2017-05-13(Sat)

野党共闘の前に市民共闘の実現を

野党共闘を求める市民 という構図がこの数年定着してきた。

そして、それなりの成果もあがっている。

それ自体の価値は認めつつも、何変わりきれない印象がずっと私の心の中にわだかまっている。



いろんな集会に出向くと、入口で分厚いチラシの束を渡される。
ずらっと並んだ人々から次々と手渡される場合もあれば、資料の中にはじめから入っている場合もある。

私も生活フォーラム関西のイベントなどのチラシを、そのようにして配布をさせてもらったことも一度や二度ではない。
同じような関心を持っている人にお知らせすることは、一番集客効果は大きいので、当然と言えば当然のことだ。

ただ、毎回そのチラシの束を見る度に、「なんでこんなに多いんだ??」と感じてしまう。
「なんで、同じような思いを持った人たちが、一つにならずにバラバラにあっちコッチで集会やら学習会やらデモやら やるんだ???」
と言う意味である。

集会や学習会を主催することは、かなりのマンパワーを必要とする。
これだけの数をこなすパワーを、一つに結集したらかなりスゴいんじゃないの、と思うのは私だけなのだろうか。
月に1回の大集会とか、大街宣とかにしたほうが、明らかに社会的に影響をあたえることができるのじゃないだろうか。

もちろん、個別課題として色々なテーマを扱わなければならない事情はわかる。
それは、大イベントのなかで情勢に応じて扱えばいいのではないか。

詳しい学習に大集会は適さないこともある。
大イベントの枝イベントとして位置づければ集客に苦労することはないし、あちこちで同じようなイベントが被ることも防げる。

地域に根ざした運動を目指すとき。
であるならば、同様の集会で集客するのではなく、地域で街宣やポスティングをするべきだ。
地域の集会に金太郎アメ(失礼)のメンバーが集まってもしかたない。

もちろん、言うは易しで、実際には一つに結集することがどんなに大変かわからないわけではない。
これまでも何回か書いてきたが、昨年秋の憲法カフェ@大阪は、そういう意識をもって私としては取り組み始めたのだが、色んな成り行きからメインキャストが山本太郎さんから三宅洋平さんに変わり、そのタイミングで三宅さんが安倍昭恵を高江にアテンドしたという事件がおきたため、私の狙いは脆くも崩れ去った。
良い悪いは別にして、市民運動の半分からはスルーされた。というか、むしろ争いを避けてあえて大人の対応をしてくれたという印象を持った。
おかげで、なんとかイベント自体は大過なく終えることができたが、思っていたものとは違うものになってしまった。

このときの私の思いや総括は、こちらを読んでいただきたい。

 憲法フェスの総括とこれから その1 ~四年間をふり返りながら~
 次のステップへ (憲法フェスの総括その2)

この総括の最後に「塊にむけた場を作る活動を、自分のフィールドとしてやっていきたい。」と書いたのだが、正直言ってフェスで転けたことで足がすくんで、この半年間前に進めなかった。

しかし、ここにきて、やはり何とかしなくては、と言う気持ちがジワジワとわき上がってきた。
野党共闘を言う前に、まず自分たち、つまり市民の側が共闘しろよ という話である。



野党共闘で語られることの8割以上は、「民進党はもっと頑張ってくれ」「民進党がしっかりしないと」云々 という話である。
つまり、痩せても枯れても野党第一党である民進党が動かないと機能しないのが野党共闘であり、もっとあけすけに言えば、民進党に下駄を預けているのが野党共闘ということになる。

結論を言えば、私は野党共闘が大嫌いになった。
選挙のときの選挙区調整は必要、必須であるが、戦略的に民進党に期待(依存)する野党共闘は、無意味であり時間の無駄だと思っている。
これも詳しくこちらを
 政権交代への近道

これを、「野党共闘を求める市民」の側から見るならば、市民運動の主体性を失わせ、「民進党のせい」にする逃げ道を恒常的につくってしまうことになりはしないか。
もともと市民運動というのは「政党なんて頼りにならないから、自分たちでなんとか声を上げよう」というものではなかったのか。
そういう雑草のような市民運動の生命力を、野党共闘に依存することで失ってしまう危険を、私は感じる。

逆の言い方をすれば、民進党は煮え切らずにつかず離れずの態度を続けていれば、市民運動を適当に期待させておいて最後には潰す、ということを永遠に続けていくことができるのである。
まさに、民進党は安倍政権をささえる、最大の支持基盤であると私が指弾する所以である。

森友事件という「絶好」のテーマをもってしても、まったく安倍政権を揺るがすことのできない現実は、まさに野党共闘運動の弊害を如実にあらわしている。
 いまや安倍晋三の太鼓持ちは強姦野郎だけ



では、市民共闘ができたとして、その塊は何をするべきなのか。

ひとつは上記に書いたように、集会やデモや街宣を、もっとも効果的な形に統一していくことだ。
自分たちの自己満足ではない、自民党は嫌だけど民進党もまっぴらという、声なき1000万人にどうやって存在を見せるのか。
そのことを、絶対の共通認識として知恵を寄せ集めることだろう。

もうひとつは、政策を作ることだ。
もちろん、そのまま使えるような詳しいものである必要はない。「どうやったら死ぬまで生きられるか」の原理を作るのである。
少なくともこの先50年くらいのスパンで、「こうやったら、贅沢はできなくとも、みんな困らずに生きていけるよ」という国のあり方の大枠が、絶対に必要だ。

自民党に政権を任せた上で、それを修正していく55年体制のときは、野党は反対が仕事だったしそれでよかった。
しかし今は、任せた自民党に修正能力はない。任せること自体が地獄への道行きとなる。
にもかかわらず、野党にもそれに変わる「国民の生き方」を提示するものはない。相変わらず、反対政党に留まっている。

