2009-06-29(Mon)

民主党は横須賀の結果を肝に銘じてほしい

横須賀市長選の結果は、自民党にも民主党にも衝撃を与えているだろう。

横須賀市長に33歳新人 『小泉王国』の現職破る
2009年6月29日 東京新聞

政党候補にノー 横須賀市長選 自・民ともに不安残す
2009年6月29日 東京新聞

自民党は、たぶん声が出ないほどのショックで、どうリアクションしていいかわからないにちがいない。
私自身は何もしていないのにこんなこと言うのもはばかられるが、ザマアミロと言いたくもなる。

同時に、民主党にとっても大きな傷を残す結果となった。
おそらくは、長年の小泉王国の下で、労組も含めてベタベタの関係になっていたのだろうが、原則として相乗りをしないという党の方針を破って小泉直系を押したあげくにこの結果だ。

橋下徹にすり寄るのも同じだが、要するに民主党は負け犬根性を払拭しなければならない。
人気のある者と対立することを恐れる体質は、選挙で票をとるという目的がある以上ある程度は仕方がないが、度が過ぎると国民の意識の高まりに置いてきぼりを食う。

すでに、その兆候がはっきりと出てきたのが、今回の横須賀市長選挙だろう。
当選した吉田雄人氏のマニフェストを見る限り、常識的な人 という印象だ。
原子力空母に反対した呉東候補と比べれば、平和主義というほどでもない。
とくに、変わったことを提案しているのでもなく、アタリマエのことを言っている。ぱっと見た感じは、民主党の生活が第一というマニフェストにそっくりだ。

マニフェスト

にもかかわらず、小泉の虚像におびえて吉田氏を応援できなかった民主党は、強烈な危機感をもって、この結果をかみしめるべきだ。この激動期に、民衆の声なき声を感じることのできない党は、あっと言う間に博物館行きだ。

民主党は、右顧左眄せずに、生活が第一 の基本を貫いてもらいたい。


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2009-06-29(Mon)

橋下徹がハゲタカの手先である件

先日の橋下徹らについての記事で、大事なことを書き忘れたので、追記しておきたい。

橋下の一番の目的は、「道州制」だということ。
そして、今回の大騒ぎのおおきな目的は、民主党に道州制を認めさせることだ。道州制を認めるなら応援してやる、というそぶりを見せている。

「民主に政権担当能力ない」道州制めぐり橋下知事が酷評
2009.6.22 産経

大阪市内で17日に開かれた民主党府連主催のシンポジウム。橋下知事は党の分権構想を「官僚主導の国の形を変えるものだ」といったん持ち上げた後、続けてこう批判を繰り広げた。「ただし、基礎自治体の次が(道州ではなく)国だというなら、それはとてつもない中央集権の国だ」

こうした前振りがあって、あの鳩山さんのみっともない発言になったわけだが、岡田幹事長も同じようなことをやっている。

民主・岡田幹事長が首長連合を評価
2009.6.28 産経

また橋下知事が国と道州、市町村の「3層制」の分権構想を打ち出し、民主党が提唱した「2層制」を批判していることについては、「まず市町村ありきと主張しているだけで、『2層』にこだわっていない」と説明した。

と、さっそく道州制でもいいかな みたいなことを言い出している。

橋下が道州制にこだわっているのは、コウモリ男にしてはめずらしく首尾一貫しており、ということは、本来の目的はそこにあるということだ。府庁の移転問題も、ある意味で福祉の切り捨ても、大阪府を関西州にしていくためのステップとして進めている。府の赤字を、ソフトランディングで減らしていくのではなく、劇的に解消しようとしているのも、道州制に間に合わせるためだ。

この辺の非常に詳しい解説は、大阪産業大学の本山美彦先生のブログがあるので、ご紹介しておく。

消された伝統の復権 

関西州については、大阪資本の関西財界は熱烈に待望しているようで、橋下が「ドウシュウ」と叫ぶたびに彼の懐はグッと温かく感じられるのではあるが、しかし、関西財界程度の話では済まないような気もする。

こちらのブログにあるように、外資ハゲタカに食われやすいようにするための道州制であることも見逃してはいけない

金貸しは、国家を相手に金を貸す

郵貯やりそなや長銀などのデカイえさは竹中などをつかって中央集権でアメリカにささげ、デカイ肉を食い尽くした後は、バラバラにして細かい肉を食いやすくするのである。アメリカに骨までしゃぶられてから、中国に権限移譲される、その道筋に道州制もある ということだ。

橋下徹の一切の行動基準は、実はここにあることを見逃さないようにしたい。

※本山先生のお名前を間違えて表記していましたので、訂正しました。申し訳ありませんでした。


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2009-06-27(Sat)

植草一秀さんを有罪にした裁判長とは

植草一秀さんに不当判決を押しつけた 近藤崇晴という最高裁の裁判官。
最近やけに活躍している。

まず、わずか4日前に「サンデー毎日」の名誉毀損を植草氏が訴えていた事件で、植草氏の敗訴を確定させた裁判長が、なんと同じ近藤崇晴である。
こんなことがあっていいのか?

また、今年4月に同様の痴漢えん罪事件で、防衛医大の名倉教授に逆転無罪判決を下した裁判長の中に、この近藤崇晴がいる。そして、わざわざ補足意見まで残している。この判決で、もしかして植草さんの逆転も と期待した人も多かった。

がしかし、今にして読み返してみると、今日の植草氏の不当判決を準備するための予防線だったかのようだ。

本件は,満員電車の中でのいわゆる痴漢事件であり,被害者とされる女性Aが被告人から強制わいせつの被害を受けた旨を具体的に供述しているのに対し,被告人は終始一貫して犯行を否認している。そして,被告人の犯人性については,他に目撃証人その他の有力な証拠が存在しない。

本件公訴事実が証明されているかどうかは,Aの供述が信用できるかどうかにすべてが係っていると言うことができる。

このような場合,一般的に,被害者とされる女性の供述内容が虚偽である,あるいは,勘違いや記憶違いによるものであるとしても,これが真実に反すると断定することは著しく困難なのであるから,「被害者」の供述内容が「詳細かつ具体的」,「迫真的」で「不自然・不合理な点がない」といった表面的な理由だけで,その信用性をたやすく肯定することには大きな危険が伴う。

また,「被害者」の供述するところはたやすくこれを信用し,被告人の供述するところは頭から疑ってかかるというようなことがないよう,厳に自戒する必要がある。


と、あたかも冤罪を防ごうという姿勢を見せているが、これは判決文や、この前に出てくる那須裁判官の補足意見を繰り返しているだけで、なんでわざわざこの補足意見を書いているのか、まったく分からない。なにか不自然なものを感じる。

さらに、読み進めると、近藤崇晴はこのように書いている。

被害者の供述には幾つかの疑問点があり,その反面,被告人にこの種の犯行を行う性向・性癖があることをうかがわせるような事情は記録上見当たらないのであって,(略)

ここで、この件と植草事件は違うんだということを言いたいらしい。なにせ、サンデー毎日の「セクハラ癖があることは業界では有名」なんていう暴言を、名誉毀損ではないというのだから、近藤の頭の中では植草さんはセクハラ癖が業界で有名な人間だと言うことになっている。

それにしても裁判なのだから、証拠も無しにそんな予断と偏見で決めてしまって良いのか。
これについては、

記録を検討して自らの事実認定を脳裡に描きながら,原判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかを検討するという思考操作をせざるを得ない。

その結果,原判決の事実認定に合理的な疑いが残ると判断するのであれば,原判決には「事実の誤認」があることになり,(略)


