2007-10-30(Tue)

ツバルの惨状とCO2問題

前のエントリーで、あれだけCO2による温暖化論をこきおろしておきながら、なんでこのテーマなんだと思われるかもしれない。

「ツバル 地球温暖化に沈む国」神保哲生著 春秋社

実はまだ読みかけであるが、ツバルが沈みかけているのは、ウソではない。そのことが、よく分かる。
CO2による温暖化が本当かどうかと、ツバルが沈みかけて悲惨な状態にあることは、別問題だ。

もちろん、この著者はCO2による温暖化のせいだと言っているし、ツバル政府は、そのことを世界行脚して訴えている。
先日、日本にも来ていた。

しかし、もしその理由が違っていたからと言って、国が沈むという恐るべき状態が無くなるわけではない。
どうにかして、何とかしないと、住むところが無くなるのは確かなのである。

実際、著者による取材で、原因は平均潮位の上昇ではなく、潮位の高低差にあるということが判明している。
満潮と干潮の差が大きくなって、最高位の時に島が浸水するのである。

これは、IPCCなどが言っている海面上昇とは事情が違う。
自転軸の傾きなど、いろんな事情も考えられるが、いずれにしてもツバルのひとが大変なことには変わりない。

ここで、疑問が。
これだけ、国連も学会も、挙げて温暖化対策を叫んでいるのに、なぜツバルを見捨てるのか。

資源のありそうなところには、さかんにPKOを送り込むのに、なぜ国が沈みそうなツバルを救いに行かないのか。
国連のIPCCは、その原因が「CO2の人為的な排出にある」と確信しているのに。

まるで、さらし者にしているようではないか。

ツバルについては、とりあえずこの本を読み終わって、もう少し情報を収集してから、また書きたいと思う。

■■
前のエントリーに、やっと反論が来た。

もっと勉強してください
数万年単位での寒冷化の話と、100年をタームとする温暖化問題とをごちゃまぜにしてます。温暖化の問題の本質はそのスピードにあります。
あなたが地球寒冷化の根拠として参照している図は数万年単位では、下がっていますが、その下がり方は、1万年で1度程度、一方で温暖化は、100年で5度です。1万年で1度下がるのと、100年で5度あがるのでは、スピードが500倍違いますよ。

また、二酸化炭素は大気中に”蓄積”するということを見逃して、単年度の排出量の増加と蓄積量を比較しているのはおかしいです。
排出量は、フローにすぎません。蓄積量はストックです。去年排出された二酸化炭素は今年は消えることはありません。蓄積するんです。

あと、懐疑論を取り上げるのは良いのですが、彼らは気候学者ではありません。それから少なくともIPCCの第4次評価報告書くらい読んでくださいね。


とのこと。

100年で5℃ということ自体、「あるかもしれない」という仮定(シミュレーション)の結果であり、その結果を説明するのに結果を持ち出すという、お粗末な議論。すでに、コンピュータに脳みそを操られかけているのか・・・?

また、蓄積の話は、実は私も後で気が付いて修正しようと思っていたのだが、排出量の50%が蓄積していくならば、タダでさえ鰻登りの排出量グラフだから、累積グラフはものすごい尻上がりの曲線になるはずだ。
しかし、濃度変化は、そんな変化はしていないし、この50年くらいは、むしろ尻すぼみの上昇傾向になっている。
どっちにしても、矛盾するのである。

「単年度の排出量の増加と蓄積量を比較しているのはおかしい」という指摘は大当たりであり、こういう比較グラフを作っているのは、他ならぬCO2主犯論者の皆さんだということに、この方は気が付いていないのだろうか。
これまた、マインドコントロールの賜物か・・・?




2007-10-29(Mon)

人類総家畜化計画=「CO2脅威論」

いわゆる「地球温暖化」論は、いくつかの仮定でなりたっている。

1.現実に地球は温暖化している
2.その原因は、CO2の増加である
3.CO2の増加は、産業革命以降の人為的排出によるもの
4.今後もCO2が増加すると、温暖化は加速する
5.温暖化が加速すると、氷床の融解がおきる
6.それ以外にも、様々な自然災害がおきる

そして、これらの仮定は、あたかも既定、というより常識のように言われている。

ところが、驚くべきことに、1~5のすべてが、証明されていないのである。

もう一度言うが、地球温暖化のすべてのステージが、証明されていない。

ほとんどの人が、リンゴが木から落ちるのと同じくらい自明のこととして、地球温暖化説を信じているから、私が何を言っているのか分からない人も多いだろう。

しかし、CO2による地球温暖化脅威論は、「そういうことも あるかもしれない」というレベルの話なのである。

あらかじめ言ってしまうと、次の3冊を読めば、その理由はわかる。
興味のある人ならば、専門知識がなくても充分読みこなせる。

「地球温暖化への挑戦」 薬師院仁志著 八千代出版
「地球温暖化 埋まってきたジグソーパズル」 伊東公紀著 日本評論社
「CO2温暖化説は間違っている」 槌田敦著 ほたる出版 

とくに、「地球温暖化への挑戦」の薬師院仁志氏は、常に「CO2主犯説」論者自身の言葉から、その矛盾を暴き出し、分厚い本ながら全く苦にならない。

これに対し、CO2主犯説を唱える一般的な書物には、詳しい温暖化のシステムはほとんど書かれていない。
おきまりの説明が、さも当然のようにコピーされているだけだ。
上記の著書で出されている、反論や疑問に答えるモノはない。
論理的にも倫理的にも、おかしすぎる。

