2016-09-29(Thu)

憲法フェスの総括とこれから その1 ~四年間をふり返りながら~

怒濤の憲法フェス大阪から2週間が過ぎた。
ようやく頭も冷えてきたので、落ち着いて私なりの総括をしておきたい。

以下は実行委員会としての公式なものではもちろんない。
数人の主だった人たちと話はしたうえでの、自分なりの考えなのでまずお断りしておく。

自分の経験や感想、ボランティアに参加してくれた人たちの意見、数人の人たちとの議論、そうしたものをまとめてみると、大きく3つの方向性があるように思った。
それを説明する前に、ひとつ前提になる話をする必要がある。
今回は、この前提をお話しするだけで、たぶん時間切れになるだろう。



憲法フェスが見据えているのは、来たるべき改憲の国民投票だろう。両院で2/3を取られた以上、どんな形であれ改憲の国民投票はやってくる。
最初はお試し改憲で、内容には何の問題もないように見えるかもしれない。とにかく国民に「改憲慣れ」をさせるために、既成事実をつくろうという作戦だ。
あるいは、民進が自民と大連立に走って、自民草案を丸呑みする可能性もないとは言えない。

形はまだ分からないけれども、いよいよ戦後初の改憲の国民投票が近々やってくることは間違いない。そこに向けて、まずは憲法のこと知っとこうよ。なんだかカタッ苦しい憲法に、普通に目を向けてみようよ。というのが今回の憲法フェスという試みだったことは、たぶん関わった人たちに異論はないだろう。

では、誰にそれを伝えたかったか。
ここが一番重要なところだ。

憲法フェスの企画についていうと、安倍政権の改憲に、「キッパリ賛成」でも「絶対反対」でもない人 であることは間違いない。
その人たちを、およそのくくりで考えるならば、国政選挙に行かない人たちとほぼ被るだろうから、近年の選挙の結果から「訴えたかった層」を少し分析してみる。

近年の選挙での棄権したおよその人数を見ると、2009年衆議院:3200万人、2012年衆議院:4200万人、2013年参議院:4900万人、2014年衆議院:4900万人、2016年参議院:4800万人 である。

ザックリ言うと、①何があっても選挙には行かない3000万人と、②政権交代では民主に投票したけど今は棄権している1000万人と、③その他いろいろな考えの800万人 と私は考えている。
※②の根拠については、過去記事の「届く言葉」を参照していただきたい。この記事では1200万人と書いているが、今回の選挙では約200万人が野党に戻っているので、差し引き1000万としている。

上記記事のデータに先日の参院選の結果を加えた表がこちら
20160928-1.jpg

自民も民進も増加しているのは、2012年には合計1700万もあった旧みんなや旧維新の票がばらけて入っていると考えられる。

こうした推移の中で、不動の棄権票3000万。
街頭で民主党のマニフェストに人が群がって持って行った2009年と、いくら配っても100人に1人も受け取ってもらえない今日では隔世の感があるが、その2009年でも投票に行かなかった人たちの多くは、正真正銘まったく関心がない、ということなのだろう。学校教育からも家庭環境からも、政治が完全に隔離されている日本では、そうした人がかなりの数いることは当然だといえる。

一方で、あまり関心はない人や、政治に不信感がある人や、選挙の無力さを感じる人などが、それでも政権交代には期待をかけたのが2009年だった。もしかしたら官僚天国をひっくり返して、生活もすこし楽になるかもしれない、と期待した。そして、ものの見事に裏切られて「やっぱり選挙なんて行くもんか」と思っている人が1000万。
見方を変えれば、本気で暮らしを良くしてくれる政党を心の片隅で待っている人たち とも言える。

この二つの層に対するアプローチは、おのずから違うものになるはずだ。
例えば街頭の演説にしても、前者は騒音としか思わないだろうし、後者は耳には入れるけれど「信用できない」と感じている。
であるならば、前者へのアプローチは「騒音」以外の方法が必要だし、後者へのアプローチは「信用」される何かが必要だ。

