2017-05-13(Sat)

野党共闘の前に市民共闘の実現を

野党共闘を求める市民 という構図がこの数年定着してきた。

そして、それなりの成果もあがっている。

それ自体の価値は認めつつも、何変わりきれない印象がずっと私の心の中にわだかまっている。



いろんな集会に出向くと、入口で分厚いチラシの束を渡される。
ずらっと並んだ人々から次々と手渡される場合もあれば、資料の中にはじめから入っている場合もある。

私も生活フォーラム関西のイベントなどのチラシを、そのようにして配布をさせてもらったことも一度や二度ではない。
同じような関心を持っている人にお知らせすることは、一番集客効果は大きいので、当然と言えば当然のことだ。

ただ、毎回そのチラシの束を見る度に、「なんでこんなに多いんだ??」と感じてしまう。
「なんで、同じような思いを持った人たちが、一つにならずにバラバラにあっちコッチで集会やら学習会やらデモやら やるんだ???」
と言う意味である。

集会や学習会を主催することは、かなりのマンパワーを必要とする。
これだけの数をこなすパワーを、一つに結集したらかなりスゴいんじゃないの、と思うのは私だけなのだろうか。
月に1回の大集会とか、大街宣とかにしたほうが、明らかに社会的に影響をあたえることができるのじゃないだろうか。

もちろん、個別課題として色々なテーマを扱わなければならない事情はわかる。
それは、大イベントのなかで情勢に応じて扱えばいいのではないか。

詳しい学習に大集会は適さないこともある。
大イベントの枝イベントとして位置づければ集客に苦労することはないし、あちこちで同じようなイベントが被ることも防げる。

地域に根ざした運動を目指すとき。
であるならば、同様の集会で集客するのではなく、地域で街宣やポスティングをするべきだ。
地域の集会に金太郎アメ(失礼)のメンバーが集まってもしかたない。

もちろん、言うは易しで、実際には一つに結集することがどんなに大変かわからないわけではない。
これまでも何回か書いてきたが、昨年秋の憲法カフェ@大阪は、そういう意識をもって私としては取り組み始めたのだが、色んな成り行きからメインキャストが山本太郎さんから三宅洋平さんに変わり、そのタイミングで三宅さんが安倍昭恵を高江にアテンドしたという事件がおきたため、私の狙いは脆くも崩れ去った。
良い悪いは別にして、市民運動の半分からはスルーされた。というか、むしろ争いを避けてあえて大人の対応をしてくれたという印象を持った。
おかげで、なんとかイベント自体は大過なく終えることができたが、思っていたものとは違うものになってしまった。

このときの私の思いや総括は、こちらを読んでいただきたい。

 憲法フェスの総括とこれから その1 ~四年間をふり返りながら~
 次のステップへ (憲法フェスの総括その2)

この総括の最後に「塊にむけた場を作る活動を、自分のフィールドとしてやっていきたい。」と書いたのだが、正直言ってフェスで転けたことで足がすくんで、この半年間前に進めなかった。

しかし、ここにきて、やはり何とかしなくては、と言う気持ちがジワジワとわき上がってきた。
野党共闘を言う前に、まず自分たち、つまり市民の側が共闘しろよ という話である。



野党共闘で語られることの8割以上は、「民進党はもっと頑張ってくれ」「民進党がしっかりしないと」云々 という話である。
つまり、痩せても枯れても野党第一党である民進党が動かないと機能しないのが野党共闘であり、もっとあけすけに言えば、民進党に下駄を預けているのが野党共闘ということになる。

結論を言えば、私は野党共闘が大嫌いになった。
選挙のときの選挙区調整は必要、必須であるが、戦略的に民進党に期待(依存)する野党共闘は、無意味であり時間の無駄だと思っている。
これも詳しくこちらを
 政権交代への近道

これを、「野党共闘を求める市民」の側から見るならば、市民運動の主体性を失わせ、「民進党のせい」にする逃げ道を恒常的につくってしまうことになりはしないか。
もともと市民運動というのは「政党なんて頼りにならないから、自分たちでなんとか声を上げよう」というものではなかったのか。
そういう雑草のような市民運動の生命力を、野党共闘に依存することで失ってしまう危険を、私は感じる。

逆の言い方をすれば、民進党は煮え切らずにつかず離れずの態度を続けていれば、市民運動を適当に期待させておいて最後には潰す、ということを永遠に続けていくことができるのである。
まさに、民進党は安倍政権をささえる、最大の支持基盤であると私が指弾する所以である。

森友事件という「絶好」のテーマをもってしても、まったく安倍政権を揺るがすことのできない現実は、まさに野党共闘運動の弊害を如実にあらわしている。
 いまや安倍晋三の太鼓持ちは強姦野郎だけ



では、市民共闘ができたとして、その塊は何をするべきなのか。

ひとつは上記に書いたように、集会やデモや街宣を、もっとも効果的な形に統一していくことだ。
自分たちの自己満足ではない、自民党は嫌だけど民進党もまっぴらという、声なき1000万人にどうやって存在を見せるのか。
そのことを、絶対の共通認識として知恵を寄せ集めることだろう。

もうひとつは、政策を作ることだ。
もちろん、そのまま使えるような詳しいものである必要はない。「どうやったら死ぬまで生きられるか」の原理を作るのである。
少なくともこの先50年くらいのスパンで、「こうやったら、贅沢はできなくとも、みんな困らずに生きていけるよ」という国のあり方の大枠が、絶対に必要だ。

自民党に政権を任せた上で、それを修正していく55年体制のときは、野党は反対が仕事だったしそれでよかった。
しかし今は、任せた自民党に修正能力はない。任せること自体が地獄への道行きとなる。
にもかかわらず、野党にもそれに変わる「国民の生き方」を提示するものはない。相変わらず、反対政党に留まっている。

であるならば、市民共闘がそれを提示するべきなのではないか。
地味なように見えるが、私はそれが、情勢を大転換させる軸になるのではないかと感じている。


最後に、私は「市民」という言葉は好きではない。
 国民、人民、市民、大衆、民衆 なんでもいいけど、生きてる人間の生活が第一

が、便宜的にここでは市民共闘と書いた。ご理解いただきたい。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 19

18 からつづく

 しんどくなると会社の空き部屋とか営業車の中で唸りながらゴロゴロする。不思議と丸一日全部ダメということはないので、半日くらいすると少し動けるようになってそのすきに仕事をこなす。クリニックで抗うつ剤を処方してもらうと確かに具合はいいのだが、これを飲み続けていいのだろうかと不安にもなる。ウツ病で入退院を繰り返しながら、なぜか医学部に入り直して医者になってしまったというツワモノの友人もいるけれども、ボクにはそんな真似はできそうにない。このまま症状が悪化したら生活できない。どうしよう。そんな状態で1年くらいが過ぎていった。

 2005年の年が明けたころ、相変わらずウツにつきまとわれながらグダグダとつとめていたボクに、連れ合いがひと言いってくれた。「もういいよ」と。それまでも、何回も会社を辞めて独立しようかと画策はしてきたけれども、いざとなると生活していくアテがなくて躊躇していた。そんな様子を見て、わがパートナーは優しくお許しを与えてくれた。もしかすると、煮え切らないボクをみてぶち切れたのかもしれないが。

 とにかく、何のアテも無いけれども独立しよう。そう決めた。あらためて自分の心の中をのぞいてみると、やっぱり「家を設計りたい!!」という思いが渦巻いていた。押さえに押さえてきたその思いが、独立しようと決めたとたんに吹き出してきた。そして不思議と、これだけの思いがあればきっとうまくいくんじゃないかという根拠レスな確信が生まれ、不安な思いがどこかへ流れていった。
 こうして2005年5月、明月社が誕生した。風が光っていた。

 工務店に勤めていた間に勉強させてもらって、いまだに役に立っているのは耐震診断の技術だ。現地調査をしてから専用ソフトに入力して計算する。評点というのを出して、0.7以下ならかなり危険、1.0以上ならまあ大丈夫、などと評価していく。座学の部分はさほど難しくはないが、耐震診断が大変なのは床下と天井裏を這いずり回らなければならないことだ。

 イマドキの家の床下は地面がコンクリートなので移動は楽だが、耐震診断する家はほとんどが1981年以前に建てられた家なので、地面は土のまま。それもきれいな土ではなくて石ころやコンクリートのかけらばゴロゴロしている。低いところでは頭がなんとか通るような高さしかなく、四つん這いにもなれない。前腕と足首を動かして匍匐前進するのは、なかなか大変なのである。
 屋根裏はもう少し広いけれども、なにせ足を滑らしたら天井を踏み抜いてしまうので、蜘蛛のように梁に手足をかけて移動していく。断熱材は天井の上に敷いてあるので、屋根裏空間は焼けた屋根の熱がそのまま貯まっていて、夏は灼熱地獄だ。断熱材の効果を体感できるし、小屋裏換気の必要性を身をもって学ぶことができる。

 床下や屋根裏は、いわばその家の「腹の中」である。表面はにこやかでも、腹の中は真っ黒という人は世に多い。家だって同じだ。大工や職人がどんな思いでその家を建てたか、床下と屋根裏を見れば伝わってくる。ピリッとした緊張感が何十年も経った今でも感じられる家もあれば、あまりの手抜きに絶句するような家もある。それは家の外見の豪華さとはほとんど比例しない。

 手抜きではなくても、そこそこに数をこなしている仕事とか、大工はいいけど他の職人がいい加減だなとか、腕は良いけど知識がないとか、いろんなケースがある。いろんな家を見るにつけ、大工、基礎工事、設備工事は、資格制にすべきだってこと。設計は国家資格制でも、それを実物にする職人がしっかりしててくれないとどうにもならない。とくに、建築構造をぜんぜん知らない設備工事屋さんとか、基礎のことを知らない基礎工事屋さんとか、考えただけでも恐ろしい人たちが、普通に現場で作業している。電気のことしか知らない電気屋さんは、大事な大事な家の梁に平気で穴をぶち開けてくれる。基礎なんて家が乗っているだけと思っている水道屋さんは基礎のコンクリートをバリバリと削りまくる。基礎を知らない基礎屋さんは穴だらけの基礎を作っても、目に見える外側だけきれいにモルタル塗って平気な顔だ。

 もちろん、ちゃんとしてる人もいる。床下を見ていてうれしくなるような家もある。けれども、どちらが多いかというと、何かと問題のある家のほうが圧倒的に多い。今まで見たなかで、これは「最高峰」かなという話をしよう。ちょっとした高級住宅街に建つ2階建ての木造住宅で、今はもうないけれども昔は少々名の知れた住宅メーカーの建築だった。2階の床が北側の外壁にむかって傾いているというのだ。見に行くと確かにかなり傾いている。いろいろ調べたあげくに、最後はその下の部屋の天井を破って見てみることになった。床を支えている梁が細すぎるのではないかと思ったからだ。ところが、ちゃんと大きな梁が入っている。おかしいなあ、と思ってよくよく懐中電灯で照らしてみると、その梁の先っぽが宙に浮いているのだ。直交する梁に架かっていなければならないはずの先っぽが、直交梁にわずかにとどかず宙ぶらりんになっているのである。

20 へつづく

※家にご興味のある方は明月社のホームページもよろしく → 木の家プロデュース明月社

2017-05-09(Tue)

いまや安倍晋三の太鼓持ちは強姦野郎だけ

すでに多くの人が目にしているだろうが、あらためて引用しておく。

“安倍の太鼓持ち”山口敬之のレイプ事件潰しは官邸の圧力? 逮捕寸前に中止命じた警察官僚は菅官房長官の右腕
2017.5.10 リテラ

(略)
中村元刑事部長は現在、警察庁の組織犯罪対策部長の職にあるが、第二次安倍政権発足時に菅義偉官房長官の秘書官をつとめ、菅官房長官から絶大な信頼を得て、いまも「菅官房長官の片腕」として有名な警察官僚。
(略)
中村元刑事部長は「週刊新潮」の取材に対し、忖度や圧力は否定しているが、「事件の中身として、(逮捕は必要ないと)私が判断した。(捜査の中止については)指揮として当然だと思います。自分として判断した覚えがあります」と、逮捕を阻止したことを認めている。前述したように、準強姦事件に、警視庁の刑事部長が直接判断を下すというのはありえない。

(引用以上)

まずこの内容に驚き、さらに、これをあの新潮が書いたと言うことに驚く。

第2次安倍政権になってから、どちらかと言えば自民党よりかと思われていたジャーナリストが、徐々に安倍晋三を批判するようになった。象徴的なのは毎日の岸井成格であり、最近では後藤謙次であろう。最近の後藤のするどい安倍批判は、「あの後藤謙次が・・・」と驚きをもって受け止められている。

そんななかで、恥も外聞もなく安倍親衛隊を続けていたのは、山口敬之と田崎史郎である。森友問題をもっとも力をいれて報道していた朝日のモーニングショーに、いわばバランサーとして連日出演していた。極端な安倍主義者を出しておけば、少々つっこんだ報道をしても中和されるという朝日の「忖度」だったのだろう。

それほどにアベッタリの二人であるが、田崎史郎については最近ちょっと様子がおかしい。もちろん、相変わらずなんとか安倍政権への追求をかわすキッカケを虎視眈々と狙いながら、スキあれば余計なことを言って話をそらずということを続けてはいるのだが、このところその言動が鈍いのだ。
田崎ス史郎と言われるほど、安倍晋三とはズブズブの寿司友のはずなのに、森友の特集をやっていたことのように玉川徹と激しくバトルこともなく、ほとんど役に立たずに去って行くことが多い。

田崎のような男の目から見ても、もはや安倍晋三の賞味期限は切れかけているように見えるのだろう。これ以上あからさまな寿司友をやっていたら、ポスト安倍になったときに総スカン食らってしまう。くわばらくわばら てなものだろう。


20170510-2.jpgもうひとりの山口敬之はどうか。こちらは森友以降も、元気はつらつである。
連休前にも 北朝鮮からミサイルが飛んでこないと言うやつは、北朝鮮の毒まんじゅう食らったバカなやつだ と言い放っていた。
(連休にのんびりゴルフ三昧していた男は 毒まんじゅう食ったのだろうか)

これだけ「もどき」も含めたジャーナリストが安倍を見放しているのに、なんで山口敬之だけはこれほど忠誠を誓うのか、むしろ疑問だったわけだが、その理由が見事に暴かれた。
強姦をもみ消してもらったのだから、何があろうと逆らえるわけがないわなあ。

