2010-08-30(Mon)
「政治とカネ」という黒魔術
「政治とカネ」という現代の呪術が、いかにいい加減な目くらましか、週刊朝日の山口編集長が適切なツイートをしている。
(以下引用)
自戒を込めて言えば「政治とカネ」は便利な言葉で、これを使った瞬間、人は思考停止になり、印象論で相手に黒いイメージを植え付けることができます。政治とカネと言い出すと、それ以上、議論が深まらず、まともな政策論に入っていけなくなります。脱小沢はもちろん、政治とカネも政策ではありません。
なので、わたしは「政治とカネ」という言葉を使う政治家は、まともな政策論では勝てないので意図的に使っているか、あるいは単に論率的思考ができない人かのどちらかだと思っています。ごく普通に考えれば、いわゆる政治とカネは検察官僚が権益を守るためにでっち上げた虚構だと誰でも気づくはずです。
世の中には「政治とカネ」という犯罪はありません。ゼネコンから賄賂を受け取ったなら贈収賄だし、有権者にカネを配ったなら買収(公職選挙法違反)だし、親からカネをもらったのに申告しなければ脱税(所得税法違反)だし。
検察は当初、西松事件も陸山会事件も贈収賄だと思って捜査を始めたにもかかわらず、そうした事実がないことがわかったため、面子を保つためだけに「政治とカネ」という言葉にすり替えたのです。こんな単純なことに引っかかってはいけません。
9月10日(だっけ?)、奇しくも代表選の直前に、大坂地裁で村木厚子さんの裁判の判決がでます。検察による”犯罪“が厳しく糾弾されることになるでしょう。ちなみに仙谷官房長官が千葉法相を通じて、無罪でも控訴しないよう検察に指揮権発動するとの噂が流れています。もちろん、人気取りのためだそうです。
もし、Aという政治家が賄賂をもらっている疑いがあるなら、「A議員には贈収賄の疑惑がある」と批判すべきです。他人を批判するには、それなりの覚悟が必要です。証拠がなければ、批判すべきではありません。政治家にとって汚職は致命的なことです。
しかし、最近は証拠もないのに「A議員には『政治とカネ』の問題がある」と覚悟もなく安易に他人を批判する傾向があります。この場合、「政治とカネ」とはどういう意味なのでしょう。わたしには、証拠はないけど相手を悪く言いたいがために使う言葉にしか聞こえません。
本当に悪いなら、この汚職野郎とか、買収野郎とが、脱税政治家とか、強い言葉で非難したほうが罪状がハッキリしていいとわたしは思います。しかし、誰もそこまで強い言葉は使いません。いや、使えないのです。「政治とカネ」がいかに根拠のないインチキな言葉であるか、おわかりいただけましたか?
