「ファシズムやカルト」につながりうるリスク
・実際にそうした動きがあってもチェックして対処する能力が現在の党にはないかもしれないリスク
・何かがおかしいときに、広く意見や批判を受けて議論する開かれた体質が皆無であること

この三つを見据えて、本気で力をもつ政党として再起するためには、解党的出直し が必要です。
その「解党的」が、欺瞞に満ちた見せかけに終わるならば、もはや本当の解党しかない、ということです。

これまで、わかっていても勝手に太郎さんに忖度して言わずに来たことがたくさんありました。
そういう人がたくさんいるはずです。たぶん田中龍作さんも、そういう忸怩たる思いで書いているのでしょう。
ある意味でそのことが、結果的にこういう事態に至ってしまったことを反省し、もはや忖度はやめようとおもいます。

まずは16日の発表を待ちますが、ここまでの3回の発表と1回の会見を見る限りでは、心配でなりません。

本日は以上です




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7月18-19日に木の家の完成見学会をやります
場所は千里ニュータウン(藤白台)
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2020-06-15(Mon)

山本太郎氏の都知事選出馬について

山本太郎の都知事選出馬表明に、悲鳴と歓声が入り交じっている。
もちろん、敵陣営ではなく、支持者の間で である。

私自身の正直な感情は「困ったなあ」である。
「反対!」と声高に言うつもりはない。なぜなら、宇都宮健児も各方面に調整して出馬したようには見えず、単なる早い者勝ちだったからだ。
それならば、山本太郎にも宇都宮と同じ権利がある。

では「賛成」なのかというと、そんなことはない。賛成とか反対ではなく、戦略として下策だと考えている。

ごく一部のれいわ熱烈支持者は、山本太郎の出馬に狂喜乱舞し、それなりの割合の支持者は「まあ彼がでるなら応援するよ」という反応だけれども、それが大きなうねりになるか、これまでになかった支持の拡大になるか、というとそんな気はしない。

昨年参院選の熱量でも、投票率は上がらず、れいわの票はほとんど立憲と共産の票を奪った形になった。
もちろん、それはそれで第一歩としてよかったと、私は評価している。最初はそこからしか始まらない。

しかし、参院選後の山本太郎の周辺やれいわ新選組の動きを見るかぎり、第一歩を基礎にして、そこから伸ばしていくという意識は皆無だった。
むしろ、220万票しか集められず、太郎本人を落としてしまった「既存勢力」に対する言外の落胆と不信を私は感じた。要するに、昨年の220万票に依拠する気がはじめから無い、ということだ。

その延長が、今回の都知事選への出馬ということなのだろう。野党共闘的な支持層はごっそり離れてもらって結構。他の野党なんて眼中にない熱烈支持者だけ残って、これまで投票に行かなかった50%の人たちにアプローチできればいい。という考えではないだろうか。

その理念はわかる。大きな方向性としては同意できる。
でも、現状認識と次の一歩として、それでいいのか? 大いに疑問なのである。

昨年参院選のときの東京都のれいわ新選組の比例票は46万票弱である。6年前の太郎票から20万票、3割も減らしている。その後も約1年間、地方組織は作らない方針のうえ、作ると言っていたボランティアセンターもできずに有機的な活動はほとんどできなかった。

この現状で、さらに野党共闘に背を向けて、孤立したたたかいを選択することのメリットが何なのか、私には理解できない。



風頼みの選挙がいかにもろいものか、無残なものか、2009年の政権交代でいやというほど味わったはずだ。
関西の小沢グループが、小なりといえども生活フォーラム関西をつくって維持してきたのも、その痛みを忘れていないからだ。

2009年の政権交代も、半ばマスコミに作られた政権交代だったとも言える。その理由はいろいろ考えられるけれども、あの時はなぜかマスコミは政権交代待望をあおった。
そうやって勢いでできてしまった政権は、能力的にも理念的にも政権を担うにたるものにはならなかったし、何より当事者に覚悟がなかった。

山本太郎個人の覚悟を疑うものではないけれども、都政にせよ国政にせよ、一人でできるものではない。
それだけ大きなものを担っていくチームを作らなければ、仮に風が吹いたとしても、その直後の逆風でまたしても悲惨な結果を招くだろう。

自由党時代の山本太郎は、現場主義と同時にそうした大きなビジョンも踏まえていると私は思っていた。
しかし、れいわ新選組になってから、なかんづく参院選後の山本太郎は、そうしたビジョンを投げ捨ててしまったように見える。



いずれにしても、残念なことに現状の分析によると、女帝小池は自公どころか、立憲の支持層から一部共産支持まで浸透しているそうで、このままいけば宇都宮とはトリプルカウントになりそうな勢いだ。
だったら、どうせ負けることを前提に、出たい人が出て言いたいことを言えばいいじゃないか。結果、党勢拡大になれば儲けもんだ。という意見も多く見かける。

れいわ新選組の熱烈支持者はそれでいいと思うだろう。私も、少しはそういう気分もある。
でも、それを一般の有権者目線で見たらどうだろう。ただでさえ蔓延している選挙というものに対する無力感を、いっそう強めることにならないだろうか。
コロナの影響も含めてだが、乱立選挙はいっそうの投票率低下を招くように思えてならない。

頼りない奴らと切り捨てられた既存勢力が何を言っても、いまさら仕方が無いのだろうけれども、とにもかくにも今の自分の考えを書き留めておく。

生活フォーラム関西の面々や、これまでれいわ新選組を支持してくれていた皆さんと意見交換して、これからどうするのか考えていきたい。




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2020-02-22(Sat)

大阪5区!!

