2012-09-25(Tue)

手遅れにならないうちに

と言っても、すでに手遅れなんじゃないかという不安は打ち消せない。
でも、ここで絶望するわけにいかない。どこかに活路を見いだしたい。

■■

尖閣では台湾と海上保安庁が鬼ごっこ。
あ、こんなこと書くと「まじめ」な愛国者に虐められるかも。しかし、しょせんヤラセの海上ショーに過ぎない。
そう簡単に挑発に乗らない中国。自分が先に手を出したんじゃないというタテマエを作りたい日本。
業を煮やした”興行主”が台湾をけしかけたのだろう。

今日のショーはともかくとして、では尖閣開戦は無いのかというと、おそらくそんなことはない。
とくに、11月7日の大統領選でオバマが再選されたときは、かなり危ない。
中東(イスラエル)からの足抜きを画策するオバマは、イスラエルロビーに協力にねじ込まれ、シリアでは予想外の強力な抵抗に遭い、リビア大使館襲撃事件まで引き起こされて、抜きかけた足を中東に戻さざるを得なかった。
結果、ロムニーに先行されていた支持率をかなり戻して逆転している。

しかし米国は、巨額の軍事費を抑えることで財政を建て直さざるを得ない。
なにせ、連邦予算を一律10%カットする、という「トリガー条項」がすでに発動されているのである。
今のままいくと、予算制限法によって最終的には10年間で8500億ドルの国防予算を削減しなければならない。年間国防費を遥かに上回る額であり、年あたりにしても10%どころではない。

この状態だけを見ても、金のかかる泥沼の中東から手を退いて、金のかからないアジア重視に移行したいというオバマの戦略は「論理的」なものだと言うことがわかる。
中東オイルにほとんど依存せず、さらにシェールガスの大量生産に踏み切った米国は、実のところ中東に直接の利害はない。
ただ、米国が中東から退けば、イスラエルは生き延びることができない。悪行の数々を謝罪して大きな妥協をすれば、もしかしたら共存の可能性はあるのかも知れないが、いずれにしてもこれまでのようなイスラエルであり続けることはできない。

オバマは、「温和しいイスラエル」+「アラブの春」で沈静化させた中東をNATOに押しつけて米国は手を退く、という戦略をとらないと、財政破綻すると考えているはずだ。
一方で、米中の2大国体制を基軸にしようとしている。アジアについては中国の覇権を一定認めた上で、米国のプレゼンスと優位性は保っておきたいという、ある意味虫のいい話だが、これが一番金がかからず、経済的にも有利な戦略だ。

なぜ金がかからないかというと、中国は、イスラエルや中東のようにいとも簡単に戦争を始めることはしない。
にらみ合いや駆け引きはあっても、実戦の可能性は格段に低い。
そして、米国のヘソクリがアジアの海には浮かんでいる。JAPANという名の。

日本人は、日本の財産は日本のものと思っているかも知れないが、米国はそんな認識はしていない。
67年間投資をして増やしてきた自分たちのヘソクリだ。
100兆円も米国債を買わせるのも当然だし、300兆の郵政資金を吸い上げるのも当然だ。そう思っている。

最近はカネばかりじゃなくて軍隊も立派になって、「アジアは君たちに任せる」とそそのかしたら、アジア太平洋に展開する米軍の肩代わりをやる気になっている。もちろん手弁当で。
こういうリーズナブルな子分が中国の隣にいるというのは、米国にすればもっけの幸い。67年間飼ってきた甲斐があったというものだ。

このへんを(私とはまったく反対の立場から)詳しく解説している記事 → アメリカの国防予算削減議論ワシントンで沸騰中(WEDGE)

■■

しかし、米国にも不安はある。67年間いちども実戦をやったことのない自衛隊が、イザと言うときに米国の肩代わりができるのか。で、ちょっとやらせてみようと計画されたのが、尖閣騒動だ。
石原慎太郎は、本当に実戦になるとは思いもせずに、息子の人気取りのために購入すると言い始めた。
それを、巧みに利用したのが野田だ。唐突に国有化と言い始め、あっという間に実施してしまった。

こんな重大なことを、日本が米国に無断でするわけが無く、むしろ指示されてやったとみるべきだ。
「右翼の石原が買うよりも国が買った方が中国を刺激しない」などとまことしやかにマスコミは書いていたが、そんな訳ないだろう。
募金で都が買うのと、税金で国が買うのと、どちらが重いか、小学生でもわかる。

あとは予想通りの展開だ。
ただ、中国がかなり慎重で、なかなか領海に入ってこないし、人民軍は影も見えない。
「自衛」のタテマエがある日本軍は、なんとか人民軍がちょっとでも領海侵犯しないかと、ワクワクドキドキしながら待っているのだが、中国はさすがにそう簡単に挑発に乗ってこない。

■■

この状態が何時までも続くのかというと、やはりいつかは暴発するのではないかと思う。

先に書いた大統領選の結果と、日本の総選挙の日程にも関連してくる。
オバマが勝って、年度末に解散総選挙という話になってくると、一気に緊張は高まる。

来年度になると、新党にも政党交付金が入る。今年も、地方交付金は差し止めても政党交付金は期日通りに払っている。
民自公の宿敵にして、究極の貧乏政党「国民の生活が第一」にも、数億円の資金が入る。
たぶん、その前に解散総選挙をやるだろう。

尖閣が火を噴くとすれば、その直前だ。
年末にドンパチが始まって、正月には右翼が大フィーバー。年が明ければ、まるで米国の9.11直後のような空気に。
戦闘自体は、直ぐに米国が仲裁に入るふりをして終結。自公民維新は、救国内閣とか称して大同団結、大政翼賛会と化して選挙を戦う。

そのシナリオで考えると、選挙後も野田内閣になるのではないかという気もする。
ここまでの悪行に耐えられる、強靱な悪人は実はなかなかいない。
並の悪人では、安倍晋三のように腹を壊して投げ出すのがオチだ。

自民党は旧来の財界から右翼の担当。
民主党は連合、解放同盟などの既成団体担当。
本当は犠牲になる立場なのに自覚のない大衆は維新の担当。

強力な選挙協力で、絶対多数を獲得。
首班指名は、出来レースで野田再選。

そんなシナリオが、着々と進行しているような気がする。

■■

国内では、無慈悲な放射能は人間をむしばみ続けている。
地面から、空気から、食べ物から。

福島はもちろん、東日本のかなり広汎な地域が汚染されている。
人が住むような場所ではなくなっている。

 → 静かなるアウシュビッツ

そこからの避難・移住を計画するどころか、汚染を撹拌(除染とも言う)したり、汚染地を広げることばかり熱心に行って、半数近い子どもたちの甲状腺に異常が出ているにもかかわらず、被曝の影響は無いと言ってはばからない。
今の日本はそういう国だ。

