2015-11-24(Tue)

僕たちのアイデンティティー

大阪には縁もゆかりもある身としては、ダブル選について一言かいておかねばなるまい。

ただ、この数ヶ月、生業があまりに多忙で、選挙運動にはほとんど関われなかった。
なので、あるていど客観的な視点で、今後のためのメモを書いておく。

まず、開票結果

府知事
松井 一郎 2,025,387票 得票率64.1%
栗原 貴子 1,051,174票 得票率33.3%

市長
吉村 洋文 596,045票 得票率56.4%
柳本 顕 406,595票 得票率38.5%

知事はダブルスコア、市長もぐうの音の出ない惨敗だ。

状況を分析するために、5月の住民投票との比較をしてみたい。
出口調査での支持政党の割合を、表にした。

20151123.jpg
※維新は「「おおさか維新」と「維新の党」の合算。維新の党をまだ橋下の党だと思って回答している人が多いと思われるので。

棄権を含む支持率の変化を見てほしい。
維新も13%ほど減らしているが、自民は27%、公明はなんと62%、共産にいたっては70%も減っている。

つまり、今回の敗北の直接の原因は、自民、公明、共産の固いはずの支持者が投票に行かなかったということだ。
その他と書いてある中の多くは、社民と生活であり、これも前回の75%が棄権している。
これは決して責めているのではなく、現象をできるだけ正確に見ているのである。

言うまでも無いが、公明、共産、社民、生活の支持者が、前回とほぼ同じ投票をしていれば、余裕で勝てた。
これは、数字から明らかだ。
しかし、彼らは、共産との相乗り、自民との相乗りという呉越同舟を潔しとしなかった。
そんな投票をするくらいなら、維新が勝った方がマシだ、と判断した。
世の中全体の運命よりも、個人的なプライドを優先した。

この結果を見て、反維新・反自民の候補を出すべきだった、という人もいるが、それもまたナンセンスである。
反維新・反自民では、残念ながら大阪では勝負にならない。他の都市ならばともかく、大阪では今のところまったく勝ち目が無い。

もちろん、常に棄権する30%の目をひんむくような斬新な党が出てくればべつだけれども、思い起こせばそれが出はじめの頃の橋下維新だったわけで、そういうトリックスターに期待をするとろくなことにならない。
次は、より真性のファストが登場してきてもおかしくない。

やはり、ここで肝に銘じておかねばならないのは、自民と共産の組織に頼らなければ維新のようなヤクザな政党に対抗することもできないという、情けない現状である。
自共相乗りが良いとか悪いではなく、それ以外に方法がないという、自分たち自身の現状の無力さ、組織力のなさを、骨身にしみて確認しておかなければならない。

「よくやったね」とか「これからも頑張ろう」みたいな、さらっと流すような総括は、陰謀ではないかとおもえるくらい害悪だ。
「だめなこと」はちゃんと「だめ」なこととして、総括する必要がある。
そして、その最大の問題は、反維新・反自公には、共産党以外にほとんど組織力がない、ということだ。

もちろん、「○○がだめだった」という戦犯捜しもあまり意味がない。
「負ける形」にしか、わずかでも「勝つ可能性」がなかった、のだから、「負ける形」を後からあげつらっても、それは憂さ晴らしに過ぎない。そんなこと、最初から分かっていただろ ということだ。

■■

今回の大阪は、なにせ自民との相乗りで、自民党本部はリベラル側がいやがる応援弁士を選りすぐって送り込んできたわけで、それを嫌って棄権した人たちを、責める気持ちにはならない。
大局を見ていない、というのはまったく正論だし、私自身も歯を食いしばって栗原候補に投票したけれども、それができなかった人を責めるのは、ちょっとお門違いな気がする。
というか、皆が皆、そんな大局判断で投票行動できるような国ならば、そもそもこんな苦境にはなっていない。

所詮、安倍自民との相乗りというスーパーウルトラな戦術しかとりようがなかった現状の苦い汁を、じっくりと味わうしかない。
そして、こんなあまりにも不健全な相乗りではなく、オール沖縄のような「ひとつのアイデンティティ」「無二のプライド」を軸にした連合を、どうしたら作れるのか、腰を押しつけて考えなくてはならない。

大阪はたしかに特徴的な地域ではあるが、沖縄のようなやむにやまれぬアイデンティティはない。そこまでの過酷な歴史はない。
オール沖縄には、自民党はもちろん民主党すら入っていない。
オール沖縄に本土の私たちが学ぶことは何なのか。