大阪5区に、れいわ新選組が大石あきこさんを擁立すると発表されました。

これを巡って、かなり炎上しています。なぜなら、 大阪5区は

・ 立憲の現職(比例復活)がいる
・ 共産党が2週間前に宮本たけしさんの擁立を発表している

からです。

まあ正直 頭痛いです。

私は大石さんも存じ上げていますし、わずかながらも情報提供もさせてもらったり、地元での街宣を手伝ったこともあります。
決して落下傘やぽっと出ではなく、淀川区(5区の中)で活動を続けていることも知っています。

一方で、宮本たけしさんは個人的には存じ上げませんが、昨年の大阪12区補選で、自らバッジを外し、共産党の看板も外し、野党統一候補を目指して立候補したことは記憶に新しいわけです。
当時は自由党として推薦をして、応援していました。森友でも先頭に立ってたたかい、消費税5%も問題なく掲げるだろうと思われます。

野党共闘で安倍政権を倒そう という共産党の本気度は、私もひしひしと感じています。志位さんの方向転換を勇気あることだとも思っています。
ただ、共産党が本当に野党共闘の一角を占めるためには、超えなければならない大問題があります。それは、部落解放運動です。

人の世に熱あれ 人間に光りあれ

私の座右の銘です。(反戦な家づくり 2007.11.6

部落解放運動の中に様々な問題があろうとも、水平社宣言を起草した西光万吉がファシストになってしまったことが事実としても、人間解放のためのたたかいが連綿とあったことは消すことはできません。
「貴族あるところ賤族あり」と喝破して、現人神であった天皇のまえでカニ歩きを決然と拒否した松本治一郎は、九州のやくざの親分でもありました。解放運動は、左翼やインテリの運動ではなかったし、決してお行儀のいい優等生ではありませんでした。
反戦な家づくり 2011.7.11

戦後の共産党は、部落解放運動に優等生を求め、部落解放同盟に対して徹底的に敵対してきました。
これは宮本たけしさんも例外ではありません。
あえてここでは、どちらが正論かという話はしませんが、私の目から見て、共産党のやりかたは、生身の人間に対してあまりに苛烈であったと思います。
ともかくも、共産党と部落解放同盟との間には、まさに憎しみ合いと言って過言ではない関係が、今日でも続いています。



先日の京都市長選挙にしても、野党共闘がきわめてギクシャクする理由の一つ(もちろん全部じゃないです)に、この共産党と解放同盟の激しい対立があることは、ある程度政治の世界を知っている人なら、だれでもわかっていることです。
一般的な反共やアカ狩りはまったく論外ですが、この問題だけは一方的にどちらが悪い、と決めつけて済むことじゃないのです。

大阪5区は、上田卓三、大賀正行といった人材を輩出した、戦後の解放運動の拠点のひとつと言えます。
そこに、あえて共産党が宮本たけしさんを擁立する意味は何なのか。私はふたつの可能性を考えました。

ひとつは、本気で野党共闘を目指すために、解放同盟との歴史的な和解、少なくとも休戦を意図している可能性。
もうひとつは、その真逆で、解放同盟を野党共闘から排除するため、という可能性。

今の段階では、判断はつきません。
一般的に言えば、可能性は後者のほうが格段に高いでしょう。5区の立憲の現職である長尾氏は解放同盟大阪府連の推薦を受けていますし、今現在も盛んに地元の駅立ちをしています。
そんな状態で、解放同盟が5区に共産党が出すことを容認する余地はないように思えます。

ただ、昨年の補選で宮本さんがあえて無所属になったことが、ずっと気になっています。もしかしてあの時も、なんらかの交渉があったのではないか と。
何かが引っかかる というだけなのですが。



候補者の擁立は、もちろん各政党の自由です。
野党共闘するにしても、最初は希望する人を立てて、それから交渉する、というのは正論ではあります。

しかし、候補者にとっても、有権者にとっても、そのやり方は決して好ましくはありません。
とくに、共産党のれいわ新選組のように、基本的に共闘すると思われている関係であり、かつ大阪における野党共闘のシンボルのように思われている宮本さんが相手では、大石さんにとってダメージが大きいと言わざるを得ません。

大石さん側にとっても、やむを得ない経緯はあったようです。

なので、今回は宮本さんにも必ずしも野党共闘の大義があるわけではないようです。

ただ、万に一つも、何らかの話がついていて宮本さんがあえて5区に出てくるのであれば、大石さんの出馬は厳しいと言わざるを得ません。むしろ、大石さんというか、れいわ新選組の立場に期待されるのは、薩長同盟の坂本龍馬ではないですが、仲介役なのではないでしょうか。

いずれにしても、私は当事者ではないですから、軽々にああしろとかこうしろとか、あれはダメこれはダメ、ということは言えません。

ただ、いくら原理原則は正しくとも、あまりに荒っぽい戦術をとってしまうと、れいわ新選組がどんどん孤立していくのではないか。残るのが、れいわ単独で政権交代ができると信じているような、いわゆる「信者」ばかりということになりはしないか、ということを危惧します。




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2020-02-06(Thu)

理念・目標・戦略・戦術 ~れいわ新選組を考える~

20200206-1.jpg政治を語る人よりも、ビジネスマンのほうが、「理念・目標・戦略・戦術」については理解しているんじゃないでしょうか。(右図は経営を学ぶというサイトからお借りしました)
政治界隈の方々は、ほとんどこの4つがごちゃごちゃになっているような気がします。
とくに、れいわ新選組のような「理念」がとても大きな比重を占める勢力の場合、理念が他の3つを圧倒してし吹き飛ばしている感じです。

政治だと分かりにくいので、カバディで考えてみましょう。
実は私もよく知らないのですが、「カバディカバディカバディ」と言いながら競技するあれです。
日本カバディ協会のHPには、「鬼ごっことドッジボールが融合したようなスポーツ」としたうえで、このように書いてあります

カバディは、インド、パキスタン、バングラデシュなど南アジア諸国で数千年の歴史を持つ、伝統ある国技として親しまれてきたスポーツです。
紀元前、獣に対し武器を持たずに多彩なテクニックを用いて数人で囲み、声を掛けながら捕らえるという武器を持たずに戦う技術、獣の襲撃から身を守る方法が、やがてスポーツとして成熟し、カバディが生まれました。
「カバディ」という言葉自体に意味は無く、無心に発声することで平常心へと導き、体と心を一体にするマントラなのです。

(引用以上)

すごいです。マラソンなみの歴史です。
でも日本ではまだまだマイナーで、全国大会でも男子18チーム、女子4チームしか参加していません。
これまた協会のHPには「競技開始から数年で日本代表としてアジア大会出場のチャンスがあります」なんて書いてあります。
ご興味と体力のあるかたは ぜひ挑戦してみて下さい。



さて、ここから先は、まったくの創作です。
政治が元ネタなのでちょっと汚いこと書きますが、現実のカバディとは何の関係もありません。

アベジャーズというチームがあります。
キャプテンのシンゾーは、審判を買収し、カネに任せて選手を集め、大会の度に連戦連勝です。
選手にもごっつい年俸が支払われます。

タローズというチームもあります。
1人のスター選手以外は、レギュラーも決まっていないようなチームです。
なかなか試合には勝てないし、もちろん給料なんて出ません。
でも、キャプテンのタローには夢があります。

タローの夢は、タローズの優勝なんていうケチなものではありません。
タローズというチームを作る前から、ずっと考えていたのです。
「カバディをしていれば食っていける、そして、誰もがカバディをしていてよかった」と思えるカバディの競技環境を作りたいと。

