2021-08-12(Thu)

大企業の「金あまり」こそが諸悪の根源 -MMTと新自由主義-

先月書いた「植民地日本とMMT」という記事でとりあげた、島倉原さんの著書である「MMTとは何か  日本を救う反緊縮理論」を読んでみた。

その中で、私的に一番大事だと思ったのが下記のグラフだ。

20210812-1.jpg

※著書と同内容のグラフが氏の講演資料として公開されている。それぞれクリックすると講演動画や資料ページにリンクをつけている。
動画→ 「NIKKEIチャンネル 現代貨幣理論とコロナ危機」 
資料→ 「「MMT+α」の政策が求められる日本」)
コロナ禍の問題点にも触れていたり新しい内容もあるので、ぜひ一見をお勧めしたい。


このグラフは貯蓄投資バランスというものの推移だ。政府と、民間企業と、家計と、貿易などの海外、のそれぞれの部門で、貯蓄した額と投資した額のどっちがどれだけ多いか、というもの。
正確ではないけれども、政府部門なら税収と予算、企業なら自己資金と投資額、家計なら収入と支出、と考えるとわかりやすいように思う。

全体のトレンドがはっきりと変わるのが、1998年頃だ。
グラフの赤は政府部門で、税収より予算額が上回るいわゆる財政赤字が増えている。
青の企業は反対に、資金を投資に回さずに自己資金(内部留保)が増えている。
点線の家計はわずかに貯蓄が多いものの、その割合はどんどん減っている。
そんな中で、黒線のデフレーター前年比はずっとマイナス(消費増税の年以外)で、デフレが続いている。

大原則として、企業+家計+政府-海外=0 という関係がある。
同じお金がグルグル回っているのだから、全部を合計したらゼロになるということ。
そこで、大きな割合を占める政府部門と企業部門の間で、こんな論争が起きる。

「財政赤字のせいで企業が金あまりになって投資が伸びないんだ! デフレ脱却のためには財政健全化だ!!」
「いやいや、企業が投資をしないせいで、財政赤字になるんだ! 景気を回復するためにさらなる財政出動だ!!」

前者が多くの経済学者の主張。自民党から立憲民主党まで保守かリベラルかを問わず、いわゆる主流派経済学者の立場。
後者が、MMTの立場ということになる。

前者の理屈を書いているものを探すと、こんな記事が見つかった
「企業に設備投資を期待するのならば、国は財政赤字の削減を」
(株)NTTデータ経営研究所 取締役会長 山本謙三


超絶はしょった粗筋は
1)社会保障費の増大によって国債大量発行
2)銀行は国債を買わなくちゃならないから企業に貸す余裕がない
3)銀行の買った国債は日銀が買い上げてるけど、日銀の(つまり円の)信用低下になる
4)財政の持続性への懸念から消費が抑制されて、投資が減っていても不思議じゃない

これは何とも、突っ込みどころ満載である。
1)の社会保障費の増大は間違いないけど、赤字になるのは税収が減っているから。その理由についてはまったく触れていない。
2)については、3)で否定されている。銀行は日銀に売った国債の代金が山のように積み上がっている。いわゆるブタ積みといわれる日銀当座預金残高は500兆円を超えている。余裕がないどころじゃない。
3)については、円暴落もなければ、長期金利上昇(国債の暴落)もないどころか長期的にずっと下降傾向だという現実が、この俗論を否定している。

20210812-2.jpg
(日本相互証券のHPより)
4)に至っては何の根拠もない。「消費の抑制が財政への懸念から生じている」という根拠も示しておらず、それが投資抑制の原因だという証拠も書いていない。だから「不思議ではない」としか書けないのだ。

たいそうな企業の会長様が書いたとは思えない杜撰な記事である。



私がここで注目したのは、「投資をせずにカネだけ儲ける」のは、まさに新自由主義だ、ということ。

1990年代に本格的に日本「侵略」をはじめた新自由主義は、投資→生産→販売→利益という資本主義の根幹を捨て去り、巨額のカネ→より巨額のカネ という何も生み出さないマネーゲームを経済の主流に変えていった。
そこにはカネの循環はなく、持たざる者から吸い上げて、持てるものに集中する一方通行の流れである。
その結果として、企業においては内部留保が積み上がり、家計においては超富裕層の貯蓄がふくれあがっていった。

