2018-02-06(Tue)

もはや選挙であって選挙ではない 安倍官邸とのたたかい

残念ながら稲嶺氏の落選となってしまった名護市長選挙から、ひとつわかったことがある。

敵は、相手候補でも自民党でもなく、安倍官邸だということだ。
しかもただの首相官邸ではない。
ゲシュタポ化した安倍官邸である。

一方には法律が適用され、もう一方には法律は及ばないという条件は、もはや選挙とは呼べない。
いわゆる不正選挙うんぬんの話しではなく、国家権力がなりふり構わずに裏と表の全力を注ぎ込むとどういうことがおきるのか。
それが名護市長選挙でおきたことだ。

これまでは私も、どうやって選挙で自民党に勝つのか、ということを考えていた。
しかし、残念ながら、普通に選挙をやっても絶対に勝てない ということが、名護市長選挙でわかってしまったのだ。

なぜ 選挙では勝てないのか。

■■

選挙結果が判明した夜、NHKの時論公論では西川龍一と安達宜正という二人の解説委員のトークが流された。
西川は「移設反対より市民生活」という選択だったと、いわば公式発表をしたのに対し、安達はそれを遮るように、勝敗を分けたのは「公明党」と「あきらめ感」だったと指摘した。

 「沖縄・名護市長に渡具知氏、辺野古移設の行方は」(時論公論)
 2018年02月05日


安倍官邸が公明党をねじ伏せたこと。安倍官邸の意思で無法な工事を強行しつづけることが名護市民のあきらめ感を招いたこと。
安達の指摘は、かなり遠回しな言い方だったが、この本質につながる内容だった。

もちろん、官邸がねじ伏せたのは公明党だけではない。
どんな選挙違反をやろうともフリーパスになるように、名護市を一方的な治外法権にしたのも、明らかに安倍官邸であろう。


現地で選挙戦をたたかった方のこの感想は、敵は渡具知武豊という候補者などではなかったということを如実に示している。

普通の政治家ならば、市長選で推進派を通してから、工事を進めようと考える。
しかし安倍官邸は違う。
市長選で推進派を勝たせるために、1年前から工事を強行させてきた。
既成事実を積み上げ、何を言っても無駄だと思わせてから、選挙に臨むスケジュールを組んだのだ。

■■

それでも、まだここまでならば、強引な政治家という範疇かもしれない。
しかし安倍官邸は違う。

三権を統合して、国会議員からも行政官僚からも警察、検察、裁判所からも、いっさいの批判も非協力すら許さない恐怖政治を完成させたのが、今の安倍官邸の姿だ。
そのモデルはどこにあったのか。それは、戦後の米国による日本の支配である。
「金と権力」というアメと、「スキャンダルと汚職」というムチを使い分け、都合のいいように政治家や官僚や司法を操ってきた。

そして、田中角栄や小沢一郎のような米国からの独立志向のある政治家が台頭すると、大々的に事件をでっち上げて抹殺してきた。
リーマンショックの後のG7で米国に抵抗した中川昭一は文字通り抹殺されてしまったし、新自由主義の言いなりだった橋本龍太郎ですら「米国債を売りたくなるときがある」と口にしただけで日歯連事件で吹き飛ばされてしまった。

かくいう安倍晋三も、2007年には3億円脱税事件を突きつけられて、泡を食って政権から逃亡した苦い過去がある。
中川とともに独自核武装をくちにするなど極右過ぎたからだ。

一方で、見込みのある政治家や官僚は米国に留学させ、成功のレールにのせてやる。
まさにアメとムチを絵に描いたような、米国の日本支配。

これを、何倍も網の目を細かく、厳格にやってのけたのが、第2次安倍政権の首相官邸だ。
すくなくとも表に顔の見えているのは、安倍晋三、菅義偉、北村滋、これらの元に多数のゲシュタポ要因を配置し、アメとムチのネタを収集してきた。

その一端がはっきり見えたのが、前川前事務次官のスキャンダル報道だ。
常日頃からプライベートを尾行し、脅しのネタを収集し、言うことを聞かなくなたら脅迫する。
それでも反抗したら、読売新聞にリークして社会的な生命を奪う。

前川氏にやったのと、おなじことを、国会、行政、司法を動かす可能性のある人間すべてに対してやってきた、と考えられる。
官邸には、膨大なスキャンダルデータが眠っているはずだ。

■■

まずはじめに情報収集をやったのは、民主党政権のときの、民主党の幹部に対してだ。
なにせアイヒマンとの異名を取る北村滋は民主党政権の時から内閣情報官なのである。
獅子身中の虫どころか、すべての情報は筒抜けだったと言うことだ。

辺野古移設に寝返った挙げ句、やめる気のない小沢幹事長(当時)まで巻き添えにして辞任。
絶対に選挙で負ける公約違反の消費増税を突然言い出して、案の定参院選惨敗。
1年近い任期を残して突然解散し、民主党を完膚なきまでに弱体化させた。

これが、民主党政権の3人の首相のやったことだ。
なんのことはない、アイヒマンが後ろで匕首を光らせていたのである。

アイヒマン北村の前任者のとき、表沙汰になっているだけでもこんな状態だった。
諜報機関としては世界最低でも、身内のスキャンダルならお手の物ということだ。

「内閣情報調査室」解体のすすめ  世界最低の「情報機関」
選択 2011年12月号


まして2011年から内閣情報調査室におさまった北村滋は、第1次安倍内閣で安倍自身の秘書官を務めていたのである。
本当の任務がなんであったのか、疑う余地もないだろう。

■■

民主党に自ら政権を投げ出させた安倍&北村コンビが次に狙ったのは、自民党である。

自民党の領袖にとっていちばんウルサいのは、自民党だ。
しかも、自民党の有力者から有象無象にいたるまで、スキャンダルには事欠かない。
脇を固めることもないので、いとも簡単に分厚いファイルができあがっていったことだろう。

ここでも、安倍政権の尋常ならざる発想がある。
普通の政権ならば、スキャンダルのある政治家を閣僚にしない。
しかし安倍官邸は違う。
スネに傷のある政治家をあえて入閣させ、絶対服従を誓わせたのだ。

安倍政権になってから閣僚の不祥事が頻発するのは偶然ではない。
あえてそういう人間を集めているのだ。
キズのある人間ならば、安倍自身がどんなにあくどいことをやろうと、決して刺すようなことはできないからだ。

いかに名門のボンボンと言えど、このような恐怖政治を敷くための資金を自前で出すわけにはいかない。
官房機密費も30年たつと公開されてしまう。
独裁のための資金集めが必要だ。

ここで目を付けたのが国家戦略特区や補助金制度だった。
極右系の「同志」を国家戦略特区で優遇し、莫大な補助金や土地の無償提供などを進めてやり、そうした公的財産を環流させる、という錬金術をつくりだした。

森友、加計、高邦会、スパコン、リニア・・・・・・
2012年以前ならば、何回内閣がふっとんでいたかわからない。
しかし、身内の自民党から始まって、野党の政治家も、官僚も、検察も裁判官も、分厚いファイルで恫喝され、今や安倍晋三には指一本触れられない空気ができあがっている。

■■

こんな、脅迫犯のような安倍官邸とたたかうにはどうしたらいいのか。

とにもかくにも政権を奪うための手段は選挙しかない。
選挙で勝つには数が必要だ。
そのためには、細かいことはさておいて野党共闘だ。

たしかに、それは正しい。
実現すれば。

小沢一郎が言うように、国民に本気が見えるような野党共闘が実現すれば、政権交代の可能性はある。
あの希望の党事件だって、小池が裏切って、枝野が逃亡しなければ、政権交代になっていた可能性はあった。

しかし、決してそれは実現しない。
なぜならば、裏切りや逃亡は、偶然ではなく必然だからだ。

昨今もてはやされる野党共闘は、本気で安倍政権とたたかう気力のない連中でも、とりあえず数が必要だから共闘だ、というシロモノ。
そういう連中が、ちょっと脅されたり、美味しい餌をぶら下げられたらどいいう行動をとるか。考えるまでもないだろう。

政権をとる以上は、中途半端な連中や根性のない連中もふくめて、最大公約数で連携するべきだということは、それ自体は間違っていない。
しかし、中途半端な連中や根性のない連中は、政権をとる以前に、脅されてビビりあがり、万年野党の安住の地に逃げ込んでしまうのだから、いくら論理的に正しかろうが、そのような連立政権は決して実現しない。

ゲシュタポ化した安倍官邸を相手に、政権をとりきるまで連立を維持するためには、だれもが小沢一郎のようにスキャンダルをでっち上げられて叩きまくられる覚悟が必要になる。
右だの左だのと言う前に、そのくらいの覚悟があるかどうか。それが政治家の価値なのだ。

