2009-05-29(Fri)

麻生家の庭にウラン残土レンガなどいかが?

鳥取・ウラン残土問題:「放射線量、規制の倍」11団体、受け入れ了承に抗議 /岡山
2009.5. 毎日新聞

 日本原子力研究開発機構(本部・茨城県)が鳥取県で出たウラン残土で製品化したれんがの受け入れを、鏡野町議会が了承した問題で、「県平和・人権・環境労組会議」など11団体が27日、抗議声明を出した。今後、受け入れ反対を表明している県に方針の維持を確認する。

 11団体の一つ「核廃棄物はいらない美作地区住民の会」(津山市)の中島博事務局長は、「毎時0・22マイクロシーベルトは規制の倍近い線量」と指摘。これについて機構側は「線量は1日8時間で計算しており、家など建築資材としては使わないよう注意している」と説明した。


1日8時間そこにいると、規制の倍の放射能を浴びるレンガ。
ということは、1日4時間までしかその上にいられないレンガ。
こんなものを、ヴァルトホールという町民が集う文化センターに使うらしい。0_00002252_GAZOU1_n.jpg

莫大な原子力マネーによって、町民の命を売り渡すこんな光景は、実は日本の津津浦々で繰り広げられている。そして、その原子力マネーの大部分は私たちの税金が姿をかえたものだ。
直接の関係がないように見える、私たちにとっても他人事ではない。

ロケットと原子力に反対するものは静かに消されていくこの国に、この恐るべきウランレンガがじわじわと敷き詰められていくのではないかという恐怖。
ウラン残土で成功すれば、核廃棄物をうす~く希釈して道路の舗装にでも使い始めるのではないか、そんなあるはずはないことがおきやしないかと心配になる。

本当に安全だというのなら、麻生家の自宅の庭に敷き詰めてみては。首相官邸でもいい。天気のいい日はそこに報道関係者一同を集めて定例記者会見なんていうのはいかが?


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



2009-05-27(Wed)

子ども部屋って何だろう

 小学校3年生の娘が、いきなり「ちのつながりってなに?」とカミさんに聞いている。カミさんもちょっと驚いてなんやらかんやら言いながら説明している。お母さんとの血のつながりはわかっても、お父さんは?と聞かれたらどう答えようかとオロオロしていたけれども、幸いお鉢は回ってこなかった。
 正確には、血はつながっているのではなく、遺伝子がつながっているだけだ。お腹の中にいるときだって、血液自体は別に流れているのに、なんで血のつながりというんだろうか。血族とか血脈とか血は水より濃いとか、生んだものと生まれたものとの関係は単なる親と子という関係を超えて「血」という連綿と続くものに帰属させられるようだ。
 親と子の関係は、自然の摂理からしても赤ちゃんは育てなくては死んでしまうという事情から理解できる。けれども、長い長い「血」のつながりはどう考えても自然の摂理からは理解できない。もっと社会的な必要から生じているにちがいない。要するに、争いのための基本集団づくりということ。争いではなくて、生産のためだけの集団化であれば血脈にこだわる必要はなかっただろうが、狩りのなわばりや水の権利や何やかんやで争いの絶えないとき、できるだけ結束を固めて裏切り者を出さないために血脈が重視されたのではないだろうか。

 今の家族関係には、その両方の面が残っているような気がする。赤ちゃんを育てるための親子関係と、社会の中で争うための血族集団。育てるという気持ちは、ほとんどの場合は説明が必要ない。義務感でも責任感でもなく、赤ちゃんを見ているだけで育てたいという気持ちは湧き出してくる。
 一方で、争うための集団としての家族はなかなか大変だ。世の中が生き難くなればなるほど、その締め付けは厳しくなる。
つづきはこちらで



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



2009-05-26(Tue)

断熱 あるいはエコについて

 ここ数年、家を建てたいという人たちが盛んに「ダンネツハナンダンネ」と言い始めた。直訳すると「断熱材は何ですか?」という意味らしい。とくにダンナのほうがこだわっていて、「ウチデスカ ソトデスカ」と豆まきみたいなことも言う。ちなみに、私のよく行く天河弁財天では2月2日に鬼を神として迎えて、節分には「鬼は内 福は内」と言うそうだ。こういう包容力がこの神社の魅力なのだが、建築界はそうはいかないらしい。ウチとソト、あるいはウチ同士やソト同士の争いが日夜続けられている。
 あんまり泥仕合が続いているので、最初に結論を言ってしまうと、木造住宅の場合は内断熱も外断熱もない。無い。存在しない。この世に無い。木造住宅の断熱で内断熱とか外断熱とか言っているヤツは、言葉の意味すら理解できていないのであまり相手にしない方がいい。
 木造住宅の断熱は、外張り断熱か充填断熱というもの。柱の外側に貼り付けるのが外張り断熱で、柱と柱の間に詰め込むのが充填断熱。それを知ってか知らずか、ウチだソトだと騒いでいるのは、野球の試合を見ながらレアルマドリードとバルセロナの応援合戦をしているようなもんだ。

 じゃあ外張り断熱と外断熱は何が違うの?という話しになるんだけれど、その前に大事な問題がある。断熱は必要か?という根本問題だ。
つづきはこちらから



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


2009-05-24(Sun)

命を守る木の家(火事編その2)

 火事編その1では、家の中の火事について書いたので、今度はトナリの火事が燃え移らないようにすること。または、こっちの火事がトナリに燃え移らないようにすること、について。