なんとここで、「証拠がなければ自分の『経験則』で有罪にできる」と言っているのである。
まるで、4月の段階で植草さんの有罪確定を準備していたかのようだ。

こうして、同じ大学教授と言うこともあり、名倉教授の事件を比較対象にすることで、植草さんの有罪を強引に決めつけたのが、この近藤崇晴という最高裁判事である。

ちなみに、「証拠がないなら経験則で」は、この事件のみならず、死刑判決までも下している。

そう、あの林眞須美被告を死刑確定にした、裁判官の中にも近藤崇晴がいる。
(ちなみに、あの事件の判決確定にかんするニュースは、ネット上から消されている)
これも、判決文を読んでみると、詐欺事件をやったのだから殺人事件もやりかねないという予断に満ちている。


解散総選挙がいよいよというときに、植草さんを閉じ込めておこうという狙いは、ハッキリしているので、こんな細かいことをほじくらなくても良いのかもしれないが、ちょっと気になったので記しておく。

選挙対策という意味では、産経がいじみくもその意図を露呈している。
使っている植草氏の写真に、わざと変な表情のものを使っているだけでなく、何の脈絡もなく小沢一郎とのツーショット写真を並べている。いかにも産経らしい下卑たやりくちだ。

植草被告の実刑確定へ
2009.6.27 産経

小沢氏も植草氏も、この写真をぜひ有効に使っていただきたい。できれば獄中から立候補し、出てきたとたんに財務大臣ていうのはいかがだろうか。


晴天とら日和さんが、こういうときに再確認しておくべきことをまとめてくれたので、再掲します。

▼平田公認会計士
 :りそな銀行を監査中に自殺なんだって。
▼鈴木 啓一氏 
 :朝日新聞記者。
  りそな問題後、りそなの政治献金が10倍になっていることを記事にし東京湾に浮かぶ。自殺なんだって?????
▼植草 一秀氏  
 :りそな問題を本として出版しようとした経済学者。
  痴漢で逮捕。?????
太田 調査官 
 :国税調査官。
  りそな銀行の脱税問題を調査中に手鏡でスカートの中を覗いたとされ、痴漢で逮捕。?????




※植草氏に関する記事には下劣なコメントが予想されるのであらかじめ言っておきますが、その類は全部まとめて一括削除するので、無駄な労力は使わないように。

2009-06-26(Fri)

民主党は橋下や東国原のスケベ根性を蹴っ飛ばせ

いつの世も、コウモリ男は世にはばかる。

橋下徹も東国原も、大阪や宮崎のことなんて、どうでも良いと思っていたことがハッキリした。
橋下のほうが東国原よりもスケベ度が高いから、より巧妙に進めているけれど。


「地方の政治パワー重要」…橋下知事、新党目指す 

2009年6月26日 読売新聞

知事という大事な仕事を、大臣になるための踏み台としか考えていないだろうことは、知事選の時からわかっていたことだ。

橋下徹の頭の中は・・・ 2008.7.16 

民主党が勝っても自民党が首の皮一枚残っても、キャスティングボートを握って勝った方にすりより、大臣のイスをねらう。
二人の頭をパカッと割ってみれば、こんな光景が展開しているにちがいない。

ただ、東国原は妄想が過ぎて、自分の人気で自民党が復活すると思ってしまったあたりが、橋下のあざとさに及ばないところか。

橋下は「国会議員を出す党ではない」なんて言っているが、どうせなら 「大臣には2万%なりません」と言って欲しいね。

まあ、こんなことは分かっていたことだから、今さら驚くまでもないが、困ったちゃんはこっちのほうだ。


民主・鳩山代表、橋下知事らとの連携に意欲
 
2009年6月25日19時13分 読売新聞 

少なくとも世論調査では自公を圧倒しているときに、こんな連中に秋波を送るなんていうみっともない真似をしてくれるな。
これから大勝負というときに、そんな負け犬根性でどうする。

民主党は、生活の党ではなかったのか。生活第一じゃなかったのか。

橋下が大阪でやっている生活切り捨ての嵐を知らずにいっているならば不勉強が過ぎる。
すっかり騙されて90%も支持している大阪府民と同じレベルだ。

もし、知っていて言っているのならば、なにをか言わんや。
自ら腐朽菌を呼び寄せていては、まともな政権運営ができなくなる。

ここは、お互い頑張りましょ くらいの冷静な対応をすべきだ。
頭を冷やせ 鳩山さん。

2009-06-24(Wed)

高知県東洋町に行ってきました

高知県東洋町というタイトルを見てピント来た人は 相当記憶力のいい人にちがいない。
2年前、核廃棄物の処分場をめぐって町を二分するたたかいのあった場所だ。
この一点で争われた町長選は、90%近い投票率と70%の得票率をもって反対派の沢山保太郎氏が勝利した。

以来2年間、沢山町長は処分場の問題にとどまらず、反核町長として過疎に悩む東洋町の舵取りを行ってきた。
詳しくは、沢山町長のブログを見てもらいたい。

東洋町長日誌

昨日この東洋町に行って、沢山保太郎町長にもお会いしてきた。高知県人会のある人に誘われての日帰り旅行だった。以前からお付き合いのあったこの方は、私とは親子ほど歳の違う大先輩で、このブログを見て こいつを沢山町長に合わせてやろう と思ったようだ。突然「来週東洋町へ行くぜよ」ということに相成った。

核廃棄物処分場の顛末は聞き知っていた私は、興味本位で、ワケの分からないまま先輩とともに早朝の高速バスに乗り込んだ。徳島までバスで2時間半、そこでレンタカーに乗り換えてまた2時間半。小休止を含むとはいえ都合5時間の行程は、決して楽とは言えない。午後の1時にようやく東洋町の道の駅、ならぬ海の駅に着いた。
uminoeki.jpg

木組みのきれいな木造の建物は、コンビニくらいの広さの産品販売コーナーと、テーブルが3つほどある食事コーナーがある。そこに、ポロシャツと野球帽のオッチャンがいて先輩と何か話している。ひとしきり話した後「紹介しとくわ」といわれて名刺交換すると、このポロシャツのオッチャンが沢山町長だった。
uminoeki2.jpg
(右の人が町長)

月に2万円で暮らせる老人ホームを作る話や、子どものいる世帯には町産の米を配給する話など、なんとかして支出を減らしながら町民が暮らしていける工夫をお聞きした。それでも、急速な人口減少と高齢化はご多分にもれず深刻で、なんとかしたいという熱意と悩みが伝わってきた。

お話を聞くうちに、ただの興味本位ではなくもっと予習してくればよかったと後悔しつつも、こういう首長がいるということに希望を感じるようになった。全国に星の数ほどある過疎地域の、それこそ希望の星になる可能性をもっているのではないか。そして、その過疎を逆手にとって原発や処分場を押しつける国の核政策にたいする、小さけれども数多くのするどい刃にも。
atochi.jpg
(処分場の候補地だった場所)

東洋町のチャレンジが全国の過疎地に広まっていくためには、核を拒絶しても生きている、もっとよくなっているという実績を見せることが何よりの力になるはずだ。毎年、現状の町予算と同じ額を原子力がもって来るという甘い甘い話をあえて拒否した結果、町民は少しずつ暮らしやすくなって若者も徐々に増えてきた ということになれば、だれが原発や処分場なんて受け入れるだろうか。
atochi2.jpg
(元候補地は昔お城だったらしい)

