2010-08-06(Fri)
65年前の今日、広島に原爆は落ちたのか?
私は、朝の式典の放送を見ながら、子どもと話をしていた。
保育園のときにすでに「ひろしまのピカ」を読んでいるので、原爆というもののイメージは子どもなりにあるようだ。
「なんで広島に落としたん? たまたま?」
という子どもの質問の意味は、なぜ他の場所ではなく広島だったのか、という意味と、なんでそんなものを落としたのか、という根源的な疑問とが、半々になったものだった。
その会話の中で、私は無意識に「原爆が落ちたのは」という言い方をしていた。
口にしてから、えっ と自分で驚いた。
落とした と 落ちた
子どもは、ごく自然に「落とした」というのに、私は「落ちた」と言ってしまった。
今日は何の日? と聞かれて 「広島に原爆が落ちた日よ」と答えた人は多かったのではないだろうか。
私自身がもこのように刷り込まれていたことに気がついて、愕然とした。
「落ちたじゃないな。落とした だ。雨のように自然に降ってくるわけないからな。人間が落としたんだ。」と慌てて訂正した。
もし、賢明な読者の中にも、「原爆が落ちた日」と思っていた人がいたならば、その重大さをよくよく噛みしめていただきたい。
もう言うまでもないが、アメリカ軍が、その結果を分かった上で「落とした」のが原爆だ。
決して、自然の摂理で「落ちた」のではない。
どんな理由であろうとも、いかなる大義名分であろうとも、決して正当化されることはない。
直接「落とした」人の息子が、アメリカ大使が式典に出席したと言って怒っている。
これも、意固地になって正当化して自己暗示にでもかけない限りは、あまりの罪の大きさに耐えられない、ということの裏返しだ。
原爆が正当化されるのであれば、世の中の全ての戦闘行為や残虐行為を正当化することが可能だ。
強盗殺人犯を捕まえたからと言って、その家族もろともに生きたまま火あぶりにして殺しても許されると言うことはない。直接の犯人ではない一族郎党にまで放射能を浴びせかけて焼き尽くして良いと言うことはありえない。
たとえ、その一族が強盗犯のかせぎで食っていたとしても、それを知っていたとしても、だ。
原爆を落として、それを開き直っているアメリカが、人権だの民主化だのと 言うもおこがましい。
まったく同じ精神構造が、イラクやアフガンで今、ただの民間人を平然と殺戮しつづけることにつながっている。
「戦争を終わらせるため」「テロを根絶するため」
同じようなことを大義名分に、一般人、民間人を大量殺戮して当然だと思っている。
その一方で、かつて日本が国家として強盗殺人犯であったことは、これはこれとして逃げてはいけない。
アメリカに言われたくない、という思いはあるにせよ、自ら省みて、原爆を落とされた原因の半分はあのときの日本の指導者にあるということも、アイマイにしてはいけない。
強盗殺人国家のなかで、意志決定者や直接の下手人ではなかったにせよ、多くの人はそれを応援し、少なくともとどめることができなかった。
その結果でもあったのだということ。その反省無しに臨む8月6日では、未来へはつながらない。
最後に、沖縄も広島も長崎も、天皇の身代わりであったということ。
「国体護持」がされるのかどうか、という一点で、降伏しなかった日本。
「国体護持」と言いながら、さて本気で議論をはじめると「国体」とは何だ? などと馬鹿げた議論を指導者どもがしている間に、沖縄は蜂の巣にされ、広島と長崎は焼き尽くされた。
国体とは天皇だ。
もっと言うならば、天皇が処罰されないという「象徴」によって、あの戦争を本当は反省しない、ということだ。
表面的には反省したように見えるけれども、日本の指導者は全く反省などしなかった。
それが、自民党の長期支配になり、今日のドロドロ状況にまでつながっている。
戦争を本当は反省していない。その象徴として生き存えた天皇。
天皇が生き存える身代わりとして、焼かれ殺されたのが原爆の死者たちだ。
こうした、厳然たる冷厳たる事実をモヤモヤにして覆い隠し、まるで自然災害であったかのように、被害の事実のみを伝える言葉。
そのように、戦後の教育の中で刷り込まれてきた言葉。
それが「原爆が落ちた」という言い方。
8月6日に、そのことを自ら確認しておきたい。