こうして見てみると、今回の憲法フェスは、あきらかに前者=何があっても選挙に行かない3000万人のほうを向いた企画であったことがわかる。政治的なアプローチを期待していた人には、むしろ厳しい面すらあった。
典型的だと思ったのが、大阪駅前での街頭フェス。15時に始まって実に40分間、延々とリズムだけの音楽が流れ続けた。たしかに気持ちのいいビートと大音量だったが、音楽に関心ない人や演説を聴きたい人にとっては、炎天下40分待ち続けるのは辛かったようだ。その一方で、集まった聴衆は明らかに普段の街宣などとはちがい、年齢層も若かく、普通の通りすがりのひともかなり足を止めていた。



私は2012年にリアルの政治と関わりをもって以来、ずっと後者=1200万人(当時)に注目してきた。民主党の裏切りに愛想を尽かしながら、でも自公には投票しない人たちにどうアプローチするのか。それを考えてきた。
様々な経験をしながら、一つの戦略を想定した。それは、保革の協力である。かつて500万と言われた小沢票と、どんなに踏みつけられても懲りずに活動をつづけている革新や市民系が連携すれば、きっと新しい力が生まれる。そう思って自分にできることをやってきた。

最初に始めたのは、小沢票の可視化だ。私のような新参の小沢派は、当然ながら強固な小沢グループ組織があるものと思っていた。政党名はいろいろ変わったけれども、とにかくその母体になる「なにか」があると思っていた。
ところが、中の人になってみると なにもない。陸山会はあっても、それは組織としては機能していない。各地方の陸山会員の集まりもない。そもそも交流すらない。
ならば党の地方ブロックを作ればいいのでは、と思ってもそういう動きもない。勝手に名乗るわけにもいかず、かといって党の了承やなんやと手順を踏んでいたら何年かかるかわからない。

苦肉の策でひねり出したのが生活フォーラム関西だった。党を支持する市民団体ならば勝手に作れるし、少なくともアクティブな支持者は集まることができるだろう。
元職の渡辺義彦さんに骨を折っていただき、当時でも交流のあった数人で議員会館に押しかけて小沢さんに直談判し、2014年9月に小沢さんの大阪講演会を実現し、それをキックオフとして生活フォーラム関西は出発することができた。
こうして、十分とはいえないまでも関西の小沢票の積極的な人たちの交流は実現することになった。

それとほぼ並行して考えていたのが、革新系市民運動のパワーを政治に活かすことだった。当時は、革新の人は「小沢はあかんやろ」と言っていたし、小沢派の人は「革新は無責任だ」と言っていた。意図的に両方に足を突っ込んでいた私は、リアルにその声を聞いていた。
ぶっちゃけ言ってしまえば、革新はものすごいパワーを持っているのに勝つ気がなく、小沢派は勝ちにこだわるくせに自主的に動くことをしない。それが2012~13年頃の私の実感だった。
この二つの勢力の良いところが重なれば、すごい力になるはずだ。そう考えた。

保守と革新の溝は、端で見ているよりかなり深刻で、そもそもお互いのことを知らない。レッテル張り的に「あいつらはこうだ」と思っているばかりで、リアルの姿を知らない。
そこで2014年の春に「政権交代虎の穴 安全保障と自衛隊」という討論会を企画した。社民党の服部良一さんと生活の党の渡辺義彦さんにパネラーになっていただき、総勢30数人の半分は自衛隊なんていらない、半分は自衛隊は必要、という人たちが集まってフリーに議論をした。もちろん結論を求める場ではなく、意外や意外、「敵」もまじめに考えているんだ、ということを知るための場になったと思っている。
記事→http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-1326.html
    
実際の映像は残念ながらUstreamが削除されてしまったので残っていないが、パネラーよりも参加者同士が喧々がくがくの、とても面白い企画だった。大阪での野党共闘の小さな小さな火種だったのではないかな とも思っている。