 消防白書(平成20年)によれば、火災で亡くなる方は1日に5.5人、年に2005人もいる。そのうち575人は自分で火をつけて自殺してしまった人だという。20代から50代に限ってみれば約半分くらいを放火自殺が占めている。割合で多いのはやはり高齢者で、65才以上の方が814人で6割近い。15才以下の子どもも78人が犠牲になっていて、火事の怖さが実感できる。
 けれどもこれは、子どもの命を奪う最大の原因ではないことにも注意。こんどは厚生労働省の資料を見てみると、(こっちは15歳以下ではなく14歳以下だったりカウントの仕方がちがうので数字が一致しないけれども)死亡原因で一番多いのは出産時の問題や先天性の病気。次が転落や溺死などの火事以外の家庭内での事故が197人。ほぼ同じくらいで交通事故が191人。ちょっと離れて火事が56人。なんと自殺が47人(19歳以下になると500人以上)。
 家と車というファミリーの象徴が子どもの命を奪う原因になっているというのは、皮肉というか悲しい話なのだが、こういう資料を見ておくと何に気をつけたらいいのかよくわかるので、見ているだけで気分が落ち込んでくるけれども、やはり目は通しておきたい。詳しいデータは、厚生労働省のホームページに「人口動態統計 年報」というカタックルシイ統計があり、その中の「家庭内における主な不慮の事故の種類別にみた年齢別死亡数・構成割合」という長ったらしい名前で掲載されている。
 
 では、元に戻って、トナリの火事。
 要するに、外壁と屋根と窓をどうするか、という話しになる。それさえしっかりしていれば、トナリが燃えてもこっちは平気だ。逆に、こっちが焼けても中だけで済む。よくある住宅地の家ならば、30分持ちこたえるというのが基準になっている。おっと、また30分が出てきた。前の章でも「30分」というのが何度も出てきたのを憶えていたら優等生だ。さてさて、なんで30分なんだろう。
つづきはこちらから




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


2009-05-20(Wed)

岡本太郎の貫いたもの

全国不登校新聞社 というのがあるらしい。その新聞は読んだことないが、その新聞社が出している「この人が語る『不登校』」という本を見つけた。その中に、岡本太郎の養女である岡本敏子さんのインタビューが載っている。

- 岡本太郎の貫いたものはなんだったのでしょうか

 とにかくゆずれないものがある。理屈じゃない。概念でもない。本能的にどうしてもゆずれないものが、何かある。(略)結局それは、自分の神聖感なのね。自分のなかに火が燃えているという。


これだけでも、なにかガーンと来た。さらに続く。

 だけど、それを守ろうとすると、弱くなってしまう。むしろ自分でそれを殺してやる.そう思ったときに、はじめて強くなって、社会に対して闘っていけるようになった。(略)あるとき、絶対自分を守ろうとしない、こうやったら死んじゃうというほうに賭けると決心したそうです。それが方法論だと言っていました。

す、すごい。すごすぎる。

 ノンと言い続けることが存在のアイデンティティーである。それが正しいか正しくないかじゃない。自分はそれをやると決めたわけです。無目的に。こうやったら上手くいくというほうには賭けない。
(略)あるときふっと弱気を出して、今回はちょっと有利なほうにと思ったりすると、もうそれで全部終わりなんだぞと、岡本太郎は言っていました。
 自分を大事にすると、逆に自分をどんどん弱くしちゃう。それで生きていたってなんの意味もないじゃないか、という。


これは、打算や損得を考えないということとは、違うレベルの話なのだろう。
よく人をが「輝いている」という言い方をする。オーラが出ているなんて言うこともある。
タダの見間違えも非常に多いけど、本当にスゴイと思う瞬間もある。スポーツが分かりやすい。例えば、トリノオリンピックのときの荒川静香。もっと古い話なら全盛期の王貞治。

岡本太郎にしてもプロスポーツ選手にしても、桁違いの人だから、と片付けてしまいたくない。とても及ばないけれども、この言葉を聞いたときの痛みと爽快感は、ここ1年くらいの憂鬱感を吹き飛ばしてくれた。楽しい虚しさというか、自分の足で立つ覚悟というか、そんな軽やかな気分を久しぶりに連れてきてくれた。


話は政治の世界にぶっ飛ぶ。私が小沢一郎にエールを送り続けたのは、もしかしたら、政権交代に執念を燃やす姿に、この手のすごさの片鱗を感じたからかもしれない。もちろん、打算も計算も手練手管も金勘定もしっかりあったはずだ。でも、そうしたことを手段としながらも、政権交代という、戦後政治のなかで誰ひとり真剣には考えなかったことに突き進む姿に、やはり感動したのだと思う。

それは、小沢一郎の人格がどうこうとか、政策がどうこうとか、思想がどうこうといったこととは別次元の話だ。これまで記事を書いたりしているときには、そんな風に思っていなかったけれども、今にして思えばそういうことだったような気がする。

残念ながら、どの政党を問わず、他の政治家にそんな迫力は感じない。
ま、弱気と保身に翻弄され尽くした私が偉そうに言うことではないけれど、せっかく読ませてもらった岡本太郎の言葉を、ちょっとでも自分の胸の中で響かせたい。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2009-05-19(Tue)