もう一つの傾向として、地球科学のような分野の学術図書ではどうかというと、申し訳程度に温暖化に触れている場合もあるが、温暖化問題は登場しないことが多い。
「地球科学入門」酒井治孝著(東海大学出版)のように、「人類による地球環境の変化」という最終章があるにもかかわらず、二酸化炭素問題は書かれていない。
もちろん、本文中には「水と二酸化炭素の循環」とか「地球の熱収支と大気の循環」とういう章もあり、CO2主犯論の書物よりもよほど詳しく地球のシステムが記述されているは言うまでもない。


ともあれ、長い文章は苦手だという人のために、ほんのさわりだけ書いておきたい。


1.地球は温暖化しているか

kion1.jpg


このグラフをみれば、だれでも温暖化していることに異論はない。
しかし、なぜこのグラフは西暦1000年から始まっているのだろう。ネットで探してみると、700年から始まるものと1000年から始まるものばかりだ。

下のグラフは、1万2千年前からのもの。上のグラフとは左右が逆で、左が現在。

kion2.png


まえの氷河期が終わって、急激に気温が上昇し、その後少しずつ寒冷化しているのがわかる。
そして、左の方の2(千年)から最近の変化を見ると、千年前くらいに一度寒くなって、最近になって回復してきた様子がわかる。

この回復期だけをデカ写しにしたのが、前に見た方のグラフなのだ。
これは、詐欺行為ではないのか?

もっと長期で見てみよう。これも左が現在。

kion3.jpg


これは有名な南極の氷から分析したグラフ。
CO2主犯論の人たちが、さかんに掲げている資料だ。

まずは、気温変化だけ見ると、13万年くらいの周期で氷河期と間氷期があって、暖かい間氷期は1万年くらいしかないのがわかる。
だから、少し長い目で見ると、そろそろ次の氷河期を心配しなければならない時期なのである。

かの詐欺グラフは縦軸に重なって見えない部分である。
このグラフだけ見れば、温暖化は見あたらない。


2.温暖化の原因は、人為的に排出されたCO2の増加か

仮に、温暖化しているとして、その原因は本当にCO2か。

先の南極の氷のグラフをもう一度見てほしい。これがなんでCO2主犯説になるのかというと、気温の変化とCO2の変化がそっくりだからだ。いわゆる、「相関関係」がある ということ。
こういうデータがいくつか出てきたので、鬼のクビをとったようにCO2が「原因」だ、ということになっている。

しかし、「相関関係」というのは、どちらが原因でどちらが結果かはわからない。このグラフからは、CO2が「原因」であるとは、全く特定できないにもかかわらず、いつのまにか「原因」であることの証拠のようにされているのは、詐欺とは言わないか?

もう一つ

gas1.gif


これを見れば、たしかにCO2の影響が大きいように思える。
こんな絵もある。

gas2.gif


いちおう、H2Oも書いてあるが、CO2がトップであり、主役である。で、この絵の下にこんな表が

gas3.png

(クリックで拡大)

よ~く見ないと分からないが、二酸化炭素が0.037 水蒸気が0~3.0というのは分かる。
水蒸気は(間をとって1.5としても)、CO2の40倍もあるのだ。

つまり、温室効果の主役は水蒸気であって、CO2は少ししか影響力はない。

それでも、CO2の影響を大きく言う人は、このグラフをもって、温室効果は水蒸気:CO2が6:4であるという。

sujouki1.jpg


青い線と赤い線の差が、大気に吸収された熱だ。
これを見ると、たしかにCO2の吸収が大きいようにも見えるが、実はこのグラフは、サハラ砂漠の上空で観測した衛星のデータだ。

サ バ ク である。水はない。
上記の表でも0~3になっていたように、水蒸気は地域によって差がある。

影響力ダントツトップの水蒸気を、温暖化物質の3番目に記述したり、わざわざサバクのデータで、比較するのは、詐欺ではないのか?


3.CO2の増加は、人為的排出によるものか

産業革命以降 という言葉は、どの資料を見ても出てくる。

CO2.gif


こんなグラフを見ると、いかにもそのように見える。

だが、よく見ると、右と左の単位が違う。
あたかも化石燃料からの排出が300億トンになると、CO2濃度が370PPMになるように見えるが、実際はそんな関係はない。
たまたま、二つのグラフをそういう縮尺で重ねているだけだ。

それどころか、化石燃料以外の、生命活動や海からの放出量がおよそ8500億トンある。化石燃料の240億トンは、5%程度の増加にすぎない。
CO2の増加が人為的なものだとするならば、排出量はは5%しか増えていないのだ。にもかかわらず、濃度は25%も増えている。

わざとその矛盾が分からないように、5%の部分だけを増幅させてグラフを描くのは、詐欺ではないのか?

さらに、よくよく見ると、産業革命の影響がほとんどない1750年~1850年の間にも、10ppm以上の増加がある。

産業革命以前の人為的な排出とは何だろうか?

もっと最近の話しもある
上記のグラフは、最近のデータは極端に上昇しているように見えるが、詳しく見るとこうなっている。

CO23.gif

(http://www5f.biglobe.ne.jp/~wakannai/CO2_noudo3.htmlから引用)

1980年代半ばと、1990年代半ばは、世界的な不況で、CO2の排出は落ち込んでいる。
しかし、濃度はお構いなしに上昇だ。

これはなぜ?