尖閣がどうしたとか騒いでいるが、国民が本当に危ないときには、決して助けてはくれない。

そんなこの国を変えるにはどうしたらいいのか。
一度ぶっ壊して作り直すのでないかぎり、選挙でまともな議員をたくさん送り込むしかない。
国民投票も市民運動も必要なことだけれども、予算と権力を握っている国を動かさなければ
どうしたって田作の歯ぎしりになってしまう。

たしかに、これまで政治には失望させられ続けてきた。
ついに実現した政権交代までが、見るも無残な最後を遂げてしまった。

市民運動を続けてきた人たちから見ても、ごく少数の例外を除いて、議員という人たちが如何に食えない存在か骨身にしみているだろう。
保守とか革新とかの別なく、言うだけムダというあきらめを感じている人も多いはずだ。

でも! もういちど、もういちど賭けてみたい。
ここで諦めたら、地獄に向かって向かう列車の中で絶望的な努力、誤解を恐れず言えば自己満足の努力を続けていく以外に為す術が無くなる。

 → 国民、人民、市民、大衆、民衆 なんでもいいけど、生きてる人間の生活が第一

政治を市民の手に!
その一番の近道は、もの言う市民と議員(候補)とが徹底的に討論することではないだろうか。
これまで、ありそうでなかったこの企画。
議員は一段高いところに登って、市民は半ば諦めて という関係を打破したい。

市民の実感・実践・経験を議員(候補)にぶつけて、自分たちの代表を「作る」こと。
この当たり前のことが、これまで偽装民主国家日本では行われて来なかった。
逆に言うと、それに耳を貸すような議員はほとんどいなかった。

しかし、この逆境は、チャンスでもある。
自公民維の大政翼賛会のまえに苦渋をなめる野党議員にとっては、今こそ本当の代表になるチャンスでもある。
そこにしか、活路はない。
このままいけば、間違いなくばたばたと討ち死にし、絶滅危惧種と揶揄されることは間違いないのだから。

もの言う市民、もの言いたかったけどどうしたらいいかわからなかった市民、そうした人びとと共に闘う選挙運動。
そのきっかけになる運動が求められている。

■■

これまで、市民運動と政治活動をつなぐ立ち位置で運動を続けてこられた団体が関西にもある。
陸山会裁判と検察の腐敗を糾弾する御堂筋デモなどを決行してきた 市民が訴える!大阪宣言の会
多くの政治家や識者のセミナーを精力的に企画してきた 政治と生活を考える会

また、私のようにネットで政治的な言論を続けている人も多い。中にはかなりの影響力を持っている人も少なくない。

そうした仲間が集まり、とりあえず次の選挙までの期間限定プロジェクトができないかと、現在密談中。
(あ、言ってしまった)

口が滑ったついでに、名称は、「政治を市民の手に!プロジェクト」

具体的なことは、近日中に発表します。

一緒にやろう という人はぜひ!

政治家に言いたいことを言う、納得できれば少しでも動く。
そんな方を募集します。(とりあえず関西圏)

何がどこまでできるかわからないが、絶望以外の未来につながる道を探したい。
手遅れになる前に




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2012-09-24(Mon)

日本は平和 て思いますか?

このところ睡眠不足が深刻なので、手短にメモを

日本では時々飛んで来る○○組の鉄砲のタマ以外は弾丸が飛び交っているわけではない。尖閣も竹島も今のところ戦火は上がっていない。
じゃあ、日本はまだ平和なのだろうか?

なんで日本が内戦になっていないのか。それは、実弾をぶち込まなくても国民が言うことを聞くからだ。まだかろうじて日本人は貯蓄がある。もうしばらくは生きていける人が多い。(いけないひとも多いが)
だから、グローバルスタンダードで言えば内戦になるようなことを強要されても、温和しく従っている。
日本が内戦になっていないのは、それだけの理由だ。

でも、あと3年もすれば状況は一変する。
食っていける人はごく少数になり、「いつかクラウン」の幻想は木っ端みじんに吹き飛ぶだろう。
山下俊一の安全教にすがっている人たちの中からも、残念ながら被曝障害は顕在化してくる。
貧困と放射能による集団殺戮が隠しおおせなくなったとき、温和しい日本人はどうするのか。

その時に向かって、今からできることをしよう
2012-09-14(Fri)

国民、人民、市民、大衆、民衆 なんでもいいけど、生きてる人間の生活が第一

「生活」というワードでグーグル検索しても、「国民の生活が第一」は出てこない。トップページはおろか、10ページまで探しても影も形もない。
このことの深刻さを、当事者の国民の生活が第一党のみなさんはわかっておられるだろうか??

SEOをやれとかそんな話ではない。グーグルに出てこないと言うことは、人口に膾炙していないということだ。ネット上には生活党の支持者が比較的に多いにも関わらず。
たしかに「生活」は広いキーワードだから、いきなりトップは無理だとしても、容易に探せる程度の順位では出てくるものと思っていた私は、少々ショックを受けた。

因みに、「反戦」と検索すると、数年前からこのブログが2位に出てくる。ウィキペディアの次だから、実質的なトップだ。
これは、いかに日本に反戦運動が存在しないか の証明みたいなものだ。
書き続けている者としては、上位に出てくるのはうれしいが、このブログがトップではあまりにもお寒いというものだ。

反対に「家づくり」で検索した場合は、かなり長い間上位には出てこなかった。
だいたい3ページ目くらいだったのだが、ここに来てトップページの下の方に表示されるようになった。これは、足かけ8年間続けて書いてきたこと、日に1000から2000人くらいの方がアクセスしてくれたこと、それに伴って被リンクが多くなったことなど、いろいろ要因は考えられる。

それにしても、「家づくり」というのビッグワードでトップページに出るのは、アドワーズなどでカネをかけてやろうとしたらかなりの額になる。
ウチのような「家づくり」のことなどほとんど書かない一介のブログでも、それなりに多くの方の目に触れイジってもらえれば、検索に上がってくるのである。

だから、たかがネット検索ではなく、それはどれだけ人目に触れ、話題になっているかの指標なのだと思った方がいい。「生活」で「生活党」が、まったく影も形も出てこないという事態は、やはり深刻なのである。

■■

ちょっと視点を変えてみよう

日本で生きている人びとにとって、自分たちを集合的に言い表す言葉が、実は無いということをご存じだろうか。
英語ならば、さしずめ PEOPLE にあたる言葉が、日本にはない。

government of the people, by the people, for the people は 「人民の人民による人民のための政治」と訳されるから、たぶん人民が近いのだろうが、人民解放軍などかなり政治的な色づけがされてしまったので、 PEOPLE と同義では使いにくい。