その価値ある政治家が、一体何人いるのかと考えると、とうてい野党共闘で政権が取れるとは思えないのである。

■■

どうしたらゲシュタポに勝てるのか。
稲嶺氏が落選と聞いてから、ずっとそれを考えている。

政策も必要だ。
選挙戦術も必要だ。
そのための資金も必要だ。
なにより根性ある候補者が必要だ。

しかし、あのゲシュタポ安倍官邸に勝つためには、バカ正直な正面突破だけでは無理。
少なくとも、敵に綻びが生じていないあいだは。

それでも、隙間はある。
たとえば、名護市のように官邸が主導したり手を伸ばしたりしない地方選挙。
これまでも、各地の首長選挙などでは野党が勝つケースが多い。

敵の気が付かないところで、アメーバのように増殖していく戦略。
政党に依存せずに、アンチ安倍同盟のような抵抗組織を、地方選挙を通じて作り出せないだろうか。

もうひとつは、トランプの動向。
安倍官邸の力の源泉のひとつは、真っ先にトランプにすり寄ることで、従来の米国の極右警戒網をすり抜けていることだ。
しかし安倍にとってもトランプは諸刃の剣で、アジアの覇権を放棄したいトランプによって、日本はじわりじわりと中国の覇権の中に押し込まれている。
これが進行すると、安倍陣営の中の極右との間の軋轢が昂じ、敵に綻びが生じる可能性がある。

最後に、これは正攻法だけれども、安倍の人気を落とすことだ。
モリ・カケ・スパコンなどの薄汚い実態を、少しでも多くの国民に印象づける。
主要な選挙では勝てなくとも、支持率は危険水域まで引き下げる。
自民党の中でも、抵抗はできないけれども腹の中では「安倍さんイヤだなあ」という空気を作り出すことになる。

今はこんな月並みなことしかかけないが、とにかく、これまでと同じように、選挙だ~ 野党共闘だ~ 負けた~ がんばろ~ ということを漫然と繰り返していてはいけない。
沖縄にばかりたたかいを押しつけていてはいけない。

名護市民がなぜ「あきらめ感」をもったのか。
それは、本土のわれわれが、あの安倍晋三を選んでしまっているからだ。
言うにこと欠いて 「沖縄の基地負担軽減は本土の理解が得られない」などとほざく人間を、内閣総理大臣に据えてしまっているからだ。

名護市民の「あきらめ感」があったとするならば、それは、埋め立て工事の進行に対するあきらめではなく、何度も何度も安倍を選び続けている我々本土の人間に対するあきらめなのではないか。
身のすくむ思いでそれを肝に銘じる。

たたかうことに意義がある というお気楽な話ではなく どうやったら勝てるのか そこにすべての心あるひとびとの経験と知識と魂を集中しよう。




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2018-01-17(Wed)

民進党とSMAP

23年前の朝、大きな揺れで飛び起きた記憶は、私の中でも生々しい。
当時は京都の南部の公団住宅に住んでいたが、それでもガバッと飛び起きて、あわてて玄関のドアを開けた。
そして、テレビにうつる火の手を見ながら戦慄した。

30になる直前から建築をはじめた私は、あのころはまだ駆け出しで、十分な教訓をくみ取ることができたかどうかは怪しい。
けれども、建築業界は後追いで技術や基準を向上させていくので、阪神淡路大震災の後の建築基準法改正では、耐震基準はかなり改善された。
とくに、木造建築については、2000年以降に手抜きせずにつくられたものはかなり安全である。

建築技術は、後追いとは言え犠牲を教訓にしながら前向きに進んではいるのだが、その後の大震災をみてもちっとも前進しているように見えないのは、被災地の行政に対する支援だ。
一次対応を被災した自治体にやらせる、という大きな矛盾をいつまでも解消しないのはなぜなのだろう。
東日本でも熊本でも、いつもそれが困難になっている。

地震国であることは変えられないのだから、おきたときにどう対処するのか、ということを綿密に作っておくことが地震国=日本の役割だと思うのだが、初動体制はいつも被災した地元の役所におしつけられ、自らも被災者である地元の公務員が家族をほっぽらかして不眠不休で働くことになる。

人命救助の自衛隊だけでなく、ロジスティックなどの事務方も100人くらい用意しておいて、何かあれば数時間以内に現地に乗りこみ、現状確認と初期対応だけ応援することは、被災の経験をしっかりと総括してマニュアル化すればそんなに難しい話ではないとおもう。

そんなことを考えていると、ある疑問が頭をよぎった。

Jアラートだとか言って、戦争の危機を煽っている連中は、本当に戦争の危機を感じているのだろうか?
ミサイルや侵略という事態になれば、その混乱は地震の比ではない。
地震は数分間でとりあえず収まるけれども、戦争は継続して攻めてくるのだ。

自衛隊は戦闘や目の前の被害者を救助する訓練はしているだろうが、いきなり破壊された生活基盤にまでは手が回らない。
大地震と同じである。
暑さ寒さ雨風、水や食糧、状況の把握に医療体制。
地震ですら地元に任せきりなのだから、戦争になっても同じことだろう。
ミサイルが飛んできたら頭を抱えてしゃがめ という陳腐な訓練をする前に、そうしたリアルな対応を考えてもよさそうなものだ。

国による地震対応のお粗末ぶりを見ていると、やはりこいつらは本気で「戦争の心配なんてしていない」ということがよくわかる。
だいたい、「ミサイルだ」「中国が攻めてくる」とか騒ぐ連中ほど、じつは「戦争なんておきないぜ」と腹の中ではたかをくくっている平和ボケだったりするのだ。

■■

さてさて、今日はこの話を書くつもりではなかったのだが、23年前の記憶からなんとなくこんな流れになってしまった。

書きたかったテーマは 民進党について。
今は、民進党、立憲民主党、希望の党、無所属の会 と四分裂したわけだが、さらに希望が分裂するとのことで、五分割されるらしい。

もともと公約違反で消費税を上げ、原発の再稼働を決めた民主党に居残っていた政治家風情になにも期待するものはないけれども、しかし、国会は多数決である以上、数を無視するわけにもいかない。
一度うらぎった者は、何度でも裏切るというのは歴史が教えていることで、どんな良いことをいう人でも、私はあの時の民主党にいた人間は決して信用しない。
一回目にダマされるのはダマした方が悪いが、二回目はダマされる方も悪い。まして三回目はダマされる方がアホである。

そんな民進党ではあるが、さっきも書いた通り、野党の人数としては無視できない。
いっそ無くなってしまえ、と思ったことも一度や二度ではないが、ある者を消滅させるということはできない。
昨年の民進党分裂は、無くなったわけではなくて、よろしくない形に分割されただけなので、より始末が悪い。

私が民進党が嫌いなのは、2010年からを振り返ってもただ一点。 「やる気がない」からだ。
財務省にも電力会社にも米国にも、本気で対峙する「気」がない。
もちろん自民党にも勝つ「気」がない。
森友と加計という、政権を何回もひっくり返せる大ネタがあり、籠池氏や前川元事務次官など、体を張った証言者も登場したのに、民進党は野党としてのアリバイ作りしかしなかった。

山口敬之の準強姦事件では、被害者が全尊厳をかけて実名告発したのに、しかもその山口がスパコン詐欺のキーマンだったという大ネタだったのに、民進党系はフニャフニャである。
そのなかでも、かろうじて口火をきったのがリベラルともてはやされる立憲ではなく、自民党補完勢力とか揶揄されている希望の党だったのは、民進党のなんたるかをよくあらわしている。

今回の民進との分裂が失敗だったのは、ホンネではなくタテマエで分けてしまったということだ。

「どこまで本気か」というホンネで分裂していれば、まだましだった。
普段はイイコト言っているけどイザとなったら逃げを打つ連中と、あまり目立たないけどそれなりに骨のある連中に分裂してくれれば、まだ救いはあった。
詐欺師はまとめてくくっておけるからだ。

しかし、今回はタテマエの「政策」やイデオロギーで分裂した。
これでは、それぞれ小さくなっただけで、詐欺師が目立ってしまうという構造は変わらない。



SMAPの歌を、お世辞にも上手いという言う人はいないだろう。音痴を自認する中居クンのみならず、誰の歌もソロ部分は聞けたもんじゃない。耳が壊れそうだ。
でも、不思議と全員で歌っているところはそれなりに聞くことができる。

音痴が集合すると、人間の耳には平均して聞こえるので、だんだん音があってくるのだそうだ。
もちろん、中にオペラや演歌の歌手とか、ジャイアン級のウルトラ音痴がいたら平均されずにそっちばかり聞こえるだろうけど、ドングリの背比べの場合は、いろんな音痴がたくさん集まった方が、聞ける音になる。

政党の政策なんて、その程度のものだと割り切った方がいいのかもしれない。
あまりに異質なものは「排除」が必要かもしれないが、あとは赤点ギリギリを寄せ集めてなんとか合格点にする。
政党に幻想をもたないことが、実は政党を活用する秘訣なのかもしれない、とSMAPの歌を聴いて思ったりする。

