2017-04-24(Mon)

政権交代への近道

安倍政権のあまりの独裁の原因について 諸説が語られている。

その一番は、小選挙区制が悪い というもの。
たしかに、小選挙区制で党本部の権限がきわめて強くなった。さらに、第一党は得票率よりも議席数が多くなる。
その意味では、たしかに小選挙区制の影響は大きい。

しかし、小選挙区制度による衆院選挙は1996年から行われている。
衆議院の議席数の推移はwikipediaに一覧になっているので、それを見ていただきたい。

一見してわかる通り、小選挙区制になったからといって、そのせいで自民党が激増しているわけではない。
独裁と言われる第2次安倍内閣と同じような議席数は、中選挙区時代にも何度もあったし、2009年の政権交代の直前も同じくらいだった。
小選挙区のせいで自民党がひとり勝ちしている というのは言い訳に過ぎないように思う。

ただし、自民党が劣化した原因にはなっているだろう。
物言えぬ政治家もどきの群れになってしまったのは、たしかに小選挙区によって人事権を党本部に完全掌握されたせいなのは間違いない。
しかしそれは、自民党の劣化の原因であって、野党が自民党に勝てない原因ではない。



もうひとつしばしば言われることは、「代わりがいないから仕方ない」というもの。
自民党に変わる責任政党が存在しないので、しかたなく自民党が支持されているのだ、と言う説明だ。

しかしこれは、あまり根拠がない。
世論調査の支持理由で、そうした理由があげられていることはあるが、あれは選択肢の作り方でどのようにでも誘導されてしまうので、あてにならない。
個別課題では、反対票が多いから という話もあるが、これも論理的ではない。各論反対・総論賛成で支持している人が多いと言うことと、「代わりがいないから」とは直結しない。
各論は反対でも、それ以上の賛成理由があるから支持してるのかもしれない。

上記と近い理由で、「野党がバラバラだから」という説明もある。
小沢一郎氏が言いつづけている、野党が一つになれば絶対に勝てる という話だ。

しかしこれも、過去2回の政権交代を振り返っても、2大政党の激突、というものではなかった。
自民党の分裂で直接の引き金になった細川内閣はともかく、2009年の民主党にしても、選挙前には自公の1/3しか議席はなかったし、共産党との協力なんて冗談にも話題にならなかった。
勝てた理由はいまだに謎に包まれているが、少なくとも、「野党が一つになって、客観的に自民党にかわる受け皿になっていたため」、ではないと思えるのだ。

以上より、今の民進党、社民党、自由党がひとつになり、共産党とも共闘する形を作ったとしても、それで勝てるという理由が私にはまったく見えないのである。

もちろん、小選挙区である以上は、候補者調整は必須だし、共闘しないよりした方がいいには決まっている。
しかし、「それで勝てる」という論拠が、まったく誰からもどこからも 示されていないのである。



では、どうしたら勝てるのか。
勝てない話ばかりでは、暗くって仕方がないので、勝つ方法を考えてみよう。

まず、ここ数年の自公と反自公の得票数を振り返っておこう。

20170424-2.png

自公の票は、2005年の郵政選挙以外はほぼ横ばいで凸凹というところだ。
決して増えてはいない。

一方で、反自公の票は2010年と2012年で激減している。
まず、2010年は
1845/2984=62%
と、2009年と比べて62%になっている

2012年は民主と未来が分裂している。未来の改選前議席はもとの民主の2割弱であり、2010年の1881万票を母数とすると、2012年でもそれほど大きくは減らしていないが、民主のほうは、大きく減らした。
未来 1881x(61/308)=372  342/372=92%
民主 1881x(240/308)=1465 962/1465=65%

以上からわかることは、小沢グループは、2010年の参院選前にすっぱり分裂しておくべきだったということだ。
菅直人が消費税増税を口にした瞬間に、そく分裂した上で、政権維持を人質にしてキャスティングボートを握るべきだった。

あそこでグズグズして分裂のタイミングを逃しまくって、どん詰まりで分裂したことで、2010年のマイナス効果は民主と同じだけかぶってしまい、小政党に不利な小選挙区のあおりを食って、342万票も取りながらわずか5議席に沈み、表舞台から退場を余儀なくされた。

このような指摘は他に聞かないけれども、私は断言したい。
2010年の夏前に小沢グループが独立しなかったことが、今日の暗闇の始まりである。

逆に言うと、裏切りを許さなかった未来の党は、あの状況の割に票を減らしておらず、タイミングと政策を間違えなければ、少数でも決起すべきだ、ということ。それがかえって、1手先2手先の政権交代につながる。



さらに、この数字からわかることは、民進党でも民主党でも良いけれども、この政党には国民の審判が下されたということだ。
弱小政党のように、そもそも手も足も出ないわけではないのに、候補者も出し選挙資金もそれなりに持っているにもかかわらず、酷評数は激減し、何度やっても回復しない。

昨年は共産党の協力と、旧維新の残党を吸収したことで票数は増えたが、支持の拡大とは言えない。
民進党は、何を言おうが、どんな政策をぶら下げようが、金輪際浮上することはないと思われる。

なぜ民進(民主)党が勝てないか。
それは、このグラフを見るとはっきりしている。(財務省の資料より)

20170424-3.png

2009年の政権交代前は、国債の発行を押さえて予算規模も縮小し、典型的な緊縮財政だった。それにより税収も減り、それがまた緊縮財政を招くというスパイラルに落ち込んでいた。
この緊縮財政による弱者切り捨て、生活切り捨ての痛みに耐えかねたのが、あの政権交代だったはずだ。

国民の生活が第一をうたった民主党政権は、一度は国債を大量に発行して予算規模も拡大した。
ところが、わずか1年でその流れを逆転させ、消費増税、緊縮財政へと急転換した。それこそが、2010年の大敗北の原因である。

そして、その後を襲ったのがアベノミクスだ。
アベノミクスは、国債の大量発行ではなく、日銀による通貨の大量発行によって市場にカネを流通させた。
もちろん問題は大ありのアベノミクスではあるが、世の中にカネを流通させ、結果として税収を上げるという大枠では、成功している。

国民をダマして財布のひもを締めるばかりか、増税を推し進める民主(民進)党と、各論では問題あっても財布のひもを緩めまくって景気をよくしているアベノミクス。
国民がどっちに軍配を上げるか、考えるまでもない。

そう考えれば、答えは自ずからみえる。

民進党がもし生き返りたいならば、増税などと言う考えは宇宙の彼方に投げ捨てて、アベノミクス以上の大盤振る舞いを約束することだ。
いくら何を言っても、アベノミクスは数字を残している。生活実感は乏しいけれども、最低限仕事があるとか、ほんのちょっと時給が上がったとか、面接に落とされる回数がずいぶん減ったとか、ちょっとは良くなっていると感じている人は多いはずだ。

こんなに大盤振る舞いして、たったこれだけかよ、とか、ほとんど美味しいところは大企業が持ってチャッタじゃんか、とか、文句をつければ山ほどあるにせよ、自分の足下だけみれいれば、悪くはなっていない、と言う実感は、何があろうと鉄板の内閣支持率につながっている。

平穏な時代であれば、スキャンダルで政権が倒れることもあるだろう。
しかし、失われた90年代、小泉時代、リーマンショックと、立て続けに苦しい時代を経験したあげく、民主党の裏切りに直面した日本人は、自分の生活からかけ離れたことで政治を判断しない。
どんなに問題があるとわかっていても、「食わしてくれる」かぎりは、安倍政権を支持する。

そのアベノミクスを凌駕する経済を掲げないかぎり、野党は勝てない。
国民は愚かではない。自分の生活を守ることに必死であり、懸命に考えて判断しているのである。



では、民進党がそういう政策を掲げたら復活できるか。

できるわけがない。

増税と緊縮財政の責任者であり、権化ともいえる野田佳彦を幹事長に据えて、「積極財政やります」なんて言っても、バカかと言われるのがオチだ。
野田に限らず、2010年転換に関与した幹部は、ひとり残らず放逐しなければ、離れていった支持者は絶対に帰らない。

放逐でも懺悔でもいい。
野田を筆頭に、いならぶ愚か者たちが国民に向かって土下座して、土を喰いながら涙を流して己が罪を悔い改めるならば、人情に弱い日本人のことだから許してくれるかもしれない。

従軍慰安婦の問題について、日本政府がいくら口先で謝罪をしたところで、被害者側がまったく受け入れがたいのと、構図は同じことだ。(問題の中身は大違いだが)
まして、民進党の幹部どもは、口先の反省すらしていない。これでこの党を支持しろというのは、日本国民に対する侮辱である。
だから私は、今のままの野党共闘は、勝てないと思っている。

勝つためには、最低限二つのことが必要だ。

1.緊縮財政政策を180度転換して、アベノミクスを凌駕する積極財政にすること

2.2010年の裏切りの下手人を追放するか、全国お詫びの行脚をさせる。
  (靴なんか履かずに裸足で行け!)

以上は必要条件。



そのうえで、もうひとつ。
地方組織をつくることだ。
ここ数年、自由党の惨状を身近で見てきた実感だ。

2012年に340万票とった未来が、なんで100万そこそこまで凋落してしまったのか。
もちろん、1桁の議席数になったことで見放されたというのが大きい。
しかしそれ以上に、活動をしなかったということだ。

あの時は、誰も彼もが茫然自失となり、ふと気が付いたら翌年の参院選になっていた。
見放したの有権者だけでなく、党そのものが自分自身になんの展望も見いだせなくなっていたのではないか。
その結果がなんと94万票、0議席である。

あの結果は私にとっては、いつまでも呆然としていてはいけないと、むしろ気付け薬にはなった。
しかし、党としては、あいかわらず何の活動もなく、2014年総選挙、2016年参院選が過ぎていった。
あれだけ何もせずに、それでも100万余人の人が支持してくれることが不思議である。

いくら人数が減り、資金も乏しいとはいえ、各地方で積極的に活動している人は何人かずつはいるのだから、党としての最低限の扱いをして維持発展を期せば、この4年間でそれなりの成果にはなっていたと思う。
関西では生活フォーラム関西という市民団体で、ある意味党の代わりのようなことをしてきたが、しかし所詮市民団体は市民団体だ。特に、保守系である自由党の場合、党の実態がなければ本気になってくれない人が多い。
それは、一般の有権者にとってはなおさらそうだ。

自由党をひとつの典型として取り上げたが、これは自由党だけの話をしているのではない。政権交代に向けて、これをやれば勝てる という3つめの条件である。
共産党や公明党を見習って、活動の基盤になる党の組織を作ること。せめて、彼らの1/100でもつくること。

この三つの条件がそろえば、いくら小選挙区でも、安倍晋三がどんなにエグいマスコミ戦術を使おうと、勝てる。



そして、そのすべてを貫く軸は 「怒る」 ということだと思う。

もちろん、このブログを読んでくれている人は 怒り心頭に発した人ばかりだと思う。
でも、それが表現できているだろうか。

デモ、集会、学習会、街宣 ・・・・  たしかに数限りなくある。
怒った人たちが集まっている。
が、その怒りは伝わっているか?

怒りが伝わる というのは 共感であり、共振である。
自分だけ勝手に怒っていても伝わらないし、風船持って歌っていても伝わらない。

どうすればいいのか、私もまだよくわからない。
しかし、最近流行の「パレード」を端から見ていて、怒りが伝わるとは ちょっと思えないのだ。
まずは、人数。デモンストレーションなのだから、人数を集め、かつその人数の多さを街の人たちが実感すること。

そのためには、あっちでもこっちでも、毎週のように小規模でバラバラにやって貴重なマンパワーを消耗するのではなく、月に1回とかに限定して、ありとあらゆる勢力が集まって大デモにする。やるんだったら、本気でやる。
野党共闘を求める前に、市民運動がまずちゃんと共闘しろという話だ。

デモ行進は強制的にコースを分けさせられ、てい団に分割されるから、国会前のような一箇所にたまる方がいいかもしれない。
大阪だったら、関電前の再稼働反対コールのようなのを、人の多い場所でできたらいいのだけど。(関電本社前はほぼ無人)

楽しいデモ はいらない。
楽しむのなら、他にいくらでも方法はある。デモは 怒りだ。 怒りの共有だ。
本気で声を合わせて、ビルが揺れるほどのコールはできないのか。

楽しいデモで、参加者が増えたか?
ほとんど増えてはいない。デモを楽しいと思うようなかなり特殊な趣味を持った人しか集まらない。

街宣然り、ポスティング然り。
「本気」を聞く人、見る人に伝えるにはどうしたらいいか。頭をひねり倒さねばなるまい。
それはたぶん、小手先の戦術論ではない。

真剣に、わかりやすく、誤魔化さず、怒りを伝え、それを共有すること。共振させることだ。


  ※参考資料
    戦後主要政党の変遷と国会内勢力の推移 国立国会図書館 レファレンス 2014.6



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 15

14 からつづく

■ 山の世界に入ったけれど

 2000年11月、千里ニュータウンにT町の店をオープンさせた。準備は苦しかったけれども、晴れ晴れしい船出を迎えて気分は良かった。 のだが、
 なんとびっくり、オープンから一ヶ月もたたないうちに、資金ショートで潰れるかもしれないという話が飛び出した。まったく、驚天動地とはこのことである。ボクは役員でもなかったし経営状態まで聞かされていなかったから、もちろんそんな資金繰りであるとは知らなかった。だいたい、高知県知事までよんで盛大な式典をやっておきながら、翌月の資金がないとは思わないでしょ、フツウ。

