2016-02-23(Tue)

今話題の「保育園落ちた日本死ね」について

たぶん、今一番アクセスの多いブログになった 「保育園落ちた日本死ね!!」について、ひねくれ者の私はちょっと別の視点から見ている。

本文は、リンクで本物を見ていただきたい。
ぶち切れ言葉ではあるが、なかなかうまい政権批判にもなっている。
私が気になっているのは、そうした内容や言葉遣いではなく、妙に好意的なマスメディアの報道だ。

政権批判した上に「日本死ね」とくるのだから、これまでのマスメディアであれば、批判的な論調が主になるはずだ。
そもそも、これほど取り上げること自体が異例である。

ネット上でも、それこそネトウヨがよだれを垂らして総攻撃しそうなものだが、元ブログのコメント欄を見ても、訳の分からないコメントは多いけれども、いわゆるネトウヨ総攻撃の様相ではない。
これまた不思議な現象である。

かといって、このブログ主がやらせで書いているとも思わない。
やらせならば、もっと共感の得やすいお涙頂戴の物語を広告屋さんがプロデュースするだろう。

この一連の報道と、ネトウヨに対する規制(たぶん)から私が想像するのは、以下のストーリーだ。

参院選前に初の女性総理誕生

今のまま安倍政権で参院選に突入し、万が一にも野党がオリーブの木を組んで共闘したときには、自公もかなり厳しい結果が考えられる。
そもそも、同志である極右と、主人である従米の板挟みで、精神的に破綻しかけている安倍晋三は、参院選を戦うことはできないのではないだろうか。

さまざまな状況証拠から4月24日総選挙を唱える人もいるが、(その可能性も否定はしないが)むしろ総辞職して首相をすげ替えてから選挙に臨むのではないか。
そして、その新首相は、女性ではないかと思うのだ。

その人選も、極右と従米で真っ二つだ。
極右はもちろん稲田朋美を推すだろうし、従米派は期間限定で野田聖子を担ぐのではないか。
官僚を主体とする従米派が野田聖子と手打ちできれば、そうなる可能性が高い。
敵にとって一番大事なことは安倍晋三のメンツではなく、「勝つ」ことだからだ。

そんな折りに、話題になったのが「保育園落ちた日本死ね」のブログである。
これは使える、と従米派は直感したのではないか。

政治的にも経済的にも極端な安倍路線を批判し、穏健派として野田聖子が登場し、目玉政策として働くママの支援を大々的に打ち出す。もちろん、保育園の大増設も。(たぶん保育園ではなくこども園だろうが)

そんなストーリーにぴたっとハマる話題のブログ。
かくして、メディアには指令が下り、ネトウヨには規制がかかった。

もちろん、以上は私の想像だ。
かのブログ主を批判するつもりはないどころか、言いたい気持ちはすごく分かる。
しかし、不自然な現象には「何かある」とみるのが、リテラシーとか言うやつじゃないのか、と思うのだ。



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2016-02-22(Mon)

丸山和也の妄言を擁護してみたりする その2

前編がぜんぜん炎上しなかったのでかったので拍子抜けしつつ、続きを書いてみる。
前編を呼んでいない方はこちらから → 【炎上覚悟】丸山和也の妄言を擁護してみたりする

丸山が従米右翼が、決して口に出してはいけないタブーを国会でしゃべくってしまったことで、安倍晋三は真っ青になった。そして、「「日本を米国の51番目の州にしてほしい!!」という従米右翼の理想郷についてこれ以上触れられないために、「奴隷」発言だけを叩き、早いこと丸山を消し去ろうと画策した。

案の定、早速こんなスキャンダルが出てきた。

丸山和也氏に「不倫調査探偵事務所の女性と不倫」疑惑
2016.02.22 Newsポストセブン


もはや丸山は政治家として抹殺される運命にあるようだ。
だったら、最後にテレビカメラの生放送で、言いたい放題言ってからやめてほしいものだ。

丸山の発言は、日本を米国の51番目の州にしたら何か問題ありますか?というものだった。
これに対して、与野党をふくめて、本当に応えられる政治家はいるだろうか?
これを読んでいるあなたはどうだろうか?

この問いに改めて答えようとすると、国粋右翼、従米右翼の本音があらわになるのはもちろん、左翼の多くも本音では従米だったりすることも見えてくるはずだ。

何よりも、右翼でも左翼でもない人々が、「そういえば、何でだろう?」と考え始めることが、安倍晋三にとっては一番恐ろしい。
「独立」ということを国民が意識してしまうことは、左右に関係なく、この国の政治家の絶対のタブーであり、そういうきっかけを作ってしまった政治家は、必ず政治生命を抹殺される。

直接は丸山の発言ではあるが、それをうまく処理せずに、丸山の「51番目の州」発言を国民が「?」と思って考え始めてしまったら、安倍晋三もかならず責任を問われて、またしても突然辞任ということになる。

独立なんて全然していないのに、なんとなく漠然と独立国だと思わせておく。
これが日本にかけられた魔法だ。
対米従属を嘆く左翼勢力ですら、「日本の独立」を決してスローガンに掲げることはしない。
米軍も安保もない9条を堂々と主張できず、安保の傘の下の9条に安住しているからだ。

だから野党も丸山発言を批判するのに、本筋でない黒人差別問題だけを取り上げ、「51番目の州」問題はなかったことにしてしまった。
なぜ「51番目の州」ではいけないのか。今の日本は本当に独立してるのか。正面から議論することから、さっさと逃げてしまった。

