2014-02-27(Thu)

アンネの日記破壊事件と ウクライナ「革命」

アンネの日記が大量に破られた事件は、真相はわからずあらゆる可能性が排除できません。

しかし、あの報道を見て、背筋がゾクッとしました。
もちろん、安倍極右路線のまっただ中にネオナチさながらの事件ですから、陰の枢軸復活かと慄然としたのも確かです。

それ以上に、時あたかもウクライナで「革命」の真っ最中だったのです。そしてその革命は、民主革命でも共産主義革命でもなく、どうやらファシズム革命である可能性が高いのです。

端的な画像はこちらの記事を見てください。

マスコミに載らない海外記事
「ウクライナにはネオナチはいない。オバマ政権はファシストを支援していない。」


もちろんこの表題は反語です。かなり衝撃的な映像です。

さらに詳しい最近のまとめならば

西側マスコミ黙認するウクライナのネオナチ勢力、スヴォボーダ「自由」とは

かなり丹念に写真などが収拾されています。
親欧米勢力のシンボルである「美人過ぎる首相」で有名なティモシェンコ元首相の旗の背後には、多数の青と黄色の「自由」の旗がひらめいています。

そして、昨日26日に発表された新閣僚に、ファシズム党「自由」(スヴォボダ)は、しっかりと納まって
います。

ウクライナ:首相にヤツェニュク氏指名 閣僚候補発表
毎日新聞 2014年02月27日


候補者の多くは第1党・祖国所属で、旧野党第3党「自由」からも選ばれた一方、第2党「ウダル」は新内閣には参加せず、閣外協力にとどめた。

(引用以上)

「自由」はネオナチには厳しいはずの米国が全面支援し、平和デモ
を革命に発展させた「立役者」です。いわば、革命の軍事部門をになった実力部隊ですから、その存在感は旧議会での議席数にとどまりません。

ウクライナ、とくに東部と南部はロシアにとって絶対に失うことのできない地域。
これまでの歴史でも、帝政ロシアからソ連になりロシアになっても、一貫してこれでもかというほどに蹂躙し、利用してきました。
第2次大戦では住民の5人に1人が戦死したと言われています。

ソ連解体時に、チェルノブイリ事故の被害を切り捨てるために西ウクライナと共に独立させたものの、黒海への出口、ガスパイプライン、地下資源、モスクワの直近という地理条件など、ウクライナを失うことは、ロシアにとってクビを絞められるようなものです。

そのロシアのクビを、「自由主義」の旗手を自認する米国が「自由」という名称のネオナチを使って絞めあげようとしています。

まさにこのタイミングで、ベタな日本の右翼とはちょっと矛先の違うアンネの日記が組織的に狙われたのです。
犯人は分かりませんが、米ロ対立とその狭間で台頭するファシズムの暴力、この世界の動乱に日本を巻き込んでいこうとする意図を感じます。

残念ながら、生活の党の声明にあるような、「読書活動、文化的な生活を阻害する重大な事件」ではすまないことは明らかです。
(生活の党さん、なんとかなりませんか。サポーターとしては腰砕けます・・・)

ウクライナでは、すでに東西の対立が始まっているようです。
日本の新聞は小競り合いなどと書いていますが、そんな生やさしい状況ではないようです。

ウクライナのクリミア半島で武装集団が政府庁舎を占拠
2014年 02月 27日 ロイター


この動きが激化し、米ソがそれぞれ軍事介入をはじめ、その尖兵にあのネオナチ部隊が「自由」の戦士面で暴れ回るという事態になると、これは本当にヤバイ。

シリアの仇をウクライナで討とうという米国の産軍複合体の企みが透けています。
同時に、ここに日本を引きずり込もうという意図もまた、見えては来ませんか。

オバマは、安倍に米国の大株主の中国とケンカするのはとっとと止めて、ウクライナで思う存分「集団的自衛」をやってもらいたいと思っているに違いありません。
妙にプーチンにすり寄っている安倍を引きはがすこともでき、「自由」と共闘することでファシスト気分も満足させてやれることだし。


アンネの日記破壊事件は、私の頭の中ではここまでたどり着きました。

杞憂であればいいのですが。。。。


<参考>

ウクライナについて、この1年くらいの状況のまとめ

急展開!内戦寸前のウクライナ情勢がどうしてこうなったのか分かりやすいまとめ

またこれも、わりと客観的に書いてあるので参考になります

ウクライナ情勢をロシアが静観している理由




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ  応援お願いします

2014-02-25(Tue)

民主主義と「真理は少数にあり」

昨日の未明からノロウイルスらしきやつに襲われて、寝たきりの生活だ。30時間で3キロも体重が減った。
どうやら少しましになってきたので、気になっていることをまとめて書いておきたい。ただし、また頭がふらふらしているので、最後まで書ききれるかどうか自信がないけれども



東京都知事選で浮き彫りになったのは、自公は選挙に強い という現実と、反自公は選挙に弱い という現実だ。

アベノミクスの失速、安倍路線への警戒感、自公が推薦した前知事の汚職、いまだに放射能をまき散らし続ける福島第一原発。どこを見ても、状況的には舛添が勝つ要素はない。にもかかわらず、舛添が圧勝したのは、選挙に取り組む姿勢の違いだ。
要するに、絶対勝とうとしたのかどうか だ。

反自公側も、わざわざ負けたくて出たのではないだろうが、はっきり言ってどっちの陣営も「負けてもやる」という、聞けば威勢はいいが、しょせん敗北主義だったことは否めない。
なぜそうなったのか。内部事情は分からないが、結局のところ「純血主義」だったということだろう。

細川陣営の側は、共産党系候補はまったく共闘の対象として眼中にないという反共主義が見られたし、宇都宮陣営の側は、保守陣営との共闘は自らの負けというような頑なさがあり、ネガキャンにさえ手を染めた。

選挙が終わって「ノーサイド」という風潮もあるが、ちょっと言わせてもらえばフザケンナである。ノーサイドは選挙中にやるべきであって、終わった後にきちんと議論して総括しなければ、負けた意味すらなくなってしまうではないか。
渦中にあった当事者の方々には気の毒だが、今後を考えるとそう思わずに入れらない。

ここで、しっかり議論すべきは、民主主義を是とするのか非とするのか そのことだ。
両陣営とも、今回がだめでも3年後には、という思いがあったのかもしれない。しかし、反共主義と反保守主義が対立している限り、100年たっても日本に大きな変化は訪れないだろう。

中途半端なリベラルと中途半端な保守は、利害が一致すればしっかりと手を結ぶ。その典型を示してくれたのが「自社さ」連立政権だろう。たしかに、あれで社会党は崩壊したのだから、保守と連立したら終わりだと社共が考えるものわからなくはない。

しかしより深く考えるならば、自社1.5党体制に引導を渡されて、やむなくとった行動が自社さ連立ということなのだろうし、自民党にすればあらかじめ無毒化した社会党だから首相に担いだのだろうから、連立に入る以前から社会党は崩壊していたというべきだ。静かに消えていくよりは最後にひと花さかせようということだったのだろう。村山さんには、本当の本音をせめて遺言にでも書いておいてもらいたいものだが、それこそ墓場まで持っていく類の話になるのかもしれない。

自社さ連立は、それぞれの利害は一致していたとはいえ、一方的に自民の戦略に乗っかった連立だった。社会党が120議席くらいもっている時代だったら、あそこまで原理原則を外し、自衛隊合憲にまで踏み込むことはなかっただろう。そういう存在感を残した連立であれば、国民の政治的無関心を一気に高める役割も担わずに済んだだろう。

その苦い経験をもつ社会党の末裔と、少数野党であること以外に関心のない共産党と、コイズミ改革に恨みつらみの若手活動家、この面々が集った宇都宮陣営に、保守との連携を考えろというほうが無理なのかもしれない。しかし、それはすなわち、負けてもいい。いや、歯に衣着せずに言えば「負けるためにやる」ということであり、どっちでもいいから勝ってほしいと思う支援者にとってはたまったものではない。

もちろんこれは細川陣営も同じことで、保守層の中には地球の終わりが来ても共産党が嫌い という骨まで反共の人が多い。共産党の「き」の字がみえただけで思考停止してしまう。
その点で、私は2006年に小沢一郎がいった言葉を思い出す
「選挙協力かどうかは別だけど、共産党だけいらないと言う必要はない。反自公、非自公が過半数を取るかどうかだ」

細川陣営にもこのくらいの柔軟性と戦略眼があればすこしは違った展開になったろうに、細川さん本人からも陣営からも一本化の話はまったく出てこないばかりか、はっきりと否定していた。どうみても「き」の字で思考停止するオールド保守の姿だった。