 艱難辛苦を乗り越えてやっとオープンまでこぎ着けて、これから営業作戦を考えなくちゃと思ったとたんに、倒産の準備をする羽目に(泣)。経営者でもないのに弁護士のところに倒産の仕方の相談に行かされ、他の社員の首切り宣告をさせられ、T町の本社の役員会議に(役員じゃないのに!)呼び出され、半分泣きながら、でも半分はやけっぱちで面白がりながら20世紀は終わりを迎えた。

 すべては後からわかったことだけど、その店の経営計画では、オープンした月から7件の新築を受注するという話になっていた。そんな奇跡を誰がどうやって信じたのか知らないが、おバカを通りこしてサギにちかい。そもそもその三セクにはバブルの頃からの巨額の累積赤字があって、大阪進出はイチかバチかの賭けだったようだ。もちろん、商売が速攻で上手くいくとはだれも信じておらず、「これだけ大々的にやってしまえば町も県も潰すに潰せなくなるだろう」という意味の賭けだったのだが。

 ある意味でその賭けはあたり、当面の資金ショートはあれやこれや(ここでは書けない)で回避され、しばらくは店は続くことになった。とは言え、カネがないのは変わりなく広告すらうてない。地元のミニコミ誌に格安で小さいパブ広告を出してもらったり、近所にチラシをポスティングしたりしてイベントに人を集め、少しずつ形を作っていった。

 ところが、ここでまた壁にぶつかった。この店のコンセプトは、1階で食品や物産を販売して客を集め、そこから2階の家や木材の受注につなげる、ということだった。しかし、オープンからしばらくは徹夜続きがザラだったこともあり、1階の店だけに労力が集中し2階の店はあからさまに蔑ろにされた。なにせ、2階に上がる階段の前に、野菜の段ボールが山積みになり、客どころかボクたちスタッフが通るのにも四苦八苦する始末。土佐の木を売るという本来の目的は忘れ去られた。人は自分の持ち場に目を奪われて、本来の戦略はすぐに忘れるものなんだな ということを思い知った。

 なかでも忘れがたいのは、食品売り場の店員のひとりだ。その人の夫は工務店を経営しており、店の建設で大工を総動員したときにも来てもらったことがあったし、店でリフォームの受注があったときなどは仕事を依頼することもあった。ところがその店員は一枚も二枚も上手だった。ある新築を希望しているお客さんが食品売り場でその話をしたところ、こっそりと自分のダンナに話をつないでしまったのだ。さすがに不審に思ったお客さんのほうが、後日2階に上がってきてボクに話してくれたのでことが発覚した。で、その店員が懲戒食らったかというと、いやいや そんな単純な話ではない。これはまた後で。

 本業の木材のほうもわずかながら仕事も出てきて、かなり衝撃の船出ではあったけれども、産直住宅に向けて心機一転がんばろうと思っていたのだが、こちらもどうも不思議なことが多い。どうやら、産直住宅ではないのである。
 産直というのは山から住み手への直送だ。しかしその三セクの流通は、山→原木市場→製材所→三セク→住み手 という流れになっていた。しかも、原木市場と製材所の経営者が同じで、その人物は三セクの経営にもかなり口を出す。要するに、三セクはその人物の下請けになっているのではないか、と思えてならなかった。製材所から出荷される木材を見ても、よその現場には見事な材木が送られていくのだが、こちらの現場には極端に節だらけの木材で、しかもその節埋め作業は三セクの社員が自分たちでやらされるのである。甚だしいのは、集成材の梁と称して柱を3本貼り合わせたものが送られてきた。こんなもの大丈夫か?と思いながら棟上げをして、カケヤ(大きな木槌)でガンと打ち込んだ途端に3本の柱に分離した。なんてこともあった。下請けどころか廃品処理場だと思われていたのである。

 こりゃいかん。こんなことやっていたら、産直住宅はおろか商売として成り立たない。何とかせにゃいかん。そう思って、本来の産直ができる物流のルートを探した。林業家から丸太を買って、製材所に工賃だけで製材してもらい、あとは自社で加工して現場に持っていく。住み手は希望すれば、この山のこの木で建てるんだというのを見てもらえる。そういうやり方を確立しようとした。
 ところが、そうやって中間を飛ばそうとして逆に飛ばされたのは、ボクのほうだった。

(16 へつづく)

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2017-04-18(Tue)

維新は本当に退潮傾向なのか

おおさか維新が地方選挙で負けることが多くなった。

大阪府内の市町議選でも落選者が出て、かつてのような圧倒的な強さではないように見える。
今年に入ってからの首長選でも、四條畷市長× 柏原○ 島本× と分が悪い。
どうやら維新も勢いが落ちてきたのではないか、という声が聞こえてくるようになった。

大阪に住むものとして、維新退治は架せられた十字架のようなものだから、この話が本当だったら非常にウレシイ。
のだが、そう簡単に信じることもできないので、少し調べてみた。

それが下の表である。
最近1年の間に行われた大阪府下の地方議会選挙の、前回との比較である。
参考に、参院と衆院の比例票(大阪府の分)もつけている。
上が新しいので注意して見ていただきたい。

20170418-1.png
(クリックすると拡大します)

一見してわかるように、決して維新の得票は落ちていない。いや、総得票率は増えている。
落選が出るのは、候補を増やしているからで、そのためにむしろ得票数は増えているのだ。

落選覚悟でめいっぱいの候補を立てることで、党としての票を掘り起こすというのは選挙戦術としては基本である。
その基本通りのことを攻めの姿勢でやり、それなりに成果を上げているのが、最近の維新だと言える。
残念ながら、退潮傾向 というあまりに楽観的な その指摘は当たらない ということのようだ。

ただし、大阪以外ではさっぱりなのはたしかで、しかも、大阪から日本に出て行こうとすると、大阪の中でも維新の人気が落ちる ということだ。
石原慎太郎とくっついたり、江田賢司とくっついたりすると、やや勢いがなくなり、「おおさか」に戻ると元気になる という地方政党としての宿命は背負っているようだ。大阪の優越感と劣等感をない交ぜにしたコンプレックスが、支持基盤の底にあるということがわかる。
橋下徹はそのように大阪に縛り付けられるのを嫌って維新に距離をおいているのだろう。

以上、せっかくの盛り上がりに水を差すようだが、現状の分析をしてみた。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 13

12 からつづく

■いよいよ山に深入りする

 変わった家を変わった木で建てた経験が、ボクにとっては人生の方向を決定づけることになってしまった。お施主さんと一緒に山の木を見にいって、その木を運んできて家を建てる。こういうやり方のことを、野菜の産直になぞらえて産直住宅という。この産直住宅を一生を仕事にしたい と思ってしまったのだ。
 フツウの木材は、どうやって家を建てる現場まで来るかというと、山→原木(丸太)市場→製材所→材木商社→乾燥工場→プレカット工場→建築現場 みたいな感じだ。このなかで林業が関わるのは、山で伐採して原木市場に持っていくまでだから、原木市場から先どこへ運んでいかれるのかはわからない。逆に、工務店が発注する木材はプレカット工場が段取りするので、どこの産地かはわからない。せいぜい府県単位で奈良県産とか岡山県産というのがわかればいいほうだ。
 ほとんどの工務店も施主もそれに何の疑問も感じていないけれども、いちど産直を味わってしまったボクとしては、これでは大いに不満なのである。住み手が、「ああ、この山の木で家を作るんだな」という実感を持ってほしい。大層なこと言うならば「木の命をもらって、自分の命を守る家を作る」ってことをわかってほしい。そう思い込んだボクは、産直住宅の仕事ができる場を探し始めた。

 日本で産直住宅の草分けは岐阜県の東濃地方だ。県が強力にバックアップしていた。20世紀の最後の最後のあのころ、やっとインターネットが普及し始めていたので、あれこれ情報を集めては突撃訪問して回った。しかし、すでに40歳直前になっていたボクを雇ってやろうという奇特な会社はなかなか現れずに唸っていると、ひょんなことから大阪の千里ニュータウンに高知県の産直ショップができるというニュースを見つけた。1階で食品などを売り2階では高知県産材を販売するというのだ。もちろん 飛びついた。
 さっそくアポイントをとって話を聞いてみると、ちょうど大阪の番頭になる人間を探していたらしく、まさに渡りに船で、意気揚々とその会社に入ったのが2000年の春。千里ニュータウンの緑地の傾斜地に、高知県T町の第三セクターが建物を作り、食品と産直住宅の店を始めるという計画だったが、ボクの入社当時はまだ竹林のままで手つかず。建物の設計はほぼできていたが予算の調整も何もまだだった。そして、おそろしいことに11月初頭にはオープン式典をやるというのである。当時の橋本大二郎高知県知事の日程を先に押さえていたらしく、何が何でも間に合わせろという。

 見積の調整、開発許可、斜面地の造成、建築確認申請、建物の建設、店の準備、式典の準備・・・・これらを半年で終わらせろと言う・・・・ ウソだろ。しかも、大阪には営業スタッフはおらず若い現場監督が二人いただけ。なにをどうしていいのか訳がわからない中で、それでもとにかく進んでいった。
 追い打ちをかけるように、ボクが入社する前にできていた設計が大幅に予算オーバー。目論見の2倍(2割じゃない!)というシャレにならない状況。なにせ自社施工だから、工務店原価で予算2倍なのである。もうどうしようもない。それまで関わってきた設計事務所は設計変更を拒否するし、もう破れかぶれで図面を書き直すことにした。平面計画は変えられないので、擁壁をやめて一部地下室にしたり、材料を徹底的に削ったり、それはもう血のにじむような努力をして、ようやく3割オーバーくらいまで圧縮して、着工することになった。
 細かい図面は着工までに間に合わず、現場が進む中で毎夜毎夜、明日必要な図面を描くという超絶ドロナワ設計法で乗り切った。でも、造成工事が終わったのが7月。開店準備の時間を考えると、建物は9月いっぱいには完成させなくてはならない。150坪の木造建築だから、かなり急いでも4ヶ月はかかる。どうやってあと2ヶ月ちょっとで作るんだ???

 木材の手配や加工は自社のプレカット工場があるのだが、なにせ旧式なので自社工場だけでは間に合わない。そこで、同じ加工機械をもっている高知県の別の町にも依頼して、1階と2階に分担して加工した。もちろんこんなことは良くないということは、上棟の日に思い知らされることになった。あちこっちで、部材が足りなかったり短かったり長かったり、何とか組み上がったのが奇跡だった。
 そんなこんなでお盆には棟上げしたのだが、のこり1ヶ月半。任せていた頭領は、自分で何とかしようという気はサラサラない。やむなく非常手段にでることにした。友人知人に連絡しまくって、手の空いている大工を総動員した。と言って、今の頭領の下につけても差配できそうにないので、150坪を10くらいに工区分けしてグループごとに分担させた。結果的にお互いが競争するようなところもあり、なんとか駆け込みで完成させることができた。あのとき手伝いにきてくれた大工の皆さんは、ずいぶんやりにくかっただろうに事情を察して頑張ってくれた。感謝感謝である。

 こうして地獄のような建設工事の傍らで、オープニング式典の準備にも追われた。橋本大二郎という有名知事が来る上に、大阪府の副知事やら何やらかにやら色んな人々が500人近くあつまるという。150坪の店内ではとてもおさまらないから、近くの会場を借り、招待状を作り・・・・  ああ、もうこのあたりは思い出したくない!
 11月2日に盛大な式典をやり、オープン初日は近所のお客さんが1500人も詰めかけるという派手派手しい船出とはなったのだが、なんとビックリ・・・・

14 につづく

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2017-04-17(Mon)

無名の若者が自公維新に勝利した島本町長選挙から勝てる「政策」を学ぶ

昨日は、宝塚市長選挙(兵庫県)では中川ともこ氏、島本町長選挙(大阪府)では山田こうへい氏が当選した。

宝塚の中川氏は現職の強みはあったが、自民推薦と元県議というなかなかの強敵2人を向こうに回して圧勝した。
党の推薦は受けていないが、街頭演説はまるで野党共闘のような様相だったようだ。

島本町の山田氏は新顔どころか無名の青年であり、それが自民・公明・維新の相乗り候補に圧勝した。
市ではなく町なので、無所属・町民派を名乗っていた。

私はお手伝いをしていないが、知人がたくさん応援に参加していた。
みごと勝利したことを、お祝いしたい。

さてそのうえで、私たちはこの勝利から何を学ぶべきだろうか。
とくに、無名から圧勝した島本町の山田氏のたたかいには、大いに参考になるものがあるのではないだろうか。
選挙戦術については私は参加していないのでわからないが、とりあげたいのは政策である。

山田氏の政策をHPから大項目だけ抜粋してみる

山田こうへいの政策提言

子育て支援と教育の充実したまち
強い財政力と都市計画の優れたまち
誰もがいきいき生活、活躍できるまち
産業活性化と観光振興による稼ぐまち
水と緑を守り、環境を大切にするまち

(引用以上)

一見してわかるように、いわゆる革新系のスローガンは並んでいない。
子育てと教育がトップに来ているが、これについては、マーケティングがあったのではないかと思われる。