それにしても、今回の政治家からメディアから国民から、一連の「丸山発言」への対応で、やっぱり日本は独立国じゃない、ということが証明されたとも言える。

日本以外の国で、国会議員が、自国を他国の州にしろ と発言したらどうなるか。
他人のことなら想像できるだろう。

その想像とは全然違うのが、今の日本だ。

独立なき植民地に民主主義などありえない。
こんな単純明快なことを、右も左も口にしないのが、魔法の国・日本の姿だと言うことが、今回の「丸山発言」でよく分かった。

道は遠いけれども、「反戦・独立」こそが、左右をこえた日本の進むべき方向だ。



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2016-02-20(Sat)

【炎上覚悟】丸山和也の妄言を擁護してみたりする

「ついにレイシズムに毒されたか」と思われるかもしれないが、この際、あえて丸山和也のあの発言を擁護してみる。
擁護は言い過ぎかもしれないが、少なくとも、丸山の発言の全文を読んでから批判をするべきではないか、という点については、ネトウヨ諸君に同意する。

まずは、全文をハフィントンポストから引用する。

(以下The Huffington Post: 2016年02月17日 )

憲法上の問題でもありますけれど、ややユートピア的かもわかりませんけれども、例えば、日本がですよ、アメリカの第51番目の州になるということについてですね、例えばですよ、憲法上どのような問題があるのかないのか。例えばですね、そうするとですね、例えば集団的自衛権、安保条約、これまったく問題になりませんね。それから今、例えば、拉致問題ってありますけれど、拉致問題って恐らく起こってないでしょう。それからいわゆる国の借金問題についてでも、こういう行政監視の効かないような、ズタズタな状態には絶対なっていないと思うんですね。

これはですね、例えば日本がなくなることじゃなくて、例えばアメリカの制度によれば、人口比において下院議員の数が決まるんですね。比例して。それとですね、恐らく日本州というような、最大の下院議員選出州を持つと思うんです、数でね。上院は、州1個で2人。日本をいくつかの州に分けるとすると、十数人の上院議員もできるとなると、これはですね、世界の中の日本というけれども、日本州の出身が、アメリカの大統領になるという可能性が出てくるようになるんですよ。ということは、世界の中心で行動できる日本という、まあ、その時は日本とは言わないんですけれども、あり得るということなんですね。

バカみたいな話だと思われるかもしれないかもしれませんが、例えば今、アメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。はっきり言って。リンカーンが奴隷解放をやったと。でも、公民権も何もない。マーティン・ルーサー・キング(牧師)が出て、公民権運動の中で公民権が与えられた。でもですね、まさか、アメリカの建国、当初の時代に、黒人・奴隷がアメリカの大統領になるとは考えもしない。これだけのですね、ダイナミックの変革をしていく国なんです。

そういう観点から、例えば日本がですね、そういうことについて、憲法上の問題があるのかないのか、どういうことかとお聞きしたい。
(引用以上)

まず、これが黒人差別なのか、オバマ大統領対する侮辱であるのか、について。

文脈を見ると、丸山は黒人差別やオバマ侮辱の意図は無いと判断できる。
むしろ、黒人差別を乗り越えて黒人大統領を生んだアメリカを絶賛しているというのが話の主旨だ。
そうとしか読めない。

ただ、まったく問題がないかというとそんなことはなくて、言葉の使い方を間違っているし、その結果として差別だと言われても仕方ない言い回しになっている。
「これは奴隷ですよ」というところを、「黒人は米国建国のころは奴隷だったのですよ」と言っていれば、丸山の発言の主旨が伝わるものになっていたはずだ。
「これは奴隷ですよ」だけでは、確かに「黒人は(今でも)奴隷だ」という差別発言だと言われればそうなるし、「オバマ大統領は奴隷の血を引いている」という事実誤認だと言われればこれも否定できない。

ただ、文脈を見れば、そういう意図で丸山が言っているのでないことは明白である。
そこを無視して、無理筋で「差別だ」という批判を展開するのは、むしろ、丸山発言で顔面蒼白になった自民党をホッとさせることなのだと言うことに、野党諸氏は気がついているのだろうか。



では、丸山は何を言いたかったのか。そして、自民党は丸山発言の何に驚がくしたのか。

それもまた、発言を読めば誰でも分かる。
「何を言っているのか分からない」という批判もあったが、そんなはずはない。丸山の意図はともかく、言っていることは単純だ。
要するに、『植民地から正規の州に格上げしてもらおう』ということだ。そうすれば、万事上手くおさまって、日本人の米国大統領を輩出することができるかもしれない。という話だ。

これはまさに、従米派の本音中の本音。夢見る物語だ。
実は右翼でも愛国でもない日本の従米右翼の理想郷だ。

しかし、日本の右翼は、日本の独立を本気で願う勢力を、従米というくびきにつなぎ止めるためにマッカーサーに保護され育成された。だから、独立派をだますという仕事のためには、自分たちの理想を決して口にすることは許されなかった。

その70年間のタブーを、丸山はポロッと言ってしまったのだ。それも国会という場で。
これは安倍晋三にしてみれば飲みかけの味噌汁を鼻から吹き出すほどの驚がくだったろう。
安倍晋三こそは、極右ポーズで独立派右翼をだまくらかして従米させるという使命のために、育成されてきた政治家だからだ。
安倍自身は、ミイラ取りがミイラになって個人的には極右大好きになってしまったけれど、しかし、与えられた使命は忘れてはいない。心の同志を裏切って、植民地支配を徹底するために、猛烈にイライラしながら日々を過ごしている。

そこへ、安倍晋三がもっとも隠しておきたい「使命」を、丸山があけすけに語ってしまったのだ。

安倍にとって「幸い」だったのは、丸山の発言が「黒人差別」にもとれることだった。
「ここに絞って批判しろ」と、飼い慣らしたメディアに指令を飛ばしたはずだ。

(時間切れなので、ここでいったんアップします。つづきは→ その2へ



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2016-02-18(Thu)