この両陣営の姿を見て暗澹たる気分になったのは、私だけではないだろう。
今だけノーサイドとか言って、選挙になったらまた同じことを繰り返すのだろうか。

■■

「真理は少数にあり」

私はことことばが大好きだ。一番大事にしている。
かつて書いた記事をあげておく

「真理は少数にあり」と革命権

宇都宮陣営を応援した多くの人は、多かれ少なかれこういう気分だったのではないか。
勝とうが負けようが、正しいことを言う権利はあるんだ! と

しかし一方で、民主主義は多数決だ。真理が少数にある限り、民主主義の下では永遠にそれは実現しない。
それでも良いんだ。抵抗に生きて抵抗に死ぬ人生が好きなんだ という方はそれでいいけれども、子どももいる私としてはそれで良いとは思えない。
ひどい言い方になるけれども、抵抗に死にたい方は、ほかの人を巻き添えにせずに死んでいくべきだろう。

最後の最後には生死を左右する事態はたしかにあるだろう。先頭を進む人には、今すぐにでもその危険はあると思っている。小沢弾圧のすさまじさ、山本太郎にテロが及ばないかどうか私は真剣に心配している。
しかし、そのことと、運動そのものが抵抗して死ぬというあり方でいいのかとは、まったく別だ。

何が違うのかと言うと、戦略と戦術。
もっとわかりやすく言うと、思想信条と政治戦略 の問題だ。

思想信条どおりの政治戦略でなければ納得できない というのが、今の反自公の皆々様の思いのようだ。
少しくらいは妥協するけど、一度は仇敵と思った相手とは、金輪際手を結ぶのはいやだ と。
自分がどうしても譲れないことで相いれない相手とは、共闘するくらいなら地球が爆発したほうがまし と。

でも、そうなんだろうか。
ひとつの選挙で、あるいは一定期間の共闘で、それぞれの思想信条は本当に死んでしまうのだろうか。
相手に飲み込まれて、あたかもかつての社会党のように消えてしまうのだろうか。

たしかに、今の自民党にみんなの党がすり寄っているような状況は、間違いなくみんなの党は吸収されて消滅するだろう。独自の理念を実現する意欲を無くしているし、圧倒的な支持層の差があるし、公明党のような草の根の集票力もない。
自民独占のイメージを消すために党名は存続するかもしれないが、「ほぼ自民」になるのは間違いない。

しかし、今、反自公のいわゆる保守と革新が共闘したとしても、こういう条件にはならない。幸か不幸か、両者の存在感はほぼ互角だ。それは都知事選の票数が物語っている。
そしてどちらも、自分たちの理念を実現しようという意欲を失っていない。
しかも、かなり広範な領域で政策一致できる。

さらに言うと、今手を結べなければ、3年後には絶滅させられているかもしれない。
敵は手をこまねいて3年後を迎えるわけではない。あの小沢弾圧にみられるように、あらゆる手を尽くして不安要因を根絶しにくる。マスメディアも99.9%敵の手中にある。

不安要因の根絶くらいならまだしも、最悪のシナリオならば3年後はファシズムの嵐の真っ最中かもしれない。
自民党を倒せなんて言っていたら、親衛隊に襲われるかもしれない。そんな時代であっても不思議ではない。

個人の思い、各団体の理念は、当然ながら変える必要はないし、持ち続けるべきだ。
それぞれが自分の心を強く持ち続けながら、一定の政策や、選挙と言う範囲で連携し、多数を目指していくこと。これを妥協と言うのならば、どんどん大胆に妥協べきだ。

過去の遺恨に左右されなければ、今ほど連携の条件が整ったときはない。
自分の意見をはっきり言いながら、違う意見の人間とともに闘うこと。
民主主義による変化をあきらめ、革命蜂起しかないというギリギリの選択をするのでない限り、これしか「少数の真理」をじわじわと現実のものにしていく方法はない。

やはりこのへんで、体力の限界。
つづきはまたの機会に


※ こういう共闘の呼びかけに対しては、罵詈雑言ともいえる反応が返ってくる。
これはおそらく、保守系とか革新系とかではなく、敵サイドの工作員だ。
この手の反応があるということは、私の言っていることにも意味があるのだと実感。

読者の皆さんにおかれては、惑わされることのないように


<<昨日はふらふらだったので書き忘れ。3月9日小沢一郎講演会 @生駒 のお知らせ>>

中村てつじさんのブログから引用

小沢一郎 講演会 in 奈良県

生活の党代表の小沢一郎衆議院議員が奈良県に参ります。

「政権交代とは何だったのか」
「どうする、これからの日本」
という2つのテーマでお話しをいたします。

日本の政治が混迷を深める中、今後の日本を考えて頂く機会になればと思います。
多数のご参加申込みをお待ち申し上げます。
(参加証をお持ちの方は15時からご入場になれます。)
(当日申し込みの方は30分後の15時30分からのご入場となります。)

日時:2014年(平成26年)3月9日(日)16時から18時20分まで
参加費:無料
主催:中村てつじと歩む会
会場:たけまるホール(旧生駒市中央公民館)大ホール(2階)
(近鉄生駒駅下車すぐ、北西方向徒歩約2分)
(〒630-0245 奈良県生駒市北新町9--28)電話 0743-75-0101

(引用以上)

参加お申し込みは 中村てつじさんのブログにて確認ください

2014-02-19(Wed)

今ふたたびの「子ども手当」を考える

都知事選も惨敗し、安倍一族の跳梁跋扈をとどめる術もなく、雪に埋もれて死んでいく国民を横目に高級天ぷらに舌鼓をうっていても、誰も辞任要求すらできない。

ここまで追い詰められてくると、いよいよアッチとくっつくとかいうような、政党の再編のことくらいしか話題にならない。
小沢グループ(現・生活の党)も、まったく存在感なく、何を考え何をしているのか、支援者のはしくれである私にもよく分からない。

ある生活の党の関係者の人と話をすると、小選挙区制である以上は、耐え難きを耐えて野党は結集しないといけないと言う。たしかに、総選挙を控えた時期に至ったならそれは否定はできない。どうしようもない現実論だ。

しかし、これから3年間かけて支持者を集めていこうという段階で、政策をすっ飛ばして「ほぼ敵」みたいな政党との再編話をしていたら、間違いなく消滅するのではないか。ただでさえ支持者激減なのに、完全に見放されるのではないか。

今すべきことは、国民の支持を得られる政策と、その本気度を示す行動だ。
それは何なのか。

先述した生活の党の人との話の後、つらつらと考えてみた。2009年の政権交代は、なんで可能だったのだろう。
色んな要素はあっただろうけれど、結局のところ圧倒的な有権者が「民主党」と書いたから政権交代は実現した。
何であの時、「民主党」と書いたんだろう。

当時は小泉改革による生活破壊への反動だという見方が主流だったし、私も概ねそう思っていた。たしかにそれはベースにあるが、それだけでは、いま安倍政権がこんなにも支持されて盤石の自民党体制なのは何故なのか、説明がつかない。

やはり、もっとシンプルな理由があったはずだ。政権交代に期待する何かが。
それはたぶん、子ども手当と年金問題だった。

現金な話と思われるかもしれないが、そう、やはり現金な話だと思うのだ。
私自身が、ひとりの生活者として考えてみると、子ども手当はむちゃくちゃ大きな話だし、50を過ぎた身には年金問題も切実だ。

子ども手当がいかに大きかったかは、年代別の投票率を見ても分かる。

20140219-1.jpg

平成21年の政権交代時に、他の年代と比べて20代30代の投票率が急激に上昇している。
同時に、その次の選挙でいかに「がっかり」しているかも分かる。

あの時国民は、子ども手当に期待したし、年金をちゃんともらえるようにしてほしい と思ったのだ。

■■

子ども手当には、枕詞のように「バラマキ」とメスメディアに叩かれた。
裏を返せば、それだけ国民に浸透していると、自民党側が恐れていたと言うことだ。

いくらバラマキでも、具体的に金額まで示して給付すると言われれば、やはり国民は期待する。
卑しいわけでも何でもなくて、そんなのは当然のことだ。

ただし、子ども手当は票を税金で買うような、本当に卑しい政策ではない。
「次世代を社会が育てる」という、絶対的な理念のシンボルであり、看板であり、第一弾だった。
子育てを個々の親に押しつける日本的なありかたを、ガラッと転換させる画期的な政策の始まりだった。