この卑劣な強姦野郎のニュースは、大手紙やテレビでは報じていないようだが、ネット上では充満している。
「山口」でググっても4番目に出てくる。
もはや隠しおおせることは不可能となれば、新聞テレビも後追いする。森友と同じパターンだ。



こんな鬼畜行為を握られている男しか追従しなくなってしまった安倍政権。
万全のメディア対策をして、どんな悪事を働こうが、いかなる不祥事が勃発しようがまったく音無しで過ぎ去っていた数ヶ月前までの安倍政権がウソのようだ。

やはり、森友学園問題は、安倍晋三のアキレス腱なのだ。
同様の事件としては、規模的には加計学園のほうがずっと大規模だが、二つの点で安倍へのダメージの程度が違う。

ひとつは、教育勅語だ。
教育勅語は、大日本帝国が鬼畜米英と闘うために唱えられていたものであり、精神的支柱であった。こんなものの復活を宗主国である米国が許すはずがない。
「朕󠄁惟フニ我カ皇祖皇宗~~」「安倍首相がんばれ!」のあの映像は、我々が思う以上に大きな衝撃をもたらしたはずだ。


20170510-1.jpgふたつめは、安倍昭恵の深い関わりだ。
森友学園が勝手に安倍晋三頑張れと言っている分には大きな問題にはならない。しかし、安倍昭恵が籠池夫妻と三人四脚で手を取り合って「教育勅語学校」を建設しようとしていたことは、もはや物証がありすぎて誰にも否定できない。
安倍昭恵を通して、安倍晋三という人間が、表向きは米国にもトランプにも媚びへつらっていいるが、心の中は「鬼畜米英」なのだということがばれてしまった。

これが、安倍政権の万全のメディア対策のほころびの始まりだった。
森友事件については、メディア規制ははずされた。そして「メディア規制が外された」ということ自体が、(自称)ジャーナリストにとっては「安倍政権が宗主国に見切りをつけられた」ということであり、政権の終わりの始まりを敏感に嗅ぎ取った。

本当は、鬼畜山口敬之も逃げ出したかったろう。しかし、菅あたりから「わかってるだろうな」と言われれば、従わざるを得ない。
完全に浮いているのを自覚しつつも、自棄のやんんぱちで安倍親衛隊をつとめてきた。

しかし、せっかく頑張ってきたのに、ついに秘密は暴かれてしまった。
さすがのテレビ業界も、山口は使えないだろう。もう、直球で安倍晋三を擁護してくれる(自称)ジャーナリストはいない。
安倍政権は、もう風前の灯火なのである。



ところが、この安倍政権をがっつりと支える支持基盤が存在する。

その名は 民進党。

安倍政権を倒したいならば、野党がとりあえずやるべきことは三つだ。
ひとつ。国会審議をストップさせる。
ふたつ。国民運動を呼びかける。
みっつ。米国側に安倍の本音(鬼畜米英)を詳しくチクる。

せめて、国会を止めることぐらいやったらどうなのか。
しかし民進党は、粛々と審議に応じ、「健全」な国会運営に協力している と山本太郎さんが先日の会見で皮肉山盛りで嘆いていた。

民進党の頭の中にあることは、
自分の議席だけは守りたい。そして、もう二度と政権は取りたくない。 ということ。
ここを間違えてはいけない。民進党は、議員にはなりたいけれど、政権は取りたくないのだ。あんな大変な思いをするのはもうまっぴらごめんだ、と思っている。

そうなると、できるだけ解散は後回しにしてもらって、安倍政権が長期安定に続くことが、民進党にとってうれしいことなのである。
そしてこの民進党の性根こそが、風前の灯火の安倍政権を支えているのである。。



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本日は 「なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり」はお休み。
次回から再開します。

これまでのリンクを貼っておきますので、興味のある方はかため読みをどうぞ

なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 1
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 2
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 3
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 4
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 5
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 6
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 7
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 8
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 9
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 10
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 11
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 12
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 13
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 14
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 15
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 16
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 17
なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 18

ひーひー言いながら自力でリニューアルした明月社のホームページもよろしく → 木の家プロデュース明月社
2017-05-08(Mon)

護憲は安倍改憲に勝てるか

安倍晋三の改憲宣言は、改憲派からも護憲派からも唐突感をもって受け止められた。

安倍改憲の本丸「9条改正」に待ち受ける関門
ついに改憲をブチ上げた首相の戦略とは?
2017年05月08日 東洋経済


首相は現行憲法が施行70年を迎えた5月3日、改憲派の集会に自民党総裁としてメッセージを寄せ、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」「9条1項、2項は残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」などと語った。併せて「教育は重要なテーマ」として改憲による「高等教育の無償化」にも意欲を示した。
(引用以上)

改憲派からは、これまでの自民党草案とはまったく違う内容に戸惑いがある。

自民・石破茂氏が首相改憲メッセージにさっそく疑義 
「党内議論になかった考え方だ」「自衛隊と9条2項の関係は…」
2017.5.3 産経


一方で護憲派には、共謀罪(テロ対策法)の強行採決を目前にして、輪をかけて世論を刺激することはしないだろうという、油断があった。いくらヒールでも、凶器を振り回しながら、同時に目つぶし攻撃をしてくるとは思っていなかった。

もとより幹部のなかに改憲派をかかえる民進党は、明確な対応はできず、何を言いたいのかわからないことをモゴモゴ言っている。

3日に安倍晋三が発表した改憲の方向性は、三つある。

① 九条を残して、但し書きのように自衛隊を明記する
② 教育無償化を憲法で定める
③ 憲法の規定に則って正面から改憲を提起した

①は公明党、②は維新を取り込むための内容であることは論をまたない。
そしてさらに、、③は民進党(の一部)をとりこむものである。戦争(安保)法案で民進党が反対の最大の根拠にして、まがいなりにも野党共闘の軸になったのは、「立憲主義」である。
解釈改憲によって立憲主義を踏みにじるのはまかりならん、というのがおそらく半分は改憲派であり、安保法制自体は必要だと考えているであろう民進党と、他の野党との最低限の共通点であった。

しかし、憲法をまもり、憲法の規定に則った正面からの改憲議論に、民進党は反対することはできない。一応のポーズはとるだろうが、ずるずると取り込まれていくことは間違いない。
まして、2020年と年限を切った安倍晋三の迫力に、すでに民進党は飲まれており、すでに勝負はついているともいえる。

他の少数野党がいくら頑張っても国会審議を止めるところまではできないので、国会での発議は、少なくとも現状の両院2/3を確保しているかぎり、まず間違いなくいつ出しても通る。

また、九条を残すということは、原作者の米国に対する配慮でもある。
米国は、軍産側もトランプ側も、突出した日本の軍事大国化は望まない。米国にとって都合のいいだけの、適度な軍事力は強要してくるものの、あくまで米国傘下、統制下に限定されている。
世界第5位の自立した軍事大国がアジアに出現することは決して許さない。
九条を残すことで、「米軍の要請があれば世界中どこでも行きますが、勝手に領海からは出ていきません」と宣誓しているのである。

これは米国のみならず、リベラルの中の専守防衛ならOKという人たちにはかなりの説得力をもっている。
護憲派のみなさんは、そんなのゴマカシだと言うだろうが、論理的にはそういうことになるし、すでにこのような意見が表明されている。




もちろん、この二人も安倍晋三の改憲の進行には賛成はしないだろうが、「リベラル」といわれる人の中でもこういう意見は多くでてくると言うことだ。



とはいえ、最後は国民投票が必要になる。
いかに安倍自民党が盤石に見えても、これは必ず通るという保証はない。
選挙でいつも自民党が圧勝するからと言って、国民投票でも圧勝するとは限らない。選挙で自民党が勝つのは、これまでの惰性というか、一種の慣性の法則があるが、現状を変更する改憲については、はるかに大きなエネルギーが必要だ。

しかも、改憲をしかける側にとっては、やる以上は必勝でなければならない。
絶対に勝てるという確証がない限り、中途半端に発議して、万が一否決されてしまうと、打撃ははかり知れない。
つぎのチャンスまで、また何十年も雌伏を強いられるかもしれない。

その意味で、2020年と時間を切って改憲を提起したことは、安倍晋三にとっても並々ならぬ決意のあらわれであり、反対派にとっては安倍的なものにとどめを刺す好機となる可能性もなくはないのである。

民進党はともかくとして、生粋の護憲派はどのように対応しているのだろうか。まずは共産党。

安倍氏「改憲」明言 9条破壊の暴走加速許されぬ
2017.5.5 しんぶん赤旗


首相が改憲項目の冒頭に9条をあげ、自衛隊を憲法上位置付けると表明したことは、改憲の「本丸」が9条にある本音を示すものです。自衛隊を9条に書き込むことは、「戦争放棄」の1項や「戦力不保持」の2項と矛盾するもので、従来の「歯止め」をなくし、海外での武力行使を文字通り無制限にすることにつながるものです。発足以来、海外で一人も殺さず、一人も殺されることのなかった自衛隊の性格を、根本から変える重大な改悪にほかなりません。
(引用以上)

ポイントは、一項、二項と矛盾するということ。これは、立場は違えど石破茂の主張と同じである。

社民党は、なんと公式には声明を発していないのだが、福島みずほ氏のツイートを引用する


集団的自衛権だから、専守防衛にならない、というが反対のポイントのようだ。

自由党は護憲派ではないが、安倍晋三の改憲には反対している立場なので、こちらもチェックしておく。社民党と同じく公式声明はないので、こちらも小沢一郎事務所のツイートから。


こちらは、そもそも安倍晋三が立憲主義ではないから反対、ということ。改憲の内容には触れていないのは、鳩山氏や米山氏と同じく原理的には自衛隊を憲法に明記すべきだというのは、自由党の考えでもあるからだろう。

いずれにしても、かつての護憲派のような 「平和憲法を守れ!!」的な高らかな憲法賛歌と、それに手をつけようとするものを無条件に悪の権化と見なす論調は影を潜めている。
よく言えば慎重、悪く言えば、言い訳がましいのである。



長く続いた選挙での連戦連敗で、護憲派は自信を失っているのだろうか。

しかし、先にも書いたように、国民投票と選挙は同じではない。しかも、敵は万が一にも負けられないのだが、もし今回の改憲内容が九条三項と教育無償化だけだとしたら、通ってしまったとしても日本の姿はすぐには変わらない。
改憲という実績を作られてしまうことは大きいことではあるが、自衛隊はこれまでどおり自衛隊だし、教育が無償化されるとしたら国民はむしろ喜ぶ。国の姿が変わると言う意味では、むしろ、戦争法案のほうがはるかに大きかった。
国民の命にとっての正念場は、「次の改憲」ということになる。

つまり、今回の改憲については、安倍晋三のほうが背水の陣なのであり、しかも勝てるという保証はない。
経済政策では、金持ちが集まって予算権を握っている自民党は圧倒的に強いけれど、憲法論議は北朝鮮脅威を必死にあおっても、なかなか安倍の思うようにはなっていない。

不戦「9条が貢献」75% 安倍政権で改憲「反対」51% 世論調査
東京新聞 2017.4.30


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(引用以上)

他社の調査も同じようなものだ。
安倍晋三の、いわば「新改憲提案」は、こうした情勢を睨んで、自民党草案ではとても通らないと判断したのではないだろうか。

安倍晋三といえども、決して楽勝ではない。
しかし、今のそれぞれの対応を見ていると、野党は安倍晋三の迫力に負けている。最初から「どうせ勝てない」と諦めている。
目を覚ませ!!



では、これまでの「護憲一本槍」で勝てるのか。

それは残念ならが無理だろう。
上にあげた東京新聞のグラフにあるように、改憲自体はもはや多数派である。内容にかかわらず、無条件に指一本触れるな式の護憲運動では、むしろ逆効果にもなりかねない。

それにしても、圧倒的多数が九条のおかげで平和だったと認めながら、なぜ護憲運動には冷たいのか。
それは、現行憲法の秘密が関わっている。

詳しくは 1年前の記事を読んでいただきたい。少しだけ自家引用しておく。

憲法という「ゆりかご」
2016.6.6


この憲法は妥協の産物として生まれた、ということが明らかだからだ。
つまり、左手には9条、右手に1条、頭の上には日米安保+地位協定がのっかり、足下には沖縄を踏みつける。これが憲法の歴史的な位置である。

憲法は良いけど、安保や沖縄切り捨てはよくない、というのは居酒屋論議としては結構だが、歴史をふまえない話であり、まったく意味をなさない。この条件でなければ生まれなかったのが日本国憲法なのであり、この全体像のなかの一部を担うのが日本国憲法だったのである。


(略)

日本国憲法は民主主義の「ゆりかご」だったのである。

ところが、戦後の民主主義を先導する人たちは、この憲法こそが民主主義だ。民主主義の完成形だ と勘違いした。
これから、いちから創っていかなければならないのに、もう手の中にあると思い込んでしまった。

「ゆりかご」の心地よさを、戦後民主主義と称して満喫し、いちから創る努力を怠り、憲法の本質を議論することには「改憲派」とレッテルを貼って排撃した。
「ゆりかご」から飛び立つのではなく、「ゆりかご」のなかで70年間を過ごしてきてしまった。

(引用以上)

民主主義を標榜する「左翼」や「革新」こそが、国体護持の象徴である現行憲法ではなく、本当の自分たちの憲法を作ろうという改憲運動を起こすべきであった。
現行憲法のいいところはもちろん残しながら、自分たちの憲法を自分たちで作るという、最高の民主主義を実現するために何をするべきなのか。そこから逆規定して、政治に取り組むべきだったのだ。

それをまったくネグレクトして、ゆりかごの中の日本の民主主義を息絶えさせてしまった責任は、すくなくともその半分は「護憲派」にある。
そのような、民主主義圧殺の前科をもつ護憲運動には、日本人の過半の心をつかむ生命力はない。自分たちの運命を自分たちで決めるのだというワクワク感を、70年間押しつぶしてきたという自覚と反省なしに、国民の心に届く言葉を発することはできないだろう。

もちろん私自身も、安倍政権下での改憲には1mmのブレもなく反対だ。
安倍政権でなくとも、ここまで民主主義が腐敗してしまった日本で、そう簡単に改憲はできないと思っている。
いかに使い古した「ゆりかご」でも、もうしばらく使わせてもらわなければ、元も子もなくなってしまう。