信金さんと話をしていて思ったこと

最近、うちのようなミニマムな事務所にも信金さんが営業に来る。

わずかな貯金でも、メガバンクにおいとくよりは信金のほうが悪いことに使われる可能性が低いし、住宅ローンの利子だってホントはメガバンクには一円だって払いたくないから損をしないならば借り換えしてもいいよ、てな話をしていた。

信金さんもなかなかしっかり者で、あれこれ言いながら、月に1万円でいいから積み立てをしてくれと言う。まあ、これもいつでも解約OKだというので考えてみようかと思ったその時、信金さんは不思議なことを言った。
「毎月○日頃に、集金にお邪魔します」

へええ、今時てくてく集金に来るなんてことするのかと尋ねると、やはり地回りの営業は顔を会わせてナンボのものらしい。
自動引き落としにしてしまうと、訪問しても「何しに来たの?」と言われたりするので、できるだけ集金にしているのだそうだ。

ああなるほど、これが地域で活動するということなんだな、と妙に納得してしまった。

私の仕事は木の家の設計で、もともとレアな需要なので、地域密着ではほとんど仕事にならない。お客さんは関西のあちらこちらから声をかけていただく。電車で2時間までならばありがたく引き受けることにしている。
現在はなぜか東京でも1軒やらせてもらっているが、新幹線の中はけっこう仕事できるので、思ったより負担は大きくない。

それはともかく、とにかく私は地域密着にはほど遠い暮らしをしてきたので、信金さんの話は新鮮だった。
そういえば、昨年は自分の設計事務所を始めてから10年をすぎて、やっと地元で設計をさせてもらった。知り合いの工務店からの紹介だったのだが、その工務店の営業さんも、まさに地元密着。施主さんの家族が入院したら病院までお見舞いに行くほどで、時間をかけて信頼を得ている様子だった。

こういう世界は私はとっても苦手で、実は独立以前に勤めていた会社もけっこう地元系だったけれども、地回り系の動きは避けて通っていた。
家の設計は、イヤでも建てる人の感覚やプライバシーに立ち入らざるをえないので、むしろ一線を引いておかないとお互いに距離が保てなくなる気がするせいもあるが、やはりなんと言っても、苦手なのだ。



信金さんが私の虎の子の1万円札を握りしめて帰った後、やはり例の政権交代の戦略「10人ー100人-1000人」を思い出してしまった。
選挙も地回り営業も、ほとんど一緒なのじゃないか と。

自民や公明が強いのは、こういう地回り営業をやって、小渕優子ワインや稲田朋美のともみの酒を配ったりしているからだ。ポイントは、酒や観劇もあるけれども、やはり日頃後援会が顔と顔をつないでいるというところにある。

共産党も自公ほどではないだろうけれども、赤旗ネットワークでつながっているし、民商の確定申告やら、定例の署名運動やらでつながりを絶やさないようにしているようだ。

「地域のリーダーになる10人」までは、これまでの延長で探すことができそうだ。その次の「活動できる100人」も、ある程度空中戦というかネットなども活用することができる。しかし、その先の「支える1000人」は足と顔しかない。
そういう活動を広げていくためには、やはり「道具」がいる。

私のように地回りが苦手な人ばかりではないかもしれないが、それでも何かきっかけが無ければ、他人の家を訪ねて回るのはやはり気が引けるものだろう。
まさかワインを配るわけにはいかないので、やはり何らかのお便りということになる。
月に1回、お便りを届けに行き、ポスティングのお願いや勉強会のお誘いなどしつつ、少しばかり話してくる。
そしてそのお便りは、生活実感に根ざしたものでなければならないし、本気で政権交代して良くするためのものでなければならない。

ざっくりした意見広告のようなものでダメだ。
信金さんも、少しでも金利の安い住宅ローンの借り換えやら、ちょっとでも客のためになるものを探して持ってくる。
ワインや観劇ではない利益とは、「本気で良くする」ということだ。
その本気さと現実性が伝わらないような夢物語や意見広告では、日々に忙しい人々は取り合ってくれない。

寒い中、ウチのような金のない自営業者まで営業にまわる信金さんの姿を見て、そんなことを思った。



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2016-02-15(Mon)

たとえば署名運動の有効性を考えてみる

いろんな集会に行くと、入り口で多種多様な署名を集める人たちが並んでいる。
頼まれればなんとなく書いたりするけれども、さて、それが厳密にどういう署名なのかは理解していないし、集まったことでどのような効果があるのかもわからない。

ネット署名にいたっては、なんとかorgとかいうサイトから、次から次へ署名の要請メールが送られてくる。もう訳が分からない。
たしかに署名はカネもかからないし、時間もいらない一番簡単な運動参加かもしれない。
書いたことによって、そこから問題に関心を持つかもしれない。
そのような効用は否定できない。

また、こんな記事もあって、ちょっとビックリ。こんな効果もあるのか。。。と。
署名運動の効果を考える(愛知県保険医協会)

ここで書かれている結論はなんと、署名用紙が「魔法の『増患』ツール」だというのだ。
患者に「病院の窓口負担権限を求める署名用紙」を送ったところ、良い医者だと思われて患者が増えた、というお話。
まあ、悪いことではないけれども、「増患ツール」と言われると、患者側の立場としては鼻白んでしまう。

こんな例も含めて、署名運動にどんな効果があるのかを考えることは、なかなか良い頭の運動になるはずだ。

■■

まずは、署名で求めている項目が、そのまま実現するケース。また、満額回答でなくとも、それなりに要求が叶えられるケース。
それはどのくらいあるのだろうか。

これを考えるには、まず55年体制という戦後の政治の枠組みを理解しておく必要がある。
自民党と社会党という1.5大政党制であり、米国や英国の2大政党制とは違う形での調整機構があった。
2大政党制は政権交代によって、極端に流れないように調整してきたが、日本の1.5大政党制は、自民党が政権を独占しつつ、社会党が要求窓口になって自民党に若干の妥協を迫る、というシステムだった。