ではどうすればいいのか なんて私にはわからないけれども、少々見聞した範囲で、目新しくもないけれども少し書いてみたい。


まず、有機農業で食っていける状態があれば、Iターンの若者は沢山来るはずだ。
現実は、非常にきびしい。「慣行」農業、つまり農薬と化学肥料の農業でも新規就農で自立して食っていくのは非常に難しい。まして有機農業になると、成功しているのは希有な例になるだろう。

でも、実際にやっている人の話を聞いたり、本を読んだりすると、必ずしも無理なわけではないような気もする。
というのは、有機農業が食っていけない原因がいくつかあるらしいからだ。

ひとつは、手の掛かる有機農業をやるには、販路開拓まで自分でしなくてはならないという問題がある。ほとんどの農協は、農協の農薬や化学肥料を使わない有機栽培の産品を扱ってくれない。扱っても、「慣行」栽培のものと区別されなかったりする。必然的に、自分で営業して販路を開拓し、袋詰めから発送までしなくてはならない。
そうなると、どうがんばっても有機農業でとれる収穫量は限られてしまい、いくら売れても収入は増えないということになる。

以上は、実際にやっていた友人から聞いた話。作ればいくらでも売れるけれども、体力の限界まではたらいでもそんなに沢山作れない と言っていた。
少ないけれども、有機栽培なんかを専門に扱っている流通に乗せると、今度は価格を抑えられてしまうと言うこともあるらしい。生産サイドではなく流通サイドに主導権を握られているので、生産者価格が低くなる。ご存じのように、有機栽培の野菜は販売価格は高いのに である。

だから、行政が流通の部分をきちんと整理整頓して、売り先を確保し、まじめに作ることに専念し、そこそこの値段で売れるようになっていれば、新規就農者にとってはものすごく心強い。

もうひとつの問題は、有機栽培もピンキリらしい、ということ。指導体制がないから、試行錯誤でやらざるをえない。その上、有機肥料というのがくせ者で、高温発酵させたチッソ分の薄いものが多く、野菜の元気がなくなり虫にも食われやすい という。(「野菜が壊れる」新留勝行著 に詳しい)
指導体制があり、良い有機肥料があれば、たぶん現場の苦労も違うものになるはずだ。

それと、これも体験談で聞いた話から、保険が必要なのじゃないか。台風などの激甚被害があると、1年間の収入が途絶えてしまう。この恐怖感というのも、新規就農を考える者にとっては、大きな心配要素だ。
自然災害に対する保険や補助や融資などのセーフティーネットを考えて欲しい。

最後に、アタリマエの話だが、農地の確保だ。これをIターン希望者に勝手にやれというのは、こっちに来るな!と言っているようなもんだ。他府県での話だが、ヒドイのになると、Iターンにタダで休耕地を貸してやり、何年か耕させて土が良い感じになってきたところで追い出す なんてこともあるらしい。
安心して住み続けれらるような、農地の確保は、行政の責任ではないだろうか。

Iターンに対する政策は色々あるけれども、緑の雇用みたいに、1年後は野垂れ死んでしまいそうないい加減なものが多すぎる。継続して生き住み続けられるように考えてもらいたい。


沢山町長の話を聞いていて思ったのは、沢山塾をやったらいいのに ということ。これだけ思いをもって政治に取り組んでいる人は、地方中央を問わずそういない。
町内の“貴重な”若者はもちろん、全国から政治や公務員を希望する連中を集めて塾を開き、後継者を育てていって欲しいなと思った。村内の後継者は言うまでもなく、そうやって全国に広がっていくネットワークは、東洋町が生き延びていくためにも貴重な情報網になっていくにちがいない。

政治家志望の若者が松下政経塾みたいなところにばっかり行くようでは、何党が政権を取ろうが、先が暗い。
沢山政経塾を開いて、全国から若者を集めて季節に1回ぐらい合宿をしたら面白いだろう。


以上とりあえず防備録のつもりで、勝手なたわごとを記しておきたい。

saba.jpg
(海の駅にて鯖250円)

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2009-06-22(Mon)

たばこと自転車から環境を考える(なんちゃって)

たばこを止めて22年ほど経つので、今のたばこのパッケージも値段も知らないけれども、ネット上で調べてみると、こんな事が書いてあるらしい。

喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。疫学的な推計によると、喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。(詳細については、厚生労働省のホームページ www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/main.html をご参照ください。)

タバコの煙は、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。喫煙の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう。

本パッケージに記載されている製品名の「mild、super、lights」の表現は、本製品の健康に及ぼす悪影響が他製品と比べて小さいことを意味するものではありません。


銘柄によって心筋梗塞だったり肺がんだったり、なぜか病名は変わるらしい。よくわからん。
それにしても、たばこに対する迫害はそうとう本気モードだ。

それにしては、どうも本気さを感じないのが、例の二酸化炭素だ。最近ではカーボンフリーとか低炭素とか、いったい何のことだかわからないような名称に変わってきたが、二酸化炭素が地球を温暖化させて、このままいくと地球は破滅する、というのは世の中の定説になっている。

そのために、日本は今後10年間で15%も二酸化炭素の排出を減らすという。これまで6%減らすと大騒ぎしたあげくに6%増やしてきたというのに、一体全体どうやって15%も減らすというのか?
もしこれが本気だったら、日本で販売する自動車のボディーには、こんな文字を印刷するべきだ。

自動車の運転は、地球にとって温暖化の危険性を高めます。コンピュータの推計によると、自動車の運転は二酸化炭素により温暖化する危険性が運転しない場合に比べて約○○倍高くなります。(詳細については、環境省のホームページをご参照ください。)


ボディーがどうしてもイヤならば、ハンドルの真ん中に書いておくのが当然じゃないの?

しかも、車は年に6000人以上の命を奪っている。その意味では、こうも書いておくべきだ。

クルマの運転は、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどを年に6000人以上死亡させ、100万以上を負傷させます。運転の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう。


それと、とっても重要なことがある。

本パッケージに記載されている製品名の「エコ、ハイブリッド、低燃費」の表現は、本製品の地球に及ぼす悪影響が他製品と比べて小さいことを意味するものではありません。

当然だ。いくら燃費がよくても、それだけたくさん売れてたくさん乗ったら、意味がない。
だから、一番書いておかなくてはならないのは、

できるだけ、買わないで下さい。

この不況のまっただ中で、プリウスは注文から納品まで半年以上かかる大人気だそうだ。
100年に一度の優遇減税のなせる技だ。もう、どう考えても温暖化対策なんて本気で考えているわけがない。良心的な人を騙すための目くらましに過ぎない。

こんな事に税金を使うくらいなら、自転車がマトモに走れる道路をつくれ といいたい。
ウチの事務所から大阪の中心まで一直線で10キロ足らず。今の季節なら道がよければフフフンと楽しく走れる距離なのに、走ってみれば酷さがわかる。自動車の道は信号もない高速のような道なのに、自転車で行こうと思ったら、階段を担いだり、細い歩道から川に落ちそうになったり、それはもう恐怖のサイクルコースだ。
反対に千里ニュータウンの方へ走ると、歩道は木の根っこでボコボコ、夜になったら街灯すらない、いきなり穴に落っこちて転倒寸前。これ体験談。

それに、自転車を停めるところもない。歩道に駐輪スペースを計画しておけばいいのに、なにも作らずにおいてから、違法駐輪とか難癖をつけてトラックにのせて持ち去ってしまう。挙げ句の果てに、どっかのオッチャンオバチャン軍団が黄色いジャンパーを着て、自転車を停めさせまいと待ち構えている。

こうした光景を見るたびに、ああ、やっぱり二酸化炭素で温暖化というのはウソなんだなあと実感する。
環境問題を考えるなら原発に賛成しろ と脅迫するために登場したトリックスター。

