2008-06-25(Wed)
死神の仕事ってなんだろうか。
7日後に不慮の死が予定されている人間を観察し、”実行=死”か、”見送り=生かす”かを判定する。同僚の死神の中には、ろくろく調査もせずに、”実行”と判定する者もいるが、千葉は一応、やるべきことはやろうとするタイプのため、最低限の義務は果たす。だが、仕事への情熱に満ちあふれているわけではない。なんて解説もある。
死神の精度
なんだ 映画の話じゃないか と言う前に、ちょっと考えてみよう。
だいたい、死神ってなんなのか。
貧乏神や疫病神と同じ、ロクでもない神様なのか?
ウィキペディアを見ても、
多くの文化では、その神話の中に死神を組み入れている。人間の「死」は「誕生」と共に人生にとって重要な位置を占めるものであり、性質上「悪の存在」的な認知をされているが、殆どの場合死神は宗教の中で最も重要な神の一つとされ、最高神もしくは次いで位の高い神となっている場合が多く、崇拝の対象にしている宗教もある。
この場合、単に死神崇拝といっても「絶対的な力を持つ神」の能力の一部に「生死を操る能力」があるなど、いわゆる邪教崇拝だけではない点に注意するべきである。穀物生成や輪廻転生に関連付けられる地域では死と再生の神々として捉えられることも多い。と書いてある。
にもかかわらず、なんで鳩山邦夫は涙目になって怒りまくるのか??
被害者遺族まで、抗議する必要があるのか??
これはすなわち、
鳩山も被害者遺族も、「死刑」ということに、内心忸怩たるものがあるという、証明ではないのか。
人の生き死にを、他の人間が決める、という死刑制度は、裁判官も法務大臣も、自ら「神」であることを擬装していることに他ならない。
同じ人間であるならば、マチガイは必ずある。それを否定して他人に死を与えることは、まさに神の業であるとしか言いようがない。
日本は、「神の国」だとか言いながら、そんなことを言う連中に限って、実は神をものすごく軽んじて、適当に利用する対象くらいにしか思っていない人間が多いから、平気でこういう擬装をやらかす。
やらかすけれども、実は神にはなりきれない。あたりまえだけど。
だから、死刑は当然だ、殺せ殺せと言っている人間ほど、内心は不安を抱えている。
その意味では、涙目で怒った鳩山邦夫は、少しは人間の心を残していたとも言える。
じゃんじゃん殺しまくってる自分の行いに、ほんとうはドキドキしたり、
S的興奮を感じたり、あるいは殺しちゃったという罪の意識さえあったのだろうと思う。
その心の痛い部分をつつかれたから、いい年こいたオッサンが涙目で怒ったのだ。
しかし、死刑制度を正しいとし、ずぶの素人にまで死刑を決めさせようとする連中が、そこで怒るのはお門違いというもんだ。
生き死にを決めるという、人間にはできないことを、やってはいけないことをするのだから、まさに「死に神」そのもの。
「死に神」と言われたら、「いやあ それほどでも」と、照れてみせるくらいでなくてはウソだろう。
だから、鳩山邦夫さんの名誉のために、私はあえて言う。
合法的に13人の殺人を行った鳩山邦夫は、死に神である。
鳩山邦夫は死に神だ。
どうです、鳩山さん。 神様になった気分は?
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>マチガイで人を殺した犯罪者は許されて、その犯罪者を死刑にする人は「死神」呼ばわり?
↑
今回はこちらに賛成です。
昔は教育刑に賛成だったが、あまりに非道が横行している。
非道には報いがあることを自覚させないといけない。
無期懲役といっても出てこれるし。おとなしくしてれば刑務所で個室与えられてそれなりに生きれる。
こいつらは税金で養われるし、管理する人間へ支払われるのも税金。
非道を起こさずまじめに、日雇い等でがんばって納税しているワーキングプアの生活のほうが大変だと思われても不思議ではない。
観念論で死刑廃止できますか?
コストはどうするんですか?
官僚がそれ以外の仕事をまわさなかったとか。登庁してみたら机の上には死刑執行の書類と印鑑しか置いてなくて、仕方無しに仕事をしたら死神呼ばわりされて泣けてきた。こんなんだったら同情感から辞任しろって言うけどね。
それ以外の理由は、口封じ等の為にどうしても死刑を執行しなければならない死刑囚がいたってのが考えられないこともない、かな?
どっちにしても死刑を執行してしまう時点で法務大臣には不適ですね。理由は上記。
一冊おすすめしておきます。「もう殺さない−ブッダとテロリスト」(バジリコ出版?)
タイムリーな本で、本当に解決しなければならないのは何なのか教えてくれます。
最近冤罪事件が増加しつつある。閨閥化による世襲政治家や国家官僚や企業官僚や宗教官僚や大マスコミの癒着もいよいよ腐臭を放ちつつある。
彼らの実態を書いたり話したりして、タブー侵犯の罪を問われて刑務所暮らしの勇気ある人々がいよいよ多いというなんとも寒々しい最近の日本社会だ。
宗教官僚についてはーhttp://www.news.janjan.jp/column/0806/0806230339/1.php
膨大なえん罪・国策捜査仕組みの歴史についてはーhttp://www.news.janjan.jp/living/0805/0805268004/1.php
マスコミの伝えない政治・社会・株式の真実・真相・深層を斬って獄中でいまだ黙秘中の植草一秀元早稲田大学教授についてはーhttp://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_1f1e.html
法政大学での言論弾圧とえん罪・国策捜査による暗黒裁判についてはーhttp://www.news.janjan.jp/government/0806/0806190016/1.php
何故鳩山大臣はあのような態度をとったのだろう
自分がもし、今の鳩山大臣と同じ立場で同じ発言を繰り返してきたとしたら。。。。。
現在、死刑判決を受けて確実に棚上げされている死刑囚すべての死刑執行命令をくだすだろう。
それくらいやらなければ死刑制度うんぬんを語ると言う事なんてナンセンスではないのだろうか。
そして一言、自分は死神だ今の法律では致し方ないことだど堂々と発言する、決して泣いたりなどしない
これは、あくまでも極論であり自分は死刑廃止論に傾いている、だが死刑賛成者がそこまで発言してくれない事に虚しさを感じる。
結局この問題って感情的にしかならないんだろうと思うのだがどうなのだろう?