(引用以上)
問題は、小沢氏を支持する民主党議員が、この山口氏や昨日引用した郷原氏のように、決然と確信を持って小沢支持を表明できないことにある。
問題の根源は、主体的に考えれば、「小沢支持」と言うときに、どことなく言い訳がましくなる民主党議員にある。
必ずしも民主党支持ではない、小沢支持でもない人たちの方が、小沢氏のシロということについては、何のてらいもなく、迷いもなく、おどおどせずに断言している。
今日は、知人に呼ばれて、民主党の代議士である渡辺義彦氏のビールパーティーに行ってきた。
1年前比例区で当選した人だ。正直言って、呼ばれるまで私も名前を知らなかった。
主にサポータ固めのためのパーティーで、ビアガーデンで飲みながら、要所要所で代議士の話を聞くという形式だった。
私はもちろん、できるだけ生の声を聞きたいと思ったので、締め切りに追われながらもちょこっと抜け出していった。
しかし、残念だったのは、「なぜ小沢を支持するか」ということについての話がひと言もなかったことと、「小沢支持」を言うときに一瞬言葉に詰まったことだ。
名刺をお渡ししてきたので、もしかしたら渡辺氏がこのブログを見ていただけるかもしれない。
なので、敢えて言うけれども、「なぜ小沢なのか」を声がかれるまで語ってほしかった。
そして、法に照らして小沢は完全な真っ白だということを、堂々と語ってほしかった。
しかし、一方で、ついつい逡巡する新人代議士の気持ちも分からないでもない。
つまり、「政治とカネ」というのは、偽らざる現実だからだ。
法に照らして真っ白であるということと、政治資金を真っ当に集めて秘書や新人を育てるということは、まったく別問題だ。
「政治にカネがかかる」と言い換えるならば、これは政治の現実そのものなのである。
政治には金がかかるのだ。
そのことを骨身にしみている代議士であるから、これだけ「政治とカネ」という黒魔術のような呪文が津々浦々に行き渡ってしまうと、親分や党から資金を得て活動していることに、なんか悪いことをしているような錯覚を覚えてしまうのだろう。
(そういえば、渡辺氏は当選後自己破産してニュースになっていた。連帯保証がまわってきたと言うことだったが。)
しかし、繰り返すけれども、政治に金がかかるのは現実だ。
その現実を無視して、隠して、クリーンを演出することは、むしろ裏金の温床になる。
そうではなくて、誰からこれだけもらいました、こういう風に使いました、それはこのような目的です。と明確に公表してもらい、それを判断材料にして有権者は判断する、というのが真っ当な民主主義だと思う。
息子の会社に政治資金を毎月10万円払いました。それはたまに来る郵便物を受け取ってもらうためです。
わざと分かりにくいように5万円以下に分割して人件費という名目にしました。
公表された後は、それが真っ当であるかどうか、有権者が判断すればいい。
10万円と言えば、パートさんが1ヶ月一所懸命はたらいた給料と同じだ。
たま~に来る郵便物を受け取るだけでそれだけの人件費を息子にはらう政治家が、真っ当な感性を持っているのかどうか、これは有権者が判断すればいい。
おっと、話がそれた。郵便物の受け取りが政治活動かどうかはともかく、すべて公表して、白日の下にさらしてしまうのならば話は単純だ。
ところが、今、小沢氏をめぐっておきていることは、あえて全貌を明らかにせず、「政治とカネ」という呪文だけをまき散らして、イメージだけで世論を操作しようという、ファシズム的な手法だ。
9.11事件のあとのアメリカのようなものだ。
何の証拠もないのに、大量破壊兵器、テロリストとレッテルを貼って、大量のアフガニスタン人とイラク人を殺し、フセインを処刑してしまった。
その後から、大量破壊兵器もなければ、アルカイダをかくまった証拠もない ということが明らかになった。
それでもなお、「テロリスト」という呪文さえ唱えれば、どれだけイラク人を殺してもOKという状態が続いた。
この異常な社会が、小沢氏をめぐっておきている日本の状態だ。
「政治とカネ」と唱えれば、何の証拠もなくても小沢氏を「諸悪の根源」と罵倒しても許される、そんな恐るべき社会に日本はなろうとしている。
小沢氏一人の問題ではなく、その成り行きに私は、寒いものを感じる。