もし、本気だというのなら、エコカーも液晶テレビも省エネエアコンも、カタログ表紙に、「ちょっとまて、あなたのガマンが地球を救う」とでも書いておいたらいい。


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2009-06-20(Sat)

「 かぐや」はなんで墜落したのか

私明月としては、月の話題はスルーするわけに行かない。

かぐやが月に墜落した。制御して落としたと言うことだが、落下地点は陰になっていて、映像がない。



何より不思議なのは、550億円もかけたかぐやを、なんで着陸させずに墜落させたのか、ということだ。しかも、わざと陰で写真の撮れないところに。

火星ですら、NASAのフェニックスは着陸して、手に取るような映像を送っている。
http://www.nasa.gov/mission_pages/phoenix/main/

なのに、なんでかぐやは墜落させたのか。着陸させて、映像やら土の分析やらをすれば、膨大な研究資料が手に入ったはずなのに。墜落させるなんて手法は、アポロ計画より前にやっていたレインジャー計画と同じだ。そのレインジャー計画ですら、墜落直前までの写真を撮って解像度は30センチだったという。

ところが、かぐやに限らず、アポロ計画以降、何回も打ち上げられた月探査機から送られたはずの詳細な月面写真は、なぜか見あたらない。レインジャー計画のときの解像度30センチの写真も、ネット上では探すことができない。
昨年11月にはインドのチャンドラヤーンが月面に着陸したというが、感動の月面写真がない。
火星の写真みたいな、目の前に月があるようなのは全然なくて、公開されているのは、高度100キロからのこの映像だけ。ホンマに着陸したんか?
http://www.nasa.gov/mission_pages/Mini-RF/news/2009-01-16_south_polar.html

こりゃやっぱりアポロの着陸はウソだったのか。あまりに詳細な手に取るような月面写真を撮ってしまったら、アポロのときの映像と比べられてしまうもんなあ。


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2009-06-17(Wed)

鳩山-西川の騒動は何かオカシイ

どうしても 腑に落ちない。
鳩山-西川の争いである。

まるで死神・鳩山が正義の味方で、西川が悪の権化であるかのように報道されているが、本当にそんな単純なものなのだろうか??

森永卓郎氏が書いているように、ここまで西川社長を守る理由がわからない。
ゴールドマンサックスの差し金だとか、いろんなことが言われているが、100%株主が政府である以上、政権交代してしまったら、西川のクビなどいつでも切れる。
つまり、今回の騒動は、西川を守るポーズをとって、わざと自民党の支持率を下げ、政権交代を促しているようにしか見えない。

だって、政権交代したら、綿貫総務大臣なんてことになるかもしれない。これはもう、西川なんぞクビだけじゃ済まなくて、火あぶりにされかねない。
そういう方向にむかっていくことが、火を見るよりも明らかなのに、なんであえて西川を留任させたのか。

西川がいくら構造改革派の手先だと言っても、代わりの人間くらいいるだろう。少々見劣りしても、政権交代でばっさりやられるよりはマシのはずだ。

それに、死神・鳩山が正義の味方だというのが気に入らない。そんな立派な御仁なのか?

詳しく考察している時間がないが、どうも西川は特攻隊として残されているような気がする。
政権交代した直後に、三〇〇兆円を超える郵政マネーを、住友系を経由して米国債や米資本への出資でアメリカへ流出させてから、速攻で辞任。
あとは、コイズミやヘイゾーたちと悠々自適の生活を送る、という寸法だ。

いや、もしかしたらそれは空手形で、イザとなったら郵政汚職の全責任を背負わされて、用済みになったコイズミやヘイゾーもろとも捨てられるかもしれない。
知りすぎた者は、たいがいそういう末路をたどる。

その後の郵政の社長はどうするかって? マネーが流出した後の社長なんてだれでもいいんじゃないの、たぶん。

というかんじで、ゴールドマンサックスを初めとしたアメリカ資本は、政権交代を前提として、郵政マネーの緊急脱出作戦を考えているのではないか。
それが、今回の西川社長留任という、一見無茶なやりかたになったのでは。

郵便局に高額の貯金をしている人は、ちょっと用心した方がいいかも。

2009-06-17(Wed)

菜園家族 続報

前の記事で紹介した「菜園家族レボリューション」の著者、小貫雅男先生に勉強会の予定などをお尋ねするメールを出したら、ご丁寧にお電話をいただき、小一時間にわたってお話をうかがうことができた。

「菜園家族レボリューション」は10年近く前に書かれたものであり、その後の研究や進展についてもお話があり、中でも「流域」のことは興味深かった。
私なりの理解でその辺を述べてみる。

元々、日本の社会では川の流域にそって経済が成り立っていた。自然の循環と経済の循環が川の流域に沿って回っていた。ところが、高度経済成長と日本列島改造で、それらの循環はバラバラになってしまった。開発と土木工事で川の流れは「排水路」へと変貌させられ、上流の田舎は下流の都市への人材供給源にされ急速に過疎化した。あらゆる意味で、川の流れと人間の生活、社会の生産は切り離された。

菜園家族という社会を考えるときに、自分の家族だけのことを考えるのではなく、その地域のどこに菜園がたくさんできたらいいのか、そんなことを川の流域という観点で考えるべきではないか。小貫先生は鈴鹿山脈から琵琶湖に流れる犬上川の流域で自ら住み、実践してこれれたと言う。

実は私は「流域」という言葉は耳にタコができるくらい聞き慣れた言葉だ。林業では、なにかというと流域という言葉を連発するからだ。役所用語と言ってもいい。お役人が効果の低い補助金を出すために、林業について理屈をひねくり回すときの常套句なのである。

だから、最初に「流域」という言葉を小貫先生から聞いたときには、ぜんぜんピンとこなかった。「なにを今更」という条件反射がおきてしまった。しかし、林業と離れて「家と流域」「普通の生活と川の流域」という関係をイメージしてみると、これは頭の大転換だと思った。

よほど川のほとりに住んでいる人以外は、自分が何川の流域に住んでいるのかなんて意識したことはないだろう。近くの川の名前は知っていても、それがどこに向かって流れていて、どこで海に注いでいるのかなんて、相当の物好きでなければ知らないのではないか。

かくいう私の場合でも、今いる街の雨水は神崎川に流れているはずだということまではわかるけれども、今日しげじげと地図を眺めて、神崎川と淀川がつながっていないことに初めて気がついた。神崎川は河口付近で猪名川に合流しているのである。

阿武山を分水嶺として、高槻市は淀川水系だけれども、茨木市から西は猪名川水系になるのだ。
だからどうした、という話だけれども、川の水がなければ生きられない時代には重要な問題だったはずだ。

政治や外国の思惑からできるだけ自立した生活を手に入れるためには、食べ物はもちろんだけれども、やはり水は欠かせない。今のように、巨大な設備がなければ水が手に入らない暮らしでは、いざという時に生きていけない。
逆に、川の流れを大事に使えば、ナノ技術なんかが進歩している昨今だから、わりと簡単に飲み水は手に入るのではないだろうか。

そもそも、日本は水が豊富だと言われているが、これは見かけだけの幻想だという指摘もある。
森の保水力が無くなり、川は護岸工事や暗渠にされて、降った雨はあっと言う間に海に流されてしまう。
そして、最大の問題は、食料の6割を輸入しているということ。つまり、その食料の生産に使われている膨大な水は潜在的に輸入されているということ。
食料を100%自給しようと思うと、日本は水が足りないとも言われる。決して水の豊富な国ではないのだ。