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 島本町の合計特殊出生率は、大阪府平均はもちろん全国平均より高い。(グラフは島本町の資料より。グラフはクリックすると拡大)
出生率はおしなべて田舎のほうが高いので、大阪のベッドタウンで全国より上位というのはかなり高いほうだ。

だから、若年層の人口もそれなりに減少を食い止めているが、それでも大きな流れとしての少子高齢化の波はこれから本格化する。(真ん中のグラフ。 出所は上に同じ)
そうした状況は、島本町もデータとしてまとめている。

その現状にピッタリと合ったのが、子育てと教育だった ということだ。
これが、すでに少子化が行き着くとことまで行き着いてしまって、そもそも子どもを産む年齢の女性が減ってしまった自治体で、同じ政策をトップに掲げて通用するだろうか。

また、山田氏の政策で目立つのは 「強い財政力」である。
これもかつての革新系は言わなかった言葉だ。しかし、日本人の気質からいって、これ抜きにいくらイイコトを言っても「絵空事」と思われてしまう。
宝塚の中川氏も「6年連続正味の黒地」という市財政の実績を大きく掲げていた。(右図は中川氏のホームページより)

強い財政とセットなのが、「稼ぐ町」ということだろう。
要するに、子育て教育をメインに据えて、それを保証する財政と産業振興 という構図がわかりやすい。

対するに、自公維新が相乗りした田中てつや氏の政策を見ると、項目的には実は同じようなことを言っている。

 田中てつや 政策

島本は美しく温かい街。まちの魅力を加えて人を呼び込むまちに。
島本は人を大切にする街。まちの活気を加えて起業交流のまちに。
住むところを子育てで選ぶ時代。次代を担うこどもがもっと生き生きと暮らすまちに。
赤ちゃんから年長者まで健康に生きるみんなの願いを叶えるまちに。
行政の効率化を徹底し挑戦と信頼の町役場に。

(引用以上)

何が違うかというと、順番が違うのと、自公維新の候補だ ということ。

同じような政策ならば、自分たちの差し迫った問題を第一に挙げている方がいい。
(つまりマーケティングが成功している)
そして、その課題については、自公維新より町民派のほうがやってくれそう。
(自公維新への消極的支持の裏をついた)

自公や維新に反対する人は、なんとしても「違う」ことを言わなければならないし、「批判」をしなければならない、と思い込んでいるが、それはちょっと違うんじゃないの ということが、島本町長選挙の結果なのではないかと思う。

田中てつや氏の失敗は、はじめに緊縮財政をもってきたことだろう。
そして「その範囲で」子育て教育もやるよ という順番になっている。
しかも、自公維新が推薦しているので、子育て教育については
「実行力はあるだろうけど、それほど大したことはしてくれない。」という評価になる。

これで、相手が旧態依然たる革新系で「反対」とか「夢物語」だけを語っていれば、「何もないよりマシ」で田中てつや氏が勝っていたかもしれない。
しかし、山田氏という無名で若い候補が、(実はほぼ同じ)項目の政策を掲げて、出てきたとき、情勢は一変した。

もちろん、政策だけではない地道な努力のたまものだとは思うけれども、一つの教訓としてその点を学ばせてもらいたい。

1)有権者の現状をリサーチし、状況とタイミングにマッチした政策を掲げること
2)複数の政策は、有権者の利益になるものを目玉にして、その実現を保証するものを後ろに続ける
3)政敵と「違う」政策を出す必要は無い。1と2の結果として、項目は同じになってもいい。

ちなみに、山田氏の「町民派」は 見たときに私はハッとした。
行政区の市ではなく、シチズンシップとしての市など成立したことのないこの日本で、「市民」というときの胡散臭さが、「町民」という言葉にはない。
良い意味で泥臭く、むしろ江戸時代の「町人」に通じるかんじがあって、市民社会が成立していない日本にはピッタリな感じがする。

日本人の大半が、自分は「市民」だなんて思っていない。(行政区ではなく、市民権という意味で)
そういう自覚がないところに 「市民派」などと名乗ってしまうと、浮き上がった存在になってしまう。市議選など多数が当選する選挙は「市民派」でもいいと思うが、首長や小選挙区で(とくに新人で)「市民派」を名乗るのはかなりハイリスクだ。
意識的なのか結果的なのかはわからないけれども、山田氏の「町民派」は、そのリスクを回避したことも勝因だったのではないだろうか。

などなど、他にもたくさんあるだろうが、分析を抜きにして「市民派が勝った」と単純に喜んでしまうと、危ない。
これまで通り、自治体選挙では勝てても国政では惨敗する ということを繰り返さないよう、一歩前に進もう。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 12

11 からつづく

 とはいえ、いくら植えた木がもったいないからと言っても、それが建材として劣ったものなんだったら感情論で使うべきじゃあない。国産材は建材としての性能は劣っているのか?ちゃんとかくにんしなくては。結論を先に言ってしまえば、劣ってはいない。輸入木材と比べると一長一短、というのが公平なところ。で、「短」の部分は充分に穴埋めできる。

 よく使われる国産材にはスギ、ヒノキ、カラマツという3種類の木がある。他のもあるけど、この3種類で8割近い。なかでも圧倒的なのはスギで、スギだけで国産材のシェアは50%超。もう日本中スギだらけと言ってもいいくらい。なので、国産材代表ということでスギ(杉)について考えてみる。杉の建材としての短所は何かというと、なんと言っても柔らかいということ。「家を作るのに柔らかいなんて致命的じゃないか」って? いやいや、そこまで柔らかくはない。どのくらい堅いか(厳密に言うと「たわみにくさ」)を示すヤング係数という指標がある。輸入材の代表選手であるベイマツ(米松)と比べると、米松:杉=10:7くらいなので、杉のほうが3割ほどたわみやすい。あらら3割も弱いじゃん!
 ところが、「たわみ」は材をちょっとだけ大きくすれば3割くらい簡単に挽回できちゃう。おつりがくるほどなのでご安心を。しかも、最近はそのヤング係数を一本一本計測してラベル貼ってある杉やヒノキもあるので、なんの心配もない。こういう性能を計測された木のことをグレーディング材というので、憶えておくとカッコイイ。

 国産材を使うにはもう一つ大きな問題がある。これはボクもこの業界に入ってみて驚いたんだけど、木はあるけど木が無い ということが。。。 「○○県産材を使ってくれ」と盛んに言うので、「ほな下さい」と注文すると「ない」と言う返事がくる。。。こんなバカなことが実際にあったりする。山には木は山ほどあるけど、一軒分そろえて家を建てる現場に持って行くことができない。産地をきっちり特定できる国産材で、一軒分を揃えることができる製材所や森林組合はそんなに多くないというのが実情なのだ。だから、「○○産の木で家を建てたい」と思っても、そういう数少ない製材所なんかを見つけ出さないとならない。こりゃたいへんだ。
 この問題を解くには、二つの答えがある。一つは、細かい産地にこだわらずに国産ならよしとする方法。これだったら、どこの工務店から注文しても手に入る。(ただし、グレーディング材が入るかどうかは微妙。) なんで産地が分からないのに国産だと判断できるのかというと、見た目も香りも輸入材は違うから。例えば中国産のスギも流通してるけど一目でそれとわかっちゃう。最近のカリフォルニア米はジャポニカ米に近づけるために改良を重ねてるから食べても分からないらしいけど、輸入のスギはそんな改良してないからすぐ分かる。

 もう一つの答えは、インターネット。インターネットで国産材にこだわっている設計事務所や工務店を探してみる。だいたいこういう会社はインターネットで集客しているので、たくさんヒットするはず。看板倒れのところから、気合いの入ったところまで玉石混淆だけど。ボクの経験値では、国産材とか自然素材とかエコとかの味付けの濃いところは、すごく良いか結構ヒドいかの両極端なような気がする。しっかり選んでいただきたい。もちろん、不安な方はボクにご連絡いただければいいじゃないかなあ、としっかり宣伝もしておく。

 ウチでもヨソでもいいけど、首尾良く国産材を使えることになったとしよう。次はどうするかだ。「産地はどこでも国産材」の場合は無理だけど、産地を特定できる場合はその産地まで出かけることを超お勧めしたい。ボクもこの十数年間でかなりの数のお客さんと山に出かけたけれど、すごく喜んでくれるか、さもなければウルトラ喜んでくれるか。とにかく、口では説明できないものがある。
 ときには12月だというのに標高1000mを超えるような場所での伐採祈願祭となり、しかも途中から大雪が吹雪いてきて遭難するかと思ったこともある。(車で行っているので遭難はしないけど、超絶寒かった。)まあこんなのも、かなり強烈な思い出になる。

 早いものでも40年くらい、古ければ100年を超える木を使う。100年前の1916年、大正5年と言えば第1次大戦のまっただ中、日本では大正デモクラシー全盛で夏目漱石が49歳で亡くなった年。こんな時代から延々と育ってきた木を使って家を建てるんだと思っただけでも感慨ひとしおになる。そして、その木を育んできた山に知らんぷりはできない、アリガトサンのひとことを言いたくなるのが、同じ生き物としての感情なんじゃなかろうか。

13 につづく
2017-04-11(Tue)

安倍昭恵の選挙応援と戦略特区

加計学園の疑獄事件は、森友をはるかに超える規模になりそうだ。

安倍首相の「本当のお友達」に、こうして血税176億円が流れた
2017.4.11 週刊現代


この記事は、講談社のやる気が見える非常に良い記事だ。

そもそも、加計学園グループをwikiで調べただけでも、吉備高原学園は岡山県との共同出資法人、順正学園は高梁市との共同出資であり、半官半民の法人なのだが、いつの間にか私物化している。
こうやって、設立時に公金を投入させ、あとからこっそり自分のものにしてしまうと言うやり方は、今に始まった話ではなくて、加計学園の伝統なのかもしれない。

その加計学園が安倍晋三が肝いりの国家戦略特区を利用しているということは、パートナーの安倍昭恵の行動にもその影響は必ずあるはずだ。

ツイッターで @HON5437 さんが昨年参院選のときの安倍昭恵の応援演説日程を一覧にまとめており、それについて菅野完氏が戦略略特区との関係を調べたらどうや と書いていたので、わかる範囲でやってみた。
それが、下の表である。クリックするとPDFにリンクしている。

20170411-2.png

首相官邸のホームページで特区の詳細は見ることができる
 →国家戦略特区
 →総合特区

総合特区については⑦などは国際戦略総合特区 、 数字だけは地域活性化総合特区である。

安倍晋三の権力を利用して 加計学園のような錬金術を使っている連中は、きっと他にもいるのだろうし、それがまた安倍晋三の権力の源泉になっているのだろうから、特区を深掘りすることは、安倍のアキレス腱を暴くことになるかもしれない。

とりあえず、今日のところは、一覧作るとことまで。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 7

6 からつづく

 ボクが平面プランを作って打合せに行く時は、5mのスケールは必携で、住み手に「ここからココぐらいですよ」「この部屋よりこのくらい広いです」「天井はここまで」と実際に見せるようにしている。もちろん、完璧ではないし実際にできた時とはかなり感覚は違うけれども、建築家でも工務店でもない人が平面図だけみて実際の広さを想像することは困難なので、これは必ずやったほうがいい。
 また、窓の大きさも必ず確認する必要がある。例えば同じ一間幅の窓(実寸で約1.7m幅)でも、高さが1.8mのものと2.2mのものでは、印象は全然違う。逆に、換気用の小窓は防犯上もあまり大きなものは使わないので、どれほど小さいかを見ておかないと、実物を見てから「えー」と驚くことにもなりかねない。窓については、部屋のどこについているかも重要だ。多くの場合、部屋は長方形でありその長い方の壁についているか、短い方の壁についているのか、でも感じる広さはかなり変わってくる。もちろん、普通は長い方の壁に大きな窓がついていれば、部屋は実際よりもそうとう広く感じるし、短い方についていればトンネルのような面白味が出ることもある。
 概ね大きな窓は部屋を広く見せるけれども、大きければ良いというものでもない。外を歩く人やお隣さんと目線がぶつかってしまっては落ち着かないからだ。道路に面している時は、あえて小窓をたくさんにしたり、高窓(背丈より上の方につける)にしたりという工夫が必要だ。

 住み手の目線で注意したいのは、家族間の目の高さだ。キッチンに立っている人、テーブルに座っている人、テレビを見ている人 などの目の高さが極端にちがうと、落ち着かない空間になる。目線のことだけを気にするならば、キッチンの床はダイニングよりも15センチ低くして、床に座ってテレビを見たりする場所はダイニングより40センチほど高くするのが理想的だ。要望もあってそのように設計した家もある。ご想像の通り、キッチンの床を下げるのは家事動線としては厳しいものがある。一番頻繁に行き来する場所に段差があるのは、足腰の鍛錬にはなるけれども、食器や鍋をもって移動することを考えるとあまりお勧めはしない。

 畳コーナーを3~40センチ高くするのはよくやっている。下に抽斗を作ったり、中には畳がガーッと開いて下に布団が収納できる、なんていう仕掛けをつくったこともある。自動車のトランクのようにバネがついているので、意外と楽に開いたように思う。高床式はゴロゴロしていても目線が低くならず、寝転んでも踏まれる心配もなく、親が遊びに来た時に臨時の客間になったりもする。その3畳がご主人専用の居場所という家もあった。もちろんケースバイケースだが、かなり重宝する小技だと思う。