「政治とカネ」が、政治の日常茶飯事である一つの証拠がある。
民主、統一地方選で公認料倍増…菅支持狙いの憶測
2010.8.30 読売
これを「政治とカネ」と言わずして、何を言うか。
そして、党の公金を自分の支持のために使うこの姑息な「政治とカネ」も、違法行為ではない。
ただ、こうした「買収」に応じるのかどうか、地方議員(候補)の資質が問われているだけだ。
もし、こうした「政治」と「カネ」を絡めてはいけない、というのであれば、革命に匹敵する改革をしなければ無理だろう。いや、実際は革命しても同じだと思うけれども。
それが、無理だと自覚するのであれば、「政治とカネ」という思考停止の無責任な言葉は、金輪際使わないことだ。
そのことを、何よりも「小沢支持」の民主党議員の皆さんにお願いしたい。

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(以下引用)
自戒を込めて言えば「政治とカネ」は便利な言葉で、これを使った瞬間、人は思考停止になり、印象論で相手に黒いイメージを植え付けることができます。政治とカネと言い出すと、それ以上、議論が深まらず、まともな政策論に入っていけなくなります。脱小沢はもちろん、政治とカネも政策ではありません。
なので、わたしは「政治とカネ」という言葉を使う政治家は、まともな政策論では勝てないので意図的に使っているか、あるいは単に論率的思考ができない人かのどちらかだと思っています。ごく普通に考えれば、いわゆる政治とカネは検察官僚が権益を守るためにでっち上げた虚構だと誰でも気づくはずです。
世の中には「政治とカネ」という犯罪はありません。ゼネコンから賄賂を受け取ったなら贈収賄だし、有権者にカネを配ったなら買収(公職選挙法違反)だし、親からカネをもらったのに申告しなければ脱税(所得税法違反)だし。
検察は当初、西松事件も陸山会事件も贈収賄だと思って捜査を始めたにもかかわらず、そうした事実がないことがわかったため、面子を保つためだけに「政治とカネ」という言葉にすり替えたのです。こんな単純なことに引っかかってはいけません。
9月10日(だっけ?)、奇しくも代表選の直前に、大坂地裁で村木厚子さんの裁判の判決がでます。検察による”犯罪“が厳しく糾弾されることになるでしょう。ちなみに仙谷官房長官が千葉法相を通じて、無罪でも控訴しないよう検察に指揮権発動するとの噂が流れています。もちろん、人気取りのためだそうです。
もし、Aという政治家が賄賂をもらっている疑いがあるなら、「A議員には贈収賄の疑惑がある」と批判すべきです。他人を批判するには、それなりの覚悟が必要です。証拠がなければ、批判すべきではありません。政治家にとって汚職は致命的なことです。
しかし、最近は証拠もないのに「A議員には『政治とカネ』の問題がある」と覚悟もなく安易に他人を批判する傾向があります。この場合、「政治とカネ」とはどういう意味なのでしょう。わたしには、証拠はないけど相手を悪く言いたいがために使う言葉にしか聞こえません。
本当に悪いなら、この汚職野郎とか、買収野郎とが、脱税政治家とか、強い言葉で非難したほうが罪状がハッキリしていいとわたしは思います。しかし、誰もそこまで強い言葉は使いません。いや、使えないのです。「政治とカネ」がいかに根拠のないインチキな言葉であるか、おわかりいただけましたか?
(引用以上)
問題は、小沢氏を支持する民主党議員が、この山口氏や昨日引用した郷原氏のように、決然と確信を持って小沢支持を表明できないことにある。
問題の根源は、主体的に考えれば、「小沢支持」と言うときに、どことなく言い訳がましくなる民主党議員にある。
必ずしも民主党支持ではない、小沢支持でもない人たちの方が、小沢氏のシロということについては、何のてらいもなく、迷いもなく、おどおどせずに断言している。
今日は、知人に呼ばれて、民主党の代議士である渡辺義彦氏のビールパーティーに行ってきた。
1年前比例区で当選した人だ。正直言って、呼ばれるまで私も名前を知らなかった。
主にサポータ固めのためのパーティーで、ビアガーデンで飲みながら、要所要所で代議士の話を聞くという形式だった。
私はもちろん、できるだけ生の声を聞きたいと思ったので、締め切りに追われながらもちょこっと抜け出していった。
