2010-08-31(Tue)

フィナンシャル・タイムズの「The wrong man for Japan」論説について

小沢氏の出馬は歓迎しつつも、気になることを書いてみる。

■フィナンシャル・タイムズの記事

反小沢の人々が、大喜びで引用しているフィナンシャル・タイムズの「The wrong man for Japan」という記事は、たしかに内政干渉そのものの、激烈とも言える小沢誹謗記事になっている。

英フィナンシャル・タイムズが、「小沢氏が日本の首相には良くない男だ」という根拠は、二つ。

一つは、対米従属ではないこと。これが「困惑させる外交の政治スタンス」だという。

二つ目には、それ以上の理由として、1993年に成立した連立政権を壊したことらしい。だから、今度も壊すに違いないと書いている。



最初におさえておくべきは、小沢氏が「壊した」のは新進党であり、それは細川・羽田の非自民連立政権が1994年に敗北してから4年後の1998年ことだということ。

1994年に羽田連立政権が敗北したのは、直接的には社会党のせいだ。
社会党の村山富市が、首相の座に目がくらんで、連立政権を裏切り、社会党そのものを裏切って、あろうことか自民党と手を結んだことが、原因だ。
その裏の立役者が、羽田政権に閣外協力と言いながら「自社さ」の根回しをした、さきがけの武村正義であったことも、比較的よく知られている話。

10年以上前のことで、しかも党首になった途端に新進党を解党したというイメージが強いために、あたかも小沢一郎が羽田連立政権を潰したように、よくよく知っているハズの日本のマスゴミも書き立てるが、意図的な誤解、というかデマの類である。



ただし、英フィナンシャル・タイムズとしては、こんな話は付け足しだろう。
本当に言いたいのは、一つ目の外交姿勢のほうだ。
それを、あまり正面から言うと露骨すぎるので、壊し屋のイメージを書いているだけだ。

ところが、やっぱりと言うべきか、日本のマスゴミは、この「外交姿勢」の中身についてはひと言も書かない。
日経だけが全文翻訳を掲載している。(これも、少々問題ありだが)

そこにはこう書かれている。
(以下引用)

「普通の国」として戦後体制を脱却し、米国に頼らない独自防衛を最初に唱えた政治家の1人だ。1990年代には小沢氏を「改革者」と持ち上げた米国だが、最近は冷淡だ。野党だった民主党が海上自衛隊のインド洋での給油活動に反対していたころ、シーファー前駐日米国大使は当時民主党代表だった小沢氏と会談することすら拒否された。小沢氏は中国の1党独裁政治には露骨な軽蔑(けいべつ)を示しつつも、対中関係強化には熱心だ。

(引用以上)

これこそが、英フィナンシャル・タイムズが「小沢はダメ」という最大の理由なのである。
それを、日本のマスゴミは、ひとっことも書かない。書けない。

ちなみに、こうした小沢の外交政策のスタンスについて、日経は「首尾一貫しない外交姿勢」と訳しているが、原文は、 confusing foreign policy stance  である。

confusing は「混乱させる」「困惑させる」であり、この文章が英国で書かれたことを考えると、「イギリスを困惑させる外交政策スタンス」というのが、直訳になるのではないか。
あるいは、外交政策であるから 「外交の相手方であるアメリカを困惑させる外交政策スタンス」であろう。

少なくとも首尾一貫しない ではない。内容の是非はともかく対米従属でないという点では、フィナンシャル・タイムズに書かれていることは首尾一貫しているのだから。


問題は、この記事が、「単細胞」と小沢に言われたアメリカからではなく、イギリスから出てきたことだ。
アメリカから、もっと激烈に反応があっても良さそうなものなのに、意外とおとなしい。

米、小沢氏出馬に警戒感 政治不透明化に懸念も

2010.8.26 ワシントン共同より引用

米シンクタンク戦略国際研究センター(CSIS)のニコラス・セーチェーニ日本部副部長は、小沢氏が最近の講演で米国人を「単細胞」と表現したことに触れ「対米外交は難しいのでは」と皮肉った。

(引用以上)

あのCSISにしてこの程度だ。
たしかに「単細胞」という言葉は褒められたモンじゃないが、どうも小沢一郎は、アメリカを試すために敢えて言ったのではないか という気もする。

つまり、アメリカの一部の層とは一定の合意ができている可能性を示唆していないか。
アメリカの経済崩壊は、凄まじい勢いで進行しているはずだ。
大量にマグマのように溜まった不良デリバティブが、これから吹き出して、高い山だったはずのアメリカはカルデラ湖のように陥没していく。

その決定的な状況証拠は、ドルの暴落を放置しはじめたことだ。
輸出を増やすという目的もあるだろうが、何よりも借金を棒引きにするには貨幣価値を下げるに限る。
ドル建ての借金は、ドルが半分になれば、借金が半分になったのと同じだからだ。

世界最高のドル建ての借金は何か。
それはもちろん、アメリカの国債だ。
だから、ドルが下がり続ければアメリカの国債は紙くずに近づいていく。
そんなものを、買う人はどんどんいなくなる。

いなくなると どうなるか。
アメリカは、財政破綻する。
イチコロだ。

それを阻止するためにはどうするか。
日本にアメリカ国債を買い支えさせ、中国になんとか売らないでくれと懇願するしかない。
そこまで、アメリカは弱い立場に陥っている。

そこを、小沢は突いたのではないか。
何の証拠もないし、中身も分からないが、どうも、そんな気がする。



もしそうだとすると、これは微妙な問題を生じる。
これまで、小沢氏を支持してきたのは、主に対米従属からの脱却を目指す勢力だからだ。
アメリカとナシをつけた というのは良いイメージにはならない。

しかし、考えようによっては、武力で対決するのでない以上は、何でも条件交渉である。
それが、良いか悪いかは、交渉された条件次第。

明日の小沢氏の政策発表に、それがどのように反映されるのか。
また、このまま順当に小沢氏が首相になったとき、どのような影響を及ぼすのか。

これは、他人事ではない。
鳩山の普天間をめぐる交渉も同じことだが、国民の圧倒的な声を背景に交渉するのか、首相が孤立してやるのかで、結果は大違いだ。
鳩山は全国民からの圧倒的な「辺野古反対」の声を期待したはずだが、情けないからそういう状況は作れなかった。

だから、仮にアメリカとの下交渉をしてから成立する小沢内閣であったとしても、その後の本交渉の正否は国民の声にかかっている。
逆に言えば、そのような国民への働きかけがあるかどうか、これが小沢内閣の真価を問われるとも言える。



小沢一郎の敵は、自民党でもなければ菅直人でもなく、アメリカ・マスゴミ・検察である。
アメリカというのは国民のことではなく、日本を操ろうとしている勢力のこと。
このなかの、検察にたいしてはほぼ勝利した。
アメリカに対しては、勝利はできなくとも、敵の弱みにつけ込んで条件交渉で黙らせた。(たぶん)
残るはマスゴミだけである。

そのマスゴミも、今日一日で論調が代わりはじめている。
「開いた口がふさがらない」とまで一方の候補者をこき下ろした、公正中立とは縁もゆかりもない朝日新聞ですら、すっかりおとなしくなってしまった。

しかも、各社が横並びで、小沢氏の記者会見発言を、全文掲載している。
いったいこれはどうしたことだ。

などなど、いろんな状況から、どうやらナシを着けたのではないか と予測する次第。
そして、仮にそうであっても、短兵急にアメリカに屈したなどの言うのではなく、その「ナシ」がどのように政策に反映されるのか、冷静に見極める必要がある と考えた。

見極めた結果、なるほどアメリカの弱みを突いたな ということであればアッパレだし、万が一逆であれば声をあげなくてはならない。
いずれにしても、国民が望むことを声高に唱えなくては。
もしも、国民の側を少しでも向いている首相になったならば、首相一人を孤立させてはならない。


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2010-08-30(Mon)

「政治とカネ」という黒魔術

「政治とカネ」という現代の呪術が、いかにいい加減な目くらましか、週刊朝日の山口編集長が適切なツイートをしている。

(以下引用)

自戒を込めて言えば「政治とカネ」は便利な言葉で、これを使った瞬間、人は思考停止になり、印象論で相手に黒いイメージを植え付けることができます。政治とカネと言い出すと、それ以上、議論が深まらず、まともな政策論に入っていけなくなります。脱小沢はもちろん、政治とカネも政策ではありません。

なので、わたしは「政治とカネ」という言葉を使う政治家は、まともな政策論では勝てないので意図的に使っているか、あるいは単に論率的思考ができない人かのどちらかだと思っています。ごく普通に考えれば、いわゆる政治とカネは検察官僚が権益を守るためにでっち上げた虚構だと誰でも気づくはずです。

世の中には「政治とカネ」という犯罪はありません。ゼネコンから賄賂を受け取ったなら贈収賄だし、有権者にカネを配ったなら買収(公職選挙法違反)だし、親からカネをもらったのに申告しなければ脱税(所得税法違反)だし。

検察は当初、西松事件も陸山会事件も贈収賄だと思って捜査を始めたにもかかわらず、そうした事実がないことがわかったため、面子を保つためだけに「政治とカネ」という言葉にすり替えたのです。こんな単純なことに引っかかってはいけません。

9月10日(だっけ?)、奇しくも代表選の直前に、大坂地裁で村木厚子さんの裁判の判決がでます。検察による”犯罪“が厳しく糾弾されることになるでしょう。ちなみに仙谷官房長官が千葉法相を通じて、無罪でも控訴しないよう検察に指揮権発動するとの噂が流れています。もちろん、人気取りのためだそうです。

もし、Aという政治家が賄賂をもらっている疑いがあるなら、「A議員には贈収賄の疑惑がある」と批判すべきです。他人を批判するには、それなりの覚悟が必要です。証拠がなければ、批判すべきではありません。政治家にとって汚職は致命的なことです。

しかし、最近は証拠もないのに「A議員には『政治とカネ』の問題がある」と覚悟もなく安易に他人を批判する傾向があります。この場合、「政治とカネ」とはどういう意味なのでしょう。わたしには、証拠はないけど相手を悪く言いたいがために使う言葉にしか聞こえません。

本当に悪いなら、この汚職野郎とか、買収野郎とが、脱税政治家とか、強い言葉で非難したほうが罪状がハッキリしていいとわたしは思います。しかし、誰もそこまで強い言葉は使いません。いや、使えないのです。「政治とカネ」がいかに根拠のないインチキな言葉であるか、おわかりいただけましたか?


