2010-12-27(Mon)

権力にしがみつく仙谷由人と 権力にとりつかれた菅直人

来年は、子どもに~人という名前をつける親が少なくなるのではないか、と心配してしまうほど、由人と直人の評判が悪い。

もちろん、評判だけでなく本当に悪い。

民主党の代表選のときは、小沢=ダークという固定観念にガチガチになっていた人たちも、自分たちの選択が誤りだったことがわかってきたようだ。
しかし、分かったからと言って引き返せるかどうかは、その人がどこまで頭を突っ込んでしまったかということと、反省して引き返す勇気があるかどうか による。

気の迷いで菅を支持した人は、すぐにでも引き返せるが、一線を越えてしまって、かつ、誤りを認める勇気のないものは、誤りであることを心の中で自覚するが故に、いっそう開き直る。
最悪の事態に向かって無限の悪循環が始まる。

仙谷由人にしても、菅直人にしても、その政治家としての出発点においては、今のような極悪人ではなかったはずだ。
保坂展人さんの内申書裁判の弁護士は、他ならぬ仙谷由人であったと、保坂さんが書いていた。
市川房枝さんにもイマイチ信用されていなかった菅直人だけれども、いちおうその門下であることは間違いない。

チャランポランとか権力志向とか、そういう性向はあったのかもしれないが、今ほどの極悪ではなかったはずだ。
それを、ここまで史上まれに見る非道内閣の首相と官房長官にしてしまったのは、権力 という怪物なのだろう。

仙谷由人と菅直人を見ていて、ひとからげに批判する人も多いが、私はちょっとスタンスが違っているように思う。
仙谷は自分の考えで権力にしがみついているけれども、菅は権力という亡霊に取り憑かれたようだ。

民主党政権にたいする姿勢も、実は全然違う。
仙谷は現政権を潰したくない。自分の権力をなんとかして存続させたい。主観的には、自分が何とかしなくては と思っている。
それが、小沢氏への故無き、弁護士とは思えない離党勧告まがいの発言にもなっている。

菅はちがう。
ここが一番肝心なのだけれども、菅は民主党政権を潰そうとしている。
私はそう読んでいる。

どうやって最悪の形で、国民がもう政権交代なんてまっぴらだ と思う形で民主党政権を潰すか。
菅のミッションはその一点に絞られている。

その意味で、前の記事へのコメントにあった、菅直人の「本気になった迫力」というのは、あながち間違いではないと思う。
深読みするならば 「私は操られているだけなんです」というポーズをとっている可能性すらある。

菅直人のあのオドオドとした態度は、見事に民主党政権を崩壊させた暁に、私は本当はやりたくなかったんですと言い訳するための、同情をかうための演技であるとも考えられる。

普通の人間には、そこまでやるプレッシャーには耐えられない。
あのコイズミですら、派手なパフォーマンスでかっこつけるのが精一杯。
しかも、限界ギリギリで引退してしまった。

安倍晋三に至っては、たぶん心身症と思われるココロとお腹の病気で突如逃げ出してしまった。
人は、隠れてこそこそやる悪人は掃いて捨てるほどいるけれど、衆人環視のなかでどっからみても極悪人になることは なかなかできない。
なんとかして格好をつけて、自分は違うという演技をしなくては、精神的にもたないのである。

その点では、仙谷も菅も、リッパなのかもしれない。
これだけ どっから見ても言い訳のしようがない極悪政治家になりきるということは。

仙谷は、権力にしがみつくあまりに、自分の姿が見えなくなっている。
なんとかしよう、なんとか権力を離したくないと、一つ一つ悪事を重ねる毎に、どんどん自分の姿が見えなくなっている。

菅は、もっと怖い。
言ってみれば、キョンシーのような。

kyonshi.jpg
(う~ん これは全然怖くないな)

すでに死に体であることを自覚して、最悪の結末に向けて、うつろな顔でピョンピョンと跳びはね、生き血をすすっている。

早いこと額に護符を貼り付けないと、大変なことになりそうだ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



2010-12-26(Sun)

またしてもスケールの違いがまざまざ 菅vs小沢

この人間的なスケールの違いが、菅直人をして小沢一郎を忌み嫌う原因なのかもしれない。

菅は小沢氏と相対すると、自らのちっちゃさをイヤほど思い知らされるので、なんとしても視界から消し去りたいのだ。私も凡百のひとりとして、その気持ちは分からないでもない。
が、凡庸なるわたしでも、そんな情けない感情をむき出しにして他人を貶めるようなことは、さすがにしない。

ところが、いくら凡百とはいえ日本の首相という座にある人間が、ここまで醜い姿を恥ずかしげもなく満天下に晒しているのはどういうわけか。このモラルが完全にぶっとんでしまった姿をこそ、倫理審査をするべきだと感じるのは、私だけではあるまい。

権力欲と嫉妬は、おそらく、もっとも人間を破壊する。
そして、その両方を菅直人は両手いっぱいに抱えている。
何の躊躇もなくアメリカの言うなりになっているのも、内面的にはそれ故であろう。

今や菅内閣は、自民党ですら眉をひそめるほどに徹底した対米従属だ。
あの小泉ポチですら、様々なパフォーマンスで誤魔化そうとしたが、菅は誤魔化すことすらしない。
そのまんま、見たまんまに対米従属だ。

沖縄をめぐって、この隷米姿勢は全開になっている。

「甘受せよ」と迫る愚 菅内閣と沖縄 
2010年12月23日 中日新聞

「移設反対 覚悟の上で」北沢氏、名護市に反論 再編交付金凍結
2010.12.25 沖縄タイムス

一度は「最低でも県外」と言った内閣の防衛大臣だ。それを翻意して、頭を下げてお願いに行くのかと思ったら、とんでもない。「反対するなら覚悟しろ」 と言う。
どういう神経をしているのか、いや、神経なんてものがあるのか。もう、恥もなければ人としての感情もスリ潰れて垢になって流れ去ってしまったようだ。