その背景にあったのは、ひとつには戦後復興から高度経済成長へと進んだ経済的なゆとりであり、もう一つはあまり国民を怒らせると共産主義革命を起こされるかもしれないという警戒感だった。
そんな中で、(意地の悪い言い方をすれば)自民党は社会党を「アドバイザー」として国民の生活を保障する政党となり、長期安定政権を築くことができた。

このような55年体制下では、社会党を窓口とした要求は、それなりに実現される可能性があった。署名運動もテーマによっては実効性があったのである。
もちろん、あらかじめ大枠は自民党と社会党の間で決められていたようだが、署名を積み上げることで社会党も強くでることができたから、妥協ラインを押し上げることができたと想像できる。

この55年体制が崩れたのは、一つにはソ連崩壊で「共産主義」に対する警戒が薄れたこと、さらに、経済成長に陰りが出て経済的なゆとりがなくなったこと、これらが1990年代の始まりとともに一気に進行したことによる。
そんな時代要因のまっただなかで、小沢一郎氏が妥協の1.5大政党ではなく、政権交代の2大政党を目指して新進党を作り、自民党長期政権を倒したことで、名実ともに55年体制は終わりを告げた。

とどめを刺したのは、社会党が自民党と連立政権を組むという驚天動地の出来事で、これによって社会党は自らの使命を自ら断ち切ってしまった。

■■

さて、こうして崩壊した55年体制の後には、小沢氏が思い描いた2大政党制はやってこなかった。
国民の中にそのような基盤がないところに、政党の枠組みだけ2大政党にしたとことで、長続きはしなかったのだ。

結局、自民党と民主党の1.5大政党制に後戻りしたあげく、民主党は社会党ほどに庶民の要求窓口にはならず、自民党も妥協しながら政権を維持するという手法をとらなくなっていった。
その集大成が小泉政権だ。

首相官邸が権力を掌握し、独裁的にものごとを進めていく現在も行われているやりかたは、小泉政権で確立された。
もはや55年体制など跡形もなく、文句を言う自民党内勢力に対して刺客候補を送るという苛烈な手法で権力を手に入れた。

こうなると、署名運動というものは直接的な効果を持ち得なくなる。
まず、政権に直にとどく窓口がない。かつての自民党と社会党のような妥協のためのシステムがないのだから、積み上がった署名は提出先に積み上がったままになる。

もちろん、個別課題の中には成果を得たものもあっただろう。
いくら小泉以降の自民党でも、国民が死に絶えてしまっては働いてGDPを稼ぐものも、税金を払うものもいなくなるということは無視できないわけで、まったく何に一つ妥協がなかったとは思わない。

しかし、署名運動は直接の効用としては、ほぼ意味がなくなったと言えるのが、この時期からだ。
受け取った官邸や省庁は、そのまま公安にまわして、住所氏名を記録することにしか使っていないだろう。

■■

このような非妥協な自民党をさらにパワーアップさせたのが、2011年の原発事故だったように思う。
なにがパワーアップかというと、「国が無くなってもいい」と自民党の一番深いところで決断したのではないか。
これまでは、いくら独裁でも「日本を自分の縄張りとして維持する」という前提はあった。利権の源泉は「日本」なのであり、それが潰れてしまっては困る、ということが前提だった。

しかし、3.11以降は、民主党も自民党も、「日本を維持する」「再生産する」ことをあきらめているように見える。
10年から20年くらいのスパンで、今ある資産を絞れるだけ絞って、絞りかすはアジアの東端に捨てる、という決断をしたように見える。

この決断は、自民党のなかでも、もし気がつけば動揺するし造反もあるだろう。
だからこそ、安倍政権は極端な独裁をしき、閣僚にはスネに傷があって逆らえないし、そもそもそういう深いことを考えない連中ばかりをわざと集めている。

ここまで事態が来ている中で、署名運動をする意味が何か残っているのか、私には分からない。

私が考えつく逆転のシナリオは、やはり10人ー100人ー1000人だ。
それにつながるような署名であれば、それは意味があるかもしれない。
それ以外に署名を集めて官邸に差し出すのは、みすみす名簿を敵に渡すことにしかならないのではないかと、私は危惧している。




2016-02-11(Thu)

野党は対案ではなく政策を持て

野党に対して「対案を出せ」と与党が言うのは、ナンセンスだ。
対案というのは、そもそも与党が設定した土俵の上に限定してしまう話であり、敵のつくったフォームに回答を記入せよと言われているようなものだ。

土俵が共通の課題ならば対案でも良いが、そもそも土俵をつくるところから間違っている安保法案などは、対案など作りようがないし作る必要がない。

そういう意味で、対案を出せない野党は無責任だという批判は、まさに無責任だと言える。

しかし、では野党は与党の批判だけしていれば良いのか?
ナンセンスだけ言い続ける野党もまた、ナンセンスだ。

55年体制のように、政権は自民党に任せるという前提で、それを修正させるための野党ならば、批判だけでもよかった。
しかし、今の国会は55年体制のような平和な時代ではない。自公に任せておいて、適宜修正するということが、まったくできないことは、安倍政権を見ていれば誰でもわかることだ。
国民一般が生き延びていくためには、庶民の言うことを少しは聞いてくれる政治家に政権を取らせるしかない。

野党といえども、いざとなればちゃんと政権を運営できる責任政党でなければ、存在している価値がない。
では対案を出すべきなのか?