 もうひとつ目線で問題になるのが吹き抜け。実感としては吹抜のある部屋はかなり広く感じる。これまでの経験では、空間的に作って失敗したと思ったことはない。これもご想像の通り、吹抜で問題になるのは暖房である。暖かい空気は上へ上へと上がってしまうので、足下はどうしても寒くなってしまう。したがって、吹抜の部屋にはほぼセットで床暖房が必要になってくる。そのコストをOKとするならば吹抜は考えてみてもいいと思う。ただ、無闇やたらと高い吹抜はかえって「穴の底」になることもある。部屋の長い辺の長さよりは低い範囲が妥当なところか。もっともこれは個人差があるので、穴の底が好きな人もいれば、ボクなんぞは個人的には体育館のような全面吹抜の家がいいと密かに思っていたりして、最終的には「お好みで」ということになる。
 いずれにしても、平面プランを考える時には○○畳という数字や吹抜という形状にとらわれず、自分の目線がどのように届くのか、届かないのか、それをできるかぎりシミュレーションしてみることが大事なのだと言うことを憶えておいていただきたい。

■現場を知りたい

 職業右翼のお兄さんや宗教法人ブローカーの入り乱れる世界から逃げ出したボクは、建築設計という世界に疑問を持ち始めていた。普通の設計事務所はどんどん仕事がなくなっていき、かなり無理無体を通す事務所だけが忙しい。これはもう、設計事務所という業態には未来はないのではないか。少なくとも、設計事務所にこだわっていると、ウロウロしているうちに40歳になってしまいそうだ。それに、マンションなどの大きな建築物は、ボクの性にあっていないようだ。自分の手の内におさまらない規模の建築は、出来上がってもイマイチ感動がない。もっと「自分の手作り」に近い仕事がしたい。

 そんなことを考えた挙げ句、当時住んでいた場所にほど近い、小さな工務店に就職した。そこは主に店舗を手がけており、夜は設計、昼は現場監督というこれまでとはうって変わった生活が始まった。働いてみて知ったのは、店舗屋さんと住宅屋さんは完全に棲み分けているということ。店舗建築をやる工務店は住宅はほとんどやらないし、住宅を建てる工務店は店舗には手を出さない。やってみて驚いたが、発想も施工方法も材料も店舗と住宅ではかなり違う。住宅は50年とか100年という長さで考えるけれども、店舗は3~5年、長くても10年もてばいいという。パチンコ屋さんの内装がほとんど両面テープで貼り付けてあったのには、本当に驚愕した。

 工期も住宅は4ヶ月前後だけれども、店舗は1ヶ月もかけることは珍しい。必要となれば24時間体制で突貫工事を進める。ボクが担当した物件でも、40坪ほどの木造一戸建ての店舗を1ヶ月で建ててしまったことがある。一つの部屋の中間の高さに足場を作って、上と下で別の職人を入れたり、ペンキ屋さんは夜10時に出勤して朝まで塗ったり、今思い出すと信じられないことをやっていた。そのぶん短期に売り上げがあがるので、社員はしんどいけれど会社としては旨みもある。
 デザインの考え方も住宅とはまったく違う。これまで書いてきたような考えは通用しない。平たく言えば「目立ってナンボ」の世界だ。主役は建築家でも商店主でもなく、その店に来るお客さんだから、必然性があろうがなかろうが客の目を納得させる意匠は必要になる。毎日目にする住宅の住み手と違って客の目は一瞬だ。その客が1分とか1時間の間に満足するデザインという、これまでとは全然違うものに取り組んだ。

 店舗建築については、家の近くの工務店と、より面白そうな仕事をもとめて移った京都の繁華街にあるデザイン事務所と、あわせて5年間くらい仕事をした。住宅も何軒かはあったが、そこでもカルチャーショックを味わった。平面プランを作る前に、外観デザインを作れというのだ。これまで書いてきたようにボクはまず平面プランから始めて、それに並行して徐々に外観を整えていくというやり方をやってきた。ところが、間取りなどなにもない状態で、道路から見た家の外観をデザインしろというのだから訳が分からなかった。もちろん今はそんなやり方はしていないが、1軒だけそのやり方で建てた家がある。もちろん、住み手もそれを希望していたからだが。(その家が、後日ボクをまったく違う方向に導くキッカケになるのだから不思議なものだ。)

8 へつづく

2017-04-07(Fri)

【森友疑獄事件】 安倍昭恵と私学審会長のただならぬ?関係

つらつら考えるに、森友事件は 森友学園を舞台にした安倍昭恵事件だったのではないか。
アッキード事件と呼ぶと、田中角栄ファンの皆様に叱られるのだが、やはり その名称が一番である。

またしても 昭恵ルートの新事実が明らかになった。



念のため、画像コピー

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奈良学園のホームページにも

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文中の要点を拾うと

2015年9月4日
あっきーこと内閣総理大臣安倍昭恵夫人が
奈良学園大学信貴山グランドを訪問
奈良学園大学の梶田叡一学長も同席

言うまでもなく、梶田叡一は大阪府私学審議会の会長である。
そして、この日は昭恵が塚本幼稚園の名誉園長になる前日であり、安倍晋三が前日に理財局長と会談、当日は国会をスッポカシて大阪に駆けつけた 疑惑の三日間と言われるあの日である。

もちろん、安倍昭恵は名誉校長になる前からたびたび塚本幼稚園を訪問し、豊中の土地にも籠池総裁と同行しており、かつ、翌日は講演する予定だったのであって、名誉校長就任前といえどもずぶずぶの関係だ。
その安倍昭恵が、8ヶ月ほど前の1月30日に大阪府私学審議会の臨時会で、きわめて不自然な「認可適当」を出した梶田会長と仲良く体操とは・・・

それにしても、この日は本当に偶然なのだろうか。

カギになるのは、重心会という法人だろう。
この重心道の本部は奈良学園と同じ奈良県三郷町にあり、重心道の陸上クラブチームの本拠地は、この奈良学園信貴山グラウンドである。
20170407-2.png

重心会自体は学園の組織ではないにもかかわらず、ホームグラウンドにできるというのは、よほど深い関係であると考えられる。
従って、2014年4月から2017年3月まで学長だった梶田叡一と重心道は日常的なつきあいがあった ということになろう。

ところで、「安倍昭恵は重心道の顧問」だと奈良学園のHPには書いてある。
いつから顧問なのかはわからないが、少なくともこれより2年前の2013年9月には重心道のイベントに参加している。

20170407-3.png

要するに、

安倍昭恵と梶田叡一は 重心道を介して 旧知の仲だった

ということだ。

名誉校長になって100万円渡す前日に、私学審議会の会長に会っていたというのもビックリだが、そもそも

何年も前から 安倍昭恵と私学審議会会長は仲良しだった

ということのほうが もっとビックリである

やはり、この事件は森友事件と呼ぶよりも 安倍昭恵事件 アッキード事件と呼ぶのがふさわしい。


<追記>
森友を「認可適当」とした大阪私学審会長の梶田叡一は、第1次安倍内閣の教育基本法改悪を中教審の委員として積極推進した人物だ。カトリックなのに創価学会に非常に好意的で、公明党との関係が深い。
極右じゃないよ、中道だよ という顔をしながら、じつは極右安倍を後押ししてきた。

このオッサンが、怪しげな昭恵人脈につながっているのは、ある意味何の不思議もないのかもしれない。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 5

4 からつづく

 十年遅れて建築を始めたなどということは、お客さんや現場の職人には関係ないことだ。だれも三十過ぎのオッサンを駆け出しのペーペーだとは思わないから、あれこれ聞かれるし判断も求められる。もちろん初めて聞く話がてんこ盛りなのだが、その場ではフンフンと分かったような顔をしておいて、帰り道で本屋に直行し調べて帰る、てなことが日常茶飯事だった。とにかく四年間で他人の十年分くらい建築を勉強したかったので、仕事が減っていくのは本当に辛く、いよいよ悩んだ挙げ句、またしても事務所を変わることにした。その頃にだいぶ薄くなった求人広告誌の中でわりと景気の良さそうなことを書いている事務所にした。リゾートホテルやらマンションやらの設計が引きも切らないらしい。なんだ、バブル崩壊とか言っても仕事があるところにはあるんだ、などと呑気に考えて働き始めた。
 生活が一変した。仕事は始業時間は決まっているが就業時間は無いに等しい。やり仕舞いと言えば聞こえは良いが、終わるまで終電が無くなろうと帰れない。平均して夜11時、週に一,二回は徹夜、みたいなタイムスケジュール。与えられた仕事はボリューム出しと言って、ある敷地にどれくらいの大きさのマンションが建つかザックリしたプランを作って面積表をつくるというもの。売りにでている土地情報にそうしたプランを添えてマンションデベロッパーに提出するのだ。その中で採算に乗りそうだなとデベロッパーが判断した物は仕事になる、という千三つの話。千三つというのは、千のプランを提出して仕事になるのが三くらいだから。
 そんなわけで数が勝負だから、普通は三日くらいで1プランを作成するのだけれど、夕方言われて翌日の昼には提出なんてこともちょくちょくあり、当然のように徹夜になる。いくらこき使ってほしいと思っていても、さすがに人間の気力と体力の限界を感じ、慣れと限界が危ういバランスをとっていたころ、変わった物のプランを作れと言われた。墓地である。墓地は自治体と宗教法人しか作ることができないのだが、客はどう見ても不動産屋である。どうするのだろうと思っていたら、京都の某寺から宗教法人ブローカーがやってきた。こんな商売もあるのだ。仏の沙汰も金次第らしい。
 さらに墓地開発は、何重どころか何十重もの法律の網をくぐり抜けなければできない。たしかその時は十三種類の法律と条令がかかっていた。その担当部局を訪ね歩いて、針の穴を探す作業を続けた。そこに現れたのは、こんどは○○社という筆文字の名刺をもったオジサマ。一見してそれと分かる風体。そのオジサマのBMWに乗せられて役所に行くと、何も言わないうちからササッと奥のほうの市民の目につかない応接間に通される。役所の担当者もやけに丁寧に対応する。だからといって無理が通るわけではなかったことは役所の名誉のために付け加えておく。
 何度か○○社のオジサマと仲良く役所を回った後、ボクは速やかにその会社に辞表を出した。これ以上続けていたら、この業界でマトモに生きていけなくなると思ったからだ。こうして過労死寸前の生活は終わりを告げた。しかし後から振り返ってみると、ここで追い込まれるようにプランを作り続けた経験は、かなり大きな財産だったと思う。その敷地に対して無理のないプランが、するするっとできるようになった。面白いプランかどうかはともかく、敷地形状や法規制などの限界と使えるプランとの兼ね合いをざっと検討つける技は、この期間に集中して身につけることができた。

 住宅を設計する建築家のことを「住宅作家」と呼ぶことがある。ボクは、そんな自称はしないことにしている。やはり住宅は使えてナンボ、住みやすくなくてはわざわざ建てる意味がないからだ。住宅作家の「作品」を見ると、たしかに美しさや新規性は目を見張るものがある。彼らに依頼する住み手も、それを期待して依頼しているのだから、それはそれでいいのだと思う。しかしボクはそういう立場をとらない。住みやすさを優先するために、デザインのリズムが崩れたり、思い切りの良さがなくなったり、凡庸になったりすることは多々ある。それは分かっているけれども、できるだけそうならないように努力はするけれども、でも結局は住みやすさを優先する。それは住み手の言うがままということではなく、ボク自身の判断としてそうする。
 逆に、「それはやめた方がいい」という時はお客さん相手でもズケズケ言う。中には気を悪くされる方もいるけれども、それがボクの役目だから言う。それは「作品」にするためではなく、住んでからのことを脳内シミュレーションするのがボクたちプロの仕事だから、プランにせよデザインにせよ言うべきことは言わせてもらう。とにかく他人に意見されるのが嫌という人は、ボクには依頼しないほうがいい。
 設計というのは、詰まるところ判断の連続だ。まったくの白紙から何かを創造する芸術とはちがい、様々な条件と方法のなかから最適解を選択する。そこには創作の要素もある。それが建築がアーキテクチャー=アート+テクノロジーと呼ばれる所以だが、こと住宅に関してはその要素は思いのほか小さい。無理にアートにされてしまって、住んでから泣いている住み手の話は枚挙にいとまがない。
 これは日本の建築家が「アート」を誤解しているせいもあるだろう。アートとはいわゆる芸術ではなく、人間の作る物 と考えた方がいい。対するテクノロジー(より広義にいえばサイエンス)は神の摂理に基づくもの ということだ。物理法則のように人間にはどうしようもない神の作った世界がサイエンスで、人間が作り出せるものがアート。アーキテクチャーという言葉の生まれたキリスト教社会の欧米ではそういうことになっているらしいのだが、言葉だけ輸入した日本ではアートを狭義の芸術だと信じ、アーキテクトの設計した家は奇を衒った芸術作品でなければならない、と思い込んでしまったようだ。
 アーキテクチャーはそのような狭い意味の芸術ではなく、神の世界と人間の世界の出会う場所だと思えば、無駄なデザインをこねくり回すこととは無関係だ。人が暮らすために神の世界(自然の摂理)をもっともうまく使わせてもらう、ここに建築の妙があるはずだ。神の摂理(自然)、人のしがらみ(社会や経済)という条件の中で、住み手にとっての最適解をコツコツと積み上げていく意外と地味な作業が、住宅を設計(つく)る建築家の仕事だったりするのである。

