2012-01-30(Mon)

原発を巡る情勢の変化に要注意

原発をめぐる情勢を すこしばかり整理しておきたい

目立ったはなしをいくつか

■■

福島にIAEA事務所
2012.1.28 産経

この記事では書いていないが、大阪日日新聞のトップ記事では、天野事務局長が驚くべき言葉を発していたことが書かれている。

「除染や使用済み核燃料の処理の問題に関してはウィーンの本部で扱うが、現地と連絡を密にすることができる」と意義を強調した。

この「使用済み核燃料の処理」ということについては、他のネット上の記事にも一切出てこない。
が、そのことが一層IAEAの狙いを明らかにしている。

細野大臣が、ド厚かましくも福島に汚染物質の中間施設を と言っているのは、表向きは事故でばらまいた放射能についてのことであって、使用済み核燃料のことではない。あくまでも表向きは。

ところが、IAEAの狙いは、除染と使用済み核燃料の処理であると、天野は口を滑らしてしまった。
大手マスメディアは、すかさずこれを隠したけれども、地方新聞はそのまま報じてしまったのである。

世界で唯一、使用済み核燃料の最終処分場があるフィンランドのオルキルオト。しかしここは、アメリカの使用済み核燃料も、核軍縮でありあまったプルトニウムも処分することはできない。
のどから手が出るほどほしいのは、自由に処分できる核の処分場だ。

言うまでもなく、IAEA事務局長の天野は「あらゆる戦略的な重要決定について、断固として米側に立つ」絶対の忠誠を誓った男である。
この天野が、わざわざ「使用済み核燃料の処理」が福島に事務所を設置する意義なんだと強調したのだから、その狙いが何であるか、火を見るより明らかだ。

■■

エネ政策、前原氏ら講演で見解

2012.1.21 毎日
前原氏は今後のエネルギー政策について「原発を減らし、省エネ化を進めるともに、再生可能エネルギーなど代替エネルギーの多角化を図っていく必要がある」と指摘。

前原が飯田哲也とともに講演し、そこでこんなことを言ったらしい。NHKのニュースはすでに削除されているが、「日本のような非常に狭い細長い地形の国で、原発のリスクはあまりにも高い」てなことまで言ったと報じられたようだ。

日本の政治家の中で、もっともアメリカの意向をストレートに表現するであろう前原が、半年前とはうって変わって脱原発かのようなこと言い出した。デモや署名運動が効いてきたのではという意見もあり、まったく否定はしないけれども、そんな簡単な問題ではないだろう。

昨年11月の時点では、いわゆるジャパンハンドラーズの代表格であるCSISのセミナーは、こう言っていた
「脱原発は核管理揺るがす」
つまり、なんとしても脱原発なんて許さん という姿勢だった。

ところが、年が明けるとセミナーの講師でもあったジョセフ・ナイは 
「日本が原発への依存を減らしていくと、国家としての力が失われるという見方もあります。」という問いに
「そうは思わない。エネルギーがどうやって生成されるかというよりも、日本経済が成長するかどうかにかかっている部分が大きい。」
と答えている。

他にも
「原子力は再生可能エネルギーと並んで、二酸化炭素を出さずにエネルギーを生み出す希望の一つだった。ただ、いまエネルギーの世界での大きな変化の一つは、米国内でのシェールガスの発見と開発だと思う。」
などと、明らかに原発に関しては方向を転換したことをうかがわせている。

■■

こうした、福島のオンカロ(核の最終処分場)にしようという動きと、アメリカのジャパンハンドラーズが脱原発を容認するかのような発言を始めたことは、リンクしている。

連中は、日本の原発利権村とはイコールではない。処分場が作れるのであれば、原発利権村をあるていど切り捨てることもあり得る ということだ。

そうした視点をもって、原発の動向を見ておかないと、「脱原発依存のために、福島に最終処分場を」というながれにあっさりと持って行かれるような気がする。
なにせ、この地震と津波の国の海岸線に原発を作り続けたのは、このためだったのだから。

原発推進の正体は「日本列島を核の墓場にする計画」だったのではないか


「フクシマを核処分場にする計画」を改めて検証してみる

ここでは 詳しく書かないので、まだ読んでいない方は上記記事を見ていただきたい。
ちょっと長いけれど

■■

原発国民投票に関して、まだあれこれの議論が続いているようだ。

基本的な決着は、IWJの今井一氏に対するインタビューではっきりしたように思う。
批判はあるべきだけれども、難癖や誹謗中傷のたぐいは、あきらかに何らかの意図を持っていると思われる。

一番問題になっていた「原発を2022年までに停止」という文言については、まず賛成か反対かという聞き方をして、次に反対の人に即時か段階的かを聞く という方式にしたいとのこと。
私はこれで問題ないかと思う。

細々したことを言い出すとキリがないが、私はこうしたときには明確な判断基準がある。
よりシンドイ道を選んでいる方はどちらか、よりシンドイ立場の人に気持ちを寄り添っているのはどちらか。

そう考えると、原発国民投票を非難する人たちの言説は、あまりに独りよがりであり、ためにする議論であることが多い。理論的には、正しいことをいっている場合もあるが、どうも橋下徹と気脈を通じているのではないかと疑いたくなるくらい、品性に問題ありという気がしてならない。