 >>こんな世の中にしたい という思いが「理念」です。もっとも深いところの、動かしがたい原動力です。

そのためにはどうしたらいいか、タローは考えました。
まずは、アベジャーズを常勝軍団の地位から引きずり下ろすことだ。
そう決心したタローは、たった1人で大会にチャレンジしました。

 >>「政権交代」などの、理念に直結する大きなステップが「目標」です。上の図ではビジョンと言われてますね。これをコロコロと変更するようでは信用されません。

しかし、なにせ団体競技です。チーム無しでは試合に出ることすら ままなりません。
そこでタローは、イチローズというチームに、ダブルエースとして参加することにしました。

カバディ界の人たちはびっくりしました。
なにせイチローは昔はアベジャーズの有力選手だったからです。
でも、アベジャーズの腐敗を嘆いてチームを飛び出したイチローと、カバディ界を変えようとするタローは意気投合し、ニューイチローズとして活動を始めました。

1人の限界を知ったタローは、しばらくはベテランの下でカバディを学びながら、2位以下のチームで協力しながら機会をうかがおうと考えたのでした。

 >>目標までの長い道のりを、どのように進むのか が「戦略」です。これも頻繁に変更するものではありません。そこまで積み上げた成果が無駄になってしまうし、物事を判断する指針を失ってしまいます。

イチローズの一員としてチャンスをうかがうタローは、試合の度に様々な作戦を考えて全力で闘いましたが、はかばかしくありません。
イチローズも、力のある選手はいるのですが、レギュラーそろえるのがやっとの弱小チームだったからです。
アベジャーズの不正も一向に減らないどころか、どんどんエスカレートしていく始末です。

 >>選挙での闘い方とか、国会でどのような論戦をするのか など、具体的な闘い方は「戦術」です。戦略に矛盾しない限り、戦術は柔軟に発想して、うまくいかないときは大胆に変更していくべきです。

アベジャーズの酷さもさることながら、よく見ていると、2位につけているエダノンズの動きがおかしいのです。
不正行為には威勢よく文句は言うのですが、いざ試合になると「勝つ気あるの?」と思ってしまうようなやる気の無さ。
どうも2位でほどほどにやっているのが心地良いんじゃないか と疑ってしまいます。

このままイチローズで頑張っていても、2位のエダノンズがこの様では、永久にアベジャーズの天下は終わらないんじゃないか。
そう思い至ったタローは、イチかバチかの賭に出ることにしました。
エダノンズを2位のぬるま湯から引きずり出すためには、「勝つ気無いんだったら、とって代わるぞ」と脅かすしかない。
イチローは、さすがにそこまでやる気は無くて、なんとかエダノンにやる気を出してもらおうと説得していますが、タローはもうそんなまだるっこしいことでは無理だと思いました。

そして、イチローズは3位のミンミンズに合流することになり、タローは単身タローズを設立し、夏の大会に挑んだのです。
カバディカバディカバディ・・・



以上で、創作話は終わります。

問題は、昨年夏のタローズこと、れいわ新選組の立ち上げが、野党共闘という戦略の大転換とみるべきなのか、野党共闘という戦略の下での新たな戦術として見るべきなのか、です。 議論の分かれるところです。

れいわ新選組を熱烈に応援している方の多くが、戦略転換=れいわ新選組(と共産党)による、自力での政権交代をめざす、と理解しているように見えます。
しかし、私は、あくまでも野党共闘による政権交代という戦略は変わっておらず、それに前向きにならないエダノンズこと立憲民主党を引きずり出すための戦術だと理解しています。太郎さんが政治の世界に踏み込んだ頃から応援してきた人の多くは、そう考えているように、私の周りでは感じます。

「全国の選挙区で野党共闘を実現して、小選挙区を勝ち抜き、自民党と公明党を政権から引きずり下ろす」 というのが、安倍イヤだと言っている人の多くが考えている目標と戦略と言っていいでしょう。
でも、まったく別の考え方もありうるのです。

たとえば、「ロシア革命のように武装蜂起で永田町と霞ヶ関を占拠するのだ」、という考え方もあるし、「いっそのことアメリカの正式な州になったほうが、属国でいるよりずっとマシ」という考え方だってありえます。
正しいかどうかは別として、理念を実現するための道筋は、人によって、思想によって、幾通りも考えられるのです。

その中で、今のところスタンダードに受け入れられているのが、「選挙による」「政権交代」と言うことだと思います。
そして、野党乱立の現状から、「野党共闘」または「野党統合」による「選挙での政権交代」という考え方が一般的になっています。
私も、1回か2回の選挙で実現するという前提ならば、それしかないだろうとは思っています。

太郎さんがれいわ新選組を立ち上げたのも、当初はこの「野党共闘で選挙による政権交代」という戦略に沿っていたと、私は理解しています。
しかし、参院選で目標の300万票に届かず太郎さんが落選してしまったこと、エダノンズが(れいわ新選組と共産党への敵意はむき出しにするけれども)野党共闘には一向にやる気を示さないこと、熱烈な支持者が妥協を許さないこと、などから、「野党共闘」の戦略は無理なのか、考えざるを得なくなってきたのでしょう。

京都市長選挙でのれいわ新選組の動き方を見ても、どうやられいわ新選組の戦略は、本気で独自路線に変わってしまったのかと感じます。
小沢さんが言うように、消費税5%という文言にこだわらずに、景気条項をいれることで実質的に5%を実現するという方法もあるのですが、今のれいわ新選組が、そのような柔軟な対応が取れるのかどうか、私にはわかりません。

しかし、京都市長選挙はまさに、そんなれいわ新選組の独自路線を、もう一度見直すきっかけになったはずです。
福山和人さんが一番得票した京都2区で、仮にれいわ新選組の候補者を立てたとしても・・・・

20200206.jpg

2017年の前原の得票率と、2019年の民主系の得票率を見て下さい。
前原は、民主系のなんと倍以上の得票を、選挙の度に確保しているのです。
彼は、何党になろうが無所属になろうが、絶対に勝てる圧倒的な強さです。

前原のおこぼれを自民党が拾って、4万票前後を固めています。
れいわ新選組がもし立てても、どこに勝機を見いだしていいのか、まったくわかりません。

しかも、共産党が全面的に応援してくれる保証はありません。
長い信頼関係を築いていればともかくも、ポット出で全力応援してくれるほど共産党も甘い組織じゃないです。

私が感じたのは、昨年の大阪12区の補選でした。
共産党の宮本たけしさんが、無所属で出るという英断をしたときです。
前回の共産党は2万3千近くとっていたのに、なんとあの宮本たけしさんが1万4千しか取れなかったのです。
まあなんと冷たいものやなあ と思いました。