 だから、設計の一番の基本の基本はやはり平面プランだ。いわゆる「間取り」である。素人でもかなり良くできた間取りを考える人はいる。安価な間取り作成ソフトなんかもあり、そんなので書いた図面をもって相談に来られると、「なんだか我々の立場がないなあ」と思うこともある。しかし、少々弁解しておくとプロの仕事では平面プランと間取りは違う。

6 へつづく

2017-04-03(Mon)

【森友疑獄事件】 安倍政権をがっつり支える民進党

森友疑獄事件を見ていて改めて気がついたことの1つが

「民進党はやっぱりアホや」

ということだ。

せっかく裏切られた安倍晋三信者が情報ぶちまけてくれたのに、ぜんっぜん安倍の首を取る気がない。
とりあえず、NHKに映るときだけ目立っておこう くらいのあまあまの質問でお茶をにごし、もうそろそろ潮時かなという感じで手じまいしかけている。

自民議員“陰毛事件”スルー 森友の幕引き許す民進の逃げ腰
2017年4月2日 日刊ゲンダイ


この記事に限らず、多くの人が指摘しているように、本気でやるなら予算が通る前に全審議をボイコットして、その間に国民運動も呼びかけて、国会の内外から安倍政権を追い込むくらいのことは、最低限やらなければならない。

追求のやりかたも、籠池総裁や菅野完氏あたりから出てきたネタを場当たり的に追求してみせるだけで、事実を積み重ねて不正を証明することもせず、もっとも効果的なポイントに絞ってキャンペーンすることもせず、マスコミが取り上げているから今のうちにやっておこう という程度のものであった。

共産党は地方議員が大阪府や豊中市の情報を集めて国会議員にあげているので、民進に比べればずっとマシではあったけれども、野党が一丸となって「安倍の首を取る」という動きの中心にはなれなかったことは残念である。
まして、社民や自由のような最小限政党は、個人プレーの域を出ることができなかった。

産経やネトウヨの組織的な民進叩きも始まっているが、民進の幹部はNHKに映る予算委員会の間だけの期間限定で追求するつもりだったのだから、逆効果にしかなっていない。静かに手を引きたかった民進党が、むしろ騒がれることで引くに引けなくなっているのは皮肉な光景である。

少なくとも安倍晋三の首を取ることができる、唯一無二のチャンスを、茶番で終わらせようとする民進党。その姿をみるときに、あらためて、この事実を確認しておかなければならない。

「安倍政権を盤石に支えているのは民進党である」 

2010年5月の鳩山の裏切りに始まって、消費増税に踏み切った菅直人、すべてを売り渡した野田佳彦。
化け物のような現在の安倍政権を生み出したのはこいつらだ。

そして、絶対に野党が勝たないように、間違っても再び政権交代なんてことにならないように、意図的に安倍政権に塩を送る続けることで、自分たち幹部の議席だけを安堵しているのが、民進党である。
間違ってはいけないのは、彼らは 「間違って」 そういうことをしているのではない。 「意図的に」やっているのだ。
それは今に始まったことではなく、古くは総評をつぶすための同盟、社会党に対抗するための民社党 という労組の顔をした体制補完勢力、野党をつぶすための野党の流れをくんでいるのであって、特段おどろくには当たらない。

むしろ、そういう存在だということが、何度も何度も何度も何度も明らかになっているのに、いまだに民進党に何かを期待する人が少なくないということが驚きである。
たしかに、若手の中には、こういう幹部の動きを良く思わない議員も多いとは思う。しかし、彼らもいざとなれば簡単に屈服する。口では勇ましいことを言っていても、内実は完全にヒラメであり、党本部のご意向に背くことは ぜっっったいにしない。

その姿も、私たちはこの数年、ずっと見てきたではないか。
最近でも、ミナセン大阪が野党共同街宣を何回呼びかけても、党本部やら大阪府連やらのお許しがないといって、街宣にすら出てこないのが、民進党の腑抜け予定候補たちである。

もう こんな連中に何かを頼ったり期待したりする発想を、根本から捨て去ることから、一歩を始めるべきなのではないか。



そんなときに、下記の論考は深く考えさせられた。

橋下徹・元大阪市長がアメリカで講演した件、それから売国官僚・高見澤将林(たかみざわのぶしげ)について
2017.4.2 アルルの男ヒロシ


アルルの男こと中田安彦氏が副島隆彦氏の学問道場HPに書いている文章だ。
彼の夢も希望もない話に全面的に同調はしないけれども、
「小沢一郎はそろそろ自らの政治革命の失敗について批判的に総括するべきだと思います。小沢が思っていたほど、日本人は賢くないし、近代人でもない。二大政党制という机上の空論を祭り上げたことに問題がありました。」
という一文には、う~んと唸ってしまった。

私も常々、小沢氏が「民進党を中心に」とか「民進党が野党第一党なんだから」という言い方をするのに、非常に違和感を感じてきた。
民進党がそんなに頼りになるのなら、あのとき分裂しなければよかったのであって、こいつら煮ても焼いても食えん と判断したから国民の生活が第一を立ち上げたのではなかったのか。

そんな民進党が、なんで野党第一党として共闘の中心になることがあるだろうか。そんな幻想を語っている間に、安倍政権は勝利を積み重ね、ついに両院で2/3を確保し、化け物のような独裁政権を完成させてしまった。
その意味では、民進党に望みをつなぐことを示唆した小沢氏にも、その小沢氏を支持してきた私たちにも、安倍化け物政権を支えてきた罪の一端はある。

とはいえ、小沢氏がどう判断しようが、この数年の結果は大きくは変わらなかっただろうから、やはり罪深きは民進党である。

もちろん、各地方や選挙区によって、民進党ともそれなりにうまくやっていく場所もあるだろう。それは否定しない。
しかし、大枠としての民進党は 実は安倍政権を支える足の一本であり、それこそが安倍政権の盤石の強さの秘密である。
それを意識的にやることで民進幹部は身の安全を確保し、そんな幹部にたてつくことのできない口先人間の集団が民進党というものである。
そのことを、改めて骨の髄から認識し直して、新年度に臨みたい。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 3

2 からつづく

 コンクリートの寿命はほぼ強度に比例すると言われていて、JASSという国の基準を見るとFc18→30年 Fc24→65年などと書いてある。一般に住宅の基礎に使われるのはFc21というコンクリートなので、ちょうど上記の中間ということになり、設計上の耐久性は47.5年ということになる。あれ?意外と短いぞ。
 200年住宅などという大ボラがコソッと消えた理由の一つがここにある。ほとんどの場合Fc21のコンクリートも測定すると25以上の強度になっているので、50年よりは長くもつと思われるが、それにしても設計上は50年のものを200年と銘打つわけにはいかないだろう。
 明月社の標準仕様では、基礎のコンクリートは一般より一つ上のFc24を使っている。これならば設計上で65年、実質100年くらいは心配ないことになる。それと、Fc21だろうが24だろうが、コンクリートの施工が悪くて隙間だらけでは耐久性はがた落ちなので、基礎屋さんが手抜きをせずにミッチリ詰まったコンクリートを打設してもらうようにすることも重要だ。だからボクは、基礎工事の間はちょっとイヤミだけど2回は現場のチェックに出かけて、現場監督にも基礎屋さんにも緊張感を持って工事してもらうように注意している。

 コンクリートと同じくらい構造体そのものに関わるのが集成材だ。集成材というのはカマボコ板くらいの木材を接着剤で貼り合わせて、柱や梁のような大きな材木にしたもの。欠点を省いて状態の安定した構造材であり、ほとんどの木造住宅メーカーがこの集成材で家を建てている。そして、言うまでもないが集成材の寿命は接着剤の寿命である。接着剤が寿命を迎えると、集成材の家はカマボコ板に戻ってしまい、原型をとどめないほどにバラバラになってしまう。かなり怖い。まあ、実際は一斉にバラバラになるのではなく、一番力がかかっている箇所や劣化の激しい箇所が、バキッとはがれることになるだろう。それでも怖い。
 ほとんどの木造住宅が集成材で建てられている以上、当然ながら集成材の耐久性は明示されているはずだ。と思って探してみるが、実はそのようなものはない。長寿命系の接着剤についてはある程度データも出ているが、住宅の集成材で一般的なイソシアネート系接着剤の寿命については、なんと、誰も保証も断言もしていない。イソシアネート系接着剤はシックハウスの心配がないことから最近の主流になっているが、実は湿気に弱く耐久性は他の接着剤に劣るうえに、これまでの実績も25年ほどしかないというのに。
 もちろん、だからといってイソシアネート系の集成材が25年でバラバラになる、と予言することはできない。東日本大震災や熊本地震の被害報告でも、集成材の剥離は問題になっていないので、現時点で社会問題化するほどの剥離事件はおきておらず、集成材は危ないぞと言ってしまうのは間違いだ。ただハッキリ言えることは、集成材の寿命は「分からない」ということだ。
 寿命の分からないものを、たぶん大丈夫だと言って住み手に勧めるのは嫌なので、ボクは原則として製材品を使う。製材というのは、丸太を四角にカットしただけの材料。もちろん製材品には製材品の欠点があるので、それを補うためのノウハウもあるのだが、それはまた別のところで。とにかく、耐久性に関しては、杉や桧の製材品は千年の実績がある。

 千年もつ杉や桧といえども、雨漏りしてはひとたまりもない。かの設計事務所で教わった「水仕舞い」である。ただ、設計事務所で習ったのは鉄筋コンクリートなどの話だが、木造住宅の実務を長年やってきて分かったことは、木造の水仕舞いの考え方は少し違うということだ。鉄筋コンクリートなどでは、「ここから先は水は一滴も入れない」という絶対の防水ラインが1本あるのに対し、木造の場合は太いラインが1本と細いラインが2本くらいの多重構造になっている。例えば屋根を見ると、屋根材で99%の雨を防ぎ、その下の防水シートで残りの0.9%を防いで、それでも侵入する0.1%は乾燥させる みたいな考え方になっている。外壁も同じ。なぜそんないい加減なことになっているのかと言うと、鉄壁の守りが崩れた時を想定しているからだろうと思われる。
 鉄筋コンクリートでも建物は「動く」。まして木造はかなり動くので、何かの拍子に隙間ができて水が浸入することがないとは言えない。しかも、浸水した時にはコンクリートよりも当然ながら被害は大きい。その不利な条件を克服するために、1本の防衛ラインではなく、0.1x0.1x0.1のように限りなくゼロに近づけておいて、残った0.001はいったん木にしみこませてから乾燥させようという、一見ゆるいシステムになっている。ちなみに、乾燥させるのは雨水だけじゃなくて例えば釘に着く結露などもあるので、どっちみち必要なことでもある。
 こんな話を聞くと、やはり木造住宅は安心できない、と早合点する人もいるかもしれない。でも安心していただきたい。長い期間で考えた時、最初から万が一を想定した多重システムのほうが、強固な単一のシステムよりも、ずっと安定しているからだ。これは、防水だけの話ではなく、防火性や耐震強度などでも同じことが言える。木造は、多くの点で性能が劣っているように見える。しかし、単品で劣っているからこそ、始めから多重防御を組んであり、家というシステムとしてはかえって安心できるようになっている。
 もちろん、手抜きや無知による間違いがあったら元も子もないので、設計も施工も木造住宅というシステムを熟知していることが求められる。とくに雨漏りは木材の天敵であることは間違いない。建物が揺れた時、横殴りの強風の時、毛細管現象、様々な状況を想定した防水の原則を守るようにしたい。

 耐久性のあるコンクリート基礎を作り、集成材ではない木材を使い、雨漏りを防げば、耐久性のある家はできるのだろうか。実は、まだ大事な要素が二つある。どちらも最近の家ではリスクは減っているものの、まだまだ無視することはできない。
 その一つ目は、シロアリだ。土台や柱をスカスカになるまで食べてしまうシロアリ。漢字で書くと白蟻なので、この被害のことを蟻害(ぎがい)と言ったりする。もっとも、白蟻は蟻の仲間ではなく、ゴキブリに近い。家を食べてしまうことから、なにかモンスター的なイメージがあるけれども、一匹一匹はとても弱い生き物だ。知能も低くほとんど学習能力がないと言われている。とにかく目の前にあるものをカジる。知能がそこそこ高い生物は毒を食って仲間が死んでいたら「危ない」と思って逃げていくが、シロアリはお構いなしにカジるので、一番の防御策は点検である。少なくとも数年に1回は、床下と家の外周を点検した方が良い。とくに最近の家の場合は外回りのほうがリスクが高いといえる。
 昔は床下は土のままだったので、シロアリの通行は自由だったが、最近はほぼ例外なくベタ基礎と言って、15センチくらいの厚さのコンクリートが敷き詰められている。縦横に鉄筋が入っているので大きな亀裂もできにくい。これを貫通して出入りするのはシロアリといえどもかなり苦労する。というか、何らかの隙間がないとまず不可能だ。配水管などがこのコンクリートを貫通していると、管とコンクリートの隙間ができるので、こういう箇所を無くすことが重要になる。どうしてもできてしまう時は、念入りにモルタルなどでふさぐ必要がある。
 家の外回りは土に接しているので、シロアリは当然ここから伝って上がろうとするのだが、家の外回りは風が吹いたり日が照ったりする。シロアリは乾燥するとイチコロで、風や日光には至って弱いので、普通は基礎の外側を伝い登ることはあまりない。しかし、長年住んでいる家の周りは、エアコンの室外機やプランターが置かれ、物が積み上がり、スチールの物置が置かれるようになる。シメシメである。影になった隙間を、シロアリはやすやすと這い上がり、土台へと喰い進んでいく。そんなわけで、本気で点検する時は、家の周りに置いてある物をどけてみることが肝心なのである。
 蟻害を最小限に食い止めるためには、土台に毒を塗っておきたいのは山々だ。