それは、私たちのアイデンティティは何なのか、ということ。
「日本人」とか「国民」というと、いわゆる左陣営は拒絶反応を示すけれども、国という単位を嫌でも認めるのであれば、その単位でなにをどうするのか、から逃げるわけにいかない。

言葉だけ「日本人」とか「国民」と使わなければ、その責任を逃れるわけではない。
本質的には私も「国」なんて嫌いだが、その責任を放り出して コスモポリタンぶりっこをするわけにはいかない。

また、日本人は確かに多くの場合、抑圧者としてふるまっているけれども、そればかりではない。
米国の実質的な植民地として、非抑圧民族としての側面も、間違いなく持っている。
前者を強調するあまり、後者に目をふさぐのは、明らかにおかしい。

後者を主張するためにも、前者を反省しなければならないというのが、あたりまえの考え方だ。
「他民族を抑圧する民族は自由ではありえない」というエンゲルスの言葉の、双方向の意味を、左陣営の人たちはかみしめてほしい。

日本人が「民族の解放」を主張すること自体は、右翼でも何でもなく、当然の権利なのだ。

今や、そう主張するに足るだけの、過酷な植民地支配が明らかになっている。
これからも、軍事・経済両面で、この苛烈さは益していく一方だろう。

ここにこそ、私たちがよって立つアイデンティティがある。
これまで抑圧してきた他民族への責任を明確にしながら、その人たちとの連携も図りながら、「日本民族の解放」を明確にすることが、左右を超えて本気のプライドが呼び覚まされる。

言葉尻で、「あいつもついに極右になってしまった」と決めつけずに、じっくりとこのテーマを考えてみてほしい。

非常に大きな心理的な抵抗があるはずだ。その抵抗こそが、70年間の植民地支配を内側から支えてきたのだということに、気がついてほしい。

ここを軸にした組織作りこそが、どれだけ時間がかかるかは分からないが、日本の民主主義の産声になるだろうし、本物の政権交代につがなるだろう。




2015-11-11(Wed)

街宣についてのメモ

昨日は、京都で山本太郎さんの街宣のお手伝いに行ってきた。
太郎事務所も少ないスタッフで全国キャラバンを展開中で、猫の手にでもなればと、京都の方々とも声をかけあって集まった。

四条河原町のアーケードで、17時には太郎さんがお囃子のリズムにのって登場。街頭記者会見が始まった。
詳しい内容は、ツイキャス録画を記事の最後に貼り付けるので見ていただきたい。

ここでは、街宣を眺めていての感想、これからの参考になるかもしれないことなどを、とりとめなくメモしておきたい。

まず、いつも思うのは、ビールケースではちょっと低いということ。
田舎のほうでゆったりと集まれる場所ならばいいけれど、都会の真ん中は聴衆はすし詰めなので、背の低い人は顔が見えない。まして、後ろを通りかかる人からは、目立たない。

四条河原町の場所は、演台をおく車道際よりも通路部分のほうがやや高いので、まだしもマシなのだが、それでも物足りない。
目線のあう高さということとの兼ね合いで、あと15~20センチ高い方がいいと思う。

それでも、やはり太郎さんの知名度は抜群で、歩きながら「あ、山本太郎だ」と言う声が何回となく聞こえた。であるならば、やはり大きな名前看板を掲げる必要がある。立ち止まる人の数はぜんぜん違ってくると思う。

ただし、立ち止まる人が増えることができない状態でもあった。
限られた場所で、すし詰めでも100人足らずが精一杯。結局、約2時間の話を、ほぼ同じ顔ぶれが聞いていたようだ。
せっかく全国を回っているのだから、もっとたくさんの人に生の声を聞いてもらう工夫が必要だ。

通路を確保するために、虎ロープをはって、立ち止まる人は中に入ってもらったのだが、ややもすると、立ち止まってもらうのが目的なのか、立ち止まらせないのが目的なのか、わからなくなるところがある。
通行が滞ると、「立ち止まらないでくださーい」と声をあげ始めてしまう。ちょっと写メと思った人は、あきらめて立ち去ってしまう。
やむを得ないとはいえ、もう少し配慮というか、「聞いてってや」という気持ちをつたえることが必要だろう。

迷惑はかけないに越したことはないが、街宣にしてもデモにしても、まったく迷惑をかけないということはあり得ない。迷惑にもならないようなショボいものでは意味が無い、ともいえる。
だから、その限度を見極めながらも、規制を先行させるのではなく、できるだけ範囲を広げていく指向性がほしい。
「ごめんやっしゃ ごめんやっしゃ」の精神だ。

できるだけたくさんの人に、という意味では、場所を移動するとか、30分単位で一回区切って入れ替え制にするとかも必要だろう。
とにかく、昨日の感触としては、太郎さんの知名度を生かし切れなかったという印象がある。