その後も、私自身は生活の党に軸足を置きながら革新系や市民系のデモやら集会やらにもできるだけ参加して、生活フォーラム関西のメンバーも可能な限り誘ってみた。また、生活フォーラム関西の企画にしばしば社民党の服部良一さんにご登場願ったりして、この夏の野党共闘の下地を少しずつ醸成していった。
ちなみに、大阪には渡辺義彦さんと服部良一さんという、きわめて糊代(のりしろ)の広いお二人がいたことで、たぶん他地方よりもスムーズに保革の連携は進んで行けたのではないかとおもう。糊代というのは渡辺さんがよく使う言葉で、「違うもの」がくっつくための余白。主義主張とは別の人間性のようなものだ。



そんなこんなで、この二人の人間力と、全国的な野党共闘の流れと、私の下地作りもほんの少し効あって、この夏の大阪での保革共闘はかなり進展した。とくにどちらかというと社民党に近い人たちが中心になったミナセン大阪が、保守の選挙に学べと渡辺さんの連続学習会をやったり、小沢さんが大阪に来た時は単独インタビューを敢行したりと、革新側が保守側を積極的に知ろうとする動きが活発だった。一つ山を越えたな、という感覚があった。

そうは言っても、まだまだバラバラな現状は改善されてはいない。生活フォーラム関西も数多い小沢ファンや太郎ファンにコンタクトできていないし、数多ある市民運動はあいかわらず各テーマごとにバラバラに運動にいそしんでいる。
国民から見て、なかでも「一度は民主党に期待した」人たちから見て、バラバラな集団はまったく魅力的ではない。力にならないからだ。ひょっとすると政権とるかも というリアリティのない集団には、コアなマニアしか集まらない。

ここまで下地のできてきた今、そして、残念ながら2/3を取られてしまって国民投票が迫っている今、バラバラを解消する動きがあるべきじゃないのか。私は7月の選挙戦の中で切実に思った。
保革を超えて、普段関わっている個別課題をも超えて、国民から見て一つの集団、一つの流れに見えること。これが今一番求められているのではないか。

ポデーモス。スペインのこの新政党は、実は共産党など多数の既成の政党に党籍をもつ人たちと、広場占拠運動に集まってきた市民や大学教授などの集合体だ。しかし、明確な政策とポデーモスという名前とパブロ・イグレシアスというシンボルを掲げて、国民に力強く訴えた。
状況も内容も違うけれども、日本でも同じ「パワー」が必要なのではないか。愛想を尽かしてしまった1000万人を振り向かせる唯一の方法なのではないか。

そんな思いを強くもちながら、東京での三宅洋平さんと山本太郎さんの選挙フェスの様子を見ていた。そこで、あれ!と思ったのは、太郎さんが「組織」のようなことに言及したことだった。
これまで、実働組織や全国ネットワークのようなことに関しては一貫して語らなかった太郎さんが、どうもそれらしきことに少しだけ触れていたように聞こえた。
よし、選挙が終わり次第、太郎さんに真意を聞いてこよう 私はそう決めた。

そのことが、今回の憲法フェスの実現にわずかながら影響を及ぼしているのだが、もう時間切れなので、ここからは次回にする。(実はここまで書くのにも3日かかってるし)

とにかく、憲法フェスが始まる直前までの私の問題意識は、そういうことだった。
1000万人を振りかえらせたい。
「ポデーモス」が必要だ。
そのための、最低限の条件は整ったのではないか。
2/3取られた以上、必要にも迫られている。
そして、太郎さんがチラッとその方向を向いたような気がした。

to be continued




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2016-09-20(Tue)

民進に寄りかからない野党共闘という選択肢

野田民進党という悪夢を目の前にして、これまで我慢に我慢を重ねてきた人たちも、いよいよ「野党共闘から自由になろう」てなことを言い始めている。

気持ちはすっごくよくわかる。
私は民進党の極悪分子よりも、口だけ良い子という連中のほうが嫌いだ。戦争法や改憲に反対して立派な演説をしておきながら、イザとなったら党議拘束で「一票」に成り下がる連中だ。彼らの、「良い話」を聞くと、心が冷え冷えとしてくる。