しかし、あくまで「ゆりかご」は「ゆりかご」であって、やはり将来的には「自分たちで自立する」ことが絶対に必要だと言うことは明示すべきなのだ。
その大きな目標を提示することで、初めて人は独り立ちを意識し、個人が政治にリンクする。

そのような緊張感を持った議論の中でこそ、「安倍晋三の改憲はダメだ」「性急な改憲はダメだ」「今やっと議論が始まったところじゃないか」という話ができる。リアリティをもつことができる。

それは、鳩山氏や米山氏のような、九条三項はOK みたいな話ではなく、もっと大きな「自分たちの憲法」をつくるための大きな運動、運動と言うより大議論をこれまでの護憲派の側からよびかけていくことで、70年越しで1億2千万の臣民を国民に生まれ変わらせるのである。

私は、これが安倍改憲にたいする戦い方であり、これを起死回生のチャンスとする戦略であると思う。

安倍の迫力にタジタジとなりながら、退却しながら防戦する「護憲」運動では、時間とともに国民に見放され、本当の正念場である「次の改憲」に立ち向かう陣形も残らない。

護憲派も、原則改憲派も、「自分たちの憲法」とはなにか、を深く深く考えて、議論することが必要だ。
そのような場を作ることが 絶対的に必要だ。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 18

17 からつづく

 それはともかく、シックハウスについては、こうやってひとつひとつリスクを減らしていくことしか、今のところできないだろうと思っている。それは技術的に難しいこともあるのだけれども、それ以上に、あまりにもそこにこだわると、せっかくの家づくりが楽しくなくなってしまうという理由もある。いま苦しんでいる方はそれ相応の対処をしなければならないが、これまで特に何の対策もとっていない賃貸住宅などに住んでいて特に症状が出ていない人の場合、シックハウス対策にあまりにも神経を使いすぎるよりも、もっと他に考えることがたくさんあるはずだ。シックハウスというマイナスをゼロに戻す作業よりも、プラスを積み重ねていく家づくりにした方が、ずっと楽しくて実りがあると思うのだ。
 そんなわけで、T町の三セクを追い出されたボクは、シックハウスの世界ともちょっと距離をおくようになった。

■ 山の世界から床下の世界へ

 高知県T町の第三セクターをクビになったボクは、地元の工務店に拾われた。もともとその三セクの店を開くにあたって千里界隈に根を張っている工務店にいろいろ協力してもらっていた。その会社から「来るか」と言われたので、当面何のあてもなかったボクは世話になることにした。リフォームの営業のようななんだかよく分からない部署にいたけど、ボクのような中途半端なやつはよほど使いにくかったと見えて、やがて上司も部下もいない一人部署になった。会社の看板だけ使って千里ニュータウンで勝手に営業して勝手にリフォームやらを受注するという暮らしを数年続けた。

 会社とつきあいのある信用金庫のお客さん向けイベントで園芸教室の助手をしたり、自分で勉強会を企画してチラシまきしたり、お客さんの御用聞きのようなことをしたり、実に不思議な数年間だった。本当は新築住宅の設計をやりたかったけれども、設計部は別にあるので自力で受注しない限り自分で設計はできない。かなり頑張ったけれどリフォーム以上のことはできなかった。

 この会社に入ってまずビックリしたのは、工事を請け負う前に見積もりを作らないことだった。もちろん、大きな工事は見積もりするけれども、リフォーム程度で「見積もりお願いします」と工事部に依頼すると怒られるのだ。何をするにも事前に見積もりを出すのが当たり前だと思っていたボクは、頭の中が???だった。よくよく話を聞いてみると、この会社はもともと大地主さんの仕事ばかりしており、そういう旦那衆は修繕工事の見積もりなど要求しないのだ。かかったらかかっただけ後から請求する。それを黙って払ってくれる。そういう関係のなかで育ってきた会社だから、リフォームの見積もりを頼むと怒られるのだった。

 しかし、高度経済成長期に農地が宅地にかわって、濡れ手に粟で大地主になった人たちは、その頃には代替わりの時期を迎えていた。大地主にべったりで生きてきたその会社も転換点にあったのだが、その転換は上手くいっているようには見えなかった。地主さんの二代目からはむしろ疎んじられて、大きなお客さんが次々と離れていく様子がボクのような外様社員にも見えた。経営者一族もかなりの地主だったからすぐにどうこうということはないにしても、ちょっと危なげだなあというのは多くの社員が感じていた。

 労務管理もかなりユルユルで、まあおかげでボクのような不良社員もいられたわけで、とても感謝はしている。なんというか、根性の悪い会社ではなかったと思う。話は少しさかのぼるが、千里に高知県の出店ができるとき、この工務店を含めて多くの関係各位が集まってきた。県と町の補助金事業だったので、いわば公共事業ということで、高知県人会とかどっかで高知につながっている皆々様(ありていに言えば有象無象)が大集合して、何かオイシイ仕事にありつこうとした。そういう方々をさばくだけでも大変だったくらい。そんなときに、この工務店はオイシイとこ取りをするのではなく、真剣に出店の手伝いをしてくれた。経営的にはいろいろ問題はあったし、地主の御用聞きはボクの性には合わなかったけれど、やはり善意の会社だったのだろうと思う。

 この会社に勤めている間にこっそりやったことは、本を書いたことだ。厳密には本の原稿。最初は自分の知識をまとめておきたくて、簡単な冊子をつくった。でもそれでは無味乾燥なので、ちょっと読みやすくして「まぐまぐ!」のメルマガにして発行することにした。週に1回半年間。Kさんという架空のおばちゃんを登場させてボクとの対話形式にしたところ、結構評判が良くて、自分でも面白くなってきた。25回分が終わったところで短大時代の恩師に原稿を見せたところ、出版してみろといって彰国社の編集者を紹介してくれた。それが「家を建てる。家づくりはたたかいだ」になったのだが、この話はまた後日。

 設計はできなくともリフォーム営業でそれなりに数字をあげていたボクは、気持ちの無理が蓄積したらしく心身の状態がおかしくなってきた。たぶん2004年の春くらいからだったと思う。それまで何でも一人だったのが、そのころから新しくチームで営業を始めることになり、ちょっと張り切った矢先だった。気持ちはあるのに体が動かない。あれ、なんだこれは。最初はそんな感じだった。リフォーム営業がイヤでイヤでたまらないというのではない。よしやるぞ、と思っているのに、どうしても体がいうことを聞かない。ぎょぎょぎょ、これが世に言うウツ病か。。。

19 につづく

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2017-04-24(Mon)

政権交代への近道

安倍政権のあまりの独裁の原因について 諸説が語られている。

その一番は、小選挙区制が悪い というもの。
たしかに、小選挙区制で党本部の権限がきわめて強くなった。さらに、第一党は得票率よりも議席数が多くなる。
その意味では、たしかに小選挙区制の影響は大きい。

しかし、小選挙区制度による衆院選挙は1996年から行われている。
衆議院の議席数の推移はwikipediaに一覧になっているので、それを見ていただきたい。

一見してわかる通り、小選挙区制になったからといって、そのせいで自民党が激増しているわけではない。
独裁と言われる第2次安倍内閣と同じような議席数は、中選挙区時代にも何度もあったし、2009年の政権交代の直前も同じくらいだった。
小選挙区のせいで自民党がひとり勝ちしている というのは言い訳に過ぎないように思う。

ただし、自民党が劣化した原因にはなっているだろう。
物言えぬ政治家もどきの群れになってしまったのは、たしかに小選挙区によって人事権を党本部に完全掌握されたせいなのは間違いない。
しかしそれは、自民党の劣化の原因であって、野党が自民党に勝てない原因ではない。



もうひとつしばしば言われることは、「代わりがいないから仕方ない」というもの。
自民党に変わる責任政党が存在しないので、しかたなく自民党が支持されているのだ、と言う説明だ。

しかしこれは、あまり根拠がない。
世論調査の支持理由で、そうした理由があげられていることはあるが、あれは選択肢の作り方でどのようにでも誘導されてしまうので、あてにならない。
個別課題では、反対票が多いから という話もあるが、これも論理的ではない。各論反対・総論賛成で支持している人が多いと言うことと、「代わりがいないから」とは直結しない。
各論は反対でも、それ以上の賛成理由があるから支持してるのかもしれない。

上記と近い理由で、「野党がバラバラだから」という説明もある。
小沢一郎氏が言いつづけている、野党が一つになれば絶対に勝てる という話だ。

しかしこれも、過去2回の政権交代を振り返っても、2大政党の激突、というものではなかった。
自民党の分裂で直接の引き金になった細川内閣はともかく、2009年の民主党にしても、選挙前には自公の1/3しか議席はなかったし、共産党との協力なんて冗談にも話題にならなかった。
勝てた理由はいまだに謎に包まれているが、少なくとも、「野党が一つになって、客観的に自民党にかわる受け皿になっていたため」、ではないと思えるのだ。

以上より、今の民進党、社民党、自由党がひとつになり、共産党とも共闘する形を作ったとしても、それで勝てるという理由が私にはまったく見えないのである。

もちろん、小選挙区である以上は、候補者調整は必須だし、共闘しないよりした方がいいには決まっている。
しかし、「それで勝てる」という論拠が、まったく誰からもどこからも 示されていないのである。



では、どうしたら勝てるのか。
勝てない話ばかりでは、暗くって仕方がないので、勝つ方法を考えてみよう。

まず、ここ数年の自公と反自公の得票数を振り返っておこう。

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自公の票は、2005年の郵政選挙以外はほぼ横ばいで凸凹というところだ。
決して増えてはいない。

一方で、反自公の票は2010年と2012年で激減している。
まず、2010年は
1845/2984=62%
と、2009年と比べて62%になっている

2012年は民主と未来が分裂している。未来の改選前議席はもとの民主の2割弱であり、2010年の1881万票を母数とすると、2012年でもそれほど大きくは減らしていないが、民主のほうは、大きく減らした。
未来 1881x(61/308)=372  342/372=92%
民主 1881x(240/308)=1465 962/1465=65%

以上からわかることは、小沢グループは、2010年の参院選前にすっぱり分裂しておくべきだったということだ。
菅直人が消費税増税を口にした瞬間に、そく分裂した上で、政権維持を人質にしてキャスティングボートを握るべきだった。

あそこでグズグズして分裂のタイミングを逃しまくって、どん詰まりで分裂したことで、2010年のマイナス効果は民主と同じだけかぶってしまい、小政党に不利な小選挙区のあおりを食って、342万票も取りながらわずか5議席に沈み、表舞台から退場を余儀なくされた。

このような指摘は他に聞かないけれども、私は断言したい。
2010年の夏前に小沢グループが独立しなかったことが、今日の暗闇の始まりである。

逆に言うと、裏切りを許さなかった未来の党は、あの状況の割に票を減らしておらず、タイミングと政策を間違えなければ、少数でも決起すべきだ、ということ。それがかえって、1手先2手先の政権交代につながる。



さらに、この数字からわかることは、民進党でも民主党でも良いけれども、この政党には国民の審判が下されたということだ。
弱小政党のように、そもそも手も足も出ないわけではないのに、候補者も出し選挙資金もそれなりに持っているにもかかわらず、酷評数は激減し、何度やっても回復しない。

昨年は共産党の協力と、旧維新の残党を吸収したことで票数は増えたが、支持の拡大とは言えない。
民進党は、何を言おうが、どんな政策をぶら下げようが、金輪際浮上することはないと思われる。

なぜ民進(民主)党が勝てないか。
それは、このグラフを見るとはっきりしている。(財務省の資料より)

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2009年の政権交代前は、国債の発行を押さえて予算規模も縮小し、典型的な緊縮財政だった。それにより税収も減り、それがまた緊縮財政を招くというスパイラルに落ち込んでいた。
この緊縮財政による弱者切り捨て、生活切り捨ての痛みに耐えかねたのが、あの政権交代だったはずだ。

国民の生活が第一をうたった民主党政権は、一度は国債を大量に発行して予算規模も拡大した。
ところが、わずか1年でその流れを逆転させ、消費増税、緊縮財政へと急転換した。それこそが、2010年の大敗北の原因である。

そして、その後を襲ったのがアベノミクスだ。
アベノミクスは、国債の大量発行ではなく、日銀による通貨の大量発行によって市場にカネを流通させた。
もちろん問題は大ありのアベノミクスではあるが、世の中にカネを流通させ、結果として税収を上げるという大枠では、成功している。

国民をダマして財布のひもを締めるばかりか、増税を推し進める民主(民進)党と、各論では問題あっても財布のひもを緩めまくって景気をよくしているアベノミクス。
国民がどっちに軍配を上げるか、考えるまでもない。

そう考えれば、答えは自ずからみえる。

民進党がもし生き返りたいならば、増税などと言う考えは宇宙の彼方に投げ捨てて、アベノミクス以上の大盤振る舞いを約束することだ。
いくら何を言っても、アベノミクスは数字を残している。生活実感は乏しいけれども、最低限仕事があるとか、ほんのちょっと時給が上がったとか、面接に落とされる回数がずいぶん減ったとか、ちょっとは良くなっていると感じている人は多いはずだ。

こんなに大盤振る舞いして、たったこれだけかよ、とか、ほとんど美味しいところは大企業が持ってチャッタじゃんか、とか、文句をつければ山ほどあるにせよ、自分の足下だけみれいれば、悪くはなっていない、と言う実感は、何があろうと鉄板の内閣支持率につながっている。

平穏な時代であれば、スキャンダルで政権が倒れることもあるだろう。
しかし、失われた90年代、小泉時代、リーマンショックと、立て続けに苦しい時代を経験したあげく、民主党の裏切りに直面した日本人は、自分の生活からかけ離れたことで政治を判断しない。
どんなに問題があるとわかっていても、「食わしてくれる」かぎりは、安倍政権を支持する。

そのアベノミクスを凌駕する経済を掲げないかぎり、野党は勝てない。
国民は愚かではない。自分の生活を守ることに必死であり、懸命に考えて判断しているのである。



では、民進党がそういう政策を掲げたら復活できるか。

できるわけがない。

増税と緊縮財政の責任者であり、権化ともいえる野田佳彦を幹事長に据えて、「積極財政やります」なんて言っても、バカかと言われるのがオチだ。
野田に限らず、2010年転換に関与した幹部は、ひとり残らず放逐しなければ、離れていった支持者は絶対に帰らない。

放逐でも懺悔でもいい。
野田を筆頭に、いならぶ愚か者たちが国民に向かって土下座して、土を喰いながら涙を流して己が罪を悔い改めるならば、人情に弱い日本人のことだから許してくれるかもしれない。

従軍慰安婦の問題について、日本政府がいくら口先で謝罪をしたところで、被害者側がまったく受け入れがたいのと、構図は同じことだ。(問題の中身は大違いだが)
まして、民進党の幹部どもは、口先の反省すらしていない。これでこの党を支持しろというのは、日本国民に対する侮辱である。
だから私は、今のままの野党共闘は、勝てないと思っている。

勝つためには、最低限二つのことが必要だ。

1.緊縮財政政策を180度転換して、アベノミクスを凌駕する積極財政にすること

2.2010年の裏切りの下手人を追放するか、全国お詫びの行脚をさせる。
  (靴なんか履かずに裸足で行け!)