SMAPも分裂して、ジャニーズ王国から飛び出した連中は苦労しているようだ。
格好いいけど逃げ上手な木村君はテレビにもよく出てくるが、見ているとなんとなく立憲民主党を連想する。
どっちも、それなりに人気はあるけど、精彩を欠いている。

もう彼らは歌は歌えないだろう。
音痴の責任を、自分一人で取らなければならないからだ。
格好つければつけるほど、その責任は重くなる。

立憲民主党も、イイコトを言えば言うほど、本当に責任を問われる場面での判断ができなくなる。
例えば、沖縄での名護市長選や県知事選。
辺野古移設に賛成も反対も言えずに、ゼロベースと誤魔化している立憲は、この選挙に関わることができない。

原発も安保も、リベラルイメージだけを振りまいて、政策の文言はすべて玉虫色にしてある。
だから、沖縄のみならず、これからも明確な「白か黒か」を問われる場面からは逃げ回らざるを得ない。

希望が分裂してジャイアン級の極右がいなくなり、民進、無所属の会と連携するようになると、立憲はますます孤立を深めていくだろう。

希望の党分裂、松沢成文氏ら新党結成へ 民進との統一会派反発、執行部側は党名変更も
2018.1.17 産経


立憲民主・枝野幸男代表「支持層に統一会派望む声なし」
2018.1.14 産経


いくら格好つけてもキムタクほどの人気にはならないのだから、そろそろ着地点を探した方が、枝野さんの処世術のためでもあると余計な心配をしてしまう。

それとも、期待を寄せる純真なリベラルさんたちを引き連れて、無理心中するつもり?




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2018-01-13(Sat)

安倍晋三は右翼じゃなくて、ただの金の亡者だ

「越後屋 おぬしもワルよのう」
「なにをおっしゃる お代官様こそ」
「フフフフ」
「ヘヘヘヘ」

いにしえの汚職というのは、民間が稼いだ金を官僚や政治家に渡して便宜を図ってもらう、というパターンだった。

戦後最大と言われたリクルート事件も、民間の江副浩正が多数の政治家に未公開株をばらまき、約66億円分の贈収賄だったとも言われている。
江副が贈賄ラッシュをやらかして直接の目的は、民営化されたばかりのNTTから回線を購入して、新しい通信メディアを作るためだったらしい。

たしかに不正な手段で儲けようとしたことは確かなのかもしれないが、それでもこの頃のワイロは、民間で稼いだ金が原資だった。

しかし、時代が平成に入り、新自由主義=多国籍金融資本に侵食された日本では、ワイロを贈れるほど民間が儲からなくなってしまった。
そこで1990年代になってから多発したのが、官製談合である。

公共工事や、公的な調達について、業界内で談合し、さらに政治家や官僚にワイロを渡して入札予定価格を聞き出す。
そうやって、濡れ手に粟とまではいかないけれど、予定価格に近い価格で順番に落札するという、比較的おとなしい不正が業界の慣例化していった。

官製談合はたしかに不正ではあるが、予定価格での落札であり、税金をジャブジャブと底なしに流出させるほどのものではない。
また、贈収賄も一件あたりはさほど大きな金額にはならない。

このような「不正の小商い」にメスを入れたのが、コイズミカイカクだった。
津々浦々に行き渡っていた談合を厳しく取り締まり、業界内でのたたき合いを激化させた。
不当利益を薄く広くばらまくのではなく、少数の特権者に集中させるようにしたのだ。

その象徴が、竹中平蔵が会長におさまったパソナグループであることは言うまでもない。
リクルート事件のように百数十人もの政治家にワイロをばらまくのではなく、自分たち少数のリーダーに集中する体制を作り上げた。

小泉・竹中でも、橋下維新でも、およそ「カイカク」などと言うものは、他に流れていた利権を、自分たちが独占できるように道を付け替える という意味なのだ。

竹中こそは、日本のワイロを大転換させた人物である。

それまでのワイロは、民間に便宜をはかった政治家や公務員が民間の稼いだ金からお手当をもらっていた。
しかし、竹中の発想はちがう。

税金などの公金を、民間にそのまま流出させるのである。
民間は何も稼ぐことなく、口を開けていれば税金が注ぎ込まれるのである。

りそな銀行
潰すぞと竹中にさんざん脅されて暴落した株をハゲタカファンドが買いあさり、その後になんと3兆円からの税金を投入して救済。
ハゲタカどもは何の努力も生産も営業もせず、ただ買って売っただけで、濡れ手に粟の利益を持ち去った。
我々の税金を使って、そのすべてをお膳立てしたのが竹中平蔵だった。

しかしそれでも、いくら極悪竹中でも、3兆円の税金を直接ハゲタカに渡したわけではない。
りそな銀行も、10数年かけて返済はしている。

■■

小泉以降の自民党は、低迷する景気を回復することもなく、したがって景気のいいワイロも集められなかったのだろう、どんどん迷走していく。
そしてついに、2009年には民主党に政権を奪われてしまう。

この過程を、もっとも執念深く観察し、政権復活のための錬金術を練り上げたのが、一度は政権を投げ出した安倍晋三だった。
2007年のあのとき、自分にもっともっと金と権力があれば、あんな無様なことはしなくてすんだのに・・・・
この黒い無念を抱きながら、金と権力を我が手に集中させる手練手管を研究した。

まずは金だ。
スシローやレイプ山口にメシを食わせる程度ならば官房機密費で十分だが、すべてのマスコミとほとんどの政治家と高級官僚と警察、検察など隅々にまで影響力を徹底するためには、やはり潤沢な自前の資金が必要だ。

カネはどこにある?
晋三は気が付いた。
そうか、この国だ。

年間100兆円の国家予算。
数百兆円にのぼる国有財産。
これを横流しして環流させれば、数億単位のカネなんてチョロいもんだ。

国有地をタダ同然で払い下げる。
百億円をこえる補助金を大盤振る舞い。
学校法人、スパコン、リニア などなど大義名分のたちそうな案件を書き集める。

絶対に裏切られないように、極右の同志で妻の親友や、古くからの腹心の友や、レイプをもみ消してやったエセジャーナリストや、自らの師匠であるJRの会長を通じて、しっかりと絵を描いた。

ところが、、
やはりこうした不正には目をつぶない人もでてくる。
官僚も政治家も、不穏な動きが・・
どうする晋三

■■

こんな時のために、安倍晋三は、内閣情報調査室を自らの手足として周到に準備していた。
そう、正月のドラマ「相棒」で、鶴見辰吾が演じていた役こそがそれだ。

日本版CIAなどと言われることもある内閣情報調査室(内調)だが、そこまでの能力はまったくないらしい。
ただ、安倍政権に楯突くような人間の弱みを徹底的に調べること、それをネタに言うことを聞かせること、この機能は優秀らしいと言うことは、文科省前事務次官の前川喜平さんのプライベートを尾行していた顛末から明らかだ。

前川さんはそれをはねのけて口を開いたけれども、ほぼすべての人間は保身の為に口を閉ざしている。
逆らえば、前川さんのように読売新聞に有ること無いこと書かれるか、籠池さんのように拘置所の暖房もない独房に閉じ込められて何ヶ月も接見禁止にされるということがわかっているからだ。

そのための情報収集と恐喝の陣頭指揮を執っているのが、ゲシュタポ化した内閣情報調査室であり、アイヒマンと称される北村滋である。

20180113.jpg

もちろん、これは「相棒」のように情報官の独走ではなく、最高権力者を自称する安倍晋三の指示によるものであることは間違いないだろう。

こうして安倍晋三は、税金と国有財産を自らのフトコロに環流させる錬金術と、逆らうものをゲシュタポの手口で脅迫する権力を手に入れた。
これが、世間一般で言われる 「安倍一強」 の舞台裏である。

■■

安倍にとって怖いのは、このバケモノのような薄汚い姿を、国民に見透かされることだ。
いかに安倍晋三といえども、まだかろうじて選挙制度が機能しているからには、有権者にすってんてんに愛想を尽かされたら、猛烈な逆風が吹き荒れることになる。

そのための方策こそが、「憲法改正」 である。

右翼や極右のポーズをとることで、自らのイメージを補正し、また野党の追及の矛先もそらすことができる。
「改憲」と言った途端に、リベラル諸氏はパブロフの犬のように条件反射してしまうからだ。
森友も加計もスパコンもリニアも忘れて、改憲反対に走り出してしまう。

安倍晋三にとっては、改憲は「できれば儲けもの」 にすぎない。
もちろん、やりたいのは本音だし本気だろうが、ここまで解釈改憲をやっている以上、実質的にはもはや改憲は絶対に必要なことではない。
改憲せずとも、戦争でも独裁でもできるからだ。

それでも改憲を声高に言うのは、文字通りの売国者である自分を、あたかも愛国者であるかのように見せるための演出だ。
ダマされてはいけない。

もちろん改憲には反対だけれども、メインはそこではない。
メインターゲットは、安倍晋三の薄汚い税金泥棒の実態と、それを隠すためのドラマ顔負けのゲシュタポ内調のやりくちを、国民にイメージとして知らせることだ。