(引用以上)

問題は、小沢氏を支持する民主党議員が、この山口氏や昨日引用した郷原氏のように、決然と確信を持って小沢支持を表明できないことにある。
問題の根源は、主体的に考えれば、「小沢支持」と言うときに、どことなく言い訳がましくなる民主党議員にある。

必ずしも民主党支持ではない、小沢支持でもない人たちの方が、小沢氏のシロということについては、何のてらいもなく、迷いもなく、おどおどせずに断言している。


今日は、知人に呼ばれて、民主党の代議士である渡辺義彦氏のビールパーティーに行ってきた。
1年前比例区で当選した人だ。正直言って、呼ばれるまで私も名前を知らなかった。

主にサポータ固めのためのパーティーで、ビアガーデンで飲みながら、要所要所で代議士の話を聞くという形式だった。
私はもちろん、できるだけ生の声を聞きたいと思ったので、締め切りに追われながらもちょこっと抜け出していった。

しかし、残念だったのは、「なぜ小沢を支持するか」ということについての話がひと言もなかったことと、「小沢支持」を言うときに一瞬言葉に詰まったことだ。
名刺をお渡ししてきたので、もしかしたら渡辺氏がこのブログを見ていただけるかもしれない。
なので、敢えて言うけれども、「なぜ小沢なのか」を声がかれるまで語ってほしかった。
そして、法に照らして小沢は完全な真っ白だということを、堂々と語ってほしかった。

しかし、一方で、ついつい逡巡する新人代議士の気持ちも分からないでもない。
つまり、「政治とカネ」というのは、偽らざる現実だからだ。
法に照らして真っ白であるということと、政治資金を真っ当に集めて秘書や新人を育てるということは、まったく別問題だ。
「政治にカネがかかる」と言い換えるならば、これは政治の現実そのものなのである。

政治には金がかかるのだ。

そのことを骨身にしみている代議士であるから、これだけ「政治とカネ」という黒魔術のような呪文が津々浦々に行き渡ってしまうと、親分や党から資金を得て活動していることに、なんか悪いことをしているような錯覚を覚えてしまうのだろう。
(そういえば、渡辺氏は当選後自己破産してニュースになっていた。連帯保証がまわってきたと言うことだったが。)

しかし、繰り返すけれども、政治に金がかかるのは現実だ。
その現実を無視して、隠して、クリーンを演出することは、むしろ裏金の温床になる。
そうではなくて、誰からこれだけもらいました、こういう風に使いました、それはこのような目的です。と明確に公表してもらい、それを判断材料にして有権者は判断する、というのが真っ当な民主主義だと思う。

息子の会社に政治資金を毎月10万円払いました。それはたまに来る郵便物を受け取ってもらうためです。
わざと分かりにくいように5万円以下に分割して人件費という名目にしました。
公表された後は、それが真っ当であるかどうか、有権者が判断すればいい。

10万円と言えば、パートさんが1ヶ月一所懸命はたらいた給料と同じだ。
たま~に来る郵便物を受け取るだけでそれだけの人件費を息子にはらう政治家が、真っ当な感性を持っているのかどうか、これは有権者が判断すればいい。


おっと、話がそれた。郵便物の受け取りが政治活動かどうかはともかく、すべて公表して、白日の下にさらしてしまうのならば話は単純だ。
ところが、今、小沢氏をめぐっておきていることは、あえて全貌を明らかにせず、「政治とカネ」という呪文だけをまき散らして、イメージだけで世論を操作しようという、ファシズム的な手法だ。

9.11事件のあとのアメリカのようなものだ。
何の証拠もないのに、大量破壊兵器、テロリストとレッテルを貼って、大量のアフガニスタン人とイラク人を殺し、フセインを処刑してしまった。
その後から、大量破壊兵器もなければ、アルカイダをかくまった証拠もない ということが明らかになった。
それでもなお、「テロリスト」という呪文さえ唱えれば、どれだけイラク人を殺してもOKという状態が続いた。

この異常な社会が、小沢氏をめぐっておきている日本の状態だ。
「政治とカネ」と唱えれば、何の証拠もなくても小沢氏を「諸悪の根源」と罵倒しても許される、そんな恐るべき社会に日本はなろうとしている。
小沢氏一人の問題ではなく、その成り行きに私は、寒いものを感じる。

「政治とカネ」が、政治の日常茶飯事である一つの証拠がある。

民主、統一地方選で公認料倍増…菅支持狙いの憶測
2010.8.30 読売

これを「政治とカネ」と言わずして、何を言うか。
そして、党の公金を自分の支持のために使うこの姑息な「政治とカネ」も、違法行為ではない。
ただ、こうした「買収」に応じるのかどうか、地方議員(候補)の資質が問われているだけだ。

もし、こうした「政治」と「カネ」を絡めてはいけない、というのであれば、革命に匹敵する改革をしなければ無理だろう。いや、実際は革命しても同じだと思うけれども。

それが、無理だと自覚するのであれば、「政治とカネ」という思考停止の無責任な言葉は、金輪際使わないことだ。

そのことを、何よりも「小沢支持」の民主党議員の皆さんにお願いしたい。


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2010-08-28(Sat)

世論調査でも、小沢氏が圧倒している【追記あり】

どこでどうイジられているか分からない新聞やテレビの世論調査はともかく、ボタンを押した途端に1票づつ増えていくインターネット上のアンケートでは、どれを見ても小沢一郎が菅直人を圧倒している。

livedoorニュース
【民主代表選】菅首相と小沢氏、どちらをより支持する? 


小沢一郎 60.5%  菅直人 39.5%  (8342票)

Infoseek 内憂外患
【twitterアンケート】民主党代表選、あなたならどうする?


小沢一郎 95% 菅直人 4% (1734票)

スポーツニッポン
「菅首相と小沢氏のどちらが民主党代表(首相)としてふさわしいと思うか?」

小沢一郎 80% 菅直人 不明 (1676票)

(投票画面はこちらhttp://www.sponichi.co.jp/vote/society/question100826.htmlだが、継続中かどうかは不明)

【追記1】植草一秀氏が読売のネットアンケートも紹介されていた。

小沢一郎氏が民主党代表選に立候補します。支持しますか、支持しませんか?

支持する 76%  支持しない 24% (4695票)

読売ですらこの結果。
オカシイのは、この結果を表示した画面の右サイドに「世論の菅氏支持、小沢氏への根強い批判が追い風」なんて記事のタイトルが書いてあること。
おのれの集めたアンケート結果をどうするんじゃ! と言いたくなるのは、小沢を支持する人だけじゃないだろう。本当に、あまりに非道いゴミ売り。


三つ 四つの調査を平均すると、68 71%以上の人が小沢氏に代表=総理大臣になってもらいたいとおもっていることになる。

ネットということで、年齢層などの偏りはあるかもしれないが、それを差し引いても、まったく公平性の保証されない街頭インタビューなんかよりは、ずっと信憑性がある。

日本テレビ代表選街頭アンケートにねつ造疑惑?
植草一秀の『知られざる真実』 より

 場面は街頭での100人アンケートである。小沢氏と菅氏のどちらが望ましいかとの調査だった。調査の途中の場面が画面で示された。この場面では、小沢氏支持と菅氏支持がほぼ同数であった。ところが、100人を調査し終えた段階のパネルが示されると、菅氏が7割支持で圧倒的多数を占めた。

(引用以上)

しかも、おどろいたことに、マスゴミ各社は、小沢氏が正式に出馬表明してからは、正式な調査をしていないのである。

ウワサ話の段階で19日にフジ 新報道2001 が首都圏の500人へ電話調査している

【問3】民主党の代表選挙で、小沢前幹事長が、自らの立候補を検討する意向であることがわかりました。あなたはどう思いますか。
立候補すべき 19.8%
立候補すべきではない 75.8%

これだけマスゴミで叩かれ続けている小沢氏を、マスゴミからの電話で「支持します」と答えるのは、相当勇気が要る。
電話番号を控えられて、ブラックリストに加えられるのでは、と心配してしまう。
そこまでいかなくても、ある強い傾向を持っている相手に対し、反対の意見を言うことは、一般に日本人は苦手だ。

「諸悪の根源」だとか、「開いた口がふさがらない」とか、人格攻撃ともいえるおぞましいばかりの報道を連日繰り広げておきながら、電話をかけて「小沢さんを支持しますか?」と聞かれても、そうおいそれと「はい」とは答えられない。

しかし、ネットの投票は、完全に無記名で、マスゴミの調査のようなバイアスはあまりかからない。
だから、3分の2が小沢支持 というネットの調査の方が、信憑性があると思える。
少々割り引いても、多くの国民は少なくとも、菅直人よりは小沢一郎のほうがマシだ と思っているのである。


民主党議員の皆さん。
この事実に、心を強くもち、これから先の国民の暮らしを真剣に考えて、代表を選んでいただきたい。

また、「政治とカネ」は、小沢氏の問題ではなく、企業献金を禁止するかどうかの問題。
小沢氏について、どこに「政治とカネ」の問題があるのか、説明できる人は説明を試みたらいい。
「検察審査会が・・・」とか「水谷建設が・・・」とか、言いかけて、口ごもり、結局何の根拠もない、空中に浮かぶ妖怪のようなものだということが、分かるはずだ。