4 へつづく
2017-03-31(Fri)

極右と従米 ~トランプと安倍晋三の立ち位置~

昨日の記事が、なかなか分かりにくいという指摘ももらったので、もう少し書き加えてみたい。

まず、基本認識として、メチャおおざっぱだけれども、下図の力関係は前提で話を進めたい。

20170331-1.jpg

これについての事細かな説明は省かせてもらう。

国際金融資本というのは、ゴールドマンサックスなどを筆頭に、世界中のマネー(お金の電子信号)の処分権をほぼ独占的に握っているいくつかの金融グループである。

軍産複合体は、米軍そのものと、ロッキードやボーイングなどの兵器産業、GEやブラックウォーターなどの傭兵企業、焼け跡に乗りこんで稼ぎまくるベクテルなどのゼネコン、GEや三菱電機のような電器メーカー、etc,etc・・・・ もう切りが無い。

この二つの勢力がリンクすると、ちょっと手のつけられない権力を手にすることは、容易に理解できると思う。

そこで問題は、トランプはどこに位置するか だ。
「リベラル」諸氏の頭の中では、この「T」の位置なのだろう

20170331-2.jpg

最右翼で、金融資本にも軍産にもべったり と言うイメージ。
だから、トランプが当選したら アメリカを出て行くなんていうセレブが続々出てきた。

しかし、そのイメージを裏付ける根拠は乏しい。
出ていくと行っていたセレブたちも、引っ越す気配がない。

私は、日米関係については、副島隆彦さんと田中宇さんを、入手できる情報源の中ではいちばん信頼している。
ふたりともトンデモ扱いされることの多い人だが、米紙の焼き直し程度の評論ばかりの日本にあって、この二人の分析は質を異にする。異質であるが故に異端扱いされるが、私はメディアコントロールされたWSJやワシントンポストの記事を属国板に焼き直したくだらない評論より、ずっと信頼できると思っている。

副島氏の放射能についての言説はナンセンスだし、文章の「てにをは」もヒッチャカメッチャカだが、それと日米関係の分析は別だ。
田中氏も結論を多極化というワードにまとめすぎるきらいがあるが、大枠はイデオロギーによる予断を排して、非常に現実を冷静に見ている。

この二人に共通しているのは、トランプの位置づけである。
私自身も目にできる限りでえた情報も含めて考えるに、実際は下図のような位置であろう。

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たしかに右ではあるが極右ではないし、金融資本や軍産とのパイプは作っているが基本は自立である。
この認識が、なかなか理解してもらえない。

理解されないままに、パイプであるはずの軍やゴールドマンサックスのスタッフに母屋を取られかねないところまで、追い詰められている。
左右を超えて、巨悪に立ち向かうべきところなのに、左のリベラルと上の金融資本+軍産が 団結してトランプを叩きのめす、という構図が現在までの米国の状況だ。

ちなみに、安倍晋三はどこにいるかというと、「A」である。
極右であって従属。
ただし、、、 右翼の宿命としてわずかに独立に足をかけざるをえない。

日本の戦後右翼は、岸信介や笹川良一がGHQに屈服して生き延びたところからその歴史は始まっているので、大前提として従米である。
ただし、本質は従米でも、勢力を拡大していくためには、従米一本槍では真性国粋右翼からは愛想を尽かされる。市井の保守や右翼の中には、従米を快く思わない真性国粋は少なくないので、右翼として国政を担っていこうと思えば、ウソでもポーズでも「独立」に片足をかけざるを得ないのである。

これが、安倍晋三のウィークポイントであり、2007年に政権を投げ出したストレスの一因だった。
小泉のように、どこまでも従米であればストレスは少ないが、極右をウリにする安倍の場合は股裂きになる。これは辛いし、ご主人様からも不審の目で見られる。

そんなわけで、安倍晋三は「A」の位置になる。



以上をふまえた上で、安倍晋三は、世界に先駆けてトランプにすり寄ったということを思いだそう。

トランプは、世界の警察を辞めたい。
だから、アジアはアジアで米国の利権を侵さないようにうまいことやってくれ ということだ。

そうなると、安倍の立ち位置の中の「自立」が意味を増してくる。これまでは、人気取りのための方便であった自立が、トランプへのご機嫌取りにもなる という一石二鳥。
もちろん、それは本当の自立ではなく、独自に武装して、独自にアジアににらみをきかせる ということを米国の意向のもとでやる。

それでも、独自武装なんていう単語を聞けば 極右は小躍りするし、独自で中国と睨みあいできるポジションをとれれば、極右は狂喜乱舞する。(当然ながら、バックに米軍がいるというスネオ状態でのことだが)

こうやって、トランプ政権下での安倍の位置を思いやってみると、田中宇さんの言う「日本が台湾に接近して日豪亜同盟を進めようとした」という話も、決して突飛な話ではないことがわかる。
トランプの要望と、自らの人気取りを両立できるのだから。

しかしながら、その動きは、これまで日本を手の内にしてきたジャパンハンドラーズと言われる米国内の勢力にとって、望ましいものではなかった。彼らは、より直接的に日中を不安定にし、戦争を期待している。
CSISなどのハンドラーズ勢力は、まだまだ健在であり、日本の官僚やマスコミはいまだその呪縛に絡め取られている。

そうした背景を見れば、森友学園が「正義」だけで騒がれたわけではない ということは理解できる。



そうして躓いた安倍晋三を見て、よっしゃ!! ついに出番が来た!!! と欣喜雀躍したのが、橋下徹だ。

早速CSISに乗りこんで、「ボクにやらせて~~」と懇願してきた。
トランプを手玉にとってやる という超強気の講演が CSISのお歴々の心に響いたのかどうか。それは、しばらく様子を見ないとわからない。

すくなくとも、橋下徹本人は、やる気のようだ。

世の中は、革新vs保守 とか 右v左 とか 正義VS不正義 みたいな単純な対立項でできているわけではない。
正義のつもりが、究極の不正義を後押ししてしまうことだってある。

自分の「正義」を一度バラして組み立て直すことが必要だ。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 2

1 からつづく

 工務店の決め方については、話し始めると一晩かかるので、また改めてということにして、話を前に進めよう。いろんな事情で設計段階から依頼する工務店が決まっている場合は、基本設計が終了した段階で概算見積もりを出しておくことが多い。基本設計の図面では詳しい見積もりはできないので、だいたい100万円単位くらいのおおざっぱな金額の見当をつけておく。予算から大きく外れていないということを確認して進められるので、安心できる。ただし工務店によって金額は1割も2割も違うことがあるので、少し幅を見ておく必要があるけれど。
 概算見積もりがほぼ予算におさまりそうだと分かった段階で、建築確認申請を提出する。建築基準法で決められているから、これを出して確認が降りてからでないと着工できない。木造2階建てであれば提出から1週間以内に確認が降りることになっているのだけれど、実際は自治体への届け出や消防署への経由などがあり、3週間程度かかると思っておいたほうがいいい。
 条件が合うときは「長期優良住宅」の申請も同時にすることになる。年ごとに制度が変わるので約束の限りではないが、運がよければ100万円程度の助成金がもらえることもあるし、税金の優遇なんかもあるので、できるだけ長期優良住宅の取得はお勧めしたい。
20万円ちょっとの申請費用はかかるけど、長い目で見ればお得。
 長期優良住宅についてもちょっと書いておこう。制度ができるきっかけは、福田政権の時の「200年住宅ビジョン」だった。そのご200年という具体的な数字は引っ込めて、長期優良という曖昧な制度になった。普通のコンクリートや接着剤を使って200年とは大ボラが過ぎる話なので、さすがに国交省も遠慮したのだろう。それでも建築基準法ギリギリで作っている住宅に比べると、耐震性、耐久性、断熱性はあきらかにレベルアップすることになるし、運が良ければ補助金も出るので、やっておいて損はない。明月社の家の場合は、長期優良住宅の認定をとってもとらなくてもだいたいそのレベルの性能は確保しているので、補助金をもらえれば丸儲けということになる。

 工務店の見積もりの話に戻ろう。一回目の見積もりで「OK!」になることは、まずない。だいたい最初は少々予算オーバーするのが世の常で、工法や材料を見直したり、工務店が仕入れを検討したり、要求自体を少しだけあきらめたり、そんなことをしながら予算内におさめていく。設計段階で「そんなに希望を爆発させたら絶対に予算オーバーしますよ」といくら説得しても、ほとんどの住み手の方はブレーキがきかなくなる。まあこれは仕方のないこと。それほど家づくりは楽しいのだから。でも、「予算オーバーしたらこれとこれは諦めよう」という腹づもりだけはもっておいてもらわないと、見積もり段階で気分は天国から地獄へ転落することになる。絶対に譲れない部分と、これはオプションと割り切る部分を意識できているかどうかが、幸せな家づくりができるかどうかの分かれ道だ。そんなこんなで見積も結構忙しくて、見積もり期間だけで1ヶ月くらいは見ておいた方がいい。

 ここまでをふりかえると、場所を読むことから始めて、基本設計、実施設計、申請関係、見積もり、という工事が始まる前の段階で、半年以上の時間が過ぎていく。言葉で聞くと長いようだけれども、実際にやってみると住み手もなかなか忙しくて、あっという間の6ヶ月という感想を持つ人が多い。打合せだけでなく、ショールームで水回りや窓などを選んだり、タイミングが合えば完成見学会に参加したり、建て替えの場合は引っ越しの準備もある。普段から多忙な人には、時間をかいくぐるような忙しさになるかもしれないけど、この段階で不完全燃焼だと建てた後から後悔が湧いてくるかもしれないので、なんとか時間を確保してじっくりと取り組むことをお勧めする。

■最初に教わったこと

 30歳を過ぎてから建築の短大を卒業したボクは、学校の紹介で小さな設計事務所に就職した。そして、入社したその月にいきなり「チハイ」というものを経験することになった。チハイ=遅配。要するに給料が出なかったのだ。それまで働いてきた病院やゼネコンでは給料日になると自動的に給料はきちんと振り込まれてたから、そのことに疑いなど持っていなかったボクは、「給料ちょっと待ってくれ」と言われて目が点になった。しかも社長の行動を見ていると、どうやら誰かから逃げ回っているらしく、社長室のブラインドはいつも閉めっぱなしで、隙間から道路を覗いている。なんだかテレビドラマの中みたいだとドキドキしたが、他の所員は慣れているらしく平然としている。遅配と言われても「またか」てなものである。
 そんな状態だからそもそも仕事がない。10年遅れで建築を始めたボクは、とにかくこき使ってほしかったのに、来る日も来る日も仕事がない。なんでこんな状態で求人したのか今でも不思議だが、とにかく仕事がなくて、古株の所員などはベランダで花の栽培に精を出していた。この事務所で憶えたことといったら、今では歴史の遺物と成りはてた青焼きの使い方とか第二原図の修正の仕方とか。
 そんな状態で半年が過ぎ、焦りに焦ったボクは短大の先生に泣きついて別の事務所に移ることにした。ここでは、大学の校舎や学生寮など、初心者にしてはハードルの高い仕事をさせてもらった。一番基本的なスキルは、だいたいここの所長に教えてもらったと思う。中でも、繰り返し言われたのは「建物は動くんだ」ということ。鉄筋コンクリートの建物でも、少し風が吹けば動き、もちろん地震があれば動き、経年変化でも動く。それを見越して作らなくてはいけない。これは、初心者には目から鱗だった。さらに強調されたのは、「水仕舞い」。雨水をここで止める、という明確なラインを作れ ということ。当たり前のように聞こえるかもしれないけれども、これがアイマイになっているケースは実に多い。何年も後になって現場の実務をたくさん見るようになってから、その時の「水仕舞い」の教えの意味がよく理解できた。建物の耐久性てのは、華やかなデザインとは無縁のこうしたジミな設計のスキルで支えられている。

 住宅の性能の中でも「耐久性」はとかく後回しにされがちだ。耐震性、断熱(省エネ)性、デザイン、自然素材、価格 こうした話は営業トークにもてんこ盛りだし、どこの住宅会社のホームページを見ても「どんなもんだい」とばかりに書き連ねてある。そんな言葉の洪水の中で、「耐久性」は埋もれている感がある。200年住宅ビジョンがコソッと表舞台から引っ込んで以来、「耐久性」は住宅性能の主役の座を明け渡してしまった。裏を返せば、普通にちゃんと作ってあれば、どの住宅も「耐久性」は大差ないということでもあったりする。
 なぜかと言うと、現在主流になっている木造住宅の工法なら、「耐久性」に最も影響大なのがコンクリートと接着剤の寿命だからだ。基礎を作っているコンクリートと、柱や梁などの主要な構造部材になっている集成材を貼り合わせている接着剤。この二つのうち短い方の寿命が、すなわちその住宅の寿命であるといえる。他の部分がいくら長持ちしたり補修できたりしても、基礎と構造体を丸ごと補修するのは建て直すより費用がかかるほど困難なので、現実的には基礎コンクリートか構造用集成材の寿命が家の寿命であると考えて間違いじゃない。
 では、長期優良住宅を含めて今建てられている住宅の基礎コンクリートは、どれくらいの寿命なんだろう。