であるならば、市民共闘がそれを提示するべきなのではないか。
地味なように見えるが、私はそれが、情勢を大転換させる軸になるのではないかと感じている。


最後に、私は「市民」という言葉は好きではない。
 国民、人民、市民、大衆、民衆 なんでもいいけど、生きてる人間の生活が第一

が、便宜的にここでは市民共闘と書いた。ご理解いただきたい。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 19

18 からつづく

 しんどくなると会社の空き部屋とか営業車の中で唸りながらゴロゴロする。不思議と丸一日全部ダメということはないので、半日くらいすると少し動けるようになってそのすきに仕事をこなす。クリニックで抗うつ剤を処方してもらうと確かに具合はいいのだが、これを飲み続けていいのだろうかと不安にもなる。ウツ病で入退院を繰り返しながら、なぜか医学部に入り直して医者になってしまったというツワモノの友人もいるけれども、ボクにはそんな真似はできそうにない。このまま症状が悪化したら生活できない。どうしよう。そんな状態で1年くらいが過ぎていった。

 2005年の年が明けたころ、相変わらずウツにつきまとわれながらグダグダとつとめていたボクに、連れ合いがひと言いってくれた。「もういいよ」と。それまでも、何回も会社を辞めて独立しようかと画策はしてきたけれども、いざとなると生活していくアテがなくて躊躇していた。そんな様子を見て、わがパートナーは優しくお許しを与えてくれた。もしかすると、煮え切らないボクをみてぶち切れたのかもしれないが。

 とにかく、何のアテも無いけれども独立しよう。そう決めた。あらためて自分の心の中をのぞいてみると、やっぱり「家を設計りたい!!」という思いが渦巻いていた。押さえに押さえてきたその思いが、独立しようと決めたとたんに吹き出してきた。そして不思議と、これだけの思いがあればきっとうまくいくんじゃないかという根拠レスな確信が生まれ、不安な思いがどこかへ流れていった。
 こうして2005年5月、明月社が誕生した。風が光っていた。

 工務店に勤めていた間に勉強させてもらって、いまだに役に立っているのは耐震診断の技術だ。現地調査をしてから専用ソフトに入力して計算する。評点というのを出して、0.7以下ならかなり危険、1.0以上ならまあ大丈夫、などと評価していく。座学の部分はさほど難しくはないが、耐震診断が大変なのは床下と天井裏を這いずり回らなければならないことだ。

 イマドキの家の床下は地面がコンクリートなので移動は楽だが、耐震診断する家はほとんどが1981年以前に建てられた家なので、地面は土のまま。それもきれいな土ではなくて石ころやコンクリートのかけらばゴロゴロしている。低いところでは頭がなんとか通るような高さしかなく、四つん這いにもなれない。前腕と足首を動かして匍匐前進するのは、なかなか大変なのである。
 屋根裏はもう少し広いけれども、なにせ足を滑らしたら天井を踏み抜いてしまうので、蜘蛛のように梁に手足をかけて移動していく。断熱材は天井の上に敷いてあるので、屋根裏空間は焼けた屋根の熱がそのまま貯まっていて、夏は灼熱地獄だ。断熱材の効果を体感できるし、小屋裏換気の必要性を身をもって学ぶことができる。

 床下や屋根裏は、いわばその家の「腹の中」である。表面はにこやかでも、腹の中は真っ黒という人は世に多い。家だって同じだ。大工や職人がどんな思いでその家を建てたか、床下と屋根裏を見れば伝わってくる。ピリッとした緊張感が何十年も経った今でも感じられる家もあれば、あまりの手抜きに絶句するような家もある。それは家の外見の豪華さとはほとんど比例しない。

 手抜きではなくても、そこそこに数をこなしている仕事とか、大工はいいけど他の職人がいい加減だなとか、腕は良いけど知識がないとか、いろんなケースがある。いろんな家を見るにつけ、大工、基礎工事、設備工事は、資格制にすべきだってこと。設計は国家資格制でも、それを実物にする職人がしっかりしててくれないとどうにもならない。とくに、建築構造をぜんぜん知らない設備工事屋さんとか、基礎のことを知らない基礎工事屋さんとか、考えただけでも恐ろしい人たちが、普通に現場で作業している。電気のことしか知らない電気屋さんは、大事な大事な家の梁に平気で穴をぶち開けてくれる。基礎なんて家が乗っているだけと思っている水道屋さんは基礎のコンクリートをバリバリと削りまくる。基礎を知らない基礎屋さんは穴だらけの基礎を作っても、目に見える外側だけきれいにモルタル塗って平気な顔だ。

 もちろん、ちゃんとしてる人もいる。床下を見ていてうれしくなるような家もある。けれども、どちらが多いかというと、何かと問題のある家のほうが圧倒的に多い。今まで見たなかで、これは「最高峰」かなという話をしよう。ちょっとした高級住宅街に建つ2階建ての木造住宅で、今はもうないけれども昔は少々名の知れた住宅メーカーの建築だった。2階の床が北側の外壁にむかって傾いているというのだ。見に行くと確かにかなり傾いている。いろいろ調べたあげくに、最後はその下の部屋の天井を破って見てみることになった。床を支えている梁が細すぎるのではないかと思ったからだ。ところが、ちゃんと大きな梁が入っている。おかしいなあ、と思ってよくよく懐中電灯で照らしてみると、その梁の先っぽが宙に浮いているのだ。直交する梁に架かっていなければならないはずの先っぽが、直交梁にわずかにとどかず宙ぶらりんになっているのである。

20 へつづく

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