まさに、子ども手当は、理念と実益を見事に兼ね備えた政策だったのだ。

しかし、民主党の裏切り、小沢グループの党内幽閉、官僚の猛烈な抵抗と巻き返しのなかで、子ども手当は換骨奪胎され、2012年にはその名前すら消滅させられた。
別に名前は残しても支障ないだろうに、あえて児童手当に戻したところに、「子ども手当」に対する官僚どもの恨みのほどが分かる。

子ども手当とセットで実施された扶養控除(15才まで)の廃止だけはちゃっかり実施されているので、国民は詐欺に騙されたような結果になってしまった。
年金も、ねんきん特別便やら定期便やらが送られてくるようにはなったけれど、何がどうなったのか分からず仕舞い。「ああ、いつものようにウヤムヤか」と国民の目には映った。

さて、なんで子ども手当がこれほど激しく潰されたのか。
その理由は、特別会計の闇 にある。

子ども手当については、二言目には「財源はあるのか!」とマスメディアや自民党は非難を浴びせた。それに対する答は、特別会計の埋蔵金を発掘するのだ、ということだった。
しかし、政権交代を実現したものの、埋蔵金の発掘どころか、財務省プロデュースの仕分けショーに興じる姿をテレビに映して終わり。特別会計には、指も触れることがなかった。

小沢一郎が掲げた「特別会計の廃止」は、陸山会事件という冤罪弾圧をも使って、官僚の圧勝という結果に終わった。

■■

なぜ子ども手当は潰されたのか、国民はそこまでは考えているヒマがない。
ただ、騙された という苦い思いを胸に刻んでいるだけだ。
そこに、ふたたび「子ども手当」を掲げたところで、「またかぁ」と思われるのがオチである。

しかし、特別会計を解剖して、ここにこんだけ脂肪がたまっている ということを明らかにし、だからふたたび「子ども手当」と言えれば、話は違ってくる。
ふたたびの「子ども手当」は、やはり特別会計の解体とセットでなければ戯言にすぎない。

原発にしても特別会計にしても、敵の「核心的利益」に触れようとする者は、相応の報復を覚悟しなければならない。「子ども手当」は、選挙向けのニコポン政策ではなく、政治家にとっては命がけの政策なのだ。

陸山会事件による官僚の反撃で第1ラウンドは一敗地にまみれた。
同じ敗北をくりかえさず、この苦境から巻き返すには、どうしたらいいのか。

それは決して奇策ではなく、支持者を集めることだと思う。
2009政権交代は、草の根の支持者なしで、風を吹かせて実現した。だからこそ、負けるときはあっけなかった。抵抗力がなかった。
支持者は、ウイルスに対する抗体のようなもので、先頭に立つ政治家を孤立させず、弾圧を可視化して容易に潰させない力を持たなくてはならない。投票だけするのでは、画期的な政策は間違いなく潰される。

今度は、この抗体としての支持者を厚くすることだ。
そのためにも、今は再編がどうだとか、どことくっつくとか、そんな話は置いておいて、「国民の生活が第一」を実現できる政策を研究し、語ることが重要だ。

この看板はふたたびの「子ども手当」であり、核は「特別会計の解体」であると、私は考える。

ちなみに、原発や被曝の問題も、次世代を社会が育てるという理念から、結論は自明となる。
ただ残念ながら、3回の選挙から、脱原発メインでは勝てないということも明らかになってしまった。悲しいけれども、僻地に押しつけた原発のことを都市住民は深刻には考えていないし、目に見えない放射能を耐え難いともまだ感じていない。
これは、数字で表れているので、どうしようもない現実として受け入れざるを得ない。
なんとなく脱原発は多いけれど、それは投票行動になるほどのものではない、ということだ。

その現実を嘆いていても仕方がない。ここから出発するしかないのだから。
今語るべきは ふたたびの「子ども手当」と「特別会計の解体」だ。

■■

もうひとつ、3年後に向けて考えておかねばならないことがある。

都知事選で図らずしも露呈した、日本人の討論力の欠如である。

罵倒、言いっぱなし、回し蹴り、などはとても上手な日本人だが、相手の話をちゃんと聞きながら自分の言いたいこともちゃんと伝える、という普通の討論がまったくできない。
おどろくほどできない。

相手が自分と違う、という前提で論を闘わせる ということができないから、まるで子どものケンカのように罵詈雑言の投げ合い、感情的な爆発、後先考えないネガキャンが華やかに繰り広げられる。

「俺は納得しないけど、お前はこういう風に考えているんだな」という思考が何故できないのか。
その理由と背景を書き始めると、それだけでまた何時間もかかるのでそれはおいといて、対策を考えなくてはならない。

まずは、討論力をみがくために、場数を踏むことだろう。
お互いに対立する意見のもの同士が落ち着いて議論する。結論を求めるのではなくて、相手を理解すること、自分を理解してもらうこと、そういう議論のあり方を経験する。

もちろん、その目的は安倍政権の打倒であり、「国民の生活が第一」の政治を実現することだから、その一点では共通しているというのが前提だが、あとは全然思想信条のちがう人たちが、組んずほぐれつ、にこやかに論を闘わせる、討論場を全国に作っていくことだ。

幸い大阪には討論バーなるものもあるので、そういう場所を活用しつつ、微力ながら私も企画をしていきたいと思っている。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ  応援お願いします

2014-02-11(Tue)

猛犬にパチンコ

凶暴な猛犬が牙をむき涎を垂らしながら迫ってくる。このままだと噛み殺されるかもしれない。

その刹那、手にパチンコを持っていることに気がついた。殺傷能力などあるわけないが、石つぶてを猛犬の鼻面に命中させれば、少しはたじろいで時間を稼げるだろう。

そう思って石ころをひろい、ゴムを引き絞った。ところが。
犬の鼻が二つに見える。おかしい。どうやら緊張のあまり、右目と左目がバラバラに動いているようだ。

人間の目は、両眼で見ているようでじつは利き目がある。手や足に利き手利き足があるように、像を捕らえる利き目と、遠近感を測る反対側の目があるのだ。
ところが、両方の目が自分の方が利き目だと思ってはりきってしまうものだから、寄り目をしたみたいに犬の顔が二つになってしまう。

普通に利き目で狙えば鼻先に当たる可能性はかなり高いが、二つにみえたままでは狙いがつかない。ままよ!とぶっ放せばもしかしたら当たるかもしれないけれど、可能性は限りなくゼロに近い。
どうしよう、そう思っている間にも、猛犬は唸りながらこちらに近づいてくる。

パニックはどんどん広がって、目だけでなくて脳みそまでが右と左に別れて暴れ回る。もうメチャクチャだ。猛犬がどこにいるのかも分からなくなって、頭の中であっちとこっちがケンカしているようだ。
「だめだ、このままだと外れる。やばいよ。」「なに、外れても次がある。必ずあてようなんて思うのは邪道だ。」「外れると決まったわけじゃないだろ。」

ああ、もうダメだ。石つぶてをつがえたゴムは放たれた。
案の定、石は猛犬の鼻先を遠く外れ、彼方へと飛んでいった。犬は、フッと不気味に笑いながら涎を垂らした。

それでもまだ、頭の中はごちゃごちゃで、逃げることも闘うこともできず、猛犬の鼻息を聞きながら立ち尽くしている。「なんのまだまだ、これからだ。」「でも、もうヤツは口あけて目の前に迫ってるよ。」「勝たなくても良いんだ。あきらめるな。」「でも咬まれたら死んじゃうかも。」「まだ大丈夫だ。あきらめなければ咬まれても死にはしない」「そんな・・・」


はあはあという猛犬の臭い吐息が、頭上に聞こえる。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ  応援お願いします


2014-02-10(Mon)

完敗に乾杯

あまりふざけたタイトルにすると、みなさん気が立っているところに神経逆なでかもしれないが、まあ何をどう言っても厳しいことには変わりないので、あえてお気楽なタイトルにしてみた。

3週間にわたって都知事選のことで気が気ではなかった。
この重大な敗北を、だまってやり過ごすわけには行かないので、すこし自分なりの総括をしておきたい。
私は細川支持で発言してきたので、その立場からの総括と言うことになる。

まず、いくつかの切り口を設定する。


■ 切り口 その1。
なぜ選挙で戦うのか ということ。

なぜデモや集会ではなく、選挙で戦うのかということを再度確認しておきたい。

まず第一に、小さな勝利を確定できるからだ。
デモや集会は、革命一歩手前くらいの状況になるまで、具体的な勝利は得られない。負けて負けて負け続けて、大きな犠牲を払い、場合によっては命を落としながら、それを乗り越えた大群衆が立ち上がったとき、権力者は妥協し、政策を変更する。