木の家にはやっぱ畑でしょ

「木の家で子どもを守れ」 第10章

■木の家にはやっぱ畑でしょ

 どちらかというと学校のことに話題が集中してきたので、そろそろ家、住まいのことに話を戻そうか。子どもを守るための木の家をどうやって手に入れるのか。

 その前に、最近の家庭菜園ブームについて。何年か前まではガーデニングの雑誌が並んでいたところに、今は家庭菜園が陣取っている。家の雑誌なんて片隅に追いやられて、書店の一番いいとこにずらっと。もっと驚いたのは、家庭用トラクターのコマーシャルをテレビのゴールデンタイムでやっていること。知ってる人も多いだろうけれど、某バイクメーカーがカセットコンロのガスボンベで動く耕耘機を作った。けっこうカワイイ。それ以外にも、肩にひょいとかけて使える耕耘機なんかも2,3万円で販売されている。
 そんな情報に驚いた数日後、近くのショッピングセンターに行くと、新しい店ができていて、店頭になんと耕耘機がおいてある。シーンズショップ、靴屋、HMVのCDショップの隣に耕耘機が並んでいる光景はなかなかシュールだ。看板をよく見れば、ヤン坊マー坊のあの会社が展開する家庭菜園ショップである。花屋の片隅で種を売っていた野菜たちが、一気に主役に躍り出た感がある。いったい誰が仕掛けたのか、ヤン坊マー坊に聞いてみないと分からないけれど、たぶん自然発生的なものではないだろうか。前の章でもちょっとふれた食育なんていうのも関係しているとしても、そんな地味なもので大流行は生まれないだろう。都市住民の心の中に「野菜を育てたい」という切実な思いがムクムクと湧き起こってきたということだ。これはスゴイなあ と思った。
 私が30の手習いで建築の学校に通い始めて、最初に作った課題設計は畑付きの図書館だった。ちなみに卒業設計は銭湯付きの美術館だったのだが、まあそれは置いといて、都市機能に畑が必要だという思いはずっと感じてきた。もっと昔を振り返れば、中学2年までは庭には必ず畑があった。母親が畑好きで、庭というものは野菜が植わっているものだと思っていた。取れたてのトマトやトウモロコシの味は、子ども心にもうまいなあと思った。そんな原風景もあって、畑のある家というのはごく当然のものだと思ってきた。
つづきはこちらで




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
2009-05-18(Mon)

義務教育のギムって?

「木の家で子どもを守れ」 第9章

■ 義務教育のギムって?

 義務教育という言葉は、ほとんどの人が知っている。聞いたことない という人は珍しいんではなかろうか。
では、この義務って何だろう。義務というのは、だれかが何かをしなければならない ということだ。
誰が、何を しなければならないのだろう。

 おそらく、たいがいの答えは「子どもは学校に行かなくてはならない」かな。たぶん、そう答える人が一番多いだろう。現実は、たしかにそのようになっている。学校からも親からも不登校は事件のように扱われて、学校に行くのはやはり当然の義務だと思われている。

ではでは、本家本元の教育基本法を見てみよう。

第五条 義務教育
(1)国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負うこと。

答え1 誰=国民=親
答え2 何を=普通教育を受けさせる

つまり、子どもが学校に行く義務ではなく、親が学校に行かせる義務 なのである。なんだ、同じことじゃないか と思う事なかれ。ことはそう単純ではない。なんでそうなったのか を考えなくては。

日本で初めて義務教育というものが出現したのは、明治19年に小学校令という天皇の命令が出たときらしい。
つづきはこちら
2009-05-17(Sun)

豚風邪の街から

42人中3人の患者が住んでいる吹田市から中継でお送りします。
って言っても、別に何もないんだけれど。

ただ、学校も幼稚園も保育園も休みなので、商売があがったりだ。カミさんと半分づつ休んで子どもを見ておかなくてはならない。おとなしい子ならば、見ながら仕事もできるかもしれないが、うちの子に限ってそんなことはない。

たしかに感染力は強いようだし、診断された高校生は治りかけのころに発見されているから、もうどれだけ広がっているかわからない。たぶん、豚インフルエンザにかかっても、普通の風邪と思って既に直ってしまったという人が相当数いるのではないだろうか。
まあ、普通のインフルエンザくらいのつもりで、構えてはいる。
だいたい、例年ふつうのインフルエンザでも予防注射なんてしたことない。ワクチン学者の書いた記事などを見ると、ワクチンは熱消毒できないから衛生的な問題もあるとか。

そういえば、テレビで官房長官の河村君が異様なことを言っていた。今日の日曜討論(NHK)の一部が流れていたのだが、そこで河村君曰く、「秋にもう一度流行るかもしれない」「それに備えてワクチンの製造を急ぐ」と。

なんで、一度収束して秋になって再流行するなんて、神様にも分からないようなことを河村君は予想できるのだろう??
NHKのホームページで動画配信されているが、その部分はカットされている。
http://www3.nhk.or.jp/news/t10013023101000.html

なんだか、何かに踊らされているような、変な感覚がずっとつきまとっている。
一週間も都市機能が停滞すると、タダでさえしんどい中小企業の中には致命的なダメージを受けるところもあるだろう。ウチだって人ごとじゃない。

だけど、「安全」をネタに脅されると、誰も抵抗できない。
これは大震法(大規模地震対策特別措置法)なんかも同じだけど、安全を錦の御旗にして個人の人権を大幅に制限するというもの。一種の有事立法だ。

今のところ、学校関係以外は表だった動きはない。買い物に行っても、マスクをしているのは3人にひとりくらい。おそらく、明日からの子どもとの籠城生活に備えて買い出しに来たと思われる買い物客で、スーパーは結構混み合っている。
吹田市のホームページは、おそらくアクセス殺到しているらしく、ダウン寸前だ。40年前の万博以来、吹田が全国区になってしまった。住民としての要望を言わせてもらうと、不便なので遠くの人はアクセスせんといてほしい。