また、支援者やボランティアのほうの配慮として、事前の告知で来た人たちは、最初はにぎやかしで集まっていても、通りがかりの人が立ち止まり始めたら場所をあけるべきだ。
支持者やファンは、遠巻きにして、偶然とおりがかって「あ、山本太郎や」と好奇心をかき立てられた人たちに席を譲るべし。
太郎さんが何のために全国を回っているのか、思いやって行動したい。

総じて、街宣の目的が何なのかを明確にした方がいい。
一人でも多くの人に聞いてもらいたいのならば、せっかく街宣車があるのだから、街宣車を使った方がいい。
目線を合わせてということならば、移動や入れ替えが必要。
支持者に生の声を、ということならば箱会場にすべきだ。

どれも大事なので、どうしても欲張ってしまうのは無理もないけれども、割り切りが必要ではないかと感じた。

■■

街宣の内容としては、大型テレビの登場が目を引いた。
60インチのテレビを据えて、パワーポイントや動画を流しながら、話をしていくのは、非常にいいアイディアだと思う。
実はわたしも、これを各地でやったらどうかと思い、50インチテレビの値段を調べていた。50まででマイナーメーカーならば、
そんなに高くないので、各地のメンバーが少しずつ資金を出し合えば、実現できそうな気がする。

太郎さん本人が回れないところでも、街頭テレビで流すことはできる。
もちろん、太郎さんに限らず、面白そうな映像をながす街宣は有効な手段だと思う。

ただし、昨日の様子をみていると、なにせ重いうえにこわれ物なので、これの設置や運搬にかなりスタッフの手がとられていた。
このへんの工夫も今後の課題だろう。

街頭記者会見という体裁だったので、聴衆からの質問もはいっていた。が、もちろん時間的には太郎さんがほぼ2時間しゃべりたおした格好だ。
たしかに彼の話術はスキルアップしているし、テレビ効果もあってわかりやすのだけれど、それにしても同じ人の話を立ったままで2時間はなかなかつらい。私が寝不足だったせいもあるけれど、だんだん頭がぼーとしてくる。

司会者を入れて、掛け合いにすると、かなり聞きやすくなるのではないだろうか。95%は太郎さんが話すとしても、ときどき間の手をいれたり、ツッコミを入れたりするだけで、かなり空気はほぐれると思う。
漫才という芸はよく考えられているのだ。

最後に、ボランティアについて。
昨日は太郎事務所のスタッフ以外に、たぶん10数人のボランティアが集まった。その顔ぶれは、市議選に挑戦した広海ロクローさんをはじめ、私が最近言っている「主催できる人」たちだ。各選挙区でリーダーとして動けるような人が、声を掛け合ってあつまって来ている。
本来は、こうした人々を、しっかりと「なかまたち」として組織化することが最重要なのではないだろうか。

しかし、あまりの慌ただしさの中で、ボランティアとして集まり、終わったら散るということにとどまっているのは、いかにももったいない限りである。
各地でバラバラに活動している人たちが、この機会をきっかけにつながっていくことを期待したい。

以上、今後の自分たちの活動のために、メモしておきたい

■■

本日、11月11日は17時から神戸三宮マルイ前で、山本太郎さんの街頭記者会見がある。
私は仕事で欠席するけれども、お手伝い行ける方はぜひとも駆けつけていただきたい。

※昨日の京都街宣の様子 ↓




2015-11-01(Sun)

本気で連携していくためには

この世は謀略だらけだ。

謀略と聞くと、ハリウッドでつくられる荒唐無稽なスパイ映画を思い出す人もいるだろう。

もうちょっと情報通の人は、ユダヤの云々 という、秘密組織が世界を牛耳っている的な話を耳にしたり、信じているかもしれない。

しかし、謀略というのは、歴史を振り返れば、ごく普通の国家権力が、ごく普通に行ってきたことだ。
これを、荒唐無稽のSFや、得体の知れない秘密組織に仕立ててしまうことは、かえって普通に行われている謀略を見過ごし、だまされる結果になる。

そもそも、謀略で始まらなかった戦争はない、というくらい、20世紀に入ってからの戦争は謀略だらけだ。
かつての日本の柳条湖、上海、盧溝橋などの「事件」と称されているものは言うに及ばず、謀略を使わずに、正面から「戦争始めるぞ」と言って始めた戦争を見つけるのは難しい。

戦争に限らず、政治や経済のありとあらゆる場面で謀略ははびこっている。
例えば、景気対策と称して巨額の公金を株式にぶち込んで、株価だけつり上げるのは謀略ではないのか。
消費税は福祉に使いますと称して、それ以上の額の法人税を減税するのは、謀略ではないのか。