3につづく

2017-03-30(Thu)

丹田に力を入れて考えてみよう

今日は思いもよらない仕事のキャンセルがあって、我が身の不徳に意気消沈して地中埋設物になりそうな勢いだったのだが、日暮れとともに少し気力が復活してきたので、ふんんばって文章を書いてみようと思う。

まず朝から不穏な文章を読んでしまったのが、今日のケチの付き始めだった。
不穏な文章というのは、これだ。論考の最後だけ引用させてもらう。主旨を理解するには、全部読んでいただきたい。

台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本
2017年3月29日   田中宇

(略)
 実のところ、日本が台湾に接近することによる喫緊の問題は、中国との関係でない。日本が、米国(軍産)から自立した外交政策をとることを最も嫌う、日本外務省など日本の軍産系の勢力が、安倍政権のスキャンダルを扇動し、安倍を辞めさせて、もっと軍産の言うことを聞く指導者とすり替え、日豪亜的なことや、安倍がメルケルなどと組んで米国の保護主義を批判しつつ自由貿易の重要性を提唱するような勝手な真似をさせないようにしたがっている動きの方が、緊急の問題だ。 (Abe eager to reaffirm Japan’s global position)

 日本のリベラル派のほとんどは、安倍憎しの観点から、ことの本質に気づかないまま、対米自立し始めた安倍を辞めさせようとする軍産系のスキャンダル扇動の動きに乗ってしまっている。トランプを嫌うあまり、トランプ敵視の軍産の傀儡になってしまった米国のリベラル派と同じだ。日本(や米国やイスラエルや西欧)は、左からだと転換できない。右からしか転換できない(極右になった挙句に米国覇権を崩し、多極化する)。それは以前から感じられていた。

(引用以上)

こういう話になると、「トランプ=悪魔」 「安倍=極悪人」という単純な図式だけで判断する人たちは、かさにかかって非難し出すのだが、田中氏は緻密に情報を集めて それに基づいた推論をしているので、事実は事実として読んだ上で、冷静に判断をしてほしい。

たしかに戦争大好きの安倍は極悪人だと思うけれども、そのことと情勢分析は別物だ。
極悪人で戦争大好きの安倍晋三が、大戦争を遂行したい米国の軍産複合体にとってジャマになる ということだってありうるのだ。

もとより、森友疑獄事件がこれだけ大騒ぎになったのは、CSISなどに代表的なジャパンハンドラーズやその親玉である軍産複合体の「許可」があったからだ。そうでなければ、マスコミがこんなに大々的に報じることはできない。
それは私も そうだろうと最初から思っていた。

それでも、あまりにも傍若無人な安倍晋三を引きずり下ろすことができれば、それは日本人にとって大事な経験になる。
またこの金のなる木を暴くことは、安倍にとっての資金源を絶つことにもなり、意味は大きいと考えてきた。それは、今でも変わらない。

しかし、トランプVS軍産複合体+国際金融資本のパワーバランスが、徐々に軍産側が押しまくるようになりトランプは思うように政権運営できなくなっているのが明らかになってきた。
そうなると、安倍を追い落とすのはいいけれども、その後を考えておかないと、もっと酷いことになる可能性が高い。



こういう背景をふまえた上で、一昨日も書いたこの件を見ると、なお一層ヤバさ加減が増幅されるのである。

「日本に強力な外圧を」=自衛隊の役割強化で-維新・橋下氏
2017.3.28 時事


橋下が言ったことは、米国側から見ると 「花はトランプ 実は軍産」ということだ。
当面は政権にあるトランプを褒めちぎって花を持たせながら、果実はすべて軍産に渡るように日本も血を流す というのだ。
いかにも橋下らしい口八丁であり、「ボクなら安倍さんより ずっとうまくやって見せますよ」 という強烈なプレゼンテーションだった。

もちろん、橋下は自分からポスト安倍に名乗りを上げることはしない。都議選で自民が壊滅状態になり、自民党内から「勝てる目玉商品」待望論が噴き出すのを待っている。
先に口を開けば安売りすることになるなんてことは基本中の基本であり、橋下の交渉術の中ではイロハにも入らないだろう。

だから、直接「橋下出馬」というニュースは当分流れないけれども、何かにつけて目立つことをやり続けるはずだ。
森友事件でも 「橋を架けたのは自分」とか言ったりして、ほんのちょっとだけミスを認めることで 注目を集めようとしている。
夏に向けては、豊洲市場問題で、スタンドプレーを始めるに違いない。

そういう橋下の動きを、マスコミがじゃんじゃん取り上げ始めたら、ジャパンハンドラーズが本気で橋下を「採用」したということの証左だろう。
ワシントンでの試験に合格というわけだ。

今、安倍晋三を追い落とそうと汗を流している面々は、ポスト安倍のことを考えているだろうか。
それは自民党内のことだから、どうしようもない?
どうせ麻生になるんでしょ と諦めている?

ジャパンハンドラーズにとっては、財務省もまたハンドリングに逆らう気にくわない役所だ。基本は従米であっても、何かにつけて従米よりも省益を優先させる。その代理人である麻生を、安倍の後釜に据えるだろうか。

岸田は外務大臣として 核禁止条約の交渉に参加すると意気込んでいたが、あえなく潰された。「やっぱ出ない」と言った時の消沈した表情からは、腐っても広島1区なのかと思われるものがあった。
嬉々としてジャパンハンドラーズの手先になるには、やはり役不足に見える。

2012年に安倍と総裁選を争った石破茂はどうか。彼は(内容は別にして)筋論や責任を重視するので、ジャパンハンドラーズの言うなりに2万パーセントも一夜で覆すような芸当はできないだろう。しかも、明言はしないが独立志向がある。ハンドラーズにとって、一番避けたいポスト安倍であろう。

解散にならないかぎり自民党か自民党が認めた人間しか首班指名されない。
もし解散になっても、不動の腑抜け政党=民進党がそびえているかぎり、野党が政権を奪うことはありえない。
であるならば、野党側が今するべきは、まだしもマシなポスト安倍候補と話をつけることではないのか。

私は、今の自民党のなかで限定するならば、石破茂しかなかろうと思っている。
それは、たんなる椅子取りゲームの話ではなく、石破のブログなどを読んでみて、やはり彼なりの筋は通していると感じるからだ。

石破茂のオフィシャルブログ

もちろん、自党の沖縄選出議員を屈服させたあの一件や、デモをテロになぞらえたり、思い起こせば腹の立つことはもちろんてんこ盛りにある。
しかし、じゃあ誰なんだと言った時に、安倍晋三を筆頭にもはや「言葉が通じない」「言葉が意味を失ってしまった」政治家が居並ぶ中で、まだしも「言葉が意味を残している」政治家なのではないかと思うのである。

なんでも白か黒かで決めつけることは、たしかに気分はいいし簡単だ。
しかし、客観的にはそれが最悪の事態を促進していることはないだろうか。
日本にとって、最悪の選択肢である 橋下総理 を後押ししてしまうことはないのだろうか。

熱い頭を冷やしながら 慎重に考えてみたい。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 1

 光陰矢の如し。「ん?おかしいんちゃう。光のほうが矢よりも早いやろ。」「いやいや、光陰ちゅうのは月日のことやで」などとどうでもいいことを考えているうちに、光陰は過ぎ去る。ボクが明月社を始めてから、もう10年以上が過ぎ去ってしまった。そのころ彰国社から出版した「家を建てる。」の内容にも、いろいろと足したり引いたりする必要がでてきたようだし、多くの家を設計させてもらう中で気が付いたこともたくさんある。世の中の技術や製品の進化もあるし、木の家のおおもとである日本の林業の変化もある。
 てなことで、久しぶりに家づくりについてまとめて書いてみようと思い立った。


■建築っておもろそうやな

 ボクは30歳の直前まで病院で事務職をしていた。受付のお兄さんだった。地域医療に力をいれた病院でそれなりにやりがいもあったんだけれども、生来ボクは「人に命じられて何かをする」ということが苦手。医師という絶対的存在のある病院での仕事には向いていないなあ とも感じていた。
 「もう30かあ。方向転換するなら今やなあ。」なんて言いながら漠然と色んな職業を想像していたある日、とある建築家の書いた本を読んで「こんな仕事おもろそうやなあ」と思ったのが、建築を始めるきっかけだった。いたって単純。たいした志もなく、なんとなく面白そうで建築を始めてしまった。
 30歳になる年の春に惜しまれつつ(ってことにしておこう)病院を退職し、昼はゼネコンに勤めながら夜は建築の学校に通った。大阪工業大学短期大学部建築学科 という長い名前。夜間のみの2年間で2級建築士の受験資格がとれるというので即決。社会人入試で滑り込み、ついでに特待生もゲットして授業料もおまけしてもらった。(ちなみにこの短期大学部は10年くらい前に無くなってしまった。母校がなくなるってのは寂しいもんだね。)
 ここで出会った先生の影響は大きかった。とくに主任のK先生は講師控室でビールをちびちびやりながら製図指導するというツワモノで、夜9時に講義が終わると「おい行くぞ」と学校の隣の居酒屋に連れて行かれるという毎日。終電の時間まで建築の話やクラシック音楽の話を延々と聞かされた。K先生は不思議なことにほとんど一方的に自分が話し続けているのに、ボクがなにか悩んでいると、バッハとベートーベンの合間に、脈絡なくアドバイスが挟まっていたりする。超能力?と思ったりしつつ、濃密な夜間学校の時間は過ぎていった。
 夜間の短大なので卒論はなかったが、一応卒業設計はあり、ボクは銭湯とギャラリーの複合施設を描いた。当時住んでいたの大阪から二駅の桜宮で、北側には大病院や超高層マンションなどが並ぶ表通り、南側にはラブホテルが林立するディープ桜宮。その間に大きな空地があった。ここに何か建てるとしたら・・・そう発想してみた。街の新旧が無理なく交差する場。土地に込められた歴史や想いを壊さない開発。そんなことを考えながら稚拙な図面や模型を作成した。そして、その考えは今でもボクの中にある。

 場所の持っている力、存在する流れ、ハッキリ目に見える要素とそうでないもの。それを感覚的に読み取るのが、建築家の最初の仕事だ。住み手が何を望むかとか、建築家が何を表現したいかなんていう話の前に、その場所を読み取るということ。逆に言うと、ボクは場所を特定しない建物の設計はできない。実際に建たないものでも、実際の場所を想定しないと、な~んにもアイディアが浮かばない。
 ちと気取って言うなら、流れ、軸、地域の空気、そうした要素と住み手の暮らし方をどうあわせるか、そこに設計の醍醐味がある。今あるものをどれだけ活かすかという、実はすごく保守的な仕事だ。
 場所を知ったら、次は住み手(≒施主さん)の話を聞く。でも、住み手の暮らし方はいくら聞き取りをしてもなかなか分からない。自己表現の得意な施主であれば、ある程度伝わるけれど、多くの場合はジッと聞いていると「4LDKで、収納はたくさん」みたいな話になってしまう。そんなときボクは、こちらから質問をすることにしている。「お料理は好きですか」「晩ご飯のあとはどうされていますか」「テレビはよく見ますか」「家族の趣味はなんですか」「休みの日は何をしていますか」「新しい家になったらやってみたいことは」などなど、ストーカーぽいインタビューが続くことになる。
 これから家を建てる人に勧めたいのは、家族の生活パターンを紙に書いて把握すること。それをどう改善したいのか話し合っておくこと。家の形や色なんかより、ずっとずっと大事なことだ。場所の特性と、家族の暮らし方 それが建築家に伝われば、実は仕事は半分終わったようなもの。そこから先は、建築家の技量次第。ダメな建築家はいくらひねってもダメだし、マトモな建築家であればマトモな答えが自ずと出てくる。ダメっていうもの二通りあって、本当に能力が無いダメと、相性が悪いダメ。どちらも避けて通らないと、後で泣きを見ることになる。
 だから、建築家が提示するファーストプランが大事。ファーストプランていうのは最初の現地調査と聞き取りを持ち帰って、次回に建築家が持ってくる図面。これを見て、細かいことはともかく「ああいいな」と感じるのか、「なんだかなあ」と感じるのか。「詳しい理由は分からないけど、なんだかなあ」と感じたらやめておいた方がいい。直感は案外当たるから。
 ただ注意したいのは、あまりにリアルなCGや華美に飾り立てたプレゼンは、大事なことが伝わらない、てこと。紙面のウワツラに目を奪われて、建築家の意図が伝わらない。建築家もそういう目くらましに頼るべきではないし、住み手も欺されないように注意したい。ボクはシンプルな平面プランと、必要ならば簡単な立体CGか模型を提示するようにしている。それで相性を判断してもらい、「合わないと思ったら遠慮なく断って下さい。このまま進めようという気持ちになってもらえるなら、設計契約をお願いします。」と言う。どんなに見た目がよくても、「伝わらない」感覚をもったまま中途半端に進めるのはお互いにとって不幸なことだから、ここは大事なところだ。
 なんで「伝わる」とか「なんだかなあ」みたいないい加減なもんで判断できるのかというと、その前の段階で「場所の特性」と「家族の暮らし方」の話をしているから。そこで住み手がしっかり話をできていると、返ってきた答え(ファーストプラン)を見た時に善し悪しを感じることができるわけ。逆に言うと「4LDKで、収納はたくさん」みたいな要望しか出していないと、返ってきた答えを見ても表面的なキレイさしか目に映らない。危ない危ない。