官僚主導から政治主導へという公約も、年金を立て直すことも、社会の責任でこどもを育てることも、ありとあらゆる国民への約束を反故にして、みずから意図的に国民の支持を失っている。

そうしておいて、支持率の低下を全部、小沢氏になすりつける。
なすりつけるために最低の政治をやって支持率を下げているのではないか とすら思えてくる。

みずからの嫉妬心のために、全国民を犠牲にして意図的に失政に失政をかさね、国民の怨嗟の声を小沢氏に転嫁して溜飲を下げる。これが菅直人の、真の姿なのではないか。

あまりのおぞましさに、鳥肌が立つ。
これまで、もっともきらいな政治家は、小泉ポチ、安倍ポチ、前原ポチ の三匹だったが、ごぼう抜きで菅直人が一位に躍り出た。

菅直人の小ささぶりは、昨日の連合が仲介した会合でも、あますことなく発揮された。

菅首相と小沢氏らの会談要旨
2010.12.25 時事通信

 小沢氏 政権交代ができたのは、みんなが一つの気持ちになって臨んだ結果だ。鳩山氏から私自身のことに触れて話があったが、改めて気持ちを整理して臨んでいきたい。国民の期待に応えられておらず、不徳を恥じている。通常国会、来春の統一地方選に向け、首相を筆頭に頑張らなければならない。

(引用以上)

ここまで菅らに責め立てられて、なお首相を筆頭に頑張るんだという言う小沢氏のど根性に、私はほとほと感服する。感情的には、ぜったいにそんなこと言いたくないはずだ。でも、現実の政治のなかでは、そうするしかないという判断に、自らを律することは、凡百にはまねできない。

そればかりか、菅政権が意図的におこなっている失政の責任を、自らの責任として「不徳を恥じる」というのだから、どこまで大きな責任感なのかと、目眩すら感じる。これが、自分が国民の生活を預かっているのだと自覚する政治家の立ち居振る舞いなのである。

菅は、この発言を聞いて、心底小沢一郎を恐れ、憎んだに違いない。
全部じぶんの責任としてとらえて行動する小沢氏に比べ、支持団体を前に、ジンギスカンまで持ち出して言い訳に終始する自分の姿の醜さを、イヤというほど感じたであろう。

小沢氏は、近い立場の人が次々と離反していくと言われる。
その理由は、ここにあるのだということが分かる。

おそらく小沢氏は、あたりまえと思い、同志と思う政治家にこの責任感を求めるのだろう。
しかし、凡百の政治家もどきは、とてもじゃないがついて行けない。
そして、ついて行けない自らの恥を隠すために、小沢氏の粗を探し、マスゴミと結託してかまびすしく騒ぎ立てるのである。

菅直人は、今まさにこのサイクルに入っている。

しかし、国民はそろそろ気がつき始めている。

国民の生活を守るためには、4月になる前に菅・前原を引きずり下ろし、それらにジャレつく凡百以下の政治家を水の底に沈めておかなくてはならいことに。
数には入れなくてはならないが、害毒な口がきけないように、透明な水の底に沈めておくしかない。

昨年の秋に一瞬感じた国民の呼吸とシンクロする政治を取り戻すために、迷いを捨てて今は小沢一郎を支持する。
小沢氏を支持する森ゆうこさん、川内博さん、中村哲二さん、つじ恵さんなど、根性のすわった議員を支持する。

日常の私の周りでも、その流れはたしかに目に見えるようになっている。
小沢氏とともに進む民主党の議員の皆さんは、確信をもって、国民の負託を心根にすえて進んでいただきたい。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2010-12-20(Mon)

郊外楽園プロジェクト

このところ、あまり良くないことが連続して起きる。進行中の仕事は予期せぬトラブルで進行が遅れ、新規の仕事はなかなかスタートラインにたどり着かず、挙げ句の果ては、納車して次の日にクルマがエンコしてJAFのお世話になった。まあ、クルマは超古いのを普通に古いのへ乗り換えたのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだけれど。

それにしても、ここ数ヶ月、どうもスカッとしない。
これはきっと、自分らしさを無くしているからだろうと思い至った。
自分のミッションを忘れて、日々に忙殺されると、だんだん歯車が噛み合わなくなって、良からぬことばかりおきるようになる、というパターンだ。

で、ここでひとつ是非ともやりたいことの試論を書いてみることにした。

******************

郊外(ニュータウン)の盛衰

 前世紀の100年間で、郊外は生まれ、育ち、隆盛を極め、そして衰退していった。
 今、郊外の「ニュー」タウンを歩いても、ここがかつて輝きを放ち憧憬の的であったことを知るよすがはない。
 20世紀初頭の近代化から1960年代の高度経済成長まで、都市に集中した人口があふれ出し、郊外は成長し続けた。計画的・人工的に造られた街は、ニュータウンと呼ばれ成長の世紀を象徴し、明るい未来を約束してくれた。
 その一方で、郊外は都市へ通うためのベッドタウンとして都市に従属し、「職住近接」や「都市と農村の融合」などの理想は忘れ去られた。自立できない街としてひたすら拡大を続けた。
 経済成長の終焉と人口の減少が始まる前世紀の後半になると、そのツケは顕著に現れた。あこがれてニュータウンに住んだ世代は70歳をこえ、無味乾燥な人口街は新たな住民を獲得できない。
 過疎と高齢化は、田舎だけの問題ではなくなった。かつて輝いていたあのニュータウンにも押し寄せている。

ニュータウンの定義

 私が考える郊外(ニュータウン)の定義はこうだ。
①都市に通勤することを前提にしている
②一定の規模の住宅地が計画的に造られている
③各敷地は庭が取れる程度の広さが確保されている

 最寄りの都市(職場)まで2時間以上かかるようでは、郊外とは言えない。せいぜい10軒程度であったり、庭の一つもない狭小敷地では、ミニ開発であってニュータウンではない。
 これだけ見れば、なぜ過疎化が進むのかは分からない。非常に良好な住環境に見えるからだ。