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保育園のときにすでに「ひろしまのピカ」を読んでいるので、原爆というもののイメージは子どもなりにあるようだ。
「なんで広島に落としたん? たまたま?」
という子どもの質問の意味は、なぜ他の場所ではなく広島だったのか、という意味と、なんでそんなものを落としたのか、という根源的な疑問とが、半々になったものだった。
その会話の中で、私は無意識に「原爆が落ちたのは」という言い方をしていた。
口にしてから、えっ と自分で驚いた。
落とした と 落ちた
子どもは、ごく自然に「落とした」というのに、私は「落ちた」と言ってしまった。
今日は何の日? と聞かれて 「広島に原爆が落ちた日よ」と答えた人は多かったのではないだろうか。
私自身がもこのように刷り込まれていたことに気がついて、愕然とした。
「落ちたじゃないな。落とした だ。雨のように自然に降ってくるわけないからな。人間が落としたんだ。」と慌てて訂正した。
もし、賢明な読者の中にも、「原爆が落ちた日」と思っていた人がいたならば、その重大さをよくよく噛みしめていただきたい。
もう言うまでもないが、アメリカ軍が、その結果を分かった上で「落とした」のが原爆だ。
決して、自然の摂理で「落ちた」のではない。
どんな理由であろうとも、いかなる大義名分であろうとも、決して正当化されることはない。
直接「落とした」人の息子が、アメリカ大使が式典に出席したと言って怒っている。
これも、意固地になって正当化して自己暗示にでもかけない限りは、あまりの罪の大きさに耐えられない、ということの裏返しだ。
原爆が正当化されるのであれば、世の中の全ての戦闘行為や残虐行為を正当化することが可能だ。
強盗殺人犯を捕まえたからと言って、その家族もろともに生きたまま火あぶりにして殺しても許されると言うことはない。直接の犯人ではない一族郎党にまで放射能を浴びせかけて焼き尽くして良いと言うことはありえない。
たとえ、その一族が強盗犯のかせぎで食っていたとしても、それを知っていたとしても、だ。
原爆を落として、それを開き直っているアメリカが、人権だの民主化だのと 言うもおこがましい。
まったく同じ精神構造が、イラクやアフガンで今、ただの民間人を平然と殺戮しつづけることにつながっている。
「戦争を終わらせるため」「テロを根絶するため」
同じようなことを大義名分に、一般人、民間人を大量殺戮して当然だと思っている。
その一方で、かつて日本が国家として強盗殺人犯であったことは、これはこれとして逃げてはいけない。
アメリカに言われたくない、という思いはあるにせよ、自ら省みて、原爆を落とされた原因の半分はあのときの日本の指導者にあるということも、アイマイにしてはいけない。
強盗殺人国家のなかで、意志決定者や直接の下手人ではなかったにせよ、多くの人はそれを応援し、少なくともとどめることができなかった。
その結果でもあったのだということ。その反省無しに臨む8月6日では、未来へはつながらない。
最後に、沖縄も広島も長崎も、天皇の身代わりであったということ。
「国体護持」がされるのかどうか、という一点で、降伏しなかった日本。
「国体護持」と言いながら、さて本気で議論をはじめると「国体」とは何だ? などと馬鹿げた議論を指導者どもがしている間に、沖縄は蜂の巣にされ、広島と長崎は焼き尽くされた。
国体とは天皇だ。
もっと言うならば、天皇が処罰されないという「象徴」によって、あの戦争を本当は反省しない、ということだ。
表面的には反省したように見えるけれども、日本の指導者は全く反省などしなかった。
それが、自民党の長期支配になり、今日のドロドロ状況にまでつながっている。
戦争を本当は反省していない。その象徴として生き存えた天皇。
天皇が生き存える身代わりとして、焼かれ殺されたのが原爆の死者たちだ。
こうした、厳然たる冷厳たる事実をモヤモヤにして覆い隠し、まるで自然災害であったかのように、被害の事実のみを伝える言葉。
そのように、戦後の教育の中で刷り込まれてきた言葉。
それが「原爆が落ちた」という言い方。
8月6日に、そのことを自ら確認しておきたい。
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