いや、対案は先ほど書いたように、あくまで敵の作った土俵でありフォームの上の話だ。
そうではなく、もっと大きく、「うちの党はこうやって日本を運営しますよ」というビジョンと政策案が必要なのだ。

この政党に政権とらせたら、こんな風になるんやろうな、とイメージできる。
たぶん、なんとかやりよるやろ、と少しは安心できる確かさを感じさせる。
そういう具体性と現実性のある政策を、ちゃんと示すことだ。

2009年民主党がなぜ政権を取れたのか。
それは、子ども手当をはじめとした、なんとかなりそうな具体的な政策を掲げたからだ。
そして、それを実現できそうな「数」を予感させたからだ。

いくら現実的で具体的で素晴らしい政策を掲げても、5人や10人の政党がいきなり政権を取ることはできない。
お金がなくて候補者を立てられないということもあるが、もし立てたとしても、238人とるというリアリティに欠けている政党には有権者は大挙して投票することはない。

その意味で、小沢さんが言うオリーブの木は、必要なことだとは言える。
しかし、それはあくまで民主や維新が「政権とる」気がある場合だ。
オリーブの木は、政権交代の気、であり、その気がないものをいくら数だけ取り込んでも、これまた238のリアリティを示すことはできない。

まずは、5~60人の中勢力になり、次の段階で200に迫ることができれば、あとは政策勝負で政権交代は夢でも何でもない目の前の現実になる。
今はまず、50人通すための、カネと組織をいちから作る段階だ。

本当に政権交代を実現するには少し時間がかかる。
だからこそ、その時間を使って、「うん、これなら生きていけそうやなあ」と国民の多数が思えるような政策を、練り上げることだ。

敵のほうをむいた対案などに振り回されず、国民のほうをむいた政策をこそ、鍛えなくてはならない。
「反対」はいくら煮ても食えないのだ。本当に食える政策を、しっかりと皿に盛るべし。



2016-02-08(Mon)

野党連合にしがみつく人たちへ

あえて、挑発的な表題にしてみた。

野党連合が悪いというわけではない。
野党連合にこだわって、それだけに時間を費やすのは無駄だ、といいたい。

自公を対極として、その中間のプラスマイナス0よりもこちら側の存在ならば、しつこく共闘を呼びかける価値はある。
しかし、民主党はどうひいき目に評価してもマイナス30くらいのもの。本音で言えばマイナス70だ。
(それでも自公よりはマシだけど)

非大維新は見た目はマイナス40だけど、本音でもマイナス40。つまり、見た目と実体の落差はない。
おおさか維新はマイナス99。実質はマイナス110だけど、まだ権力を持っていないから99。

究極敵なのか味方なのかの境界線はプラスマイナス0だけれど、与党と野党の境界線はマイナス99であり、これが様々な誤解の元になっている。

20160208.png

それでも、民主維新が議席ほしさの浅ましい根性でもいいから野党共闘をするといえば、もちろんしないよりもしたほうがいい。
ただ、そんなものに期待して時間をつぶすのは、あまりにももったいない。



誤解のないように付け加えると、地方ごとの事情や、各候補者ごとの事情は、こうした公式でバサッと切れないことはある。
民主維新の中にも、一桁くらいは少々骨のある人がいるかもしれないし、これから候補になる人にも期待できる人はいるかもしれない。その可能性を排除するものではない。

だから、各選挙区で統一候補に尽力して、成果を上げている方々に文句をつけているのではない。それどころか、そういう現場の努力には頭の下がる思いだ。

各現場とは別に、党本部を相手に連合だ共闘だと申し入れをすることは、ほどほどにしておいた方が良いということを言いたいのだ。

先週土曜日に、生活フォーラム関西が主催して山本太郎さんのトークライブが行われた。
まだ動画が公開されていないので、私の記憶の範囲で印象的だったことを紹介したい。

市民連合について質問された太郎さんは、
「政治家は市民連合や市民運動のことなんてなんとも思っていない。政治利用することはあっても、交渉相手とは考えていない 相手にするかどうかは何票あるか、力になるかどうかだ。」
という主旨の話をされた。

これは、政治家に対する批判のように見えて、実は市民運動への批判でもある。
質問した人がそれに気がついたかどうかは分からないが、政治に影響力を発揮するには、地道に票を集める力をつけなきゃダメだということだ。

また、芸能人候補を擁立できないか、という質問には
「実は大物芸能人と二人くらい話したけれど、もったいなくて立候補の話はできなかった。市民の側が当選させられるバックを作ってからでなくては、生け贄にするようなお願いはできない。」 と。
この話が、会場の参加者の胸にどれだけ刺さっただろうか。

太郎さんは、こんな主旨のことも言っていた。
「この夏で燃え尽きないでください。2019年、2025年につなげていく戦い方をしましょう」(言い方はかなり違うけれど)

まさにこれは、私が前の記事でかいた、10-100-1000人戦略ではないか。

■■

市民運動は、声はあげるけれども、票を集める組織ではない。
そういう組織になる努力もしていない。

まず、票を集めるのならば、地域割りでなければならないが、市民運動は課題割りであり、いわば縦割り組織になっている。
これを、横断的に再編して、地域割りのつながりを作らなくては、イロハのイも始まらない。公示直前に動き出すようでは、何回やっても供託金没収ラインでうろうろする羽目になる。

国会前に10万人集まっても、選挙ではぼろ負けするのが、今の市民運動の集票力なのはイヤと言うほど思い知らされたのだから、それを反省して「ではどうするか」だ。
いつまでも、声をあげよう だけでは同じことの繰り返しになる。