なにがニュータウンを凋落させたのか

 もともと都市からあふれ出した人々の受け皿であった郊外は、人口が減少し経済が成長しなくなった段階で、衰退の運命は明らかだった。
 住宅の数が世帯数を上回り、都市に隣接して閉鎖された工場跡地に次々とマンションが建ち並ぶ。若い夫婦はカッコイイマンションに夢中になり、不動産業界はややこしくも古ぼけたニュータウンのことなど忘れ去った。
 

驚きの地価下落

 こうして郊外はうち捨てられ、地価も下がり続けた。たとえば西宮市の甲子園と名塩を比較してみる。1980年→1989年→2010年の公示価格の推移を、1980年の名塩(茶園町)を1として、消費者物価係数を考慮すると、次のようになる。
 甲子園 3.4 → 12.8 → 3.9
 名 塩 1.0 → 1.8 → 0.7

 このように、一目瞭然だ。これは他の郊外ニュータウンにもほぼ当てはまる。茶園町の地価は現在20万円/坪程度だが、同じ名塩でももう少し離れると10万円以下で、5万円という場所もある。
 他に選択肢があるとは言え、ここまでの地価下落にはもう一つ別の理由があるように思われる。すなわち、街全体にただようドンヨリとした停滞感である。活気や風情が感じられない。
 しかし、逆に考えれば、利便性や環境面では破格に安く手に入るということでもある。これを、ダメ物件と考えるかチャンスと考えるか、が分かれ道だ。
  
郊外の再発見

 郊外のニュータウンは今、新たな可能性を持ちながらダメ物件として不動産業界の片隅でひっそりと眠っている。不動産業界ばかりか、リノベーションやコンバージョンに熱心な建築家からも、あまりにつまらない街という理由で黙殺されている。
 しかし、そんなつまらない郊外ニュータウンを生き返らせる方法がある。キーワードは、擁壁、菜園、コミュニティ そして通勤だ。

トトロの住む街に

 ニュータウンを視覚的に支配しているのは擁壁だ。コンクリートや間知石の高い壁が、視界の半分を占めている。この擁壁が無くなり、低い石積みとなだらかな緑の斜面になれば、そこはまるで別荘地のような風情が醸し出させる。
 数少ないながらそのような住宅地もあり、歩いていると今にもトトロが出てきそうな雰囲気がある。不細工な擁壁を破壊し、塀やフェンスはもちろん作らず、斜面に木や草や野菜を植えるだけで、無味乾燥なニュータウンは生き返る。
 もちろん、いきなり街全体をそのように作り替えることはできないが、少しずつ実例ができていけば街は徐々に変わりはじめる。あるいは、もとから擁壁のない街を活性化し、モデルケースにするという方法もある。

キッチンガーデンタウン(KGT)

 カッコイイマンションでは絶対に真似できないのが、本格的な菜園だ。かつてのベッドタウンは、キッチンガーデンコミュニティ(KGT)としてその中心機能を変化させ、生まれ変わる。
 KGCの中心は言うまでもなく菜園。10~20坪の菜園スペースが確保できれば、自分たちの食べる分+αが収穫できる。お米と肉以外は、半自給できる。

 70坪程度の敷地があれば、少々斜面地でも最低10坪くらいの菜園は確保できる。10坪(20畳)と言えば、初心者であれば持て余すほどの広さだ。
 もしもっと広い菜園を希望する場合は、ニュータウン周辺部の農村に溢れている耕作放棄地を貸してもらうことも考えたい。

菜園から広がるコミュニティー

 菜園を活かすためには、二つの機能がKGTには必要だ。一つは栽培指導。まったく初めての時はなかなか最初の一歩が踏み出せない。また、少しできるようになると、より巧く栽培できるようになりたいと思う。そのサポートをしてくれる人が欲しい。

 二つ目は交換市場。他品種栽培を心がけても、だいたい一時期に同じものがたくさんできすぎる。それをKGTの中や、あるいは外に向けて交換したり安価に分けたりする仕組みが必要だ。
 こうした機能を担うNPOを組織する。市民農園などで長年経験を積んできた人や、住宅地の周辺の農家の方などに「師匠」になってもらう。また、ガレージセールの要領で、時間のある人が持ち回りで交換市場を主催する。
 ときには、新規居住を希望する人たち向けの見学会や屋外食事会などもできたら面白い。成約できれば、不動産業者や建築業者からNPOに一定の手数料を支払って、NPOの運営費とする。

 また、菜園にとどまらず、もっと広い意味でのロハスコミュニティへと発展していく出発点にもなり得る。人と人の有機的なつながりは、予定調和でない様々な可能性を秘めている。 

今の仕事は続けたままで

 田舎暮らしに憧れる人は多い。けれども、そう簡単に決断できないのは、仕事をやめる訳にいかないからだ。年金や遺産があって、働かなくても食べていける人以外は、仕事を続けることは絶対条件になる。だから、KGTは通勤可能な場所でなければならない。
 家から職場までドアトゥードアで1時間半までを許容範囲として考えれば、場所の選択肢は多い。自家用車が不可欠だとか、小学校が近くにないとか、条件付きの場所もあるけれども、中には駅から徒歩圏内というようなところもある。
 
 現金収入は絶対に必要なので、仕事は続ける一方で、仕事から解放されることも考えたい。精神的にも経済的にも会社に依存してしまわない生き方。KGCでの生活が第一で、会社の仕事は収入のためと割り切れること。無理をしなくてもやっていける程度の住宅ローンと、そこそこ自給できる菜園があれば、出世のためにストレスを貯め込む必要もない。

 お金は使うものであって使われるものではない ということを実感できる生活を実現したい。

まずは始めよう

 KGTの特筆すべきところは、とても簡単に始められるということ。大規模な開発工事も必要ない。コーポラティブのように最初からメンバーを集める必要もない。ひとりからでも始めることができる。
 一番簡単なのは、擁壁がなく良い雰囲気のニュータウン(オールドタウン)に70~100坪くらいの土地を購入し、簡素な家を建て、30坪くらいの庭で菜園を始めること。土地と建物で2500万~3000万で充分。マンションを買うよりも安い。
 もっと安くあげるには、既存の建物を耐震改修し、きれいにリノベーションする。これならば、2000万でも可能。