これについては、郷原信郎氏のツイートを再掲する

これからの連続ツイート、全国の民主党議員、党員・サポーターに届くよう大拡散をお願いします。常々言っているように私は小沢氏の支持者でも擁護者でもありません。しかし、「政治とカネ」の問題で代表選での政策論議を封殺しようとする企みは許せません。堂々と政策論を戦わるべきです

以前から言っているように、第5検審が「起訴相当」とした「被疑事実」は、不動産取得時期と代金支払時期の「期ズレ」だけです。こんな事実で再度の起訴相当議決はありえません。万が一あっても、絶対に無罪です。

この「政治とカネ」の問題が検察の暴走と検察翼賛メディアによって作り上げられたものだったことは、私の著書「検察が危ない」(ベスト新書)の冒頭70頁を読んでもらえば容易に理解してもらえるはずです。

民主党の全議員、全党員・サポーターの皆さん。代表選挙までの間、「厄除け」に「検察が危ない」を携帯してください。その「厄災」とは、「政治とカネ」という意味不明の呪文で8年ぶりの民主党代表選を蹂躙する動きです。財務省ベッタリの菅政権では「政権交代」の意味がありません

しかし、一方で、小沢氏のバラマキ的な積極財政は新たな利権や歪みを発生させる可能性があります。慎重に考えるべきだと思います。積極的な経済政策によるデフレの脱却と財政の健全化とをどう調和させていくか、菅氏、小沢氏がしっかり政策論議を戦わせるべきです

「政治とカネ」の問題が法的にはいかなる事実がどのように刑事手続の対象になったのか。その他に社会的には何が問題にされ、それは何の根拠に基づいているのか、政治家の評価の問題として政治全体の中にどう位置づけられ、現在の政治にどう影響するのか、しっかり考えてから物を言うべきです


(引用以上)

民主党の皆さんが、世論といわれているものに影響されるのは無理もない。
が、本当の姿をキチンと見ることができる政治家であるかどうか、いま、民主党の議員さんたちの真価が問われている。

誰に投票するのか。それは何故か。
これによって、同じ民主党の国会議員であっても、天と地ほどの違いが生じる。
そして、それが次の選挙で結果となって現れる。

そのことを、よくよく肝に銘じて、代表戦に臨んでいただきたい。


【追記2】すごいチラシを作った方がいるので ご紹介

小沢真っ白、100%冤罪、検察審査会に大打撃。石川・大久保・池田各氏も完全無罪-収支報告書を徹底検証
阿修羅掲示板 投稿者 檀公善 日時 2010 年 8 月 27 日


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2010-08-27(Fri)

それでも小沢一郎を支持する理由

昨日は、祖母の葬儀があった。日帰りで横浜まで向かう新幹線の車内で、小沢一郎の出馬を知った。

祖母とは小学校前の一時期同居していたこともあり、まるであの歌を彷彿とさせるような愛するお婆ちゃんだった。
幸いにして多くの人に囲まれながら老後を過ごし、少しずつ老いを深め、享年95歳で亡くなった。
亡くなる1ヶ月前に会いに行ったときにも、私を分かってくれ、話をすることができた。
その時の、たくあんを美味しそうに食べる顔が、さいごの思い出になった。

なんだか、今でも上空50kmくらいから、こちらを見ているような気がする。
数年前までは、かくしゃくとして新聞を読み持論をぶっていた。
明るくて、自分も楽しみ人を楽しませることの好きな祖母だった。

そんな祖母の思い出に浸りながら、やはり大事なのは気持ちなんだな と改めて思った。
気持ちのない言葉や約束は、なんの意味もない。むなしいだけのあだ花だ。

気持ちのこもったものは、何十年経っても、その過程で良いことばかりじゃなくても、やはり気持ちは伝わり残る。
論理的に定義はできなくても、長い年月の中で抽出され人の心に蓄えられる。
そういう物語を、南イタリアではストーリアというのだと 最近読んだ小説に書いてあった。

民主党の代表選は、日本の、つまり私たちの最高権力者を決める場だ。
もし祖母が元気だったら、テレビにかじりついて見ていただろう。
その重要な選挙に、どんな気持ちを持った人が出てくるのか。

きれい事は言うつもりもないし空しい。
誰でも、自分が一番大事だし楽しくしていたい。
けれども、自分も楽しくできれば他人も楽しくしたいのか、生き馬の目を抜いて自分だけ楽しくしたいのか、その差は大きい。

小沢一郎の手法を批判する人は多い。豪腕と言われる所以である。
あと一歩間違えれば、阿久根の竹原市長のなりかねないところを、徹底的な民主主義の原理主義で踏みとどまっている。

小沢一郎の考えを、一番集約的に表現したのは、今年1月の村上龍のテレビ番組だろう。
カンブリア宮殿の動画は今は見られないようだが、詳細を記録してくれたブログがあるので紹介する。

ニコブログ 2010.1.5
カンブリア宮殿「村上龍×小沢一郎~ニュースが伝えない小沢一郎~」 メモ&感想


小沢一郎を理想化する気は毛頭ない。
が、以下の論点は、小沢の少なくとも15年来の一貫した主張ではないかと思う。

(以下引用 ①などは明月の付番)

村上龍
「党と官邸の関係は本当に重要だと思うんですけども、結局、決定権と責任をセットにして、ここにあるということがなかなか分からないですよね」

小沢一郎
「そうなんですよ。誰が責任者なのか誰が決定したのかが分からないと。だから全部日本の仕組みっていうのは、政界、官界、民間でも、あらゆるところで責任を取らない仕組みになっているんですね。だからそれが僕はいけないと思っている。自民党政権は半世紀続いたんですけど、当初の頃は別にしても、経済復興も発展も順調になってきて、どんどん官僚におんぶに抱っこの政権になってきちゃいましたから。だから、単なる官僚の皆さんに頼んでおこぼれをもらうみたいな、感じの役割しか政治家はしていなかったんだ。それでも、うまくいっている時は政治家は余計な口を出さない方がいいんですけれども。それが高度成長時代が終わって、世界が変動の時代になると、政治家が1番そういう時に必要なわけですね。政治家が決断し、自分の責任で実行すると」


村上龍
「僕は今、13歳のハローワークという子供のための職業図鑑みたいなの改訂版みたいなのを作っていてですね、そこに政治家っていうようなコーナーもあるんですが、小沢さんが13歳の子供に向かってですよ、政治家がどういう仕事ですかって聞かれたらどういうふうに答えますか」

小沢一郎
「そうですね、みんなが自分の能力を生かして、いい人生を過ごせるような、社会の仕組みを作ることでしょうね」

村上龍
「もうちょっと具体的にお話しいただいてもいいですか」

小沢一郎
「あんたがたが勉強して学校出ても就職できなきゃ困るでしょ。就職できても途中でクビになっちゃ困るでしょ。就職できるように、仕事がちゃんとあるようにすること。あるいは、病気して働けなくなった時でもちゃんとみんなでケアできるようにすることとか。農家で言えばね、農業をやってても“将来は展望はある”と安心できる、政治家がそういう具体的な仕組みを説明すれば分かると思いますがね」

村上龍
「古いパラダイムを現在に合ったものにするということが基本的に小沢さんのゴールですか」

小沢一郎
「そうです。それがみんなのためだ、僕はそう思ってるということです。制度はですね、仕組みは多数決で変える気になれば変えられますけど、頭の中が、意識が丸っきりその時代から変わってないですよ。それが最大の問題で、民主党の中でも、今までと同じような意識を持っているのがけっこういるんですよ」


村上龍
「普天間基地を巡る問題で、移設先はどこかどこかってみんな言ってますよね。僕はこれに関しては、どうしてメディアはもっと前の疑問を議論をしないのか。というのは、そもそも、冷戦が終わった今でも、沖縄にアメリカ軍の基地は必要なのか。日本の国益上必要だったら、どんな手を使っても沖縄の人に納得してもらわなきゃいけない、説得しなきゃいけない。もし必要でなかったら、アメリカ軍がちょっとへそを曲げても、必要ありませんから出て行ってくださいとアメリカを説得する、この2つしかないような気がするんですが、どうですか」

小沢一郎
「基本的にそうですね。これは政府が決めることですけれども、1番の問題点は、日本政府、日本内閣がアメリカにものを言えないことですね。特に自民党はずーっとそうだった。外務省が何も言えない、アメリカに。そういうことで私はアメリカがイライラしているんだと思うんです。僕も日米交渉に何度か臨みましたけれども、“日本人は嘘つきだ”ということから始まったんですよ。“なんだかんだいいようなことを言って全然実行しない”と。そういうのがものすごく嫌われるんですね。やっぱり自己主張はきちんとして、お互いに議論をぶつけ合って、それで譲り合うところは譲り合って、決めたことは守ろうというのが彼らのやり方ですから。日本の場合はあんまり言わない、自分のことを。それでいて実行しないからイライラしちゃう。だから、今の日米関係を心配する人がいますけれども、僕は民主党政権下でもっとアメリカにざっくばらんに話して、ただ、米軍の基地がそんなにいっぱい兵隊さんが前線にいる必要がないということであるならば、それはそれできちんと言って、“自分たちの国の守りはちゃんとやります”とか“国際貢献はこうします”とか“心配いりません”とか、そういうことを言えばいい。僕はそう思います」


(引用以上)

・ほっといても国民みんなが食っていける時代ではなくなったという時代(パラダイム)認識
・その時代に、普通に働いて普通に生きていけるにはどうしたいいのか
・官僚主導のこれまでのやり方では、絶対にうまくいかない
・アメリカにもの申さなくては、生きていけない

私なりに要約すれば、そういうこと。
この点において、(先々では不一致が目に見えているけれども)小沢一郎を、私は支持する。

全部一致しなければ支持できない、という贅沢な御仁は、自分で政治家になり実現していただくしかない。
少なくとも、こうした認識と思いを持っているという点で、私は小沢一郎を応援したい。