とにかく、唯一信じられる理念をもって決起したれいわ新選組ですから、道を見誤って谷底に転落してもらっては困るのです。
選挙はカネがかかりますから、一度大コケすると、かつての自由党(選挙のときは未来の党)のように、そう簡単に浮上できなくなってしまいます。
もう一度原点に戻って、戦略を見直すべきではないか 私はそう思います。



さいごに、カバディのスーパープレイをどうぞ
いや、面白いですね、カバディ。
鬼ごっこどころか、ボールを持ってないラグビーみたいです






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2020-02-04(Tue)

れいわ新選組が出過ぎたから負けたのか? #京都市長選挙

ちょっとビックリするツイートを見かけました

私は電話かけしかしていないので、街宣は見ていません。
もし、これが常態化していたのなら、かなり問題だと言わざるを得ません。

知らない人がいると誤解があるから書いておきますが、このツイートをしている「ちだい」さんは、山本太郎さんの知人であり、ずっと応援していた人で、今でも心配して書いてわけで、立憲信者やネトウヨがれいわをディスっているのとは別物です。

私も、誰にも忖度しないと決めたのではっきり言わせてもらいますが、ピンクの人たちの目的は何だったのでしょうか。
やっている人はそのつもりではなくても、「福山さんに便乗してれいわ新選組の宣伝してるのか?」と言われても反論できません。

電話かけも、若干微妙なところはありました。
まず名乗るのが、福山和人じゃなくて、れいわ新選組山本太郎のボランティア だったのです。
たしかに、太郎さんの知名度を考えると、まずツカミで名乗るのもアリかなとは思ったので、まあ許容範囲だとは思います。
実際、名乗ると「ああ」と言って話を聞いてくれる反応が多いように感じましたし。
ただ、上のような写真を見てしまうと、あの電話作戦もちょっと考えてしまいます。

これまた誤解なきように原則を確認しますが、私は共闘を無償奉仕にすべきとは思いません。
れいわ新選組が共産党を支援することで、れいわ新選組にとっても有利なことを確保しようとするのは、ある意味で当然です。
ただし、それが候補者の邪魔をしない限りで ということです。



では、今回の京都市長選挙で、ちだいさんが言うように「れいわが前に出たから負けた」のでしょうか。
正直に言って、私はわかりません。
少なくとも数字で見る限りでは、どちらでもない と思います。
よく言えば、とくに障害になっていなかったということですし、悪く見れば、それほど大きな影響力を発揮できなかったということです。

20200203.jpg

ここ数回の推移、とくに2018年の府知事選との比較を見れば、明らかです。
一部のれいわ新選組関係の人が言っているような「れいわ票の上乗せ」も「無党派層の票を増やす」も、目立った現象としてはおきていません。 

2012年から支持率1%に満たない自由党(党名はいろいろでしたが)の応援をしてきた経験から推測するに、支持率1~2%のれいわ新選組の影響力というのは、まだまだそのくらいのものだ ということです。
なにも悲観的に言っているのではなく、その現実を見据えて 「ではどうするか」 を考えるのが政治だと思うのです。
政(まつりごと)にお祭りは欠かせないかもしれませんが、お祭りだけで政はできません。

いろんな党の支持率を見ていると、たぶん5%あたりが一つ目の分水嶺なんじゃないかと思います。
そこまで行くと、得票率で10%が見えてきます。
今の公明と立憲の中間くらいの規模ですね。

議員数や政党助成金もそれなりの数字になり、メディアも無視はできなくなるので、次のステップを考えることができるようになります。
やる気のない他の野党に対しても、強く働きかけることができます。

私は、そのステップに行くまでは、れいわ新選組はとにかく知名度を上げることに専念すべきだと思ってきました。去年の参院選の直後から。
ポスター活動の意義はよく理解しているつもりですが、とりあえずスタートダッシュの段階は、全国で100台くらい街宣車を走らせて党の知名度アップにつとめ、太郎さん個人の知名度とのギャップを埋めていけば、瞬間的であれ支持率5%付近までは夢ではない。
その熱が満ちたタイミングでポスター依頼に回り、カンパ募集をすれば、次のステップに上がっていける と考えたのです。

しかし、自由党の看板をれいわ新選組のシートに張り替えて選挙中は近畿一円を走りまわった街宣車は、そのままの運行はまかり成らんということになり、冬眠させざるを得なくなりました。
そうこうしている内に、選挙の熱は冷め、支持率は1%台で停滞するようになってしまいました。
去年のように怒濤のカンパ集めを再現することは、かなりの努力が必要でしょう。

だんだん まとまりがなくなってきました。

要するに、れいわ新選組を応援するからこそ書くのですが、現実をちゃんと見据えるべきです。
支持率1%台の政党として、何をすべきなのか。
それは有権者に対しても、やる気のない他の野党に対しても、です。

立憲は、支持率は1%でも組織と資金は潤沢にある国民民主に対してすら、1mmも妥協せずに傲慢な殿様商売をおしつけて、合併話を(たぶん意図的に)流してしまいました。
まして、れいわにおいてをや。
いくら「独自候補を立てるぞ」と脅しても、現状では立憲に対してほとんど効果はないようです。
残念!

そんなわけで、今回の京都市長選挙、れいわのせいで負けた、と言ってしまうのは誇大広告だと思いますが、でもこれまで考えてきた戦略を少々見直す必要はあると思います。
現実を見ない「前向き」は実は後ろ向きであり、ネガに見えても今の現実に立脚することが前向きなのだと、私は信じています。




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2019-12-29(Sun)

「異論があるからやめろ」? 組織って何やろ

安冨歩さんのこちらのツイートが燃えているようです。
やりとりを含めて、少し長くなりますが引用させてもらいます。
うまく重複を省けなかったので煩雑ですが、ご容赦ください。



























これが、ひとつの流れです。

そして、この流れから派生したものが





かなり衝撃的な発言で、炎上してます。

ただし、安冨さんの政治家としての活動は終了するものの、



と言っておられます。




安冨さんの意図を私が忖度することはできないので、彼女の問題提起をきっかけにして私の感じたことを書いてみます。

少し前の私ならば、どちらかというと、「れいわ新選組🐾ファシズムじゃない方」氏のような考え方をしたかもしれません。この方の過去のツイートを見ると、決してファナティックな方ではなく、いわゆる信者タイプではありません。安冨さんとのやりとりでも、外野は暴言を吐きまくる中で、彼は冷静に発言しています。