かように、2010年以来、恨みは私の骨髄に達する民主党・民進党ではあるが、それでもしかし、目の前の選挙を考えたとき、野党共闘は捨て去って良いものではないということも、理解している。
そう簡単に「野党共闘から自由になろう」なんて甘いことを言って悦に入るのなら、最初から政治になど首をつっこまない。もし年末に解散総選挙ということになったら、私は迷わず野党共闘をベターな選択だと考える。野党共闘で勝てるとは思わないが、やらなければもっと酷い惨敗が待っていることは確実だからだ。

ただし、これまでの野党共闘のありかたには、大きな問題があった。それは、民進党に寄りかかった共闘だったということだ。
共産党側から見ても、生活・社民の側から見ても、民進頼みの共闘であったことはあきらかだ。
共闘に消極的な民進に対して共産党は身を引く形で民進を神輿に乗せた。それは仕方のないことだし、共産党の態度は褒めるべきなのだが、しかし、結果として民進に手綱をゆだねてしまった。
社民や生活は、自らを軸とする戦略をとることをせず、共産と民進の進展に寄りかかることしかできなかった。これも現有議席数をみれば致し方ないようにも見えるが、これは間違いだった、と明言しておきたい。

野党共闘にこそ、「自立と共生」が必要なのだ。

■■

ほとんどの人が、自らの主張は封印し、民進党の腐敗に目をつぶり、野田やレンホウを首班指名するつもりでなくては野党共闘はできない、と誤解している。
それは、大間違いだ。
共闘の原則は相互批判の自由であるはずだ。「違うけどいっしょにやる」のが共闘であり、言いたいことも言えずに窒息しながらやるのは共闘ではなく翼賛である。
共闘するためには、まず自らが立つこと。自分の主張が鮮明になる党を立て、それらの党が「違うけど一緒にやる」という合意に至った時始めて、共闘というものが成立する。

その意味では、これまでの野党共闘は共闘ではなく、民進を神輿に乗せるための翼賛体制だったと言っても過言ではない。
致し方ない必要悪だったことは認めるが、それでも本来の共闘でなかったと言う点は明確にしなければならない。

ではどうすれば良いのか。
二つの発想が必要だと、私は考えている。

一つは足し算だ。
先の参院選で、社民、生活、怒りを合計すると約320万票。この三党の統一名簿は最終的に社民党に拒否されたけれども、もし実現していれば、もう少し期待票は集まったかもしれない。仮に400万とすると、共産党の600万票と充分に対等に話のできる数字になる。
現状では、共産党とは雲泥の差があるゆえに、共闘とは名ばかりで一方的に使われていた小政党たる我々も、まとまれば対等の共闘を協議することができる。是々非々で相互批判はしながらも、共産+三党の1000万になれば、国民から見たパワーも格段に違うし、民進も無視するわけにいかなくなる。野党第一党にのほほんと座っていられると安心していた民進は、協力して地位を維持するのか、敵対して賭に出るのかを迫られる。

地位保全のために協力することになれば、今度は一方的に神輿に乗せる野党翼賛ではなく、対等な野党共闘が成立するし、敵対してくれば第二自民の正体があらわとなり、この選挙での野党の勝利は無いものの、民進を絶滅して政治地図を一気に塗り替え、次回につなぐ結果をだすことが可能だ。
なぜそんなことが言えるのかというと、私は大阪の現状を見ているから。オルタナティブが登場すれば、いい加減な民進党は絶滅するという現実を、目の当たりにしているからだ。

もう一つは、かけ算だ。
いくら足し算で皮算用しても、そこに「勢い」がなければ捕らぬ狸で終わることは私にも分かっている。
「勢い」とはなにか。
それは、何が何でも、なりふり構わず「政権とる」という信念と迫力だ。
それを、誰にもわかるように、伝わるように表現することだ。