 最初のひとりが始めたKGTは、バーズアイプロジェクトがバックアップする。希望者をどんどん紹介することで、点から線へ、線から面へとコミュニティーを広げていく。
 具体的に紹介できる場所は何カ所かあるので、いつでも始められる。

生きている実感を

 アメリカでは「食品安全強化法」という法律ができるらしい。安全を強化するのだから結構な話に見えるが、実はとんでもない法律。農地をすべて役人の監視下におき、結果的に農業を根こそぎ大企業に独占させようという意図がある。将来的には家庭菜園まで取り締まりの対象になる可能性もある。
 COP10で注目された「生物多様性に配慮したグリーンビジネス」というのもくせ者だ。経験的、伝統的な小農業を駆逐し、大規模ビジネスへと農業を組み込んでいこうとしている。

 国と大企業に、食料も生活手段もぜんぶオンブにダッコでいいのだろうか。そこには、生きている実感はあるのだろうか。
 自らの手で自然にコミットし、脅威をしのぎつつ恵みを受けることで今日の命を長らえ、明日の命を生む。この経験が、生きているという実感と、生きるための直感を養っていくのではないだろうか。
 人間の生活は、一度この関係にリセットした方がいい。リセットして、生きている喜びやときには困難も含めて実感を取り戻す。それが、郊外楽園の楽園たる所以なのである。


******************

こんなKGTを中心にした郊外楽園プロジェクトについて、研究会を始めようと思っています。

自分で実現したい人はもちろん、建築、不動産、園芸・農業、など様々な立場の方の参加を期待します。

是非、ご連絡を。 (info@mei-getsu.com ←小文字で)


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
2010-12-17(Fri)

国民の生活を人質にして小沢一郎の引退を迫る岡田イオンジュニア

古今東西、世界中で争いは絶えない。
だからこそ、つかの間の平和が大切なものだということを実感する。

日本にかつてあったつかの間の平和は、朝靄が消えて無くなるように雲散霧消し、いまや利害をむき出しにした争いのまっただ中に、私たちは立ち尽くしている。

そんな争いの、中心に据えられているのが、小沢一郎という政治家だ。
かつてのつかの間の平和の間は、私も小沢一郎を応援することになるとは、露ほども思わなかった。
しかし、今この時、旧時代の話を持ち出して小沢を腐することは、小沢を潰そうとしている利権集団を利することだ。

一見「良心的」な仮面をかぶった、共産党やその他の人々は、意図的に利敵行為をしているか、まったく時代認識がないか どちらかということになる。

こうした「良心的」な利敵行為とは別に、あからさまな攻撃は止むことなく続いている。
いま最も過激かつ卑劣な動きをさせられているのは、岡田イオンジュニアだ。

ちまたでは、岡田を原理主義とか頑固だとか言うけれども、私は違うのではないかと見ている。
もちろん、直接の面識はないので、推測に過ぎないけれども。

おそらくは、元来これほど卑劣な人間ではない。
が、脅しに弱い。嵌められてしまうと、その自分を正当化するために、どこまでも坂道を転落していく。

その気の弱さは、小沢に電話一本かけることができないことにも現れている。
これだけ大騒ぎしているのに、連絡はすべて党職員にやらせているというのだ。

小沢氏「岡田幹事長は臆病」政倫審問題でhttp://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20101217-714576.html
2010.12.17 日刊スポーツ

岡田が、何が何でも政倫審に小沢一郎を引きずり出そうとしているのは、あきらかに小沢を離党させようという意図がある。
というか、そういう意図のもとに、操られている。

それは、小沢に嫌がらせをして追い出すという 単純なものではない。
小沢という人は、そんなことくらいで逃げ出すほどヤワじゃない。

そうではなく、あえて党内を二分させることで、民主党分裂の危機を作り出し、分裂回避のためには小沢一郎が身を退くしかないという状況を作り出そうとしている。

小沢一郎は、正面から攻められても退かないけれども、民主党政権を維持させるためならば、他にとうしても手段がなければ、退くことはありうる。
悲願の政権交代、戦後始めて民意によって政治が動いた政権交代を守るためならば、自らは身を退くと言い出すかもしれない。

それを逆手にとって、政権交代と国民の生活を人質に、小沢に引退を迫っているのが、今の岡田の政倫審騒動だと、私には思える。

たしかに、今ここで民主党が分裂し、菅・前原派が自民党と連立を組んだ場合、歴史は真っ逆さまに転落する。
国民の生活が第一 というスローガンは、完全に抹殺される。

その可能性を強引につくりだし、小沢に引退、または単独離党を迫っている。

小沢一郎を支持する民主党の皆さんは、絶対に党を割らないということを、政権を付託した国民と、渦中の小沢一郎に誓って進んでいただきたい。
その確信があれば、きっと最悪の事態にはならない。

アメリカや官僚に操られている菅・岡田・前原を、国民はきっと支持しない。
そんな連中に、振り回される必要は無い。
あくまでも、国民の支持に立脚して、正々堂々と ど真ん中を進んでいただきたい。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


2010-12-14(Tue)

本当は自分の方が間違っていると知りながら責任をなすりつけるヤツが一番たちが悪い


という、長いタイトルの意味は、読者の方々にはすでにおわかりだろう。

国会招致問題で総理が小沢元代表を強く批判

2010.12.14 テレビ朝日

菅総理大臣:「(小沢氏は)国会が決めれば、(政倫審に)出席するということを国民の前で約束しているから、約束を守ることが本人にとっても、党にとっても良いことだと思う」
また、菅総理は、惨敗した茨城県議会議員選挙の敗因の一つに「政治とカネ」の問題を挙げて小沢氏を批判しました。

(引用以上)

この約束をした後にアヤカシの検察審査会議決があったことを、菅直人は完全に忘れ去っている(フリをしている)
おのれのせいで、というか、敢えて意図的に国民に愛想を尽かされる政治をやって、当然のように茨城の惨敗を招いているのに、その責任を小沢氏になすりつけるとは、なんと情けない惨めな醜い姿だろうか。

毎日ですら

質問なるほドリ:小沢氏の政倫審招致、なぜもめてるの?