右も左も関係ない。
保守もリベラルも関係ない。
税金と国有財産を強盗する安倍晋三を、思想信条をこえて許さない。
これこそが、2018年の 核心的なテーマだ。




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2017-12-18(Mon)

腐敗した権力は必ずたおされる

「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。」という警句は、一人歩きして多くの人が知っている。

しかし、それを言ったアクトン卿という人物についてはあまり知られていない。
19世紀後半に生きた英国の男爵だそうだが、私も知らなかった。

アクトン卿の意図がなんであったのかは知らずとも、近年これを口にする人々は一定のイメージを持っている。
ナチスや大日本帝国、スターリンや金正恩、どんな政治権力もブレーキのきかない独裁は必ず間違った方向に突き進む。そんな感じだろう。

その文脈で、そもそも「政治権力を握ること=腐敗の始まり」 として批判するむきも多い。
私のように二言目には「政権交代」とか言っているだけでも、批判されたりする。

わからなくはない。
アナーキーというロックバンドは私とほぼ同世代(少しだけ上)で、1970年代の終わりから80年代にかけての時代の空気をよくあらわしていたと思う。
私は音楽とは無縁だったけれども、あらゆる権力とか権威とかに屈服したくないという空気感は過剰なくらい共有していた。

ただ、今の時点からあの時代を振り返ると、本当に平和な時代だったなあ と思わざるを得ない。
高度経済成長を過ぎてジャパンアズナンバーワンと言い出し始めるころ。
新自由主義の経済侵略が始まる前夜。
戦後日本の、実質的なピークだった。

軍国主義の記憶はまだ生々しく、一方で社会主義国の惨状もあらわになり、学生運動はすでに粉々になっていた時代。
政治的な閉塞と経済的な充足、私のアナーキーな気分の土台はそうした状況だった。

「政治権力を握ること=腐敗の始まり」と言っている 余裕のある時代だった ということだ。

この言葉じたいは、今でも正しいと思っている。
歴史を見ても、身近な現場を見ても、大なり小なり権力を持った人間は、ほぼ例外なく腐敗し始める。
あるのは、程度の差と、ブレーキが存在しているかどうかということ。

それをわかっていても、それでもやはり 「政権交代」と言わなければならないのが、今の時代の悲しさだ。
自民党が一手に腐敗を引き受けて、社共がそれを弾劾することで生きていけた時代は、すでに過去の思い出になってしまった。
自民党が妥協して、それなりのところで手をうつことができたのは、日本の経済力に余裕があったことと、自民党の腐敗がまだ極限に達していなかったからだ。
今は、そのどちらの条件もすでにない。

自らが腐敗をはじめることを自覚して、つまり近い将来自分が弾劾されることを覚悟して あえて政権を取りに行く。
そこまでしないと、救われない人があまりにも多くなってしまったのだ。



腐敗=不正 と思っている人が多いようだが、私はこれは別の価値観だと思っている。

正しい腐敗もあれば、清廉な不正もある。
正義と不正という価値観じたいが定義しがたいものだから、当然と言えば当然だ。

正義は定義できないが、腐敗は定義できるのではないか。
腐敗とは 「価値観が一貫しないこと」である。
同じことを別の言い方をすれば「責任を取らないこと」である。

例えば、特攻隊を指揮して「俺も後から行く」と言っておきながら、のうのうと老後を楽しんだ奴らは、究極の腐敗である。
言った通り自決した人は、正しくはないが腐敗はしていない。

「欲しがりません勝つまでは」「進め一億火の玉だ」と子どもたちを戦場に送っておきながら、負けた途端に民主主義教育をはじめた教師は、正しいけれども腐敗している。
180度転換できずに教師を辞めてしまった人は、正しくはないが腐敗はしていない。

天皇から庶民まで、ほとんどの日本人は1945年に、程度の差こそあれ深刻な腐敗を経験している。
自らの罪を自らで決着することをしなかったために、こころに腐れを宿したまま、戦後社会に進んでいった。
戦後民主主義は、この腐敗を負い目と感じることを強い動機として、維持されていった。

このように、腐敗が一定のブレーキとして機能することもある。
しかし、それゆえに日本は米国の実質的な植民地であることを自ら受け入れ、それに対して反抗することにもブレーキをかけてきたのである。



正か正しくないかは、明確な線を引くことは難しい。
「正義」という概念を 政治システムのスイッチにすることは、それ自体が腐敗の温床になる可能性が高い。
だから、政治システムの切り替えスイッチは、「腐敗したら退場」が相応しい。
もうしばらく続けてほしい政策をもっていても、腐敗したら退場。
「ウソつき」と「無責任」は、善悪を問わずに交代させる。

「ウソをついたら政権を追われる」 というシステムは、最近まではある程度機能していた。
自民党内政権交代だった派閥の時代も、2009年も、そして2012年も。

国民の生活が第一と言って政権をとっておきながら、消費税を上げ、放射能拡散に「ただちに影響は無い」と言い、挙げ句の果てに原発を再稼働させた民主党政権が、2012年に政権を追われたことは、その意味ではまったく健全な結果だった。
民主党のウソを最もつよく弾劾した小沢グループが、割を食って最もひどく負けてしまったのは理不尽だったが、大きな見地から当然の結果だったということになる。

問題は、その後だ。

健全なシステムで政権交代を果たした安倍政権が、自らを権力につけたそのシステムに恐怖し、着々とシステムを破壊しはじめた。
メディアを支配し、政権内部をひどく腐敗した政治家で固めることで異論を封じ、官邸をゲシュタポ化することで政敵を事前に追い落とし、政権交代の芽をあらかじめ摘んでしまう。
その一方で、巨額の国の補助金を自らに環流させるルートをいくつも築き、税金を自らの私的な資金源としてきた。
言うまでもなく、その一例が加計学園であり、スパコン詐欺である。これらは氷山の一角に違いない。

残念ながら、この安倍戦略は今のところかなり有効に機能している。
トランプにすり寄ったことによってジャパンハンドラーズと対立した安倍晋三は、一時はモリカケ問題の暴露など窮地に立たされたように見えたが、米国でトランプが権力基盤を固めるに従って、メディアはすっかりモリカケを言わなくなってしまった。
このまま支持率40%台くらいで権力を維持し続けていくように見える。

しかし、実は盤石に見える安倍政権も、きわめて細い綱渡りをしているのだ。
これだけ腐敗した権力を維持するために、数人の「毒を食らわば皿まで」という安倍晋三と腐敗を完全に共有している人間が、金と情報をフル活用して、不満を抑え込んでいる。
ゲシュタポ化した安倍官邸の、数人の能力に安倍政権は辛くも支えられているのである。

つまり、この数人に綻びが生じたとき、安倍政権はかなり脆く崩れる。
そうなったら、パンドラの箱が開く前に、またしても突如として辞任するかもしれない。

腐敗した権力は必ずたおされる。
その直前は、きわめて強引で独裁的な手法で、生き残るためにあがく。
安倍政権は、今まさにその段階にある。
いかに官邸の結束を乱すか、内紛をおこさせるか、ストレスに耐えられなくさせるか。

敵のアキレス腱を攻めなければ、盾の上からいくらぶったたいても、こちらが先に疲れてしまう。



敵のアキレス腱を攻めるためには、当然ながら反撃のターゲットになって自ら傷つく可能性が大きい。

野党議員として平穏に余生をまっとうしたいような議員にとっては、とんでもなくリスクが高い。
当たり障りのない、通り一遍の政府批判を繰り広げて、リベラル票を確保しておくことのほうが安心安全だ。

「権力は腐敗する」が真実なのであれば、まずは究極に腐敗した安倍政権を倒すこと。
そのためには、安倍官邸のアキレス腱を見極めて、徹底的にそこを攻めること。

スパコン詐欺で補助金環流のキーマンになっていた山口敬之。
その山口がやらかしたレイプ事件をもみ消した警察官僚・中村格。
あきらかに、敵の綻びの発端である。

どこも報じない、山口敬之氏「疑惑」の背後でうごめく権力の闇
2017.12.16 MAG2ニュース


モリカケではあれだけ報道したマスコミが、これだけのスキャンダルに沈黙だ。
国会での追及も、希望の柚木議員が山口や中村の実名を出して追及したが、福島瑞穂議員などは名前を出さなかったりで迫力がない。

安倍官邸のとんでもない腐敗ぶりを明らかにし、「それに替わる勢力がここにいるよ」ということを明確に示すならば、敵の綻びはボロボロと広がっていく。
いったん糸が切れたならば、加計学園問題も、その他の補助金詐欺と安倍への環流システムも、次々と掘り起こされていくだろう。

もちろん、それだけに敵も必死だ。
どんなに有ること無いことスキャンダルを流されようと、でっち上げで逮捕されようと、追及する根性があるかどうか。
そして、その「結果」を政権交代につなげる覚悟があるかどうか。