以上は必要条件。



そのうえで、もうひとつ。
地方組織をつくることだ。
ここ数年、自由党の惨状を身近で見てきた実感だ。

2012年に340万票とった未来が、なんで100万そこそこまで凋落してしまったのか。
もちろん、1桁の議席数になったことで見放されたというのが大きい。
しかしそれ以上に、活動をしなかったということだ。

あの時は、誰も彼もが茫然自失となり、ふと気が付いたら翌年の参院選になっていた。
見放したの有権者だけでなく、党そのものが自分自身になんの展望も見いだせなくなっていたのではないか。
その結果がなんと94万票、0議席である。

あの結果は私にとっては、いつまでも呆然としていてはいけないと、むしろ気付け薬にはなった。
しかし、党としては、あいかわらず何の活動もなく、2014年総選挙、2016年参院選が過ぎていった。
あれだけ何もせずに、それでも100万余人の人が支持してくれることが不思議である。

いくら人数が減り、資金も乏しいとはいえ、各地方で積極的に活動している人は何人かずつはいるのだから、党としての最低限の扱いをして維持発展を期せば、この4年間でそれなりの成果にはなっていたと思う。
関西では生活フォーラム関西という市民団体で、ある意味党の代わりのようなことをしてきたが、しかし所詮市民団体は市民団体だ。特に、保守系である自由党の場合、党の実態がなければ本気になってくれない人が多い。
それは、一般の有権者にとってはなおさらそうだ。

自由党をひとつの典型として取り上げたが、これは自由党だけの話をしているのではない。政権交代に向けて、これをやれば勝てる という3つめの条件である。
共産党や公明党を見習って、活動の基盤になる党の組織を作ること。せめて、彼らの1/100でもつくること。

この三つの条件がそろえば、いくら小選挙区でも、安倍晋三がどんなにエグいマスコミ戦術を使おうと、勝てる。



そして、そのすべてを貫く軸は 「怒る」 ということだと思う。

もちろん、このブログを読んでくれている人は 怒り心頭に発した人ばかりだと思う。
でも、それが表現できているだろうか。

デモ、集会、学習会、街宣 ・・・・  たしかに数限りなくある。
怒った人たちが集まっている。
が、その怒りは伝わっているか?

怒りが伝わる というのは 共感であり、共振である。
自分だけ勝手に怒っていても伝わらないし、風船持って歌っていても伝わらない。

どうすればいいのか、私もまだよくわからない。
しかし、最近流行の「パレード」を端から見ていて、怒りが伝わるとは ちょっと思えないのだ。
まずは、人数。デモンストレーションなのだから、人数を集め、かつその人数の多さを街の人たちが実感すること。

そのためには、あっちでもこっちでも、毎週のように小規模でバラバラにやって貴重なマンパワーを消耗するのではなく、月に1回とかに限定して、ありとあらゆる勢力が集まって大デモにする。やるんだったら、本気でやる。
野党共闘を求める前に、市民運動がまずちゃんと共闘しろという話だ。

デモ行進は強制的にコースを分けさせられ、てい団に分割されるから、国会前のような一箇所にたまる方がいいかもしれない。
大阪だったら、関電前の再稼働反対コールのようなのを、人の多い場所でできたらいいのだけど。(関電本社前はほぼ無人)

楽しいデモ はいらない。
楽しむのなら、他にいくらでも方法はある。デモは 怒りだ。 怒りの共有だ。
本気で声を合わせて、ビルが揺れるほどのコールはできないのか。

楽しいデモで、参加者が増えたか?
ほとんど増えてはいない。デモを楽しいと思うようなかなり特殊な趣味を持った人しか集まらない。

街宣然り、ポスティング然り。
「本気」を聞く人、見る人に伝えるにはどうしたらいいか。頭をひねり倒さねばなるまい。
それはたぶん、小手先の戦術論ではない。

真剣に、わかりやすく、誤魔化さず、怒りを伝え、それを共有すること。共振させることだ。


  ※参考資料
    戦後主要政党の変遷と国会内勢力の推移 国立国会図書館 レファレンス 2014.6



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 15

14 からつづく

■ 山の世界に入ったけれど

 2000年11月、千里ニュータウンにT町の店をオープンさせた。準備は苦しかったけれども、晴れ晴れしい船出を迎えて気分は良かった。 のだが、
 なんとびっくり、オープンから一ヶ月もたたないうちに、資金ショートで潰れるかもしれないという話が飛び出した。まったく、驚天動地とはこのことである。ボクは役員でもなかったし経営状態まで聞かされていなかったから、もちろんそんな資金繰りであるとは知らなかった。だいたい、高知県知事までよんで盛大な式典をやっておきながら、翌月の資金がないとは思わないでしょ、フツウ。

 艱難辛苦を乗り越えてやっとオープンまでこぎ着けて、これから営業作戦を考えなくちゃと思ったとたんに、倒産の準備をする羽目に(泣)。経営者でもないのに弁護士のところに倒産の仕方の相談に行かされ、他の社員の首切り宣告をさせられ、T町の本社の役員会議に(役員じゃないのに!)呼び出され、半分泣きながら、でも半分はやけっぱちで面白がりながら20世紀は終わりを迎えた。

 すべては後からわかったことだけど、その店の経営計画では、オープンした月から7件の新築を受注するという話になっていた。そんな奇跡を誰がどうやって信じたのか知らないが、おバカを通りこしてサギにちかい。そもそもその三セクにはバブルの頃からの巨額の累積赤字があって、大阪進出はイチかバチかの賭けだったようだ。もちろん、商売が速攻で上手くいくとはだれも信じておらず、「これだけ大々的にやってしまえば町も県も潰すに潰せなくなるだろう」という意味の賭けだったのだが。

 ある意味でその賭けはあたり、当面の資金ショートはあれやこれや(ここでは書けない)で回避され、しばらくは店は続くことになった。とは言え、カネがないのは変わりなく広告すらうてない。地元のミニコミ誌に格安で小さいパブ広告を出してもらったり、近所にチラシをポスティングしたりしてイベントに人を集め、少しずつ形を作っていった。

 ところが、ここでまた壁にぶつかった。この店のコンセプトは、1階で食品や物産を販売して客を集め、そこから2階の家や木材の受注につなげる、ということだった。しかし、オープンからしばらくは徹夜続きがザラだったこともあり、1階の店だけに労力が集中し2階の店はあからさまに蔑ろにされた。なにせ、2階に上がる階段の前に、野菜の段ボールが山積みになり、客どころかボクたちスタッフが通るのにも四苦八苦する始末。土佐の木を売るという本来の目的は忘れ去られた。人は自分の持ち場に目を奪われて、本来の戦略はすぐに忘れるものなんだな ということを思い知った。

 なかでも忘れがたいのは、食品売り場の店員のひとりだ。その人の夫は工務店を経営しており、店の建設で大工を総動員したときにも来てもらったことがあったし、店でリフォームの受注があったときなどは仕事を依頼することもあった。ところがその店員は一枚も二枚も上手だった。ある新築を希望しているお客さんが食品売り場でその話をしたところ、こっそりと自分のダンナに話をつないでしまったのだ。さすがに不審に思ったお客さんのほうが、後日2階に上がってきてボクに話してくれたのでことが発覚した。で、その店員が懲戒食らったかというと、いやいや そんな単純な話ではない。これはまた後で。

 本業の木材のほうもわずかながら仕事も出てきて、かなり衝撃の船出ではあったけれども、産直住宅に向けて心機一転がんばろうと思っていたのだが、こちらもどうも不思議なことが多い。どうやら、産直住宅ではないのである。
 産直というのは山から住み手への直送だ。しかしその三セクの流通は、山→原木市場→製材所→三セク→住み手 という流れになっていた。しかも、原木市場と製材所の経営者が同じで、その人物は三セクの経営にもかなり口を出す。要するに、三セクはその人物の下請けになっているのではないか、と思えてならなかった。製材所から出荷される木材を見ても、よその現場には見事な材木が送られていくのだが、こちらの現場には極端に節だらけの木材で、しかもその節埋め作業は三セクの社員が自分たちでやらされるのである。甚だしいのは、集成材の梁と称して柱を3本貼り合わせたものが送られてきた。こんなもの大丈夫か?と思いながら棟上げをして、カケヤ(大きな木槌)でガンと打ち込んだ途端に3本の柱に分離した。なんてこともあった。下請けどころか廃品処理場だと思われていたのである。

 こりゃいかん。こんなことやっていたら、産直住宅はおろか商売として成り立たない。何とかせにゃいかん。そう思って、本来の産直ができる物流のルートを探した。林業家から丸太を買って、製材所に工賃だけで製材してもらい、あとは自社で加工して現場に持っていく。住み手は希望すれば、この山のこの木で建てるんだというのを見てもらえる。そういうやり方を確立しようとした。
 ところが、そうやって中間を飛ばそうとして逆に飛ばされたのは、ボクのほうだった。

16 につづく

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2017-04-18(Tue)

維新は本当に退潮傾向なのか

おおさか維新が地方選挙で負けることが多くなった。

大阪府内の市町議選でも落選者が出て、かつてのような圧倒的な強さではないように見える。
今年に入ってからの首長選でも、四條畷市長× 柏原○ 島本× と分が悪い。
どうやら維新も勢いが落ちてきたのではないか、という声が聞こえてくるようになった。

大阪に住むものとして、維新退治は架せられた十字架のようなものだから、この話が本当だったら非常にウレシイ。
のだが、そう簡単に信じることもできないので、少し調べてみた。

それが下の表である。
最近1年の間に行われた大阪府下の地方議会選挙の、前回との比較である。
参考に、参院と衆院の比例票(大阪府の分)もつけている。
上が新しいので注意して見ていただきたい。

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(クリックすると拡大します)

一見してわかるように、決して維新の得票は落ちていない。いや、総得票率は増えている。
落選が出るのは、候補を増やしているからで、そのためにむしろ得票数は増えているのだ。

落選覚悟でめいっぱいの候補を立てることで、党としての票を掘り起こすというのは選挙戦術としては基本である。
その基本通りのことを攻めの姿勢でやり、それなりに成果を上げているのが、最近の維新だと言える。
残念ながら、退潮傾向 というあまりに楽観的な その指摘は当たらない ということのようだ。

ただし、大阪以外ではさっぱりなのはたしかで、しかも、大阪から日本に出て行こうとすると、大阪の中でも維新の人気が落ちる ということだ。
石原慎太郎とくっついたり、江田賢司とくっついたりすると、やや勢いがなくなり、「おおさか」に戻ると元気になる という地方政党としての宿命は背負っているようだ。大阪の優越感と劣等感をない交ぜにしたコンプレックスが、支持基盤の底にあるということがわかる。
橋下徹はそのように大阪に縛り付けられるのを嫌って維新に距離をおいているのだろう。

以上、せっかくの盛り上がりに水を差すようだが、現状の分析をしてみた。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 13

12 からつづく

■いよいよ山に深入りする

 変わった家を変わった木で建てた経験が、ボクにとっては人生の方向を決定づけることになってしまった。お施主さんと一緒に山の木を見にいって、その木を運んできて家を建てる。こういうやり方のことを、野菜の産直になぞらえて産直住宅という。この産直住宅を一生を仕事にしたい と思ってしまったのだ。
 フツウの木材は、どうやって家を建てる現場まで来るかというと、山→原木(丸太)市場→製材所→材木商社→乾燥工場→プレカット工場→建築現場 みたいな感じだ。このなかで林業が関わるのは、山で伐採して原木市場に持っていくまでだから、原木市場から先どこへ運んでいかれるのかはわからない。逆に、工務店が発注する木材はプレカット工場が段取りするので、どこの産地かはわからない。せいぜい府県単位で奈良県産とか岡山県産というのがわかればいいほうだ。
 ほとんどの工務店も施主もそれに何の疑問も感じていないけれども、いちど産直を味わってしまったボクとしては、これでは大いに不満なのである。住み手が、「ああ、この山の木で家を作るんだな」という実感を持ってほしい。大層なこと言うならば「木の命をもらって、自分の命を守る家を作る」ってことをわかってほしい。そう思い込んだボクは、産直住宅の仕事ができる場を探し始めた。

 日本で産直住宅の草分けは岐阜県の東濃地方だ。県が強力にバックアップしていた。20世紀の最後の最後のあのころ、やっとインターネットが普及し始めていたので、あれこれ情報を集めては突撃訪問して回った。しかし、すでに40歳直前になっていたボクを雇ってやろうという奇特な会社はなかなか現れずに唸っていると、ひょんなことから大阪の千里ニュータウンに高知県の産直ショップができるというニュースを見つけた。1階で食品などを売り2階では高知県産材を販売するというのだ。もちろん 飛びついた。
 さっそくアポイントをとって話を聞いてみると、ちょうど大阪の番頭になる人間を探していたらしく、まさに渡りに船で、意気揚々とその会社に入ったのが2000年の春。千里ニュータウンの緑地の傾斜地に、高知県T町の第三セクターが建物を作り、食品と産直住宅の店を始めるという計画だったが、ボクの入社当時はまだ竹林のままで手つかず。建物の設計はほぼできていたが予算の調整も何もまだだった。そして、おそろしいことに11月初頭にはオープン式典をやるというのである。当時の橋本大二郎高知県知事の日程を先に押さえていたらしく、何が何でも間に合わせろという。

 見積の調整、開発許可、斜面地の造成、建築確認申請、建物の建設、店の準備、式典の準備・・・・これらを半年で終わらせろと言う・・・・ ウソだろ。しかも、大阪には営業スタッフはおらず若い現場監督が二人いただけ。なにをどうしていいのか訳がわからない中で、それでもとにかく進んでいった。
 追い打ちをかけるように、ボクが入社する前にできていた設計が大幅に予算オーバー。目論見の2倍(2割じゃない!)というシャレにならない状況。なにせ自社施工だから、工務店原価で予算2倍なのである。もうどうしようもない。それまで関わってきた設計事務所は設計変更を拒否するし、もう破れかぶれで図面を書き直すことにした。平面計画は変えられないので、擁壁をやめて一部地下室にしたり、材料を徹底的に削ったり、それはもう血のにじむような努力をして、ようやく3割オーバーくらいまで圧縮して、着工することになった。
 細かい図面は着工までに間に合わず、現場が進む中で毎夜毎夜、明日必要な図面を描くという超絶ドロナワ設計法で乗り切った。でも、造成工事が終わったのが7月。開店準備の時間を考えると、建物は9月いっぱいには完成させなくてはならない。150坪の木造建築だから、かなり急いでも4ヶ月はかかる。どうやってあと2ヶ月ちょっとで作るんだ???