市民というのもよく聞く。が、これまたどうもイメージができてしまっている。誤解を恐れず有り体に言えば、お行儀のいい都会のホワイトカラーやインテリ層を想定しているようで、これまたとっても使いにくい。
言葉のそもそもの意味からして、市は都市の市であり、第一次産業とはなじみがよくない。
もっと言うと、 PEOPLE は例えば受刑者だって除外されないが、市民はどうだろうか。

大衆ってのもある。週刊大衆ではない。
これはこれで、少数の支配者が多数の被支配者をひとからげにして見下している言い方に聞こえる。
たしかに、そうやって支配する少数と支配される多数という関係は実在しているのだから、一番実態に近い言葉なのかもしれない。沖縄の社会大衆党という政党名にも、そんなことが反映されているのかも知れない。
それしても、大衆とクチにしたときの、ほのかに人バカにしたような響きは消しようがない。

似たのに、民衆という呼び方もある。大辞林の解説によれば、民衆は大衆よりも、より被支配階級という意味が強いのだそうだ。そう言えば、民という字は、目を針で刺す様を表しており、奴隷を意味するという話を読んだ記憶がある。なんぼなんでも、奴隷ではいやだ。

「なんで国民を出さないんだ」というお叱りの声が聞こえてきたので、最後に「国民」を考えたい。
国民の生活が第一の「国民」。

当然ながら、国民はどっかの国の国籍を持っている人の集まりということになる。だから、概念と言うよりは法律用語だ。国籍のない人は含まれないし、他の国に移籍すれば国民じゃなくなるし、国が無くなったり変わったりすれば消滅する。
逆に、国籍はあっても日本を離れてほとんど関わりも無い人は、国民であっても日本の PEOPLE ではない。

強制的であれ好きこのんでであれ、古今東西、所属する国が変わった人びとは数知れず。でも、国籍が変わっても生き続けているし、場合によっては支配者だけが変わって自分たちは何も変わっていないということすらある。
PEOPLE は 国という制度よりも先に存在し、生きている人間集団のことであり、 PEOPLE=国民ではない。

PEOPLE にあたる日本語がない。
これもまた、深刻なことだ。民主主義とかいっても、実はその主体を呼ぶ言葉さえないのだ。
言葉がない、ということは、それが意識されてこなかった ということ。
日本というところは、それくらい江戸時代のマンマなのである。

■■

そうは言っても、何か言葉を決めないと話が進まないので、便宜的に国民という言葉を使うことにする。
政治の話をする以上、国という枠組みの中で考えざるを得ないからだ。

2007年に小沢一郎が「国民の生活が第一」というスローガンを掲げたとき、これは画期的だと思った。
その当時はまだ私も、小沢一郎といえば「豪腕」「金権」というマスメディアの流すイメージで見ていたから、このスローガンにはとても驚いた。

それでも最初は、政権を狙う保守政党が「国民の生活が第一」なんて言うのは人気取りかな、と半分疑ってかかっていた。でも、その後の経緯を見つつ、小沢イズムやらを読んでみて、こりゃ本気なんだなと思うようになる。

これまた誤解を恐れず言うならば、小沢一郎という政治家にとって、一番大事なことは民主主義の確立ということなのだろう。そのために、自分は必要な場所に立とうとする。
荒唐無稽な想像だが、もし社会党がフランス並以上に強くて、自民党が負け続けていたならば、たぶん小沢一郎は自民党を出なかっただろうし、「国民の生活が第一」なんてスローガンはクチにしなかっただろう。
(属国日本にはアリエナイ想定だけれども)

その思考回路が理解できたことで、私は今この局面では小沢一郎という政治家を信頼出来ると思うようになった。
それは、彼の政策や思想を全部肯定できなくても、ある大きな段階までは信用して任せられる、ということだ。
逆に言うと、「国民の生活が第一」という状態がかなり達成できて、国民が自分たちのことを自分たちで決めるという意識が定着してきたときには、大きな分岐はある ということでもある。

改憲や軍事のことになれば、やはり私は小沢氏の主張に頷くことはできない。
前にも書いたが、私は「自衛隊は国際災害救助隊に再編すべき」と真剣に考えているし、今の天皇は親父の過ちを謝罪した上で、財団法人皇室博物館の館長になって独立採算で身過ぎ世過ぎしてもらいたいと本気で思っている。

そんな私のような人間から、天皇陛下のもとに日本軍を再興すべきというような人間まで、「国民の生活が第一」には集っている。
それでいいのだ。

国民というときに、他国民への排外主義や差別がそこに含まれてさえいなければ、国民の生活が第一というスローガンは結びの要になることができる。

■■

そのようなすばらしいスローガンを、そのまま党名にした「国民の生活が第一」が、しかし今、国民の目から消えかけているように見える。

一方で、マスメディアが無視黙殺キャンペーンを始めたということ。あきらかに、自民、民主、維新 以外の党名をクチにするのはタブーになっているようだ。
あれだけネガティブキャンペーンで、クチを開けば小沢の悪口ばかりを言っていたマスメディアが、小沢のオの字もクチにしない。

9月26日には控訴審が開かれるし、今までだったら小沢「被告」と被告をひどく強調しながら連呼していたものだが、まったく音無の構えだ。
悪名は無名に勝る。そのことに、敵の方が気がついたのである。

他方で、「国民の生活が第一」党の広報作戦が弱い。弱すぎる。。。
隔日で動画配信する「小沢一郎チャンネル」はいい試みだと思う。が、なんで有料??
できたての党の考え方を国民に聞いてもらうのに、いくらNHKよりは安いと言っても料金を取る?
これは理解しかねる。

本気で聞かせたいのならば、無料はもちろん、コピーOK、転載OK、改変以外はなんでもOKで、じゃんじゃん拡散させなくては。ネットというのは、糸電話じゃなくて「網」なんだから。

資金のことで言うならば、これを有料で見るくらいの人のほとんどは、ビデオがあろうと無かろうと月に840円くらいのカンパは惜しまないはずだ。
ビデオ自体は無料にして、別途カンパ要請をすれば、かえって金額的には増えるかもしれない。
それが、ネットの世界の作法だと思う。

そうした、ネットの情報拡散力を恐れるからこそ、ACTAなんてものが登場してきた。
つまり、ACTAで規制しようとしていることをやれば、情報は広く伝達できるのだ。
(ヴィトンのニセモノを作れとは言っていないので念のため)

一番やってほしいのは、街頭。
6月の官邸前に、是非とも小沢氏に出てきてほしかった。それを書いたこのブログの記事は、ある議員さんが印刷して小沢氏に渡してくださったそうだが、残念ながら叶わなかった。