2010.12.14 毎日

 A 小沢氏も一時は「国民に納得してもらえるなら一つの方法だ」と、政倫審出席に前向きでした。でも、検察審査会の議決で強制的に起訴されることが決まると「裁判手続きが始まったのだから、立法府で議論するのは妥当ではない」という理由で、政倫審出席を拒むようになりました。

 Q 小沢さんの主張も変わったんだね。

 A 政倫審での発言が裁判で不利に働きかねない、という事情があるようです。政倫審に出た後に「説明が不十分だ」という受け止めが広がれば、野党は偽証罪も適用される証人喚問の開催を求めかねない、ということも、小沢氏周辺は懸念しているんです。

(引用以上)

と、検察審査会によって状況が変わったことを説明している。

もっとも、この記事でも、「委員の3分の1以上が「この議員の審査が必要だ」と申し立て、過半数が賛成すれば、本人の申し出がなくても政倫審は開けます。」なんて書いているが、政倫審規定の第2条2項については、にぎりつぶしている。

「申立書に議員が行為規範等の規定に著しく違反していることを明らかにした文書を添えて、これを審査会の会長に提出しなければならない。」
Wikisource より

この著しく違反していること とは何なのか 森ゆう子議員が岡田に質したが、岡田は言を左右にして答えられなかった。
違反事実が無くても、マスゴミが騒げばつるし上げできる と菅・岡田は言うのである。


菅も岡田も、自分たちのせいで民主党が大敗していることは、充分に自覚している。
菅は、その役割をアメリカから仰せつかって、奴隷になることと引き替えに首相の座をつかんだ。
岡田は、その生来の(と思われる)心の弱さで、言い訳に言い訳を重ね、引き返しのつかない泥沼に自ら浸ってしまった。

自らの罪を自覚して、それを居直って他人になすりつける。
これが、大悪人への始まりだ。

菅も岡田も、もともとは大悪人ではないのかもしれない。
目立ちたがりのセコイ男と、見かけと反対に気の弱いボンボンなのだろう。
しかし、ひとたびこの悪魔のスパイラルに入ってしまったからには、民衆の怨嗟を一身に受ける大悪人のできあがりである。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


2010-12-10(Fri)

サンタクロースはやってくるのか

ウチの子どもたちは、いまだにサンタを信じているらしい。
上の子などは、ふりをしているだけだろうと高をくくっていたら、どうもそうではない様子。
そろそろ気がついて欲しいんだけど・・・

私が子どものときは、プレゼントどころか、クリスマスなんてものはやってもらえなかった。
おそるおそる文句を言うと、「うちは浄土真宗だ」と、家に仏壇もないくせにオヤジは言ったもんだ。

それもどうかとは思うが、それにしても現代の「サンタ教」もちょっと行き過ぎの気はする。
オヤジの弁ではないが、キリスト教でもない人間が、サンタだけ本気で信じているというのはいかがなものか。

とは言え、目に見えないものを信じる気持ちは大切だとは思っている。
目に見えないものはきっとある。でもそれは、絶対に目には見えない。
そういう感覚は、小さいうちからもっておいたほうがいい。

普通にそういう感覚があれば、目に見えないものを、あたかも見えるかのように言うカルトの胡散臭さを見抜くこともできるだろう。
そんな思いで、世間並みにサンタイベントもこなし、裏の神社へもときどき連れて行って二礼二拍一礼をさせたりもしている。

本当に大事なことは、目に見えない。
誰にも見えない。

ところが、サンタ教は向こうからやってきて、目に見える高価なプレゼントを置いて帰る。
やっぱりこれは良くない。
高価なプレゼントではなく、トールキンのようにサンタからの手紙を置いておくのならばいいのだけど。

日本人の中にある、「お上」意識を、子どもの頃から補強する結果になるのではないかと、心配だ。
なんだかこのサンタ像の源流は、ギブミーチョコレートにあるのではないかと疑ってしまう。
ディズニーランドと並ぶ、彼の国から施される愚民化政策である。


こんなことを考えてしまうのも、今、この国が試されているからだ。
65年間にわたり愚民化の施しを受け、洗脳されてきた日本の国民が、その「成果」として食い物にされるにまかすのか、それとも「我々の生活が第一」という旗を掲げて覚醒するのか。

昨年の政権交代は、たしかに覚醒の第一歩だった。大きな一歩だった。
しかし、惜しむらくは自分の足で進む一歩ではなかった。
向こうから来てくれる一歩だったのである。

まるで、サンタがやってくるように。

しかし、今このとき、もう向こうから来てくれるサンタはいない。
かんから菅民主党は、120%裏切りを決め込み、小沢グループを切って、自民党や公明党と手を結ぼうとしている。
一体、何のための政権交代だったのか。
だれから政権を奪うための、政権交代だったのか。

小沢待望論も、小沢一郎が助けてくれる、という他力本願である限り力をもたない。
土砂降りの雨のような猛烈な弾圧に晒され、仲間であったはずの民主党から最大の攻撃を受けている小沢一郎に、すがりついて助けてもらおうとか、サンタのようにプレゼントをもってきてもらおうなんて考えるのは、どうかしている。

今、日本人が試されているのは、自分の足と頭で動き、考えられるか、ということだ。
誰かが助けてくれるのではなく、自分はこう思う、こうしたい、こうする、ということを自分で決めて表明し行動すること。

小沢一郎が何かしてくれるから支持するのではなく、小沢一郎が弾圧され身動きできないからこそ支持する。
小沢グループが要職に就いているから支持するのではなく、干されているからこそ支持する。

かんから菅を含む敵は、この半年が勝負と考えているようだ。
4月の統一地方選挙までに、考えられる限りの悪行を尽くし、裁判過程とマスゴミ(デマゴーグ)は小沢一郎をとことん辱め、国民を絶望のどん底に落とし込もうと考えている。