自分の権力維持のためには、国民の生活なんて一顧だにしない官から菅の政権は、一日でも早く潰えて欲しい。
原発や集団的安全保障など、いろんな問題が出てくるのは承知のうえで、この民主党代表選では、断固「小沢ガンバレ」と言いたい。


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2010-08-25(Wed)

100歳以上と預金封鎖

100歳以上の年寄りが死んでいたとか生きていたと大騒ぎしている。

ワイドショーネタとしては152歳の幕末生まれなんて言うのは面白いかもしれないが、そんなことに労力を使うよりも、現に生きていて、死にそうな人のことを心配しろと言いたい。

自治体も、限られた予算とマンパワーを、下らないことに使うんじゃない。
買い物にも行けずに飢えている人や、電気代払えずに熱中症で死んでいるひとは、100歳以上じゃない。
もっと「若い」本当に困っている人のことに金と力を使いなさい。
と言いたい。

それにしても、急に100歳以上といって騒ぎ出したのは、何の前触れか。
私は、この手のニュースを最初に聞いたときに、「預金封鎖」という単語が頭に浮かんだ。

100歳以上の老人の預金を封鎖するんじゃない。あたりまえ。
この問題で、いかに戸籍や住民票が「いいかげん」かということを印象つけて、一気に国民総背番号を完成させようということだ。

住基ネットによって、体制はできかけているが、もともとの戸籍や住民票が完全に実態と合致していなくては、威力を発揮できない。
そこで、方便として持ち出されたのが、100歳以上のお年寄りだ。

通帳の本人確認は、マネーローンダリングという方便で徹底されるようになった。
つまり、誰の金かは ほぼ全部把握されている。

あとは、その持ち主がどこにいるか、実在するか を掌握すればいい。
そうすれば、預金封鎖は指呼の間である。

預金封鎖については 過去の記事を参照いただきたい

納税者番号という妖怪


金もないのになぜ預金封鎖を心配するのか


日本経済にトドメを刺す「無税国債」と「政府紙幣」


怒濤の円高、すなわちドル暴落が始まっている。
問題は、米国国債がいつ落ち始めるか、長期金利が飛び上がりはじめるか。

今のところは、アメリカ市場でも株から国債に資金が逃げて、国債は値上がり(金利低下)している。
これが、ドル安が止まらないと、どこかで反転する。
米国債からも逃げ出して、海外へと逃避する。
本格的な ドル暴落だ。

このタイミングで、アメリカも日本も統制経済をはじめるという副島隆彦氏の見解に、どんどんリアリティが出てきた。
氏の見立てでは、2012年までにドル暴落 という。
あと2年もないなかで、財務省は国民の財産のありかを、がっちり把握しようとしている。

財務大臣のム野~田が、いよいよ無能ぶりを全開にしているのも、あながち無能なせいばかりではないということ。
こうしたアメリカと財務省の筋書きを、お利口さんに演じているわけだ。

そのBGMに演奏されているのが、100歳以上のラプソディである。

狙われるのは大金持ちばかりじゃない。
100万、200万のなけなしの蓄えだって、数が集まればスゴイ額になる。
あなたの貯金や年金や保険が狙われている。


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2010-08-24(Tue)

小沢一郎の「チカラ」

こんな題名にすると、すぐに「豪腕」とか「政治とカネ」などの単語を思いついてしまうほど、小沢一郎に対する長年にわたるイメージの刷り込みは全国津々浦々に行き届いている。

まあ、自分でも豪腕維新なんて本を出しているくらいだから、そのイメージについては開き直っている部分もあるのだろうが。

ここで、私が話題にしたい「チカラ」は、そういう話ではない。
軽井沢のバーベキューパーティーに出ただけで、政界が蜂の巣をつついたような大騒ぎになる このプレゼンスのことだ。

今や岩手県連代表に過ぎない小沢一郎に、これだけ注目が集まり、期待と憎悪が一身に集中するということは、近年まれに見る政治現象だ。
政治家というのは、国民の期待を背負って歩くのが商売だから、期待されるのは本望かもしれないが、ここまで一点集中というのは、ある意味情けない感じもする。

「他におらんのか!?」と他の政治家に文句をつけたくもなるし、小沢一郎という人物に頼るほか手段をなくしてしまった日本国民のふがいなさということでもある。

そういう情けなさを感じることなく、何でもかんでも小沢一郎におっかぶせて、他人任せにガンバレがんばれと言う人々には、私は冷ややかな目を向けてしまう。

しかし翻って省みれば、それでもやはり次の一歩を託せるのは小沢という人しかいない、と言わざるを得ないし、世論調査などにみられる小沢の評価と、現実は乖離しているようだ。

そのことを、反対側から見てみる。
つまり、小沢を叩くことで人気をとろうとした連中の末路だ。

共産党を支持する一部のファナティックな人たちは、いまだに小沢叩きを続けている。
国民の生活のことよりも、自分たちの票を少々増やすことの方に血道をあげる、醜い行為だ。
自分たちが、「共産党」という響きに徹底的に悪イメージを植え付けられてきたことの、まったく裏返しを小沢に対してやっているのである。
世に言うイジメの連鎖みたいなもんだ。

一時期は党勢が拡大し、意気揚々だった共産党が、なんで惨敗したのか。
比例代表の共産党の得票数と全体の投票率を並べてみる。

衆議院
2003年 459万 /60% →76500
2005年 492万 /67% →73400
2009年 494万 /69% →71500
参議院
2001年 433万 /56% →77300
2004年 436万 /57% →76500
2007年 440万 /59% →74600
2010年 356万 /58% →61400

投票率との割合で見ると、やや減少してはいたものの、コイズミ以降の酷政に対して、共産党は一定の得票数を維持してきた。

ところが、昨年の総選挙でやや減少傾向が大きくなり、今年の参議院選挙では、なんと2割も得票を減らしている。
表面的に見れば、もっとも庶民の味方であるはずの共産党が、ここにきて激減した理由はなんなのか。
ちなみに、2割減は、同じく小沢外しをした挙げ句惨敗した民主党とほぼ同じであり、勝ったと言われている自民党も15%減だ。

マニフェストを壮大な虚構にしようとする菅民主党が断罪されたのと同様に、戦わない共産党は愛想を尽かされたのである。

戦う相手が「国民の生活第一」という小沢であり、自民党と一緒になってヤジを飛ばしているようでは、見限られて当然である。
ファナティックな一部の共産党関係諸氏は、生活を守るために発言する人々へ後から石を投げることを恥とも思わないのだろうが、そういう救いがたい連中はともかく、共産党が国民の見方だと思って支持している方々は、ぜひとも省みて考えてみていただきたい。


これまで何度も書いているように、私は小沢一郎の信奉者でもないし、全面的に支持するものでもない。
彼は改憲を堂々と主張しているし、自衛隊の海外派兵にも国連としてならばドンドンやる気だ。

そんなことは百も承知で、しかし、次の一手は考えなくてはならない。
小沢一郎のチカラを、私たちの生活のために使っていくべきだ。

それが、私たちの未来がドラスティックに決まっていく最近の日々の流れの中で、明日を選択することだと思う。
ベストの答えがないからといって、次の一歩を考えないことは、自らの生きる権利を放棄するに等しい。

赤ん坊のように、お腹がすいたといって泣いていても、誰もほ乳瓶はくわえさせてはくれない。
自分で取りに行く方法を考えなくては。

かつての55年体制では、自民党は飢え死にしない程度のミルクを、ぽっかり開けた口に垂らしてくれた。
自分たちはたらふく食って、国民にはポタポタだったけれども、生きていく程度には黙っていても与えてくれた。

しかし、今はもう違う。そんな潤沢なミルクはどこからも溢れていない。
相手が民主党でも、同じことだ。
そのことを案外分かっておらず、いまだに頭の中が55年体制の反対派のままなのが、共産党の諸君なのかもしれない。

田作の歯ぎしりであったとしても、声を出し続けること。
あきらめないこと。
そして、具体的に選択すること。


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2010-08-22(Sun)

阿久根市長について考えてみる

竹原阿久根市長が風前の灯火だ。

警察の裏金を内部告発した「正義の人」を副市長に据えて、やや形勢逆転かと思われたが、リコール署名はほぼ成立確実。
前回の失職時は、復活を果たした竹原市長も、そろそろ年貢の納め時かもしれない。

ただ、マスコミで全面的に叩かれ続けている竹原市長なだけに、何か裏があるのではないか と考えないでもない。
本当は、真っ当なことをやろうとしているのに、手段が過激なせいで誤解されているのでは とか、伝わってくる話がマスゴミのデッチアゲなのではないか とか。
う~ん どうなのだろう。
ほんとうのところは、分かりようがない。


しかし、ある発言が、私の判断を促した。
すなわち、橋下徹の「竹原市長が大阪市長になったらすごいと思う」という、トンデモ発言だ。

「阿久根市長を尊敬」と橋下知事、大阪市長になったらすごい

2010.8.12 産経

これで、ある意味納得できた。
やはり、竹原市長はファシストなのだ と。

ファシストというと、軍服を着て強面で という映画なんかで見るナチスのイメージを思い浮かべる人が多い。
けれども、あれは、ファシズムの「結果」なのであって、ファシズムそのものではない。

むしろ、2.26事件なんかにも象徴的なように、ファシズムは「正義」の顔をして現れる。
庶民の困窮を救う「正義の味方」の顔をして現れるのである。

時の政治の腐敗を突き、法律や規則を超越して見た目の「正義」を実現しようとする。
まさに、橋下徹がそうであり、コイズミがそうであった。
「正義」を前面にかかげ、圧倒的な支持を基盤に、法律も規則も約束もぶっ飛ばして、強引なやり方を「当たり前」にしてしまう。

