2008-09-03(Wed)
200年住宅と11ヶ月内閣
安倍・耐震偽装内閣を投げつけられてから11ヶ月。福田・尻拭き内閣は早くも崩壊した。
11ヶ月間、ひたすらコイズミと安倍の尻を拭き続けたのだから、まあ福田じゃなくてもイヤにはなるだろう。
しかも、拭いてもらっている当の本人たちは、意味もなく国会議員を続けたままヘラヘラ笑っているのだから、なおさらだ。
政治的な観点を抜きにして、個人的な感想としては同情もしている。
それはともかく、この11ヶ月の尻拭きの一つに、200年住宅構想というのがある。
安倍・耐震偽装内閣は、自らの責任を覆い隠すために、無茶苦茶な建築基準法の改悪を行った。
後先を考えず、すべての矛盾を工事の当事者に押しつけて、政治家と官僚の責任だけは回避するという昨年6月の建築基準法改悪で、建築業界は未曾有の停滞に追い込まれた。
それに加えてアメリカのサブプライムローン問題が炸裂したので、銀行の貸し渋りも始まり、住宅の着工件数は半分にまで落ち込み、今に至るも回復していない。
この4月以降、建設業の倒産件数はうなぎ登りだ。
建設業倒産が急増 地方経済に追い打ち
FujiSankei Business i. 2008/8/23

7月の建設業の倒産件数は過去5年で最多となり、増勢に拍車がかかっている。金融機関も融資姿勢を厳しくしており、資金繰りが行き詰まり倒産に追い込まれる企業が後を絶たない。とくに地方ゼネコン(総合建設業)のダメージが深刻で、日本経済の先行きにも影を落としている。
建設業界を取り巻く環境は厳しい。国の予算縮小や地方自治体の財政悪化を受けて、公共事業はピーク時から4割以上減った。耐震偽装を防ぐため建築確認を厳しくした改正建築基準法の施行に伴い住宅着工が激減。米国のサブプライム(高金利型)住宅ローン問題の影響で外資系ファンドが不動産投資に慎重になったことから、新規の建設工事受注も落ち込んだ。建設資材の価格高騰でコスト上昇も避けられない。
こんな状況を、少しでも誤魔化そうとして出してきたものの一つが、200年住宅構想である。
早い話が、目新しい話題を提供して、住宅の売り上げを伸ばそうという魂胆だ。
これに、いち早く飛びついたのが、もとミサワホームの社長・三澤千代治さん。
三澤氏といえば、誰でも知ってるミサワホームの創業者だが、5年前に竹中平蔵とトヨタにはめられてミサワホームを乗っ取られ追い出された らしい。
本当かどうかは、ご自分で情報収集していただきたいが、間違いのない情報は、ミサワホームの今の社長は竹中平蔵の実兄である。
ミサワホーム株式会社 代表取締役 竹中宣雄
閑話休題
ミサワホームを追い出された三澤氏は、たぶん、鬼のような執念で福田に取り入って200年住宅構想を打ち出させたのだろう。
ちょうど、住宅業界をゴマカす照明弾を打ち上げたかった福田の意図と合致したわけだ。
かくして、今年度には141億円の予算が、200年住宅構想につけられた。
そして、三澤氏の一人勝ちにしてはならないと、中小を問わず、我も我もと200年住宅に殺到した。
(独)建築研究所が募集している超長期住宅先導的モデルの、第一回募集には、600件以上の応募があり、今後もまだまだ増え続ける見込み。
ちなみに、「200年住宅」がいつのまにか「超長期住宅」に変わっている。
国民に打ち出すときは、センセーショナルに200年!と謳っておいて、実際は技術的にムリなので 業界では「超長期」と言い換え。
まあ なんて正直なんでしょう・・・
と、まあ色々問題ふくみなのだけれども、根本的には寿命の長い住宅を造ること自体は、なにも悪いことではない。
一つ一つの事例を見れば、たしかに悪いことではないのだろうが、もし、みんなそうなったらどうなるか。
住宅の寿命が6倍に延びて、人口が1割減ったら、住宅の新築工事は現在の15%になる。
住宅業界は壊滅、大量の失業者が巷にあふれるだろう。
もちろん、今すぐの話ではない。
それまでに、産業構造が変化するから大丈夫だという議論もあり得る。
が、なかなかそうはいかないのが、日本の事情だと思うのだ。
■■
話が長くなるけれども、もう少しおつき合いいただきたい。
ことは、日本の住宅の原点、までさかのぼる。
日本の住宅の原点というと、どんなものを想像されるだろうか。
建築の歴史をあつかう多くの書籍をひもとけば、だいたいこんな写真がならんでいる。
(桂離宮)
(京町屋)
しかし、私は日本の住宅の原点は、これだと思っている。
(1945年東京)
馬鹿な戦争をやらかして、まんまとボロ負けした。
最低でも400万軒以上の住宅が不足し、掘っ建てのバラックが建ち並んだ。
このあたりは、以前の記事を見ていただきたい。
敗戦と住宅のこと
そして、こんな家が大量に建てられていった。
下の写真は、私が以前に耐震診断をした家の床下だ。