怒りを通り越した無力感の海に国民を沈め、自殺者が6万人も9万人にも膨れあがる社会を作ろうとしている。
その絶望感が、ヒステリックな排外主義に暴発する国へと、日本を導こうとしている。

これからの約半年間は、経済的にも大混乱があるだろう。
アメリカ国際はするすると底なしの構えを見せている。
日本のマスゴミはあまり大きく取り上げていないが、ロイターやブルームバーグは大騒ぎだ。

半年間を、生き延びよう。
生命のみならず、気力を、希望を、怒りを燃やして、しぶとくしつこくしっかりと生き抜いてやろう。

サンタさんはプレゼントはもってきてくれないけれども、生きている私たちを見ている。
見ているのがサンタという名前のひげ面おじさんなのかどうかは誰にも分からないけれども、でも、私たちは、ひとりではない。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2010-12-08(Wed)

別件逮捕どころか別件起訴で冤罪を作る検察と裁判所

だれもがやっているような軽犯罪法で逮捕しておいて、殺人事件などの取り調べを行い、むりやり自白を引き出すのが、日本が世界に「誇る」別件逮捕だ。
冤罪の温床と言われながら、いつまでも続けられている。

ところが、最近は別件逮捕どころか、別件起訴という手法まであみ出されたらしい。

贈収賄で起訴できなかった政治家を、政治資金規正法という微罪で起訴し、裁判の途中でいつの間にか贈収賄事件に切り替えてしまうのである。

そもそも贈収賄で起訴できなかった事件なのにもかかわらず、公判の途中で切り替えるというのはどういうことか。
こんなことが許されるのであれば、検察はどんどん微罪で起訴し、公判中に切り替えるというインチキをやり始めるだろう。

陸山会事件:裏金提供の立証認める 公判前手続きで地裁
2010.12.7 毎日

この記事の中で、とりわけ意味不明なのが下記の部分だ。

(以下引用)

検察側は、石川議員らの公判前整理手続きの中で、4億円に水谷側の裏金が含まれるかどうかは明言していないが、1億円授受を立証することで「4億円には出所を明らかにできない資金が含まれていた」として虚偽記載の悪質性を強調する考えだ。

(引用以上)

4億円の記載が2ヶ月ズレたという容疑で起訴した事件で、水谷検察からのウラ献金を立証しようというのが検察の狙いなのだが、問題は「4億円に水谷側の裏金が含まれるかどうかは明言していない」ということだ。
そりゃそうだ。そんな証拠があるならば、あきらかに別事件になり、どっから見ても「訴因変更」ではなくなる。

にもかかわらず、どうやって検察は裏金を立証するのか。そもそもそんな裏金が立証できるなら、規制法違反のような微罪ではなく、贈収賄で起訴してたはずだ。
今からだって、起訴できる。

検察と裁判所の狙いは、立証して有罪にすることよりは、「裏金を立証する」と騒ぎ、マスゴミも「公判で立証へ」と書き立てることで、国民に「裏金有罪」のイメージを刷り込むことにある。

こんな記事を見ると、そう考えざるを得ない。

「ゼネコンから裏金1億円」小沢氏元秘書の公判で立証へ
2010年12月7日 朝日

ご丁寧に図解までしてあり、パッと見た人は、あたかも裏金が事実であるかのように感じるように書いてある。
検察も裁判所も、2ヶ月の期ズレだけではとても公判を維持できなくなるのが分かったので、判決はどうなろうと、公判の過程で「裏カネ」「立証」と大騒ぎして、マスゴミのイメージ攻撃の材料を提供しようというのである。

そして、裏金は立証できなくても、最後には期ズレだけの規制法違反で有罪にすることで、まるで「裏金で有罪になった」と国民に思わせるつもりなのだ。

すっから菅内閣が自己崩壊しつつある中で、日ごとに高まる小沢待望の声を前にして、検察も裁判所もマスゴミも、総掛かりで小沢潰しにかかってきた。
検察審査会による強制起訴も、なかなか前に進めず(当たり前だが)、このところややおとなしくなっていた小沢攻撃網が、ここに来て一挙に激化してきた。

最大の原因は、国民が小沢一郎に期待しているということだ。
その期待感に恐怖して、敵は一気に攻めてきた。

小沢一郎を好きな人も嫌いな人も、「なんやかんや言っても小沢しかおらんやないか」と思う人は、いま小沢一郎を支えるときだろう。
特段何もできないけれども、陸山会に入ること、「小沢一郎議員の民主党議員としての地位保全を求める署名」をすること、全国で続々とわき起こっているデモや集会に参加すること。

陸山会入会案内


小沢一郎議員の民主党議員としての地位保全を求める署名

残念なのは、デモを最初に企画したグループが分裂したらしいという話。
責任感と思い入れが強いからこそこうした企画を始められたのだろうし、また、その思い入れの強さ故に分裂してしまうのかもしれない。

こうした大衆的な運動は、あまり物事を突き詰めない方が良いと私は思う。
小沢を首相に! とか 検察を解体せよ! とまで言ってしまうと、角が立つ。
でも、勢いで口にしたくらいでは、イチイチ角を立てない。

そんな気分を表現するデモや集会でもいいのではないか。
もうちょっと、「いい加減」にやりませんか と言ったら怒られるか・・・

とにかく、今はケンカしている場合じゃない。
少なくとも、小沢一郎に向かっている刃は、私たち一般国民に向けられている刃でもある。
そのことだけは、間違いはずだ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2010-12-07(Tue)

バタバタ、イライラ、カリカリ、オロオロ、ヘロヘロ、無様な高野孟論説

倒れそうで倒れない?菅政権 ── 倉重篤郎の少数意見に賛成する
という高野孟の論説は、政権交代をつぶす第三の勢力を代表するものと思われる。

高野はこの論の最後に 「バタバタ、イライラ、カリカリ、オロオロ、ヘロヘロ、無様な日本人」という意味不明の一文を記しているが、これはそっくりこの高野論説に冠しておきたい。