もう一つ、ファシズムの特徴は、差別である。
市民の中にある差別意識を、激しく燃え上がらせ、それをバネにして手続きをすべて無視することを正当化していく。
むしろ、市民に積極的に「参加」させる。

映画で見るファシストの姿は、その後の結果なのである。

一度、民主主義も法治主義もかなぐりすてて、「正義」であれば独裁OK になってしまうと、もう歯止めがきかない。
圧倒的に支持した市民は、自分のクビを締めていたんだ と気がついたときには、もう後の祭りである。

もし、竹原市長がリコールされ今度は落選したら、阿久根市の様々な腐敗は温存されるかもしれない。
けれども、仮にそうであったとしても、ファシズムは許してはいけない。
楽しくない比較だけれども、腐敗とファシズムだったら、腐敗の方が100倍マシだ。

しかも、清廉潔白を標榜するファシズムも、独裁が確立すれば必ず腐敗する。
その程度たるや、職員の裏金程度のかわいいものじゃない。


竹原という人は、もしかしたら本当に「良い人」なのかもしれない。
橋下徹やコイズミのように、狡猾に立ち回ることができないから、リコールという事態にまでなっている。
だからこそ、もっとも危険な人物であるといえる。

橋下徹が心酔するのはそこだ。
自分は人気取りに気を使ってあそこまでできないが、あんな風に思いっきりファシズムのやり方ができたらいいなあ、とあこがれているのである。

阿久根市のリコールの再選挙の行く末如何では、橋下や石原をはじめ、全国のファシスト首長たちが、妄動を激しくする可能性大。
あそこまでやって再選できるなら、俺だって、てなもんだ。

もし、竹原という人物が個人的には良い人だったとしても、もうしそうなら尚更のこと、落選してくれることを希うものである。


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2010-08-18(Wed)

そこまでやるか 菅直人

菅直人へ厳しい批判を続けている日刊ゲンダイが、驚きのスクープを掲載した

代表選を前に民主党1回生議員に面談強要
そこまでやるか、菅直人

2010年8月18日 ゲンダイネット

●手紙で踏み絵を迫る露骨な中身
 9月の代表選に向けて、党内が俄然、ざわついている民主党。中でも焦りまくっているのが首相の菅だ。それを象徴するような出来事があった。
 菅が民主党の衆院1回生に向けて、「内閣総理大臣 菅直人」として、面談を申し入れる手紙を一斉に配ったのである。
(中略)
「この手紙をもらって、(3)の参加できませんと答えるのはプレッシャーでしょう。なにしろ、総理大臣名ですからね。しかし、これが代表選に向けた選挙運動であり、1回生議員に踏み絵を迫る面談であることは明らかです。そこまで露骨にやるのか。民主党議員の中にも驚きが広がっています」(民主党関係者)


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(引用以上)

一度恥知らずの道に踏み込んだものは、見境がなくなる。
その典型を、わが国の内閣総理大臣にみることは、とても辛いことだ。

自民党のように「恥知らず慣れ」していないぶん、破廉恥さが際だっている。
こんな男に、この先何年も舵取りをまかすなんて、金輪際、頭から尻尾まで徹頭徹尾ごめんこうむりたい。


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2010-08-17(Tue)

鉄の時代から木の時代へ

今年もまた、何事もなかったように日本敗戦の日が過ぎさってしまった
私は、8月15日を迎えるたびに、陰鬱な気分にさいなまれる
あれほどの体験をして、結局変わることができないのか
人間てそんなもんなのだろうか

戦争の世紀は、鉄の時代でもあった

鉄を操る人間は、鉄に操られた
鉄は油を求め、油は硝酸(ニトロ)で奪い取った

奪った油は鉄を動かし、鉄の時代を築き上げた

やがて鉄は、自らニトロを積み込んでヘイキとなった
みずから油を奪うべく、人を操り人を殺した

操られた人間は、嬉々としてヘイキで人を殺した
最初は小さな鉄の塊で一人ずつ、やがて大きな鉄の塊で大量に

もっともっともっとたくさん殺したい
ニトロよりもっとたくさん殺したい
その願いがゲンシリョクを生み出した

願いは見事成就して
一瞬で10万人を焼き殺した
人は人を好きなだけ殺せるようになった

それでも鉄の時代は終わらなかった
もっともっと鉄を動かすために
もっともっと油を奪い取るために
殺して殺して殺して殺しまくる

これからも いついつまでも

こんな鉄の時代
鉄が主役の時代を終わらせたい

鉄の時代から木の時代へ
木と土と水の時代へ

どうすれば移行できるのかは分からない
けれど、頭の中と日々の暮らしは変えられる
少しずつなら変えられる

金偏に命をかける生き方から
木と土と水に命を預ける生き方へ
木に住まい、土から収穫し、水をいただく命のあり方へ

最新の車やハイテクやITに幻惑されず
時代遅れがちょうどいいと心得て
頭の中をチェンジしよう

人を殺さずには生きられない鉄の時代から
人を殺さずに生きられる(かもしれない)木の時代へ

幻想は何もない
でも、明日はやってくる
次の一歩は踏まねばならない

ならば、私は選択したい
鉄の時代から木の時代へと


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2010-08-14(Sat)

こんなことが「普通」におきている・・・

想像してみてほしい。

隣に引っ越してきた人が、ある日突然、銃を持って乗り込んできて、庭に火を放つ場面を。
乱射した弾に当たって、子どもが重傷を負う場面を。

読者諸氏は何を想像されるだろうか。
秋葉原事件か、はたまたコロンバイン高校の乱射事件だろうか。

これは、そんな追い詰められたものの暴発ではない。
毎年当たり前のように行われ、警察や軍も見て見ぬふりを決め込んでいる、「年中行事」なのである。
イスラエルでは。

イスラエル入植者がパレスチナの村を襲い、オリーブ園を焼き、発砲
THE JOURNAL 2010.8.12 大野和興の「農業資料室」 より引用

国際協力NGO、JVC(日本国際ボランティアセンター)のパレスチナ現地事務所から、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のブリン村がイスラエル入植者に襲撃された、という知らせが入った。今年2月に訪ねた村である。
オリーブ園が村を囲む、一見穏やかな農村風景が広がる村だが、そこはイスラエルの占領と対峙する最前線の村であった。むらを囲む小高い丘の上には、外から入りこんだイスラエル人の入植地が何か所もあり、そこから徒党を組んでやってくる入植者に日常的に襲われているということだった。入植者は銃で武装、家に火をつけ、オリーブ園を焼き払う。殺された村人もいる。耐えかねた村人が出ていくと、そこに入植者が入り込み、「領土」を拡大する。そんな村の最近の動きを現地NGOの報告から紹介する。
7月26日、70人を超える武装したイスラエル入植者が村を襲い、オリーブ園を焼いた。発砲した入植者の弾に当たり、子どもが1人、重傷を負って病院に運び込まれたという情報もある。
(中略)

 昨日の出来ごとは、イスラエルによる占領開始以来、占領地全土に渡って長い間パレスチナ人やその財産に対して入植者たちが行ってきた典型的な犯罪行為の一部でしかない。毎年オリ-ブの収穫時にピ-クとなるこのような暴力行為は、暴力行為を止めさせることも加害者を罰することもしようとしないイスラエル軍と司法当局の一貫した対応の結果である。

(引用以上)

中略の部分に、詳細なレポートが出ているので、ぜひ本文を読んでいただきたい。

また、「ユダヤ人 入植者」とYUO TUBEで検索すると、イヤと言うほど焼き討ちや暴行の映像が出てくる。

これら動画の多くは、NGOによってパレスチナ人に配られたビデオで撮られたもの。
やっと証拠をつかむことができるようになった とも言える。

ところが、今年に入ってから、こうした動画の投稿がほとんどなくなっている。
ビデオを持っていると、かえって狙われたり、壊されたりしているのではないかと、心配である。

あるいは、ネット上でもユダヤ人入植者の暴行映像に対して、検閲が入るようになったということも考えられる。
昨年までは日テレも結構報道していたらしいのだが。



このビデオの最後で被害にあったパレスチナ人が「オバマ氏に期待したい」と言っていた。
そのオバマが、イスラエルに文句を言えなくなったので、マスゴミも黙りを決め込んでしまったのではないか。

この凶暴なイスラエルという国家に首根っこを捕まれているアメリカ。
アメリカに身も心も捧げようという日本の政府。
これを許してしまうことは、私たち自身が、あの入植者の暴行焼き討ちに荷担してしまうことにはならないか。

そんな重苦しい気持ちとともに、大野氏の記事を食い入るように読んだ。


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2010-08-13(Fri)

ハマコー逮捕からアレコレ考える

関西人ならみんな知っているFM802のDJヒロ寺平氏が、今朝の放送で、聞きようによっては脈絡なく、こんな意味の言葉を流した。
官首相が韓国に対して村山談話を引き継ぐ発言をしたと言われているが、村山談話は韓国だけでなく他のアジアの国にも謝罪していたのに、菅談話は韓国だけに限定してるので、物議を醸すのではないか。

めずらしくドモリながらこんなようなことを言って、その後はすぐに曲の紹介に流れていった。
どう言うつもりで寺平氏がこれを電波で発言したのかは分からないが、その後、中国は大きな反応をしていない。菅首相にケチをつけたい一心で、中国紙・新京報の「日本の植民地支配で傷つけられたのは韓国だけではない。(北)朝鮮、中国や東南アジア諸国も苦しめられた」という記事を引用する新聞が僅かにあるくらいで、産経以外は概ね菅談話に好意的な報道をしている。