ちょっと驚いたのは、小学校からはオフィシャルな連絡がないこと。どうやらPTAのほうが学校より偉いようで、PTAの連絡網でことを済ませている。保育園や学童保育はちゃんと先生が電話してくれたし、父母会の連絡もあった。
ここの学区は地域のボスが異様に強力なので、たぶん他の学校では違う対応をしているのかもしれない。

ちなみに、ウチから徒歩5分のところに例の橋下君(いわゆる知事)のマンションがあるが、今日は前を通らなかったので様子は分からず。ちゃんと爆心地に帰ってくるのだろうか。

などなど、豚風邪の震源地でなにか変化があればまた報告します。





2009-05-16(Sat)

心と責任 いい加減のススメ

「木の家で子どもを守れ」 第8章

■心と責任 いい加減のススメ

 最初からずっと「子どもを守れ」と言い続けている。で、子どもの何を守るんだろう、と自問自答してみた。もちろん命も守らなくちゃならないし、命までいかなくても健康も守らなくちゃならないし、健康にも体の健康も心の健康もあるわけだし、今だけでなくて将来も守らなくちゃならないし、将来にだって将来の社会や経済という意味もあれば環境という意味もある。考えていけばもっとあるだろう。こんな何でもかんでもを「木の家」で守るなんて無謀な話だし、夜郎自大、大法螺吹きの類になってしまう。
 つきつめればやはり、心を守るってことなのだと思う。そう言いつつ、最近は「こころ」という言葉をすごく使いにくくなったとも思う。何でもかんでも「こころ」の問題、「こころ」のせいにして、「こころ」さえナントカすればすべて解決するかのような主義主張がまかり通っているからだ。
 その代表選手が文部科学省のやってる「心の教育」「心のノート」だろう。小学校低学年、中学年、高学年、中学生と4種類の心のノートっていうのがあって、それぞれに「これがいい子ちゃんですよ」という道徳を書いてある。まあ、書いてあること自体はそんなに無茶苦茶なことではない。子どもがみんなこんないい子ちゃんだったら気持ち悪いなとは感じるけれど。「思いやる心」とか「地球に生まれたことの意味」とか「人類の平和と幸福」なんて言葉が並んでいる。
 ただ、どうしても余計なお世話っていう気がする。というか、こんなものを読んで「うん、そうだなあ」なんて心から納得する子どもがいるんだろうか?
つづきはこちらで


2009-05-15(Fri)

正体見たり岡田克也

代表選出馬の記者会見で、いきなりこれだ

「政党が国家権力の中核にある検察を否定するような言い方は絶対に避け、一定の自制をするべきだ。」

私は国家権力には絶対に逆らいませんと、現政権に忠誠を誓っているようなものだ。
ダメだこりゃ。

頑固で融通が利かないなんて言う評判は、たぶん岡田サイドが流している自画自賛情報だ。
国家権力の中枢には逆らいません、なんて誓いをたてるヤツに頑固という評価はあたらない。モッタイナイ。ホンモノの頑固者にたいする侮辱だ。

岡田が代表になった場合、意図的に選挙に負ける可能性がある。
前回の衆院選のぼろ負けも、岡田が影で自民党に貢献したという疑惑もある。

おそらく小沢一郎のさいごっぺと思われるのが鴻池官房副長官のスキャンダル辞任だ。
これで、麻生の速攻解散を封じた。このタイミングでの報道は、新潮ひとりの手柄ではないだろう。なんらかの情報提供と、新潮が書かないなら他紙に書かすという取引があったのではないか。

これが小沢氏本人の筋から出たのか、応援団なのか、勝手連なのかは皆目検討も付かないが、瞬時解散を封じ込めた功績は大きい。
マスコミは、参議院での補正予算がとおるまでは解散できないと報じたが、実際はそんなことはない。衆議院を解散したときには参議院での継続審査をしないというのは慣例であって法律ではない。そして、参議院の予算委員会は自公が多数を握っている。5対5で委員長が自民だ。だから、非常事態だとか何とか言って、衆議院の解散をしておきながら補正予算の継続審査をすることも不可能ではなかったのだ。この可能性を、鴻池スキャンダルは封じた。

これで、かろうじて代表を選出するまでの時間を稼いだ。とはいえ、もたもたしている場合じゃない。代表を決める前に解散された場合のダメージを考えられない政治家は、平和ぼけのそしりを免れない。
とにもかくにも、代表を誰にするか考える時間を少しだけもらったのだから、民主党の議員諸氏は、よくよく考えて勝てる代表を選出してもらいたい。
間違っても、検察ファッショに迎合する岡田克也を代表にしてはいけない。

2009-05-12(Tue)

命を守る木の家(火事編その1)

「木の家で子どもを守れ」 第7章

■命を守る木の家(火事編その1)

 阪神淡路大震災を経験した人ならば、地震の恐怖と同じくらい火事の怖さを覚えているだろう。63万㎡、7千戸近くが焼け落ちた。出火元は285軒と言われていて、その他の6500軒以上は類焼だ。ここでも、木造住宅が燃えさかる映像を目の当たりにして、木造は燃える、木造は怖いというイメージを心に焼き付けた人も多いはず。
 ところで、地震で火事になる場合、何が原因だろうか。ぱっと思いつくのはストーブとガスコンロだろうか。特に阪神淡路のときは冬だったから、石油ストーブなんかが多かったような感じがする。しかし実際は、半数は原因不明、3割は電器器具、8%がガスと石油、4%がたばこやマッチ、などととなっている。((財)消防科学総合センターより) 火事が怖いからオール電化にしましょう、というのはどうなんだろう。