それでも、もう忖度することをやめた私には、この方の発言の暴力性がわかる気がします。

候補者だろうが政治家だろうが、やってはいけないこと、言ってはいけないこと以外は、やったり言ったりする自由があるのです。それはその人の良心に従って判断すればいいことです。
言葉にすれば当たり前すぎることが、実際の現場ではなかなか通用しません。

差別すること、約束を破ること、政治家ならば公約を破ること、そうしたこと以外は、何を言っても提案しても、当然ながら自由です。
猫タウンの提案は、楽しげな話であって、公約違反でもなく、何ら糾弾されるべき話ではありません。党の公約にするという話ですらなく、個人の提案です。
それを、党のためにならないから言うな、というのは、立憲民主党の幹部が「消費税廃止なんて言うな」と候補者に言うのと構造は変わりません。彼らは彼らなりに「言わない方が党にとってメリットがある」と思って圧力をかけたのですから。

猫タウンの是非を議論してはいけないという意味では、もちろんありません。
議論はどんどんすればいいのです。それぞれが、「自分の考え」をぶつけ合い、議論を戦わせればいいのですが、「みんなが言うから」という匿名の笠を着て発言するのは、何も生まないし、面白くないし、卑怯です。
私もついついこういう言い方をしているような気がするので、自省を込めて言っておきます。



次に「支持してやってるんだから、言うことを聞け、というのは、利権目当てと全く変わりません。この暴力が、この社会を蝕んでいる。」という指摘についてです。
これは実は難しい問題を含んでいます。

もとより、「聞け」と命令される謂われはない、ということは前項で言ったとおりです。これはたしかに暴力です。
では、「聞いてほしい」というお願いだったらどうなのでしょうか。

今回の安冨さんと支持者とのやりとりは、れいわ新選組の支持者であって、もともと安冨さんの支援者ではない様子だっったので、ちょっとこのケースとは離れて考えてみます。
政治家Aさんが、Aさんの支援者Bさんからお願いされる場合です。

これはピンからキリまで いろいろなケースがあり得ます。
秋山司と500ドットコムの関係もあれば、地元集会で丁寧に要望を聞く政治家というケースだってあります。

要は、「支援と引き替えに」かどうか、が問題なのだと思います。
応援している政治家にだって、「ここはちょっとなあ」と思うことは必ずあります。「なんでこの問題を言ってくれないの?」ということだってあるでしょう。
だから、機会があればひとこと言いたいのは当然です。ただそのとき 「こうしてほしいけど、Aさんはどう思うか」 と言うのと 「応援してるんだから、こうしてほしい」という越後屋とは、確かに違います。
政治家サイドから言えば、「誰の話であれ、いい話は聞く」のか「支援してくれてるから聞く」のか の違いです。

少し話は脱線しますが、まじめに政策を実現しようとしている政治家にも、二つのタイプがあるように思います。
「この指とまれ型」と「御用聞き型」です。
基本理念が同じだったとしても、自分でやりたいことを全部決めて、「これに賛同する人ついてこい」というタイプと、あれこれ意見を聞き回って政策を決めていき、その過程で出会った人を支援者にするタイプ。
どちらも一長一短あるけれど、間違ってるわけではないです。

安冨さんが試みたのは第3のタイプで、「議論ふっかけ型」なのかなと思いました。
関心のある人たちに、ちょっと突飛なアイディアをぶつけて議論を活性化させることで、政策を生み出していく、みたいな。
猫タウンのアイディアも、考えてみればそれほどびっくりする話ではなくて、言わば「朱鷺タウン」とも言うべき豊岡の事例などがあるわけです。
なぜ朱鷺はよくて猫はだめなの?とか、いろいろ議論は広がっていくことができたんじゃないかと。

日本で政治家を応援する人は、ほとんどが「お任せ定食」か「越後屋」のどちらかという現状を、「自分たちの政治」にするための、とても面白い試みだと思います。



その上で、私は、これから選挙に出て、支援を求める人に一つだけ要求したいことがあります。

「勝利を目指す」ということです。

もし今回はほとんど勝ち目がなくても、「次回に向けてこういう風に布石にする」とか、「自分は捨て石だけど、これだけ比例票集めて○人復活させる」とか、具体的に選挙に出る意味を明確にしてほしいです。

なぜなら、れいわ新選組は、「10年後の明るい未来もいいけれど、まずは切羽詰まった明日の暮らしをなんとかしたい」「そのためには、一刻も早く政権交代だ」、ということが結党の理念だと私は理解しているからです。

今では「新しい政治」「自分たちの政治」を作り出す場としての可能性も見えていますが、それはあくまで車の両輪であって、本来の「一刻も早く政権交代」をないがしろにしてはいけないと思うからです。
「勝つ」、あるいはせめて「勝ちに貢献する」ことを曖昧にしてもらいたくありません。
(「勝ちにこだわる」と「勝つためには何をしてもいい」とは、当然ながら別物ですが。)

「勝つためのたたかい」の中で、議論を喚起させる新しい政治、新しい選挙にチャレンジするなんていうのは、ワクワクしますよね。
でも、考えてみれば、大阪維新の都構想なんて言うのは、このやり方に近いんです。
「大阪をなくす」というトンデモナイことをぶち上げて耳目を奪い、一色に染めてしまいました。
違うのは、活発な議論を喚起させずに、最後は旧来の政治のやりかたで自説を垂れ流してクロージングしましたけれど。

2009年の子ども手当もこれに近い。
バラマキ批判と、大歓迎に国論が二分されました。
でも、このときも議論の場を用意することはされませんでした。

れいわ新選組の唱える、消費税をまずは5%、やがて廃止、についても、もっと国論が二分するような議論を巻き起こす必要があります。
支援者集会ばかりやるのではなく、住民のタウンミーティングとか、立憲や国民民主の(かくれ)増税派議員とのガチのパネルディスカッションを地域でやるとか、減税署名運動をするとか。

日本に初めて憲法ができるとき、日本中で喧々がくがくの議論が巻き起こったそうです。有名な五日市憲法を始め、自分たちの案も数多く作られました。
日本には地域に根ざした自由民権運動という、板垣や後藤の金看板とは違う、土の民権運動の歴史があるのです。

民権が藩閥政治に敗れ潰えたまま、ついに今日に至る日本。
民権が再びよみがえるためには、民権運動の再興と、選挙での勝利をめざすことです。

早ければ来年1月20日にも解散があり得る情勢ですから、そろそろ、れいわ新選組の予定候補が決まり始める時期なのではないでしょうか。
悔いのない2020にしましょう。