今更言うまでもないが、私が少しだけ手伝った大阪市の住民投票を求める署名は、株主として自分の問題として原発を考えよう、判断しよう という呼びかけだった。それに6万人以上が答えてくれた。

これは、官主導で脱原発依存(みたいなもの)に進もうとしている時には、とても大きな意味がある。
かつて、戦争の責任を自分たちで自覚できなかった日本人が、いままた原発の責任を自分たちの手で裁くことなく、お上の手で勝手に処理されてしまうことは、トンデモ無い禍根を残すことになる。

単なる原発の可否にとどまらない、日本と日本人の歴史の問題だ。

ただし、国民投票を大きなうねりとしていくことはいいけれども、その時に、「脱原発と引き替えに、福島をオンカロに」という取引に応じてはいけない。
それは、脱原発、反原発の心をもっている全ての人に言いたい。

そんな後ろめたい脱原発は、新たな災いをもたらすことは間違いない。
原発のことをふくめて、自分たち未来をつくるための選択なのだということを、忘れないようにしたい

■付記1

みんなの党が提出した「エネルギー政策の見直し及びこれに関する原子力発電所の継続についての国民投票に関する法律案」と、今井一氏らが始めた「みんなで決めよう原発国民投票」を、意図的に混同させようという発言が目に付く。

「国及びその機関を拘束しないものとする」という結論が明記されたみんなの党の法案と、原発国民運動や、まして都民投票とはまったく別物。


■付記2

またまた唐突、本文と無関係ですが、構造見学会のお知らせ

2012年2月5日(日) ①11:00~ または ②13:30~
大阪府堺市西区鳳南町 (JR阪和線 鳳駅から徒歩15分)
いわゆる郊外ではないけれども、屋上に庭を確保した住宅です

家が完成してからでは見ることのできない 吉野杉を使った構造体を見ることができます。
希望される方は、info@mei-getsu.com (@を半角に)まで連絡先等をお送り下さい。折り返し詳しい場所などを送付いたします。



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2012-01-26(Thu)

郊外楽園プロジェクト 再考 & 構造見学会お知らせ

一昨年の末にこのブログで「郊外楽園プロジェクト」を提唱し、それを読んで集まってくれた数人の仲間と何とか実現しようともがいてきた。

郊外楽園プロジェクト
(その他の関連記事は、右サイドメニューで郊外楽園カテゴリーをどうぞ)

しかし、いかんせん本業というか生業の合間の片手間になるのは致し方なく、なかなか思うように進めることが出来ずに、1年以上が経ってしまった。

しかも、その間に3.11がおき、世の中は決定的に変わってしまった。
郊外楽園で想定していた、あまり良からぬ未来社会が、一足飛びに最悪の形で目の前に立ち現れた。

気持ちばかりが焦って、頭の回路はどんどんこんがらがっていった。
それでも、なんとか気持ちを立て直すことができたのは、六甲菜園のお陰だった。

六甲菜園のブログ

8人の仲間と交代で管理したお陰で、夏の盛りもなんとか雑草や虫と共存して野菜を収穫することができた。
何よりも、土をさわることがこんなにも気持ちを強くしてくれるものかと、改めて実感した。
郊外楽園を唱えながら、今ごろそんなこと言っているのか と思われるだろうが、これが正直なところ。

もちろん、家庭菜園程度で食糧が自給できるわけではない。以前の記事を書いたときに計算してみたが、実際は全食糧の10%も賄えれば上等なほうだ。それ以上にしようと思ったら、コメも作ってニワトリや豚も飼って、という話になってくる。

食糧10%エネルギー80%自給 脱原発な家づくり


兼業農家ならぬ兼業サラリーマンや兼業フリーランスでは、とてもじゃないが100%自給はできない。それでも、やはり土から収穫するという作業は、心を支えてくれる。それは、兼業だからこそ感じることなのだろう。

そんなこんなで、たぶん方向は間違っていない、という思い込みだけを胸に、一年間右往左往してきた。自分の歳も大台に乗ってしまい、暦の年も変わってしまった。
いい加減ここらで、結局自分が何がやりたいのか、確認したおきたい。

■■
テーマの「郊外楽園プロジェクト再考」は、一から考え直すという意味ではない。
しつこく何回も同じことを繰り返しながら、らせん的に少しずつ進んでいこうという魂胆。

で、何がやりたいのかというと、あんまりオカネを使わずに楽しい生活をしたい ということ。
なんや、拍子抜けするような話だけれども、これが本当にやりたいこと。

だいたい根っからの貧乏性だから、カネを使って楽しむという習慣がない。カネを使っていることそのものに緊張してしまい、ちっとも楽しくない。
だから、畑で土触っていたり、海でただ浮いていたりするのが、一番楽しい。

それと同じ気持ちで、住まいということも考えたい。
あまりお金を掛けない、というのはどっちみちかかってしまう程度の金額で、ということ。
楽しくというのは ・・・・・自立と共生 ってこと。
冗談じゃなくて。

自立というのは自分の頭で考えるという意味で。別の言い方をすると、他人に理不尽な強制をされないということ。
強制されるのはストレスだし、そのストレスから逃げて慣れきってしまうのは惨めすぎる。