たぶん、小沢氏は自分で口べただと思い込んでいるのではないだろうか。
たしかに弁舌爽やかではないが、あの「私には夢がある」には、多くの聴衆が感動した。
駅頭にも人が溢れた。




これをやってほしい。
全国縦断街頭演説ツアーをぜひやってほしい。
小沢氏以外はなかなか人が集まらないかもしれない。それはそれで、いいではないか。
一人一人の政治家が、渾身の演説をする。その姿を、駅頭で、ネットで国民が目にする。

聖火のように全国各地で松明をリレーして最後は国会議事堂前の大集会、という形もいいし、ある一日を決めて全国100箇所同時開催 というのもいいかもしれない。
政策の中身はもちろん大事だが、企画力も大切だ。

■■

ここまでは、政治家への一方的な要望ばかり書いてきた。
もちろん、政治である以上、まず政治家が決然と立っていただかないかぎり何も始まらない。

その上で、国民は手を叩いたりヤジを飛ばしたりして、最後に投票にさえ行けばいいのか、という問題はある。
政治家は、国民の代表。すなわち、代理人なのである。代理でない本人は、他ならぬ自分自身なのだ。

これまでも選挙運動とか後援会とか、一般の人間が政治活動に関わる機会というのは無いわけではなかった。
が、あくまでも、政治家がお願いして動いてもらう、という形に過ぎなかった。

まずは、この形と意識を変えなくてはならない。
「先生と支持者」ではなく、国民と代表という本来の(でも今まで一度も実現したことのない)関係を作り出さなくてはならない。

そのカギは、双方向ということだと思う。インタラクティブ。
これまでは、政治家→国民 という一方的な流れしかなかった。これを変えるには、国民→政治家 という流れを作ることだ。
大きなヒントは、政治と生活を考える会の政経フォーラムで行っている「市民からの声に答える」というコーナーだ。

これまでのこの会のフォーラムは、政治家の講演を聴くことが中心だったが、前回から「市民からの声に答える」というコーナーが登場した。その場の質疑応答だけではなく、あらかじめ聞きたいことを参加希望者から募って、答を用意してきてもらう、という内容だ。

政治と生活を考える会は後援会ではないから、中には政治家が答えにくいような話も出てくるし、もっと目をむけて欲しいと考えていることを、こちらからぶつけるということにもなっている。
まだ端緒的な試みだが、こうした流れをもっと大胆に作って行くことはできないか。

もちろん、無責任な放言を聞いてもらっても時間の無駄なので、主体的に何かやろうという国民の声を、これまでのような陳情ではなく、提言として逆流させていくこと。
「提言を政治家に聞かせる会」 とか 「朝まで生討論」 とか。

個別のテーマについては、アクティブな国民、いわゆる市民運動家のほうが政治家よりも詳しいことが多い。
お願いレベルじゃなくて、政策提言をしっかりできるレベルの人たちがいくらでもいる。ここをつなぐ。

市民運動を長年やっている人は、たいがい政治にはクールだ。というか、ほとんど失望している。
だからこそ、この問題だけはなんとかしようとしてがんばっている。
この人びとの言葉に、政治家が真剣に学ぶという姿勢を持ってもらいたい。

はっきり言って、市民運動家がストレートに支援者になることはあまり期待しない方がいい。そんなに簡単じゃない。
でも、国民 → 政治家 という流れを確実に作り出すことができるし、運良く意気投合すれば、ものすごく強力な支援者になる。

また、市民運動はやってないし、語る言葉も多くは持っていないけれども、危機感を持って自分も何かしようと思っている人も少なくないはずだ。
こうした人たちの言葉を引き出すこと。お手伝いではなく、自分の活動を見いだしていくこと。
これはたぶん、徹底的に話し合うことしかないように思う。

政治家の方々は忙しい。だから、イベントがあっても分刻みで次の予定へと去って行ってしまう。
そこを何とか時間を作って、支持者・支援者の普段は言葉にならない言葉を引き出し、胸に刻んでいただきたい。自分の話を聞かせるのではなく、言葉を引き出してもらいたい。
自らの言葉を発し始めた支持者は、支持者の枠を超えて政治活動への一歩を踏み出しうる。

国民の側も、政治家の側も、いまだかつて実現したことのない「民主主義」に向かって、意識を改造していく必要があるのだ。
国民の代理の政治家と、政治をする国民。同時養成プログラム ってところだろうか。

もちろん、「国民の生活が第一」党の政治家に限らない。真剣にこうしたことをやってくれるなら、何党にかかわらず一緒にやって、お互いに切磋琢磨してもらえば良いと思う。国民もまた、多くの意見を聞くことで、なにが正しいのか見分ける知恵を付けることができる。

■■

こうした、民主政治家と政治国民を同時に養成するプログラムと、街頭企画、そしてインターネットも組みあわせ、
本気で「国民の生活が第一」を実現する、大運動を作って行くこと。
このくらいの展望をもってやらないと、小手先で後援会がどうとかやっても、たぶん民自公維の大政翼賛会には歯が立たないだろう。

生活党のみなさんが、どのような戦略を考えているのか、私にはうかがい知ることはできないが、かなりの危機感をもって検討していただきたい。

唐突だが、放射能を安全だ安全だといって被曝を強要する山下俊一という殺人鬼が福島にいる。
傍目には鬼に見えるこの人物が、一部の人たちから、原発村ではないごく普通の人たちから、ありがたい人と見られている。
心の奥では「危ない」とわかっていても、できればそれを認めたくない。大丈夫と思いたい。そんな切実な思いを後押ししてくれる、甘い言葉を山下俊一は与えてくれるからだ。

誰でも、危険が目の前にあると、それを見たくないと思う。たぶん大丈夫だと思ってしまう。こういう心理を正常化バイアスというらしい。
生活党のみなさんが、決して正常化バイアスにかからぬよう、失礼を承知で書かせてもらった。

私ら国民、人民、市民、大衆、民衆 まあなんでもいいけど、とにかく生きてる人間として、国民の生活が第一を実現するために何ができるのか、実践的に考えていきたい。


■■

9月30日 政治と生活を考える会 政経フォーラム
話題沸騰の 孫崎享氏 『最大のタブーに迫る! 戦後史の正体』

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2012-09-11(Tue)

9.11に思う

11年経った。

あの日、妻の実家でたまたまテレビを見ていた。ユナイテッド航空の激突は、まさにリアルタイムで映像を目にした。もちろん、その後のビル崩壊も。

こんな「テレビでも見ているような」映像が、テレビから流れていることが信じられなかった。
そして、月日が経つにしたがって、本当に信じなくなった。

いまさらここで繰り返さないが、この事件はあまりにも多くの不審事がありすぎる。
ほぼ間違いなく、これは謀略(ヤラセ&誘導)であったろうと私は思っている。
1から10までCIAの自作自演ではないにしても、真珠湾に誘い込まれた馬鹿な日本軍のようなことを、どっかの反米勢力が演じさせられたのだろう。もちろん、ビル崩壊のおまけは、仕込みにちがいない。