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2019-12-19(Thu)

消費税を5%に! の効用 & 解散の時期は

20191219.png
10月1日以来、めっきりミキタニってます。1000円以下の買い物はほとんどエディで、ネット決済は楽天カード、せこくがめつくポイントをためつつ、少しでも消費増税の出費を少なくするようにしています。
そんなこんなで、日常の買い物しかしない一般消費者の増税感は、今のところさほど大きくないかもしれません。

しかし一方で、住宅のような大きな買い物は、今年の3月に駆け込みでプラス10%になった後は、毎月毎月マイナスで、4~10月の平均でマイナス5.4%。
わたしのような建築家稼業には、けっこうつらい数字です。

こんな調査結果もあります

飲食店の49%が消費増税の影響で「客足減った」。「外食離れ」浮き彫りに
Foodist Media by 飲食店.COM


帝国データバンクではこんなアンケートも

駆け込み需要と反動減に関する企業の意識調査
 駆け込み需要、企業の 26.5%にとどまる
 小売業においては、半数以上の企業で反動減が発生


これをいろいろ読み合わせてみると、現時点ではマイナスも出ているが、軽減策もあってまだ限定的(※注1)。本格的な落ち込みは、ポイント還元の切れる来年6月から。ということのようです。

ここから、解散総選挙の時期を推測することができます。
少なくとも来年の6月をこえることはありえない、ということです。

安倍晋三の安倍官邸の狡猾さを考えると、ニンジンをぶら下げて票集めをするでしょうから、考えられるシナリオは、こうです。
年末年始の多くの人がテレビを見る期間に、補正予算や来年度予算で「こんな美味しいことしますよ」と、ガンガン報道する。
そして、1月20日の通常国会冒頭に 「この美味しい予算を通させてください」と言って解散。
準備の間に合わなかった野党を尻目に、またまた安倍自民の圧勝。

反緊縮の旗を、安倍晋三が振りかざす の図です。
これについては、すでに中村てつじさんが書いています。

アベノミクス第二幕 - 中村てつじ「日本再構築」ブログ

ほんまにヤバいですよ これは。

20191219-4.png
※注1 影響は限定的と書きましたが、限定的でも前回の2014年よりも大きく、小売業で前月比マイナス14.2%、商業全体でも前月比9.5%です。駆け込みもあまりなかったので、消費者の痛税感はまだそれほどでもない反面、商業者の影響は大きそうです。なおさら、早期解散が濃厚と見ました。
 商業動態統計月報2019年10月 経産省 (23頁にこの表があります)



このタイミングで解散となった場合、山本太郎さんが提案している「消費税を5%に!で野党共闘」という作戦は、功を奏するのでしょうか。

はっきり言って、5%ではインパクトが弱すぎる というのが私の印象です。
増税感がのしかかってきた来年の秋以降であれば注目されますが、年明けにやられるとつらい。
というか、そのために、安倍官邸は年明けの解散をうってくるのではないか、という話です。

では、消費税5%という呼びかけは、失敗なのでしょうか。
いえ、そう決めつけるのは早計です。
私は、「5%」には裏テーマがあると思っています。それは、「消費増税を決めたヤツらに謝罪させる」ということです。

20191219-2.jpg
なぜ、立憲も国民も、かたくなに5%を拒むのか。それは、「自分たちが決めた増税が間違っていました」と認めることになるからです。
8%であれば、上げたこと自体は間違いじゃなかったと言えるけれども、5%まで戻すと言うことは、そもそも民主党が決めた増税がまるっきり間違いでした、という話です。
管直人も野田佳彦も枝野幸男も福山哲郎も平野博文も、当時の民主党の幹部だった連中は、一度だって「私たちが悪うございました」とは言いません。間違いを認めるくらいなら日本が沈没しても構わない、ということなのでしょう。

だから、野党は勝てないんです。
バラバラとかまとまるとか、技術的には重要ですが、本質的には、民主党の裏切り者たちが、ほんの片言も謝罪しない、過ちを認めない。だから、また同じ裏切りをするだろう。そう思われているから、野党は勝てないんです。

そこで「消費税5%」です。
これは、立憲と国民の幹部のほとんどを占めている旧民主党の幹部連中に、「過ちを認めろ」と迫っているということなのです。
だから、絶対にこの旗は降ろしてはいけません。

戦術的に党の合流に参加するのは、前回書いたように、私はやむを得ないと思っています。
しかし、その党の中に入ったとしても、腐敗した執行部にたいして有権者の怒りを代弁するための「消費税5%」の旗は掲げ続けなければなりません。

その旗を掲げた候補が、れいわ新選組系はもちろん、心ある立憲系や国民系の候補にも旗を掲げてもらって、一人でも多く勝利することです。
そして、今は枝野独裁になっている代表職について、選挙を行って党を改めていくことです。



そうした意味で、「消費税5%」は絶対的に重要なわけですが、しかし、最初に書いたとおり、増税感がまだ浸透していない段階であることと、安倍官邸が「反緊縮」のニンジンを盛大にぶら下げてくるだろうことから、勝つためのスローガンは何か別に必要です。

20191219-3.jpg私的には、ふたたび「子ども手当」で良いと思っています。
小沢さんが最初に考えたとおり、一人3万円を18歳まで。
さらには、給付型奨学金と、これまでの奨学金徳政令。

もちろん、税金はあるところから取る、とか、第一次産業の問題とか、年金制度とか、労働法制とか、小泉・竹中以来この20年間であまりにも日本は壊されすぎたので、課題は超山積ですが、目玉は「子ども手当」で。
なんと言っても、実現したときの暮らしの変化が、すぐに想像できますから。

山本太郎さんやブレーンのアルルさんがどう考えているのかはわかりませんが、彼らの感覚と頭脳をもってすれば、ぐっとくるメインディッシュは用意できるはずです。



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2019-12-17(Tue)

【訂正あり】れいわ新選組は本当にカルトなのか??

 このところ、れいわ新選組にたいするかなり厳しい批判がネット上でも見られます。「カルト」とか「ファシズム」とか、かなりボロかすに言われています。
 これが、ネトウヨさんたちから投げかけられているのならば、あまり気にすることもないのですが、多くは「「リベラル」とか、中にはれいわ新選組を応援している(た)人からも聞かれるので、無視できないなあと思った次第です。

 批判が増えたきっかけは、野党再編の動きがある一方で、れいわ新選組は独自路線でいくらしいことが見えてきたことと関連しています。
 山本太郎さんは、以前から「消費税を5%にする」を旗印にした野党共闘を呼びかけていましたが、現在進行形の立憲民主+国民民主+社民の統合話は、むしろ党内の増税派が後押ししているように見えます。
増税同盟(当面は8%同盟)が成立か?