共生というのは、命を実感するということでもある。実は共生という言葉は好きではない。命は他の命の収奪で成り立っているのだから、本当はその業のようなものを感じるということ。
どこまでが許されて、どこからがNGなのか、判断できるようにすること。

それは、人間の関係で言うならば、食いっぱぐれる者がいないということ。
完全な平等は難しすぎてどうしていいか分からない。搾取したりされたりも、無くすことはできないだろう。
でも、すくなくとも、死ぬまで生きられないようなことはNG。命と引き替えに人としてさげすまれるようなこともNG。

言葉で書くと堅苦しくて楽しげじゃないけれども、じっさいはこうした環境は楽しいんじゃないだろうか。
ストレスをゴマカスための快楽はないけれども、ストレスを感じない快さや楽しさはある。

もちろん、これは個人的なライフスタイルで実現できることではない。それは承知の上で、少しでも近づけるように生活スタイルをつくっていきたい。

■■
こうして書いていると、しょせん金持ちの道楽じゃないのか という批判もある。
確かに、全然カネがなくては実現できない。一人暮らしの家賃を払うことすら厳しいという最近の若者から見たら、道楽に見えるかも知れない。

この点は、ゴメンと言うしかない。郊外楽園プロジェクトは、ポスト団塊ジュニアに象徴的な、潜在的な失業問題に応えるようなレベルにはない。
そこで「食っていく」ことが創出できれば、そうした展望も見えてくるのだが、今のところ、ある程度安定的な収入がある人を対象にしている。そういう人たちが、今の仕事を失わずに郊外楽園生活を送れるようにしよう というプロジェクトだ。

とは言え、普通にマンションや建て売りを買って3000万以上のローンを抱えて一生を追われることに比べると、格段に身軽である。
私のように年齢も大台に乗ってしまうと、たとえ1500万でも重荷だが、40歳までであれば、20年ローンでもアパートの家賃程度の負担ですむ。
だからおよそ1500万円、マックス2000万円の総予算で郊外楽園生活は実現したい。

それでも、ローンを抱えるよりも賃貸のほうがもっと身軽じゃないかという意見もある。
たしかに身軽なんだけれども、賃貸の場合は家賃を払えなくなったら、そのまま路頭に放り出される。

ローンだって払えなくなったら競売に掛けられて同じことなんだけれども、ローンの場合はまだしも銀行と交渉の余地がある。安値で競売するよりも、利子だけでも返済した方が銀行にとって得だと判断されれば、自己破産しても家には住み続けている例もないことはない。
そして、何とか20年払いきれば、老後の住処が確保される。

何よりも、自分の家であれば自分の好きなようにできるということも大きなポイントだ。
ビニールにくるまれた家で暮らすということは、私には耐えられない。
作りは犬小屋が大きく頑丈になったようなもので結構だが、材料だけは木や紙や土なんかに限る。

かくして、通常の半額くらいで、菜園がある木の家で暮らせることに なるはずだ。

■■
郊外楽園はいいなあ と思っても、一人(一家族)で実行するにはちょっと勇気が要る。菜園もうまくできるかどうか分からない。敷地も大きすぎる場合がある。

そんなときは、コーポラティブという方法がある。
簡単に言うと、土地の共同購入、共同利用だ。一戸建てのマンションと言っても良い。

例えば、300坪の土地は持て余すけれども、6人で共同購入すれば一軒当たり50坪。
普通の分譲では菜園を作ると50坪ではちょっと狭い。が、コーポラティブであれば屋外空間を共用できるので、充分な広さを確保できる。

また、同好の士で集まれば、菜園作りにも精が出るというものだ。

コーポラティブについては、以前の記事でも書いたので参照していただきたい

これからの家づくり ②
これからの家づくり ③ 


■■
ところが、簡単に話は進まない。
というのは、こんな郊外楽園スタイルに格好の土地がそう簡単に見つからないからだ。

いや、土地はいくらでもある。
郊外の(元)ニュータウンやその周辺に。それは、私が最初に郊外楽園プロジェクトについて書いたとおり。
無機質なひな壇造成のニュータウンを、菜園生活で生まれ変わらせたい という思いもあった。

それは変わらないのだが、現地に何度も何度も足を運んで感じるのは、やはり人を拒絶するかのような(元)ニュータウンの塀と擁壁だ。ここで暮らしても、面白くないなあ という強烈なイメージがある。
その拒絶イメージを払拭するだけのパワーを郊外楽園プロジェクトが持つためには、しばしの実績が必要。それまでは、拒絶タウンではなく、土地自体に楽しいパワーのある場所で進めたい。

そんな感じで土地を探すと、これがあるようで意外とない。
実は郊外楽園を言い始めるよりも ずっと前からそんな土地を探してきたけれども、どうしても決め手に欠ける。
というか、ある条件の人にはすごくいい場所 というのはたくさんあるのだけれども、最初の事例にするにはどうしても自信が持てない。

例えば、今でも郊外楽園を地でいっている人がたくさん住んでいるような地域もある。それも、大阪駅まで1時間もあれば通勤できる距離でありながら、100坪の土地が300万円くらいで。

ただし、車が必需品で小学校がむちゃくちゃ遠い。例えば、私が住めるかというと、カミさんは仕事を辞めなくてならないし、毎日子どもを学校に送り迎えすることになりそうだ。
この街で知り合った方も、奥さんが車でご主人を毎日駅まで送迎していると言っていた。