小沢さんのように揺らがぬ決意があっても、「お天道さんが見ている」と達観していては、国民の目には見えない。
カッコイイ音楽でもいいし、泥臭いミカン箱の演説でもいい。手段は意思と目的から導かれるのであって、「何が何でも」という集団がまず立つこと。
それは、形式的には社民、生活、怒りの三党連合ということになるのかもしれないが、現状のまま糾合しても、国民の目をひんむくようなインパクトは生まれない。「なんだこいつら」「めちゃめちゃ本気やん」と思わせる要素をぶち込むこと。独りよがりではなく、でも空気なんて読まない、鉄の意志。

それができれば、かけ算と足し算をあわせて、民進に寄りかからない野党共闘は可能だし、さらにその先の展望も見いだすことができるだろう。

世論調査で安倍自民の支持率が高いのは、当然のことだ。
漠然とした不安が大きければ大きいほど、庶民は強いものにすがろうとする。
それが不安を作り出している張本人だとしても、口先だけのフニャフニャ野党よりもマシだ、と考えるはずだ。
必要なのは「こいつらだったらやってくれるかも」と、思わせる本気の集団なのだ。

そのために、どういう戦略と戦術をとるべきなのか。
もう少し考えてみたい。



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2016-09-14(Wed)

憲法フェス@大阪を終えて

憲法フェス@大阪が終わった。

7月の選挙直後に、全国10箇所というアイディアから始まり、大阪は実行委員会を作ってバックアップするということを決め、走り始めた。
その直後、三宅洋平氏と安倍昭恵のお食事会のFBアップがあり、私は踏み出した一歩目の足が絡まって転倒した。
いわば顔面を地べたに直撃したような状態で、何故なんだろうと考えて、私なりに整理をした。
そうか、三宅さんという人は、敵VS味方という構図で考えないのか。敵という概念がないのだ。
なるほど、私とは違うけれども、そういう発想もあるよな、と気を取り直し、はじめの実行委員会を行った。

と、その直後、こんどは安倍昭恵を高江のテントに連れて行ったというニュースが。これにはもう、頭を抱えた。
高江の現場と言うことは、お食事会のような個人の問題では済まない。私が実行委員会に誘いたいと思っていた人たちのなかでも、かなりの批判が出るだろう、ということは容易に想像が付いた。

正直言えば、もうやめようかと思った。
フェス自体は、実行委員会があろうとなかろうと、それなりの形でできる実力は三宅事務所は持っているのだから、ここで無理をして関西の溝を広げることはないのでは、と何度も考えた。

しかし、何のために実行委員会を作ろうと考えたのか。それは、これまで様々な運動に関わってきた人たちと、Taro's net や三宅氏のファンのような、かなり層のちがう人たちの出会う場を作りたかったからだ。憲法改正の国民投票という、確実にやってくる試練に向けて、大きな網を作りたかったからに他ならない。
であるならば、やはりここは「納得してないけど、いっしょにやる」というスタンスをとり続けるしかない、と思った。

大きな構図で見るならば、新しい発想のやり方に、旧弊な活動家が文句をつけている、と見えるのは仕方ない部分はある。
とくに、批判にさらされている三宅さんたち新しい世代の当事者の目には、そう映るだろう。
だから、彼らは批判に対して決して譲ろうとしない。なんとか理解してもらおうという姿勢ではなく、「何が悪いの?」という批判者から見れば開き直りともとれる姿勢になり、溝は深まる一方だった。

私が望んだ新旧の間の橋は、新の側からも旧の側からも、望まれていなかった。
主観的には望んでいたかもしれないが、「分かってほしいけど、分からないなら要らない」というのでは望んでいたとは言えないからだ。

私に見える範囲でも、積極的な支持はすくなく、「なんで一緒にやるのか」という意見は多かった。
たぶん、一番多かったのは、「無視」だったように思う。
それはイジメの無視ではなく、それなりに運動の場数を踏んでいる人たちは溝を広げることを避け、今回は無視するという判断をしたように思う。同時に、三宅氏の行動が投げかけた問題、つまり「敵vs味方」という構図でいいのか? という問題はまったく深まることなく流れてしまった。

