2010-11-02(Tue)
しあわせ恐怖症
私はおそらく、しあわせ恐怖症なのだと思う。
良いことが続くと、とても不安になる。
安心しきった子どもの寝顔を見ていると、心の底に正体のない恐怖感が沈殿していく。
「心配しすぎだ」と自分を諫めるそばから、不安を形にするニュースが次々と流れていく。
贅沢はできなくとも楽しく過ごせる今現在の生活と、これからの不安の大きなギャップ。
菅政権になってからの暴政は、この不安感を裏付けてしまう。
戦後の自民党支配と、今の菅政権はどちらがマシか、という設問には意味がない。
時代背景が全く違うからだ。
経済成長、またはその幻影を前提とした自民党支配と、成長が幻影であることを自覚してしまった故の政権交代。
これを、並列的に比較することは、塩と砂糖でどちらが濃いか比べるようなもので、まったく無意味だ。
しかし、民衆の圧倒的な意志を体現した政権交代を、途中で横取りした菅政権の害毒は、自民党支配が続いていたとき以上に、民衆の心を蝕んでいるとは言えるだろう。
自民党が強権的な支配力を持っている限り、民衆の敵は明確だった。
コイズミのペテン劇場で惑乱された時期もあったけれども、自民党は裏も表も金持ち優遇の政党であり、その日暮らしの民衆の味方でないことは、だれもが知っている常識だった。
ところが、悲願の政権交代で鳩山-小沢政権が誕生し、わずかなりとも庶民の顔を向いた政策が打ち出された。
マスゴミの総攻撃にもかかわらず、期待感は高まった。
ここで、それなりの実績を鳩山-小沢政権が実現していれば、事態は少し違った展開を迎えただろう。
が、その展開を阻止すべく画策された「反革命」は、まったく無防備な庶民・生活者の思惑をはるかに超えていた。
悪者が悪いことをするのと、期待したものに裏切られるのとでは、心の打撃が違う。
裏切りは諦めを生み、諦めは新たな裏切りを生み出す。
いま一番怖いのは、その悪夢の連鎖である。
諦めと裏切りが連鎖反応を起こすと、それは醜い自己正当化=ヒステリックな他者攻撃にたどり着く。
その典型が、小沢一郎への常軌を逸した非難や攻撃であり、中国との関係を意図的に踏みにじる前原らの言動である。
中国の漁船問題は、都合の良い部分だけピックアップしなければ人に見せられないビデオであることを、菅政権は自白している。
全映像を公開するならばまだしも、こんな捏造編集ビデオの公開をされたら、中国が怒るのは無理もない。
中国の肩をもつ訳ではないが、反対の立場だったら絶対に腹が立つ。
もしプリウスが事故したビデオがあって、それが大幅に「編集」されてアメリカ議会に公開されたら、どう思うだろうか。
ドライバーの全行動を記録するのではなく、いかにもブレーキがきいていないと思わせる部分だけピックアップしていたら。
多くの日本人は、「都合の良い部分だけ編集しているに違いない」と感じるだろう。
このように、わざと中国を怒らせるようなことをして、関係を悪化させているのが前原誠司であり、菅政権だ。
彼らにとって、日本の経済も平和もどうでもいいこと。
奴らの狙いは、排外主義を煽って、自分たちの支持を取り付けること。
そして、アメリカの指令通りに、中国との緊張関係をキリキリと高めること。
アメリカは、中国との交渉カードとして日本を使おうとしている。
これまで、中国がアメリカとの交渉カードとして北朝鮮を使ってきたように。
使い捨てのジョーカーとして、日本はアメリカに振り回されている。
ここでアメリカの戦略に一矢報いる気概があるのか、それとも奴隷根性でへつらうのか。
政策の各論はともかく、「国民生活」派と菅-前原派の違いは、詰まるところそこにある。
そして、五五年体制での対米従属と、いまの対米従属は次元が違う。
五五年体制下では、対米従属は生きるための方便でもあった。
しかし、いまの対米従属は国民をエサとして差し出す行為だ。
その裏切りを隠し、強引に自己正当化するために、人為的な敵を作り攻撃する。
それが、対米従属を潔しとしない小沢一郎であり、アメリカの交渉相手である中国なのである。
菅政権は、すでにファシズムに片足を突っ込んでいる。
それも、アメリカが中国と交渉するための外交カードとしてのファシズムだ。