なによりも、この一件を引き金にして、世界のありようが変わってしまった。
冷戦後のポジションを決めかねていた米国、なかでも産軍複合体は、水を得た魚のように「テロとの戦い」に乗り出した。

日本においてもまた、小泉というドはずれた従米総理をもてはやし、Show the flag とか言われてついに自衛隊が自衛とは縁も縁もないただの軍隊になってしまった。
日本がこれまでの日本ではなくなった瞬間だったのだが、あいにく国民にその自覚は薄かった。

小泉政治の酷薄さはいくらでもあげることができるが、その全ては「Show the flag」に始まっている、凝縮されているということを理解しておくべきだろう。
米国の属国として、戦場に赴く。そのためには、日本はどうあるべきなのか。そこから全ては導き出されていった。

しかし、あまりにも犠牲の大きなブッシュと産軍複合体のこの戦略には、揺れ戻しがきた。それが、悲願の黒人大統領オバマの誕生であり、日本での政権交代だった。
オバマは、明らかに軍縮を指向し、海外展開軍を国内に引っ込めて、経済の立て直しに専念する構えだった。
鳩山が、普天間基地を「最低でも県外」とぶち上げたのは、そうしたオバマサイドとの何らかのシグナル交換があったのだろう。

しかし、産軍複合体の巻き返しは早く、鳩山はオバマに裏切られ、政権交代の全ての果実をうち捨てて政権を投げ出してしまう。
菅直人による6月クーデター以降のことは、もうイチイチ言葉にするのも不愉快だ。一度や二度の選挙くらいでは、深く深く根をはった従米関係はびくともしないということを見せつけられた。

同時に、オバマもユダヤロビーの猛攻にあい、中東を捨てて米中G2体制へという路線が揺らいでいく。イランの核開発、アラブの春、シリア内戦という、いかにも裏のありそうな事態が次々と続き、オバマは中東から足を抜くことを断念した。そして、その代わりの策として、自衛隊を在日米軍の代わりにアジア地域の番犬にすることを思いついた。

■■

そんな流れが徐々に準備されている最中に、昨年の3.11がおきた。
津波と原発。わけても原発は、日本が無くなるかも知らないという事態にたち至った。このとき、首相官邸にはまったく情報が入らなかったと、菅直人は証言している。
クーデターの張本人の菅直人ではあるが、この点だけはたぶん本当なのではないかと思っている。東電を怒鳴りつけたとか、現場に邪魔しに言ったとか、かなりマスメディアに叩かれているが、私は、この点だけに限って菅直人は正しかったと思う。

 20120911-4.jpg 逆に言うと、これは確証はないが、首相官邸ではない「裏参謀本部」が存在したのではないかという疑いも持っている。米国大使館なのか横田基地なのかはわからないが、現在の官僚の心性を鑑みるに、いよいよのときに首相官邸を頼るか米国大使館を頼るか、自ずと明らかであろう。地球が無くなっても、自分の責任だけは回避する官僚が、誰にも報告を上げずにじぶんが責任をかぶっていたと言うことは考えられない。
SPEEDIの非公開も、一官僚に決められるわけがない。

米国の判断は、当然のことながら冷徹であったろう。原爆を落とし、それをモルモットの如く研究し、またチェルノブイリをも熟知している米国は、日本が番犬として生き残れるかどうかを冷静に計算したに違いない。
そして、福島とその周辺を切り捨てて、その保障に国力を奪われなければ何とかなると読んだ。SPEEDIを公開しないことも、福島を居ながらにして切り捨てることを決断した裏参謀で決められたのだろう。

そして、切り捨てる福島とその周辺は、世界が待ちに待った核ゴミの捨て場にする。
いや、実を言えば、この日のために、地震と津波の巣である日本の沿岸にすき間無く原発を建ち並べさせたのだ。
(参照:原発推進の正体は「日本列島を核の墓場にする計画」だったのではないか

今でこそモンゴルと最終処分場の交渉をしたりしているが、原発が量産されたのは冷戦時代だ。共産圏の手の届くところにプルトニウムを捨てるわけにはいかない。
かといって、米国に影響のない地球の反対側でなければならない。もちろん、革命もおきる心配がないおとなしい国がいい。
世界中で、日本以外にこんな場所があるだろうか。

話を戻そう。
3.11から一両日は、危機感をもって動いていた菅直人は、ほどなくしてパペットの役割を思いだし、おとなしくなった。あとは、いかに「何もしないか」に専念していたと言っていい。
20120606-3.jpg  一方で、ふくいちの現場は、裏参謀の思惑を越えて危機的な状態になっていった。メルトダウンまでは想定しただろうが、3号機の使用済みプールの爆発は想定外だったに違いない。
被害は、福島だけでなく、北関東から東京まで広がり、静岡茶にまでセシウムが染みこんだ。

1mSv/年という従来の基準を適用すれば、少なくとも1千万人規模の移住が必要になる。
また、健康被害への補償は、いったいどのくらいの規模になるのか見当も付かない。
それをやってしまえば、日本の国力はがた落ちになり、在日米軍に代わる番犬の役割も果たせないし、TPPで吸い取るべき富も残らない。

3.11は、日本をフル活用して、急場をしのいで大統領選に再選するというオバマの戦略には、大きな桎梏となった。そこで、出された指令が「消費税の増税」だ。

津波と原発で、いまだ現場は血と汗と涙にまみれている中で、原発収束でもなく、被災地復興でもなく、「増税に政治生命をかける」と言い出したときは、誰もが何を血迷っているのかと感じた。
ところが、完全に歩調を合わせてマスメディアが「増税」一緒に染まり、徐々に人びとも「増税内閣」への違和感を薄れさせた。
この政・官・材・報 のぴったりと足並みのそろった増税キャンペーンこそが、増税が「指令」であったことの証明だ。

同時に、「放射能と闘おう」「逃げるのは卑怯」という、一見被災者に寄り添うかのような、実は心の牢獄が作り出される。
すべては、「被曝者にカネを出すな」「カネはいつでも上納できるように準備せよ」という指令の下にある。
いみじくも山下俊一が言うように、本当に被曝救済にとり組んだならば、国家財政が傾くほどの被害なのである。それ故に、被曝を切り捨てる。全員死ぬワケじゃない。甲状腺癌は治療すれば治る。その他の症状は心配しすぎる「放射脳」のせいだ。