こういう疑問を感じさせないように、わざと詳細を見えないようにするのは、詐欺とは言わないか?


4.これから先、CO2が増えると、気温は上昇するか

sikumi.gif


温暖化の説明は、どこをみてもこんな感じ。

これもよくよく見ると、「熱をもっと吸収」と書いている。なにを「もっと」吸収するのかというと、左側の現状の絵で「熱の放出」と書かれた青い矢印である。
今現在は、ガスに吸収されずに、宇宙に直接放出されているエネルギーを「もっともっと」吸収するというのだ。

shikumi2.gif


これは気象庁の示すモデルだが、この中で、宇宙に直接放出されているエネルギーはどれかというと、地表による反射(8.8)と大気の窓(11.7)で、合計(20.5)。
これに対し、現状で吸収されているのは、顕熱(7.0)、蒸発散(22.8)、地表からの放射(102.3)、合計(132.1)。

つまり、現状でも十分に温室効果はあるのであり、「もっと」吸収しようにも、その熱源はわずかしかないのである。もちろん、全部吸収はあり得ないし、CO2が吸収できる分は限られているし、吸収したうちの4割近くは大気から宇宙へ放射しているので、「もっと」というより、せいぜい「もうちょっと」と言った方がいいだろう。

にもかかわらず、熱の吸収が2倍くらいになるような太くて赤い矢印を書くのは、詐欺ではないのか?


ま、とにかく、すべて、そういうこともあるかもしれない。コンピュータでシミュレーションすると、そういうデータも出せる。というのが、CO2による地球温暖化なのである。


■■■
問題は、なんでこんな壮大な詐欺行為を行うのか、ということだ。

紹介した本の中でも、原子力推進のため、ということと、削減枠取引ビジネスのため、ということは指摘されている。
これ自身はその通りだろう。

しかし、それだけではない、もっとそら恐ろしいモノを感じてしまうのである。

そう、「人類総家畜化」というイメージが頭から離れない。

ここまで世界規模で人間がアホになった例があるだろうか。

卑近な例で思い起こせば、コイズミ劇場がある。悪者を作り出して責めたて、マスコミを動員して理屈を抜きにして、国民の脳みそを集団催眠のように停止させて見せた。

その後遺症は、安倍を経て福田内閣になった今でも続いている。日本人は、もともと理屈でモノを考えるのが苦手なようだが、あのコイズミ劇場以降、いよいよ「道理」が姿を消した。
目先の利益・不利益や、おもしろい・つまらない、格好いい・格好悪い、てなことが社会規範になってしまった。

その壮大なグローバルワイド版をやろうというのが、地球温暖化キャンペーンなのではないか。

学者や市民運動家までが、「悪者をたたけ」で一致団結。その結果、彼らに与えられるものは、「考える」ことのできなくなった脳みそだ。
こうやれば人間は操作できる、という実験のモルモットになっていることも知らずに。



2007-10-25(Thu)

イラク戦争へも道をひらく新テロ法案

いつからペルシャ湾はインド洋になったのか

地図を見て欲しい。インド洋、アラビア海、ペルシャ湾の位置関係がわかる。

Arabian_Sea_map.png
Wikipediaより

インド洋とペルシャ湾はまったく別の領域だ。これは、江田けんじ議員が暴露した、偽装給油事件でも問題になったことだから、ご存じの方も多いだろう。

しかるに、新テロ法案は、その活動地域について、公海(インド洋<ペルシャ湾を含む。以下同じ>)と明記されている。
新テロ法案全文

新テロ法が、もしアフガンだけを対象にした法律であるのならば、なぜペルシャ湾を活動領域にする必要があるのか。

現テロ特措法には、ただ公海としか書いていない。
実は、法律ではない「基本計画」というレベルで、インド洋(ペルシャ湾を含む。) となっているのだが、現テロ特措法は、対アフガンのOEF支援に限ると言うことを明言していたために、ペルシャ湾で活動する艦船への補給が大問題になった。

では、新テロ法は、対アフガンのOEF限定をうたっているだろうか。ニュース等を見る限り、「アフガニスタンやイラクへの武力攻撃に参加する艦船への補給はできないとした。」という記述くらいしか見あたらない。

周知のように、海上阻止行動(MIO)には、対アフガンのもの(OEF-MIO)と、対イラクのものがある。米軍も、もちろん別の作戦として展開している。新テロ法を見る限りでは、対イラクの海上阻止行動(MIO)にも道を開こうとしているのではないか、と思える。

活動を限定します、とか言いながら、実はイラク戦争にも新たな「貢献」をしようという魂胆か。

全くもって、福田ヌエ内閣は、油断ならない。
2007-10-23(Tue)

隠蔽は、政治の世界の常識ですが・・・

以前、安保理決議の1386が隠蔽されている、と書いたら、「隠蔽ではない」とか「言葉遊び」だとかいうコメントがあった。

では、英文の決議文を、どれだけの人が読めるのか。理解できるのか。
いままさに、国論を二分する論争の、そのキーになるはずの国連決議が、日本語で提供されていないことが、隠蔽と言えないのか。