20191217.jpg
 このまま行けば、れいわ新選組は野党共闘せずに独自で総選挙に臨むことになりそうです。12月12日の宇都宮の街頭記者会見では、全国の選挙区に100~131人の候補者を立てると、各ブロックごとの人数まで明らかにしました。かなりリアルです。
 当然ながら、これまでも「れいわ新選組は野党共闘を壊すのか!!」とおかんむりだった「リベラル」諸氏は、怒り心頭ですので、カルトだファシストだという罵詈雑言に火がついたのも、わからなくはないです。
 でも、私は「リベラル」には特に価値をおいていません。ラディカルかどうかが大事なので、「リベラル」さんたちがどう言おうが、意見は拝聴しますが、それを鵜呑みにするつもりはありません。

 問題は、これまでどちらかというと 太郎さん対しては親和的な人たちから、疑問の声が増えてきたことです。まあ、熱烈な支持者から見たら、当ブログもそのように見えるのかもしれません。
 


そのような諸々の発言も聞きながら、私自身が危惧することを書いておこうと思います。

第1に、支持層の固定化です。
大阪街宣の記事でも書きましたが、熱烈な支持者はつよく固まっていますが、選挙で勝つための裾野が広がっていません。
共同通信は一貫してれいわ新選組の支持率が高く出ますが、各社平均すれば2%未満であり、選挙後の傾向は決して上向いていません。

この状態では、太郎さんだけはどこから出ても通るかもしれませんが、ほかのブロックは全滅の危機です。
近畿ブロックはおよぞ35万票で比例1人ですが、前回の参院選のときの近畿ブロック内の票の合計は15万6千票くらいです。1人通すためには2.5倍にしなければなりません。 

この部分、私のカウントミスです。すみませんでした!!正しくは下記の表の通り29万7千票でした。
20191217-3.png
  5万票の上積みですから、1人当選の可能性は近くなりましたが、厳しい闘いであることは変わりません。

野党共闘をあきらめて、れいわ新選組単独でこれを集めるためには、近畿で予定されているらしい17人の候補者が、自己犠牲的に頑張って2万票ずつかき集めるしかありません。(以前の共産党方式みたいですけど、共産党はほぼ全区に出していましたから、たった17人でこれをやるのがどんだけ大変かってことです)

ちなみに、参院選の全国比例の太郎さん以外では、知名度のある蓮池徹さんと固定客のある大西つねきさんが約2万票を集めましたが、ほかの方は数千票です。一人2万票を集めるのは、並大抵ではありません。

第2に、そうした危機感が支持層の中で薄く、異様な楽観論がまかり通っているということです。
当ブログへのコメントでも見られますが、とくに数多あるフェイスブックの○○○応援する会的なグループでの発言を聞いていると、夢と現の区別がついていないのかなあ という発言が多く見られます。
本気でれいわ新選組を勝たせたいのならば、こんなのんきな発言できないでしょうに・・・ 結局、れいわ新選組が勝つことよりも、ご自分の心の平安を求めることを優先してしまっているとしか思えません。

心配の第3は、こうした支持層の固定化と、異様な楽観論を、れいわ新選組の運動方針が認めているように見えることです。
以前の街頭記者会見は、事前告知をほとんどしませんでした。固定客で埋まってしまって、通りがかりの人に聞いてもらえないからという理由でした。
ところが、選挙後の街宣はかなり告知をしているので、通りがかりの人は人垣の後ろの方から眺めることしかできません。

今日17日も太郎さんは大阪で出版記念のトークイベントをされるようですが、これも新刊の『#あなたを幸せにしたいんだ 山本太郎とれいわ 新撰組』を購入した人限定。どっぷりファンクラブの様相です。
出版社の営業戦略もあるのかもしれませんが、なんか「以前と違うなあ」と感じることしきりです。

れいわ新選組から支持者へのオフィシャルな運動方針はただ一つ、ポスターボランティアです。
ポスターを持って、見知らぬ家を一軒一軒ピンポンして、ポスターを貼らせてくださいとお願いして回ります。
これは確かに、ものすごく重要な活動ではあります。私も何回か出かけて参加しましたので、実感としてわかります。
一般の人の生の声や反応を聞けること。そして、少々のことではめげない強靱な精神を鍛えること。この2点は、ほかには代えがたいものがあります。
実際に回ってみれば、世論調査の支持率は外れていないことが肌身でわかりますし、それを踏まえた上で前を向こうという気骨をもった運動部隊を育てることができます。

ただし、そのハードルの高さから、多くの支持者は二の足を踏んでいるのが現状であり、せっかくのマンパワーを生かし切れていないという気はします。
また、一人が一日でお願いできる数はせいぜい2~30軒。仮に1000人が週に1回ったとしても、1年で訪問できるのは150万軒。そのうち5%に貼らせてもらえたとしても75000軒くらいです。
実際はそこまでの人数は動いていないと思われるうえに、遅くとも来年秋には解散が濃厚なので、多くても1万軒というところでしょうか。
これはおそらく、自民党と公明党の一つの小選挙区のポスター数といい勝負でしょう。

運動戦略の一環としてのポスター貼りの重要性はよくわかるのですが、広報戦略の柱にする意味が私には理解できません。
自民党に対抗するための広報戦略にはなり得ない方針を、支持者に唯一あたえているのがなぜなのか。れいわ新選組の方針には疑問を感じてしまいます。

心配の第4は、「#あなたを幸せにしたいんだ」という標語です。
選挙で中心となったこのスローガンには、私は選挙中からずっと違和感を感じています。
以前の太郎さんならば「あなたに幸せになってもらいたいんだ」と言ったんじゃないかなあ、と。

こんなことを言ったら太郎さんに失礼かもしれませんが、なんか「義務感に縛られている」ように見えるんです。
れいわ新選組を立ち上げるというときには、いよいよ好きなようにやるんやなと思って見ていましたが、始まってみると、どんどん苦しげな太郎さんの姿があり、やりたいことをやっているのか、やらねばならないことをやっているのか、見分けがつかなくなりました。

こんなことを言うと、あっちからもこっちからも総スカンを食うかもしれませんが、あえて言いますけど、太郎さんが本当にやりたいこととズレがあるのならば、れいわ新選組は一度おいといて、もう一回出直しても良いんじゃないかと、私は思います。
山本太郎という希有な政治家を潰さないことを、私は優先したいのです。