小貫先生の「流域」という視点から、もう一度「仕事を辞めずに田舎暮らし」というプロジェクトを見直してみたい。もう一段、深いものが見えてくるかもしれない。



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2009-06-16(Tue)

このさい週休5日制はいかが

麻生政権も風前のともしび。いよいよ政権交代は指呼の間かと誰もが思い始めているだろう。

こういうときに便利なことがある。小沢氏の秘書が逮捕されたときに散々小沢たたきをやっていたのに、麻生政権の支持率がティーンエイジになった今ごろになって民主党にすり寄ってくるものは、全部ニセモノ、おこぼれちょうだいの最低最悪の代物だ。

ま、それはともかく、たとえ民主党が政権を取ったとしても、そう簡単に変えられない路線がある。アメリカから中国への宗主国の交代だ。

ギブミーチョコレートを知っている人は切実に感じるだろうが、国の支配のおおもとは食い物。小麦と脱脂粉乳で生き返った日本は、それを生産しているアメリカの呪縛から逃れることはできなかった。横文字にすれば格好いいという洗脳は、日本全国津々浦々に染み渡っている。

農林水産省のホーム-ページでも、どこから食い物がやってくるのか見ることができる。
これを見ると、穀物はアメリカ、野菜は中国 である。
野菜の46%が中国から、14%がアメリカから輸入されている。

こんな時代に、精神の自由を少しでも確保するためには、食い物を確保しておかなくてはならないだろう。水も欲しいところだが、まずは食い物。

理想的には田舎暮らしで、畑では野菜を作り、山羊とニワトリを飼ってタンパク質確保し、味噌なんかの調味料も自家製 なんていうのが美しい。
ところが、田舎暮らしの本などを見ていると、自己資金は1500万用意しろ なんて書いてある。それどころか、貧乏人は田舎暮らしなんてするな とまで書いてある。

普通のサラリーマンが「正社員」とかいって、なにか特別の存在かのように言われる昨今、1500万どころか100万だって簡単には使えない。貯蓄無しの世帯が四分の一をしめる日本では、当然だ。だからこそ、せめて最低限の食い物を確保しておきたい。ただの都市生活者は、収入が途絶えた瞬間に路上生活へのカウントダウンが始まってしまう。

そこまで追い詰められなくても、精神的な自立のためにも、食い物を自分で確保するということをやってみたい。
そんなことを考えていたときに、ふと見かけた本がある。

「菜園家族レボリューション」小貫雅男著

saienkazoku.jpg

週休5日 というか週勤2日を提唱している。
2日だけ現金収入のために働く。別の意味では、最低限の社会生産のために働く。残りの5日は、自分たちの食い物と、家族と、文化のために費やす。

単純に言うと、GDPは三分の一になる。でも、それで食えるならば何か問題ある? という話。
ローハスとかスローライフとか言うならば、ここまで言わなくちゃウソだよな と感心した。

問題は、どうやってそこに向かって進んでいくのか ということ。
何党が政権をとろうが、こういう発想は毛ほども無いだろうから、ゲリラ的に始めていくしかないのだろうか。その意味では、塩見直紀さんが提唱している「半農半X」のようなイメージだろうか。
しかし、本当の田舎に行ってしまうと、週に2日の仕事だって簡単には見つからない。

最初は、やはり今の仕事を続けながら、菜園のある暮らし、半自給自足の生活を手に入れることではないだろうか。そんな都合の良い場所があるのかというと、ある。
ずばり、不便なニュータウンである。
バス便だったり、都心まで1時間以上かかるようなニュータウンの家は、ほとんど田舎と変わらないような値段で売りに出されている。それでも、ちょっと不便と言うだけで見向きもされず、どんどん過疎化が進んでいる。

しかし、不便とか便利とかの価値観をひっくり返して、本格的な田舎よりははるかに便利でちょっと広くて安い土地と考えれば、これはお得。
50坪の敷地に30坪の家と10坪の畑とちょっとした作業小屋。贅沢を言わなければ、全部合わせて二千万円でおつりが来る。もちろん、耐震改修とか、農作業のしやすい間取りにするとか、少し手を入れる費用を含んでの話。
都市部で住むことと比べたら住居費は格段に押さえることができる。

このへんから始めるのが、小貫先生の言う菜園家族のとっかかりになるのではないだろうか。
この大不況を逆手にとって、政治家や米国や中国に頼らない生き方を手に入れてみたい。
そんなことを考えていたら、なんだか楽しい気分なってきた。



2009-06-12(Fri)

高額印鑑事件から北朝鮮を考える

必死でミサイルを見せてアピールしている金王国・北朝鮮だが、アメリカはじめ「敵」国の反応は鈍い。それどころか、一番ヒステリックに反応するはずの日本で、こんな事件が表沙汰になっている。

「統一教会との関連明かせ」=見込みあれば新世顧客に-幹部が販売拡大指示か
2009.6.11 時事通信

印鑑販売拡大、統一教会幹部が指示か メールを押収
2009年6月12日 朝日新聞

記事のなかで注目したのは、動いているのが警視庁の公安部であることだ。単なる詐欺事件としての扱いではなく、事前に組織的な調査をした上での逮捕であったことがうかがわれる。

つまり、この時期に日本の警察が統一協会を組織的に攻撃し始めたと言うことだ。
安倍晋三らが統一協会の会合に祝電を送ったときに、ヘンリーオーツさんが作った「魔のトライアングル」というイラストを憶えている人も多いだろうが、北朝鮮と統一協会はマッチポンプで反共運動を盛り上げる役割を担っている。日本の国会議員の中にも、安倍晋三や平沼赳夫のようにそれに加わっているものは多いようだ。

このマッチポンプの運動は、言うまでもなくアメリカの存在が前提だ。アメリカに振り向いてもらって、北朝鮮を敵視してもらうことで、初めて反共運動は実を結ぶ。いわば、アメリカを東アジアにつなぎ止めておくための装置としての、反共マッチポンプである。平沼のように、その辺を勘違いしてアメリカを敵視すると、早々にはじき出されてしまう。

ところが、アメリカは今、東アジアからは手を引きたがっている。それどころではないのだ。東アジアは中国に任せて、日本が適当にそれを補完して、アメリカの邪魔にならない程度にやりくりしなさい。ただし、日本は今までアメリカに育ててもらった恩返しとして、残っている生き血は全部すするからそのつもりで。ということだ。ブッシュからオバマになったことで、その転換はスピードアップした感がある。

だから、北朝鮮がミサイルを矢継ぎ早に打ち上げて見せても、核実験をして見せても、およそ期待したような大騒ぎにはならない。むしろ

国連決議採択なら3度目の核実験 CIAがオバマ大統領に警告
2009.6.12 産経新聞

対北朝鮮「外交が最優先」 米特別代表
2009.6.12 共同通信

米政府による北朝鮮のテロ支援国家再指定については、再指定で科せられる制裁の多くが既に実施済みだと指摘し「新たな罰則にはつながらない」と語った。

など、アフガンやイラクのときとはうって変わって、やる気がない。
アメリカにとって、ヒール・金王国はもう用済みなのである。

北朝鮮は、どうしてもアメリカが無視できないほどのことをやらかすか、中国の付録として生き延びていくしか選択肢がない。その意味では、日本の陸のある場所にミサイルを飛ばすという可能性は無視できない。前にも書いたように、麻生たち自民党政権の多くもそれを望んでいるだろうから。

ただし、アメリカにとっても中国にとっても、それは非常にやってほしくないはずで、ある程度のところで仲裁に乗り出す可能性の方が高い。

こうなってくると、北朝鮮とは表裏一体である統一協会もまた、存在意義を失う。
普通だったら、北朝鮮がこれだけ暴れ回れば、統一協会をはじめとして右翼が表でも裏でも大騒ぎするはずだが、あまりそうした動きが見られない。おそらく、公安ががっちり押さえ込んでいる。

