2016-10-08(Sat)

次のステップへ (憲法フェスの総括その2)

総括その1 を読んでいない方はこちらから
  → 憲法フェスの総括とこれから その1 ~四年間をふり返りながら~

*********

7月の参院選が終わった直後、私は山本太郎さんから、憲法フェスという構想があることを聞いた。
まだ漠然とした話だったが、三宅洋平さんと二人で全国を回るかもしれない ということだった。

前回書いた通り、これまでより一回りも二回りも広い、バラバラでない組織を妄想していた私は、これに便乗させてもらおうと考えた。
つまり、大阪での憲法フェスの実行委員会をつくり、それをキッカケにしてより広いつながりが作れるのではないか、と思い立ったわけだ。

そんな構想をごく身近な人たちとゴソゴソ相談し、とりあえず第1回の実行委員会の呼びかけをした2日後に、三宅さんと安倍昭恵のお食事会があった。驚くのもオカシイという批判すら受けるけれども、私はひっくり返るほど驚いたし、企画しはじめた憲法フェス実行委員会の舵取りをどうしたらいいのか、頭が真っ白になった。
このときの率直な心情はこちらに書いたとおり
 → 李下に冠を正さず (三宅洋平氏のことについて)

なんとか立て直して8月の初めに最初の実行委員会を開催。憲法フェスをやろうということと、それをキッカケに広いつながりをつくろう、という基本方針を確認した。その数日後、三宅氏が安倍昭恵を高江にアテンドしたという情報が。。。。
これを聞いた瞬間は、もう憲法フェスをやめようと思った。全部仕切り直しだ、と。。。
それでも一週間ほど唸りながら立て直して、断固やる方向で踏み出した。
その時の記事はこちら
 → 「敵」ってなんだ? ~三宅洋平氏と安倍昭恵氏の件をめぐって~

この私にとってはフラフラの1ヶ月くらいの間に、憲法フェスの主催は三宅洋平事務所ということも決まっていった。どういう理由かは直接は聞いていないけれども、山本太郎さんは主催というより出演者のスタンスになっていった。

当日の内容も、どんんどん膨らんでいった。うまく中崎町ホールという広い庭のある会場がまる1日とれたことで、マルシェもやろう、昼の部もやろうということになり、最終的な内容やタイムスケジュールが決まったのは本当に直前だった。

私が思い描いていたものからはかなり変化はあったけれども、憲法フェス@大阪は勢いよく開催された。
そして、1日のイベントとしては、これ以上は望めないほどの濃厚なものになったと思う。



憲法フェスの内容の振り返りはここでは省かせてもらう。当日の様子は、とりあえずYoutubeにアップしたので、参加していない方はじっくり見てみていただきたい。(長~いけど)



全部で7本に分かれているので以下はリンクだけ
 昼の部 2
 大阪駅街宣 1
 大阪駅街宣 2
 大阪駅街宣 3
 夜の部 1
 夜の部 2

フェス大阪がおわって1週間ほど後、ボランティアに参加してもらった人たちと「ふりかえり」の会をおこなった。総括というまとまった話ではなく、気づきを出し合う、という場である。かなり色んな意見を出してもらえた。進行や準備に関することもたくさんあったが、この稿では全体にかかわることに集中して書かせてもらう。

まず準備段階については、人材活用がうまくできなかったという指摘や反省があった。たしかに多士多才なボランティアが集まり、この力をフルに活用できれば、相当のことができるのかもしれないと思われた。ただ、現実の時間軸の中では今回は私は限界だったというのが正直なところだ。むしろ、今後に向けての明るい材料としてとらえたいと思う。

今後に向けては、大きくわけて3つの方向の意見が出ていたように感じた。
ひとつは、音楽やマルシェとコラボした今回のフェスの形を、拡大または縮小して続けていこうという意見。もっと準備すればもっと大きなフェスができるという話や、小さなフェスを今回はボランティアで参加して人たちが主催者になって各地でやるべし、という意見など。

ふたつ目は、フェスからから政治活動まで、大小硬軟とり混ぜて様々ある情報を、集約して周知できるポータル的な役割をつくることはできないかというような提案。こだわりのマルシェや子育ての勉強会などの政治にはこれまでつながってこなかった領域から、いわゆる市民運動から政党の活動まで、幅広い情報ポータルという考え方だと私はうけとめた。

みっつ目は、情報だけでなく人のつながりを、なんらかのグループとして継続していけないだろうかという提案。関連することとして、なにかに反対するだけでなく、「こんな生活ができる」とか「こんな世界を作れる」ということを考える場がほしい という意見もあった。

いずれも素晴らしい意見だと思うが、問題は「誰がやるのか」である。
ふりかえりの会ではあえて責任は無視して、好き放題言う会にしたことで面白い意見がたくさん出たのだけれども、いざ実行するとなれば誰がやるのかは いの一番に考えざるをえない。
逆に言うと、大きな問題は「誰がやるか」だけだ、とも言える。フェスもポータルもグループ形成も、それなりに機は熟している。これまでだったら考えられないようなネットワークの糸はつながっているので、「俺がやる」と実行すれば前に進む可能性は大である。