などなど、一定の条件をクリアーすれば、素敵な場所はあるのだけれども、どうしてもそれは特殊解になってしまうことが、ずっと引っかかってきた。

もう一つ土地の条件で難しいことがある。
郊外のニュータウン周辺には、実は探せば手頃な土地はある。ところが、そういう地域は開発調整区域といって、建物を建てられない地域に指定されているのである。

そういう土地は資材置き場用地とか菜園用地 なんていう名目で売り出されている。
これはいい と思っても、どう足掻いても家は建てられない。

何とかならないかと、唸りながら探していると、行き当たるのは別荘地だ。
別荘といっても、白浜とか軽井沢という本格的な保養地ではなく、おそらくはバブルの時に作ったであろう、中途半端な別荘地がたくさんある。

例えば、三田市と篠山市の中間などには、それらしき場所が点在している。
JRの駅からも車で15分程度の距離のところもあり、通勤しようと思えばできないことはない。

が、別荘地の生活感のなさは、時間と共にボディーブローのように効いてくるのではないかと思う。
やはり、遊びに行くところと生活するところは違う。
それに、通勤圏と言うには、少し離れすぎているということもある。

最後に、というかいくらでも情報が流れているのが田舎暮らし物件と言われるもの。
奈良県の宇陀や、兵庫県の丹波篠山方面などでは、立派な古民家がお安く手に入る。
がしかし、なんと言っても遠い。大阪まで通勤には、うまくいって2時間。

昨年は半年間くらい、週一で篠山市の現場に通ったが、これを毎日通勤するのは、ちょっとお勧めはできない。

こうした壁に何度も何度もぶつかりながら、1年以上の月日が経ってしまった。
でも、もうこれ以上はウロウロしているわけにもいかない。今年は、具体的な案件をきっちりと進めたい。

■■ 見学会のお知らせ ■■

唐突ですが、構造見学会のお知らせ

2012年2月5日(日) ①11:00~ または ②13:30~
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2012-01-24(Tue)

「核の墓場」に反対しない脱原発には要注意

こんなニュースが流れているのを見て、ふと気になった

IAEAがストレステスト検証へ 来日調査団が評価会合
2012.1.23 日本経済新聞

実際は下のNHKニュースにあるように、IAEAはテストの検証はしない。テスト結果を保安院が審査した、その審査の”方法”だけを検証するだけ ということをIAEA自身が、わざと明確に発言している。審査”内容”の検証ですらないらしい。

IAEA 運転再開は日本の判断で

2012.2.23 NHK
(IAEAの)団長は「私たちの調査は、テストの審査方法が適切かを判断するためで、原発の運転再開は日本政府が責任をもって判断すべきだ」と述べた


あきらかにIAEAは、原発の再稼働について他人事のように突き放している。
原発推進の親玉であるIAEAとしては、違和感のある対応だ。

日経新聞などのマスメディアは何とかしてIAEAに原発再稼働のお墨付き と報じたいようだが、IAEAは「うちは責任取らないよ」と明言。突き放している。
イランを見ても分かるとおり、IAEAはその気になれば強大な権力。にも関わらずこの態度はなんなのだろう。

この報道を見て、私はずっと気になってきたことが、やはりそうかも と思わざるを得なかった。
ひょっとすると、原発を巡る対立軸を再考するする必要があるかもしれないということ。
どういうことか。

原発勢力も一枚岩ではない。国内の原子力村は、もちろんこれまで通りの原発推進を願っているのは間違いない。
しかし、日本のご主人様である米国もそう考えているのかはわからない。IAEAの突き放した態度を見ていると分からなくなる。
もし米国が日本の原子力政策について方針を転換したのであれば、原発村の連中は安泰ではない。

だからと言って、それが所謂「脱原発」を意味しているわけではないことも明らかだ。
IAEAの態度から透けて見えるのは 「今や、日本が原発を辞めようが続けようが、どうでもいい」 ということではないか。
なぜか?

なぜIAEA(≒米国)が日本の原発をどうでもいい と考えるのか。それは、アメリカにとって日本の原発とはなんだったのか ということにつながる。
一つは軍事的核武装という問題。
そしてもう一つが、核の墓場の準備 という問題だ。

地震大国日本の海岸に原発を並べておけばどうなるか、米国という外の目からはよく見えていたはずだ。
TSUNAMI が国際語になるほどのこの日本の海岸に だ。

福島の「事故」は最初から見えていた。見えていなかったのは、一部の洗脳されていた連中だけであり、洗脳する側からは、はっきりと分かっていたはずだ。

つまり「やっと起きた事象」だった。

この辺の詳細は、以前の記事を

原発推進の正体は「日本列島を核の墓場にする計画」だったのではないか

「フクシマを核処分場にする計画」を改めて検証してみる

今や、米国の関心は「核廃棄場」であって、原発ではないとすると、場合によっては、肉を切らせて骨を断つ作戦に出てくる可能性もある。

「核廃棄場」と引き替えならば、日本の原発を止めるという作戦をとってくる可能性もまったくないとは言えない。
原発村の利権は、原発輸出である程度辻褄をあわせつつ。

22日の毎日新聞の記事を筆頭に、最近になってマスメディアの論調が少しずつ変化しているのも気になる。

この国と原発:第4部・抜け出せない構図

2012.2.23 毎日

確かにいい記事だとは思うのだが、疑い深い私としては、単純に脱原発の勢いと喜べない。

脱原発の人々も口をそろえて、福島に核廃棄場をつくれと言う。
他に場所がない以上、福島第一原発の近くに、核廃棄物は埋めるしかない と誰も彼もが口にする。
しかたない と。