高野の論旨は以下の通りと私は理解した

①菅や仙谷は打たれ強いので政権は簡単につぶれない

②小沢一郎は無責任で意欲も使命感もない

③菅はアメリカに素直だがそうなってほしくない

④仙谷の官僚人脈でうまく官僚をコントロールしている

④菅政権の政策は原理的に正しい

⑤自民党は復活しない

事実と事実誤認と願望がない交ぜになり、意味不明の文章となっている。
それでいて、一見すると、庶民の味方のような体裁だけ繕っているところが、第三勢力の所以である。

アメリカと高級官僚を中心とした既得権勢力(悪徳ペンタゴン)が政権交代をつぶした第一勢力。
民主党前原派をはじめ、政権交代を簒奪した民主党内裏切りグループが第二勢力。
ところが、これらの人気があまりに悪く、産経の世論調査で小沢首相待望論がトップに躍り出たように、国民が騙されないことを見て登場したのが、一見国民の味方のような顔をした第三勢力だ。

この高野論文で、もっとも論理破綻しているのは、⑤自民党の復活はない ということの理由として、自民党が小沢一郎の理念「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」に対置するものが無いから としている点だ。

小沢が政治的に未熟で責任感もやる気もないと言うのであれば、その理念に対置するものがあるかどうかなんて、どうでもいい話ではないのか。
官僚とよろしくやる仙谷の存在が政権維持の要諦であるのならば、小沢理念は自民党の復活には何の関係もないのではないか。

ここで高野孟は、小沢の理念は正しいが、小沢一郎という個人はダメだ、という流れを作ろうとしている。
その一点のために、むりやり支離滅裂な文章を書いている。

もうひとつ高野孟の無責任ぶりを吐露しているのが、この一節だ。
「私は、ずっと前から、かつて学生運動・労働運動で戦って今悶々としている中高年世代は普天間阻止の座り込みに行って死ぬべきだと言って歩いている。」
ならば、元共産党員で、こんな悶々とした文章を書いている自身が、普天間で死ぬべきだろう。
人に死ねとか言っている場合ではない。
だいたい、他人に死ねなんて言えることじたいが、無責任さ加減を示してあまりある。

その上で、高野孟を擁護するならば、THE JOURNAL では、平野貞夫氏をはじめ様々な論評を掲載していることは評価できる。
だが、これも「正義の味方」を偽装するための仮の姿であるのか無いのか、慎重に見極める必要がある。

こうした高野孟のような論議は、これからアチラコチラで始まるだろう。
「国民の生活が第一」を旗印にした人々は、騙されないように気をつけよう。

小沢一郎という政治家は、もどかしいほどにリアリストだ。
具体的な次の一歩を考えて進む。
具体的な一歩と、あるべき理念との間には必然的にギャップがある。
そのギャップを「嗤うのは簡単だが、それですまされるかどうか。」である。

私は、陸山会にわずかばかりの会費を払ったからといって、小沢一郎の理念に全面的に賛同するものではない。
けれども、「国民の生活が第一」というスローガンを考え、掲げ、政権交代を成し遂げた小沢一郎という政治家を支持する。
この期に及んで菅政権の倒閣に動かないリアリズムにイライラしながら感嘆する。

感情的には、とっとと菅政権打倒で動いて欲しいと思いながらも、現実的には「倒閣」は真の敵の思うつぼであることも理解できる。
というか、倒閣運動のターゲットになることが、菅政権に割り振られた使命なのだろう。
とことん悪さをして、政権交代なんて二度とゴメンだと国民に思わせることが、菅政権に与えられた仕事なのだ。

この菅政権を前にして、どう対処するべきなのか。
こんな難しい話はないが、冷静に考えれば、倒閣運動は菅政権にとって願ったり叶ったりなのだということが分かる。
倒閣運動を起こさせ、それを蛙の面にしょんべんで受け流し、ますます国民を絶望させる。それが菅政権のおつとめだからだ。
その憎まれ役を引き受けることで、総理大臣の椅子を手に入れたのが菅直人という人間だからだ。

この菅政権の使命にとって、ひとつだけ重大な問題がある。
反菅感情が高まるほど、小沢待望論が高まることだ。
これは敵にとって致命的な欠陥である。

それを防ぐために、小沢理念と小沢個人の分離をはかる詭弁が登場した訳だ。
高野孟がどこまで自覚的にその役割を演じているのかはわからないが、客観的には中心的役割を果たそうとしている。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2010-12-03(Fri)

日米安保条約を破る日米同盟

いつのころからか、日米安保条約が、いつの間にか日米同盟と呼ばれるようになった。

てっきりマスゴミがかっこつけて言っているのかと思っていたら、とんでもなかった。


孫崎享氏がツイッターで端的に指摘している。


長島議員の外交安保現実派の勝利宣言twitの紹介がありました。[党の外交安保調査会での防衛大綱見直し提言が政調役員会で原案通り了承された。安堵。それにしても、外交安保現実派が党の大勢を占め、我が党も成熟してきた。非常に心強い]

日米1:30日毎日:前原外相:日米同盟深化 普天間問題切り離し、普天間問題より 重要な「日米同盟深化」は何なのか。「深化」一見いい響き。どんでもない内容。『日米同盟の正体』で日本は今安保条約を破り同盟を築こうとしている、そのことを多くの日本人が気付いていないと指摘。今その流れ加速

日米2:安保条約賛成の人も反対の人も今一度安保条約見て欲しい。第一条「国連の目的と両立しないいかなるものも慎む」第六条日本及び極東の平和及び安全に寄与するため」。地域と行動に縛り。これをとっぱらうことが「深化」。2005年「日米同盟:未来のための変革と再編」で「世界の安全保障

日米3:環境の変化に同盟を適応させる選択肢(考察)」し「国際的安全保障環境の改善のため行動(このことは国連憲章の武力攻撃がある場合から大きく逸脱」を決定2005年は「変革と再編」、今前原氏「再編(普天間等)」なくても「変革」。何故この危険を議論しない?、成熟しつつある民主党に

日米4:期待できない。大手マスコミに期待できない。左派はあいかわらず安保反対と言っている。どこに力がでてくるのだろう。1960年自民党と外務省が正義と思った一線が今破られつつある。前原氏が加速しつつある。私も静かに本の執筆にでも力を注ぐ時期にきたかもしれない。