これが人の世か。
放射能が見えない故に、この煉獄も目に見えない。
はだしのゲンのような血やウジ虫は、目には見えない。
しかし、私の目には、この世の様とは信じられない光景に映る。

■■

増税だけでもたいがいなのに、ここに来て急に騒ぎ出したのが、尖閣問題だ。
実効支配している側が、なにをガタガタ騒ぐ必要はないはずなのに、石原慎太郎のスタンドプレーに引きずられるかのようにして、国有化を言い出した。

20120911-5.jpg ここで注目すべきは、クリントンの言動だ。
クリントンは日本に対しては、「日米安保の適用対象」だといいつつ、中国に対しては「領土問題に特定の立場をとらない」と言っている。
つまり、日本をそそのかしながら、いざとなればハシゴをはずすことを中国には臭わせている。米国がやる典型的な紛争創造プロジェクトだ。

これは、クリントンによる自衛隊の「実技試験」なのだ。
今年の5月に、野田は「動的防衛力」でアジア太平洋の米軍の肩代わりをします、とオバマに約束した。
本当にそれができるのか、クリントンは試しているのだ。

習近平への権力移譲を控える中国にたいし、米国は「無責任な」掣肘を加えておきたい、という希望ももちろんある。それを、自衛隊の実技試験として行おうというのである。

11月の大統領選の結果にもよるが、オバマが勝って、脱中東・中国重視路線が継続されるならば、年明けくらいに尖閣での小規模な戦闘があるのではないかと私は見ている。
中国軍は、極力避けたがっているが、自衛隊が出て行けば座視し得ずに出てくる
だろう。そこで局地戦をドンパチやったところで、オバマが恩着せがましく仲介役として出てくるはずだ。

日本国内は、脱原発もなにもかも吹っ飛んで「反中国」のナショナリズムが吹き荒れ、まるで9.11直後の米国のような空気の中で、野田は解散総選挙にうって出る。
野田・石破連立内閣の誕生とあいなる。
というのが、現在オバマ陣営が、日本をコントロール(食い尽くす)ために描いているシナリオではないか。

因みに、共和党ロムニーが勝った場合は、少々路線は変わってくるが、どのみち食い物にされる運命は変わらない。

■■

こうした近い将来を見渡したとき、重要な軸は二つあろう。

一つは、孫崎享氏の「戦後史の正体」で明らかにされた、従米と自立

もう一つは、排外主義と協調主義。排外主義はレイシズムともほぼ同義だ。

孫崎氏の「戦後史の正体」を読んで、大いに意義のあるすばらしい本なのだが、一つだけ物足りなかったのは、後者の軸がなかったことだ。
もちろん、前者の軸に絞って書くとはっきり断っているけれども。

20120911-6.jpgもっとも象徴的に書かれている吉田茂と岸信介。吉田が徹底して従米だったのは間違いないだろう。
ただ、その動機が何だったのか、ということ。徹底した従米は、どういう動機から生まれたのか、という点まで知りたかった。

あの時代の日本の歴史には、「大日本帝国への先祖返り」というもう一つの軸があったと思うのだ。
本当の悲劇は、先祖返り=戦争国家への回帰を防ごうと思った多くの勢力が、吉田のみならず共産党を含めて、極端な米国万歳になってしまったこと。誤解を恐れずに言えば、ならざるを得なかったこと。
これが、日本の戦後の本当の悲劇ではないのか。


逆に、少なくとも冷戦終結までは、自立派の動機には先祖返り=「戦争のできる国作り」という動機が間違いなくあった。
だから、岸信介がもし自立派であったからと言って、私は寸毫も支持しようという気にはならない。
(岸=自立派という孫崎氏の説には、今のところ完全に納得はできないが)

最大の問題は、反戦や非戦の思いがなぜ米国万歳になってしまったのは何故かだ。
この悲劇はなぜ生まれたのか。

それは、自ら反省する機会を奪われたからだ。
償う機会を奪われたからだ。

奪われたというのは、主体性のない無責任な言い方かも知れない。
が、占領下であったのだから、そう言っても良いだろう。

20120911-7.jpg 天皇存続と非戦の9条という、どうにも説明のできない矛盾を埋め込まれたこと。
賠償をすることなく政治決着してしまったこと。
大きな視点での、戦争の原因を究明できなかったこと。
芯からの戦争の反省をすることを、わざとスルーさせられたのである。

その結果、日本は精神的に自立できなかった。
米国という、すべてを「与えてくれた」存在にすがらなくては、生きることができなくなった。
そこからの自立を志すには、自らの戦争の過去を開き直る必要があった。

日本人がもし、みずから戦争の責任者を裁き、みずから二度と戦争をしない憲法を作り、能う限りの謝罪と賠償をしていれば、内心忸怩たる思いを何十年も持ち続けることなく、自立した精神を取りもどすことができたはずだ。
そのとき初めて、自らの残虐を反省するとともに、原爆を含めた戦勝国の非道を攻めることもでき、世界史の中の戦争という大きな構図を省みることもできたはずだ。

しかし、日本人はそうした動きをすることができず、もちろんマッカーサーはそのようなことは絶対にさせず、「謝ることも開き直ることもできない」身動きのできない従属民族を作り出した。
柵のない放し飼いなのに、決して逃げていかない不思議なニワトリだ。

今、米国は60数年間飼い太らせてきた日本というニワトリを、絞めて食おうとしている。
自らのクビならばまだしも、自分だけは難を逃れて、国民のクビを差し出そうとする従米政・官・財・報どもの言いなりになるのは、絶対に嫌だ。
その意味では、断固自立 と思う。

その一方で、先祖返りを夢見る排外主義の自立派と共に歩むことはできない。進むべき先が真反対なのだから。
希望は、多くの人びとの覚醒だ。

従来の自立派の夢は「独自武装、交戦権、改憲」だった。
しかし、今の自立を望む声は「生活防衛」だ。庶民の生の声になっている。それに、自立派の中のかなり多くの人が気がついてきた。
小沢一郎と生活党が、まさにその立ち位置にある。孫崎さんや天木直人さんなども、きっとそうなのではないか。

他方で、自立を危険思想と思い込んでいた反戦やら護憲やらの勢力の中で、従米からの自立がカギなのだと言うことにやっと気がつく人が増えてきた。
改憲反対と護憲は全然違うんだと言うことが、やっと理解される土壌ができはじめた。

逆に、従米派が偽右翼に流れているという現象がある。あまりに惨めな自らの姿をカモフラージュするために、反中や嫌韓などをわめいている。
小泉純一郎の靖国参拝が象徴的だった。
自分たちは正体を隠すためにやってるのかも知れないが、実は中身をさらけ出してくれてご苦労さん というところだ。