もちろん、全国に放射能を撒き散らせというのではないが、福島に核廃棄場をつくることこそが、なんの合理性もない原発を推進してきた真の目的だったのかも知れない ということを忘れるべきではない。

ふくいちを処分場にするのであれば、そのまえに、まず東電の施設と、経産省と文科省と、その他の膨大な原発推進の下手人たちに受け入れさせるべきだ。責任を取らせるべきだ。

それなしに、福島を核処分場にしたとき、なし崩しの悲劇が始まる。
米国にある100基の原発からも、核兵器削減で大量に余ったプルトニウムも、福島の地下を目指して押し寄せてくる。

もちろん、最初は「ぜったいにそんなことはしない」 と細野は言うだろう。
しかし、鋭い追及と対立の中で言わせた言葉でない限り、そんなことばの有効期限はほんの数ヶ月だ。

だいたい 中間処理施設が、永遠に中間処理施設になる=最終処分場になることは火を見るよりも明らかだ。
それを心の中では分かりながら、おずおずと認めてしまう脱原発運動では、日本は核の墓場にされてしまう。

そのことを ぜひ、脱原発を考える全てのひとに考えていただきたい

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2012-01-14(Sat)

原発住民投票をめぐっての議論 まとめ

原発住民投票を巡って、ツイッター上では賛否、というか罵詈雑言にちかい言説までが飛び交っている。

何が問題で、敵はどこか 見失ってはいけない。
私のツイートを とりあえず、備忘録としてまとめておく



原発住民投票について、負けたら再稼働推進になると心配の方へ。それでは、関連自治体の選挙で反原発を主張するのもダメですか? 一騎打ちで負けたら承認でもうお終いですか?

原発住民投票の是非で対立することの愚。どちらの陣営にも多くの原発反対派と、少数の温存派がいる。少数に多数が踊らされている。
投票の賛否を縦軸とするならば、全基即時停止か否かが横軸。横軸で割るべきなのに、縦軸で割ってどうする

私は署名活動手伝いましたが、批判する人の気持ちも分からないではない。批判派の中の確信犯(原発温存派)はごく一部のはず。その一部を叩けばいいのであって、感情的な対立は不毛です RT @*******: 原発国民投票について批判するならお前は何をやっている?

原発住民投票の手伝いをして意義を認めている私でも、もうひとつの「国民投票」のほうの「段階的に閉鎖していき、2022年までにすべて閉鎖」は明らかに間違いと思う。
原発国民投票(住民投票じゃないほう)。「「即時」という表現は時限を切っていない」というのなら、投票成立後6ヶ月以内でもいいはず
ちなみに住民投票条例案でも2022年とは書いていないが「中長期」という文言は削除すべき

私が原発住民投票に批判的なことを書くと、鬼の首を取ったような反応があるかも知れないが、「だからダメだ」「謀略だ」という決めつけではなく、何がいいのか議論しすべき。議論の余地がないのなら仕方ないが、まだ議論は始まってない

現実的に言うならば、住民投票も国民投票も、原発はアリかナシか というシンプルな二者択一にすべきだろう。最大公約数でくくらなければ、意見があっても投票できない人が大量に発生してしまう

原発国民投票の問題点を指摘しつつ、しかし、彼らを「敵」と決めつけるのは反対。中には敵もいるのだろうが、それは反対陣営にも同じことが言える
両陣営の対立はナンセンスであり、対峙すべきは各陣営共に潜む原発温存派をあぶり出すこと

原発再稼働の是非を問うのが、確かに一番いいのだけれど、再稼働はもっと切羽詰まっていて住民投票のような運動では間に合わない。
だから、国民投票のほうは「原発があってもいい」「原発無くすのがいい」という二者択一しかないと思う

一方、大阪市と東京都の住民投票については先ほどの発言訂正する。こっちは日程がほぼはっきりしているので、あってもいいとか無くしていくべきとかではなく、「稼働してもいい」「止めろ」の二者択一でなければ意味がない

ただし、大阪市、東京都の住民投票でも、細かい条件はつけるべきではない。稼働OK vs 稼働停止。これは止まっているのの再稼働についても、稼働中のものの停止もひっくるめ。

繰り返しになるが、原発国民投票派と批判派が、まともな議論も経ずに敵とかバカとか言い合っていることが何よりもオカシイ
国民投票を謀略というならば、こうした言論つかみ合いこそ謀略ではないかと言いたくなる。どちらにも言いたい

当たり前のことなんだが、再稼働は今日明日に差し迫った問題。住民投票で対処できることじゃない。しかし、だから住民投票は意味がないというのもナンセンス。それぞれの運動が必要ということでしかない。
なぜ、それがイガミあう?? 少なくとも匿名であしざまに言葉を投げるのはやめるべきだ