 木材の手配や加工は自社のプレカット工場があるのだが、なにせ旧式なので自社工場だけでは間に合わない。そこで、同じ加工機械をもっている高知県の別の町にも依頼して、1階と2階に分担して加工した。もちろんこんなことは良くないということは、上棟の日に思い知らされることになった。あちこっちで、部材が足りなかったり短かったり長かったり、何とか組み上がったのが奇跡だった。
 そんなこんなでお盆には棟上げしたのだが、のこり1ヶ月半。任せていた頭領は、自分で何とかしようという気はサラサラない。やむなく非常手段にでることにした。友人知人に連絡しまくって、手の空いている大工を総動員した。と言って、今の頭領の下につけても差配できそうにないので、150坪を10くらいに工区分けしてグループごとに分担させた。結果的にお互いが競争するようなところもあり、なんとか駆け込みで完成させることができた。あのとき手伝いにきてくれた大工の皆さんは、ずいぶんやりにくかっただろうに事情を察して頑張ってくれた。感謝感謝である。

 こうして地獄のような建設工事の傍らで、オープニング式典の準備にも追われた。橋本大二郎という有名知事が来る上に、大阪府の副知事やら何やらかにやら色んな人々が500人近くあつまるという。150坪の店内ではとてもおさまらないから、近くの会場を借り、招待状を作り・・・・  ああ、もうこのあたりは思い出したくない!
 11月2日に盛大な式典をやり、オープン初日は近所のお客さんが1500人も詰めかけるという派手派手しい船出とはなったのだが、なんとビックリ・・・・

14 につづく

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2017-04-17(Mon)

無名の若者が自公維新に勝利した島本町長選挙から勝てる「政策」を学ぶ

昨日は、宝塚市長選挙(兵庫県)では中川ともこ氏、島本町長選挙(大阪府)では山田こうへい氏が当選した。

宝塚の中川氏は現職の強みはあったが、自民推薦と元県議というなかなかの強敵2人を向こうに回して圧勝した。
党の推薦は受けていないが、街頭演説はまるで野党共闘のような様相だったようだ。

島本町の山田氏は新顔どころか無名の青年であり、それが自民・公明・維新の相乗り候補に圧勝した。
市ではなく町なので、無所属・町民派を名乗っていた。

私はお手伝いをしていないが、知人がたくさん応援に参加していた。
みごと勝利したことを、お祝いしたい。

さてそのうえで、私たちはこの勝利から何を学ぶべきだろうか。
とくに、無名から圧勝した島本町の山田氏のたたかいには、大いに参考になるものがあるのではないだろうか。
選挙戦術については私は参加していないのでわからないが、とりあげたいのは政策である。

山田氏の政策をHPから大項目だけ抜粋してみる

山田こうへいの政策提言

子育て支援と教育の充実したまち
強い財政力と都市計画の優れたまち
誰もがいきいき生活、活躍できるまち
産業活性化と観光振興による稼ぐまち
水と緑を守り、環境を大切にするまち

(引用以上)

一見してわかるように、いわゆる革新系のスローガンは並んでいない。
子育てと教育がトップに来ているが、これについては、マーケティングがあったのではないかと思われる。

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 島本町の合計特殊出生率は、大阪府平均はもちろん全国平均より高い。(グラフは島本町の資料より。グラフはクリックすると拡大)
出生率はおしなべて田舎のほうが高いので、大阪のベッドタウンで全国より上位というのはかなり高いほうだ。

だから、若年層の人口もそれなりに減少を食い止めているが、それでも大きな流れとしての少子高齢化の波はこれから本格化する。(真ん中のグラフ。 出所は上に同じ)
そうした状況は、島本町もデータとしてまとめている。

その現状にピッタリと合ったのが、子育てと教育だった ということだ。
これが、すでに少子化が行き着くとことまで行き着いてしまって、そもそも子どもを産む年齢の女性が減ってしまった自治体で、同じ政策をトップに掲げて通用するだろうか。

また、山田氏の政策で目立つのは 「強い財政力」である。
これもかつての革新系は言わなかった言葉だ。しかし、日本人の気質からいって、これ抜きにいくらイイコトを言っても「絵空事」と思われてしまう。
宝塚の中川氏も「6年連続正味の黒地」という市財政の実績を大きく掲げていた。(右図は中川氏のホームページより)

強い財政とセットなのが、「稼ぐ町」ということだろう。
要するに、子育て教育をメインに据えて、それを保証する財政と産業振興 という構図がわかりやすい。

対するに、自公維新が相乗りした田中てつや氏の政策を見ると、項目的には実は同じようなことを言っている。

 田中てつや 政策

島本は美しく温かい街。まちの魅力を加えて人を呼び込むまちに。
島本は人を大切にする街。まちの活気を加えて起業交流のまちに。
住むところを子育てで選ぶ時代。次代を担うこどもがもっと生き生きと暮らすまちに。
赤ちゃんから年長者まで健康に生きるみんなの願いを叶えるまちに。
行政の効率化を徹底し挑戦と信頼の町役場に。

(引用以上)

何が違うかというと、順番が違うのと、自公維新の候補だ ということ。

同じような政策ならば、自分たちの差し迫った問題を第一に挙げている方がいい。
(つまりマーケティングが成功している)
そして、その課題については、自公維新より町民派のほうがやってくれそう。
(自公維新への消極的支持の裏をついた)

自公や維新に反対する人は、なんとしても「違う」ことを言わなければならないし、「批判」をしなければならない、と思い込んでいるが、それはちょっと違うんじゃないの ということが、島本町長選挙の結果なのではないかと思う。

田中てつや氏の失敗は、はじめに緊縮財政をもってきたことだろう。
そして「その範囲で」子育て教育もやるよ という順番になっている。
しかも、自公維新が推薦しているので、子育て教育については
「実行力はあるだろうけど、それほど大したことはしてくれない。」という評価になる。

これで、相手が旧態依然たる革新系で「反対」とか「夢物語」だけを語っていれば、「何もないよりマシ」で田中てつや氏が勝っていたかもしれない。
しかし、山田氏という無名で若い候補が、(実はほぼ同じ)項目の政策を掲げて、出てきたとき、情勢は一変した。

もちろん、政策だけではない地道な努力のたまものだとは思うけれども、一つの教訓としてその点を学ばせてもらいたい。

1)有権者の現状をリサーチし、状況とタイミングにマッチした政策を掲げること
2)複数の政策は、有権者の利益になるものを目玉にして、その実現を保証するものを後ろに続ける
3)政敵と「違う」政策を出す必要は無い。1と2の結果として、項目は同じになってもいい。

ちなみに、山田氏の「町民派」は 見たときに私はハッとした。
行政区の市ではなく、シチズンシップとしての市など成立したことのないこの日本で、「市民」というときの胡散臭さが、「町民」という言葉にはない。
良い意味で泥臭く、むしろ江戸時代の「町人」に通じるかんじがあって、市民社会が成立していない日本にはピッタリな感じがする。

日本人の大半が、自分は「市民」だなんて思っていない。(行政区ではなく、市民権という意味で)
そういう自覚がないところに 「市民派」などと名乗ってしまうと、浮き上がった存在になってしまう。市議選など多数が当選する選挙は「市民派」でもいいと思うが、首長や小選挙区で(とくに新人で)「市民派」を名乗るのはかなりハイリスクだ。
意識的なのか結果的なのかはわからないけれども、山田氏の「町民派」は、そのリスクを回避したことも勝因だったのではないだろうか。

などなど、他にもたくさんあるだろうが、分析を抜きにして「市民派が勝った」と単純に喜んでしまうと、危ない。
これまで通り、自治体選挙では勝てても国政では惨敗する ということを繰り返さないよう、一歩前に進もう。




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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 12

11 からつづく

 とはいえ、いくら植えた木がもったいないからと言っても、それが建材として劣ったものなんだったら感情論で使うべきじゃあない。国産材は建材としての性能は劣っているのか?ちゃんとかくにんしなくては。結論を先に言ってしまえば、劣ってはいない。輸入木材と比べると一長一短、というのが公平なところ。で、「短」の部分は充分に穴埋めできる。

 よく使われる国産材にはスギ、ヒノキ、カラマツという3種類の木がある。他のもあるけど、この3種類で8割近い。なかでも圧倒的なのはスギで、スギだけで国産材のシェアは50%超。もう日本中スギだらけと言ってもいいくらい。なので、国産材代表ということでスギ(杉)について考えてみる。杉の建材としての短所は何かというと、なんと言っても柔らかいということ。「家を作るのに柔らかいなんて致命的じゃないか」って? いやいや、そこまで柔らかくはない。どのくらい堅いか(厳密に言うと「たわみにくさ」)を示すヤング係数という指標がある。輸入材の代表選手であるベイマツ(米松)と比べると、米松:杉=10:7くらいなので、杉のほうが3割ほどたわみやすい。あらら3割も弱いじゃん!
 ところが、「たわみ」は材をちょっとだけ大きくすれば3割くらい簡単に挽回できちゃう。おつりがくるほどなのでご安心を。しかも、最近はそのヤング係数を一本一本計測してラベル貼ってある杉やヒノキもあるので、なんの心配もない。こういう性能を計測された木のことをグレーディング材というので、憶えておくとカッコイイ。

 国産材を使うにはもう一つ大きな問題がある。これはボクもこの業界に入ってみて驚いたんだけど、木はあるけど木が無い ということが。。。 「○○県産材を使ってくれ」と盛んに言うので、「ほな下さい」と注文すると「ない」と言う返事がくる。。。こんなバカなことが実際にあったりする。山には木は山ほどあるけど、一軒分そろえて家を建てる現場に持って行くことができない。産地をきっちり特定できる国産材で、一軒分を揃えることができる製材所や森林組合はそんなに多くないというのが実情なのだ。だから、「○○産の木で家を建てたい」と思っても、そういう数少ない製材所なんかを見つけ出さないとならない。こりゃたいへんだ。
 この問題を解くには、二つの答えがある。一つは、細かい産地にこだわらずに国産ならよしとする方法。これだったら、どこの工務店から注文しても手に入る。(ただし、グレーディング材が入るかどうかは微妙。) なんで産地が分からないのに国産だと判断できるのかというと、見た目も香りも輸入材は違うから。例えば中国産のスギも流通してるけど一目でそれとわかっちゃう。最近のカリフォルニア米はジャポニカ米に近づけるために改良を重ねてるから食べても分からないらしいけど、輸入のスギはそんな改良してないからすぐ分かる。

 もう一つの答えは、インターネット。インターネットで国産材にこだわっている設計事務所や工務店を探してみる。だいたいこういう会社はインターネットで集客しているので、たくさんヒットするはず。看板倒れのところから、気合いの入ったところまで玉石混淆だけど。ボクの経験値では、国産材とか自然素材とかエコとかの味付けの濃いところは、すごく良いか結構ヒドいかの両極端なような気がする。しっかり選んでいただきたい。もちろん、不安な方はボクにご連絡いただければいいじゃないかなあ、としっかり宣伝もしておく。

 ウチでもヨソでもいいけど、首尾良く国産材を使えることになったとしよう。次はどうするかだ。「産地はどこでも国産材」の場合は無理だけど、産地を特定できる場合はその産地まで出かけることを超お勧めしたい。ボクもこの十数年間でかなりの数のお客さんと山に出かけたけれど、すごく喜んでくれるか、さもなければウルトラ喜んでくれるか。とにかく、口では説明できないものがある。
 ときには12月だというのに標高1000mを超えるような場所での伐採祈願祭となり、しかも途中から大雪が吹雪いてきて遭難するかと思ったこともある。(車で行っているので遭難はしないけど、超絶寒かった。)まあこんなのも、かなり強烈な思い出になる。

 早いものでも40年くらい、古ければ100年を超える木を使う。100年前の1916年、大正5年と言えば第1次大戦のまっただ中、日本では大正デモクラシー全盛で夏目漱石が49歳で亡くなった年。こんな時代から延々と育ってきた木を使って家を建てるんだと思っただけでも感慨ひとしおになる。そして、その木を育んできた山に知らんぷりはできない、アリガトサンのひとことを言いたくなるのが、同じ生き物としての感情なんじゃなかろうか。

13 につづく
2017-04-11(Tue)

安倍昭恵の選挙応援と戦略特区

加計学園の疑獄事件は、森友をはるかに超える規模になりそうだ。

安倍首相の「本当のお友達」に、こうして血税176億円が流れた
2017.4.11 週刊現代


この記事は、講談社のやる気が見える非常に良い記事だ。

そもそも、加計学園グループをwikiで調べただけでも、吉備高原学園は岡山県との共同出資法人、順正学園は高梁市との共同出資であり、半官半民の法人なのだが、いつの間にか私物化している。
こうやって、設立時に公金を投入させ、あとからこっそり自分のものにしてしまうと言うやり方は、今に始まった話ではなくて、加計学園の伝統なのかもしれない。

その加計学園が安倍晋三が肝いりの国家戦略特区を利用しているということは、パートナーの安倍昭恵の行動にもその影響は必ずあるはずだ。

ツイッターで @HON5437 さんが昨年参院選のときの安倍昭恵の応援演説日程を一覧にまとめており、それについて菅野完氏が戦略略特区との関係を調べたらどうや と書いていたので、わかる範囲でやってみた。
それが、下の表である。クリックするとPDFにリンクしている。