れいわ新選組はカルトか? というのが今日のテーマでしたね。
20191217-2.png
そもそもカルトってなんでしょう。
元々は、新興の宗教で、まだ市民権を得られていないもののことであり、良いとか悪いとかの価値基準は含まれていなかったようです。それがだんだん、狂信的な新興宗教を指すようになったと同時に、既成勢力が新興勢力を潰すためのレッテル貼りにも使われるようになりました。
ですから、現代のカルトという言葉には、二面性があるわけです。

リベラルさんがれいわ新選組を「カルト」と呼ばわるときには、明らかに後者の意味合いがあります。
しかし、どんな新興勢力でもカルト呼ばわりされるかというとそんなことはありません。やはりある傾向が見られる場合です。その傾向とは、カリスマと、カリスマに救いを求める大衆の存在です。
この点では、れいわ新選組は条件に合致します。良い悪いはともかくとして。

太郎さんの訴えるメインテーマは、消費税をなくし、効果的な財政出動をバンバンやって、まずは食えない状態を解消しようという経済政策のはずです。大阪街宣でも、最後はそのことをこと細かに話していました。
しかし、れいわ新選組としての熱量の源は「生きづらい人たちの自己解放」のエネルギーが圧倒的です。

経済政策で当面の命の危機を回避するという現実的な政策よりも、まだ政策という形にはならない人間解放の根源的なエネルギーが勝っており、そのことを、やすとみ歩さんは「カオス」と表現されたのかもしれません。
もちろんこれも山本太郎さんの人柄のなせる技であり、参院選に選定された候補者のもつ力でもあります。

とは言え、理想や夢を語ることと、現実の政治とは目的が違います。
れいわ新選組に救いを感じる人たちは、幸か不幸か日本の中で多数派ではありません。生きづらさを抱えている人は圧倒的に多いでしょうが、それを外化(自分の外に原因や解決を求める)していない人がほとんどです。
せいぜい目の前の関係性しか見ておらず、それが社会構造のせいだとか、政治で解決できるなんて、ぜんぜん思っていません。

ですから、今の人間解放のエネルギーでは、れいわ新選組は選挙には勝てません。支援者がいくら熱くなっても、支持率は一向に上がらないことがその証拠です。
生きづらい人が、その原因や解決策を探すために外に目を向けるには、ステップが必要です。
そのステップこそが、消費減税や財政出動などの大胆な経済政策なのです。

最初は目先の利害で選択してみたら、「あれ、政治でこんなに変わるんだ」と実感できる。それが、太郎さんの描く戦略なのだと、私は理解してきました。
ところが、現在のれいわ新選組は、そのステップをすっ飛ばして、一足飛びに人間解放を希求する集団になりつつあります。
そんな姿を、悪意を持って見ると、カルトと言うことになるのでしょう。



しかし、私は少なくとも現状はカルトではない と考えます。
まず、教組(?)である太郎さん自身がそんなつもりはないだろうからです。
最近は直接話も意思疎通もありませんので、本当のところ何を考えておられるのかはわかりませんが、漏れ聞くところでは「消費減税で政権交代」という基本路線はぶれていないようです。

さらには、現状は固定されたものではなく、支援者が「れいわ新選組はもっともリアルな政党である」ことを思い出し、勝つためにどうしたらいいのかを、シビアに考えれば、カルトとはほど遠い政党として機能する可能性が十分にあるからです。

自由党時代も、「小沢さんなら何とかしてくれる」と根拠レスに考えてしまう通称オザシンの方々が一定数おられましたが、れいわ新選組の支持者も、「太郎さんなら何とかしてくれる」とワケも無く考えちゃう人がいるような気がします。
そこまででなくとも、「ボクたちは正しいんだから勝てる」みたいな、良く言えば純粋、悪く言えばあまりに幼稚な考えも、散見する気がします。

初めて政治に関わった人も多く、様々な心情が渦巻いているのは、当然と言えば当然です。
しかし、いつまでもその場にたたずんでいては、太郎さんの描いた道筋は一歩も前に進みません。
ここで大事なのは、れいわ新選組という党が、「みんな 勝つために頑張ろう」と大号令をかけることです。ポスターボランティアも含む、効果的で有機的な作戦を打ち出し、全国で有機的な行動を起こしていくことです。

参院選直後に「秋にはボランティアセンターを作る」と聞いていましたが、真冬になっても影も形も見えません。
各地で勝手連が勝手に活動することを、自発的ですばらしいと評価することもできますが、今はもう次の段階に進まなければなりません。その理由は、これまで書いてきた通りです。

太郎さんの戦略を実現するための、具体的な行動方針を、党本部が立てることができるのかどうか、そこにかかっていると、私は感じています。



その上で、きわめて現実的な私の考えも書いておきます。

私は、れいわ新選組も「新民主党(?)」に参加すべきだと思います。
ただし、二つ条件があります。
ひとつ、各候補者が「消費税をなくそう」と訴える自由。党の方針は8%でもいいので、各候補者には自由裁量をあたえること。
ふたつ、党議拘束をしないこと。アホな民主党の二の舞をせず、国会での採決は各議員の良心に基づくこと。

この二つを条件につけて、私は新党に合流でいいと思っています。
党内派閥として、公然とれいわグループを名乗るのもOKです。
それしか現実的な道はないと思います。

<追記>本当はもう一つ、代表選をやること。絶対に。
 民主党政権が裏切った時の首脳陣はすべて役を降りるべきです。議員辞職まではいいませんが、ヒラ議員になるべきです。
 それが民主的に執行されることを期待します。

<追記2>さらに一つ、これはれいわ新選組も同じなんだけど、主権者が党員になれない党って何だ?ってことで、明文化した規定をつくって、条件をクリアすれば党員になれるようにすること。

しかし、今のれいわ新選組の状態では、もし太郎さんが「合流」と言ったら、とたんに支援者が冷めてしまう可能性があります。
「まず勝って、命の危機を回避する」ことよりも、ご自分の心の平安を優先する人が多いからです。
あるいは、夢を見るばかりで、現実の勝負の厳しさを実感していない人が多いからです。

そのためにも、まずはれいわ新選組が単独で、現実的運動のステップを一歩進めることが、どうしても必要です。
党として、そのような判断をできるのか、あるいは現状の固定客を固める路線でとどまってしまうのか、見極めていきたいと思います。

その方向性次第では、最悪の場合にはカルトに陥ってしまう可能性も、ゼロではないと肝に銘じつつ。


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