@********* 確かにそうですね。でもいつの世でもマスメディアは権力者のモノです。それをかいくぐって、何回も敗北しながら段々強くなっていくしか、庶民が生きていく道はないんだと思っています。
直接の答えではなくてすみません。

原発国民投票に反対している方にお願い。国民投票を推進している人のなかに原発温存派がいるのならば、実名で出してもらいたい。可能性は否定しないし、本当ならば運動を支持する立場から糾弾したい。
ただし、その逆もあることはお忘れなく

原発の段階的廃止 という主張は社民党や共産党も同じ。これがいいとは言わないし、即時停止を言うべきだと思う。が、だからと言って、社民や共産が原発温存派だとは思わない。
なぜ国民投票運動だけが「敵」扱いされるのか。

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2012-01-11(Wed)

橋下徹が原発住民投票署名の5万筆をドブに捨てようとしている

案の定、橋下徹は異常に発達した舌先を駆使して言い逃れを始めた

橋下市長「原発住民投票に5億円かける価値ない」
20112.1.10 朝日 

原発住民投票@大阪市に関わってきた人たちの中にも、橋下徹が脱原発だから住民投票条例が通るのではないかと思っていた人もいるだろう。
だが、これで完全に目が醒めたはず。橋下徹は何よりも「自分の頭で考える住民」が嫌い。
橋下の脱原発はポーズにすぎないことを肝に銘じよう

原発住民投票@大阪市を潰すために、橋下徹は、古賀茂明氏や飯田哲也氏を担ぎ出すらしい。
もしこれに乗るようであれば、古賀氏や田氏もニセモノということ。

橋下がこういう言い逃れと論点外しに出ることは予想済み

http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-1129.html

橋下に期待していた脱原発の人びとが、橋下の狡さを心底実感するだけでも、署名活動の意義は大きい。
次のステップへつながるからだ。


私は2007年から「CO2温暖化は原発推進のための詐欺だ」と言ってきた。

http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-448.html

また、日本の原発建設は最終処分場建設が真の目的だろうと睨んでいる。

http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-1011.html

疑い深さでは人後に落ちない。

その疑い深い私だから、原発住民投票のリスクの大きさは真っ先に考えた。その上で、盛り上がりつつある運動に砂を掛けるべきなのか、大きな「小さな一歩」として応援すべきなのか。私は後者だと判断した。
基準は「自分の頭で考えものを言うためのステップになるかどうか」 

原発住民投票はこちらのリスクも大きいが、推進派にとっての恐怖はより大きい。だから橋下は予算を理由にやらないと言っている。
小出先生とか児玉教授とか、誰かがなんとかしてくれる ではなく、名も無き1人1人が動き出すことに、敵は恐怖する。恐怖するから反動も大きくリスクもある。

原発住民投票の最大のリスクは、投票で負けることではなく、争点をズラされること。
今回の請求署名では「原発稼働の是非」を問うているが、「原発依存の是非」などのアイマイな選択肢に歪曲される危険性。橋下はまさにこれをやろうとしている。

たしかに5万筆余りの大阪市民の署名が橋下市長によってドブに捨てられるかもしれない。
それでも、運動は結果だけじゃない。1人1人が実感を持ってステップを踏み出せるかどうか。リアルの運動が絶滅危惧種になている日本で、新たな一歩を作っていけるのかどうか。

逆に言うと、この住民投票の結果がどうなったこうなったくらいで「もう終わりだ」なんて言ってるようじゃ、巨大な原発利権と渡り合うなんて出来ないんじゃないの ということでもある。
仮に結果が負けでも、やる気の人間が残れば「勝ち」 とも言える。

橋下にしても、本音ではびびっているはずだ。まさか1ヶ月で、拇印まで必要なややこしい署名が5万数千筆も集まるなんて考えてもいなかっただろう。
しかも、政党も労働組合もつかわずに だ。

橋下のような、庶民をバカにしてだまくらかすことを得意とする連中は、そのバカなはずの庶民が自分の声を上げることを、極端に恐れ、嫌い、排除しようとする。

少なくとも大阪市に関しては、署名運動の次のステップは、この橋下のペテンとの対決になるだろう。

ただし、原発住民投票をねじ曲げて利用しようという動きは、橋下徹はもちろん、他にも当然あるわけで、警戒は必要。
いたずらな内紛はよくないが、脱原発という名の続原発を目指すものはあぶり出されてくるだろう。

(以上、ツイートを加筆訂正)

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2012-01-07(Sat)

原発国民投票@大阪 署名期間はあと2日

原発の賛否を住民投票で決めよう という運動が、東京都と大阪市で行われている。

http://kokumintohyo.com/


東京都は東京電力の、大阪市は関西電力の大株主であることから、住民投票で都・市の態度を決めようという趣旨だ。
有権者数の2%の署名を集めると、議会で「住民投票をするかしないか」の議決が行われる。

私もほんのすこしだけお手伝いした大阪市のほうは、署名数自体は今夜にも法定数に達しそうな勢いだ。
しかし、乗り越えなければならない山はまだまだ高くそびえている。

最近、同様の住民投票が話題になったのは名古屋市だ。河村市長が市議会を解散するために呼びかけたあれだ。
覚えている方も多いと思うが、選挙管理委員会が大量の無効票を作り出し、一度は無理矢理に法定数に達しないことにされた。
それを、一筆一筆異議申し立てをして、気の遠くなるような努力で復活させ、成立に持ち込んだのである。