やはり、政権交代への戦略は、10-100-1000人しかない と確信を深めた。

 政権交代の戦略を考えてみる

そして、そのための必要条件の一つは、顔がいるということ。
保守系の後援会と市民運動、市民運動もかなりバラッバラ。
そんな、あまりに多文化でカオスな状況を粘り強く横断してつないでいくためには、どうしても一つの顔がいる。
皆で担ぐ神輿がいる。
それを期待できるのは、現世(うつしよ)の政治家の中では、山本太郎さんしかいない。

たしかに、横断組織は前途多難だ。
スタートラインにつくだけでも容易ではない。
カオスどころか、そもそも運動として成り立たないような考えの方々もたくさんいるから、その交通整理だけでヘトヘトになるだろうことは想像に難くない。

それでも、
まずは1選挙区で10人のリーダーを発掘することから始めるしか、どうあがいても道はない。
空想ではない地上の道は、そこにしか存在し得ない。

そのもう一つ前の段階は、各選挙区10人のリーダーを発掘するための、一地方で多士多才の3~50人くらいのコアメンバーを見つけることだ。今はまだ、その段階だろう。
そして、それを推進していくためにも、一つの神輿はどうしても必要だ。

今でも限界までやり抜いている太郎さんに、これ以上の余計な負荷をかけずに神輿に乗ってもらうためには、どうしたらいいのか。
まだ答えは分からないが、なんとかして答えを見つけたいと思っている。

2016-02-05(Fri)

民主党はもうすぐ与党になるかもしれないという衝撃予測

民主党はもうすぐ与党になるかもしれない。米国の話では無い。日本の岡田民主党のことだ。おおさかじゃない維新も同様。

永田町界隈では、3月末解散→4月総選挙といううわさが飛び交っているらしい。

木内孝胤議員のツイート
 https://twitter.com/takatanekiuchi/status/694715451205509120

馬淵澄夫議員のブログ
 http://mabuti-sumio.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/4-f749.html
 http://mabuti-sumio.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-c9a4.html

たしかに、あってもおかしくはないストーリーだ。
カードは自民党が全部握っているのだから、彼らの一番やりたい時にやってくるだろう。

問題は、「普通にやるかどうか」 だ。

普通ならば、これまでとあまり変わらない結果ということになるだろう。
民主やおおさかじゃない維新は減らすけれども、共産は増えるし、公明はジリ貧だ。
結果、自民にとって何かとうるさい連中の比率はあまり変わらないかもしれない。

甘利ショックも、マスコミを使ってなんとか誤魔化したけれども、選挙になればどういう影響が出るかも分からない。
まして、議席ほしさのためとはいえ、グダグダの民主党が野党共闘にのってしまったら、自民といえども楽勝ではない。

しかし、今自民党がやらなければならないウルトラCのためは、圧勝する必要がある。
これから数年は、戦争と増税と恐慌と不平等貿易と、なにもかもが一気に国民に襲いかかる。さすがの日本人も痛みに耐えかねて不満を爆発させかねない。
それを見越して、自民党は、絶対的な権力を樹立したいはずだ。

その方法はある。
民主+維新を取り込んだ大連立=大政翼賛会である。

アベノミクスの唯一の頼みの綱であった株価が崩壊している以上、挙国一致、国難に立ち向かえ、といって糾合していくことが考えられる。「国民の生活を守れ」というエセスローガンを掲げて、野党不在の翼賛体制に突き進む。

民主と維新の議員の中で、コナをかけられてそれを袖にできるものは何人いるだろうか。
まず、二桁はいないだろう。
お得意の巧妙な言い逃れで、大連立にすがりついていくにちがいない。

そういうシナリオでいくならば、安倍晋三とおおさか維新はスケープゴートになる可能性すらある。
「極右」を粛正するポーズをとることで、「リベラル」をも翼賛体制に組み込むのだ。

かつては社会党すら飲み込んだ自民党の執念だ。この一大事にあたって、民主や維新を丸呑みするくらい何でも無いはず。

「民主党はやる気あるのか!」とか「ホントに野党か!」とお怒りの皆さん。
ホントに野党じゃなくなるかもしれませんよ。

ここ数日のニュースを見ても

【野田聖子氏&蓮舫氏】
BS番組で謎のエール交換 「実は推薦人は集まっていた」「聖子さん狙い撃ちのイジメですよ!」
2016.2.4 産経


首相「新党大地の支援、ありがたい」…衆院補選
読売新聞2月2日 


などなど、兆候はなくはない。
このままだと、自民党が先に「オリーブの木」を実現してしまうかもしれない。

少なくとも、共産党を含む野党連合に踏み込む可能性よりは、大政翼賛会に糾合される可能性の方がはるかに大きいと思うのは私だけだろうか。

あらゆる事態を想定して、何があっても愕然として思考停止にならないように準備しなければ。
困難はいくら思考停止しても、顔を背けても困難なのだから、真っ直ぐ直視しよう



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2016-02-04(Thu)

政権交代の戦略を考えてみる

野党連合で政権交代だ♪ という昨今の流行に棹さすようで恐縮だが、そんな作戦だけで政権をとれるとはとうてい思えない。



まず、野党連合というのは、あくまで戦術であり、その戦術を展開する戦略がなければ意味が無い。

サッカーの試合に例えれば、ポジションもフォーメーションも決まっていないのに、いくら絶妙のスルーパスを出しても勝てないということ。
敵を分析し、どこで勝り、どこを守り切るのか。そのための自陣営の配置と分担は何なのか。その時間軸は。そうしたことが決まっていてはじめて、セットプレーやパスワークは活きてくる。

今言われている野党連合は、改憲を発議されるギリギリの瀬戸際、絶体絶命の状態で、とにかく全選手がゴールの前に一列に並べ!と言っているようなもの。敵の猛烈なドリブルに脚一本触れられず、やむなくゴール前に全員で壁になる作戦だ。
その意味では、もちろん、やらないよりは絶対にやった方がいい。それで守り切れるとは言えないが、敵にゴールされる確率はいくらかは確実に減る。それは間違いない。