英語の決議文くらい、すらすらと読めるようなエリートだけで議論すれば良いというのか。


そもそも、わざと難しい言葉で法律を書き、国会で議論すること自体、隠蔽の一種といっても言い。
国民の法律であり会議なのだから、国民が普通に理解できるようにするのが当然なのに、わざわざ漢字言葉をならべてわかりにくくしていることが、事態を隠蔽するために一役買っていることは間違いない。

違うと思う人は、六法全書をひもといて、何が書いてあるか、読んでみればいい。
私なぞは、専門であっても建築基準法を読むと、頭がねじ切れそうになる。


かくも、隠蔽を常道とする政治の世界であるから、80万ガロンを20万ガロンと誤魔化して、さらには航海日誌をシュレッダーにかけたからといって、驚くには当たらないかもしれない。

しかし、ことは「日本が何の承認もない戦争行為を行ったのかどうか」 という問題だ。
20とか80とかが問題なのではなく、自衛隊がこっそりと戦争行為を行ったことが問題なのである。

こっそりと戦争行為を行うということは、佐藤正久が「わざと巻き込まれる」と発言したように、自衛隊が勝手に戦争を始める可能性がある、ということだ。

もちろん、それをこっそり承認し、予算を出す政治勢力があるからこそ、自衛隊もこっそり始めるのであって、そうなると、戦争を始めるゴーサインも、最初の一発も、すべて国民から隠蔽されて進められるということだ。

そして、オオゴトになってから、「ここまで来た以上引き返せない」とか何とか言って、どんどん戦争を進めていくのである。

そう、70年前と同じことだ。

いま、新テロ特措法をめぐっての議論は、そういう事態を許してしまうのか、何とかしてくい止めるのか、というレベルの話だ。

給油をするかしないか、アメリカに媚びを売るのか売らないのか、というだけの話ではない。







2007-10-19(Fri)

またまた共謀罪が危ない!!

ときどきコメントをいただく、こば☆ふみさんから、ゆゆしき情報が寄せられた。

本日の衆議院法務委員会で鳩山法務大臣が「条約刑法(共謀罪)」の早期成立を目指す旨の演説をしました。

いったい、「条約刑法」と言われて、何のことか分かる人が何人いるだろうか。
まさに、福田ヌエ内閣の面目躍如というところか。

次から次に押し寄せる、非道政治の波状攻撃で、ついちょっと前のことを忘れてしまいそうだけれども、共謀罪は継続審議であり、今このときも国会に上程されたままの状態だ。

ちなみに、正式名称は 「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案(内閣提出、第百六十三回国会閣法第二二号)」

たぶん、テロ特措法の騒ぎの陰で、こっそり成立させようと言う魂胆だ。
共謀罪という名称は、意識的に使わず、マスコミにも自主規制させるだろう。

実際、「共謀罪」でも「鳩山法務大臣」でも、この長ったらしい正式名称でも、まったくニュース検索にかからない。
今国会の、表の顔はテロ特措法だが、裏の顔は共謀罪だ。

ときの政権に反論できなくする「共謀罪」は、他のどの悪法にもまして、超悪法。 

ぜひ、皆さんの注目と声を!
2007-10-16(Tue)

テロリストは誰か?

多くの方が知識としてはご存じのように、「テロ」という言葉は、フランス革命期のロベスピエールによる独裁恐怖政治が始まりだ。
その後、政治的な目的での暴力一般をテロリズムと言うようになり、その実行者をテロリストと言うようになったようだ。

ここで注意したいのは、テロリズムという言葉は、イデオロギーとは独立しているということだ。

テロリズムの語源は、フランス大革命末期のロベスピエールの恐怖政治の「Terreur、テロール、恐怖」よりきている。権力者が対立する者を抹殺した場合もしくは、その影響(恐慌や追従)も含めてテロと呼ばれていた。 その後、その意味は、逆に反体制側の暴力的手段を指すように変化していった。これは権力側が武装抵抗をテロと呼んだ為である。その後は、共産主義者側によるテロを赤色テロ、アナーキスト側によるテロを黒色テロ、権力側によるテロを白色テロと呼称して区別する人々もいた。  Wikipediaより

どんな立場の勢力でも、政治的な目的として暴力手段を行使する場合は、テロという。
それを、非難の意味で使うこともあれば、積極的な意味で使われたこともある。

その前提で言えば、ビンラディンもテロリストかもしれないが、当然ながらブッシュもテロリストである。

念のため断っておくが、これは9.11がアルカイダの仕業だと言っているのではない。これは別問題。
私は、いわゆる陰謀論者ではないが、9.11についてだけは、きわめて怪しいと思っている。
先日も、コメント欄でこんなVTRを紹介してもらった。

http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=600415

その他、アルカイダの仕業だという証拠は何一つ公開されていないが、陰謀ではないかという状況証拠は山ほどある。

その上で、アルカイダが当初はCIAの援助で結成されたテロ組織であることは確かであろうし、自分で「敵」を作っておいて、世界最大のテロ組織・米軍を差し向けるブッシュもまた、テロリストである。


以上、「テロ」という言葉について整理した上で、中谷元の暴言を考えたい。

nakatanigen.jpg
中谷元の自衛隊時代(公式HPより


「給油活動反対はテロリスト」 自民・中谷氏、民主を批判
2007年10月15日 朝日新聞

 自民党の中谷元・安全保障調査会長は14日のフジテレビの番組で、インド洋での海上自衛隊の給油活動について「テロをなくそうという国際社会で非常に評価されている。これに反対するのはテロリストしかないのではないか」と述べ、反対している民主党の対応について「理解できない」と批判した。