腐敗しているものを、徹底して追い落とし、とって替わること。
私は野党の価値は、そこにあると思っている。
リベラルか保守か なんてどうでもいい。

そして、自らがひどく腐敗したら、潔く追い落とされたらいいのだ。

腐敗したら交代する。
腐敗したら倒される。
そのような政治文化を創り、善悪とは別に政権交代を繰り返していくことができれば、致命的に悪い、つまり多くの人が生きていけないような政権を作り出さずにすむのではないだろうか。




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2017-11-26(Sun)

なぜ選挙で勝てないのか

2007年と2009年の2回を除いて、ず~~~~と選挙には負け続けている。自公は圧倒的に勝っている。

森友&加計問題という首相の超弩級疑獄がありながら、並み居る閣僚の不祥事がありながら、それでも自公は2/3をとってしまった。
何でなんだろう。
とっっても多くの人たちが、何でなんだろうと考えた。
ボクも必死に考えた。

いろんな意見を見聞きしても、自分でもあれこれ考えても、どこかしっくりしなかった。
何が違うのか、なかなかわからなかった。

不完全燃焼のイライラの中で、たまたま古本屋で買った塩野七生の「ローマは一日にして成らず」を読んでいた。
今までなんとなく敬遠していた塩野七生、なんとなんとめちゃくちゃ面白い。
読み進める中で、ふと気がついた。
時代の主導権を握るのは、経済の主役になった階層だと言うこと。
もはや社会の主役では無くなった階層が握りしめている政治権力を、新たに主役になった階層が取って代わる。

もちろん こんなことはマルクスの時代から指摘されてきたことで、目新しいことではない。
しかし、こんな当たり前のことに、政権交代を目指しながら敗れ続けてきた人たちが(私も含めて)誰も注目していなかったのだ。

なぜかと思うに、これもやはりマルクスの影響なのだろう。
マルクスは、最後の最後に、労働者階級だけは、経済の主役になる前に革命で政治権力を握るとしている。
負けても負けでも、なぜか平気でいられるのは、たぶんこのマルクスの呪文が頭のどこかにあるからなのではないか。



ふりかえってまず気がつくのは、政権交代を目指しているといいながら、その主体がはっきりしていない。
逆に言えば、引きずり下ろす相手も正確に把握していない。

マルクスの時代ならば、絶対王制や貴族階級に対してブルジョアジー(資本家)が取って代わり、そのブルジョアジーに対して労働者が取って代わる、と言う図式である。
50年くらい前までは、日本でもそれが当たり前の階級史観として通用していた。

ところが、待てど暮らせど労働者階級が取って代わる兆しはなく、そうこうしているうちに本家ソ連が無くなってしまった。
もはや「階級史観」なんて言うだけでアナクロニズムか博物館の展示かのように思われてしまう。

しかし、外れたのは最後の、プロレタリアート(労働者)がブルジョアジーに取って代わる、と言う部分だけであって、それ以前は経済的に主役になった階級が旧階級から政治権力を奪ってきたことは間違いない。
労働者階級は未だに経済的な主役ではなく、主役にならない階級は政治権力を奪うことができない、という現実があるだけだ。

政権交代とは、選挙という手段をつかった政治権力の奪取である。
政治権力を奪え、と言う以上は、その主体がはっきりしていなければならない。
漠然と、なんとなく安倍ちゃんイヤだから政権交代、と言っても通用しないのである。

マルクスは「バンコクの労働者 団結せよ」と訴えたが、残念ながら通用しなかった。
では、今現在の日本で、政権交代を目指すのは、その力を持っているのは、いったいどの階層なのか。



よく使われる言葉に、「市民」というのがある。リベラルが好む用語だ。
このへんの用語のことは、5年前に書いたのでリンクを張っておく。

 国民、人民、市民、大衆、民衆 なんでもいいけど、生きてる人間の生活が第一

日本で生きている人びとにとって、自分たちを集合的に言い表す言葉が、実は無いということをご存じだろうか。
英語ならば、さしずめ PEOPLE にあたる言葉が、日本にはない。

市民というのもよく聞く。誤解を恐れず有り体に言えば、お行儀のいい都会のホワイトカラーやインテリ層を想定しているようで、これまたとっても使いにくい。言葉のそもそもの意味からして、市は都市の市であり、第一次産業とはなじみがよくない。
もっと言うと、 PEOPLE は例えば受刑者だって除外されないが、市民はどうだろうか。

(引用以上)

政権交代を目指す陣営の中にも、私に限らず「市民」という言葉に良いイメージを持っていない人は結構いる。
そもそもは、貴族に対して平民であるブルジョアジーを市民といったのである。ギリシャやローマの市民もしかりで、そもそも政治権力から阻害されている奴隷や労働者の系譜に属する人々は、市民には含まれない。

このような、結局誰のことを指しているのか、誰が排除されているのか、曖昧な用語は、政権を目指す階層を規定するのには適さない。



では先に、今の政治権力を握っているのは、どの階層なのか、を考えてみよう。
日本の大資本家だろうか。
江戸時代から続く三井、三菱など、後発の鮎川(日産・日立)やトヨタ、ごく最近のソフトバンクなど、大資本家もけっこう様々だが、たしかに、大資本家の力は大きい。

しかし、神戸製鋼に始まる一連の日本を代表する企業の不祥事が明らかになるなど、大資本も万能では無い。
とくに、さまざまな優遇をうけている彼らにとって、頭の上がらない存在がある。それは、巨大な官僚機構だ。
大資本が大資本でいられるのは、金の力ももちろんだが、官僚機構による巧妙な優遇が隅々まで行き届いているからだ。
官僚は護送船団の船長なのである。

その官僚も、絶対に逆らえない権力が、戦後の日本には厳然と存在する。
それは、言うまでも無く米国の存在だ。
正規の米国政府のルートのみならず、ジャパンハンドラーズと言われる米国の権威をまとったロビイストが、日本の官僚機構の上位に君臨してきた。
それは、役所だけでなく、自衛隊から、司法から最高裁判所まで、徹底されていたことは、すでに孫崎享さんや矢部宏治さんの著書で明らかになっている。

では、米国ロビイストの後ろ盾は米国政府なのかというと、そうではない。
米国政府をすら使嗾(しそう=悪事を指図)する存在がある。
それこそが、ウォールストリートを発信源とする巨大金融資本である。

その巨体は世界中のタックスヘイブンに安住し、頭脳はウォールストリートや英国のシティで働いているウルトラ金融資本。
何も生産せず、資本主義的な投資すらせず、襲いかかっては奪い取ることだけを生業とするハゲタカ金融資本。
その悪魔の所行を正当化するために、フリードマンの学説をネジクリ回して新自由主義なるものを世界中に押しつけた。

ウルトラ金融資本と、その行動原理である新自由主義は、資本主義では無い。
資本を投下して、生産し、搾取するのが資本主義であるならば、生産すらしない新自由主義は資本主義では、断じてない。
ちなみに、軍需産業でも何でも良いから 資本主義に戻そうとしてあがいているのがトランプなのだが、この話はまた別にしよう。

この巨大な、国籍すら無いマネーと、それを操る新自由主義の使い手たちこそが、米国政府も日本に対する米国ロビイストも日本の官僚機構をも動かしている。
米国政府もまた、巨大資本の被害者だ。やりたい放題のあげくリーマンショックを引き起こし、その尻拭きをすべて米国政府に押しつけ、あまりの負担の大きさにその下請けを日本政府に押しつけた。

アベノミクスと異次元緩和も、集団的自衛権や安保法制も、働き方改革も、公費の負担増も、外国へのバラマキも、すべてこの構図によって行われている。
安倍晋三の考えとか判断など、そこには存在しない。彼は言われたとおり、ハイハイと言っているだけだ。

こうして見ると、巨大金融資本と、その意を受けた官僚機構が、どうやら日本の支配階層なのではないかという実態が見えてくる。



新自由主義が日本を襲来し始めてから30年間、日本はどんどん衰退していった。
株価と配当だけが跳ね上がりながら、足下では貧困が口を開けて待っている国になってしまった。
この国で、巨大資本に対抗し、力を持ちうる階層、勢力なんてあるのだろうか。

可能性はいくつかある と私は思っている。

ひとつは、Re労働組合 である。
もう一度労働組合。これまでと観点の違う労働組合。
今の日本がかろうじてやっていけるのは、労働者(被雇用者でもサラリーマンでもいい)が、だんだん悪化していく環境を我慢して働いているからだ。日本企業の好況は、労働者の相対的低賃金労働のおかげだ。
労働者が低賃金で、金持ちを養ってやっているのである。

ところが、頭の中は半分江戸時代のままの日本では、金持ち=偉い人だと勘違いして、ついつい遜(へりくだ)ってしまう。
安月給→会社の増益→株価アップ→配当アップ→金持ちウハウハ という仕組みを自覚して、実は俺たちが支えているんだという層としての意識を厚く作り上げる必要がある。