20170411-2.png

首相官邸のホームページで特区の詳細は見ることができる
 →国家戦略特区
 →総合特区

総合特区については⑦などは国際戦略総合特区 、 数字だけは地域活性化総合特区である。

安倍晋三の権力を利用して 加計学園のような錬金術を使っている連中は、きっと他にもいるのだろうし、それがまた安倍晋三の権力の源泉になっているのだろうから、特区を深掘りすることは、安倍のアキレス腱を暴くことになるかもしれない。

とりあえず、今日のところは、一覧作るとことまで。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 7

6 からつづく

 ボクが平面プランを作って打合せに行く時は、5mのスケールは必携で、住み手に「ここからココぐらいですよ」「この部屋よりこのくらい広いです」「天井はここまで」と実際に見せるようにしている。もちろん、完璧ではないし実際にできた時とはかなり感覚は違うけれども、建築家でも工務店でもない人が平面図だけみて実際の広さを想像することは困難なので、これは必ずやったほうがいい。
 また、窓の大きさも必ず確認する必要がある。例えば同じ一間幅の窓(実寸で約1.7m幅)でも、高さが1.8mのものと2.2mのものでは、印象は全然違う。逆に、換気用の小窓は防犯上もあまり大きなものは使わないので、どれほど小さいかを見ておかないと、実物を見てから「えー」と驚くことにもなりかねない。窓については、部屋のどこについているかも重要だ。多くの場合、部屋は長方形でありその長い方の壁についているか、短い方の壁についているのか、でも感じる広さはかなり変わってくる。もちろん、普通は長い方の壁に大きな窓がついていれば、部屋は実際よりもそうとう広く感じるし、短い方についていればトンネルのような面白味が出ることもある。
 概ね大きな窓は部屋を広く見せるけれども、大きければ良いというものでもない。外を歩く人やお隣さんと目線がぶつかってしまっては落ち着かないからだ。道路に面している時は、あえて小窓をたくさんにしたり、高窓(背丈より上の方につける)にしたりという工夫が必要だ。

 住み手の目線で注意したいのは、家族間の目の高さだ。キッチンに立っている人、テーブルに座っている人、テレビを見ている人 などの目の高さが極端にちがうと、落ち着かない空間になる。目線のことだけを気にするならば、キッチンの床はダイニングよりも15センチ低くして、床に座ってテレビを見たりする場所はダイニングより40センチほど高くするのが理想的だ。要望もあってそのように設計した家もある。ご想像の通り、キッチンの床を下げるのは家事動線としては厳しいものがある。一番頻繁に行き来する場所に段差があるのは、足腰の鍛錬にはなるけれども、食器や鍋をもって移動することを考えるとあまりお勧めはしない。

 畳コーナーを3~40センチ高くするのはよくやっている。下に抽斗を作ったり、中には畳がガーッと開いて下に布団が収納できる、なんていう仕掛けをつくったこともある。自動車のトランクのようにバネがついているので、意外と楽に開いたように思う。高床式はゴロゴロしていても目線が低くならず、寝転んでも踏まれる心配もなく、親が遊びに来た時に臨時の客間になったりもする。その3畳がご主人専用の居場所という家もあった。もちろんケースバイケースだが、かなり重宝する小技だと思う。

 もうひとつ目線で問題になるのが吹き抜け。実感としては吹抜のある部屋はかなり広く感じる。これまでの経験では、空間的に作って失敗したと思ったことはない。これもご想像の通り、吹抜で問題になるのは暖房である。暖かい空気は上へ上へと上がってしまうので、足下はどうしても寒くなってしまう。したがって、吹抜の部屋にはほぼセットで床暖房が必要になってくる。そのコストをOKとするならば吹抜は考えてみてもいいと思う。ただ、無闇やたらと高い吹抜はかえって「穴の底」になることもある。部屋の長い辺の長さよりは低い範囲が妥当なところか。もっともこれは個人差があるので、穴の底が好きな人もいれば、ボクなんぞは個人的には体育館のような全面吹抜の家がいいと密かに思っていたりして、最終的には「お好みで」ということになる。
 いずれにしても、平面プランを考える時には○○畳という数字や吹抜という形状にとらわれず、自分の目線がどのように届くのか、届かないのか、それをできるかぎりシミュレーションしてみることが大事なのだと言うことを憶えておいていただきたい。

■現場を知りたい

 職業右翼のお兄さんや宗教法人ブローカーの入り乱れる世界から逃げ出したボクは、建築設計という世界に疑問を持ち始めていた。普通の設計事務所はどんどん仕事がなくなっていき、かなり無理無体を通す事務所だけが忙しい。これはもう、設計事務所という業態には未来はないのではないか。少なくとも、設計事務所にこだわっていると、ウロウロしているうちに40歳になってしまいそうだ。それに、マンションなどの大きな建築物は、ボクの性にあっていないようだ。自分の手の内におさまらない規模の建築は、出来上がってもイマイチ感動がない。もっと「自分の手作り」に近い仕事がしたい。

 そんなことを考えた挙げ句、当時住んでいた場所にほど近い、小さな工務店に就職した。そこは主に店舗を手がけており、夜は設計、昼は現場監督というこれまでとはうって変わった生活が始まった。働いてみて知ったのは、店舗屋さんと住宅屋さんは完全に棲み分けているということ。店舗建築をやる工務店は住宅はほとんどやらないし、住宅を建てる工務店は店舗には手を出さない。やってみて驚いたが、発想も施工方法も材料も店舗と住宅ではかなり違う。住宅は50年とか100年という長さで考えるけれども、店舗は3~5年、長くても10年もてばいいという。パチンコ屋さんの内装がほとんど両面テープで貼り付けてあったのには、本当に驚愕した。

 工期も住宅は4ヶ月前後だけれども、店舗は1ヶ月もかけることは珍しい。必要となれば24時間体制で突貫工事を進める。ボクが担当した物件でも、40坪ほどの木造一戸建ての店舗を1ヶ月で建ててしまったことがある。一つの部屋の中間の高さに足場を作って、上と下で別の職人を入れたり、ペンキ屋さんは夜10時に出勤して朝まで塗ったり、今思い出すと信じられないことをやっていた。そのぶん短期に売り上げがあがるので、社員はしんどいけれど会社としては旨みもある。
 デザインの考え方も住宅とはまったく違う。これまで書いてきたような考えは通用しない。平たく言えば「目立ってナンボ」の世界だ。主役は建築家でも商店主でもなく、その店に来るお客さんだから、必然性があろうがなかろうが客の目を納得させる意匠は必要になる。毎日目にする住宅の住み手と違って客の目は一瞬だ。その客が1分とか1時間の間に満足するデザインという、これまでとは全然違うものに取り組んだ。

 店舗建築については、家の近くの工務店と、より面白そうな仕事をもとめて移った京都の繁華街にあるデザイン事務所と、あわせて5年間くらい仕事をした。住宅も何軒かはあったが、そこでもカルチャーショックを味わった。平面プランを作る前に、外観デザインを作れというのだ。これまで書いてきたようにボクはまず平面プランから始めて、それに並行して徐々に外観を整えていくというやり方をやってきた。ところが、間取りなどなにもない状態で、道路から見た家の外観をデザインしろというのだから訳が分からなかった。もちろん今はそんなやり方はしていないが、1軒だけそのやり方で建てた家がある。もちろん、住み手もそれを希望していたからだが。(その家が、後日ボクをまったく違う方向に導くキッカケになるのだから不思議なものだ。)

8 へつづく

2017-04-07(Fri)

【森友疑獄事件】 安倍昭恵と私学審会長のただならぬ?関係

つらつら考えるに、森友事件は 森友学園を舞台にした安倍昭恵事件だったのではないか。
アッキード事件と呼ぶと、田中角栄ファンの皆様に叱られるのだが、やはり その名称が一番である。

またしても 昭恵ルートの新事実が明らかになった。



念のため、画像コピー

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奈良学園のホームページにも

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文中の要点を拾うと

2015年9月4日
あっきーこと内閣総理大臣安倍昭恵夫人が
奈良学園大学信貴山グランドを訪問
奈良学園大学の梶田叡一学長も同席

言うまでもなく、梶田叡一は大阪府私学審議会の会長である。
そして、この日は昭恵が塚本幼稚園の名誉園長になる前日であり、安倍晋三が前日に理財局長と会談、当日は国会をスッポカシて大阪に駆けつけた 疑惑の三日間と言われるあの日である。

もちろん、安倍昭恵は名誉校長になる前からたびたび塚本幼稚園を訪問し、豊中の土地にも籠池総裁と同行しており、かつ、翌日は講演する予定だったのであって、名誉校長就任前といえどもずぶずぶの関係だ。
その安倍昭恵が、8ヶ月ほど前の1月30日に大阪府私学審議会の臨時会で、きわめて不自然な「認可適当」を出した梶田会長と仲良く体操とは・・・

それにしても、この日は本当に偶然なのだろうか。

カギになるのは、重心会という法人だろう。
この重心道の本部は奈良学園と同じ奈良県三郷町にあり、重心道の陸上クラブチームの本拠地は、この奈良学園信貴山グラウンドである。
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重心会自体は学園の組織ではないにもかかわらず、ホームグラウンドにできるというのは、よほど深い関係であると考えられる。
従って、2014年4月から2017年3月まで学長だった梶田叡一と重心道は日常的なつきあいがあった ということになろう。

ところで、「安倍昭恵は重心道の顧問」だと奈良学園のHPには書いてある。
いつから顧問なのかはわからないが、少なくともこれより2年前の2013年9月には重心道のイベントに参加している。

20170407-3.png

要するに、

安倍昭恵と梶田叡一は 重心道を介して 旧知の仲だった

ということだ。

名誉校長になって100万円渡す前日に、私学審議会の会長に会っていたというのもビックリだが、そもそも

何年も前から 安倍昭恵と私学審議会会長は仲良しだった

ということのほうが もっとビックリである

やはり、この事件は森友事件と呼ぶよりも 安倍昭恵事件 アッキード事件と呼ぶのがふさわしい。


<追記>
森友を「認可適当」とした大阪私学審会長の梶田叡一は、第1次安倍内閣の教育基本法改悪を中教審の委員として積極推進した人物だ。カトリックなのに創価学会に非常に好意的で、公明党との関係が深い。
極右じゃないよ、中道だよ という顔をしながら、じつは極右安倍を後押ししてきた。

このオッサンが、怪しげな昭恵人脈につながっているのは、ある意味何の不思議もないのかもしれない。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 5

4 からつづく

 十年遅れて建築を始めたなどということは、お客さんや現場の職人には関係ないことだ。だれも三十過ぎのオッサンを駆け出しのペーペーだとは思わないから、あれこれ聞かれるし判断も求められる。もちろん初めて聞く話がてんこ盛りなのだが、その場ではフンフンと分かったような顔をしておいて、帰り道で本屋に直行し調べて帰る、てなことが日常茶飯事だった。とにかく四年間で他人の十年分くらい建築を勉強したかったので、仕事が減っていくのは本当に辛く、いよいよ悩んだ挙げ句、またしても事務所を変わることにした。その頃にだいぶ薄くなった求人広告誌の中でわりと景気の良さそうなことを書いている事務所にした。リゾートホテルやらマンションやらの設計が引きも切らないらしい。なんだ、バブル崩壊とか言っても仕事があるところにはあるんだ、などと呑気に考えて働き始めた。
 生活が一変した。仕事は始業時間は決まっているが就業時間は無いに等しい。やり仕舞いと言えば聞こえは良いが、終わるまで終電が無くなろうと帰れない。平均して夜11時、週に一,二回は徹夜、みたいなタイムスケジュール。与えられた仕事はボリューム出しと言って、ある敷地にどれくらいの大きさのマンションが建つかザックリしたプランを作って面積表をつくるというもの。売りにでている土地情報にそうしたプランを添えてマンションデベロッパーに提出するのだ。その中で採算に乗りそうだなとデベロッパーが判断した物は仕事になる、という千三つの話。千三つというのは、千のプランを提出して仕事になるのが三くらいだから。
 そんなわけで数が勝負だから、普通は三日くらいで1プランを作成するのだけれど、夕方言われて翌日の昼には提出なんてこともちょくちょくあり、当然のように徹夜になる。いくらこき使ってほしいと思っていても、さすがに人間の気力と体力の限界を感じ、慣れと限界が危ういバランスをとっていたころ、変わった物のプランを作れと言われた。墓地である。墓地は自治体と宗教法人しか作ることができないのだが、客はどう見ても不動産屋である。どうするのだろうと思っていたら、京都の某寺から宗教法人ブローカーがやってきた。こんな商売もあるのだ。仏の沙汰も金次第らしい。
 さらに墓地開発は、何重どころか何十重もの法律の網をくぐり抜けなければできない。たしかその時は十三種類の法律と条令がかかっていた。その担当部局を訪ね歩いて、針の穴を探す作業を続けた。そこに現れたのは、こんどは○○社という筆文字の名刺をもったオジサマ。一見してそれと分かる風体。そのオジサマのBMWに乗せられて役所に行くと、何も言わないうちからササッと奥のほうの市民の目につかない応接間に通される。役所の担当者もやけに丁寧に対応する。だからといって無理が通るわけではなかったことは役所の名誉のために付け加えておく。
 何度か○○社のオジサマと仲良く役所を回った後、ボクは速やかにその会社に辞表を出した。これ以上続けていたら、この業界でマトモに生きていけなくなると思ったからだ。こうして過労死寸前の生活は終わりを告げた。しかし後から振り返ってみると、ここで追い込まれるようにプランを作り続けた経験は、かなり大きな財産だったと思う。その敷地に対して無理のないプランが、するするっとできるようになった。面白いプランかどうかはともかく、敷地形状や法規制などの限界と使えるプランとの兼ね合いをざっと検討つける技は、この期間に集中して身につけることができた。