 これに対し、民主党の鳩山由紀夫幹事長は同日の記者会見で「国民の3割が給油活動に反対しているが、日本に3割のテロリストがいるという話になる」と反論。「テロリストをなくさなくてはいけない作戦で、テロリストが急増している。戦争によって本当にテロがなくなるのか」と、給油活動への疑問を改めて示した。


給油活動は、アフガニスタンにいるテロリストを殺すというテロリズム=OEFに参戦するということだ。国際社会がどうのこうのという装飾をとっぱらって、ことの本質を見るならば、戦争というテロリズムのぶつかりあいへの参加である。

殺し合いをしている現場で、片方の勢力に補給支援しているのだから、部外者であるわけがない。
ナイチンゲールですら、クリミア戦争でイギリス軍に従軍したのであって、かならずしも敵味方なく看護したわけではない、と評価が変わってきている。
まして、人を殺すためにある戦艦に給油することが、人道支援であるわけがない。明確な人殺しへの参加であることを、肝に銘じなくてはならない。

では質問です。
人殺しに参加せよ! と言う人間と、人殺しに参加するな! という人間の、どちらが「テロリスト」でしょうか?

これほど簡単な質問はない。
テロリストは、自民党・公明党であり、中谷元その人だ。


2007-10-13(Sat)

ゴアの受賞にケチをつける

アル・ゴアのノーベル賞受賞に、拍手を送っているようでは、甘い。甘すぎる。

ゴア元副大統領の映画「不都合な真実」の不都合な真相 オルタナティブ通信
オクシデンタル石油(反メジャー)の経営者として、長年地球温暖化を大々的に推進してきたのがゴアである。
ゴアは2代目議員であり、先代のゴアは米国上院、下院原子力発電開発委員会の中心メンバーとして、核兵器開発と原子力発電を強力に推進してきた。
その時も、ゴア議員は火力発電による地球温暖化防止のために、原子力発電を推進すべきだとキャンペーンを行った。
オクシデンタルは、ロシアでウラン鉱山開発も手がけている。


荒木電事連会長定例記者会見発言要旨(1999年4月16日)
会議のなかでアメリカ側から「ゴア副大統領が、はじめて公式の場で原子力発電を評価する発言を行った」などという紹介もあったが、地球温暖化問題など新たな状況変化の中で、欧米での原子力を取り巻く空気にも微妙な変化が生じてきていることを肌で感じ取ることができたように思う。

あったり前の話であるが、「不都合な真実」は、原子力推進キャンペーンである。
これを後押しにして、アメリカは一気に30数基の原発を建設予定だ。


そもそも、CO2による地球温暖化説が、怪しい。
温暖化は、事実であるが、その原因は証明されていない。
精一杯ひいき目に見ても、CO2主犯説は、仮説である。

タダの仮説が、もう世界の常識のように扱われていることが、すでに異常である。
その異常さは、学者の世界ではもっと凄いことになっているようで、槌田敦氏によれば、CO2主犯説に対する反論は、学会誌に掲載することもできないという。

この情報異常の状態は、ただの原子力利権がらみの推進キャンペーンにとどまらない、なんだかそら恐ろしいものを感じる。
そう思っていた矢先に、ゴアのノーベル賞である。

これはもう、ただ事ではない。
絶対におかしい。

とは言え、ただおかしいと言っていても、圧倒的なCO2悪者キャンペーンにかき消されてしまうので、少しずつ実証的に確認したいと思っている。

すでに、何冊かの本を読んで、おおよその全体像は把握しつつあるが、もう少し検証してから、書き始めようと思う。

今のところ、
太陽黒点が語る文明史 桜井邦朋著 中公新書
CO2温暖化説は間違っている 槌田敦著 ほたる出版
進化する地球惑星システム 東京大学地球惑星システム科学講座 東京大学出版会
環境科学の基礎 岡本博司著 東京電気大学出版局
などを読んでみた。

また、図書館や本屋で多くの「温暖化」関連図書をめくってみると、温暖化のシステム自体を検証している本は、ほとんどないことに気が付く。
CO2説をざっと紹介しているだけで、その仮説が正しいかどうかの検証は一行もない、とういう本ばかりである。

もちろん、CO2が温室効果ガスであることは疑いないし、排出を減らした方がいいのも確かだろう。
しかし、「主犯」であるかどうか、これさえ減らせば温暖化が止まるのかどうか、全く検証されていない。

こうした、CO2主犯説にたいする反論に、不満を持たれる方は、ぜひ一度、科学的に仮説の証明をしてみられることをお勧めしたい。


2007-10-12(Fri)

隠蔽される安保理決議1386

ネットで「安保理決議1386」と検索すると、なぜか安保理決議1368が出てくる。
ちまたでは、あたかもテロ特措法がこれに基づいているかのようにいわれている、1368のほうだ。

しかし、テロ特措法によって日本が参戦しているのは、いわゆる「不朽の自由作戦」(OEF)である。
これは、外務省の資料によっても、明白。なんの疑問点もない。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/terro/katsudou05_1.html

このOEFは、先日の「謝意決議」に対して、国連の枠外であると言う理由でロシアが棄権したことでも分かるように、国連決議に基づいたものではない。
繰り返すが、日本が参戦しているOEFは、国連決議に基づいていない。