それは、一人一人がバラバラではできない。目先の浮き沈みに目を奪われて、大きな観点を持つことはとても困難だ。
集団としての意識をもつこと、そのための集団として、労働組合をもう一度復活させることが重要だ。
いままでのような会社別とか産別ではなく、地域ごとの主体としての労働組合を作り上げていくことは、新しい主役を生み出していくことになるだろう。

これは、逆側からも証明されている。80年代に新自由主義が乗り込んできたときに、真っ先にやったのが国鉄分割民営化であり、それによる労働組合の解体や無力化だったのだから。

もうひとつは、中小企業だ。
日本の産業の7割を支える中小企業。
足下という意味では、ほぼ全体を支える中小企業。
中小企業が見捨てたら、大企業は一日として保たない。

そのことは図らずしも震災のときに明らかになった。下請け会社が被災すると、大企業はもろくも停止する。
普段は偉そうに振る舞っている大企業は、実は中小企業の献身に支えられているのである。
しかし、元請けの発注が止まれば倒産の危機に陥る中小企業は、元請けに逆らうことができない。
要するに、どちらも止められたら困るのだが、資金力に勝る大企業が、常に優位にあるということだ。

実は私自身が日々実感していることでもある。
私は個人事業主という最小の事業体として、木の家の設計や構造計算をしている。構造計算は下請けで、知人の設計事務所や中堅のディベロッパーから仕事を請けている。
首都圏だけは好景気だから、構造計算の技術者は不足していて、声をかければ仕事の量はかなりある。

しかし、安い。
あの「百姓は生かさぬよう殺さぬよう」という家康の言葉を思い出す。どうしても無理というわけではないが、「もうギリギリや」というピンポイントを突いてくる。
それでも仕事が無いと困るから、やらざるを得ない。

下請け事務所が手を組んで、一斉に設計料のアップを申し入れれば効果はあるだろうが、なにせお互いに存在すら知らない。
下請けがバラバラであること、ここが大企業の作戦である。
つまり、産別に組織すべきは、労働組合よりはむしろ下請けの中小企業だ。

三つ目は、心ある国内資本家の受け皿をつくること。
ここまでは、直接は日本の資本家と労働者や中小企業との対決の話だった。前段で話した巨大金融資本と対決するためには、ここで内紛をしていていいのか、と言う話もある。

資本家の団体と言えば経団連とか関経連とか、まんま自民党の応援団しかない。
が、これだけ金融資本の言いなりになっているからには、大資本のなかにも不満をもつものが出てくるはずだ。
どちらかといえばリベラルではなく国粋派のなかから出てくる可能性も高い。
そうした人たちが集う場が必要だ。

米国の下請けはもうゴメンだ。
何も作らない不健全なマネーゲームはいらない。
そいういう本来の資本家の精神をもった人たちは、潜在的にはかなり居るはずだと思う。
糾合する主体の無い今は、嫌韓嫌中に近づいたり、日本会議に寄り道したりしているけれども、本来の敵が明確になれば、かなりの力になるだろう。



以上、地域の労働組合、産別の中小企業組合、健全な資本家の団体。この三つの連合体が、これから日本の政権を狙っていく主体であると思っている。
残念ながら、今はどれも存在しない。存在しないから、選挙では負ける。負けるように、組織を壊されてきたということでもある。

まずは、このような中長期の戦略を練りながら実践にとりくんでいく組織からだ。
それは党という名前なのか何なのかわからないが、狭小な視野を捨て、目先の戦術論にとらわれず、口だけで無く体を動かす集団。
その主体を構想することから始めなければならないだろう。

歴史には、100年が1年で過ぎる瞬間がある。
あまりにも遠い道に見えたとしても、あきらめないことだ。




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2017-11-14(Tue)

自公2/3以上にショックだったこと

今度の選挙結果には、じつはかなり落ち込んでいる。
まるっきりわかっていた通りの結果であって、そんなに落ち込むことないと自分では思っていたのだけれど、なかなか立ち直れない。
いろいろ考えながら、ほぼ沈黙を守ってきたけれど、あまりにも救いがないので、そろそろ言いたことを言い始めようと思う。

なにが救いがないかというと、自公が2/3とってしまったこともあるが、私的にはそれ以上にショックだったことがある。
野党が否(いや)党になってしまったことだ。
野党と否党の違いはなにか。
否党は、決して政権を目指さない。
与党の政策に否は言うけれども、その力は持とうとしない。
別名「確かな野党」  つまり いつまでも確実に野党。

世のリベラル諸氏は、立憲民主党ができたことで大喜びしている。
リベラルな野党ほど楽しい商売はない。
正義の味方で何の責任もない。
2割の固定票はあるから、それなりにちゃんと活動していれば一定の議席は確保される。

排除されたから仕方なく、と言いつつ、自分のポジションを脅かす候補者はひっそりと排除する。
野党共闘も排除して、政権交代からは意図的に距離をおく。

立憲民主・枝野代表が講演 「すみ分けなら、ぎりぎり許される」希望、民進と選挙協力可能
2017.10.27 産経


枝野代表、次の衆院選は「単独での政権交代」目指す
2017.10.28 ThePage


立憲民主・枝野幸男代表「民進党は連携の意思ない」 “3党物語”打ち出す大塚耕平代表と溝
2017.11.1 産経


日を経るごとに発言が政権交代から遠ざかっていくのがわかる。
ある意味、民進党の精神をもっとも濃厚に引き継いでいるのが、実は立憲民主なのである。
つまり、クチだけ政権交代 ということ。

20171114-1.jpg枝野幸男にとって、政権をとった記憶は、あまりにも苦い記憶だ。
リベラルで良識派として売り出していたはずなのに、爆発する原発を目の当たりにしながら 「ただちに影響はありません」とこだまのように繰り返さなければならなかった。

もちろん、本当のことを率直に言えばよかったのだけれども、東電や原発村に歯向かうほどの覚悟はない。
だから、いやいやながら「ただちに影響はありません」と延々と続けた。

政権をとらずに「たしかな野党」であったならば、例え原発事故が起きても 正義の味方として政府の対応を追及することができる。
政権なんてまっぴらゴメンだ と思う気持ちもわからなくはない。

自民党にある程度の自浄能力があり、日本経済にも余力があった時代ならば、追及専門のたしかな野党にも大きな役割があったと思う。
しかし、今の日本の現状は、野党が外野から文句を言ったくらいではどうにもならないところまで来ている、というのは明らかだ。
野党が政権交代を目指さないということは、目の前で自公政治の犠牲になっている人たちを、クチでは助けると言いながら実は見捨てていることになる。

野党第一党が、国民の2割のリベラル固定層を引き連れて、たしかな野党に引きこもってしまったならば、政権交代はまったく展望が見えなくなる。
これまでのように日和見の民進党のほうが、まだしも可能性があったという、まったくもって皮肉な結果が、今回の選挙の結末である。

さらに言うと、えだのん大好きなリベラルの方々の言動を見ていると、恐ろしいほどに「思い込み」で判断しているということが、今回わかってしまった。
コイケ、マエハラ という単語に脊髄反射してしまい、発表されている情報の原文を読むとか、会見の詳報を見るとか、そういうことをすっ飛ばして 罵詈雑言の嵐を投げかけている様子は異様さすら感じてしまった。

たしかに、コイケもマエハラも、脊髄反射したくなるような連中であることは 私にだってよくわかる。
でも、政局が信じられないような動きを見せたときは、慎重に情報を収集し、一言一句を分析するのが当然じゃないのか?
マスコミの風向きが、一夜にして変わったときには、何かがあると疑ってかかるのが、現代の常識だったんじゃないのか?

日頃「マスゴミ」などと口にする人が、なぜマスコミの風に軽々と乗ってしまうのか。
自分に都合の悪い情報は「マスゴミ」で、気分の良い情報は「メディア」になるというご都合主義を卒業しないと、いつまでたっても掌の上で転がされるのじゃないか?