しかし、選挙という手段は、そこまでの犠牲と時間を払うことなく、小なりといえども一定の勝利を確定することが出来る。その範囲での権力を手にいれることができ、具体的な政策変更に手をつけることができる。
これが、選挙という手段を使って闘う最大の理由である。

選挙で戦う理由の第二は、デモや集会にはとても馴染まない(びびってしまう)人たちを引き込むことができるということだ。わりと普通に集会に出かける人には分かりにくいかもしれないが、あまりにも長い年月平穏を貪ってきた日本人にとって、デモに行くなんていうことは人生を左右するオオゴトなのである。
その現実から出発する以上、自民党はイヤだけどとても集会なんて行けない、という人たちの意志を集める手段は、やはり選挙と言うことになる。

もうひとつ、選挙で戦う理由の第三は、有権者の選択肢を作るためだけに立候補する場合もあるということだ。
選挙という手段、声なき声が声をあげる権利を、ギリギリ残していくために、負けを承知で立候補するということは、意味のないことではない。
選択肢のない選挙を続けてきたことが、日本の投票率の低さにつながっているのは、誰の目にもあきらかだ。だから、第一義的には選挙は勝たなければならないけれども、状況的にどう見ても勝てないときでも、負けを承知で立候補ということはある。


■ 切り口 その2。
今回の都知事選の本当の争点は何だったのか。

これはどの候補がどう訴えたとか、マスメディアが報じたとか、有権者のアンケートがどうだったとか、そいういうこととは関係ない。
日本の政治、社会の大きな流れの中で、今回の都知事選がどういう意味をもっていたのか、という客観的な話である。

日本が世界の中で、どんな国になるのか、その大きな曲がり角だった、ということだ。
既に方向指示器が点滅し、ハンドルがグイグイと切られている状況で、それを引き戻す可能性を残せるかどうか、それが、このタイミングでの都知事選の本当の争点だった。

原発の問題も貧困の問題も、この大きな転換の中での一つのピースである。もちろん、極めて重大なピースではあるが。

1990年代からの冷戦後という不安定な時代に、日本は卑屈なまでの従米に徹し、51番目の州と言われるほどになった。2011年3月までは、その流れに揺るぎはなく、自公政権が民主党政権になっても、その趨勢を変えることが出来なかった。それどころか、野田政権に至っては、自公以上のストレートな従米を露わにした。

しかし、3.11を境として、「米国にくっついていけば大丈夫」という奇妙な安心感は徐々に薄れ、言いようのない不安感が国民に広がっていく。
20代30代のこれから長く生きていかなければならない層にはヒーロー願望のような変革を望む機運が高まり、逆に60代70代の「逃げ切り」層には、このまま何事もなく無難に過ぎてほしいという願望が強くなった。

ともに、同じ不安感を根っこにしながら、「食えない」年代は変革を望み、「食える」年代は逃げ切りを望む、という大きな格差、断絶が生まれた。
そして、その状況に、安倍晋三はあえて火をつけようとしている。火をつければそれは、ファシズムという劫火になることを知りながら、己の権力欲を満足させるために、地獄のパワーを利用しようとしている。

ハンドルを切るという例えをしたが、そんな悠長なことではないかもしれない。
ダイナマイトの導火線にライターをかざしている安倍晋三を、目の当たりにした選挙が今回の都知事選だったのだ。
候補者がどう思おうが何を言おうが、文句なしに第一の争点は、この安倍晋三のライターの火を吹き消すことだった。誤解を恐れず言えば、他のことはそれから考えることだった。


■ 切り口 その3
マスメディアについて

多言を要しないだろう。今回の本当の勝者はマスメディアなのかもしれない。
メディアによって支配するということの、ひとつの実験だったとも言える。
この点についても触れないわけにはいかない。


■ 切り口 その4
ネットと現実の境目について

補足的な話ではあるが、今回の選挙ではネット上の言論によって、意識層はかなり左右された。
と同時に、大きな趨勢は、ネットとは無関係に決まっていった。

今後も、貧者の闘いにおいてはインターネットは無視することはできないので、この点も総括しておく必要があると思う。


■ 以上を踏まえて

以上、なぜ選挙をたたかうのか、何が争点だったのか、マスメディア、インターネット という切り口から、私なりの総括を簡単に書いておく。

まず、勝つ条件は何かというと、「争点にかみあっていること」「選挙用の準備をしていること」 これがすぐれた候補が勝つ。
その点で、間違いなく今回は舛添の圧勝だったと言うことだ。

争点にかみ合っているかどうかと言うことでは、舛添は「ほぼ何も言わない」という戦術を用いた。争点を争点化させないことを徹底した。
敵は勝ちさえすれば「安倍政権に承認を得た」」と言ってハンドルをガバッと右に切れるのだから、争点化する必要は全くなく、とにかく勝つことだけに集中した。

公約も演説も討論も、すべて無難なことしか言わず、目玉政策も出さず、何もかもをアイマイにすることによって、変化を望まない高齢者を中心に得票する作戦を徹底した。
それを、意識的に徹底したことが、まさに争点をハッキリと意識してとり組んだということなのだ。

選挙のための準備という点では、一つは連合東京の取り込みと、もう一つ特筆すべきはタモガミを立候補させたことだ。
自民の票をなぜ割るのか、石原慎太郎の狙いが最初は私も分からなかった。しかし、その後の進展を見ると、かなりの高等戦術だと舌を巻いた。
まず、あえてタモガミを極右候補とすることで、変化を望む若年層の受け皿として、宇都宮に流れるのを防いだ。タモガミの60万は、もしタモガミが出ていなければ1/2は舛添に流れるだろうが、1/4は棄権、1/4は宇都宮に行ったのではないかと想像する。

また、タモガミ立候補の最大の功績は、舛添を「いい人」にみせたことだ。
タモガミが余りにもトンデモなので、何も言わない舛添が普通の人に見えてしまうのだ。

宇都宮や細川と、真っ向から対決すれば舛添の本性は見えてくるはずだが、タモガミという存在があったために、舛添がまるで「中道」のように見えてしまい、無党派層からもかなりの得票を得ることになった。
これはとんでもなく高等戦術だ。

野田を追い込むために尖閣買取をぶち上げたり、維新を潰すために合併してみたり、今回のタモガミ擁立など、石原慎太郎は、嫌われ者になって自民党(というか息子)のために尽くす、という独特の働きをしている。

ここまでして、敵は勝つことにコダワリ、徹底的に闘いを挑んできたということだ。

そしてもちろん、マスメディア対策は万全だった。
2億5千万の政党助成金流用の疑惑に始まり、ありとあらゆる疑惑と醜聞のかたまりのような舛添を、まるでいい人、普通の人のように報道し続けた。
疑惑の疑の字も書かなかった。書いたのはわずかに日刊ゲンダイと週刊文春だけである。

なにせ選挙期間中に、新聞社やテレビ局の社長が安倍晋三と会食しているのだから、なにをか言わんやである。
(こんなブログが便利→首相の晩餐

極めつけはこれ(@TOHRU_HIRANO さんより引用)

20140210-1 (Custom)

あとでも触れるが、話題性抜群の細川&小泉については徹底的に無視をして、お茶の間には「無難に人気のある」舛添の姿を流し続けた。
もし、あのがらんとした舛添の街宣風景がテレビで毎日流れていれば、おじいちゃんおばあちゃんも「アレ?」と思ったかもしれないが、そんなスキは作らない周到なメディア戦術をとっていた。

もはや、日本国民をもっとも直接に支配しているのは、政治家でも官僚でも警察でもなく、マスメディアであると断言しても良いだろう。
敢えて、かどうかまでは分からないが、醜聞だらけの舛添を候補にすることで、どこまでメディアによる支配が徹底するものかどうか、実験をしたのではないかとさえ思う。
この舛添を当選させられれば、まあたいていの人間はメディアの力で当選させることができる。敵にとっては、そういう意味で重要な闘いだったのだろう。

■ 細川さんの闘いを振り返る

以下、敗因を考えてみるが、まずは候補者、選対、勝手連のみなさんに、全力で闘っていただいたことに心からお礼を言いたい。
現実の状況の中では、本当にミラクルなすばらしい闘いをしていただいたと思う。
ここで敗因を探るのは、当然ながら、ケチ付けや責任追及のためではないことをハッキリさせておきたい。

細川さんの敗因は、突き詰めれば一つだと私は思っている。
この15年の変化にキャッチアップしていなかった、ということだ。
私の設定した切り口に沿って言うならば、本当の争点を意識しきれなかったともいえる。