ところが、このところ、あたかもテロ特措法は国連決議1368に基づいているのだという、真っ赤なウソがまかり通っている。
これは、はっきりとウソだ。 デマである。

これまた、外務省のホームページからも明らかだ。

http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2003/2003/html/15421200.html

ここには、「安保理決議第1368号で国際の平和と安全に対する脅威と認められたことを踏まえ」と書いてあるのであって、「基づき」とは一言も書いていない。
「踏まえる」 とは 「考慮に入れる」 と言う程度の意味であり、条文や決議に「基づく」という意味とは、次元が違う。

「踏まえ」では誤魔化しきれなくなったと見るや、今度は、新テロ特措法は安保理決議1368を「目的」にする という。

政府は4日、海上自衛隊のインド洋での給油活動を継続させるため、テロ対策特別措置法に代わり今国会に提出する新法の骨子を決めた。
法律の目的には、米同時多発テロを受けて採択された国連安保理決議1368に加え、海自を含むインド洋での海上阻止行動への「謝意」を盛り込んだ9月の国連決議1776を追加する。

(2007年10月04日 朝日新聞)
 
ようするに、国連決議に対する勝手連をやるというのである。
あくまで、勝手連は勝手連だ。 一部の国から感謝されるかどうかはともかく、条文や決議に「基づく」ものでないことは、「目的」という言葉からも明らかだ。

自衛隊の応援をしたい連中が、自衛隊の門前に無料のガソリンスタンドを作ったとしても、その連中は自衛隊員ではないし、自衛隊の支援組織でもない。
同じことだ。
国連の支援をすると一方的に宣言して、重油を大盤振る舞いしたからと言って、それは国連の活動ではないのだ。

こんな当たり前のことを、「踏まえて」とか「目的」とか、誤魔化すための言葉を垂れ流して、ごり押しする。
これが、福田ヌエ内閣の正体である。


一方で、民主党の主張するISAFの根拠である、安保理決議1386は、検索してもなかなか見つからない。
国連のHPから探しても、閲覧制限がかかっていて開けない。

やっと見つけたのがこのNATOの英文ページ
http://www.nato.int/isaf/topics/mandate/unscr/resolution_1386.pdf
(どなたか、日本語訳にしてください!)

ISAFへの参加に賛成するわけではないが、1368はいくらでも検索できて、外務省が日本語訳しているのに、1386は英文ですら検索するのに一苦労して、日本語訳は見あたらない。
これは、意図的なものと思わざるを得ない。

ISAFは危険である、ということは確かにそうかもしれない。
派遣することが、良いことだとも思わない。

しかし、原則としてどうなのか、ということは、それはそれではっきりさせなくてはならない。

そのためには、決議の原文を見る必要があるのだが、これが日本国民の目から隠蔽されている。




2007-10-09(Tue)

中学生の1割が「うつ」になる国

中1の1割が『うつ』 『自殺と関係』、対策急務 
2007年10月9日 東京新聞

体が風邪をひくように、こころも「うつ」になることはある。それ自体は別に珍しい話ではない。

が、しかし、この結果はそんなレベルの話ではない。

従来、大人を対象にして、一生のうちに1度は「うつ」にかかる確率が10%~20%と言われてきた。
それと比較すると、1度の診断で10%超という数字は、ものすごく多いのである。

一度の診察で判明しただけで1割であるから、数年の間に一度でも患う数は、はるかに多いに違いない。
小学校4年でも1.6%、中1で10.7%である。ということは、もっと上の学年では、もっともっと「うつ」の生徒は多いということだろう。

単純に考えれば、小学校から高校までの12年間で、ほとんどの生徒が1度は「うつ」になっていても不思議ではない、ということだ。


世の中にはいろんな問題がある。
あまりにも非道い話があふれている。

戦争を「正義」と言い張る人間が、この国や世界を引っ張っている。
「力があって恥がない」ことが、世の中で成功する最高の秘訣であることを、毎日毎日見せつけられている。

それでも、それに抵抗しようとする、そんなことは許せないと思う人の心があれば、そういうバネが心に生きていれば、希望はある。
しかし、そのバネがぽっきりと折れてしまうと、まったく希望がない。
人を踏みつけて生きていこうとする人間以外は。

だから、こどもが「うつ」になるのは、当然なのかもしれない。
そう思うと、こんなことがまかり通る世の中を、ほとんど抗うこともなく許してきてしまった、私自身の責任をも痛感する。
まさに、慚愧に堪えない。

それにしても、10代の心のバネが折れてしまったら、これから先はどうなるのだろう。

この疫学調査の結果は、とてつもなく重大な問題を提示している。
2007-10-05(Fri)

家の話の続き

家づくりの話にも、たくさんのコメントをいただいて、ありがとうございます。

さて、福田ヌエ内閣の成立で、何もかもが誤魔化されているようで、とても居心地のわるい毎日なのだけれども、前回の家の話しの続きを少しだけ書いておきたい。

快適な家づくりは嫌いだ。快適という言葉はエゴを刺激し、野放しにすると人間の嫌な部分を解き放ってしまう。
というところまで書いた。

実は、ここで大きな自己矛盾に突き当たる。
コメントの中でもやや揶揄されているように、一戸建てを建てられる人というのは、ある程度経済的に恵まれた層だ。
中には、ど根性で建て売りと同じ価格で、やり遂げる人もいるけれども、普通は、土地を持っていない人が家を建てるのは大変だ。