救いだったのは、私に向かって口に出して批判をした人たちの多くは、むしろ私と同じように「納得はしないけど、いっしょにやる」という判断で、ボランティアに入ってくれたり、参加者として来てくれたりした。
もちろん、「太郎さんがやるなら手伝う」、ということは大きかった。

そんなこんなで、私が当初考えていたような、大きな枠組みは作れなかった。
また、安倍昭恵のことなどとは別に、当面かなり無理のあることだということも、やってみて実感したところもある。

なので、心身の疲労は十分すぎるほどだったけれども、私自身にあまりやりきった感はない。
さあて、これからどうしよう、という感じだ。

一方で、三宅事務所の個性的な面々と少しでも話ができたのはよかったと思う。
高尾さん始め、フェスを仕切るスタッフの人たちには、私たち旧人類は大いに学ばなければならない。
もちろん、無理をして真似をするのではないが、「まず楽しませる」という姿勢とスキルを、私たちも自らのモノにする必要がある。

ここまで書いてきたこととは相反するみたいだけれども、フェスの1日は楽しかった。
20数店舗が並んだマルシェ、地響きのする大阪駅前、長蛇の列をなした夜の部。裏方に忙しくて中身に触れる時間のほとんどとれなかった私でも、なんだか楽しいなあと感じた。
これは、いわゆる集会やデモでは、かつて感じたことのなかった感覚だ。大事にしたい。

そうそう、ひとつだけ自慢をしておこう。
JR大阪駅御堂筋北口 での街宣は、史上初! (向かい側からでなく駅側乗りつけは)
ロケハンから曾根崎署での交渉までをやってみて、なかなかハードルが高かったけれども、なんとか道路使用許可をとりつけた。
前例ができたので、今後につながるのではないかと期待している。

こんな感じで、私の中でもぜんぜん総括なんてできていないが、これから参加した人たちの意見をいろいろ聞いてみて、もう少し考えを煮詰めたいとおもう。

まずは、一つの区切りとして、書き留めておきたい。


山本太郎さん、三宅洋平さん、それぞれの事務所の皆さん、実行委員やボランティアの皆さん、ありがとうございました。

2016-09-04(Sun)

保革の溝の次は、世代の溝  ~憲法フェス@大阪のことなど

ここ数年で、保革の溝が小さくなってきたことは、多くの人が感じていると思う。

小沢さんと志位さんが仲良くなったり、大阪でもバリバリ革新の社民党・服部良一さんと、バリバリ保守の生活・渡辺義彦さんが、何かとタッグを組んで動くことが多くなった。

安倍晋三のがあまりに酷すぎるから、と言う理由もあるけれども、食わず嫌いをやめて直接話をしてみたら、意外と考えていること同じやんか、という現象もある。
いずれにしても、これまで長年にわたって、日本の問題、生きにくい問題、にそれぞれの立場からまじめにアプローチしてきた人が、お互いの立場を理解し始めたように思う。

私自身、2013年からずっとこれを意識して動いてきたので、まだまだ端緒とは言え、すごくウレシイ限りである。

ところが、ここに来て世代間の溝、とも言うべき問題が急浮上している。

簡単に言えば、ここ数年の間に社会問題に関わり始めた比較的若いひとたちから、政治や運動のベテランにたいして、「あんたらのやり方じゃ、こんな結果しか残せないじゃん」というかなり強烈なアンチテーゼが突きつけられている。

なるほど、「こんな結果」」になってしまっているのは確かなので、ベテランは腹を立てながらも正面切って文句も言えない、という微妙な関係ができつつあるように、私の目には映る。

それがかなり鋭く可視化されたのが、シールズと既存運動の間の軋轢であったし、今回の三宅洋平と安倍昭恵の問題だったりする。
前者は運動のスタイルをめぐる対立だったが、後者はもっと根本的で、ものの見方全般に関わってくる。
つまり、これまで運動というのは、基本的に「敵vs味方」の関係の中で築かれてきた。
何が敵で何が味方かは、時々刻々変わることはあっても、少なくとも目の前の事態は、その枠組みの中で理解されてきた。
しかし、三宅氏が提起したかったことは、そもそも「敵vs味方」という関係自体がないんだ、ということだった。