統一協会が組織的に公安に従わなかったのか、一部が言うことを聞かなかったのかはわからない。が、いずれにしてもこうした脈絡で、今回の印鑑事件は起きたと見るべきだろう。

inkan.jpg(日テレより)

注意すべきは、北朝鮮と統一協会のマッチポンプが機能しなくなることは、一見良いことだけれども、そう話は簡単ではないということ。日本人にとっては、アメリカに生き血を吸われ、干物になったところで中国に売り渡されるという危機は何も変わっていない。また、それに対する反対が、差別的排外的国粋的な反抗に糾合されてしまう危険性も大いにある。

まったくもって、タダ生きる ということが困難だ。



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2009-06-10(Wed)

憲法9条と死刑制度の「抑止力」

地震雷火事ゲンパツ という記事に「もし本気で原発を襲撃しようとする勢力が来たら我々の装備でそれを阻止出来ない。 」というコメントがつき、それに対してアホらしいコメントがあった。曰く、「ミサイルを撃とうとしている国に向かって、飛んでくるミサイル(飛翔体か)に向かって『憲法九条っ!』と叫ぶのですか?」

そもそも法律ってものが何なのかわかっていない、あるいは意図的に意味を取り違えてふざけている発言なので、速攻削除しようと思ったのだけれど、まあたまにはオフザケに付き合ってみようかと思い、私もこうコメントを返した。「死刑制度で殺人事件が無くなると思っている人は、殺されそうになったら『死刑!』って叫んだらいい。こまわり君のように。」

これに対しても、あれこれコメントが来たけれども、本来のゲンパツに関する記事とは何の関係もないので、全部削除させてもらった。これ以降も、削除するので悪しからず。

ところで、せっかく登場したこまわり君をこのまま退場させるのもモッタイナイので、少し考えてみたい。

9条も死刑制度も、「抑止力」がある、と言われる。ただし、それを口にする人の顔ぶれはほとんど重なっていない。つまり、9条の抑止力を認める人は死刑制度の抑止力を認めない(ことが多い)。死刑制度の抑止力を認める人はたいがい9条の抑止力を認めない。

9条はもともとは「殺さない」という宣言であり、死刑は「殺す」という宣言だということだ。
9条の「殺さない」という宣言は、アメリカの思惑をはじめいろんな事情があったにせよ、人類史上初の歴史的な実験ではあった。世界という巨大な戦場のまっただ中で、何も言う前から白旗を揚げてしまおう、ということだ。それでも撃つのならどうぞ撃って下さい、ということだ。だから、撃たれる可能性も覚悟の上である。たとえ撃たれても、あんな泥沼の戦争になるよりはマシだという共通認識の上に成り立っていたはずだ。

もちろん、この実験には制約が多すぎた。なによりも、強大なアメリカの傘の下ということでは、あまり実験にならない。しかも、わずか数年で「殺さない」という宣言は撤回され、再軍備が始まってしまった。

9条に過剰な期待をしている人は、すこし頭を冷やした方がいいかもしれない。世界4位の軍事費を投じて、はるばる中東まで進軍している今の日本には、本来の意味の9条はすでに無いも同然。まさに、死刑制度と同じような「やったら殺す」というのが現在の9条だ。

なにせ日本国では、自衛隊は『合憲』とされているのだから、「9条!」と叫ぶということは、「自衛隊!」と叫んでいるのと同じことだ。「来るならきやがれ。ぶっ殺すぞ!」と叫んでいるようなもんだ。今の日本が「9条!」と叫んでみたところで、それは本来の「殺さない」という宣言で身を守ろうという人類史的な大実験とは似ても似つかぬ代物なのだ。北朝鮮のミサイルに「9条!」と叫べと言う揶揄は、そういう意味でも見当違いなのである。

現代の世界で、完全に経済封鎖をされて生きていける国は無いだろう。とくに、軍事力をそれなりに持っているような国ならばなおさらだ。北朝鮮なんて、どれだけ餓死者がでるかわかったモンじゃない。だから、中途半端に爆弾を落とすよりも、完全な経済封鎖の方が遙かに強力な実力行使にはなる。

ところが、現実はイラン・コントラ事件のように敵に武器を送ってでも戦争をやりたがるもんだから、必要あろうが無かろうがまず戦争ありきということになっている。ほんとうに、戦争が好きな連中が多すぎる。

だから、満身創痍の9条でも、やはり存在意義がある。戦争大好きな連中の手枷足枷までは無理でも、目の上のたんこぶというか、足の裏の魚の目というか、そんな役割は果たしている。

ウサイン・ボルトだってデッカイ魚の目があったら100mを10秒以下では走れない。戦争好きとボルト選手を並べてしまってボルトさんには申し訳ないけれども、まあそのくらいの効果はある。
9条まで無くなってしまったら、もうなんの歯止めも無くなってしまうのだから、いくら頼りなくても満身創痍でも、やはり9条を無くしたり骨抜きにしたりしてはいけない。

現在の9条というものは良くも悪しくもそういうものだから、9条で北朝鮮に対する抑止力になるのかといわれると、非常に心許ない。たぶん、抑止力になんてならないだろう。
本気で非武装だったら、丸腰の相手をヤルという超悪役を誰が演じるのか、という議論はあり得る。が、現在の自衛隊がもれなく付いてくる9条ではそういう効果はない。

しかしそもそも、軍事力や経済封鎖が本当に抑止力になるのだろうか。
冷戦後の戦争は、小さい国が戦争をやりたくなるように仕向けておいて、本当に起こしたらそれを叩く、というのが共通したパターンではないだろうか。(WIKIPEDIA 戦争一覧の冷戦後と2001年~ を参照)

かつての日本の侵略を決して正当化するわけではないが、一面ではそういう流れもあったことは、右翼連中が盛んに喧伝しているところだし、ドイツのナチズムだって、巨額の賠償と極端な経済破綻が背景に無ければ生まれてこなかっただろう。

つまり、軍事力やら経済封鎖なんかを抑止力だと言っていられる余裕があるウチは、そもそも戦争なんて始めない。
もう、軍事力や経済封鎖なんてかまってられない、というかむしろ、軍事力や経済封鎖で追い詰められて、いよいよ後先を考えずに戦争を始める。

つまり、ゴーイングコンサーンが成り立たなくなると、何をするかわからない、ということ。明日があるのかどうか、それが問題だ。

「ある」と「ない」の価値観は、国によって全然違う。アメリカのような贅沢な国は、かつての繁栄がなくなるだけで「明日がない」と判断するかもしれないし、北朝鮮ならば金日成の血統が絶えることが「ない」と判断するかもしれないし、イスラエルはアメリカに捨てられることが「ない」を意味するかもしれない。その意味では、明日があることが必ずしも良いことかどうかはわからないが、少なくとも戦争というバカな行為に突っ込むのは、そうしないとその連中にとっての明日が無くなるから。

北朝鮮は、今まではヒールを演じることで出演料を稼いできた。だから、日本で自民党がピンチになると必ず支援ミサイルが飛んできた。ところが、オバマ政権になってその役割を認めてもらえなくなってしまった。中国の下でおとなしくしてな、と切り捨てられてしまった。

これに慌てたのが金正日だ。自分の体調も最悪なときに、アメリカに捨てられたら、金王朝はどうなってしまうのか。で、もう精一杯の悪役をやっている。後継者問題なんかも、三男の情報をリークして話題づくりにつとめている。もう痛々しいくらい。