読売ですら、ほぼ中立的な報道で、鳩山時代までの民主党政権に対する姿勢とは、まったく変わってしまった。
船橋洋一の朝日は、完全に菅直人擁護にまわっている。

どうやら、アメリカの日本対策部門は、菅直人を当面の顔として存続させることを選んだように見える。

その菅直人は、


マニフェスト、抜本的修正もあり得る…首相

2010.08.10 読売

マニフェストを抜本的に見直すのであれば、総選挙をして再度民意を問うのが当たり前だ。
以前の読売であれば、そうナンクセをつけて、とにかく民主党政権を攻撃していたはずだ。

もっとも、「抜本的に」見直すのならば総選挙 というロジック自体は正しい。
でなければ、詐欺だ。選挙詐欺。

私たちの家づくりでも、設計にかかる前に、だいたいこんな材料でこのくらいの広さの家を作ります、という約束の下に設計契約する。
それが、抜本的に違うものになるのであれば、契約をし直すのは当然だ。
40坪の木の家を作ります、と言っていたのに、25坪の新建材の家をつくったならば、詐欺と言われても反論の余地はない。

もっとも、家づくりでは予算は施主が握っている。政治で言うと、国民が予算を握っているのだが、実際の政治の世界では、予算は官僚が握っている。
多くの良心的な工務店さんんは恐縮だが、あえてたとえ話として言うならば、悪徳工務店が間に入って、2500万円あれば充分に木の家を作れるのに、「ぜんぜん予算が足りません。新建材の小さな家じゃないと無理です。」と言って、かってに変更してしまうようなものだ。

そんなグーたらで横暴な工務店を許していたら、私たち設計者は職務怠慢でクビだ。
ところが、政治の世界は、職務怠慢なほど大事にされるらしい。
悪徳工務店よりも、何万倍も悪徳な官僚組織の言うがままになることが、立派な政治家の証なのである。

こうなってくると、困ったのが自民党時代に配られた巨額の官房機密費だ。

本来ならば政権党になびいてもおかしくないマスゴミが、なかなかそうならなかったのは、野中広務の恫喝があったからだ。
「ばらすぞ」
この野中の恫喝に、全国の政治部記者は震え上がったはずだ。
もちろん、秘密を知っているのは野中だけではないが、捨て身で暴露しかねない凄みが野中広務にはある。

しかし、他方ではアメリカからの指示も聞かなくてはならない。
菅直人を支えて、代表戦を乗り切り、脱落リベラルを根こそぎ隷米に仕立て上げろ。
この指令と、野中広務の恫喝の狭間で、マスゴミの政治部は深い苦悩の底にある。

アメリカの圧力は当然ならが野中にもかかっているはずだが、あのコイズミと死闘を演じて政界を追い出された野中であるから、そう簡単に軍門には下らない。
野中広務の厚顔無恥な対応に、上杉隆がくってかかっているが、彼個人の心情としては理解できるとしても、野中の戦略にとっては上杉のほうを振り返ってる余裕はないだろう。

誤解してもらっては困るので、いちおう書いておくと、私は野中広務を支持しているのではない。全然。
上杉VS野中という局面だけを見れば、上杉隆が完全に正しいと思う。
が、上杉氏は野中広務の戦略、ミッションを理解していない とも思う。

野中は、ネオ(エセ)リベラルを心底嫌っているのではないか。
田原総一朗だけを名指して「褒め殺し」にしたのも、その表れだ。
鳩山政権がレームダック化し、いわゆる反小沢=脱落リベラルが幅をきかせてきたタイミングで、野中は唐突に官房機密費の発言をした。
このことは、よく考えるべきだ。

そんな構図で考えてみると、ハマコーの逮捕は、野中への見せしめではないのかという気もする。
野中広務を応援しようとまでは思わないけれども、そういう脈絡で見ると、違った見方ができる。


蛇足ながら、NHKの景山日出夫が自殺したのは、この板挟が一つの原因ではなかったのか。
国営テレビでありながら反民主に徹底した、景山の生前の発言ぶりを思い返すと、そう思わざるを得ない。

もしそうであるならば自業自得であるし、どっちに転んでも国民目線なんて皆無だったとはいうものの、他の多くの評論家連中のように言うことをコロコロと変えてゴマカシ続けることのできなかった景山という人は、まだしも真面目だったのかもしれない。

いずれにしても、そのくらいのプレッシャーが日本列島を覆っているのだということは、この事件からも察することができる。
自分自身がそんなことにならないように、自分の目線と立ち位置は、はっきりさせておきたいものだ。



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2010-08-12(Thu)

脱落リベラルの会が結成?

脱落リベラルの会

 代 表   官から菅直人
 官房長官 泡狸
 幹事長   枝野幸夫
 副幹事長 ナメクジ幸夫
 担当大臣 千葉景子
 副大臣   辻元清美

まだまだ たくさん会員はいらっしゃるようだけれども、書いているだけで情けなくなるので、もうやめる。

自称リベラルが、なんでこうも易々と庶民の暮らしを裏切り、官僚に操られ、アメリカのポチになりさがるのか。
その答えは、おそらく安保にある。日米安保。

一昔前は、「反戦」の下の句は「反安保」ではなかったか。
ところが、今や「反戦」」に続くのは「頼安保」らしい。

1960年~1990年くらいの約30年間は、なんやかんや言って、食っていける時代だった。
そして、アメリカもまだ「潰して食う」という選択を迫られていなかった。

しかし、冷戦が終わった90年代からの20年間で、日本は、なんやかんや言っていたら食い詰める国になってしまった。その背景は、アメリカが「収穫期」に入ったということ。

これまで家畜として、作物として太らせてきた日本を、収穫して食う段階に立ち至った。
ここに、これまでの国内政治の立ち位置がガラガラポンで崩れはじめた。

そのガラガラポンの口火を切り、いまでも手綱を先頭で引っ張っているのが小沢一郎だ。
日米中をはじめ、日本人が生きていく環境が激変している、という時代認識のもとに、政界をこねくり回しつつ、ついには昨年の国民運動的な政権交代にまで結びつけた。

一方で、小沢一郎は非武装主義ではない。むしろ、憲法を変えて、正規の軍隊を持つべきだという考えであると、彼のホームページを見ても、隠すとこなく読み取れる。
アメリカからの従属を脱するには、当然ながら日米安保のクビキから脱しなくてはならない。
そのためには、日本軍が必要だ、ということ。

これは、かのツイッター王であるフリージャーナリストの岩上安身さんが、さかんに主張していることでもある。
やっと、独自武装の話をできるようになった と感慨深げにツイートしておられた。

小沢一郎にしても、岩上氏にしても、独自武装を言う人たちの方が、国民の生活や権利を、本気で考えている、というのが、今この時の現実なのである。

ほんの少し前までは、リベラルというのは、金持ち優先の保守自民党に対して、庶民の味方になってくれる人 というイメージであったはずだ。
ところが、今、リベラルというのは、自らのリベラルというイメージを守るために、国民を裏切る存在になってしまった。

その原因こそが、先に述べた時代の大転換と、それに呼応した小沢一郎らの「独立保守」の台頭だ。
独立保守が、アメリカからの独立を主張するとき、リベラルはある選択肢を迫られる。

日米安保がなくなったあと どうするんだ?

いろんな言い方をしてみても、ゴリゴリと詰められると、結局は独自武装、つまり改憲して日本軍という小沢一郎らの主張を破ることはできない。
そこに、価値観の大逆転がおきる。
反戦のための、庶民の暮らしのためのリベラルだったはずが、リベラルの看板のためにアメリカにすり寄ろうとし始める。
戦争国家であり、庶民の暮らしから吸血鬼のように吸い取るアメリカに、自称リベラルがすり寄っていくのである。自分の看板を守るために。

日米安保がなくなったら、改憲→日本軍の流れに逆らえない。
それならば、いっそアメリカの奴隷でいる方が良い。
これが、自称リベラルが地獄の門番へとずり落ちていった鍵なのではないだろうか。


■■
ところで、少しここで落ち着いて考えてみたい。
小沢一郎にしても鳩山由紀夫にしても、ここが彼らの限界だと思われるが、武装=国軍という発想しかない。
闘志・岩上氏にして、やはりそういうイメージを持っておられる。

ここで疑問がいくつか出てくる。

①武装しなければ、本当に侵略されるのか。独立はたもたれないのか。

②もし仮に侵略されるとして自衛=武装 という選択しかないのだろうか。

③もし仮に武装しなければならないとして、それは国軍という選択しかないのだろうか。

①については、多くを語ることを要しないだろう。
侵略されることは、ほとんどないだろうけれども、絶対にないとは断言できない ということだ。

②にかんして、まず思い浮かぶのは、マハトマ・ガンジーの名前だ。

ガンジーのことを知ろうと思うと、実に不思議なことに気がつく。
個人の伝記や自身の著作は いくらでも文献がある。
ところが、ガンジーの指導した「非暴力不服従」の運動がなぜ成功したのか、あるいは成功でなかったのか、そうした分析研究についての文献は、なかなか見つからない。
(ご存じの方は、ぜひ教えてください)

可能性は二つあると思われる。
一つは、「非暴力」という部分だけを理想化するために、実際以上にガンジーの運動を大きく描いたということ。
詳細に分析してしまうと、実は、これでは勝てない ということが分かってしまうので、物語は沢山あるが分析はない という推論。

もう一つは、非暴力不服従で勝利する要諦がわかってしまい、世界中の非抑圧国でこの運動が起きたらエライことだ、とアメリカをはじめ抑圧側の大国が研究を潰している。
ガンジー個人を神棚に祭り上げて、その実像に触れさせない という可能性。

いずれにしても、今、日本で必要な研究の一つは、ガンジーの運動がなぜ成功したのか、あるいは成功ではなかったのか、という検証だろう。
それなくして、自衛=武装 かどうかということを考えることはできない。

次に③。武装=国軍なのか、という問題。

軍隊というのは、武器をもった官僚だ。
銃を持たない官僚ですら統制できない、どころか手のひらに載せられているのに、武力を持った官僚が、民主主義の原則で働くのかどうか。
その可能性は、限りなくゼロに近い。