 住宅を設計する建築家のことを「住宅作家」と呼ぶことがある。ボクは、そんな自称はしないことにしている。やはり住宅は使えてナンボ、住みやすくなくてはわざわざ建てる意味がないからだ。住宅作家の「作品」を見ると、たしかに美しさや新規性は目を見張るものがある。彼らに依頼する住み手も、それを期待して依頼しているのだから、それはそれでいいのだと思う。しかしボクはそういう立場をとらない。住みやすさを優先するために、デザインのリズムが崩れたり、思い切りの良さがなくなったり、凡庸になったりすることは多々ある。それは分かっているけれども、できるだけそうならないように努力はするけれども、でも結局は住みやすさを優先する。それは住み手の言うがままということではなく、ボク自身の判断としてそうする。
 逆に、「それはやめた方がいい」という時はお客さん相手でもズケズケ言う。中には気を悪くされる方もいるけれども、それがボクの役目だから言う。それは「作品」にするためではなく、住んでからのことを脳内シミュレーションするのがボクたちプロの仕事だから、プランにせよデザインにせよ言うべきことは言わせてもらう。とにかく他人に意見されるのが嫌という人は、ボクには依頼しないほうがいい。
 設計というのは、詰まるところ判断の連続だ。まったくの白紙から何かを創造する芸術とはちがい、様々な条件と方法のなかから最適解を選択する。そこには創作の要素もある。それが建築がアーキテクチャー=アート+テクノロジーと呼ばれる所以だが、こと住宅に関してはその要素は思いのほか小さい。無理にアートにされてしまって、住んでから泣いている住み手の話は枚挙にいとまがない。
 これは日本の建築家が「アート」を誤解しているせいもあるだろう。アートとはいわゆる芸術ではなく、人間の作る物 と考えた方がいい。対するテクノロジー(より広義にいえばサイエンス)は神の摂理に基づくもの ということだ。物理法則のように人間にはどうしようもない神の作った世界がサイエンスで、人間が作り出せるものがアート。アーキテクチャーという言葉の生まれたキリスト教社会の欧米ではそういうことになっているらしいのだが、言葉だけ輸入した日本ではアートを狭義の芸術だと信じ、アーキテクトの設計した家は奇を衒った芸術作品でなければならない、と思い込んでしまったようだ。
 アーキテクチャーはそのような狭い意味の芸術ではなく、神の世界と人間の世界の出会う場所だと思えば、無駄なデザインをこねくり回すこととは無関係だ。人が暮らすために神の世界(自然の摂理)をもっともうまく使わせてもらう、ここに建築の妙があるはずだ。神の摂理(自然)、人のしがらみ(社会や経済)という条件の中で、住み手にとっての最適解をコツコツと積み上げていく意外と地味な作業が、住宅を設計(つく)る建築家の仕事だったりするのである。

 だから、設計の一番の基本の基本はやはり平面プランだ。いわゆる「間取り」である。素人でもかなり良くできた間取りを考える人はいる。安価な間取り作成ソフトなんかもあり、そんなので書いた図面をもって相談に来られると、「なんだか我々の立場がないなあ」と思うこともある。しかし、少々弁解しておくとプロの仕事では平面プランと間取りは違う。

6 へつづく

2017-04-03(Mon)

【森友疑獄事件】 安倍政権をがっつり支える民進党

森友疑獄事件を見ていて改めて気がついたことの1つが

「民進党はやっぱりアホや」

ということだ。

せっかく裏切られた安倍晋三信者が情報ぶちまけてくれたのに、ぜんっぜん安倍の首を取る気がない。
とりあえず、NHKに映るときだけ目立っておこう くらいのあまあまの質問でお茶をにごし、もうそろそろ潮時かなという感じで手じまいしかけている。

自民議員“陰毛事件”スルー 森友の幕引き許す民進の逃げ腰
2017年4月2日 日刊ゲンダイ


この記事に限らず、多くの人が指摘しているように、本気でやるなら予算が通る前に全審議をボイコットして、その間に国民運動も呼びかけて、国会の内外から安倍政権を追い込むくらいのことは、最低限やらなければならない。

追求のやりかたも、籠池総裁や菅野完氏あたりから出てきたネタを場当たり的に追求してみせるだけで、事実を積み重ねて不正を証明することもせず、もっとも効果的なポイントに絞ってキャンペーンすることもせず、マスコミが取り上げているから今のうちにやっておこう という程度のものであった。

共産党は地方議員が大阪府や豊中市の情報を集めて国会議員にあげているので、民進に比べればずっとマシではあったけれども、野党が一丸となって「安倍の首を取る」という動きの中心にはなれなかったことは残念である。
まして、社民や自由のような最小限政党は、個人プレーの域を出ることができなかった。

産経やネトウヨの組織的な民進叩きも始まっているが、民進の幹部はNHKに映る予算委員会の間だけの期間限定で追求するつもりだったのだから、逆効果にしかなっていない。静かに手を引きたかった民進党が、むしろ騒がれることで引くに引けなくなっているのは皮肉な光景である。

少なくとも安倍晋三の首を取ることができる、唯一無二のチャンスを、茶番で終わらせようとする民進党。その姿をみるときに、あらためて、この事実を確認しておかなければならない。

「安倍政権を盤石に支えているのは民進党である」 

2010年5月の鳩山の裏切りに始まって、消費増税に踏み切った菅直人、すべてを売り渡した野田佳彦。
化け物のような現在の安倍政権を生み出したのはこいつらだ。

そして、絶対に野党が勝たないように、間違っても再び政権交代なんてことにならないように、意図的に安倍政権に塩を送る続けることで、自分たち幹部の議席だけを安堵しているのが、民進党である。
間違ってはいけないのは、彼らは 「間違って」 そういうことをしているのではない。 「意図的に」やっているのだ。
それは今に始まったことではなく、古くは総評をつぶすための同盟、社会党に対抗するための民社党 という労組の顔をした体制補完勢力、野党をつぶすための野党の流れをくんでいるのであって、特段おどろくには当たらない。

むしろ、そういう存在だということが、何度も何度も何度も何度も明らかになっているのに、いまだに民進党に何かを期待する人が少なくないということが驚きである。
たしかに、若手の中には、こういう幹部の動きを良く思わない議員も多いとは思う。しかし、彼らもいざとなれば簡単に屈服する。口では勇ましいことを言っていても、内実は完全にヒラメであり、党本部のご意向に背くことは ぜっっったいにしない。

その姿も、私たちはこの数年、ずっと見てきたではないか。
最近でも、ミナセン大阪が野党共同街宣を何回呼びかけても、党本部やら大阪府連やらのお許しがないといって、街宣にすら出てこないのが、民進党の腑抜け予定候補たちである。

もう こんな連中に何かを頼ったり期待したりする発想を、根本から捨て去ることから、一歩を始めるべきなのではないか。



そんなときに、下記の論考は深く考えさせられた。

橋下徹・元大阪市長がアメリカで講演した件、それから売国官僚・高見澤将林(たかみざわのぶしげ)について
2017.4.2 アルルの男ヒロシ


アルルの男こと中田安彦氏が副島隆彦氏の学問道場HPに書いている文章だ。
彼の夢も希望もない話に全面的に同調はしないけれども、
「小沢一郎はそろそろ自らの政治革命の失敗について批判的に総括するべきだと思います。小沢が思っていたほど、日本人は賢くないし、近代人でもない。二大政党制という机上の空論を祭り上げたことに問題がありました。」
という一文には、う~んと唸ってしまった。

私も常々、小沢氏が「民進党を中心に」とか「民進党が野党第一党なんだから」という言い方をするのに、非常に違和感を感じてきた。
民進党がそんなに頼りになるのなら、あのとき分裂しなければよかったのであって、こいつら煮ても焼いても食えん と判断したから国民の生活が第一を立ち上げたのではなかったのか。

そんな民進党が、なんで野党第一党として共闘の中心になることがあるだろうか。そんな幻想を語っている間に、安倍政権は勝利を積み重ね、ついに両院で2/3を確保し、化け物のような独裁政権を完成させてしまった。
その意味では、民進党に望みをつなぐことを示唆した小沢氏にも、その小沢氏を支持してきた私たちにも、安倍化け物政権を支えてきた罪の一端はある。

とはいえ、小沢氏がどう判断しようが、この数年の結果は大きくは変わらなかっただろうから、やはり罪深きは民進党である。

もちろん、各地方や選挙区によって、民進党ともそれなりにうまくやっていく場所もあるだろう。それは否定しない。
しかし、大枠としての民進党は 実は安倍政権を支える足の一本であり、それこそが安倍政権の盤石の強さの秘密である。
それを意識的にやることで民進幹部は身の安全を確保し、そんな幹部にたてつくことのできない口先人間の集団が民進党というものである。
そのことを、改めて骨の髄から認識し直して、新年度に臨みたい。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 3

2 からつづく

 コンクリートの寿命はほぼ強度に比例すると言われていて、JASSという国の基準を見るとFc18→30年 Fc24→65年などと書いてある。一般に住宅の基礎に使われるのはFc21というコンクリートなので、ちょうど上記の中間ということになり、設計上の耐久性は47.5年ということになる。あれ?意外と短いぞ。
 200年住宅などという大ボラがコソッと消えた理由の一つがここにある。ほとんどの場合Fc21のコンクリートも測定すると25以上の強度になっているので、50年よりは長くもつと思われるが、それにしても設計上は50年のものを200年と銘打つわけにはいかないだろう。
 明月社の標準仕様では、基礎のコンクリートは一般より一つ上のFc24を使っている。これならば設計上で65年、実質100年くらいは心配ないことになる。それと、Fc21だろうが24だろうが、コンクリートの施工が悪くて隙間だらけでは耐久性はがた落ちなので、基礎屋さんが手抜きをせずにミッチリ詰まったコンクリートを打設してもらうようにすることも重要だ。だからボクは、基礎工事の間はちょっとイヤミだけど2回は現場のチェックに出かけて、現場監督にも基礎屋さんにも緊張感を持って工事してもらうように注意している。

 コンクリートと同じくらい構造体そのものに関わるのが集成材だ。集成材というのはカマボコ板くらいの木材を接着剤で貼り合わせて、柱や梁のような大きな材木にしたもの。欠点を省いて状態の安定した構造材であり、ほとんどの木造住宅メーカーがこの集成材で家を建てている。そして、言うまでもないが集成材の寿命は接着剤の寿命である。接着剤が寿命を迎えると、集成材の家はカマボコ板に戻ってしまい、原型をとどめないほどにバラバラになってしまう。かなり怖い。まあ、実際は一斉にバラバラになるのではなく、一番力がかかっている箇所や劣化の激しい箇所が、バキッとはがれることになるだろう。それでも怖い。
 ほとんどの木造住宅が集成材で建てられている以上、当然ながら集成材の耐久性は明示されているはずだ。と思って探してみるが、実はそのようなものはない。長寿命系の接着剤についてはある程度データも出ているが、住宅の集成材で一般的なイソシアネート系接着剤の寿命については、なんと、誰も保証も断言もしていない。イソシアネート系接着剤はシックハウスの心配がないことから最近の主流になっているが、実は湿気に弱く耐久性は他の接着剤に劣るうえに、これまでの実績も25年ほどしかないというのに。
 もちろん、だからといってイソシアネート系の集成材が25年でバラバラになる、と予言することはできない。東日本大震災や熊本地震の被害報告でも、集成材の剥離は問題になっていないので、現時点で社会問題化するほどの剥離事件はおきておらず、集成材は危ないぞと言ってしまうのは間違いだ。ただハッキリ言えることは、集成材の寿命は「分からない」ということだ。
 寿命の分からないものを、たぶん大丈夫だと言って住み手に勧めるのは嫌なので、ボクは原則として製材品を使う。製材というのは、丸太を四角にカットしただけの材料。もちろん製材品には製材品の欠点があるので、それを補うためのノウハウもあるのだが、それはまた別のところで。とにかく、耐久性に関しては、杉や桧の製材品は千年の実績がある。

 千年もつ杉や桧といえども、雨漏りしてはひとたまりもない。かの設計事務所で教わった「水仕舞い」である。ただ、設計事務所で習ったのは鉄筋コンクリートなどの話だが、木造住宅の実務を長年やってきて分かったことは、木造の水仕舞いの考え方は少し違うということだ。鉄筋コンクリートなどでは、「ここから先は水は一滴も入れない」という絶対の防水ラインが1本あるのに対し、木造の場合は太いラインが1本と細いラインが2本くらいの多重構造になっている。例えば屋根を見ると、屋根材で99%の雨を防ぎ、その下の防水シートで残りの0.9%を防いで、それでも侵入する0.1%は乾燥させる みたいな考え方になっている。外壁も同じ。なぜそんないい加減なことになっているのかと言うと、鉄壁の守りが崩れた時を想定しているからだろうと思われる。
 鉄筋コンクリートでも建物は「動く」。まして木造はかなり動くので、何かの拍子に隙間ができて水が浸入することがないとは言えない。しかも、浸水した時にはコンクリートよりも当然ながら被害は大きい。その不利な条件を克服するために、1本の防衛ラインではなく、0.1x0.1x0.1のように限りなくゼロに近づけておいて、残った0.001はいったん木にしみこませてから乾燥させようという、一見ゆるいシステムになっている。ちなみに、乾燥させるのは雨水だけじゃなくて例えば釘に着く結露などもあるので、どっちみち必要なことでもある。
 こんな話を聞くと、やはり木造住宅は安心できない、と早合点する人もいるかもしれない。でも安心していただきたい。長い期間で考えた時、最初から万が一を想定した多重システムのほうが、強固な単一のシステムよりも、ずっと安定しているからだ。これは、防水だけの話ではなく、防火性や耐震強度などでも同じことが言える。木造は、多くの点で性能が劣っているように見える。しかし、単品で劣っているからこそ、始めから多重防御を組んであり、家というシステムとしてはかえって安心できるようになっている。
 もちろん、手抜きや無知による間違いがあったら元も子もないので、設計も施工も木造住宅というシステムを熟知していることが求められる。とくに雨漏りは木材の天敵であることは間違いない。建物が揺れた時、横殴りの強風の時、毛細管現象、様々な状況を想定した防水の原則を守るようにしたい。