もちろん、安倍政権の危なさに対する危機感が細川さんを突き動かした大きな要因だったことは間違いない。ご本人もそう言っている。
が、残念なことに、その危ない政治の背景には、この15年間で激変した格差社会があるということに、細川さんの意識と公約は気がついていなかったように見える。

あるいは、格差の現実は見えていても、それこそが安倍が火をつけようとしている導火線の先にある爆弾だと言うことにまで、思いが至っていたようには見えない。
それが「脱原発=金持ちの道楽」という若い世代のニヒリズムをかえって煽る結果になってしまった。

細川さんが脱原発を最優先課題にあげたのは、本当に危機感があったことに加えて、いわゆる保守系から革新系まで幅広く反安倍の共闘をするには、脱原発しかないという思いもあったのではないかと推測する。
それは政治家や活動家レベルではそうだったかもしれないが、国民レベルではかならずしもそうではなかったということが、結果となって現れている。

また、選挙戦として必勝を期したかという点では、やはり統一問題がある。
細川さん自身が統一を望まなかったのだから、これは必勝を期したとは言えない。
統一できなかった時点で、99%負けは見えていた。
よって、一定の勝利を確定するための選挙という意味では、闘う前から終わっていたと言える。

私は、細川さんを支持し、細川で一本化を望んでいた。これは選挙だから当然のことだと思っている。
ただ、なぜ宇都宮ではなく細川だったのかという点では、多くの細川支持者とは見方が違う。
宇都宮で一本化すれば、細川の票は、半分は舛添に流れてしまうだろうと見たからだ。
票どころか、選対だってその可能性があった。

しかし、細川で一本化すれば、宇都宮の票は泣きながらでもほとんどが細川に流れる。
その判断を、冷酷だとか心がないと言われればその通りで、米国の大統領選挙の予備選のように、昨日まで憎しみの限りをぶつけていたのに、ケロッとして支援に回るような厚かましさがなければ、民主主義なんて言う方法で権力をとり、政策を変えることなんてできない。
政治的な主張や行動と、個人の感情が区別できないから、日本人はどこまでも支配され続けているとも言える。

票を増やして勝つということは、アイマイなぼやっとしてゆるい支持を増やすと言うことであり、固い票をより固く固めると言うことではない。
だから私は細川一本化を望んだのであり、それは今でも間違っていたとは思わない。

しかし現実は、候補者本人を筆頭に、そこまで無理をしてでも一本化して勝たなければならないという危機感が無く、こういう結果に終わった。
これで安倍晋三は,心おきなく導火線に火をつけるだろう。その火が爆弾まで到達するのに、1年なのか3年なのか、それは分からない。しかし、その時が来れば、「なぜあの時・・・・」と関係者一同がほぞを咬んで2014年2月を思いおこすことになるだろう。

もちろん、闘いがこれで終わるわけではない。戦前日本のような特高警察が闊歩するようになろうが、もう一度原発が爆発しようが、人類が絶滅しない限りは、未来永劫、悪政とそれに対する抵抗は何らかの形で続いていく。
ただ、今回の選挙で勝った場合と負けた場合で、その厳しさは大きな差があるということだ。

その厳しさにもかかわらず、今回の選挙は大きな意義もあった。
街頭が解放されたと言うことだ。

これは選挙という本旨とは外れるが、選挙を単に運動の手段として考えるならば、あれだけ多くの人々が街頭に溢れ、意見表明の場となることを目の当たりにした経験は大きい。
とくに、従来デモや集会などには怖くて行けなかった人が、選挙演説という敷居の低さ故に参加できた。
ツイキャスを撮ってくれていた担当者がナレーションしていたが、何かコンサートの後のような、良いもん見たなあという感覚を持ち帰ることができた。

これからの厳しい弾圧を想像すると、単純には喜べないが、やはり日本の民衆の経験としてはとても大きかったと思う。


■ 話を敗因に戻す

細川陣営の敗因は、15年の変化にキャッチアップしていなかったことだと書いた。
それは、格差社会こそが火薬庫なんだという認識が薄かったこと。
そしてもう一つは、マスメディアの変質に気がついていなかったことだ。

自身が朝日の記者だった細川さんは、まさかここまでマスメディアが権力と一体化しているということに、選挙戦が始まるまで気がつかなかったようだ。
おそらく、小泉さんとダブルで演説すれば、テレビにバンバン流れると踏んでいたのだろう。

たしかに当初は、朝日と毎日は好意的に報道し、産経と読売と日経は批判的という形になった。しかし、数日後には例によって「無視」が始まった。
ネガキャンではなく無視をするのが一番有効であるということは、小沢一郎に対する攻撃でメディアは経験済みだった。

そして先にあげたように、古巣の朝日ですら映像にモザイクを入れ、ほとんど偽装とも言える手法で舛添に肩入れした。
同じく報道ステーションで4候補対談という企画でも、細川さんに発言が回るときは「時間がありませんが・・」と10秒しか発言させないという徹底ぶりだった。

あの無視抹殺を経験した生活の党の面々が選対に入っていたのに、なんで・・とも思うが、やはり細川&小泉W元首相というインパクトは大きく、とくに昨年秋に小泉さんが脱原発を言い始めたときはマスメディアは諸手を挙げてもてはやしたのだから、甘い期待をしてしまったのもしかたないのかもしれない。

しかし、もうそんな幻想は捨てなくてはならない。
マスメディアは、個々の社員や記者の思いとは別に、広告主と自民党の広報機関だということだ。映像を改ざんしてまで、権力の意志を国民に刷り込む謀略機関と言っても言い過ぎではない。

ただし、今回に限っては、別の方法もあったようには思う。
細川さんの公約をもっと緩やかにしてしまう、という方法だ。

脱原発もややゆるくして、自然エネルギーを前面に出し、もう少しウケの良い政策をちりばめる。
自民党もあとでそれなりに組めるかな、と思わせるゆるーいリベラルを装えば、メディアもここまでやらなかったかもしれない。

そして、たぶん細川さんもそれはある程度意識して、自民党議員からもかなりの応援が来ると踏んでいたのではないだろうか。
しかし、即時原発ゼロ、を言った時点で、原子力村の巨大利権派それを許さなかった。
現代は、ゆるい中間派の存在を許さない状況になっている。その厳しい現実を、細川さんは読み違えたと言える。これもまた、15年のギャップということだ。


■ インターネット

細川陣営のネットに対する取り組みは、最後の1週間になってようやく体制を整えた。
これは準備期間のなさでもあるが、ネットに対する認識の薄さでもあった。
やはり当初はマスメディアに期待があったのだろう。ネットについては、ほぼ何もないと言っても良いくらいの有様だった。

後半の様々なネット作戦はかなり面白いものがあり、今後に向けて大いに参考になると思う。
とくに、ネットとリアルをつなぐという意識が強くでていた。

今の時点では、1000万人を母数とする小選挙区で、ネットを使って大きな風を起こすことは、まだまだ難しいが、今後はよりいっそうネットを活用するしかない状況になっていくだろうから、今回の経験は大きな糧になるだろう。

さて問題は、支援者のほうである。
ここで私が言いたいのは、ネットの匿名性と責任の所在だ。

ネットは一応匿名性があり、個人を特定されずに発言できるという自由がある。それ自体は否定されるべきではない。これを否定して、全部個人を特定されるようなことになると、秘密保護法どころじゃない超管理社会になってしまう。

しかし、発言に責任を持つということは、やはり個人の人格の問題だ。どこの誰だかまったく分からないでは、責任を問われることが無く、好き放題の放言と言うことにもなる。
実際、今回の選挙においては、どちらの支持者からも、見るに堪えない罵詈雑言の類が飛びかった。

この罵詈雑言を規制するのはネットの死、言論の死を意味するのであり、そうではない方法を提案したい。

と言っても簡単だ。
匿名の発言は、尊重するが無視しても良い というルール、モラルにするのだ。
匿名の発言はどんどんあって当然だし、良い意見はしっかり耳を傾けるけれども、何だコイツはというような発言はさっさと削除する。目に入っても無視する。

話がこじれるのは「反応する」からだ。
反応しないと「逃げている」、誠実じゃない、ずるい、という意識が働いて、罵詈雑言や著しく礼を失する発言に反応してしまうから、どんどんドツボにはまっていく。

面と向かっては絶対に言えないだろうというような発言は、内容の如何にかかわらず、無視すればいいのだ。
発言するのも自由だが、無視するのも自由。

ただし、匿名ではない発言は別だ。
個人を特定しての発言は、それはネット上であったとしても、面と向かって発言しているのとかわらない。
どこの誰だかが明確であれば、あのような罵詈雑言はなかなか発することはできない。
私自身、それを自戒する意味も含めて、実名での発信にしている。