にもかかわらず、仮に武装して自衛しなければならないとしたら、それは武器をもった官僚=国軍でなくてはならないのか。

ここで想起すべきは、言うまでもなくレジスタンス運動だ。
フランスやベトナムもそうだし、勝利はできなかったけれども光州蜂起もそうだ。
現在のアフガンやイラクでも、その戦いは繰り広げられている。

レジスタンスは、非正規軍だ。ゲリラと言っても良い。
皮肉なことに、その背景には徴兵制がある。
徴兵制によって、一般国民が銃の扱いを心得ていることが、レジスタンスの下地になっている。

光州蜂起がまさにそうであったことは、よく知られている。
ベトナムに駆り出された元兵士が、市民軍として戦った。
逆に、徴兵による兵士は、光州市民を弾圧することに耐えられず、崩壊した。

このことは世界各国の支配層も分かっていて、だから徐々に徴兵制はなくなり、国軍は志願兵によるプロ集団と化してきている。
同胞である光州市民を襲ったブラックベレーのような。

究極の軍隊というのは、同胞を犠牲にしてでも、自分たちを守ろうとする。
その姿を、まざまざとみせてくれたのが、関東軍であり沖縄守備隊だ。
開拓民をあっさりと見捨てて、自分たちだけスタコラサッサと逃げ出した関東軍。
砲弾の雨の中、避難壕(ガマ)から住民をたたき出した沖縄守備隊。
あるいは、「おまえたちだけ死なせない」と特攻隊を送り出してノウノウと天寿を全うした将校ども。

これが、国軍の最終形ではないのか。
そうならないという保証は どこにあるのか。
そうなるという状況証拠は、現在の霞ヶ関に、星の数ほど転がっている。
国軍=武器をもった官僚組織である以上、今霞ヶ関で行われている高級官僚の自己保身大運動とおなじことがおきる と考えない方がオカシイ。

官僚の危険性を、誰よりも分かっているはずの小沢一郎が、なぜ軍隊だけは別物と考えてしまうのか。
官僚との戦いの最前線にいる、ジャーナリスト岩上氏が、なぜそこに気がつかないのか、私には分からない。

いずれにしても、もし仮に、非暴力不服従がまったく無力だとしたら、残された道はレジスタンスしかない。
これは、軍隊を認めることよりも、数段厳しい選択だ。
なぜなら、軍隊=官僚は代行してくれる組織だ。だからこそ権勢をほしいままにする。

しかしレジスタンスは自分が戦わなくてはならない。
官僚主義に反対し、なおかつ武装して侵略から自衛すべしと言う場合は、みずからがその先頭に立つ覚悟を問われる。
年齢性別に関係ない。80才のお年寄りでも、レジスタンスならば兵士として充分に戦えるのだから、「最近の若い者は」なんて言わずに、自分はどうか、という基準で万人が判断されたい。

ちなみに、私はどうか。
今現在の思いは、レジスタンスの可能性を保留した不服従運動 という可能性にかけたいと思っている。
軍事侵略の可能性は非常に低いと思いつつも、現在アメリカに「侵略」されているような被支配は受ける可能性は大だ。
だから、侵略なんてナイナイ と呆けたことを言うつもりはない。

いざというときに不服従運動ができること、そして、もし万が一それが暴力的に押しつぶされるようなことになったら、レジスタンスの戦いの可能性もあること、これは否定しようがない。正直、震えるほど恐ろしいけれども、否定することはできない。


■■
話を自称リベラルの連中に戻そう。

「市民派」菅直人を筆頭に、55年体制下であれば反権力とすら呼べるような顔ぶれが、こぞってアメリカに膝を折り、頭に「ネオ」をかぶるようになってしまった。

当面は、このエセリベラル勢力と、小沢一郎ら独立保守勢力の争いで日本の指導勢力は決まっていくだろう。
そして、私は、この限定された局面では、小沢一郎をやはり支持する。

改憲→国軍には全く賛成できないが、ここしばらくの趨勢を決める政治の世界では、小沢一郎が唯一の指導者だ。この現実から逃げ出して、鏡に向かって独り言をぶつぶつつぶやいても仕方がない。

脱落したネオ(エセ)リベラルの会の、裏会長は前原誠司という名前らしい。

八ツ場ダムの主なる工事を続行し、裁判で禁止された沖縄泡瀬干潟の埋め立てを、沖縄市長を取り込んで再開させ、米国さまの言うがままに傍若無人の「活躍」を続ける、ポチ前原をご主人様とあがめはじめる。
ポチのポチ ポチポチになり果てる。

前原は、脱落組ではない。最初から確信犯だ。生粋のエージェントだ。
転向脱落したものは、どんなに能力があろうが口が達者だろうが、確信犯に支配される。

その轍を踏まぬよう、反省・平和を望むものは、決心覚悟を固めなくてはならないのだろう。


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2010-08-07(Sat)

たまには花火で夕涼み

yodogawa.jpg

今日は淀川の花火大会。

うちの事務所からは、丸い花火の上半分だけが見える。
自宅からはもっとよく見えるけれども、小さいし音の迫力がない。

そこで、自転車で少し走ってみた。
神崎川のへりから、結構見えるポイントがある。

マンションに邪魔されているけれども、これはこれで都会の花火らしくて、いい。
実際は、もっと高く上がる花火が多いので、よく見える。
写真はタイミングが悪くて、こんなのしか取れなかった。

大混雑の十三あたりまで行かなくても、音もなかなかだし、充分堪能できた。
てなことで、1時間ほど仕事をさぼってしまった。

たまには、難しい話はおいといて、花火で夕涼み
2010-08-06(Fri)

65年前の今日、広島に原爆は落ちたのか?

私は、朝の式典の放送を見ながら、子どもと話をしていた。
保育園のときにすでに「ひろしまのピカ」を読んでいるので、原爆というもののイメージは子どもなりにあるようだ。

「なんで広島に落としたん? たまたま?」
という子どもの質問の意味は、なぜ他の場所ではなく広島だったのか、という意味と、なんでそんなものを落としたのか、という根源的な疑問とが、半々になったものだった。

その会話の中で、私は無意識に「原爆が落ちたのは」という言い方をしていた。
口にしてから、えっ と自分で驚いた。

落とした と 落ちた
子どもは、ごく自然に「落とした」というのに、私は「落ちた」と言ってしまった。

今日は何の日? と聞かれて 「広島に原爆が落ちた日よ」と答えた人は多かったのではないだろうか。
私自身がもこのように刷り込まれていたことに気がついて、愕然とした。

「落ちたじゃないな。落とした だ。雨のように自然に降ってくるわけないからな。人間が落としたんだ。」と慌てて訂正した。
もし、賢明な読者の中にも、「原爆が落ちた日」と思っていた人がいたならば、その重大さをよくよく噛みしめていただきたい。

もう言うまでもないが、アメリカ軍が、その結果を分かった上で「落とした」のが原爆だ。
決して、自然の摂理で「落ちた」のではない。

どんな理由であろうとも、いかなる大義名分であろうとも、決して正当化されることはない。
直接「落とした」人の息子が、アメリカ大使が式典に出席したと言って怒っている。
これも、意固地になって正当化して自己暗示にでもかけない限りは、あまりの罪の大きさに耐えられない、ということの裏返しだ。

原爆が正当化されるのであれば、世の中の全ての戦闘行為や残虐行為を正当化することが可能だ。
強盗殺人犯を捕まえたからと言って、その家族もろともに生きたまま火あぶりにして殺しても許されると言うことはない。直接の犯人ではない一族郎党にまで放射能を浴びせかけて焼き尽くして良いと言うことはありえない。
たとえ、その一族が強盗犯のかせぎで食っていたとしても、それを知っていたとしても、だ。

原爆を落として、それを開き直っているアメリカが、人権だの民主化だのと 言うもおこがましい。
まったく同じ精神構造が、イラクやアフガンで今、ただの民間人を平然と殺戮しつづけることにつながっている。
「戦争を終わらせるため」「テロを根絶するため」
同じようなことを大義名分に、一般人、民間人を大量殺戮して当然だと思っている。

その一方で、かつて日本が国家として強盗殺人犯であったことは、これはこれとして逃げてはいけない。
アメリカに言われたくない、という思いはあるにせよ、自ら省みて、原爆を落とされた原因の半分はあのときの日本の指導者にあるということも、アイマイにしてはいけない。

強盗殺人国家のなかで、意志決定者や直接の下手人ではなかったにせよ、多くの人はそれを応援し、少なくともとどめることができなかった。
その結果でもあったのだということ。その反省無しに臨む8月6日では、未来へはつながらない。

最後に、沖縄も広島も長崎も、天皇の身代わりであったということ。
「国体護持」がされるのかどうか、という一点で、降伏しなかった日本。
「国体護持」と言いながら、さて本気で議論をはじめると「国体」とは何だ? などと馬鹿げた議論を指導者どもがしている間に、沖縄は蜂の巣にされ、広島と長崎は焼き尽くされた。

国体とは天皇だ。
もっと言うならば、天皇が処罰されないという「象徴」によって、あの戦争を本当は反省しない、ということだ。

表面的には反省したように見えるけれども、日本の指導者は全く反省などしなかった。
それが、自民党の長期支配になり、今日のドロドロ状況にまでつながっている。

戦争を本当は反省していない。その象徴として生き存えた天皇。
天皇が生き存える身代わりとして、焼かれ殺されたのが原爆の死者たちだ。


こうした、厳然たる冷厳たる事実をモヤモヤにして覆い隠し、まるで自然災害であったかのように、被害の事実のみを伝える言葉。
そのように、戦後の教育の中で刷り込まれてきた言葉。
それが「原爆が落ちた」という言い方。

8月6日に、そのことを自ら確認しておきたい。

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2010-08-04(Wed)