ただし、どのジャンルもかなりの労力を継続的に傾ける必要はある。もちろん一人ぼっちではなく多くの仲間はいるけれども、最後に責任を取るのはやはり一人だ。俺が船長だという一人がいなければ、こうした企画は動かない。また、中途半端に食べかけて放置するとネットワーク自体が崩壊する危険があるので、やりかけたからにはやりきる覚悟がいる。



では、私はどうするのか。どうしたいのか。
それは総括その1を読んでいただければお分かりいただけるとおり、グループ化、より広い組織化、未来を考える場つくり、というジャンルだと考えている。

フェスを継続的に続けていくこと、拡大すること、あるいは多方面にミニフェスを拡散していくこと、これらは政治に目を向けてこなかった3000万人に訴える格好の機会になるだろう。これまでとは一線を画す試みになると思われる。
しかし、とりあえず1回やってみた実感では、今自分が振り向けられる時間をすべてつぎ込んでも、とても間に合わないほどの手間と時間がかかる。準備期間をとり、多くの方々の力をちゃんと活かすことができれば、年に1回くらいは続けていくことはできそうだが、活動のメインにするには、私はあまりにも非力である。
また私が自分の持ち場だと考えている方向とは違うということもある。

もちろん、主催したいからあれこれ引き継いでほしいという要望があれば、分かることは喜んで伝達等々させてもらうので、ご遠慮なく。ただし留意していただきたいことが二つ。
ひとつ、憲法フェスの主催は三宅事務所であり、大阪実行委員会はサポートしていただけだということ。
ふたつ、三宅さんも太郎さんも、大きな方向性としてはこうしたフェスを継続していこうという意向はあるとしても、それがどの程度なのかは未確認だということ。

よって、山本太郎・三宅洋平という二枚看板に頼らずに、自分たちでできるフェスをやろう、という心構えが基本であり、そこに二人が何らかの形でコラボできればラッキーと考えるべきだろう、と私は考えている。

情報ポータルという意味では、まず私は技術的に対応できない。
これはグループ作りにも直結するとても面白い試みだと思うのだが、徐々につながりが拡がっていくのに合わせて、内容を少しずつ考えていくような、まだるっこしいことを今は考えている。

これもできる人がいれば、是非ともやっていただきたいとおもう。
頭の柔らかい人であれば、意外とさくっと作れてしまうのかもしれない。



広いグループ化という話と、野党連合的な話は関係があるのか。

私は直接の関係はないと考えている。
むしろ、政党の右往左往に振り回されるのではなく、既存の政党にはできないことをやっていくことこそが、フェスの総括の真髄だろうと思う。

政党に関しては、私は小政党がまとまって400万票規模のAグループを作り、それが共産党と連携して1000万票のBグループとなり、そのBグループが民進と交渉すれば民進もなかなか嫌とはいえなくなる、という戦略がいいと思っている。
 → 民進に寄りかからない野党共闘という選択肢 

これはあくまで当面の戦術。現実的な妥協策であって、中長期的には、本気で政権交代を目指す「ひとつの塊(かたまり)」を作らなくてはならない。
この塊(かたまり)は、宗教やファシズムでないかぎり、多種多様の寄り集まった塊になる。

これまではこうした集団は、一度は塊になりながらも、ほどなく多様さが原因で亀裂を生じ、内紛や分裂を繰り返してきた。
なぜならば、同志であっても自分とは違う、ということを理解していなかったから。
あるいは、自分と違う同志はいつか排除してやろうと、心の中で思っていたからだ。

これから作るべき塊は同じ轍を踏んではならない。
大同小異ではなく、小同大異を自覚した塊でなくてはならない。
・戦争という手段は使わない
・誰しも生きる権利がある
というあたりまえのこと以外は、始めから違いを尊重し合い、異質なものとの信頼関係を形成できる集団をめざすのである。
こうした作業は、政党レベルでできることではない。

政党は、どうしても目の前の政策課題、政局、選挙に追われざるをえない。
「ひとつの塊」は、政党を引っ張るつもりで市井の私たちから作っていかなくては、実現することはない。
小同を見いだすことは難しいことではない。これは政党でもできる。というか、ここは具体的な戦術として政党が決めるべきだろう。
問題は、大異を認め、違っていることを尊重できるかどうか。

国家とは何かという大問題に始まって、資本主義の可能性、平等のありかた、自由のありかた、などの理念的な課題もある。
あるいは、天皇の問題、日米安保の扱い方、自衛隊の是非、社会保障と自己責任の問題、教育制度の問題、などなど政策レベルの話でも、今は「安倍政治を許さない」と一致している人たちの中でも、実はバラバラなのである

今は共闘の黎明期なので、多くの人がその違いに目を向けていない。気が付いていなかったり、気が付いている人はあえて目をそむけている。
そして、保守も革新も、お互いに 「やっとあいつらも俺らの言うことを理解するようになりよった」と思っている。お互いが 相手が自分に近づいてきた と思っているのである。