私はその考えには同意しないが、しかし、彼がそういう意図で、あえてメガトン級の破壊力をもつ安倍昭恵という素材をぶつけてきたのだろう、ということは理解できる。
そして、三宅氏の意図した通り、これまで普通すぎて可視化されてこなかった、「敵vs味方」という関係の有無、そういう認識の是非が、問題として急浮上することになった。

安倍政治に反対している人の中では、保守革新を問わず、筋金入りの人はほぼこうした三宅氏の提起について、ボロカスに批判している。これは、私の回りでもそうだし、間にはさまってヒーヒー言っている人も何人もいる。
一方で、長年関わってきたのではない人たちの中では、三宅氏の提起は非常に新鮮に受け止められ、新しい潮流の始まりとして大歓迎されている様子もまた、私の回りで見ることができる。

どちらが良い悪いではなく、その両者をどうやって、相互理解へ結びつけるのか。
それは、保革の溝を埋めていったように、それなりに時間をかけて、人と人が話し合わなければ、一朝一夕でできることではない。

かなり胃の痛い作業ではあるけれども、それを諦めてしまえば、喜ぶのは誰か、目に見えている。
なんとか溝に橋を架ける作業を続けていかねばならない。

■■

憲法フェス@大阪 は、私はかってにそのためのイベントだと位置づけている。

9/9東京 9/10名古屋 9/11大阪 と続く憲法フェスは、基本的に三宅洋平事務所が仕切っている。
東京と名古屋はすべて三宅事務所の手配で実施されるように聞いているが、大阪は私たち地元の実行委員を作ってウルサいくちばしをはさんでいる。

三宅氏のファンやニューウェーブの人たちだけで盛り上がってしまっては、私は価値が半減だと思うからだ。
なかなか交わる機会のない、政治や運動のベテラン組と、関心はあっても運動なんてダサいと思っていたようなニューエイジとが出会う場になれば、これは画期的な企画になる、私はそう考えた。

ただ、三宅氏本人も、彼を批判している人たちも、今のところ共通の土台に乗ってみようという気があまりないようで、どこまで私の意図が実現されるかは、まったく見えないけれども、少なくとも、マルシェや会場で出会う、普段顔を見たことのない人たちと会話することは、お互いにとって価値のあるものになると信じている。

そんなこんなで、かなりスったモんだしながらようやく決まった 憲法フェス@大阪の内容について、私なりの紹介をしたいと思う。
ただし、ギリギリまでは内容や時間の小変更はありえるので、あらかじめご了承願いたい。

メイン会場 中崎町ホール http://www.nakazakichohall.com/
    地下鉄谷町線 中崎町駅前  梅田からも徒歩10分

ここは元小学校の敷地で、180人のホール、もう少し小さい教室、900㎡くらいの広い庭があり、地元の祭りやバザーの他、FM局のイベントやコンサートなど結構大きなイベントにも使用されている。
終日借りられるので、11時から20時半まで、べったりフェスをすることになった。

街宣会場 JR大阪駅御堂筋北口

シールズ関西の街宣などでは、ヨドバシカメラ側に街宣車を停めて、駅に向かって話していたけれども、今回は駅側にステージカーを直づけして、目の前でトーク&ライブという形になる。
なにが画期的かというと、この場所へ車両を停めての街宣は、実は大阪府警初なのである。

現職議員の名前を出したのが功を奏したのかどうか分からないが、なぜか曾根崎署が好意的に対応してくれて、何回か足を運んで交渉した結果、なんとか認められた。
まあ、「認める」もなにも、基本的人権にいちいち規制をするな という話なのだが、日本一基本的人権に疎いと言われる曾根崎署にしては、なかなかのことではあった。

■■
中崎町ホールでのスケジュール

11:00 オープン
20店舗近くのマルシェ(出店)が並ぶので、BGMを聴きながら、ぶらぶら。
休憩場所もたぶん作るはずなので、出会った人たちと、色々話をしてほしい。