これまでは、行き場が無い故に野党共闘を是としてきたリベラル層が、立憲民主という居心地の良いモラトリアムにこもってしまうというリスク。
これが顕在化すれば、ここ数年築き上げたきた市民と野党の共闘の枠組みは、瓦解してしまうだろう。

大阪は幸か不幸か希望の党がいないから、まだ激しくは現象化していないけれども、他の府県ではあくまで政権交代を目指したいと思っているひとたちは、かなり苦労しているようだ。
希望排除ベクトルと、立憲ひきこもりベクトルが合体し、それを冷ややかに眺める若者の視線。
ああ、救いが見当たらない。




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2017-10-30(Mon)

安倍晋三の(萩生田浩一を含む)頭の中は99%加計隠し

いったい、安倍晋三という政治家の本性は何なのだろう。

嫌いな人、好きな人、それぞれに自分の思い込みであれこれ決めつけているけれど、その本当の正体はわかっていないのではないか。

ひとつには、あまりにもウソが多いので、どれが本心なのかわからないということはある。
そのことも含めて、一つだけ間違いないのは、一つの大きな勢力にベッタリではなく、いくつかの勢力のバランスを取っている、ということだ。

小泉純一郎などは、当時の米国によるジャパンハンドラーズ、とくにネオコンや軍産複合体の系列に身も心も捧げ尽くしているということが、ひと目見てわかった。
その意味では、発言も政策も一貫していた。一貫して、文字の通りの売国であった。

唯一、それを薄めて国粋右翼のご機嫌を取るために、靖国参拝だけは強行に続けた。
自分の哀悼の誠ならば、引退後も行けばいいのに、今は息子に任せきりだ。
そもそも、あのころの米中関係から、米国のお許しが出ていたというのが真相らしい。

ところが、安倍晋三はわかりにくい。いろんな傾向が入り交じって、あっちこっちにいい顔をしようとするからウソばかりになる。



前提として、日本の政権を外から揺る動かす大きな勢力を確認しておきたい。
大きくは三つあると思われる。

1.戦後一貫した従来からの米国によるハンドリング。日米安保の利権を巣窟として、省庁(官僚)から政治家からマスコミへの大きな影響力を行使している。吉田茂などのリベラルよりの自民党が主導。

2.戦後民主主義を忌み嫌う右翼。ただし、岸信介や笹川良一などを通じて右翼も米国の影響下におかれてきたことが日本の特質。

3.トランプによる新しい米国の意向。アメリカファーストのためにアジアから足を抜きたいという本質的な方向性を持っている。

この15年くらいの間に、それぞれ変質しているし、3はこの間登場したばかりだ。

1については、ネオコンの登場と小泉-竹中のゴリ押しによって、リベラル色が剥がれ落ち、今の自民党の惨状になっている。

2は、日本会議などの土着の右翼が台頭し、かならずしも米国系右翼のコントロールがきかなくなっているように見える。

1の従米勢力も、2の極右も、どちらも自民党の大事な支持基盤であり、一見すると対立するようにみえる勢力が、戦後の長きにわたって従米保守という枠組みで仲良く政権を支えてきた。
ところが、ここにきて、双方が極度の隷属と、極度の右傾化によってコントロールがきかなくなってきた。

そこで、この1と2の両方にいい顔をして調和をとりもつことが、安倍晋三の宿命だった。
リベラルの顔すら失ったただの奴隷と、A級戦犯を許してくれた米国への恩義をもう感じなくなった土着右翼という正反対のものを、なんとか安倍晋三というキャラクターが統一しなければならなかった。

統一と言えば、統一協会はそこで欠かせない働きをしたことだろう。
統一協会ほどわかりにくいものはないが、簡単に言えば、米国の軍事力と日本の経済力を、文鮮明の思想の下に従える(うまく利用する)ということだろう。そのためには、利用するものはなんでも利用する。
米国の奴隷でも、土着の右翼でも、時と場合によっては何にでもなれる。

この安倍晋三の特異なキャラクターこそが、彼が無敵の強さを誇る理由なのだと思われる。
ほとんどの政治家が、1か2のどちらかの影響を強く受けているものだが、安倍晋三は両取りなのである。

ところが、昨年から3のトランプが登場した。
トランプのアメリカファーストは、アジアはアジアで勝手にやってくれ、という方向性を持っているが故に、2の土着右翼が勢いづいた。
安倍晋三も、大統領選挙が終わるやいなや、50兆円の土産をもって、忠誠を誓いに出かけていった。

しかし、トランプと米国内の軍産複合体などの旧来勢力との対立は、日本で想像する以上のものがあるようだ。
つまり、1と3は並び立たない関係にある。

いくら米国でトランプが勝ったとは言え、従来の軍産をはじめとした巨大な利権勢力は大きなチカラを持っており、日本国内での支配力もしっかりと残っている。
そこで、ワンワンとトランプタワーに出かけていった安倍晋三は切り捨てられかけた。

それこそが、森友&加計疑惑である。
疑惑を暴いていったのは、現場の地道な努力であるけれども、これだけ大きな騒ぎになったのは、1の勢力がマスコミに許可を出したからに他ならない。

それでも安倍晋三は、ゲシュタポ化させた官邸をフルに活用して、必至の抵抗をしてきた。
そこに下された一撃が、希望の党 になるはずだった。
ジャパンハンドラーズと統一協会が、小池百合子への首のすげ替えを画策したのが、あの希望の党騒ぎだったのだろうと私は考えている。

 安倍晋三の運命を左右する統一教会(家庭連合)の分裂抗争 2017.9.25

その後、小池が「排除」をやらかして意図的に希望の党を失速させたのは、ゲシュタポ安倍官邸に何かを握られて脅された可能性が高いが、安倍晋三の側もジャパンハンドラーズに対してなんらかのカードを切ったはずだ。



ここまでの流れを見ると、安倍晋三は、1、2、3のそれぞれ対立する勢力に、全部いい顔をして生き延びるという選択をしている。
きわめて不安定な状態だが、どんな無理でもやらなければならない事情が、安倍晋三にはある。

それが、加計疑獄事件だ。

臨時国会冒頭解散、予告なしのステルス街宣、所信表明もなしの特別国会、臨時国会は開かず。
その挙げ句に、これだ。

与党の質疑時間、首相が拡大指示 萩生田氏に
2017/10/27 日経


もはや、国会は実施的に無効化されたようなものだ。
ナチスの全権委任法となにほどの違いもない。

ここまでやらなければ、逃れられないほどに安倍晋三とその一派は、加計疑惑で追い詰められているのである。

注意しなければならないのは、ここまでの無理無体は、支配体制としては決して理想的なものではないということだ。
矛盾を顕在化させずに、多数の国民が気が付かないうちに美味しい汁を吸い取るのが上手な支配であり、戦後民主主義はその意味ではとてもうまい支配体制であったと言える。

ところが、あまりにも誰の目にも強引な支配は、国民の目を覚まさせてしまうリスクが大きい。
支配者も、そうした歴史はしっかりと学んでいる。

にもかかわらず、ナチスなみの強行な支配をしなければならないのはなぜなのか。
安倍晋三が、ヒットラーみたいになりたいと夢見ているからだろうか?

いや、安倍晋三だってヒットラーがどのような最後を迎えたのかは知っている。
地下室で昭恵と心中なんてしたくないだろう。

なのに、なぜあえてここまでするのか。
その答えは、たぶん、バカみたいな理由だ。

加計隠し。

加計孝太郎は、安倍側近の政治家の面倒を見すぎたのだ。
加計孝太郎が暴露すれば、今でも教授の萩生田光一をはじめ、安倍政権と安倍晋三とその側近たちの政治生命が吹き飛んでしまう。
その恐怖に対する脊髄反射で、ありとあらゆることに手を染めている。

安倍晋三は加計隠しのために、ただ加計事件をもみ消すためだけに動いている。自民党ですら唖然とする今の超手抜き改憲案などは、ただただ加計事件から目をそらしたいだけのシロモノだ。
加計事件で逮捕されるくらいなら戦争だってやりかねない。コソ泥が見つかったら強盗殺人やっちゃうのと同じなのだ。

小池を潰したことで、なんとか一時的に命脈は保ったけれども、なんと血色が悪く暗い顔をしていることか。
ネットで日付を指定して安倍晋三の画像検索をしてみるといい。
昨年までの顔と、最近の表情の違いにビックリするはずだ。

これだけ安倍が怯えている加計問題を、野党もマスコミもネット民すら、ほとんど言わなくなってしまった。

11月5日にはトランプフィーバーで報道を染め尽くし、11月8日に国会を閉じて、その直後に獣医学部の認可を強行すると言われている。
事態も切迫しているのだ。

とにかく今は、皆で声をそろえよう

加計隠しを許すな!!



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2017-10-25(Wed)

野合しよう!