しかし、そうしたゴール前に勢揃いする作戦に、観客は熱狂するだろうか。血湧き肉躍らせて応援するだろうか。
今すぐは、それしかできないのだから仕方ないとして、そのゴール前の壁作戦が、敵に勝つための「戦略」だと勘違いしたら、観客に馬鹿にされることはあっても、声援は期待できない。

あくまでも、今言われている野党連合は、今だから有効な「戦術」だということを、押さえておきたい。



では、壁を作った全選手で、今度は攻めればいいじゃないか、と思うかもしれない。
それができるのなら、苦労は無い。

まず、選手の中の過半数を占める民主党は、そもそも選手なのかも怪しい。
敵に勝つ気がなければ選手とは言えないが、とりあえずピッチに立てていれば満足、という輩がうじゃうじゃしているようでは、攻めることなど及びも付かない。

そもそも、緊急時だから全員で壁を作れ、という声にさえろくに反応していないではないか。
スタンドプレーばかりしていた共産党が、今度ばかりは美味しいところ譲るぜ、と言っても乗ってこない。
形式的には野党チームでも、一皮むけばチームの一員というつもりはないのだ。

民主党は誰の代表なのか。誰のために、また誰のおかげで議員を当選させているのか。
2010年のクーデター以降の推移をじっと見てきた限りでは、民主党が依存しているのは、従米官僚組織と、労働貴族(連合)である。

連合の組織内候補か、そうでなければ従米官僚に忠誠を誓う連中だ。
それに、とりあえず議員職に就職した議員屋さんが付随している。
ひとり一人の主観的な思いはそうではないかもしれない。ちゃんとものを考えている人もいるだろう。
しかし、戦略を考えるために客観的に分析するならば、口では勇ましくてもイザとなったらさっと矛を収める人たちは、付随物(金魚のフン)と判断せざるをえない。

声援は野党側のサポーターから飛んでくるけど、民主党が大好きなのは与党側のサポーターなのだ。
労働貴族諸氏は、野党側サポーターの組合費が収入源だから、しかたなく野党側に座っているけれど、心は向かい側のスタンドにある。

こんな民主党との共闘で、一体全体どうやって闘えというのか。
いつもいつもグダグダのプレーしかせず、ここぞという時にはわざとネグレクトするようなチームを、一体だれが応援してくれるのか。
だれも戦略を考えないから、簡単に野党連合などという。あまりにも、戦略不在である。



ではどうするか。
答えはシンプルだ。

10,100,100 である。
各小選挙区に、10人のリーダー、100人のアクティブ、1000人のロジスティックス(兵站) だ。

夢物語だろうか?
そんなことはない。というか、それなくして、少なくとも選挙を通した政権交代は無い。

共産党の党員は公称30万人。
まさに、300選挙区に平均1000人だ。だから、彼らは政党助成金を受け取らないで、毎回全選挙区に候補者を立てることができる。
しかし残念ながら、共産党であるが故にこの程度の議席しかとることができない。

共産党であるが故、というのは、半分は敵側の反共主義が浸透していることと、半分は共産党の独善的な運動が嫌われているということの総合である。

2009民主党のような、保守でも革新でもない、まさに「国民の生活が第一」の勢力が30万人の党員を擁し、3万人のアクティブが活発に動き回り、3千人のリーダーがそれをまとめることができるならば、政権交代は指呼の間であり、少々のクーデターにはびくともしないチカラをもつことができる。

これが、「国民の生活が第一」派の当面、今後数年~十数年で目指すべき頂(いただき)だ。
それ以外の、風頼み、グダグダ民主頼みは、戦略と呼ぶに値しない。



以上は頂の話。
ここで終わると、「そこまで登るのが大変なんだ!バカヤロー」としかられるので、仕方ないから続きを書く。

一つの山を登るにも、かなり多くのルートがある。
そして、ちょっと離れて山容を眺めてみると、なんと実に多くのパーティーが乏しい装備と人数で、あちらこちらのコースをよじ登ろうとあがいている。

明確に山頂を目指している人もいれば、目の前の岩を回避するために結果的に登っている人もいる。雪道でアイゼン履いている人もいれば、岩場でフリークライミングしている人もいるし、緩やかな道をハイキングしている人もいる。
そして、お互いに存在を知らないし、知っていても他人の登り方を批判してばかりいる。

バラバラにジワジワと頂上に迫っているのならば、これでもいいかもしれない。
しかし残念ながら、ちっとも前に進んでいないのが現状だ。
これまでは「登り続けることに意義がある」と言っていた人たちが、「なんとかして頂上にのぼらなくちゃいけない」という危機感を、やっと持ち始めたのがこの数年の変化である。

山容を眺めて気がつくのは、そればかりではない。
各パーティーの数は少なくとも、その手法や文化は千差万別だとしても、「絶対頂上にいく」と決めた人の総数は、実はかなりの数だ。バラバラに登っているから気が付かないけれども、よくよく見れば、自分たちが思っているよりずっと多い。

ならば、
まずはバラバラに登っているパーティーが集まって、情報交換をして、お互いのことを理解し、一つのチームになれるような下地をつくるべきではないだろか。
民主党にすり寄ったり、共産党に頼ったりする前に、まずは自分たちの仲間らしき人々の顔を知るべきではないのだろうか。

そして、ひとつの選挙区で数人のメンバーが集まれば、勇気を持って踏み出せる。
自分の地域で、たった一人の叛乱ではなく、政権交代をめざす勢力として認知されるような運動を始めることができる。