マスメディアと一体となった謀略は、ほぼ全ての政策において仕組まれているといっても過言ではない。

かつて、80年代までは、こうしたウソとダマシの政治もあったけれども、そればかりではなく、むしろアメとムチの政治の方が主流だった。悪政にはアメをセットにして妥協させる、という手法だ。
しかし、80年代をとおして新自由主義に侵され、外資(国際金融資本)に富が流れ出し、アメを用意する余裕がなくなった日本では、もっぱらウソとダマシが主流になった。 全国民向けにアメを用意するよりも、マスメディアを籠絡するほうがはるかに安価に済むからだ。

かくして、この国も世界標準=謀略だらけの国になった。

■■

しかし、こうした権力者が直接ふりまわず謀略は、まだわかりやすい。
一度気が付いて、よくよく疑い深く見ていれば、どれもこれもウソだと言うことを見破ることはできる。

問題は、「善く見える」謀略だ。
一番良い例は、アラブの春だろう。

前の記事でも書いたけれども、いかに親米政権であっても、独裁者が調子に乗りすぎて制御できなくなった時は、排除される。
まして、反米政権であればなおさらである。
CIAというのは、別に映画の世界ではなく、ごくごく当たり前に業務としてそういうことをずっとやり続けている。

そして、最近の際だった特徴は、CIAの出先機関は、「正義の市民」の姿をとることがある、ということだ。
たしかに、独裁者に抵抗するのだから、ほとんど誰も違和感を抱かない。

しかし、そこには一つの明確な特徴がある。
自分たちを越えて「過激」に変革を望むものを、徹底的に排除するということだ。
そして、往々にしてインテリ中心主義である、という傾向もある。

エジプトは、まさにそうした経過をたどった。
「制御できなくなったムバラクを排除する」というCIAの目的をはるかにこえて、ムスリム同胞団のムルシ大統領が合法的に誕生してしまうという事態に対して、「リベラル」派と称する「市民」がデモを扇動し、軍のクーデターを支えた。
かくして、エジプトは「無事」に傀儡政権が復活した。

こうした経験から私たちは、もう一段感覚を研ぎ澄ます必要がある。
一見すると正義の市民であっても、本当の立ち位置がなんなのか、よくよく見極める必要がある。

■■

その際に、私なりの考えを列記しておく。

①二面性をちゃんと見る。 アラブの春も、一方的な謀略で悪い面ばかりではもちろんない。やはり独裁に耐えかねた人民の怒りや願いがそこにはあったのであり、いかに謀略が混じっていたからといって、その全体が不純なものであったわけではない。

②既存の運動との連携。 これまで細々とでも続けてきた市民運動や労働運動などとにどのような関係を持とうとしているか。批判はもちろんあっても、これまでの歴史にリスペクトがあるか。

③参加階層。 極端なインテリ中心主義になっていないか。まったく一般の人々が、観客ではなく主体的に参加していく道が用意されているかどうか。

④できすぎ感。 話がうますぎないか?という単純な疑問。

例えば、オール沖縄の運動に対して、非常に懐疑的な人がいる。
私も、最初はかなり慎重に情報を集め、上記のような観点でよくよく考えてみた。
その結果として、翁長知事は本物だと判断し、応援しようと思った。

また、小泉純一郎の反原発についてもそうだ。
これもよくよく考えて、そしてこちらは私はクロだと判断した。
小泉純一郎が欲しいのは、脱原発であると同時に、使用済み燃料の最終処分場なのではないか、と私は思っている。

しかしそれでも、二面性を評価するという意味で、コイズミが関わっている脱原発であっても、あたまから排除するべきではないと思うし、その功罪を判断しながら、個別に連携するべき時は連携すればいいのだと思う。

■■

このように、今の社会は、きわめて入り組んでいて複雑だ。
中東の状況を一口ではとても説明できないのと、実は同じような複雑さが日本にもあるのだと感じている。

だからこそ、できるだけ広く連携するためには、むしろ自分のコアをちゃんともっておくことだ。
これは変えない、ここに帰れる、そういうコアを持っていないと、運動に翻弄され、引き回しや裏切りに絶望してしまうかもしれない。

いや、そうやって絶望させることこそが、謀略の目的なのではないか。

わたしが、山本太郎を旗頭にして、組織を作るべきだと主張しているのは、そういうことだ。
それぞれのコアをしっかりと持つことが、謀略にあふれるこの世の中で、大胆に広く連携していけるキモなのではないだろうか。




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