日米5:今考えると小泉総理の「自民党ぶっつぶす」意味が理解出来る。自民党そのままだったら60年安保条約維持派もいる。日中尖閣棚上げ派もいる。日米同盟深化にロートル自民党は無理だったのだ(宮沢氏等)ただただ同盟深化に走る組織があればよい。勿論小沢氏も不要である。全くうまく動いてる


(引用以上)

自民党は、この日米安保から日米同盟への衣替えができないから、アメリカに見捨てられたという孫崎氏の見立てはするどい。

では、クーデターで政権を簒奪した民主党(前原派)は、日米関係をどうしようとしているのか。

下記の報道を見るだけでも、ひっくり返るようなことを言っている。
砲弾こそ発射していないが、北朝鮮の砲撃にも匹敵する暴挙だ。


防衛大綱:提言案を了承 民主調査会
2010.11.29 毎日

 ◇防衛大綱への民主調査会提言案要旨
 民主党外交・安全保障調査会の防衛大綱に向けた主な提言案は次の通り。

【冒頭】「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」の報告書と問題意識を共有

【南西方面への対処】「基盤的防衛力構想」と決別し、「動的抑止力」を充実▽旧式装備の戦車や火砲の大幅削減▽島しょ防衛に即応した機動的防衛力の強化▽海空自衛隊の警戒監視能力の強化

【人的基盤】自衛隊全体の若返り

【武器輸出三原則の明確化】1967年の佐藤政権の原点に立ち返り、輸出の例外を認める場合は、完成品の海外移転は平和構築や人道目的に限定▽国際共同開発・生産の対象国は抑制的に▽相手国と第三国移転等に関する基準と体制を整備--の3基準で厳格管理

【国際平和協力活動】国連平和維持活動(PKO)の参加5原則見直し▽自衛隊海外派遣を随時可能にする一般法は時間をかけ議論

【官邸機能の強化】国会議員を中心とする「国家安全保障室」(仮称)創設

(引用以上)

①専守防衛を捨て、②自衛隊を増強し、③武器輸出を進め、④いつ何時でも海外派兵をやり、⑤日本版CIAを強化する。

前原一派がやろうとしていることは、そういうことだ。

ここまでくると、どう言いつくろっても「自衛隊」ではない。「日本軍」だ。
しかも、米軍所属の。

もともとの日米安保だって私は賛成しないが、それでも、それは日本の憲法9条を前提にしていた。
ところが日米同盟は、日本軍を前提としている。
アメリカ軍の指揮下で世界中で血を流す日本軍 というものが、日米同盟の実体なのである。

日米同盟の深化とは、即ち憲法9条の改憲であり、米軍所属日本軍の創設のことだ。
そのことが、日本では余りにも知らされていない。

マスゴミは意図的に隠すからどうしようもないが、ネット情報でもまだまだ充分とは言えない。
もっともっと周知徹底する必要がある。


日米同盟を認めてしまったら、沖縄はまたもや日本の捨て石にされ、辺野古や泡瀬や現存する広大な米軍基地を押しつけられ続ける。それは、直接は「日本」から強制される。

日米同盟を認めてしまったら、ありとあらゆるものが、日米同盟に沿っているか反しているかで判断されるようになる。民主主義ではなく、軍主主義または米主主義になり果てる。


日米安保条約は、腐っても国会で批准されている。
樺美智子さんや多くの犠牲を踏みにじって批准されている。

が、日米同盟は、形式的にすら日本国民の同意を得ていない。
外務省と防衛省の官僚が、勝手に決めただけのものだった。これまでは。

国民のコンセンサスを得ていない官僚同士の取り決めだった日米同盟を、国会の場に引っ張り出し、どさくさに紛れて国会承認してしまおうというのが、敵の狙いだ。
こんなことを マンマと許してしまってイカン。

民主党(前原派)を打倒しよう。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


自由党 近畿ブロック
国民の生活が第一!
KINKILOGO.png
自由党
jiyutoulogo.jpg
山本太郎となかまたち
bnr_nakamatachi.png
生活フォーラム関西
なんとしても政権交代を!
20140723-3.jpg
ひとびとの経済政策研究会
松尾匡氏ら気鋭の経済学者による  政策提言と勉強会
ひとびとの
カレンダー
11 | 2010/12 | 01
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
リンク1
貴重な情報をいただいています
(順不同)
リンク2
ブログ内検索
twitter
田中龍作ジャーナル
20140723-4.gif
マガジン9条
パレスチナ・オリーブ
パレスチナで作られたオリーブオイルやオリーブ石けん。これはお勧め。
palestineolive.jpg
RSSフィード
blogranKing.net

カウンター
最近の記事
プロフィール

明月 こと 山岸飛鳥

Author:明月 こと 山岸飛鳥
木の家プロデュース 明月社 主宰
一級建築士
趣味 キコリ 畑
取り柄 貧乏
Email : info@mei-getsu.com

明月社のアルバム
明月社の作品や家づくりのアイディアなど ちょくちょく更新しています
アルバムLOGO
木の家プロデュース明月社
ホームページをリニューアルしました
meigetsusha.jpg
明月社へのご連絡

名前:
メール:
件名:
本文:

明月社 facebookページ
六甲菜園ブログ
郊外楽園プロジェクトの六甲菜園
rokkou-sides.jpg
おすすめの本
こんな時代だから、お薦めしたい本。アフィリエイトではありません。

自伝的戦後史(羽仁五郎) jidentekisengosi.jpg

おすすめの本 2
日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか

nihonhanaze.jpg

おすすめの本 3
日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか
nihonnhanaze2.jpg
おすすめの本 4
世界超恐慌の正体

sekaichoukyoukou.jpg

おすすめの本 5
そして、日本の富は略奪される

sositenihonnno.jpg

おすすめの本 6
コンクリートが危ない

conclete.jpg

おすすめの本 7
家を建てる。家づくりはたたかいだ

iewotateru.jpg