コンクリートであるはずの基礎は、すべてブロック。それも、極めて雑に並べられている。
もちろん、鉄筋なんて影も形もない。
そして、床の重さを支える束柱の長さが足りない部分に、石ころがはさんである・・・
げげっ と思われるかもしれないが、戦後から1960年代くらいは、こんな家はごく普通につくられていた。
似たり寄ったりの事例を、私自身もたくさん目にしてきた。
つまり、床下から見れば欠陥住宅だけれども、マクロ的に見れば、これこそが戦後復興経済だったのである。
どん底のマイナスから世界第2の経済大国にのし上がっていくには、破壊され尽くした国土を目一杯利用して、手抜きだろうが何だろうがお構いなしに建設しまくる。
その在り方が、日本の産業構造を形つくってしまったのである。
だから、10人に1人は建設関連と言われるほどに、建設業界は肥大化し、良くも悪しくも日本の産業の根幹となってきた。
こうした産業のありかたは、焼け野原になった都市部の建築だけでなく、残っていたはずの田舎の民家建築をも破壊した。
いわゆる古民家を見て、おおっと感嘆の声を上げない人はいない。
日本の民衆文化の結晶ともいえる民家建築。それを守る担い手を、建築をはじめとする日本の産業界は、都会の労働力として奪い取ってしまった。

(飛騨高山の吉島家)
今、林業地の山村を歩いて目にするのは、住む人がなく朽ち果てていく多くの古民家である。
200年住宅なんて当たり前だった時代の、技術と文化が、崩れ落ちていく様を象徴している。
今や、ホンモノの民家建築をたてられる職人は、全国でも数えるくらいしかいないだろう。
(モドキならば、まだ結構いるけれど)
敗戦から63年。
立派に戦後復興し経済発展した日本 と、一般には言われる。
しかし、その一方で、住宅の貧困とかウサギ小屋とか短寿命だとかとも言われる。
一見矛盾しているようなこの現象は、一つのコインの裏表なのである。
敗戦のドン底からはい上がっていくために、貧困で短寿命な建物を量産したのだ。
かろうじて残っていた、スバラシイ民家建築をも腐らせてしまったのだ。
その後につくられたチョットマシな住宅も、人間の器とは言えないようなものが作り続けられた。
つまり、住宅の貧困は、いま今日に至るまで戦争の傷跡なのである。
その在り方は日本の産業構造になった。今もそうだ。
他に成長産業があれば、建設業界からそちらの業界に移っていけばいいけれども、今の日本にそんな夢のような領域はない。
ちょっと良くても、新規参入が増えるとすぐにぽしゃる。
だから、30年後には産業構造が変化するから大丈夫なんて言うのは、無責任きわまりないホラ話にすぎない。
本当に建築物を超寿命にして、建築需要を激減させるのならば、都市生活者の生き方から変えないとムリだろう。
たとえば、一家族に1反(300坪)くらいの農地を割り当てて、週の半分は会社で働き、後の半分は農地を耕す、とか。
現金収入は半分でも、土地が安く住宅ローンもなく食べ物があれば、命は保証される。
そのくらいの抜本的なことから考えなくては、200年住宅なんて、日本経済に仕掛けられた時限爆弾のようなものになってしまう。
そしてもう一つ。
当たり前のことだが、どんなに頑丈な家でも、爆弾一つで木っ端みじんだ。
また再び、瓦礫の山と焼け野原。