 それはともかく、木造は燃えるという、全国民があまねく堅く信じている「定説」をどうするか、だ。たしかに、よく燃えているところを目撃することが多いだけに、ちょっとやそっとじゃひっくり返せそうもない。前の章で戦った10センチの木の柱とコンクリートの柱を燃やしたら、今度はさすがに木に勝ち目はなさそうだ。う~ん、困った。
つづきはこちらで
2009-05-11(Mon)

小沢代表の会見を見て

 平野貞夫さんが、まだ小沢氏が代表になっていなかったころ「小沢は自分でトップに立たないからダメなんだ。」というようなことを言っていた。ずいぶんもどかしい思いをしてこられたようだ。だから3年前も、小沢氏はできることなら誰かに代表をやらせて自分は参謀でいたかったにちがいない。にもかかわらず、3年間代表を務めてきたのは、結局政権交代を担えるような代表がいなかったからだろう。
 政権交代の執念でなんとかここまで勤めてきたものを、検察の国策捜査やマスゴミの攻撃ぐらいで辞めるわけはない。想像するに、露骨な脅迫があったと見るべきだろう。もちろん、個人的な脅迫ではなく「民主党を壊すぞ」という脅迫。

 民主党内のスパイ同然の連中やガタガタにびびってしまった連中に対して、「分裂すれば当選させてやる」というような悪魔のささやきは無かったと想像する方が難しい。ただ、どうするか決めかねていたのだろう。それが、連休前に「辞めないなら分裂する」という“決定”に至ったのではないか。その“決定”をもって、小沢氏はじめ執行部を脅迫した・・・。

 小沢氏としては、分裂だけは避けなくてはならない。いくら自民党が落ち目だとはいえ、検察&マスゴミの猛攻撃に加えて、分裂騒動ということになったら、政権交代は今度こそ危うくなる。結局、切り崩しと裏切りに屈した、という筋書きのように思える。

 もしそうだとしたら、解散は近い。民主党の代表が決まらないうちに、麻生は解散するだろう。仮執行部の状態で、民主党に選挙を戦わせるつもりだ。小沢氏が会見の中で、「国民生活の影響を考えて,代表選挙は補正予算審議の後に」と言っていたが、これも“言わされた”のではないかという感じがする。麻生は、補正予算に抵抗するなら解散するという意味合いのことまで言っているのだから、この時期に代表の空白を作るというのは民主党にとって自滅行為だ。

 ただし、そんなマイナスイメージをまったく出さずに、戦うための辞任という姿勢を貫いた小沢氏の会見は、この状況の中ではこれしか選択肢はなかったと思われる。たぶん、マスゴミ各社を前にして「ふざけるな!」と叫びたかっただろうけれども、よく自制して丁寧に質問にも答えていた。

 ただし、日本テレビ記者の「離党や議員辞職はしないのか」という質問に対しは、
「なんで離党・議員辞職しなくちゃいけないんですか?」 と語気を強め、
「私は政治資金の問題についても一点のやましいこともありません。政治的な責任で身を引くわけでもありません。」
「3年前に代表職に就いたときには一桁台の支持だったと思いますが、いま皆さんの懇切丁寧な報道ぶりにもかかわらず、20%台の支持をもって自民党ともほぼ拮抗しております。」

と、皮肉を交えて断言した。

小沢氏のことだから、代表選の前に解散してくるかもしれないということくらいは読んでいるだろう。
衆議院選挙は、ほぼ総理大臣を決める選挙のようなものだから、党の代表がいないのは致命的だ。有権者は、「だれを総理大臣にしようか」と考えることができないのだから。
この問題をどう乗り切るか、こうなったら岡田でもいいから、早急に内定者を宣伝することだ。当然のようにマスゴミは、党内民主主義がどうのこうのと批判をするだろうけれども、もともと小沢氏が代表を追われたことに民主主義のミの字もないのだから、そんなことを気にしている時じゃない。

 民主党は、明日にでも内定者の情報をどんどんリークして、既成事実にすべし。麻生がよほどの根性無しでないかぎりは、解散は近い。




2009-05-10(Sun)

命を守る木の家(地震編)

今日も今日とて 「木の家で子どもを守れ」第6章

■命を守る木の家(地震編)

 いくらホンモノの木の家でも、地震でつぶれたり火事で丸焼けになってしまっては元も子もない。子どもを守るどころか、家は殺人マシーンになってしまう。この章では、まず地震について話をしてみよう。
 100人の人に「木造とコンクリートでどっちが強い?」と聞くと、まず99人がコンクリートと答える。建築の素人だけじゃなくて建築関係の人でもほとんどがそう答える。「木と鉄」でもおんなじだ。でも、お察しの通りそんなことはない。
 たとえば、10センチ角の木の柱と、同じ大きさで真ん中に鉄筋を1本入れたコンクリートの柱が立っているとしよう。上からまっすぐ重しを乗せていくと、これはちょっとだけ転勤コンクリートのほうが強い。では、柱の頭を神様がぐいぐいと引っ張るとどうか。これは木の柱のほうが2倍以上強い。ではでは、二人の神様が二本の柱でチャンバラをしたらどうか。大上段から振り下ろした二本の刀が空中でチャリーンと火花を散らす。いや、木とコンクリートだからチャリーンじゃなくてボコッというかな。で、折れるのはどっちの柱か。同じ力で同じ長さのところをぶつけてどちらかが折れるとしたら、これは間違いなくコンクリートの方が折れる。
 じゃあ、10センチ角の鉄のかたまりならどうだろう。たしかに、これは強い。木の30倍くらい強い。でも、重さも木の20倍くらいある。こんなモノで家を作ったら自分の重さを支えるだけでも大変なので、実際は真ん中を空洞にしたパイプにしたり両脇の肉を削ってH型にしたりして使っている。だから、実際に使われている柱の強度はあまり変わらない。
 どう?不思議でしょう。木造のビルとか木造のデパートなんて見たことも聞いたこともないのに、木の方が強いなんて。
つづきはこちらで
2009-05-09(Sat)