今回も、大阪市がどのようなことをしてくるか、想像に難くないだけに、提出してからも大変だ。

さらに今回の署名は、リコールの署名とは違って、法定数に達したからと言って自動的に住民投票にはならない。
市議会で可決される必要がある。

これまで、住民の過半数(!)の署名を集めても、議会が否決して住民投票が行われなかったこともあるようだ。

[国民投票/住民投票]情報室 より)
 これまで、数多くの住民投票条例の制定を求める直接請求が議会によって葬られてきました。たとえば新潟県小国町では有権者の実に57%、愛媛県大洲市で は53%、あの大都市・神戸市では26.7%(30万人以上)の署名を集めました。しかし議会は5分でこれを否決したのです。
 [国民投票/住民投票]情報室は従来から、住民投票制度の法制化に向けて活動しています。一定の署名数が集まれば必ず住民投票ができる仕組みです。現在、リコールなどでこのシステムが使われています。
(引用以上)

大阪市議会の会派別の人数は、
大阪維新の会  33人
公明党          19人
自由民主党    17人
民主党        9人
日本共産党     8人
合計      86人

43票取るには、維新の会と公明党の出方次第ということになる。
橋下にすれば、「自分たちは賛成したけれども否決された」という結末が最も望ましいので、公明党が反対すれば維新は賛成に回るかも知れない。
逆に、公明が賛成すれば、橋下徹お得意の詭弁・論点ずらしを全開にして、結果として反対に回る可能性が高い。

おそらくは、「日本の民主主義は代議制なのだから、市の態度は現在の市議会が決める」と言って、玉虫色のエセ「脱原発」決議を市議会に上げさせるだろう。
関電の株主としてはなんの意思表明にもならない、言葉だけの脱原発ポーズでお茶を濁して収束宣言だ。

だから、あの舌先が異常に発達した橋下徹に逃げ道を残さないように、「関電の筆頭株主としてどうするのか」という一点を追及しなければならない。

そんなこんなで、橋下が言い逃れできなくなって市議会を通ったとする。
となれば、今度は莫大な物量を投じた「原発継続キャンペーン」が待っている。

テレビと新聞を総動員して、電力会社の財力と影響力の全てを投じて「原発継続」キャンペーンが繰り広げられることは間違いない。

しかも、単純な「原発は安全」とか「原発は必要」という正面からの肯定論にはならない。
「原発は嫌だけど、直ぐには止められない」とか「原発は危険だけど、今の暮らしを捨てられない」という、「しかたない」という点に賛否の分岐点をもってくるに違いない。

さらに、原発反対派には相当の妨害がなされるだろう。
今日も、とあるショッピングセンターの前の道に出たところ、制服のポリさんが二人も自転車でやってきて 「道路使用許可はもっているんでしょうね!」「当然 持ってますよね!」と威圧的に私に迫ってきた。
なにを言っているのか分からずに、はあ?という感じの私に、やたらと「許可」「許可」と繰り返すのである。

私の知っている道路使用許可は、建物の棟上げの時にレッカー車を一日道路に停めたりするときに取るものであって、俺はレッカー車のわけないやろ と思いつつ数歩の距離であるショッピングセンターの敷地まで引っ込んだところ、ポリさんはしばらく周辺をジロジロしてから立ち去った。

今、ネットで調べると、大阪府道路交通規則の15条にこう書いてある。

道路において、人が集まるような方法で寄付を募集し、若しくは署名を求めること

しかし、私は1:1で話しかけていただけで、「人が集まるような方法」はまったくとっていない。
でも、こんな条文は知っているわけもなく、残念ながら制服ポリの圧力に負けてしまった。

あるいは、へたに条文を知っていて口答えしたら、「言い訳は署で聞こう」と引っ張られたかも知れない。
それに、署名活動ていどで、わざわざ制服ポリが飛んでくるということ自体異常だ。

署名の段階でこれなのだから、いざ住民投票になったら、さらにエスカレートするのは目に見えている。
こうした弾圧には、柔軟に対応しつつも、気持ちの上で負けることなく、逆のエネルギーにしていくくらいの勢いがなくては住民投票は乗り切れないだろう。


■■ それでもスゴイ署名活動

こうした艱難辛苦がまだまだ待っているのだけれども、それでもなお、今回の署名活動はスゴイことだったと思う。

ショッピングセンターでの署名が終わったあと、中心メンバーの一人の方と少しコーヒー飲みながらお話しさせてもらった。
その方の知る限りでは、今回の署名活動に、政党も労働組合も関わっていないという。

個人的に所属しているひとはいるだろうけれども、組織票をまったく使っていない。
その活動家のノウハウも使っていない。
だから、やり方は下手なんだけれども、その意味はとてつもなく大きい。

ほんとうにアメーバのように寄り集まってきて、頑張る人はめちゃくちゃ頑張って、私のようにチョビチョビッと手伝う人もたくさんいて、ここまで盛り上がってきた。

政党や労組が、普通に暮らす人が声とあげるルートではなくなって久しい。
むしろ、阻害要因になっていることも多い。
ネット上はともかくも、リアルで声をあげる機会が皆無であったこの国で、今回の署名活動は、本当に大きな意味があると思う。