こうなると、抑止力とかなんとか言うような概念では説明できない。
今後、一番ありそうだなと思うのは、支持率が一桁に落ち込んだ麻生が、「たのむから日本の領土にかすめてミサイルを撃ち込んでくれ。」と懇願して無人の島にでもミサイル打ち込んでもらうことだろうか。それを機に、日本は一気に戦時体制。絶対的な報道管制のまっただ中で総選挙。選挙期間中に麻生は平壌に乗り込み、格好良く交渉を決める。もちろん、裏では多額の支援を約束して帰ってくる。小泉のときと同じように。

金王朝の危機と、自民党政権の断末魔のコラボレーションが、戦争をたぐり寄せる。
その時、憲法9条は、魚の目くらいの力しかないけれども、わずかばかりの抵抗力を発揮する。

では、死刑制度はどうか。

こちらは、家相が悪いと家族が不幸になるというのと同じようなレベルの話だ。死刑が犯罪を抑止するというデータは、世界中探してもない。あれば、死刑大好き人間たちが大キャンペーンするだろうが、ない。
ただし、抑止力が全くないという証明もない。カナダで死刑廃止後に犯罪率が下がった例は良く出てくるが、その相関関係はわからない。

要するに、死刑が犯罪を抑止するというのは神話や都市伝説の類と変わらないということだ。絶対にウソだという証明はできないが、その合理性もまた証明されない。
だから最近は、死刑の根拠とされるのは遺族感情だ。死刑というのは公立の仇討ちだという。法律なんてあったモンじゃない。

では何で死刑を残しておくかというと、便利だからだ。中国を見ればわかるように、国家が抹殺したい人間がいるときに、死刑があれば合法的に消すことができるからだ。

このあたりは、9条と死刑の共通項はない。
ただし、戦争が起きてしまうのと殺人事件が起きてしまうことの共通項は、ややあるかもしれない。
明日がない、ということだ。

戦争以上に千差万別だから、一概に言ってしまうのはどうかとも思うが、明日がない世の中では犯罪は増える。死刑があろうが無かろうが。

最後に、死刑については、この記事を読んで欲しい。

死刑をくだす者は自らの命を賭けよ 2008-10-28 


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2009-06-07(Sun)

地震・雷・火事・ゲンパツ

昔から怖いものの代名詞は、地震雷火事ゲンパツと言う。
えっ 違う? でも今はそうでしょう。親父は優しくなって、ゲンパツにその座を明け渡してしまった。

後釜に座ったゲンパツは、怖い親父が瞬間湯沸かし器と言われたように、シュッシュシュッシュと湯気を出している。きっこさんの記事で知っている人も多いだろうけれど、つい先日も病み上がりの柏崎刈羽7号機が湯気を噴いた。

地震の起きる確率を色分けした地図はあるので、ここはひとつ、原発の危険を一覧にした地図を作ってみたい。

まず、原発や関連の施設の場所を把握する。
お役所の出しているものは、(社)日本原子力産業協会のホームページに出ている。
もっと詳しいのは、「原子力資料情報室」というNPOのホームページにある。
ここでは、「原子力資料情報室」の地図をベースに使わせていただいた。

お次にご覧いただくのは、日本全国の放射線の量。
そんなものがどこにあるのかというと、文部科学省が管轄する「日本の環境放射能と放射線」という変なホームページに論文が出ている。
第50回環境放射能調査研究成果論文抄録集(平成19年度)

いろんなデータが載っているのだけれども、2007年度の空気中の放射線量の県ごとの平均データを拾ったものを、後で紹介する図にのせたので、こんなメンドウな論文なんて読んでられるか という方はそっちをどうぞ。
先に、図に載せた数字の説明をしておくと、モニタリングポストというのが精密機械、サーベイメータというのがハンディータイプで、各県の左の数字がモニタリングポスト、右がサーベイメータである。単位はナノグレイ/時で、文部科学省いわく、西日本は花崗岩が多いので数値が高いのだそうだ。

さてさて、お次に控えまするは、風。
原発からどっちに向いてどんだけ風が吹いているのか。
これまた、丁寧な仕事をされている方がいるので、資料を見せていただく。
大阪市大・三木信博先生のホームページlに、「日本各地の風配図」というすばらしいデータ
がある。
ここから、原発のある場所の年間平均の風データを拾い出し、以上を重ね合わせたのが以下の図である。

genpatsuritti.jpg

クリックして拡大しながら見てほしい。
できれば、右クリックから「別ウィンドウで開く」にしたほうが見やすいと思う。

原発から風下の県で放射線量が高くなっているようには見えないだろうか。
逆に、原発があっても、風の向きが海のほうへ行っていたりすると、数値は高くない。

もちろん、文科省の言うとおり花崗岩なんかの影響もあるだろうから、全部が全部原発のせいではないかもしれないが、花崗岩の分布と放射線の数字も必ずしも一致しない。
興味のある方は、産業技術総合研究所の「日本地質図データベース」で調べてみてほしい。
(この凡例では花崗岩とは書いていなくて、「深成岩類」の「珪長質」というのがそれにあたるようだ。)

以上、これから住む場所を考えようという人は、地震のハザードマップばかり見るのではなく、この原発立地図も参考にしてもらいたい。

ま、ここで考えたのは年平均の風であって、いざ原発が事故したときにどっち向きの風が吹いているかは、それこそ風まかせだけれど。

狭い日本 どんなに急いでも 逃げ切れない (字余り)


2009-06-06(Sat)

「緑のオーナー」 問題の根っこ

育てているはずの牛さんがどこにもいなかった というほど酷くはないが、まあ大差ないのが国営詐欺「緑のオーナー」制度。
地味な宣伝ながら500億円をかき集めた。林野庁の年間予算の1割を上回る金額だ。林野庁のホームページによれば、昭和59年から平成10年までの間に、人数にして8万6千人、口数にして10万4千口(一口50万円)を集め、平成11年から18年にそのうちの1万人分を売却した。で、50万円が32万7千円(65.4%)になり果てた。

その結果が、昨日の集団訴訟ということになっている。

緑のオーナーで国賠提訴=「元本割れリスク説明なし」-大阪地裁
2009.6.5 時事通信

1万人の被害者のウチの75人だから、裁判の様子を見ている人が大量にいる。このへんのことは、弁護団のホームページに任せるとして、私としては、森林の側からちょっと考えてみたい。

緑のオーナーのような、いわゆる分収林という仕組みは珍しいものではない。林業の本場である奈良県吉野地方では、ごく普通に行われている。ここでは山守制度といい、山のオーナー(山主)は街の金持ちで、実際に手入れをする人は山守といい、その山で木を育てて売る権利を持っている。売った金は山主と折半(比率は知らないが)する。全部木を切ってしまったら、山守は権利を失って山主に山を返さなくてはならない。

こんな仕組みが何でできたのかというと、聞いた話では、借金のカタで山を手放すとき、金貸しは山をもらっても困ってしまう。そこで、元の持ち主を山守として山の管理をさせたのが始まりとか。
ところが、この制度のおかげで吉野は林業のメッカになることができた。つまり、山守にしてみれば、数十年の間に最大限の利益を出さなくてならない。何代にもわたる気の長い話をしていられない。そのため、試行錯誤を重ねて林業の技術を磨いたのだそうだ。