しかし、残念だったのは、「なぜ小沢を支持するか」ということについての話がひと言もなかったことと、「小沢支持」を言うときに一瞬言葉に詰まったことだ。
名刺をお渡ししてきたので、もしかしたら渡辺氏がこのブログを見ていただけるかもしれない。
なので、敢えて言うけれども、「なぜ小沢なのか」を声がかれるまで語ってほしかった。
そして、法に照らして小沢は完全な真っ白だということを、堂々と語ってほしかった。
しかし、一方で、ついつい逡巡する新人代議士の気持ちも分からないでもない。
つまり、「政治とカネ」というのは、偽らざる現実だからだ。
法に照らして真っ白であるということと、政治資金を真っ当に集めて秘書や新人を育てるということは、まったく別問題だ。
「政治にカネがかかる」と言い換えるならば、これは政治の現実そのものなのである。
政治には金がかかるのだ。
そのことを骨身にしみている代議士であるから、これだけ「政治とカネ」という黒魔術のような呪文が津々浦々に行き渡ってしまうと、親分や党から資金を得て活動していることに、なんか悪いことをしているような錯覚を覚えてしまうのだろう。
(そういえば、渡辺氏は当選後自己破産してニュースになっていた。連帯保証がまわってきたと言うことだったが。)
しかし、繰り返すけれども、政治に金がかかるのは現実だ。
その現実を無視して、隠して、クリーンを演出することは、むしろ裏金の温床になる。
そうではなくて、誰からこれだけもらいました、こういう風に使いました、それはこのような目的です。と明確に公表してもらい、それを判断材料にして有権者は判断する、というのが真っ当な民主主義だと思う。
息子の会社に政治資金を毎月10万円払いました。それはたまに来る郵便物を受け取ってもらうためです。
わざと分かりにくいように5万円以下に分割して人件費という名目にしました。
公表された後は、それが真っ当であるかどうか、有権者が判断すればいい。
10万円と言えば、パートさんが1ヶ月一所懸命はたらいた給料と同じだ。
たま~に来る郵便物を受け取るだけでそれだけの人件費を息子にはらう政治家が、真っ当な感性を持っているのかどうか、これは有権者が判断すればいい。
おっと、話がそれた。郵便物の受け取りが政治活動かどうかはともかく、すべて公表して、白日の下にさらしてしまうのならば話は単純だ。
ところが、今、小沢氏をめぐっておきていることは、あえて全貌を明らかにせず、「政治とカネ」という呪文だけをまき散らして、イメージだけで世論を操作しようという、ファシズム的な手法だ。
9.11事件のあとのアメリカのようなものだ。
何の証拠もないのに、大量破壊兵器、テロリストとレッテルを貼って、大量のアフガニスタン人とイラク人を殺し、フセインを処刑してしまった。
その後から、大量破壊兵器もなければ、アルカイダをかくまった証拠もない ということが明らかになった。
それでもなお、「テロリスト」という呪文さえ唱えれば、どれだけイラク人を殺してもOKという状態が続いた。
この異常な社会が、小沢氏をめぐっておきている日本の状態だ。
「政治とカネ」と唱えれば、何の証拠もなくても小沢氏を「諸悪の根源」と罵倒しても許される、そんな恐るべき社会に日本はなろうとしている。
小沢氏一人の問題ではなく、その成り行きに私は、寒いものを感じる。
「政治とカネ」が、政治の日常茶飯事である一つの証拠がある。
民主、統一地方選で公認料倍増…菅支持狙いの憶測
2010.8.30 読売
これを「政治とカネ」と言わずして、何を言うか。
そして、党の公金を自分の支持のために使うこの姑息な「政治とカネ」も、違法行為ではない。
ただ、こうした「買収」に応じるのかどうか、地方議員(候補)の資質が問われているだけだ。
もし、こうした「政治」と「カネ」を絡めてはいけない、というのであれば、革命に匹敵する改革をしなければ無理だろう。いや、実際は革命しても同じだと思うけれども。
それが、無理だと自覚するのであれば、「政治とカネ」という思考停止の無責任な言葉は、金輪際使わないことだ。
そのことを、何よりも「小沢支持」の民主党議員の皆さんにお願いしたい。

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