大阪近郊であれば、土地と建物で5000万の予算でも苦しい。
5000万を3%30年で借りると、月に21万円返済だ。普通のサラリーマンに返済できるものでない。

だから、私が木造住宅専門の建築家になろうと思った時点で、対象になる人々は、土地を持っている人か、相当の高収入の人に限られる。
それは最初から分かっていたことなので、ずいぶん迷いはあった。
建て売り、マンション、賃貸アパート。そうした、圧倒的多数の人が住む環境を放っておいて、金持ちの家だけ良くするのか・・・

正直に言えば、そうした問題には答えを出せないまま、「木の家」の魅力に背中を押されて、いつの間にか木の家しか設計できない建築家になっていた。
そして、今振り返ってみれば、それはそれで意味はあるのではないか、と思っている。


まず、技術面である。
木造の既存技術がいかにいい加減なものであるかは、前稿にかいた。それを、発見し、修正し、あるべき技術を確定していく作業は、実際に家を設計していくことでしかできない。
その意味で、技術的な蓄積は確実にしているので、これは将来的には意味があると思う。


それと、思ったより金持ち相手の商売ではない、ということ。
会社つとめの頃に、何回かはいわゆる「金持ち」の家を手がけたこともあるので、普通の「住む」ということを中心にした家と、「金持ち度」をお披露目するための家とは、根本的に違うと言うことは肌身で知っている。

後者の仕事だけは、いくら儲かってもしたくなかったのだが、幸いにして、そういうケースは無い。
と言うか、そういう人は私になど頼まない、ということ。

木の家の魅力に出会ったり、私と知り合うことが無ければ、建て売りを買うかマンションを買うかしていたに違いない人に、どうにかこうにか予算内で木の家を実現できたときは、本当に充実感がある。
家のデザインとか何とかいうこととは、また違う建築家としての達成感。

土地のある人は、ほとんどの人が1度や2度は住宅メーカーと話をしている。住宅メーカーは、まさに「快適」と「豪華」で住み手の頭を麻痺させ、ハンコをつかせるのが常套手段であるから、その手に乗らなかった人が、縁あって私と出会うことになる。


たしかに、マンションや賃貸の住環境を良くすることには、私は何も貢献していないけれども、マンションや賃貸や建て売りは、100%経済原則で作られるので、一建築家としてはほとんど手出しができない。

やはり、私が細々とできることは、住まいの常識をひっくり返しながら、カタチを作っていくこと。
構造はしっかりと、材料は少々汚れても長持ちする自然素材、間取りはできるだけガランドウ。

そういう家を受け入れる気持ちが、何より大切なのだと思う。
欲望を逆手にとった商売に、きっぱりと背を向ける感性を持った人は、そう易々と戦争に引きずられて行かない、と信じたい。

そして、欲望の論理から目を覚ますために、もう一つ大きな刺激になるのが、山との関わりである。
まずは、自分の家の木がどこから来るのか、見に行くことから。

やがては、木を切り出した山に苗木を植え、草を刈り、枝をうち、少しずつでも良いから、山の命と関わっていくこと。

木の命にふれる旅

まだまだ、理想的な形にはなっていないが、私の目指す方向は、だんだん見えてきた。




※前稿へのコメントで、「今流行している「外断熱工法」って本当にいいんでしょうか?断熱材外に張るのはいいとして、高気密っていうのが気になります。換気大丈夫なのかな~とか」とあった。

木造の場合は、外断熱ではなく外張り断熱。施工上のメリットがあるかもしれないけれども、なにもセンセーショナルに「外断熱はすごい」というほどのものではない。
断熱材の施工方法が違う、というだけのこと。
高気密は、明らかに消化不良の技術であり、現状では隠れた欠陥建築といってもいい、と私は思っている。
詳しくは、「家を建てる。」を読んでいただきたい。



2007-10-01(Mon)

ひさびさに家のはなし

今日はひさびさに家のはなし。

グーグルで「家づくり」と検索すると、おかげさまで23番目に当ブログが出てくるようになった。
戦争反対の切り口ばかりでなく、家づくりの切り口からこのブログを見てくれる人も、増えてくれているかもしれない。

けれども、家づくりの話題を期待して来てくれた読者の方には、すっかり肩透かしだ。
季節に1回くらいしか家の話題がない。
それも、耐震偽装とか、その手の話が多い。

一度だけ、なぜ「反戦な家づくり」なのか書いたことはあった。
スギ花粉から平和を考える 
主に、日本の山林から住まい、生活、そして住まい手の感性を考えた。

■■
この2年間ほどは、ありがたいことに、非常に忙しくたち働かせてもらった。8軒の家が竣工し、2軒の家が工事を目前に控え、3軒の家が設計中である。

もちろん、来年が忙しいなどと言う保障は全くなくて、反戦な家づくりどころか反戦な失業者になっている可能性も否定はできない。
私のようなフリーランスは、職種に限らず似たような状況だろう。たぶん。

大手の下請けに入れば、仕事はあるけれども、まるで秀吉に搾り取られた農民のようなもので、生かさぬよう殺さぬよう こき使われる。
しかも、自分の考えで設計するなんてことは、100年待ってもできるはずもなく、大手の営業に言われた通りを図面にするだけだ。

それを嫌ってフリーを貫くと、なんで仕事があるのか自分でも不思議なくらい、不安定な暮らしになる。
ほんとに、独立して以来なんで生きているのか、自分でもよく分からない。