だから、分収林という仕組み自体が林業にとって悪いというものでもない。問題は、林業にお金を突っ込むときに、どの分野にどのように入れるのか ということだ。
林野庁の予算は、毎年4千数百億円ある。森林整備の治山事業で約3千億、地域安全の治山事業で約1千億。つまり、林野庁の予算のほとんどは、治山事業に消えている。その他の「山村再生システムの構築」とか「国産材利用拡大」とか「新たな森林経営政策の確立」なんていうのは、同じくらいの文字の大きさだけれども、予算額は一桁も二桁も小さい。

おおざっぱに言ってしまうと、林野町予算のほとんどは土木工事に消えているのである。

もちろん、必要な土木工事もあるだろうけれども、そうでないのも非常に多いと言うことはかねてから多くの識者が指摘している。
何よりも大事なことは、林業が食っていける商売になることだ。そうなれば、ほとんどの問題は解決する。
非常に誤解が多いので、どなた様もよ~く知っておいていただきたいのは、

国産材は安い ということ。

国産の杉は、流通している建築用材の中で一番安い。輸入材より安い。
もちろん、昔は高かったけれども、下落に次ぐ下落を重ねて、もう何年も前から価格は逆転している。
にもかかわらず、なんて国産材は売れなくて困っているのか?
ここに焦点をあてて、膨大な国家予算をつぎ込めば、問題解決は難しいことじゃない。
のだが、そうはならない。

それと、もうひとつ、知っておいていただきたいのは、

立木の価格と木材の価格は別物 ということ。

立木の価格がもし2倍になると、家をつくる木材の価格も2倍になるか? そんなことはない。木材の価格のウチ、立木の価格、つまり材料原価の部分は7~8%にすぎない。つまり、立木の値段が2倍になっても、木材の価格は7%くらいしか上がらない。3000円の柱が3200円になる。
あとの93%は何かというと、木を切って、山からおろして、運搬して、市場で競りにかけて、製材して、運搬して、また競りにかけて、運搬して、・・・・ という人件費と販売手数料だ。

だから、緑のオーナーが被っている35%くらいの損失は、製材された木材価格の中では2~3%にすぎない。

たったこれだけのことが何で解決できないのか。原因は、山の現場を知っていれば誰でもわかっていることだ。
在庫負担、乾燥、運搬、プレカット。ほとんどここに集約される。

国産材の最大のウィークポイントは実は価格ではなく、納期だ。注文受けてから最低でも1ヶ月半はかかる。これは、今の建築業界では通用しない。これを2週間に短縮しようと思ったら、相当量の在庫を持たなくてはならないが、その資金をだれが負担するのか。
輸入材は、そこの部分を商社が負担しているが、国産材の場合そのリスクと資金を負担する人がいない。都道府県単位や山地単位で流通センターを作って、そこへ切った木を持って行けば随時買い取ってもらえ、注文すれば随時出荷される、という仕組みがあれば、国産材は絶対に売れる。

ただ、木材は丸太のままじゃ使えない。乾燥とプレカットという工程が、今どきは欠かせない。でも、この施設は不足している。小規模では初期投資が大きすぎて採算がとれないから、簡単につくるわけにもいかない。これも、産地単位くらいで共同工場を作って、適正価格でいつでも利用できるようにすれば、問題は一気に解決する。
ちなみに、木材(とくに杉)の乾燥は、その技術も不安定だ。各地の試験場などがバラバラに研究しているが、まだ正解はだれも見つけていない。しかも、産地ごとに木の性質が違うので、方法も変わってくる。この分野にも、しっかりと研究費を投じて、情報の共有もはかれば格段に進歩するはずだ。

こんな程度のこと、かりに48都道府県に平均10億出しても、500億。ところが、十年一日のごとく土木工事と目先の補助金にばかり税金をつぎ込み、林業を食える産業にしようという気配はサラサラないようだ。

もちろん、元本割れの説明がなかったことも問題だし、任意の売却を入札と偽るのも問題だけれども、緑のオーナーも含めた林業政策のより根本的な問題は、このへんにある と私は思っている。



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2009-06-04(Thu)

木の家を手に入れる方法 その1

 木の家木の家といっても、だれでもいつでもすぐに手に入るものじゃあない。思っているほど高くはないけれども、かといってみのもんたさんご推薦の○○ホームのようなわけにはいかない。それに、これから家を建てようという人自体が少数派だ。1年以内に家を建てようなんていう人は、全体の1~2%にすぎない。その大部分は建売りか売建て住宅の購入だし、20%くらいは大手の住宅メーカーだ。だから、本物の木の家にたどり着く可能性のある人は、ものすご~く少ない。砂漠の針というか海の中のイクラというか、そのくらいの確率しかない。
 で、そのくらいの稀少な人たちがイザ木の家が欲しい、と思ったときにどうしたらいいんだろうか。「そりゃもちろん私に連絡してくれればいいんです」と宣伝もしつつ、しかし、全国の木の家ファンがどっと連絡してきたらパニックになるなあ、なんてバカな話をしていないで現実的なところを考えてみる。
 
 少数派とはいえ、まずはこの家を建てる人のことからこの章では考えてみよう。さっきも言ったように、誰に頼んだらいいんだろう というのがまず最初の悩みになるだろう。インターネットや広告で「木の家」とか「自然素材」とかをうたっている工務店は、山ほどある。玉石混淆で、どれが本物でどれがにせものか。悪い会社じゃなくても、いろんな流儀の会社があるだろう。なにより、いくらいい家でもあまり高い値段では、子どものためのいい環境を作るつもりが、ローン地獄になってしまう。本末転倒だ。などなど 悩みはつきない。
  ○○ホームみたいに、極端な低価格を売り物にしているところは別として、ほとんどの住宅メーカーとならば木の家は価格的には充分に勝負できる。
つづきはこちらで


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2009-06-01(Mon)

あらためて「いじめ」を考えてみる

「木の家で子どもを守れ」より

■あらためて「いじめ」を考えてみる

 私は昔から学校が嫌いだ。少なくとも好きじゃない。よくよく考えてみれば、学校って異常な集団じゃないか。たまたま近くに住んでいるというだけの理由で、朝の8時半から夕方の4時くらいまで、月曜から金曜まで同じ部屋に詰め込まれ監禁される。一人あたり1畳分くらいのスペースというのも、スゴイ話。6畳の部屋に6人が朝から晩まで缶詰になったら、どれほどウットーシイか想像できるだろう。しかも、床の間にはセンセが鎮座していたりする。

 そして、この何の必然性もない集団の中で、友だちを作らなくてはならない。社交的な性格は悪いことではないが、それと同じくらい非社交的なことも悪いことではない。そんな人間にとって、年齢と居住地域以外に何の共通項もないものと友だちになるというのは、とんでもなく苦痛な話だ。子どもは必ず友だちができるものだ、なんていう迷信は、社交的ないわば表側の人たちの言い分であって、ウソではないけれどもことの半分でしかない。
 近くに気の合う子がいなかったり、一人で遊ぶのが好きだったり、人と話すのにものすごく緊張したり、いろんな子どもがいるはずだ。でも、いろんな子どもを認めるということは、集団生活を進行する上では大きな負担になる。1人の先生を3人にも4人にも増やさなくては対応できないとか、そもそも先生の価値観を大幅に広げてもらわなくてはならない。現実は、子どもの都合にあわせて先生を増やしたり、先生の方が変わるなんてことはなくて、学校の都合や先生の価値観に子どもが合わせられることになる。

 で結局、集団生活に効率的なように、みんなに併せて人付き合いのできるのがアタリマエということにされてしまう。その時点で、イジメはもう既定路線だ。かならずおきる。おきないほうがオカシイ。

 さかなクンの「いじめられている君へ」という話は有名な話なので聞いたことのある人も多いだろう。
つづきはこちらで


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日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか

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