まあ、死神と書いてしまったマスコミも支持できないのは事実なのだが
なんかこのひと、前に「死刑とか、大臣がサインしなくても流れ作業で次々やっちゃえばいいのに〜」とか言ってたひとでしょ?
要するに軽いんですよね。…それがどーゆーことか実感してないっぽい。
サインするだけじゃなくて、実際に現場に行って死刑囚の首に縄をかけて落とすとこまで自分でやってみれば、それが「死神」と呼ばれるに値する責務だと認識できるんじゃないでしょうか。
>同じ人間であるならば、マチガイは必ずある。それを否定して他人に死を与えることは、まさに神の業であるとしか言いようがない。
マチガイで人を殺した犯罪者は許されて、その犯罪者を死刑にする人は「死神」呼ばわり?
もし自分の家族が殺されても同じことが言えるのでしょうか。
明月さま、
13人も死刑にしておいて死に神と呼ばれると涙目で抗議する。なんて勝手な奴なのでしょう。死刑執行のハンを押すのは義務だからしょうがないといっても、これまでには任期中に一度も実際死刑執行を許可しなかった法務大臣もいました。彼らは周囲からかなりプレッシャーを受けたことでしょう。それでも、自分の意志で死刑を執行しなかったのです。それを考えると、やはり鳩山法相が死刑執行のハンを押すのは義務だったからというのは言い訳にすぎません。それも日本の歴史上最多の13人もの命を最初の処刑が行われた12月からたったの半年で奪ったのですから、これから先、彼の行動をよく監視していかなくてはなりません。
被害者の方たちも加害者が死刑になることよりも、2度と同じような事件が起こらないことの方を望んでいると思います。
人が人を裁くというのは、おかしいということは理解している
。
ただ、昨今の様々な事件のように、死刑になっても、どうもなってもいい、
というような人間がでてきているのは、間違っているかと。
遺族の方の心情をを考えると死刑もやむを得ずと考える。
心の底から愛している子供を殺されたらどう思いますか?
親族が、想像を絶する殺され方をしたときに 殺した相手が
生きていること(無期懲役等)をどう思いますか?
私には耐えられない。
>だれだってその様な事件を起こしてしまう可能性があるのだ
ありえない。その事件を起こしてしまって、すみませんでは済まされない。
可能性はあっても、絶対にしてはいけないことであるから。
いかなる理由があろうと人が人を殺すことは あってはならない。
人が人を裁くのに違和感を感じる以上に、人が人を殺して生きていることのほうが、違和感を感じる。
死刑は本当に悪いことなのだろうか?
泣くほど嫌がっていると知って、なおそう呼ぶのもどうかと。ひどく悪質なイジメにも見えます。
意見はともあれ、そうしろ!という論調は如何なものかと…
> これはすなわち、鳩山も被害者遺族も、「死刑」ということに、内心忸怩たるものがあるという、証明ではないのか。
他人を誹謗中傷した人間がよく使う論法だよね。
『刑』を決めるまでは社会にシステムがありながら、そのシステムは完結しているわけではなく、次にその『刑』を『行う』と言うプロセスを仮定しているのか?そして、その『刑』を『行う』か否かの『判断』をも仮定していて、その『判断』では社会にはシステムはなく、個人(法務大臣?)の思考で『判断』は下されるのか?『判断』は社会は処理しない、即ち、社会にはその制度がない?その辺りについては、社会は未発達故に未だ十分な概念がなく、従って表現する言葉も少ない?『死神』と言う言葉で、その辺り全体を表現せざるを得ないのか?
概念が固まっていないから、実際にその辺りに関わるような人達(法務大臣、被害者遺族、関心のあるメディア関係者他)は、上手く色々なことが表現できないのか?
なかなか、考えさせられるブログです。
ウィキペディアの記事でここまで書ければ
もはや芸術です。
半場テストとして投稿させていただきますが、早い話死刑には反対です。
先日の日曜日の深夜にドキュメント番組がありまして、その番組は死刑制度についてのものではありませんでしたが、被害者の家族の方々の心境がかすかに吐露されており、加害者に対して同じような方法、被害者を死に追いやった如くに死んでもらうのが当然という立場の方と、未だに逮捕されていない犯人には生きて償いをしてもらいたいという立場、心境の方々が出演されておりました。
私自身は犯人に対して同情する訳でもなく、だれだってその様な事件を起こしてしまう可能性があるのだ、だから許せと言いたい訳ではありません。その様な人物、加害者が隣に住んでいたら、近所にいたら怖くてしかたないと思います。だから、殺す・死刑にしてしまえとは思えないでいます。
ある新聞の紙上で死刑囚の方の詩作を読んだことがありましたが、その時大変感銘を受けました。
長い時間罪に服する事で罪を犯した方も、変わって行くのだと感じさせて頂いた照査でありました。私には例えこころには思ったとしても、死刑であるべきだったとは思えないのであります、涙は土手役者である証拠である気が致します。生きて償うのがよいのではないかと考えております。
まとまりがなくなってしまいましたがこれにて失礼します。