「ちゃんと」していない木

「木の家で子どもを守れ」5章

■「ちゃんと」していない木

 「ちゃんとしなさい」 「早くしなさい」 「静かにしなさい」  一日に何回こう叫んでいますか? 子どもの耳には「チャント茸」が生えているにちがいない。育児書なんかを見ると「しなさい」ではなく「しようね」と呼びかけた方がいいとか書いてあるけれども、本質的には同じことだ。「ちゃんと」という枠の中に子どもを入れておかないと気が済まない。
 もちろん、言いたくなる気持ちは私も同じ親としてよく分かる。保育園や幼稚園の時間に始まって、買い物に行っても電車に乗っても子どもが「ちゃんと」していてくれないとニッチもサッチもいかない。家の中にいても下の階の人に気を使って子どもの足音に恐怖する。ましてタダでさえ髪の毛が逆立つくらい忙しい朝なんて、子どもがの~んびりオニギリを米粒一つずつかじっていたりすると思わず金切り声が口からほとばしる。「ハヤクシナサイ!!!」
 (決して、決してうちのワイフのことを言っているのではありません。あくまでもフィクションです。)
 こうして毎日と格闘しているママたちも、もちろん心のなかでは別に子どもが悪いのではないことは分かっている。オニギリを一粒ずつゆっくりと食べることに何の罪があるだろう。残して捨てるのはモッタイナイけれども、お腹に入る分にはゆっくりでも早くでもいいじゃないか。子どもがうれしくてピョンピョン跳ね回るのはアタリマエのこと。床が響こうが下の階でうるさかろうが、それはマンションなんてモノを考えたヤツが悪いのであって子どもが悪いのではない。そんなことは、ほとんどのママやパパは分かっている。分かっているけれど、いざとなるとキングギドラ顔負けに口から火を噴いてしまうのだ。
つづきはこちらでどうぞ
2009-05-08(Fri)

家を建てるなら山へ行け

「木の家で子どもを守れ」第4章

■家を建てるなら山へ行け

 家を建てる場所がどこだろうと、木の床を貼る学校がどの都市にあろうと、関係者一同はまず山へ行かなくてはならない。行ってもいいとか行った方がいいとかじゃあない。行かなくては話が始まらない。
 登山やハイキングをする人なら、日本の山の特徴を知っている。登り初めてしばらくは薄暗くてうっとうしい針葉樹の森がつづいていて、しばらくするとやっと広葉樹の明るい森に抜けてなんだか嬉しくなったりする。ところが、山へ行く山はこのうっとうしい針葉樹の森のほうだ。いやいや、見る目がかわるとうっとうしいどころか面白いことこのうえない。
 山のわりと低いところに生えている針葉樹は、全部人間が植えたもの。戦前からのものもあるけれども、ほとんどは戦争に負けて街では家が焼きつくされたあとに植えられたので、日本の山の針葉樹は50才くらいの木が圧倒的に多い。なんで、家が焼けた後に植えられたかっていうと、考えるまでもなく木が売れたからだ。
 山に立っている木の値段を見ると、955年(昭和30年)に1立方メートルあたり4500円だったものが、2001年には7000円くらいで1.5倍になっているのだけれども、物価は6倍くらいになっているので実際は4分の1に値下がりしていることになる。(つづきはこちらで
2009-05-07(Thu)

にせものじゃダメ

今夜も「木の家で子どもを守れ」から
*******************************

■にせものじゃダメ

 さて、木の家とか木の床とか木の壁とか木の天井とか、まあ何でもいいんだけど、木のナントカというときにどんな木かということは大問題だ。木は木でしょ、と言われるとミもフタもないけれど木は木でもいろいろある。手元の辞書で木の付く字を探すと434文字もある。その中で建築に使われる木は、実はちょっとしかない。というか、三、会、公の3種類で家は建つ。
 木偏に三で杉(すぎ)、木偏に会で桧(ひのき)、そして木偏に公で松(まつ)。他にも、栂とか樅とか栗とか楢とか桜とか言い出せばいろいろあるけれども、とりあえず、杉桧松の三種類があれば家はできる。
 で、どれが一番子どもに優しいかというと、文句なしに杉だ。花粉症で不人気の杉は、柔らかくて肌触りが良く温かくベタつかない。転んでも滅多にケガしないし、裸足であれば適度に滑りにくい。ただし、柔らかいので傷やへこみはあたりまえ。そんなものを気にしていたら杉とはつきあえない。
 桧は、温泉の桧風呂で触ったことがあるかもしれない。杉よりはちょっと堅くて油分がある。桧の独特のニオイはさわやかだ。あまり濃いと頭が痛くなるけれども。水に強いので土に近い土台に使うほか、高級材としていわゆる「和風建築」では目に付くところに使われる。好き好みはあるけれども、桧は晴れがましくて私はちょっと抵抗感がある。 (続きはこちらで
2009-05-06(Wed)

憲法と小沢一郎

憲法は金科玉条ではない。日本国民の燃えるような熱意で作られた国民憲法でもない。
それでも、現行憲法を、今、一言一句たりとも手をつけてはいけないのは、憲法が盾だからだ。