いわゆる外資という形の巨額の資本がアジアへの本格侵略を開始したのは1997年のアジア通貨危機である。
資本家はリスクを取って投資をして、最終的に利益を手にする。利益は資本家と労働者に分配され、消費が拡大する。資本家の利益は再投資され・・・(以下続く) という資本主義の循環は激減していった。
利益は労働者には分配されず消費は冷え込み、再投資もされずにひたすら溜め込まれた。それがこの23年間である。

企業部門において溜め込まれた黒字を、どっかから必ず補填しなければならない。
それが財政赤字である。
別の言い方をすれば、企業が投資や賃金や税金という形で回さなければならないカネを回さなかったので、その分を財政赤字で補填せざるを得なかったのである。

いくら社会保障費が増えようが、お金が回ってそれが結果として税収になっていれば、大赤字にはならないのである。

このあたりの解釈は、MMTの説明がまったく正しい、と私も思う。
反MMTの説明は、べき論だったり、漠然とした「不安」だったりして、およそ現実を踏まえていない。

ただ、ここから先は、MMTの主張に注意が必要だと思っている。
つまり、「企業が黒字だから、政府は赤字でいいんだ。気にする必要はない。」という主張についてである。

これは新自由主義の危険性、邪悪さを見過ごしているのではないだろうか。
なるほど、財政赤字=信用不安ではないということは、現実が示している。
しかし、「せっせと国債発行して手に入れた資金を、どんどん大資本に吸い上げられている」という現実に、目をつぶることになりはしないか。

「赤字国債を発行して積極財政」には賛同するけれども、そこには新自由主義に自動吸引されない仕組みが必要だ。
財政投資は、生産への投資と消費にまわる所得に分配されることが保証されなければならない。
そのための予算編成や税制、資金の規正なしに投入する資金は、家計や企業を素通りして大資本と超富裕層に吸い上げられてしまうことになる。



もう一点、これは著書の方の第9章「民主主義はインフレを抑制できるのか」について。
特に戦前の「高橋是清の高橋財政による国債の日銀引き受けが軍事費の無制限な調達手段となりハイパーインフレに帰結した」という井出英策氏らのMMT批判に対しての、原口氏の反論の部分だ。

原口氏は、高橋財政が軍事費拡大を招いたのではなく、5.15事件で犬養首相が殺され、2.26事件で高橋是清が殺されてしまったことで歯止めがきかなくなったという事実を指摘します。
原口氏の言葉を引用すると
「日本に第二次世界大戦による悲劇をもたらしたのは財政ファイナンスでもなければ高橋財政でもなく、軍に対して民主的な統制が及ばないという当時の政治制度上の欠陥であったという構図です。つまり、第二次世界大戦後のハイパーインフレをもたらしたのは健全な民主主義の不在である- これこそが、新の歴史的教訓ではないでしょうか。」

このこと自体に異論はない。
しかし、この言葉の前提にあるのは「今の日本は、戦前と違って民主主義である」という、政治への信頼である。
私には、そのような信頼は欠片もない。

3月の下記の記事でも書いたとおり、今の日本に民主主義などほぼない。

経団連が考える恐るべき日本の近未来(2) 独裁国家2.0の作り方

1300万人の投資家と、600万人のカルト集団という右足を軸として、すぐに裏切る万年野党という左足が支える「民主主義」政体。
こんな日本に、無尽蔵の国費を扱わせて大丈夫なのか???

MMTが言うような 一定のインフレ率までは国債をいくら発行しても、通貨をどんだけ刷ってもまったく問題なし、は、日本の民主主義が最低限度、必要に応じて政権交代できる程度までは機能することが前提だろう。
それまでは、積極財政を進めながらも、通貨発行とその使途には厳格なたがをはめて、監視をする必要がある。

以上、二つの点について、島倉氏の主張を理解できるからこそ、強く留保したいと考える。



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