先週も書いた通り、少なくとも今の選挙制度では、思想や政策を純化させた政治結社のような政党は、どう頑張っても政権はとれない。

政権をとれない以上は選挙制度も変えられないから、つまり、永遠に「たしかな野党」のままである。

 必要なのは「党」?それとも「結社」? それが問題だ

野党が見本にすべきは、80年代までの自民党だ。派閥連合の野合集団である。

「憲法を守る(護るではない)」「中低所得層の生活を守る」「他国の戦争には関わらない」この三つだけで党をつくればいい。

「憲法を守る」は護憲ではなく、今ある憲法を無視黙殺蹂躙しない。遵守する、という意味。
中には、護憲もいていいし、手続きを守って改憲を議論する人がいてもいい。

「中低所得層の生活を守る」は超金持ち優遇の新自由主義に反対すること。
労働者も大事にするけど、中小企業や外資に襲われた国内企業も守る。景気対策も大事。

「他国の戦争には関わらない」は日米安保破棄や自衛隊廃止ではなく、国境線を絶対に踏み越えないという一線。
非武装中立から専守防衛から国連軍まで 幅は広い。

こうした違いは詭弁で誤魔化さずに、派閥を作って国民にもわかりやすくすればいい。

今、立憲民主党は「たしかな野党」への道を進み始めている。希望の党は,指導者も方向性もなく、50人の国会議員が呆然として宙に浮いている。社民党と自由党はあいかわらず政党要件ギリギリで、共産党は野党共闘のなかで進んで埋没した。

このままでは年内に(政党助成金の問題があるので年内の動きになる)、もっとバラバラに分解されていくだろう。

維新と希望の若干名以外は、「憲法を守る」「中低所得層の生活を守る」「他国の戦争には関わらない」には同意できるはずだ。

安倍政権に少なくともブレーキをかける気があるのであれば、たのむから野合してくれ。




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2017-10-23(Mon)

予想通りの結果を見ながら

なんの感想もない。

あまりにも予想通りの結果だからだ。

沖縄4区の仲里さんが落選したことが本当に残念。

新潟のたたかいは予想以上に健闘だった。

それ以外は、ほぼ想定内・・・

分裂すれば負ける。まとまれば勝てる。当たり前の結果。

それを、絵に描いたように見せてくれたのが、北海道と新潟だ。

北海道は、1対1になった選挙区と、そうでない選挙区で、はっきりと明暗が分かれた。

 【小選挙区】北海道

新潟は、小池の裏切りに左右されずに、野党統一候補を立てきった結果、大きな勝利をつかんだし、敗れた候補もかなりの接戦だった。

 【小選挙区】新潟県

たしかに、野党が分裂した最大の元凶は小池百合子の裏切りだ。

日本の歴史を暗黒に向けて決定づけた裏切りだ。万死に値する。

しかし、小池への怒りと憎しみに我を忘れて、即座に対応を取れなかった結果とも言える。

小池に文句を言っている時間を惜しんで、速攻で神対応をしたのが新潟だった。

それをできずに、小池と希望に罵詈雑言を投げつけている間に、公示日を迎えてしまったのがその他の多くの選挙区だ。

小池憎しは立憲の躍進につながったけれども、立憲の票は自民の票を剥がしたものではなく、同じ野党票のパイの奪い合いだった。

新潟と沖縄は、なぜ統一候補を立てられるのか。

それは、風頼みではない闘う体制があるからだ。

新潟は、昨年の参院選と知事選で築き上げた選挙態勢が、そのまま維持されていた。

オール沖縄は言うまでもない。

今回の総選挙の、予想通りの大敗北の総括は、「沖縄に続け。新潟に学べ。」である。

どうせ遠からず希望は分裂し、立憲も迷走をはじめる。

短気な「リベラル」は、またまた「裏切りもの」と叫びはじめるだろう。

はじめから 依存するから「裏切り」だと感じるのである。

有名政治家に依存しない、真に闘う体制を、私たちの足下から作っていくこと。

そして、どこまでが共闘できる範囲なのか、もう一度振り返って考えることだ。

今の「リベラル」が気持ちよく納得できる範囲で共闘するのであれば、永遠に政権はとれない。

もう政権交代のための数あわせはうんざりだ という声もある。

例え遠吠えでも、気持ちよく正直に吠えたいという気持ちもよくわかる。

そういう意見も含めて、本当にどこまで広げるのか、広げないのか、リアルな選択を話し合うことが必要だ。

私は、負けつづけることも遠吠えも、うんざりだ。




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2017-10-18(Wed)

必要なのは「党」?それとも「結社」? それが問題だ

厳密な学術的な定義ではありません。

言葉のイメージで違いをわかってもらいたいと思って、党と結社という言葉を選びました。

どっちが良いとか悪いとかの意味もありません。

政治結社というと、すごく禍々しい印象がありますが、そういう意味ではなく、政党との違いを強調したいのです。

つまり、政治結社は、一定の思想信条や信仰にもとづき、あるべき政治や社会の姿を共有して目指していく集団という意味です。

英語で言うと association

すぐわかるのは、共産党と公明党は政治結社です。

社民党も、まあ政治結社でしょうし、日本の心なんかもそういうこと。

では、党とは何かというと、一定の階層や集団の利害を代表する集団です。

party はパート、つまり社会の中の部分を代表するのであって、社会全体の利益を主張するものではありません。

政治の党(政党)の代表選手は、紛れもなく自民党です。

維新もそうですね。

党のスゴいのは、必ずしも共通の思想やあるべき社会像を共有する必要がない ということです。

当面の利害が一致すれば、躊躇なく歩調を合わせ、ひとつの集団として行動します。

では、かつての民主党とか民進党はどうだったのでしょうか。

かなり幅広い思想の持ち主がいましたから、党(party)のように見えますが、実態は複数の結社(association)の寄り合い所帯のままだったと言えるのではないでしょうか。

そこが自民党とのちがいで、民主党が二大政党の担い手になれなかった最大の原因です。

自民党のように、当面の利害でがっちり歩調をあわせることができず、もっと先の話でアーだコーだと内紛を繰り返し、首相候補だった小沢氏の(政治的な)手足を縛り上げ、ついには追放してしまいました。

それは民進党になっても変わらず、自民党にかわる力強さ(=えげつなさ)を備えることはできず、支持率は低迷してままでした。

あのまま解散総選挙になり、小池サギに遇わなかったとしても、結局惨敗していたことでしょう。



では、野党が結社のままでは、どうしてもバラバラのままなのでしょうか。

いえ、それを解決するための方策が、例の「オリーブの木」だったはずです。

米国や英国のような二大政党制では、民主党・共和党も労働党・保守党 どちらもまぎれもなく「党」です。

しかし、ドイツ、フランス、スペインなどは、二大政党制ではありません。

詳しくは知りませんが、おそらく結社的な集団がたくさんあって、そのいくつかが、時と場合によって連立を組んで政権をとっています。

その組み合わせは、自民党と公明党のように固定されておらず、ケースバイケースで選挙ごとに変わります。下記はドイツの例です。

20171018-1.png
(1949年から2013年までの各党の得票率の変動。グラフの中ほどに書かれているのはその時の政権与党 wikipediaより)

真ん中の政権政党の組み合わせだけ見れば、ころころ変わっているのがわかります。

このようなワリキリができれば、無理に党にならずとも、結社連合で政権交代を繰り返していくことができます。野合当然!何が悪いの?という政治のあり方です。

日本の大間違いは、結社のままで二大政党を目指したことです。

小選挙区を導入した時点で、二大政党になるか、欧州型の結社連立をやるか、どちらかしかなかったにもかかわらず、思想心情的に「結社」のままで、二大政党を目指してしまった。これが小沢一郎さんの戦略の蹉跌です。



今回の総選挙において起きたことは、希望の党という大きな野合集団ができかけて潰された、ということです。

作りかけたのも壊したのも小池百合子です。

安倍政権を打倒するという、ただそれだけを目的にした、超野合集団を、前原は作ろうとし、小池もおそらく最初はそのつもりだったのでしょう。

しかし、小池の目的は自分が首相になることですから、どうやらそこまでは届きそうにないとわかった時点で、一気にチャブダイをひっくり返しました。「さらさら」「排除」です。

せっかくできかけた野合集団=政党を、踏み絵を踏ませることで結社にしてしまいました。

結果、結社の寄り合い所帯だった民進党が、2つの結社に分かれたという、何の面白くもない結果になりました。

もともと心情的に結社だった人たちは、大喜びで立憲民主党を大歓迎していますが、野合をいやがる結社である限りは、マックス50議席程度の少数野党であり続けるしかありません。

本当に大喜びしているのは、安倍晋三と加計孝太郎です。

投開票日の翌日、23日には加計学園の獣医学部の許認可を出すと言われています。禊ぎはすんだ、というわけです。

安倍晋三は小池百合子には足を向けて寝られないでしょう。(そこから、色々想像は膨らみますが、今日は語りません)

今回のことから私たちが学ばなければならないのは、政権交代をする気ならば、積極的に野合しなければならないということです。

つまり、はじめから当面の利害でつながる政党になるか、結社同士の野合(連立)をケースバイケースで組み替えていくか、です。

なぜなら、社会は多様だからです。過半数の利害を忠実に代表するなんてことはできません。一定の階層の中にも多種多様の思想信条があります。

だったら、それを無理矢理にまとめ上げるのではなく、当面の政策課題の一致で「野合」することのほうが、ずっと民主主義なのではないでしょうか?

野合を批判するのは、全体主義です。

政党でも結社連立でも、どっちでもいいと思います。ただ、日本人の政治のスタンダードは自民党ですから、本当は自民党型の政党がもうひとつできることが、わかりやすいだろうとは思います。

その意味で、前原がやろうとしたこと自体は、私は間違っていなかったと思っています。結果はマンマとだまされて、最悪の事態になってしまいましたが。

問題はこれからです。

立憲と希望の支持者が、自民党のことを忘れて批判合戦をやっているような現状を見ていると、道は遠いなと感じます。

具体的なことは選挙が終わってみないとわかりませんが、今日書いたことを、よくよく頭に刻んで、これからのことを考えたいと思っています。


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