この、好ましいねじれ現象をもっともっと進めて行くことだ。
自立を求めて排外に堕さず。

9.11という日を迎えて、そんなことを考えた。


■■

9月30日 政治と生活を考える会 政経フォーラム
孫崎享氏 『最大のタブーに迫る! 戦後史の正体』

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2012-09-06(Thu)

今だからこそ政治を語ろう

「未来をつくるフォーラム」の開催に関わり、実行委員会をやってみて感じたことは、市民運動をしている人たちのエネルギーのすごさと、同時に政治的な諦観(あきらめ)だ。

それは分からないでもない。反原発や色んな問題に、一所懸命に取り組めば取り組むほど、政治が頼りにならないことが実感されるのだから。

避難者支援という、もっとも政治が動かなくてはならない課題についても、実にパワフルな実行委員の面々に政治への期待は見られない。

それでなんとかなるのならば、それでもいい。が、被曝隠し、被曝者棄民のやり口を見ていると、政治にコミットせずに済ますことはできないだろうと考えざるを得ない。
別の言い方をすると、敵は一連の悪事を体系的な因果関係をもって実行してくる。それに対するに、シングルイシューで声を上げても、あまりにも無力なのではないか、という気がしてならない。

もちろん、声を上げること自体は必要だし貴重なことだ。官邸前をはじめとする金曜行動も、これまで無言の圧力の前に、一言半句たりとも意思表示の機会がなかった多くの人が声を上げることに気がついたという意味で、非常に大きな意味がある。

しかし、平和裏のうちに10万人20万人が集まって原発が止まるかというと、残念ながら絶対に止まらない。
なぜ止まらないのか。これだけの声を無視することは、自らの選挙にリスクはあるはずなのに。
要は、どちらのリスクが高いか、ということだ。

いかに極悪民主党といえども、できれば有権者にウケのいいことをやったほうが、選挙で楽なのは言うまでもない。しかし、いまそれをせず、あえて極悪政策を立て続けにおこなっているのは、それをやらなかったときのリスクが、有権者に嫌われるリスクよりも大きいからだ。

官僚のサボタージュに始まり、スキャンダルの暴露、検察による言いがかり起訴、マスメディアによる総攻撃、「米国を怒らせた」という脅迫、暗殺。
選挙のリスクどころか、選挙にたどり着く前に政治家として抹殺されてしまうリスクのほうが、はるかに大きいのだ。

そんな大げさすぎる、というなかれ。暗殺以外は、この2年半のあいだ、小沢一郎をめぐって私たちの眼前で繰り広げられてきたことだ。そのまんまだ。
たぶん、小沢以外の政治家であれば、とっくの昔に消し飛んで、運がよければ陶芸でもやりながら隠居生活、運が悪ければ獄中生活、場合によればあの世で雲上生活だ。

■■
反対の声を上げること自体の意義は大きいとしても、それだけでは困ってしまう問題もある。
その最たるものが、被曝の問題、放射能汚染の問題だ。

前の記事でも書いたとおり、東日本の汚染は、一般に認識されているよりかなりひどい。

早川マップ(7訂版)


放射能による健康障害は、すでに続々と起き始めているが、本格的に白血病や甲状腺ガンが発症するのはこれから数年と言われている。

健康障害は意図的に隠されているので、なかなか体系的な統計が出ないが、下記のサイトがかなり頑張って情報を収集・整理してくれている

みんなのカルテ
ツイッターアカウントは @FRCSRJP

ひとつ、象徴的な話を聞いた。
郊外楽園プロジェクトの仲間が、7月にボランティアで石巻に行ったときの話。
ガレキ整理をしている別のボランティアの青年のズボンに、ガイガーカウンターをあてると、なんと8μSvあったという。

濡れて乾いてで濃縮したと言うことはあるのだろうが、それにしても、宮城県の北にある石巻で、作業をしていただけで8μSvとは・・・
さすがに、この話を聞いたときは絶句した。が、計った本人から聞いているので、間違いはない。

石巻は、上記の早川由紀夫先生の汚染マップでも、それほどひどい地域ではない。
それで、8μSv。

ましてや、福島市などの中通り地方や南相馬などは、即刻避難すべき場所なのではないか。
東京の東部だって、石巻よりもかなり濃いのだ。

しかも、早川先生のマップには、ストロンチウムなどは入っていない。セシウムがあるところには、一定の割合でストロンチウムがあると見るべきだ。そして、ストロンチウムは体内に入った場合、桁違いに少ない量で健康被害を引き起こす。

少なくとも100万人にかなり深刻な健康リスクを与え、1000万人の生活に影響をもたらし、海と食品を介して全国に被曝は広がっていく。
これほど、どうしようもなく巨大な問題だからこそ、政治は無視抹殺することを決定し、強固な意志をもってそれを貫徹しようとしている。

この被爆者を見えない檻に閉じ込めて見殺しにしようという政策を、変えることができる可能性は、やはり政治にしかない。そして、その政治とは、革命に等しいくらいの覚悟をもった政治でしかありえない。

今の為政者達に、いくらお願い運動を展開しても、決してなにも解決はしない。
妥協の余地のある問題は、そういう手法もとるべきだが、巨大すぎる問題には、今の為政者(民・自・公)は絶対に手を触れない。触れば自らの命取りになることを本能的に知っているからだ。

■■
何が政治家にとって命取りか。その最大のものが「アメリカの意向に逆らうこと」だ。
これは、外交や防衛だけの問題じゃない。
日本というのはアメリカのアジア戦略のコマだ。コマとしてのあり方は、政治、産業、国民生活の全般に及んでいる。その重要ポイントにおいて、アメリカの意向に逆らっていないかどうか、それを政治家は敏感に察知しながら態度を決めている。

オバマ政権が発足して以来、日本のネオコン=小泉一派はなりを潜めてきた。が、大統領選をひかえて共和党が息を吹き返すとともに、亡霊のように小泉の暗躍が始まり、民・自・公の内部でも、大統領選の代理戦争ような様相を呈している。

橋下維新は、一度はアメリカの奴隷頭の権利を約束されていた。が、オバマによるアジア戦略のなかで、従来の日米安保マフィアがやや勢力を失い、かわって野田がオバマの忠実な僕として機能しはじめた。

5月の日米会談で、橋下は登りかけたはしごを外されて転落しかけた。
ところが、ふたたび勢いを吹き返した共和党系の安保マフィアに拾われて、小泉・安部と組んで野田から主導権を奪おうとしている。

奴らの目には、被災者も被爆者も国民も、まったく映ってはない。
そして、アメリカからの指令は、どっちに転んでも、補償をするな だ。

オバマが野田にやらせることは、直接カネをむしり取ることと、自衛隊に米軍の肩代わりをさせること。
安保マフィアが橋下・安部にやらせたいのは、軍事や復興の利権をガッツリと搾り取ること。