日本をファシズム化させて中国に噛みつかせ、中国がいい加減困ったところで、日本を切り捨てておとなしくさせ、仲介者として中国と手打ちする。
この筋書きの駒として、菅政権は進んでファシズムに舵を切ろうとしている。
こんなバカな筋書きに、左右を超えて反対しなくては一生後悔する。
子どもたちに申し開きができない。
悲惨な結末を迎えてから、どっかのバカ右翼のように「太平洋戦争はアメリカの陰謀だった」などと言ってみても始まらないのだ。
もし仮に、太平洋戦争がアメリカの陰謀だったのならば、それにマンマと引っかかった史上最愚な当時の指導者を正当化することなどできはしない。
進んで騙された愚かな指導者を持ち上げたあげく、今また中国への憎悪を煽って同じ轍を自ら踏もうとするバカ右翼ども。
このバカ右翼とマス塵を使って、排外主義をコントロール不能なところまで煽りまくろうとする菅-前原派。
これはやはり、五五年体制下の自民党支配よりも深刻だとは言えるだろう。
自民党は、ファシズム志向をもつものもあったが、同時に抑制する勢力がそれを抑えてきた。
菅-前原政権は、ファシズム化を抑える勢力を強権的に弾圧して突き進もうとしている。
これがどのような国民の悲劇を生むかと言うことを、おそらくは分かった上でやっている。
新興勢力ゆえに、自らの権力欲はとどまるところを知らず、全国民を売り払ってでも自己保身に走ろうとしている。
政権交代時の民主党という名称が付いているからといって、これが同じもの、あるいは継承するものして考えてはいけない。
政権交代とは、まったく別物だ。
菅-前原政権は、逡巡の余地なく打倒されなくてはならい。
たとえ、そのことによって一時的に自民党に勢いが戻ろうとも、菅-前原政権はつぶさなくてはならない。
それが、これからを生きていかなくてはならい子どもたちへの、私の義務なのだと思う。
寝顔を見て感じた漠然として恐怖感をなぞっているうちに、こんな結論にたどり着いた。

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良いことが続くと、とても不安になる。
安心しきった子どもの寝顔を見ていると、心の底に正体のない恐怖感が沈殿していく。
「心配しすぎだ」と自分を諫めるそばから、不安を形にするニュースが次々と流れていく。
贅沢はできなくとも楽しく過ごせる今現在の生活と、これからの不安の大きなギャップ。
菅政権になってからの暴政は、この不安感を裏付けてしまう。
戦後の自民党支配と、今の菅政権はどちらがマシか、という設問には意味がない。
時代背景が全く違うからだ。
経済成長、またはその幻影を前提とした自民党支配と、成長が幻影であることを自覚してしまった故の政権交代。
これを、並列的に比較することは、塩と砂糖でどちらが濃いか比べるようなもので、まったく無意味だ。
しかし、民衆の圧倒的な意志を体現した政権交代を、途中で横取りした菅政権の害毒は、自民党支配が続いていたとき以上に、民衆の心を蝕んでいるとは言えるだろう。
自民党が強権的な支配力を持っている限り、民衆の敵は明確だった。
コイズミのペテン劇場で惑乱された時期もあったけれども、自民党は裏も表も金持ち優遇の政党であり、その日暮らしの民衆の味方でないことは、だれもが知っている常識だった。
ところが、悲願の政権交代で鳩山-小沢政権が誕生し、わずかなりとも庶民の顔を向いた政策が打ち出された。
マスゴミの総攻撃にもかかわらず、期待感は高まった。
ここで、それなりの実績を鳩山-小沢政権が実現していれば、事態は少し違った展開を迎えただろう。
が、その展開を阻止すべく画策された「反革命」は、まったく無防備な庶民・生活者の思惑をはるかに超えていた。
悪者が悪いことをするのと、期待したものに裏切られるのとでは、心の打撃が違う。
裏切りは諦めを生み、諦めは新たな裏切りを生み出す。
いま一番怖いのは、その悪夢の連鎖である。
諦めと裏切りが連鎖反応を起こすと、それは醜い自己正当化=ヒステリックな他者攻撃にたどり着く。
その典型が、小沢一郎への常軌を逸した非難や攻撃であり、中国との関係を意図的に踏みにじる前原らの言動である。