沖縄で海兵隊員が強姦未遂

20代女性に強制わいせつ容疑で米兵逮捕 那覇市
08/04 テレビ朝日

 那覇市で米海兵隊員がアパートに侵入し、この部屋に住む20代の女性にわいせつな行為をしたとして強制わいせつの疑いなどで現行犯逮捕されました。

 現行犯逮捕されたのは、米海兵隊員のフィリップ・ソウヤー容疑者です。那覇警察署によると、ソウヤー容疑者は午前3時50分ごろ、那覇市内のアパートに帰宅してきたこの部屋に住む20代の女性に後ろから抱きつき、女性の口をふさいで胸を触るなどした強制わいせつと住居侵入の疑いです。沖縄県内では、今年6月末までに強盗やひき逃げなど悪質な事件を含め米軍の兵士や家族が絡んだ事件が41件発生し、去年より15件増えています。


沖縄、海兵隊員が強制わいせつ容疑で逮捕
2010.8.4 TBS

 4日未明、沖縄県那覇市のアパートに押し入り女性の胸などを触ったとして、アメリカ兵の男が強制わいせつなどの疑いで現行犯逮捕されました。
 現行犯逮捕されたのはアメリカ海兵隊員、フィリップ・ソウヤー容疑者(28)です。

 警察によりますと、ソウヤー容疑者は4日午前4時前、沖縄県那覇市のアパートで、帰宅してきた女性に背後から抱きついてそのまま部屋に押し入り、服の上から女性の胸を触るなどの行為をした疑いが持たれています。
 女性の悲鳴を聞いた近くの住民が通報し、駆けつけた警察官が取り押さえました。

 警察の調べにソウヤー容疑者は山口県岩国基地の所属と話していて、容疑については否認しているということです。


人口140万人足らずの沖縄で、半年に41件の米軍犯罪。

もしも、日本中が同じ状況なら、毎年7300件の米軍犯罪が日本でおきることになる。
毎日20件だ。

どんなにものすごい、非道いことか。

しかも、

在日米軍犯罪、8割が不起訴 「特別扱い」浮き彫り

2009年5月16日 琉球新報

一般での刑法犯罪の起訴率は、50%以上なのだから、いかに「特別扱い」なのかがわかる。

このフィリップ・ソウヤーも、どのように裁かれるのか。
仲井真や岡田や菅は、どのようにアメリカに抗議するのか。
あるいは、しないのか。

後追い報道はないかもしれないが、できるだけウォッチしていきたい。


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2010-08-04(Wed)

「覇気のない菅首相に退陣を進言する」 山崎元のマルチスコープ より

ダイヤモンドオンラインで山崎元氏の評論を読んだ。

読んでワクワクするようなものではないけれども、当面の方向という意味では、まったく正論だと感じた。

山崎元のマルチスコープ


中でも、本日付の「覇気のない菅首相に退陣を進言する」は、ウンウンとうなづくことが多い。

(以下引用)

『読売新聞』(8月3日、朝刊)によると、首相は最近、知人に「消費税の話は、財務省に『選挙の前は言わない方がいい』と止められたが、それでも新しい政治をしたかったので話した」のだという。
 政策に関して財務省に振り付けされている様子が窺えるが、菅氏は、飼い主を喜ばせようとする忠犬よろしく、消費税を口に出してしまったのだろう。
(中略)

 本心では消費税率を上げようと思っているが、代表選挙ではそれを隠すというのでは、人は菅直人氏の何を信じて投票したらいいのか分からない。政治家としては終わりだ。
(中略)

 一部の例外を除いて、各省庁の概算要求に前年比1割減のシーリングを掛け、別枠として、約1兆円の「元気な日本復活特別枠」を設け、これに公開の「政策コンテスト」で配分する政治ショーを付加したのが、民主党政権が一から関わって作る来年度予算の概要だ。
(中略)

 大まかに言えば、政治は、1兆円しか予算に関わることが出来ないということだ。政権交代直後の昨年は、財務省が「事業仕分け」を用意して、政治ショーを演出すると共に、民主党がマニフェストに掲げた財政支出のムダ削減を一定の枠に閉じこめたが、今回も同様に予算に対する政治の関わりを限定する仕掛けが、メディア対策付きで仕組まれている。
(中略)

振り返ると、菅氏は、当初は国家戦略担当の副首相で、後に財務相、そして首相だから、予算に関する政治主導を官僚のサボタージュに協力することで一貫して潰してきた張本人だと言える。
(中略)

結局、国家戦略局も、民主党の政調会も首相への「助言機関」になってしまった。しかし、何を「助言」しても、ギリシャと日本の財政状況の区別も付かないような菅氏の頭蓋骨の中で、これを消化できるとは思えない。財務官僚にお伺いを立てるのが関の山だろう。


(引用以上)

その他、「みんなの党は公務員人事制度改革を最優先で成果を出せ」も、裏読みを含めて的を射たもの。

つまり、みんなの党が、臨時国会で「公務員人事制度改革」を出さない「不思議」をうまく突いている。

はっきりとは書いていないが、「公務員人事制度改革」を本気でやる気がないということを見透かしている。
見透かした上で、民主党の側から「丸呑みするから、法案通そう」と持ちかければ、化けの皮がはがれるということ。

「民主党は「原口首相」で出直してはどうか」は、原口氏が本当にふさわしいかどうかは別にして、現実的にはこれしかないかな、と思わされる。

一読をお勧めしたい。

9月の代表戦に向けて、「打倒 官から菅」の声を強くしていくためにも。

※ 追記

scottiさんから、下記のコメントをいただいた

山崎元さん正論なのでしょうが、いまひとつ信用できないので、原口首相???が一番の疑問です。
そこに誘導しているように感じます。
全ては郵政見直し廃案で動きますから、その点で一番都合のいい人物が原口首相なのかもしれません。
私は橋下大阪府知事を評価する原口大臣に疑問?だし、テレビが持ち上げてきた原口大臣にも疑問?だし、松下政権塾出身者にも疑問?なので、原口大臣が本当に信頼できるのか?それが一番の疑問のままです。


この点は、確かに検証が必要です



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2010-08-01(Sun)

官から菅内閣が参院選に惨敗した根本的な理由

参院選が終わって3週間になる。

民主党の惨敗については、様々な解説が繰り広げられてきた。
だが、私の目にした限りでは、もっとも根本的な理由に触れている見解がないようだ。

その、もっとも根本的な理由というのは、「今回の参議院選を引き回した面々は、政権交代の当事者ではなかった」 ということだ。

もちろん、それぞれの立場で政権交代の現場には立ち会っていた。が、それは「傍観者」あるいは「尻馬に乗る」ものであって、命をかけて政権交代ににじり寄った当事者ではなかった。

証拠はあるのかって?

例の消費税発言が、まさにその証拠だ。
なぜ、自民党が10%と言って議席を伸ばし、民主党が同じことを言って惨敗するのか。それを、ぜんぜん理解していなかったことが、連中が当事者でない何よりの証拠だ。

なぜ、自民党なら良くて民主党なら許せないのか。
昨年の政権交代を、立場はどうあれ、当事者として体感したものならば、言わずとも分かる。
民主党に期待したからだ。

期待した民主党が裏切ったから、許せなかった。

自分たちが、いかに期待され、希望の的にされ、どれほど重い付託を背負っているのか。
そのことを、官から菅内閣の面々は、全く実感していない。

鳩山は、それを分かっていたからこそ、自らの裏切りを開き直ることができず、辞任するに至った。
あの政権交代は、あくまでも民意を預かったものであり、自分の力ではないことを知っていた。

しかるに、あの政権交代を傍観者として果実だけ手にした連中は、押し寄せた民意の熱を感じていない。
そんなものを預かった自覚もない。
だから、まるで自分たちのチカラで政権交代が実現したかのような幻想を、現実と信じ込んでいる。
官僚の甘言の花園で、すっかり殿様気分に浸っている。

惨敗した今でも、それは変わらない。
「私たちは分かっています。負けたのは本当は小鳩のせいです。それを口にしないあなたは、まことに器の大きい首相だ。」という官僚と取り巻きの菅言が、催眠術のように菅直人の心を満たしていく。


やつらが政権交代の当事者でないもうひとつの証拠は、両院議員総会から逃亡した前原誠司の姿だ。
よりによって、コイズミと手に手を取って結婚披露宴の鏡割りをしていたという。

欠席した理由もたいがいではあるが、何よりも問題なのは、閣僚であるにもかかわらず両院議員総会から逃亡したということだ。
これ以上は、書くのもアホらしい。

しかも、その前原を懲罰することすらしない官から菅たち。
もう、心の芯から腐りきっている。

一応付言すれば、小沢一郎が欠席したことも良いとは思わない。
ただし、一兵卒に降格された小沢一郎と、現役閣僚である前原とを同列に論じることは、ナンセンスである。

しかも、現代表は、「しばらくおとなしくしていろ」と投げつけたのだから、この暴言を訂正謝罪しない限り、官から菅が小沢の欠席を責めることはできない。

ただ、政権交代の熱を共有したものとして、やはり小沢一郎には出席してもらいたかった、と思う。
何も発言しなくても、小沢と鳩山は、国民に対する歴史的な責任という意味で、出席はするべきだろう。


もう、中途半端な態度は、不完全燃焼で一酸化炭素中毒をおこしそうだ。
「打倒 官から菅内閣」
これが、政権交代の熱気を共有した人々の、旗印である。

仮に、それが解散総選挙という事態になったとしても、恐れることなく「打倒 菅内閣」を言おう。
せっかく登り始めたハシゴあっても、それが腐りきってしまったならば、いつまでもしがみついているのは愚かだ。


自分たちと子どもたちが生き延びるために、しぶとく熱く選択を続けよう。

日々の選択のその先に、何があるのか、目をこらして見極めよう。



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