それでも、やはり自分で設計することで、材料、間取り、構造など、「こうでなくっちゃ」という<自分の最低限>が決まってくる。
数年前に書いた本の内容からも、少し進化したように思う。

その<自分の最低限>を詰める作業は、非常に有益で、何が有益かというと、要らないものが見えてくる。

■■
実際に設計を突き詰めて行くと、「本当に家なんて必要なの?」と思うときすらある。
それほど、家には要らないものが多い。

建築家とか住宅作家と言われる人たちの設計した家、いわゆる作品を見る機会も多い。
確かに、一定のレベル以上の人の作品は、見ていても気持ちがいい。
すごい人は、ミリ単位で神経が行き渡っており、そういう空間が引き締まった印象を受ける。

私自身も、以前は店舗デザインをやった時期があり、実に細々したデザインコントロールをしたものだ。
しかし、そういうことをず~と続けていると、それに何の意味があるの? という気になってくる。

数秒からせいぜい1時間程度の滞在で、強烈印象を残すべく作られる店舗と、何十年も暮らす住まいとは、自ずから違う空間であるはずだ。

住宅は、空間の緊張感とか格好良さよりは、動きやすいとか、落ち着くとか、なんとなくすがすがしいとか、ほっとするとか、そういう”そこはかとない”感覚が長年薄れないことのほうが、よほど重要だ。

■■
以前、知る人ぞ知る左官職人の久住明さんに 「手をかけない家はいい家だ」という意味のことを言われたことがある。

チベットだったか国の名前は失念したけれども、とにかく土を固めただけの素朴な家が、毎日きちんと掃き清められている姿は本当に綺麗だ。
手をかける建築なんて、権力者が権威を見せびらかすために作った建築だ。
と言うような主旨だったと記憶する。

そのときは、理屈でなるほど、と思っていたが、実際に家の設計の作業を繰り返すうちに、実感として久住さんの言葉が分かってきた。
考えれば考えるほど、真四角でガランドウの家が良いなあ と思えてくるのだ。

実際はあれこれの条件でそうはならないけれども、できることならば、風呂とトイレ以外はガランドウにしたい。
家に求めるものが多すぎると、住むひとが幸せになれないような気がしてならない。

これでは、建築家として自己否定かもしれない。

■■
実は、もし真四角のガランドウを作るとしても、私のすること、私ならではのことは、たくさんある。
そして逆に、真四角のガランドウも満足に作れない建築家は、山ほどいるはずだ。

あの耐震偽装事件がおおきなエポックにはなった。
以前から建築の構造には疑惑を持っていたけれども、あの事件を契機に、いっそう確信した。
日本の建築構造は、工学ではなく、経済学で決定されている、ということを。

とくに、木造はその傾向が顕著だった。
構造計算を要しない木造2階建ては、どう考えても「たぶん大丈夫」というレベルで建てられてきた。
そして、被害があるたびに「じゃあもうちょっと強くしよう」という法改正を繰り返してきたのである。

絶対大丈夫、なんていうことは誰にも言えないけれども、少なくとも「理論上は大丈夫」というレベルにはするべきだろう。
ところが、建築基準法はそんな理論的な法律ではない。
なぜなら、建築の安全を確保するための法律ではなく、「何かあったときの行政の責任を免責するため」の法律だからだ。

そのことが、はっきりとむき出しになってしまったのが、あの耐震偽装事件だったのだ。
その一線を越えて、責任を感じて行動をとったイーホームズの藤田東吾氏は、ものの見事にさらし者にされてしまった。
責任を感じずに開き直った日本ERIは、今でも繁盛している。

■■
法律もさることながら、少なくとも、材料と構造は、建築家として絶対に責任をもたなくてはならない。

基準法を初めとして、業界の常識は、ほとんど住む人にとっては非常識なのだが、それを言い出すと、設計の仕事は飛躍的に面倒になる。
なぜこれを使うのか、なぜこうするのか、一つ一つ根拠を求め、計算し、思考しながら進めなくてはならないからだ。
しかも、デザインのように目に見えるものではない。

だれも評価してくれなくても、それでもやらなくてはならないこと。これが実に多い。
だから、真四角なガランドウを作ることは、実は大変なことなのだ。逆にいうと、そうは思わないプロは、無自覚な手抜きとも言える。

人間の骨や内臓のことをいい加減にして、ドレスや靴のことを考えても仕方がないということ。

■■
にもかかわらず、現代の住まいのキーワードは「快適」だ。
多くの人は、「快適」のなにがいけないの? と思うだろうけれども、私は好きではない。

あえて言うなら、快適ではなく「回復」であるはずだ。
生き働き疲れた心身を回復する場。そのための安全を確保する場。
もちろん、子孫繁栄も含まれる!

快適は回復のための手段であって目的ではない。
快適すぎて人間が弱ることは多いし、何より「快適」は人間のエゴをいたく刺激する。
「金が欲しい」と一緒で、正直な気持ちには違いないが、野放しにすると人間の嫌な部分が解き放たれる。

■■
ここからが、反戦な家づくりの本論なのだが、日付が変わらないうちに帰って来いというカミさんの厳命が下ったので、本日はここまで。
書きたいことがいろいろたまってきてしまった。

それにつけても、福田詐欺内閣は気持ちが悪い。



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