イラクの電電公社 西谷文和さんのレポートより
だから、200年住宅を言うのならば、絶対に戦争反対を言わなくてはウソだ。
それを、こともあろうに、アフガニスタンやイラクへの侵略に参戦している自民党が200年住宅を言うなど、ちゃんちゃらおかしくてヘソがコーヒー沸かしそうだ。
福田が倒れ、これから200年住宅構想もどのようになっていくかは、先行き不透明だが、「政府肝いりの新商品」でハートに火をつけられた住宅業界は、当分このキーワードで大騒ぎするだろう。
それを言う人も聞く人も、ぜひ忘れないでほしい。
もう二度と戦争をしない国にすること。それが200年住宅の条件だと言うことを。
※3年目にして、ついにデザインを変えてみました。
読みにくいようでしたら、ご意見下さい。
よろしくお願いします。
11ヶ月間、ひたすらコイズミと安倍の尻を拭き続けたのだから、まあ福田じゃなくてもイヤにはなるだろう。
しかも、拭いてもらっている当の本人たちは、意味もなく国会議員を続けたままヘラヘラ笑っているのだから、なおさらだ。
政治的な観点を抜きにして、個人的な感想としては同情もしている。
それはともかく、この11ヶ月の尻拭きの一つに、200年住宅構想というのがある。
安倍・耐震偽装内閣は、自らの責任を覆い隠すために、無茶苦茶な建築基準法の改悪を行った。
後先を考えず、すべての矛盾を工事の当事者に押しつけて、政治家と官僚の責任だけは回避するという昨年6月の建築基準法改悪で、建築業界は未曾有の停滞に追い込まれた。
それに加えてアメリカのサブプライムローン問題が炸裂したので、銀行の貸し渋りも始まり、住宅の着工件数は半分にまで落ち込み、今に至るも回復していない。
この4月以降、建設業の倒産件数はうなぎ登りだ。
建設業倒産が急増 地方経済に追い打ち
FujiSankei Business i. 2008/8/23

7月の建設業の倒産件数は過去5年で最多となり、増勢に拍車がかかっている。金融機関も融資姿勢を厳しくしており、資金繰りが行き詰まり倒産に追い込まれる企業が後を絶たない。とくに地方ゼネコン(総合建設業)のダメージが深刻で、日本経済の先行きにも影を落としている。
建設業界を取り巻く環境は厳しい。国の予算縮小や地方自治体の財政悪化を受けて、公共事業はピーク時から4割以上減った。耐震偽装を防ぐため建築確認を厳しくした改正建築基準法の施行に伴い住宅着工が激減。米国のサブプライム(高金利型)住宅ローン問題の影響で外資系ファンドが不動産投資に慎重になったことから、新規の建設工事受注も落ち込んだ。建設資材の価格高騰でコスト上昇も避けられない。
こんな状況を、少しでも誤魔化そうとして出してきたものの一つが、200年住宅構想である。
早い話が、目新しい話題を提供して、住宅の売り上げを伸ばそうという魂胆だ。
これに、いち早く飛びついたのが、もとミサワホームの社長・三澤千代治さん。
三澤氏といえば、誰でも知ってるミサワホームの創業者だが、5年前に竹中平蔵とトヨタにはめられてミサワホームを乗っ取られ追い出された らしい。
本当かどうかは、ご自分で情報収集していただきたいが、間違いのない情報は、ミサワホームの今の社長は竹中平蔵の実兄である。
ミサワホーム株式会社 代表取締役 竹中宣雄
閑話休題
ミサワホームを追い出された三澤氏は、たぶん、鬼のような執念で福田に取り入って200年住宅構想を打ち出させたのだろう。
ちょうど、住宅業界をゴマカす照明弾を打ち上げたかった福田の意図と合致したわけだ。
かくして、今年度には141億円の予算が、200年住宅構想につけられた。
そして、三澤氏の一人勝ちにしてはならないと、中小を問わず、我も我もと200年住宅に殺到した。
(独)建築研究所が募集している超長期住宅先導的モデルの、第一回募集には、600件以上の応募があり、今後もまだまだ増え続ける見込み。
ちなみに、「200年住宅」がいつのまにか「超長期住宅」に変わっている。
国民に打ち出すときは、センセーショナルに200年!と謳っておいて、実際は技術的にムリなので 業界では「超長期」と言い換え。
まあ なんて正直なんでしょう・・・
と、まあ色々問題ふくみなのだけれども、根本的には寿命の長い住宅を造ること自体は、なにも悪いことではない。
一つ一つの事例を見れば、たしかに悪いことではないのだろうが、もし、みんなそうなったらどうなるか。
住宅の寿命が6倍に延びて、人口が1割減ったら、住宅の新築工事は現在の15%になる。
住宅業界は壊滅、大量の失業者が巷にあふれるだろう。
もちろん、今すぐの話ではない。
それまでに、産業構造が変化するから大丈夫だという議論もあり得る。
が、なかなかそうはいかないのが、日本の事情だと思うのだ。
■■
話が長くなるけれども、もう少しおつき合いいただきたい。
ことは、日本の住宅の原点、までさかのぼる。
日本の住宅の原点というと、どんなものを想像されるだろうか。
建築の歴史をあつかう多くの書籍をひもとけば、だいたいこんな写真がならんでいる。
(桂離宮)
(京町屋)しかし、私は日本の住宅の原点は、これだと思っている。
(1945年東京)
馬鹿な戦争をやらかして、まんまとボロ負けした。
最低でも400万軒以上の住宅が不足し、掘っ建てのバラックが建ち並んだ。
このあたりは、以前の記事を見ていただきたい。
敗戦と住宅のこと
そして、こんな家が大量に建てられていった。
下の写真は、私が以前に耐震診断をした家の床下だ。