言ってみれば、オバマはこれまで飼ってきた鶏を潰して食おうとしている。
安保マフィアは、もっと卵を産ませて全部食おうとしている。

手法は違うが、食い物にされるのは同じ。
そして、どっちに転んでも、巨額の被曝補償や避難には1円たりとも出したらいけない、という強固な統一された意思が貫徹されている。

■■
おそらく、一定の空中線量の地域にいたことの証明される甲状腺ガンの人だけが、被曝による健康被害と認定され、それ以外の一切が「気のせい」だの「酒の飲み過ぎ」だのと言われて切り捨てられるだろう。

市民レベルでの避難支援の活動は、できるだけのことはしていきたいと思う。
「未来を作るフォーラム」の実行委員会は、「避難者と未来をつくる会」として、これからも健康相談会等々、避難する人たちに必要なことをやっていく。
協力いただける方には、ぜひ一緒に参加していただきたい。

が、しょせん規模の大きさからみればごまめの歯ぎしりだ。
悔しいけれど

これを変えるには、やはり政治を変えるしかない。
アメリカの顔色をうかがいながら戦々恐々としている連中、口だけは威勢がいいがいざとなったら決断できない連中から、国民の命のために実行してくれる政治家に権力を預けるしか、打開する方法は思いつかない。

100兆円ちかく貯め込んだアメリカ国債を、ちょこっと売り払えば、かなりの補償はできる。
特別会計にばっさりとメスを入れれば、ベクレル測定も、広範囲な農漁業の補償も、被曝を前提にした健康診断も治療もできる。

そこにある国民のカネを、国民のために使うことが、こんなに難しい。。。
外交も、メディアも、検察も、あらゆる既存権力を、一気呵成に解体再編しなければ、また鳩山政権の二の舞になる。
だから、革命に匹敵する覚悟と実戦が必要だ、と書いたのである。

正直な感想として、今の「国民の生活が第一」に、そこまでの力があるかというと、かなり心許ない。小沢一郎の頭の中には青写真はあるかもしれないが、党としての力量はかなり難しいような気はする。
しかし、陸山会事件と、6月クーデターという2回の強烈な体験を乗り越えてきた分、2年前の民主党小沢グループよりは力を付けてこられたはずだ。

一朝一夕というわけにはいかないかもしれないが、放射能は止まっていてはくれない。被曝は進み、すでに被曝した細胞の障害は進行していく。

一刻も早い、再政権交代をどうやって成し遂げるのか。
それを考えるための礎として、今話題の孫崎さんの「戦後史の正体」は必読だ。

9月30日、大阪で孫崎さんのお話を聞ける 政治と生活を考える会「政経フォーラム」が開かれる。
懇親会まで参加すれば、直にお話しができるかもしれない。

詳細はこちらを →  緊急開催!「第7回 政経フォーラム」 『最大のタブーに迫る! 戦後史の正体』

被爆の問題をはじめとして、ほんとに困ったことが山積みの今だからこそ、政治を語ろう

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2012-09-02(Sun)

御礼 などなど

8月31日の未来を作るフォーラムは、読者の皆さんにもかなり参加いただき、つつがなく終了しました。
ありがとうございました。

もともと借りた会場が大きすぎて、せっかく9時前のNHKニュースにも写ったけれども、かなりガラガラの映像になってしまったようです。でも、実際はスタッフやらブースの方々やら含めると150人近い方々が集まってくれました。

夏休み最後、月末、金曜、昼間、という最悪の条件にしては、かなりの人数だね、と、こういう運動経験のある方からは言ってもらえました。
わずか1ヶ月あまりの準備期間にしては、(自画自賛で恐縮ですが)大成功だったと思います。

逆に言うと、それだけ被曝や避難の問題は深刻だと言うことです。
そのことを実感した1日でもありました。
健康相談に訪れた方と、うちらの会の代表が、ボロボロ泣きながら立ち話している光景が目に焼き付いています。

すでに健康被害の話は、続々と届いています。
ネットを窓口にして健康被害の情報を整理している みんなのカルテ(@FRCSRJP)などのサイトを見れば、一目瞭然です。
http://www.frcsrus.org/japan

すでに被曝してしまった(とくに初期のヨウ素で)人々のできるだけ発症しないための措置、日々被曝している汚染地域の人々への対応、食べ物を通しての深刻な内部被曝を自覚できていない多くの人たちへの周知。

郊外楽園プロジェクトの仲間が、先日、石巻へボランティアに出かけました。そこで家屋復旧のボランティアをしている若者のズボンを計ってみたそうです。

8μSv

あまり汚染が酷くないと言われている宮城県石巻市で、作業している人のズボンが8マイクロあるのです。
あとは、推して知るべし です。

苦しいけど、悲しいけど、今は避難するしかないのです。
火山や津波は目に見える。けど、放射能は目に見えない。
だから避難は余計に苦しい。

でも、子どもたちの未来をつくるためには、今は避難するしかない。
避難することが、未来をつくること。
逃げるってかっこいい。

その思いを胸にイベントを行いました。
どれだけ表現できたかは分かりません。
私自身は、会場のスイーパーとして滞りなく終わるための何でも屋をやっていました。
こういう縁の下が得意なのです。

ただ、終わってみた思うのは、これだけでいいのかな、ということ。
私の得意領域が、こういう事務局作業だということは、かなり確信がある。でも、それだけでいいのかな。

4半世紀前から、私は表現者でありたいと思ってきました。なにが表現者なのかはわからなくても、自分が自分を表現できているという実感がないと、生きていられないのです。
7年前にこのブログを始めたのも、それが理由です。書かなくては心が死んでしまいそうだった。

どうもこの数年間、色んな意味で表現者と言うよりは調整役に徹してきたような気がする。
それが一番いいとおもったから。
でも、振りかえるとそれはあまりいい結果にはなっていないのです。
なにか、大事なものを置き忘れている。


今夜はかなり酒飲んで書いています。
すみません。

だんだんとりとめが無くなってきたので、ここらで終了。
明日は明日の風が吹く。ケセラセラ


※一夜明けて

昨夜は金麦と激安ワインのカクテルという恐ろしげなものをサンザン飲んでしまった。
シラフになってみると、いくらなんでも言葉が足りないと思われるので、ひと言だけ追加。

イベントの結果で「表現者」云々を考えたのではありません。このところ、色んな局面で、これでいいのかな、と思っていたことが、イベントという大きな出来事でクローズアップされたというだけ。

どちらかというと、建築家というありかたや生き方の話。
どっちみち、単なる愚痴です。

以上


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