 さて、ファーストプランを見て前に進めよう、という話になれば、そこから本格的に設計作業に入ることになる。プランを示しながら、あーだこーだと引き続き聞き取りを進める。最初のインタビューでは出てこなかった話が、「これじゃ あれができない」とか「この間取りだと これをするのに不便」とかどんどん出てくる。そういう話が出切ってしまうまで何回も繰り返す。聞いて描いて聞いて描いて、平均するとプランはだいたい5回くらい提示しているかな。だいたい3ヶ月かけてこの作業、すなわち基本設計をやる。基本設計で、間取り、立体的な家の形、主な使用材料 なんかを決めてしまうので、どんな家になるかはほぼこの段階で決まってしまう。住み手にとってはいちばん重要な段階だ。
 基本設計がOKてことになると、そこからは実施設計という詳細図面の作成に入る。主に、工務店が詳しい見積もりをしたり、実際の工事の手配をしたりするための図面だ。有名建築家の図面などを見学すると、微に入り細に入り、ここまで描くかという詳しい詳しい図面を描く人も多い。柱の断面に年輪まで描いてあってびっくりしたこともある。たしかに、図面を見ただけで圧倒されるのだが、実際に見積もりと施工にそこまでの図面が必要かというと、必要ではない。ではなぜ彼らはあれほど精緻な図面を描くのか。白井晟一という戦中戦後にかけて活躍した巨匠は、6Hの鉛筆を鋭くとがらせて細かい細かい図面を描いていたそうだ。慣れない弟子が線を引くとスーと紙が切れてはじめから書き直しなんてこともあったそうだ。なぜそんなことをするのかと弟子が問うたところ、「工務店に言うことをきかせるため」という旨の答えがあったとか。
 なるほど、戦後に雨後の竹の子のように現れた自称工務店は、玉石混淆と言うよりも、石の中にわずかに玉があるような状態で、そんなダイクならぬダイハチやダイシチを抱えていた工務店は、それ自体が芸術品のような図面を見ただけで逃げ出したことだろう。設計者の本気を受け止める気概のある工務店でなければ、取り組もうという気にすらならない。それが、精緻極まる図面の効能なのだろう。
 しかし、最近の住宅の施工は、戦中戦後の時期とは大きく異なる。工法も部材も法律もかなりの程度まで成熟しているから、素材をいちから作るということはほとんどなくて、選択と組み合わせで出来上がってしまう。頑なにそうした既製品を拒否する人もいるけど、ボクは成熟した技術は採用すべきだと思っている。そのことで、コストパーフォーマンスは何倍にもなるのだから。
 正確な選択と組み合わせをするためには、名人芸は必要なくて。まじめで正直で理解力があれば十分だ。だからボクは、図面には余計なことは描かない。正確な選択を伝えるためには、柱の断面の木目模様は、ジャマになることはあっても理解を助けることにはならないからだ。その代わり、細かい図面がないと理解できない例外部分は、部分的に詳しい図面を描いて検討する。コンピューターの中では原寸(本物と同じ大きさ)で検討している。

 ついつい図面の話が長くなってしまった。こうやって、工務店に設計内容を正確に伝えるのが実施設計だ。スイッチ、コンセント、照明器具の位置決めや、構造計算もこの段階に入る。実施設計の段階は、期間にして2ヶ月程度。主な打合せは、2~3回ということになる。これが終わると、住み手と設計者で図面の最終確認をおこない、その図面を工務店に渡し、見積もりに入る。

2 へ続く) 

2017-03-28(Tue)

【非常事態】橋下徹がポスト安倍に名乗りをあげるつもりのようだ

非常事態なので、本日2本目の記事。

23日の証人喚問以来、ツイート魔の橋下徹が沈黙していると 巷でも噂になっていたが、なんと米国に飛んでこんなことをしていた。


橋下氏「米は強力な外圧を」 同盟強化へ意識改革訴え20170328-3.jpg
2017/3/2 日経


日本維新の会の法律政策顧問を務める橋下徹前大阪市長は27日、首都ワシントンで講演し、日米同盟強化に向けて日本国民の意識を変えるため「米国に強力な外圧をかけてもらいたい」と述べた。トランプ大統領に「『在日米軍の撤退』を言えば日本人は大慌てだ」と呼びかけ、そうした外圧がなければ防衛費拡大や日本の軍事的貢献の拡大は難しいと説明した。
(略)
学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題では「わずか数億円の国有地売買を巡って日本の国会は大騒ぎになっている」と述べた。
(引用以上)

橋下徹前大阪市長がDCで講演 トランプ氏に「強力な外圧」求める 森友学園騒動も揶揄
2017.3.28 産経


47歳の自らと同じか、より若い世代の国民は憲法9条を重視する教育を受けてきたため「米国が核戦争を覚悟しているか、尖閣という小さな島のために米兵の血を流す覚悟をしてくれているかについては疑問に思っている」と指摘した。

 橋下氏は、日米の政治エスタブリッシュメント(支配階層)が合意しても、国民が納得しなければ、共同声明は「茶番劇的」になると指摘。「米国(トランプ政権)から剛速球を投げ、自立を求め、在日米軍の撤退を言えば日本人、在日米軍基地に反対といっていた朝日新聞や毎日新聞は大慌てだ」と語り、在日米軍の必要性を知らせるためにも外圧が必要だとした。

 その上で「米国が日本のために血を流し、日本は米国のために血を流すのが本来の日米同盟の基礎だ」と述べるとともに、日米同盟の深化に「普通の民間人、普通の国民」として取り組むとした。
(引用以上)

ジャパンハンドラーズの牙城 CSISで、以上のようなことを言ったらしい。

まとめると

1.日本人は米軍のために血を流すべき

2.防衛費も拡大すべき

3.そのために9条や平和教育やリベラル思想が障害

4.在日米軍を引き上げると恫喝してその障害を壊してほしい

5.自分もそのために頑張る

6.だから森友学園問題は水に流してください

ということだ。

ではなぜこのタイミングで わざわざワシントンのCSIS詣でをしたのか。

ひとつは、森友疑獄で自分を含めて松井一郎以下の関与がバレバレになりつつあるからだ。
もうひとつは、ポスト安倍の争いが始まっているからだ。

攻めは最大の防御なり ということだ。
維新の方針は、早いこと安倍晋三に辞めてもらい、ポスト安倍に橋下を担ぎ上げることで一気に話題をそらし、森友事件を無かったことにしようということではないか。

まさに、まとめの5と6が本音中の本音であり、そのために トランプ側も軍産につながるジャパンハンドラーズも双方が納得する理屈を考えて最大級のオベンチャラを一席ぶって見せたのだ。

橋下は、2012年のはじめ頃まで、自民党の政権奪還の隠し球として用意されていた。
しかし、安倍晋三の勢いが急上昇し、9月の総裁選を制することで、橋下総理の目はなくなった。

その安倍晋三が辞任止むなしの情勢で、橋下がふたたびその気になってもおかしくはない。
まして、それ以外に維新が森友事件を乗り切る方法が見当たらないのだから、なおさらだ。

森友学園の実質倒産の余波をまともに被った建築業者とその下請けが、あることあること、これからどんどんしゃべり出したら、維新の逃げ道はなくなる。
その前に、なんとかして世間の目を森友からそらさなくてはならない。

つい先日まで蜜月だったはずの維新と安倍官邸が、なにやら責任のなすりつけあいになってきたのも、維新のこの戦略のためだろう。

いくら窮余の策とはいえ、橋下徹をなめてはいけない。
みずから政治はポピュリズムと言い切るだけあって、あの脳みその回転率と立ち回りのキレは、なかなか並ぶものがない。

もし本当に、私の見立て通りになると、一気に話題をさらっていく可能性がある。
「独自核武装か 双方が血を流す安全保障か」という二者択一を無理矢理設定し、そこへ全ての話題を持っていこうとするだろう。
そして、リベラルの諸君は、こういう設定をされると条件反射で 「反対!!!」と全力で土俵に乗ってしまう、ということを橋下は読んでいるのだ。

これはヤバいぞ。

皆々さま 早急に対策をたてねば




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2017-03-28(Tue)

【森友疑獄事件】安倍晋三は嫌いだけど昭恵さんは大好きという方へ

今日はブログお休みする予定だったのだけれど、昨夜から今朝にかけて気が滅入るものを2連チャンで目にしたので、ちょっとだけ書いておく。

まずはたまたま誰かがツイートしていて知ったこれ。
一部だけを引用させてもらうが、誤解を生じないように全文を読まれることをお勧めしておく。

俺が知ってる安倍昭恵さん。
2017-03-24 てんつくマン


(冒頭略)
正直、おいらは自民党のやり方が好きじゃないので安倍さんも好きじゃない。
でも、昭恵さんはめっちゃざっくばらんで愛されキャラやった。
俺は二人が出会うセッティングの場所に遅れて行ったんやけど昭恵さんはお酒で出来上がっていた。
三宅洋平と意気投合してた。
二人とも目指しているところは同じ。
それは
『調和な世界』
(略)
僕が凄いって思ったのはお酒の飲み方で、とにかく飲む。
はじめて出会った人の前で酔うっていうのは人を信じてないと出来ないこと。
だから、俺は昭恵さんめっちゃ凄いって思った。
好きになったし尊敬した。
(以下略 引用以上)

私が三宅氏から聞いた話も、もちろんこんな昭恵絶賛ではぜんぜん無かったけれども、大きな論理は同様だったように記憶している。

総論として私の感想は、以下の通り。

「権力との対峙」という観点をすっ飛ばしたレジスタンスや自己表現活動は、容易にファシズムに絡め取られる。
とくに、何かしら目に見えないものへの依拠がある場合には、その傾向が顕著である。
安倍昭恵は、安倍晋三と二人三脚の極右政治活動家として、こうした傾向のあるグループを担当していた。

ということ。
20170328-1.jpg
また酒のことだけ言うならば、泥酔しながら冷静に他人を手玉にとる人は立場や職業を問わずいくらでもいる、ということはオトナだったら、いやイマドキ子どもでも知っている。

酒の話はともかくとして、3.11以降、それまでは単一課題や環境問題の枠から出ないで政治とは距離をおいてきた人たちが、政治を何とかしないとどうにもならないという現実に気が付き、権力をとること≒選挙にも積極的に関わるようになってきた。山本太郎さんはその象徴とも言うべき人だろう。
そして関われば関わるほど、官僚・警察・政治・財界・・・もろもろが一体となった目の前の「権力」と具体的に日々対峙することを余儀なくされてきた。

一方で、そうした権力との対峙よりも、「自分らしさ」とか「生き方」を大事にするレジスタンスもまた多くの人の共感を得ることになった。それが大きな形になったのが、三宅洋平氏の選挙フェスの運動だった、と私は評価している。
もちろんこれ自体は悪いわけではない。これまでの「運動」になかった視点を提示もしている。

しかし、森友事件のお陰で安倍昭恵の正体が明らかになった今、「自分らしさ」運動の危うさも見えてきた。
ここでまた一つ学んで前に進むのか、見て見ぬ振りをして終わらせるのか。そこを注目している。



さて、朝になりテレビをつけると、今度は首相官邸挺身隊の山口敬之の姿が。
もうこの顔を見ただけで辟易する。ああ 寝覚めが悪い。

しかし、しばらく見ていると、山口はほとんど晒し者になっており、官邸もかなり追い込まれているな という印象は持った。
最後は大声でわめきちらし、ついに森友コーナーの後半の時間を潰してしまった。
目の前の寺脇氏をトンチンカンと罵倒しながら、なんとしても死守しようとした一線は
「FAXはゼロ回答」 ということだった。

20170328-2.jpg つまり、谷査恵子公務員の行動が公務であるという線はもうやむを得ない。でも、あの回答はゼロ回答であり、「関わった」にはあたらない で逃げ切るというのが首相官邸の方針だ。
谷の上司である 首相政策秘書官・今井尚哉たちの設定した、ギリギリの防衛ライン。

ということは、ここを狙え ということだ。

ゼロ回答ではなく、「口利きの顛末」を報告した文書~安倍夫人付き政府職員発のFAX~
醍醐聰のブログ 2017年3月25日


ゼロ回答ではぜんぜん無いと論証し、野党が「忖度」で攻める無意味さも同時に斬る上記ブログの指摘は重要だ。
ちなみに、醍醐聰さんは東大名誉教授の会計学者で、ブログも超理屈っぽくって読むのが大変だが、それだけ緻密。

「忖度」ではなく、「口利き」だということを、徹底的に証明し、国民にもわかりやすく見えるようにして、安倍晋三と昭恵を追い詰めること。

ここがまさに 権力との対峙点である。




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