コンクリートであるはずの基礎は、すべてブロック。それも、極めて雑に並べられている。
もちろん、鉄筋なんて影も形もない。
そして、床の重さを支える束柱の長さが足りない部分に、石ころがはさんである・・・
げげっ と思われるかもしれないが、戦後から1960年代くらいは、こんな家はごく普通につくられていた。
似たり寄ったりの事例を、私自身もたくさん目にしてきた。
つまり、床下から見れば欠陥住宅だけれども、マクロ的に見れば、これこそが戦後復興経済だったのである。
どん底のマイナスから世界第2の経済大国にのし上がっていくには、破壊され尽くした国土を目一杯利用して、手抜きだろうが何だろうがお構いなしに建設しまくる。
その在り方が、日本の産業構造を形つくってしまったのである。
だから、10人に1人は建設関連と言われるほどに、建設業界は肥大化し、良くも悪しくも日本の産業の根幹となってきた。
こうした産業のありかたは、焼け野原になった都市部の建築だけでなく、残っていたはずの田舎の民家建築をも破壊した。
いわゆる古民家を見て、おおっと感嘆の声を上げない人はいない。
日本の民衆文化の結晶ともいえる民家建築。それを守る担い手を、建築をはじめとする日本の産業界は、都会の労働力として奪い取ってしまった。

(飛騨高山の吉島家)
今、林業地の山村を歩いて目にするのは、住む人がなく朽ち果てていく多くの古民家である。
200年住宅なんて当たり前だった時代の、技術と文化が、崩れ落ちていく様を象徴している。
今や、ホンモノの民家建築をたてられる職人は、全国でも数えるくらいしかいないだろう。
(モドキならば、まだ結構いるけれど)
敗戦から63年。
立派に戦後復興し経済発展した日本 と、一般には言われる。
しかし、その一方で、住宅の貧困とかウサギ小屋とか短寿命だとかとも言われる。
一見矛盾しているようなこの現象は、一つのコインの裏表なのである。
敗戦のドン底からはい上がっていくために、貧困で短寿命な建物を量産したのだ。
かろうじて残っていた、スバラシイ民家建築をも腐らせてしまったのだ。
その後につくられたチョットマシな住宅も、人間の器とは言えないようなものが作り続けられた。
つまり、住宅の貧困は、いま今日に至るまで戦争の傷跡なのである。
その在り方は日本の産業構造になった。今もそうだ。
他に成長産業があれば、建設業界からそちらの業界に移っていけばいいけれども、今の日本にそんな夢のような領域はない。
ちょっと良くても、新規参入が増えるとすぐにぽしゃる。
だから、30年後には産業構造が変化するから大丈夫なんて言うのは、無責任きわまりないホラ話にすぎない。
本当に建築物を超寿命にして、建築需要を激減させるのならば、都市生活者の生き方から変えないとムリだろう。
たとえば、一家族に1反(300坪)くらいの農地を割り当てて、週の半分は会社で働き、後の半分は農地を耕す、とか。
現金収入は半分でも、土地が安く住宅ローンもなく食べ物があれば、命は保証される。
そのくらいの抜本的なことから考えなくては、200年住宅なんて、日本経済に仕掛けられた時限爆弾のようなものになってしまう。
そしてもう一つ。
当たり前のことだが、どんなに頑丈な家でも、爆弾一つで木っ端みじんだ。
また再び、瓦礫の山と焼け野原。

イラクの電電公社 西谷文和さんのレポートより
だから、200年住宅を言うのならば、絶対に戦争反対を言わなくてはウソだ。
それを、こともあろうに、アフガニスタンやイラクへの侵略に参戦している自民党が200年住宅を言うなど、ちゃんちゃらおかしくてヘソがコーヒー沸かしそうだ。
福田が倒れ、これから200年住宅構想もどのようになっていくかは、先行き不透明だが、「政府肝いりの新商品」でハートに火をつけられた住宅業界は、当分このキーワードで大騒ぎするだろう。
それを言う人も聞く人も、ぜひ忘れないでほしい。
もう二度と戦争をしない国にすること。それが200年住宅の条件だと言うことを。
※3年目にして、ついにデザインを変えてみました。
読みにくいようでしたら、ご意見下さい。
よろしくお願いします。