今の憲法は、日本人が身を守るための盾として60数年間働いてきた。どんな欠陥があろうとも、時代遅れだろうとも、矛が目の前に迫っているときに、好きこのんで盾を捨てるヤツはいないし、頭を突き刺されながらノンビリ盾の修理をするヤツもいない。

矛とは、明治憲法を変えるつもりなんてサラサラなかった幣原喜重郎から、今の自民党ないしは自民党的なるものに至る一切合切。この憲法を打ち破って、国家主権を取り戻すことをめざし続けてきた。その一貫性と執念深さは、革新政党など足下にも及ばない。

この猛攻撃を、どうにか食い止めてきたのが今の憲法だ。そのおかげで、ナントカ生きてきたのだ。それは、生きる権利をギリギリ確保してきたという意味でもあるし、殺したことの償いの代わりとして免罪符にしてきたということでもある。だから、戦場で自ら殺した世代が生きているうちは絶対に手をつけられなかった。手をつけられないことの影で、なんとか生き延びてきたのが渡したりの世代だ。
 
ところが、兵士だった世代が激減した21世紀に入り、コイズミという男が公然と憲法を無視して国家権力を振り回しだした。憲法よりもマスコミのほうが偉くなってしまった。国会よりも広告会社のほうが権力を持ってしまった。
その時、兵士の世代の影でこっそりと生き延びできた私たちは、何の抵抗をする力もなく、為すがままに翻弄されてしまった。

今また、政権交代が目前かということろで、法も理屈もかなぐり捨てた検察権力とマスコミの力で小沢一郎は政治的に瀕死の重傷を負わされた。
憲法を打ち破ることを生き甲斐とする自民党的なる勢力の中で、アメリカ奴隷とアメリカ嫌いが喧嘩しだしたことをうまくとらえ、一気に台頭したところまでは良かったのだが、如何せん支える連中に根性がない。喧嘩していた自民党が、方向転換してこちらを向いたとたんにびびりまくって「このままじゃ戦えない」と泣きわめきだした。

もちろん、本来的には小沢一郎も改憲を目指す自民党的なるものの一翼だった。しかし彼は、一度くらいは日本で民主主義を実現したいという立場と、出自たる自民党的なる立場とを比較して、前者を選んだのだ。おそらくその時点で小沢自身は、今日のような事態はある程度予想しただろう。だから、元々は金権政治の大番頭だった人が、頭のてっぺんから足の先まで調べ尽くされても、法に引っかかることはあの記載ミス※しか出てこなかったのだ。

※記載ミスですらない という指摘をいただいた。確かに、政治団体からの献金を資金管理団体で処理したのだから記載ミスですらない。単なる検察の言いがかりだ。ただ、仮に検察の言う「政治団体がダミー」が正しかったとしても、それでも記載ミスに過ぎないということ。

しかし、多くの民主党議員は、こんな反撃に出くわすとは想像していなかった。権力をとる、ということの重さも意味も理解していなかったのだ。だから、自民党的なるもの+アメリカという恐怖の大魔王にひと睨みされただけで、もう敵前逃亡の口実を探すことしか眼中にない。

権力を巡る死闘だという自覚のあるものが小沢を支持し、有力野党でのほうがいいやと責任放棄したものが小沢を追い落とす。
たしかに、金の使い道などについては、どのみち政治資金収支報告書に書いてあることなのだから、堂々と記者会見すればいいと思う。その上で、二階の裏金の使い道も明らかにさせればいいのだから。その点では、「書いてあるから説明済み」ではあまりにも原則的に過ぎるとは言えるかもしれない。前にも書いたとおり、収支報告書は素人にはわかりにくいということもある。戦術論としてはそうだ。

しかし、論理的には、収支報告書に書いてあることを、「説明せよ」「納得できない」と執拗に書き続けるマスコミのほうがどうかしている。納得できないのならば、収支報告書を調べて記事に書けば良いではないか。東京地検特捜部は、足の裏まで調べたのだから、「関係者」の話でも聞いてきたらいいじゃないか。
それを、わざとせずに、公開されていることをあたかも疑惑のように覆い隠して「納得できない」の大合唱をするマスコミが異常なのである。

それに騙される一般読者はまだ仕方ないとしても、騙されたフリをする民主党員は確信犯だ。
残念ながら、こんな連中を頭数にして仮に政権ととったとしても、数ヶ月も持たないかもしれない。官僚、検察、各種御用団体の強烈な総反撃に、逃げ出すヤツが続出するに違いない。

それでもやはり、私たちは歴史的な経験として政権交代を実現するべきだ。政権交代をすると何が起きるのか、その壮絶なバトルを当事者として目の当たりにすべきなんだ。
その意味では、小沢一郎にだけ執拗に続けられるこのバッシングも、その一部として肌身に感じておこう。国家権力というものが揺れ動いたときの、激しいきしみとして。

この経験は、この先、一層厳しい時代を生きる私たちの子どもたちに、ちゃんと伝えて行かなくてはならない。
根性のある子どもに育てなくてはならない。
さっさと逃亡を決め込んだ渡辺や藤井や野田グループなんかのようにならないように。

おそらく、子どもたちの時代には、憲法は盾としての役割をほとんど果たしてはくれない。変わってしまうかどうかは別にして、権力者は守らなくなってしまうだろう。今以上に。どんどん踏みにじって、違反しておいて「時代に合わない」と改「正」を迫る。そういう時代を、生きて行かなくてはならない。