とくに大阪は、有名人の応援すらほとんどなかった。
山本太郎さんだけは何度か来てくれて、それは大きな弾みになったけれども、署名じたいはまったく無名の人々が、寒さに震え声をからして集めてきた。

組織票や有名人のネームバリューなしで、ここまでやれるんだということは、私も正直びっくりした。
おそらく中心メンバーの方々は不眠不休に近い状態でやってくれているのだろうと思う。

私自身は、ほんの数回、実際の声を聞きたくて参加した程度。
梅田、難波、天満 などに行ってみて、通りかかる人たちに「原発がいるかいらないか住民投票で決めるための署名です」とお願いした。

だいたい5分間で1人くらいが書いてくれる。
生年月日から拇印まで必要な署名だから、かなりはっきりした意志がないと書いてもらえないので、これは結構な確率だと思った。

感じたことは、目を見て話しかけて反応してくれる人は、7割以上の確率で書いてくれる。
それと、若い人の反応はあまりよくない。スーツ姿はほぼ全敗。
ここでは書ききれないが、とにかく色んな実感をもらうことができた。

■■ あと2日

1月9日が最終日。
あと2日
事務局は少なくとも5000筆は余裕がないと、無効票が出るだろうと見ている。

数もそうだけれども、私はこの機会にぜひ一度署名活動に参加してみることを勧めたい。

興味はある、言いたいことはある。けど、リアルに踏み出すのはちょっと・・・
と思っている人は、このブログを見てくれている人の中にも多いはずだ。

そんな方に、ぜひお勧めしたい。
無理して風邪引くほど頑張らなくても、1時間でも2時間でも行ってみるといいと思う。

このページの下の方に、あと二日間の署名活動場所が出ている

http://kokumintohyo.com/osaka/

ふらっと立ち寄って、手伝います と言えばやり方は教えてもらえる。
ぜひとも、体験してみてほしい。


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2012-01-05(Thu)

「なんとかなる」カルトから目覚めるには

新年にあたって、今年の課題のプライオリティーを考えたい。問題のコアは間違いなく原発であり放射能だ。矢継ぎ早に繰り出される悪政の全てがこれに絡んでいる。
一方、主体的な問題は、これほどの惨禍を前にしてなぜ日本人がこれほど温和しいのかということ。

温和しすぎる日本人は、ここまで来るとマスメディアの情報操作のせいだけとは言い難い。長年にわたる経済成長と自民党支配によって「なんとかなる」信仰に取り憑かれている。矢面にさえ立たなければ「なんとかなる」と根拠もなく信じ切っているカルト。

日本人に根深い「なんとかなる」カルト。だから逆に「なんとかならない」現実を突きつけられるとポッキリ逝ってしまうという面もある。
小泉や橋下のように誰かが矢面に立って独断専行で改革して「くれる」ことには熱狂的に支持する。目立たないように手を叩いていれば「なんとかなる」

日本人が「なんとかなる」カルトから目覚めない限り、低線量被爆のなかでモノも言えずに税金だけむしり取られ、悲惨な近未来が待っていることは間違いない。
しかも敵は、いつか目覚めたときのことをすでに対策し、共謀罪を成立させ、組合を壊滅させ、裁判所ですら法を踏み越え始めている。

被爆を強要に怒る人々を筆頭に、一部の「なんとかならない」と考える者たちは、「なんとかなる」カルトに侵されている人々の心の平和を乱す敵として、石持て追われる運命だ。すでにそれは始まっている。
この回り始めてしまった歯車を、どこで反転させることができるのか。

次の段階の悲しいストーリーは、おそらく、福島の被爆者と被爆したくない全国の「脱原発」の人々の対立が仕掛けられる。今、為政者の頭の中にあるのは、どうやって福島の人たちに補償「しない」かだ。状況証拠は完璧な人々に「証拠がない」と言って補償を拒否するにはどうしたらいいか。

これから数年~数十年にわたって放射能で病気や死亡する福島の人たちに「科学的証拠がない」と言って補償しないためには、全国の人々が福島を見捨てるように仕向けるしかない。
今、東京でこれ見よがしにガレキを燃やしているのは、そのための前振りに他ならない。

東京などで、見せしめのようにガレキを燃やすのは、福島の人々と都市部の人々の連帯をぶちこわすため。
形ばかりの除染で我慢して、世界中の核廃棄物を受け売れながら住み続ける住民を美談に仕立て、被爆させるなと主張する福島の人たちを、「他人にガレキを押しつける悪者」にしていく。

被爆を拒否する福島の人たちを「悪者」にするのは、被爆を拒否する都会の住人だ。

敵は、少なくとも数年後までのストーリーを読み切って進めている。政府はチェルノの教訓を生かせ なんて言う人がいるが、チェルノブイリの教訓を「生かして」いるのは、実は敵のほうなのだ。

犯罪者に「犯罪の教訓を生かせ」なんて言うような心優しい人々の集まりが、今、バラバラな小グループに分断されながら強大な敵と対峙している。
そして、本当は当事者であるところの圧倒的多数は、「なんとかなる」カルトに侵されたまま、自ら海に飛び込むネズミのように歩を進めている。

この流れを、どうしたら変えることができるのか。
それを考えると、夜は眠れない

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2012-01-01(Sun)

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