そこから先は戦術になるので、ここでは細々とは書かない。
各地域の事情、各メンバーの特性によって、どんな戦術をとるのかは変化する。

でも、目指すべきは、100人のアクティブと、1000人のロジスティックス。
簡単に言えば、100人の運動員、週に1時間でも動いてくれる人と、1000人のカンパを出してくれる人、年会費1万円を負担してくれる人だ。

これが、政権交代に向けた戦略の全てだ。

シンプルすぎるやん と文句を言われるかもしれない。
戦略はシンプルだ。
何年もかけて、様々な人々が、試行錯誤しながら、力を合わせて進む道は、シンプルでなくてはならない。

そこで展開する戦術・作戦は、多種多様、創意工夫を凝らしていくことになるだろう。
その中身は、もちろん私には予測できない。

しかし、選挙での政権交代を目指すのであれば、「戦略」はこれしか無い。
夢物語ではなく、戦略を語ろう。



実は、この論考には重要な要素が書いていない。
300選挙区に10-100-1000 という戦略を、誰が引っ張るのか、ということ。
逆に言えば、誰を担ぐのか とも言える。

小沢さんがあと10歳若かったら、小沢さんを担ごうと言うのだけれど、今から10年越しの戦略となればあまりに酷だ。
山本太郎さんが、そうした自覚をもって先頭に立ってくれれば言うことないのだけれど、今のところそういう戦略には踏み込んでいないようにお見受けする。



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2016-02-03(Wed)

STAP事件に思うこと

「あの日」が大反響だそうである。
Amazon1位の座は小泉今日子に譲ったようだが、異常なバッシングで生業を失った小保方さんにとっては何よりのことだ。

かりに論文の不正はあったとしても、上司と上司の仲間と会社と出身大学とマスメディアが、精神的集団リンチ、精神的殺人と言えるほどの仕打ちをしていいはずがない。

しかも、その後の経緯を見ると、ちょっと驚くことが多い。

弁理士の栗原潔氏ブログ(STAP細胞特許出願の現状について)によると、2016年2月2日現在でも、
日本のSTAP特許出願は、放棄はされておらず審査請求待ちの状態
米国特許出願は、2015年11月時点でも必要書類の提出が行なわれている
とのこと。

また、昨年12月10日にはこんなニュースもあった
ネイチャーにマウスの体細胞が初期化して多能性を持つ「STAP現象」がアメリカの研究者により発表されました。


また、小保方氏に決定的なダメージを与えたこの記事についてだが、
刑事告発が受理された!小保方晴子さんを追い込む警察捜査「我々は本気だ」
2015.05.22 FRYDAY


事実はこちらだ
STAP問題で告発状受理 「何者かがES細胞盗んだ」 兵庫県警
2015.5.15 産経


世間では100人中99人くらいが小保方氏がES細胞を盗んだ、と思い込んでいるだろうが、実際は元上司の同僚が被疑者不詳で告発しておいて、マスコミには「小保方を告発した」とばかりに発表したのだ。

STAP細胞があろうとなかろうと、私は1円も儲からないし損もしないので、そんなことはどうでもいい。
そして、実は大騒ぎしているほとんどの人が、私と同じはずだ。

にもかかわらず、容易に集団リンチがまかり通るということに、私は心底怒りを覚えるし、恐怖も感じる。

巨額の利権にからまる一握りの人々の都合に振り回され、利用される私たち大衆のマイナスエネルギーは、まさにファシズムと同根である。
小保方氏がこうした負のエネルギーに対して、とにかく生き延びて口を開いたことは、そこに書かれていることがどれだけ事実なのかはともかくとして、何よりだったと思うのである。

■■

それにしても、なぜバッシングのさなかにこのような反論をしなかったのか、ということは疑問に残る。

あくまで推論だが、可能性としては、なんらかの取引があったということではないのか。
理研とすれば、複数の関与する不正を小保方氏ひとりに押しつけたいという思いは強かっただろう。年若い研究者の個人的な不正であれば、理研そのものの傷は浅いという判断は、当然したはずだ。

また、コピペなどの不正という弱みのある小保方氏にすれば、甘い処分との引き替えに沈黙を強要されれば断れなかったのではないか。
実際、理研から小保方氏への処分は、論文掲載費60万円の返還だけだったらしい。言われているような意図的な不正な実験がなされていたのならば、異様に軽い処分と言わなければならない。

これも、日本人の縮図のような気がしてならない。
大小にかかわらず会社の不正を知ってて言わない人は多いはずだ。
コンプライアンスなんてものが100%機能してしまった日には、検察がパンクするし、そもそも検察庁が内部告発でエラいことになるのではないか。

常に下っ端が共犯だと思い込まされ、巻き込まれていく。
イザとなったら切り捨てられ、中にはこん畜生とばかりに暴露する人もいるけれども、たいていは「後々のことを思って」自分が背負って悪者になる。

ここには「他人のせいにするのは卑怯だ」という日本的美学のようなものも働いている。

しかし、「美学」なんてものは、支配者が支配しやすいように価値観を作っている場合が多い。
とくに、日本の伝統とかいいながら、実は明治時代になってから作られたようなものは、ほとんどその類だ。

「道徳」なんてものは、江戸時代のわずか7%程度だった武士の学問だった儒教に帝国主義を混ぜ合わせて塗り固めたもので、日本の伝統でも何でも無い。
私たちは、知らないうちにこうしたものにがんじがらめにされているのだ。

現役政治家としては私は最高評価をしている小沢一郎さんも、「お天道様が見ている」といって明確な言い訳をしない点だけは、最低点を付けたいと思っている。

「言うべきことは言う」

STAP事件を見ていて、そして今回の手記の出版を聞いて、私が一番強く思ったことはこれだ。





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