12:00 トークセッション
最初は大阪メンバー中心で、これまでの「護憲」とはひと味ちがう憲法談義を。
生活・渡辺義彦さんをファシリテーター(話をふる係)として、パネラーには若手弁護士の小谷成美さん(あすわか)、緑の党・長谷川羽衣子さん、関西の諸運動の要とも言える服部良一さん(社民党)、その風貌は三宅さんの影武者かと言われている高尾洋平さん(三宅事務所)、そしてわれらが山本太郎さん。

自民党の改憲草案は悪いよね と言う話を延々としても、聞く人にとってはあまり面白くない。憲法フェスなんぞに来る人は、はなから自民党の改憲草案は悪いと思ってるわけで、目から鱗にはなりにくい。
そこを、どれだけ超えた議論ができるか、注目である。

12:40 休憩 音楽
BGMを担当してくれるミュージシャンによる ミニコンサート

13:10 トークセッション 再開
このトークは、半屋外で行われる。(前半からずっと)
ホールの軒下にステージを設け、大テントにイスを置きつつ、マルシェでうろうろしている人たちも含めて聞いてもらおうという試み。
パネラーの皆さんは、ざわざわした中でのトークなのでやりにくいとは思うけれども、これも新しい試みと思って、ぜひチャレンジしていただきたい。

13:50~14:20音楽
ミュージシャンによる ミニコンサート

14:30 街宣に移動
梅田街宣に行きたい人は、ぞろぞろと移動

15:00 不思議なクニの憲法 上映
街宣に行かない人は、なんと 今話題のこの映画を 無料!で見ることができる。
(うらやましい)

17:10~40 やさしいヨガ
トークセッションを聞いて、映画を見て、かなり肩が凝ってきた頃なので、ちょっと体をほぐす。
頭を使うだけじゃなく、耳から聞くだけでもなく、五感を使ってみようという試み だったりするのかも。
そこまで考えたわけじゃないけど。

18:30 夜の部 ここだけ500円
最初30分はミュージックby三宅洋平。 あと90分は太郎さんと三宅氏でトーク。
内容は二人のお任せなので、不明。
一応私からは、タブー無しのQ&Aをやってよ、とリクエストしているけれども、保証の限りではない。

■■
梅田街宣 街フェス について

15:00 大阪駅北にステージカー登場
コンテナの横がガバッとあくやつ。こんなイメージ
img15.jpg
(実物とは違います。って書くまでもないか)

長期予報ではちょうど15時ころから小雨がふるかも、なので、これならば屋根もついているし、聴衆も(ほんとはダメだけど)JRの屋根の下に逃げ込める。
中身は、これも太郎さんと三宅氏に完全おまかせ。

ゲストミュージシャンは、BOREDOMS(ボアダムス)のEYヨ(アイ)という人で、なにやらこの世界ではとっても有名な人らしい。
私はまったく不案内なのでこうしてふりがな付けないと読むこともできないが、知っている人は「すげ~」と言っていた。

17:00 ステージ終了後 写真撮影
聴衆とツーショット(またはスリーショット、もしくは4ショット)を撮って、SNSで拡散してね というやつ。
憲法フェスという試みを、できるだけ知ってもらうため。

おわったら、またてくてく歩いて 中崎町へ


と、こんな感じの一日になる。

■■
とにもかくにも、これまで関わってきた様々な企画は、だいたいこんな感じになるだろう、という予想が付いたけれども、今回は、やってみなけりゃわからない。

私としては、三宅氏に文句言いたい、あるいはもう愛想尽きた、とおもっている運動のベテランの方にこそ、いったいどういう世界が拡がっているのか、見に来てほしい。
それをそのまま受け入れろ ということではなく、これまでの自分たちの世界と違うモノを、自分の目と耳と五感で確かめてみてほしい。

私自身、いろいろと鬱屈を残してまま準備にいそしんではいる。
が、じつは、なにが飛び出してくるのか、楽しみでもある。

憲法フェス@大阪

2016年9月11日(日)

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ふらっと立ち寄ってみてほしい



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