 耐久性のあるコンクリート基礎を作り、集成材ではない木材を使い、雨漏りを防げば、耐久性のある家はできるのだろうか。実は、まだ大事な要素が二つある。どちらも最近の家ではリスクは減っているものの、まだまだ無視することはできない。
 その一つ目は、シロアリだ。土台や柱をスカスカになるまで食べてしまうシロアリ。漢字で書くと白蟻なので、この被害のことを蟻害(ぎがい)と言ったりする。もっとも、白蟻は蟻の仲間ではなく、ゴキブリに近い。家を食べてしまうことから、なにかモンスター的なイメージがあるけれども、一匹一匹はとても弱い生き物だ。知能も低くほとんど学習能力がないと言われている。とにかく目の前にあるものをカジる。知能がそこそこ高い生物は毒を食って仲間が死んでいたら「危ない」と思って逃げていくが、シロアリはお構いなしにカジるので、一番の防御策は点検である。少なくとも数年に1回は、床下と家の外周を点検した方が良い。とくに最近の家の場合は外回りのほうがリスクが高いといえる。
 昔は床下は土のままだったので、シロアリの通行は自由だったが、最近はほぼ例外なくベタ基礎と言って、15センチくらいの厚さのコンクリートが敷き詰められている。縦横に鉄筋が入っているので大きな亀裂もできにくい。これを貫通して出入りするのはシロアリといえどもかなり苦労する。というか、何らかの隙間がないとまず不可能だ。配水管などがこのコンクリートを貫通していると、管とコンクリートの隙間ができるので、こういう箇所を無くすことが重要になる。どうしてもできてしまう時は、念入りにモルタルなどでふさぐ必要がある。
 家の外回りは土に接しているので、シロアリは当然ここから伝って上がろうとするのだが、家の外回りは風が吹いたり日が照ったりする。シロアリは乾燥するとイチコロで、風や日光には至って弱いので、普通は基礎の外側を伝い登ることはあまりない。しかし、長年住んでいる家の周りは、エアコンの室外機やプランターが置かれ、物が積み上がり、スチールの物置が置かれるようになる。シメシメである。影になった隙間を、シロアリはやすやすと這い上がり、土台へと喰い進んでいく。そんなわけで、本気で点検する時は、家の周りに置いてある物をどけてみることが肝心なのである。
 蟻害を最小限に食い止めるためには、土台に毒を塗っておきたいのは山々だ。

4 へつづく
2017-03-31(Fri)

極右と従米 ~トランプと安倍晋三の立ち位置~

昨日の記事が、なかなか分かりにくいという指摘ももらったので、もう少し書き加えてみたい。

まず、基本認識として、メチャおおざっぱだけれども、下図の力関係は前提で話を進めたい。

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これについての事細かな説明は省かせてもらう。

国際金融資本というのは、ゴールドマンサックスなどを筆頭に、世界中のマネー(お金の電子信号)の処分権をほぼ独占的に握っているいくつかの金融グループである。

軍産複合体は、米軍そのものと、ロッキードやボーイングなどの兵器産業、GEやブラックウォーターなどの傭兵企業、焼け跡に乗りこんで稼ぎまくるベクテルなどのゼネコン、GEや三菱電機のような電器メーカー、etc,etc・・・・ もう切りが無い。

この二つの勢力がリンクすると、ちょっと手のつけられない権力を手にすることは、容易に理解できると思う。

そこで問題は、トランプはどこに位置するか だ。
「リベラル」諸氏の頭の中では、この「T」の位置なのだろう

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最右翼で、金融資本にも軍産にもべったり と言うイメージ。
だから、トランプが当選したら アメリカを出て行くなんていうセレブが続々出てきた。

しかし、そのイメージを裏付ける根拠は乏しい。
出ていくと行っていたセレブたちも、引っ越す気配がない。

私は、日米関係については、副島隆彦さんと田中宇さんを、入手できる情報源の中ではいちばん信頼している。
ふたりともトンデモ扱いされることの多い人だが、米紙の焼き直し程度の評論ばかりの日本にあって、この二人の分析は質を異にする。異質であるが故に異端扱いされるが、私はメディアコントロールされたWSJやワシントンポストの記事を属国板に焼き直したくだらない評論より、ずっと信頼できると思っている。

副島氏の放射能についての言説はナンセンスだし、文章の「てにをは」もヒッチャカメッチャカだが、それと日米関係の分析は別だ。
田中氏も結論を多極化というワードにまとめすぎるきらいがあるが、大枠はイデオロギーによる予断を排して、非常に現実を冷静に見ている。

この二人に共通しているのは、トランプの位置づけである。
私自身も目にできる限りでえた情報も含めて考えるに、実際は下図のような位置であろう。

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たしかに右ではあるが極右ではないし、金融資本や軍産とのパイプは作っているが基本は自立である。
この認識が、なかなか理解してもらえない。

理解されないままに、パイプであるはずの軍やゴールドマンサックスのスタッフに母屋を取られかねないところまで、追い詰められている。
左右を超えて、巨悪に立ち向かうべきところなのに、左のリベラルと上の金融資本+軍産が 団結してトランプを叩きのめす、という構図が現在までの米国の状況だ。

ちなみに、安倍晋三はどこにいるかというと、「A」である。
極右であって従属。
ただし、、、 右翼の宿命としてわずかに独立に足をかけざるをえない。

日本の戦後右翼は、岸信介や笹川良一がGHQに屈服して生き延びたところからその歴史は始まっているので、大前提として従米である。
ただし、本質は従米でも、勢力を拡大していくためには、従米一本槍では真性国粋右翼からは愛想を尽かされる。市井の保守や右翼の中には、従米を快く思わない真性国粋は少なくないので、右翼として国政を担っていこうと思えば、ウソでもポーズでも「独立」に片足をかけざるを得ないのである。

これが、安倍晋三のウィークポイントであり、2007年に政権を投げ出したストレスの一因だった。
小泉のように、どこまでも従米であればストレスは少ないが、極右をウリにする安倍の場合は股裂きになる。これは辛いし、ご主人様からも不審の目で見られる。

そんなわけで、安倍晋三は「A」の位置になる。



以上をふまえた上で、安倍晋三は、世界に先駆けてトランプにすり寄ったということを思いだそう。

トランプは、世界の警察を辞めたい。
だから、アジアはアジアで米国の利権を侵さないようにうまいことやってくれ ということだ。

そうなると、安倍の立ち位置の中の「自立」が意味を増してくる。これまでは、人気取りのための方便であった自立が、トランプへのご機嫌取りにもなる という一石二鳥。
もちろん、それは本当の自立ではなく、独自に武装して、独自にアジアににらみをきかせる ということを米国の意向のもとでやる。

それでも、独自武装なんていう単語を聞けば 極右は小躍りするし、独自で中国と睨みあいできるポジションをとれれば、極右は狂喜乱舞する。(当然ながら、バックに米軍がいるというスネオ状態でのことだが)

こうやって、トランプ政権下での安倍の位置を思いやってみると、田中宇さんの言う「日本が台湾に接近して日豪亜同盟を進めようとした」という話も、決して突飛な話ではないことがわかる。
トランプの要望と、自らの人気取りを両立できるのだから。

しかしながら、その動きは、これまで日本を手の内にしてきたジャパンハンドラーズと言われる米国内の勢力にとって、望ましいものではなかった。彼らは、より直接的に日中を不安定にし、戦争を期待している。
CSISなどのハンドラーズ勢力は、まだまだ健在であり、日本の官僚やマスコミはいまだその呪縛に絡め取られている。

そうした背景を見れば、森友学園が「正義」だけで騒がれたわけではない ということは理解できる。



そうして躓いた安倍晋三を見て、よっしゃ!! ついに出番が来た!!! と欣喜雀躍したのが、橋下徹だ。

早速CSISに乗りこんで、「ボクにやらせて~~」と懇願してきた。
トランプを手玉にとってやる という超強気の講演が CSISのお歴々の心に響いたのかどうか。それは、しばらく様子を見ないとわからない。

すくなくとも、橋下徹本人は、やる気のようだ。

世の中は、革新vs保守 とか 右v左 とか 正義VS不正義 みたいな単純な対立項でできているわけではない。
正義のつもりが、究極の不正義を後押ししてしまうことだってある。

自分の「正義」を一度バラして組み立て直すことが必要だ。



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なんでボクは家を設計るんだろう  明月社のいえづくり 2

1 からつづく

 工務店の決め方については、話し始めると一晩かかるので、また改めてということにして、話を前に進めよう。いろんな事情で設計段階から依頼する工務店が決まっている場合は、基本設計が終了した段階で概算見積もりを出しておくことが多い。基本設計の図面では詳しい見積もりはできないので、だいたい100万円単位くらいのおおざっぱな金額の見当をつけておく。予算から大きく外れていないということを確認して進められるので、安心できる。ただし工務店によって金額は1割も2割も違うことがあるので、少し幅を見ておく必要があるけれど。
 概算見積もりがほぼ予算におさまりそうだと分かった段階で、建築確認申請を提出する。建築基準法で決められているから、これを出して確認が降りてからでないと着工できない。木造2階建てであれば提出から1週間以内に確認が降りることになっているのだけれど、実際は自治体への届け出や消防署への経由などがあり、3週間程度かかると思っておいたほうがいいい。
 条件が合うときは「長期優良住宅」の申請も同時にすることになる。年ごとに制度が変わるので約束の限りではないが、運がよければ100万円程度の助成金がもらえることもあるし、税金の優遇なんかもあるので、できるだけ長期優良住宅の取得はお勧めしたい。
20万円ちょっとの申請費用はかかるけど、長い目で見ればお得。
 長期優良住宅についてもちょっと書いておこう。制度ができるきっかけは、福田政権の時の「200年住宅ビジョン」だった。そのご200年という具体的な数字は引っ込めて、長期優良という曖昧な制度になった。普通のコンクリートや接着剤を使って200年とは大ボラが過ぎる話なので、さすがに国交省も遠慮したのだろう。それでも建築基準法ギリギリで作っている住宅に比べると、耐震性、耐久性、断熱性はあきらかにレベルアップすることになるし、運が良ければ補助金も出るので、やっておいて損はない。明月社の家の場合は、長期優良住宅の認定をとってもとらなくてもだいたいそのレベルの性能は確保しているので、補助金をもらえれば丸儲けということになる。

 工務店の見積もりの話に戻ろう。一回目の見積もりで「OK!」になることは、まずない。だいたい最初は少々予算オーバーするのが世の常で、工法や材料を見直したり、工務店が仕入れを検討したり、要求自体を少しだけあきらめたり、そんなことをしながら予算内におさめていく。設計段階で「そんなに希望を爆発させたら絶対に予算オーバーしますよ」といくら説得しても、ほとんどの住み手の方はブレーキがきかなくなる。まあこれは仕方のないこと。それほど家づくりは楽しいのだから。でも、「予算オーバーしたらこれとこれは諦めよう」という腹づもりだけはもっておいてもらわないと、見積もり段階で気分は天国から地獄へ転落することになる。絶対に譲れない部分と、これはオプションと割り切る部分を意識できているかどうかが、幸せな家づくりができるかどうかの分かれ道だ。そんなこんなで見積も結構忙しくて、見積もり期間だけで1ヶ月くらいは見ておいた方がいい。

 ここまでをふりかえると、場所を読むことから始めて、基本設計、実施設計、申請関係、見積もり、という工事が始まる前の段階で、半年以上の時間が過ぎていく。言葉で聞くと長いようだけれども、実際にやってみると住み手もなかなか忙しくて、あっという間の6ヶ月という感想を持つ人が多い。打合せだけでなく、ショールームで水回りや窓などを選んだり、タイミングが合えば完成見学会に参加したり、建て替えの場合は引っ越しの準備もある。普段から多忙な人には、時間をかいくぐるような忙しさになるかもしれないけど、この段階で不完全燃焼だと建てた後から後悔が湧いてくるかもしれないので、なんとか時間を確保してじっくりと取り組むことをお勧めする。

■最初に教わったこと

 30歳を過ぎてから建築の短大を卒業したボクは、学校の紹介で小さな設計事務所に就職した。そして、入社したその月にいきなり「チハイ」というものを経験することになった。チハイ=遅配。要するに給料が出なかったのだ。それまで働いてきた病院やゼネコンでは給料日になると自動的に給料はきちんと振り込まれてたから、そのことに疑いなど持っていなかったボクは、「給料ちょっと待ってくれ」と言われて目が点になった。しかも社長の行動を見ていると、どうやら誰かから逃げ回っているらしく、社長室のブラインドはいつも閉めっぱなしで、隙間から道路を覗いている。なんだかテレビドラマの中みたいだとドキドキしたが、他の所員は慣れているらしく平然としている。遅配と言われても「またか」てなものである。
 そんな状態だからそもそも仕事がない。10年遅れで建築を始めたボクは、とにかくこき使ってほしかったのに、来る日も来る日も仕事がない。なんでこんな状態で求人したのか今でも不思議だが、とにかく仕事がなくて、古株の所員などはベランダで花の栽培に精を出していた。この事務所で憶えたことといったら、今では歴史の遺物と成りはてた青焼きの使い方とか第二原図の修正の仕方とか。
 そんな状態で半年が過ぎ、焦りに焦ったボクは短大の先生に泣きついて別の事務所に移ることにした。ここでは、大学の校舎や学生寮など、初心者にしてはハードルの高い仕事をさせてもらった。一番基本的なスキルは、だいたいここの所長に教えてもらったと思う。中でも、繰り返し言われたのは「建物は動くんだ」ということ。鉄筋コンクリートの建物でも、少し風が吹けば動き、もちろん地震があれば動き、経年変化でも動く。それを見越して作らなくてはいけない。これは、初心者には目から鱗だった。さらに強調されたのは、「水仕舞い」。雨水をここで止める、という明確なラインを作れ ということ。当たり前のように聞こえるかもしれないけれども、これがアイマイになっているケースは実に多い。何年も後になって現場の実務をたくさん見るようになってから、その時の「水仕舞い」の教えの意味がよく理解できた。建物の耐久性てのは、華やかなデザインとは無縁のこうしたジミな設計のスキルで支えられている。

 住宅の性能の中でも「耐久性」はとかく後回しにされがちだ。耐震性、断熱(省エネ)性、デザイン、自然素材、価格 こうした話は営業トークにもてんこ盛りだし、どこの住宅会社のホームページを見ても「どんなもんだい」とばかりに書き連ねてある。そんな言葉の洪水の中で、「耐久性」は埋もれている感がある。200年住宅ビジョンがコソッと表舞台から引っ込んで以来、「耐久性」は住宅性能の主役の座を明け渡してしまった。裏を返せば、普通にちゃんと作ってあれば、どの住宅も「耐久性」は大差ないということでもあったりする。
 なぜかと言うと、現在主流になっている木造住宅の工法なら、「耐久性」に最も影響大なのがコンクリートと接着剤の寿命だからだ。基礎を作っているコンクリートと、柱や梁などの主要な構造部材になっている集成材を貼り合わせている接着剤。この二つのうち短い方の寿命が、すなわちその住宅の寿命であるといえる。他の部分がいくら長持ちしたり補修できたりしても、基礎と構造体を丸ごと補修するのは建て直すより費用がかかるほど困難なので、現実的には基礎コンクリートか構造用集成材の寿命が家の寿命であると考えて間違いじゃない。
 では、長期優良住宅を含めて今建てられている住宅の基礎コンクリートは、どれくらいの寿命なんだろう。

3につづく

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