本当に議論を深めたいのであれば、どこかで思い切って実在人物になって、ネット「上」ではなくネットを利用した議論に参加するべきだろう。

本当の匿名などネットにはないということでもある。
秘密保護法が施行されるまでもなく、警察はネットから簡単に個人を特定している。米国のNSAが世界中の何億通のメールを分析していることも報道されている事実だ。
ペンタゴンの作ったインターネットという仕組みに、本当の匿名があると思う方が幻想だろう。

だから、あまり意味のない話題を書いているうちは匿名で済むかもしれないが、意味のある濃い内容を発信し始めたら、あまり匿名だとは思わない方が良い。それを前提に行動する方が、私はむしろ安全なのではないかと思う。

というわけで、匿名の発言と、特定された人の発言は、分けて考えるというネットリテラシーを皆の心の中に持っておけば、実在するかどうかも分からないネット上の有名人に振り回されることはなくなる。参考までに拝聴するだけだ。

■ というわけで

これから数年間は、非常に厳しい状況での闘いが予想される。
この15年間で進んできた、「妥協」から「強制」への政治の基本姿勢の変化が、ここにきて完成をみるだろう。「妥協」のもとに少数派を保持してきた勢力は、もはや妥協をゆるさない異次元の弾圧におののくだろう。
「妥協」では済まないことに気がついて多数派を目指してきた勢力は、より一層の迫害に耐えていかねばならない。
そして、その目の前で、不満を鬱積させた若者を中心に、ファシズムの火が燃え上がることになるだろう。

その時になって、「なんであの時」と言い合うような醜態だけはしたくない。
負けてしまったことはもう確定したのだから、この先の苦しい時代を見据えて進むしかない。
ただでさえ苦しい時代を、より一層苦しくするような、そんなバカな真似だけはしたくない。

なんとか戦争を食い止めるために、何ができるのか。
カラ元気や決意表明ではなく、地に足を付けて考えたい


■ 追記

今回の選挙を見ていてもう一点痛感したのは、私の世代の責任だ。
ジャパンアズナンバーワン(1979年)からバブル(1989年)までに社会に出た、50代半ばから40代半ばの私の同世代は、戦後の時代で最も無風の時代を生きてきた。
60代が経験した安保闘争は、せいぜい幼い記憶でしかないし、この15年間の不景気のダメージもマトモにくらった20代30代ほどではない。

ほぼ何も主張せずに生きて来られた私たちは、大きな世代のギャップを作ってしまったようだ。これまで運動を引っぱってきた60代以上人々の言葉と、今動き始めた20代30代の人々の言葉が通じなくなっている。先に述べた経済格差とも相まって、お互いが異物に感じられているようだ。

私たち中間の世代の責任は重い。これもまた、これから何をすべきか、の大きな課題である





ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ  応援お願いします


2014-02-08(Sat)

もりひろ もりひろ もりひろ!

あと1時間ほどで選挙期間が終わる。

東京都知事選。もし自民党の候補である舛添要一が勝てば、翌日から安倍晋三は水を得た魚のように戦争へ戦争へと泳ぎ続けるだろう。

誰かに頼まれたからとか、テレビで見たことあるからとか、何か面白そう、とかの理由で舛添に投票しようとしている人は、その責任の重さに戦慄していただきたい。
ここで舛添に投票する人は、これから数十年にわたって、子々孫々に恨まれるのだ。その覚悟を持って、投票していただきたい。

NHKの朝ドラで、NHKにしては画期的な場面があった。戦争に行き身体をこわしてかえってきたゲンタが、食べ物がみな「自分が殺した死体」に見えて衰弱死しかけるのだ。
そう、戦争というのは殺される前に、「殺す」ことだ。何の恨みもない他国民を、撃ち殺し、刺し殺すのが戦争だ。

明日、舛添に、安倍晋三の手先である舛添に投票すると言うことは、戦争、殺人に手を貸す行為だと、自覚をもって投票に行っていただきたい。


内心では勝てないと思いながら、誰かに投票する人は、自らの良心に従った誇りを、いかなる非難の嵐の前にもくじけない覚悟を持って投票に行っていただきたい。
崇高な理念にもかかわらず、あなたは後生から愚か者扱いされるかもしれない。その不当な評価に臆することなく、勝てない候補に死に票を投じたプライドを死ぬまで捨てないでいただきたい。
どんな悲惨な結果を招いたとしても、決して言い訳せず、結果を考えずに良心に従ったのだと胸をはって死ぬまで生きていただきたい。

しかし、願わくば、東京都民の皆さんにお願いしたい。
連日、街頭に数万人を集め、原発ゼロと安倍政権を食い止めることを訴え続けた「細川もりひろ」さんに投票していただくことを。

自民、公明の一部が舛添に造反しているというウワサが本当ならば、細川候補には勝利の可能性がある。
小さい可能性ではあるが、それは確かに存在する。

それでも「保守」の細川に不信がある方は、ぜひこのタウンミーティングを見ていただきたい。
ほとんどの疑念は晴れるものと、私は感じている。1時間程度なので、ぜひ目を通していただきたい。



秘密保護法、ダンス規制、食べて応援、対米関係、中国韓国との関係、すべて明快に答えている。
9年近くこの反戦な家づくりを書いてきた私が、納得した。
はっきり言って、私も消去法で細川候補を支持してきた面があったのだが、これで90%納得できた。
(10%は違いがあって当然。人間なんだから。)

国家戦略特区については、表現はややゆるいが、公約に追記してある。
「雇用を守る方向での活用を考えています。昨年成立した、解雇規制の緩和、いわゆる「解雇特区」については、慎重に検討するべきです。」

少なくとも、細川候補以外を支持する人々から寄せられる、「細川は脱原発はブラフで首切り特区をつくるのが目的」という心のない言葉が、うそ八百であることはハッキリした。

コイズミを許せない、という気持ちは重々分かる。
しかし、あの天木直人さんが、亀井静香さんが「細川支持」の声をあげた。小泉純一郎のせいで人生を大きく転換することになったと言っても過言ではない二人が、細川候補を応援したのみならず、小泉純一郎を許し大いに評価したことを、よくよく噛みしめてほしい。

二人だけではない。今回細川さんを支持した人々の、たぶん半数は同じような思いを乗り越えている。
今も続くイラクの人々の苦しみを忘れろと言うのではない。恨みを持ちながらもしかし、本当の危機に際しては声を合わせるということができるのか。東京都民は、いや、注目する日本中の人々に、その資質が問われている。

この問いに正解はない。
しかし、正解かどうかは分からなくとも、きわめてエゴイスティックに私は言いたい。
私の子どもたちのために、どうか、どうか、どうか、舛添を安倍を勝たせないでほしい。
細川もりひろを 勝たせてほしい

もりひろ もりひろ もりひろ!




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ  応援お願いします


2014-02-03(Mon)

【都知事選】まず冷静に立ち位置を確認しよう (完結しました)

天下分け目の都知事選 あと1週間になった。

今回の選挙では、これまでにない「ディズリあい」がネットをにぎわわせ、ついにはリアルの世界にもかなり影響をおよぼしているらしい。
どうせなら楽しい話題で盛り上がりたいものだが、残念ながらだれも楽しくないディズリとかいうものの様相を、私も目にすることとなった。

内容はともかく、その言葉の投げつけあいの不寛容さは、あの在特会のヘイトスピーチをすら彷彿とさせる、と言ったら言い過ぎだろうか?

