2005-09-21(Wed)
反戦な家作り とは
これまで、「綺麗になる家」というテーマでブログ書いてきましたが、内容が美容の話と反戦の話に行ったり来たりするので、やむを得ず二つにわけました。
家づくりを生業とする私、明月にとって、戦争の問題は深刻です。阪神淡路や中越の震災も悲惨でした。 カトリーナの傷跡も酷いモノです。 あえて天災とは言いません。 人災の%が相当大きいからです。 それでも、イラクの現状とは比べものになりません。
もちろん、カトリーナの被災者の救援は必要ですが、被災の程度が桁違いです、イラクの場合。
こんなブログもあります。http://teanotwar.blogtribe.org/
イラクについてのニュースを英語から日本語にして紹介してくれています。
米軍は「政府の重要機関を爆撃」と言って民家にバンバン爆弾を落としていた、と誰あろうNHKが放送していた。 今や骨抜き朝日ですらない、国営NHKテレビが放送していたのです。
こんなニュースを毎日のように見ながら、平和ボケしたデザイン感覚とやらで住宅設計の仕事をしているのは、どうにも私の性に会わない。
かと言って、街に飛び出して「戦争反対!」とプラカード掲げて走り回る気にもなれない。 というか、やっても良いんだけど、何処かに利用されてしまうのが適わない。 イラク戦争開戦直前に、高校生が呼びかけているというので、大阪城公園の集会に家族で出かけたら、何のことはない、選挙用赤旗新聞の航空写真に使われただけでした。
既成組織でいろいろやっている人にも、もちろんいい人はいるでしょうし、それにケチをつけるつもりは毛頭ありません。 けど、私明月、いろいろやってきた経験から、既成の組織に頼って行動するつもりはありません。 ケースバイケースで一緒に行動することはあるでしょうが。
どういう行動をするべきかは、これから走りつつ考えるとして、まずは自分の生業である、建築、家作りから考え直そう、と言うわけです。
戦争と建築をテーマにするのは、もちろん私が初めてではありません。
最近では、五十嵐太郎氏の「戦争と建築」というのがありました。 いろいろ書いてありますが、要するに、筆者の立場、主張がハッキリしない。 結局どうやねん! と言いたくなる本でした。
もうちょっと面白かったのは、宮内康氏らによる「1930年代の建築と文化」。ファシズムと建築の関係など、勉強になった。 が、サブタイトルが「悲喜劇」と付いているとおり、学者さんたちの一歩引いた姿勢が感じられてしまう。 やはりこれからどうする、という点には意識が回っていかない。
もうちょっと熱を感じたのは、小能林宏城氏の「建築について」。 直接戦争は語っていないけれど、戦中から戦後にかけて活躍した大物建築家を評論する中から、著者のわき上がる想いが伝わってきて、何だか引き込まれた。
しかし、宮内康氏も、小能林宏城氏もすでに鬼籍に入られた。
他方で、LOHAS系は大流行。 本来は、これも反戦建築に結びつくハズなんだけれども、どうも日本ではそうはならないらしい。 エコである以上反戦でなければスジが通らない。 そう思うのは私だけ??
そんなこんなで、ちょうどいいお手本がない。 で、仕方がないから自分でまとめてみよう、というのが、このブログの試み。
戦争と建築を学術的に研究する、なんていうのはどっかの学者さんにお任せして、明日建てる家を、どうやって反戦な家にするのか、それを考えてみたい。
家づくりを生業とする私、明月にとって、戦争の問題は深刻です。阪神淡路や中越の震災も悲惨でした。 カトリーナの傷跡も酷いモノです。 あえて天災とは言いません。 人災の%が相当大きいからです。 それでも、イラクの現状とは比べものになりません。
もちろん、カトリーナの被災者の救援は必要ですが、被災の程度が桁違いです、イラクの場合。
こんなブログもあります。http://teanotwar.blogtribe.org/
イラクについてのニュースを英語から日本語にして紹介してくれています。
米軍は「政府の重要機関を爆撃」と言って民家にバンバン爆弾を落としていた、と誰あろうNHKが放送していた。 今や骨抜き朝日ですらない、国営NHKテレビが放送していたのです。
こんなニュースを毎日のように見ながら、平和ボケしたデザイン感覚とやらで住宅設計の仕事をしているのは、どうにも私の性に会わない。
かと言って、街に飛び出して「戦争反対!」とプラカード掲げて走り回る気にもなれない。 というか、やっても良いんだけど、何処かに利用されてしまうのが適わない。 イラク戦争開戦直前に、高校生が呼びかけているというので、大阪城公園の集会に家族で出かけたら、何のことはない、選挙用赤旗新聞の航空写真に使われただけでした。
既成組織でいろいろやっている人にも、もちろんいい人はいるでしょうし、それにケチをつけるつもりは毛頭ありません。 けど、私明月、いろいろやってきた経験から、既成の組織に頼って行動するつもりはありません。 ケースバイケースで一緒に行動することはあるでしょうが。
どういう行動をするべきかは、これから走りつつ考えるとして、まずは自分の生業である、建築、家作りから考え直そう、と言うわけです。
戦争と建築をテーマにするのは、もちろん私が初めてではありません。
最近では、五十嵐太郎氏の「戦争と建築」というのがありました。 いろいろ書いてありますが、要するに、筆者の立場、主張がハッキリしない。 結局どうやねん! と言いたくなる本でした。
もうちょっと面白かったのは、宮内康氏らによる「1930年代の建築と文化」。ファシズムと建築の関係など、勉強になった。 が、サブタイトルが「悲喜劇」と付いているとおり、学者さんたちの一歩引いた姿勢が感じられてしまう。 やはりこれからどうする、という点には意識が回っていかない。
もうちょっと熱を感じたのは、小能林宏城氏の「建築について」。 直接戦争は語っていないけれど、戦中から戦後にかけて活躍した大物建築家を評論する中から、著者のわき上がる想いが伝わってきて、何だか引き込まれた。
しかし、宮内康氏も、小能林宏城氏もすでに鬼籍に入られた。
他方で、LOHAS系は大流行。 本来は、これも反戦建築に結びつくハズなんだけれども、どうも日本ではそうはならないらしい。 エコである以上反戦でなければスジが通らない。 そう思うのは私だけ??
そんなこんなで、ちょうどいいお手本がない。 で、仕方がないから自分でまとめてみよう、というのが、このブログの試み。
戦争と建築を学術的に研究する、なんていうのはどっかの学者さんにお任せして、明日建てる家を、どうやって反戦な家にするのか、それを考えてみたい。