中国の漁船問題は、都合の良い部分だけピックアップしなければ人に見せられないビデオであることを、菅政権は自白している。
全映像を公開するならばまだしも、こんな捏造編集ビデオの公開をされたら、中国が怒るのは無理もない。
中国の肩をもつ訳ではないが、反対の立場だったら絶対に腹が立つ。
もしプリウスが事故したビデオがあって、それが大幅に「編集」されてアメリカ議会に公開されたら、どう思うだろうか。
ドライバーの全行動を記録するのではなく、いかにもブレーキがきいていないと思わせる部分だけピックアップしていたら。
多くの日本人は、「都合の良い部分だけ編集しているに違いない」と感じるだろう。
このように、わざと中国を怒らせるようなことをして、関係を悪化させているのが前原誠司であり、菅政権だ。
彼らにとって、日本の経済も平和もどうでもいいこと。
奴らの狙いは、排外主義を煽って、自分たちの支持を取り付けること。
そして、アメリカの指令通りに、中国との緊張関係をキリキリと高めること。
アメリカは、中国との交渉カードとして日本を使おうとしている。
これまで、中国がアメリカとの交渉カードとして北朝鮮を使ってきたように。
使い捨てのジョーカーとして、日本はアメリカに振り回されている。
ここでアメリカの戦略に一矢報いる気概があるのか、それとも奴隷根性でへつらうのか。
政策の各論はともかく、「国民生活」派と菅-前原派の違いは、詰まるところそこにある。
そして、五五年体制での対米従属と、いまの対米従属は次元が違う。
五五年体制下では、対米従属は生きるための方便でもあった。
しかし、いまの対米従属は国民をエサとして差し出す行為だ。
その裏切りを隠し、強引に自己正当化するために、人為的な敵を作り攻撃する。
それが、対米従属を潔しとしない小沢一郎であり、アメリカの交渉相手である中国なのである。
菅政権は、すでにファシズムに片足を突っ込んでいる。
それも、アメリカが中国と交渉するための外交カードとしてのファシズムだ。
日本をファシズム化させて中国に噛みつかせ、中国がいい加減困ったところで、日本を切り捨てておとなしくさせ、仲介者として中国と手打ちする。
この筋書きの駒として、菅政権は進んでファシズムに舵を切ろうとしている。
こんなバカな筋書きに、左右を超えて反対しなくては一生後悔する。
子どもたちに申し開きができない。
悲惨な結末を迎えてから、どっかのバカ右翼のように「太平洋戦争はアメリカの陰謀だった」などと言ってみても始まらないのだ。
もし仮に、太平洋戦争がアメリカの陰謀だったのならば、それにマンマと引っかかった史上最愚な当時の指導者を正当化することなどできはしない。
進んで騙された愚かな指導者を持ち上げたあげく、今また中国への憎悪を煽って同じ轍を自ら踏もうとするバカ右翼ども。
このバカ右翼とマス塵を使って、排外主義をコントロール不能なところまで煽りまくろうとする菅-前原派。
これはやはり、五五年体制下の自民党支配よりも深刻だとは言えるだろう。
自民党は、ファシズム志向をもつものもあったが、同時に抑制する勢力がそれを抑えてきた。
菅-前原政権は、ファシズム化を抑える勢力を強権的に弾圧して突き進もうとしている。
これがどのような国民の悲劇を生むかと言うことを、おそらくは分かった上でやっている。
新興勢力ゆえに、自らの権力欲はとどまるところを知らず、全国民を売り払ってでも自己保身に走ろうとしている。
政権交代時の民主党という名称が付いているからといって、これが同じもの、あるいは継承するものして考えてはいけない。
政権交代とは、まったく別物だ。
菅-前原政権は、逡巡の余地なく打倒されなくてはならい。
たとえ、そのことによって一時的に自民党に勢いが戻ろうとも、菅-前原政権はつぶさなくてはならない。
それが、これからを生きていかなくてはならい子どもたちへの、私の義務なのだと思う。
寝顔を見て感じた漠然として恐怖感をなぞっているうちに、こんな結論にたどり着いた。

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