そこで、完全に頭に血が上っている方々は仕方ないとして、なんだかなあ と少し辟易してきたみなさんに、こんな表を見てもらいたいと思って、ちょっと作ってみた。

20140201-1.jpg

横軸は、支持する候補と、統一するべきかどうか
縦軸は、「当選」を優先するか、「たたかい方」を優先するか
奥行きは、現状の分立のままで自分の支持する候補が勝てるか

どれが良いとか悪いとかではなく、できるだけ客観的に自分の立ち位置を確認することができると思う。
そして、どうして自分はそう考えるのか、その根拠は何か、落ち着いて考えるきっかけになるのではないだろうか。

ちなみに、私は赤く囲ったボックスになる。
いかに善戦しても負けたらほんとにヤバイ、と思う。
よほど田母神さんに自公の組織票が流れない限り、分立すれば確実に共倒れだと思う。
だから、総得票では有利な細川に一本化するべきだと思う。

そう思う背景には、いろんな理由や考え方がある。それはそれで書きたいのだが、今日は体力的にきついので、この表についてにだけにしておく。

ネット上では多く見かける宇都宮支持の人々は、青で囲ったボックスになるようだ。
勝ち負けよりも今後につながるたたかい方が重要。
本音で勝てると思っている人はたぶんいない。
細川さんとは政策が違うから一本化は間違い。

これはこれで、私の考えとは違うけれども、ひとつの合理的な考え方だと思う。
なぜなら、今回負けても次のたたかいにつながれば良い、ということならば、無理な妥協をして運動の中心がガタガタになるようなたたかい方をするべきではないし、政策の周知と知名度をあげることを実質的な目標にすることは、決して間違いではないからだ。

逆に言うと、私の立っている赤ボックスと、多くの宇都宮支持者の青ボックスの決定的な違いは、勝たないと本気でヤバいのかどうか その認識の違い ということになる。

■■

私が「勝たないとヤバい」と感じているのは、はっきり言って原発ではない。原発ももちろんあるけど、それ以上に心配なのは、ファシズムに火がついてしまうことだ。

ファシズムというのは安倍晋三のことではない。まして田母神のことでもない。
彼らは火付け役をするだけであり、ファシズムの本体は、不満を鬱屈させた一般の民衆の中にある。
草むらにまかれた灯油のように、一気に火がつき、日本中を覆い尽くす。そうなったら、火と点けた安倍晋三にももうコントロールはできない。

一見普通の草むらに見える光景の中に、不気味な灯油が揮発する匂いがプンプンするのである。
この都議選で反安倍を掲げる勢力が惨敗すると、爆発的に引火する。そう思えてならないのだ。

安倍晋三を支持している者たちは、安倍政権の政策などまったく支持していない。
政策は反対だけど、政権は支持する これがあらゆる世論調査の結果だ。
ただひたすら、火をつけてくれるのを待ち望んでいるのだ。

皮肉なことに、今回、細川支持者VS宇都宮支持者で繰り広げられている「ディズリ」の不寛容な感情の爆発もまた、ファシズムの予兆に一役買っている。私はそういう思いで見ている。
罵倒合戦は、コアな支持者の見解を翻すことはできないし、ソフトな支持者は嫌気がさして投票率を下げる効果しかない。そんなことは、ちょと理屈で考えればわかることなのに、湧き上がる感情を抑えきれないのだろう。

このような、自分の目指す方向と自分の行動があきらかに矛盾するのに、それを抑えることができない。
自分と違う意見を、「俺とは違うけどお前はそう考えるんだな」と受け止めることが全くできない。
こういう状態が、例外ではなく一般的にひろく起きるようになっている。
この心性は、当面の内容は正反対ではあるが、ファシズムの下地とまったく同根であり、おそらくは容易に転換する可能性が高い。

こう書くとまた、そんなことあるか!!!という罵声が響き渡りそうだが・・・

■■

そんなわけで、私は、負けても次につなげばいいさ とはこの都知事選については思えない。

では、今のままで勝つ見込みは全くないのか、ということについて。

知事選というのは、全都が1選挙区で、当選者が一人しかいない。
つまり、得票率がそのまま結果につながるのである。

東京選挙区での自公の得票率は、2012年総選挙35% 2013年参議院44% だ。
ということは、自公以外を一本化できれば、勝つ可能性は十分にあるということ。
逆に、票がほぼ均等に割れれば絶望的 ということ。
これは客観的な前提だ。

そのうえで、宇都宮氏がなぜ勝てないか。
それは前回の知事選が語りつくしている。
良い悪いは別にして、中間層は共産党候補には入れない ということ。
共産党に入れるくらいな猪瀬さんに入れるわ、という結果があの信じられない大差になっている。

宇都宮氏が共産党候補というわけではなかったのは確かだが、一般都民はそんな厳密な判断はしない。
一昔前に比べれば少々ましになったとはいえ、共産党という文字が見えれば、ああ共産党ね と思ってしまうのだ。
これは私も共産党に同情するが、とにかく今はそういう現状を前提にして話をするしかない。

まして今回は、宇都宮氏は広い支援を確保する前に共産党推薦で出馬表明してしまった。
もうこの段階で、宇都宮氏は共産党と社民党の基礎票プラスアルファで、100万票内外しか取れないということが約束されてしまった。
普段は共産党に入れない脱原発派が、今回はと宇都宮氏に入れたとしても、参議院の時の数字を見れば160万程度にしかならない。

では、細川氏は当選できるのか。
現状ではかなり厳しいだろう。

細川陣営の目論見は、残念ながらかなり外れている。
小泉効果が、思ったほどではなかったということだ。

まず、社民党をひっくり返すことができなかった。
党首の意向より、福島夫妻の決断のほうが強かった。

次に、進次郎を動かすことができなかった。
自民党をかなり割るつもりだったのに、そこまでできなかった。

マスメディア対策も思い通りにはならなかった。
コイズミが出ていけば、まさかテレビは無視できないと踏んだのだろうが、そうは問屋が卸さなかった。
原子力利権は、完全にマスメディアを掌握している。

とどめは、旧来型の空中戦を主力にしているということだ。
地上戦を展開する部隊はなく、かといってネット対策はおざなりだ。
必然的に、街頭演説と有名人推薦 という旧来の手法に頼ることになる。

しかし、空中戦は前哨戦としては有効でも、それだけでは票にならないということは、選挙を知っている人には常識のはずだ。
アルタ前に1万人を集める元首相2人は、残念ながらその派手な印象ほどの圧倒的な票をあつめることはできない。

それでも、細川氏の場合は、共産党も自民党もいやだという漠然とした層=最大多数の無党派が投票する可能性があるので、

うわあああ だめだ眠い!!!!!!!!!!!!!!!!
続きはあした
(一日経過)
ということで、気を取り直して続きを

細川氏の場合は、共産党も自民党もいやだという漠然とした層=最大多数の無党派が投票する可能性があるので、今後の展開如何では、まったく希望がないわけではない。
今日日の銀座での街頭の様子をレポートしておられる下記のツイートを見ると、いくら空中戦だけでは票にならないとは言うものの、ただ事ではない。

Bfde3ExCcAA-JOH.jpg



細川さんの公式ツイキャスもよ~~やく始まり、この銀座の様子のライブ視聴者はなんと15000になったらしい。始めた初日で。やはり、ネットを見るような意識層からの注目度はものすごい。

@morihirotokyo2

http://twitcasting.tv/morihirotokyo2

また、ほんとかどうかは全くあてにならないが、創価学会が舛添を見捨てたのではないかというような報道もある。なにせ創価学会のことであるから、信用はしていないが、もし創価票の半分30万でも切り崩せればかなり大きい。
公明党のほうは、例年に増して期日前に動員して舛添に入れさせているらしく、その焦り具合から見ても案外、学会と公明党とで意見が割れているのかもしれない。

■■

こんな情勢であるから、とにかく今は少しでも可能性のある細川さんに一本化して、安倍にノーをつきつける窓を少しでも大きくしていくしかないと、やはり私は思う。
それは無理だ、という言葉は何百回も聞いたし、そんなことはわかりすぎるほどわかっている。
それでも、それがベターな道ならば、そう言い続けるべきだ。

なんで宇都宮さんじゃなくて細川さんで一本化なんだ!!!という猛抗議の声が聞こえてきそうだが、簡単だ。宇都宮さんになったら、情けないけれども細川支持の半分は舛添に流れてしまうからだ。
良いとか悪いとかじゃなくて、そういう現実だ。そういう票を取り込まなくては、勝てないということは、前回の選挙で誰よりも宇都宮さんが知っているはずだ。

候補者は二人とも最初から一本化は望んでいないのも事実だ。
だからこそ、それじゃあだめだと言いたい。

少なくとも、細川さんで一本化すべきだと訴えることで、反安倍の情勢には何も不利益は生じない。
もし実現すれば当選の確立が各段にあがるし、共産党も「やるときゃやるな」と株が上がる。中には「やっぱり政治は汚い」と言って、場外に退場してしまうナイーブな人もいるだろうが、多くの無党派層には「本気」が伝わるはずだ。

一本化が結局無理だったとしても、現状維持なのであって特に不利益はない。
むしろ、細川サイドが熱心に一本化を訴えることで、いくらかでも無党派層に「本気」を見せることができる。
漠然とした投票行動をとる人たちを「B層」と呼ぶ人がいるが、そんな侮り方をしてよく選挙を語れるものだ。有権者はかなり地に足が着いている。死に票になるのは嫌だから、当選する気のない候補には入れない。