しかし、何かのきっかけでその違いはむき出しになる時が来る。
むしろ、共闘がうまくいけば行くほど、敵はそういう機会を積極的に仕掛けてくるだろう。
その時に、「なんだ、全然分かってないじゃないか(怒)」となるのか、「そんなこと始めから知ってるわ(笑)」となるのかで共闘の行く末は決まってくる。そして、「(笑)」にするためには、草の根の不断の努力が必要なのだ。



もうひとつ、既存の政党や政党連合にはできないことがある。本来は、政党がやるべきことかもしれないがたぶんやらないだろう、という領域だ。
それは、長期のビジョンを考えるということだ。20年後の日本のありよう、私たちの生きる術を考えるということ。

今の政党を見ると、漠然とした理念と、目の前の政策しかない。しかし、私たちが政治の選択をするときに、一番ほしいのは「将来像」ではないか。自分の老後や、子どもが成人した時のこの国の姿が一番気にならないか。
2020年は今の惰性で迎えるかもしれないが、2030年、2040年がどうなっているのか、あまりにも不安でいっぱいなのではないか。

これは、若い人ほど投票率が低いことの一因でもあると思う。
20代の若者が、30代40代になって子どもを育て、50代には老後の不安がおしよせ、60代になって本当に生きていけるのか、ビジョンを示している政党はない。政治に期待しないのは当然だと言える。

とは言え、今現在、少ない人数で八面六臂で目の前の問題にあたらなければならない政党に、ここまでを求めるのは酷。
無い物ねだりをするのではなく、ここも自分たちで自前でやってやろう。投票に行かない、行かなくなってしまった人たちに、もう一度信頼してもらうためには、絶対に欠かせない部分を提言していく存在が必要なのだ。

その際、異質のものがあつまった塊(かたま)であることが役に立つ。
同質のものが集まって相談しても、偏ったイメージ、ぜんぜんリアリティのない未来像しか湧いてこない。様々な理想をもった人間が集まって妥協できる範囲を真剣に議論するからこそ、リアルな未来が見えてくる。

学者には依存しないこと。
学者の知見はもちろん大事だけれども、一番大事なのは生活者の実感であり、未来を生きる自分たちだという気概を持つこと。
衒学的な難しい言葉ではなく、あまり横文字も乱用せず、誰にでもわかる言葉で未来を語ることだ。



こうした塊(かたまり)を、集まりやすい府県単位や地域単位で作っていくこと。数十人で始めて、議論をリードできるメンバーがでてきたら細胞分裂していく。
ただし、それがバラバラになるのではなく、国民から見た時に「ひとつの塊」であることを担保する。

政党間の動きとは、つかず離れずリンクしながらも、全国に300単位になればまさに政権交代の原動力ともなる。
各小選挙区に、リーダーを務める10人と語る言葉と動く経験をもった100人がいれば、イザという時は最強の選対となり、自分たちの候補者を立てること、あるいは既存の候補者と協定を結んで推薦すること、自由自在だ。

以上は究極の姿であるが、これが民主主義の姿なのではないだろうか。
フェスが提起したオルタナティブ、すなわち、既存の政党や市民運動とは違うありかた、というのは、衆人の耳目を集める手段と言うことではなく、こういうことなのではないか、と私は考えた。

再稼働反対で国会前に集まった10万とも20万とも言われる人たち、選挙フェスで連日駅前を埋めた延べ数万の人たち、大きなイベントがなければ普通の日常を送っているこの人たちが、継続的に集まって、議論し、動き、「ひとつの塊」になること。
そのための場をつくること。
ここれが私のフェス総括の結論だ。

そのためには、やはり日本のパブロ・イグレシアスは必要だ。
指導とか責任とかではなく、シンボルとしての存在はどうしても必要。
その集団が「なんなのか」をざっくり一目でわかる存在。

私はそれが山本太郎さんだろうと考えている。
今はまだポテンシャルの段階だが、ご本人がその気になれば充分にシンボルになれる存在だろうと思っている。
ただ、現状では運動の側が彼に依存してしまう(つまり負担になるだけ)可能性大なので、ことはそう簡単ではない。



生活の党が自由党になるらしい。
党名の問題はともかく、これまで実質休眠状態だった党としての活動を始める、と宣言している。
(遅すぎる!と腹の中では思っているけれども)歓迎したい。
裏を返せば、政党レベルでの「ひとつの塊」というシナリオは、当面はないということだろう。

私の本籍地として、生活の党あらため自由党にかかわる活動はもちろん継続していく。
と同時に、塊にむけた場を作る活動を、自分のフィールドとしてやっていきたい。

なかなか稼げない住宅設計の仕事をしながらの活動で、あまり期待されてもたいしたことはできないが、本稿をひとつの区切りとして、あれこれ悩む段階から具体的な次の行動を考える段階に進みたい。



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