そんな時代を生きるためには、何と対峙し、何と戦い、何を守るべきなのか、直感的に分からなくてはならない。その感覚を磨いてやらなくてはならない。
その訓練には、憲法と小沢一郎は良い教材だ。完璧ではない。問題もある。けれど、今、守らなくてはならない。そのことが分かる子どもになってもらいたい。
ウチの子どもには、頭で理解させるのはまだちょっと無理かもしれないけど、そんなオヤジの緊張感だけでも伝わってくれればと思う。

2009-05-05(Tue)

豚風邪に感謝する二階経産相

ニュースを聞けば豚風邪と渋滞のことばかり。
なんだか世の中がおかしい。

そんな中で、和歌山のヒーロー二階君は、豚風邪様を三拝九拝しているとかいないとか。

米大統領が日本に謝意=インフル後も豚肉輸入継続で-二階経産相
2009/05/05 時事通信

 訪米中の二階俊博経済産業相は4日午前、米通商代表部(USTR)でカーク通商代表と約1時間会談した。同代表は会談で、新型インフルエンザ発生後に米国産豚肉の輸入を禁止しなかった日本の対応に感謝するオバマ大統領のメッセージを経産相に伝えた。
 ロシアや中国などは感染者を出したメキシコと米国からの豚肉輸入を禁止。これに対し石破茂農水相は豚肉を食べても安全だとして輸入継続の意向を表明した。
 経産相によれば、会談で同代表は「日本が極めて冷静な態度で対処していることに米国として感謝する」との大統領の伝言を2-3度繰り返したという。日本の豚肉輸入では、米国産が最大を占める。


裏金をもらおうが何しようが、インフルエンザの恐怖にうち克って豚肉の輸入さえすれば、米国大統領閣下の感謝状をいただける。いやあ、おいしい商売ですねえ。

おいしい商売と言えば、タミフル屋さんは今

新型インフルエンザ:既往症あれば症状重く「タミフル、特効薬でない」--WHO委員
2009年5月2日 毎日新聞(東京夕刊)

 世界保健機関(WHO)の緊急委員会委員を務める、国立感染症研究所の田代真人インフルエンザウイルス研究センター長は1日、ジュネーブで記者会見し、新型インフルエンザでも、通常のインフルエンザと同様に既往症を持つ患者の症状が重い傾向があることを明らかにした。(略)
 インフルエンザ治療薬・タミフルの有効性も米疾病対策センター(CDC)で確認されたというが、「高熱の期間を1日くらい短くする薬。特効薬ではない」とくぎを刺した。


にもかかわらず、

「復権」した特効薬=需要急増、供給大丈夫?-新型インフルに効果・タミフル
2009/04/30 時事通信

 耐性ウイルスの登場や服用後の異常行動で表舞台から姿を消しつつあったインフルエンザ治療薬のタミフルが注目を集めている。世界保健機関(WHO)が新型インフルへの効果を認めたためで、一躍「復権」した形だ。
 (略) 07年冬季に耐性を持つウイルスが登場。昨年冬の流行シーズンでは、ほとんどの型のウイルスで効きが悪かったとされる。
 服用後の飛び降りなど異常行動との関連も一時取りざたされ、医師の敬遠に拍車を掛けていた。一方で、メキシコを中心に猛威を振るう新型インフルには効果があることが判明。世界的に需要が高まる中、日本政府も3300万人分ある備蓄をさらに増やす方針だ。


と、ここにも豚風邪を崇め奉る人々がいるようだ。




自由党 近畿ブロック
国民の生活が第一!
KINKILOGO.png
自由党
jiyutoulogo.jpg
山本太郎となかまたち
bnr_nakamatachi.png
生活フォーラム関西
なんとしても政権交代を!
20140723-3.jpg
ひとびとの経済政策研究会
松尾匡氏ら気鋭の経済学者による  政策提言と勉強会
ひとびとの
カレンダー
04 | 2009/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
リンク1
貴重な情報をいただいています
(順不同)
リンク2
ブログ内検索
twitter
田中龍作ジャーナル
20140723-4.gif
マガジン9条
パレスチナ・オリーブ
パレスチナで作られたオリーブオイルやオリーブ石けん。これはお勧め。
palestineolive.jpg
RSSフィード
blogranKing.net

カウンター
最近の記事
プロフィール

明月 こと 山岸飛鳥

Author:明月 こと 山岸飛鳥
木の家プロデュース 明月社 主宰
一級建築士
趣味 キコリ 畑
取り柄 貧乏
Email : info@mei-getsu.com

明月社のアルバム
明月社の作品や家づくりのアイディアなど ちょくちょく更新しています
アルバムLOGO
木の家プロデュース明月社
ホームページをリニューアルしました
meigetsusha.jpg
明月社へのご連絡

名前:
メール:
件名:
本文:

明月社 facebookページ
六甲菜園ブログ
郊外楽園プロジェクトの六甲菜園
rokkou-sides.jpg
おすすめの本
こんな時代だから、お薦めしたい本。アフィリエイトではありません。

自伝的戦後史(羽仁五郎) jidentekisengosi.jpg

おすすめの本 2
日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか

nihonhanaze.jpg

おすすめの本 3
日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか
nihonnhanaze2.jpg
おすすめの本 4
世界超恐慌の正体

sekaichoukyoukou.jpg

おすすめの本 5
そして、日本の富は略奪される

sositenihonnno.jpg

おすすめの本 6
コンクリートが危ない

conclete.jpg

おすすめの本 7
家を建てる。家づくりはたたかいだ

iewotateru.jpg