現状の脱原発分立状態は、無党派から見れば「趣味」か「思想」の問題に見えており、政策や都政の問題には見えないだろう。なぜなら、誰が見ても自ら当選の可能性を閉ざしているからだ。口さがなく言わせてもらえば「あのひとたち、馬鹿じゃないの」というのが、なんとなく脱原発な人たちの世間相場の見方じゃないのだろうか。

マック赤坂さんがスマイルセラピーで世界平和を実現しようとしているのと、細川さんや宇都宮さんが脱原発を実現しようとしていることは、本質的に変わらないものに見える、ということだ。
いずれも、本人はいたって本気だけれども、当選しない本気は有権者から見れば、候補者の趣味なのだ。

だから、せめて主張するだけでも「一本化」を主張することは、「ああ本気だったんだ」と有権者に認めてもらうことにつながる可能性がある。これは、絶対に必要。あと一週間。ここにかけるべきだと私は思う。

細川さん本人は、会見など聞いているとそのへんがわかっていないような気がする。あたら首相経験者なだけに、あらかじめ有力候補者として有権者に認知されているだろう、という認識の甘さがあるようだ。
そのかわり、他候補のネガティブキャンペーンを一切しないという点では、候補と選対は徹底している。これは大したものだと思う。この正統派の構えを崩さずに、あくまでも「一本化」を主張することが、有権者の信頼になる。
共産党推薦になるわけではないから、保守派のなかの共産党嫌いが逃げだすこともない。

■■

孫崎享さんのように、投票直前の世論調査で有利な方に投票を集中しよう、という呼びかけもある。

しかし、マスメディアが政府広報であることを忘れてはいけない。
そんなことはすべてお見通しだ! とばかりに、全社一斉におこなった世論調査で、全社とも細川さん、宇都宮さんが横並びで舛添を追っている、という報道だ。
もし今後、細川さんに情勢が傾けば「宇都宮有利」と書くだろうし、宇都宮さんに勢いが着けば「細川有利」」と書くだろう。敵は、きれいに真っ二つにしたがっているのだから。

敵の広報誌に惑わされず、また、宇都宮陣営や彼の支持者に対するネガキャンや「仕返し」を完全に封印し、ただひたすら「政策実現のために細川に一本化を」を訴えるべきだ。
ヨニなんとかいうような、いくら中身は合理的でも、何様?と人格を疑われるような言い方は言葉は、本気で支援して当選してほしいと思う人は、唇噛んで我慢しなくては。

同時に、細川さんから宇都宮さんには「この15年のブランクの時代について、ぜひ教えを請いたい」と礼を尽くすべきだ。
あきらかに細川さんは時代認識が追いついていない面がある。
安部芳裕さんがIWJに投稿していた記事が、そのあたりをよく説明していたのだが、なにやらリンクがおかしくなっているので、少し長くなるが主要な部分を引用させていただく。

(【IWJブログ・特別寄稿】国家戦略特区と都知事選 (安部芳裕 プロジェクト99%代表)より)

 細川氏は、小泉氏が応援についたことで、さまざまな憶測が駆け巡っている。しかし、福島第一原発の事故を機に、原発を推進してきた過去の自分を反省し、改心したと素直に信じたい。引退して悠々自適な生活を送っていたのに、わざわざ魑魅魍魎の跋扈する政界に戻ってきて苦労する理由が見当たらない。

 TPP交渉参加や集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法制定に対しても批判的というニュースを見て少し安心した。

※細川氏、安倍政権への懸念強調 都知事選で政見(共同通信、2014年1月18日)

 ただ、国家戦略特区には賛成という立場を取ることを知り、不思議に思った。TPPに反対なら国家戦略特区にも反対でなければ整合性が取れない。

 小泉氏が応援していることで、新自由主義者というレッテルも一部で貼られているようである。

 しかし、細川氏自身が「小泉さんとは脱原発の一点のみで共闘。他は話しても合わない」と言っているように、全面的に影響を受けているわけでもなさそうだ。

 もう20年以上も前の話なので、若い人にはわからない話かもしれないが、当時の自民党は既得権益との癒着が酷く(現在もだが)、既得権益に囚われず、腐敗・金権政治の打倒を掲げて旗揚げしたのが日本新党である。地方主権・生活主権を標榜してリベラルで穏健な保守政党に国民の期待と関心が集まり、55年体制の崩壊をもたらした「新党ブーム」の火付け役となった。

 20年前に政界の第一線を退き、隠居生活を送っていた細川氏の感覚は、その頃のままなのではないか。当時はまだグローバルな資本の横暴は問題になっていなかった。

 規制改革が必ずしもすべて悪というわけではない。例えば東電の地域独占体制を改革して、電力を自由化することは国民の利益となる。細川氏は、特区を活用して同一労働同一賃金を打ち出した。これは国際労働機関(ILO)では原則であり、基本的人権と捉えられている。男・女や正規・非正規、人種などで差別は禁止となるので、一概に悪いとは言えない。ただ、かつては高い方へ同一化した賃金が、グルーバル化が進んだ現在では安い方へ同一化する懸念がある。

 細川氏に心配な点があるとすれば、この時代感覚のズレである。1%vs99%の対立に象徴されるようなグローバリゼーションや新自由主義の問題に対して疎いのではないだろうか。しかし、それも致し方ない気がする。そもそも政治の世界に戻るになど更々なかったのだから。このままでは日本が滅びる。その危機感が細川氏を突き動かしているのだろう。

(引用以上)

この細川さんのスキを、あと一週間、敵は徹底的についてくる。
さっそく「細川候補は、経済政策や領土問題の面で、田母神候補の方がオトモダチ」などという印象操作を図解入りでしてくれる大学教授もでてきた。
細川さんの会見をチェックしていれば、まったくの間違いだということは大学教授でなくともわかるはずであり、明らかに意図的な印象操作。もう何がなんでも一本化させない、という敵の意図の表れだ。

だからこそそれを逆手にとって、「宇都宮氏に教えを請う」ということが重要だ。
政策的にも、イメージ的にも、敵の印象操作を打ち破るためにも。

候補者本人にも、ぜひともそれをお願いし、そして、私たち支持者が、絶対に宇都宮さんに対するネガキャンに手を染めないことを切に望みたい。
それは、自分と同じ考えの人どうしの自己満足と、迷っている人をあちらへと押しやる効果しかない。もとからの支持者の拍手はあるかもしれないが、新たな票の獲得にはならない。
どうか冷静に、自分の立場を確認し、他人の避難ではなく、自分の説明をしていただきたい。

あと一週間。
ファシズムの爆燃を食い止めることができるかどうか。大きな審判が下る。

自由党 近畿ブロック
国民の生活が第一!
KINKILOGO.png
自由党
jiyutoulogo.jpg
山本太郎となかまたち
bnr_nakamatachi.png
生活フォーラム関西
なんとしても政権交代を!
20140723-3.jpg
ひとびとの経済政策研究会
松尾匡氏ら気鋭の経済学者による  政策提言と勉強会
ひとびとの
カレンダー
01 | 2014/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 -
リンク1
貴重な情報をいただいています
(順不同)
リンク2
ブログ内検索
twitter
田中龍作ジャーナル
20140723-4.gif
マガジン9条
パレスチナ・オリーブ
パレスチナで作られたオリーブオイルやオリーブ石けん。これはお勧め。
palestineolive.jpg
RSSフィード
blogranKing.net

カウンター
最近の記事
プロフィール

明月 こと 山岸飛鳥

Author:明月 こと 山岸飛鳥
木の家プロデュース 明月社 主宰
一級建築士
趣味 キコリ 畑
取り柄 貧乏
Email : info@mei-getsu.com

明月社のアルバム
明月社の作品や家づくりのアイディアなど ちょくちょく更新しています
アルバムLOGO
木の家プロデュース明月社
ホームページをリニューアルしました
meigetsusha.jpg
明月社へのご連絡

名前:
メール:
件名:
本文:

明月社 facebookページ
六甲菜園ブログ
郊外楽園プロジェクトの六甲菜園
rokkou-sides.jpg
おすすめの本
こんな時代だから、お薦めしたい本。アフィリエイトではありません。

自伝的戦後史(羽仁五郎) jidentekisengosi.jpg

おすすめの本 2
日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか

nihonhanaze.jpg

おすすめの本 3
日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか
nihonnhanaze2.jpg
おすすめの本 4
世界超恐慌の正体

sekaichoukyoukou.jpg

おすすめの本 5
そして、日本の富は略奪される

sositenihonnno.jpg

おすすめの本 6
コンクリートが危ない

conclete.jpg

おすすめの本 7
家を建てる。家づくりはたたかいだ

iewotateru.jpg